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【事件名】オプテージへの発信者情報開示請求事件
【年月日】令和3年1月14日
 大阪地裁 令和2年(ワ)第1995号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 令和2年10月30日)

判決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 渡辺泰央
被告 株式会社オプテージ
同訴訟代理人弁護士 嶋野修司
同 増田拓也


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、自己を被写体とする写真を自ら撮影した原告が、氏名不詳者が被告の提供するインターネット接続サービスを経由してソーシャルネットワーキングサービス「ツイッター」(以下「ツイッター」という。)に当該写真を使用して別紙投稿記事目録記載の記事(以下「本件記事」という。)を投稿したことにより、当該写真に係る原告の著作権(複製権、翻案権、公衆送信権)及び著作者人格権(同一性保持権)が侵害されたと主張して、ツイッターの運営会社から開示されたIPアドレスの保有者である被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。)
(1)当事者
 原告は、現在高校生の未成年者である(甲3、裁判所に顕著な事実)。
 被告は、電気通信事業を営み、インターネット接続サービスを提供する株式会社である。
(2)本件記事の投稿
 氏名不詳者は、遅くとも令和元年7月26日までに、ツイッター上に本件記事を投稿した(以下「本件投稿」といい、その投稿者を「本件投稿者」という。)。
 本件投稿は、別紙投稿記事目録記載の閲覧用URL、アカウント名及びユーザー名のアカウント(以下「本件アカウント」という。)に、同目録記載の投稿内容を同アカウントのプロフィール画像(以下「本件画像」という。)として投稿したものである。本件画像は、人物の鼻部分を中心として顔写真が丸くトリミングされたものであり、●省略●が写っている。なお、本件アカウントの登録は平成31年4月にされたものである。
 (以上につき、甲1、2、弁論の全趣旨)
(3)ツイッター社からのIPアドレスの開示
 原告は、ツイッターの運営会社であるツイッターインターナショナルカンパニー(以下「ツイッター社」という。)を債務者として、本件アカウントにログインした者の、ログインした際のIPアドレス並びに当該IPアドレスを割り当てられた電気通信設備から同社の用いる特定電気通信設備に当該ログイン情報が送信された年月日及び時刻(以下「タイムスタンプ」ともいう。)のうち、仮処分決定が同社に送達された日から遡って6か月以内の同社が保有するもの全てについて、仮の開示を求める仮処分命令を東京地方裁判所に申し立てたところ(東京地方裁判所令和元年(ヨ)第22089号仮処分命令申立事件)、同裁判所は、令和元年10月1日、その旨の仮処分決定をした。当該仮処分決定は、遅くとも同月4日までに、ツイッター社に送達された。
 ツイッター社は、上記仮処分決定に基づき、原告に対し、同年8月4日〜同年10月1日の間に本件アカウントにログインした者のIPアドレス及びタイムスタンプ(協定世界時のもの。以下同じ。)を開示した。なお、ツイッター社は、個々の投稿に係るIPアドレス等のログを保存しておらず、また、ログインに係る情報についても、直近2か月分程度のログしか保存していないことがうかがわれる。
 (以上につき、甲6、7、10)
(4)本件発信者情報
 別紙IPアドレス目録記載のIPアドレス(以下「本件IPアドレス」という。)及び「ログイン日時」(以下「本件ログイン日時」といい、これと本件IPアドレスを併せて「本件IPアドレス等」という。)は、原告がツイッター社から開示されたIPアドレス及びタイムスタンプにいずれも含まれる。
 本件発信者情報は、本件IPアドレスを本件ログイン日時頃に被告から割り当てられていた契約者に関する情報であり、被告が保有する情報である。
 (以上につき、甲2、6、7、9、10)
(5)ツイッターへの投稿の仕組み
 ツイッターを利用するに当たっては、まず、氏名、電話番号又はメールアドレスの登録及びパスワードの設定を行い、アカウントの登録を行う必要がある。また、登録したアカウントを利用して投稿するためには、投稿に先立ち、当該アカウントにパスワードを入力してログインする必要がある(甲5、8、弁論の全趣旨)。
2 争点
(1)被告の開示関係役務提供者該当性(争点1)
(2)本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性(争点2)
(3)権利侵害の明白性(争点3)
ア 著作物性の有無(争点3−1)
イ 著作権及び著作者人格権の侵害の成否(争点3−2)
ウ 違法性阻却事由の存否(争点3−3)
