判例全文 | ||
【事件名】FX取引プログラムの転売事件 【年月日】平成30年4月26日 東京地裁 平成28年(ワ)第44243号 損害賠償請求本訴事件、平成29年(ワ)第34440号 損害賠償請求反訴事件 (口頭弁論の終結の日 平成30年3月12日) 判決 本訴原告兼反訴被告 A(以下「原告」という。) 本訴被告兼反訴原告 B(以下「被告」という。) 同訴訟代理人弁護士 小林実 同 風祭靖之 主文 1 原告は、被告に対し、12万円及びこれに対する平成29年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告のその余の反訴請求及び原告の本訴請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを5分し、その4を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 本訴請求 被告は、原告に対し、209万3600円及びこれに対する平成28年8月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 反訴請求 原告は、被告に対し、55万円及びこれに対する平成29年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、[1]原告が、自らの作成に係る別紙1(甲12の1。以下「本件本体部分」という。)及び別紙2(甲12の2。以下「本件ライブラリ部分」という。)の各ソースコードから成るプログラム(以下「本件プログラム」という。)の著作権を有しているところ、被告において原告の許諾なく本件プログラムを複製して販売していることが、原告の上記著作権(複製権又は譲渡権)を侵害すると主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金209万3600円及びこれに対する不法行為日以後である平成28年8月16日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(本訴)のに対し、[2]被告が、原告において被告と交わした電話での通話内容(原告が被告による上記著作権侵害を主張する内容である。)を録音してインターネット上で配信等した行為が被告の名誉権及びプライバシー権を侵害すると主張して、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償金55万円及びこれに対する不法行為後である平成29年3月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(反訴)事案である。 1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。) (1) 本件プログラム 本件プログラムは、外国為替証拠金取引(FX取引)の自動売買を行うためのソフトウェアである。 FX取引における値動きの分析手法は、ファンダメンタルズ分析(国や地域の経済活動等の状況を示す基礎的な要因をもとに今後の為替の動向を予想する手法)とテクニカル分析(過去の値動きを表したチャートからトレンドやパターンを把握して今後の為替の展開を予想する手法)に分けられる。本件プログラムは、テクニカル分析のみを利用し、多くのテクニカル分析の指標の中からいくつかを抽出して、各指標が一定の数値となった場合に自動的に売買の発注をするものである。 (甲1、2、甲12の1、2、甲14、弁論の全趣旨) (2) 被告の販売行為 被告は、別紙3記載の各商品(以下「各被告商品」という。)をインターネットオークションに出品して少なくともその一部を販売した。(甲6、弁論の全趣旨) (3) 原告の動画配信・投稿行為 ア 原告は、平成28年10月20日午前2時すぎころ、被告に対し、電話で、「僕のEA(判決注:FX自動売買ソフトの意と解される。)を転売していますよね。」、「だからなんで俺のそもそも持ってんのか答えろ言うとるやろが。」、「どこやねん、住んどんの、(住所は省略)か?お前」、「お前なめてんのか、こら、お前。」などと告げた上、「うん、警察いくわ。お前の録音しといたから。」、「僕の持っている、僕が譲ったソースを、まぁいじって売っていることが問題なんですよ。」、「いや被害届まず出しますよ。」、「応じないんだったら、だから法的手段に移りますよって。」、「僕からソースをもらったって認めた。で、示談には応じない。なので、僕は法的手段を取らざるをえない状態になりました。」、「あのー、著作権に、あのー、ソースに載っている時点でダメなんですよ。」、「あのー、オリジナル、自分で作ったもの売ってないんじゃないとダメですよ。」、「まあ、売れた本数が20って言ってたから、大体5万で100万くらいは損失、機会奪われていますね。」、「100やで。」、「20本×5万円で、100万円の損失が生まれましたっていう話。」