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【事件名】教務管理システムの無断改変事件(2)
【年月日】令和3年5月17日
 知財高裁 令和2年(ネ)第10065号 不当利得返還等請求控訴事件、令和3年(ネ)第10009号 同附帯控訴事件
 (原審・東京地裁平成30年(ワ)第36168号)
 (口頭弁論終結日 令和3年3月10日)

判決
控訴人・附帯被控訴人 X(以下「控訴人」という。)
被控訴人・附帯控訴人 学校法人片柳学園(以下「被控訴人学園」という。)
同訴訟代理人弁護士 清水幹裕
同 溝内健介
同 清水光
被控訴人 一般財団法人中東協力センター(以下「被控訴人センター」という。)
同訴訟代理人弁護士 山本龍太朗
同 大八木雄也


主文
1 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用中、附帯控訴に係る費用は被控訴人学園の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者が求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して160万円及びこれに対する平成25年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 附帯控訴の趣旨
(1)原判決中、被控訴人学園敗訴部分を取り消す。
(2)上記の部分につき、控訴人の被控訴人学園に対する請求を棄却する。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1)本件は、控訴人が、被控訴人らに対し、被控訴人らは、控訴人作成の「サウジアラビア電子機器・家電製品研修所向け教務管理システムに係るプログラム」(以下「本件プログラム」という。)に係る控訴人の著作権(複製権、公衆送信権、貸与権及び翻案権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害し、これによって利益を受けたと主張して、不当利得返還請求権に基づき、連帯して、不当利得金及びこれに対する請求日の翌日である平成25年9月12日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2)原審において、控訴人は、上記不当利得金につき、一部請求として、著作権侵害による損失として304万7800円のうち300万円及び著作者人格権侵害による損失として270万0200円のうち200万円(合計500万円)を請求した。
(3)原審は、被控訴人学園による著作権侵害行為及び著作者人格権侵害行為があったとした上で、被控訴人学園は著作権侵害について利用料相当額20万円の利益を得たなどとして、被控訴人学園に対する請求のうち20万円及びこれに対する平成25年9月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で控訴人の請求を認容したが、被控訴人学園に対するその余の請求及び被控訴人センターに対する請求をいずれも棄却した。
(4)これを不服として、控訴人は、著作権侵害による損失について被控訴人らに対する160万円の請求が認容されるべきであるとして、本件控訴をした。また、被控訴人学園は、控訴人の被控訴人学園に対する請求は棄却されるべきであるとして、本件附帯控訴をした。
2 前提事実、争点及び当事者の主張
 前提事実、争点及び当事者の主張は、後記3のとおり当審における補充主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の2及び3(原判決2頁15行目ないし11頁13行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 当審における補充主張
(1)控訴人
ア 被控訴人らによる著作権等の侵害
(ア)原審において、被控訴人らは、本件プログラムについて共有著作権を有する旨主張しているところ、現に、本件協力事業に係る業務委託契約書にも被控訴人らが共有著作権を有するものとする旨の規定が存在している。(イ)記載のとおり、この事実は、被控訴人センターが著作権等侵害行為に関与していたことを裏付ける有力な事実であったにもかかわらず、原審裁判所は、同主張について審理を尽くさなかったものであり、判決に重要な影響を及ぼすべき審理不尽がある。
