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【事件名】オプテージへの発信者情報開示請求事件C
【年月日】令和3年4月22日
 大阪地裁 令和2年(ワ)第8610号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結の日 令和3年3月1日)

判決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 平野敬
同 井雅秀
同 笠木貴裕
被告 株式会社オプテージ
同訴訟代理人弁護士 嶋野修司
同 加古洋輔


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 原告は、別紙発信端末目録記載のIPアドレス及び時刻により特定される被告との契約者(以下「本件契約者」という。)が、P2P(ピアツーピア)ファイル共有ソフトウェアであるBitTorrent(ビットトレント)を利用して、原告が著作権を有する別紙著作物目録記載の漫画(以下「原告著作物」という。)の複製物である電子データ(以下「本件データ」という。)をインターネット上で不特定の者に対してアップロード送信したこと、及び本件契約者の行為は、原告の著作権(公衆送信権)を侵害することは明らかであると主張して、本件著作物のアップロード送信元のウェブサーバーの管理者である被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき、本件契約者についての別紙発信者情報目録記載の情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求めた。
2 前提事実(争いのない事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨より容易に認定できる事実)
(1)当事者(甲1、2)
 原告は、漫画家及びイラストレーターを業とする個人である。
 被告は、電気通信事業を営む株式会社である。
(2)原告著作物(甲1、2、8)
 原告は、平成31年3月3日、漫画「勇者のクズ」の一部である原告著作物を創作した。「勇者のクズ」は、原告が著作権を有する書籍及び電子書籍として、一般に販売されている。
(3)本件データ(甲4ないし7)
 原告代理人弁護士は、令和2年7月3日、P2P(ピアツーピア)ファイル共有ソフトウェアであるBitTorrent(ビットトレント)を使用してインターネット上で共有されている本件データを、自身の端末にダウンロードした。
(4)IPアドレスの管理
 被告は、別紙発信端末目録記載の発信時刻において、本件契約者との契約に基づき、同目録記載のIPアドレス(以下「本件IPアドレス」という。)に係る電気通信の用に供される電気通信設備を管理しており、本件契約者の本件発信者情報を保有している。
3 争点
(1)本件契約者が本件データを発信したと認められるか(争点1)
(2)原告の公衆送信権が侵害されたことが明らかであるか(争点2)
(3)本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか(争点3)
4 当事者の主張
(1)本件契約者が本件データを送信したと認められるか(争点1)
(原告の主張)
ア ビットトレントは、中央集権的なサーバーを介さず、個々の使用者間で電子データを共有するために用いられるソフトウェアである。ビットトレントにおいては、ピア(データ提供者)のIPアドレスが秘匿されず、ソフトウェア上において、電子データをアップロードしている者のIPアドレスを確認できる。
 原告代理人は、別紙発信端末目録記載の発信時刻において、ビットトレントを使用して本件データをダウンロードした際に、本件IPアドレスの端末が本件データをアップロード配信していることを確認した。
イ ウェブサイト「https://iknowwhatyoudownload.com/」において、本件IPアドレスと同一のIPアドレスの端末が、本件データをビットトレント上で共有していたことが確認できるから、本件IPアドレスが偽装されたものとは考え難い。
 VPN(VirtualPrivateNetwork)技術を利用すれば、発信端末のIPアドレスを表示させないことが可能ではあるが、その場合にビットトレント上でアップロード者として確認できるのはVPNサービス事業者のIPアドレスになるはずであるから、被告において判別できる。被告においては、そのような主張をしておらず、本件データを発信した者(以下「本件発信者」という。)が自然人であることを前提としている。
