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【事件名】時計文字デザインの著作物性事件
【年月日】令和3年6月24日
 大阪地裁 令和2年(ワ)第9992号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 令和3年5月14日)

判決
原告 株式会社タイタン・アート
同訴訟代理人弁護士 堀内朗仁
同 東原直樹
被告 株式会社光和商事
同訴訟代理人弁護士 阿部哲茂
同 大神亮輔
同 伊塚允耶
同 木村治枝
同 渡邊敬紘


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙対象製品目録記載の時計を頒布してはならない。
2 被告は、前項記載の時計を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、525万3660円及びこれに対する令和2年11月25日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告が販売する別紙対象製品目録記載の時計(以下「被告製品」という。)は原告が著作権を有する著作物である別紙写真目録記載の原画(以下「本件原画」という。)を複製したものであるから、被告による被告製品の販売行為は本件原画に係る原告の著作権(複製権)を侵害していると主張して、被告に対し、著作権に基づく被告製品の頒布差止め(著作権法112条1項)及び廃棄(同条2項)を求めると共に、民法709条に基づく損害賠償として525万3660円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(令和2年11月25日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(証拠を掲げていない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)
(1)原告は、デザイン雑貨の企画、製造及び販売業務等を目的とする株式会社である。
 本件原画は、平成26年2月、原告の発意により作成されたものであり、原告は、これを時計として商品化して販売している(以下、販売している製品を「原告製品」という。甲2)。
(2)被告は、衣料品、雑貨品等の販売等を目的とする株式会社であり、被告製品を販売している。
3 争点
(1)本件原画の著作物性(争点1)
(2)被告製品の複製該当性(争点2)
(3)損害の発生及び損害額(争点3)
4 当事者の主張
(1)本件原画の著作物性(争点1)
(原告の主張)
ア 応用美術の著作物性
 本件原画のような応用美術は、「美術工芸品」の範疇に入るものに限定して著作権法で保護されるのではなく、純粋美術としての性質をも有する場合には、意匠法等と重畳的に美術の著作物として著作権法による保護の対象となり得る。応用美術が純粋美術としての性質をも有するかどうかは、応用美術を著作権法上保護することがあり得るという著作権法の趣旨を踏まえ、その物を客観的、外形的に見て創作性の有無を判断すべきであって、高度な美術性や芸術性の要素を要求することは、応用美術が著作権法上保護される範囲が極めて限られたものとなり、妥当でない。
イ 本件原画の著作物性
 本件原画は、本体の色を黒色としつつも長針、短針及び秒針を白色として、本体と針にコントラストを付ける(以下、この形態を「本件形態1」という。)ことによって、色彩をもって視認性とデザイン性を付与している。また、時計の周囲と内側を円で囲みながらも9時から12時までは周囲を囲まないというデザインを採用すると共に、フォントの大きさと中心部の円との大きさを調整する(以下、この形態を「本件形態2」という。)ことによって、そのデザイン性を強化している。
 このような本件原画は、応用美術を著作権法上保護することがあり得るという著作権法の趣旨を踏まえて客観的、外形的に創作性を判断すれば、創作性があるといえる。
 したがって、本件原画は美術の著作物に当たる。
(被告の主張)
ア 応用美術の著作物性
 著作権法上保護される「美術の著作物」における「美術」とは、原則として専ら鑑賞の対象となる純粋美術のみをいい、応用美術でありながら「美術の著作物」として保護されるものは「美術工芸品」(著作権法2条2項)に限られる。ここにいう美術工芸品とは、実用性はあるものの、その実用面及び機能面を離れて、それ自体として完結した美術作品として専ら美的鑑賞の対象となるものをいう。
