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【事件名】防衛研究報告書引用事件 【年月日】令和2年10月20日 東京地裁 平成29年(ワ)第2890号 国家賠償請求事件 (口頭弁論終結日 令和2年8月26日) 判決 主文 1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成28年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、防衛研究所の公式ホームページ(http://www.nids.mod.go.jp)からリンクの貼られている平成28年10月19日付け「防衛研究所職員による研究活動の不正行為について」と題する記事(http://www.nids.mod.go.jp/research/official_announcement.pdf)を削除せよ。 3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は、これを30分し、その29を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告に対し、2200万円及びこれに対する平成28年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告に対し、1100万円及びこれに対する平成29年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は、防衛研究所の公式ホームページ(http://www.nids.mod.go.jp)からリンクの貼られている平成28年10月19日付け「防衛研究所職員による研究活動の不正行為について」と題する記事(http://www.nids.mod.go.jp25/research/official_announcement.pdf)を削除せよ。 4 被告は、別紙1の「謝罪文」を別紙2の条件で防衛研究所の公式ホームページ(http://www.nids.mod.go.jp)に掲載せよ。 第2 事案の概要 本件は、防衛省防衛研究所において研究に従事する職員である原告が、防衛研究所長が防衛研究所の公式ホームページにおいて原告が研究活動に係る不正行為を行った旨を公表したことにより、原告の名誉が毀損されたと主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、2200万円及びこれに対する不法行為(公表)の日である平成28年10月19日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下この判決において同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、また、防衛研究所長が、前記公表及び前記不正行為を理由に訓戒処分をしたことにより、原告は抑うつ状となって休職したと主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、1100万円及びこれに対する不法行為(訓戒処分)の日である平成29年3月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、人格権による妨害排除請求権に基づき、前記公表に係る記事の削除を求め、さらに、名誉回復措置請求権に基づき、別紙「謝罪文」記載の謝罪広告の掲載を求める事案である。 1 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者等 ア 原告は、防衛研究所の政策研究部の社会・経済研究室において研究に従事する事務官である。 原告は、軍事組織と社会変化、非伝統的安全保障、社会諸問題の安全保障化及びグローバル公共性と軍隊の非伝統的活動等を主な研究テーマとしている(甲40、99)。 イ 防衛研究所は、防衛省設置法4条1項33号及びその委任命令である防衛省組織令52条1項、同条5項の規定により防衛省本省におかれた文教研修施設であって、自衛隊の管理及び運営に関する基本的な調査研究等を行っており、その長は、防衛研究所長である(防衛大学校、防衛医科大学校、防衛研究所及び防衛監察本部組織規則17条の2第1項、甲99、乙5、6)。 防衛研究所には、所長(教官)、副所長(自衛官)、研究幹事(教官)の序列があり、その下に、企画部、政策研究部、理論研究部、地域研究部、教育部、戦史研究センター、特別研究官(国際交流・図書担当)、特別研究官(政策シミュレーション担当)が設置されている(乙7)。 ウ Aは、防衛研究所の地域研究部のアジア・アフリカ研究室長である(甲4、5)。 エ Bは、防衛研究所の地域研究部の米欧ロシア研究室の所員(三等空佐)である(甲4、5)。 オ Cは、防衛研究所の地域研究部の北東アジア研究室の主任研究官である(甲5)。 (2)防衛研究所における調査研究 ア 防衛研究所は、防衛研究所の調査研究に関する達(以下「調査研究に関する達」という。乙69)に基づき、特別研究、所指定研究、基礎研究等の調査研究を毎年度の計画に従い実施している。このうち、特別研究とは、内部部局の要請を受け、防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的に実施する調査研究をいう(調査研究に関する達2条1号)。 イ 調査研究に関する達は、防衛研究所の調査研究(特別研究を含む)の成果等について、次のとおり定めている(乙69)。 (調査研究の成果報告) 12条1項 各調査研究項目の担当者は、調査研究が完了したときは、所長に対し文書により速やかに成果報告を行わなければならない。 2項 前項の報告は、調査研究実施報告書(別紙様式第2)の案及び調査研究成果報告書を添付して行うものとする。 (実施の報告) 13条 委員会(裁判所注:防衛研究所の所長、副所長、研究幹事、各部の部長等により構成される調査研究委員会をいう。)は、調査研究実施報告書を、原則として実施する年度の3月末日までに作成する。委員会が認めた調査研究実施報告書は、DII通信網クローズ系加入システム(裁判所注:防衛省が設置する機関が閲覧することができるイントラネットをいう。以下「本件システム」という。)に掲載する。 (研究成果発表会の実施) 14条 調査研究の成果の一端を内部部局及び各幕等の関係者に紹介することにより、関係者の業務遂行上の参考にするとともに、防衛研究所に対する理解を促進することを目的として、必要に応じ、研究成果発表会を実施する。 (研究成果の公表) 15条 調査研究成果報告のうち、調査研究の完了後半年を経過しても関連する相応の学術的な部外発表が存在せず、かつ、発表の予定のないものであって、委員会が相当と認めるものは、ホームページへの掲載その他の軽易な手段により公表する。 ウ 防衛研究所は、平成24年度及び平成25年度に、内部部局である人事教育局人材育成課の要請に基づき、特別研究「諸外国における女性軍人の今後の展望」(以下「平成24年度特別研究」「平成25年度特別研究」という。)を実施し、平成24年度特別研究成果報告書「諸外国における女性軍人の今後の展望」(以下「平成24年度特研報告書」という。また、特別研究の成果報告書を単に「特研報告書」という。)及び平成25年度特別研究成果報告書「諸外国における女性軍人の今後の展望」(以下「平成25年度特研報告書」という。)を作成した。 また、防衛研究所は、平成27年度に、人事教育局人材育成課、人事計画・補任課及び国際協力課の要請に基づき、特別研究「諸外国における女性軍人の人事管理等」(以下「平成27年度特別研究」という。)を実施し、平成27年度特別研究成果報告書「諸外国における女性軍人の人事管理等」(以下「平成27年度特研報告書」という。)を作成した。(甲1〜3、乙1、2) エ 平成24年度特別研究の担当者は、A(主査)、B及び原告、平成25年度特別研究の担当者は、A(主査)、C、B及び原告、平成27年度特別研究の担当者は、原告のみであった(甲4〜6)。なお、各特研報告書を実際に誰が執筆したかについては争いがある。 オ 平成27年度特研報告書は、平成28年1月4日、所長に対し成果報告(所長決裁)が完了し、同月13日、要請元である内部部局に対して平成27年度特研報告書のデータが提供された(調査研究に関する達12条、甲34、乙19、乙88)。 カ 特研報告書は、修文等を経て防衛研究所が発行する「防衛研究所紀要」に掲載されることがあり、その場合には外部へ公表されることとなるが(乙73〜76〔枝番を含む。〕)、それまでは「部内限り」との取扱いがされ、本件システムにより防衛省内において閲覧できるにとどまる。 (3)防衛研究所における研究活動に係る不正行為に関する内部規則 防衛研究所は、防衛研究所に勤務する職員の研究活動に係る不正行為を防止し、不正行為が行われた場合やそのおそれがある場合に厳正かつ適切に対応するため(1条)、平成26年6月、防衛研究所における研究活動に係る不正行為の防止等に関する達(以下「本件達」という。甲7、乙8)を定めた。 本件達には、次のような規定がある。 (定義) 2条2号 「研究活動に係る不正行為」とは、発表された研究成果の中の捏造、改ざん又は盗用をいう。ただし、故意によるものでないことが根拠をもって明らかにされた場合は、不正行為にはあたらない。 一 「捏造」存在しないデータ又は研究結果等を作成することをいう。 二 「改ざん」既存のデータ又は研究結果等を真正でないものに加工することをいう。 三 「盗用」他の研究者等の既に発表した発想、分析・解析方法、データ、研究結果又は用語を適切な表示をせずに使用することをいう。 (職員の責務) 3条1項 職員は、高い倫理性を保持し、研究活動に係る不正行為を行ってはならない。 (調査結果の報告) 15条 調査委員会は、調査委員会設置後、(省略)当該調査の結果をまとめ、所長に報告する。(以下省略) (調査結果の公表等) 19条1項 所長は、第15条(省略)の調査委員会の調査結果(省略)として、研究活動に係る不正行為が行われた旨の報告を受けた場合は、次の事項を公表する。 1号 研究活動に係る不正行為に関与した職員の所属及び氏名 2号 研究活動に係る不正行為の内容(以下省略) (4)平成27年度特研報告書の一部に平成25年度特研報告書からの引用であることの表示がないこと 原告が執筆した平成27年度特研報告書には、平成25年度特研報告書の第1章、第3章、第6章及び結論と同一の記載があり(平成27年度特研報告書の序論に1箇所・計15行、第2章に9箇所・計205行、第3章に22箇所・計150行〔脚注含む〕、結論に6箇所・計82行であり、合計38箇所・計452行〔脚注含む〕。以下、平成27年度特研報告書と平成25年度特研報告書の同一記載箇所を「本件引用箇所」という。)、平成25年度特研報告書からの引用であることは表示されていない(甲2、3、29、乙2、原告18〜20頁)。 (5)平成27年度特研報告書に係る調査 ア 防衛研究所は、平成28年2月5日、原告が執筆した平成27年度特研報告書に、平成25年度特研報告書の他の研究者が執筆した箇所について、適切な表示がなく使用されていること(盗用)が疑われる旨の通報を受理した。 イ 防衛研究所は、上記通報内容について予備調査担当部長を指名し、同担当部長が予備調査(以下「本件予備調査」という。)を行い、通報の対象者である原告に対する聴取等を行った。 予備調査担当部長は、平成28年3月9日、研究幹事に対して、本件予備調査の結果、前記通報どおり、平成27年度特研報告書の本件引用箇所について平成25年度特研報告書からの盗用の可能性がある旨の予備調査結果を報告した(乙12)。 ウ 防衛研究所は、平成28年3月14日、本件予備調査の結果に基づき、調査委員会を設置した。同委員会は、本調査として、平成28年4月25日以降、政策研究部長、C、A、B及び原告への聴取をそれぞれ行い、同年7月11日、前記予備調査結果のとおり、原告が故意に盗用を行ったと認定し、その旨の調査報告書を作成した(甲34、乙14〜19)。 エ 原告は、平成28年9月11日付けで、防衛研究所に対し、前記認定について不服申立書を提出したが、調査委員会は、同年10月18日付けで、再調査を実施する必要はないと判断した旨を原告に通知した(甲39)。 (6)防衛研究所長の原告による「研究活動に係る不正行為」の公表 防衛研究所長は、本件達19条1項に基づき、平成28年10月19日、防衛研究所の公式ホームページ(http://www.nids.mod.go.jp)において、原告が執筆した平成27年度特研報告書には、平成25年度特研報告書の他の研究者が執筆した箇所(第1章、第3章、第6章及び結論)からの盗用が認められる旨公表した(以下「本件公表」という。甲40、41)。 (7)防衛研究所長の原告に対する訓戒 防衛研究所長は、訓戒等に関する訓令2条1項に基づき、平成29年3月15日、原告に対し、平成27年度特研報告書において盗用を行ったことが「研究活動に係る不正行為」(本件達3条1項)として規律違反に当たることを理由とする訓戒処分をした(以下「本件訓戒」という。甲60、61)。 なお、原告は、平成29年、東京地方裁判所において、被告に対し、本件訓戒について、処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法3条2項)を提起したが、同裁判所は、平成30年8月、本件訓戒の処分性を否定し、訴えを却下する判決をした(平成29年(行ウ)第424号、甲99)。 2 争点 (1)本件公表及び本件訓戒の違法性(争点1) (2)原告の損害及び因果関係(争点2) (3)削除請求の可否(争点3) (4)謝罪広告の要否(争点4) 3 争点に関する当事者の主張 (1)争点1(本件公表及び本件訓戒の違法性)について (原告の主張) 原告が、平成27年度特研報告書の本件引用箇所について、平成25年度特研報告書からの引用であることを表示していない行為(以下「本件行為」という。)は、以下のとおり、「研究活動に係る不正行為」(本件達3条1項、2条2号)に当たらないにもかかわらず、防衛研究所長は、原告に対し、本件行為が「研究活動に係る不正行為」に当たることを理由に本件公表及び本件訓戒を行ったことから、本件公表及び本件訓戒には職務上の注意義務違反があり、国家賠償法上違法である。 ア 平成27年度特研報告書は「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)に当たらないこと 「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)とは、第三者に向けて公表(「発行」又は「公衆への提示」)された研究成果を意味するから、平成27年度特研報告書は、「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)に当たらない。理由は次のとおりである。 (ア)特研報告書は、特別研究の要請をした内部部局に提出する内部資料であり、対外的に公表することが予定されていない防衛省の内部文書である。 このことは、@特研報告書は、内部部局との調整の上、研究計画班長、担当部長、研究調査官、企画調整課長、企画部長、研究幹事、副所長及び所長(最終決裁権者)が順に決裁・修正指示をして完成し、内部部局に提出されるものであること、A特研報告書は、防衛省の職員のみが閲覧することができる本件システム(調査研究に関する達13条)に掲載され、「部内限り」(防衛省限り)の取扱いがされていること、B防衛研究所に所属する研究者(平成20年12月20日時点で71名)は、いずれもその実績・業績として特研報告書を対外的に公表していないことから、明らかである。 (イ)「盗用」が「研究活動に係る不正行為」の一類型として、悪質性が顕著かつ明白な「捏造」及び「改ざん」と並列されていることなどを踏まえれば、本件達の解釈に当たっては文理解釈が優先されるべきであり、「発表」の本来的な語義を重視すべきであるところ、発表(世の中へおもてむきに知らせること。大勢の人々に示すこと)と公表(おもてむきにすること。世間に発表すること)は、おおむね同義であり、少なくとも第三者に知らせることを意味するものである。 (ウ)被告が本件達の制定のよりどころとした旨主張している文科省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(以下、単に「ガイドライン」という。)では、研究活動における不正行為は、投稿論文などの発表された研究成果に関する行為に限るものとされ、公表されていないものは対象外であると解釈されている。 (エ)盗用が研究活動に係る不正行為の一つとして掲げられているのは、著作権侵害を防止する趣旨が含まれており、本件達における「発表された研究成果」を上記のとおり解することは、著作権法4条(著作物の公表)の解釈と整合する。 (オ)被告は、特研報告書について「発表された」とは防衛研究所長に報告されたことをいう旨主張するが、防衛研究所長への報告は決裁権者への提出にすぎない上、そのような解釈は「よりどころ」とした文科省のガイドラインに反するから、被告の主張は認められない。 イ 平成25年度特研報告書は「既に発表した研究結果」(本件達2条2号三)に当たらないこと 「既に発表した研究結果」(本件達2条2号三)とは、前記アの「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)と同様に、第三者に向けて公表(「発行」又は「公衆への提示」)された研究成果を意味するから、平成25年度特研報告書は、前記アに記載したのと同様の理由により、「既に発表した研究結果」(本件達2条2号三)に当たらない。 このことは、予備調査において、Aが、特研報告書を引用する際に引用であることを表示するか否かはあくまで倫理の問題であると認識している旨を述べていたこと、Bが、同じく、特研報告書を引用する際に引用であることを表示しなくとも規則違反に当たらない旨述べていたことからも明らかである。 ウ 本件行為は「盗用」(本件達2条2号柱書、同号三)に当たらないこと 本件行為は、「他の研究者等の既に発表した…研究結果…を適切な表示をせずに使用する」ものではなく、「盗用」(本件達2条2号柱書、同号三)には当たらない。理由は次のとおりである。 (ア)平成25年度特研報告書の本件引用箇所は原告が単独で執筆したこと 原告は、A及びBに対し、平成25年度特研報告書の本件引用箇所であるA担当部分(第1章、第3章)及びB担当部分(第6章)に関する原稿を紙に印刷した上で提供し、両名はこれを引き写して報告書を作成したから、平成25年度特研報告書の本件引用箇所は、原告が単独で執筆したものであり、「他の研究者等の既に発表した…研究結果」(本件達2条2号三)には当たらない。 (イ)平成25年度特研報告書は共同研究の成果物であること 仮に平成25年度特研報告書の本件引用箇所を原告が単独で執筆したことが認められないとしても、本件引用箇所を含む平成25年度特研報告書は、各担当者が独立して執筆したものではなく、担当者全員が共同して議論や資料のやり取りを経て、担当者全員で確認作業を行い、最終的に主査であるAが取りまとめて完成させたものであり、共同研究の成果物であるから、平成27年度特研報告書の本件引用箇所が平成25年度特研報告書の引用であることを表示しなくても、「他の研究者等の研究結果を適切な表示をせずに使用する」(本件達2条2号三)には当たらない。 (ウ)平成27年度特別研究は平成25年度特別研究と連続性のある研究であること 平成27年度特別研究は、平成24年度特別研究及び平成25年度特別研究と基本的な問題意識が共通であり、平成25年度特研報告書の内容を発展させるための連続性のある研究として位置づけられ、平成25年度特研報告書を引用することは当然の前提となっていて、引用であることを表示することは期待・予定されていないから、平成27年度特研報告書の本件引用箇所が平成25年度特研報告書の引用であることを表示しなくても、「適切な表示をせずに使用する」(本件達2条2号三)には当たらない。 エ 本件行為について原告に故意がないこと(本件達2条2号柱書ただし書) 仮に本件行為が「発表された研究成果の…盗用」(本件達2条2号柱書本文)に当たるとしても、原告は、本件行為当時、@平成27年度特研報告書が「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)に当たること、A平成25年度特研報告書が「他の研究者等の既に発表した研究結果」(本件達2条2号三)に当たること、B平成27年度特研報告書の本件引用箇所が平成25年度特研報告書からの引用であることを表示しなければ「適切な表示をせずに使用する」(本件達2条2号三)に当たることを認識していなかった。 このことは、原告が、平成28年2月に盗用に関する通報があった旨の伝達を受けた際、前記@Aについて認識がなかった旨の回答をしていること、平成27年度特研報告書と平成25年度特研報告書を見比べれば、前者が後者を引用していることは明らかであり、常識的に考えれば、あえて引用であることを表示しないで「盗用」に当たる行為をする動機は見当たらないことから明らかである。 そして、以下のような事情を考慮すれば、原告が上記のような認識を有していたことには合理的な理由があり、原告には、本件行為についての故意がなかったというべきであるから、本件行為は本件達の定める不正行為に当たらない(本件達2条2号柱書ただし書)。 (ア)防衛研究所における特別研究ないし特研報告書の位置付けが明確ではなく、防衛研究所は、執筆者に対し、引用に関する明確な指示をしていなかった。防衛研究所が、予備調査及び調査委員会の調査の過程において、特研報告書の執筆者及び責任者等に対し、特研報告書を引用する際に引用であることを表示する必要があるか否かについて聴き取りをしていることも、防衛研究所がこの点について確定的な意見を有していなかったことを示すものである。 (イ)A及びBも、原告と同様に、特研報告書を引用する際に引用であることを表示する必要はないと認識しており、Aは、原告に対し、特研報告書を引用する際に引用であることを表示する必要はないと指導していた。 (被告の主張) 否認ないし争う。 ア 本件公表及び本件訓戒の国家賠償法の適用上の違法性について (ア)本件公表について、以下のイないしエのとおり、原告の本件行為が本件達2条2号三に定める「盗用」として同柱書に定める「研究活動に係る不正行為」(以下「盗用による不正行為」という。)に当たることは明らかであり、盗用による不正行為の重大性に加えて、原告は、防衛研究所の調査及び本件訴訟において、A及びBが担当した平成25年度特研報告書の第3章及び第6章を自ら執筆したと主張しており、A及びBの名誉を毀損する原告の行為は悪質であること、仮に本件公表をしなかった場合、A及びBの執筆部分について、原告が執筆していたという虚偽の事実が広まり、ひいては広く社会にかかる虚偽の事実がまん延することにもなりかねないことから、厳格な対応が必要であり、本件達に従い、本件公表を行うことは適切である。 また、本件公表は、盗用による不正行為を公表することにより、防衛研究所の研究活動等において盗用による不正行為が一般的に抑止され、研究倫理及び秩序等が損なわれることを防止できること、本件達に従って本件公表を行わず、それが後に発覚した場合、防衛研究所が組織的に不祥事を隠ぺいしたなどの批判を免れず、学会における防衛研究所の評価や将来における他機関との交流及び優れた研究者の確保等に悪影響を与え、ひいては広く国民にとっての損失であること、不正行為を防衛研究所内部に留めずに公表することは研究機関として健全性を保つために優先されるべき事項であるから、本件公表は、原告の名誉の毀損を上回る公表の必要性が認められる。 したがって、本件公表について防衛研究所長に職務上の注意義務違反はなく、本件公表には、国家賠償法1条1項の適用上の違法性はない。 (イ)本件訓戒について、以下のイないしエのとおり、防衛研究所長は、原告の本件行為が盗用による不正行為に当たり、研究活動における不正行為として重大な職業倫理違反行為であることや原告の職務経歴等を考慮して、訓戒等に関する訓令2条1項に基づき、本件訓戒を行ったものである。 したがって、防衛研究所長に職務上の注意義務違反はなく、本件訓戒には、国家賠償法1条1項の適用上の違法性はない。 イ「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)の意義について 「発表された」(本件達2条2号柱書)とは、特研報告書が、防衛省外へ対外的に公表されたことを意味するものではなく、防衛研究所長に報告された時点(調査研究に関する達12条1項)を意味するから、平成27年度特研報告書は、「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)に当たる。その理由は次のとおりである。 (ア)特研報告書は、以下のとおり、原告が主張するような政策ペーパーないし内部文書ではなく、論文であり、学術研究であることから、脚注等を含めて個人の研究成果である論文としての様式、すなわち引用する場合には用であることを表示することが求められている。したがって、特研報告書は、本件達が規定する「研究成果」(本件達2条2号柱書)ないし「研究結果」(本件達2条2号三)に当たる。 @ 特別研究は、内部部局の要請を受け、防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的として実施されるものであり、政策決定を支援するシンクタンクとしての防衛研究所の位置付けに照らして、重要な研究活動である。 A 特研報告書においては、研究成果の評価において、結論を導くための手続が結論以上に重視され、利用した材料である一次資料や二次的な文献等の取捨選択や論理付けの過程を脚注等で示すことが求められている。 B 平成27年度特研報告書の執筆要領である「調査研究成果報告書の様式について(平成27年11月20日)」において、脚注のスタイルは防衛研究所紀要に準ずるものとされているところ、防衛研究所紀要は、国際安全保障学会の学会機関誌である国際安全保障に準じた様式で脚注を付すことを求めている。 C 原告自身、調査研究成果報告書において、平成27年度特研報告書を学会雑誌等で発表することを予定している旨報告している。 D 本件達の制定過程では、特研報告書に本件達が適用されることを当然の前提としており、これを明らかにするために、本件達の文言の修正を行っている。 (イ)特研報告書は、防衛研究所長に報告した段階で、防衛省内部のイントラネットを通じて、同システムにアクセス可能な多数の防衛省職員及び防衛省内の他の研究所である防衛大学校、陸上自衛隊教育訓練研究本部、海上自衛隊・航空自衛隊幹部学校において閲覧されるから、科学コミュニティーに対して公開されたと評価できる。 (ウ)仮に「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)というためには特研報告書が防衛省外へ対外的に公表されることを要すると考える場合、防衛研究所の主たる研究活動である戦史研究の成果報告書(特研報告書を含む。)の多くについて、防衛省内で他の研究者の実績を盗用しても何らの問題が生じないことになり、防衛研究所内の研究活動に著しい支障が生じ、本件達を制定した目的が達成できないことになる。 (エ)本件達の制定過程において、「発表された」との文言が加えられた趣旨は、研究成果の作成過程における行為を対象としないためであり、特研報告書が防衛研究所長に報告された段階における盗用を本件達の適用対象外としたものではない。 ウ 本件行為が「盗用」(本件達2条2号柱書、同号三)に当たること 原告の本件行為は、次のとおり、平成25年度特研報告書におけるA及びBの研究結果を適切な表示をせずに引用したもので、「盗用」(本件達2条2号柱書、同号三)に当たる。 (ア)平成25年度特研報告書の第3章及び第6章は、それぞれA及びBが執筆したものであり、このことは、Aが職場で使用する業務用パソコン等から発見された原稿データの存在、Bが執筆した部分の原稿データの存在、原告が執筆した部分との資料の引用方法の相違等から明らかである。 (イ)平成25年度特研報告書は、各担当者が、章ごとに分けて個別に担当して執筆したもので、それぞれの担当部分について全員で議論をしたことはなく、Aも、主査として、内容上の重複の整理、章ごとの整合性、表記の統一という観点から一定の依頼を各担当者に行ったことはあるものの、内容上の修正を求めることは控えていた。したがって、平成25年度特研報告書は、共同研究の成果物とはいえず、引用をする場合には「適切な表示」(本件達2条2号三)が必要である。平成27度特研報告書は、平成25年度特研報告書と連続性のあるものではなく、本件引用箇所を引用する場合には「適切な表示」が必要である。理由は次のとおりである。 @ 平成27年度特研報告書において、平成25年度特研報告書を踏まえた研究であることの記載はない。 A 平成25年度特研報告書の要請元は人材育成課であったが、平成27年度特研報告書の要請元は、人事計画・補任課及び国際協力課が加わっており、一定の関連があるとしても、平成27年度特研報告書と平成25年度特研報告書は連続もしくは同一の研究ではない。 B 過去の特研報告書を引用する場合には、先行研究の成果の利用部分と新たな研究成果を区別して明示する必要があるから、自ら執筆した箇所及び他の研究者が執筆した箇所について、適切な表示なく引用することは許されない。 エ 本件行為について原告に故意があること 本件達2条2号柱書ただし書は、研究過程、特に論文執筆中の過程において、十分文章が練られていないため、適切に脚注が付されていなかったり、他者の文章が自己の文章であるかのような誤解を与える記述になっていたりする場合など、不注意に由来する技術的なミスを念頭に置いたものであり、本件達に違反するとの認識を欠いていた場合にこれを許容する趣旨ではない。 原告は、博士号を取得しており、論文作成に関する基本的知識は備わっていたところ、平成27年度特研報告書の本件引用箇所について平成25年度特研報告書からの引用であることを表示していないこと自体は認めており、故意を認定し得ることは明らかである。原告自身、予備調査において、「特研ということもあり、引用が甘かったかもしれない」と述べており、故意を自認していた。 Aは、原告に対し、特研報告書を引用する際に引用であることを表示する必要はないと指導したことはない。 (2)争点2(原告の損害及び因果関係)について (原告の主張) ア 本件公表により、原告は、名誉及び信用を毀損され、抑うつ状態となり、防衛大学校の科学研究費プロジェクト計画書審査及び平成28年11月の防衛研究所外の研究者で構成される研究会への参加を見送られ、防衛大学校の学会誌である日本防衛学会から依頼された女性軍人に関する論文投稿を断念するなど、研究活動が十分に行えなくなるという精神的苦痛を被った。これを慰謝するための慰謝料は2000万円を下らず、弁護士費用を加えると、合計2200万円の損害を被った。 イ 本件公表とこれに続く本件訓戒により、原告は、抑うつ状態となり、休職を余儀なくされた。これに伴う休業損害は1000万円であり、弁護士費用を加えると、合計1100万円の損害を被った。 (被告の主張) 否認ないし争う。 (3)争点3(削除請求の可否)について (原告の主張) 本件公表は、本件行為が盗用による不正行為に当たらないにもかかわらず、防衛研究所の公式ホームページにおいて、原告が盗用による不正行為を行ったという虚偽の内容を公表するものであり、原告の名誉を毀損するから、本件公表に係る記事は削除されるべきである。 (被告の主張) 否認ないし争う。 (4)争点4(謝罪広告の要否)について (原告の主張) 本件公表は、原告の研究者としての立場に深刻な影響を与えるものであり、防衛研究所が、正式に内外へ謝罪しない限り、原告の名誉毀損状態は回復されないから、謝罪広告が認められるべきである。 (被告の主張) 否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 (1)本件達2条2号が規定する「研究活動に係る不正行為」が制定された経緯 ア 防衛研究所においては、当時の社会情勢や防衛研究所の研究機関としての基盤強化等を背景として、平成26年頃から、研究活動における不正行為を防止するため、文部科学省のガイドラインをよりどころとして、研究倫理に関する規則である本件達を制定する作業が行われた。 イ 防衛研究所の企画部企画調整課は、平成26年5月26日、本件達の原案(以下「本件達原案」という。)について、各部の部長及び図書館長宛に意見照会文書を送付して意見照会を行った(以下「本件意見照会」という。乙95〜98)。本件達原案は、「研究活動に係る不正行為」(本件達2条2号)について、次のとおり規定していた(以下「旧定義」という。乙96)。 (定義) 2条4号「研究活動に係る不正行為」とは、研究成果における捏造、改ざん及び盗用をいう。 一 「捏造」存在しないデータ又は研究結果等を作成すること。 二 「改ざん」資料又は過程等を変更する操作を行い、データ又は研究結果等を真正でないものに加工すること。 三 「盗用」他の研究者の発想、分析の解析方法等、データ等、研究結果等論文等又は用語を当該研究者等の了解を得ず、又は適切な表示をせずに使用すること。 ウ 本件意見照会に対し、照会対象者から要旨次のような質問・意見が寄せられた(乙97、98)。 (ア)対象となる研究活動に係る意見 対象となる研究活動の定義を追加すべきであり、具体的には、@部外への発表・公表を伴うもの、A基礎研究・所指定研究・特別研究、B研修員が研修中に作成する研究論文、のいずれかの要素が含まれる研究とすべきである。 ガイドラインに準拠し、発表された研究成果が対象となり、未発表のものは含まれないことを明示すべきである。また、作成途中段階における不適切な箇所まで対象に含まれないようにするため、飽くまで対象となるのは公表されたものに限ると明示すべきである。 (イ)特定の媒体が対象となるか否かの質問及び意見 本件達の対象に「東アジア戦略概観」及び「ブリーフィングメモ」等の媒体が含まれるのか、含まれる場合、前記媒体には脚注が付いていないために部外からの通報を惹起する可能性がある。 (ウ)年次研究として提出された原稿等に係る意見 本件達の対象に@内局に回すような形で既に固まった概観等の原稿、A防衛研究所紀要への掲載はされなかったものの、年次研究として提出された原稿が含まれることを明示すべきである。 (エ)故意によらないものの除外に係る意見 ガイドラインに準拠し、故意によるものでないことが根拠をもって明らかにされたものは含まない旨の条項を追加するべきである。 (オ)「盗用」の定義に係る意見 @ 引用元は、単なるアイデアではなく、世上で認識されたものに限定すべきであり、A枝葉末節ではなく、主要な部分の引用に限定すべきであり、 B すでに出版やウェブサイト等で研究者が公開したものであれば、当該研究者の了解を得る必要はなく、多量になる場合を除き、適切な表示を行った上での引用は原則自由であるので、旧定義に変更を加えるべきである。 エ 防衛研究所の企画部企画調整課は、前記意見照会の結果を踏まえ、平成26年6月5日、本件達原案を、次のとおり変更した(乙97)。また、前記ウ記載の各意見のうち、(イ)については、刊行された時点で対象になる旨、(ウ)については、@は対象とならないが、Aは所長に対して成果報告(決裁の合議)を行う時点で対象となる旨回答した。 「本達の対象となる研究 2条2号「研究活動に係る不正行為」とは、発表された研究成果の中に捏造、改ざん又は盗用が含まれるものをいう。 本達における研究活動に係る不正行為の定義 2条2号「研究活動に係る不正行為」とは、発表された研究成果の中に捏造、改ざん又は盗用が含まれるものをいう。 一「捏造」存在しないデータ又は研究結果等を作成することをいう。 二「改ざん」存在するデータ又は研究結果等を真正でないものに加工することをいう。 三「盗用」他の研究者等の既に研究成果として発表した発想、分析・解析方法、データ、研究結果又は用語を適切な表示をせずに使用することをいう。」 オ 本件達の制定に当たってよりどころとされた文部科学省のガイドラインに関し、同省が公表しているQ&Aによれば、同ガイドラインでは、不正行為の対象は投稿論文などの発表された研究成果に関する行為に限られ、論文を投稿したものの出版社によって掲載を拒否された研究成果など、公表されていないものについては対象外となる旨説明されている(甲102、乙29)。 カ 防衛研究所は、平成26年6月20日、最終的に、前提事実のとおり本件達を制定した。 (2)平成24年度特研報告書の作成経過等 ア 平成24年度特別研究及び平成25年度特別研究は、2年に及ぶ特別研究であり、平成24年度特別研究は、平成24年4月から平成25年3月まで、「諸外国における女性軍人の今後の展望」に関する分野の研究の概観と論点の絞り込みを行い、平成25年度特別研究は、平成25年4月から同年12月まで、上記分野について国別に事例研究を行う計画であった(甲4、5、A3〜4頁)。 イ Aは、平成24年4月24日、原告及びBに対し、平成24年度特研報告書の作成に向けての今後の予定などについて、当面の作業として、文献の収集とリスト作りを原告及びA、女性の登用に関する年表をBが担当することとし、月2回を目標として、文献の読み合わせ勉強会を行うことを指示した(乙42、A4〜5頁)。 ウ A、原告及びBは、平成24年5月以降、共同で、海外の文献の読み合わせ勉強会を複数回開催したほか、勉強会や女性自衛官との意見交換会、国内外の研究者を招いての研究会等を実施した(乙62、A5頁)。 エ 平成24年度特研報告書の題目は、「諸外国における女性軍人の今後の展望」であり、第1部「概観」、第2部「女性軍人の役割拡大の理論的根拠−軍事組織と社会変化」及び「資料」で構成されている(甲1、乙1)。 オ 平成24年度特研報告書は、Aが第1部の要旨を作成してそのデータを原告に送付し、原告が、続けて前記データに第2部の要旨を加筆し、最終的に、Aが第1部、原告が第2部を執筆して完成させた(甲67の2、乙40の1、2、乙62添付資料12、14、乙90、91、A6〜7頁)。もっとも、平成24年度特研報告書においては、第1部及び第2部の担当者は明示されていない(甲1、乙1)。 (3)平成25年度特研報告書の作成経過等 ア 平成25年度特研報告書の題目は、平成24年度特研報告書と同様に、「諸外国における女性軍人の今後の展望」である(甲2、乙2)。 