判例全文 line
line
【事件名】データベース「eBASEserver」事件
【年月日】平成30年3月28日
 東京地裁 平成27年(ワ)第21897号 著作権侵害行為差止等請求事件、平成28年(ワ)第37577号 損害賠償請求反訴事件
 (口頭弁論終結日 平成29年12月18日)

判決
本訴原告・反訴被告 eBASE株式会社(以下、単に「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 中紀人
同 橋本芳則
同 森本純
同 橋本阿友子
同 藤田雄功
同 安井祐一郎
同 中原卓也
同訴訟復代理人弁護士 芳賀彩
本訴被告・反訴原告 株式会社インフォマート(以下、単に「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 高田弘明
同 牧野義信
同 加藤春恵
同 近藤秀和
同 赤島篤
同 日野英一郎


主文
1 原告の本訴請求をいずれも棄却する。
2 被告の反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを10分し、その9を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
(1) 被告は、別紙1被告物件目録記載のデータベースを複製し、又は公衆送信(送信可能化を含む。)してはならない。
(2) 被告は、別紙1被告物件目録記載のデータベース及びその複製物(同データベースを格納した記録媒体を含む。)を廃棄せよ。
(3) 被告は、原告に対し、10億円及びこれに対する平成27年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
(1) 原告は、被告に対し、1億1000万円及びこれに対する平成28年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告は、別紙2謝罪広告目録記載の謝罪広告を、同目録記載の条件で各1回掲載せよ。
第2 事案の概要等
1 請求の概要
(1) 本訴事件
 本訴事件は、原告が、被告に対し、次の請求をする事案である。下記ア<3>、イ及びウの各損害賠償請求は、選択的併合の関係にある。
ア 著作権侵害を原因とする請求
 被告がその管理するサーバ内に構築して顧客に提供している別紙1被告物件目録記載のデータベース(以下「被告データベース」という。)は、原告が著作権を有するデータベース((1)被告が提供していたサービスである「FOODS信頼ネット」にデータが登録・蓄積されて形成されたデータベース、又は(2)原告が開発したデータベースパッケージソフトウェア「eBASEserver」そのもの。原告は、この「eBASEserver」がデータベースの著作物に当たると主張している。なお、原告の主張によれば、「eBASEserver」には、特に対象業界を問わないベースソフトウェアと、このベースソフトウェアに食品業界向け情報交換プラットフォームとして動作するためのオプションソフトウェアを加えたものとがあるが、以下、「eBASEserver」というときは、特段の断りがない限り後者を指す。)の複製物又は翻案物であるから、被告が被告データベースを作成することは、原告が有する上記各データベースの著作物の複製権又は翻案権を侵害し、被告が被告データベースを顧客にサービスとして提供することは、原告が有する上記各データベースの公衆送信権を侵害するなどとして、原告が、被告に対し、<1>著作権法112条1項に基づき被告データデースの複製及び公衆送信(送信可能化を含む。以下同じ。)の差止めを求め、<2>同条2項に基づき被告データベース及びその複製物(被告データベースを格納した記録媒体を含む。)の廃棄を求めるとともに、<3>著作権侵害の不法行為による損害賠償請求権(対象期間は、平成19年4月1日から平成27年8月4日までである。)に基づき、損害賠償金12億6500万円の一部請求として、10億円及びこれに対する不法行為後の日である平成27年9月2日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するもの。
イ 債務不履行を原因とする請求
 被告が、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したことは、原被告間の平成19年4月1日付け使用許諾契約書による契約(以下「本件使用許諾契約」という。)に違反するとして、債務不履行に基づき、損害賠償金42億1800万円の一部請求として、10億円及びこれに対する請求後の日である平成27年9月2日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するもの。
ウ 一般不法行為を原因とする請求
 被告が、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様を剽窃して被告データベースを構築したことは、法的保護に値する利益であるところの体系的構成であるデータベース構造及び原告の営業活動の利益を侵害する不法行為であるとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金12億6500万円の一部請求として、10億円及びこれに対する不法行為後の日である平成27年9月2日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するもの。
(2) 反訴事件
 反訴事件は、被告が、原告に対し、次の請求をする事案である。下記イ<1>及びウ<1>の各損害賠償請求、また、下記イ<2>及びウ<2>の各謝罪広告請求は、それぞれ選択的併合の関係にある。
ア 本訴の提起が不法行為に当たることを原因とする請求
 原告が本訴を提起したことは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであって、被告に対する不法行為を構成するとして、被告が、原告に対し、不法行為による損害賠償請求権(民法709条、715条、会社法350条)に基づき、損害賠償金6億5257万円の一部請求として、1億円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年10月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するもの。
イ 名誉毀損を原因とする請求
 原告が虚偽の事実を記載した本訴の訴状及び平成27年8月20日付け訴状訂正申立書(以下、併せて「訴状等」という。)を提出し、被告の平成27年9月1日付けプレスリリース(別紙4。以下「被告プレスリリース」という。)に引き続き、虚偽の事実を記載した同月2日付けプレスリリース(別紙5。以下「原告プレスリリース」という。)を原告のウェブサイトの「IR情報」欄に掲載し、同年10月7日に開かれた本件の第1回口頭弁論期日において訴状等を陳述した一連の行為、又はこれら個別の行為がそれぞれ、被告の名誉を毀損する不法行為を構成するとして、被告が、原告に対し、<1>不法行為による損害賠償請求権(民法709条、715条、会社法350条)に基づき、損害賠償金5000万円の一部請求として、1000万円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年10月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するとともに、<2>民法723条に基づき、別紙2の要領にて謝罪広告を各1回掲載するよう請求するもの。
ウ 不正競争防止法(以下「不競法」という。)に基づく請求
 原告が原告プレスリリースを掲載した行為が、不競法2条1項15号の不正競争行為を構成するとして、被告が、原告に対し、<1>不競法4条に基づき、損害賠償金4000万円の一部請求として、1000万円及びこれに対する不正競争行為後の日である平成28年10月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めると共に、<2>不競法14条に基づき、別紙2の要領にて謝罪広告を各1回掲載するよう請求するもの。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、本判決では、書証の枝番号の標記は省略した。)
(1) 当事者
 原告は、情報処理サービス業並びに情報提供サービス業、情報通信ネットワークシステムのコンサルティング、開発、設計、施工、保守並びに販売等を目的として設立された株式会社である。
 被告は、食料品及び日用雑貨の販売、食料品及び日用雑貨の通信販売等を目的として設立された株式会社である。
(2) 「FOODS信頼ネット」の開発・運営
ア 原告と被告は、平成16年9月1日、次の条項を含む「業務提携契約書」(甲9。以下「本件業務提携契約書」といい、同契約書により締結された契約を「本件業務提携契約」という。)を取り交わした。
「第1条(目的)
1.本契約は、甲(判決注:被告をいう。以下同じ。)および乙(判決注:原告をいう。以下同じ。)が、甲が提供する商品規格書サービス(以下「本サービス」という。)を共同して構築推進するとともに、相互に各々が持つ商品およびサービスの拡販を行うことに関する、業務提携の内容を定めるものであり、甲乙双方の発展繁栄を主たる目的とするものである。」
「第2条(提供業務内容)
1.甲および乙は、第1条の目的を実現するために、以下の事業を行う。
<1> 甲および乙は共同して、商品・原材料規格書の標準フォーマット(以下「標準規格書」という)を策定する。
<2> 甲および乙は共同して、策定した標準規格書が業界標準となるよう働きかけを行う。
<3> 甲は、本サービスとして以下の内容を行う。
・各事業者からの標準規格書に準拠した情報データの収集を行う。
・収集したデータの各事業者および消費者への公開を行う。
・各事業者間の標準規格書に準拠した情報データの交換サービスを行う。
<4> 乙は、本サービスに必要なシステム(以下「本システム」という)の開発、構築を行う。
<5> 甲および乙は各事業者向けに、「乙の保有するソフトウェア商品であるeBASE、eBASEserver、およびそのシリーズ商品」(以下「eBASEシリーズ」という)および、本サービスの拡販と導入支援を行う。
〔以下略〕」
「第4条(知的財産権)
1.標準規格書および本システムに関する著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む)及び著作者人格権(著作権法第18条から第20条の権利をいう)並びにそれに含まれるノウハウ、アイデア、コンセプト、技術、または特許等の知的財産権は、甲に帰属するものとする。但し、本システムを設計、開発するにあたって、乙より提供されたeBASEシリーズ等の著作物については乙に帰属するものとする。
〔以下略〕」
イ 原告は、本件業務提携契約に基づき、食品業界の各事業者が標準フォーマットに準拠した商品・原材料規格書情報をネットワークを介して登録・交換することができるデータベースシステムを構築し、被告は、平成17年4月1日から、このデータベースシステムを利用したサービスに「FOODS信頼ネット」との名称を付して一般に提供を開始した。
 なお、原被告間の契約により、「FOODS信頼ネット」が構築されたサーバは、原告が管理・保守を担当していた。また、「FOODS信頼ネット」において、被告の顧客である各事業者は、「FOODS信頼ネット」に商品・原材料規格書情報を登録するに際し、原告が開発した「eBASEjr.」との名称のアプリケーション・ソフトウェアを用いていた。
(以上につき、甲11、乙4、10)
(3) サーバ移管と「ASP規格書システム」
 上記(2)イのとおり、「FOODS信頼ネット」が構築されたサーバは、原被告間の契約により、原告の事業所に設置され、原告が管理・保守を担当していたが、原被告間では、平成18年頃、「FOODS信頼ネット」を被告の事業所に設置されたサーバで運用するとの計画が持ち上がり、平成19年1月9日午前9時から、被告の事業所に設置されたサーバでの運用が開始された(以下、「FOODS信頼ネット」を運用するサーバが原告の事業所に設置されたものから被告の事業所に設置されたものに変更された一連の作業を「本件サーバ移管」という。)。
 被告は、平成19年3月頃、「FOODS信頼ネット」の名称を「ASP規格書システム」と改め、リニューアルしたサービスとして提供を開始し、現在に至るまでその提供を継続している。