 仮に本件IPアドレスがVPNサービス事業者のものであっても、本件訴訟においては当該事業者が発信者となるので、いずれにしても開示されるべきである。
ウ 被告の主張する一般社団法人テレコムサービス協会プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会(以下「協議会」という。)が認定した「P2PFINDER」は、Winnyなどの匿名性の高いP2Pによるファイル共有を解析する機能を有するもので、匿名性のないビットトレントによるファイル共有に対しては無用であり、月額料金が対象コンテンツ1件当たり10万円と高額であって、これの使用を要求することは、実質的に権利者の救済の途を閉ざすものである。
(被告の主張)
ア 無関係な者の氏名等が開示されることのないよう、発信者情報の開示を請求する際のIPアドレスの特定には、信頼性が求められる。
 IPアドレスの特定方法としては、信頼性が認められる協議会が唯一認定した「P2PFINDER」があり、原告としては、「P2PFINDER」を利用して本件発信者を特定するか、専門技術者が、IPアドレス、ポート番号、ファイルハッシュ値、ファイルサイズ、ダウンロード完了時刻等を記録する確認試験を複数回行い、特定した方法が信頼できるものであることに関する技術的資料を作成してこれを提出しなければならない。
 原告代理人は、ビットトレントにおいては匿名性が排除されていることを前提に、本件発信者を特定するものであるが、ビットトレント自体の技術的仕様やビットトレントの画面表示の意味が明らかではなく、ビットトレントの開発主体や専門技術者が作成した技術的資料もない以上、正確な事実認定はできない。
イ 被告が契約者に割り当てるIPアドレスは固定されておらず、被告において秒単位でIPアドレスを割り当てる契約者を変更することがあるが、原告の調査時刻が秒単位で正確であったかどうかは不明であり、本件IPアドレスは本件発信者のIPアドレスではない可能性がある。
ウ 市販のソフトウェアによりIPアドレスを変更することは可能であり、ビットトレントにおいてIPアドレス等に関して暗号化や偽装の介入する余地がないとはいえないから、本件契約者ではない本件発信者が、本件IPアドレスにより発信したかのように偽装した可能性を排除できない。
エ 原告は、前記アの認定システムを利用せず、専門技術者による技術的資料も作成していないのであって、前記イ及びウのとおり、誤認や偽装の可能性も排除されていないから、本件契約者が本件データを発信したことについての証明は不十分であり、被告は開示関係役務提供者とは認められない。
オ なお、被告は、「P2PFINDER」の利用を強制しているわけではなく、利用しない場合は厳格に特定方法の信頼性を判断すべきと主張しているにすぎない。また、権利者は、「P2PFINDER」を利用すれば、裁判外で発信者情報開示を受けられるのだから、その利用料は、発信者情報開示請求訴訟を追行する費用等に比較して不当に高額とはいえない。
(2)原告の公衆送信権が侵害されたことが明らかであるか(争点2)
(原告の主張)
ア 本件発信者は、ビットトレントを使用して、原告著作物を原告の承諾を得ずに複製した本件データを、他の不特定多数のビットトレント使用者からの要求に基づいて、アップロード送信したから、公衆送信権侵害にあたることは明らかである。
 不特定多数の者との間で本件著作物を共有することは、私的複製、情報解析、引用その他のいかなる著作権制限条項にも該当せず、本件について違法性を阻却する事由は存在しない。
イ ダウンロード者が同時にアップロード者となるというビットトレントの特性はインターネットユーザーに広く知られている。P2Pファイル共有ソフトウェアを使用してファイルを入手しようとする者が、このことについて全く無知であるとは考えられないから、本件発信者は、ビットトレントを使用してファイルをダウンロードすれば、他のビットトレント利用者の要求に応じて自動的に当該ファイルがアップロードされることを知ってファイル共有行為に及んでいるのであり、故意過失を疑わせる事情は存しない。
(被告の主張)
 権利が侵害されたことが明らかといえるためには、不法行為等の成立を阻却する事由の不存在が立証されなければならず、発信者の故意又は過失の不存在をうかがわせるような事情が存在しないことが立証されなければならない。
 一般的にビットトレントを利用する者において、ダウンロード者が同時にアップロード者となるという特性を知っているとは限らず、本件発信者の故意または過失の不存在をうかがわせるような事情が存在しないとはいえない。