イ 平成25年度特研報告書は、第1章「軍隊における女性の参画」、第2章「アメリカ−軍隊内機会均等の浸透と軍事作戦上の変化との兼ね合い」、第3章「イギリス−女性の参画と作戦効率」、第4章「ドイツ−軍隊の任務の変化及び兵員不足を補完する女性軍人」、第5章「スウェーデン−軍隊における制度的ジェンダー統合とその運用上の抑制」、第6章「オーストラリア−ダイバーシティ国家オーストラリアの取り組み」、第7章「韓国−態勢維持の要件としての女性軍人」及び「結論」で構成されている(甲2、乙2)。 ウ 平成25年度特研報告書4頁の脚注では、「第一章、第三章および結論はA、第二章、第四章、第五章はD(原告)、第六章はB、第七章はCが担当した。」との記載がある(乙2)。 エ 平成25年度特研報告書は、Aが第1章、第3章及び結論を、原告が第25章、第4章及び第5章を、Bが第6章を、Cが第7章を執筆し、それぞれの原稿をAがとりまとめて各担当者に確認し、完成させた。平成25年度特研報告書は、本件システムに掲載された(乙19)。 (4)平成27年度特研報告書の作成経過等 ア 平成27年度特別研究の題目は、「諸外国における女性軍人の人事管理等」であり、平成27年4月から同年12月まで、平成24年度特別研究及び平成25年度特別研究の「諸外国の女性軍人の登用」の成果を踏まえ、女性軍人の登用をさらに具体的に推進するに際して、国際社会での動向を踏まえた上で、とり得べき制度の検討などを行う計画であった(甲6)。 イ 平成27年度特研報告書は、第1章「アメリカ」、第2章「イギリス」、第3章「オーストラリア」、第4章「NATO」及び「結論」で構成されている(甲3、乙9)。 ウ 防衛研究所は、平成27年度特研報告書を含む平成27年度調査研究成果報告書の提出について、@研究実施期間が平成27年12月までの特別研究は、同月末までに所長決裁完了後、平成28年1月に本件システムに掲示すること、A前記@以外の特別研究、所指定研究及び基礎研究は、平成28年3月末までに所長決裁完了後、同年4月に本件システムに掲示すること、を通知した(甲93)。 また、防衛研究所は、平成27年11月20日、調査研究成果報告書の様式について、規格を指定し、脚注のスタイルは「防衛研究所紀要」に準拠することを要請した(甲93)。「防衛研究所紀要」の執筆要領は、国家安全保障学会の学会機関紙の執筆要領に準拠することとされているところ、国家安全保障学会の執筆要領は、引用の表示の例などを定めている(甲97の1、97の2)。 エ 原告は、平成27年11月30日までに平成27年度特研報告書を執筆、完成させ、平成28年1月4日所長決裁が完了した。平成27年度特研報告書は、同月13日、要請元の内部部局である人事計画・補任課に、同月26日に同じく人材育成課に提供された(前提事実エ、甲6、乙19、35、88)。平成27年度特研報告書のデータは、防衛研究所のサーバの共有フォルダ(端末共有データフォルダ)に保存された(乙19、100)。 オ 原告は、平成27年度特研報告書の本件引用箇所について、平成25年度特研報告書からの引用であることは表示していないが(前提事実?)、他方で、本件引用箇所以外の文献の引用箇所については、引用であることを表示している(甲3、乙9)。 カ 原告が執筆した平成27年度特研報告書を除く他の平成27年度の特別研究に係る実施報告書及び成果報告書は、本件システムに掲載されたが、原告が執筆した平成27年度特研報告書は、本件システムに一度も掲載されていない(乙70、弁論の全趣旨)。 キ 本件公表までに、原告が執筆した部分を含む平成27年度特研報告書の冊子合計46部は、内部部局の各部の部長等の一部の者に配布された(乙101、乙102の1、2)。 (5)原告に係る通報、調査委員会の設置及び予備調査 ア 防衛研究所の研究幹事(E)は、平成28年2月10日、原告に対し、原告が執筆した平成27年度特研報告書について、平成25年度特研報告書からの不適切な使用があるのではないかとの本件達6条に基づく通報がされた旨告知し、本件達に従い、責任者として、前記通報に係る事実が「研究活動に係る不正行為」に該当するか否かを調査する旨伝えた(甲8、101)。 その際、原告は、研究幹事に対し、特別研究は防衛研究所内部の研究であること、特研報告書は政策に資するペーパーであり学術論文ではないこと、みなさんがやったことを建設的に発展させるスタンスでやったつもりだったが、ちょっとやり方がまずかったかもしれないことなどの説明をした(甲8、101)。 イ 原告は、平成28年2月22日、防衛研究所長(F)、研究幹事及び企画部長(G)に対し、予備調査に協力することを約束し、予備調査に原告の代理人として弁護士の関与を求めた(甲8)。 ウ Aは、平成28年2月19日、予備調査の聴取において、@平成25年度特研報告書について、「章別の担当は明示(4頁)されているが、分担執筆か合作(最終的に皆で議論の上作成)か?」との質問に対し、「執筆に当たって、事前に概念整理を行ったが、各章・結論の執筆は合作ではなく個別に担当した。」と回答し、A特研報告書の取扱いについて、「部内の報告書という性格上、無断で引用は可能か?」との質問に対し、「特研は案件によって、研究か調査かという位置づけが異なるのではないか。学術的かどうかに関わらず、研究者倫理として無断引用は不可能。」と回答した(乙12添付料2)。 エ Bは、平成28年2月22日、予備調査の聴取において、@平成25年度特研報告書について、「章別の担当は明示(4頁)されているが、分担執筆か合作(最終的に皆で議論の上作成)か?」との質問に対し、「章別に分担執筆した上で、担当者で集まって議論し、最終的に主査が編集し提出している。従って、章別に執筆した部分については共有物という認識である。」と回答し、A特研報告書の取扱いについて、「部内の報告書という性格上、無断で引用は可能か?」との質問に対し、「部内発表の論文等であれば、引用についてかなり気を使う必要があるが、部内報告書であれば他に転用されなく且つ上記回答の共有物という認識なので形式的には引用可能と考える」と回答した(乙12添付資料2)。 オ 原告は、平成28年2月29日、防衛研究所の地域研究部長北東アジア研究室長研究調整官(H)に対し、原告が平成28年度特研報告書の担当者から外されているとして、本件達8条に従い、前記通報による不利益取扱いの是正を求めた(甲9)。 カ 防衛研究所の企画部企画調整課長(I)は、平成28年3月3日、原告に対し、予備調査において、弁護士の関与を認めない旨通知した(甲10、11)。 キ 防衛研究所の予備調査担当部長(J)は、平成28年3月7日、原告が執筆した平成27年度特研報告書における平成25年度特研報告書からの盗用の可能性の有無を調査するための予備調査として、原告に対し、@平成25年度特別研究は分担執筆か合作か、A特別研究の性質をどのように認識しているか、B共同研究の場合、執筆者の一員であれば無断引用は可能か、C平成27年度特別研究において平成25年度特別研究の共同研究者若しくは上司に相談をしたか、D平成25年度特別研究と平成27年度特別研究はどのような関係にあるか、E平成27年度特研報告書において平成25年度特研報告書を引用することにつき共同研究者から許諾を得たかの各点について、同月9日までに回答するように求めた(甲12)。 ク 原告は、平成28年3月9日、防衛研究所の予備調査担当部長に対し、要旨次のとおり回答した(甲13)。 (ア)平成25年度特研報告書は、章別の担当者を分けているが、実際には原告が章の区分を超えて論述した部分も他人の執筆部分とされているものがあり、分担執筆とも合作とも評価しえない。 (イ)特別研究は、防衛研究所の所員としての職務の一部を占める研究による成果物であり、著作権は国に帰属し、所員には帰属しない(著作権法15条1項参照)。 したがって、一般的に特研報告書からの引用は、引用前の意味や位置づけに特段の改変がない限りは、自分の論述か他人の論述かにかかわらず自由に引用しても問題がない(著作権法32条2項)。 防衛研究所では、学会報告や学術誌に特別研究の成果を引用する場合、特別研究を元にしているなどと脚注に記さなければならない、という指導はなく、かえって、特別研究を他の著作物にて引用する場合は適宜アレンジして使用するようにと指導されることがあった。 原告は、特別研究に取り掛かる際に、幹部研究者から、「自分が執筆した特別研究から引用する場合には、特別研究成果報告書の完成前は認めないが、完成後であれば引用については明示しないでアレンジして使うように」と指導されることがあった。 防衛研究所の所員の間では、所員による特別研究成果報告書からの引用は、報告、発表、引用の時期については留意することを前提に、比較的自由に行えると認識されていた。 原告は、前記指導に加えて、防衛研究所の所員としての研究業務である成果物に関する著作権は国に帰属すると理解しているため、防衛研究所の所員であればその成果物からの引用は無断引用には該当しないと考えている。 (ウ)防衛研究所の特研報告書からの引用は、共同研究か単独研究かにかかわらず、無断引用にはならないと認識している (エ)原告は、上司(部長など)に、事前に平成27年度の特別研究の内容と進め方などについて十分に相談し、平成25年度の特別研究の共同研究者に対しても、平成27年度の特別研究の進め方などについて十分に相談した。 (オ)平成27年度特研報告書は、平成25年度の特別研究での共同研究の体験を踏まえて執筆した。 (カ)原告は平成27年度特研報告書の執筆において、平成25年度特別研究の共同研究者から引用に関して許諾は得ていない。 