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【事件名】“ゴーストライター騒動”公演中止事件(2)
【年月日】平成29年12月28日
 大阪高裁 平成29年(ネ)第233号 損害賠償著作権使用料請求控訴事件、同年(ネ)第420号 同附帯控訴事件
 (原審・大阪地裁平成26年(ワ)第9552号(本訴)、平成27年(ワ)第6107号(反訴))
 (口頭弁論終結日 平成29年10月3日)

判決
控訴人兼附帯被控訴人(一審本訴被告兼反訴原告) P1(以下「控訴人」という。)
上記訴訟代理人弁護士 秋山亘
同 山縣敦彦
被控訴人兼附帯控訴人(一審本訴原告兼反訴被告) 株式会社サモンプロモーション(以下「被控訴人」という。)
上記訴訟代理人弁護士 宮岡寛
同 宮岡恒子


主文
1 控訴人の控訴に基づき、原判決中被控訴人の本訴請求にかかる部分を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は、被控訴人に対し、4238万5351円及びこれに対する平成26年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 控訴人のその余の控訴を棄却する。
3 被控訴人の附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用(控訴費用及び附帯控訴費用を含む。)は、第1、2審を通じてこれを10分し、その7を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
5 この判決は、前記1(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 被控訴人の本訴請求を棄却する。
(3) 被控訴人は、控訴人に対し、730万8955円及びこれに対する平成26年2月3日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
(5) 仮執行宣言
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は、被控訴人に対し、6131万0956円及びこれに対する平成26年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人の反訴請求を棄却する。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも、控訴人の負担とする。
(5) 仮執行宣言
第2 事案の概要
 以下で使用する略称は、特に断らない限り、原判決のものによる。
1 本訴請求事件は、被控訴人が、控訴人が全ろうであるにもかかわらず絶対音感を頼りに作曲したとして発表した楽曲につき、控訴人の説明が真実であると誤信して、控訴人から本件楽曲を演奏する全国公演の実施の許可を受けたところ、控訴人がその説明が虚偽であることを隠して多数回の公演の実施を強く申し入れたことから、被控訴人は、多数の全国公演を企画して各種の手配をしたが、控訴人の前記説明等が虚偽であることが公となって、上記公演を実施できなくなったことにより多額の損害を被ったと主張し、不法行為に基づく損害賠償請求として、6131万0956円及びこれに対する不法行為の日の後である平成26年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
 反訴請求事件は、被控訴人が、企画、実施した全国公演において控訴人が著作権を有する本件楽曲を利用したのであるから、その利用の対価を控訴人に支払う義務があることを知りながらこれを支払わず、被控訴人はその使用料相当額の利益を受け、そのために著作権者である控訴人が同額の損失を受けたとして、控訴人が、被控訴人に対し、民法704条に基づく不当利得返還請求として、使用料相当額730万8955円の返還及びこれに対する平成26年2月3日(最終公演日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
 原審が、本訴請求及び反訴請求のいずれについてもその一部のみを認めたため、控訴人が控訴し、被控訴人が附帯控訴した。
2 前提事実、争点及び争点についての当事者の主張は、次のとおり補正し、当審における各当事者の主張を後記3及び4のとおり加えるほか、原判決「事実及び理由」中の第2の2から第2の4まで(原判決3頁4行目から15頁4行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決4頁25行目の「甲171」の次に「、乙25」を加える。
(2) 原判決5頁5行目の「原告は、」の次に「平成26年2月5日、」を加える。
(3) 原判決9頁14、15行目の「構造図を作成し、」の次に「これを指示書としてP2に交付し、」を加える。
(4) 原判決14頁11行目の「具体的には」を「詳細は」に改める。
3 当審における控訴人の主張
(1) 争点1(控訴人による不法行為の成否)について
ア 控訴人に告知義務のないこと(予見可能性のないこと)
 本件公演の中止は、次のような経緯による被控訴人の経営判断の誤りによるものであって、控訴人はこのような事態を予見することはできず、控訴人の聴力レベルや本件楽曲の作曲者についての告知義務もなかった。
@ 本件文春報道がセンセーショナルで過激な表現を用い、控訴人が作曲に全く関与しなかったとの誤解を与えたこと
A P2が、本件文春報道に即した内容の発言をし、上記誤解が世間に定着したこと
B 被控訴人は、本件文春報道に過度に反応し、容易にできる事実調査をしなかったこと
イ 全ろうになった時期等
 控訴人は、平成11年に一時全ろう状態になったが、その後一時的に回復したことがあった。しかし、平成13年末頃までには補聴器を使用しても会話は不可能となった。平成11年以降、絶えず、全ろうの状態であったと主張していたわけではない。
 また、全ろうとは、音が全く聞こえない状態ではなく、「両耳の聴力レベルがそれぞれ100dB以上のもの」をいう。控訴人は、平成14年診断書では「右101.3dB、左115dB」の状態にあったのであるから、平成14年当時、全ろうの状態にあり、控訴人に虚偽説明の事実はない。
