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【事件名】性格心理テストの検査用紙発行差止事件 【年月日】令和元年12月23日 大阪地裁 平成30年(ワ)第6004号 著作権侵害差止等請求事件 (口頭弁論終結日 令和元年10月3日) 判決 原告 P 同訴訟代理人弁護士 西村渡 同 辻本希世士 同 松田さとみ 被告 日本心理テスト研究所株式会社 同訴訟代理人弁護士 蝶野弘治 同 平岩佑彦 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、別紙商品目録1及び2記載の各用紙を発行し、販売し、又は頒布してはならない。 2 被告は、その占有に係る前項記載の各用紙を廃棄せよ。 3 被告は、原告に対し、2640万円及びこれに対する平成30年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は、原告が、別紙商品目録1及び2記載の各用紙(以下、目録の番号に従って、「被告用紙1」などといい、これらを総称して「被告各用紙」という。)を発行、販売及び頒布する被告の行為が、昭和41年に創作されたYG性格検査法の検査用紙(以下「昭和41年用紙」という。)の著作権(以下「本件著作権」という。複製権、譲渡権)に係る原告の共有持分権を侵害するとして、被告に対し、本件著作権に基づき、被告各用紙の発行等の差止め(著作権法117条2項、1項、112条1項)及び被告の占有に係る被告各用紙の廃棄(同法117条2項、1項、112条2項)を求めるとともに、本件著作権侵害の不法行為に基づき、損害賠償金2640万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成30年7月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、本判決において書証を掲記する際には、枝番号の全てを含むときはその記載を省略することがある。) (1)P2による昭和41年用紙の創作 P2は、南カリフォルニア大学のJ.P.ギルフォード教授が考案した3つの人格目録を、日本の文化環境に合うように、120の質問(小学2年生〜6年生用は96問)から成る質問紙法性格検査に標準化した性格検査(矢田部ギルフォード性格検査。以下「YG性格検査」という。)を創作し、この性格検査を「YG性格検査用紙」に構成した。P2は、YG性格検査用紙を多数創作したところ、このうち昭和41年に開発した検査用紙(昭和41年用紙)につき、著作権を有していた。 (2)YG性格検査に関する事業 P2は、昭和50年9月頃、YG性格検査の検査用紙等の製作及び販売等を目的として、「日本心理テスト研究所」の名称で個人事業を開始した。原告は、その当初から、P2を助けてその事業に携わっていた。 被告は、平成元年12月7日、心理テストのための印刷物等の製作及び販売等並びにその利用に関するコンサルタント業務等を目的として設立され、代表取締役に原告が、監査役にP2が就任した。 (3)P2による遺言 ア 公正証書遺言 P2は、平成10年7月31日、別紙「本件遺言条項対照表」の「本件公正証書遺言」欄記載の条項等から成る公正証書遺言(以下「本件公正証書遺言」という。)をした。 イ 自筆証書遺言 P2は、平成13年7月16日、別紙「本件遺言条項対照表」の「本件自筆証書遺言」欄記載の条項等から成る自筆証書遺言(以下「本件自筆証書遺言」という。)をした。 (4)P2の死亡及び相続 P2は、平成13年9月18日に死亡した。P2の法定相続人は、P3(P2の妻)、原告(P2の実子)、P4(P2の養子)及びP5(P2の養子)である(以下、原告以外の相続人を併せて「本件各相続人」という。)。 なお、原告及び本件各相続人による本件著作権の相続の有無等については、後記(第3の1)のとおり、当事者間に争いがある。 (5)別訴 P3は、平成17年、被告による昭和41年用紙の複製物であるYG性格検査の検査用紙(以下「別訴対象用紙」という。なお、別訴対象用紙は、被告各用紙とは別のものである。)の発行等の行為が、本件著作権(複製権等)に係るP3の共有持分権を侵害するとして、被告に対し、本件著作権に基づき、別訴対象用紙の一部の発行等の差止め及びその在庫品の廃棄を求めるとともに、被告及びその代表者である原告に対し、本件著作権侵害の不法行為に基づき、損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた。大阪地方裁判所は、平成19年6月12日、P2が原告に対して本件著作権を生前に譲渡したとも、死因贈与したとも認められないなどとして、P3の請求を一部認容する旨の判決を言い渡した(当庁平成17年(ワ)第153号著作権侵害差止等請求事件等。乙5の1)。 被告及び原告はこれを不服として控訴した。これに対し、大阪高等裁判所は、平成21年9月29日、P2が原告に対して本件著作権を生前に譲渡したとも、死因贈与したとも認められず、また、P2が被告に対して別訴対象用紙の発行等を許諾していたとも認められないなどとして、被告及び原告の控訴をいずれも棄却する旨の判決を言い渡し(大阪高等裁判所平成19年(ネ)第2062号著作権侵害差止等、商標権侵害差止等請求控訴事件等。乙5の2)、同判決は、その後確定した(以下、これらの訴訟を併せて「別訴」といい、これらの判決を併せて「別訴判決」という。)。 (6)原告の被告代表者からの辞任 原告は、平成28年11月30日、被告の代表取締役を辞任した。 (7)被告各用紙等の発行等 ア 被告は、法人化される前の昭和61年頃から現在に至るまで、コンピュータ判定専用のYGPI(YG性格検査)回答用紙の記載方法を説明した用紙(以下「本件回答方法説明用紙」という。)について、品名、内容を若干変更させながらも、その発行、販売及び頒布を継続的に行っている。これらは、昭和41年用紙を複製して製作されたものである。品名が「YGPI回答用紙の書き方」である被告用紙1は、このような本件回答方法説明用紙の1つである(甲2、4、乙8、弁論の全趣旨)。 イ 被告は、法人化される前の昭和61年頃から現在に至るまで、コンピュータ判定専用のYGPI(YG性格検査)の判定結果を記載した用紙(以下「本件判定用紙」という。)について、品名、内容を若干変更させながらも、その発行、販売及び頒布を継続的に行っている。これらは、昭和41年用紙を複製して製作されたものである。品名が「YGPI個人判定表」である被告用紙2は、このような本件判定用紙の1つである(甲3、乙9、弁論の全趣旨)。 3 争点 (1)本件著作権の帰属(争点1) (2))昭和41年用紙の利用に係るP2の被告に対する許諾の有無等(争点2) (3)被告各用紙の発行等に係る原告及び本件各相続人の被告に対する許諾の有無等(争点3) (4)原告の各請求に係る権利濫用の成否(争点4) (5)原告の損害額(争点5) 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(本件著作権の帰属) (原告の主張) (1)原告は、P2の死亡により、本件著作権を持分6分の1の割合で相続した。 (2))被告の主張について ア 本件公正証書遺言8条は、YG性格検査実施に当たって必要とされる周辺の関連する著作物について定めたものであり、これには、YG性格検査実施の根幹を成す著作物である昭和41年用紙を始めとする検査用紙は含まれない。 したがって、本件著作権は、本件公正証書遺言8条の対象外である。 イ 本件公正証書遺言7条(及び本件自筆証書遺言7条)の定める「YG性格検査の出版による印税」とは、金銭債権であるYG性格検査の出版による印税債権を意味するものであって、同条は本件著作権自体の帰属を定めたものではない。 したがって、本件著作権は、本件公正証書遺言7条及びこれを改めた本件自筆証書遺言7条の対象外である。 ウ そうすると、本件著作権については、本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言のいずれにおいても、その帰属につき定めがないことから、P2の法定相続人がその法定相続分に応じて相続したことになる。すなわち、原告は、本件著作権につき6分の1の割合で共有持分を有する。 (被告の主張) P2は、以下のとおり、本件公正証書遺言ないし本件自筆証書遺言により、被告に対し本件著作権の全部を、又はP3及び被告に対し各2分の1を、遺贈した。したがって、原告は、本件著作権を有しない。 (1)本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言の趣旨 本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言それぞれの記載内容に鑑みれば、P2は、そのいずれにおいても、自己の財産全部についての帰属を定めたと推認される。また、本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言の文言に鑑みると、P2は、本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言の作成に当たり著作権、著作者人格権及び著作物に係る印税債権を区別した上で、自己に帰属するこれらの権利全部について、帰属を定めたと推認される。 (2)上記事情を踏まえると、まず、P2は、本件公正証書遺言8条により、被告に対し、YG性格検査に関連する著作物に関する著作権を遺贈する意思を示したといえる。また、本件自筆証書遺言において、P2は、本件公正証書遺言8条の内容を変更させていない。そして、本件著作権は、YG性格検査に関連する著作物に関する著作権である。 したがって、被告は、本件公正証書遺言8条により、P2から、本件著作権の遺贈を受けたといえる。 (3)仮に、本件著作権が本件公正証書遺言8条所定のYG性格検査に関連する著作物の著作権に含まれない場合、本件著作権は、本件公正証書遺言7条の「YG性格検査の出版による印税」に含まれることになる。そうすると、本件自筆証書遺言7条の「YG性格検査の出版による印税」にも本件著作権が含まれることになる。 したがって、本件著作権については、本件自筆証書遺言7条により、P3及び被告が各2分の1の割合で共有することとなる。 2 争点2(昭和41年用紙の利用に係るP2の被告に対する許諾の有無等) (被告の主張) (1)利用許諾 P2は、昭和41年用紙を始めとするYG性格検査の検査用紙等の製作、販売事業を行うために被告を設立した。これを実現するため、P2は、被告設立後まもなく、被告に対し、利用許諾期間を被告が解散するまで、使用料を無料として、本件著作権の利用を許諾した。原告及び本件各相続人は、P2の死亡により、P2のこのような契約上の地位を相続した。 そして、昭和41年用紙の複製物である被告各用紙を発行等することは、上記利用許諾の範囲内である。 (2)原告の主張について P2は、YG性格検査の改良及び普及を被告に委ねる意向であった。本件自筆証書遺言7条がこれを原告に委ねるかのような条項になっているのは、P2が被告の代表者であったからにすぎない。 また、被告がP2に対して支払っていた監査役報酬は、昭和41年用紙の使用料の趣旨ではない。 (原告の主張) (1)利用許諾の不存在 被告は、その設立後、昭和41年用紙を利用したYG性格検査の検査用紙の発行等の事業を行っていたが、これは、P2の助言や監修の下で行われていたものである。被告は、被告の監査役であったP2に対し、その指導の対価(月額10万円)を監査役報酬の名目で支払っていた。 また、P2は、YG性格検査に関連する著作物につき、本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言において、その帰属等を定めている。ところが、昭和41年用紙の利用許諾については、本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言その他何らの書面にも記載がない。 これらの事情に鑑みると、P2の生前においては、被告によるYG性格検査の検査用紙の発行等は、P2の被告に対する委託に基づいて行われていたものと理解され、被告に対する利用許諾を観念することはできない。 (2)許諾範囲の逸脱 P2の生前において、被告によるYG性格検査に関する事業の遂行には、P2及び原告が関与することが前提になっていた。また、本件自筆証書遺言7条のとおり、P2は、自己の死亡後においては、YG性格検査の改良等に原告が携わることを前提としていた。そうすると、仮に、P2が被告に対し昭和41年用紙の利用を許諾していたとしても、その許諾は無期限かつ無制限のものではあり得ず、P2の死亡後は、原告の監修の下に被告によるYG性格検査に関する事業が継続され、検査用紙の改良には原告の同意を得ることを要する。 また、P2は、上記のとおり被告の名目的監査役として報酬を受領していたが、これには、YG性格検査に係る事業を被告が遂行することに対する対価が含まれる。 そうすると、仮に、P2が被告に対し昭和41年用紙の利用を許諾していたとしても、本件著作権の利用につき何らかの対価が支払われることを要する。 ところが、原告は、被告代表取締役辞任後、被告によるYG性格検査に関する事業に関与することができず、また、被告から役員報酬その他使用料と目し得る金員の支払を受けていない。 したがって、仮に、P2が被告に対し昭和41年用紙の利用を許諾していたとしても、原告が被告の役員を退任した以降の被告各用紙の発行等は、上記利用許諾の範囲を逸脱するものである。 3 争点3(被告各用紙の発行等に係る原告及び本件各相続人の被告に対する許諾の有無等) (被告の主張) 原告及び本件各相続人は、P2の死亡から本件訴訟の提起までの間、被告による被告各用紙の発行等について、反対の意思を表明したことも、対価を求めたこともなかった。