 また、原告と被告は、平成19年4月1日付けで、被告が、原告が提供した「eBASEserver」「eB-foods/P」「eBASEjr.」「eB-fresh」との名称の各ソフトウェアの保守費用として、原告に対して年額61万2000円(消費税抜)を支払う旨の「ソフトウェア年間保守契約書」を取り交わした。
(以上につき、甲13、乙4、23の8、弁論の全趣旨)
(4) 本件使用許諾契約の締結
 原告と被告は、平成19年4月1日付けで、次の条項を含む「使用許諾契約書」(甲12。以下「本件使用許諾契約書」という。)を取り交わして本件使用許諾契約を締結した。
 「eBASE株式会社(以後、「甲」と記載)と株式会社インフォマート(以後、「乙」と記載)は、eBASEのデータベース構造の一部をさまざまなフォーマットを使用して表現したもの(以後、「本仕様」と記載。)、および本契約締結後に乙または乙の取引先(以後、「丙」と記載)のデータベース内に格納されているデータを、本仕様を使用して書き出したデータ仕様書(以後、「本仕様書」と記載。)の使用に関し、次のとおり契約(以後、「本契約」と記載。)を締結する。」
「第1条(使用許諾等)
(1) 甲は乙に対し、乙が提供するサービスであるFOODS信頼ネット(以後、「信頼ネット」と記載)に、丙がデータ登録をする手段として、丙に本仕様を使用させることを許諾する。なお、使用場所は日本国内の乙の施設内に限る。
〔以下略〕」
「第2条(秘密保持義務)
(1) 乙(関連会社を含む。以後本条において同じ)は、本仕様および本仕様書ならびに本契約に関連して知り得た甲の技術上、業務上その他一切の情報(以後、「秘密情報」と記載。)を秘密として保持し、甲の事前の書面による許可なく第三者に開示又は漏洩してはならない。〔以下略〕
(2) 前項のほか、乙は、甲の事前の書面による許可なく秘密情報の複製(媒体の如何を問わない。)、改変、結合、秘密情報を元にして行う新たなプログラムの作成、秘密情報を模倣して行うデータベース構造の作成その他一切の処分(以後、「改変等」と記載。)を行うことができない。
(3) 乙が開発作成したデータベースが本仕様または本仕様書の全部または一部に類似すると甲が判断した場合には、乙が改変等をしたものとみなす。
(4) 乙が、改変等を行った場合には、その作成物の著作権法上の権利その他一切の権利は甲に属するものとする。
(5) 乙が第1項または第2項に違反し、甲に損害が生じた場合には、乙は、甲に対し、損害(訴訟費用、弁護士費用等を含む)を賠償するものとする。
(6) 乙が第1項または第2項に違反して開発作成したデータベースを商品化した場合には、乙またはその関連会社の販売額全額は前項の甲に生じた損害の一部とみなす。
(7) 本条の規定は、本契約終了後も有効に存続する。」
「第3条(移転等)
 本契約は、本仕様、本仕様書に関する甲の知的財産権その他の権利を乙に移転するものではない。」
(5) 本訴の提起等
ア 原告は、平成27年8月5日、本訴を提起した。
イ 原告は、本訴の訴状及び平成27年8月20日付け訴状訂正申立書(訴状等)に、次のような事実を記載していた。
(ア) 原告は、本件サーバ移管(前記(3)参照)後の「FOODS信頼ネット」ないし「ASP規格書システム」には、原告が開発したデータベースパッケージソフトウェア「eBASEserver」がインストールされているものと考えていたが、平成25年6月になって、はじめて、被告が「eBASEserver」をインストールすることなく「ASP規格書システム」を運用していることを知った。(以下、この事実主張を「原告主張ア<1>」という。)
 また、「ASP規格書システム」では、運用開始から現在に至るまで、「eBA5SEjr.」からデータを登録し、受信することができる。そうである以上、「ASP規格書システム」のデータベース構造が「eBASEserver」のデータベース構造と同一であることは、物理的に明らかである。(以下、この事実主張を「原告主張ア<2>」という。)
(イ) 原告は、平成18年12月ないし平成19年1月頃、「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書テーブルの内容の全てを含むファイル「eB-foods csvファイル ver1.0」をエクセルデータに変換して媒体に記録したもの(以下「原告データベース仕様」という。)を被告に交付し、被告は、これをパソコンやサーバに複製して「ASP規格書システム」を構築した。(以下、この事実主張を「原告主張イ」という。)
(ウ) 原告は、平成16年2月頃、「eBASEserver」を構築した。(以下、この事実主張を「原告主張ウ」という。)
(エ) 平成19年4月1日付けで締結された本件使用許諾契約は、本件サーバ移管を目的とした原告データベース仕様の開示をも対象として締結されたものである。(以下、この事実主張を「原告主張エ」という。)
ウ また、訴状等には、別紙3訴状等表現目録記載の各表現がある(以下、これらの表現を併せて「本件訴状等表現」という。)。
(6) プレスリリース等
ア 訴状等は、平成27年9月1日、被告に送達された。
 被告は、同日、東京証券取引所における上場有価証券の発行者の会社情報の適時開示等に関する規則2条(2)dに基づき、別紙4のとおりの被告プレスリリースを、自社のウェブサイト及び東京証券取引所の適時開示情報閲覧サービス(以下「TDnet」という。)に掲載した。
(以上につき、乙25)
イ 原告は、平成27年9月2日、別紙5のとおりの原告プレスリリースを、原告のウェブサイトの「IR情報」欄に掲載した。原告プレスリリースには、次の表現がある(以下、これらの表現を併せて「本件プレスリリース表現」という。)。
(ア) 「当社製品のカスタマイズ版である『FOODS信頼ネット』の知的財産権は、上記の業務提携契約に基づき、そのカスタマイズ部分を除き、当社に帰属するものです。」
(イ) 「当社に帰属する知的財産権を、当社から許諾を得ることなく、当社の許諾の範囲外で使用しています。」
(以上につき、乙26)
3 争点
(1) 著作権侵害を原因とする本訴請求に関連する争点
ア 「eBASEserver」は、データベースの著作物であるか(争点1-1)
イ 「FOODS信頼ネット」にデータが登録・蓄積されて形成されたデータベースの著作権は、本件業務提携契約書4条1項ただし書の規定により、原告に帰属していたか(争点1-2)
ウ 「ASP規格書システム」のデータベース(被告データベース)は、原告が著作権を有するデータベースの著作物(「FOODS信頼ネット」のデータベース又は「eBASEserver」)の複製物又は翻案物であるか(争点1-3)
エ 原告は、本件サーバ移管に際し、被告に対し、被告が「FOODS信頼ネット」のデータベースの体系的構成及び辞書を複製及び翻案することを許諾したか(争点1-4)
オ 原告が受けた損害の額(争点1-5)
(2) 債務不履行を原因とする本訴請求に関連する争点
ア 被告は、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したか。また、このことが本件使用許諾契約に違反する債務不履行に当たるか(争点2-1)
イ 原告が受けた損害の額(争点2-2)
(3) 不法行為を原因とする本訴請求に関連する争点
ア 被告は、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したか。また、これにより、原告の法的保護に値する利益が侵害されたか(争点3-1)
イ 原告が受けた損害の額(争点3-2)
(4) 本訴の提起が不法行為に当たることを原因とする反訴請求に関連する争点
ア 本訴の提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるか(争点4-1)
イ 被告が受けた損害の額(争点4-2)
(5) 名誉毀損を原因とする反訴請求に関連する争点
ア 原告が訴状等を提出し、被告プレスリリースに引き続き、原告プレスリリースを掲載し、訴状等を陳述した一連の行為、又はこれら個別の行為はそれぞれ、被告の社会的評価を低下させるものか(争点5-1)
イ 原告の行為は、応酬的言論として違法性を欠くか(争点5-2)
ウ 原告の行為は、公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあり、前提としている事実の重要な部分又は摘示した事実が真実であるために違法性を欠くか。又は、同事実を真実と信ずるについて相当な理由があるために故意又は過失が否定されるか(争点5-3)
エ 被告が受けた損害の額(争点5-4)
オ 謝罪広告の必要性(争点5-5)
(6) 不競法に基づく反訴請求に関連する争点
ア 原告が原告プレスリリースを掲載した行為は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に当たるか(争点6-1)
イ 被告が受けた損害の額(争点6-2)
ウ 謝罪広告の必要性(争点6-3)
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1-1(「eBASEserver」は、データベースの著作物であるか)について
【原告の主張】
ア 平成16年8月10日版「eBASEserver」の完成
 原告は、平成15年頃には、既に食品業界向け商品情報交換プラットフォームとしてのデータベースパッケージソフトウェアを開発していたが(甲37。初期の「eBASEserver」)、その後、生活協同組合連合会コープきんき事業連合、日本生活協同組合連合会、生活協同組合連合会コープネット事業連合などへの導入を通じて改良を続け、平成16年8月10日時点での「eBASEserver」(原告内では、これを「eB-foods」と称することもあった。)を完成させた(以上につき、甲34ないし49)。
イ 平成16年8月10日版「eBASEserver」の著作物性
 食品業界には様々な事業者があり、それぞれが必要とする商品情報やその整理・分類の方法は異なるから、平成15年当時、食品の商品情報を広く事業者間で連携して共有する方法は実現していなかった。このような状況の中、原告が、商品情報の項目から、独自に登載すべき項目を取捨選択、整理・分類してデータベースパッケージとして打ち出したものが「eBASEserver」(eB-foods)である。
 平成16年8月10日版「eBASEserver」は、創作性あるデータベース構成及び辞書を備えている点において、それ自体、データベースの著作物といい得るものである。
 すなわち、体系的構成としては、「基本情報」「仕様変更」「包材・表示情報」「製造・品質」「原材料リスト」「原材料」の各テーブルを備え、これらのテーブルは、合計600を超える項目から構成され、また、テーブル同士が相互に関連付けられている。この項目のうち53項目は、さらに、合計22個の辞書ファイルと関連付けられ、これを参照するものとしている。これらデータ項目の取捨選択や、各テーブルへの項目の分類等には、選択の幅が広い中、原告が個性的に表現をしたものである。
 また、合計22個の辞書ファイルは、例えばデータ項目「JICFS中分類」「JICFS小分類」「JICFS細分類」を入力する際に参照され、中分類3分類(水産、畜産、農産)、小分類38分類、細分類545分類の情報を備えた辞書である「jicfs_bunrui.txt」、データ項目「原産国」を入力する際に参照され、大分類8分類から中分類、小分類まで多数の情報を備えた辞書である「origin.txt」、データ項目「原材料一般名・添加物物質名」のうち「添加物物質名」を入力する際に参照され、10342種類の添加物につき、37819個の正式名称及び略称の情報を備えた辞書である「alias.txt」など、膨大な量の辞書情報を備えているが、辞書情報の取捨選択及び分類については、選択の幅が広い中、原告が個性的に表現したものである。
 そうすると、平成16年8月10日版「eBASEserver」は、<1>合計22個の辞書がそれぞれ様々な辞書情報を備えており、データベースの体系的な構成の中で各データ項目と紐付けられて辞書網を構成している点に創作性が認められ、<2>個々の辞書が、それ単独でも、体系的構成及び情報の選択において創作性が認められるから、データベースの著作物として著作物性が認められるべきである。
【被告の主張】
ア 平成16年8月10日時点で同日版「eBASEserver」が完成していたとの事実は否認する。