(4)発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1)被告の開示関係役務提供者該当性(争点1)
(原告の主張)
 開示関係役務提供者とは、「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」であるところ、「当該特定電気通信の用に供される」とは、「特定電気通信による侵害情報の送信に利用できる」ことを意味するものであり、権利侵害を発生させる特定電気通信を実際に媒介したことまでが必須の要素であるとはいえない。
 また、ツイッターのようなログイン型投稿においては、ログイン情報の送信行為は権利侵害を発生させる特定電気通信に不可欠の前提行為となっている。この場合、ログイン情報の送信及び媒介は、権利侵害を発生させる特定電気通信に供されるものにほかならない。
 そうすると、「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備」には、ログイン情報の送信を媒介した通信設備も含まれる。
 したがって、特定電気通信役務提供者である被告は、原告の権利を侵害する情報の流通に係る特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者すなわち開示関係役務提供者に当たる。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
 「当該特定電気通信」とは、権利侵害がなされた通信そのものを指すことから、「開示関係役務提供者」とは、権利侵害がなされた通信そのものを媒介する者をいう。しかるに、本件IPアドレス等はログイン時のIPアドレス及びログイン日時であり、また、ツイッターは、個々の投稿を行った際のIPアドレス等を記録していない。さらに、本件画像は、遅くとも甲1号証が印刷された日である令和元年7月26日までに投稿されたものとうかがわれるところ、本件ログイン日時は、最も古いもので同年8月13日である。そうすると、本件IPアドレス等により特定される通信は、権利侵害(本件投稿)がなされた通信には該当しない。
 したがって、被告は、権利侵害がなされた通信そのものを媒介した者ではなく、「開示関係役務提供者」に当たらない。
(2)本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性(争点2)
(原告の主張)
ア 開示の対象となる「権利の侵害に係る発信者情報」は、侵害情報が発信された際に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報に限定されることなく、権利侵害との結び付きがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報を含む。
イ この点につき、ツイッターの仕組み(前記第2の1(5))を踏まえると、登録されたアカウントにログインをする者は、当該アカウントの使用者である蓋然性が高い。また、本件では、原告が過去に自ら撮影した自身を被写体とする写真(以下「本件元画像」という。)をトリミングした本件画像を無断で使用していること、本件アカウントのユーザー名が●省略●であり、原告の身体的特徴の一部を嘲笑する目的でトリミングが行われたことがうかがわれること、本件アカウントのプロフィールに表示されるヘッダー画像(以下「本件ヘッダー画像」という。)にはソーシャルネットワーキングサービス「インスタグラム」における原告のアカウントIDである●省略●が表示されていることなどに照らすと、本件アカウントは、特定の個人が原告に対して嫌がらせをする目的で作成したものと見られる。さらに、原告がツイッター社から開示された合計132個のログインIPアドレスのうち、58個は被告、70個は株式会社NTTドコモ(以下「ドコモ」という。)が経由プロバイダとなっている。ツイッターの一般的な利用態様を踏まえると、上記開示内容から、本件アカウントのログイン者は単一であり、外出時にはドコモの回線を使用し、自宅では被告の回線を使用している可能性が高いといえ、少なくとも本件アカウントにログインした者が単一であることと矛盾しない。
 以上のとおり、本件アカウントにログインした者と本件アカウントを使用して本件投稿をした者が同一であるとの相当の蓋然性があり、また、本件アカウントを複数の者が共有して使用しているなどの事情は存在しない。このため、本件アカウントへのログイン者(以下「本件ログイン者」という。)は、本件投稿者であるといえる。
ウ したがって、被告が保有する契約者である本件ログイン者の情報は、権利侵害との結び付きがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者の情報といえ、「権利の侵害に係る発信者情報」に当たる。
(被告の主張)
ア 「権利の侵害に係る発信者情報」とは、開示請求者の権利を侵害したとする情報の発信者についての情報に限られ、ログインに係る情報のような侵害情報でない情報を送信した者の情報については、開示請求の対象とならない。
