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【事件名】NTTぷららへの発信者情報開示請求事件C
【年月日】令和3年2月8日
 東京地裁 令和2年(ワ)第19976号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和2年12月4日)

判決
原告 AB
同訴訟代理人弁護士 平野敬
被告 株式会社NTTぷらら
同訴訟代理人弁護士 橋慶彦
同 池田曉子


主文
1 被告は、原告に対し、別紙1発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、電気通信事業等を営む被告に対し、「C」と題する漫画作品(2巻で刊行されており、以下、同作品の1巻及び2巻の全体を「本件著作物」という。)を複製して作成された画像データ(以下「本件共有画像」という。)が、被告の電気通信設備を経由して、P2P方式のファイル共有ソフトウェアであるBitTorrentのネットワーク上に送信(アップロード)されて送信可能化された上、同ネットワークを介して自動公衆送信されたこと(以下、この一連の行為を「本件共有行為」と総称する。)によって、本件著作物に係る原告の著作権(送信可能化権及び自動公衆送信権)が侵害されたことが明らかであるとした上で、本件共有行為を行ったBitTorrentのユーザー(以下「本件共有者」という。)に対する損害賠償請求権の行使のため、被告が保有する別紙1発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を受けるべき正当な理由があるとして、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
 原告は、漫画家ないしイラストレータとして活動する個人である(甲1、13)。
 被告は、電気通信事業等を営む株式会社であり、プロバイダ責任制限法2条3号の特定電気通信役務提供者に該当する。
(2)BitTorrentの概要
 BitTorrentの意義、特徴、同ソフトウェアを用いてファイルを送受信する仕組み等は、以下のとおりである(甲3、5、11の2)。
ア 意義・特徴
(ア) BitTorrentとは、インターネット上でP2P方式のファイルの共有ないし交換を行うためのプロトコル(通信規約)の一つ又は当該プロトコルを実装した標準のファイル共有ソフトウェアである。
(イ)BitTorrentのネットワークの参加者(「ピア」とも呼ばれる。)にはIPアドレスレベルでの匿名性、秘匿性がなく、どのIPアドレスの端末がどのファイルを保有、提供しているかを容易に知ることができるという点が、他の多くのP2P方式のファイル共有ソフトウェアとは異なるBitTorrentの特徴である。
イ ファイルを送受信する仕組み
(ア)目的のファイルを入手する方法
 ユーザーがBitTorrentのネットワークを介して目的のファイルを取得するには、まず、インデックスサイトと呼ばれるウェブサイトに接続して目的のファイルを検索し、目的のファイルに紐づく鍵となるトレントファイルを入手する。トレントファイルには、トラッカー(ファイルの提供者のリストを管理するサーバーをいい、IPアドレスを他のネットワーク参加者(ピア)と共有して相互に接続できるようにする機能を有する。)へのリンクが含まれている。
 次に、ユーザーは、入手したトレントファイルを自己の端末内のBitTorrentに取り込む。そうすると、上記端末はトラッカーと通信し、現時点で目的のファイルを保有し、かつ提供することができる端末のIPアドレス等の情報を取得することができる。
 そして、ユーザーは、取得したIPアドレスの中から一つ以上を選んで目的のファイルの送信(アップロード)を要求し、ファイルを自己の端末で受信(ダウンロード)する。
 こうして、ユーザーは、BitTorrentのネットワークから、目的のファイルを入手する。
(イ)目的のファイルの送信(アップロード)
 BitTorrentでは、目的のファイルを受信(ダウンロード)するユーザーも、受信(ダウンロード)の開始と同時に、当該ファイル又はその受信(ダウンロード)途中のファイル断片を提供できるピアとしてトラッカーに登録される。そのため、上記ユーザーは、BitTorrentのネットワークの他のピアから当該ファイルの提供を要求されれば、当該ファイル又はその断片を当該ピアの端末に送信(アップロード)しなければならない。
ウ BitTorrentのクライアントソフト
 BitTorrentは、プロトコル等の仕様が公開されているため、公式のクライアントソフトであるBitTorrentクライアントのほかにも多くの互換ソフトウェアがあり、どれを選んでも同じようにBitTorrentのネットワークに参加することができる。
(3)本件共有行為に関する調査の概要