 「FOODS信頼ネット」は、本件業務提携契約書2条1項からも明らかなように、原告と被告が共同して商品・原材料規格書の標準フォーマット(標準規格書)を策定した上で、策定された標準規格書に準拠した情報データの収集・公開・交換サービスを提供するためのシステムである。そのため、「FOODS信頼ネット」のデータベースの体系的構成は、原告及び被告が共同して、また、フード業界トレーサビリティ協議会を通じて策定される標準規格書の内容により規律されるべき性質のものである。原告の主張を前提とすれば、標準規格書の内容が定まらない時点で、既に標準規格書の情報を収集、管理するためのデータベースの体系的構成が定まっていたこととなり不合理である。標準規格書の内容が原被告の協議やフード業界トレーサビリティ協議会によって形成され、これが日本生活協同組合連合会で採用されたことなどは、原告の担当者が作成した報告書(乙11)の記載からも明らかである。
イ 平成16年8月10日版「eBASEserver」が著作物性を有するとの主張は争う。
 そもそも著作権法においてデータベースとして保護されるのは、情報の集合物であって、体系的な構成ではない。したがって、原告の主張のうち、データベースの体系的構成のみを理由として「eBASEserver」の著作物性を主張する部分は、主張自体失当である。
 この点を措くとしても、原告が平成16年8月10日版「eBASEserver」として提出する書面の中には、各テーブルの関連付けを示すキー項目が存在しないから、原告は、平成16年8月10日版「eBASEserver」の体系的構成を主張立証していないし、これが、当時複数存在していた競合他社の製品と比して、いかなる点において創作性を有するかについても、何ら具体的に主張していない。
 原告は、平成16年8月10日版「eBASEserver」に搭載されている個々の辞書が、それ単独でもデータベースの著作物として保護されるとも主張するが、原告はすべての辞書ファイルの体系的構成や情報の選択についての創作性について主張していないし、辞書の情報は、商品登録情報を検索するための入力支援情報にすぎず、コンピュータで検索することを念頭に整理が施されたものではないから、「電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」とはいえず、著作権法上の「データベース」には当たらない。
(2) 争点1-2(「FOODS信頼ネット」にデータが登録・蓄積されて形成されたデータベースの著作権は、本件業務提携契約書4条1項ただし書の規定により、原告に帰属していたか)について
【原告の主張】
 上記(1)のとおり、原告は、平成16年8月10日の時点で、データベースの著作物である「eBASEserver」を完成させていたところ、その後、これに新たな創作性を加えない程度のわずかな改変を施し、平成17年1月6日版「eBASEserver」を完成させている。
 そして、原告は、本件業務提携契約に基づいて「FOODS信頼ネット」を開発するに際して、この平成17年1月6日版「eBASEserver」に、被告のためのカスタマイズ部分(顧客別等のカスタマイズ要件を実装した入力管理機能、ユーザー管理機能、ユーザー管理データベース、ワークフロー機能のほか、若干の辞書情報等の追加)を加えてシステム構築したが、これら被告のためのカスタマイズ部分は、「eBASEserver」とは可分なものである。
 そうすると、「FOODS信頼ネット」のシステムのうち、「eBASEserver」に相当する部分は、「本システムを設計、開発するにあたって、乙(原告)より提供されたeBASEシリーズ等の著作物」(本件業務提携契約書4条1項ただし書)に当たり、原告に著作権が帰属するものである。
 そして、「FOODS信頼ネット」は、参加企業がデータを登録することにより、自然発生的にデータベースが構築されていく受容型データベースであって、データベースの体系的構成が、データベースの著作物としての本質的部分であることからすれば、「FOODS信頼ネット」にデータが登録・蓄積されて形成されたデータベースの著作権は、データベースの体系的構成について著作権を有する原告に帰属するものと認められるべきである。
【被告の主張】
 「FOODS信頼ネット」のうち「eBASEserver」に相当する部分が可分であるとの事実は否認し、同部分につき本件業務提携契約書4条1項ただし書が適用されるとの点は否認し、又は争う。「FOODS信頼ネット」は、全体として共同著作物となるべきものであるが、本件業務提携契約書4条1項本文の規定により、被告が単独で著作権を有するものである。
 原告は、本件業務提携契約書4条1項ただし書が適用されるなどと主張するが、「FOODS信頼ネット」が、同ただし書の「eBASEシリーズ等の著作物」に該当しないことは明らかであるし、「FOODS信頼ネット」のデータベースの体系的構成自体は、登録情報とは切り離されたアイデアであり、同ただし書の「著作物」に該当しないことも明らかであるから、同ただし書が適用される余地はない。
(3) 争点1-3(「ASP規格書システム」のデータベース〔被告データベース〕は、原告が著作権を有するデータベースの著作物〔「FOODS信頼ネット」のデータベース又は「eBASEserver」〕の複製物又は翻案物であるか)について
【原告の主張】
 前記前提事実(第2、2(3))のとおり、平成18年から平成19年1月にかけて、「FOODS信頼ネット」が構築されたサーバを原告の事業所に設置されたものから被告の事業所に設置されたものへと移管する本件サーバ移管が行われた。その後、「FOODS信頼ネット」は、「ASP規格書システム」へとリニューアルされたが、「FOODS信頼ネット」においても「ASP規格書システム」においても、原告と被告との間では、「eBASEjr.」を商品情報の登録ツールとすることが合意されていた。しかし、「ASP規格書システム」は、「eBASEjr.」のみならず、ウェブ画面からも商品情報を登録することができるようである。
 「eBASEjr.」を用いて商品情報を登録する場合には、「eBASEjr.」が備える辞書情報により、商品情報が正規化されてデータベースに登録される。しかし、この登録をウェブ画面からも行えるということは、「ASP規格書システム」は、「eBASEjr.」の複製物を登載しているということである。
 そうすると、被告は、原告が交付した原告データベース仕様(「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書テーブルの内容の全てを含むファイル「eB-foods csvファイル ver1.0」をエクセルデータに変換して媒体に記録したもの)を複製して、「ASP規格書システム」を構築したというべきであり、その表現上の本質的特徴であるデータベース構造及び辞書情報は、その後も維持されているとみるべきであるから、「ASP規格書システム」のデータベース(被告データベース)は、原告が有するデータベースの著作物(「FOODS信頼ネット」のデータベース又は「eBASEserver」)の複製物又は翻案物と評価されるべきである。
【被告の主張】
 原告が被告に対して原告データベース仕様(「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書テーブルの内容の全てを含むファイル「eB-foods csvファイル ver1.0」をエクセルデータに変換して媒体に記録したもの)を交付したとの事実は否認する。原告は、そもそも交付があった時期等を具体的に特定して主張していないし、同事実を証する証拠を何ら提出していない。そして、被告が原告データベース仕様の交付を受けていない以上、これを複製して「ASP規格書システム」を構築したということもない。
 これらをひとまず措いて、原告が主張するところの平成16年8月10日版「eBASEserver」に示された体系的構成と、「ASP規格書システム」のデータベースの体系的構成を比較したとしても、テーブル構成のみに着目しても表の数や項目数が異なっているから、両者は類似しないことが明らかである。
(4) 争点1-4(原告は、本件サーバ移管に際し、被告に対し、被告が「FOODS信頼ネット」のデータベースの体系的構成及び辞書を複製及び翻案することを許諾したか)について
【被告の主張】
 原告及び被告は、平成18年4月頃、「FOODS信頼ネット」の新システムを被告が開発し、運営するサーバを移管することについて合意したが(本件サーバ移管)、その際、原告は、被告が「FOODS信頼ネット」のデータベースの体系的構成及び辞書を取り込んで新たなシステムを開発することを、無条件で包括的に認めたものである。
 現に、原告は、本件サーバ移管に関して被告に協力的であり、いったんは平成18年10月10日にサーバ移管を実施する予定が組まれてもいたが、暗号化されたデータを複合化する仕組みを開発する必要があるなどとしてその予定が平成19年初頭にずれ込んだものである(乙23)。また、本件サーバ移管後の「FOODS信頼ネット」も、「ASP規格書システム」も、いずれも「eBASEjr.」からの入力が可能となっており、原告の主張を前提とすれば、サーバ移管後の「FOODS信頼ネット」や「ASP規格書システム」のデータベース構成は、サーバ移管前の「FOODS信頼ネット」のデータベース構成と同一になるというのであるから、原告は、被告がサーバ移管前の「FOODS信頼ネット」のデータベース構成を新たなシステムにおいて用いることも了承していたことになるはずである。
 原告は、本件サーバ移管に関して原被告間で条件が合意されていたと主張するが、従前はそのような主張をしておらず、また、これを裏付けるような証拠も全く提出されていない。
【原告の主張】
 原告が、被告に対して、本件サーバ移管に際し、被告が「FOODS信頼ネット」のデータベースの体系的構成及び辞書を複製及び翻案することを無条件で許諾した事実はない。
 原告は、平成18年頃から、「FOODS信頼ネット」のシステム運用等に関し、被告から様々なクレームを受けるようになった。そのクレームの中には、原告の態勢に原因があるものもあったが、必ずしもそうでないものもあった。そのような中、被告は、同年5月15日、原告に対し、「FOODS信頼ネット」のデータベースのコピーを作成したいので、早急に構成図やSQL文、その後はCreate文を提供して欲しいと依頼してきた。原告は、その目的を確認した上で、被告からの依頼を断ったが、そのころから、被告が、「eBASEserver」のデータベース構造を複製するのではないかとの危惧を抱き始めた。
 被告は、同年6月23日、原告に対し、「FOODS信頼ネット」の開発及び運営につき、原告から引き上げて、被告側で開発及び運営を行いたいと通告してきた。原告は、被告に対し、被告の新システムのサーバに「eBASEserver」をインストールする方法と、これをしない方法とを提案したところ、被告は後者を選択した。原告は、被告の意志が固いこともあって、<1>被告が開発等する新システムにおいても「eBASEjr.」を商品情報登録ツールとして使用し、必要なライセンス保守契約を締結すること、<2>被告が開発等する新システムは登録機能を持たず、検索・出力機能のみとすること、<3>原告が開示する「eBASEserver」のデータベース仕様につき、複製等を禁止する使用許諾契約を締結することを条件に、被告の申出に応じることとした。本件使用許諾契約のひな形は、原告が平成18年6月頃に作成しており、その後も被告と調整していたものであり、実際には平成19年2月頃調印されている。
 このような経緯で、原告は、被告が本件サーバ移管をするに際して、「eBASEserver」のデータベース仕様を複製しないことを条件としていたものである。原告は、「FOODS信頼ネット」のサーバを移管することは了承していたが、「ASP規格書システム」が「eBASEserver」と同じデータベース構造及び辞書を搭載することまで了承してはいない。
(5) 争点1-5(原告が受けた損害の額)について
【原告の主張】
 被告が、原告の有する著作権を侵害した行為により得た利益の額は、著作権法114条2項により原告が受けた利益の額と推定されるところ、被告は、被告データベースの提供により、平成19年4月1日から平成27年8月4日までの間に、12億6500万円の利益を得た。したがって、同額が、被告の著作権侵害行為により原告が受けた損害の額である。このうち10億円を請求する。
【被告の主張】
 否認し、又は争う。
(6) 争点2-1(被告は、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したか。また、このことが本件使用許諾契約に違反する債務不履行に当たるか)について
【原告の主張】
