判例全文 | ||
【事件名】映画パンフレットのタイプフェイス事件 【年月日】平成31年2月28日 東京地裁 平成29年(ワ)第27741号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 平成30年11月29日) 判決 原告 グランドキャニオンエンタテインメント株式会社 同訴訟代理人弁護士 山口陽一郎 被告株式会社 オンリー・ハーツ 同訴訟代理人弁護士 内藤篤 同 三島可織 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、400万円及びこれに対する平成29年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が、自ら制作した別紙・タイプフェイス目録1及び2記載の各タイプフェイス(以下「本件タイプフェイス」という。)につき著作権を有するところ、被告において配給上映した映画の予告編やパンフレット、ポスター、ポストカード、Tシャツ等に本件タイプフェイスの一部の文字を無断で利用したことが、上記著作権(支分権としては複製権の主張と解される。)の侵害に当たると主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金400万円(966万2000円の一部請求)及びこれに対する不法行為後の平成29年1月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。なお、枝番号の記載を省略したものは、枝番号を含む(以下同様)。) (1)当事者等 ア 原告は、広告制作やグラフィックデザイン等を業務とする株式会社である。 イ 被告は、映画の製作・配給、DVD販売等を主な業務とする株式会社である。被告は、映画「ジギー・スターダスト−Ziggy Stardust And The Spiders From Mars−」(以下「本件映画」という。)を日本国内の各所にて配給上映している。 ウ 訴外A(以下「A」という。)は、本件映画の予告編及び販促物等で本件タイプフェイスを利用したデザインを担当したデザイナーである。 (2)被告による本件タイプフェイスの利用 被告は、昭和48年(1973年)にイギリスで製作されたデヴィッド・ボウイ出演の映画「Ziggy Stardust And The Spiders From Mars」に、新たに歌詞字幕を加えるなどして本件映画を製作し、平成29年1月14日から日本国内の映画館で配給上映をするに至った。その際、少なくとも、本件映画のパンフレット、本件映画の予告編、公式ウェブページ、ポストカード、ポスター、Tシャツにつき、本件映画のタイトルや主演者の名前等において、本件タイプフェイスのうち、別紙・タイプフェイス対比表(以下「対比表」という。)の「本件タイプフェイス」欄各記載の文字を利用した。(甲1、5〜9) (3)本件タイプフェイスを表示するためのフォントファイルの流通等 ア 本件タイプフェイスを表示するためのフォントファイル(以下「本件フォント」という。)は、訴外デザインエクスチェンジ株式会社(以下「DEX社」という。)の販売する「デザイナーズフォント・01[フォントロム]」(以下「フォントロム」という。)に収録され、流通していた(甲2)。なお、原告は、平成14年2月1日付でDEX社と本件フォントのデータ提供に関する基本契約を締結した(甲12)。 イ フォントロムに同封された「ソフトウェアライセンス契約書」には、同書面記載の制限事項及び禁止事項に該当する場合を除き、フォントロムに収録された素材を利用することができる旨が記載され、上記制限事項として、「素材をポストカード、カレンダー、シール等、商品の主要な部分で利用すること」及び「素材を特定企業の商品およびサービス、キャンペーンを象徴するイメージ……に利用すること」等が掲げられている。(甲3) ウ 本件フォントは、フォントロムの他、訴外株式会社デジタローグ社(以下「デジタローグ社」という。)が平成11年(1999年)頃に発売したCD−ROM「font pavilion 08 INTERFERON−γ」(以下「フォントパビリオン」という。)にも収録されていた。