判例全文 line
line
【事件名】弁護士懲戒請求書の著作物性事件
【年月日】令和3年4月14日
 東京地裁 令和2年(ワ)第4481号 著作者人格権等侵害行為差止等請求事件(第1事件)、
 令和2年(ワ)第23233号 損害賠償請求事件(第2事件)
 (口頭弁論終結日 令和3年2月3日)

判決
原告 X
同訴訟代理人弁護士 太田真也
第1事件被告兼第2事件被告訴訟代理人弁護士 Y
第2事件被告兼第1事件被告訴訟代理人弁護士 Z
上記両名訴訟代理人弁護士 宮村啓太
同 坂根真也
同 井桁大介
同 水橋孝徳
同 小松圭介


主文
1 Yは、別紙記事目録記載1(1)のブログに掲載されている同記載2(1)イのファイルを削除せよ。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用の10分の7とYに生じた費用との合計の9分の1をYの負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 第1事件
(1)Yは、別紙記事目録記載1の各ブログに掲載されている同記載2の記事を削除せよ。
(2)Yは、原告に対し、200万円及びこれに対する令和2年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
 Zは、原告に対し、150万円及び令和2年9月26日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告から懲戒請求(以下「本件懲戒請求」という。)を受けた弁護士であるYが自らのブログ上に掲載した、原告の主張に対する反論を内容とする別紙記事目録記載2の各記事(同目録記載2(1)の記事を「本件記事1」、同(2)の記事を「本件記事2」という。)に関し、@Yが原告の氏名を明示して本件記事1及び2を掲載したことが原告のプライバシー権を侵害するとともに、原告の氏名が請求人として記載された懲戒請求書(以下「本件懲戒請求書」という。)をPDFファイルに複製し、インターネットにアップロードした上、本件記事1内に同ファイルへのリンク(以下「本件リンク」という。)を張った行為が、著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害し〔第1事件〕、A第1事件におけるYの訴訟代理人となったZが、第1事件に係る訴えの提起後、Zのブログ記事(以下「本件記事3」という。)に本件記事1に対するリンクを張ったことが、前記著作権及び著作者人格権の各権利の幇助に当たるとして〔第2事件〕、原告が、Yに対し、本件記事1(本件リンク先のPDFファイルを含む。)及び本件記事2の削除を求めるとともに、慰謝料200万円及び不法行為の後である第1事件の訴状送達の日の翌日(令和2年3月5日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前)所定の年5分の遅延損害金の支払を求め、Zに対し、慰謝料150万円及び不法行為の後である第2事件の訴状送達の日の翌日(令和2年9月26日)から支払済みまで民法所定の年3分の遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実。なお、本判決を通じ、証拠を摘示する場合には、特に断らない限り、枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア 原告は、Yに対して本件懲戒請求(第二東京弁護士会令和2年(コ)第1号)をした者である。
イ Yは、弁護士であり、Aに対する刑事被告事件の弁護人を務めるなどしていた。
ウ Zは、弁護士であり、第1事件におけるYの訴訟代理人である。
(2)第1事件に至る経緯
ア Yは、令和2年1月4日付けで、別紙記事目録記載1(1)のブログ(以下「本件ブログ」という。)上に、Aが、保釈条件に反し、レバノンに出国したことについて、「まず激しい怒りの感情が込み上げた。裏切られたという思いである。」、「が、一つだけ言えるのは、彼がこの1年あまりの間に見てきた日本の司法とそれを取り巻く環境を考えると、この密出国を「暴挙」「裏切り」「犯罪」と言って全否定することはできないということである。」などと記載された記事(以下「令和2年1月4日付けブログ記事」という。)を掲載した。(乙1)
イ 原告は、令和2年1月7日、第二東京弁護士会に対し、Yを対象弁護士として、自身が作成した本件懲戒請求書(甲2)を提出した。本件懲戒請求書には、Yに対する懲戒事由について、「保釈中の被告人を故意か重過失によりレバノンに出国させてしまった。これは保釈の条件に違反する行為であり、その管理監督義務を懈怠する行為であり、重大な非行に該当する」などとするとともに、令和2年1月4日付けブログ記事についても、「自身が被告人を管理監督する立場にいながら、このような発言をすることは、あまりに無責任であり、違法行為を肯定する発言であり、違法行為を助長する行為である。弁護士としての品位に反する行為であるのは明白である。」などと記載した。
ウ 株式会社産業経済新聞社(以下「産経新聞社」という。)は、令和2年1月17日、自社のニュースサイト上に、「Y弁護士にも懲戒請求A被告逃亡肯定「品位に反する」」と題する記事(以下「本件産経記事」という。)を掲載した。同記事は、Yの令和2年1月4日付けブログ記事の内容を紹介した上で、「Y弁護士に対し、東京都内の男性から、『被告の逃走を肯定する発言をブログでしたのは重大な非行』などとして懲戒請求が出され…たことが…関係者への取材で分かった。…関係者によると、懲戒請求書ではY氏について『被告を管理監督する立場にいながら、このような発言をすることは、あまりに無責任であり、違法行為を肯定する発言であり、助長する行為。弁護士としての品位に反する行為であるのは明白』などと指摘、Y氏が逃亡に関与した疑いもあるとして同弁護士会に調査を求めた。」などと報道している。(乙2)
エ Yは、令和2年2月4日、本件ブログ上に本件記事1(甲1)を掲載し、「X氏による懲戒請求に対して私が第二東京弁護士会綱紀委員会に提出した弁明書の内容は次のとおりです。」として、反論文を記載するとともに、前記「X氏による懲戒請求」の部分に本件リンクを張り、本件懲戒請求書のうち、原告の住所の「丁目」以下及び電話番号を墨塗りしたPDFファイル(甲2)をインターネット上で閲覧し得るようにした(甲3)。Yは、同月5日、本件記事2として、別のブログ上に、同内容の反論文を掲載したが、本件記事2には、前記ファイルに対するリンクは張られていなかった(甲4)。
(3)第2事件に至る経緯
ア 原告は、令和2年2月20日、Yに対し、第1事件の訴えを提起した。原告及びYは、同年7月22日、第1事件の第一回口頭弁論期日に出廷し、口頭による意見陳述を行った。
イ Zは、令和2年7月31日、自らのブログ上に本件記事3を掲載し、「Y弁護士が、A氏の事件に関して懲戒請求されたことについて、懲戒請求者の氏名を出した上で、その懲戒請求書を自身のブログに掲載しながら反論文を掲載したことについて、懲戒請求者から著作者人格権、プライバシー権侵害を理由にブログの差し止め及び損害賠償を求められているという事件があります。」などとして、Yの前記意見陳述の内容を「素晴らしい意見陳述」として掲載するとともに、上記記載のうち「自身のブログに掲載しながら反論文を掲載した」という部分にリンクを設定し、本件記事1にアクセスができるようにした。(甲12)
ウ 原告は、令和2年9月14日、Zに対し、第2事件の訴えを提起するとともに、第1事件についても、同日付け訴え変更の申立書により、損害賠償請求の額を150万円から200万円に拡張した。
(4)弁護士に対する懲戒の手続
ア 弁護士法の規定
(ア)弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。(56条1項)
(イ)何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。(58条1項)
(ウ)弁護士会は、所属の弁護士又は弁護士法人について、懲戒の事由があると思料するとき又は前記(イ)の請求があつたときは、懲戒の手続に付し、綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない。(同条2項)
(エ)綱紀委員会は、前記(ウ)の調査により対象弁護士等につき懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認めるときは、その旨の議決をする。この場合において、弁護士会は、当該議決に基づき、懲戒委員会に事案の審査を求めなければならない。(同条3項)
(オ)懲戒委員会は、前記(エ)の審査により対象弁護士等につき懲戒することを相当と認めるときは、懲戒の処分の内容を明示して、その旨の議決をする。この場合において、弁護士会は、当該議決に基づき、対象弁護士等を懲戒しなければならない。(同条5項)