などと、被告が本件プログラムについての原告の著作権を侵害しているとして、100万円の支払に応じなければ警察に被害届を提出する等の法的手段を採る旨を告げた。(乙22) イ 原告は、その後、原告が被告と上記アのやり取りをしている様子を撮影した動画(被告は映っていないが、会話内容は全て録音されている。)を、インターネット上の動画共有サービス「ニコニコ生放送」にストリーミング配信し、平成29年1月又は2月ころに削除されるまでの間、同サービスの会員であれば誰でも上記動画を視聴可能な状態においた(以下「本件配信」という。)。また、原告は、上記動画を「【ニコ生】EA転売屋との対決」とのタイトルを付してインターネット上の動画共有サイト「YouTube」に投稿し、同年1月又は2月ころに削除されるまでの間、上記動画をインターネット上で誰でも視聴可能な状態においた(以下「本件投稿」という。)。 2 争点 (1) 本訴請求について ア 本件プログラムは著作物に当たるか(争点1) イ 本件プログラムの著作者は原告か(争点2) ウ 本件プログラムに係る原告の著作権(複製権又は譲渡権)が侵害されたか(争点3) エ 原告の損害額等(争点4) (2) 反訴請求について 反訴要件の有無(本案前の争点) 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(本件プログラムは著作物に当たるか)について [原告の主張] 本件プログラムは、効率的なFX取引の自動売買を行うためのプログラムであるから、売買の発動条件を規定する上で着目すべき指標及び数値の組み合わせが重要である。このような本件プログラムの特性に鑑みると、プログラム著作物としての創作性は、指標と数値の組み合わせの段階で把握されるべきであり、その組み合わせを実現する具体的手段の段階で把握されるべきではない。 したがって、本件プログラムのうち創作性を有するのは、売買の発動条件を規定する指標及び数値の組み合わせ、すなわち本件本体部分中の「手法メモ」(別紙1の赤枠部分。以下「本件手法メモ部分」という。)をプログラムとして記述した部分である。本件プログラムは、本件手法メモ部分において優れた独創性・個性を発揮しており、著作物性が認められる。 [被告の主張] プログラムの著作物に対する著作権法による保護は、その著作物を作成するために用いる解法(すなわちプログラムにおける電子計算機に対する指令の組み合わせの方法)には及ばない(著作権法10条3項)。このように、プログラムの著作物として保護されるのは、具体的なプログラム記述の表現であって、アイデアやアルゴリズムは著作物として保護されるものではない。 本件手法メモ部分は、本件プログラムの作成に当たって、どのような指標をどのような数値で摘出し、どのように組み合わせるかにすぎず、まさにアイデア又はアルゴリズムそのものであるから、本件プログラムは著作物として保護されるものではない。 (2) 争点2(本件プログラムの著作者は原告か)について [原告の主張] 上記(1)[原告の主張]のとおり、本件プログラムのうち創作性を有するのは、本件手法メモ部分をプログラムとして記述した部分である。本件手法メモ部分を実際にプログラムとして入力する行為の多くはC(以下「C」という。)が担当したが、FXの自動売買という機能との関係で知的創作活動の本質を構成するのは手法のロジックであり、ソースコードではない。そして、本件手法メモ部分に係る手法ロジックを創作したのは原告であるから、本件手法メモ部分をプログラムとして記述した部分の著作者は原告である。 また、本件プログラムには「erupi」との表示があるから、著作権法14条により、erupiこと原告が著作者と推定されるところ、被告は同推定を破る具体的事情を主張していない。 なお、本件本体部分のうち本件手法メモ部分をプログラムとして記述した部分以外は、原告とCがデータのやり取りをしながら意見交換をして共同で行ったもの、本件ライブラリ部分は、Cが作成したものである。しかし、これらの部分については、誰が作成しても同じ内容になるものであって、創作性はない。 以上より、本件プログラムの著作者は原告である。 [被告の主張] 本件本体部分の作成に当たって、原告とCとの間でデータのやり取りはあったかもしれないが、原告よりCの方が圧倒的にプログラミングの知識、技量が上回っていた。本件手法メモ部分の内容は原告の発案に係るものであるが、原告はアイデアを出したにすぎず、本件手法メモ部分についても具体的にプログラムとして記述したのはCである。 したがって、本件プログラムが著作物に当たるとしても、その著作者はCであって、原告ではない。 (3) 争点3(本件プログラムに係る原告の著作権(複製権又は譲渡権)が侵害されたか)について [原告の主張] 原告が、各被告商品のうち、「FX EA 自動売買 勝てる 限定 残4 バイナリー完成出品中」(以下「被告プログラムA」という。)を入手して調べたところ、被告プログラムAのライブラリを除いたソースコードは甲7のとおりであった。