判例全文 line
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【事件名】ドキュメンタリー映画「JACO」BGM事件
【年月日】平成30年4月19日
 大阪地裁 平成29年(ワ)第781号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成30年2月15日)

判決
原告 スーパー・ストップ株式会社
同訴訟代理人弁護士 中嶋俊太郎
被告 株式会社パルコ
同訴訟代理人弁護士 福井健策
同 北澤尚登
同 橋本阿友子


主文
1 被告は、原告に対し、2万円及びこれに対する平成29年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを100分し、その99を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、635万円及びこれに対する平成29年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 請求の要旨
 本件は、レコード会社である原告が、自己が販売する音楽CDに収録されている楽曲がBGMとして使用されている映画を複製した、外国映画の配給会社である被告に対し、レコード製作者の権利(複製権)侵害を理由として、民法709条に基づき、損害賠償金635万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成29年2月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲書証及び弁論の全趣旨により容易に認められる。なお、以下、本判決中で書証を掲記するに当たっては、枝番号の全てを含む場合はその記載を省略する。)。
(1) 原告及び本件でレコード製作者の権利侵害が問題となっている音源
 原告は、「SOUND HILLS RECORDS」のレーベル名で音楽CDを販売しているレコード会社である(甲8)。原告が平成5年4月26日に販売を開始した「Holiday for Pans」という音楽CD(以下「本件CD」という。)には、世界的に著名なベーシストであるジャコ・パストリアス(以下「ジャコ」という。)によるベース演奏の音等で構成される楽曲が合計8曲収録されており、そのうちの1曲が「BIRTH OF ISLAND」という楽曲(以下「本件楽曲」という。)である(甲1、8及び弁論の全趣旨。以下、本件CDに収録された本件楽曲の演奏を録音した音源を「本件音源」という。)。
(2) 被告による本件音源の複製
 アメリカ合衆国の映画製作会社であるトラバース・メディア(以下「トラバース社」という。)から委託を受けたアメリカ合衆国の映像制作プロダクションであるスラング・イースト・ウエスト社(以下「スラング社」という。)が平成26年に制作したジャコのドキュメンタリー映画である「JACO」(以下「本件映画」という。)には、本件音源が2分弱のBGMとして使用され、エンドロールには、本件楽曲について、「バース・オブ・アン・アイランド 作曲及び演奏 ジャコ・パストリアス サウンドヒルズ(日本)許諾」と表示されていた(甲4)。
 被告は、平成28年7月1日付けで、本件映画の日本における配給会社として、スラング社との間で日本における映画権、ビデオ権等の許諾を受けるライセンス契約を締結し、同年9月にはスラング社からフィルム原版の送付を受けた(乙12)。
 その後、本件映画は、同年12月1日に東京都の1映画館で上映された後、同月10日からは全国数映画館で上映された(甲3)。これらの過程において、被告は本件映画を複製する中で、本件音源を複製した。
(3) 原告による通知
 原告訴訟代理人は、被告に対し、同年11月21日到達の同月19日付け通知書(乙2、以下「本件通知書」という。)により、原告が本件音源の著作隣接権を有しているところ、本件音源を本件映画内で使用することについての許諾を与えていないとして、本件映画の配給中止等の措置を求めた。
 その後、被告は、本件映画から本件楽曲を削除した(削除の時期については争いがある。)。
3 争点
(1) 原告が、本件音源につきレコード製作者の権利を有するか否か(争点1)
(2) 被告が本件音源を複製したことに過失があったといえるか否か(争点2)
(3) 原告の損害額(争点3)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(原告が、本件音源につきレコード製作者の権利を有するか否か)について
(原告の主張)
ア 原告は、@昭和57年にニューヨークにおいてジャコらによる本件楽曲の3テイクの演奏を自ら費用を支払って録音した、レコーディングエンジニアのP1から、平成4年5月12日付けで、そのマスターテープ(以下「本件マスターテープ1」という。)と共に本件マスターテープ1に関する一切の権限を譲り受け、A同年から平成5年にかけて、本件マスターテープ1に録音されたジャコらによる演奏の音について莫大な費用をかけて日本国内でミキシング及びマスタリング(以下「ミキシング等」という。)を行い、本件音源を制作してマスターテープ(以下「本件マスターテープ2」という。)に収録し、B本件マスターテープ2を複製して、本件CDを制作している。
イ 音楽レコードは、演奏家がスタジオ等で演奏を行い、その演奏を素材としてレコード製作者がミキシングを行い、最終的に作品としての楽曲が完成し、その音源がマスターテープに録音されるのであり、レコード製作者とは、こうして完成した楽曲のマスターテープを録音した者を意味する。そして、原告は、上記アAの事実経過により、ミキシング等をすることによりP1が録音した音源とは全く別個の音となった完成後の本件音源を「最初に固定」(著作権法2条1項6号)していることから、自身がレコード製作者として、その権利を有する(原始取得)。