(イ)そして、被控訴人らが本件プログラムの共有著作権を有するというのであれば、被控訴人らは、共有者全員の同意に基づいて共有著作権を行使するはずである。しかしながら、原審において、被控訴人センターが、被控訴人学園による著作権等の侵害につき「不知」と認否したことからすれば、被控訴人学園は、被控訴人センターの同意を得ずに各行為を行ったこととなり、被控訴人センターの共有著作権を侵害したこととなる。それにもかかわらず、被控訴人センターが何らの指摘や抗議もしていないことからすれば、被控訴人センターは、補助事業の遂行上の利益を優先して、被控訴人学園の各行為を黙認又は容認していたものといえる。
(ウ)以上のとおり、被控訴人学園による本件プログラムの著作権等侵害行為は、被控訴人センターの同意の下で行われたものである。
イ 本件システムの開発に係る労務の対価及び著作権の対価
 以下のとおり、控訴人は、著作権侵害を理由として、被控訴人らに対し、著作権の対価相当額160万円を請求する。
(ア)著作権に対する対価は、本件システムの開発に係る労務の対価を基に算出されるべきであるが、原審においては、この労務の対価について審理が尽くされなかったものであり、判決に重要な影響を及ぼすべき審理不尽がある。
(イ)平成25年9月以降における控訴人と被控訴人学園との間のやり取りの内容からすれば、被控訴人学園から提案された120万円は、本件システムの開発に係る労務の対価が一方的に提案されたものにすぎず、著作権に対する対価は含まれていなかった。
 そして、被控訴人学園から控訴人に対して平成25年9月分として3日分の交通費及び労務の対価が支払われたことからすれば、本件システムの開発に係る委託費用は、控訴人が主張するとおり、週3日程度の講義料相当額である月額約32万円とするのが相当である。
 そうすると、本件圧縮ファイルの開発に係る委託費用は、少なくとも約160万円(支払済みの105万円+平成25年4月分約32万円+同年5月分約23万円)を下らない。
(ウ)控訴人の損失を著作権法114条1項に基づいて算定した場合、被控訴人学園による著作権等の侵害に係る譲渡等数量は、公衆送信権(送信可能化権)の侵害及び兼松への被告学園プログラムの譲渡の2件であり、権利者の単位当たりの利益は160万円であるから、これらを乗じた額は320万円となり、支払済みの105万円を差し引いても、160万円を下らない。
 また、控訴人の損失を著作権法114条3項に基づいて算定した場合、控訴人が所属していた大学で利用されていたシステムであるWebClassのライセンス料が1契約当たり1年間135万円であり、その機能拡張オプションに相当する本件システムの出欠管理機能、成績管理機能及び時間割管理機能を考慮すると(オプション費は1つ当たり1年間10万円)、本件システムのライセンス料は165万円となり、160万円を下らない。
(2)被控訴人学園
ア 被控訴人学園の利益及びこれと因果関係のある控訴人の損害について
 控訴人は、著作権法114条1項及び3項に基づいて損害額を主張するが、本件プログラムの副生物である被告学園プログラムは使用するに堪えないものであったから、上記各規定に基づいて算定しても、損害は0円と評価せざるを得ない。
イ 遅延損害金の始期について
 平成25年9月11日の面談の際に、控訴人から被控訴人学園に対して、不当利得返還請求をするという意向が示されたことはない。
(3)被控訴人センター
ア 被控訴人センターによる著作権侵害行為はないこと
(ア)原審においては、本件プログラムの著作権が被控訴人学園に帰属する場合には、同著作権が被控訴人らの共有となることは争われておらず、同著作権が控訴人又は被控訴人学園のいずれに帰属するかが争点となっていたものであるから、審理不尽の問題は存しない。
(イ)また、仮に、本件プログラムの著作権が控訴人に帰属するとしても、被控訴人センターは、被控訴人学園と控訴人との間の本件プログラムに関する具体的経緯については関知していないから、著作権侵害行為に該当するとされる被控訴人学園の行為に同意していたものとはいえない。
イ 著作権侵害行為に係る利益及び損失について
(ア)控訴人の著作権法114条1項及び3項に基づく主張は、いずれも独自の計算方法等によるものであり、根拠を欠くものである。
(イ)そもそも、本件システムは、SEHAIの教務管理システムに一切用いられていないから、被控訴人学園が本件システムから何らかの利益を得たとは到底いえない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、原審と同様に、控訴人の請求は、被控訴人学園に対して、著作権侵害に係る利用料相当額20万円及びこれに対する平成25年9月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものと判断する。