イ 本件発信者情報は、本件IPアドレスを被告から割り当てられていた契約者に関する氏名等の情報であるが、本件IPアドレスはログイン時のIPアドレスであるから、これは侵害情報でないログインに係る情報を送信した者の情報であり、開示請求の対象とはならない。
ウ 前記((1)(被告の主張))のとおり、本件IPアドレス等により特定される通信は、権利侵害(本件投稿)がなされた通信には該当しないことから、本件ログイン日時にログインした者は、そのログイン状態を利用して本件投稿を行った本件投稿者ではない。
 また、本件アカウントは、本件IPアドレスとは異なる様々なIPアドレスを使用した通信によりログインされており、同一人物がこのように多数のIPアドレスを保有し、都度異なるIPアドレスからログインすることは通常考えにくい。しかも、本件アカウントは、実在の人物が本名で開設したといった体裁ではなく、開設の趣旨が明らかではない。こうした事情を踏まえると、本件アカウントは、複数の異なる者がログインするものである可能性がある。
 以上より、本件ログイン者が、本件投稿を行い原告の権利を侵害したという情報の発信者と同一であるとは必ずしもいえない。そうである以上、本件ログイン者の情報は、「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するとはいえない。
(3)著作物性の有無(争点3−1)
(原告の主張)
 本件画像は、原告が過去に自ら撮影した写真(本件元画像)をトリミングしたものであるところ、本件元画像は、原告が、カメラの方を向いてポーズを決め、自らアングルや構図等を決めて撮影したものである。このような本件元画像には原告の個性が発露していることから、本件元画像は著作物といえる。著作物性が認められるためには、技術的に高度であることは要求されず、作者の個性が表れていれば足りる。
(被告の主張)
 本件元画像は、その体裁から、専門家の手による工夫を加えられることなく、スマートフォンのカメラ等の機械的作用により撮影されたものに過ぎないことがうかがわれ、被写体のポーズ、表情、衣装、背景、構図、照明、光量及び絞り方等について高度に工夫を加えて撮影されたものとはいえない。また、その被写体のポーズはありふれたものであり、アングルと構図も単に人物を正面からバストアップで撮影したものに過ぎない。したがって、本件元画像には原告の個性の発露は見られないから、本件元画像は著作物とはいえない。そもそも、本件元画像を原告が撮影したことの立証はない。
(4)著作権及び著作者人格権の侵害の成否(争点3−2)
(原告の主張)
ア 原告が著作権を有する本件元画像の一部である本件画像をツイッター社が管理するサーバにアップロードすることにより記録する行為は、「複製」すなわち「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」(著作権法2条1項15号)に該当する。
 また、本件画像をツイッター社が管理する公衆の用に供されているネットワークに接続しているサーバに情報を記録する行為は、「公衆送信」(同法2条1項7号の2)に該当する。
 したがって、これらの行為は、原告の本件元画像に係る複製権及び公衆送信権侵害を構成する。
イ 著作権の保護の対象となる本件元画像をトリミングすることは、「翻案」(同法27条)及び「切除」(同法20条1項)に該当する。
 したがって、上記行為は、原告の翻案権及び同一性保持権侵害を構成する。
 なお、本件アカウントのユーザー名には●省略●との記載があり、●省略●と理解されることに鑑みると、本件元画像における原告の鼻部分を強調するようにトリミングした本件画像をプロフィール画像として使用することは、原告の鼻という身体的特徴の一部を嘲笑する目的をうかがわせる。このような切除行為は原告の意に反するものである。
(被告の主張)
ア 本件画像が本件元画像をトリミングしたものであるか否かは不明である。
イ 複製権侵害でないこと
 仮に、本件画像が本件元画像をトリミングしたものであるとしても、原告が本件元画像の著作物性の根拠とするアングルと構図の決め方について、人物の顔の一部のみである本件画像からは、アングルも構図も感得できない。表現形式上の本質的な特徴を感得できないような態様での利用は「再製」に該当せず、「複製」とはいえないところ、本件画像から本件元画像の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないから、本件画像のアップロードは「複製」とはいえない。
ウ 翻案権侵害でないこと等
 発信者情報開示請求においては、侵害情報の流通によって権利が侵害されることが前提とされているところ、画像のトリミングが著作権(翻案権)侵害を構成するか否かはさておき、トリミングをすることが権利侵害であるとの理由により発信者情報の開示を請求することはできない。
