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【事件名】「高円寺ラブサイン」CD事件(2)
【年月日】平成29年10月26日
 知財高裁 平成29年(ネ)第10065号 著作権確認等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成28年(ワ)第9780号)
 (口頭弁論終結日 平成29年9月21日)

判決
控訴人(1審原告) X
同訴訟代理人弁護士 石塚健一郎
被控訴人(1審被告) セントラルレコード株式会社
同訴訟代理人弁護士 深山徹
同 小林貞五


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人が当審で追加した請求を棄却する。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
 用語の略称及び略称の意味は、本判決で付するもののほか、原判決に従う。原判決中の「別紙」を「原判決別紙」と読み替える。
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2(1) 主位的請求
 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙作品目録記載1(1)~2(2)の各作品について、控訴人が著作権(著作権法上の著作者としての複製権、演奏権、公衆送信権等、譲渡権、貸与権、編曲権及び二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)を有することを確認する。
(2) 予備的請求1
 被控訴人は、控訴人に対し、580万9650円及びこれに対する平成28年4月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 予備的請求2
 被控訴人は、控訴人に対し、580万9650円及びこれに対する平成28年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、本件各作品の実演を収録したCDの制作を被控訴人に依頼した控訴人が、控訴人と被控訴人との間には、被控訴人が控訴人に対して本件各作品の本件著作権を帰属させる旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立していたと主張して、被控訴人に対し、主位的請求として、控訴人が本件著作権を有することの確認を求め、予備的請求1として、被控訴人の責めに帰すべき事由により、本件著作権を控訴人に帰属させる債務が履行不能になったと主張して、債務不履行による損害賠償金580万9650円及びこれに対する請求後の日である平成28年4月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、予備的請求2として、①被控訴人が、本件著作権を取得することができると控訴人に誤信させてCDの制作に関する契約を締結したことが詐欺の不法行為に当たる、②被控訴人が、控訴人に対して、著作権信託契約の仕組みを説明することなく、JASRACへの申請費用を支払わせたことは、信義則上の説明義務に違反する不法行為に当たる、③被控訴人が、本件各作品についてJASRACに作品届を提出し、この事実を控訴人に秘していたことは、控訴人に対する不法行為に当たる、と主張して、不法行為による損害賠償金580万9650円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年4月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原審は、本件合意の成立は認められないとするとともに、上記①~③の不法行為の成立はいずれも認められないとして、控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が本件控訴を提起し、当審において、上記②の行為が債務不履行に当たるとの請求を追加した。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
 前提事実については、原判決4頁下から4行目の「制作して、同年6月20日に販売を開始した。」を「制作した。」と改めるほかは、原判決3頁6行目~5頁14行目に記載のとおりであるので、これを引用する。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
 争点及び争点に対する当事者の主張については、次のとおり当審における当事者の主張を加えるほかは、原判決5頁15行目~10頁24行目記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 控訴人の主張
ア 本件CDは、控訴人が経営していた飲食店「姉妹」の宣伝のために、「姉妹」の客などに無償で配られる目的で作られたものであって、一般販売を目的としたものではなく、一般発売されたものではない。現に、本件CDは、「姉妹」の客などに無償で配られた後の大量の残りが、営業を休止した「姉妹」の店内に、現在も置かれたままになっている。