 原判決は、放送倫理・番組向上機構(以下「BPO」という。)の放送倫理検証委員会作成に係る報告書に基づき、控訴人が全ろうの状態にはなかったと認定しているが、上記報告書に記載された耳鼻咽喉科の専門医の意見は、診断書のみを資料としたものであり、医学的文献の引用もなく、信用することができない。
 また、原判決は、全ろうが自然回復することがあり得ないことを前提に控訴人の主張を否定しているが、言語聴覚士の陳述書(乙34)によれば、自然回復することもあり得る。
ウ 相当因果関係がないこと
 楽譜は新規の貸出しが禁止されていたに過ぎず、本件楽曲の著作権は控訴人にあることはP2も認めていたから、本件楽曲の使用の可否はP2に確認すれば可能であった。しかし、被控訴人は、このような対応をとることなく、漫然と本件公演の全面中止に踏み切ったに過ぎない。
 また、全ろうを前面に出した広告は被控訴人の企画によるものであり、控訴人は全く関与しておらず、広告の内容を変更するなどして、本件公演を実施することは可能であった。
 以上によれば、仮に、控訴人に、前記アの告知義務があるとしても、告知義務違反と損害発生との間に相当因果関係はない。
(2) 争点2(被控訴人の損害額)について
ア 本件公演を実施したことによる利益を逸失利益の算定の基準とすべきでないことについて
 本件公演の1公演当たりの売上げは、平均的なクラシックコンサートの1公演当たりの売上げの約4.9倍であり、実施された本件公演の実績に基づいた計算は通常得られる利益の基礎となるものではない。
 しかも、コンサート運営会社1社当たりのクラシックコンサートの平均年間公演開催数は国内外アーティスト合計で6.65回であるのに対し、本件公演は平成25年6月から9か月で17回実施されている。
 したがって、被控訴人は、本件公演を実施したことにより、通常得られる利益よりも多額の利益を得たと見るべきであり、本件公演(17公演)を実施したことによる利益を基準に被控訴人の損害額を算定するべきではない。
イ 被控訴人の通常得られる利益について
 平成25年8月期には、本件公演や著名アーティストの公演という特殊事情があった。また、同年4月以降の営業損益には、本件公演のチケットの販売代金が計上されており、会場費等の経費は翌月以降に計上されるから、平成25年8月期の営業損益を通常得られる利益を算定するための基礎とすることはできない。このため、平成22年8月期から平成24年8月期の平均的な営業損益によって、通常得られる利益は算定されるべきである。
 なお、被控訴人の損益計算書によれば、平成22年8月期から平成24年8月期までの3期のいずれも損失を計上しており、その平均は3952万6354円である。本件公演を最後に実施したのは平成26年5月10日であるところ、平成26年8月期における同年5月31日までの営業損失は2394万9088円であって、上記平均よりも少額である。被控訴人は、平成26年8月期の上記期間中、本件公演の実施により、通常より多くの利益を得ていたといえる。
ウ 著作物使用料相当額及びプログラム製作原価は、逸失利益の算定において控除されるべきものである。
(3) 過失相殺
 控訴人は、本件楽曲の著作権を有していた。P2は、平成26年2月5日に記者会見を開いた当時から、上記事実を認めていたのであるから、被控訴人は、容易に本件楽曲の著作権者を知ることができた。
 また、本件楽曲の作曲者に関する疑義についても、予め、アナウンスし、払い戻しを希望するチケット購入者に対しては、払い戻しに応じた上で、公演を実施することはできたし、控訴人の聴力レベルについては、前記(1)イのとおり、聴力が一部回復したものの、本件作曲時に聴力を失っていたことは虚偽ではない。
 以上のとおり、被控訴人は、本件公演を実施することができ、実施していれば、被控訴人の主張する損害を回避することは可能であったにもかかわらず、安易に、被控訴人固有の経営判断だけで、本件公演を中止したものである。したがって、本件公演の中止による損害については、少なくとも9割の過失相殺を行うべきである。
(4) 信義則による制限
 前記(3)に述べた事情に加え、以下の事情を考慮すると、信義則上、被控訴人の損害賠償請求は制限されるべきである。
ア 控訴人は、被控訴人から本件公演を持ちかけられただけであり、本件楽曲の使用許諾について対価を得ておらず、本件楽曲の著作物使用料も得ていない。
 被控訴人は、本件公演の実施により多額の利益を得たにもかかわらず、さらに、中止された公演による損失を控訴人に負わせようとするもので、著しく均衡を失した損害の分担となる。
イ 被控訴人は、控訴人が本件楽曲の作曲者や自らの聴力レベルについて告知することなく、本件公演を実施させたことにより、不法行為が成立すると主張するが、上記行為自体、何ら被控訴人に損害をもたらす加害行為ではない。
 したがって、上記行為を理由として高額の損害賠償を求めることは、請求を受ける側の予見可能性を越えるものである。
ウ 本件公演の中止は被控訴人の経営判断によるものであるから、本件公演の実施主体である被控訴人は、本件公演の中止による損失があるとしても、その企業責任ないし危険責任としてその損失を負担すべきである。
4 当審における被控訴人の主張
(1) 争点2(被控訴人の損害額)について
ア 本件公演を実施したことによる利益を逸失利益の算定の基準とすべきことについて
 本件における損害は、本件公演が中止となったことによる損害であるから、中止になった公演に着目して損害額が算定されるべきであり、実施された17公演については、不法行為とは無関係であり、実施された公演から得た利益について、一部(通常得られる利益を超過する分)を損益通算することは不当である。
 被控訴人は、本件公演を企画し、演奏者や会場等を手配し、宣伝広告を行って利益を得たのであるから、この利益は被控訴人に帰属すべきものであって、控訴人が取得すべきものではない。
イ 被控訴人の通常得られる利益について
 逸失利益の算定において基準とすべきは直前の公演での実績であり、本件では、実施された17の本件公演の売上実績を基準として算定すべきである。「通常得られる利益」の算定は、実施された本件公演の売上実績を基準とすべきである。
 なお、被控訴人は、P3と15年以上の付き合いがあり、毎年のように公演を企画・実施してきたものであり、P3やP4のようなチケット販売率の高いアーティストを招く公演を企画することは可能であり、被控訴人にとって例外的なことではない。
ウ 被控訴人における他の期の実績との比較
