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【事件名】デパートのイベント広告事件
【年月日】令和3年6月11日
 東京地裁 平成31年(ワ)第10623号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年4月16日)

判決
原告 株式会社アイディアイ
同訴訟代理人弁護士 竹原文雄
被告 A
同訴訟代理人弁護士 小嶋和也
同 諸節統
同 金子晋也
同 石川宏昭
同 安藤圭輔
同 下田麻衣
同訴訟復代理人弁護士 大原義隆
同 新沼奏之介


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
 被告は、原告に対し、493万1453円及びこれに対する令和元年5月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告は、各種イベントの企画等を目的とする株式会社であり、被告は、個人のグラフィック・デザイナーである。株式会社松屋(以下「松屋」という。)は、原告に対し、平成31年1月30日から開催されるバレンタイン・イベント(以下「本件イベント」という。)の企画に係る業務を委託し、原告は、被告に対し、同業務に係るデザイン制作などの業務を再委託した(以下「本件業務委託契約」という。)が、同イベントの開始前に同契約を打ち切った。これに対し、被告は、松屋及び原告に対し、本件イベントに係る制作物の著作権を主張し、その対価の支払を求める通知(以下「本件通知」という。)をしたところ、松屋は、同月28日、被告との間で同制作物の対価を支払う旨の合意をする一方、原告に対しては今後の取引を中止する旨を告げた。
 かかる事実関係の下、本件は、原告が、被告に対し、@本件通知によって、原告と松屋との継続的な契約関係が解消されたことにより、平成31年度以降も松屋と継続的に取引することに対する期待という法律上保護されるべき利益が侵害されたとして、不法行為に基づき、逸失利益及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、A予備的に、被告は、少なくとも共同著作者の一人にすぎないのに、その使用料全額を受領しており、不当利得が生じているとして、原告の寄与に相当する金額及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで前記年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実。なお、本判決を通じ、証拠を摘示する場合には、特に断らない限り、枝番を含むものとする。)
(1)本件業務委託契約の締結
ア 原告は、平成30年7月頃、松屋から、松屋銀座(百貨店)におけるバレンタイン・イベント(会期:平成31年1月30日〜2月14日)に係る業務を委託した。(甲3、25、33)
イ 原告は、平成30年9月頃、被告に対し、本件イベントに係る商品カタログ及びシュガーアート等のアートディレクション並びにデザイン業務を委託し、被告は、これを受託した(本件業務委託契約)。
(2)被告によるデザイン等の制作
ア 被告は、平成30年11月10日頃、本件イベントにおけるチョコレートのカタログ(以下「本件カタログ」という。)のための撮影ラフ(乙4)を制作し、撮影担当者に送付した。(乙5)
イ 被告は、平成30年11月13日、原告に対し、本件イベントのメインビジュアルとなるシュガーアート(以下「本件シュガーアート」という。)のデザイン案(乙7)を提出した。(乙14)
ウ 被告は、平成30年11月28日、原告及び松屋に対し、日経新聞に掲載する本件イベントの新聞広告(以下「本件日経広告」という。)のデザイン案の修正案(甲12の3)を提出した。(乙9)
エ 被告は、遅くとも平成30年11月30日までには、原告に対し、本件イベントのために使用されるブタのマスコットキャラクター(以下「本件マスコット」という。)の六面図であるデザイン図面(乙8)を提出した。(甲18)
(3)原告の被告に対する本件業務委託契約の打切りの通知
ア 原告は、平成30年12月1日、被告に対し、被告の「判断力、デザイン力、コミュニケーションに疑問を感じ」たことから、本件業務委託契約を打ち切り、費用については30万円を支払う旨をLINEで通知した。(甲18)
イ これに対し、被告は、「一方的にこのような内容を送られてきましても金額合わせ納得できません」、「予定金額115万円の半額というのはどういうことなのでしょうか」などと返信した。(甲19)
