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【事件名】“金魚電話ボックス”事件
【年月日】令和元年7月11日
 奈良地裁 平成30年(ワ)466号 著作権に基づく差止等請求事件

判決


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙被告作品目録記載の美術作品を制作してはならない。
2 被告組合は、前項記載の美術作品を構成する公衆電話ボックス様の造作水槽及び公衆電話機を廃棄せよ。
3 被告らは、原告に対し、連帯して330万円及び平成26年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告組合及び「A」代表者である被告Bが制作し、又は展示した別紙被告作品目録記載の美術作品(以下「被告作品」という。)について、被告作品は別紙原告作品目録記載の美術作品(以下「原告作品」という。)を複製したものであって、原告の複製権、同一性保持権及び氏名表示権を侵害している旨主張して、(1)被告組合及び被告Bに対し、著作権法114条1項に基づき、被告作品の制作の差止めを求めるとともに、(2)被告組合に対し、同条2項に基づき、被告作品を構成する水槽及び公衆電話機の廃棄を求め、また、(3)被告組合及び被告Bに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として330万円(同条3項による使用料相当額100万円、同一性保持権及び氏名表示権の各侵害による慰謝料100万円ずつと弁護士費用30万円との合計)及びこれに対する被告作品の設置日である平成26年2月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)原告作品
ア 原告は、遅くとも平成12年12月頃までに、原告作品を制作した。
イ 原告作品は、垂直方向に長い直方体で、側面の4面がガラス張りである、我が国で見られる一般的な公衆電話ボックスを模した形状の造作物内部に水を満たし、その中に金魚を泳がせているものであり、同造作物の屋根部分は黄緑色様である。同造作物内部の一角には、二段の正方形の棚板を設置し、上段に黄緑色様の公衆電話機が据え置かれている。上記公衆電話機の受話器は、受話器を掛けるハンガー部分から外されて本体上部に浮いた状態で固定され、同受話器の受話部から気泡を発生させている。
(2)被告作品
ア 被告組合は、奈良県大和郡山市柳1丁目ないし4丁目内の個人及び中小企業を組合員とする協同組合である。
 被告Bは、大和郡山の地域活性化を目的とする団体「A」の代表者である。
イ 平成23年10月、京都造形芸術大学の学生らによる団体である「金魚部」は、被告作品を制作し、「テレ金」と名付けて展示を行い、平成25年10月、大和郡山の地元有志による「金魚の会」が被告作品を「金魚部」から承継し、「金魚電話」と題して展示を行った。
 その後、被告Bが「金魚の会」から被告作品を承継し、平成26年2月22日頃、奈良県大和郡山市内に被告作品を設置した。そして、被告作品の管理主体は、その後、被告組合に移転した。
ウ 被告作品は、実際に使用されていた公衆電話ボックスの部材を利用した、公衆電話ボックス様の造作物内部に水を満たし、その中に金魚を泳がせているものであり、同造作物の屋根部分は赤色である。同造作物内部の一角には、二段の棚板を設置し、上段に灰色の公衆電話が据え置かれている。上記公衆電話機の受話器は受話器を掛けるハンガー部分から外されて本体上部に浮いた状態で固定され、同受話器の受話部から気泡を発生させている。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1)原告作品の著作物性(争点1)
ア 原告の主張
(ア)原告作品は、公衆電話ボックス様の造作水槽内に金魚を泳がせ、受話器部分から気泡を発生させている公衆電話機が同造作水槽内に設置された作品であるところ、街中に存在する公衆電話ボックス様の造形を水槽に仕立て、公衆電話機も設置された状態で、金魚を泳がせるという斬新な選択によって、一般人にも興味を引く表現となっている。
(イ)受話器から気泡を生じさせる表現は、まさに原告の個性の表れであり、水槽内に空気を送り込むために必然的に生じるアイディアではない。水槽内に空気を送り込むためには、ろ過装置やエアストーンを別途水槽底部に設置して空気を送り込むことが機能上最適であるし、他の類似作品については、受話器から空気は出ていない。このように、原告作品は相当の工夫が施され、原告の個性が発揮されているものであり、原告の思想又は感情が創作的に表現されたものであるから、著作物性が認められることに疑いの余地はない。
(ウ)被告らの後記イの主張は、表現物をアイディアと言い換えたにすぎない。
(エ)被告らが指摘する作品の多くは、既存の水槽を水槽以外の物品に組み込んだものにすぎず、そもそも原告作品と類似する表現ではないし、それ以外のものも、原告作品及び被告作品の影響を受けて作成された模倣品であるから、原告作品の創作性を否定することにはならない。
イ 被告らの主張
(ア)原告の発想の中核は、公衆電話ボックスに金魚を「入れる」という点に集約される。公衆電話ボックスの形状及び金魚の形状は限定されており、誰が表現しても同様の表現にならざるを得ない以上、この発想自体がアイディアにすぎず、著作権法上の保護の対象となるものではない。
