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【事件名】学術論文の共同著作事件
【年月日】令和3年6月11日
 東京地裁 令和元年(ワ)第30491号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年4月7日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 久高裕之
被告 B
同訴訟代理人弁護士 桑野雄一郎


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、330万円及びこれに対する令和元年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告に対し、被告が別紙記載のタイトル(以下「本件タイトル」という。)の論文(以下「本件論文」という。)を作成したことが、原告及びC(以下「C」という。)が創作した共同著作物の著作権(複製権)を侵害し、本件論文をインターネット上において公開したことなどが上記共同著作物の著作者人格権(氏名表示権)を侵害すると主張して、不法行為に基づく損害賠償として、330万円(著作権侵害による損害額150万円、著作者人格権侵害による損害額150万円及び弁護士費用相当額30万円)及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達日の翌日)である令和元年12月19日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)ア 原告は、マサチューセッツ工科大学工学部及び同大学大学院情報科学工学研究科をそれぞれ卒業ないし修了し、アメリカ航空宇宙局ジェット推進研究所やアマゾン・ドット・コム・インク等で勤務した後、平成31年2月以降、D株式会社の関連会社において自動運転技術の開発を行っている(甲18)。
イ 被告は、平成27年4月から平成31年3月までの間、E大学の助教(省略)を務め、同年4月以降、F大学G学部の助教を務めており、その間継続して学際教育等に関する研究を行っている(乙9)。
ウ 原告と被告は、平成28年1月19日に婚姻した。
(2)被告は、平成28年10月22日、InternationalAcademicForum(以下「IAFOR」という。)が主催する「第4回社会、教育及びテクノロジーに関するアジア学会2016」(以下「ACSET」という。)において、本件タイトルを題名とする研究概要の発表を口頭で行った(甲3、乙9)。
(3)平成28年11月22日頃、本件タイトルを付した文書(甲1の1)が作成された。上記文書は、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものであって、学術の範囲に属するものであり、言語の著作物に該当する(以下、上記文書を「本件著作物」という。なお、本件著作物の著作者が誰であるかについては、後述するとおり争いがある。)。
(4)被告は、本件著作物に若干の修正をした本件論文(甲2)を作成し、平成28年11月23日、IAFORに対し、本件論文を送付した(甲1、2、乙5、9、被告本人)。本件論文は、同年12月8日、IAFORのウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」という。)内に、被告の氏名を著作者名として表示して掲載された(乙8、9)。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)本件著作物の著作者が誰であるか(争点1)
(原告の主張)
ア 本件著作物は、原告及びCが共同してこれを創作し、各人の寄与を分離して個別的に利用することができない共同著作物であるから、本件著作物の著作者は原告及びCである。
イ 被告は、本件著作物を若干修正した本件論文に被告の氏名が著作者名として表示されている以上、著作権法14条により、被告が著作者であると推定されると主張する。
 しかし、被告は、本件著作物のたたき台の作成に関わったものの、本件著作物の作成過程でその内容は削除され、最終的には残っていないから、上記の推定は覆される。そして、前記アのとおり、本件著作物を創作したのは専ら原告及びCである以上、被告が著作者であるとは認められず、被告の上記主張には理由がない。
(被告の主張)