 また、「翻案」とは、既存の著作物に依拠し、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作することをいうところ、本件画像はありふれた顔の一部の画像であり、創作性を肯定すべき事情はなく、別の著作物を創作したとはいえない。前記イのとおり、本件画像から本件元画像の表現上の本質的な特徴を直接感得することもできない。そもそも、本件元画像が著作物といえない以上、本件画像につき、既存の著作物に依拠したものともいえない。したがって、本件画像が本件元画像をトリミングしたものであるとしても、これをもって翻案権侵害とはいえない。
 さらに、原告が本件元画像を自らツイッターにアップロードしたのであれば、不特定多数の者がそのデータをダウンロードできたはずであるから、被告の契約者以外の者が本件元画像をトリミングした可能性もある。このため、本件元画像のトリミングにつき、被告との契約者による翻案権侵害があったとはいえない。
エ 同一性保持権侵害でないこと等
 トリミングが「切除」に該当するものであるとしても、トリミングをすることが権利侵害であるとの理由により発信者情報の開示を請求することができないことは、前記ウのとおりである。
 また、著作者人格権である同一性保持権を侵害する行為とは、著作者の意に反するその著作物の改変であって、他人の著作物における表現上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいい、他人の著作物を素材として利用しても、その表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は、原著作物の同一性保持権を侵害しない。しかるに、本件では、前記イのとおり、本件画像から本件元画像の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできない。したがって、本件画像が本件元画像をトリミングしたものであるとしても、これをもって同一性保持権侵害があったとはいえない。
 さらに、被告の契約者以外の者が本件元画像をトリミングした可能性があることから、本件元画像のトリミングにつき被告との契約者による同一性保持権侵害があったとはいえないことは、前記ウと同様である。
 加えて、本件アカウントのユーザー名を決めた者と本件元画像のトリミングをした者とが同一か否かは不明である以上、ユーザー名を理由にトリミング行為が原告の意に反する改変と即断することはできない。
オ 公衆送信権侵害でないこと
 本件元画像のうち著作物として保護されるのは、その著作物性の根拠とされるアングルと構図の決め方を明確に感得できる部分に限定される。しかるに、前記イのとおり、本件画像からは、アングルも構図も感得できない。したがって、本件画像をサーバに記録する行為は、公衆送信権の侵害とはいえない。
(5)違法性阻却事由の存否(争点3−3)
(原告の主張)
 原告は、本件元画像のトリミング(本件画像の作成)及び本件画像のアップロードの各行為について、いずれかの者に同意したことはない。また、他に著作権制限を受ける事情は見当たらない。
 したがって、本件画像のアップロード等につき、違法性阻却事由は存在しない。
 なお、ソーシャルネットワーキングサービスに自ら公開した画像について、第三者による複製、翻案、公衆送信及び改変等をある程度認容する意思があるとする経験則は存在しない。
(被告の主張)
ア 原告は、遅くとも本件投稿がされる前に、自ら本件元画像をツイッターにアップロードして公開しているところ、そのサービスの性質等に照らすと、原告は、自らが公開した画像について、第三者の複製、翻案、公衆送信及び改変等をある程度認容する意思であったと思われる。また、原告が本件アカウントの管理者に対して警告等を行った事実は見当たらない。にもかかわらず、原告が本件投稿者に突然損害賠償請求をすることは権利の濫用に該当する可能性がある。
イ 本件におけるトリミングは、画像をツイッターのアイコンとして表示する上で適切なサイズにするために、プログラムによって自動的に行われた可能性がある。このため、同一性保持権侵害に関するやむを得ない改変の事実をうかがわせるような事情が存在しないとはいえない。
ウ 本件投稿者以外の者が本件元画像をトリミングしたり、アップロードしたりした可能性も十分にあるところ、本件投稿者は、そのような者から本件画像を入手し、適法に画像を使用している認識でこれを使用している可能性がある。その点で、本件投稿者に不法行為上の故意又は過失がないことをうかがわせる事情が存在しないとはいえない。
(6)発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点4)
(原告の主張)
 原告は、本件投稿者に対して、不法行為に基づく損害賠償等の請求をする予定である。この権利を行使するためには、本件発信者情報の開示を受ける必要があるから、原告には、発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
