判例全文 line
line
【事件名】キャッチコピー“やめられない、とまらない”事件(2)
【年月日】平成30年11月20日
 知財高裁 平成30年(ネ)第10036号 著作者人格権確認等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成29年(ワ)第25465号)
 (口頭弁論終結日 平成30年10月23日)

判決
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 石原晋介
被控訴人 カルビー株式会社
同訴訟代理人弁護士 藤池智則
同 冨松宏之
同 桑原卓哉


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における追加請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、主文第2項を取り消す。
2 被控訴人は、自社の社内報、ホームページに、広告代理店大広の社員であった控訴人が「やめられない、とまらない、かっぱえびせん」を考えた本人であったという事実を記載した記事(以下「本件名誉回復記事」という。)を掲載せよ(控訴人は、原審において契約に基づく記事掲載請求をしていたが、当審において、名誉毀損による原状回復としての記事掲載請求を追加した。)。
3 被控訴人は、控訴人に対し、100万円を支払え。
4 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
5 仮執行宣言
第2 事案の概要等
1 事案の概要(略称は、特に断らない限り、原判決に従う。)
 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、@控訴人が本件CM(スナック菓子「かっぱえびせん」の昭和39年テレビコマーシャル)を制作した事実の確認、A控訴人・被控訴人間の契約に基づく、控訴人が本件キャッチフレーズ(「やめられない、とまらない」とのフレーズ)を創作した旨の記事(本件名誉回復記事)の社内報及びホームページへの掲載、B被控訴人が本件番組及び本件新聞記事を報道させたことにより控訴人の名誉が毀損されたとして、不法行為に基づく損害金7500万円の支払、C被控訴人が控訴人を侮辱したとして、不法行為に基づく損害金7500万円の支払、をそれぞれ求める事案である。
 原審は、控訴人の請求のうち、上記@に係る訴えを却下し、その余をいずれも棄却した。
 そこで、控訴人が、上記Aの本件名誉回復記事の掲載を求める部分について控訴するとともに、上記Bの損害賠償請求に係る部分について損害金100万円の支払を求める限度において控訴した。また、控訴人は、当審において、被控訴人に対し、D上記名誉毀損による原状回復(民法723条)として、本件名誉回復記事の掲載を、追加的に、上記Aと選択的に求める訴えの変更をした。なお、原判決が上記@の請求に係る訴えを却下した部分及び上記Cの請求を棄却した部分は不服の対象とされていない。
 これに対し、被控訴人は、上記各控訴の棄却を求めるとともに、訴えの追加的変更を許さない旨の決定をするよう申し立て、さらに、訴えの追加的変更に係る請求を棄却するよう求めた。
2 前提事実
 原判決の「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点
 訴えの追加的変更に係る部分について、争点7(本件名誉回復記事の掲載が適当か)を付加するほか、原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 争点に対する当事者の主張
1 原判決の引用
 争点に関する当事者の主張は、争点4及び7について、下記2及び3のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の第2の4記載のとおりであるから、これを引用する。
2 争点4(本件番組の放送及び本件新聞記事の掲載につき、被控訴人に名誉毀損の不法行為が成立するか)
〔控訴人の主張〕
(1) 控訴人は、広く一般に認知されていないとしても、広告業界では本件キャッチフレーズの創作者であると高く評価されており、それによって多く仕事の依頼を受けていた。控訴人は、本件キャッチフレーズの創作者として社会的信用、名誉を有していたというべきである。
 また、名誉とは、「社会全体」からの評価ではなく、「外部的」評価であるところ、控訴人に関する知識を有する者が、その知識と新たに得た情報とを突き合わせることで、控訴人の社会的評価を低下させる情報を得たことになる場合は、その内容において控訴人に直接の言及がなくても、社会的評価を低下させるものと解すべきである。本件キャッチフレーズの創作者であるとして控訴人を知る者が、通常の注意力をもって各報道に接した場合、控訴人は嘘をついて高く評価を得ていたと判断する可能性があり、控訴人の評価は低下する。実際にも、控訴人は、本件番組や本件新聞記事を見た知り合いから、控訴人が発案者であるというのは虚偽に違いないと思われ、信用が失墜している。
 したがって、本件番組及び本件新聞記事は、控訴人の社会的信用、名誉を傷つけるものである。
(2) 各報道は、被控訴人が各メディアの取材に対して回答した内容をもとに作成されている。本件キャッチフレーズの創作者が長らく不明であること、被控訴人と取材内容の関係性等を考慮すれば、各メディアが被控訴人から提供された情報に対し、裏付け取材をして真偽を確認することは期待できない。被控訴人は、控訴人が本件キャッチフレーズの創作者である旨名乗り出たにもかかわらず、これを否定する報道をさせたものであるから、被控訴人には、少なくとも過失がある。
〔被控訴人の主張〕