 他の期の実績を基準に逸失利益を計算すると、次のとおりであり、実施された本件公演の実績に基づいて算出した逸失利益は控えめなものであるから、実施された本件公演の実績を基準とする逸失利益の算定方法は相当なものである。
 すなわち、被控訴人は、問題(告知義務違反)の発覚後、予定していた公演の実施を中止したが、公演が予定されていた期間は平成26年2月から5月までのところ、同期間中、他の公演によって得た利益(損益計算書中のチケット売上に、その他売上として計上されている販売公演の売上金額を加えたものを「公演売上」とし、アーティストの出演料、移動費、宿泊費や、会場費、チケットの販売手数料、企画費等を合算したものを「公演経費」とし、「公演売上」から「公演経費」を控除したもの。以下「公演利益」という。)は917万5900円であった。
 これに対し、@平成25年2月から5月まで(前年の同期間)の公演利益は7777万3427円であり、上記917万5900円との差額6859万7527円を逸失利益とみることができる、A平成25年8月期の4か月当たりの平均公演利益は7994万0977円(同差額;5776万6069円)、B平成24年8月期の4か月当たりの平均公演利益は8504万3871円(同差額;6244万8775円)、C平成23年8月期の4か月当たりの平均公演利益は8070万7208円(同差額;7153万1308円)、D平成22年8月期の4か月当たりの平均公演利益は1億0685万1007円(同差額;9767万5107円)である。
エ 逸失利益の算定において控除すべき経費
 原判決は、逸失利益の算出過程において、著作物使用料相当額(320万5128円)を控除しているが、控訴人による著作物使用料請求権を認めることができないので、控除すべきではない。仮に、控除するとしても、1公演当たり7万円とするのが相当である。
 また、公演を販売したものについては、契約の相手方が著作物使用料を支払っているので、その対価から著作物使用料を控除することは明らかな誤りである。
オ プログラムの販売不能による逸失利益
 標記の逸失利益を算定するに当たり、製造原価を控除すべきではない。仮に控除するのであれば、別途、プログラム作成費用を損害として認めるべきである。
(2) 争点3(控訴人の本件楽曲に係る損失)について
 本件確認書(乙4)による著作権譲渡合意を認定した原判決は誤りである。
 P2と控訴人との著作権譲渡の合意は、いわゆるゴーストライター契約であり、公序良俗に違反し、無効である。
 P2が、記者会見において、著作権について、「譲渡する」ではなく「放棄する」と述べたことは、これを裏付けるものといえる。
 本件確認書は、作曲過程の真相の発覚後に作成されたもので、本件確認書作成後の著作物の使用の問題については妥当するかもしれないが、作曲過程の真相の発覚前に発生した著作物使用料の問題には妥当しない。そうでないと、上記ゴーストライター契約を有効と認めることになり、控訴人が不当な利益を得ることを認めることになってしまうからである。
 また、本件確認書は、「控訴人及びP2は、JASRACに控訴人を作曲者として作品届を提出した楽曲について、著作権が全て控訴人に帰属することを確認する」と記載されたものであって、著作権譲渡合意書ではない。
 以上によれば、控訴人には本件楽曲に係る損失はない。
第3 当裁判所の判断
1 はじめに
 当裁判所は、被控訴人の控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、原審と異なり、4238万5351円及びこれに対する平成26年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると判断する。他方、控訴人の被控訴人に対する不当利得返還請求は、原審と同様、410万6459円及びこれに対する平成27年6月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は、次のとおりである。
2 認定事実
 認定事実は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」中の第3の1(原判決15頁6行目から25頁12行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決15頁10行目の「楽曲の作曲を」を「楽曲の作曲への協力を」に改める。
(2) 原判決15頁16行目の「P2自身の作曲したものも加え」を「P2自身が作成したモチーフやメロディー等を加え」に改める。
(3) 原判決15頁20行目の「21頁」の次に「、34頁、50頁」を加える。
(4) 原判決15頁24行目の「P2が作曲するに際し」を「P2に依頼するに当たり」に改める。
(5) 原判決16頁21行目の「6頁」の次に「、乙44」を加える。
(6) 原判決16頁25行目の「本件交響曲」の次に「(一部)」を加える。
(7) 原判決17頁7行目の「甲183」の前に「甲35、」を加える。
(8) 原判決17頁12行目の「「NHKスペシャル」の提案」を「「NHKスペシャル」を製作することの提案」に改める。
(9) 原判決18頁8、11行目の各「甲183」の前に、いずれも「甲35、」を加える。 (10) 原判決20頁1行目の「甲116の3及び7、」の次に「甲118の3、甲119の3、甲120の4、」を加える。
(11) 原判決20頁3行目の「甲136の7」の次に「、乙47、乙49」を加える。
(12) 原判決20頁8行目の「内側から生まれる音だけで」を「内側から生まれてくるものを基本として、降りてくる音をそのまま音符にして」に改める。
(13) 原判決21頁22行目の「書いていたこと」の次に「やフィギュアスケートの日本の代表選手がP2の作曲した楽曲を採用したことで、その作曲の経緯が明らかになった場合に予想される影響の大きさを考慮して、事実を発表することとしたこと」を加える。
(14) 原判決22頁18行目の「調整音楽」を「調性音楽」に改める。
(15) 原判決22頁21行目の「後に、」の次に「BPOの放送倫理検証委員会に対し、」を加える。
(16) 原判決22頁26行目の「モチーフ」を「モチーフの一つ」に改める。
(17) 原判決23頁24行目から26行目までを「イ BPOの放送倫理検証委員会は、放送局の関係者や耳鼻咽喉科専門医からの聞き取りを実施し、放送局の取材・制作時の関連資料等を調査して報告書を作成したが、同報告書には、次のような記載がされている。」に改める。