 「発信者情報の開示を受ける正当な理由があるとき」とは、開示請求者が発信者情報を入手することの合理的な必要性が認められることを意味し、その判断には、開示請求を認めることにより制約される発信者の利益を考慮した相当性の判断も含まれる。
 本件において原告が主張する著作権及び著作者人格権侵害の違法性は、仮にこれが認められるとしても、その程度は極めて強度であるとまではいえない。また、原告は写真の撮影を業としている者ではないから、発信者の行為により原告の営業上の利益等が侵害されているとはいえず、不法行為法上の損害が認められることやその損害額が相当程度高いものになることが明らかとはいえない。
 このことと、発信者情報を開示することにより制約される契約者の表現の自由、通信の秘密及びプライバシーの重大性を考慮すれば、開示請求者が発信者情報を入手することの合理的な必要性があるとはいえないから、「正当な理由」はない。
第3 当裁判所の判断
1 被告の開示関係役務提供者該当性(争点1)及び本件発信者情報の「権利の侵害に係る発信者情報」該当性(争点2)について
(1)本件投稿は、ソーシャルネットワーキングサービスを提供するツイッターに対する投稿であり、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信といえることから、「特定電気通信」(法2条1号)に当たる。
 また、本件投稿が経由したリモートホストが「特定電気通信の用に供される電気通信設備」すなわち「特定電気通信設備」(同条2号)に該当することは、当事者間に争いがない。経由プロバイダである被告は、このような特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者であり、「特定電気通信役務提供者」(同条3号)に当たる。(甲2、弁論の全趣旨)
(2)法4条の趣旨は、特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が、情報の発信者のプライバシー、表現の自由、通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにある(最高裁平成22年4月8日第一小法廷判決・民集64巻3号676頁)。また、「当該権利の侵害に係る発信者情報」という文言は、「係る」の語意に鑑みると、「権利が侵害された際の発信者情報」といった権利侵害行為の際に使用された発信者情報に限定する趣旨には必ずしも理解されない。これらのことから、「当該権利の侵害に係る発信者情報」とは、当該権利の侵害情報が発信された際に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報に限られず、権利侵害との結び付きがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報をも含むと解される。
 さらに、侵害情報そのものの送信時点ではなく、その前後に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報であっても、それが当該侵害情報の発信者のものと認められる場合、当該発信者のプライバシー等の保護の必要性の程度に比べ、被害者の権利救済を図る必要性がより高いといえる。しかも、侵害情報そのものの送信を媒介した特定電気通信を媒介した者でなければ「開示関係役務提供者」に該当しないとすると、権利侵害は明白であっても、サイト運営者のログイン情報の保存方法等により発信者情報開示請求の成否が左右され、被害者が権利行使を断念せざるを得ない事態も生じかねない。このような事態が法4条の上記趣旨に適うとは考え難い。そうすると、同条の上記趣旨に鑑み、侵害情報の送信の前後に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報であっても、それが侵害情報の発信者のものと認められる場合は、「権利の侵害に係る発信者情報」に当たると考えるのが相当である。
 以上を前提とすると、侵害情報の発信者と同一の者によるものと認められる通信を媒介し、その際に割り当てられた当該IPアドレス等を保有する特定電気通信役務提供者は、「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」である「開示関係役務提供者」に当たるというべきである。これに反する被告の主張は採用できない。
(3)前提事実、掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができる。
ア 本件投稿は、遅くとも令和元年7月26日までにされたものであるのに対し(甲1)、本件ログイン日時は、最も早いものでも同年8月13日(協定世界時)である。すなわち、本件IPアドレスは、本件投稿後のログインに係るものであり、本件投稿の際に使用されたIPアドレスそのものではない。