 仮に、原告自身がレコード製作者ではなかったとしても、原告は、上記ア@の事実経過により、本件音源を「最初に固定」したレコード製作者であるP1から、レコード製作者の権利を譲り受けており、やはりその権利を有する(承継取得)。
(被告の主張)
 原告は、以下のとおり、本件音源のレコード製作者の権利を原始取得していないことはもとより、承継取得してもいない。
ア (原告の主張)アAの事実経過は不知である。また、原告が本件マスターテープ1に録音されたジャコらによる演奏の音をミキシングしたことは、何ら立証されていない。そして、(原告の主張)アAの事実経過を前提にしても、原告は、ミキシング等によって、「音を最初に固定した」わけではなく、既に固定されていた音を複製した上で改変したにすぎないから、レコード製作者ではない。したがって、原告が本件音源についてレコード製作者の権利を原始取得したとは認められない。
イ (原告の主張)ア@の事実経過も不知である。また、原告が提出する証拠によっても、P1がジャコらによる本件楽曲の演奏を本件マスターテープ1に録音したことや原告がP1からレコード製作者の権利を譲り受けたことが明らかになるわけではない。したがって、原告が本件音源についてレコード製作者の権利をP1から承継取得したとも認められない。
(2) 争点2(被告が本件音源を複製したことに過失があったといえるか否か)について
(原告の主張)
ア 被告が本件映画を複製することにより本件音源を複製した時期は、平成28年11月21日に本件通知書を受領した後であるところ、原告は、本件音源の複製を許諾していない。
イ 被告は、映画配給会社として、映画そのものや映画に使用されている楽曲等を複製することになるところ、映画を制作する権利元に当該映画に使用されている楽曲に関する権利処理が完了しているか否かを確認することは容易であり、当該映画を複製しないことによって、当該楽曲の音源についてレコード製作者の権利の侵害を回避することできる。したがって、被告は、映画を複製する場合には必ず、これに先立って、権利元に当該映画に使用されている楽曲に関する権利処理が完了しているか否かを確認する注意義務を負う。ところが、被告は、本件映画を複製するに先立って、権利元であるスラング社に本件映画に使用されていた本件音源に関する権利処理が完了しているか否かの確認を怠っており、被告には上記注意義務を怠った過失がある。
ウ 加えて、被告が、原告から本件通知書を受領してスラング社に確認した結果、本件映画のエンドロールでは本件音源の許諾権者とされている原告から許諾を得られていないことが把握できたことなど、本件楽曲に関する権利処理が完了していない可能性を十分予見できたなどといった本件固有の事情を踏まえると、被告が本件映画を複製したことに伴って本件音源を複製したことに過失があったことは明らかである。
(被告の主張)
ア 被告は、平成28年12月1日より後に本件音源を含む本件映画を複製したことはない。被告が、同年11月21日に本件通知書を受領した後に本件音源を含む本件映画を複製したことについては、認否しない。
イ 国映画の配給実務においては、本国の権利元が、当該映画に使用している音源のレコード製作者の権利等の権利処理を完了させているということが業界常識となっていることから、外国映画の配給会社が、当該映画に使用されている楽曲の権利処理が完了していないことを予見することは不可能である上、当該映画を構成する音楽等の全てについて権利処理が完了しているか否かを確認することは容易ではない。したがって、被告が、外国映画を複製するに先立って、本国の権利元に当該映画に使用されている楽曲に関する権利処理が完了しているか否かを確認する注意義務を負うことはない。したがって、被告が本件映画を複製することに伴って本件音源を複製したことに過失はない。
ウ また、本件通知書においては原告がレコード製作者としての権利を有することについての根拠資料が示されていなかったこと、被告が、平成28年11月21日に原告からの最初の連絡である本件通知書を受領した後、直ちに本国に問合せを行った結果、同月22日にはトラバース社から本件楽曲のレコード製作者の権利を有するジャコの遺族との間で権利処理を完了させているという回答を得た上、同月30日には上記回答を裏付ける原盤使用許諾契約書の写し(以下「本件原盤許諾契約書」という、乙1の1)を受領したこと、本件映画の複製を差し控えると興行会社との関係で債務不履行になり、トラバース社ないしスラング社の同意を得ないまま本件映画から本件楽曲を削除すると著作者人格権(同一性保持権)侵害に問われるリスクがあったこと、その後、被告は同年12月9日までに本国の権利元と交渉して本件映画から本件楽曲を削除する措置を採ったことなどに照らせば、本件通知書を受領してから本件映画が上映されるまでの間に本件映画を複製したとしても、被告が本件映画を複製したことに伴って本件音源を複製したことに過失があったということにはならない。
(3) 争点3(原告の損害額)について
(原告の主張)
ア 被告が原告の許諾を得て本件音源を複製していれば、原告は被告から許諾料を得られたはずである。そして、本件音源が、原告が約5080万円を掛けてミキシング等して制作した本件CDに収録された合計8曲の楽曲のうちの1曲であることに照らせば、原告が得られた許諾料相当額は635万円とするのが相当である。
イ 本件音源が使用された形で本件映画が上映された期間は証拠上明らかではなく、本件音源を使用されない形による本件映画のブルーレイディスクが発売されたのが平成29年4月26日であることなどに照らせば、その前日である同月25日までは本件音源を使用された形で本件映画が上映されていたと考えるべきである。仮に、本件音源を使用された形で本件映画が上映された期間が被告の主張どおり(平成28年12月1日から同月9日までの間)であったとしても、被告がその期間に得た収入も証拠上明らかではない。