同ソースコードの冒頭の変更履歴には、「2013/08/23 新規作成(erupi_sign_EA_jyunbari(ver.2.07)を元にして作成」と明記されている上、数行を除き、ほとんど全部のソースコードが本件本体部分のソースコードと一致している。また、被告プログラムAのライブラリに係るソースコードも本件ライブラリ部分のソースコードと完全に一致している。したがって、被告プログラムAは本件プログラムについての原告の複製権又は譲渡権を侵害する。そして、被告は、本件プログラムA以外の各被告商品のソースコードが本件プログラムAとは異なることを具体的に主張しないから、各被告商品は本件プログラムAと同一の構成を有すると考えられる。 したがって、各被告商品はいずれも本件プログラムについての原告の著作権(複製権又は譲渡権)を侵害する。 [被告の主張] 争う。なお、各被告商品のうち単価が5万円であるもの(別紙3記載11、13〜16、18)は、いずれもバイナリーオプションに係る商品であり、本件プログラムとは全く関係がない。 (4) 争点4(原告の損害額等)について [原告の主張] 被告は故意により上記著作権侵害行為を行ったものであり、これにより、原告は次の損害を被った。 ア 逸失利益 複製権等の侵害者が侵害によって得た利益は、著作権法114条2項により、著作権者に生じた損害と推定されるところ、被告は、被告ソフトの販売によって合計189万3600円の利益を得たから、原告には、同額の損害(逸失利益)が生じたと推定される。 イ 弁護士費用 被告が本件プログラムについての原告の複製権を侵害する不法行為を行ったことにより、原告は本訴請求に係る訴え提起を余儀なくされた。これによって原告が支払を余儀なくされた弁護士費用のうち20万円は、被告による上記不法行為と相当因果関係がある。 [被告の主張] 争う。 (5) 反訴請求に係る本案前の争点(反訴要件の有無)について [被告の主張] 原告による本件配信及び本件投稿は、被告が著作権侵害行為をした犯罪者であるとの印象を当該動画の視聴者に与えるものであり、被告の社会的評価を低下させるものであるから、原告の名誉を毀損するものである。 また、原告は、深夜に就寝していた被告にいきなり電話をかけ、被告について著作権侵害行為をした犯罪者扱いをし、示談金100万円の支払を要求するなどして、その対応にとまどい困惑している被告の様子(音声)を本件配信及び本件投稿により公開したから、被告のプライバシーを侵害するものである。 したがって、原告による上記行為は故意による不法行為に該当する。原告はこれにより著しい精神的苦痛を受けたから、これに対する慰謝料としては50万円が相当であり、また、弁護士費用としては5万円が相当である。 なお、本件反訴に係る訴えは、本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とするものであり、反訴要件を満たす。 [原告の主張] 反訴は「本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とする場合に限り」認められるところ(民事訴訟法146条1項)、本件反訴請求の訴訟物は、名誉権及びプライバシー権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権であって、本件本訴の目的である請求又は防御の方法と何ら関連性を有しないから、本件反訴に係る訴えは反訴要件を欠き不適法である。したがって、本件反訴に係る訴えは、実体審理に入るまでもなく、直ちに不適法として却下されるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 本訴請求について (1) 争点2(本件プログラムの著作者は原告か)について 事案に鑑み、まず、争点2について判断する。 ア 原告は、本件プログラムのうち本件手法メモ部分をプログラムとして記述した部分に創作性があると主張する一方、その他の部分については具体的な創作性の主張・立証をしない(かえって、これらの部分については創作性がない旨主張する。)。 そこで、本件プログラムに著作物性が認められるとした場合において、本件手法メモ部分をプログラムとして記述した部分(ソースコード部分)の著作者について検討するに、証拠(乙15〜18。枝番のあるものは枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、本件手法メモ部分をプログラムとして記述した(同部分に係る具体的なソースコードを作成した)のは専らCであると認められる。この点、原告も、「手法メモ部分のプログラムとしての入力」すなわち、具体的なソースコードの作成の大部分をCが担当したと認めているのであって(第5回弁論準備手続における原告の陳述)、ほかに原告が本件手法メモ部分に係るソースコードの作成を行ったと認めるに足る事情はない(なお、原告は、第5回弁論準備手続期日において、本件手法メモ部分について原告が実際にプログラムの入力を行ったか否かを確認すると述べたが、結局、同事実を確認した旨の主張はない。)