 原告訴訟代理人弁護士平野敬(以下「原告代理人」という。)は、令和2年7月3日、原告の委託を受けて、BitTorrentのネットワークに関する調査を行った(甲5)。
 その調査において、原告代理人は、インターネット上のウェブページから入手した「E」というファイル名のトレントファイルを、原告代理人が使用する端末にインストールしたqBittorrent(BitTorrentのネットワークに参加できるソフトウェアの一つ。)に取り込み、「F」というファイル名の圧縮ファイル(以下「本件ファイル」という。)を受信(ダウンロード)した。そして、当該ファイルを解凍すると、本件著作物を構成する頁と同一の内容の画像ファイル(本件共有画像)が当該ファイルに格納されていた。(甲4、5、7、8)
 また、上記調査中である令和2年7月3日午後4時51分14秒時点のqBittorrentの画面には、「IP」欄に別紙2発信端末目録の「IPアドレス」欄記載の数値(以下「本件IPアドレス」という。)と同一の数値が、「ポート」欄に同目録の「ポート番号」欄記載の数値と同一の数値が、「フラグ」欄に「DHP」との符号(なお、「DHP」のうち「D」とは、現在受信(ダウンロード)中を意味する符号である。)がそれぞれ表示されていたほか、「進捗状況」欄に「100%」と、「ダウン速度」欄に「12B/秒」とそれぞれ表示されていた(甲5、6)。
(4)本件発信者情報の保有
 被告は、本件IPアドレスを管理しており、別紙2発信端末目録の「発信時刻」欄記載の日時に本件IPアドレスを割り当てていたものであって、本件発信者情報を保有している。
3 争点
(1)本件共有行為による権利侵害の明白性(争点1)
ア 原告が本件著作物の著作者か(争点1−1)
イ 侵害情報の流通によって原告の著作権が侵害されたことが明らかであるか(争点1−2)
(2)本件発信者情報は「開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか(争点2)
(3)開示を求める正当な理由の有無(争点3)
4 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件共有行為による権利侵害の明白性)について
ア 争点1−1(原告が本件著作物の著作者か)について
(原告の主張)
 原告は、本名の姓である「A」を片仮名で、名である「B」を数字の「G」に置き換えて、それぞれ表記した「H」という筆名を用いて、漫画家として活動している。そして、原告は、上記筆名を用いて本件著作物を創作したから、本件著作物の著作者は原告である。
 なお、本件著作物の第1話の画像に上記筆名が表示されているから、原告は本件著作物の著作者であると推定される(著作権法14条)。
(被告の主張)
 原告が提出した証拠を踏まえても、原告が「H」という筆名を用いて活動していることには疑義があり、原告が本件著作物の著作者であるとは認められない。
イ 争点1−2(侵害情報の流通によって原告の著作権が侵害されたことが明らかであるか)について
(原告の主張)
(ア)BitTorrentを利用してファイルを受信(ダウンロード)した者は、ピアとして登録され、当該ファイルを他の端末に送信(アップロード)する役割をも同時に担うこととなり、送信(アップロード)はソフトウェアを能動的に操作して停止させるまで継続するという仕組みを有する。このようなBitTorrentの仕組みによれば、ファイルを受信(ダウンロード)した者は、自動的に、ピアとして当該ファイルを他者の要求に応じて送信する役割を担うこととなる。
 したがって、本件共有者による本件共有行為は、原告の本件著作物に対する著作権(送信可能化権及び自動公衆送信権)を侵害するものといえる。
(イ)ファイル共有ソフトウェアにより不特定多数の間で著作物を共有することは、情報解析(同法30条の4)、引用(同法32条)その他の著作権制限規定にも該当せず、本件共有行為について違法性阻却事由は存在しない。
(ウ)したがって、侵害情報の流通に該当する本件共有行為によって原告の著作権が侵害されたことは明らかである。
(被告の主張)
 原告が提出した証拠を踏まえても、本件著作物に対する原告の著作権が本件共有行為により侵害されたとはいえない。
 また、違法性阻却事由の不存在については争う。
 したがって、侵害情報の流通によって原告の著作権が侵害されたことが明らかであるとはいえない。
(2)争点2(本件発信者情報は「開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか)について
(原告の主張)
