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【事件名】中学入試問題「解答と解説」事件(2)
【年月日】令和元年11月25日
 知財高裁 令和元年(ネ)第10043号 著作権に基づく差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成30年(ワ)第16791号)
 (口頭弁論終結日 令和元年10月2日)

判決
控訴人 株式会社日本入試センター
同訴訟代理人弁護士 中森峻治
同 西田育代司
同 今村昭文
同 牧山美香
被控訴人 株式会社受験ドクター
同訴訟代理人弁護士 大熊裕司
同 島川知子


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙1−1ないし1−4記載の著作物を解説する原判決別紙2記載のライブ映像をウェブ上に流すこと及び将来同種のライブ映像をウェブ上に流す行為をしてはならない。
3 被控訴人は、控訴人に対し、1500万円及びこれに対する平成30年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等(略称は原判決のそれに従う。)
1 本件は、学習塾等の運営に当たって原判決別紙1−1及び1−2の各問題(本件問題)並びに同別紙1−3及び1−4の「解答と解説」と題する各解説(本件解説)を作成した控訴人が、控訴人とは別個に本件問題についての解説(被告ライブ解説)をインターネット上で動画配信した被控訴人に対し、@被控訴人が被告ライブ解説に際して本件問題及び本件解説を複製して利用することによって控訴人の複製権を侵害した旨主張し、また、A被告ライブ解説は本件問題及び本件解説の翻案であるから翻案権の侵害に当たる旨主張して、被告に対し、著作権法112条1項に基づき、上記動画等の配信の差止め及びその予防を求めるとともに、同法114条2項に基づき、損害賠償の一部請求として1500万円及びこれに対する不法行為の日以後である平成30年6月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原審は、控訴人の請求をいずれも棄却する原判決をした。控訴人がこれを不服として控訴した。
2 前提事実及び争点は、原判決「事実及び理由」「第2事案の概要」「2前提事実」(原判決2頁14行目から3頁5行目まで)及び「3争点」(原判決3頁6行目から9行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 当事者の主張は、当審における控訴人の補充主張を次項のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」「第3当事者の主張」(原判決3頁10行目から10頁6行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
4 控訴人の補充主張
(1)「本質的な特徴の同一性の維持」の意義
ア 被告ライブ解説は、これに接する者に、控訴人著作物の表現上の本質的特徴を直接感得させるものである。ちなみに、直接感得させるか否かについては、被告ライブ解説に接する生徒たちがテストを受けてきたばかりであって問題文の記憶が鮮明に残っていること、生徒たちが本件問題及び本件解説を手元に置いて参照しながら視聴していることをも総合的に考察すべきであって、単に被告ライブ解説を形式的に見る・聞くのみで判断すべきではない。
イ ところで、原判決は、被告ライブ解説が本件問題を画面上に表示したり、口頭でその全部又は一部を読み上げたりしていないとして翻案該当性を否定する。しかし、翻案の典型的なケースは、小説という非演劇的著作物を脚本という演劇的著作物に変更する場合や文芸作品の映画化の場合であるが、いずれにおいても、小説又は文芸作品そのものが脚本又は映画に表示されているわけではない。
ウ 「著作物の本質的特徴」は、思想又は感情そのものに存在することはないが、内容・内面的形式・外面的形式三分論にいう内面的形式のみならず、外面的形式の中に存在することもあり得る。具体的に何をもって「表現上の本質的特徴」ととらえるかが重要であるが、著作物の種類や特性に応じて事案ごとに著作物として保護を受けるべき創作性や表現の特徴を判断すべきなのである。
(2)本件事案での「表現上の本質的特徴」
 本件解説及び被告ライブ解説とは、同一の試験問題である本件問題を前提としてその解答・解説を行うものであるから、本件問題の存在を考慮しないで、すなわち、本件解説及び被告ライブ解説を本件問題から切り離して各々一人歩きさせ、翻案該当性(表現上の本質的特徴の同一性)を個別に論ずることは誤りである。
(3)本件事案における具体的な「表現上の本質的特徴」
ア 本件問題は編集著作物であり、その要件である題材となる作品の選択、題材とされる文章のうち設問に取り上げる文又は箇所の選択、設問の内容、設問の配列・順序について作問者の個性があり、本件解説も同様に、受験者に理解しやすいように表現や説明の流れが工夫されるなどの作問者の工夫が見られるのであるから、その要件に該当するような部分があれば、被告ライブ解説との間に「表現上の本質的特徴」が認められるべきである。
 また、文章の読解問題なのであるから、本件問題において引用されている第三者の著作物である文章全体を読み込んで問題を解答することが要求されている。そうすると、本件解説が摘示する引用文のみならず、引用文の流れや本件解説が摘示せずに作問者の表現として要約した内容も含めて、「表現上の本質的特徴」を判断すべきである。
イ 原判決は、被告ライブ解説の口頭での個々の言葉と、本件解説記載の文言との間にほとんど共通性がないことをもって本件解説の本質的特徴の同一性を維持していないと判示する。
 しかし、控訴人は、被告ライブ解説が本件解説の複製であると主張しているわけではなく、翻案を主張している(被告ライブ解説の創作性は認めている。)のであるから、一言一句同じであることや、その表現の大半が共通であることを要求されるものではない。文章の比較対照表のみを判断の材料にするのは余りに皮相的な方法であり、本件における翻案の本質を把握した判断方法ではない。本件解説の前提となっている本件問題における読解対象文章及び設問・選択肢の文章を本件解説と一体として把握し、被告ライブ解説と比較して「本質的同一性」の有無を判断すべきである。