ケ 防衛研究所の予備調査担当部長は、平成28年3月9日、予備調査の結果、@原告が執筆した平成27年度特研報告書には、Aが執筆した平成25年度特研報告書の要旨、第1章、第3章及び結論と引用・類似表現があり、引用の表示及び許諾がないこと、原告が執筆した平成25年度特研報告書の第2章と引用・類似表現があり、引用の表示がないこと、Bが執筆した平成25年度特研報告書の第6章と引用・類似表現があり、引用の表示がなく、許諾は不明確であること、A原告は特研報告書の著作権が国に帰属しており、自由に引用することができるから、無断引用(盗用)には当たらないと主張するが、一般的に、研究者は論文において国に著作権が帰属する他者の著作物を引用する際にも、盗用との指摘を受けることがないよう出典を明示していること、を理由に、原告が盗用を行った可能性があると判断した(乙12)。 コ 防衛研究所は、平成28年3月11日、本件達11条1項及び同条2項に基づき、本調査を実施する旨決定し、同日、原告に対し、通知した(甲1415〜16)。 サ 原告は、平成28年3月14日、防衛研究所の研究幹事及び予備調査担当部長に対し、予備調査の結果及び本調査を実施する理由などが開示されていないこと、並びに、本件達13条2項に基づく、本調査及び調査委員会に対する異議申立権が実質的に保障されていない旨の抗議をした(甲17)。 シ 防衛研究所は、平成28年3月14日、本件達12条1項に基づき、本調査のための調査委員会を設置し、同日、原告に対し、本件達14条4項に基づく本調査における原告の弁明の機会において、弁護士の関与を認めない旨通知した。 防衛研究所は、同月15日、原告に対し、調査委員会の委員を開示した上で、本件達13条1項に基づき、調査委員会が設置された旨、原告には本件達13条2項に基づき、異議申立権が保障されている旨を通知した(甲18〜20、乙13)。 ス 原告は、平成28年3月18日、防衛研究所長及び研究幹事に対し、防衛省政務官兼内閣府大臣政務官であるKが、同月17日、原告に対し、「盗用を認めなさい。そうすれば穏当にすむように計らう。」「本調査で不正が認められたら、自分の考えでは、防衛研究所を退職せざるをえない。」「自主的に研究所を異動すれば、防衛研究所に異動する前に属していた防衛省内の組織へ戻れるようにしてやる。」などと発言したことについて、事実誤認を前提にした不当な要求であり、かつ、本調査を妨害する重大かつ不正な恫喝行為及び違法な圧力(ハラスメント)であるとして、抗議をした(甲22)。 セ 原告は、平成28年3月22日、防衛研究所の研究幹事に対し、@平成27年度特研報告書において平成25年度特研報告書からの引用の表示がないことは、著作権法上問題がなく、盗用には当たらないこと、A原告は、平成25年度特研報告書のAが担当する大部分について、代わりに作成したこと、B原告は、平成25年度特研報告書の著作者であること、C原告以外にも、防衛研究所の研究員は、特研報告書において、他の研究員が作成した特研報告書の論文を引用の表示なく利用していること等を指摘し、調査委員会の設置の撤回、調査委員会の委員の人選について異議を申し立てた(以下「本件異議申立て」という。甲21)。 ソ 防衛研究所の企画部企画調整課長は、平成28年3月23日、原告に対し、政務官であるKから原告に電話があったことについては、防衛研究所として関与していない旨回答した(甲23)。 タ 防衛研究所の研究幹事は、平成28年4月7日、原告に対し、本件異議申立てについて、調査委員会の委員の人選について外部有識者の数を変更することとし、その余を却下した(以下「本件異議申立審査結果」という。甲24)。原告は、平成28年4月18日、本件異議申立審査結果に対し、本件達13条2項に基づき異議を申し立てたが、防衛研究所は、同月21日、同申立を棄却した(甲25、26)。 (6)本調査 ア 防衛研究所は、平成28年4月頃、原告に対し、本調査における聴取事項として、要旨次のとおり質問事項を送付した(以下「本件質問」という。甲27)。 (ア)原告は、平成25年度特研報告書の執筆者が誰であるかにかかわらず、特研報告書は国に著作権が帰属するという理解に基づき、平成27年度特研報告書において、平成25年度特研報告書の一部を引用の表示なく使用したという認識であるか(以下「質問1」という。)。 (イ)原告は、予備調査において、平成25年度特研報告書に関し、Aの論考の大部分について代わりに作成している旨述べているが、具体的にどの部分であるか(以下「質問2」という。)。 (ウ)質問2に関し、どのような経緯で原告がAの代わりに作成することになったのか(以下「質問3」という。)。 (エ)平成25年度特研報告書のB及びCが担当する章について、原告が代わりに作成した部分はあるか(以下「質問4」という。)。 (オ)質問2〜4を証明できる証拠を提出せよ。 イ 原告は、平成28年5月9日、防衛研究所の研究幹事に対し、本件質問を回答する前提として、予備調査の結果を明らかにする必要がある旨回答した20(甲28)。 ウ 防衛研究所は、平成28年5月12日、原告に対し、平成27年度特研報告書と平成25年度特研報告書について、同一又は類似していると考えられる箇所を色付けした対照表を送付し、平成28年5月18日までに本件質問に対して回答するよう求めた(甲29)。 エ 原告は、平成28年5月18日、防衛研究所の研究幹事に対し、本件質問に対する回答を要旨次のとおり回答した(甲30)。 (ア)質問1への回答 特研報告書の著作権は国にあると認識している。 しかしながら、上記にかかわらず、原告は、平成25年度特研報告書を自ら作成しており、平成27年度特研報告書において、平成25年度特研報告書からの引用であることを表示する必要はない。 (イ)質問2への回答 原告は、平成25年度特研報告書のA担当部分を全部書いた。 (ウ)質問3への回答 Aは、企画調整課研究調整官としての研究行政と研究とを兼務して、過大な精神的負担を有していたことから、Aは、当時、平成24年度特研報告書及び平成25年度特研報告書を執筆できる状況ではなかった。 原告は、Aの代わりに、自分の論文として、公刊資料・学術書等を分析して執筆した。原告は、Aから資料や下書きの提供は受けておらず、相談等もしていない。 また、平成25年度特研報告書及び平成27年度特研報告書は、原告が執筆した平成24年度特研報告書が母体となっている。この関係性を明らかにするため、平成25年度特研報告書と平成27年度特研報告書において平成24年度特研報告書を参照ないし引用している箇所の対照表を別途作成して提出する。 (エ)質問4への回答 B及びCが担当する章のうち、原告がどこを代わりに書いたのか明示してもらいたい。その上で、質問4へ回答する。 (オ)証拠提出の依頼について 職場のパソコンでは、外付けハードディスク等によってデータを保存することは禁じられており、パソコンの容量には限界があることから、平成25年度特研報告書で新たに加筆した資料データ及びメールは保管していない。 紙による文書の保管は、前所長から「捨てるように」との方針に従っており、保管していない。 オ 原告は、平成28年6月30日、防衛研究所の研究幹事に対し、平成24年度特研報告書、平成25年度特研報告書及び平成27年度特研報告書の対照表を添付の上、要旨次のとおり回答した(甲32、33)。 (ア)平成24年度特研報告書について 原告は、要旨部分、第1部及び第2部を全部執筆した。 (イ)平成25年度特研報告書について 第1章(総論)には、平成24年度特研報告書の要旨及び第1部と同一の記述がある。第3章(イギリス)は、当時、Aが体調不良であったことから、原告が執筆した。第6章(オーストラリア)は、当時、Bが体調不良であったことから、原告が執筆した。 平成25年度特研報告書は、原告が執筆した平成24年度特研報告書の考え方を前提に事例を加筆したものであるから、原告が執筆したものである。 (ウ)平成27年度特研報告書について 要旨は、平成25年度特研報告書と同様に、平成24年度特研報告書の第1部と第2部で論じた内容や事例を加筆している。 平成27年度特研報告書の第2章(イギリス)及び第3章(オーストラリア)には、平成25年度特研報告書の第3章(イギリス)及び第6章(オーストラリア)と同一の内容及び新たに執筆した部分がある。 (エ)まとめ 平成24年度特研報告書、平成25年度特研報告書及び平成27年度特研報告書は、テーマが共通する一連の報告書であり、平成27年度特研報告書は、原告が執筆した平成25年度特研報告書を引用したにすぎないから、「他の研究者等の既に発表した」「研究成果」の使用(本件達2条2号三)には当たらない。 (7)調査委員会の判断 調査委員会は、平成28年4月から同年7月まで、5回の調査委員会を開催し、同月11日、原告の本件行為について、次のとおり、判断の理由を挙げて、本件行為が「盗用」による「研究活動に係る不正行為」に該当すると判断した(甲34、乙19)。 ア 平成27年度特研報告書の本件引用箇所について、平成25年度特研報告書からの引用を示す表示はない。 イ 平成25年度特研報告書は、第2章(アメリカ)は原告の分担執筆であり、第1章、第3章及び結論はAの分担執筆、第6章はBの分担執筆である。 ウ 平成25年度特研報告書の分担執筆者である原告以外の3名(A、B、C)に聴取したところ、それぞれ自ら執筆したと証言し、それを支持する証拠が提出されている。 エ 調査委員会は、前記アないしウを踏まえ、平成25年度特研報告書のA及びBが分担執筆した箇所について、原告が平成27年度特研報告書において盗用を行い、それが故意に行われたと判断した。 オ 原告は平成25年度特研報告書を全て執筆したと主張するが、これを裏付ける証拠は提出されておらず、むしろ、平成25年度特研報告書(4頁)に担当者が明記されている。 (8)不服申立て、本件公表及び本件訓戒 ア 原告は、平成28年9月12日付けで、防衛研究所に対し、不服申立書を提出したが、調査委員会は、同年10月18日付けで、再調査を実施する必要はないと判断し、原告に通知した(前提事実(5)エ)。 イ 防衛研究所長は、平成28年10月19日、本件公表を行い、平成27年度特研報告書を削除した(前提事実(6)、甲40、41)。 ウ 防衛研究所は、平成29年3月15日、原告に対し、本件訓戒を行った(前提事実(7)、甲60、61)。 2 争点1(本件公表及び本件訓戒の違法性)について (1)国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するものである(最高裁判所昭和60年11月21日・民集39巻7号1512頁)。 本件行為が、「研究活動に係る不正行為」に該当するには、@平成27年度特研報告書が「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)に当たること、A本件行為が「盗用」(本件達2条2号三)に当たること、B原告が上記@、Aについて「故意によるものでないことが根拠をもって明らか」ではないこと(本件達2条2号柱書ただし書)の要件を充足する必要があるため、以下検討する。 (2)上記@について ア 上記@について、「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)の意義を解釈する際には、規定の文言、本件達が制定された目的、経緯及び本件達に関連する規定などを考慮するべきである。 イ 本件達は、防衛研究所が実施する研究活動における不正行為を防止するため、文部科学省のガイドラインをよりどころとして制定されたものであるところ、ガイドラインは、研究活動のうち、対外的に公表された研究成果における不正を対象としている。これは、研究活動が当該研究者のみが認識し得る範囲にとどまっている限り、不正が研究活動に対する信頼を失わせる危険があるとはいえず、当該研究成果が公表され、他の研究者等の目に触れる状態に至って初めて、研究活動に対する信頼を失わせる危険が生じることによるものと解される。ガイドラインが、不正行為と認定された行為を公表すべきものとしているのも、その表れであると考えられる。 本件達が、ガイドラインをよりどころとして制定され、不正行為に対しては、内部的な懲戒処分の対象とするのみならず、これを対外的に公表すべきものとしていることに照らせば、本件達2条2号柱書の規定も、上記ガイドラインと基本的に同様の趣旨に出たものと解される。したがって、研究成果が「発表された」といえるためには、少なくとも、当該研究者の研究成果が、他の研究者において広く閲覧可能な状態になったことが必要であると解すべきである。もっとも、本件達は、不正行為を、研究成果が防衛省ないし防衛研究所の外部へ発表された場合に限定していないことからすれば、防衛省ないし防衛研究所の内外にかかわらず、研究成果が他の研究者が広く閲覧可能な状態になり、不正行為がいわゆる科学コミュニティーにおける研究活動に対する信頼を失わせるに至ったものと評価し得る状況になることで足りると解すべきである。 この見地からみると、特別研究は、内部部局の要請を受け、防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的に実施される調査研究であり、研究者が調査研究を完了したときは、防衛研究所長に対して速やかに文書による成果報告をする義務があるとされていること(調査研究に関する達12条1項、同条2項)からすれば、特別研究は、第一次的には、防衛省内の政策立案のために職務上作成される内部資料であり、防衛研究所長に対する報告も、職務上の成果を上司に提出・報告するという性質を有するものであると解される。そして、調査研究に関する達が、調査研究の成果の発表の手段として、本件システムへの掲載(13条)、研究成果発表会の実施(14条)、ホームページの掲載その他の軽易な手段による公表(15条)を規定していること(前提事実)、原告が執筆した平成27年度特研報告書を除く他の平成27年度の特別研究に係る実施報告書及び成果報告書が本件システムに掲載されていること(認定事実?カ)に照らすと、「発表された」とは、「研究成果」が、他の研究者に対して研究成果発表会で報告されるか、本件システムに掲載されるなどして、他の多数の研究者が批判・吟味の対象として「研究成果」の内容を認識することができる状態になることをいうと解するのが相当である。 この点、被告は、「発表された研究成果」とは、所長に対して成果報告(決裁の合議)がされた研究成果をいうと主張する。そして、防衛研究所の企画部企画調整課が、本件達の制定過程における意見照会において、防衛研究所紀要への掲載はされなかったが、年次研究として提出された原稿が「研究活動に係る不正行為」の対象となるかという質問に対し、所長に対して成果報告(決裁の合議)を行う時点で対象となると回答したことは、前記認定のとおりである(認定事実エ)。しかしながら、本件達の規定が、「防衛研究所長に対して成果報告(決裁の合議)を行った研究成果」などと修正されることはなく、最終的に「発表された研究成果」と規定していること、「発表された」と「防衛研究所長に報告した」との間には意味として大きな乖離があること、防衛研究所長に対する報告は、職務上の成果を上司に提出・報告する行為にすぎず、これにより研究成果が他の研究者が閲覧可能となるものではないこと、調査研究の成果が防衛研究所長に報告された時点で本件達の対象となることにつき、防衛研究所内の職員に周知されたことを認めるに足りる証拠がないことを考慮すると、前記回答は、あくまで本件達の制定過程における中間的な検討結果にとどまるというべきであり、前記説示を覆すものではない。 ウ これを本件について見ると、前提事実オのとおり、平成27年度特研報告書は、平成28年1月、防衛研究所所長に成果報告され、要請元の内部部局に対してデータが提供されたが、平成27年度特研報告書が研究成果発表会で報告された事実及び本件システムに掲載された事実はなかったというのであり、他の多数の研究者が批判・吟味の対象として「研究成果」の内容を認識することができる状態になったということはできないから、平成27年度特研報告書は、「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)に当たるということはできない。 なお、(ア)内部部局に平成27年度特研報告書のデータが提供されたこと ((2)オ)は、防衛省における政策立案のために作成された資料の提供という性質を有するものにすぎないと考えられること、平成27年度特研報告書のデータが防衛研究所のサーバの共有フォルダ(端末共有データフォルダ)に保存されたこと(認定事実(4)エ)は、データの管理のために共有フォルダに保存されていたものにすぎず、研究者がその内容を閲覧することを直接の目的とするものではないことに加え、実際に他の多数の研究者が閲覧することができた事実を認めるに足りる的確な証拠はないこと、本件公表までに原告が執筆した部分を含む平成27年度特研報告書の冊子合計46部が内部部局の各部の部長等の一部の者に配布されていたこと(認定事実(4)キ)は、内部資料の回覧ないし提供にとどまり、他の多数の研究者が批判・吟味の対象としてその内容を認識することができたとまではいえないと考えられることからすると、いずれも上記認定を左右するものとはいえない。 (3)上記Aについて ア 本件達2条2号三は、「盗用」について、他の研究者等の既に発表した研究結果を適切な表示をせずに使用することと定義しているところ、既に発表した研究結果(本件達2条2号三)の「研究結果」とは、上記@の「研究成果」(本件達2条2号柱書)と同義であると解され、前記で説示したのと同様に、「発表した」とは、研究成果が、他の研究者に対して研究成果発表会で報告されるか、本件システムに掲載されるなどして、他の多数の研究者が批判・吟味の対象として「研究成果」の内容を認識することができる状態になることをいうと解すべきである。 これを本件について見ると、前記認定のとおり、平成25年度特研報告書は本件システムに掲載された事実を認めることができるから、本件達2条2号三にいう「既に発表した研究結果」に当たるものと認められる。 イ もっとも、本件達2条2号三の「盗用」に当たるというためには、「他の研究者等の」研究結果を適切な表示をせずに使用することが必要であるところ(本件達2条2号三)、平成25年度特別研究は、原告を含む防衛研究所の職員4名の共同研究であるから、原告が平成25年度特研報告書を引用することは、「他の研究者等の」研究結果の使用に当たらないと解する余地がある。 この点、前記認定によれば、平成25年度特別研究は、平成24年度から2年間にわたり行われた調査研究であり、平成24年度特別研究は、海外の研究者の文献を輪読したり、講師を招いて共同討議を行うなど、共同研究の色彩の強いものであったこと、他方で、平成25年度特研報告書は、平成24年度特別研究の成果を踏まえ、4名の研究者が、女性軍人の登用をめぐる各国の実情を、担当を決めて分担、研究・執筆して完成させたものであることが認められる。そして、各人の担当部分は、平成25年度特研報告書において明示されている。 そうすると、平成25年度特研報告書は、共同研究の成果ではあるものの、原告以外の担当者が執筆した部分は、「他の研究者等の」研究結果に当たるというべきである。 ウ 原告は、平成25年度特研報告書のA担当部分及びB担当部分は、実際には原告が執筆したと主張する。 