(カ)日本弁護士連合会は、第56条の規定により弁護士会がした懲戒の処分について審査請求があつたときは、日本弁護士連合会の懲戒委員会に事案の審査を求め、その議決に基づき、裁決をしなければならない。(59条1項)
(キ)第56条の規定により弁護士会がした懲戒の処分についての審査請求を却下され若しくは棄却され、又は第60条の規定により日本弁護士連合会から懲戒を受けた者は、東京高等裁判所にその取消しの訴えを提起することができる。(61条1項)
イ 第二東京弁護士会の綱紀委員会及び綱紀手続に関する規則(以下「綱紀委員会規則」という。)の規定(乙8)
(ア)綱紀委員会の議事は、公開しない。ただし、綱紀委員会の承認を得たとき又はこの規則に定めがあるときは、この限りでない。(10条)
(イ)綱紀委員会は、事案を調査するため、調査期日を定めることができる。(33条1項)
(ウ)調査期日は、公開しない(37条1項)。対象弁護士等の請求があったときは、前項の規定にかかわらず、対象弁護士を審尋する調査期日を公開する。(同条2項)
3 争点
(1)本件懲戒請求書の著作物性(争点1−1)
(2)本件懲戒請求書の公表の有無(争点1−2)
(3)引用の適法性(争点1−3)
(4)権利濫用の成否(争点1−4)
(5)プライバシー権侵害の有無(争点2)
(6)本件記事3の掲載の不法行為性(争点3)
(7)原告に生じた損害の有無及び額(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−1(本件懲戒請求書の著作物性)について
(原告の主張)
 著作権法2条1項1号にいう「文芸、学術、美術、又は音楽の範囲に属するもの」には、知的、文化的精神活動の所産の全てが幅広く含まれる。本件懲戒請求書は、懲戒請求という目的のために作成された書面であり、その目的を達成するため、どのように法的構成を組み立て、どのように表現するかという側面において、知的、文化的な精神活動がされている。
 また、本件懲戒請求書は、主張の展開方法や表現方法に工夫を凝らしたものであり、単に事実を羅列しただけのものや定型的なありふれた表現を用いたものではない。
 したがって、本件懲戒請求書は、表現自体に何らかの独自の個性が現れ、思想又は感情を個性的に表現しているものであり、創作性のある「著作物」に該当する。
(被告らの主張)
(1)弁護士会に対する懲戒請求は公的な訴追行為に類するものであるから、本件懲戒請求書は、著作権法2条1項の「文芸、学術、美術、又は音楽」のいずれの範囲にも属しない。仮に、「知的、文化的精神活動の所産全般」が「著作物」に当たるとすると、権利範囲の外延がいたずらに拡大し、表現の自由や経済的自由と抵触するおそれがある。仮に原告の主張する上記定義を採用するとしても、弁護士会に対する懲戒請求は「知的、文化的な精神活動」に当たらない。
(2)表現行為であっても、単なる意見や批判は、無から有を生み出すものではなく、創作性が認められない。三島由紀夫の手紙のようにクリエイターの個性が表れたものであれば創作性が認められるが(東京高判平成12年5月23日判時1725号165頁参照)、本件懲戒請求書は、クリエイターでもない原告が、事実を摘示し、懲戒事由該当性を論じた文書にすぎず、創作的な表現は含まれておらず、著作物として保護すべき利益は存在しない。
(3)著作権法の沿革からして、その主な保護対象は経済的な利益にあるところ、本件懲戒請求書は、公的な訴追行為に類する書類であり、保護すべき経済的利益を有しない。また、仮に、これが著作物に当たるとすれば、類似の懲戒請求をしようとする者は、本件懲戒請求書との抵触を回避しなければならないことになるが、このような保護を与えることは、懲戒制度の趣旨に反し、著作権法の目的及び沿革からしても許されない。
2 争点1−2(本件懲戒請求書の公表の有無)について
(被告らの主張)
(1)弁護士会に提出されたことについて
 懲戒請求書は、弁護士会に提出されることで本来の目的を達する性質のものであり、その提出後は、多数の者の目に触れることが予定されている。例えば、第二東京弁護士会の綱紀委員会の委員は約100名に上り、懲戒委員会の委員は15名である。さらに、これらの委員以外の弁護士会の職員も、記録に綴られた懲戒請求書を随時閲覧することになる。
 また、懲戒請求の審査手続は、対象弁護士から公表を求められた場合には非公開とすべき理由がない。実際にも、Yは、審尋期日の公開を請求しており、審査が公開されれば、本件懲戒請求書の内容は一般公衆に知られることになる。さらに、懲戒処分の取消しの訴えが提起されることになれば、公開9の法廷で審理及び判決がされる。
 したがって、本件懲戒請求書は、これが第二東京弁護士会に提出された時点で「発行」され、「公表」されたというべきである(著作権法4条1項)。
(2)産経新聞社に提供されたことについて
 原告は、本件懲戒請求書を産経新聞社に提供し、その重要な一部を本件産経記事に掲載させた。著作権法は、著作物の独占利用と自由利用とを調整するものであるが、著作物の一部が提示されたにもかかわらず、その全体を市民の共通財産として利用し得ないというのは不合理であり、著作権32条1項の「報道、批評、研究」の目的も達成し得なくなる。
 特に、本件産経記事に掲載されたのは「懲戒請求の理由」の第3段落の全文であり、本件懲戒請求書の主要な部分である。それ以外の部分、すなわち、本件懲戒請求書の第2段落は、原告のブログ記事を引用する部分であり、第4〜7段落は、他の弁護士に対する懲戒請求書の「懲戒の理由」を引用する部分にすぎない上、その要旨は既に報道されていたものであって(乙6)、Yに対する固有の懲戒理由を述べているのは、第3段落だけである。このような主要な部分が公衆に提示された以上、本件においては、原告の懲戒請求書の全体が公表されたものというべきである。
(原告の主張)
(1)弁護士会に提出されたことについて
 第二東京弁護士会では、懲戒手続を非公開とする運用をしており、綱紀委員会の委員のうち、本件懲戒請求書を閲読するのは、審査を担当する主査及び副査の2〜3名程度であるのが実情である。そうすると、本件懲戒請求書について、著作権法3条1項の「発行」に当たると認められる程度の作成及び頒布がされたということはできず、原告又は原告の許諾を受けた者によって公衆に提示されたということもできないから、同法4条1項にいう「公表」があったということもできない。
(2)産経新聞社に提供されたことについて
 本件産経記事は、関係者から聴取した話を要約して掲載したという形式をとっている上、掲載した分量も、本件懲戒請求書の全90行のうち、4行程度に相当する部分にすぎない。本件産経記事をもって、著作権法4条1項の「公表」がされたということはできない。
 なお、被告らは、著作物の一部が公表されれば、その全体が公表されたことになるなどと主張するが、失当である。これは、映画などの本編の一部の映像を予告編として公開されたからといって、本編の公開前に無断で本編を公開すれば、公表権侵害となることと同様である。
3 争点1−3(引用の適法性)について
(被告らの主張)
(1)適法な引用の要件は、引用して利用する著作物と引用されて利用される著作物とを明瞭に区別して認識することが可能であること、及び、前者が主、後者が従の関係にあることである。本件記事1は、「懲戒請求に対する弁明書」との題名の下、弁明書全文を掲載した上、本件懲戒請求書を独立のPDFファイルとしている。このように、記事の本文と本件懲戒請求書は明瞭に区別して認識され、反論の内容を明らかにする記事本文が「主」であり、本件懲戒請求書が「従」の関係にある。したがって、本件リンクは、著作権法32条1項が許容する「引用」に該当する。
(2)本件懲戒請求書の引用は、「公正な慣行」に合致し、「引用の目的上正当な範囲内」であった。懲戒請求を受けた弁護士は、そのことを第三者に知られただけで甚大な不利益を受ける。特に、Yは、刑事弁護を専門とする弁護士であり、その刑事弁護活動に非違行為があったなどとされれば、弁護士としての活動にとって多大な支障となる。Yとしては、本件懲戒請求が報道された以上、自らの名誉と信頼を保持するため、本件懲戒請求の内容を前提として示した上、これに対する反論を公表することが必要であった。
 そして、反論を公表するに当たっては、誰からどのような懲戒請求を受けたのかを正確に明らかにする必要がある。そのためには、原告の氏名も含め、本件懲戒請求書の全文を掲載することが最も公正な方法であり、同文書の一部を切り取って引用したのでは、都合の良い部分のみを引用したと受け取られるおそれもある。
 そうすると、本件懲戒請求書の全文を掲載して引用することは、「公正な慣行」に合致し、「引用の目的上正当な範囲内」であるということができる。
(原告の主張)
(1)引用が許容されるのは「公表された著作物」であるところ、本件懲戒請求書が「公表された著作物」に当たらないことは前記2(原告の主張)のとおりであるから、本件記事1内に本件リンクを張って本件懲戒請求書のPDFファイルにアクセスできるようにした行為は、著作権法32条1項に規定する適法な「引用」に当たらない。