 そうすると、両者は、読解対象文章及び設問・選択肢の文章を前提としているということでは全く共通なのであり、被告ライブ解説は、本件問題及び本件解説と本質的特徴に同一性がある。
 換言すれば、本件解説及び被告ライブ解説は、同一の問題をそれぞれ解説しているのであり、被告ライブ解説は、本件問題によるテストを受けたばかりの生徒達に対し、本件解説を、本件解説と異なった表現で平易に置き換えているものである。同じ問題を解説するのであるから、全く同じ解説になっても生徒達は興味を持たないことになり無意味であり、同じ部分を省いたりして同じ説明となることを避けながら、同一の問題を本件解説と同じ解答になるように説明しているのである。
(4)被告ライブ解説において本件問題及び本件解説の表現上の本質的特徴が維持されていること
ア 被告ライブ解説のうち、本件問題の読解対象文章の全般的な捉え方に関する部分は、本件問題である読解対象文章を要約したものであって、本件問題を引用しているに等しい。したがって、被告ライブ解説は、本件問題(読解対象文章)を簡潔に要約した表現であって、本質的特徴が同一である。
イ 被告ライブ解説のうち、本件問題の設問・選択肢に対する回答に関する部分は、本件問題及び本件解説と同一又は実質的に同一の表現を用いて同一の内容を述べているものであるから、被告ライブ解説の表現は、本件問題及び本件解説の表現と本質的特徴が同一である。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人の請求は棄却されるべきものであると判断する。その理由は、控訴人の補充主張に対する判断を次項以下に付加するほかは、原判決「事実及び理由」「第4当裁判所の判断」(原判決10頁7行目から13頁15行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、引用に当たり、原判決12頁22行目、同23行目、13頁3行目、同9行目及び12行目の各「本質的」の前にいずれも「表現上の」を加える。
2 控訴人の補充主張(上記第2の4)に対する判断
(1)被控訴人は、本件問題又は本件解説の複製を行っているかについて
 この点に関しては、原判決(原判決11頁21行目から同12頁10行目)に指摘されているとおり、被控訴人が、本件問題又は本件解説の複製を行っているとは認められない。
 控訴人は、被告ライブ解説に接する生徒たちがテストを受けてきたばかりであって問題文の記憶が鮮明に残っていること、生徒たちが本件問題及び本件解説を手元に置いて参照しながら視聴していることをも総合的に考察すべきである旨主張するが、被控訴人の手によって有形的な再製が行われていない以上、「複製」が行われたと認めることはできない。
(2)被告ライブ解説は本件問題の翻案に当たるかについて
ア 最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決(同平成11年(受)第922号、民集55巻4号837頁)は、言語の著作物に関してであるが、著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為であるとしている。そして、翻案の意義は、本件問題のような編集著作物についても同様であると解されるから、編集著作物の翻案が行われたといえるためには、素材の選択又は配列に含まれた既存の編集著作物の本質的特徴を直接感得することができるような別の著作物が創作されたといえる必要があるものと考えられる。
イ これを本件について検討してみるに、本件問題は、控訴人自身も主張するとおり、題材となる作品の選択や、題材とされる文章のうち設問に取り上げる文又は箇所の選択、設問の内容、設問の配列・順序に作者の個性が現れた編集著作物であり、ここでは、このような素材の選択及び配列等に、その本質的特徴が現れているということができる。これに対し、被告ライブ解説は、作成された問題(すなわち、素材の選択及び配列等)を所与のものとして、これに対する解説、すなわち、問いかけられた問題に対する回答者の思考過程や思想内容を表現する言語の著作物であって、このような思考過程や思想内容の表現にその本質的特徴が現れているものである。このように、編集著作物である本件問題と、言語の著作物である被告ライブ解説とでは、その本質的特徴を異にするといわざるを得ないのであるから、仮に、被告ライブ解説が、本件問題が取り上げた文を対象とし、本件問題が提起したのと同一の問題を、その配列・順序に従って解説しているものであるとしても、それは、あくまでも問題の解説をしているのであって、問題を再現ないし変形しているのではなく、したがって、本件問題の翻案には当たらないものといわざるを得ない。
 この点について、控訴人は、本件問題と被告ライブ解説とはその本質的特徴を同一にするとして種々主張しているけれども、上記に指摘した点に照らし、採用することはできない。
(3)被告ライブ解説は本件解説の翻案に当たるかについて
 控訴人は、本件解説と被告ライブ解説とは、本件問題の読解対象文章及び設問・選択肢の文章を前提としているということでは全く共通であるから、個々の文言にほとんど共通性がないからといって、表現の本質的特徴に同一性がないということにはならない旨主張する。しかしながら、読解対象文章及び設問・選択肢の文章を前提としていること自体からは、表現にわたらない内容の同一性がもたらされるにすぎないから、表現の本質的特徴の同一性の有無は、別途、文言等の共通性等を通じて判断されるべきものである。したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
 また、控訴人は、本件ライブ解説の個々の箇所について、本件解説との間で表現上の本質的特徴の同一性を有する旨主張する。しかしながら、本件解説と被告ライブ解説とがいずれも本件問題に対する解説であることに由来して内容の類似性・同一性はみられ、被告ライブ解説は、その内容については部分的に本件解説と本質的特徴を同一にするといえるものの、その表現については、控訴人の主張を踏まえて検討しても、本件解説と本質的特徴を同一にするとは認められない。したがって、控訴人の主張は採用することができない。
3 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 鶴岡稔彦
 裁判官 上田卓哉
 裁判官 高橋彩
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