判例全文 | ||
【事件名】サイバーエージェントへの発信者情報開示請求事件 【年月日】令和2年6月25日 東京地裁 令和元年(ワ)第30272号 発信者情報開示請求事件 (口頭弁論終結日 令和2年2月18日) 判決 原告 A 同訴訟代理人弁護士 清水陽平 同訴訟復代理人弁護士 二部新吾 被告 株式会社サイバーエージェント 同訴訟代理人弁護士 藤井基 同 波多江崇 同 上村香織 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。 第2 事案の概要 本件は、ウェブサイト上でメールマガジンを配信している原告が、被告が提供するサービスを利用して開設されたウェブサイトに投稿された記事について、上記サイトの開設者が原告作成のメールマガジンを複製して、不特定多数の者が閲覧できる状態に置いて公衆送信に供したものであるから、原告の著作権(複製権、公衆送信権)が侵害されたことが明らかであると主張して、被告に対し、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)」4条1項に基づき、上記開設者が上記サイトを作成するに当たって登録した情報の開示を求める事案である。 1 前提事実 以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。 (1)原告は、別紙著作物目録記載の文章の著作物(以下「本件著作物」という。)を内容とするメールマガジンを創作した者である。 (2)被告は、ブログその他インターネットを通じたメディア事業等を行っている法人であり、ドメイン「amebaownd.com」を保有し、だれでも無料でホームページ等のメディアを作成することができるサービス「AmebaOwnd」(以下「本件サービス」という。)を提供している法2条3号の特定電気通信役務提供者である。 (3)しかして、氏名不詳の者が、本件サービスの提供を受けられる会員として登録し、本件サービスを利用して、別紙発信者情報目録記載のURL上のアドレスにウェブサイト(以下「本件サイト」という。)を開設した(甲1、11。以下、この氏名不詳の者を「本件登録者」という。)。 (4)その後、遅くとも令和元年8月28日までには、本件サイトに、本件著作物と同一の記載内容を記載した別紙投稿記事目録記載の記事(以下「本件記事」という。)が投稿され、不特定多数の者が本件記事を閲覧することができる状態に置かれた。 その結果、本件記事は、本件サイトを通じた法2条1号の特定電気通信により不特定多数の者に閲覧された。(以上につき、甲1) (5)被告は、本件サイトを通じての通信を媒介した法4条1項にいう開示関係役務提供者であり、別紙発信者情報目録記載の各情報(以下、「本件発信者情報」といい、同目録記載の各情報を個別に指すときは、同目録記載の番号の順に「本件発信者情報1」、「本件発信者情報2」という。)のうち、少なくとも本件発信者情報2を保有している。 2 争点 (1)被告は本件発信者情報1を保有しているか (2)本件発信者情報は法4条1項の「発信者情報」に当たるか (3)本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか 3 争点に対する当事者の主張 (1)争点(1)被告は本件発信者情報1を保有しているか)について 【原告】 本件サービスを利用してホームページ等を作成するためには、電子メールアドレス等のほかに、氏名又は名称を登録することが必要であるから、被告は、本件発信者情報1を保有している。 【被告】 否認する。 (2)争点(2)(本件発信者情報は法4条1項の「発信者情報」に当たるか)について 【原告】 ア「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令(以下「省令」という。)」3号は、電子メールアドレスについて、「発信者の電子メールアドレス」と定め、「係る」という限定にはしていない。 プロバイダ等が保有する情報は契約者の情報であるところ、契約者は必ずしも投稿者であるとは限らないが、プロバイダ等は投稿者を知り得ないから、「発信者」が厳密に投稿者であることを求めれば、「発信者の電子メールアドレス」が開示されることは法律上ほぼあり得ないこととなる。 したがって、投稿者である蓋然性が十分にあるといえる者であれば、省令3号の「発信者」に当たると認められるべきである。 イ そこで、本件登録者が本件記事を本件サイトに投稿をした者ではないという可能性について検討する。 一般的に、IDやパスワードを利用してログインした上で利用するサービスにおいて、当該ID及びパスワードを設定した者以外の第三者がログインをするということは通常はない。 また、本件サービスを利用してホームページ等を作成するためには、本件サービスの利用規約に同意することが必要であるところ、同規約は、第三者へのログイン情報の開示を禁止し、ログイン情報を第三者に知られたことが判明した場合には直ちに被告に報告すべき旨規定している。