 「FOODS信頼ネット」では、当初、被告の顧客が「eBASEjr.」を介して商品情報を個別に登録する仕組みとなっていたが、被告は、被告の顧客が自社のシステムから商品情報を一括して登録することができるようにもしたいとして、そのためのインターフェイスの開発を被告側の業者に行わせたいとの要望を述べた。さらに、被告は、本件サーバ移管に際し、被告側に構築するシステムには「eBASEserver」をインストールしないことを決めたので、新システムにおいて「eBASEjr.」からのデータを受信するためのコンバーターを開発する必要が生じた。
 そこで、原告は、平成18年12月ないし平成19年1月頃、被告に対し、原告データベース仕様(「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書テーブルの内容の全てを含むファイル「eB-foods csvファイル ver1.0」をエクセルデータに変換して媒体に記録したもの)を交付した。もっとも、原告データベース仕様は、これを用いることにより「eBASEserver」と同一内容のデータベース構造及び辞書を作成できる、機密性の高い情報であった。このため、原告と被告は、平成19年4月1日付けで、本件使用許諾契約を締結して、被告が上記2つの目的(被告の顧客が商品情報を一括して登録するためのインターフェイスの開発目的、被告の新システムが「eBASEjr.」からのデータを受信するためのコンバーターの開発目的)以外に用いないことが約された。
 ところが、被告は、交付を受けた原告データベース仕様を目的外使用し、これに基づいて、被告データベースを構築したものである。被告の行為は、本件使用許諾契約書2条2項に反するものであり、本件使用許諾契約上の債務不履行を構成する。
【被告の主張】
 被告が、平成18年12月ないし平成19年1月頃、原告から、原告データベース仕様(「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書テーブルの内容の全てを含むファイル「eB-foods csvファイル ver1.0」をエクセルデータに変換して媒体に記録したもの)を受領したという事実は存在しない。したがって、被告が「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したということもない。
 本件使用許諾契約は、「FOODS信頼ネット」を使用する被告の顧客が、「F15OODS信頼ネット」に対応した自社のシステムを開発する際に、「FOODS信頼ネット」のデータベースの仕様を用いる必要があったために締結したものであって、本件サーバ移管を対象として締結されたものではない。このことは、本件サーバ移管については平成18年4月頃に基本的な合意がされ、平成19年1月には完了しているのに対して、本件使用許諾契約が同年4月1日付けで締結されていること、本件サーバ移管について本件使用許諾契約が適用されることとなれば、被告は、同契約を締結したと同時に同契約に違反することとなるが、そのようなことは考えられないことから明白である。
 したがって、本件サーバ移管につき本件使用許諾契約の債務不履行をいう原告の主張は失当である。
(7) 争点2-2(原告が受けた損害の額)について
【原告の主張】
 本件使用許諾契約書2条6項は、被告が同条2項の規定に反して開発作成したデータベースを商品化した場合には、被告の販売額全額を原告に生じた損害の一部とみなす旨規定されている。
 そして、被告は、被告データベースの商品化により、平成19年4月1日から平成27年8月4日までの間に、少なくとも42億1800万円の売上高を得ているから、原告が被告の債務不履行行為により受けた損害の額は、42億1800万円である。
【被告の主張】
 否認し、又は争う。
(8) 争点3-1(被告は、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したか。また、これにより、原告の法的保護に値する利益が侵害されたか)について
【原告の主張】
 被告が、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したことは、争点2-1について主張したとおりである。
 「eBASEserver」は、原告が約3年の期間と約3億円の費用をかけて開発したものであり、現在までの開発費用は約25億円にのぼる。原告は、このような先駆的なデータベースパッケージソフトウェアである「eBASEserver」について、公正かつ自由な競争を逸脱した手段によりその営業活動を妨害されない営業上の利益を有しており、同利益は法的保護に値するものである。ところが、被告は、原告との業務提携契約上の地位を利用して、原告に「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書の全てを開示させ、これをデッドコピーした被告データベースを構築し、参加企業が「eBASEjr.」を使用することなく商品情報等を登録できるようにして、原告の上記営業上の利益を侵害したと評価できる。
 また、昭和61年の著作権法改正当時、データベースの体系的構成そのものの保護の必要性が十分に認識されていなかったことから、データベースの体系的構成それ自体は著作権法上、十分に保護されていないところがある。しかし、データベースの体系的構成の価値は高まり、これは昭和61年の著作権法改正当時は想定されていなかったものであるから、一般不法行為法により保護されるべき利益といえる。したがって、被告が「eBASEserver」のデータベース仕様を剽窃して被告データベースを構築したことは、原告の上記法的保護に値する利益を侵害したと評価できる。
 以上より、被告が、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築することは、原告に対する不法行為を構成するというべきである。
【被告の主張】
 最高裁平成21年(受)第602号、同第603号同23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁(以下「平成23年最高裁判決」という。)は、ある著作物が著作権法6条各号所定の著作物に該当しないものである場合には、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象にならないとし、さらに、当該著作物の利用行為は、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しないとする。
 原告が著作物と主張する平成16年8月10日版「eBASEserver」に著作物性が認められないことは既に主張したとおりである。もとより、被告が自由競争の範囲を逸脱して被告データベースを構築し、原告の営業を妨害したとの事実はないが、原告が主張する営業活動の利益なるものは、平成16年8月10日版「eBASEserver」に関する独占的な利用の利益に他ならないから、平成23年最高裁判決の説示に従えば、法的保護の対象とならない。
 原告は、昭和61年の著作権法改正時には想定されていなかったデータベースの体系的構成の価値が高まっており、一般不法行為法による保護の対象とされるべきとも主張するが、データベースの体系的構成の保護の要否について昭和61年の著作権法改正当時議論がされていなかったわけではなく、想定していなかったというものではない。したがって、データベースの体系的構成が、一般不法行為により保護されるべき法的利益となるものではない。
(9) 争点3-2(原告が受けた損害の額)について
【原告の主張】
 被告による不法行為がなければ、原告は、被告が被告データベースの運営により得た利益である12億6500万円を得ることができたというべきであるから、被告の不法行為により原告が受けた損害の額は、12億6500万円と認められる。
【被告の主張】
 否認し、又は争う。
(10) 争点4-1(本訴の提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるか)について
【被告の主張】
 訴えの提起は、これを提起した者が主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、訴えを提起した者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易に知り得たのにあえて訴えを提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くときは、相手方に対する不法行為を構成する。
 原告は、平成27年8月5日に本訴を提起したが、前記前提事実(第2、2(5)イ)のとおり、訴状等には原告主張ア<1>、同ア<2>、同イ、同ウ及び同エの各事実が記載されていた。これらの事実は、いずれも原告の本訴請求(既に取り下げられたものを含む。)を基礎付ける主要事実であるか、少なくとも重要な間接事実である。
 しかるところ、原告主張ア<1>及び同ア<2>について、原告は、本件サーバ移管後の「FOODS信頼ネット」ないし「ASP規格書システム」に「eBASEserver」がインストールされていないことを熟知していたのに、本件サーバ移管から6年以上経った平成25年6月頃、突如として、原告は被告が「eBASEserver」をインストールしてないことを知らず、これにより、被告による著作権侵害行為が判明したとの虚偽の主張(原告主張ア<1>、同ア<2>)を展開し始めたものである。しかし、原告は、被告による反論や、裁判所からの求釈明を受けて、この主張を維持することができずに撤回しているし、同様に原告主張ウ及び同エも撤回している。原告主張イについても、原告は客観的な証拠を提出できておらず、端的にいって虚偽の主張というほかない。なお、被告は、訴訟前の原告との交渉においても、「ASP規格書システム」には「eBASEserver」はインストールされていないこと、原告もこれを了承しているはずであることなどを真摯に説明してきており、原告は、原告主張ア<1>ないし同エが根拠を欠くものであることを知っており、少なくとも容易に知り得たというべきである。
 原告は、平成27年1月頃、訴訟前の被告との交渉を突然打ち切ったが、その後7か月間にわたり訴えを提起していなかったところ、被告が同年秋口に東京証券取引所市場第一部(以下「東証一部」という。)に市場変更する準備をしているタイミングを見計らって本訴を提起した。このため、東京証券取引所による上場審査が延期されることとなった。結果として東証一部への市場変更は認められたが、被告の基幹サービスである「ASP規格書システム」の差止めや40億円を超える損害賠償額を主張する本訴の訴状等の内容は、被告の東証一部への市場変更が否定されかねないものであった。原告は、故意に被告への打撃を加える目的で、虚偽の事実主張(原告主張ア<1>ないし同エ)とともに本訴を提起したものである。なお、原告代表者及び取締役、特に、本訴の提起を主導した原告の取締役であるA(以下「A」という。)は、本訴を提起するに際し、本件サーバ移管当時も現在も原告の取締役であるB(以下「B」という。)から事情を聴取して訴状等を作成したはずであり、Bは、本件サーバ移管当時から本訴の提起に至るまで、原告主張ア<1>ないし同エが 虚偽であることを当然に認識していたはずであるから、結局、原告主張ア<1>ないし同エが虚偽であることを知りながら、本訴を提起したものというほかない。
 以上のとおり、原告による本訴の提起は、事実的又は法律的根拠を欠くものであり、原告もそれを十分に認識しながら、被告に経済的打撃を加える目的であえてされたものであって、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであるから、被告に対する不法行為(民法709条、715条、会社法350条)を構成するというべきである。
【原告の主張】
 本訴は、被告が主張するような東証一部への市場変更を見越したタイミングで被告に経済的打撃を加える目的で提起されたものではない。原告は、<1>被告が「ASP規格書システム」の構築に当たり、「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書をデッドコピーしたことの法的責任を追及すること、<2>訴訟前の交渉段階において、被告がした「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書の著作権が原告に帰属していないとの主張が、原告にとって看過できないものであり、事実関係を明らかにする必要があることの2点を目的として、本訴を提起したものである。