また、後にその合意は無効とされたものの、原告及び本件各相続人は、P2の遺産に係る遺産分割合意に際し、昭和41年用紙に係る権利としては印税に関するものしか分割対象と考えておらず、本件著作権はその対象と考えていなかった。これは、被告が無償で利用できるため財産的価値がないと評価していたことを示す。 これらの事情に鑑みると、被告による被告各用紙の発行等については、P2の死亡後、原告及び本件各相続人から被告に対し黙示の利用許諾があったといえる。 (原告の主張) (1)利用許諾の不存在 被告が、本件各相続人から、被告各用紙の発行等につき黙示の利用許諾を得ていたことは認める。 しかし、原告は、被告に対し、被告各用紙の発行等について許諾していない。原告は、自身が被告の代表者の立場にあったことから、被告による被告各用紙の発行等について被告に権利行使するのを事実上差し控えていたにすぎない。したがって、被告による被告各用紙の発行等は、原告の利用許諾に基づくものではなく、原告の委託に基づいて行われたものである。 (2)許諾範囲の逸脱 仮に、被告による被告各用紙の発行等が原告の許諾に基づくものとしても、その許諾は無期限かつ無制限のものではあり得ず、原告の監修の下に被告によるYG性格検査に関する事業が継続され、検査用紙の改良には原告の同意を得ることを要する。また、原告は、被告代表取締役在任中、継続して一定の役員報酬を得ていたが、これには、YG性格検査に係る事業を被告が遂行することに対する対価が含まれる。そうすると、仮に、原告が被告に対し被告各用紙の発行等を許諾していたとしても、本件著作権の利用につき何らかの対価が支払われることを要する。 ところが、原告は、被告代表取締役辞任後、被告によるYG性格検査に関する事業に関与することができず、また、被告から役員報酬その他使用料と目し得る金員の支払を受けていない。 したがって、仮に、原告が被告に対し被告各用紙の発行等を許諾していたとしても、原告が被告の役員を退任した以降の被告各用紙の発行等は、上記利用許諾の範囲を逸脱するものである。 4 争点4(原告の各請求に係る権利濫用の成否) (被告の主張) 原告は、被告代表取締役として、本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙を被告各用紙の形式で発行、販売及び頒布する旨の方針を決定した。また、原告は、被告代表取締役として、被告設立の日である平成元年12月7日から原告が被告代表取締役を辞任した平成28年11月30日までの間、昭和41年用紙の複製物である本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙の発行等を行っていた。しかも、原告は、このうち、平成21年改訂の本件回答方法説明用紙において、従前の「発行所日本心理テスト研究所株式会社」との表記を「著作・製作・発行所日本心理テスト研究所株式会社」との表記に改め、その後もこの表記を継続させていた。 加えて、原告は、被告代表者として、別訴において本件著作権が被告に帰属していると主張し、また、平成14年及び平成16年、被告の代表者として、昭和41年用紙を複製ないし翻案して製作したYG性格検査の検査用紙等について、著作物の第一発行年月日の登録手続を行った。 このように、原告は、被告設立当初から代表取締役辞任までの長期間にわたって、本件著作権が被告に帰属していることを前提とした数々の行動を取っていたにもかかわらず、本件において本件著作権が原告に帰属していることを前提とした請求をすることは、権利濫用である。 (原告の主張) 原告は、別訴判決の確定までは、本件著作権が被告又はその代表者である原告に帰属していると認識していたため、これを前提とした行動を取っていた。しかし、別訴判決の確定後はこれに従い、本件著作権がP2から原告及び本件各相続人に相続されたことを前提とした主張をするなどの行動を取っている。 別訴判決の確定後も被告が被告各用紙の発行等を継続していることについては、原告は、被告の代表者であった際には被告に対する権利行使を差し控えていたにすぎない。 したがって、原告が、本件において本件著作権が原告に帰属していることを前提とした請求をすることは、権利濫用ではない。 5 争点5(原告の損害額) (原告の主張) (1)逸失利益 ア 著作権法114条2項による算定(主位的主張) 被告は、本件訴訟提起の直近3年間に、被告各用紙の頒布等により、少なくとも1億4400万円の利益を得た。本件著作権における原告の持分は6分の1であるから、原告の被った損害額は、少なくとも2400万円である。 イ 同条3項による算定(予備的主張) 被告は、上記のとおり、本件訴訟提起の直近3年間に、少なくとも1億4400万円の利益を得た。