 BitTorrentでは、ピアのIPアドレス等が秘匿されていないため、どのIPアドレスの端末がどのファイルを共有しているかを誰でも容易に知ることができる。そこで、原告代理人において、実際にBitTorrentのネットワークに接続する方法により調査をした結果、別紙2発信端末目録の「発信時刻」欄記載の日時に、本件IPアドレスが付与された端末5がピアとなって、本件共有画像が上記ネットワーク上で共有されることによって送信可能化及び自動公衆送信されていること(本件共有行為)が判明した。そして、本件IPアドレスは被告の管理下にある。
 したがって、本件発信者情報は、「開示関係役務提供者」である被告が保有する原告の「権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項柱書き)に該当する。
 なお、被告は、IPアドレスがVPN(VirtualPrivateNetwork(仮想閉域網)の略語である。)を用いて変更され、偽装され得るとして、本件IPアドレスが本件共有行為に係るIPアドレスであるのか疑義があると主張するが、本件IPアドレスがVPNによって偽装されたことを疑わせる事情はなく、上記主張には理由がない。
(被告の主張)
 一般に、P2P型ファイル共有ソフトを利用した端末のIPアドレスを特定する方法の信用性を担保することは容易ではない。そのため、原告代理人がIPアドレス特定のために行ったとされる調査手法が信頼性を有するか否かについては、技術的文献、開発者の証言、実証実験等の技術的根拠がない限り、疑問があるところ、本件ではこうした技術的根拠は示されていない。とりわけ、原告代理人が上記調査に際して利用したqBittorrentは、BitTorrentの公式クライアントソフトウェアではなく、オープンソースのクライアントソフトウェアであるから、qBitTorrentが表示したIPアドレスが本件共有行為に供された端末のIPアドレスを正確に表示したものかは疑義がある。
 また、BitTorrentにおいて表示されるIPアドレスは、VPNを用いて変更可能であるとされている。そのような技術が存在することからすれば、ユーザーが何らかの手段・技術を用いて自身の端末のIPアドレスを被告の管理するIPアドレスに偽装して利用することも可能であると考えられ、本件IPアドレスが本件共有行為に供された端末のIPアドレスであるかは疑義がある。
 したがって、本件IPアドレスが本件共有行為に供された端末のIPアドレスと認めることはできない。
(3)争点3(開示を求める正当な理由の有無)について
(原告の主張)
 原告は、本件共有者に対し、損害賠償等を請求するべく準備をしているところ、そのためには、本件共有者の氏名及び住所の開示を受けることが必要であるから、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
 原告が損害賠償等を請求するべく準備をしているとの事実は不知であり、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとの主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件共有行為による権利侵害の明白性)について
(1)争点1−1(原告が本件著作物の著作者か)について
ア(ア)原告の陳述書(甲13)には、原告は、「I」が創作した小説を原案に、同小説を漫画化することについて同人の許諾を得て、「H」の筆名を用いて本件著作物を創作したとの記載がある。
 そこで、上記記載の信用性について検討すると、前記前提事実のとおり、原告は漫画家ないしイラストレータとして活動する個人であるところ、原告が株式会社ファンタジスタとの間で締結した電子書籍の配信利用に関する契約に係る合意書(甲1)には、「Hこと」に続けて原告の氏名が記載された箇所があるほか、その当事者欄には「H」と原告の氏名及び住所とが併記されている。また、「A」は原告の姓の読み方を片仮名によって表記したものと一致するほか、「G」は「B」と読むことを連想させ得る数字の組み合わせである。さらに、本件著作物の表紙及び本文には、本件著作物のタイトル(「C」)と共に、「原作:I」、「漫画:H」との記載がある(甲2、甲8・3枚目)。また、本件著作物が電子書籍として販売されているウェブサイト(甲2)には、「著者をフォロー」欄に「H」と記載されているほか、「H(著)、I(著)」と記載されている。
 以上によれば、原告が「H」の筆名を用いて本件著作物を創作した旨の上記の陳述書の記載は、他の証拠からも裏付けられており、信用することができる。
 したがって、原告は、本件著作物の著作者であると認められる。
(イ)なお、原告は、本件著作物の第1話の画像に「H」と記載されていることを根拠に、「筆名」が表示されているとして、著作権法14条により、原告が本件著作物の著作者と推定されるとも主張する。