イ 前記(第2の1(3))のとおり、原告は、ツイッター社より、同年8月4日〜同年10月1日の間に本件アカウントにログインした者のIPアドレス及びそのタイムスタンプの開示を受けたところ、上記期間における本件アカウントへのログインは合計132回である。このうち、58回は被告が提供する特定電気通信設備を経由するIPアドレスからのログインであり(これには、本件IPアドレス等によるログイン全てが含まれる。)、70回はドコモを経由プロバイダとするものである。また、本件IPアドレスには3種類あるところ、それぞれ、同年8月4日〜同月15日午前1時15分の間に合計12回(なお、これには本件IPアドレス等の前のものも含まれる。)、同日午後10時44分〜同年9月3日の間に合計20回、同月6日〜同年10月1日の間に合計26回と、IPアドレスごとに時期を異にしてログインがされている。(甲2、6、7、9、10)
ウ 本件投稿は、本件アカウントにおいてされたものであるところ、本件アカウントのユーザー名は●省略●である。また、本件画像は、本件アカウントのプロフィール画像として使用されているところ、これと本件元画像(原告の胸部より上の部位を撮影したもの)の対応する部位とを比較すると、被写体の●省略●の形状及びこれと鼻との位置関係、画像の色調や質感等が一致するといってよいから、本件画像は、本件元画像を原告の鼻部分を中心に円状にトリミングして作成されたものである。
 さらに、本件ヘッダー画像として、原告のインスタグラムのユーザー名である●省略●が表示された画像が使用されている。
 なお、ツイッターのプロフィール画像は、当該アカウントのユーザーが任意に選択、設定し得る。
 (甲1、4、裁判所に顕著な事実)
(4)上記各認定事実に加え、ツイッターへの投稿の仕組み(前記第2の1(5))を考慮すると、以下のとおり考えられる。
 本件投稿は、本件ログイン日時に先立つログインの際に行われたものである。
 しかし、登録したアカウントへのログイン状態にあることを前提とするというツイッターへの投稿の仕組みを踏まえると、ツイッターへの投稿者は、当該アカウントにログインし得る者すなわちログインに必要となるパスワード等を知る者であり、このような者は特定の者である蓋然性が高いといえる。ツイッターによる開示対象となった約2か月間における本件アカウントへのログイン時のIPアドレスは様々ではあるものの、その状況からは、本件アカウントへのログインは、おおむね、被告によりIPアドレスを割り当てられた機器と、ドコモによりIPアドレスを割り当てられた機器とを、その時々のログイン者の通信環境等に応じて使い分けて行われたことが合理的にうかがわれる。そうである以上、上記事情は、少なくとも複数人による本件アカウントの使用をうかがわせるものとは必ずしもいえない。
 しかも、本件アカウントのユーザー名の●省略●の部分は、●省略●という日本語に置き換え得る。このことと、本件画像が原告の鼻部分を中心としたものであること、本件ヘッダー画像が原告のインスタグラムのユーザー名を表示した画像であることを併せ考えると、本件画像は、本件アカウントのユーザー名及び本件ヘッダー画像と相まって、原告の身体的特徴を指摘して原告を嘲笑するなど、原告に対する嫌がらせ目的その他の悪意をうかがわせるニュアンスで使用されているものと理解される。このことからも、本件投稿者は、本件アカウントの登録者であり、かつ、特定の個人である蓋然性が高いと見られる。
 以上のような事情を総合的に考慮すれば、本件投稿の送信の後に割り当てられたIPアドレス等である本件IPアドレス等から把握される発信者情報は、原告が侵害情報と主張する特定電気通信による情報の送信である本件投稿の発信者のものと認められる。そうすると、本件投稿により原告がその権利を侵害されたと認められる場合、本件IPアドレス等から把握される発信者情報は、当該権利の侵害との結び付きがあり、権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報ということができると共に、被告は、侵害情報の発信者と同一の者によるものと認められる通信を媒介し、その際に割り当てられた当該IPアドレス等を保有する特定電気通信役務提供者として「開示関係役務提供者」に当たることになる。
(5)これに対し、被告は、本件アカウントが複数人によって利用されている可能性等を主張する。しかし、上記のとおり、本件アカウントの使用者は特定の個人である蓋然性が高いというべきであって、被告が指摘する可能性は抽象的なものにとどまり、複数人が本件アカウントを利用しているといった事情を具体的にうかがわせる証拠はない。その他被告がるる指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告の主張は採用できない。
(6)以上より、本件投稿による原告の権利の侵害が認められる限り、原告は、被告に対し、その保有する本件IPアドレス等から把握される発信者情報の開示を請求できる。
2 著作物性の有無(争点3−1)について
 前記(1(3)ウ)のとおり、本件画像は、本件元画像を原告の鼻部分を中心に円状にトリミングして作成されたものと認められる。