 控訴人が本件キャッチフレーズを創作したことや、その制作に関与したことは認められない。また、仮に、控訴人が本件キャッチフレーズの制作に関与したと認められたとしても、制作に関与したという程度で控訴人に何らかの社会的評価が形成されたということはできない。
 また、本件番組や本件新聞記事の内容が名誉を毀損すべき意味のものかどうかは、「一般読者の普通の注意と読み方」を基準として判断すべきである。
 したがって、本件番組の放送及び本件新聞記事の掲載につき、被控訴人に名誉毀損の不法行為は成立しない。
3 争点7(本件名誉回復記事の掲載が適当か)
〔控訴人の主張〕
 争点4に関する控訴人の主張のとおり、被控訴人には名誉毀損の不法行為が成立しており、また、現在も控訴人の名誉は傷つけられたままである。
 そして、被控訴人は国内有数の製菓会社であって、控訴人個人に対する権利侵害の程度が大きいこと、本件名誉回復記事の掲載に多くの費用はかからず、控訴人の名誉も回復されることからすれば、本件名誉回復記事の掲載は、控訴人の名誉を回復するのに適当な処分といえる。
〔被控訴人の主張〕
 争点4に関する被控訴人の主張のとおり、そもそも被控訴人には名誉毀損の不法行為は成立しない。
 また、被控訴人は、本件キャッチフレーズを含むCMの歌詞についての現在の権利者は、JASRACの作品データベースのとおり、アストロミュージックであると認識し、アストロミュージックから許諾を受けて本件キャッチフレーズを使用している。したがって、本件名誉回復記事を社内報等に掲載することは、アストロミュージックから許諾された権利と矛盾する内容を掲載することになるから、アストロミュージックとの許諾契約において債務不履行事由となる。
 よって、本件名誉回復記事の掲載を強制することは、被控訴人に債務不履行を強制することになるから不相当である。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所は、控訴人の請求は、いずれも理由がないと判断するものである。
 その理由は、下記のとおり、当裁判所の判断を示すほか、原判決「事実及び理由」の第3の1、2及び4記載のとおりであるから、これを引用する。
1 訴えの追加的変更について
 控訴人は、当審において、被控訴人が本件番組及び本件新聞記事を報道させたことにより控訴人の名誉権が毀損されたから、名誉毀損による原状回復として、本件名誉回復記事の掲載を追加的に求める訴えの変更をした。
 この点、まず、控訴人は、従来、被控訴人には名誉毀損の不法行為が成立するとして損害賠償請求をしていたものであって、上記追加的訴えの変更は、かかる損害賠償とともに名誉を回復するのに適当な処分として、本件名誉回復記事の掲載を求めるものである。このような控訴人の追加請求は、請求の基礎を変更するものではない。
 また、控訴人の追加請求を判断するに当たっては、控訴審である当審において、新たに、本件名誉回復記事の掲載が控訴人の名誉を回復するのに適当な処分であるか否かについて審理する必要があるものの、その判断の前提となる事実の多くは既に主張立証されているから、これにより、著しく訴訟手続が遅滞するということはできない。
 したがって、名誉毀損による原状回復請求を追加的に求める訴えの変更は許されるというべきである。
2 争点4(本件番組の放送及び本件新聞記事の掲載につき、被控訴人に名誉毀損の不法行為が成立するか)について
(1) 本件番組及び本件新聞記事の内容は、前記のとおりであって(引用にかかる原判決第2の2(2)及び(3))、本件キャッチフレーズが被控訴人の会議の場において創作されたという趣旨のものであり、仮に本件キャッチフレーズの創作者が控訴人個人であれば、これを否定するものと評価し得る。
 しかし、本件番組はテレビ局がテレビ番組として、本件新聞記事は新聞社が新聞記事として、それぞれ報道したものである。その行為の主体は、テレビ局又は新聞社であって、被控訴人ではない。被控訴人がテレビ局又は新聞社の取材に対して上記趣旨の応答をしていたとしても、テレビ局による本件番組の放送や新聞社による本件新聞記事の掲載によって生じ得る名誉毀損の不法行為責任を、被控訴人が直ちに負うということはできない。
(2) これに対し、控訴人は、被控訴人は、上記各報道をさせることによって、実質的に控訴人を盗作呼ばわりしたといえる、被控訴人は、控訴人が本件キャッチフレーズの創作者である旨名乗り出たにもかかわらず、これを否定する報道をさせたなどと主張する。
 しかし、被控訴人がテレビ局や新聞社に上記各報道をさせたとの事実を認めるに足りる証拠はない。また、被控訴人は、テレビ局や新聞社の取材を受けた当時、控訴人が本件キャッチフレーズの創作者であることを客観的に示す証拠を有していたとは認められないことからすれば、被控訴人において、テレビ局や新聞社に対し、本件キャッチフレーズが被控訴人の会議の場において創作されたという趣旨の報道をしないように求めるべき注意義務は認められない。
 したがって、控訴人の上記主張は、被控訴人が上記各報道によって生じ得る名誉毀損の不法行為責任を負わないとの結論を左右するものにはならない。
(3) よって、控訴人の名誉権侵害に基づく損害賠償請求は理由がない。
3 当審における追加請求について
 控訴人が当審において追加した名誉毀損による原状回復請求については、前記2のとおり、被控訴人に名誉毀損の不法行為が成立しないから、争点7について検討するまでもなく、これを棄却すべきである。
4 結論
 以上によれば、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。また、控訴人の当審における追加請求は棄却すべきである。よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 杉浦正樹
 裁判官 片瀬亮
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/