 本件訴訟に先立つ控訴人と被控訴人との間の調停事件(東京簡易裁判所平成27年(メ)第1068号事件、以下「別件調停事件」という。)において、被控訴人は、平成27年7月14日に東京簡易裁判所に受け付けられた書面において、「本件CDは、1000枚という単位で、しかも、控訴人が歌手として世の中にデビューするのではなく、控訴人が経営する『カラオケクラブ 姉妹』の店の宣伝のために制作されたもので、しかも無償で配布しているということであれば、歌唱印税を受けられる性質のものであるかどうか、ご理解いただけると思う」旨述べている(甲25)。
 本件CDをラッツパックレコードで販売したとされるインターネットサイトの画面には購入のチェック欄が見当たらず(乙15)、どうやって購入をするのか不明であるし、被控訴人は、本件CDの販売実績を示す資料を示すことができていない。
 本件CDに関して、控訴人が販売による金銭を受け取ったことはなく、本件CDの販売実績はゼロとみなければならない。
 被控訴人は、原判決が販売開始日と認定する平成24年6月20日当時も、その翌月も、翌々月も、本件各作品について、Aとの間で、著作権に関する何の契約も結んでおらず、JASRACへの作品届も提出していなかった(甲12、13)。被控訴人やAには、各々、JASRACと著作権信託契約を結んでいる書面があり(乙1、17、20)、一般販売を行うCDが制作されたのであれば、販売開始時に何の契約も締結されていないことはあり得ず、JASRACへの作品届が提出されないこともあり得ないことである。
 「カラオケクラブ 姉妹」にはパソコンがなく、控訴人の自宅にもパソコンはなく、控訴人は、パソコンの操作ができないから、ブログへのアップ(乙12の1~3)は不可能である。
イ JASRACは、著作権信託契約を結ぶ要件を、「全国に流通するCD等の録音物に作品が利用されていること」と定めている(甲26)から、本件各作品には、著作権信託契約を結ぶための要件が欠けている。
 したがって、本件各作品について、被控訴人の行ったJASRACへの作品届等の手続とそれによる権利関係の登録は、無効である。
ウ しかるところ、本件各作品を収録した本件CDについて、被控訴人は、控訴人に対し、「JASRAC申請 1式 9万円」(甲4)、「ジャスラック申請含む」費用(甲10)がかかると述べ、控訴人が制作費用を負担することで、著作権を含む全ての権利が控訴人に帰属する旨を約していた。
 その上で、被控訴人は、本件各作品の作詞者・作曲者であるAから著作権の譲渡を受けたのである(甲12)から、この譲渡と同時に、本件各作品の著作権は、控訴人に帰属したものである。
エ 本件作品2については、本件CDとは別に、「サンナイト企画」制作よるB歌唱のCDが制作されていることが判明している(甲27)。本件作品2の著作権をAや被控訴人が有しているのであれば、このCDの制作は、Aや被控訴人の著作権侵害行為に当たることになるが、Aと被控訴人は、放置しているだけである。この事実からも、本件各作品の著作権が控訴人に帰属していることは明らかである。
オ JASRACとの著作権信託契約やその権利関係を全く説明されていない控訴人が、被控訴人が本件CDを制作するに際してした録音利用許諾及び出版利用許諾の申請費用を負担し、作曲家がJASRACとの間で著作権信託契約を締結している場合には不可避的に必要となる経費を負担しなければならない理由はない。
カ 被控訴人が、控訴人に対し、JASRACとの著作権信託契約やその権利関係を全く説明しなかったことは、控訴人に対する債務不履行にも当たる。
(2) 被控訴人の主張
ア 本件CDが一般販売を行うものかどうかで、平成12年11月1日にAとJASRACが、平成21年10月1日に被控訴人とJASRACがそれぞれ締結し、自動更新されている著作権信託契約の効力が左右されることはない。
 また、これらの著作権信託契約の効力や本件CDが一般販売を行う目的で制作されたかどうかと本件著作権が譲渡されたかどうかとは、別個の事柄である。
 もっとも、本件CDは一般販売を行う目的で制作されたものである。
イ 本件作品2の著作権をAや被控訴人がBに対して行使するかどうかは、Aや被控訴人が判断する事柄であり、行使しなかったからといって、控訴人が著作権を有していることにはならない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人の請求は、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりの付加、訂正をし、後記2のとおり当審における控訴人の主張に対して判断するほかは、原判決10頁26行目~17頁3行目に記載のとおりであるので、これを引用する。
(1) 原判決12頁4行目の「同年6月20日」から5行目の「告知したほか」までを削る。
(2) 原判決13頁19行目から14頁4行までを、次のとおり改める。
 「イ 控訴人は、Cから、「すべてXのものです。」、「著作権全部ママのもの」などと述べて勧誘されていたところ、被控訴人代表者から、「同じ条件で作ってあげます。C先生に断ってすぐに連絡ちょうだい。」、「ママの100%で」などと言われたので、被控訴人に対し本件CD制作を依頼したと主張する。
 控訴人は、上記主張に沿う供述をする(甲15、控訴人本人〔原審〕)が、それを裏付ける証拠はない上、控訴人の本人尋問における供述は、具体的に述べられた言葉やそれらの言葉が述べられた状況等についてあいまいな供述をするにとどまっていることからすると、直ちに採用することはできず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。なお、被控訴人は、平成24年6月20日当時、本件各作品について、Aとの間で、著作権に関する契約を結んでおらず、JASRACへの作品届も提出していなかった(ただし、後記2⑴のとおり、後にAとの間で契約を締結し作品届をした)としても、被控訴人代表者が上記のとおり述べたことを推認することはできない。