 これに対し、原告は、応用美術が純粋美術と同程度の創作性を備えていれば著作物として保護されると主張する。しかし、本件原画のような工業製品の意匠は、本来は意匠法によって保護されるべきものである。意匠権を得る要件を備えない工業製品のデザインが著作権において広く保護されると解することは意匠法の趣旨を没却する。また、仮に、応用美術に対して著作権法を広く適用した場合、日常生活中に無数の著作物が溢れることになり、それらを利用した表現や報道が著しく制約される、著作権及び著作者人格権の保護期間は意匠権に比して著しく長いため、応用美術の改良が妨げられ、産業の発展が阻害されることにもなる、著作権は公示制度を欠くため、応用美術に広く著作権を保障すると権利処理に困難をきたす、などの不利益も生じる。このため、応用美術に著作権法に基づく広範な保護を与えるのは不合理である。
イ 本件原画の著作物性
 本件形態1について、本体の色を黒色とする一方で針の色を白色とする時計は無数に存在し、本件原画のような壁掛け時計のデザインとしては極めてありふれたものである。また、このような視認性の向上を目的とした表現は、現在時刻の確認という時計の目的及び機能を向上するためのものであって、実用面及び機能面から離れた美的表現ではない。時計を確認する者にとっても、本体と時計の針の色が違うことによって何ら美的な感銘を受けることはなく、美的鑑賞の対象となるものではない。
 本件形態2については、時計の形状として円形は最も単純かつありきたりなもので、輪郭の一部を省略したデザインも特異なものではない。また、9時から12時までを囲んでいないのは、全体を囲んでしまうと10と11の数字を小さくせざるを得なくなり、視認性が低下してしまうことによるものと考えられ、形状ないし機能面の考慮に基づくものに過ぎない。さらに、フォントの大きさと中心円の大きさを調整することは壁掛け時計をデザインする上で当然必要となる過程であって、このような調整を施したことをもって美的表現となるものではない。
 以上のとおり、原告が主張する本件原画のデザイン性は、実用面及び機能面に基づくものである。このため、本件原画は、それ自体完結した美術作品として美術鑑賞の対象となり得ないことから、著作物ではない。
(2)被告製品の複製該当性(争点2)
(原告の主張)
 被告製品は、本件原画と比して修正、増減又は変更等がない時計であり、本件原画を有形的に再製したものであって、本件原画の複製といえる。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
(3)損害の発生及び損害額(争点3)
(原告の主張)
 原告は、原告製品を1個8690円(税込)で販売しているところ、その粗利益は1個当たり5405円である。
 また、原告は、原告製品につき、平成29年5月から同年12月までは月平均32.4個を売り上げていたにもかかわらず、平成30年以降令和2年5月までにおいては月平均22.9個を売り上げるにとどまる。被告は、被告製品を原告製品より約6割安い金額で販売していることから、原告の売上数の上記減少は被告による被告製品の販売によるものと見るのが極めて合理的である。
 さらに、被告の販売価格に鑑みると、被告による被告製品の販売個数は、原告による売上数が最も多かった平成29年における売上数(月平均32.4個)よりも多いと考えるのが合理的である。そうすると、被告による被告製品の販売個数は972個(32.4個×2年6か月)を下ることはない。
 以上より、原告に生じた損害額は525万3660円(5405円×972個)を下ることはない。
(被告の主張)
 事実は不知又は否認する。損害額は争う。
第3 当裁判所の判断
1 本件原画の著作物性(争点1)について
(1)前記(第2の2(1))のとおり、本件原画は、一般向けの販売を目的とする時計のデザインを記載した原画であり、それ自体の鑑賞を目的としたものではなく、現に、原告は、本件原画に基づき商品化された原告製品を量産して販売している。すなわち、本件原画は、実用に供する目的で制作されたものであり、いわゆる応用美術に当たる。
(2)「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)をいい、このうち「美術の著作物」には美術工芸品が含まれる(同条2項)。他方、応用美術のうち、美術工芸品に当たらないものが「美術の著作物」に該当するかどうかについては、明文の規定はない。
 しかし、「著作物」の上記定義によれば、「美術の著作物」は、実用目的を有しない純粋美術及び美術工芸品に限定されるべきものではない。すなわち、実用目的で量産される応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、純粋美術の著作物と客観的に同一なものとみることができる。そうである以上、当該部分は美術の著作物として保護されるべきである。他方で、実用目的の応用美術のうち、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものについては、純粋美術の著作物と客観的に同一なものとみることはできないから、美術の著作物として保護されないと解される。