 <1>について、被告は、「FOODS信頼ネット」の管理・保守を原告から引き上げたが(本件サーバ移管)、原告としては、被告が、新たに構築するシステムにおいて、原告が開発したデータベース構造や辞書をそのまま用いるとは想像していなかった。ところが、平成23年5月頃、原告は、顧客から、「ASP規格書システム」においては、商品情報の登録が、「eBASEjr.」を通じなくとも、ウェブ画面からも行われるようになったこと、そのデータ登録画面が「eBASEjr.」とほぼ同一であることを知らされた。この時点で、被告が、「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書をデッドコピーしたとの疑念を抱き、ただその確信が持てなかったところ、原告の現場レベルでは了承していた「被告が『eBASEserver』をインストールしていない事実」を覚知し、被告によるデッドコピーを確信して、本訴の提起に至ったという経緯がある。被告が「eBASEserver」をインストールしていないことを知らなかったとの原告主張ア<1>は、結果として誤っていたが、被告が「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書をデッドコピーして「ASP規格書システム」を構築している事実には変わりはない。
 <2>について、被告は、平成27年1月15日付け回答書(甲20)において、「e5BASEserver」につき原告が著作権を有するとの原告の主張に対し、「そもそもそうした前提となる御社のご認識自体が根本的に誤っている」として、原告が費用を時間を投下して開発し、重要な事業の一つとして位置付けていた「eBASEserver」の著作権を原告が有することすら否定した。このような被告の主張は、原告にとって到底受け入れられるものでなかったことから、原告は、事実関係を明らかにするため、本訴を提起したものである。
 原告は、本件訴訟の手続の過程で、原告主張ア<1>、同ア<2>、同ウ及び同エを撤回するに至ったが、これは、本件サーバ移管当時の経緯が、すべて原告の経営陣に報告・共有されていたわけではなかったところ、本件サーバ移管当時の原告の担当者であるBのパソコンが、本訴の提起の前後には壊れており、その後、原告のサーバ内のデータを調査するなどして事実関係が明確になったためであって、意図的に虚偽の事実関係を主張していたものではない。
 被告は、原告が、被告の東証一部への市場変更を妨害し、経済的打撃を与える意図を持って本訴を提起したなどと主張するが、原告は被告の市場変更の予定など知りようがないし、原告としては、本訴提起の直前である平成27年6月5日まで、被告と交渉を続けていたのであり、交渉を打ち切ってから7か月間も本訴の提起を待って被告に経済的打撃を与えるタイミングを計っていたということもない。
 以上のとおり、原告による本訴の提起は、正当な目的によるものであり、また、意図的に虚偽の事実を主張したものではないから、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くということはできず、被告に対する不法行為とはなり得ない。
(11) 争点4-2(被告が受けた損害の額)について
【被告の主張】
ア 公募増資の払込金額の減少
 被告の株価は、本訴提起に関する適時開示(被告プレスリリース)により、翌日の終値が前日終値の1295円から1188円と107円(8.26パーセント)低下し、その後も株価は低調に推移した。被告は、その後公募増資を行ったが、その発行価格は、低下した株価を基準とした1120円とされた。原告による違法な本訴提起がなければ、被告は、これを107円上回る1227円で発行することができたはずであり、107円×公募による発行株式数450万株=4億8150万円の払込金額を減少をもたらした。このうち6000万円を請求する
イ 信用毀損
 上記アのとおり、本訴の提起により、被告の株価は大きく下落し、その時価総額は最大118億円減少した。本訴が係属している間、被告は、常に主要事業である「ASP規格書システム」の差止め及び最大42億円の損害賠償を求められかねない企業として認識されており、毎年、株主総会において株主から質問を受けているなど、本訴の提起により、被告の信用は大きく毀損された。これを金銭に評価すると、少なくとも1億円を下らない。このうち1000万円を請求する。
ウ 弁護士費用
 10億円の損害賠償請求に対する応訴費用だけでも、旧日本弁護士連合会報酬規定に基づけば7107万円の弁護士費用が発生する(「ASP規格書システム」の差止請求や反訴に係る弁護士費用も併せれば、その額は1億円を超える。)。このうち3000万円を請求する。
【原告の主張】
ア 公募増資の払込金額の減少について、被告は、原告による本訴提起がなければ、発行価格1227円で公募増資ができたことを前提とするが、一般に公募増資時には株価は下落する傾向にあるほか、被告の株価は当時下落傾向にあったこと、本訴提起後の株価の下落は数週間で解消されていたこと、公募増資の発行価格がブックビルディングを経て決定されることなどからして、そのような前提を取ること自体が誤りである。
イ 被告が主張するその余の損害については否認し、又は争う。
(12) 争点5-1(原告が訴状等を提出し、被告プレスリリースに引き続き、原告プレスリリースを掲載し、訴状等を陳述した一連の行為、又はこれら個別の行為はそれぞれ、被告の社会的評価を低下させるものか)について
【被告の主張】
 前記前提事実(第2、2(5)及び(6))のとおり、原告が提出し、その後陳述した訴状等には、別紙3のとおりの表現(本件訴状等表現)があり、また、原告が自社のウェブサイトに掲載した原告プレスリリースには、本件プレスリリース表現がある。
 原告は、訴状等を提出し、まず被告に被告プレスリリースによる市場での適時開示をさせた上で、開示義務もないのに原告プレスリリースを掲載したものである。これら一連の表現行為は、一般人の通常の注意と読み方を基準とすると、被告が提供する「ASP規格書システム」は、原告の著作権を侵害するサービスであること、被告は他者の知的財産権を侵害するコンプライアンス上問題のある企業であること、これにより、「ASP規格書システム」が差し止められ、10億円の損害賠償義務を被告が負担することなどの事実を摘示するものであり、被告の社会的評価を低下させるものである。現に、本訴の提起及び原告プレスリリースの掲載により、被告の株価は大幅に下落したのである。
【原告の主張】
 被告は、訴状等の表現、被告プレスリリースの掲載及び原告プレスリリースの掲載を「一連の行為」などとして名誉毀損の成否を論じているが、これらは独立した行為であり、個々に名誉毀損該当性が判断されるべきものである。
 まず、原告プレスリリースについていえば、これに先立つ被告プレスリリースにおいて、被告は、原告の基幹システムである「eBASEserver」の知的財産権までも被告に帰属するかのような主張をしており、このままでは、投資家が、原告に対する判断を誤る可能性があった。このため、原告は、やむを得ず、適時開示として、原告プレスリリースを掲載し、自己の法的見解を表明したものである。そして、紛争の一方当事者による意見表明は、一般人の通常の注意と読み方をしてみれば、相手方の社会的評価を低下させるようなものではないというべきである。
 次に、訴状等の記載についてみると、そもそも訴状等は、性質上、紛争の一方当事者が一方的に自己の立場を発信するものであって、これらを読む者は、通常、その表現によって相手方の評価を直ちに変えることはない。また、本件において訴状等は、第三者による閲覧に供されていない。したがって、訴状等の記載によって被告の社会的評価が低下したということはない。
(13) 争点5-2(原告の行為は、応酬的言論として違法性を欠くか)について
【原告の主張】
 原告プレスリリースは、被告プレスリリースによって原告の基幹商品である「eBASEserver」の知的財産権が被告に帰属するかのような主張がされていたところ、これに対抗するために掲載したものである。このように、自己の正当な利益を擁護するため、やむを得ずした言動については、相手方の言動と対比して方法、内容において適当と認められる限り、応報的言論として違法性を欠くものと解すべきである(最高裁昭和34年(オ)第1019号同38年4月16日判決・民集17巻3号476頁参照)。しかるところ、原告プレスリリースは、被告プレスリリースに記載された主張に対応して、これに応える形で記載されており、被告による表現と対比して、方法及び内容の両面において適当と認められる限度内で行われているものである。
 また、訴状等に関していえば、裁判を受ける権利を保障すべきことや、訴訟を提起する上で事実を主張し、法的立場を表明することが不可欠であることからすれば、仮に訴状等の記載により被告の社会的評価が低下したとしても、違法性を欠くものと解されなければならない。
【被告の主張】
 原告は、被告プレスリリースにより原告の社会的評価が低下したことを前提に、原告プレスリリースの掲載を応酬的言論として正当化しようとするが、そもそも被告プレスリリースによって原告の社会的評価が低下したということはない。原告は、被告に経済的な打撃を与えることを企図して本訴を提起したのであり、原告プレスリリースの掲載もその一環であるから、原告の正当な利益を擁護するためやむを得ずしたというものではない。
(14) 争点5-3(原告の行為は、公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあり、前提としている事実の重要な部分又は摘示した事実が真実であるために違法性を欠くか。又は、同事実を真実と信ずるについて相当な理由があるために故意又は過失が否定されるか)について
【原告の主張】
 訴状等及び原告プレスリリースは、紛争の当事者による法的見解の表明であって、意見ないし論評を記載したものである。そして、原告プレスリリースは、いずれも上場企業である原告と被告との法的紛争に関し、当事者としての法的立場を投資家等に伝えるものであるから、公共の利害に関するものであり、専ら公益を図る目的でされているところ、原告プレスリリース表現に係る事実はいずれも真実であるし、そうでなくとも原告にはこれらを真実と信ずべき相当の理由があった。
 したがって、仮に訴状等及び原告プレスリリースが被告の社会的評価を低下させるとしても、その掲載行為は違法性を欠くか、又は故意若しくは過失が否定され、名誉毀損の不法行為は成立しない。
【被告の主張】
 訴状等及び原告プレスリリースは、意見ないし論評ではなく、事実を摘示するものである。そして、摘示されたこれらの事実(本件訴状等表現、本件プレスリリース表現)がいずれも虚偽であり、かつ、原告が虚偽であることを知っていたことは、既に主張したとおりであるから、原告の行為について違法性が阻却され、又は故意若しくは過失が否定されることはない。
 仮に、訴状等及び原告プレスリリースを意見ないし論評とみたとしても、その前提としている事実は真実でないし、原告がこれらを真実と信ずることについて相当な理由があったということもできないから、いずれにしても違法性が阻却されることはないし、故意又は過失が否定されることもない。
(15) 争点5-4(被告が受けた損害の額)について
【被告の主張】
 本件訴状等表現及び本件プレスリリース表現により被告の名誉及び信用が毀損された結果、被告が受けた損害は、5000万円を下ることはない。このうち1000万円を請求する。
【原告の主張】
 否認し、又は争う。
(16) 争点5-5(謝罪広告の必要性)について
【被告の主張】
 原告は、広く投資家及び一般大衆に向けて被告の名誉を毀損したものであるから、被告の名誉を回復するには、損害賠償金の支払いに加えて、謝罪広告を掲載させることが不可欠である。
【原告の主張】
 謝罪広告請求は、謝罪を求められる側の思想良心の自由を侵害し得るものであるから、その必要性が特に高い場合に限って認められるべきものである。仮に、被告が勝訴した場合には、被告はTDnetや自社のウェブサイトでその旨を投資家等に周知することができ、これにより名誉を回復することができるのであるから、謝罪広告の必要性が高いとは到底いえない。
(17) 争点6-1(原告が原告プレスリリースを掲載した行為は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に当たるか)について
【被告の主張】
 原告と被告は、いずれも食品業界において商品情報交換プラットフォームを運営する類似の業務を行っているから、競争関係にあることは明らかであるところ、本件プレスリリース表現は、いずれも虚偽の事実であって被告の営業上の信用を害するものであるから、原告が原告プレスリリースを自社のウェブサイトに掲載した行為は、不競法2条1項15号の不正競争行為に当たるといえ、同不正競争行為につき、原告に故意又は過失があることも明らかである。