(3)本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか(争点3)
(原告の主張)
 本件契約者が本件発信者であり、原告が本件発信者に対し損害賠償等を請求するためには、本件発信者の氏名及び住所の開示を受けることが必要であるから、発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
 ビットトレントの機能は、インターネットユーザーにおいて広く知られており、P2Pを利用してファイルを入手しようとする者が、その機能について無知であるとは考え難いから、本件発信者は、機能を知ってファイル共有行為に及んだものと理解するのが自然である。
(被告の主張)
 不法行為の要件を明らかに欠いており、損害賠償請求を行うことが不可能と認められるような場合においては、発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がない。本件発信者は、ビットトレントにおいてダウンロード者が同時にアップロード者となる特性があることを知っていたとは限らないから、仮に、本件発信者の故意又は過失の存在をうかがわせる事情の立証を不要とする立場に立っても、原告に正当な理由があるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 本件契約者が本件データを発信したと認められるか(争点1)
(1)本件IPアドレスと発信時刻をもって特定される本件契約者と被告との間に契約関係があること、被告がその発信者情報を保有していることに争いはないが、原告は、本件契約者が本件データを発信したと主張するのに対し、被告は、本件契約者以外の者が本件発信者である可能性があるなど、本件契約者が本件データを発信したことの立証がされていない旨を主張する。
(2)前記前提事実、文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができる。
ア 原告著作物を複製した本件データについては、遅くとも令和2年6月29日の時点で、ピアツーピア方式のファイル共有ソフトウェアであるビットトレントを利用して、インターネット上で共有されていた(甲4)。
イ 原告代理人が、同年7月3日、ビットトレントのインデックスサイトに接続し、トレントファイルと呼ばれる、本件データを提供するIPアドレスのリストを管理するサーバーへのリンクを取得して、トラッカーと呼ばれる同サーバーに接続したところ、本件IPアドレスを含む複数のピア(提供者)から、本件データをダウンロードすることが可能な状態にあった(甲3、4、6)。
ウ 原告代理人は、別紙発信端末目録記載の発信時刻(同日16時51分14秒)ころ、本件IPアドレスの端末より、本件データのダウンロードを受け、その圧縮を解凍したところ、原告著作物の複製物であることが確認された(甲4〜8)。
エ 本件IPアドレスの端末については、前同日の時点で、ビットトレントを利用して、本件データを含む多数のファイルをダウンロードすることが可能な状態にあり(甲9)、同年9月の時点でも、多数のファイルをダウンロードすることが可能な状態にあった(甲11)。
(3)特定の正確性について
 被告は、原告の特定方法では、ビットトレント自体の技術的仕様やビットトレントの画面表示の意味が明らかではなく、ビットトレントの開発主体や専門技術者が作成した技術的資料がなければ正確とはいえないと主張して、IPアドレスの特定方法は、専門技術者による確認試験により複数回IPアドレス等の特定の結果を確認するなどして正確性が確認されなければならず、それによらない場合には、協議会が唯一認定したシステムである「P2PFINDER」による特定が必要である旨を主張する。
 しかしながら、証拠(甲6)によれば、本件データをダウンロードした際の画面上、明らかに本件IPアドレス及び別紙発信端末目録記載のポート番号と理解できる数字が読み取れ、現実に原告著作物を複製したものがダウンロードでき、かつ、本件IPアドレスが被告において管理し利用されている実在のIPアドレスであり、本件IPアドレスの割り当てを受けた端末により別紙発信端末目録記載の時刻に通信が行われたことを被告が否定していないことからすれば、本件契約者として本件IPアドレスの割り当てを受けた以外の者が、本件データの発信を行ったとはおよそ考え難い。