(4)被告の松屋に対する本件通知及びこれに対する松屋の対応
ア 被告は、平成31年1月21日、原告及び松屋に対し、以下の内容の通知書(以下「本件通知書」という。甲2)を送付した(本件通知)。
(ア)被告は、本件業務委託契約に基づき、本件カタログ用及び本件日経広告用の写真(以下「本件写真」という。)、本件カタログ及び本件日経広告の誌面デザイン、本件シュガーアート並びに本件マスコット(以下「本件制作物」という。)を創作し、その大部分を完成させた。
(イ)そうしたところ、原告は、合理的理由なく、本件業務委託契約を解除する旨の通知をし、原告及び松屋は、本件制作物の一部を利用し又は改変するなどの行為に及んでいるので、著作権法112条に基づき、本件制作物の利用を直ちに停止するよう要求する。
(ウ)被告は、本件制作物の使用許諾に対する適正な対価が支払われるのであれば、本件イベント中の本件制作物の利用を許諾する意向を有している。同対価は、他の類似案件における取引事例等を踏まえると、350万円が相当である。被告は、原告に対し、同額の支払を求める。
イ 松屋は、本件通知を受け、平成31年1月23日以後、本件イベントに係るポスターや予告看板を撤去し、サイト上の情報等を削除し、店頭宣伝物等を回収するなどの対応した。(甲23)
ウ 松屋の代理人弁護士は、平成31年1月28日、被告の代理人である被告訴訟代理人との間で、本件制作物の使用許諾の対価として被告に378万円(消費税込み)を支払うことに合意した(甲4)。松屋は、本件イベントを同月30日から予定どおり開催するとともに、同月31日、上記合意に基づいて同金額を支払った。
(5)松屋の原告に対する取引中止の通知
ア 松屋は、平成31年1月31日、原告に対し、原告との今後の取引を中止すると告知し、さらに、松屋担当者は、原告担当者からの照会に対し、同年3月11日、「本案件がどのように解決しても、お取引中止という判断に影響はございません。」と回答した(甲6)。
イ 松屋担当者は、原告との取引を中止した理由について、平成31年5月24日付けの原告代表者宛てのメール(甲21)において、@上場する百貨店として、著作権に関するトラブルを抱えたまま、バレンタイン企画の宣伝・装飾の実施及びマスコミへの広報活動を行うことはリスク管理上できないと判断した、A松屋は被告が主張する著作権に関する調査及び要求金額の妥当性を検討する時間的余裕はなかった、Bこのような事態が発生したのは原告の著作権管理に少なからず問題があったと考えているなどと説明した上で、本件企画を一時的にストップしたことによる損害として原告が松屋に150万円を支払うことを提案した。(甲21、23)
(6)松屋の原告に対する業務委託料の支払
 原告は、松屋の関連会社である株式会社シービーケーに対し、「バレンタインプローモーション」の報酬として、平成30年11月30日付けで226万2816円、同日付けで48万6000円、同年12月28日付けで124万2000円、平成31年1月31日付けで118万8000円(以上合計517万8816円)の支払を請求し、同社からこれらの支払を受けた。(甲27の4、甲59、弁論の全趣旨)
3 争点
(1)本件通知の違法性及び損害の有無(争点1)
(2)被告による不当利得の有無(争点2)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件通知の違法性及び損害の有無)について
(原告の主張)
(1)被侵害利益及び違法性
ア 原告の有する法的利益
 原告と松屋の業務委託契約は、一年ごとの更新であったが、平成27年から取引が継続しており、松屋の担当者は、原告代表者に対し、平成30年5月24日の「来期の件」と題するメール(甲22の2)において、「そろそろ来期の件お打ち合わせさせていただきたい」などと連絡し、平成31年1月18日の「来期の毎月案件」と題するメール(甲22の1)において、「Bさん継続となりました」、「詳細打ち合わせしたい」などと述べ、来期(平成31年3月から翌年2月まで)も取引を行うことを伝えていた。
 このように、原告と松屋の間では平成31年3月以降も契約を契約することが見込まれていたことなどに照らすと、原告には、松屋との取引が継続して行われると期待し得る事情が存在したので、原告は「法律上保護される利益」(民法709条)を有していた。
イ 被告による原告の法的利益の侵害