(イ)また、公衆電話ボックスのような水槽以外の用途で制作されたものにつき、あえて金魚を入れて鑑賞に供するという表現は、奈良県大和郡山市においては、公衆電話ボックス以外にも自動販売機や自動改札機等を用いて多数行われており、諸外国においても公衆電話ボックスに金魚を入れて展示する作品は複数あることからすれば、公衆電話ボックスに金魚を入れるという表現は、原告の個性を反映したものともいえない。
(ウ)原告作品が受話器部分から気泡を発生させている点についても、重要な創作性の要素とはならない。金魚を飼育する際に、水中への空気の注入は必須である一方、受話器は通気口によって空気が通る構造をしていることから、公衆電話ボックスに金魚を入れるという選択をした時点で、受話器から気泡が生じるというデザインのアイディアは必然的に生じるものといえるからである。
(2)被告作品による原告作品の著作権侵害の有無(争点2)
ア 原告の主張
(ア)原告作品と被告作品は、@外観上ほぼ同一形状の公衆電話ボックス様の造作水槽内に金魚を泳がせている点、A同造作水槽内に公衆電話機を設置し、公衆電話機の受話器部分から気泡を発生させる仕組みを採用している点において一致しており、同一性が認められる。
(イ)京都造形芸術大学の学生による「金魚部」が、平成23年10月頃、公衆電話ボックスの部材を利用して造作水槽を制作し、同造作水槽内に設置した公衆電話機の受話器部分から気泡を発生させ、金魚を遊泳させる「テレ金」と題する美術作品を発表した際、原告は、上記「テレ金」が原告作品に酷似していたことから、主催団体に抗議していた。被告Bは、金魚部の一連の制作・設置の中心人物であったところ、被告Bは、原告の抗議を認識した上で被告作品を制作しているのであるから、原告作品の利用意思が存在し、依拠性が認められる。
 また、大和郡山の地元有志による「金魚の会」が、平成25年10月頃、「テレ金」と同内容の「金魚電話」と題する美術作品を柳町商店街に展示した際も、原告は主催者に抗議していた。被告組合は、柳町商店街内のイベントについては被告Bに協力していたのであるから、被告組合は原告作品を認識した上で改めて被告作品を制作・設置していたものであり、依拠性が認められる。
(ウ)公衆電話ボックス様の水槽を造作し、水を入れて金魚を泳がせる表現、受話器を浮かばせ、音声を聞く側の穴からのみ気泡を発生させる表現は、通常たどりつくものではなく、被告作品が原告作品を利用せずに作成されたとは考えられないほど、共通・類似の表現であった。
 また、原告は、原告作品を含む「メッセージ」と題する美術作品を多数回にわたり制作・展示し、各種メディアに掲載されてきた。被告作品は「テレ金」を原型としているところ、一般人はもとより、被告作品の原型となった「テレ金」を作成した芸術系大学の学生である「金魚部」、更にはその指導者であった教授にとって、十分アクセス可能性があった。したがって、依拠性が認められる。
イ 被告らの主張
(ア)原告作品と被告作品との同一性については争う。
(イ)被告らにおいて、原告作品を認識したことはないから、依拠性は否定される。
 原告主張の通常の水槽以外の用途のために制作されたものにあえて金魚を入れて鑑賞に供するという表現は、原告でなくとも考案・制作しうるものである。
 原告が原告作品を展示していたのは、東京都、神奈川県、埼玉県及び福島県の範囲内に限られており、これをもって被告らが原告作品を当然に認識していたとはいえない。
 また、原告作品が掲載されている各種メディアは、ほとんどが地域版であり、また掲載時期も平成10年ないし平成13年であるから、被告らが原告作品に接する機会があったとはいえない。
(3)差止めの必要性(争点3)
ア 原告の主張
 被告らが、原告の再三にわたる抗議にもかかわらず被告作品を制作したこと、被告組合が著作権侵害を認めておらず、徹底的に争う姿勢を示していることからすると、再び原告の著作権が侵害されるおそれがあり、差止めの必要性がある。
イ 被告らの主張
 争う。
 被告作品は既に撤去されており、差止めの必要性はない。
(4)損害の有無及び額(争点4)
ア 原告の主張
(ア)使用料相当額
 原告が著作権行使について受けるべき相当な金額(著作権法114条3項)は、100万円を下らない。
(イ)慰謝料
 原告は、被告らの行為により、原告作品に係る同一性保持権及び氏名表示権を侵害され、精神的損害を被った。原告は現代美術作家であり、自らの作品の著作権は活動の根幹を支えるものである上、特に原告作品は原告の代表作品であること、原告が再三抗議したにもかかわらず、被告らがあえて被告作品の制作・設置に及んだこと、被告らの行為によって原告が「ものまね」などと誹謗中傷を受けたこと、原告が被告らの活動にも敬意を表し、発展的解決を提案したにもかかわらず、被告らがこれを拒否したという原告と被告らとの間の交渉の経緯などからすれば、原告が受けた精神的打撃は極めて大きい。これらの事情を加味すると、慰謝料の額は、同一性保持権の侵害及び氏名表示権の侵害それぞれにつき各100万円(合計200万円)を下らない。
(ウ)弁護士費用30万円
イ 被告らの主張
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告作品の著作物性)について
(1)著作権法は、著作権の対象である著作物の定義について「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(同法2条1項1号)と規定しており、作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には、当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方、思想、感情若しくはアイディアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものは、著作物に該当せず、同法による保護の対象とはならないと解される。