 しかしながら、同条により著作物の著作者であると推定されるためには、表示された筆名その他の変名が「周知のもの」であることを要するところ、本件著作物が前記ウェブサイトの格闘技漫画部門で「ベストセラー1位」を獲得したこと(甲2、13)を考慮しても、「H」という筆名自体が有名であることは格別、さらに進んで、「H」という筆名が原告本人の呼称であることが一般人に明らかであるとまでは認められない。よって、「H」という筆名が「周知のもの」であるとまでは認められず、その他、これを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件著作物に「H」と記載されている事実から、本件著作物の著作者が原告であるとは推定されないというべきである。
 もっとも、前記(ア)で説示したとおり、陳述書(甲13)の記載は信用できるから、同条の推定によるまでもなく、これにより原告が本件著作物の著作者であると認められることとなる。
イ したがって、原告は本件著作物の著作者であり、本件著作物に対する著作権を保有していると認められる。以上の認定に反する証拠はなく、被告の主張は採用することができない。
(2)争点1−2(侵害情報の流通によって原告の著作権が侵害されたことが明らかであるか)について
 証拠(甲5)によれば、qBittorrentは、BitTorren10tのクライアントソフトの一つであり、BitTorrentのネットワーク上で目的のファイルの送受信を行っているピアについて、その端末のIPアドレスやポート番号、進捗状況(当該ピアの端末にファイルがどの程度保存されているかを百分率で現した数値。)等を表示する機能があることが認められる。そして、前記前提事実(3)のとおり、原告代理人が調査を行った令和2年7月3日午後4時51分14秒の時点で、本件IPアドレスと同一の数値及び別紙2発信端末目録記載のポート番号が付与された端末の「進捗状況」が「100%」である旨がqBittorrentの画面に表示されていたことに照らすと、上記端末には、本件ファイルの全部が保存されていたことが認められる。そうすると、本件共有者は、遅くとも上記の時点までには、本件ファイルの全部を取得して上記端末に保存し、かつ、これと同時に、BitTorrentのネットワークを介して他のピアからの要求に応じて当該ファイルの送信(アップロード)をすることができる状態にしたと認められる。よって、本件共有者は、遅くとも上記の時点までに、本件共有行為により、本件著作物に係る原告の送信可能化権を侵害したものである。
 さらに、前記前提事実(2)によれば、BitTorrentのネットワーク上で受信(ダウンロード)されるファイルは、当該ファイルが保存された端末から受信(ダウンロード)を要求した端末へ直接送信(アップロード)される。そして、前記前提事実(3)のとおり、原告代理人が調査を行った上記の時点において、qBittorrentの画面に「D」「12B/秒」と表示されていたものである。そうすると、本件IPアドレスが付与された上記端末から原告代理人の端末に対して本件ファイルが送信(アップロード)され、原告代理人の端末が毎秒12バイトの速度でこれを受信(ダウンロード)したと認めることができる。よって、本件共有者は、上記の時点において、本件共有行為により、本件著作物に係る原告の自動公衆送信権を侵害したものである。
 加えて、前記前提事実(2)イのとおり、BitTorrentでファイルを受信(ダウンロード)したユーザーは、そのネットワークのピアとして登録され、他のピアから要求されれば、同ファイルをその要求したピアの端末に送信(アップロード)しなければならないことに照らせば、本件共有行為(目的のファイルを送信可能化及び自動公衆送信する行為)は、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信ということができる。よって、本件共有行為は、「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に当たる。
 以上によれば、遅くとも令和2年7月3日午後4時51分14秒頃までに、本件共有者が行った特定電気通信である本件共有行為により、本件著作物に係る原告の著作権(送信可能化権及び自動公衆送信権)が侵害されたと認めるのが相当である。
 そして、本件全証拠によっても、本件共有行為について、著作権の制限規定に該当する事実その他の違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情は認められない。
(3)小括
 以上によれば、本件共有者による本件共有行為によって原告の本件著作物に対する著作権(送信可能化権及び自動公衆送信権)が侵害されたものと認められ、かつ、これについて違法性阻却事由は認められないから、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法4条1項1号)と認められる。
2 争点2(本件発信者情報は「開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか)について