 しかるに、被告は、本件イベントの開催直前に松屋に本件通知をし、自らが本件制作物の著作者兼著作権者であるとの事実に反する主張をし、根拠も示さずに350万円の対価の支払を求めた(甲2)。その結果、困窮した松屋は、被告の主張の真実性及び金額の妥当性を検討する時間的余裕を有さず、本件イベントを開催し得ないことを危惧したこともあって、当該対価を支払い、原告との継続的取引を中止した。被告のかかる行為は、原告の上記法的利益を侵害するものであり、不法行為を構成する。
ウ 本件制作物の著作権者
 以下のとおり、本件制作物は、少なくとも「共同著作物」(調査嘱託の結果)であり、被告が本件制作物の著作者兼著作権者であるとの本件通知書の記載は事実に反する。
(ア)本件写真
 本件カタログ及び本件日経広告用の本件写真の創作行為をしたのは、有限会社西澤写真事務所(以下「西澤写真事務所」という。)に所属するカメラマンのCであり(甲8)、Cが、本件写真の著作者兼著作権者である。Cは、写真のイメージを被告から伝えられていたが、被告の手足として、命じられるがままにシャッターを押していたわけではない。
 そもそも、写真に著作物性が認められるのは、その撮影過程に撮影者の個性が発揮されるからであるが、被告は、その撮影過程における様々な行為(被写体の選択、撮影時間の選択、構図の選択等)をしていないので、本件写真の著作者に当たらず、共同著作者でもない。
 これに対し、被告は、撮影前の事前打合せにおいてカメラマンに背景やライティング等について指示した上、撮影時には、小道具の配置やライティングの設定などの指示をしたと主張するが、被告がカメラマンに伝えたのはイメージにすぎず、また、撮影時に小道具の配置等を行う作業の中心となったのは、スタイリストであるDである(甲7)。しかも、撮影された写真の最終確認は、原告代表者と松屋の担当者がしている。
 また、被告は、本件イベントの「テーマパーク」というコンセプトに基づき、本件カタログに掲載する各写真のイメージ画を制作したと主張するが、そのコンセプト自体は松屋が提示したものであり、当該イメージ画は、前年以前のカタログを見てチョコレートの配置を少し変更したにすぎず、イメージ画の背景と小道具はDが調達したものである。
(イ)本件シュガーアート
 被告が、本件シュガーアートのデザイン図面(甲39、乙7)を制作したことは認めるが、当該各図面は、原告から渡されたイメージ図(甲33〜38)をイラスト化し、原告代表者や松屋の担当者の指示の下で修正したものにすぎず、創作性を有するものではない。
 むしろ、本件シュガーアートのデザインの基礎となるイメージ図(甲38)は、原告の提案書(甲33〜36)や本件シュガーアートの制作を担当した東京シュガーアートの提案書(甲37)及び松屋の意見を参考にして原告が制作したメインビジュアルのイメージ図(甲38)が基礎となっているので、本件シュガーアートの著作権は、原告に帰属する。
(ウ)本件マスコット
 本件マスコットは、本件イベントに係る松屋のオリジナルフィギュアとして、プレゼント用に量産された実用品である(甲24の3)。ぬいぐるみ、人形、フィギュアなどの量産される実用品は、純粋美術と同視し得る程度の美術的な創作性を具備していると評価される場合に著作物性を認められるにすぎないのであるから、本件マスコットに著作物性は認められない。
 また、ブタをモチーフにバレンタインのマスコットをデザインしようとすると、誰が表現しても同じようなものになる。まして、本件マスコットは、松屋から提示されたサンプルなどを参考に(甲11、32)、
 松屋の指示の下で制作されたものであるから、その表現に被告の何らかの個性が現れているとはいえない。
 したがって、本件マスコットに対する著作権を被告が有することはない。
(エ)本件日経広告の誌面デザイン
 原告は、平成30年11月下旬頃、被告に対し、本件日経広告の紙面のデザインを依頼した。その後、被告は、原告と松屋の担当者に対し、デザイン案を提出したが(甲12の3、44)、松屋担当者からテーマパーク感がないなどと指摘された。
 本件日経広告の最終的な誌面デザイン(甲24の3、50)は、原告代表者が、本件業務委託契約の解除後、平成31年1月中旬頃までの間に、松屋の担当者との交渉を重ねた上で制作したものである(甲12の4、46〜49、51)。
 したがって、本件日経広告の誌面デザインの著作権は原告に帰属する。
(オ)本件カタログの誌面デザイン
 原告は、本件日経広告の紙面の割付けを制作した後、平成30年11月下旬頃、被告に対し、カタログ60頁のうち数頁のデザインを依頼した。その後、被告は、原告と松屋の担当者に対し、デザイン案を提出したが(甲53)、松屋担当者からテーマパーク感がないなどと指摘された。
