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【事件名】キャッチコピー“やめられない、とまらない”事件
【年月日】平成30年3月26日
 東京地裁 平成29年(ワ)第25465号 著作者人格権確認等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成30年2月5日)

判決
原告 A
被告 カルビー株式会社
同訴訟代理人弁護士 堀裕
同 藤池智則
同 木いづみ
同 亀甲智彦
同 冨松宏之
同 関口諒
同 山内達也
同 桑原卓哉
同 見駿


主文
1 本件訴えのうち、被告からの発注を受けて広告代理店大広が昭和39年に企画制作したテレビコマーシャルを原告が制作した事実の確認を求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告の作品(昭和39年にテレビコマーシャルフィルムの企画制作の発注を被告から受けて広告代理店大広放送制作部Aチームが企画制作した作品であるテレビコマーシャル)につき、原告が制作した事実を確認する。
2 被告は、自社の社内報、ホームページに、広告代理店大広の社員であった原告が「やめられない、とまらない、かっぱえびせん」を考えた本人であったという事実を記載した記事を掲載せよ。
3 被告は、原告に対し、1億5000万円を支払え。
第2 事案の概要等
1 請求の概要
 本件は、原告が、@被告が製造し販売するスナック菓子「かっぱえびせん」の広告用に昭和39年に制作されたテレビコマーシャル(以下「本件CM」という。)は、当時株式会社大広(以下「大広」という。)の放送制作部に所属していた原告が制作したものであるとして、被告に対し、原告が本件CMを制作した事実の確認を求め、A被告は、原告との間で、原告がかっぱえびせんのキャッチフレーズである「やめられない、とまらない」のフレーズ(以下「本件キャッチフレーズ」という。)を考えた本人であるとの事実を被告の社内報に掲載することを約したのにこれを行っていないとして、被告に対し、被告の社内報及びホームページへの上記事実を記載した記事の掲載を求め、B被告は、毎日新聞及び日本テレビをして本件キャッチフレーズが被告の社内会議にて誕生した旨を報道させ、原告の名誉を毀損したとして、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金7500万円の支払を求め、C被告は、原告に対して複数の書面を送付し、原告を侮辱したとして、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金7500万円の支払を求めた事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
 原告は、大広の従業員として同社の放送制作部に所属していた昭和39年当時に、本件CMを制作したと主張する者である。
 被告は、菓子及び食品の製造等を目的とする株式会社であり、かっぱえびせんを製造、販売している。
(2) 本件番組の放送
 平成23年6月24日、次の内容の再現ドラマを含む、かっぱえびせんの由来に関するテレビ番組(以下「本件番組」という。)が放送された(甲1)。
 「『やめられない とまらない』この有名なフレーズが生まれた舞台裏とは。(中略)広告代理店を交えた販売会議。(中略)アイデアが出ないまま時間ばかりが過ぎ、みんなかっぱえびせんを食べ続けるばかりだった。そんな時だった。その中の1人がつぶやいた。『でもこれ…やめられないな』するともう1人が『うん…とまらないな』何気ない一言だった。『やめられない とまらない』あのキャッチフレーズが生まれた瞬間だった。」
(3) 本件新聞記事の掲載
 平成28年6月19日付け毎日新聞朝刊に、次の内容を含む、かっぱえびせんの由来に関する記事(以下「本件新聞記事」という。)が掲載された(甲3)。
 「ヒットのきっかけは、69年から放映された『やめられない、とまらない』のキャッチコピーでのCM。社内会議で生まれたというその宣伝文句とともに広く認知され、カルビーを代表する商品となった。」
(4) 被告が送付した書面等
 被告の従業員ないし代理人は、平成24年から平成27年にかけて、原告ないし原告の代理人に対し、次のとおり、書面を送付し、又はファックス文書を送信した。
ア 被告の従業員は、平成24年4月16日付けで、原告に対し、「このたび、貴殿より弊社受付にてお預かりしておりました同封の下記書類につきまして、頂戴いたしかねますので、ご返送させていただきます。」として、原告が作成した書面を返送した(甲18)。