(2)また、適法な「引用」というためには、@明瞭区分性、A主従関係、B引用の必然性等の要件を満たすことが必要となるが、本件リンクを張る行為については、以下のとおり、上記要件@〜Bを満たさない。
ア 本件リンクは、本件懲戒請求書を複製したPDFファイルをサーバに記録し、閲覧者が本件記事1中の下線部分をクリックすれば、自動的に公衆送信される状況を作り出したものであり、このような掲載方法は、公正な慣行に合致するものとはいえない。本件懲戒請求書は、本件記事1に一体的に埋め込まれていると評価すべきであり、本文と引用部分が明瞭に区分されていないので、上記@の要件を満たさない。
イ 本件記事1本文は、合計2頁70行に満たないものであるのに対し、本件懲戒請求書は、合計4頁90行に近いから、量的にみれば、本件懲戒請求書の割合の方が大きい。また、同記事が本件懲戒請求書の全文を掲載していることからすれば、質的にみても、本件懲戒請求書が補足的に掲載されているとはいえない。したがって、本件記事1は、本文が主で引用部分が従の関係にあるとはいえず、上記Aの要件を満たさない。
ウ 被告らは、本件産経記事に対する反論文の公表が必要であったと主張するが、そのような反論が客観的・一般的に必要であったわけではない。仮に、本件産経記事への反論の必要があったとして、同記事は本件懲戒請求書の4行に相当する部分に類似した内容を掲載したものにすぎず、読者も同記事に記載されている程度の情報しか得ていないことからすれば、その全文を引用する必然性がない。したがって、上記Bの要件を満たさない。
4 争点1−4(権利濫用の成否等)について
(被告らの主張)
(1)我が国の著作権法においては、著作権の一般的な権利制限規定は設けられていないが、著作権も著作者人格権も、私権の一般制限法理である権利濫用法理(民法1条3項)に服することになる。原告は、公表権及び公衆送信権の侵害を主張して差止め及び損害賠償の請求をするが、その請求は、以下のとおり、権利の濫用というべきである。
ア 原告の請求が権利の濫用に該当するかどうかを検討するに当たっては、米国連邦著作権法が規定するフェア・ユース法理を参酌することが相当である。フェア・ユースの法理は、@使用の目的及び性格、A著作物の性質、B著作物全体との関連における使用された部分の量及び実質、C著作物の潜在的市場又は価値に対する使用の影響を考慮要素とするものである。
 フェア・ユース法理の考慮要素のうち、上記@の要素では、著作物が商業性を有するかどうかが問われるところ、本件記事1は反論的な対抗言論を目的とするものであり、商業的な意図・効果はない(上記@及びCの要素)。また、本件懲戒請求書は公的な訴追行為に類するものであり、その性質上、著作者が私的に公表権を独占すべきものではない(上記Aの要素)。さらに、Yが本件懲戒請求書の全文を引用したのは、本件懲戒請求の趣旨を正しく読者に伝えるためであり、そのためには全文を引用する方が断片的な引用をするよりも適切である(上記Bの要素)。
 以上のとおり、フェア・ユース法理の各考慮要素に照らすと、Yが本件懲戒請求書を引用した行為は、著作物の公正利用に当たるということができる。
イ 我が国における権利濫用法理の適用という観点からすると、著作者及び著作権者の請求が権利濫用に当たるかは、権利者に制限を受けてもやむを得ないと考えられる事情があるか、権利者と侵害者が受ける利益とを比較考量しバランスを失することがないかという両面から検討することが相当である。
(ア)原告は、産経新聞社に本件懲戒請求書の内容をリークして記事にさせているが、このような行為は、当該情報のコントロールを第三者に委ねるに等しい。本件懲戒請求書が原告自身の意思に基づき、広く社会に対して発信力を持つマスコミに渡っていることによれば、原告自身も本件懲戒請求書が公衆の面前に触れることになることは理解していたはずである。しかるに、原告は、Yの反論を受けるや、突如として、自らの公表権や公衆送信権を主張し始めた。原告は、Yの対抗言論から逃れるため、その権利を奇貨として利用しているにすぎないのであって、その権利を主張する正当な理由がない。
(イ)本件懲戒請求は、弁護人の行動にも社会の耳目が集まっていた刑事事件の弁護人であるYに対するものであり、原告個人の利害得失には何ら関連せず、公的要素が強い。そのため、正確で詳細な情報が明らかにされるべきであって、それが国民の知る権利に奉仕し、言論市場における闊達な議論に資する。議論の端緒たる本件懲戒請求書が公開されることは、社会正義に合致するのであるから、原告には、公表権や公衆送信権を制限されるやむを得ない事由があるといえる。
(ウ)原告とYの利用衡量を行うに、原告は、本件懲戒請求書をマスコミに自らリークしているのであるから、本件記事1が掲載された時点では、公表権や公衆送信権として保護されるべき権利は既に失われていたに等しく、Yが本件懲戒請求書をそのブログで公表しても、原告には不利益は生じない。また、原告には経済的な不利益も生じていない。
 他方、Yにとっては、本件記事1の公表は、対抗言論としての側面を強く有するものであり、表現の自由市場に広く問題提起をするものとして憲法上の保護を強く受ける。その際に、本件懲戒請求書の存在を示し、その内容を正確に引用しなければ、同被告の主張は前提を欠くものになってしまう。また、本件懲戒請求書を引用することにより、Yに経済的な利得は生じていない。
 なお、Yは、本件懲戒請求書の全文を引用しているが、本件懲戒請求書の存在を示し、正確な引用をするためには、全文引用こそが望ましい表現方法である。本件懲戒請求書は、A氏の出国に関してYが懲戒されるべき理由について、文章全体で表現しているのであるから、その一部分のみを切り取って反論するのはかえって不適切である。
 以上のとおり、原告には、本件懲戒請求書に関する公表権及び公衆送信権が制限されてもやむを得ない事由があり、その制限をしても不利益は生じないのに対し、Yが本件懲戒請求書を引用することには正当な利益があると認められるので、原告の著作権及び著作者人格権に基づく請求は、権利濫用に当たるというべきである。
(2)裁判所が、原告の請求を認容することは、以下の理由から、裁判権の行使による表現規制となる。
ア 本件記事1は、反論権の行使としての性格を有するものであり、特に保護されなければならない。原告は、本件懲戒請求書をマスメディアに交付するなどし、その一方的な言い分が報道されたのであるから、それに対する正確な反論が許されないのは、不公正なことである。反論権は、メディアを通じた誹謗中傷に対して名誉及び名声を保護する重要な権利であり、保護すべき必要性が高い。
イ 原告は、懲戒請求という公的な訴追制度とメディアという強力な言論フォーラムを利用し、Yの名誉、名声を傷付けた。これに対し、Yは、自らのブログというささやかなメディアで反論権を行使した。公的関心事について、いわれのない汚名を着せられ、それがメディアに公開されながら、自らの名誉を回復するための表現すら許されないということは、憲法が許容するところではない。
ウ 原告の請求は、本件記事1における表現の内容に着目し、その差止めをも求めるものであるから、最も厳しい審査基準が適用される。すなわち、法律上の制限の目的が切実な必要性に基づくものであり、制限が比例原則に従うこと、すなわち、表現規制によって保護される利益が規制される表現の価値を凌駕するものであり、制約の程度が必要最小限のものであることを要する。
 しかるに、原告の主張は、Yのブログによる表現内容を制約し、その差止めを正当化するような切実な必要性を示していない。また、原告の「権利」なるものは、当該記事を自由な討論の場から排除しなければ守れないような法的利益ではない。
エ 全ての市民は、弁護士会の懲戒権の行使について、知る権利がある。懲戒請求を受けた当事者であるYは、市民に向け、懲戒請求の実態を公開し、議論を求める権利がある。原告は、弁護士会という公的フォーラムを利用し、公的権力の行使を求めているのであるから、一般市民に知られることを覚悟しなければならない。原告の主張する権利は、Yの表現の価値に劣後する。
(原告の主張)
(1)原告による差止め及び損害賠償の請求は、Yが、原告に無断で本件懲戒請求書を掲載したことに起因する。Yの行為によって、原告の著作権及び著作者人格権といった権利の侵害が発生している以上、原告が前記各請求をすることは、まさに正当な権利行使である。
ア これに対して、被告らは、フェア・ユースの法理によって、原告の請求が権利濫用に当たるなどと主張するが、著作権法は、著作権の制限規定を個別具体的に列挙しているのであり、それ以外に、フェア・ユースの法理による抗弁を認めるべき理由はない。
イ また、被告らは、原告が本件懲戒請求書をマスコミに自らリークしているなどと主張するが、前記2(原告の主張)のとおり、本件懲戒請求書は公表されていないのであるから、本件産経記事により原告の公表権や公衆送信権が制限される理由はない。