 本件カタログ(甲24の1)の誌面デザインは、原告が、本件業務委託契約の解除後、平成31年1月15日頃までに、松屋の担当者などの意見を取り入れながら制作したものである(甲54〜57)。
 したがって、本件カタログの誌面デザインの著作権は原告に帰属する。
エ 違法な自力救済
 被告が本件通知を送付することにより松屋に378万円を支払わせ、本件イベントに関する自身の業務委託料の確保を図ったのは、司法的手続によらず自己の権利の実現を図った自力救済に該当し、この点からも、被告の行為は不法行為を構成する。自力救済が許されるための要件は、@私法上の請求権があること、A緊急やむを得ない特別の事情が存在すること、B権利の実現の手段が相当な範囲内であることであるが、本件通知はそのいずれの要件も充足しない。
(2)相当因果関係及び損害
 本件においては、松屋の担当者は、本件通知書の送付直後、原告代表者に対し、今後の取引を中止する旨を告げ、本件イベントが一時的にストップし、損害(甲23)を受けたことから、原告との今後の取引を中止するという判断は変えなかったという経緯がある(甲6)。これによれば、本件通知は、松屋をして新しい取引を行わないとの決定に至らせたものであり、被告による不法行為と、原告が松屋との平成31年3月以降の取引により得べかりし利益との間には相当因果関係がある。
 原告の得べかりし利益の額は、原告と松屋との取引における平成29年度及び平成30年度の利益額の平均である493万1453円と認めるのが相当であり、少なくとも、平成29年度の利益額である343万6914円を下らない(甲27、58)。
(被告の主張)
(1)被侵害利益及び違法性
ア 原告の主張する被侵害利益
 原告は、松屋から契約を受けられなくなったことを被侵害利益と主張するが、原告と松屋との間の平成31年度以降の業務委託に関する具体的な契約内容も明らかにされておらず、原告が有していたのは、単なる期待権にすぎない。原告は、松屋との間に継続的取引関係があったとして、入金記録を提出するが、その入金が松屋との継続的取引の報酬であるかどうかも明らかにされていない。
 原告の主張が不法行為による債権侵害をいうものと理解したとしても、給付の侵害のうち、債権が消滅する類型の債権侵害は、加害者が、当該債権の存在を認識していた場合にのみ成立するところ、被告は、原告の債権の存在を認識していなかったのであるから、本件通知に違法性はない。
イ 本件通知が違法行為に該当しないこと
 本件通知は、原告が本件業務委託契約の報酬を支払わないため、被告が創作した本件制作物の使用中止を求めたものであり、正当な権利行使であって、何ら違法性を有するものではない。なお、被告が少なくとも本件制作物の共同著作権を有していたことは、以下のとおりであり、本件通知書の記載は事実に合致する。
(ア)本件写真
 被告は、本件イベントの企画テーマが「テーマパーク」であったことから、これをイメージしてキービジュアルの案を制作し(乙10)、「テーマパーク」のようにコンセプトに応じて本件日経広告や本件カタログの割付けも行うことを発案したほか、各コンセプトに基づき写真1枚ずつのイメージ画をチョコレートの配置、背景、小道具等も含めて制作し、全体の構成を提案した。
 被告は、テーマパーク感を出すため、どの商品をどのように見せるかを検討し、撮影ラフ(乙4)の制作を行った。また、被告は、全体の統一感を意識し、背景や小道具などについても、各担当に細かい指示を与え、メールに添付された写真で事前に確認するなどした。
 被告は、カメラマンに対しても、背景やライティングなどの指示を出した(乙5)。そして、カメラマンは、被告の指示の下、チョコレートや小道具の配置、背景やライティングの設定などが整ってからシャッターを切り、撮影した写真の全てについて、被告の確認を求めた。
 以上に照らすと、本件写真は被告の創意に基づくものというべきであるから、その著作権は被告に帰属する。仮に、撮影の技術的側面を考慮したとしても、本件写真は、少なくとも被告とカメラマンであるCとの共同著作物である。
(イ)本件シュガーアート
 被告が本件イベントに関与した時点において、シュガーアートを用いる案は、予算の都合などから見送りとなっていた。しかし、被告が、そのラフデザイン(乙7の1)を制作し、シュガーアートをキービジュアルとすることが決定された。
 被告は、本件シュガーアートのため、膨大な資料(乙15、16)をリサーチした上、打合せを重ね、何度もデザインを練り直した(乙7)。被告が、このデザインに当たり、原告が制作した提案書やイメージ図(甲33〜38)を参考にしたことはない。