(被告の主張)
 原告の主張は否認ないし争う。本件音源が使用された形で本件映画を上映された(このような形での上映期間は平成28年12月1日から同月9日までの間であり、同月10日以降は、本件音源を使用されない形で本件映画を上映された。)ことにより得た収入は86万円(興行収入172万円の50パーセント)にすぎないところ、本件映画には合計72曲の楽曲が使用されていること、本件映画を配給、上映するに当たっては使用されている楽曲の権利処理のため以外にも経費を要していることに照らせば、許諾料相当額が635万円に上ることはあり得ず、非常に低廉なものになるはずである。
 原告が許諾料相当額として主張する635万円は、本件CDの制作費用(約5080万)を収録楽曲数(合計8曲)で除したものであり、本件音源の制作費用を回収しようとしているにすぎない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告が、本件音源につきレコード製作者の権利を有するか否か)について
 当裁判所は、原告は、本件音源のレコード製作者としてその権利を原始取得したとは認められないが、レコード製作者の権利を有するP1からその権利を譲り受けたことにより、本件音源につきレコード製作者の権利を取得した(承継取得)と判断した。
(1) 認定事実
 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件マスターテープ1の取得に関する事情
 原告は、平成4年5月12日付けで、P1との間で、「P1によるマスターレコーディング(ジャコ・パストリアス演奏)の譲渡に関して」契約書を取り交わした(甲7。以下「本件契約書」という。)。そこでは、@P1は、本件契約書をもってマスターレコーディングに関する全ての権利を独占的に原告に譲渡すること(第1条)、Aこれにより、原告は、コンパクトディスク等を含むすべての形式においてもマスターレコーディングを複製することができること(第2条)、BP1は、本契約により付与された全ての所有権及び担保権が、付与の時点で同人に帰属することを原告に対して保証すること(第3条)、C原告は、マスターレコーディングの代金として、P1に対して総額15万5000米ドルを支払い、P1は、原告に対して、現在P1が保持しているマスターレコーディングのコピーを引き渡し、支払は、本件契約書の作成及び日本におけるマスターレコーディングとコピーの引渡しのときに実行されること(第5条)等が合意された。
 原告は、この契約に基づき、P1からジャコが演奏する本件楽曲のマスターテープ1(甲13のうちのフォルダ名が「無編集盤」となっているフォルダの中に格納されているMP3形式で複製された3つの電子ファイルがその内容である。)の引渡しを受け、これを所持している。P1が所持していたマスターレコーディングに係る録音は、米国で行われたものである(甲1)。
イ 本件マスターテープ2の制作及び本件CDの販売に関する事情
 原告は、本件マスターテープ1にミキシング等を行い、本件マスターテープ2(甲13のうちのフォルダ名が「オリジナル盤」となっているフォルダの中に格納されているMP3形式で複製された電子ファイルがその内容である。)を制作し、それに基づいて本件CDを制作し、平成5年4月26日から販売し、日本音楽著作権協会にも登録している(甲1)。また、本件CDの販売開始直後である同年5月1日発行の「ベースマガジン5月号」(甲8)には、特別企画として本件CDに関する記事が掲載されており、その中でも本件CDの販売元が原告であることが明記されている。また、同企画中の編集部名義の記事では、本件CDである「ホリデイ・フォー・パンズ」に収録された楽曲については、その権利及びマスターテープの所在が一時は行方不明になっていたという噂があるが、消息筋の意見として、マスターテープについては、録音はフロリダとニューヨークで行われ、シングル・スタジオのエンジニアであるP1が保管していたが、それに基づいて本件CDがリリースされることになったこと、マスターテープの権利については、ジャコがアーティスト契約を結んでいたワーナー・ブラザースがこのアルバムのリリースを認めず、契約を打ち切ったが、ジャコが録音スタジオに金を支払わなかったために権利は録音スタジオの一つであるKCCスタジオに引き継がれ、同スタジオにP1が金を支払って権利を取得したこと、P1が権利者であることを承認する旨の書面にジャコがサインしていることが記載されている。
ウ 本件CD発売後の事情
(ア) 原告は、平成5年の本件CDの販売開始以来、20年以上にわたり、レコード製作者の権利の侵害であるなどというクレームを受けておらず(乙4)、他にジャコの演奏による本件楽曲を録音した音源が存在することはうかがわれない。
(イ) 本件映画は、平成26年頃に米国で制作され、その頃に海外で公開された。本件映画では、本件楽曲につき本件音源が使用された。
 スラング社は、平成27年9月28日、ジャコの遺族が関係するジャコ・パストリアス社(以下「ジャコ社」という。)との間で、本件映画のサウンドトラックに収録されることとなるジャコの演奏に係る「Birth of Island」に関して、本件原盤許諾契約書により、その原盤の使用許諾契約を締結した(乙1)。そこでは、@ジャコ社がジャコの演奏に係る「Birth of Island」についての許諾を行う完全な権利を有していること、許諾行為を全世界で行うための原盤に対する100%の著作権を保有及び/又は管理していること等を表明及び保証すること(1.1項)、A上記の原盤の全時間分を、本件映画のサウンドトラックに収録することができること(2項)、Bスラング社はジャコ社に対して、本件原盤許諾契約書により付与される権利を無償でライセンスし、追加の支払は行われないこと(5.1項、5.2項)等が合意された。