他方、平成12年に締結されたP2と竹井機器工業株式会社(以下「竹井機器工業」という。)との間の出版販売契約(以下「本件出版販売契約」という。)においては、YG性格検査の検査用紙の「発行部数に応じ一部につき定価の17%に相当する金額」をもってYG性格検査用紙の印税と定められていることに鑑みると、本件における使用料率は17%を下らない。 以上の事情に加え、本件著作権における原告の持分が6分の1であることを踏まえると、本件における使用料相当額は、少なくとも408万円である。 (2)弁護士費用 被告の本件著作権侵害行為と相当因果関係に立つ弁護士費用相当損害額は、240万円(著作権法114条2項による算定の場合)又は40万8000円(同条3項による算定の場合)を下らない。 (被告の主張) (1)否認ないし争う。 (2)逸失利益 ア 著作権法114条2項による算定 原告は、本件回答方法説明用紙や本件判定用紙等の頒布等を行っていない。そうである以上、被告の行為により、原告には損害が発生していない。 イ 同条3項による算定 本件出版販売契約の対象となったYG性格検査の検査用紙は、本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙とは異なる。また、本件出版販売契約の税額をもって直ちに 「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」ということはできない。したがって、本件出版販売契約における使用料率(17%)は、本件における使用料率を定めるに当たって考慮すべきではない (3)弁護士費用 原告は、弁護士に委任しなくても、本件訴訟を提起し、追行することは可能であった。したがって、仮に、被告による本件著作権侵害行為があったとしても、弁護士費用相当損害額との間に相当因果関係はない。 第4 当裁判所の判断 1 事実関係 前記前提事実のほか、証拠(甲1、5〜8、乙5、7〜10)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実関係が認められる。 (1)昭和41年用紙(甲1)は、質問文、回答表、粗点集計欄、プロフィール表、プロフィール判定基準等から構成され、質問文の配列及びプロフィール表の構成が創作的部分であるところ、質問紙法性格検査であるYG性格検査の検査用紙として、その実施に際して用いられるものである。昭和41年用紙は、P2が創作したものであり、同人が著作権者であった。 (2)P2は、昭和50年9月頃、昭和41年用紙を始めとするYG性格検査の検査用紙等の製作及び販売等並びにYG性格検査の検査用紙等の利用に関するコンサルタント業務を目的として、日本心理テスト研究所の名称で個人事業を開始した。原告は、この頃からP2と共にこの事業に携わった。 また、P2は、原告に対し、遅くとも昭和63年9月頃までには、日本心理テスト研究所の事業を承継させたが、その後も、原告に対し、YG性格検査の検査用紙の改訂等について助言等を行うなどしていた。 被告は、P2及び原告が日本心理テスト研究所の事業を法人化させて、平成元年12月7日に設立されたものである。その設立に際し、原告は代表取締役に、P2は監査役に、それぞれ就任した。P2は、平成13年9月18日に死亡するまで被告監査役の地位にあり、監査役報酬の名目で月額10万円の支払を被告から受けていたが、YG性格検査の検査用紙の改訂等について助言等を行うなどするとともに、後記(5)のとおり、YG性格検査用紙の著作権者の代表として竹井機器工業と本件出版販売契約を締結し、被告にコンサルタント料名目での収益を得させてもいた。 (3)本件回答方法説明用紙の発行等 ア 被告は、法人化される前の昭和61年頃から現在に至るまで、質問文の配列を採用するという形で昭和41年用紙を複製してコンピュータ判定専用である本件回答方法説明用紙を製作し、品名のみでなく、内容も、P2の生前はその助言に従うなどして変更させながら、以下のとおり、その発行、販売及び頒布を継続している。
(4)本件判定用紙の発行等 ア 被告は、法人化される前の昭和61年頃から現在に至るまで、プロフィール表の構成を採用するという形で昭和41年用紙を複製してコンピュータ判定専用の本件判定用紙を製作し、品名のみでなく、内容も、P2の生前はその助言に従うなどして内容を変更させながら、以下のとおり、その発行、販売及び頒布を継続している。