 被告は、何度も制作現場を訪れ、また、制作過程の写真(乙17)の送付を受け、シュガーアーティストに対し、色や形、艶感、大きさなどを細かく指示していた。最終的な組立ては、被告がパーツの位置、角度、重なりなどを確認するため、撮影当日に行われた。
 以上によれば、本件シュガーアートは、被告の創意によって制作されたものというべきである。仮に、シュガーアーティストの関与を考慮するとしても、少なくとも被告とシュガーアーティストとの共同著作物であるから、その著作権は被告に帰属する。
(ウ)本件マスコット
 本件マスコットのデザインは、被告が制作した3パターンの中から松屋が決定した(乙8)。松屋からの指示は、全体のサイズ感のほか、ブタをモチーフにし、台座に乗せることのみであり、本件マスコットは、被告の創作した著作物である。
 なお、松屋が提供したサンプル資料(甲11)は、参考資料にすぎない。同資料のデザインと被告のデザインとを比較すれば、ブタの形、配色、鼻の穴の形、衣服などが異なっており、本件マスコットが、被告による創作物であることは一目瞭然である。
 これに対し、原告は、本件マスコットが、「量産される実用品」であると指摘するが、被告は本件マスコットのデザインに係る著作権を主張しているのであるから、原告の指摘は失当である。
(エ)本件日経広告の誌面デザイン
 被告は、本件日経広告の誌面デザインの初案を制作したが(甲12の2)、原告は、松屋からの修正指示を曖昧に伝えてきた。被告は、その指示を踏まえ、平成30年11月28日、その修正案を提出したが(乙9)、原告は、松屋の意見について何ら説明をしないまま、被告との業務委託契約を解除した。
 完成した本件日経広告の誌面デザイン(甲24の3)は、テーマごとにカテゴライズして商品を主役とする点において、前記修正案を踏襲したものであるので、その著作権は重要部分を創作した被告に帰属する。
 確かに、原告は、本件日経広告の誌面デザインを最終的に完成させるため、城や飛行機のイラストを挿入するなどしているが、その完成のための作業に創意工夫は認められない。
(オ)本件カタログの誌面デザイン本件カタログの誌面デザインは、被告が制作したラフ(乙4)に基づいており、そのデザインどおりに掲載する写真の撮影も進んでいた。完成した本件カタログ(甲24の1)と前記ラフとを比較すると、被告の制作したデザインどおりに完成していることは明らかである。
 したがって、本件カタログの誌面デザインの重要な部分を創作したのは被告であり、その著作権は被告に帰属する。これに対し、原告は、その著作権が自らに帰属すると主張するが、原告は、誌面デザインをエクセルデータ化するという事務作業をしたにすぎない。
ウ 自力救済の主張について
 原告は、本件通知が違法な自力救済に当たると主張するが、松屋との間で、弁護士を交えた話合いをし、示談交渉したことは、自力救済に当たらない。被告が本件制作物のために378万円を受領したのも、松屋との合意(甲4)の結果によるものであって、不当な手段を講じたことによるものではない。
(2)相当因果関係及び損害
ア 被告は、原告から一方的に本件業務委託契約を打ち切られた上、低廉な報酬額を提示されたため(甲18)、被告代理人を通じ、原告に対し、本件通知書を送付した。しかるに、原告は、平成31年1月23日付け「ご連絡」を送付した後、同月29日付けの「回答書」(甲14の1)を送付まで、被告に連絡をしなかった。他方、松屋は、その間、被告との話合いに応じ、同月28日付けで合意に至った(甲4)。
イ 松屋は、このような経緯を踏まえ、原告からも事情を聴取した上、「御社の著作権管理に、少なからず問題があった」(甲21)との判断に至ったため、原告との契約を打ち切ったと考えられる。松屋の担当者も、「本案件がどのように解決をしても、お取引中止という判断に影響はございません。」(甲6)とメールしており、原告の管理監督に問題があると判断したことが、契約打切りの理由である。
ウ そうすると、松屋はリスク管理上の理由から被告に376万円を支払ったが、他方で、被告を一方的に解任するような原告とは新たな取引をしないと判断したと考えるべきである。松屋は、アートディレクターである被告と良好な関係を築けず、委託した業務を適切に遂行することができない原告の行動を問題視し、取引を中止したのであり、このような松屋の判断と被告の行為との間に相当因果関係はない。
エ 原告の主張する損害に関し、原告が松屋及び松屋の関連会社から支払を受けた本件イベントに係る業務の対価のうち、少なくとも157万6800円は、被告のデザイン業務やシュガーアートの制作費に関するものであるから(甲59A、F、Gの一部及びH)、その範囲で原告に損害は生じていない。