(乙1) エ フォントパビリオンには、フォントの使用に関する注意事項が記載された「Readme」ファイルが記録されており、同ファイルには「本CD−ROMを使用して作成された作品の配付、販売、メディアへの掲載にあたっては、それぞれのフォントに付属する説明書をお読み下さい」と記載されており、本件フォントに関する説明書である「readmeインターセプターカタカナ・INTERCEPTOR ALPHABET使用上の注意」(乙3)には、「フォントのご使用にあたって使用の制限はとくにありませんが、メディアでの使用、掲載、ロゴタイプ等での使用の際には事前にお知らせくださることを希望します」と記載されている。(乙2、3) 2 争点 (1)本件タイプフェイスの著作物性の有無(争点1) (2)本件タイプフェイスの著作者(争点2) (3)ライセンス(利用許諾)の抗弁の成否(争点3) (4)被告の故意ないし過失の有無(争点4) (5)原告の損害(争点5) 3 争点に関する当事者の主張 (1)争点1(本件タイプフェイスの著作物性の有無)について [原告の主張] ア 本件タイプフェイスが著作物性を有するかどうかの判断をするにあたっては、タイプフェイスがそれぞれの文字相互に統一感を持たせるように大きさや太さをデザインしているものであるから、個々の文字をそれぞれ独立に見て判断するべきではない。 イ 本件タイプフェイスに著作物性が認められるかどうかについては、本件タイプフェイスがどのようなコンセプトを元にデザインされたものかを考慮しなければならない。 ウ 本件タイプフェイスのうち、「シ」「ッ」などの文字は、2つの点を繋いで1本の曲がったラインで表現することにより文字の流れを演出しているものであって、このような表現方法を使用している点で美的創作性を感得できる。 本件タイプフェイスのうち「ス」については、構成するラインを水平及び垂直に交わるように組み立てをし(「コ」に2画目を付けたものでない)、全体を20度傾けることでカタカナの「ス」であることがよく分かる構造となっている。この点でも美的創作性を感得できるものである。 本件タイプフェイスのうち、その他の文字については、線が交わる部分を曲線にする手法、及び横画に細い線、縦画に太い線を用いるという手法を巧みに組み合わせて全体の統一感を持たせたうえで美的創作性を生じさせたものである。 これらのことからも分かるように、本件タイプフェイスは、従来ある書体をベースとしてアレンジを加えて制作されたものではなく、それぞれの文字の形から原告の独創的なアイデアを加えて従来ある書体とは一線を画する顕著な特徴を有するものとして創作されたものであり、本件タイプフェイス自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている。 したがって、本件タイプフェイスには著作物性が認められる。 [被告の主張] ア 原告は、著作物性の判断において、被告が利用していない文字を考慮すべきであると主張する。しかし、複製権侵害の成否は、複製された部分についての著作物性の有無によって判断すべきであり、被告により複製されなかった部分の著作物性は、複製権侵害の成否には影響しない。特に、タイプフェイスは、文字を選択し、並べ替えて利用することが想定されており、もともと各文字が可分なものとして制作されているから、文字ごとに著作物性を判断すべきであり、ある文字の著作物性に他の文字の著作物性が影響すると考えるべきではない。 イ また、原告は、「本件タイプフェイスに著作物性が認められるかどうかについては、本件タイプフェイスがどのようなコンセプトを元にデザインされたものかを考慮しなければならない」と主張するが、最高裁のいう「それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性」の基準からすれば、そこで判断されるべきは、当該タイプフェイスの表現部分、すなわちデザイン要素において「それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性があるかないか」であって、そうした判断においてまさに「アイデア」そのものであるコンセプトを考慮に入れることは、矛盾以外の何物でもないというべきである。 ウ 原告は、本件タイプフェイスのうち被告が利用した各文字が美的創作性を有することを主張するが、上記各文字については、対比表のとおり、類似する書体が存在し、いずれも従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えているとはいえない。