 本件元画像(甲4)は、髪型を整えて化粧を施した原告が、正面を向きながら大きく目を開いて顔をやや左に傾け、左手中指を右斜め上方に向けて鼻部左側の隆起を始める部分付近に伸ばし当て、左手示指を左耳付近に伸ばすように左側顔部の輪郭に沿うようにして伸ばすなどして左手を顔に当てるポーズを決めた状態で、原告の胸部から額部分付近までの部位を撮影したものであり、撮影の方向及び角度等は、原告の目の高さから正面又はそれよりわずかに上方向から撮影したものといえる。このような撮影の方向、構図等に鑑みると、本件元画像は、その程度はさておき、撮影者である原告の思想及び感情を創作的に表現したものといえる。そうである以上、本件元画像は、写真の著作物ということができるから、その著作者である原告は、本件元画像の著作権を有する。これに反する被告の主張は採用できない。
3 著作権及び著作者人格権の侵害の成否(争点3−2)について
 前記(1(3)ウ)のとおり、本件画像は、本件元画像を原告の鼻部分を中心に円状にトリミングして作成されたものであり、原告の鼻部分ほぼ全体のほか、●省略●までの範囲がそこには含まれる(甲1)。前記2のとおり、本件元画像は、その撮影の方向、構図等に創作性が認められるところ、原告の鼻部分に係る構図はその創作性の一環をなすものである。このため、本件画像は、本件元画像の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものといえる。
 したがって、本件投稿者は、既存の著作物である本件元画像に依拠し、かつ、表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えたものであるが、これに接する者が本件元画像の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを有形的に作成したものと認められる。
 そうすると、本件投稿者による本件投稿は、少なくとも原告の本件元画像に係る複製権ないし翻案権を侵害するものといえる。これに反する被告の主張は採用できない。
4 違法性阻却事由の存否(争点3−3)について
(1)本件において、著作権者である原告の同意その他の本件投稿につき違法性阻却事由の存在をうかがわせる具体的事情はおよそ見当たらない。
 これに対し、被告は、原告が自己の公開した画像につき第三者の複製、翻案等をある程度認容する意思があったなどと主張する。しかし、ツイッターその他のソーシャルネットワーキングサービスの利用者が自ら画像をアップロードしたことをもって、当該画像の複製等を許諾する意思を示す事情と認めるに足りる証拠はない。また、原告が本件アカウントの管理者に対して警告等を行わなかったからといって、それ自体をもって本件投稿者に対する損害賠償請求権の行使が権利の濫用に当たるということはできない。その他被告がるる指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告の主張は採用できない。
(2)そうである以上、その余の点につき検討するまでもなく、原告については、本件投稿による侵害情報の流通によってその権利である著作権(複製権ないし翻案権)が侵害されたことが明らかであるといえる。
5 発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点4)について
 証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件投稿者に対し、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求等をする意思を有しており、その損害賠償請求権の行使のためには、被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があることが認められる。したがって、原告には、その開示を受けるべき正当な理由があるといえる。
 これに対し、被告は、著作権及び著作者人格権侵害の違法性の程度や原告が受ける損害の程度等から、正当な理由はない旨主張する。しかし、不法行為に基づく損害賠償請求として認められる損害額の多寡等は、原告の権利行使における本件発信者情報の必要性を否定する事情とはいえない。この点に関する被告の主張は採用できない。
6 小括
 以上より、原告は、被告に対し、本件発信者情報の開示を請求し得る。
第4 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 杉浦正樹
 裁判官 杉浦一輝
 裁判官 布目真利子


(別紙)発信者情報目録
 別紙IPアドレス目録記載のIPアドレスを、同目録記載の日時(協定世界時)ころに被告から割り当てられていた契約者に関する下記情報
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 IPアドレス目録及び投稿記事目録については添付省略
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