2 争点2(被告による不当利得の有無)について
(原告の主張)
(1)被告は、本件制作物の著作権を有していないのにもかかわらず、その使用許諾の対価として、松屋から378万円を受領した。これは法律上の原因のない利得に当たる。他方、本来であれば、当該378万円は、本件制作物の著作権者である原告及びCが受領すべきものであり、原告とCとの間では、原告がCの所属する西澤写真事務所に本件写真の代金を支払ったことで、本件写真の著作権及び所有権を原告に帰属させる旨の黙示の合意が成立していた。
 したがって、原告は、被告に対し、前記378万円に係る不当利得返還請求権を有する。
(2)仮に、本件シュガーアート並びに本件日経広告及び本件カタログの誌面デザインが、被告と原告の共同著作物であり、本件写真が、被告とCの共同著作物であったとして、被告は、自己の著作権持分を超え、その使用許諾の対価を受けている。そして、これらの共同著作権者間の寄与割合は不明であるから、その権利の割合は2分の1と認定すべきであり、原告が本件写真に係るCの著作権の持分を譲り受けたことは、上記(1)のとおりである。
 したがって、少なくとも、原告は、被告に対し、前記378万円の2分の1である189万円に係る不当利得返還請求権を有する。
(被告の主張)
(1)松屋が被告に支払った378万円は、被告と松屋との合意(甲4)に基づくものであり、不返還の合意も成立している。したがって、この支払は、法律上の原因を欠いた「利得」に当たらない。
(2)仮に、原告に何らかの「利得」が生じているとしても、この支払は、松屋が自らの「リスク管理」(甲21)のためにしたのであるから、これに対応して生じるのは松屋の「損失」であり、原告の「損失」ではない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件通知の違法性及び損害の有無)について
(1)原告は、原告と松屋の間では平成31年3月以降も契約を契約することが見込まれており、原告には松屋との取引が継続して行われると期待し得る事情が存在したので、「法律上保護される利益」(民法709条)を有していたと主張する。
ア しかし、原告と松屋の取引は、包括的な業務委託契約に基づくものではなく、一年ごとに更新され、松屋が原告に対して個別の案件に係る業務を委託するという形で継続してきたにすぎない。そして、平成31年3月以降の取引については、松屋の担当者から原告の担当者に対し、原告との取引が継続になる見込みであることを告げ、内容についての詳細な打合せを求めているにとどまり(甲22)、業務委託に関する合意の成立に至っていなかったことはもとより、その案件や具体的な業務内容に向けた交渉も開始されていなかったものと認められる。
 そうすると、原告は、松屋との平成31年3月以降の取引に関し、契約上の権利や債権を有していたものではなく、取引継続に向けた期待を抱いていたにすぎないものというべきである。
イ このように、原告と松屋の平成31年3月以降の取引については具体的な債権が発生する段階にも至っていなかったところ、被告が、本件通知の発出に当たり、原告と松屋との間に平成31年3月以降の取引についての連絡等がされていたことを認識していたと認めるに足りる証拠はなく、また、被告が同取引を妨害するなどの害意をもって本件通知を発出したなどの事情も認められない。
ウ なお、原告は、本件制作物の著作権の帰属に関する本件通知書の記載は事実に反すると主張するが、被告が受託者として、本件シュガーアートのデザイン案、本件日経広告のデザイン案、本件カタログの撮影ラフの制作、本件マスコットのデザイン図面の制作などを行ったことは、前記前提事実(2)のとおりである。このうち、例えば、本件シュガーアートについていえば、その最終的な完成品(甲24の3)が、原告の挙げる既存のデザイン図面(甲9、33〜36、38)とは異なり、被告の制作したデザインCG(乙7の2〜4)に依拠した上で、これを立体に再現したものであることは明らかであって、被告は完成した本件シュガーアートの著作者であるということができる。
 このように、被告が本件制作物の著作権者であるとの本件通知書の記載には相応の根拠があったというべきであり、少なくとも、被告が原告と松屋との間の継続的取引が中止になることを認識又は意図して本件通知を発出したということはできない。
エ したがって、本件通知が原告の「法律上保護される利益」を侵害するものであるとの原告の主張は理由がない。