(2) 音楽CDの一般的な制作工程
 一般社団法人日本レコード協会のホームページに掲載されている「音楽CDができるまで」との記事(甲11)によれば、音楽CDの一般的な制作工程のうち「レコーディング」以下の工程は、以下のとおりと認められる。
ア レコーディング
 まず、楽曲を実演家が演奏し、これを複数のチャンネルに録音する。ドラム、ベース等のリズムパートを録音してから、その他の楽器を録音していき、こうして録音された伴奏に合わせて、ボーカルを録音する。
イ ミキシング(トラックダウン)
 次に、マルチチャンネルで録音された音をバランスよく曲ごとにミックスして、音を完成させる。スタジオエンジニアの腕の見せ所となる。
ウ マスタリング
 続いて、完成した各曲の音をCDの音に仕上げるために編集し、CDに含まれる情報とともにテープなどに記録する。
エ その後
 さらに、マスタリングで完成した音をガラス原盤に刻み込むカッティングや、原盤から作られたスタンパーによってCDを製造するプレスの工程を経て、販売用の音楽CDが完成し、店舗に配送後販売される。
(3) 原告によるレコード製作者の権利の原始取得の有無について
ア 前記のとおり、原告は、P1から取得した本件マスターテープ1の音源にミキシング等を行って、本件マスターテープ2を制作し、それに基づいて本件CDを制作し、販売していると認められる(なお、被告は、原告によるミキシング等の事実を争うが、演奏を録音したマスターテープが商業用レコードを製作するために不可欠なものであり、極めて重要な商業的価値を有することからすると、本件マスターテープ2を原告が所持し、それに基づいて原告が本件CDを制作し、販売していることから、原告によるミキシング等の事実を推認するのが相当である。)。
 そして、原告は、上記ミキシング等をしたことにより、自らが本件音源についてのレコード製作者であると主張する。
イ 著作権法2条1項6号は、レコード製作者を「レコードに固定されている音を最初に固定した者」と定義しているところ、「レコードに…音を…固定」とは、音の媒体たる有体物をもって、音を機械的に再生することができるような状態にすること(同項5号も参照)、すなわち、テープ等に音を収録することをいう。そうすると、レコード製作者たり得るためには、当該テープ等に収録されている「音」を収録していることはもとより、その「音」を「最初」に収録していることが必要である。
 ところで、著作権法96条は、「レコード製作者は、そのレコードを複製する権利を専有する。」と定めているところ、ある固定された音を加工する場合であっても、加工された音が元の音を識別し得るものである限り、なお元の音と同一性を有する音として、元の音の「複製」であるにとどまり、加工後の音が、別個の音として、元の音とは別個のレコード製作者の権利の対象となるものではないと解される。
 本件では、上記(2)の音楽CDの制作工程からすると、販売される音楽CDに収録されている最終的な音源は、ミキシング等の工程で完成するものの、ミキシング等の工程で用いられる音は、そこで初めて録音されるものではなく、既にレコーディングの工程で録音されているものである。そして、レコーディングの工程により録音された音を素材としてこれを組み合わせ、編集するというミキシング等の工程の性質(上記(2)イ及びウ)からすると、ミキシング等の工程後の楽曲において、レコーディングの工程で録音された音が識別できないほどのものに変容するとは考え難く、現に、本件マスターテープ2に収録されている音が、本件マスターテープ1に収録されている音を識別できないものになっているとは認められない。そうすると、本件音源についてのレコード製作者、すなわち本件音源の音を最初に固定した者は、レコーディングの工程で演奏を録音した者というべきであるから、原告がミキシング等を行ったことによりそのレコード製作者の権利を原始取得したとは認められない。
 これに対し、原告は、ミキシング等の工程後の楽曲は、レコーディングの工程で録音された音とは全く別物になり、その楽曲こそが販売されるレコードの音であるから、レコード製作者はミキシング等の工程を行った者であると主張する。確かに、ミキシングの工程は、楽曲の仕上がりやサウンドを大きく左右する重要な工程であって、多額の費用を投下する場合もあると考えられる。しかし、前記のとおりミキシング等は、レコーディングの工程で録音されたマルチチャンネルの音を組み合わせ、編集するものであって、その目的上、元の音を識別できないほどに変容させることは考え難いから、原告の上記主張は採用できない。
(4) 原告によるレコード製作者の権利の承継取得の有無について
ア 前記認定のとおり、本件音源に係る演奏のレコーディングは米国で行われたから、その音源たる本件マスターテープ1の音源は、米国法の下では録音物として著作権により保護される(米国著作権法102条)が、日本法の下では、著作権法8条4号ロにより、保護されるレコードとして、レコード製作者の権利により保護される。
 本件では、日本国内において被告が本件音源を複製した行為が問題とされていることから、原告が本件マスターテープ1の音源について日本法の下でのレコード製作者の権利を有しているか否かが問題となるところ、原告は、自己がレコード製作者として本件音源の権利を原始取得したものでないとしても、P1から本件マスターテープ1の音源の権利を承継取得したと主張している。