イ 被告の従業員は、平成24年6月29日付けで、原告に対し、「日本テレビの番組DONによる再現ドラマについてのご確認等への弊社の対応につきまして、弊社におきまして、いささかボタンの掛け違いがございましたこと、お詫び申し上げます。」との記載のある書面を送付した(甲19)。
ウ 被告の代理人は、平成25年4月9日付けで、原告の代理人に対し、「テレビ番組『DON』における放送内容は、全てテレビ局が制作したもので、当社が通知人のご主張を否定するために制作、監修したものではありません。従いまして、当社は『DON』に関して通知人の主張に応じる立場にございません。」、「当社は、通知人との法的紛争を望むものではありませんが、単に一方的に氏名表示権を主張されるにすぎない通知人のご要望には、和解協議を含めて応じかねますことをご回答申し上げます。」との記載のある書面を送付した(甲20)。
エ 被告の代理人は、平成25年8月頃、原告の代理人に対し、「そもそも『やめられない、とまらない』の短文が著作権法の解釈として言語の著作物と言えるか甚だ疑問であり、」、「お示し頂いた陳述書の陳述者も株式会社大広の従業員であった方達だとすれば、株式会社大広に事実関係を問い合わせることに困難はないのではないかと思われます。」との記載のある書面を送付した(甲23)。
オ 被告の代理人は、平成26年10月1日付けで、原告の代理人に対し、「B先生(判決注:原告の当時の代理人弁護士を指す。)と当職との間で(当事者なしで)面談を行うことについて、同意が得られました。」との記載のあるファックス文書を送信した(甲24)。
カ 被告の代理人は、平成27年2月19日付けで、原告の代理人に対し、「当方依頼人は、A氏が同席しないことを会議開催の条件としております。」との記載のあるファックス文書を送信した(甲25)。
3 争点
(1) 原告が本件CMを制作した事実の確認を求める訴えは適法か(争点1)
(2) 原告は、本件CMを制作したか(争点2)
(3) 被告は、原告に対し、原告が本件キャッチフレーズを考えた本人であるとの事実を被告の社内報に掲載する旨を約したか(争点3)
(4) 本件番組の放送及び本件新聞記事の掲載につき、被告に名誉毀損の不法行為が成立するか(争点4)
(5) 被告が本件各書面を原告に送付した行為につき、侮辱の不法行為が成立するか(争点5)
(6) 原告が受けた損害の額(争点6)
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(原告が本件CMを制作した事実の確認を求める訴えは適法か)について
【原告の主張】
 被告は、原告が本件CMないし本件キャッチフレーズを考えた本人であるとの事実を自ら調査し、本件キャッチフレーズについて現在権利を保有しているかのような登録をしているアストロミュージック出版株式会社(以下「アストロミュージック」という。)に問いただすべきであるのに、これを怠ってきた。また、被告は、本件番組や本件新聞記事など、真実と異なる報道をさせている。この裁判により、原告が本件CMを制作した事実が確認されれば、被告による虚偽の言動を撤回させることができる。
【被告の主張】
 原告が主張するところの「本件CM」がいかなるテレビコマーシャルを指すのか、特定が不十分と考えられるが、この点を措くとしても、被告は、本件CMについて、自らが著作権ないし著作者人格権を有する旨を主張していない。被告は、本件キャッチフレーズを使用しているが、これは、本件キャッチフレーズを含む「かっぱえびせん」との楽曲の著作権を現在保有していると考えられるアストロミュージックから許諾を受けて使用しているものである。被告との間で本件CMの権利関係ないし事実関係を確認しても、紛争の解決につながらないから、本件訴えのうち、原告が本件CMを制作した事実の確認を求める部分は、不適法であり却下されるべきである。
(2) 争点2(原告は、本件CMを制作したか)について
【原告の主張】
 本件CMは、大広の放送制作部に所属していた原告が昭和39年に制作したものである。このことは、大広の元従業員の証言書から明らかである。
【被告の主張】
 不知。
(3) 争点3(被告は、原告に対し、原告が本件キャッチフレーズを考えた本人であるとの事実を被告の社内報に掲載する旨を約したか)について
【原告の主張】
 原告は、平成23年6月26日、被告を訪問して被告の代表取締役や宣伝課長と面会し、原告が本件キャッチフレーズを考えた本人である旨を伝えた。被告代表者は、「現在カルビーがこうも成長したのは皆さんの『やめられない、とまらない、かっぱえびせん』のおかげです」などと、原告に感謝の気持ちを述べた。