また、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えてもいない。 (2)争点2(本件タイプフェイスの著作者)について [原告の主張] 本件タイプフェイスは、原告代表者が一つ一つの文字をデザインし、直線と曲線の組み合わせや全体のバランスに配慮してそれぞれ細かな座標の数値に落とし込む作業を行った結果完成したものであって、平成12年頃、原告により制作されたものであるから、その著作者は原告である。 [被告の主張] 争う。原告から本件タイプフェイスを創作したことを示す証拠は提出されていない。 (3)争点3(ライセンス(利用許諾)の抗弁の成否)について [被告の主張] ア 本件フォントは、フォントロムの他、デジタローグ社が1999年頃に発売したフォントパビリオンにも収録されている。Aは、フォントパビリオンを購入し、これを利用して本件フォントを自らのPCにインストールし、本件フォントを使用した。 なお、フォントパビリオンは購入から10数年が経過したものであることから、Aはフォントパビリオンの所在を失念していたが、本件訴訟が提起されて以降、心当たりのある場所の捜索を続けていたところ、この度発見したものである。 イ フォントパビリオンには、フォントの使用に関する注意事項が記載されたファイルが記録されており、同ファイルには「本CD−ROMを使用して作成された作品の配付、販売、メディアへの掲載にあたっては、それぞれのフォントに付属する説明書をお読み下さい」と記載されており、本件フォントに関する説明書には「フォントのご使用にあたって使用の制限はとくにありませんが、メディアでの使用、掲載、ロゴタイプ等での使用の際には事前にお知らせくださることを希望します」と記載されているのみで、本件フォントの商品等における使用を制限又は禁止する旨は記載されていない。 したがって、被告による本件フォントの使用は、デジタローグ社及び原告が定めたフォントパビリオン及び本件フォントの使用条件の範囲内であることは明らかである。 [原告の主張] 被告の主張するような、Aがフォントパビリオンを購入して本件フォントを入手して本件映画の販促物等に使用した、という点は、従前の被告側の対応全体からすれば極めて疑わしいものである。単純に、Aがフォントパビリオンを購入したことを忘れていた、ということだけで説明がつくものではない。 このことからすれば、本件フォントがたまたま収録されていたフォントパビリオンの存在に気づいた被告が、本件フォントの出所をフォントロムではなくフォントパビリオンだったという筋書きにして主張を組み立てていると言わざるを得ないところである。 (4)争点4(被告の故意ないし過失の有無) [原告の主張] 被告は、映画の製作・配給、DVD販売等を主な業務とする株式会社であり、このようなコンテンツビジネスを主たる業務をしていることから、著作権についての権利意識も強く有している。このことからすると、被告は、本件映画の販促物等においてまさに本件映画のタイトル等、最も大事な部分に利用されている本件タイプフェイスについて、適法な利用に当たるかどうかを確認すべき注意義務を負う、というべきである。 被告は、遅くとも平成29年1月10日、原告代表者からのメールでの指摘で、本件タイプフェイスの利用が原告の権利侵害行為に当たるおそれについては認識していたものであるが、それよりも前に、被告が本件映画の販促物等のデザインの成果物(製作過程のものと完成品とを問わず)に本件タイプフェイスが利用されていることをAから提示された時点で、本件タイプフェイスの利用が適法なものかどうかを確認すべきであった。 結局、被告は、そのような確認を一切怠っていたものであるから、原告の権利侵害について著しい過失がある。 [被告の主張] 否認する。 (5)争点5(原告の損害)について [原告の主張] 被告の行為によって、原告には以下の合計966万2000円の損害が生じている。 ア 本件タイプフェイスの被告の利用形態は、ブランドロゴタイプ用制定書体のデザインによる成果物の利用に該当する。ブランドロゴタイプ用制定書体とは企業やブランド、作品等専用に制作されたタイプフェイスを指す。ブランドロゴタイプ用制定書体のデザインにおいては、全体の構想を検討する@クリエイティブディレクション費用、Aカンプ(見本・下書き)作成費用、最終的な完成品を作成するBデザイン費用がそれぞれかかり、金額はそれぞれ少なくとも@40万円、A6000円、B1字あたり6万円が適正な制作費用と考えられる。 