ウ 被告らは、Yが本件産経記事に対する反論をする必要があったと主張するが、仮に反論の必要があったとしても、本件懲戒請求書の全文を引用する必要などなかったことは明らかである。
エ 被告らは、本件懲戒請求書に経済的価値がないなどとも指摘するが、それは損害論の問題であって、著作権や著作者人格権が認められるか否かの考慮要素とならない。特に、著作者人格権に基づく請求は、経済的価値では測れない人格的価値の侵害を問題とするものである。
オ したがって、被告らの権利濫用の主張は理由がない。
(2)被告らは、本訴における差止請求や損害賠償請求を認容することは表現の自由に対する侵害に当たると主張するが、原告の請求が認容される判決が出されていない現時点においては、そもそも被告らが違憲と主張する国家の行為自体が存在していないのであるから、被告らの主張は失当である。
5 争点2(プライバシー権侵害の有無)について
(原告の主張)
 Yが懲戒請求者として原告の氏名を公開したことは、原告のプライバシー権を侵害するものである。
(1)自らが懲戒請求者であるという情報は、「自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えること」が「自然」なものであり(最高裁平成14年(受)第1656号同15年9月12日第二小法廷判決・民集57巻8号973頁参照)、プライバシーとして、法的保護の対象となる。なぜなら、懲戒請求者であるという情報は、何らかの法的な紛争や事件などがなければ関わり合いになることもない弁護士という職業にある人物との間において、懲戒請求をしなければならないような紛争を抱えているのではないかと推測させる情報だからである。通常の一般人の合理的な判断に基づくのであれば、このような情報は自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えるのが自然である。
(2)アこれに対し、被告らは、懲戒手続が公的な手続であることを前提とした上で、原告が公的事柄について自ら懲戒という公的手続を選択して参加の意思を表明したと主張するが、原告は、本件懲戒請求によって、Yを懲戒処分とすることを求めたにすぎず、これにより「公的事柄」に参加し、あるいは「公的関心事」を惹起させたわけではない。
イ 被告は、懲戒請求者の氏名の公開が制度的に予定されているかのように主張する。しかし、対象とされた弁護士が、制度上、懲戒請求者の氏名を知り得るとしても、それをインターネット上で公開することが認められているわけではない。また、懲戒手続の審理は非公開であり、懲戒請求者の氏名が外部に漏れることはない。対象弁護士が、不当懲戒を理由とする損害賠償請求を提起するなどすれば、公開法廷での審理の対象となるが、それは例外的な場合にすぎず、懲戒制度一般に妥当するものではない。
ウ 被告らは、本件記事1及び2が、Yの職業的生存を賭けた反論であり、原告のプライバシー権に比し、優越的な保護を受けると主張する。しかし、懲戒請求に反論するため、懲戒請求者の氏名を公開する必要性はない。Yは、その必要性がないのに、報復目的で原告の氏名を公表したのであり、その行為が違法であることは明らかである。
エ 被告らは、原告が、本件懲戒請求書を産経新聞社に交付することにより、自らプライバシーの権利を放棄したとも主張する。しかし、本件産経記事は原告の氏名を明らかにしておらず、原告のプライバシーに配慮をしたものとなっている。そうである以上、原告が、本件産経記事により、プライバシーの権利を放棄したなどということはできない。
(被告らの主張)
 原告が懲戒請求者であるという情報には、以下のとおり、プライバシーの合理的な期待が及ばず、プライバシーとしての法的保護は及ばないので、本件記事1及び2による原告の氏名の開示について、原告に対するプライバシー権侵害は成立しない。
(1)ア プライバシーとして法的保護の対象となる情報は、「自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えること」が「自然な」情報である。プライバシーの合理的期待及び法的に保護される情報は、古典的な「放っておいてもらう権利」として保護されるべき情報や、自己コントロール権の内実としての私生活上の事実であって、通常人であれば公開を欲しない情報に限られる。
イ 懲戒請求は、他者を公的に訴追する行為であり、純然たる公的行為であって、私的行為ではない。懲戒請求者が誰であるかは、懲戒請求の本質的内容であり、匿名による請求は不適法である。第二東京弁護士会の綱紀委員会規則も、懲戒請求書には「懲戒請求者の氏名又は名称及び住所」(20条1項1号)を記載しなければならないと規定している。懲戒請求が誰であるかは公的な関心事になるのであり、懲戒請求者は、そのような公的なアクションを起こす以上、これを甘受すべきである。これに匿名の保護を与えることは、無責任な懲戒請求を助長することになるから、懲戒請求者の氏名は、むしろ公開されるのが適切である。
ウ 実際、懲戒請求者の氏名が明らかになることは、制度的にも想定されている。対象弁護士は、懲戒請求者の氏名及び住所を当然に知ることができるが、当該懲戒請求について、虚偽告訴を理由に告訴をし、あるいは、不法行為を理由に損害賠償訴訟を提起すれば、その氏名は公表され得る。また、対象弁護士が、懲戒処分の取消しを求める抗告訴訟を提起しても、懲戒請求者の氏名は、証拠及び主張として明らかにされる。
エ さらに、懲戒手続にも適正手続が保障されるから、対象弁護士には、手続の公開を求め、懲戒請求者を尋問する権利があるというべきである。綱紀委員会規則37条2項も、対象弁護士の請求があった場合は、審尋の調査期日を公開しなければならないとする。公開審理の保障の当然の前提として、対象弁護士には、懲戒請求者が誰であるかを世間一般に公開する権利が当然に保障されなければならない。
オ 特に、本件で問題とされる刑事事件は、著名な自動車会社を巻き込み、社会的な関心事となった事案である。原告は、自らの私的利益とは無関係であるのに、このような公的事柄について、自ら公的手続を選択し、それに参加したのであり、その事実を報道機関にリークすることで、本件懲戒請求自体を純然たる公的関心事とした。原告は、本件懲戒請求の懲戒請求者として、自らの氏名が公開されるのを甘受すべき立場にある。
カ なお、原告は、懲戒請求者であることは、弁護士との間に紛争を抱えているのではないかと推測されると主張する。しかし、弁護士と関わり合いになることが外部に知られることを欲しない情報であるなどという社会常識はない。また、懲戒請求は、弁護士との間に紛争を抱えていなくても可能な手続である。このように、懲戒請求者であるという情報は、開示されたくないと考えることが「自然」な情報であるとはいえない。
(2)原告は、本件懲戒請求書を自らマスメディアに交付しているのであるから、懲戒請求者としての自らの氏名について、プライバシーとして保護される権利を放棄したというべきである。マスメディアは、入手した情報の報道を使命とするから、原告は、その提供した情報をマスメディアに公開されることを甘受しなければならない。自ら懲戒請求書をマスメディアに交付しながら、その氏名について公開されることを欲しないとするのは背理である。
(3)ア 本件記事1及び2の公表行為は、憲法21条1項の保護を受ける。しかも、Yは、本件懲戒請求を受けた事実がマスメディアに公表されたため、その職業的生存を賭けた反論をしたのであり、これは表現の自由の中でも中核を占めるものであって、優越的な保護を受ける。
 Yの表現行為に対し、原告のプライバシーを優越させるためには、その法律上の制限の目的が切実な必要性に基づくものであり、その制限が比例原則に従うこと、すなわち、表現規制によって保護される利益が規制される表現の価値を凌駕するものであり、制約の程度が必要最小限であることが必要である。
イ 本件記事1及び2における原告の氏名の開示の目的は、反論権の行使という表現の自由の中でも最も正当なものであり、開示の態様も、自らのブログに反論文を掲載するというものであり、住所の地番は墨塗りし、原告の私生活の平穏を必要以上に害しないように配慮もしている。
ウ また、原告の氏名を開示したことには、やむにやまれぬ必要性があった。懲戒請求に相当の根拠があるかどうかの評価をする上で、懲戒請求者の属性や氏名は必須である。特に、本件懲戒請求については、Aに対する被告事件に係る保釈条件や弁護活動の詳細を知る関係機関や関係者による請求かどうかが、その正当性・適法性の評価と密接に関連する。
エ 公共の関心事については、犯罪報道などと同様に、実名報道が求められる。本件のように、懲戒請求という公共の関心事について、懲戒請求を受けた弁護士が、職業的生命を賭けた反論をする場合に、懲戒請求者の氏名を記載する行為が妨げられることがあってはならない。名誉回復のための表現の自由が、犯罪報道に係る報道の自由に劣後することはないからである。氏名を明らかにしなければ、誰の懲戒請求に対して反論しているのか分からないのであるから、弁護士としての社会的信用を回復することができない。