(3)本件原画について
ア 本件原画は、別紙写真目録記載のとおりであるところ、本件形態1及び2の観点を踏まえると、これには、以下のとおりの形態の時計が表現されているものと認められる。
(ア)長針、短針、秒針の三種の針を有する壁掛け型アナログ時計であり、各針はいずれも白色である。各針は、いずれも黒色の円盤状部の中心にその回転軸を固定されている。
(イ)上記円盤状部の頂部上部に数字の「12」を配置し、これを起点として、上記円盤状部の外周に沿って右回りに、黒色太字ゴシック体様の算用数字「1」〜「11」を概ね均一の大きさで順に円環状に配置している。これらの数字のうち、「1」、「2」、「5」、「6」、「7」、「11」及び「12」は、上記円盤状部に接着している。また、「6」及び「7」を除く数字は、隣接する別の数字のいずれか又は両者と接着している。
(ウ)前記数字のうち「12」を構成する「2」の頂部から「1」〜「8」を経て「9」の下部まで、円環状に配置された各数字の外周側に、これらに沿うと共にそれぞれの数字に接着する形で、黒色の円弧状の枠が配置されている。
イ 本件原画のうち、本件形態1に係る部分(前記ア(ア))について、時計の針が本体の色彩との関係で視認しやすいこと自体は、針の位置により時間を表示するアナログ時計の実用目的に必要な構成といえる。配色に係るデザイン性(本体の黒色と針の白色のコントラスト)も、このような構成を実現するために採用されているものといえるのであって、当該構成と分離して美的鑑賞の対象となるような美的特性を備えている部分として把握することはできない。
ウ 本件形態2に係る部分(前記ア(イ)、(ウ))については、まず、アナログ時計において、「1」〜「12」の各数字及びこれを「12」を頂部として配置して右回りに円環状に配置することは、時間の表示という実用目的に必要な構成といえる。また、これらの数字により形成された円環の内側にある円盤状部及び外側に形成された円弧状の枠は、円環状に配置された数字と互いに接着することにより、全体として時計本体を構成し、その形状を維持している部分と見られるから、これらも実用目的に必要な構成といえる。使用されている数字のフォントや円盤状部の大きさの点も、数字の見易さ及び時計としての使用に耐える一定の強度の実現という時計としての実用目的に必要な構成である。さらに、数字の字体そのものは、何ら特徴的なものではない。
 他方、各数字の外周側に円弧状の枠が設けられていない部分は、デザインの観点から目を引く部分と見ることも可能である。もっとも、当該部分は、下部に上記枠の終端部が接する「9」を除くと、2桁の数字(「10」〜「12」)が配置された部分であるところ、全ての数字の外側を円弧上の枠により囲んだ製品においては「10」及び「11」の数字のサイズが他の数字に比して明らかに小さいこと(乙3)にも鑑みると、上記枠の設けられていない部分に他の部分と同様に枠を設けた場合、10の桁を示す「1」の部分がそれぞれ円弧状の枠と干渉して数字を読み取り難くなり、時間の把握という時計の実用目的を部分的にであれ損なうことになると考えられる。そうすると、当該部分のデザインについても、時計の実用目的に必要な構成と分離して美的鑑賞の対象となるような美的特性を備えている部分として把握することはできない。
エ したがって、本件原画は、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものであるから、これを純粋美術の著作物と客観的に同一なものと見ることはできず、著作物とは認められない。
2 小括
 以上のとおり、本件原画には著作物性が認められず、原告は、本件原画につき著作権を有しないことから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告に対する著作権に基づく差止等請求権及び著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権は認められない。
第4 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 杉浦正樹
 裁判官 杉浦一輝
 裁判官 布目真利子


別紙 対象製品目録
別紙 写真目録
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