イ そこで、まず、P1が本件マスターテープ1の音源についてのレコード製作者の権利を有していたか否かについて検討すると、確かに、前記認定の「ベースマガジン5月号」の編集部の記事では、P1は録音スタジオのエンジニアであるとされているから、通常はP1自身がレコード製作者であるとは考え難く、また、同記事ではP1がレコード製作者の権利を買い取った旨の消息筋の意見が記載されているものの、明確な裏付けがあるわけではない。また、甲12のKCCスタジオの録音記録も、日付の記載が空欄であるなど、どの時点のものか判然としない。しかし、P1は、本件音源のレコーディング時のマスターテープ(本件マスターテープ1)を所持しているところ、マスターテープは、その商業上の重要性からすると、通常はそれを複製して商業用レコードを製作する権利を有する者が所持するはずのものである。そして、原告は、P1から本件マスターテープ1を取得して本件CDを制作し、20年以上にわたり販売しているところ、ジャコが世界的に著名なベーシストでありながら、それまではスタジオ録音によるソロアルバムが2枚しかなかった状況にあって、本件CDが幻のサードアルバムとも位置付けられ(甲8・45頁)、本件音源は米国で制作された本件映画にも使用されたことからすると、本件CDはベース業界においては相応に知られていたと推認されるから、本件音源について他に権利を有する者がいれば、原告に対してクレームが寄せられてしかるべきであるが、そのような事実は認められない。もっとも、前記認定のとおり、ジャコの遺族が関係するジャコ社は、本件音源について100%の著作権(米国著作権の趣旨と解される。)を有することを保証した上でスラング社に対してその使用を許諾しているが、本件原盤許諾契約書においても、本件映画に表記するクレジットは「“Birth Island” Written and Performed by Jaco Pastorius」とされており、これによれば、ジャコは、日本法の下では、著作権と実演家の権利を有する立場にとどまり、レコード製作者の権利を有する立場には通常はない上、ジャコ社が本件マスターテープ1と同様のマスターテープを別途所持しているといった事情もうかがわれないから、ジャコ社がジャコの遺族が関係する会社であるとしても、本件マスターテープ1の音源のレコード製作者としての権利を有していることの根拠は不明というほかない。
 以上に加え、前記の「ベースマガジン5月号」の編集部の記事において、P1が本件音源の権利を取得した経緯がそれなりに記されていることや、本件契約書においてP1がマスターレコーディングの権利を有することを保証していることを併せ考慮すると、本件楽曲に係る本件音源については、P1が日本法の下でのレコード製作者の権利を有していたと認めるのが相当である。
ウ そして、原告は、そのP1から本件契約書によりマスターレコーディングに関する全ての権利を独占的に譲り受けたのであるから、本件マスターテープ1の音源について日本法の下でのレコード製作者の権利を承継取得し、本件音源についての同権利も有すると認められる。
(5) そして、被告が、日本国内で本件音源を使用した本件映画を複製した行為は、著作権法96条の「レコードを複製する」行為に当たるところ、原告が本件映画の制作に当たりトラバース社やスラング社等の関係者に本件音源の使用を許諾したことの主張立証はなく、また、原告が、被告に対し、本件音源が使用された本件映画の複製を行うことを許諾したことの主張立証もないから、被告が本件音源が使用された本件映画を複製した行為は、原告のレコード製作者の権利を侵害するものと認められる。
 そして、被告において本件音源が使用された本件映画を複製した時期は、平成28年11月21日に原告からの本件通知書を受領した後である(被告において争うことを明らかにしないことからこれを自白したものとみなす。)が、同年12月1日以降であることは被告が否認しており、このことを認めるに足りる証拠はない。
2 争点2(被告が本件音源を複製するにつき過失があったといえるか否か)について
 当裁判所は、外国映画の配給会社が、複製しようとする映画に使用されている楽曲等の権利処理が完了していないのではないかと合理的に疑わせる事情もないのに、当該映画を複製するに先立って、当該映画に使用されている楽曲等の権利処理が完了しているか否かを確認する注意義務を負うとは認められないものの、本件の事情に照らせば、本件音源の権利処理が完了していないのではないかということを合理的に疑わせる事情が存し、被告は、そのような事態を十分予見することができたのであるから、上記疑いを合理的に払拭できるまで調査、確認を尽くし、その疑いが払拭できないのであれば本件音源の複製を差し控えるべき注意義務を負っていたにもかかわらず、上記注意義務を怠ったという過失があると判断した。以下、詳述する。
(1) 事実経過
 前提事実及び前記1(1)の認定事実に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告が本件映画の配給会社としてスラング社との間でライセンス契約を締結するより前の時期の経過
(ア) 本件映画は、平成26年頃に米国で制作され、その頃に海外で公開された。
(イ) スラング社は、平成27年9月28日、本件原盤許諾契約書により、ジャコ社との間で原盤の使用許諾契約を締結した(乙1)。
(ウ) 原告代表者は、同年11月5日、ファイアースタータ・ミュージック社の音楽最高責任者とするP2から、「ジャコ・パストリアス『バース・オブ・アイランド』のジャコのドキュメンタリー内での使用についての至急依頼」と題する電子メールの送信を受けた(甲5)。そこでは、「P3様。私の友人であるP4が、P5氏に連絡を取り、あなたのことを教えてもらいました。ジャコ・パストリアスについての自主製作ドキュメンタリー映画JACOにおいて、御社のレーベルであるサウンドヒルズ(日本)からリリースされているアルバム作品ホリデイズ・フォー・パンズ中のジャコ・パストリアス『バース・オブ・アン・アイランド』のシンクロ権者としての許諾をお願いできないでしょうか。この映画には81曲が使用されており、既にジョニー・ミッチェル、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイビス等の多数の曲については、全ての楽曲についてほぼ同じような使用方法で、前金として2、500米ドルを支払い、全世界興行収入が100万、300万、5005万、1,000万、1,200万米ドルを超える毎に、それぞれ段階的に2,500米ドルを支払うとの条件で許諾を得ています。御社も他と同じ条件で同意いただけることを望んでおります。」などと記されていた。