(5)P2は、他の著作権者3名を代表して、平成12年1月1日、竹井機器工業との間で、P2ら4名が竹井機器工業に対し昭和41年用紙の複製物である「YG性格検査用紙(一般用、高校用、中学校用、小学2年〜6年用)」(以下「本件竹井用紙」という。)を複製して発売頒布することを許諾することを内容とする本件出版販売契約を締結した。当該契約の内容には、以下の事項が含まれる(なお、「甲」は著作権者を、「乙」は竹井機器工業を指す。)。 ・本著作物の出版権の利用期間は、平成12年1月1日より10年間とし、双方から異議のないときは、更に同期間延長する。(3条) ・乙は本著作物の印税として、発行部数に応じ一部につき定価の17%に相当する金額を甲に…支払う。但し、乙より甲又は甲の指定した(日本心理テスト研究所株式会社)に販売した部分に関しては印税は支払わない。(4条1項) ・乙は本検査の普及に関するコンサルタント料として日本心理テスト研究所株式会社に発行部数に定価を乗じたる金額の8%を支払うものとする。(4条2項) ・甲はこの契約期間の存在する間は、本著作物と同一内容または著しく類似の著作物を自ら発行し、または他人をして発行せしめることが出来ない。但し、本検査の普及に関するコンサルタント活動に必要な部数について乙は、甲又は甲の指定した者(日本心理テスト研究所株式会社)に販売する。(5条) ・「甲が死亡した場合、本著作物の著作権及びこの契約上甲が有する地位は、甲の指定した者又は甲の相続人に移転することを乙は認証する。」(8条) (6)本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言の内容 本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言の内容は、別紙「本件遺言条項対照表」に各記載のとおりである。 (7)P2死亡後の原告及び本件各相続人の行動 ア P3は、P2の死亡後、被告による別訴対象用紙の発行等について、本件著作権を侵害する行為であるとして別訴を提起した。他方で、P3が、P2の死亡後、被告による本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙の発行等について、被告に対し、その対価として使用料を請求したことや、本件著作権の侵害であるとの主張をしたことはない。 イ P4は、平成19年3月11日まで被告取締役であったところ、その退任後、被告による本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙の発行等について、被告に対し、その対価として使用料を請求したことや、本件著作権の侵害であるとの主張をしたことはない。 ウ 原告は、平成28年11月30日まで被告代表取締役であったところ、その在任中、別訴判決確定後も、被告による本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙の発行等について、本件各相続人から許諾を得ようとしたことはなかった。 2 争点1(本件著作権の帰属)について (1)前記のとおり、原告は、P2の法定相続人であり(前記2の2(4))、P2の有していた本件著作権をその法定相続分に応じて相続したこととなる。そうすると、原告は、本件著作権につき6分の1の割合で共有持分を有することになる。 (2)被告の主張について ア これに対し、被告は、P2は、により、本件著作権につき、その全部又はP3及び被告に対し各2分の1を遺贈したことから、原告は本件著作権を有しない旨を主張する。 イ 前記認定のとおり、本件公正証書遺言において、P2は、「その所有するYG性格検査の出版による印税」、「YG性格検査に関連する著作物(手引き、テープ等)に関する財産権」及びYG性格検査「以外の心理テストに関する著作権」を明確に区別して取り扱っている。また、これに加え、その8条では「著作物(手引き、テープ等)に関する財産権は日本心理テスト研究所株式会社の所有に属する」とし、9条では「前条以外の心理テストに関する著作権は、日本心理テスト研究所株式会社に属している」とするところ、各表現自体及び相互の差異に着目すると、8条では有体物である「YG性格検査に関連する著作物(手引き、テープ等)」の所有権の帰属を確認しているのに対し、9条では知的財産権である「前条以外の心理テストに関する著作権」の帰属を確認しているものと理解するのが最も合理的である。9条をこのように理解すると、「前条」「の心理テスト」であるYG性格検査に関する著作権は被告に現に帰属していないとするP2の認識がうかがわれる。その上で、本件公正証書遺言においては、本件著作権を含むYG性格検査方法に関する著作権(著作財産権)それ自体の帰属ないし相続に関する明示的な言及はない。 さらに、本件自筆証書遺言において、P2は、「YG性格検査の出版による印税」の相続について本件公正証書遺言の内容を改めるとともに、当該検査に関する著作者人格権と関連付けて、原告により当該検査が改良されることへの希望を表現している。