(1)前記1(2)で説示したとおり、遅くとも別紙2発信端末目録記載の令和2年7月3日午後4時51分14秒の時点までには、同目録記載の本件IPアドレスが付与された端末に、BitTorrentのネットワークを介して取得された本件ファイルの全部が保存され、上記の時点頃に、本件ファイルの全部が公衆送信されたと認められる。
 したがって、上記端末を用いてされた本件共有行為に係る特定電気通信による情報の流通によって、原告の本件著作物に係る送信可能化権及び自動公衆送信権が侵害されたと認められるから、別紙2発信端末目録記載のIPアドレスを同目録記載の発信時刻頃に使用した者の情報である本件発信者情報は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項柱書き)に該当するというべきである。
(2)この点、被告は、@技術的文献、開発者の証言、実証実験等の技術的根拠がないこと、A原告代理人が利用したソフトウェアであるqBittorrentは公式のクライアントソフトではないこと、BVPN技術を用いて、自身の端末のIPアドレスを被告の管理するIPアドレスに偽装して利用することも可能であることを根拠に、原告代理人の調査結果には疑義があると主張する。
 しかしながら、上記@の主張についてみるに、原告はBitTorrentの技術に関して所要の立証をしており(甲3、5、11の2)、原告代理人の調査に技術的根拠がないとはいえない。また、上記Aの主張についてみるに、前記前提事実(2)ウのとおり、BitTorrentの仕様は公開されており、多くの互換ソフトウェアが存在し、どれを選んでも同じようにBitTorrentのネットワークに参加することができるのであるから、qBittorrentが公式のクライアントソフトウェアでないことによって5直ちに同ソフトの信頼性が損なわれるものではない。したがって、被告の上記各主張は、原告代理人の上記調査の信用性に疑いを差し挟ませるような事情を指摘するものではないから、理由がないというべきである。
 さらに、上記Bの主張についてみても、抽象的にはVPN技術によりIPアドレスを偽装することが可能であるとしても、本件共有者が、現に、VPN技術を用いて、実際に端末に付与されていたIPアドレスを本件IPアドレスに偽装していたことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告の上記主張はいずれも採用することができない。
(3)小括
 以上によれば、本件発信者情報は「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法4条1項柱書き)に該当すると認められる。
 そして、前記前提事実(1)及び(4)のとおり、被告が特定電気通信役務提供者に当たること及び本件IPアドレスが被告の管理下にあることに争いはないところ、前記1のとおり、本件共有行為により原告の著作権が侵害されたことが明らかである上、上記のとおり、本件発信者情報は原告の上記著作権侵害に係る発信者情報であるから、本件共有行為に係る通信を媒介した被告は、「開示関係役務提供者」(同項柱書き)に該当すると認められる。したがって、上記発信者情報は、「開示関係役務提供者が保有する」ものと認められる。
3 争点3(開示を求める正当な理由の有無)について
 証拠(甲13)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件共有者に対し、本件著作物の著作権侵害について、不法行為に基づく損害賠償請求その他の法的措置を講じる意思を有しており、その請求のためには、被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があるものと認められる。
 したがって、原告には、本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法4条1項2号)と認められる。
4 結論
 以上のとおり、本件共有行為により原告の権利が侵害されたことが明らかであり、かつ、原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由もあるといえるから、本件共有行為に係る通信を媒介した被告は、開示関係役務提供者として本件発信者情報を開示すべき義務を負う。
 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 國分隆文
 裁判官 矢野紀夫
 裁判官 佐々木亮


(別紙1)発信者情報目録
 別紙2発信端末目録記載のIPアドレスを、同目録記載の発信時刻頃に使用した者の情報であって、次に掲げるもの。
1 氏名又は名称
2 住所
 以上
(別紙2発信端末目録は省略)
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