本件タイプフェイスは、アルファベット(大文字・小文字)各26字、数字(0〜9)10字、カタカナ80字、記号11字の合計127字が制作の対象であり、適正な制作費用の総額は878万2000円であるといえる。 イ また、本件タイプフェイスの被告の利用形態は、キャンペーンロゴ制作及び商品名ロゴタイプ制作にも該当し、それぞれの適正な制作費用(クリエイティブディレクション費用、カンプ作成費用、デザイン費用)は、前者について44万円、後者について44万円である。 ウ 上記ア及びイは、公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会策定のデザイン料金表(甲11)に基づくものであり、本件タイプフェイスに関する著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する(著作権法114条3項)。被告が、本件タイプフェイスを本件映画に利用することは、本来原告に対して上記対価を支払わなければ実現できないことであり、したがって原告に生じた損害としては上記ア及びイの金額に相当するといえ、合計966万2000円である。 [被告の主張] 否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件タイプフェイスの著作物性の有無)について (1)著作権法2条1項1号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めるところ、印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である(最高裁判所平成10年(受)第332号平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)。 (2)そこで、本件タイプフェイスにつき検討する。 この点、原告は、本件タイプフェイスが著作物性を有するかどうかの判断をするにあたっては、タイプフェイスがそれぞれの文字相互に統一感を持たせるように大きさや太さをデザインしているものであるから、個々の文字をそれぞれ独立に見て判断するべきではない旨を主張する。しかしながら、複製権等の侵害の成否は、現に複製等がされた部分に係る著作物性の有無によって判断すべきであること、タイプフェイスは各文字が可分なものとして制作されていることからすれば、被告により現に利用された文字につき著作物性を判断するのが相当である。したがって、以下では本件タイプフェイスのうち、被告により利用された文字に限って判断する。 ア 対比表記載の本件タイプフェイス以外の各タイプフェイス(以下「対比タイプフェイス」という。)欄の括弧内に記載された各証拠及び弁論の全趣旨によれば、対比タイプフェイス欄に記載された制作年に対比タイプフェイスがそれぞれ制作されたことが認められるところ、原告の主張に係る本件タイプフェイスの制作年である平成12年(2000年)までに制作された対比タイプフェイスに限って対比した場合においても、被告により使用された文字のうち、「シ」、「ッ」、及び「ギ」「ジ」「デ」「ド」「バ」「ブ」「ベ」「ボ」における濁点「゛」の部分(以下、単に「濁点」という。)以外の文字については、本件タイプフェイスに類似する対比タイプフェイスの存在が認められ、本件タイプフェイスの制作時以前から存在する各タイプフェイスのデザインから大きく外れるものとは認めがたい。 イ 他方、本件タイプフェイスにおける「シ」、「ッ」、及び濁点の各文字については、2つの点をアルファベットの「U」の字に繋げた形状にしている点において従来のタイプフェイスにはない特徴を一応有しているということはできる。しかしながら、2つの点が繋げられた形状のタイプフェイス(CLEAR KANATYPE(乙17、97)及び曲水M(乙15))の存在を考慮すれば、顕著な特徴を有するといった独創性を備えているとまでは認めがたい。 ウ 以上からすれば、本件タイプフェイスが、前記の独創性を備えているということはできないし、また、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているということもできないから、著作物に当たると認めることはできない。 (3)これに対し、原告は、@本件タイプフェイスのうち、「シ」「ッ」などの文字は、2つの点を繋いで1本の曲がったラインで表現することにより文字の流れを演出しているものであること、A「ス」については、構成するラインを水平及び垂直に交わるように組み立てをし、全体を20度傾けることでカタカナの「ス」であることがよく分かる構造となっていること、Bその他の文字については、線が交わる部分を曲線にする手法、及び横画に細い線、縦画に太い線を用いるという手法を巧みに組み合わせて全体の統一感を持たせたこと等を主張する。 しかしながら、@の点については、前記のとおり、従来のタイプフェイスに比して、顕著な特徴を有するといった独創性を備えているという評価にまで至るものではない。また、Aの点については、構成するラインを水平及び垂直に交わるように組み立てたものとしてMOULDISM Katakana(乙14、102)、全体を20度傾けたものとしてOVERLOADER(乙14、28の2)等の対比フォントが存在し、さらにBの点については、Technopolish(乙14、57)及びHappy Frame(乙14、72)等の対比フォントが存在することを考慮すれば、上記各点をもって本件タイプフェイスが、従来のタイプフェイスに比して特徴を有するとは認められない。 以上からすれば、原告の各主張は、本件タイプフェイスの著作権の有無に係る前記(2)の判断を左右するものではない。 2 争点3(ライセンス(利用許諾)の抗弁の成否)について 上記1のとおり、本件タイプフェイスの著作物性が否定される以上、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。もっとも、本件訴訟の審理経過、各当事者の主張立証の状況等に鑑み、争点3(ライセンス(利用許諾)の抗弁の成否)についても判断を示すこととする。 (1)認定事実 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められる。 ア Aによる本件フォントの入手の経緯等 (ア)平成11年ころ、Aは、デジタローグ社のギャラリーで開催されていた「FONTWORLD EXPO’99」を訪れた際に、フォントパビリオン等が紹介されたパンフレットを入手した。(乙5、9、A証人) その後、Aは、(住所省略)か(住所省略)の電気店でフォントパビリオン(乙1)を購入し、平成13年後半か平成14年ころに購入したパワーマックG4(以下「G4」という。)に、フォントパビリオンから本件フォントをインストールした。(乙4〜7、A証人) (イ)フォントパビリオンには、前記第2の1(3)エのとおり、フォントの使用に関する注意事項が記載されたファイルが記録されており、同ファイルには「本CD−ROMを使用して作成された作品の配付、販売、メディアへの掲載にあたっては、それぞれのフォントに付属する説明書をお読み下さい」と記載され、本件フォントに関する説明書のファイルには「フォントのご使用にあたって使用の制限はとくにありませんが、メディアでの使用、掲載、ロゴタイプ等での使用の際には事前にお知らせくださることを希望します」と記載されている。(乙1〜3) イ フォントロムの販売 原告は、前記第2の1(3)アのとおり、平成14年2月1日付でDEX社と本件フォントのデータ提供に関する基本契約を締結し、これを受けて、本件フォントを収録したフォントロムがDEX社から販売された。 ウ 本件パンフレット等の制作 被告は、平成29年1月14日から、本件映画の配給上演を行った。それに先立ち、Aは、被告から本件映画のパンフレット、Tシャツその他の商品等(以下「本件パンフレット等」という。)の制作を依頼され、上記アのとおりG4にインストールしていた本件フォントを使用して、本件パンフレット等を制作した。(乙4、5、A証人) エ 本件提訴前後の経緯 (ア)平成29年1月10日、原告代表者が、被告に対し、本件映画のポスターやWEBサイトに本件タイプフェイスが利用されている旨を指摘し、「即刻使用を停止していただき、これまでの不正使用に対する対価をお支払いください。」等と記載したメールを送信した。(甲10、19の1) 被告代表者は上記メールをAに転送し、Aに対しフォント使用についてのユーザー登録証の有無を尋ねた。Aは「あるかもしれないが、ないかもしれない」旨を回答し、自らの事務所内にフォントロムのパッケージがないか探したが見つからなかった。(A証人) 平成29年1月11日、被告代表者は、原告代表者に対し、「デザイナーに確認しましたところ、著作権が発生するとは知らずに使用したとのことで戸惑っている」旨を記載したメールを返信した。