 原告は、後日、被告を再度訪問し、被告の宣伝課長との間で、このめでたい話を被告の従業員に知ってもらうために社内報に掲載しようとの話がまとまり、社内報掲載のために写真撮影までした。
 ところが、被告は、その後、法務部等を通じて原告の主張を虚偽と決めつけ、社内報の掲載を一方的に中止した。原告は、当初の約束に従い、原告が本件キャッチフレーズを考えた本人であるとの事実を、被告の社内報やホームページに掲載するよう求める。
【被告の主張】
 原告が被告の代表取締役と面会したこと、後日、原告が被告の宣伝課長と面会し、写真撮影したことはいずれも認めるが、その余は否認する。被告が、原告に対して、社内報への掲載を約束した事実はない。
(4) 争点4(本件番組の放送及び本件新聞記事の掲載につき、被告に名誉毀損の不法行為が成立するか)について
【原告の主張】
 被告が、日本テレビをして本件番組を放送させ、また、毎日新聞をして本件新聞記事を掲載させたことにより、実質的に、本件CMを制作した者として認知されている原告を盗作者呼ばわりしたといえる。そうすると、被告が、本件番組を放送させ、本件新聞記事を掲載させた一連の行為は、原告のクリエイターとしての信用と名誉を毀損する不法行為に当たる。
【被告の主張】
 本件キャッチフレーズについては、被告の社内では、昭和44年に放映されたかっぱえびせんのCMで初めて使用されたものであって、当該CMの制作に際して株式会社電通との間で行った宣伝会議の中で生まれたものと整理されており、被告は、本件キャッチフレーズに関する権利者は、本件キャッチフレーズを含む楽曲の作詞者及び作曲者から著作権の譲渡を受けたアストロミュージックであると理解している。
 原告は、本件訴訟の前にも、被告に対し、本件キャッチフレーズを考えたのは自分であると申し出てきたが、特に客観的な証拠を提示しなかったので、被告としては、メディアからの取材には、従前からの社内での整理に従って対応した。被告は、本件番組や本件新聞記事において、原告を盗作者扱いなどしておらず、名誉毀損は成立しない。また、被告には故意・過失がないから、不法行為は成立しない。
(5) 争点5(被告が本件各書面を原告に送付した行為につき、侮辱の不法行為が成立するか)について
【原告の主張】
 前記前提事実(2(4))のとおり、被告は、平成24年から平成27年にかけて、数々の文書を送付し、その中には、「いささかボタンの掛け違い」など、重要な事実を偽ったことに対する反省の態度がみられないものや、原告が同席しないことを面談の条件とするなど、原告を無視するようなものがあった。これら一連の行為は、原告を侮辱する不法行為に当たる。
【被告の主張】
 前記(4)【被告の主張】のとおり、被告は、原告から客観的な証拠が提出されない中で、被告が認識している事実関係に基づいて原告に対応したものであり、原告を侮辱したものではない。また、被告には故意・過失がないから、不法行為は成立しない。
(6) 争点6(原告が受けた損害の額)について
【原告の主張】
ア 名誉毀損の不法行為による損害
 前記(4)【原告の主張】において主張した被告の名誉毀損行為により、原告は7500万円に相当する無形の損害を受けた。
イ 侮辱の不法行為による損害
 前記(5)【原告の主張】において主張した被告の侮辱行為により、原告は7500万円に相当する無形の損害を受けた。
【被告の主張】
 否認し、又は争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告が本件CMを制作した事実の確認を求める訴えは適法か)について
 原告は、本件訴えにおいて、原告が本件CMを制作した事実の確認を求めている。
 しかし、確認の訴えは、原則として、現在の権利又は法律関係の存在又は不存在の確認を求める限りにおいて許容され、特定の事実の確認を求める訴えは、民訴法134条のような別段の定めがある場合を除き、確認の対象としての適格を欠くものとして、不適法になるものと解される(最高裁昭和29年(オ)第772号同36年5月2日第三小法廷判決・集民51号1頁、最高裁昭和37年(オ)第618号同39年3月24日第三小法廷判決・集民72号597頁等参照)。
 したがって、本件訴えのうち、原告が本件CMを制作した事実の確認を求める訴えは不適法である。