他方、本件自筆証書遺言においても、本件著作権を含むYG性格検査方法に関する著作権(著作財産権)それ自体の帰属ないし相続に関する明示的な言及はない。 さらに、P2の生前におけるYG性格検査に係る事業の状況を見ると、本件出版販売契約の締結に表れているように、昭和41年用紙を含むYG性格検査方法に係る著作物については、P2に著作権が帰属していることを前提にしつつ、被告がその発行等に当たっていたことが認められる。また、被告の事業遂行に当たっては、著作権者からの利用許諾その他の法律関係に基づき、上記著作物の使用権限が認められれば十分であって、著作権それ自体を被告が得ることが不可欠とまではいえない。 これらの事情に鑑みると、本件公正証書遺言7条及びこれを改定した本件自筆証書遺言7条は、金銭債権であるYG性格検査の出版による印税債権の相続に関して定めたもの、本件公正証書遺言8条は、有体物である「YG性格検査に関連する著作物」の所有権の帰属を確認したものであり、いずれも、本件著作権を含むYG性格検査方法に関する著作権について定めたものではないと理解される。 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。 3 争点2(昭和41年用紙の利用に係るP2の被告に対する許諾の有無等)について (1)前提事実及び前記1の認定事実によれば、被告は、YG性格検査に係る事業を行っていたP2及び原告の事業を法人化して設立されたものであり、YG性格検査の検査用紙を製作及び販売等並びにその利用に関するコンサルタント業務に関する事業を行っている(前記1(2))。昭和41年用紙は、質問紙法性格検査であるYG性格検査に使用される検査用紙であり(前記1(1))、YG性格検査を実施する上では不可欠なものである。このため、昭和41年用紙は、被告にとって、その設立当初から、上記事業を遂行する上で自由に使用し得る必要があったものといえる。 他方、P2は、被告に対し、竹井機器工業との本件出版販売契約に見られるように被告の事業収益の増加を図るとともに、YG性格検査の検査用紙の改訂等に当たり助言等を行うなどし、被告設立当初より監査役報酬の名目でその対価を得ていた(前記1(2)、(5))。他方、P2が、その生前に、被告による本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙の発行等について、否定的な態度を示したり、著作権使用料を請求したりするなどの行動を取ったことをうかがわせる証拠はない。こうしたことから、P2は、自らYG性格検査に係る事業を中心的に行っていた時期はもちろん、原告ひいては被告への事業承継をした後も、被告の事業のために活動し、それによって利益を得ていたものといえる。また、本件自筆証書遺言7条のなお書きからは、当時被告代表者であった原告に託す形で、YG性格検査の一層の発展及び普及を願っていたこともうかがわれる(前記1(6))。これらの事情を踏まえると、P2にとっても、その生前か死後かを問わず、被告の上記事業遂行に当たり、昭和41年用紙が広く有効に利用されることを期待していたものと推察される。 これらの事情に鑑みれば、P2は、被告が法人化される前後を通じて、その事業遂行に当たり、被告が昭和41年用紙を複製し、本件回答方法説明用紙及び本件判定用紙を発行、販売及び頒布すること(前記1(3)、(4))を許諾していたと合理的に推認される。また、当該利用許諾は、P2の生前に使用料ないしその相当額が支払われたことをうかがわせる事情は見当たらないことに鑑みると、無償であったものと認められる(P2に対する監査役報酬名目での金員支払の趣旨については、後記のとおり。)。このように理解することは、P2の死後における原告及び本件各相続人の行動(前記1(7)。なお、ここで言及されていない相続人であるP5は、被告代表者である。)、とりわけ、別訴対象用紙の発行等については別訴を提起しながら、本件回答説明用紙及び本件判定用紙の発行等については異議を述べていないP3の行動とも整合的といえる。 以上より、P2は、被告に対し、被告設立当初の時点で、被告がYG性格検査に関する事業を行うために昭和41年用紙を利用する必要がある期間及びそのような利用といえる範囲において、その無償での利用を許諾していたと認められる(以下「本件利用許諾契約」という。)。 なお、上記のように理解することは、本件竹井用紙と「同一内容または著しく類似の著作物を…他人をして発行せしめることが出来ない」とする本件出版販売契約の内容と、一見抵触するとも思われる。