 これに対し、原告側は、事後承諾の要請か否かを問いただすとともに抗議し、許諾を与えなかった(甲6、乙6)。
イ 被告が本件映画の配給会社としてスラング社との間でライセンス契約を締結した後の経過
(ア) 被告は、平成28年7月1日付けでスラング社と本件映画の日本での配給のためのライセンス契約を締結し、同年9月にはフィルム原版の送付を受けた。また、同年11月頃から映画公開のための宣伝広告が行われた。
(イ) 原告は、被告が本件映画の配給を予定していることを知ったことから、同月21日に被告に到達した原告訴訟代理人作成の本件通知書により、被告に対し、@原告が平成4年に本件楽曲のマスターテープ及びこれに関する全ての権利を譲り受け、平成5年にミキシングを行って本件楽曲が収録された本件CDを販売しており、原告が本件楽曲の著作隣接権を有していること、A平成27年11月5日に本件映画の音楽最高責任者とされるP2から本件映画に本件楽曲を使用することについての許諾を求められたがこれを与えておらず、本件映画のその他関与者に対しても許諾を与えていないこと、Bしかしながら、本件映画には本件楽曲が使用されているばかりか、本件映画のクレジットにあたかも原告が本件映画に本件楽曲を使用することについて許諾を与えたかのような表示がされていることを指摘し、被告が本件映画を配給するとレコード製作者の権利等を侵害することになるとして、配給中止等の必要な措置を講ずることを求めた(甲6、乙2)。
(ウ) これを受けて被告は、トラバース社に事実関係を確認したところ、同月22日に、トラバース社の担当者から、P2が原告に許諾を求めたことはP2の誤信によるものであり、実際にはレコード製作者の権利を保有するジャコの遺族との間で権利処理済みである旨の回答を得た。そして、被告訴訟代理人は、同月29日付け・同月30日到達の回答書により、原告訴訟代理人に対し、トラバース社が本件楽曲の許諾権者との間で必要な権利処理を完了させている旨伝えるとともにトラバース社の担当者への連絡を促した(乙3)。そして、被告は、同月30日には、トラバース社の担当者から、ジャコ社との間で権利処理済みであることを証する書面として、平成27年9月28日付けの本件原盤許諾契約書の送付を受けた(乙5)。
(エ) これに対し、原告訴訟代理人は、平成28年12月1日付けの書面により、被告に対し、原告が本件楽曲のレコード製作者の権利を保有している根拠として、@平成4年5月12日に、本件楽曲の演奏を録音したP1から原告が本件楽曲のマスターテープ及びそれに関する全ての権利を譲り受け、そのマスターテープに基づいてミキシングを行って本件CDを販売しているところ、これまで本件CDを販売していることに関してクレームを受けたことはないこと、A本件映画の製作関係者とされる人物も、本件楽曲のレコード製作者の権利を原告が保有していることを前提とする連絡をしてきていることを指摘し、上記@については本件契約書を、についてはP2からの電子メールの印刷物(甲5の1)を資料として添付した(乙4、5)。
(オ) これに対し、被告訴訟代理人は、平成28年12月2日付けの書面により、原告訴訟代理人に対し、@P1が本件楽曲に対する権利を取得・保有していた事実は挙証されておらず、Aレコード製作者の権利を保有するジャコの遺族の関係会社との間で権利処理済みであるとして、本件原盤許諾契約書を資料として送付するとともに、B本件映画の製作関係者としてMusic SupervisorであるP2が原告に連絡を取った事実が存するとしても、それはP2が許諾権の所在を誤信していたことによるものであるという回答を行った(乙5)。
(カ) 原告訴訟代理人は、同月8日付けの書面により、被告訴訟代理人に対し、これまでと同様の主張に加え、@ジャコは、本件楽曲の著作権者であってもレコード製作者ではないから、ジャコの遺族の関係会社から許諾を受けても無意味であり、ジャコ社がレコード製作者の権利を保有していると主張するのであれば、その根拠を明らかにしてもらいたいこと、AP2が原告に許諾を求めてきたのが本件原盤許諾契約書の作成日付とされている日よりも後の日であったり、本件映画のクレジットに本件楽曲についての権利を許諾した者として原告名が表示されていたりすることや、本件原盤許諾契約書の作成日付とされている日が本件映画が公開されてから1年近く経過した日であったり、その内容も無償許諾であったりすることを指摘して、P2が許諾権の所在を誤信したという主張は信用できず、本件原盤許諾契約書も不自然な点が多々あり、後日作成されたものと思われると主張するとともに、原告との間で有償による許諾契約を締結することを提案した(乙6)。
(キ) これに対し、被告訴訟代理人は、同月9日付けの書面により、原告訴訟代理人に対し、権利処理済みであるという認識に変わりはないものの、紛争の長期化を避けるため、同月10日以降の上映分につき本件映画から本件楽曲を削除することとした旨を伝えた(乙7)。
(ク) これを受けて原告訴訟代理人は、同月12日付けの書面により、被告訴訟代理人に対し、同月10日以降本件楽曲を削除した形で上映されているのか否かを確認したいので削除前後での違いを明らかにした上で削除されたことが分かる資料の送付を求めた(乙8)。これに対し、被告訴訟代理人は、同月16日付けの書面で、原告訴訟代理人に対し、資料の送付等の要求には応じないという回答をした(乙9)。
(2) 被告が本件音源が使用された本件映画を複製するに当たっての注意義務違反の有無