 その理由は、1のとおり原判決を補正し、2のとおり当審における補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決11頁15行目ないし32頁7行目に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正
(1)原判決14頁12行目の「その際、」の後に次のとおり加える。
 「控訴人は、Aに対し、Bが控訴人の了解を得ずに被告学園プログラムに変更を加えるなどしたことに抗議した。これに対し、Aは、控訴人の気持ちはよく分かるなどと述べた。また、」
(2)原判決18頁25行目末尾に次のとおり加える。
 「なお、上記105万円は、本件プログラムが譲渡される際には、その譲渡代金の一部に充当されることが予定されていたと解する余地はあるとしても、上記のとおり、譲渡の合意が成立していたとは認められず、また、上記105万円が譲渡代金の全額であったとも認められない以上、その支払によって本件プログラムの譲渡契約が成立したと認める余地はない。」
(3)原判決29頁20行目冒頭から30頁13行目末尾までを次のとおり改める。
 「イ 控訴人は、前記4の著作権侵害行為により、平成25年4月1日から同年10月15日までの委託費用相当額の損失を被ったと主張する。
 しかしながら、仮に、本件において、控訴人に委託費用相当額の損失が生じたとしても、それは、契約に基づく相当な額の委託費用が支払われなかったことによって生じた損失と評価すべきものであって、被控訴人学園の著作権侵害行為によって生じた損失であるということはできないというべきである。
 したがって、控訴人の上記主張は、採用することができない。」
(4)原判決30頁18行目冒頭から同頁20行目末尾までを次のとおり改める。
 「しかしながら、著作者人格権の侵害によって生じる損失は、精神的損害に限られると解されるところ、控訴人に慰謝料相当額の損失が生じたとしても、これによって被控訴人学園に利益が発生するものではない。また、控訴人に、調査費用相当額、プログラム著作権の登録費用相当額及び弁護士費用相当額の損失が生じたとしても、これによって被控訴人学園に利益が発生しているわけではないことは慰謝料の場合と同様である。
 したがって、控訴人の上記主張は、採用することができない。」
(5)原判決31頁21行目の「Aと面談し、」を次のとおり改める。
 「Aと面談した際に、Bが控訴人の了解を得ずに被告学園プログラムに変更を加えるなどしたことに抗議した上で、Aとの間で、」
(6)原判決31頁25行目末尾に次のとおり加える。
「そして、被控訴人学園による著作権侵害行為は、まとまった一連の行為と評価し得るものであるところ、控訴人が不当利得返還請求を行った平成25年9月11日の時点においては、既に、そのうち主要な行為であるプログラムをアップロードしたことによる複製権及び公衆送信権の侵害、プログラムを改変したことによる翻案権の侵害は生じており、その余は派生的な侵害といえることを考慮すると、本件プログラムに係る被控訴人学園による一連の著作権侵害行為を理由とする控訴人の不当利得返還請求については、上記面談の翌日から、その全体が遅滞に陥るものというべきである。」
2 当審における補充主張に対する判断
(1)控訴人の補充主張に対する判断
ア(ア)控訴人は、被控訴人センターが、本件プログラムの共有著作権を主張する一方で被控訴人学園による各行為について「不知」と認否したことからすれば、被控訴人学園による著作権等侵害行為は被控訴人センターの同意の下で行われたものといえる旨主張する。
(イ)しかしながら、被控訴人センターは、本件プログラムをめぐる控訴人と被控訴人学園との間の具体的な事実経過を関知していなかったとの意味で「不知」と認否したものと考えられることからすれば、このような認否をしたことをもって、被控訴人学園による著作権等侵害行為を黙認又は容認していたものとみることはできない。そして、本件において、被控訴人センターが、被控訴人学園に対して著作権等侵害行為に該当する各行為を行うことを指示したり、被控訴人学園と共同して同各行為を行ったりしたと認めるに足りる証拠が存しないことは、前記のとおり補正して引用する原判決が説示するとおり(原判決20頁13行目な9いし25行目等)である。
(ウ)また、控訴人は、著作権の共有に関する著作権法65条の規定に照らせば、本件プログラムに係る著作権を共有していると主張する被控訴人センターが、著作権侵害行為に関与していないことはあり得ないという趣旨の主張をするが、この主張は、法律の規定の内容と、被控訴人センターが現実にどのような行為をしたのかを混同するものであって、採用することはできない。そして、このように、被控訴人センターが本件プログラムに係る著作権を共有しているかどうかは、被控訴人センターによる著作権侵害の有無の結論に直ちに影響を及ぼすものではない以上、本件プログラムに係る著作権の帰属に関する原審の審理について、控訴人が指摘するような審理不尽の違法は存しない。