オ 原告の実名を開示せざるを得ないような状況は、原告が自ら招来したものである。Yが、本件記事1及び2を公表することで、懲戒請求者の氏名も含め、正確な反論をすることを迫られたのは、原告が、自ら懲戒請求という公的な手続を選択した上、それをマスメディアにリークしたことにある。原告が、その必要性もないのに、自ら公的事柄に関わり、公的手続を選択しながら、自らの氏名のみに私事性を主張することは自己矛盾である。
カ 以下のとおり、原告のプライバシー情報の性質、内容、被害の程度は、本件記事1及び2による表現の価値を凌駕するものとはいえない。
(4)原告は、本件記事1及び2の削除も求めるが、プライバシー侵害を理由に表現の削除請求が認められるのは、「重大で回復困難な損害」(最高裁判所平成13年(オ)第851号、同年(受)第837号同14年9月24日第3小法廷判決・集民207号243頁)が生じる場合や「当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」(最高裁平成28年(許)第45号同29年1月31日第三小法廷決定・民集71巻1号63頁参照)に限られる。本件記事1及び2における原告氏名の開示が、そのような場合に当たらないことは明らかであるから、少なくとも削除請求が認められる余地はない。
6 争点3(本件記事3の掲載の不法行為性)について
(原告の主張)
 Zは、本件記事3を掲載するに当たり、本件記事1に対するリンクを張ることによって、読者が、本件記事1に掲載された本件懲戒請求書に容易に到達し、これを閲覧することができるようにした。そして、同被告は、本件記事1に掲載された本件懲戒請求書が、原告の許諾を受けずに公衆送信され、それについて、原告が訴訟の提起をしていることを十分に認識していた。
 そうすると、Zの上記行為は、原告の著作物に係る公衆送信権及び公表権に対する侵害行為を幇助する不法行為に該当し、本件記事1の拡散を助長することにより、原告の精神的苦痛を拡大させたものであるということができる。
(被告らの主張)
 本件記事1内に本件リンクを張る行為が、原告の著作権及び著作者人格権を侵害しないことは既に主張したとおりであり、本件記事3の掲載が違法となる余地はない。また、ZのブログとYのブログとの間には何らの関係もないから、本件記事3の掲載が、本件リンクの幇助となる関係にもない。
7 争点4(原告に生じた損害の有無及び額)について
(原告の主張)
(1)Yが、本件記事1及び2に原告の氏名を記載し、原告の氏名が掲載された本件懲戒請求書を公表し、公衆送信したことによって、原告の氏名をインターネット上で検索すると本件記事1及び2が上位に表示されるようになった。
 このように、本件懲戒請求をした者が原告であることが世間に周知されたため、原告は多大な精神的苦痛を被った。また、Yが、本件記事3を掲載したことによって、本件記事1は、これまで以上に多くの人の目に触れることになり、原告は、一層の精神的苦痛を被った。原告の被った精神的苦痛に対応する慰謝料は200万円を下らない。
(2)Zが、本件記事3を掲載したことによって、本件記事1は、これまで以上に多くの人の目に触れることになり、原告は、一層の精神的苦痛を被った。
 この精神的苦痛に対応する慰謝料は150万円を下らない。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1−1(本件懲戒請求書の著作物性)について
(1)本件懲戒請求書(甲2)は、前記前提事実(2)イのとおり、原告が、第二東京弁護士会に対し、弁護士であるYにはAの出国及びブログ記事における発言について弁護士法56条の懲戒事由があるとして、同法58条1項に基づき懲戒の請求をするために提出した文書である。
 本件懲戒請求書(甲2)の構成、内容等をみると、同請求書は、懲戒請求書である旨の表示、請求の日付、請求の宛先、請求者の氏名、対象弁護士の氏名、懲戒請求の趣旨、懲戒請求の理由などが記載され、その中には懲戒請求書という文書の性質上、当然に記載すべき定型的な事項も含まれる。
 しかし、懲戒請求の理由については、その内容が一義的かつ形式的に定まるものではなく、その構成においても様々な選択肢があり得るところ、本件懲戒請求書は、本件記事1及び2の一部の引用及びこれに対する評価、他の弁護士に対する懲戒請求の理由の引用、Yに対する懲戒理由の説明並びに結論から構成されるものであり、その構成や論旨の展開には作成者である原告の工夫が見られ、その個性が表出しているということができる。
 また、懲戒請求の理由における記載内容についても、本件懲戒請求書には単に懲戒理由となる事実関係が記載されているにとどまらず、弁護人には被告人の管理監督義務があるという自らの解釈、弁護人の関与なしに被告人が逃亡し得るのかという自らの疑問、Yの発言が長期拘留を助長するという自らの意見、綱紀委員会の調査を求める事項などが70行(1行35文字)にわたり記載されており、その表現内容・方法等には作成者である原告の個性が発揮されているということができる。
 そうすると、本件懲戒請求書は、原告の思想又は感情を創作的に表現したものであって、著作権法2条1項1号に規定する「著作物」に該当するというべきである。
(2)これに対し、被告らは、以下のとおり主張するが、いずれも理由がない。
ア 被告らは、懲戒請求は、公的な訴追行為に類する行為であるから、同号の「文芸、学術、美術、又は音楽の範囲」に属さず、知的、文化的な精神活動にも当たらないと主張する。
 しかし、公的な訴追行為に類する行為のための文書が、類型的に著作物に当たらないと解すべき理由はない。もとより、公的又は準公的な文書は法令等に定められた所定の定型的な記載を含むが、弁護士に対する懲戒請求書に則していえば、「懲戒請求の理由」の構成や記載内容については、一義的かつ形式的に決まるものではなく、作成者が様々な創意工夫をする余地があり、表現方法・内容の選択肢の幅も広いというべきである。
 本件懲戒請求書についても、その構成、表現内容等については様々な工夫等がみられ、原告の個性が発揮しているということができることは、前記判示のとおりである。
イ 被告らは、本件懲戒請求書が、三島由紀夫の手紙などとは異なり、クリエイターでもない原告が、事実を摘示し、懲戒事由該当性を論じた文書にすぎず、創作的な表現は含まれていないと主張する。
 しかし、著作物の要件である「思想又は感情を創作的に表現したもの」とは、高度な創作性や独創性を要するものではなく、「思想又は感情」の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で現われていれば足りると解すべきである。前記判示のとおり、本件懲戒請求書には、その構成、表現内容等において様々な工夫等がみられ、原告の個性が発揮しているということができるので、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ということができる。
ウ 被告らは、著作権法の沿革からして、その主な保護対象は経済的な利益にあるところ、本件懲戒請求書には保護すべき経済的利益を有しないので、著作物に当たらないと主張するが、著作権法は、そもそも、経済的価値を有することを著作物の要件としていないのであり、著作物に該当する上で経済的利益の存在を求める被告らの見解は採用し得ない。
 また、被告らは、仮に、本件懲戒請求書が著作物に当たるとすれば、類似の懲戒請求に支障が生じると主張するが、弁護士に対する懲戒請求は、対象とする弁護士や基礎となる事実関係が異なれば、懲戒請求の理由は全く異なるのであり、また、共通の事実関係に基づく同一の弁護士に対する懲戒請求書であっても、懲戒請求の理由の構成や表現内容の選択肢は幅広く、作成者が様々な創意工夫をすることが可能である。そうすると、本件懲戒請求書を著作物と認めたとしても、類似の懲戒請求に支障が生じるとは考え難く、そのことが懲戒制度の趣旨に反するということもできない。
2 争点1−2(本件懲戒請求書の公表の有無)について
(1)弁護士会に提出されたことについて
ア 被告らは、本件懲戒請求書は、弁護士会への提出により、「発行」され、又は「上演、演奏、上映、公衆送信、口述若しくは展示の方法で公衆に提示」されたものであるから、「公表」(著作権法4条1項)されたものであると主張する。
 しかし、本件懲戒請求書が第二東京弁護士会に提出されたとしても、同請求書は同弁護士会における非公開の懲戒手続に使用されるにすぎず、その手続の性質上、同請求書にアクセスすることができるのは、同手続に関与する同弁護士会の関係者に限られると解するのが相当である。そうすると、その提出をもって、本件懲戒請求書が「発行」(同法3条)され、又は、「上演、演奏、上映、公衆送信、口述若しくは展示の方法で公衆に提示」されたということはできない。