 なお、不競法2条1項15号の「虚偽の事実」については、法的評価を含む一定の事実状態を含むものとされているところである。
【原告の主張】
 原告プレスリリースに記載されている本件プレスリリース表現は、いずれも真実を記載したものであって、虚偽の事実を告知するものではない。そして、原告プレスリリースは、これらの事実を前提として、紛争の一方当事者としての法的見解を示すものであるから、被告の営業上の信用を害するものでもない。
(18) 争点6-2(被告が受けた損害の額)について
【被告の主張】
 原告の不正競争行為により被告の信用が害された結果、被告が受けた損害の額は、4000万円を下ることはない。このうち1000万円を請求する。
【原告の主張】
 否認し、又は争う。
(19) 争点6-3(謝罪広告の必要性)について
【被告の主張】
 原告は、競争関係にある被告につき、あたかも原告の知的財産権を侵害しているかのような虚偽の事実を告知しており、何らの回復措置もとられていないことからすれば、被告の信用を回復するため、損害賠償金の支払いに加えて、謝罪広告を掲載させることが不可欠である。
【原告の主張】
 争点5-5について述べたとおり、本件において謝罪広告を認めるべき高い必要性はないというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 著作権侵害を原因とする本訴請求に関連する争点について
(1) 争点1-1(「eBASEserver」は、データベースの著作物であるか)について
 原告は、原告が平成16年8月10日に完成させた同日版「eBASEserver」は、<1>合計22個の辞書がそれぞれ様々な辞書情報を備えており、データベースの体系的な構成の中で各データ項目と紐付けられて辞書網を構成している点に創作性が認められ、<2>個々の辞書が、それ単独でも、体系的構成及び情報の選択において創作性が認められるから、それ自体が、データベースの著作物と認められるべき旨主張する。
 原告の主張によれば、「eBASEserver」は、食品の商品情報を広く事業者間で連携して共有する方法を実現するためのデータベースを構築するためのデータベースパッケージソフトウェアであって、食品の商品情報が蓄積されることによりデータベースが生成されることを予定しているものである。そうすると、このような食品の商品情報が蓄積される前のデータベースパッケージソフトウェアである「eBASEserver」は、「論文、数値、図形その他の情報の集合物」(著作権法2条1項10号の3)とは認められない。
 原告は、「eBASEserver」に搭載されている辞書情報を「情報」と捉え、この集合物をもって「データベース」と主張するものとも解されるが、原告の主張によっても、これらの辞書ファイルは、商品情報の登録に際して、当該商品情報のうち特定のデータ項目を入力する際に参照されるものにすぎないのであって、辞書ファイルが備える個々の項目が、「電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成」(著作権法2条1項10号の3)されていると認めることは困難である。
 したがって、「eBASEserver」は、著作権法上の「データベース」に当たるものとは認められないから、その創作性につき検討するまでもなく、データベースの著作物ということはできない。
(2) 争点1-2(「FOODS信頼ネット」にデータが登録・蓄積されて形成されたデータベースの著作権は、本件業務提携契約書4条1項ただし書の規定により、原告に帰属していたか)について
 原告は、被告が提供していたサービスである「FOODS信頼ネット」にデータが登録・蓄積されて形成されたデータベースにつき、その著作権が本件業務提携契約書4条1項ただし書の規定により原告に帰属していた旨主張する。
 前記前提事実(第2、2(2))によれば、「FOODS信頼ネット」は、本件業務提携契約に基づき、原告が構築したデータベースシステムであり、本件業務提携契約書において「本システム」として定義されているところ(同契約書2条1項4号)、同契約書4条1項は、その本文において「…本システムに関する著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む)及び著作者人格権(著作権法第18条から第20条の権利をいう)並びにそれに含まれるノウハウ、アイデア、コンセプト、技術、または特許等の知的財産権は、甲(判決注:被告を指す。)に帰属するものとする。」と規定しているのであるから、「FOODS信頼ネット」に形成されたデータベースが著作権法上のデータベースの著作物であるとしても、同規定により、その著作権は被告に帰属する旨が、原被告間で合意されていたことが明らかである。
 原告は、「FOODS信頼ネット」のシステムと、そのうち「eBASEserver」に相当する部分とは可分であり、本件業務提携契約書4条1項ただし書にいう「本システムを設計、開発するにあたって、乙(判決注:原告を指す。)より提供されたeBASEシリーズ等の著作物」に当たるから、同ただし書の規定により原告に著作権が帰属する旨主張する。しかし、仮に、「FOODS信頼ネット」のシステム中に「eBASEserver」に相当する部分が観念できるとしても、「eBASEserver」それ自体が著作権法上の「データベースの著作物」に当たらないことは前記(1)において認定説示したとおりであって、「FOODS信頼ネット」にデータが蓄積されて形成されたデータベースの著作物中に、別途分離して観念できるような別個の「データベースの著作物」が存在することにはならないから、本件業務提携契約書4条1項ただし書の規定により直接、原告に帰属する「データベースの著作物」を観念することはできない。
 原告は、「FOODS信頼ネット」に形成されたデータベースがいわゆる受容的データベースであり、その体系的構成が、データベースの著作物としての本質的部分であるから、当該体系的構成について著作権を有する原告に、データベースの著作権が帰属するとも主張するが、本件業務提携契約書4条1項の規定に、そのような解釈を読み込むことは困難であるから、同主張も採用することができない。
(3) 小括
 以上によれば、その余の争点(争点1-3ないし同1-5)につき検討するまでもなく、本訴請求のうち、著作権侵害を原因とする部分には理由がない。
2 債務不履行を原因とする本訴請求に関連する争点について
(1) 争点2-1(被告は、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したか。また、このことが本件使用許諾契約に違反する債務不履行に当たるか)について
 原告は、被告が、平成18年12月ないし平成19年1月頃に原告から原告データベース仕様(「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書テーブルの内容の全てを含むファイル「eB-foods csvファイル ver1.0」をエクセルデータに変換して媒体に記録したもの)の交付を受け、同交付を受ける目的(被告の顧客が商品情報を一括して登録するためのインターフェイスの開発目的、被告の新システムが「eBASEjr.」からのデータを受信するためのコンバーターの開発目的)以外に用いないことを平成19年4月1日付け本件使用許諾契約により約したにもかかわらず、原告データベース仕様に基づき被告データベースを構築し、原告データベース仕様を目的外使用したとして、同行為が本件使用許諾契約に違反する債務不履行に当たる旨主張する。
 しかし、まず、原告は、平成18年12月ないし平成19年1月頃、被告に対し、原告データベース仕様を交付したと主張するものの、同事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
 次に、証拠(甲66ないし69、乙23)によれば、被告は、平成18年6月頃には、原告に対し、「FOODS信頼ネット」のシステム開発及び運営を原告から引き上げ、被告において独自にシステムを構築する旨を通告し、同年8月には新たに構築するシステムに「eBASEserver」をインストールする旨の原告の提案も拒絶し、システム切換後も「eBASEjr.」をデータの入力ツールとして被告の顧客が引き続き使用することに伴う暗号化及び復号化の仕様の開示等を原告に求め、一度は同年10月初旬にシステムの移行を予定していたこと、その後、原告の協力も得て、平成19年1月6日から同月9日にかけて、本件サーバ移管が現実に行われたことがそれぞれ認められるから、被告は、遅くとも平成18年12月には移行後のシステムの開発を終えていたものと推認できるところ、原告が主張するとおり同月に原告データベース仕様の交付を受け、その後これに基づき新たなシステムを構築することは、作業に要する時間との関係で相当の困難が伴うと考えられる。
 さらに、本件使用許諾契約書は、平成19年4月1日付けで締結されており、同日に先立ち締結されたことを認めるべき客観的な証拠や事情はうかがわれないから、同日に締結されたと推認すべきところ、上記のとおり、本件サーバ移管は同年1月初旬に行われているほか、本件使用許諾契約書には、「乙(判決注:被告を指す。)が提供するサービスであるFOODS信頼ネットに、丙(判決注:被告の取引先を指す。)がデータ登録をする手段として、丙に本仕様を使用させることを許諾する。」と記載されており、本件サーバ移管後の被告の新システムにおいて「eBASEjr.」からのデータを受信するためのコンバーターの開発を目的とするなどの記載はないことに照らしても、本件使用許諾契約が、本件サーバ移管に伴う原告データベース仕様の交付について締結されたものと認めることも困難である。
 以上によれば、原告が、被告の債務不履行行為として主張するところの事実関係は、本件全証拠によっても認めるに至らないというほかない。
(2) 小括
 以上によれば、その余の争点(争点2-2)につき検討するまでもなく、本訴請求のうち、債務不履行を原因とする部分には理由がない。
3 不法行為を原因とする本訴請求に関連する争点について
(1) 争点3-1(被告は、原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づいて被告データベースを構築したか。また、これにより、原告の法的保護に値する利益が侵害されたか)について
 原告は、被告が原告から取得した「eBASEserver」のデータベース仕様に基づき被告データベースを構築したことについて、先駆的なデータベースパッケージソフトウェアである「eBASEserver」について構成かつ自由な競争を逸脱した手段によりその営業活動を妨害されないという原告の営業上の利益を侵害するものであり、また、法的保護に値する利益であるところのデータベースの体系的構成を剽窃するものとして、不法行為が成立すると主張する。
 しかし、前記2(1)において認定説示したとおり、被告が、原告から取得した原告データベース仕様に基づいて、被告データベースないしそのシステムを構築したと認めるには至らないから、被告が不法行為責任を負うものとは認め難い。
(2) 小括
 以上によれば、その余の争点(争点3-2)につき検討するまでもなく、本訴請求のうち、不法行為を原因とする部分には理由がない。
4 本訴の提起が不法行為に当たることを原因とする反訴請求に関連する争点について
(1) 争点4-1(本訴の提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるか)について
ア 被告は、原告による本訴の提起が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであるとして、被告に対する不法行為を構成すると主張する。
イ 訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁、最高裁平成7年(オ)第160号同11年4月22日第一小法廷判決・裁判集民事193号85頁参照)。