ア 本件著作物を若干修正した本件論文には被告の氏名が著作者名として表示されているので、被告が著作者と推定される(著作権法14条)。
イ 原告は、本件著作物の創作者は原告及びCであると主張する。
 しかし、本件著作物の内容は被告の研究者としての知見に基づくものであり、被告は、短期間のうちに英語でこれを執筆しなければならないという制約があったため、英語を母国語とする原告及びCに対して執筆の協力を依頼したにすぎず、その内容の最終的な決定権限は被告にあった。
 以上によれば、原告及びCは被告の補助者として本件著作物の執筆に協力したにすぎないというべきであるから、被告が本件著作物の著作者であるという推定が覆されることはない。
ウ 仮に、原告及びCが本件著作物の創作に関与したとしても、前記イの作成経緯からすると、本件著作物は原告、被告及びCの共同著作物というべきであるから、本件著作物の著作者はこの3名である。
(2)被告による著作権及び著作者人格権の侵害行為の有無(争点2)
(原告の主張)
ア 被告が、本件著作物に依拠して、これとほぼ同一の本件論文を作成した行為は、本件著作物に係る原告の複製権を侵害するものである。
イ 被告が、IAFORに対して本件論文を提出し、これを本件ウェブサイト内に原告の氏名を著作者名として表示することなく掲載させた行為は、本件著作物に係る原告の氏名表示権を侵害するものである。
ウ 被告が、日本学術振興会に対し、「省略」と題する研究の成果として、原告の氏名を著作者名として表示することなく本件論文を報告した行為は、本件著作物に係る原告の氏名表示権を侵害するものである。
(被告の主張)
 被告が、本件著作物に依拠し、これとほぼ同一の本件論文を作成したこと、本件ウェブサイトに原告の氏名を表示することなく本件論文が掲載されたことは認め、その余の主張はいずれも争う。
(3)本件著作物に係る著作権の放棄並びに著作権法64条1項及び65条2項の合意の有無(争点3)
(被告の主張)
ア 本件著作物は、被告がこれを修正した後、ACSETで発表を行った被告の論文として、被告の氏名を著作者名として表示して本件ウェブサイト内に掲載されることが予定されていた。
 また、本件著作物の内容は原告の技術者としての知識や経験と全く関係がなく、ACSETで発表をしていない原告の氏名が本件著作物の著作者名として表示されることは、およそ考えられていなかった。
 さらに、原告は、被告が本件著作物に依拠して本件論文を作成し、本件論文が本件ウェブサイト内に掲載されたことについて、異議を述べたことはなかった。
イ 前記アの経緯に照らせば、原告は、本件著作物の著作権を放棄したか、本件著作物の著作者が原告、被告及びCの3名である場合は被告及びCとの間で、本件著作物の著作者が原告及びCの2名である場合はCとの間で、被告がこれを複製することを許諾することを合意したというべきである。
ウ また、前記アの経緯に照らせば、本件著作物の著作者が原告、被告及びCの3名である場合、原告は、被告及びCとの間で、原告及びCの各氏名を著作者名として表示することなく、被告の氏名を著作者名として表示して本件著作物を公衆に提示することを合意したというべきである。本件著作物の著作者が原告及びCの2名である場合、原告は、Cとの間で、原告の氏名を著作者名として表示することなく本件著作物を公衆に提示することを合意したというべきである。
(原告の主張)
 研究者の論文に係る著作権の放棄や譲渡、著作物の利用許諾等については、慣習上、書面を作成するなどして、慎重かつ明確な意思表示がされる必要があるところ、本件においてはこのような書面は作成されていない。
 また、本件論文が本件ウェブサイト内に被告の氏名を著作者名として表示して掲載されていることを原告が知ったのは平成30年12月頃であるから、原告は、原告の氏名を著作者名として表示しないことに同意していたわけではない。
 したがって、原告が本件著作物に係る著作権を放棄したり、Cとの間で、被告が本件著作物を複製することを許諾し、原告の氏名を著作者名として表示しないことを合意したりしたことはない。
(4)損害の発生及びその額(争点4)
(原告の主張)
ア 被告が本件著作物を複製して本件論文を作成したことにより、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、150万円を下らない。
 また、被告が本件著作物を複製して作成した本件論文を、日本学術振興会に対して研究成果として報告したことにより、被告は、合計299万円の配分を受け、利益を受けたから、同金額が損害の額と推定される(著作権法114条2項)。