イ 被告らは、第二東京弁護士会の綱紀委員会の委員は約100名に上り、その他の弁護士会の職員も懲戒請求書を随時閲覧することになるので、懲戒請求書が同弁護士会に提出されると、必然的に多数の関係者の目に触れることになると指摘する。
 しかし、綱紀委員会規則(乙8)によれば、同委員会においては、7名以上の部会員からなる部会による議決手続(11条)や1人又は数人の主査委員により調査手続が行われると定められており(51条)、本件の懲戒手続に関与しない綱紀委員会の委員や弁護士会職員が本件懲戒請求書を広く閲読することが当然に予定されていると考えることもできない。
 これらの手続において、本件懲戒請求書の複製物が作成されることは想定されるとしても、「発行」とは「公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物」(著作権法3条1項)が権利者の許諾を得るなどして作成・頒布されることをいうところ、本件懲戒請求書は、その手続の性質上「公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物」を作成・頒布することを当然に予定するものではなく、また、そのような事実も認められない。
ウ また、被告らは、懲戒請求の審査手続が公開され得るものであることなども指摘する。しかし、審査手続が公開されたとして、それをもって、当該手続に係る懲戒請求書が「公表」されたということはできず、懲戒処分に対する取消しの訴えが提起された場合も同様である。
エ したがって、弁護士会に対する本件懲戒請求書の提出行為が、著作権法4条にいう「公表」に当たるということはできない。
(2)産経新聞社に提供されたことについて
ア 被告らは、本件懲戒請求書は原告により産経新聞社に提供され、その重要な一部が本件産経記事として報道されたのであるから、同請求書は「公表」されたものであると主張する。
 本件産経記事(乙2)は、前記前提事実(2)のとおり、本件懲戒請求書の「懲戒請求の理由」の第3段落全体(4行)を、その用語や文末を若干変えるなどした上で、かぎ括弧付きで引用しており、証拠(甲2、乙2、6)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、産経新聞社に対し、Yの氏名に関する情報を含め、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供したと推認することができ、これを覆すに足りる証拠はない。
 しかし、本件産経記事で引用されたのは、本件懲戒請求書のごく一部にとどまり、後記ウのとおり、当該引用部分が本件懲戒請求書の主要な部分であるということもできないことに照らすと、本件産経記事における上記引用によって、本件懲戒請求書が公表されたということはできない。
イ 被告らは、著作物の一部の「公表」されたにもかかわらず、その全体を市民の共通財産として利用し得ないというのは不合理であると主張する。
 しかし、本件懲戒請求書はその全部が不可分一体の関係にあるものではなく、公表された範囲もごく一部にとどまることに照らすと、前記判示のとおり、本件懲戒請求書の一部の内容が本件産経記事に引用される形で公衆の認識し得るところになったとしても、当該請求書が公表されたということはできない。
ウ 被告らは、本件産経記事の引用部分は、本件懲戒請求書の主要な部分であると主張する。
 しかし、本件産経記事に引用された部分は、Yのブログに掲載された記事についての意見であって、懲戒請求の理由そのものではなく、当該引用部分が「懲戒請求の理由」に占める割合もごく一部にすぎない。本件懲戒請求書には、上記の引用部分に続いて、他の弁護士に対する懲戒請求の理由が引用され、当該理由がYにも同様の理由が妥当するとされた上で、原告の意見が更に記載され、結論に至っているものであり、当該引用部分が本件懲戒請求書の主要な部分であるということはできない。
(3)小括
 以上のとおり、本件懲戒請求書が公表されたということはできない。
3 争点1−3(引用の適法性)について
(1)著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定する。同項の規定によれば、著作物の全部又は一部を著作権者の承諾を得ることなく自己の著作物に含めて利用するためには、@利用されるのが公表された著作物であること、A当該著作物の利用が引用に該当すること、B当該引用が公正な慣行に合致すること、C当該引用が報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであることの各要件を満たすことが必要であると解するのが相当である。
(2)上記要件@について
 本件においては、前記2のとおり、著作物である本件懲戒請求書が公表されたと認めることはできないので、本件記事1内に本件リンクを張り、本件懲戒請求書を複製したPDFファイルにアクセスすることを可能にしたYの行為は、上記@の要件を充足しない。
(3)上記要件Aについて
ア 著作物が「引用」されたというためには、当該著作物に接した一般人が引用されている部分を特定し、判別し得ることが前提となるので、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とが明瞭に区別されることが必要である。同様に、「引用」は他者の著作物の全部又は一部を自己の著作物に含めて利用する行為であるので、両著作物のうち、いずれが引用する側であり、いずれが引用される側であるかを一般人が判別し得ることが必要となる。そのためには、引用する側の著作物と引用される側の著作物に主従の関係があることを要するというべきである。
 そうすると、@引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること、及び、A引用する著作物と引用される著作物の間に、引用する側が主、引用される側が従の関係があることは、「引用」の基本的な要件を構成すると解するのが相当である(最高裁判所昭和51年(オ)第923号同55年3月28日第3小法廷判決・民集34巻3号244頁参照。なお、同判決は、旧著作権法〔明治32年法律第29号〕30条1項2号(「自己の著作物中に正当の範囲内に於て節録引用すること」)に関する判断であるが、「引用」の概念は現行法下においても妥当すると解される。)。
イ 前記前提事実(2)エのとおり、Yは、本件ブログ上に本件記事1(甲1)を掲載し、原告の懲戒請求に対する反論文を記載するとともに、「X氏による懲戒請求」との部分に本件リンクを張り、本件懲戒請求書を複製したPDFファイルをインターネット上で閲覧し得るようにしたものと認められる(甲3)。
 このように、本件記事1における本件懲戒請求書の採録方法は、記事上の記載部分の一部にリンクを張ることにより、別のウェブページに掲載された本件懲戒請求書を閲覧し得るようにしたものであり、その形式に照らすと、Yの引用した著作物と本件懲戒請求書とを明瞭に区別することができる。
 また、本件記事1は、10段落以上にわたるのに対し、本件リンクの張られた部分は一行にも満たない長さであり、本件懲戒請求書を閲覧するには、リンク部分をクリックした上で別のウェブページを閲覧しなければならないことによれば、Yの本件ブログに接した一般人は、引用した側の本件記事1が主であり、引用された側の本件懲戒請求書が従であると判別し得るというべきであり、本件記事1の分量と本件懲戒請求書の分量の多寡はこの結論を左右しないというべきである。
ウ したがって、本件記事1内に本件リンクを張り、本件懲戒請求書を複製したPDFファイルにアクセスすることを可能にしたYの行為は、「引用」に該当する。
(4)上記要件Bについて
ア 著作権法32条1項は、引用が「公正な慣行に合致すること」を要件としている。ここにいう「公正な慣行」は、著作物の属する分野や公表される媒体等によって異なり得るものであり、証拠に照らして、当該分野や公表媒体等における引用に関する公正な慣行の存否を認定した上で、引用が当該慣行に合致するかを認定・判断することとなると考えられる。
 そして、当該著作物の属する分野や公表される媒体等において引用に関する公正な慣行が確立していない場合であっても、当該引用が社会通念上相当と認められる方法等によると認められるときは「公正な慣行に合致する」というべきである。
イ 前記判示のとおり、複製された本件懲戒請求書のファイルは、本件ブログに掲載された本件記事1上の「X氏による懲戒請求」との記載にリンクを張ることにより閲覧し得るようにされたものである。本件のようなブログに掲載された記事における他の著作物の引用方法については、確立された公正な慣行が存在すると認めるに足りる証拠はない。
 そこで、本件懲戒請求書の引用方法等が社会通念上相当と認められるかについてみるに、インターネット上の記載の一部に他の文書等へのリンクを張って、当該記載に係る他の文書等を閲読することができるようにすること自体は、一般的に行われている方法であるといい得るものの、後記(5)のとおり、他人の著作物である本件懲戒請求書の全体を著作権者の同意なくPDFファイルにしてアクセスを可能にするという引用方法・態様が社会通念上相当であるということはできない。
