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【事件名】ソネットへの発信者情報開示請求事件H
【年月日】令和3年3月30日
 東京地裁 令和2年(ワ)第24024号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和3年3月1日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 平野敬
同 井雅秀
同 笠木貴裕
被告 ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 浦中裕孝
同 武藤雄木
同 久木元さやか
同訴訟復代理人弁護士 坂東大聖


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各発信者情報を開示せよ。
第2 事案の概要
 本件は、漫画の著作者である原告が、経由プロバイダである被告に対し、氏名不詳者らが、各自の端末にダウンロードした上記漫画(ただし、原告はその一部のみを著作物として主張している。)の電子データの断片を、被告が管理する特定電気通信設備の送信装置(ただし、当該装置に入力された情報が不特定の者に送信されるもの。以下同じ。)を介してそれぞれ自動公衆送信し、原告の著作権(公衆送信権)を侵害したことが明らかであると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、上記氏名不詳者に係る発信者情報の開示を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実、末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、「B」というペンネームの漫画家で、漫画「勇者のクズ(全2巻)」の著作者であり、このうち1巻の一部である別紙著作物目録記載の各著作物(以下「本件各著作物」という。)につき著作権を有している(甲1、2)。
イ 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社であり、法2条3号の特定電気通信役務提供者である。
(2)発信者情報の保有
 被告は、別紙発信者情報目録記載の各発信者情報(以下「本件各発信者情報」という。)を保有している。
2 当事者の主張
(1)原告の主張
ア 別紙発信端末目録記載の各IPアドレス(以下、同目録記載の番号順に「本件IPアドレス2」及び「本件IPアドレス4」といい、これらを併せて「本件各IPアドレス」という。)を割り当てられた端末を同目録記載の各発信時刻(以下、同目録記載の番号順に「本件発信時刻2」及び「本件発信時刻4」という。)頃に使用した氏名不詳者ら(以下「本件各氏名不詳者」という。)は、P2Pの一種である「BitTorrent」(ビットトレント)のネットワークにそれぞれ接続した上、上記各端末にダウンロードした本件各著作物の電子データの断片を、同ネットワークに接続している他の端末からの求めに応じて、被告が管理する特定電気通信設備の送信装置を介してそれぞれ自動公衆送信し、原告の公衆送信権を侵害したことが明らかである。
 また、上記自動公衆送信を行う前に、本件各氏名不詳者は、ビットトレントのネットワークにそれぞれ接続した上、本件各著作物の電子データをダウンロードして自己の端末内に複製している以上、原告の複製権を侵害したことが明らかである。
イ 原告は、本件各氏名不詳者に対して損害賠償等を請求すべく準備しており、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(2)被告の主張
ア 原告の著作権侵害に係る主張は、争う。原告は、本件各著作物の電子データの断片を自動公衆送信した端末に割り当てられたIPアドレスを特定するに当たり、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が認定したシステムを用いておらず、原告がこれらを特定した方法が信頼できるものであることに関する技術的資料も提出していないから、本件各氏名不詳者が本件各発信時刻に本件各著作物の電子データの断片をそれぞれ公衆送信したことが明らかであるとは認められない。また、本件各氏名不詳者が本件各著作物の電子データをダウンロードして原告の複製権を侵害したことが明らかであるとも認められない。
イ 原告に本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があることは、争う。
第3 当裁判所の判断
1 原告は、本件各氏名不詳者が本件各発信時刻頃に本件各IPアドレスを割り当てられた各端末をビットトレントのネットワークにそれぞれ接続させた上、上記各端末にダウンロードした本件各著作物の電子データの断片を、同ネットワークに接続している他の端末からの求めに応じて自動公衆送信したことが明らかである旨主張するところ、括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1)ビットトレントについて(甲3、16の1、16の2)
ア ビットトレントは、P2P方式によりファイルの共有を行うためのプロトコル(通信規約)であり、同じファイルをダウンロード及びアップロードするコンピュータ同士が中央サーバーを必要とせずに相互に接続して、当該ファイルを相互に転送するネットワークを構築するものであり、他のP2P方式のものとは異なり、ネットワークに参加している端末のIPアドレスが秘匿されていないという特徴を有している。
 ビットトレントのクライアントソフトには、公式のクライアントソフトである「BitTorrentclient」のほかに、多くの互換ソフトウェアが存在する。
イ ビットトレントのネットワークを介して対象ファイルを入手する具体的な手順は、次のとおりである。
(ア)まず、インデックスサイトと呼ばれるウェブサイトから、当該対象ファイルを提供する端末のリストを管理するトラッカーと呼ばれるサーバーにリンクするためのトレントファイルを入手する。
(イ)次に、入手したトレントファイルをビットトレントのクライアントソフトに取り込んで、当該トレントファイルによってリンクされるトラッカーに接続し、当該トラッカーから対象ファイルを提供している端末のIPアドレスを入手する。
(ウ)最後に、当該対象ファイルを提供している端末に接続し、当該対象ファイルをダウンロードする。
(2)原告代理人平野敬(以下、単に「原告代理人」という。)によるダウンロード調査について(甲4ないし8)