 被告は、IPアドレスを秒単位で割り当てる契約があるから、原告代理人のコンピューターに時刻のずれがあれば、無関係な契約者の情報を開示するおそれがある旨主張するが、本件契約者又は本件IPアドレスについて、そのような秒単位でのIPアドレスの割り当てが行われている旨の具体的な主張はなされていないし、前記(2)で認定したところによっても、本件契約者以外の者が、偶然に本件IPアドレスにより本件データを送信した可能性があるとは考えられない。
(4)偽装の可能性について
 被告は、ビットトレントにおいてIPアドレス等に関して暗号化や偽装の介入する余地がないとはいえず、市販のソフトウェアによりIPアドレスを変更することが可能であるから、本件発信者がIPアドレスを変更(偽装)している可能性は排除できないと主張する。
 しかしながら、被告は、本件IPアドレスを管理している特定通信役務提供者であって、別紙発信端末目録記載の時刻に本件IPアドレスの割り当てを受けて通信を行っていた者を知っているにもかかわらず、何ら具体的にIPアドレスが偽装されたことを窺わせる事情を主張していないことからすれば、本件発信者がIPアドレスを変更ないし偽装したことにより、本件IPアドレスが本件発信者のものであることに疑いがあるとはいえない。
(5)まとめ
 以上によれば、被告との契約で本件IPアドレスを割り当てられていた本件契約者が、本件発信者として本件データの発信を行ったと認めるのが相当である。
 なお、被告は、正確を期するためには、協議会が唯一認定した方法である「P2PFINDER」を使用すべきである旨を主張するが、前記検討したとおり、本件契約者が本件データを発信した事実を認定することができるのであるから、正確を期するとの名目で、有償のソフトウェアの利用を発信者情報開示の事実上の条件とすることは相当ではない。
2 公衆送信権の侵害が明らかであるか(争点2)、開示を受けるべき正当な理由があるか(争点3)
(1)前記1(2)で認定したところによれば、本件契約者が、別紙発信端末目録記載の発信時刻ころ、ファイル共有ソフトウェアであるビットトレントを用いて、原告著作物を複製した本件データを、不特定多数の他のビットトレントの利用者からの求めに応じて自動的に送信し得る状態にして、原告代理人にこれを送信したことが認められる。
 本件の全証拠によっても、本件データの送信について、原告の許諾、著作隣接権の権利制限事由その他の違法性阻却事由の存在を窺わせる事情は認められないから、権利侵害は明らかというべきである。
 そして、弁論の全趣旨によれば、原告は、公衆送信権を侵害した本件契約者に対し、損害賠償請求を行う意思を有しており、そのためには、本件契約者に係る氏名及び住所の開示を受ける必要があると認められる。
(2)被告は、ビットトレント利用者が、ビットトレントを利用してファイルをダウンロードした者が、同時にアップロード者となる仕組みを知っているとは限らず、本件契約者についても著作権侵害の故意又は過失を欠く可能性があるから、権利侵害が明らかとはいえない、あるいは正当な理由があるとはいえないと主張する。
 しかしながら、プロバイダ責任制限法4条1項1号の文言に照らし、原告が本件契約者の故意、過失といった主観的要素を立証する必要があるとはいえない。また、証拠(甲12の1、2、甲13、16)によれば、ビットトレントを利用してデータをダウンロードすれば、他のビットトレント利用者の要求に応じて自動的に当該データを送信可能な状態になることは、インターネット上で説明されていることが認められ、前記1(2)で認定したところによれば、本件契約者は、本件IPアドレスの端末において、本件データ以外にも、多数の電子ファイルを公衆に送信可能な状態にしていたことが認められるのに対し、被告は、本件契約者に故意、過失が存しない可能性がある旨を抽象的に主張するにとどまるから、権利侵害の明白性、あるいは開示を受けるべき正当な理由は否定されない。
(3)以上によれば、原告の公衆送信権が侵害されたことは明らかであり、原告に開示を受けるべき正当な理由があると認められる。
3 結論
 以上のとおり、原告著作物を複製した本件データの送信によって原告の権利が侵害されたことは明らかであって、本件発信者情報はこの権利侵害に係る発信者情報に該当し、原告には、発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえるから、上記公衆送信に係る通信を媒介した被告は、開示関係役務提供者として、本件発信者情報を開示すべき義務を負う。
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 谷有恒
 裁判官 杉浦一輝
 裁判官 島村陽子
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