(エ)以上によれば、控訴人の主張は、採用することができない。
イ(ア)控訴人は、平成25年9月以降のやり取りにおいて被控訴人学園から提案された120万円には著作権に対する対価は含まれていなかったものであり、控訴人と被控訴人学園との間で本件システムの開発に係る委託費用は月額約32万円と合意されていたことからすれば、著作権侵害行為によって生じた控訴人の損失は160万円を下らない旨主張し、また、著作権法114条1項又は同条3項に基づいて算定しても、同損失は160万円を下らない旨主張する。
(イ)まず、控訴人と被控訴人学園との間のやり取り又は合意に関する主張について検討するに、仮に、上記やり取りにおける被控訴人学園の提案が、本件システムに係るプログラムの著作権を取得する対価を含む趣旨ではなかったとしても、前記認定事実のとおり、平成24年12月から平成25年3月までの本件システムの開発費用は105万円であったこと、この支払がされた時点において、本件プログラムは本件システムの半分程度を完成させたものであったことに加え、上記提案のほかに控訴人及び被控訴人学園が本件プログラムの対価について具体的な金額を協議したと認めるに足りる証拠はないことや、本件における被控訴人学園による本件プログラムの著作権等侵害行為の態様等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、被控訴人学園による著作権侵害行為について、本件プログラムの著作権の利用料相当額としての利益を受け、控訴人に損失を及ぼした金額は、20万円と認めるのが相当であり、これを超える利益及び損失が生じたものと認めるに足りる的確な証拠は存しない。
 また、控訴人と被控訴人学園との間において、本件システムの開発に係る委託費用を月額約32万円とする合意が成立したと認めるに足りる証拠は存しない。
 そうすると、控訴人と被控訴人学園との間のやり取り又は合意を根拠として、控訴人に160万円の損失が生じたと認めることはできない。
(ウ)次に、著作権法114条に基づく控訴人の主張について検討するに、同条1項に基づく主張については本件プログラムの譲渡等に係る控訴人の利益の額につき、同条3項に基づく主張については本件システムとは異なるシステムであるWebClassのライセンス料を基に利用料相当額を算定することにつき、それぞれ具体的な根拠を欠くというべきである。
 そうすると、著作権法114条1項又は同条3項を根拠として、控訴人に160万円の損失が生じたと認めることはできない。
(エ)なお、被控訴人学園の著作権侵害行為による控訴人の損失に関する原審の審理について、控訴人が指摘するような審理不尽の違法は存しない。
(オ)以上によれば、控訴人の主張は、採用することができない。
(2)被控訴人学園の補充主張に対する判断
ア 被控訴人学園は、遅延損害金の始期につき、平成25年9月11日の面談の際に、控訴人から被控訴人学園に対して不当利得返還請求をするという意向が示されたことはない旨主張する。
 しかしながら、上記面談の際に、控訴人がBによる被告学園プログラムの無断変更等について抗議した上で、本件システムに係るプログラムの著作権の取扱いや被控訴人学園が支払う本件システムの開発費用全体について協議が行われたことからすれば、控訴人が被控訴人学園に対して本件プログラムの著作権の利用料相当額を請求したと認めるのが相当であることは、前記のとおり補正して引用する原判決が説示するとおり(原判決31頁21行目ないし25行目)である。
 したがって、被控訴人学園の主張は、採用することができない。
イ このほか、被控訴人学園は、種々の主張をするが、いずれも原審と同様の主張を繰り返すものにすぎず、前記の結論を左右するものではないというべきである。
第4 結論
 以上によれば、控訴人の請求は、被控訴人学園による本件プログラムに係る著作権侵害分として、本件システムの利用料相当額20万円及びこれに対する控訴人の被控訴人学園に対する請求がされた日の翌日である平成25年9月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、同限度で請求を認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
 よって、本件控訴及び本件附帯控訴は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 鶴岡稔彦
 裁判官 上田卓哉
 裁判官 都野道
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