しかしながら、これを認めるに足りる客観的証拠は一切存在せず、かえって、Aが、平成25年12月8日、原告に対し、「今はイギリスの事例に取り組んでいます」とのメールを送信したこと(乙23)、Aが執筆した平成25年度特研報告書の第3章のデータが残っていること(乙21、24、25〔いずれも枝番を含む。〕、A12〜14頁)、原告が、平成25年10月31日、執筆した平成25年度特研報告書の第2章、第4章及び第5章をAにメールで送付した事実が認められること(乙62添付資料17、乙92、93、A10〜11頁)、Bが、平成25年度特研報告書の第6章について、原案を執筆し、平成25年7月から同年12月までの間、Aから少なくとも5回の指導を受けてその都度修正を行い、同月9日、Aに対し、原稿をメールで送付した事実が認められること(乙4、乙44〜49〔枝番のあるものは枝番を含む。〕、乙62添付資料21〜25、B6〜10、20頁、A11頁)、他方で、原告がAやBに対しその担当分の原稿を交付したことを認めるに足りる客観的な証拠は存在しないこと等を総合すると、平成25年度特研報告書のA担当部分及びB担当部分は、それぞれA及びBが執筆したものと認められる。 したがって、原告の主張は採用することができない。 (4)上記Bについて ア 上記Bについて、本件達2条2号柱書ただし書は、研究成果に係る不正行為が故意によるものでないことが根拠をもって明らかにされた場合には、不正行為に当たらないと規定している。 これは、過失によって不正行為であるかのような外観が惹起された場合にまで、公表という制裁を伴う不正行為を認定することは研究者にとって酷であることから、対象となる不正行為を故意によるものに限る趣旨であると考えられるが、よりどころとされたガイドラインが、故意のみならず、研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる不正行為についても対象としていること(乙29)に照らせば、故意があるというためには、原則として、不正行為を構成する客観的な事実の認識があることで足りるというべきである。そして、不正行為を構成する客観的な事実の認識はあったが、独自の見解によって当該事実が本件達にいう不正行為であることの認識を欠いていたにすぎない場合は、故意がないということはできないのであって、不正行為であることの認識を欠いていたことが、相応の合理的な根拠に基づく場合に限り、故意が否定されると解するのが相当である。本件達が、故意がないことが「根拠をもって明らかにされた」場合という要件を規定しているのも、このような趣旨を含むものと解される。 イ 以上の見地から検討すると、原告は、平成25年度特研報告書におけるA及びBの担当部分につき、適切な表示をすることなく引用する旨の認識を有していたことは明らかである。もっとも、前記認定事実によれば、原告は、特研報告書は防衛研究所紀要に掲載されるなどして対外的に公表されるまでは防衛省の内部資料であり、他の特研報告書の内容を引用する場合に表示をしなくとも、本件達にいう「盗用」には当たらないとの認識を有していたことが認められるところ、特研報告書が、第一次的には、内部部局における政策立案の参考とするために作成される内部資料としての性格を有していることは前記判示のとおりであり、実際にも、本件達の制定過程において、東アジア戦略概観及びブリーフィングメモについては、公刊されたときに本件達の対象となるとの見解が示されていたことも考慮すると、上記のような原告の見解も、必ずしも独自の見解にすぎないということはできない。そして、本件達の制定過程において、企画部企画調整課が、特別研究については、所長に成果報告がされたときに対象となる旨の見解を示していたことは認められるものの、防衛省内において、最終的に本件達の解釈について周知が図られたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、前記認定のとおり、Aが、予備調査において特研報告書が本件達の対象となるかどうかについて明確な回答を行っておらず、Bは、むしろ対象にはならないことを前提とする回答を行っていることや、Bが、本件訴訟の証人尋問において、本件達が制定されたこと自体知っていたかという質問に対しあいまいな証言に終始していることに鑑みれば、そのような周知は行われなかった可能性が高く、特研報告書がどの段階で本件達の対象となるかについて、必ずしも防衛研究所内において共通認識が形成されていなかったことがうかがわれる。さらに、平成25年度特研報告書は、原告を含む4名の研究者による共同研究であるところ、このような共同研究による特別研究における他の研究者の担当部分を引用する際の規律についても、防衛研究所内において共通認識が形成されていたことをうかがわせる証拠はない。 以上の諸点を考慮すれば、原告が、防衛研究所紀要に掲載される前の特研報告書については、引用する際に必ずしも表示をしなくとも本件達にいう「盗用」には当たらないと考えていたことについては、相応の合理的な根拠に基づくというべきであるから、原告の本件行為は、故意によるものではないと認められる。 (5)国家賠償法上の違法性について 以上のとおり、原告の本件行為について、@平成27年度特研報告書が「発表された研究成果」(本件達2条2号柱書)に当たらないこと、A原告の本件行為が「故意によるものでないことが根拠をもって明らか」であることが認められる。 そして、上記@(発表された研究成果に当たるか否か)については、本件達の制定の経緯や、その文言からすれば、少なくとも、研究成果が科学コミュニティーに対して公開される必要があることは容易に認識可能であるところ、平成27年度特研報告書は、所長に対する成果報告及び内部部局に対する提供がされたのみで、本件システムに掲載されることはなかったというのであるから、未だ「発表された」状況に至っていないことは容易に認識可能であったということができる。また、上記A(原告の故意)について、前記の説示のとおり、原告が、予備調査及び本調査において、防衛研究所に対し、平成27年度特研報告書において平成25年度特研報告書から引用する際に引用であることを表示する必要はないと認識していた旨述べていたこと、予備調査において、平成25年度特研報告書の主査を務めていたA及び平成25年度特研報告書の執筆者であるBが、特研報告書からの引用について本件達が適用されるか否かについて必ずしも明確に認識していなかったことが明らかになっていたことからすると、防衛研究所(調査委員会)は、原告が、平成27年度特研報告書に平成25年度特研報告書を引用する際に、引用の表示が必要であることを十分認識しておらず、このことについて相応の合理的な根拠がある可能性を把握していたというべきである。 それにもかかわらず、予備調査及び本調査から判断に至る経緯をみても(認定事実〜)、防衛研究所(調査委員会)は、本件達に言う「発表された研究成果」の意義及び原告の本件行為に係る故意の有無について、具体的に検討した形跡がなく、これらの点の検討を怠ったと評価せざるを得ない。なお、原告は、特に本調査での弁明においては、主として平成25年度特研報告書のA及びB担当部分を原告が執筆したことを主張していたことが認められ、調査委員会においても、専らこの点についての調査・判断に重点をおいて審理を進めたことがうかがわれるが、原告が、少なくとも予備調査においては、特研報告書からの引用が盗用に当たらないことも主張していたのであるから、この点は前記判断を左右するものとはいえない。 以上によれば、防衛研究所長が、本件行為が「盗用」による「研究活動に係る不正行為」に該当することを理由に、原告に対し本件公表及び本件訓戒を行ったことは、職務上の注意義務に違反し、国家賠償法上違法である。 3 争点2(原告の損害及び因果関係)について (1)前記2で説示したとおり、本件公表は国家賠償法上違法であり、本件公表により、インターネット上で原告の名誉が棄損され、研究活動に支障が生じる可能性があることなどを考慮すれば、本件公表による原告の精神的損害を慰謝するための慰謝料は100万円が相当であると認められ、弁護士費用を加えると、合計110万円が原告の損害と認定するのが相当である。 (2)前記2で説示したとおり、本件公表及び本件訓戒は国家賠償法上違法であるが、原告の抑うつ状態による休職が、本件公表及び本件訓戒を原因とするものであることを認めるに足りる的確な証拠はないから、休業損害は認められない。 4 争点3(削除請求の可否)について 防衛研究所の公式ホームページに本件公表に係る記事が掲載され続ける限り、原告は研究者としての活動を行うことに重大な支障が生じ、原告に対する無形の損害が生じるから、これによる原告の権利の侵害を防止するため、本件公表に係る記事の削除を命ずることが相当である。 5 争点4(謝罪広告の要否)について 防衛研究所による本件公表によって原告に生じた損害を回復するためには、金銭賠償及び本件公表に係る記事の削除で足り、謝罪広告の掲載を命ずる必要があるとまでは認められない。 第4 結論 以上によれば、原告の金銭請求については、被告に対し、110万円及びこれに対する平成28年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余を棄却することとし、原告の本件公表に係る記事の削除請求は認容し、謝罪広告掲載請求は棄却することとして、主文のとおり判決する。なお、被告が求める仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。 東京地方裁判所民事第25部 裁判長裁判官 谷口安史 裁判官 杉森洋平 裁判官 白井宏和 別紙1 謝罪文 別紙2 |
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