 そこで、上記各損害を選択的に主張し、本件著作物に係る原告の著作権(複製権)が侵害されたことによる損害として、150万円を請求する。
イ 被告が、IAFORをして原告の氏名を著作者名として表示することなく本件論文を本件ウェブサイト内に掲載させ、日本学術振興会に対して研究成果として報告したことにより、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、150万円を下らない。
ウ 本件訴訟を追行するのに要する弁護士費用相当額は30万円を下らない。
(被告の主張)
 いずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1ないし3、6、7、18、乙1ないし9、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1)原告と被告は、平成28年1月19日に婚姻し、同居を開始した(乙9)。
(2)被告は、平成28年6月上旬、IAFORに対し、IAFORが主催するACSETにおいて、本件タイトルの研究発表をすることを申請し、同月26日、IAFORから、上記研究発表の承認を得た(乙1ないし3)。
(3)被告は、平成28年10月22日、ACSETにおいて、パワーポイントで自ら作成した資料を使用し、口頭で、本件タイトルの研究発表を行った(甲3、乙9、被告本人)。
(4)原告と被告は、平成28年10月23日、結婚式を行った(甲18、乙9)。
(5)被告は、平成28年11月11日、IAFORから、ACSETにおいて発表した内容を本件ウェブサイト内に掲載することができるので、掲載を希望するのであれば、原稿の提出期限は同月23日である旨の連絡を受けた(乙4)。
 被告は、英語で上記原稿を作成する必要があり、提出期限まで時間がなかったことから、英語を母国語とする原告及び同月18日に来日した友人のCに対し、上記原稿の執筆への協力を依頼した。なお、原告は、マサチューセッツ工科大学工学部での学士論文、同大学大学院での修士論文等及びアメリカ航空宇宙局ジェット推進研究所での研究内容に関する論文を執筆したことはあるが、被告が専門とする学際教育等の研究に関する論文の執筆経験はなく、また、Cも、カリフォルニア大学でコンピューター科学の学士号を取得し、ソフトウェア開発者として稼働している者であるため、上記原稿の執筆は、同人らの経済的利益やキャリアに関わるものではなかった。(甲18、乙6、9、原告本人、被告本人)。
(6)原告及び被告は、平成28年11月20日までに、前記(3)の発表内容を基に、前記(5)の原稿の骨子(甲6の1。以下「本件骨子」という。)を作成した(甲6、18、乙9)。
(7)原告は、平成28年11月20日、ファイル共有システムであるDropbox上に「Bpaper」との名称を付したフォルダを作成し、同フォルダ内に本件骨子のデータファイルを保存した(乙6、7、9)。
 その後、原告及びCは、文書作成ツールであるGoogleドキュメントのクラウド上に別途保存した本件骨子のデータファイルを共同で編集する方法により、被告から提供されたACSETで発表した際の資料やインターネットを使用して収集した資料等を基にして、原稿の作成を行った。主として、Cが前半部分を、原告が後半部分を執筆し、原告が最後に全体を通読して加除訂正を行い、同月22日頃、本件著作物が完成した。(甲1、7、18、乙6、7、9)
(8)被告は、本件著作物の内容を確認し、これに若干の修正をして本件論文を作成し、平成28年11月23日、IAFORに対し、本件論文を送付した(甲2、乙5、9、被告本人)。
(9)本件論文は、平成28年12月8日、本件ウェブサイト内に、被告の氏名を著作者名として表示して掲載された(乙8、9)。
(10)原告と被告は、平成29年10月18日に長女をもうけたが、その後、夫婦関係が悪化し、平成31年1月24日、別居を開始した(甲18、乙9、弁論の全趣旨)。
 原告が同年4月25日に被告に対して夫婦関係調整調停を申し立てたのを皮切りに、現在、原告と被告との間には、本件以外にも、婚姻費用分担申立事件、損害賠償請求事件、離婚等請求事件等、複数の事件が係属している(甲18、乙9、弁論の全趣旨)。
2 争点1(本件著作物の著作者が誰であるか)について
(1)ア 本件著作物に若干の修正をした本件論文の冒頭には、本件タイトルに続いて、肩書である「E大学」とともに被告の氏名が記載されている。このように、本件著作物には、著作者名として通常の方法により被告の氏名が表示されているといえるから、本件著作物の著作者は被告であると推定される(著作権法14条)。