。したがって、本件プログラムに著作物性が認められるとしても、原告が創作性を主張する「本件手法メモ部分をプログラムとして記述した部分」の著作者が原告であると認めることはできない。 イ これに対し、原告は、本件ソフトに「erupi」の表示があるから、著作権法14条によって著作者が原告であると推定されると主張するが、「erupi」が「原告の実名に代えて用いられるものとして周知のもの」であると認めるに足る証拠はないし、本件の全証拠によっても、「erupi」が「著作者名として通常の方法により表示されている」とは認められないから、著作権法14条を適用する前提に欠けるものというほかなく、原告の上記主張を採用することはできない。 ウ また、原告は、本件プログラムが効率的なFX取引の売買プログラムであり、売買の発動条件を規定する指標と数値の組み合わせが重要であるから、プログラム著作物としての創作性は、組み合わせを実現する具体的手段の段階ではなく、組み合わせの段階において把握すべきである旨主張する。原告の同主張は本件手法メモ部分それ自体についての創作性を主張するものと善解する余地もあるが、本件プログラムが効率的なFX取引を行う上で売買の発動条件が重要であるとしても、その指令の組合せとしての表現に創作性が認められなければ「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」であるプログラムの著作物としての著作物性は認められないところ、本件手法メモ部分は、特定の指標と数値の組み合わせそれ自体であって、アイデアにすぎないから、プログラム著作物としての創作的表現であるということはできない。 したがって、原告の上記主張についても採用できない。 (2) 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。 2 反訴請求について (1) 本案前の争点(反訴要件の有無)について 本件本訴及び本件反訴の各請求内容や本件の経過に照らせば、本件反訴について反訴要件に欠けるところはなく、本件反訴に係る訴えは適法であると認められる。 これに対し、原告は、本件反訴が「本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とする場合」に当たらないと主張するが、本件反訴は、本訴の目的である著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求に係る請求権の行使又は催告等が、その態様に照らして原告の名誉権又はプライバシー権を侵害する不法行為に当たると主張して損害賠償を求めるものであるから、本件本訴の目的である請求と関連する請求を目的とするものであると認められる。したがって、原告の上記主張は採用できない。 (2) 反訴請求の本案について 原告は、本件配信及び本件投稿につき明らかに争わないところ、本件配信及び本件投稿に係る動画中における原告の発言は、被告が原告の著作権を侵害したとの印象を与えるなど、被告の社会的評価を低下させるに足るものと認められるから、被告に対する名誉棄損の不法行為を構成するものと認められる(なお、被告は、原告が被告に著作権侵害に係る示談金100万円の支払を要求するなどし、その対応にとまどい困惑している被告の様子(音声)を本件配信及び本件投稿により公開したとして、プライバシー権の侵害も主張するが、被告の主張を前提としても、被告のプライバシー権が侵害されたとは認められない。)。 そこで、原告の損害額について検討するに、証拠(乙20〜23)及び弁論の全趣旨に照らすと、上記不法行為によって生じた原告の精神的損害を慰藉するには被告に対し慰謝料10万円を支払わせることが相当と認められる。また、同金額のほか、上記不法行為の態様、本件の経緯、原告の応訴態様など本件に現れた一切の事情を総合すると、弁護士費用のうち2万円については、原告の上記不法行為と因果関係を有する損害と認めるのが相当である。 したがって、被告は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償金合計12万円及びこれに対する不法行為後の日である平成29年3月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求することができる。 3 結論 以上によれば、本訴請求には理由がなく、反訴請求は主文第1項の限りで理由がある(なお、仮執行宣言については相当でないからこれを付さない。)。 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 沖中康人 裁判官矢口俊哉及び裁判官廣瀬達人は、転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 沖中康人 別紙省略 |
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