(18) 原判決24頁20、21行目の各「視聴」を「試聴」に改める。
(19) 原判決25頁6行目の「対し、」を削除する。
(20) 原判決25頁12行目の末尾に行を改め「ウ JASRACは、平成2915年8月18日付けの書面で、被控訴人が実施した本件楽曲の公演について、被控訴人に対し、著作物使用料を請求する予定はない旨を表明した。(乙43の1)」を加える。
3 争点1(控訴人による不法行為の成否)について
(1) 控訴人による不法行為の成否については、次のとおり補正し、後記(2)に当審における控訴人の主張についての判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」中の第3の2(原判決25頁13行目から30頁6行目)に記載のとおりであるから、これを引用する(以下、個々の記載を引用する場合は、「認定事実」と番号で表示する。)。
ア 原判決26頁4行目の「広告の内容」を「広告に「孤高の作曲家が凄絶な闘いを経て たどりついた世界」などの文言を使用していたこと」に改める。
イ 原判決27頁1行目の「前記(2)の前提とされた状況」を「控訴人の人物像や作曲状況」に改める。
ウ 原判決27頁17行目の「平成11年以降」から18行目の「ことはできない」までを「平成11年以降、控訴人が全ろうの状態であったとの事実を認めることはできない」に改める。
エ 原判決28頁3行目の「したがって」から次行末尾までを削ったうえ、行を改め、次の記載を加える。
 「前記(2)で述べたとおり、平成25年3月頃までに、本件楽曲の作曲の状況が広く紹介されたが(その詳細は、認定事実(1)ウからオのとおり)、その内容からは、本件楽曲の作曲過程について、共同著作であることや第三者による何らかの関与を前提とするかのような記載や表現は窺えず、通常人であれば、控訴人が、単独で作曲したものと理解すると考えられる。
 したがって、本件楽曲の作曲過程における控訴人の関与が上記のようなものであった以上、本件公演の実施の前に控訴人が公表し、広く知られるようになった作曲状況は、実際の作曲状況と全く異なるものであったといえる。」
オ 原判決29頁19、20行目の「記譜という方法」を「記譜するという方法」に改める。
カ 原判決29頁22行目の「各種の作曲技法を用いて」を削る。
キ 原判決29頁24行目の「その感動性」を「それらのことが多くの人を感動させること」に改める。
ク 原判決29頁26行目から30頁6行目までを次のとおり改める。
 「それが、実際に楽曲を具体的に創作し、記譜したのは別人のP2であり、控訴人が行った関与は、本件交響曲については、P2に本件指示書を渡すなどしたほか、鐘の音を入れるよう指示したもの、ピアノ・ソナタ第2番については、モチーフの選択やその順序等について指示をしていたものである。仮にこのような控訴人の指示ないし関与が本件楽曲につき著作権法上の創作行為として肯定され、共同著作者とされることがあるとしても、上記関与の程度から窺える作曲状況は、控訴人が各種メディアを通じて公表した作曲状況とは全く異なるものであった。しかも、控訴人は、全ろうといえるような状態にもなかったのであるから、控訴人の行為が不法行為を構成するものであることに変わりはないというべきである。」
(2) 当審における控訴人の主張については、次のとおり、いずれも理由がない。
ア 控訴人は、全ろうであることや自ら作曲したとしていたことについて、被控訴人に対し、真実を告知する義務はなく、その理由として、本件公演が中止になることについての予見可能性がなかったと主張する。
 しかし、原判決「事実及び理由」中の第3の2(4)記載のとおり、控訴人が公表し、多数のメディアで紹介されていた控訴人の人物像や作曲状況は、被控訴人が本件公演を企画するに当たっての重要な前提事情であり、それらの事情が真実でない場合には、被控訴人が本件公演を企画・実施することはなかったであろうことは、通常人にとって、容易に理解することができるものである。
 控訴人は、アメリカの「TIME」誌に対し、デジタル時代のベートーベンという物語によって、控訴人の楽曲について率直な評価がされなくなることを恐れているとの趣旨を述べているが(甲183の34頁、50頁)、上記発言は、控訴人自身、上記の前提事情を十分に認識した上での発言といえる。また、P2が、事柄の重大さを認識して、会見を開いて事実を明らかにしたとの趣旨を述べたことや、控訴人が、P2の会見の翌日に、謝罪のための会見を開き、事実関係について説明したこと等一連の経過をみれば、控訴人の人物像や作曲状況が、客観的にみても、本件公演を実施する(聴衆を動員することができるか否か)にとって重要な情報であり、また、その事実関係が明らかになることで重大な社会的影響が生じ、ひいては本件公演を実施することができなくなることは、控訴人においても、容易に認識することができたといえる。
 そうすると、本件公演の企画に関与をするに当たり、控訴人は、被控訴人に対し、それまで公表していた控訴人の人物像や作曲状況が事実とは異なることを被控訴人にあらかじめ伝え、そのことが公になった場合には公演が実施できなくなるなどのリスクがあることを告知する義務があったものというべきである。
 以上のとおりであるから、控訴人の前記主張は理由がない。
イ 控訴人は、平成11年に一時全ろうになったが、その後一時的に回復したことがあり、平成14年診断書記載の聴力レベルによれば、全ろうであると主張し、乙22、34号証にはこれに沿う記載がある。
 しかし、乙22号証は、控訴人の妻の陳述書であり、乙34号証についてみると、その作成者は言語聴覚士の資格を有する者であるが、その陳述内容についての医学的な裏付けとなる客観的資料はないことに照らし、いずれも直ちに採用することができないというべきである。
 控訴人は、BPOの放送倫理検証委員会作成に係る報告書に記載された耳鼻咽喉科の専門医の意見は、診断書のみを資料としたものであり、医学的文献の引用もなく、信用できないとするが、専門医としての知見に基づくものであって、この点を覆す医学的知見を認めるに足りる証拠はないので、同専門医の意見は信用することができる。
 以上のとおりであるから、控訴人の前記主張は理由がない。