 したがって、本件懲戒請求書の引用が「公正な慣行に合致する」ということはできない。
(5)上記要件Cについて
ア 著作権法32条1項は、引用が「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであること」を要件としている。同要件は、引用部分を明瞭に区分し得ることを前提とした上で、当該引用部分が、認定された「引用の目的」との関係において「正当な範囲内」であることを求めるものであり、引用が「正当な範囲内」で行われたかどうかは、@引用の目的の内容及び正当性、A引用の目的と引用された著作物との関連性、B引用された著作物の範囲及び分量、C引用の方法及び態様、D引用により著作権者が得る利益及び引用された側が被る不利益の程度などを総合的に考慮して判断するのが相当である。
イ 本件記事1は、本件産経記事によりYに対する懲戒請求がされたことが報道され、同被告に対する批判的な論評がされたことを踏まえ、Yの信用・名誉を回復するため、原告のYに対する懲戒請求の理由及び本件産経記事の報道内容に対する反論を目的とするものであると認められる。
 弁護士に対する懲戒は、懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけでも、その請求を受けた弁護士の業務上の信用や社会的信用に大きな影響を及ぼすものであり、それが根拠のない請求であっても、請求をされた事実が外部に知られた場合には、その誤解を解くには相当の時間と労力を要することとなる。本件においては、上記のとおり、Yに対する懲戒請求がされたばかりか、当該懲戒請求をされたことが報道され、広く公衆の知るところになったのであるから、同被告が、公衆のアクセス可能なブログに反論文を掲載するという方法・態様により自らの信用・名誉の回復を図ることは当然に許容されるというべきである。そして、それによりYが経済的な利益を得ることはなく、原告が経済的な不利益を被ることもない。
ウ しかし、弁護士に対する懲戒請求に対する反論文をブログに掲載するに当たり、他人の著作物である本件懲戒請求書を引用する際は、当該引用が必要であることを要するとともに、引用が必要であると認められる場合においても、その引用の範囲・分量が目的を達成する上で必要な範囲にとどまることを要するというべきである。
 この観点から本件記事1をみるに、同記事に掲載された、本件懲戒請求に対するYの弁明書には、項目1〜3の小見出しの直後に、本件懲戒請求の請求人である原告の主張が、本件懲戒請求書の該当頁を摘示し、一部引用するなどしつつ、簡潔かつ正確に記載されており、本件記事1にアクセスした人は、こうした記載により原告の主張を十分に理解することができる。
 そうすると、Yが本件懲戒請求書の全体を引用する必要性はなく、仮に、原告の主張の要約の正確性を担保するために本件懲戒請求書の記載を引用する必要が認められるにしても、弁明書に摘示された本件懲戒請求書の該当部分などその一部を引用するのみで足り、本件懲戒請求書の全体を引用することは、その目的を達成する上で必要な範囲を超えるというべきである。
エ これに対して、被告らは、本件懲戒請求書の正確な引用をするためには、全文引用こそが望ましい表現方法であり、その一部分のみを切り取って反論するのはかえって不適切であると主張するが、本件記事1において、原告の懲戒請求の要旨が正確かつ簡潔に要約され、本件記事1に接した者が懲戒請求の理由を十分に理解し得ることは前記判示のとおりであり、本件懲戒請求書の全文を引用しなければ、本件懲戒請求の理由を理解し得ず、又は、その趣旨を誤解するなどの事情が存在するとは認められない。
オ 以上によれば、本件懲戒請求書の引用が「引用の目的上正当な範囲内で行われるものである」と認めることはできない。
(6)したがって、本件ブログに掲載された本件記事1内に本件リンクを張り、本件懲戒請求書を複製したPDFファイルにアクセスすることを可能にしたYの行為は、適法な引用に当たらず、原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成するものというべきである。
4 争点1−4(権利濫用の成否)について
 被告らは、本件訴訟において、原告が著作権及び著作者人格権の侵害を主張して差止め及び損害賠償の請求をすることは、権利の濫用に当たるものとして許されないと主張するので、以下、検討する。
(1)被告らは、権利者である原告の権利行使が制限されてもやむを得ない事情として、@本件懲戒請求は、原告が、自らの利害得失には関係なく、Aに対する刑事被告事件の弁護人を務めたYに対して請求したものであり、公的要素が強いこと、A原告は、自らの意思に基づき、広く社会に対して発信力を持つマスコミに本件懲戒請求書を渡しており、同請求書が公衆に開示されることになると理解していたはずであることを挙げる。
ア 弁護士に対する懲戒は何人も請求をすることができるところ(弁護士法58条1項)、本件懲戒請求が、社会的に注目されたAに対する刑事被告事件の弁護人を務めたYに対するものであり、請求人である原告が同事件に私的な利害関係を有していないことは、被告らの指摘するとおりである。
 そうすると、本件懲戒請求は、原告とYの間の私的紛争ではなく、公益的な性質を有するものであるということができる。
イ また、本件懲戒請求の後、産経新聞に「Y弁護士にも懲戒請求A被告逃亡肯定「品位に反する」」と題する記事(本件産経記事)が掲載され、本件懲戒請求書の一部が引用されて紹介されているところ、前記判示のとおり、同記事は、原告が、同新聞社にYの氏名とともに、本件懲戒請求書に関する情報を提供したことに起因して掲載されたものと推認される。
 本件記事1は、本件懲戒請求に対する反論を内容とするものであるが、Yが本件記事1を公衆のアクセス可能なブログに掲載するに至ったのは、本件産経記事によりYに対する懲戒請求がされたことが広く報道され、公に知られることになったことが原因であると考えられる。その意味では、原告がマスコミに対して上記の情報提供行為をすることにより自らの著作物に対する権利侵害を招来したという面があることは否定し得ない。
ウ 弁護士に対する懲戒は、懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけでも、その請求を受けた弁護士の業務上の信用や社会的信用に大きな影響を及ぼすことは、前記判示のとおりである。Yに対する懲戒請求がされたことは本件産経記事により公衆の知るところになったのであるから、同被告が、公衆のアクセス可能なブログに反論文を掲載するという方法・態様により自らの信用・名誉の回復を図ることは、前記判示のとおり、当然に許容されるというべきである。
エ しかし、本件懲戒請求に対する反論を内容とする記事をYがそのブログに掲載することが是認されるとしても、そのことから、本件記事1内に本件リンクを張り、本件懲戒請求書の全体を複製したPDFファイルにアクセスすることを可能にするという行為(公衆送信権の侵害行為)に対する原告の権利行使が当然に制限されるものではない。
 前記判示のとおり、本件記事1には、原告による懲戒請求の理由の要旨が記載され、同記事にアクセスした人は、こうした記載により原告の主張を十分に理解することができたのであり、Yが本件懲戒請求書の全体を引用する必要性はなく、仮に、これを引用するとしても弁明書に摘示された部分のみを引用することで足りたものというべきである。そして、Yが、本件懲戒請求書のファイルを本件ブログに掲載せず、又は、同請求書の一部のみを引用することにより、原告の著作権等の侵害を回避することが困難であったと認めるに足りる証拠はない。
 加えて、本件では、原告が他者による本件懲戒請求書の公衆送信を許容していたことをうかがわせる事情はないことに照らすと、原告が、その権利の行使をすることが権利の濫用に当たるということはできない。
オ 他方、公表権侵害に基づく請求については、原告が、自ら、本件懲戒請求書に関する情報を新聞社に提供し、記事の中でその一部を引用することを容認していたという事情を考慮する必要がある。
 公表権は未公表の著作物について及ぶところ、本件においては、原告が、本件懲戒請求書を産経新聞社に提供し、その一部が同記事において引用されているとの事実が認められ、本件記事1が掲載された時点で、原告の公表権を保護すべき必要性は相当程度減じていたというべきである。そして、原告が自ら本件懲戒請求書に関する情報を新聞社に提供し、本件産経記事の中で原告の意に沿う部分を引用することを容認していながら、本件懲戒請求の相手方であるYが同請求に反論する一環として同請求書を公開するや、これを公表権侵害であるとして権利行使に及ぶことは権利の濫用に当たるというべきである。
(2)原告の主張について