(2)原告は、本件通知により松屋は原告との取引を中止したのであり、本件通知と原告の逸失利益との間には相当因果関係があると主張する。
 しかし、前記前提事実(4)のとおり、松屋が被告から本件通知を受けたのは本件イベントの開始直前の約10日前であり、松屋としては、本件イベントを予定どおり開催するため、リスク管理の観点から、同通知書に記載された本件制作物の著作権の帰属について十分な調査を行う時間的な余裕もなく、被告との和解をせざるを得なかったものと推察される。このように、松屋と直接的な契約関係のない被告が松屋に対して著作権を行使するという事態は、松屋の業務委託先である原告が本件イベントに係る業務の遂行により生じる著作権を適切に管理していれば生じ得ないものである。このため、松屋は、被告に対する原告の著作権管理に少なからず問題があり、このようなトラブルが生じた責任は原告にあると判断して、原告との取引の中止に至ったものと認められる(前記前提事実(5))。
 また、松屋は、本件通知後も原告と協議を行い、松屋が支払った対価の一部を原告が負担することなどにより、原告との間に生じた問題の解決を図ったものの、原告との間で合意に至らず、かえって、原告から公正取引委員会に相談することを検討している旨や今後の取引がないのであればはっきりと聞きたいなどの連絡を受けるに至り、原告との信頼関係が崩れたものと判断し、原告に対し、上記問題の解決いかんにかかわらず、原告との今後の取引は中止する旨を告げたものと認められる(甲6)。
 以上の経緯に照らすと、松屋が原告との平成31年3月以降の取引を中止したのは、松屋が、原告に対する業務委託者としての立場から、原告の著作権管理に問題があり、また、本件通知後の原告の対応等を通じて原告との信頼関係が失われたと判断したからであり、本件通知と原告の逸失利益との間に相当因果関係があるということはできない。
(3)原告は、被告が松屋から378万円の支払を受けたことが違法な自力救済に当たると主張する。
 しかし、被告は、本件制作物の使用を予定していた松屋に対し、これに対する著作権を主張する旨の本件通知書を送付し、双方の弁護士代理人の間で、その使用許諾の対価を378万円とする旨の合意書を交わすという、法律上許容される交渉を行い、又は紛争解決手段を利用したにすぎず、このような行為が自力救済に当たるということはできない。
(4)以上によれば、本件制作物の著作権の帰属については検討するまでもなく、本件通知が不法行為を構成し、これにより損害を受けたとの原告の主張は理由がない。
2 争点2(被告による不当利得の有無)について
 原告は、被告が松屋から著作物の対価として支払を受けた378万円は、その全額(又は共同著作権の持分割合2分の1)について、本来の著作権者(又は共同著作権者)である原告の損失に対応する不当利得であると主張する。
(1)しかし、仮に、原告が本件制作物の著作権を有するとしても、原告は、松屋から本件イベントに係る業務を受託するに当たり、本件制作物の使用に対する部分を含め、その対価を合意していたものと考えられる。実際、前記前提事実(6)のとおり、原告は、松屋からその関連会社を介して「バレンタインプローモーション」の報酬の支払を受けていたものと認められる。
 したがって、原告において、前記対価分(又はその2分の1)の損失が生じていると認めるには足りず、これと被告の利得との間に相当因果関係があるということもできない。
(2)また、仮に、原告が、本件制作物の使用の対価に相当する報酬を受領していなかったとしても、原告が、本件制作物の著作者(又は共同著作権者)であるのであれば、被告が松屋からその対価を受領したことによって、その使用に対する対価を受領する権利を当然に失うわけではない。
 したがって、この観点からも、原告に損害が生じているとはいうことはできず、これと被告の利得との間に相当因果関係があるということもできない。
(3)以上によれば、その余の点を検討するまでもなく、被告が松屋から受領した対価の全部(又は2分の1)が原告の損失に対応する不当利得に当たるとして、その返還を求める原告の請求は理由がない。
3 結論
 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

 東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 佐藤達文
 裁判官 吉野俊太郎
 裁判官 小田誉太郎
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