ウ 控訴人は、楽譜の使用は不可能ではなく、本件公演の広告の内容を変更するなどして、本件公演を実施することは可能であったから、告知義務違反と損害発生との間に相当因果関係はないと主張する。
 しかし、認定事実(3)のとおり、被控訴人が、本件公演の中止を決定した平成26年2月5日当時は、P2が本件楽曲を作曲したのは自分であるとの会見をし、控訴人がこれをほぼ追認する内容の謝罪会見を行い、その内容が全国紙やテレビ等で報道されるなどする状況にあった。このような状況下では、仮に、広告内容を変更したとしても、作曲者を偽った楽曲の公演を実施することに対する強い批判が起きることは当然予想され、被控訴人が本件公演の中止を決定したことには十分な合理性があったというべきである。したがって、告知義務違反と損害発生との間の相当因果関係を肯定することができる。控訴人が主張する本件公演の実施可能性は、前記の状況や社会通念を棚上げした抽象的な観念論に過ぎず、これを認めることはできない。
4 争点2(被控訴人の損害額)について
(1) 本件における損害の枠組み
 損害の枠組みについては、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」中の第3の3(1)(原判決30頁8行目から32頁2行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決30頁11行目の「被った損害として」から12行目末尾までを「被った損害は、平成26年2月23日以降中止した本件公演に係るものであり、既に実施された本件公演に係る損益を通算すべきではないと主張する。」に改める。
イ 原判決30頁17行目の「至らせた」の次に「一連の」を加える。
ウ 原判決30頁18行目の「このような不法行為」から、31頁1行目末尾までを次のとおり改める。
 「このような不法行為の内容からすると、被控訴人の損害は、本件公演を企画・実施しなかった場合に得られる損益と比べて、本件公演を企画・実施したことの全体によって生じた損益(実施分も含めて損益通算したもの)との差額であると解することができる。
 したがって、中止された公演のみに着目し、その中止による損害(公演を実施していれば得ることのできた利益に純粋支出を加えたもの)を損害として主張する被控訴人の上記主張は、直ちには採用することができない。
 なお、控訴人は、公演中止によって生じた損害と実施された公演から生じた利益との損益相殺を主張するところ、利益を全て損益相殺することは相当ではない(あくまで、通常得ることのできる利益を基準に考えるべきである。)。」
エ 原判決31頁4、5行目の「そうすると」から10行目末尾までを次のとおり改める。
 「予定されていた本件公演を全て実施した場合に得られる利益が、通常生じる利益を上回る場合、上記の損害として損益通算すべきは、@実施された公演については、通常得られる利益を超過して得られた利益を通算対象とすべきであり(損害額から控除する。)、A 中止された公演については、売上げがないのに、経費を支出しており、また、同時期に他の公演を企画・実施する機会を逸し、突然の中止であったために他の公演で代替する余裕もなかったと認められるから、(a)純粋支出となった経費に加え、(b)他の公演を実施していれば通常得られたであろう利益を損害として通算対象とすべきである(本件不法行為が控訴人の虚偽の事実についての告知義務違反からなることを考えると、そのような行為を前提とする利益を損害計算の基礎とすることは相当でない。)。
 なお、予定されていた本件公演を全て実施した場合に得られる利益が、通常生じる利益を下回る場合、上記@の計算は不要であり、上記Aの計算としては、被控訴人の計算方法に従い、中止された公演について、純粋支出となった経費に加え、中止された公演を実施していれば得られたであろう利益を損害として通算すれば足りる。
 控訴人は、本件公演を中止しても、他の公演を企画して代替できたとの主張をするようであるが、多くの聴衆を動員することが期待できる著名な演奏家や演奏団体は、通常は相当長期の将来まで公演スケジュールが決まっており、短期間で代わりの公演を企画し実現することは困難であり、控訴人の前記主張は採用できない。」を加える。
(2) 本件公演中止による損害(前記(1)エのA)について
ア 本件公演中止自体による逸失利益 3003万4702円
(ア) 被控訴人は、この損害項目について、中止された本件公演を実施していれば被控訴人が得られたであろう利益であるとの趣旨の主張をするが、それは、契約上の履行利益の賠償を求めるものであるから、控訴人が主張するとおり、不法行為による損害賠償における損害としては請求することができない。しかし、同じ逸失利益であっても、前記のとおり、被控訴人が同時期に他の公演を企画・実施していれば通常得られたであろう利益であれば、不法行為に基づく損害賠償における損害として請求することができると解され、被控訴人の主張はこの趣旨を含むものと解される。
(イ) 逸失利益の算定における「通常得られる利益」
 そこで、被控訴人が主催する公演及び販売する公演の収支についてみると、証拠(甲175〜甲180、甲189〜甲193〔いずれも枝番号を含む。〕)によれば、次の事実を認めることができる。
a 平成26年2月から5月まで(本件公演中の中止公演の開催予定時期)の4か月の公演利益は917万5900円であった。
b aの前年の同期間である平成25年2月から5月までの4か月の公演利益は7777万3427円であった。これと前記aの公演利益との差額は6859万7527円である。
c 平成24年9月から平成25年8月まで(平成25年8月期)の公演利益は2億0082万5909円であったから、その4か月分の金額は6694万1969円(1円未満切捨て。以下同じ)である。これと前記aの公演利益との差額は5776万6069円である。
d 平成23年9月から平成24年8月まで(平成24年8月期)の公演利益は2億1487万4027円であったから、その4か月分の金額は7162万4675円である。これと前記aの公演利益との差額は6244万8775円である。
e 平成22年9月から平成23年8月まで(平成23年8月期)の公演利益は2億4212万1626円であったから、その4か月分の金額は8070万7208円である。これと前記aの公演利益との差額は7153万1308円である。