イ しかしながら、前記1(5)及び(7)のとおり、被告は、短期間のうちに、被告がACSETで発表した内容を英語で記載した原稿を作成する必要があったことから、英語を母国語とする原告及びCに上記原稿の執筆への協力を依頼し、原告及びCは、Googleドキュメントのクラウド上に保存した本件骨子のデータファイルを共同で編集する方法により、被告がACSETで発表した際の資料等を基にして執筆を行い、原告が最後に全体を通読して加除訂正を行って、本件著作物を完成させたものである。
ウ 前記1(6)のとおり、本件骨子は、被告がACSETでの発表内容を基にして原告とともに作成したものであるが、証拠(甲1、2、6)及び弁論の全趣旨によれば、@本件骨子は、A4サイズで3頁分のものであり、その冒頭には本件タイトル並びに被告の氏名及び所属が記載され、その本文には複数の見出しが列挙され、これらのうち「Abstract」、「Keywords」及び「Introduction」の各見出しの下には相応の記載があるが、その他の見出しの下にはほとんど記載がないこと、A本件著作物は、A4サイズで14頁分のものであり、その冒頭には本件タイトル、被告の氏名及び所属並びにACSET公式会議録である旨が記載され、その本文には本件骨子の本文に列挙された見出しに加えてさらに複数の見出しが挙げられ、各見出しの下には表が引用されるなど相応の記載があること、B本件著作物の「Abstract」及び「Keywords」の各見出しの下の記載の約半分(1頁の約5分の1相当)は、本件骨子の「Abstract」及び「Keywords」の各見出しの下の記載と一致するが、その他の見出しの下の記載は異なるか、本件著作物において新たに書き加えられたことがそれぞれ認められる。
 上記認定事実によれば、本件著作物は、本件骨子とタイトルや複数の見出しが同一であり、本文の記載の一部が一致するものの、本件骨子の4倍強の分量に至るまで加筆がされており、このうち本文の記載が一致する部分は1頁の約5分の1相当とごくわずかであるといえる。そうすると、原告及びCが、本件骨子に創作的な表現を付加し、これを修正、変更等したことにより、本件著作物においては、本件骨子の表現上の本質的な特徴の同一性が失われているというべきであり、被告の思想又は感情が本件骨子を介して本件著作物に創作的に表現されたと認めることは困難である。
エ そして、他に、本件著作物が完成するまでに、被告がGoogleドキュメントのクラウド上に保存した本件骨子のデータファイルの編集作業を行ったことや、原告及びCに対して本件著作物の表現について具体的に指示したことを認めるに足りる証拠はない。
オ 前記イないしエによれば、本件著作物は、その作成に原告、被告及びCといった複数の者が関与したものといえるが、その作成過程における客観的な行為を検討すれば、原告及びCが創作的表現を最終的に確定させる行為を行ったものということができる。したがって、本件著作物は、原告及びCの思想又は感情が創作的に表現されたものであり、被告の思想又は感情が創作的に表現されたとは認められないというべきであるから、本件著作物の著作者に関する前記アの推定は覆滅されるというほかはない。
 そして、前記1(7)のとおり、主として、Cがその前半部分を、原告がその後半部分を執筆し、原告が最後に全体を通読して加除訂正を行っており、各人の寄与を分離して個別的に利用することができないといえるから、本件著作物は原告及びCの共同著作物であると認めるのが相当である。
(2)これに対して、被告は、本件著作物の内容の最終的な決定権限は被告にあり、原告及びCは補助者にすぎないから、本件著作物の著作者は被告であるか、原告、被告及びCの3名であると主張する。
 しかし、被告に本件著作物の内容の最終的な決定権限があったとしても、被告が具体的にこの権限を行使したことを認めるに足りる証拠はない上、本件著作物の作成経緯及び内容は前記(1)のとおりであって、本件著作物中に被告の思想又は感情が創作的に表現された部分を認めることはできず、その創作的表現の最終的確定者は原告及びCであると認められる。
 したがって、本件著作物の著作者に被告は含まれないと認めるのが相当であり、被告の上記主張はいずれも採用することができない。
(3)以上のとおり、本件著作物は原告及びCの共同著作物であり、本件著作物の著作者は原告及びCである。