 また、アイディアが決まればそれを実現するための方法の選択肢が限られる場合、そのような限られた方法に同法上の保護を与えるとアイディアの独占を招くこととなるから、この点については創作性が認められず、同法上の保護の対象とはならないと解される。
(2)そこで、原告作品の基本的な特徴に着目すると、@公衆電話ボックス様の造形物を水槽に仕立て、その内部に公衆電話機を設置した状態で金魚を泳がせていること、A金魚の生育環境を維持するために、公衆電話機の受話器部分を利用して気泡を出す仕組みであることが特徴として挙げることができる。
 このうち、@については、確かに公衆電話ボックスという日常的なものに、その内部で金魚が泳ぐという非日常的な風景を織り込むという原告の発想自体は斬新で独創的なものではあるが、これ自体はアイディアにほかならず、表現それ自体ではないから、著作権法上保護の対象とはならない。
 また、Aについても、多数の金魚を公衆電話ボックスの大きさ及び形状の造作物内で泳がせるというアイディアを実現するには、水中に空気を注入することが必須となることは明らかであるところ、公衆電話ボックス内に通常存在する物から気泡を発生させようとすれば、もともと穴が開いている受話器から発生させるのが合理的かつ自然な発想である。すなわち、アイディアが決まればそれを実現するための方法の選択肢が限られることとなるから、この点について創作性を認めることはできない。
 そうすると、上記@、Aの特徴について、著作物性を認めることはできないというべきである。
(3)他方、原告作品について、公衆電話ボックス様の造作物の色・形状、内部に設置された公衆電話機の種類・色・配置等の具体的な表現においては、作者独自の思想又は感情が表現されているということができ、創作性を認めることができるから、著作物に当たるものと認めることができる。
2 争点2(被告作品による原告作品の著作権侵害の有無)について
(1)被告作品と原告作品の対比
 被告作品と原告作品を対比すると、次の点を指摘することができる(7、22、25、26、51の1・2)。
ア 公衆電話ボックス様の造作物
 原告作品と被告作品は、いずれも我が国で見られる一般的な公衆電話ボックスを模した、垂直方向に長い直方体で、側面の4面がガラス張りの造作物内部に水を満たし、その中に金魚を泳がせている。
 しかしながら、原告作品は屋根部分が黄緑色様であるのに対し、被告作品は屋根部分が赤色である。また、被告作品は実際に使用されていた公衆電話ボックスの部材を利用しているのに対し、原告作品はこれを使用せず、アルミサッシや鉄枠等を組み合わせて制作されている。
イ 造作物内部に設置された公衆電話機
 原告作品と被告作品は、いずれも上記造作物内部に棚板を二枚設置し、上段に公衆電話機が設置されている。
 しかしながら、原告作品の公衆電話機は黄緑色様であるのに対し、被告作品の公衆電話機は灰色であり、公衆電話機のタイプも異なっている。また、棚板について、原告作品は水色で、形は二段とも正方形であるのに対し、被告作品は銀色で、下段の形は三角形である。
ウ 受話器部分
 原告作品と被告作品は、いずれも受話器がハンガー部分又は本体から外された状態で水中に浮かんでおり、受話器の受話部分から気泡が発生している。
(2)検討
ア 著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであり、既存の著作物に依拠して作成、創作された著作物が、思想、感情若しくはアイディア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、著作物の複製には当たらないものと解される。
イ 前記1で判示したところによれば、原告が同一性を主張する点(前記第2の3(2)ア(ア))は著作権法上の保護の及ばないアイディアに対する主張であるから、原告の同一性に関する上記主張はそもそも理由がない。
 なお、事案に鑑み、具体的表現内容について原告作品と被告作品との間に同一性が認められるか否かについて検討するに、前記で指摘したとおり、原告作品と被告作品は、@造作物内部に二段の棚板が設置され、その上段に公衆電話機が設置されている点、A同受話器が水中に浮かんでいる点は共通している。しかしながら、@については、我が国の公衆電話ボックスでは、上段に公衆電話機、下段に電話帳等を据え置くため、二段の棚板が設置されているのが一般的であり、二段の棚板を設置してその上段に公衆電話機を設置するという表現は、公衆電話ボックス様の造作物を用いるという原告のアイディアに必然的に生じる表現であるから、この点について創作性が認められるものではない。また、Aについては、具体的表現内容は共通しているといえるものの、原告作品と被告作品の具体的表現としての共通点はAの点のみであり、この点を除いては相違しているのであって、被告作品から原告作品を直接感得することはできないから、原告作品と被告作品との同一性を認めることはできない。
(3)したがって、被告作品によって、原告作品の著作権が侵害されたものとは認められない。
3 その他、原告の主張に鑑み、関係証拠を改めて検討しても、上記の認定判断を左右するに足りない。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

奈良地方裁判所民事部
 裁判長裁判官 島岡大雄
 裁判官 井上直樹
 裁判官 上原美也子


別紙は記載を省略
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