f 平成21年9月から平成22年8月まで(平成22年8月期)の公演利益は3億2055万3021円であったから、その4か月分の金額は1億0685万1007円である。これと前記aの公演利益との差額は9767万5107円である。
 以上のとおりであるが、被控訴人が、実施された本件公演から算定したと主張する、中止した公演の公演利益(4か月分の逸失利益)が4284万0846円であることからすると、被控訴人の平成21年9月から平成24年8月までの間の各年度の4か月分の公演利益と同程度以下であるということができる(後述するとおり、当裁判所の算定結果によっても、中止した公演の公演利益は3003万4702円に過ぎない。)。したがって、中止された本件公演を実施していれば得られたであろう公演利益をもって、被控訴人が同時期に他の公演を企画・実施していれば通常得られる利益として損害を算定することとする。
 この点について、控訴人は、上記の近年の販売実績は著名なピアニストの公演に基づくものであって、それのみによって通常の販売利益を基礎付けることができない旨の主張をする。しかし、上記公演は、中止された本件公演が予定していた時期の前年同時期である平成24年3月から5月に被控訴人が企画したコンサートであり、季節的な要素も考慮されている上、控訴人が指摘するピアニスト以外のアーティストの音楽公演も含まれており(甲180)、そもそも被控訴人は従前より人気の高いアーティストのコンサートを企画してきたことがうかがわれること(甲1)からすれば、上記の前年同時期の公演によるチケットの販売実績が特別なものではないといえ、控訴人の上記主張は採用できない。
(ウ) そこで、中止された本件公演を実施していれば得られたであろう予想利益を推計することとする。
 本件公演による予想利益相当額は、本件公演の売上予定額から経費を控除した金額と認めるのが相当である。
a 売上予定額
(a) 中止された本件公演のうち、原判決別紙公演目録記載1(2)及び2(2)の本件交響曲公演2回分と本件ピアノ公演3回分は、公演を販売して一定額を得る形での契約になっており、これらについては当初の販売額が売上予定額といえる。
(b) これに対し、その余のものは、チケットを販売する形による公演であることから、その売上予定額は、中止された本件公演に係る配券チケット売上高(チケットが完売した場合に得られる売上額)に、既に実施された本件公演に係る平均チケット売上率を乗じて算定するのが合理的である。
 本件交響曲公演の配券チケット売上高については、別紙1「売上予定額算定表(控訴審)」の配券チケット売上高欄のとおりと認められる(甲39の2)。
 ところで、平均チケット売上率については、実施された本件公演の実績値に基づき、実際のチケット売上合計額から販売手数料を控除した金額を、配券チケット数に各販売額を乗じた配券チケット売上高で除することにより算出するのが合理的である。甲55号証によると、実績売上高割合(額面売上金額から手数料を控除した実績金額を客席数が全部販売できた場合の額面売上金額で除したもの)は、東京、横浜、名古屋、大阪と本件交響曲の標題になった広島においては、平均81.39%であるのに対し、その他の都市では平均54.74%である。
(計算式)
 (85.77%+77.37%+94.14%+68.68%+94.82%+93.53%+94.33%+47.82%+65.92%+91.51%)÷10=81.39%
 (59.43%+63.95%+47.91%+47.67%)÷4=54.74%
 中止された本件公演の実績売上高割合も同様の傾向を示すものと推測するのが合理的であるから、その平均チケット売上率は、愛知県芸術劇場及びサントリーホールを81.39%とし、その他の会場を54.74%として計算する。
 他方、本件ピアノ公演の平均チケット売上率は、3会場とも東京、横浜、名古屋にある会場であるが、その割合にはばらつきがあり、中止された本件公演のうちいずみホールは大阪にある会場であるから、上記平均チケット売上率は、3会場の平均49.38%として計算する。その他のホールは、いわゆる販売公演である(甲55〜70〔いずれも枝番号を含む。〕、甲138)。
(c) 以上に基づき算定すると、売上予定額は、別紙1「売上予定額算定表(控訴審)」のとおり、合計7983万4306円となる。
b 経費
(a) 被控訴人が本件交響曲公演における必要経費として予定されていたと主張するものは、指揮者の出演料、交通費、宿泊費、オーケストラの出演料(公演販売形式のものは除く。)、楽譜借上げ費、会場費及び被控訴人従業員が公演に赴くための交通費等であり、これらは、オーケストラによる公演を実施するために通常伴う必要経費であると認められる。
 その金額は、証拠(甲39の3、甲40〜甲52、甲138、甲195)によれば、別紙2「経費額算定表(控訴審)」のとおり、合計で4441万8695円であると認められる。
(b) 被控訴人が本件ピアノ公演における必要経費として予定されていたと主張するものは、ピアニストの出演料、交通費、宿泊費、会場費、被控訴人従業員が公演に赴くための交通費等、「いずみホール」の公演時のケータリング費、国際航空券代であり、これらは、ピアノ演奏の公演を実施するために通常伴う必要経費であると認められる。
 その金額は、証拠(甲71〜甲74、甲75の1・2、甲138、甲196)によれば、別紙2「経費額算定表(控訴審)」のとおり、合計で183万3100円であると認められる。
(c) 以上のほか、中止した本件公演に係る広告費132万2718円も本件公演を実施するために通常伴う必要経費であると認められる。
 また、後記5のとおり、本件公演を実施すれば本件楽曲の利用の対価である著作物使用料を支払う必要があったから、本件公演に際し支払った著作物使用料は本件公演を実施するために通常伴う必要経費であると認められる。その額は、JASRACの使用料規程(甲165)により算定するのが相当である。
 中止された各公演の入場料(税込み)、座席数及び予定日は別紙1「売上予定額算定表(控訴審)」に記載のとおりと認められるから(甲39の2)、各公演の本件楽曲に係る著作物使用料は、別紙3「中止公演著作物使用料(控訴審)」のとおり、入場料(税抜き)の平均額に「定員数」を乗じて得た額から定められる「総入場料算定基準額」の5%に消費税(平成26年3月までは5%、同年4月以降は8%)を加えた「使用料(税込み)」欄記載の額となる。ただし、証拠(甲53、甲54、甲76〜甲78)によれば、本件交響曲公演中の新川文化ホール及び群馬音楽センターにおける公演並びに本件ピアノ公演中の秋田アトリオンホール、アルファあなぶきホール及びルネスホールにおける公演については、いずれも公演自体を他社に販売しているため、著作物使用料はそれぞれの公演の主催者等が負担する契約になっていたことが認められるから、これらの公演については、著作物使用料を公演の必要経費として考慮する必要はない。