しかし、被告が当該契約の当事者ではないことは措くとしても、当該契約においても、被告がYG性格検査に係る事業を展開すること自体は前提とされていることがうかがわれる(4条1項、5条)。そうである以上、本件利用許諾契約が成立していたとしても、新たに締結された本件出版販売契約とは必ずしも抵触しない。 (2)原告の主張について ア これに対し、原告は、被告によるYG性格検査の検査用紙の発行等は、P2の被告に対する利用許諾に基づくものではなく、P2からの委託に基づくものであり、また、仮に、上記利用許諾があったとしても、その許諾は原告が検査用紙の改良等に携わること及び原告に対し何らかの対価が支払われることを前提としており、原告が被告の役員を退任した以降の被告各用紙の発行等は、その利用許諾の範囲を逸脱するものであると主張する。 イ しかし、前記認定のとおり、P2は、昭和63年9月頃までに個人事業である日本心理テスト研究所の事業を原告に承継させ、当該事業を法人化させた被告設立に際しても、その代表者とはならず監査役に就任したにとどまる(前記1(2))。しかも、P2に対する監査役報酬は月額10万円にとどまる。また、原告の主張を前提としても、原告への事業承継後(被告設立後も含む。)は、P2はYG性格検査の項目及び質問方法等につき助言や監修を施すといった関与をしていたにすぎない。そのほか、P2が、YG性格検査に係る事業の遂行において自ら中心的な役割を果たしていたことをうかがわせる具体的な事情はない。 こうした事情に鑑みると、被告によるYG性格検査に係る事業は、P2による委託に基づくものではなく、被告自身の事業として遂行されたものと認められる。この点に関する原告の主張は採用できない。 ウ また、P2の生前に、被告の事業遂行に当たりP2による助言等がされていたとしても、その事実のみをもって直ちに、P2の被告に対する利用許諾において、被告による本件著作権に係る著作物の利用がP2の同意その他の関与を要すること とされていたことを意味するものとはいえない。被告からP2に対する監査役報酬名目での支払金額は月10万円という定額であり、検査用紙についての助言や監修その他被告の事業に対する具体的な関与の程度や、被告による本件著作権に係る著作物の利用数量等に応じて変動するものではなく、しかもその額自体も必ずしも高額というほどではない。これらのことに鑑みると、被告の事業遂行に当たり、P2による同意その他の関与が必須とされていたとは考え難い。同様の理由から、監査役報酬名目での支払も、むしろ、事業創始者に対する顧問料ないし生活費用保障的な意味合いをもった支払であったと見るのが相当である。 前記のとおり、本件自筆証書遺言の記載から、P2は、被告代表者である原告に託す形で、YG性格検査の一層の発展及び普及を願っていたことがうかがわれるところ、この点も、個人事業であった当時から原告が事業に関与していたという経緯とともに、本件自筆証書遺言当時の被告の代表者が原告であったことも背景にあったものと推察される。そうすると、上記記載は、被告の事業遂行に原告が関与することがなくなった場合には、被告による事業遂行自体を認めない、すなわち、死亡その他の理由により原告が被告の経営から外れた場合に、被告のYG性格検査に係る事業が継続しているにもかかわらず、本件著作権に係る利用許諾の効力が失われるとするP2の意思をうかがわせるものとは必ずしもいえない。 エ 以上より、この点に関する原告の主張は採用できない。 (3)証拠(甲3、4)及び弁論の全趣旨によれば、被告による被告各用紙の発行等(前記1(3)、(4))は、被告のYG性格検査に係る事業の遂行の一環として行われたものと認められる。そうである以上、被告の上記各行為は、P2ひいてはその相続人である原告及び本件各相続人の本件著作権に係る利用許諾の範囲内で行われたものということができるから、本件著作権を侵害するものとはいえない。 したがって、原告は、本件著作権(複製権、譲渡権)に係る共有持分の侵害に基づく被告各用紙の発行等差止及び廃棄請求権並びに不法行為に基づく損害賠償請求権をいずれも有しない。 第5 結論 よって、原告の各請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第26民事部 裁判長裁判官 杉浦正樹 裁判官 野上誠一 裁判官 大門宏一郎 (別紙)商品目録 1 品名 YGPI回答用紙の書き方 著作・製作・発行所 日本心理テスト研究所株式会社 2 品名YGPI個人判定表 著作・製作・発行所 日本心理テスト研究所株式会社 以上 (別紙)本件遺言条項対照表
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