ア 一般に映画は音楽を初め多数の著作物等を総合して成り立つことから、それらの著作物等の権利者からの許諾については、映画製作会社において適正に処理するのが通常である。また、外国映画の配給会社に、その著作物等の一つ一つについて、本国の映画製作会社が権利者から許諾を受けているか否かを確認させることは、多大なコストと手間を必要とし外国映画の配給自体を困難にさせかねないこととなる。このことからすると、外国映画の配給会社において、配給のために映画を複製する場合に必ずこれに先立って、当該映画に使用されている楽曲等に関する権利処理が完了しているか否かを確認するという一般的な注意義務を課すのは相当ではないというべきである。一般社団法人外国映画輸入配給協会の会長の陳述書(乙11)において、外国映画の配給業界においては、外国映画における音楽原盤(レコード製作者)の権利処理については、本国の映画製作者等において権利処理済みであるということを前提とし、改めて権利処理の有無等を確認しないという実務慣行が確立しているとされていることは、この意味で肯認することができる。これに反する原告の主張は採用できない。
 もっとも、本国の映画製作会社等が、ある楽曲の音源のレコード製作者の権利を有する者から適正な許諾を受けていないのではないかということを合理的に疑わせる特段の事情が存在する場合には、映画を複製することにより当該音源のレコード製作者の権利を侵害するという事態を具体的なものとして予見することが可能であるから、その場合には、これを打ち消すに足るだけの調査、確認義務を負う上、調査、確認を尽くしても上記疑いを払拭できないのであれば、当該音源を使用した当該映画の複製を差し控えるべき注意義務を負うと解するのが相当である。
 この点について、被告は、外国映画の配給会社にはおよそ当該映画に使用されている楽曲の音源に関する権利処理に関する調査、確認義務を負わせるべきではないとの主張をする趣旨にも思われる。しかし、本国の映画製作者等がレコード製作者の権利を有する者から適正な許諾を受けていないのではないかということを合理的に疑わせる事情に接した場合に、そのような疑問が払拭されないまま映画の複製を行うことは、レコード製作者の権利を侵害する可能性が高いのであるから、そのような場合にまで調査確認義務を負わないと解することは、前記のような外国映画の配給における業界の実情を前提としても相当でないというべきであり、被告の主張は採用できない。
イ 上記(1)の事実経過に照らせば、被告が、本件音源が本件映画に使用されていることに関して、本件音源のレコード製作者から許諾を受けているか否かについて初めて疑義を提示されたのは、平成28年11月21日に原告から本件通知書が送付されてきたときのことである。そして、本件通知書には資料こそ添付されていなかったものの、本件映画のエンドロールにおいて、本件楽曲について「サウンドヒルズ(日本)許諾」と表示されている当の原告から、原告がマスターテープ及びこれに関する全ての権利を譲り受けて本件CDを制作、販売しており、本件映画の音楽最高責任者とされるP2から本件映画に本件楽曲を使用することについての許諾を求められたとの具体的な事実関係とともに、許諾を与えていないとの指摘がされたのであるから、これにより、トラバース社ないしスラング社が本件音源のレコード製作者から適正な使用許諾を受けていないのではないかという合理的疑いが生じたというべきである。
 これに対し、被告は、本件通知書は何ら資料が添付されていない根拠不明の内容であったとして、上記疑いは具体的なものではなかった旨主張する。しかし、本件通知書による指摘は、本件映画との関係が不明な第三者からのものというわけではなく、また、上記(1)イ(エ)のような本件契約書等の添付資料がある場合と比べれば具体性を欠くというだけであって、本件通知書での原告からの指摘内容に照らせば、相応の根拠があるものとして受け止めるべきものであるから、被告の主張は採用できない。
ウ そこで、被告が上記疑いを合理的に払拭できるだけの調査、確認を尽くしたか否かについて見ると、被告の複製時期との先後関係は必ずしも定かではないが、被告に最大限有利に考えると、上記(1)イ(ウ)のとおり、被告は、本件映画を複製するまでに、調査の結果、トラバース社から、本件楽曲のレコード製作者はジャコの遺族の関係するジャコ社であり、同社から許諾を受けているという回答を得て本件原盤許諾契約書を入手するとともに、本件映画の音楽最高責任者とされるP2が原告から許諾を得ようとしたことはP2の誤信に基づくものであるという回答も得ていたことになる。このように被告は、本件音源のレコード製作者の権利に関する権利処理に関する調査、確認をとるべく行動していたと認められる。しかし、原告からの本件通知書では、通常はレコード製作者の権利を有する者が所持するはずのマスターテープを原告が取得し、それに基づいて平成5年以降本件CDを販売しており、その音源が本件映画に無断使用されたと記されていることから、原告がレコード製作者の権利を有することが相応の根拠をもって提示されていたといえる。このことからすると、被告が、トラバース社から、単に真の権利者はジャコ社であるとの説明や、P2による許諾の求めは誤信によるものであったとの説明を受け、ジャコ社が100%の著作権を表明保証する本件原盤許諾契約書の送付を受けただけでは、真の権利者がジャコ社であるとの確証を得たとはいい難く、上記の疑問が合理的に払拭されたとはいえない。取り分け、本件映画のエンドロールにおいて「サウンドヒルズ(日本)許諾」と表記しながら、海外公開後になって、わざわざ本件楽曲だけを対象とするライセンス料無償の本件原盤許諾契約書を作成し、それでいながら音楽最高責任者のP2が原告から許諾を得ようとしたという一連の事態は、トラバース社ないしスラング社においても、本件音源の使用許諾を原告から取得する必要があると考えていたのではないかと疑わせる事情であり、単に誤信の一言で疑問が払拭される状況であるとはいえない。そうすると、本件音源のレコード製作者の権利に関する権利処理に関する調査、確認をそれ以上行わずに、疑問が払拭されないまま本件音源を使用した本件映画を複製した被告には、上記注意義務違反が認められる。