3 争点3(本件著作物に係る著作権の放棄並びに著作権法64条1項及び65条2項の合意)について
 事案に鑑み、争点2に先立ち、争点3について判断する。
(1)前記1(5)ないし(10)及び2(1)イのとおり、@被告は、IAFORから、被告がACSETで発表した内容を本件ウェブサイト内に掲載することを希望するのであれば、期限までに原稿を提出しなければならない旨の連絡を受けたこと、A被告は、短期間のうちに上記原稿を英語で作成する必要があったところ、被告の夫である原告及び友人であるCは英語を母国語としていたことから上記原稿の作成の協力を依頼し、原告及びCは、被告のためにこれを引き受けたこと、B原告及びCは、本件著作物のテーマである学際教育等に関しては専門外であり、本件著作物の作成は、同人らのキャリア等にとって有益なものではなかったこと、C原告及び被告が作成した本件骨子並びに原告及びCが作成した本件著作物の各冒頭には、本件タイトル並びに被告の氏名及び所属が記載され、原告及びCの各氏名は記載されていなかったこと、D被告は本件著作物の内容を確認し、これに若干の修正を施した本件論文を作成してIAFORに提出し、その後、平成28年12月に、本件論文が被告の氏名を著作者名として表示して本件ウェブサイト内に掲載されたこと、E原告と被告の夫婦関係が悪化して、別居を開始し、両者の間で調停等の申立てや訴訟の提起がされるようになったのは、上記Dの後である平成31年以降であることが認められる。
 これらによると、原告及びCは、被告作成の論文としてIAFORに対して提出され、被告のみの作成名義で本件ウェブサイト内に掲載されることを前提として、被告がACSETで発表した内容を英語でまとめた本件著作物を作成したものであり、原告の氏名を著作者名として表示することなく公衆に提示されることを認識しつつ、被告のためにこれを作成したものというべきである。したがって、本件著作物の著作者である原告及びCは、被告に対し、被告が本件著作物を複製することを許諾し、当該複製物の公衆への提示に際し、原告の氏名を著作者名として表示しないことを合意したと認めるのが相当である(著作権法65条2項、63条1項、64条1項)。
(2)これに対して、原告は、@研究者の論文に係る著作物の利用許諾等の際に作成されるはずの書面が作成されていないこと、A本件論文が本件ウェブサイト内に被告の氏名を著作者名として表示して掲載されていることを原告が知ったのは平成30年12月頃になってからであることからすると、原告は、被告が本件著作物を複製することを許諾し、本件著作物の公衆への提示に際して原告の氏名を著作者名として表示しないことをCとの間で合意してはいないと主張する。
 しかし、上記@について、共同著作者の合意(著作権65条2項、64条1項)は書面でもってされなければならないものではないし、研究者の論文に係る著作物の利用許諾等の際に書面が作成されることが多かったとしても、原告は被告の夫であり、Cは被告の友人であったことからすると、このような書面が作成されなかったとしても不自然ではない。
 また、上記Aについて、前記(1)の原告及びCが本件著作物を作成するに至った経緯に加え、原告が被告から原稿の作成の協力を依頼されたのは、原告と被告が結婚式を行ってから間もない時期であり(前記1(4)及び(5))、この当時、夫婦関係に特段の問題があったことはうかがえないこと、被告は、平成28年12月9日、原告に対し、本件論文を受領した旨のIAFORからのメールを転送していること(乙8)からすると、本件論文が被告の氏名を著作者名として表示して本件ウェブサイト内に掲載されていたことを平成30年12月頃に至るまで原告が知らなかったとは、およそ考え難い。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3)以上のとおり、原告及びCは、被告が本件著作物を複製することを許諾し、当該複製物の公衆への提示に際し、原告の氏名を著作者名として表示しないことを合意したと認められるから、前記第2の3(2)(原告の主張)にある被告の各行為が認められたとしても、本件著作物に係る原告及びCの複製権及び氏名表示権を侵害するとはいえない。
第4 結論
 したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 小川暁
 裁判官 佐々木亮


(別紙)省略
 以上
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