ア 原告代理人は、ビットトレントのクライアントソフトの1つで、オープンソースの「qBittorrent」(以下「本件ソフト」という。)を用いてビットトレントのネットワークに接続した上、本件ソフトに「DLraw.net−YushanoKuzuvol01−02.rar.torrent」というファイル名のトレントファイル(以下「本件トレントファイル」という。)を取り込んで、その対象ファイル(以下「本件対象ファイル」という。)をダウンロードする調査を行った。
 なお、本件ソフトは、トレントファイルによってリンクされるトラッカーに接続している他の端末のIPアドレスなどを表示する機能を備えているが、原告代理人は、本件対象ファイルのダウンロード調査を行うに当たり、本件ソフトの表示画面に表示される他の端末のIPアドレスが当該端末の実際のIPアドレスと一致することを確認する試験を行っていない。
イ 原告代理人が、上記アのとおり本件対象ファイルのダウンロードを実行中、本件ソフトの表示画面には、本件トレントファイルによってリンクされるトラッカーに接続している他の端末の1つとして、@令和2年(2020年)7月11日13時04分55秒時点で本件IPアドレス2が、A同月3日16時51分14秒時点で本件IPアドレス4が表示され、いずれの端末においても、「フラグ」列に「D」(「現在ダウンロード中」の意)、「進捗状況」列に「100%」と表示されていた。
ウ 原告代理人がダウンロードした本件対象ファイルを確認したところ、圧縮されたファイルの中に多数の画像ファイルが格納されており、その画像ファイルの中に、本件各著作物の電子データが含まれていた。
(3)原告代理人によるファイル共有の履歴調査について(甲9の2)
ア 原告代理人は、ウェブサイト「https://以下省略」を利用して、本件IPアドレス2について、トレントネットワークにおけるファイル共有の履歴を調査した。
イ その結果、本件IPアドレス2について、次のとおり、「DLraw.net−YushanoKuzuvol01−02.rar」というファイル名のファイルを共有していることが観測されていたことが判明した。なお、次に記載された各時刻は、いずれも協定世界時であり、括弧内は日本標準時である。
 最初に観測された時刻令和2年(2020年)7月9日4時49分26秒(同日13時49分26秒)
 最後に観測された時刻同月10日23時24分22秒(同月11日8時24分22秒)
2 以上を前提として、以下検討する。
(1)原告代理人が行った本件対象ファイルのダウンロード調査(前記1(2))によれば、本件ソフトの表示画面において、本件IPアドレス2を割り当てられたものとして表示された端末が、本件発信時刻2の時点で、ビットトレントのネットワークを介して本件著作物の電子データを含む本件対象ファイルの断片を自動公衆送信した旨が表示されていることが認められる。
 しかしながら、原告代理人は、本件対象ファイルのダウンロード調査を行うに当たり、本件ソフトの表示画面に表示される他の端末のIPアドレスが当該端末の実際のIPアドレスと一致するか否かを確認する試験を行っておらず(前記1(2)ア)、本件ソフトの表示画面に表示される他の端末のIPアドレスが、本件トレントファイルによってリンクされるトラッカーに接続している他の端末の実際のIPアドレスと一致することや、本件ソフトを介して対象ファイルを自動公衆送信した他の端末の実際のIPアドレスと一致することを認めるに足りる的確な証拠もない。
 そうすると、原告代理人が行った本件対象ファイルのダウンロード調査によっては、本件発信時刻2の時点で実際に本件IPアドレス2を割り当てられていた端末が、ビットトレントのネットワークを介して本件各著作物の電子データを含む本件対象ファイルの断片を自動公衆送信したことが明らかであるとまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
(2)上記(1)の説示は、本件IPアドレス4についても同様に当てはまるから、原告代理人が行った本件対象ファイルのダウンロード調査によっては、本件発信時刻4の時点で実際に本件IPアドレス4を割り当てられていた端末が、ビットトレントのネットワークを介して本件各著作物の電子データを含む本件対象ファイルの断片を自動公衆送信したことが明らかであるとまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
(3)また、原告の複製権侵害の主張については、前記のとおり、本件各発信時刻の時点で実際に本件各IPアドレスを割り当てられていた各端末が、ビットトレントのネットワークを介して本件各著作物の電子データを含む本件対象ファイルの断片を自動公衆送信したことが明らかであるとまでは認められない以上、上記各端末が自動公衆送信の前に、本件各著作物の電子データをダウンロードして複製したことが明らかであるとは認められない。
3 以上によれば、本件各氏名不詳者が本件各著作物の電子データの断片を自動公衆送信したことが明らかであるとは認められず、原告の各請求が法4条1項に規定する要件を満たすものということはできない。
 なお、前記1(1)及び(3)によれば、ビットトレントはネットワークに参加している端末のIPアドレスが秘匿されていないという特徴を有しており、ファイル共有の履歴を検索できるウェブサイトによって、本件IPアドレス2を割り当てられた端末が本件トレントファイルと同名のファイルを共有していたことが観測されているものの、本件IPアドレス2が最後に観測された時刻は、本件IPアドレス2を割り当てられた端末がビットトレントのネットワークを介して本件対象ファイルを自動公衆送信したと主張されている本件発信時刻2よりも前の時点であるから、上記の各事情は、上記判断を左右しないというべきである。
4 よって、その余の点について検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、全部棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 田中孝一
 裁判官 横山真通
 裁判官 奥俊彦


(別紙 発信端末目録省略)
(別紙 著作物目録省略)

別紙 発信者情報目録
 別紙発信端末目録記載のアイ・ピー・アドレスを、同目録記載の発信時刻頃に使用した者の情報であって、次に掲げるもの。
 1 氏名又は名称
 2 住所
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