 原告は、公表権侵害に基づく請求について、本件懲戒請求書は公表されていないのであるから、その請求が制限される理由はないと主張するが、上記(1)のとおり、本件に現れた事情を考慮すると、原告の公表権に基づく請求は権利の濫用に当たるというべきである。
(3)被告らの主張について
ア 被告らは、本件懲戒請求書の正確な引用をするためには、全文引用こそが望ましい表現方法であり、その一部分のみを切り取って反論するのはかえって不適切であると主張するが、同主張を採用し得ないことは、前記3(4)エ記載のとおりである。
イ また、被告らは、本件懲戒請求書を引用することにより、Yに経済的な利得は生じていないことも考慮すべきであると主張するが、本件懲戒請求書は、そもそも商業的な性質を有していないのであるから、本件における権利濫用の成否の判断に当たり、原告又は被告に経済的な得失が生じたかどうかという要素を重視することは相当ではない。
ウ さらに、被らは、反論権は、メディアを通じた誹謗中傷に対して名誉及び名声を保護する重要な権利であるから、表現規制によって保護される利益が規制される表現の価値を凌駕するものであり、制約の程度が必要最小5限であることを要するところ、原告の主張する権利は、Yの表現の価値に劣後するにもかかわらず、裁判所が原告の請求を認容することは、裁判権の行使による表現規制となると主張する。
 しかし、本件で問題とされている著作権等の侵害行為は、本件記事1内に本件リンクを張り、本件懲戒請求書を複製したPDFファイルにアクセスすることを可能にする行為であり、Yが本件懲戒請求に対して反論を行うことを何ら妨げるものではない。実際上も、Yは、本件懲戒請求書の要旨を記載しつつ、本件懲戒請求に対して反論をしているのであり、本件懲戒請求書を複製したPDFファイルへのアクセスを確保しないと十分な反論を行うことが困難であるというような事情も認められない。
 したがって、被らの上記主張は理由がない。
(4)以上のとおり、原告の著作権及び著作者人格権に基づく請求のうち、公衆送信権に基づく請求が権利の濫用に当たるということはできないが、公表権に基づく請求は権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。
5 争点2(プライバシー権侵害の有無)について
 前記前提事実のとおり、本件記事1及び2は、本件懲戒請求に係る懲戒請求者として、原告の氏名を記載しているところ、原告は、原告の氏名及び本件懲戒請求の請求者が原告であることは、「自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考える」ものであるので、Yの同行為はプライバシー侵害に当たると主張するので、以下検討する。
(1)一般に、請求者の氏名に関する情報及び弁護士に対して懲戒請求をしたとの情報は、プライバシーの権利ないし利益として、法的保護に値するというべきであり、弁護士に対する懲戒請求が公益的な性質を有するものであるとしても、懲戒請求の対象弁護士が、相応の事情や経緯もなく、懲戒請求に対する反論を目的として、懲戒手続を通じて知り得た請求者の個人情報をインターネット上でその同意なく公開し、公衆によるアクセスを可能にしたとすれば、プライバシー侵害になり得るものと考えられる。その意味で、対象弁護士には懲戒請求者が誰であるかを世間一般に公開する権利が当然に保障されなければならないとの被告らの主張は採用し得ない。
 しかし、本件においては、前記判示のとおり、原告が、本件懲戒請求後、産経新聞社に対し、Yの氏名も含め、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供し、その結果、本件産経記事において、「東京都内の男性」がYに対して本件懲戒請求をしたことが報道され、また、本件懲戒請求書の一部が引用される形でその理由が紹介されたとの事情が認められる。
 原告のこのような行動は、本件懲戒請求の存在を広く公衆に知らしめ、同手続についての公的関心を惹起しようとするものであり、同手続に関心を持った公衆は、当然、その請求者が誰であるかという点にも興味を持つと考えられる。また、非公開手続である本件懲戒手続の対象弁護士の氏名を同意なく公開することは、同手続の請求者である原告自身の氏名等の情報の保護の必要性を減殺する行為であり、懲戒請求の相手方である弁護士の氏名をマスコミに開示し、新聞記事を通じて一般公衆に公表しながら、請求者である自己の氏名についてはこれを公表されたくないと期待することが自然であり、あるいは法的保護に値する正当なものであるということはできない。
 以上のとおり、本件における上記の事実関係を踏まえると、本件記事1及び2が掲載された時点において、本件懲戒請求の請求者が原告であるという情報は、他者にみだりに開示されたくないと考えるのが自然なものであるとは評価し得ず、プライバシーの権利又は利益として法的保護に値するものであるということはできない。
(2)これに対し、原告は、懲戒請求者であるという事実は、何らかの法的な紛争や事件などがなければ関わり合いになることもない弁護士という職業にある人物との間に紛争を抱えているのではないかと推測させるものであるから、他者に開示されたくないと考えるのが自然な情報であると主張する。
 しかし、懲戒請求は、何人もなし得るものであるから、懲戒請求をしたことから直ちに弁護士との間に紛争を抱えていることが推認されるものではなく、また、懲戒請求の請求人は、相手方である弁護士の非行行為を指摘してその懲戒を求める側であるから、懲戒請求をしたという情報を他者に開示されたくないと考えることが一般的であるということもできない。
(3)以上のとおり、Yが、本件記事1及び2において、原告の氏名を公開し、原告が本件懲戒請求の請求者であることを開示したことが、原告のプライバシー権を侵害するということはできない。
6 争点3(本件記事3の掲載の不法行為性)について
(1)本件記事3の掲載の経緯及び内容は、前記前提事実(3)ア及びイのとおりであり、これによれば、Zは、Yの第1事件における訴訟代理人として、本件記事3において、Yの意見陳述が素晴らしいものであったとして、その内容をインターネット上に紹介するとともに、これを紹介する前提として、第1事件の内容を説明した上、本件記事1にリンクをし、これを参照し得るようにしたものであると認めることができる。
(2)原告は、このような本件記事3の掲載が、本件懲戒請求書に係る公表権及び公衆送信権の侵害の幇助に当たると主張する。
 しかし、本件記事3は、Yの意見陳述を紹介する前提の説明のため、本件記事1を容易に参照し得るようにリンクを張ったにすぎず、その参照先である本件記事1自体はYの掲載した記事であって、原告の著作物ではない。
 したがって、本件記事3の掲載が、本件記事1のリンク先であるPDFファイルに係る公表権及び公衆送信権を侵害するとも、その幇助に当たるとも評価することはできない。
(3)したがって、その余の点を検討するまでもなく、本件記事3の掲載について、不法行為が成立するということはできない。
7 争点4(原告に生じた損害の有無及び額)について
 以上の検討によれば、Yが本件懲戒請求書のファイルに本件リンクを張った行為について、原告の公衆送信権の侵害が成立することになるところ、同侵害行為により原告に財産的損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
 なお、仮に、原告の公表権に基づく請求が権利の濫用に当たるとしても、前記判示のとおり、原告が、自ら本件懲戒請求書を産経新聞社に提供し、その一部が同記事において引用されていることなどを考慮すると、本件産経記事の掲載後にYが本件懲戒請求書を公表したとしても、それにより原告が法的保護に値する精神的な苦痛を受けたと認めることはできない。
 したがって、原告の損害賠償請求は理由がない。
8 結論
 よって、原告の請求は、本件リンク先のPDFファイルである別紙記事目録記載2(1)イのファイルの削除を求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却することとし、なお、仮執行宣言については相当でないから、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 佐藤達文
 裁判官 吉野俊太郎
 裁判官 齊藤敦


(別紙)記事目録
1 ブログ
(1)インターネット上の「B」 (URLは省略)
(2)インターネット上の「C」 (URLは省略)
2 記事
(1)本件記事1
ア 閲覧用URL (URLは省略)
イ 懲戒請求書掲載URL (URLは省略)
ウ タイトル 「懲戒請求に対する弁明書」
エ 投稿日 2020/2/4
(2)本件記事2
ア 閲覧用URL (URLは省略)
イ タイトル 「懲戒請求に対する弁明書」
ウ 投稿日 2020/2/5
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/