 そうすると、本件公演のうち中止された公演に関する必要経費として控除される著作物使用料の金額は、別紙3「中止公演著作物使用料(控訴審)」のとおり、222万5091円であると認められる。
(d) 以上によると、中止された公演に関する必要経費は、別紙2「経費額算定表(控訴審)」のとおり、合計4979万9604円であると認められる。
c 本件公演の中止による逸失利益
 本件公演の中止による逸失利益は、上記7983万4306円から上記経費額の合計4979万9604円を控除した3003万4702円であると認める。
イ 本件交響曲公演のプログラムの販売不能による逸失利益について
143万2800円
 被控訴人は、本件交響曲公演のプログラム(甲79の2)を、本件公演の会場にて販売していたところ、本件公演の中止により同プログラムを販売する機会を逸したのであるが、音楽の公演では、公演会場でそのプログラムを販売することは通常行われていることであるから、被控訴人が本件交響曲公演のプログラムを販売できなったことにより失った利益は、上記ア同様、被控訴人の損害と認めるのが相当である。
 そこで、まず、中止された本件交響曲公演で販売されたと見込まれる冊数について見ると、中止された本件交響曲公演の規模は現に実施されたものとさほど変わりないと認められるから(甲39の2)、実施された本件交響曲公演における販売実績と同様の販売があったものと認めるのが相当である。そして、証拠(甲79の1、甲80〜甲87、甲91の1、甲92〜甲97)によると、実施された14か所での本件交響曲公演において販売されたプログラムの部数は合計3520部であること、もっとも、各公演において販売されたプログラムの部数の会場の定員に対する割合は、別紙4「プログラム販売表」のとおり、東京、横浜、名古屋、大阪と本件交響曲の標題になった広島においては、平均15.08%であるのに対し、その他の都市では平均7.10%であることが認められる。これによると、中止された本件公演の実績売上高割合も同様の傾向を示すものと推測するのが合理的であるから、中止された本件公演の会場において販売されるプログラムの会場の定員に対する割合は、愛知県芸術劇場及びサントリーホールを15.08%とし、その他の会場を7.10%として計算するのが合理的である。これによれば、別紙4「プログラム販売表」のとおり、10会場で販売されたはずのプログラムの部数は合計1556部であると認められる。ただし、新川文化ホール及び群馬音楽センターの定員は不明であるので、愛知県芸術劇場及びサントリーホールを除く8会場の平均である98部を予想販売部数とした。
 次に、証拠(甲79の1、甲80〜甲87、甲91の1、甲92〜甲97)によると、実施された3か所での本件ピアノ公演において販売されたプログラムの部数は合計29部、1か所当たり平均9部であることが認められる。このように、本件ピアノ公演の会場において、そのコンサートとは異なる交響曲の公演のプログラムを販売しても、それほどの販売部数を見込むことはできないといえるから、中止された4か所での本件ピアノ公演で見込まれるプログラムの販売部数は36部であると推測するのが合理的である。
 そうすると、中止された本件公演で見込まれるプログラムの販売部数は合計1592部である。
 甲79号証の1によれば、販売単価は1部1000円であるが、公演会場に1割の販売手数料を支払う必要があること、被控訴人はプログラムを1万2000部印刷しており、その製作原価は合計で191万4444円であることが認められる。
 以上によれば、実際の販売部数と中止された本件公演で見込まれる販売部数の合計は5141部であるから、プログラムの販売により被控訴人が得る収入は462万6900円(計算式:1000円×(1-0.1)×5141部=462万6900円)であり、ここから製作原価を控除すると、被控訴人が得ることが見込まれた利益は271万2456円であったことになる。
 ところが、実際の販売部数は合計3549部であった結果、被控訴人が得た利益は127万9656円(計算式:1000円×(1-0.1)×3549部−191万4444円=127万9656円)であったと認められるから、本件交響曲公演のプログラムの販売ができなかったことによる逸失利益は、143万2800円であると認める。
ウ 返金したチケット返送料、プレイガイドに支払った手数料等、それらの返金のための振込手数料、公演中止広告費、会場費、広告費、印刷、デザイン費(いずれも原判決「事実及び理由」中の第3の3(1)アA(a))
 標記各費用については、原判決「事実及び理由」中の第3の3(2)ウからコまで(原判決35頁26行目から37頁13行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
エ まとめ
 以上を合計すれば、別紙5「計算表(控訴審)」のとおり、本件公演中止により被控訴人が被った損害の金額は3858万5351円である。
(3) 実施された本件公演による利益(原判決「事実及び理由」中の第3の3(1)ア@)について
 本件公演のうち、実施された公演による利益については、原判決「事実及び理由」中の第3の3(3)(原判決37頁15行目から22行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(4) 弁護士費用
 本件事案の内容等を考慮すると、弁護士費用相当額の損害は380万円であると認めるのが相当である。
(5) 小括
 以上から、被控訴人が控訴人の不法行為により被った損害額は、別紙5「計算表(控訴審)」のとおり、(2)及び(4)の合計額の4238万5351円であると認められる。
(6) 当審における控訴人の主張について
ア 控訴人は、実施された本件公演を基準にして被控訴人の損害額を算定すべきではないと主張する。