 本件についてこれをみると、原告は、本訴の提起に際し、訴状等に、<1>「eBASEserver」のデータベース構造及び辞書テーブルの内容の全てを含むファイルである「eB-foods CSVファイル ver1.0」は、原告が著作権を有するプログラムの著作物であり、被告が「ASP規格書システム」を運用するに際して使用するプログラムは、同プログラムの著作物の複製物である、<2>「FOODS信頼ネット」にデータが蓄積されて形成されたデータベースは、本件業務提携契約書4条1項ただし書の規定により、原告が著作権を有するデータベースの著作物であり、被告データベースは、上記データベースの著作物の複製物である、<3>原告データベース仕様は、原告が著作権を有する編集著作物であり、「ASP規格書システム」のデータベース構造は、同編集著作物の複製物である、<4>原告データベース仕様は、原告の営業秘密に該当するところ、被告が原告から提供を受けた原告データベース仕様を、その提供の目的に反して使用し、「ASP規格書システム」を構築したことは、不競法2条1項7号の不正競争行為に当たるほか、<5>本件使用許諾契約に違反し、また、<6>3不法行為にも当たる、との権利ないし法律関係を主張していたものである(当裁判所に顕著である。)。
 このうち、「eBASEserver」のデータベース構造を原告が開発したとの事実認識に基づき、原告が何らかの権利(プログラム著作物、編集著作物、データベースの著作物の各著作権及び営業秘密)を有する旨の権利関係の主張については、結果として本訴の手続の過程において主張が撤回されたり(プログラム著作物、編集著作物及び営業秘密に関する主張)、既に認定説示したとおり、原告に権利が帰属しているとは認め難いものであった(データベースの著作物)ものの、原告が、平成16年頃には「eBASEserver」のデータベース構造の多くを構築していたことをうかがわせるような一定の証拠があって(甲8、24ないし29、34ないし49)、このような成果物について原告が何らかの権利を有するものと考えることも無理からぬところがあり、知的活動の成果としての知的財産権の成否については法的評価たる側面が相応にあることからしても、原告においてかかる主張をしたことにつき、事実的、法律的根拠を欠くものである上、原告がそのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて主張したものと評価することは困難である。
 次に、被告が提供する「ASP規格書システム」に搭載されているデータベースシステムについて、これが「eBASEserver」のデータベース構造を複製して構築されたものであるとの主張については、これを認めることができないことは、前記2(1)のとおりである。もっとも、証拠(甲61、62、証人A)によれば、原告は、本訴の提起に先立ち、「ASP規格書システム」を使用している被告の顧客の協力を得て、「ASP規格書システム」の画面表示項目と「eBASEserver」のデータベース構造及び画面表示項目を対比させたところ、その多くが一致し、また、「ASP規格書システム」の辞書と「eBASEserver」の辞書とを比較したところ、「eBASEserver」の辞書に搭載された明白な誤りも含めて多くが一致したことが認められるところ、これに基づき、「ASP規格書システム」のデータベース構造が、「eBASEserver」を模倣したものではないかとの疑いを抱いたとしても無理からぬところがあり、原告がかかる主張をしたことにつき、事実的、法律的根拠を欠くものである上、原告がそのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて主張したと評価することはできない。
 したがって、原告が、本訴を提起するに際し、上記<1>ないし<6>の権利ないし法律関係を主張したことについて、事実的、法律的根拠を欠くものである上、原告がそのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて主張したものとまで認めることはできないというべきである。
ウ この点に関して、被告は、原告が本訴の提起に際してした事実主張として、(1)原告は、本件サーバ移管後の「FOODS信頼ネット」ないし「ASP規格書システム」には、原告が開発したデータベースパッケージソフトウェア「eBASEserver」がインストールされているものと考えていたが、平成25年6月になって、はじめて、被告が「eBASEserver」をインストールすることなく「ASP規格書システム」を運用していることを知ったとの事実主張(原告主張ア<1>)、(2)「ASP規格書システム」は、「eBASEjr.」からデータを登録・受信することができる以上、「ASP規格書システム」のデータベース構造が「eBASEserver」のデータベース構造と同一であることは、物理的に明らかであるとの事実主張(原告主張ア<2>)、(3)原告は、平成18年12月ないし平成19年1月頃、原告データベース仕様を被告に交付し、被告は、これをパソコンやサーバに複製して「ASP規格書システム」を構築したとの事実主張(原告主張イ)、(4)原告は、平成16年2月頃「eBASEserver」を構築したとの事実主張(原告主張ウ)及び(5)(本件使用許諾契約は、本件サーバ移管を目的とした原告データベース仕様の開示をも対象として締結されたものであるとの事実主張(原告主張エ)を挙げて、これらの事実はいずれも虚偽の事実であるから、原告による本訴の提起は事実的根拠を欠くものであったと主張する。
 このうち、原告主張ア<1>についてみると、証拠(甲67、68、証人B)及び弁論の全趣旨によれば、本件サーバ移管に際して、原告(当時の担当者はB)は、被告が新たに構築するシステムに「eBASEserver」を残すことを勧めたのに対し、被告がこれを受け入れなかったこと、この経過については、原告社内でデジタル化されている週報システムにおいて報告されており、本訴の審理の過程において原告が再調査して判明したことなどが認められるから、原告が本訴を提起した時点で原告の取締役の地位にあったBは、「ASP規格書システム」に「eBASEserver」がインストールされていない事実を認識していたか、少なくとも認識し得る立場にあったというべきであるし、原告の代表者及び本訴の提起を主導したAにおいても、週報を調査することにより、「ASP規格書システム」に「eBASEserver」がインストールされていないことを認識することができたというべきであるから、原告が、平成25年6月になってはじめて「eBASEserver」が「ASP規格書システム」にインストールされていない事実を知ったという事実主張(原告主張ア<1>)は、原告側の認識として正確さを欠くものであったというべきである。しかし、この事実主張は、本訴において、原告がいかにして被告による侵害の疑いを覚知したかに関する主張であって、それ自体が原告が本訴で求めた権利ないし法律関係そのものを構成するものではないから、原告主張ア<1>が正確さを欠くものであったとしても、そのことにより、原告による本訴の提起が、事実的根拠を欠くものであったとまで評価することはできない。
 次に、原告主張ア<2>についてみると、「ASP規格書システム」が、入力ツールとしての「eBASEjr.」からデータを登録・受信することができたとしても、このことから、「eBASEserver」と「ASP規格書システム」の各データベース構造が当然に一致するということはできないのであるから、これを「物理的に明らか」とする事実主張(原告主張ア<2>)は、正確さを欠くものであったというべきである。しかし、この事実主張は、「eBASEserver」と「ASP規格書システム」の各データベース構造が類似することを立証命題とし、これを推認させる間接事実及び同推認に関する経験則の主張に他ならないところ、本訴提起時点において「ASP規格書システム」のデータベース構造を入手し得る立場にない原告において、様々な間接事実及びこれに関連する経験則を用いてこれを立証しようとすることは自然であり、前記のとおり原告が本訴提起に際して「ASP規格書システム」の画面表示項目等を調査し、それによれば「eBASEserver」との類似性が一定程度認められていたこと、一般に、データベースへのデータの入力ツールが、当該データベースのデータベース構造を反映していることは少なくないと考えられることからしても、原告が「物理的に明らか」と主張したことにより、本訴の提起が事実的根拠を欠くものであったということにはならないというべきである。
 原告主張ウについてみると、上記イにおいて認定説示したとおり、原告が平成16年頃には「eBASEserver」のデータベース構造の多くを構築していたことをうかがわせるような一定の証拠があったことからすれば、原告においてかかる主張をしたことが、事実的根拠を欠くものであったということはできない。
 最後に、原告主張イ及び同エについて検討する。前記2(1)に認定説示したとおり、原告が平成18年12月ないし平成19年1月頃に被告に対して原告データベース仕様を交付し、被告がこれを複製して「ASP規格書システム」を構築したとの事実(原告主張イに係る事実)や、本件使用許諾契約は本件サーバ移管を目的とした原告データベース仕様の開示をも対象として締結されたとの事実(原告主張エに係る事実)は、原告の主張を裏付けるような客観的な証拠がなく、また、本件使用許諾契約書の記載内容とも整合しないことから、いずれも認めることができない。そして、原告主張イについては、被告が原告の著作物を複製するためにいかにして原告の著作物を入手したかに係る事実関係の主張であるし、原告主張エについては、債務不履行責任の請求原因事実たる契約の内容に関する主張であるから、本訴における原告の請求を成り立たせる上で、相応に重要な事実の主張であったといえ、客観的証拠に乏しい中、原告が、これらの主張に基づき、10億円の損害賠償や被告の事業に属する被告データベースの使用等の差止めを求める本訴を提起した点については、やや軽率であったとの評価も考えられるところである。しかし、上記イにおいて指摘したように、原告において開発・構築を進めてきたデータベース構造の成果物について何らかの権利関係を有するものと認識し、かつ、「ASP規格書システム」の利用者の協力を得て調査したところ、その画面表示項目や辞書の一部が自らの成果物と類似していることが判明したのであるから、「ASP規格書システム」のデータベース構造が、「eBASEserver」を模倣したものではないかとの疑いを抱くことも無理からぬところがあり、訴訟の進行に応じて証拠が開示されるなどして事実関係が解明される可能性も残されていたのであるから、本訴の提起が全く事実的根拠を欠くものであったとまでは断じ難いというべきである。
 以上のとおり、被告の主張するところを考慮しても、原告が、本訴について、事実的、法律的根拠を欠くものである上、そのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて提起したとまで評価することはできない。
(2) 小括
 以上によれば、その余の争点(争点4-2)につき検討するまでもなく、反訴請求のうち、本訴の提起が不法行為に当たることを原因とする部分には理由がない。
5 名誉毀損を原因とする反訴請求に関連する争点(争点5-1ないし同5-5)について
(1) 被告は、原告が訴状等を提出し、被告に被告プレスリリースによる適時開示をさせた上で、原告プレスリリースを掲載した一連の表現行為について、被告の社会的評価を低下させるものであり、名誉毀損の不法行為が成立すると主張する。
 しかし、原告による訴状等の表現と、原告プレスリリースの掲載は、客観的にみて別個の行為であり、これらを目にする者が、訴状等の表現と原告プレスリリース上の表現とを同時に、併せて読むことが通常とも考えにくいから、それぞれについて名誉毀損が成立するかを検討するのが相当である。
(2) 訴状等の記載について
 民事訴訟は、私的紛争の当事者が相互に攻撃防御を尽くして事実関係を究明すると共に、法律的見解について論争を展開し、裁判所が双方の主張・立証活動を踏まえて判断を示すことにより紛争を解決する制度であり、当事者の法律上又は事実上の利害関係が鋭く対立するにつれて相互の利害や感情の対立も激しくなるという傾向があり、時には一方当事者の主張・立証活動が相手方当事者等の名誉・信用を損なうような事態を招くこともある。しかし、それは、飽くまでも紛争を解決するための訴訟手続の過程における当事者の暫定的又は主観的な主張・立証活動の一環にすぎず、もしそれが一定の許容限度を超えるものであれば、裁判所がそれを指摘して適切に訴訟指揮権を行使することによって適宜是正することが可能であるし、相手方には、それに反駁し、反対証拠を提出するなどの訴訟活動を展開する機会が制度上保証されているほか、当事者の主張・立証の当否等は最終的に裁判所の裁判によって判断されるから、これにより一旦は損なわれた名誉・信用を回復することができる仕組みになっている。このような民事訴訟における訴訟活動の特質及び仕組みに照らすと、当事者の主張・立証活動について、相手方等の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが直ちに名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、訴訟行為と関連し、訴訟行為遂行のために必要であり、主張方法も不当とは認められない場合には、違法性が阻却されると解するのが相当である(知財高裁平成28年(ネ)第10094号同29年3月22日判決等参照)。