そして、被告は本件登録者に意見照会を行っていると思料されるところ、仮に本件登録者にとって思い当たることがないのであれば、上記意見照会の結果としてそのような事情が得られていると思われるが、本件訴訟において、複数人が本件サイトにログインするなどしたといった事情や第三者に本件サイトのログイン情報を知られたといった事情は一切現われていない。 したがって、本件登録者のみが本件サイトを利用していることが強く推認される状況にあり、本件登録者が本件記事を本件サイトに投稿をした者である蓋然性が十分あるといえる。 ウ よって、本件登録者が本件サービスを利用するに当たって登録した電子メールアドレス(本件発信者情報2)は省令3号の「発信者の電子メールアドレス」に当たるというべきである。 【被告】 法4条1項の趣旨は、発信者情報と権利侵害との強い関連性を厳格に求めることにあるから、開示請求の対象は開示請求者の権利を侵害したとする情報の発信行為を行った際の発信者についての情報に限られるというべきである。 しかるに、原告が開示を求める本件発信者情報は、本件登録者が本件サービスを利用するに当たって登録した氏名及び電子メールアドレスであって、本件記事の投稿に関する発信者情報ではなく、また、本件サイトには複数の者が投稿する可能性が十分あり、本件登録者が本件記事を投稿する必然性は全くないから、本件発信者情報は法4条1項の「発信者情報」には当たらないというべきである。 (3)争点(3)(本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか)について 【原告】 原告は、本件記事の投稿者である本件登録者に対して著作権(複製権、公衆送信権)の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償等を求めるために本件発信者情報が必要であるから、その開示を求める正当な理由がある。 【被告】 不知ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)被告は本件発信者情報1を保有しているか)について 被告が本件発信者情報1(氏名又は名称)を保有しているかを検討するため、本件サービスに係る会員登録の情報内容についてみるに、証拠(甲11)によれば、本件サービスの利用規約には、本件サービスの会員登録希望者は、本件サービスの利用規約の全てに同意した上、同利用規約及び被告が定める方法により会員登録をする旨の定めがある(同利用規約第4条1.)ことが認められるにとどまり、同利用規約(甲11)の内容を全て精査しても、会員登録時に登録すべき情報内容についての定めはなく、本件サービスを利用するためには会員登録希望者ないし利用者がその氏名又は名称を登録する必要があることをうかがわせる定めも見当たらない。そうすると、本件登録者において、本件サービスの利用規約の定めに従い、本件発信者情報1(氏名又は名称)を登録して被告に提供したと認めることはできず、その他、被告が本件発信者情報1(氏名又は名称)を保有していると的確に認めるに足りる証拠はない。 したがって、被告が本件発信者情報1(氏名又は名称)を保有しているとは認められない。 この点、原告は、本件サービスを利用してホームページ等を作成するためには、電子メールアドレス等のほかに、氏名又は名称を登録することが必要である旨主張する。しかし、本件の具体的事案に即して本件サービスの利用規約の定めについて具体的に検討しても、本件登録者において、本件発信者情報1を登録して被告に提供したと認めることができないことは、上記説示のとおりである。原告の上記主張は、推測の域を出るものではないというほかなく、採用することができない。 2 争点(2)本件発信者情報は法4条1項の「発信者情報」に当たるか)について (1)前記1で判示したとおり、本件発信者情報のうち本件発信者情報1(氏名又は名称)については、被告がこれを保有しているとは認められないから、本件発信者情報1の開示を求める原告の請求は、争点(2)について判断するまでもなく、既に理由がない。 そこで、争点(2)に関しては、本件発信者情報2(電子メールアドレス)の開示を求める原告の請求について判断する。 (2)法4条1項は、開示請求の対象となる「当該権利の侵害に係る発信者情報」とは、「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。」と規定し、これを受けて省令は、そのような情報の一つとして「発信者の電子メールアドレス」と規定する(省令3号)ところ、法2条4号は、「発信者」とは、「特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者をいう。」と規定する。 