(甲10、19の3) その後、当初は原告代表者・被告代表者間で協議がなされていたが、被告代理人が就き、平成29年2月3日付けでライセンス契約違反や著作権侵害に該当しない旨等を内容とする被告代理人作成名義の連絡文書が原告代表者に送付された。それ以降、同月20日までに被告代理人から原告代表者に宛てて送付された連絡文書及び送信されたメールのいずれにおいても、被告による本件タイプフェイスの利用はフォントロムに同封されたライセンス契約書に記載された制限事項に該当しない旨が記載されていた。(甲19の10ないし18) (イ)平成29年8月16日、原告は本件訴訟を提起した。(顕著な事実) (ウ)Aは、被告代表者から上記(ア)のとおり初めて連絡を受けた時点から1年程度経過した頃、再び被告代表者から連絡を受けて、本件フォントのインストール元の媒体を探すよう依頼され、事務所ではなく実家を探したところ、実家の本棚にあった古いパソコンのソフトウェアの箱の中に保管されていたフォントパビリオンと上記ア(ア)のパンフレットを発見した。(A証人) (エ)平成30年3月9日の第4回弁論準備手続期日において、被告が、Aにより使用された本件フォントは、フォントロムからインストールしたものではなく、フォントパビリオンからインストールしたものである旨を主張し、これに沿う証拠を提出するに至った。(顕著な事実) (2)検討 ア 上記(1)ア及びウで認定したとおり、Aは、自らフォントパビリオンを正規に購入し、これに収録されていた本件フォントを使用して、本件パンフレット等を制作したものであり、フォントパビリオン内に記録された本件フォントに係る説明書のファイルには「使用の制限はとくにありません」と明記されていたことからすれば、フォントパビリオンを正規に購入した者が、本件フォントにより表示される本件タイプフェイスを利用することは何ら制限されていなかったものということができる。 したがって、被告がデザイナーであるAを通じてした本件タイプフェイスの利用は、本件タイプフェイスの制作者が許諾した範囲内の行為であって、ライセンスの抗弁が成立するものと認めるのが相当である。 イ これに対し、原告は、Aがフォントパビリオンの購入により本件フォントを入手して本件映画の販促物等に使用した、という点は、従前の被告側の対応全体からすれば極めて疑わしいものである旨を主張し、A証人の陳述及び証人尋問における証言(以下、併せて「Aの供述等」という。)の信用性を論難する。 しかしながら、Aの供述等は、フォントパビリオン(乙1)及びこれに係るパンフレット(乙9)等の客観的な証拠と符合するものであり、一方、本件訴訟提起後にAがフォントパビリオンと上記パンフレットを入手できた具体的な可能性を首肯するに足りる証拠及び事情は見当たらない。 また、本件パンフレット等の制作で本件フォントが使用された時期とAがフォントパビリオンを購入した時期として主張する時期との間には10数年以上が経過していることからすれば、Aの供述等の内容に曖昧な部分等があったとしても不自然不合理とはまでは言い難い。 さらに、被告側が、原告代表者から通知を受けて以降、本件フォントのインストール元がフォントロムであることを争う趣旨の主張を一切せず、本件の第4回弁論準備手続期日になって、初めてインストール元がフォントパビリオンである旨を主張し、これに沿う証拠を提出してきたという経過についても、実際に本件フォントを使用したAの記憶が曖昧な状況下において、本件フォントのインストール元に係る原告主張を前提としても防御可能であるとの認識の下で反論を行ってきたが、本件訴訟手続の中で主張・証拠の整理が進み、更に踏み込んだ調査を行った結果、上記原告主張を反駁するに足るだけの証拠を漸く発見し、これに基づき反論を行ったものと理解することは、(かかる訴訟前の交渉経過及び訴訟経過をたどったことの当否は措くとして、)不合理とまでは言い難い。 以上の諸点を総合考慮すれば、Aの供述等の信用性は減殺されず、原告の上記主張は、ライセンスの抗弁の成立に係る上記アの結論を左右するものではない。 3 結論 以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 沖中康人 裁判官 横山真通 裁判官 奥俊彦 別紙・タイプフェイス目録 |
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