 しかし、実施された本件公演を基準にして被控訴人の逸失利益を算定した結果が、被控訴人の平成21年9月から平成24年8月までの間の各年度の4か月分の公演利益(通常得られる公演利益)と同程度以下である限りは、実施された本件公演を基準にして算定した公演利益をもって、通常得られたであろう利益とみることができることは前記4(2)アのとおりであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。なお、控訴人は、クラシックコンサートが黒字公演となること自体が困難であるとして、乙38ないし40号証の各2を提出する。しかし、乙38、39号証の各2はオーケストラの経営に関するものであり、乙40号証の2は、クラシックコンサートについて、経営学的観点からの分析や黒字化への提案をするものであって、上記結論を左右するものではない。
イ 控訴人は、過失相殺もしくは信義則により、被控訴人の損害賠償請求は制限されると主張する。
 被控訴人が本件公演を中止せざるを得なくなったことと、控訴人の不法行為との間には相当因果関係があることについては、原判決「事実及び理由」第3の3(1)イのとおりであり、そこで述べられた事情に照らすと、被控訴人が、本件公演を中止するに至った点について、過失があったということもできない。したがって、過失相殺されるべきであるとの控訴人の主張は理由がない。
 また、本件において、被控訴人は、控訴人が演出した人物像や作曲状況を前提に本件公演の企画を控訴人に提案したものであるが、控訴人は、これに応じるだけでなく、被控訴人の提案よりも多数の公演を強く申し入れた結果、被控訴人の損害が拡大したものと認められるから、信義則を理由に被控訴人の損害賠償請求を制限すべきであるとの控訴人の主張は理由がない。
5 争点3(控訴人には本件楽曲に係る損失があるか)について
(1) 当裁判所も、控訴人には本件楽曲に係る損失があり、被控訴人は、法律上の原因なく、本件楽曲の利用利益を利得したと判断する。その理由は、次のとおり補正し、当審における被控訴人の主張に対する判断を後記(2)に加えるほか、原判決「事実及び理由」中の第3の4(原判決38頁2行目から39頁8行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決38頁13行目の「しかし、」の次に、「本件確認書の内容は認定事実(5)アのとおりであるから、」を加える。
イ 原判決39頁7行目の「わけではないから」を「ことを認めるに足りる証拠はなく」に改める。
(2) 当審における被控訴人の主張について
 被控訴人は、控訴人は本件楽曲の著作権者ではなく、控訴人とP2との間の著作権譲渡の合意は無効であると主張する。
 しかし、P2が本件楽曲の財産的な著作権を控訴人に譲渡したと認められ、本件確認書に係る著作権譲渡合意が無効ではないことは、前記(1)で引用した原判決「事実及び理由」中の第3の4(1)に記載のとおりであり、被控訴人の前記主張は理由がない。
6 争点4(被控訴人の利得額)について
 当裁判所も、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得に基づき、410万6459円及びこれに対する平成27年6月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があると判断する。その理由は、次のとおりである。
(1) 被控訴人は、本件公演における演奏に関し、本件楽曲に係る使用料として支払うべき額について、時期をみてJASRACと交渉し、被控訴人が控訴人に直接著作物の使用料を支払うこととし、本件楽曲に係る支払額については、JASRACからの支払額より高額にすることで合意したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
 乙3号証の2によれば、被控訴人は、本件公演の実施当時、JASRACとの間で年間の包括的利用許諾契約を締結していたと認められる。そうすると、平成26年12月にJASRACが控訴人との間の著作権信託契約を解除するまで(原判決「事実及び理由」中の第1の2(2)オ)、本件楽曲はJASRACにより管理されており、控訴人と被控訴人との間で使用料が合意されなければ、被控訴人は、JASRACに対して所定の使用料を支払うべきであり、これを支払えば、控訴人に使用料を支払う必要はなかったものであるから、本件における被控訴人の利得額としての使用料相当額は、被控訴人がJASRACに対して支払うべき使用料の額と認めるのが相当である。
 この点について、被控訴人は、控訴人が受け取るのはJASRACの管理料を除いた金額である旨主張するが、被控訴人が本来支払うべき使用料相当額を定める場合に考慮すべき事由ではない。
(2) そして、被控訴人の利得額が410万6459円となり、これに対する遅延損害金として平成27年6月23日から民法所定の年5分の割合による金員を請求し得るにとどまることは、原判決「事実及び理由」中の第3の5(2)(原判決39頁20行目から40頁22行目まで)のとおりであるからこれを引用する。
7 結論
 以上のとおりであるから、控訴人及び被控訴人の各請求については、次のとおりとなる。
 被控訴人の控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、4238万5351円及びこれに対する不法行為日後の平成26年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 控訴人の被控訴人に対する不当利得返還請求は、410万6459円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成27年6月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 よって、本件控訴に基づき、原判決のうち、当裁判所の上記判断と異なる本訴請求に関する部分を変更することとし、反訴請求に関するその余の本件控訴及び本件附帯控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 山田陽三
 裁判官 橋文C
 裁判官 中尾彰


(別紙1)売上予定額算定表(控訴審)
(別紙2)経費額算定表(控訴審)
(別紙3)中止公演著作物使用料(控訴審)
(別紙4)プログラム販売表
(別紙5)計算表(控訴審)
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