 本件における訴状等の記載についてこれをみると、被告が問題とする表現は別紙3のとおりであり、そのいずれも、被告の行為が著作権侵害行為、不正競争行為、債務不履行行為又は不法行為に当たる旨並びにこれに基づき原告が被告に対して損害賠償請求権、差止請求権及び廃棄等請求権を有すると主張するにとどまるものであって、訴訟行為と関連し、その遂行のために必要なことは明らかであって、主張方法が不当であるとも認められない。
 したがって、仮に、訴状等の記載が、被告の社会的評価を低下させるものと解する余地があったとしても、同表現は、違法性があるものとは認められず、名誉毀損の不法行為は成立しない。
(3) 原告プレスリリースの記載について
 次に、原告プレスリリースの記載についてみるに、その記載内容は別紙5のとおりであって、要旨、原告が、本件業務委託契約に基づき、カスタマイズ部分を除き、「FOODS信頼ネット」の知的財産権を有するところ、被告は、原告の許諾なく、「FOODS信頼ネット」のリニューアル版であるところの「ASP規格書システム」の知的財産権を使用しているから、これが著作権侵害に当たるという、法的な見解を表明するものと認めるのが相当である。
 そして、法的な見解の表明は、事実を摘示するものではなく、意見ないし論評の範ちゅうに属するものというべきところ、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事項に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁、最高裁平成15年(受)第1793号、第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)。
 原告プレスリリースの記載は、いずれも上場会社である原告及び被告のサービスに関する権利関係の帰属についての紛争の情報を投資家や顧客に提供するものであるから、公共の利害に関する事項に係ることが明らかであって、その目的が専ら公益を図ることにあると認められる。そして、原告プレスリリースが前提としている事実は、<1>原告が、「FOODS信頼ネット」の開発に携わり、被告との間で締結された本件業務委託契約には、原告がその知的財産権を保有するとみるべき記載があること、及び、<2>被告による「ASP規格書システム」の使用については、原告の許諾がないことであると認められるところ、<1>については、原告が「FOODS信頼ネット」の開発に携わったことは真実であり、また、本件業務委託契約書4条1項ただし書には、その成果物について原告に著作権を留保する旨の記載があるから、この点も真実であるといえる(これらの事実関係に基づき、「FOODS信頼ネット」に蓄積されたデータベースの著作物の著作権を原告が取得するとの法的判断に至るかは、別論である。)。<2>については、少なくとも、原告と被告との間に、「ASP規格書システム」の使用について明示的に許諾等がされたことを示す明確かつ客観的な証拠はうかがわれないのであるから、原告が、同事実を真実と信ずるについて相当な理由があると認めるべきである。
 したがって、仮に、原告プレスリリースの記載が、被告の社会的評価を低下させるもので、違法性を欠くとまではいえないとしても、同表現につき、原告に故意又は過失があったとはいえないから、名誉毀損の不法行為は成立しない。
(4) 小括
 以上によれば、その余の争点(争点5-4、同5-5)について検討するまでもなく、反訴請求のうち、名誉毀損を原因とする請求にはいずれも理由がない。
6 不競法に基づく反訴請求に関連する争点(争点6-1ないし同6-3)について
 被告は、原告プレスリリースに含まれる本件プレスリリース表現(第2、2(6)イ参照)は、いずれも虚偽の事実であって被告の営業上の信用を害するものであるとして、不競法2条1項15号の不正競争行為に当たり、同行為について原告に故意又は過失があることも明らかと主張する。
 そこで検討するに、被告が指摘する本件プレスリリース表現は、要旨、「FOODS信頼ネット」は、原告の製品のカスタマイズ版であり、本件業務委託契約に基づき、原告に知的財産権が帰属すること、及び、被告が、原告の許諾を得ることなく、「FOODS信頼ネット」のリニューアル版である「ASP規格書システム」を使用していることであるが、これらの表現が前提としている事実が、<1>原告が、「FOODS信頼ネット」の開発に携わり、被告との間で締結された本件業務委託契約には、原告がその知的財産権を保有するとみるべき記載があること、及び、<2>被告による「ASP規格書システム」の使用については、原告の許諾がないことであることは、前記5(3)において認定説示したとおりである。そして、既に認定説示したところによれば、<1>については真実であるといえるし、<2>については、原告が、同事実を真実と信ずるについて相当な理由があると認められる。
 したがって、仮に、原告プレスリリースによる本件プレスリリース表現が、不競法2条1項15号の不正競争行為に当たる余地があるとしても、少なくとも、原告には故意又は過失があったとはいえず、損害賠償請求及び謝罪広告掲載請求は認められない。
 以上によれば、その余の争点(争点6-2、同6-3)について検討するまでもなく、反訴請求のうち、不競法に基づく請求にはいずれも理由がない。
7 結論
 以上のとおり、原告の本訴請求及び被告の反訴請求にはいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 嶋末和秀
 裁判官 天野研司
 裁判官 西山芳樹


(別紙1)被告物件目録
 データベース「ASP規格書システム」
 以上

(別紙2)謝罪広告目録
第1 謝罪文の内容
1 見出し
 株式会社インフォマート様に対する信用毀損に関するお詫び
2 本文
 当社は、平成27年8月7日付で、東京地方裁判所に対し、株式会社インフォマート様を被告として、当社に帰属する「FOODS信頼ネット」の知的財産権を侵害したこと等を理由として、株式会社インフォマート様が運営する「ASP規格書システム」(「FOODS信頼ネット」のリニューアル版)の使用差止及び10億円の損害賠償を求める著作権侵害行為差止等請求訴訟(東京地方裁判所平成27年(ワ)第21897号事件、以下「本訴」といいます。)を提起致しました。
 また、当社は、同年9月2日付で、当社公式ウェブサイトにおいて、「株式会社インフォマートに対する訴訟提起に関するお知らせ」と題するIRニュースを公表し、株式会社インフォマート様に対して本訴を提起したこと、本訴を提起した理由として、「『ASP規格書システム』(「FOODS信頼ネット」のリニューアル版)では、当社に帰属する知的財産権を、当社から許諾を得ることなく、当社の許諾の範囲外で使用しています。」等と記載し、「ASP規格書システム」(現在のサービス名は「BtoBプラットフォーム規格書」)が当社の知的財産権を侵害している旨の事実を公表いたしました。
 当社による本訴の提起に対し、株式会社インフォマート様からは、本訴が虚偽の事実に基づく不当提訴であるとして平成28年11月7日に反訴(東京地方裁判所平成28年(ワ)第37577号損害賠償請求反訴事件)が提起されましたが、本訴及び反訴の判決において、当社が本訴において主張した事実の重要部分が虚偽であること、「ASP規格書システム」の著作権は株式会社インフォマート様に帰属しており、株式会社インフォマート様は当社の知的財産権を何ら侵害していないことが認定されました。
 当社は、上記IRニュースの公表等により、株式会社インフォマート様の信用を毀損し、多大なご迷惑をお掛け致しましたことを、ここに慎んで心よりお詫び申し上げます。
 平成 年 月 日
 eBASE株式会社 代表取締役 C
第2 掲載条件
1 掲載場所、掲載期間
(1) 本判決の確定した日から30日以内に、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞及び産経新聞については、各朝刊全国版社会面広告欄に横幅16センチメートル×2段、東京新聞及び中日新聞については朝刊社会面広告欄に横幅10センチメートル×2段、日本食糧新聞(東京都中央区八重洲1-9-9東京建物ビル5階所在)及び食品産業新聞(東京都台東区東上野2-1-11サンフィールドビル8階所在)については一面広告欄に3段2分の1(縦103ミリメートル×横192ミリメートル)
(2) 反訴被告公式ウェブサイト(http://<以下略>)において、本判決の確定した日から30日以内に、謝罪文全文を掲載し、掲載開始日から6か月間以上継続して記載
(3) 反訴被告公式ウェブサイト(http://<以下略>)のトップページ上部(スクロールをしなくても閲覧できる箇所)において、本判決の確定した日から30日以内に、謝罪文の見出し及び⑵の謝罪文全文が掲載されたページへのハイパーリンクを掲載し、掲載開始日から6か月間以上継続して掲載
2 使用活字
 見出しについては、12ポイント・ゴシック活字
 本文については、11ポイント

(別紙3)訴状等表現目録
(末尾の頁数は平成27年8月20日付け訴状訂正申立書の頁数を示す。)
1 「これらの被告の行為は、原告が著作権を有する『eB-foods csvファイル ver1.0』及び原告データベース仕様に対し、複製権及び翻案権を侵害する違法な行為である。」(43頁)、「したがって、原告は、被告に対し、著作権法112条1項に基づき、被告プログラムの使用、複製、公衆送信(送信可能化を含む。)の差止請求権を有する。また、原告は、被告に対し、著作権法112条2項に基づき、被告プログラム及びその複製物(同プログラムを格納した記録媒体を含む。)の廃棄請求権を有する。」(46頁)
2 「被告の上記行為は、本件データベースの複製権を侵害する行為である。」(44頁)、「したがって、原告は、被告に対し、著作権法112条1項に基づき、データベース『ASP規格書システム』の複製、公衆送信(送信可能化を含む。)の差止請求権を有する。また、原告は、被告に対し、著作権法112条2項に基づき、データベース『ASP規格書システム』及びその複製物(同データベースを格納した記録媒体を含む。)の廃棄請求権を有する。」(47頁)
3 「被告による上記行為は、不正の利益を得る目的で、原告から開示された営業秘密を使用する行為であって、不正競争防止法2条1項7号の不正競争に該当するものである。」(44頁)、「したがって、原告は、被告に対し、不正競争防止法3条1項に基づき、『ASP規格書システム』における営業秘密たる原告データベース仕様の使用につき差止請求権を有する。」(48頁)、「したがって、原告は、被告に対し、不正競争防止法3条2項に基づき、被告プログラム及びその複製物(同プログラムを格納した記録媒体を含む。)、ならびに『ASP規格書システム』及びその複製物(同データベースを格納した記録媒体を含む。)の廃棄請求権を有する。」(48頁)
4 「被告による著作権侵害行為及び不正競争行為によって原告が受けた損害の額は、著作権法114条2項及び不正競争防止法5条2項により、少なくとも12億6500万円と算定され、被告は、原告に対し、少なくとも12億6500万円の損害賠償義務を負担する。」(50頁)
5 「かような被告の行為は、原告の法的保護に値する利益を侵害するものであり、不法行為を構成するものである。」(45頁)、「したがって、被告は、原告に対し、不法行為に基づき、少なくとも12億6500万円の損害賠償義務を負担する。」(51頁)
6 「被告の使用許諾契約違反によって原告が受けた損害の額は、使用許諾契約書2条6項により、少なくとも42億1800万円と算定され、被告は、原告に対し、少なくとも42億1800万円の損害賠償義務を負担する。」(50頁)
7 「原告は、著作権侵害、不正競争、使用許諾契約違反及び不法行為に基づく損害賠償の一部請求として(選択的請求)、10億円及びこれに対する本訴状送達の日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」(52頁)
 以上

(別紙4)(別紙5)
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/