しかして、法が、2条4号により「発信者」を上記のように文言上明記した趣旨は、法において、他人の権利を侵害する情報を流通過程に置いた者を明確に定義することにより、それ以外の者であって当該情報の流通に関与した者である特定電気通信役務提供者の私法上の責任が制限される場合を明確にするところにある。そうすると、法4条1項を受けた省令3号の「発信者の電子メールアドレス」の「発信者」についても、法2条4号の規定文言のとおりに、特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した本人に限られると解するのが相当である。 (3)そこで、これを前提に、本件について検討する。 前記のとおり、被告が、本件発信者情報2(本件登録者の電子メールアドレス)を保有していることから、本件登録者は、本件サイトを開設した際に、被告に対し、電子メールアドレスを提供したといえるものの、前記1の説示に照らせば、氏名又は名称の提供をしたものとは認められない。 このように、本件サイトの開設に当たり本人情報として氏名又は名称が提供されず電子メールアドレス等が提供されているような場合、本件登録者が、真に本件登録者本人の電子メールアドレスを被告に提供したことには合理的疑いが残るところである。 この点、証拠(甲11)をみても、本件サービスの利用規約には、本件サービスの会員は、本件サービスを利用する際に設定する登録情報に虚偽の情報を掲載してはならない旨定められている(同利用規約第3条2.)ことが認められるものの、他方、同利用規約(甲11)の内容を全て精査しても、登録情報の内容が当該会員本人の情報であることを確認するための方法を定めた定めはなく、かえって、登録情報に虚偽等がある場合や登録された電子メールアドレスが機能していないと判断される場合には、被告において、本件サービスの利用停止等の措置を講じることができる旨の定めが存する(同利用規約第8条3.(2)、(3))ことからすると、本件サービスの会員ないし登録希望者が他人の情報や架空の情報を登録するおそれのあることがうかがわれるところである。特に、本件の場合、本件サイトは平成13年頃開設されたものである(甲1)ところ、本件サイトには、原告がその頃以降に創作したほぼ全てのメールマガジンが原告に無断で転載されている(甲2)ことに照らせば、本件サイトはそのような違法な行為のために開設されたものであることがうかがわれるから、本件登録者が本件サイトを開設する際に他人の電子メールアドレスや架空の電子メールアドレスを登録した可能性を否定し難いといわざるを得ない。 そして、その他、本件登録者が本件サービスを利用して本件サイトを開設する際に登録した電子メールアドレスが本件登録者本人のものであると認めるに足りる証拠はなく、本件登録者が本件サイトを開設する際に登録した電子メールアドレスが本件登録者本人のものであると認めることは困難というべきである。 そうすると、被告の保有する電子メールアドレス(本件発信者情報2)は、法2条4項にいう「特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者」の電子メールアドレスであるとはいえず、ひいては、省令3号の「発信者の電子メールアドレス」に当たるということもできない。以上によれば、本件発信者情報2は、法4条1項の「発信者情報」に当たるとはいえず、本件発信者情報2(電子メールアドレス)の開示を求める原告の請求も、既に理由がないこととなる。 (4)原告の主張について ア 原告は、インターネット経由プロバイダ等は投稿者を知り得ないから、「発信者」が厳密に投稿者であることを求めれば、「発信者のメールアドレス」が開示されることは法律上ほぼあり得ないこととなるとして、「発信者」には、厳密な意味での発信者に限られず、発信者である蓋然性のある者も含むべきである旨主張する。 しかし、省令3号の「発信者の電子メールアドレス」の意義については、前記説示のとおりであって、事柄の性質上、原告の上記指摘をもっても、「発信者」との文言につき法2条4項と離れた解釈を採用すべき合理的理由になるとはいえない。原告の上記主張は、独自の見解というべきであって、採用の限りでない。 イ また、原告は、本件サイトを開設した者(本件登録者)と、本件記事を本件サイトに投稿した者とが同一である蓋然性が十分あり、本件登録者が登録した電子メールアドレス(本件発信者情報2)は省令3号の「発信者の電子メールアドレス」に当たる旨主張する。 しかし、前記説示のとおり、そもそも本件登録者が本件サイトを開設する際に登録した電子メールアドレスが本件登録者本人のものであると認めることは困難というべきであるから、原告の上記主張は、採用の限りでない。 3 結論 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 田中孝一 裁判官 横真通 裁判官 本井修平は、転補につき、署名押印することができない。 裁判長裁判官 田中孝一 (別紙は全て省略) |
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