 なお、事案に鑑み付言するに、仮に、原告が、本件CMを制作した事実ではなく、原告が本件CMにつき著作権ないし著作者人格権を有することの確認を求めたとしても、確認の訴えは、現に、原告の有する権利又はその法律上の地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切である場合に、その確認の利益が認められるところ(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁参照)、前記前提事実(第2、2)、証拠(甲18ないし20、23ないし25、19、乙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、アストロミュージックから許諾を受けて本件キャッチフレーズを使用しているにとどまり、本件CMについて被告が著作権ないし著作者人格権を有するなどとは主張していないから、原告が有する権利又は法律上の地位に存する危険又は不安を除去するために、本件CMの著作権ないし著作者人格権の存否につき被告との間で確認判決を得ることが必要かつ適切であるとは認め難く、結局、確認の利益を欠くものとして不適法というほかない。
2 争点3(被告は、原告に対し、原告が本件キャッチフレーズを考えた本人であるとの事実を被告の社内報に掲載する旨を約したか)について
 原告は、被告が原告に対し、原告が本件キャッチフレーズを考えた本人であるとの事実を被告の社内報に掲載する旨を約したと主張し、同事実を被告の社内報に掲載するよう請求するところ、同主張は、原告と被告との間で、被告が同掲載義務を負うことを内容とする契約が成立した旨を主張するものと解される。
 そこで検討するに、原告と被告代表者が平成23年6月頃面会したこと、その後程なくして、原告と被告の宣伝課長が面会し、原告の写真を撮影したことは、当事者間に争いがない。
 しかし、原告本人尋問の結果によっても、原告と被告の宣伝課長との面会の場においては、被告の社内報に、誰がどのような内容の記事を作成し、いつまでに掲載するのかなど、記事の掲載をどのように実現させていくかについては、何ら明確に合意しなかったというのである。そうすると、仮に、原告本人が供述する事実関係が認められたとしても、それのみをもっては、被告が行うべき給付義務の内容が具体的に定まっていたとはいえず、原告と被告との間に、法的拘束力を有する契約として、被告に履行を強制し得るまでの合意があったと評価することは困難である。
 また、原告本人尋問の結果によっても、被告のホームページへの掲載が話題となった形跡はおよそうかがえないから、原告と被告との間に、この点に関する契約があったとみる余地はない。
 したがって、被告の社内報及びホームページに、原告が本件キャッチフレーズを考えた本人であるとの事実を掲載することを求める原告の請求には理由がない。
3 争点4(本件番組の放送及び本件新聞記事の掲載につき、被告に名誉毀損の不法行為が成立するか)について
 原告は、被告が日本テレビをして本件番組を放送させ、毎日新聞をして本件新聞記事を掲載させたことが、原告のクリエイターとしての信用と名誉を毀損する不法行為に当たると主張する。
 しかし、本件番組及び本件新聞記事の内容は前記前提事実(第2、2(2)(3))のとおりであり、原告については一切言及されていないし、原告が本件キャッチフレーズを考え出した者として、一般の視聴者ないし読者の間に認知されていたとの事情もうかがわれないから、視聴者なり読者の普通の注意と視聴の仕方ないし読み方とを基準として、本件番組及び本件新聞記事の内容が、原告の社会的評価を低下させるものと認めることはできない。
 したがって、被告による名誉毀損を原因とする原告の請求には理由がない。
4 争点5(被告が本件各書面を原告に送付した行為につき、侮辱の不法行為が成立するか)について
 原告は、被告が平成24年から平成27年にかけて数々の文書を送付した一連の行為は、原告を侮辱する不法行為に当たると主張する。
 しかし、被告が平成24年から平成27年にかけて送付した書面及びファックス文書の内容は、前記前提事実(第2、2(4))のとおりであり、被告の立場から原告の主張等には応じられない旨や、当事者本人と直接面会しないことを話し合いの条件としたい旨を述べるにとどまるものであって、これらの表現行為が、社会生活上許される限度を超えた侮辱行為であると認めることはできない。
 したがって、被告による侮辱を原因とする原告の請求には理由がない。
5 結論
 以上によれば、本件訴えのうち、原告が本件CMを制作した事実の確認を求める部分は不適法であるからこれを却下することとし、その余の請求にはいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 嶋末和秀
 裁判官 伊藤清隆
 裁判官 天野研司
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