 これに対し、被告は、@トラバース社から、本件映画のクレジットに原告から許諾を得たとの表示がされていることについても、原告がレコード製作者の権利を有するとの誤信に基づくものであったとの回答を得ていたことから、調査、確認を尽くしていたといえる旨主張するとともに、A本件映画の複製を差し控えると興行会社との関係で債務不履行になり、本国の権利元等の許諾を得ずに本件映画から本件楽曲を削除すると著作者人格権侵害に問われかねないことから、義務遵守の決意を期待できない状況にあったとの趣旨と思われる主張をし、B被告は本件映画から本件楽曲を削除する措置も採ったとの主張をする。
 しかしまず、@について被告の主張が採用できないことは上記のとおりである。次に、Aについて見ると、確かに、本件映画の複製を差し控えると興行会社との関係で債務不履行になる可能性があることから、被告としては難しい選択が迫られる状況にあったとはいえる。しかし、そうであるからといって、原告のレコード製作者の権利を侵害する合理的な疑いが生じている状況下で、自己の損害を避けるために複製行為を強行することが許容されるということはできない。また、Bについて見ると、被告として原告の権利侵害を避けるための努力をしたことは認められるが、だからといって、その措置を採る前に複製行為を強行したことを免責するものではない。
(3) 以上によれば、被告には、原告のレコード製作者の権利を侵害するにつき過失があったと認められるから、被告は、原告に対して、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
3 争点3(原告の損害額)について
 当裁判所は、原告が許諾料相当額を損害として主張する本件における損害の額としては、2万円が相当であると判断した。以下、詳述する。
 本件で原告は、本件音源の許諾料相当額の損害を主張しているところ、これは、著作権法114条3項による損害額の主張をするものと解される。
 そこで、検討するに、まず、本件では、前記のとおり、本件映画の音楽最高責任者であるP2が、原告に対し、本件音源を本件映画に使用するライセンス料として、他の楽曲の場合と同じく、前金として2500米ドルを支払い、全世界興行収入が100万、300万、500万、1000万、1200万米ドルを超えるごとに、それぞれ段階的に2500米ドルを支払うとの条件を提示したことが認められるところ、これは、楽曲の音源を本件映画に使用する場合の、実際の使用態様も踏まえた、他の楽曲についてのライセンス料水準と同様の具体例として重視すべきものである。
 もっとも、この提示条件は、「現在知られている、又は今後判明するすべてのメディアについて、恒久的かつ全世界な許諾」(甲5)についてのものであり、本件映画は、ダウンタウン映画祭LA.やアテネ国際映画祭等の8つの海外での映画祭に出品されたこと(乙14)から、数か国以上の国で上映されたと推認される。これに対し、被告による本件映画の複製は、日本のみでの上映を目的とするものである上、前記認定のとおり、本件映画に本件音源が使用された期間は平成28年12月1日から同月9日までの間にとどまっており、前記の提示条件との間に大きな差異があるから、この点は上記の提示額からの減額要素として考慮する必要がある。また、実際にも、弁論の全趣旨によれば、被告がその間に得た配給収入は86万円にとどまると認められ、被告が本件音源を使用した本件映画によって多額の利益を受けたとも認められないから、このことからしても同様である(なお、原告は被告による上記の配給収入を認定し得るだけの証拠がないと主張するが、被告は、上記2(1)イ(キ)及び(ク)のとおり、本件訴訟提起前の交渉段階において、原告に対し、本件映画から本件楽曲を削除した旨を速やかに通知していること、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件訴訟の早期の段階から、興行収入及び興行会社との配分割合について、釈明を求められていないにもかかわらず明らかにしていること、原告も具体的な立証をしているわけでもないことからすると、上記のとおり認められる。)。
 他方、原告は、上記のP2からの提示を拒絶したのであり、その理由は主として事後承諾を求めることについての不信感によるものであったと思われるが、その結果、無許諾での使用となったのであるから、この事情も踏まえる必要がある。
 以上を勘案すると、本件での許諾料相当額は2万円と認めるのが相当である。
 これに対し、原告は、本件楽曲は、原告が約5080万円を掛けてミキシング等して制作した本件CDに収録された合計8曲の楽曲のうちの1曲であることに照らせば、許諾料相当額は635万円とするのが相当であると主張するが、その主張はいわば製造原価をそのまま許諾料相当額とするものに等しく、本件映画では約2分弱のBGMに本件音源が使用されているにすぎないことやP2からの提示内容に照らして採用できない。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、2万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成29年2月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 松宏之
 裁判官 野上誠一
 裁判官 大門宏一郎
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