(3) 原判決16頁3行目の「これらの」から4行目末尾までを、「これらの費用は、本件CDを一般発売するために必要な費用であるから、」と改める。
(4) 原判決16頁6行目の末尾に、「そのことは、被控訴人が、控訴人に対し、JASRACとの著作権信託契約やその権利関係を説明したかどうかで左右されることはない。」を加える。
(5) 原判決16頁15行目の「仕組み」の後に、「やその権利関係」を加える。
(6) 原判決16頁18行目から19行目を次のとおり改める。
 「したがって、被控訴人が著作権信託契約の仕組みやその権利関係を説明しなかったことにつき不法行為が成立することはない。」
2 当審における控訴人の主張に対する判断
(1) 控訴人は、本件CDは、控訴人が経営していた飲食店「姉妹」の宣伝のために、「姉妹」の客などに無償で配られる目的で作られたものであって、一般販売を目的としたものではなく、一般発売されたものではないと主張する。
 しかし、被控訴人は、本件各作品について、JASRACから、発売日(発行日)を平成24年6月20日として録音利用許諾及び出版利用許諾を得ていること(乙6、7)、本件CDは、ラッツパックレコードのオンラインショップで販売されていること(乙15)、控訴人が経営していたカラオケクラブ「姉妹」のブログにおいて、本件CDが発売されたことが宣伝されていること(乙12の1~4)からすると、本件CDの制作は、「姉妹」の客などに無償で配る目的があったとしても、その一方で、一般販売の目的も有していたと認めることができる。
 この点について、控訴人は、別件調停事件における被控訴人が提出した書面の内容について主張するが、同書面(甲25)は、「本件CDは、控訴人が歌手として世の中にデビューするのではなく、控訴人が経営する『カラオケクラブ 姉妹』の店の宣伝のために制作されたもので、しかも無償で配布しているということであれば、本件各作品が歌唱印税を受けられる性質のものであるかどうか、ご理解いただけると思う」旨述べているものであって、本件CD制作の目的を仮定形で述べるものにすぎず、本件CDの制作が一般販売の目的を有しなかったことを認めているものではない。
 控訴人は、本件CDをラッツパックレコードで販売したとされるインターネットサイトの画面には購入のチェック欄が見当たらず(乙15)、どうやって購入をするのか不明であるし、被控訴人は本件CDの販売実績を示す資料を示すことができておらず、本件CDに関して、控訴人が販売による金銭を受け取ったことはないなどと主張する。しかし、証拠として提出されているインターネットサイトの画面に購入のチェック欄が見当たらない(乙15)からといって、本件CDがラッツパックレコードのオンラインショップで販売されていたとの上記認定が左右されることにはならない。また、本件CDの販売実績を示す資料が証拠として提出されておらず、本件CDに関して控訴人が販売による金銭を受け取ったことを示す証拠が提出されていないとしても、そのことから直ちに本件CDが一般販売の目的を有していたことを認めることができないものではないし、控訴人が多くの本件CDを現在も保管している(甲24の1~12)としても、このことから本件CDの制作が一般販売の目的を有していたことを認めることができないものではない。
 控訴人は、被控訴人は、平成24年6月20日当時も、その翌月も、翌々月も、本件各作品について、Aとの間で、著作権に関する何の契約も結んでおらず、JASRACへの作品届も提出していなかったと主張するが、被控訴人とAは、平成24年9月16日付け著作権契約書により、Aが本件各作品の著作権を被控訴人に譲渡し(契約期間の始期は、平成24年6月20日)、被控訴人は、本件各作品の著作権のうち演奏権等、録音権等、貸与権及び出版権等について、JASRACに管理を委託する旨を約し、また、被控訴人は、同年9月24日、JASRACに対し、本件各作品について本件作品届を提出した(前記前提事実[原判決第2の2(5)]のであるから、被控訴人とAとの間で本件各作品の著作権についての契約が締結され、JASRACへの作品届がされている。
 控訴人は、「カラオケクラブ 姉妹」にはパソコンがなく、控訴人の自宅にもパソコンはなく、控訴人は、パソコンの操作ができないと主張するが、カラオケクラブ「姉妹」のブログには、「2012年4月25日の深夜営業は早い時間で終了します」、「2012年4月26日の昼の営業は休業させてもらいます」等の記載があり(乙12の1)、控訴人自身が上記ブログを開設していないとしても、控訴人に近い関係者が開設したものと推認されるから、控訴人に近い関係者がブログにおいて本件CDが発売されたことを宣伝していたものと認められる。
 以上によると、控訴人の主張を検討しても、本件CDの制作が一般販売の目的も有していたと認めることができるとの前記認定が左右されることはない。
 そうすると、本件各作品には著作権信託契約を結ぶための要件が欠けているとの控訴人の主張は、その前提となる事実が認められないから、失当である。
(2) 控訴人は、本件作品2について、本件CDとは別に、「サンナイト企画」制作によるB歌唱のCDが制作されているが、Aと被控訴人は、この行為を放置していると主張する。しかし、著作権者が権利行使をするかどうか、いつ権利行使をするかは、諸般の事情を考慮して権利者が決めるものであるから、Aと被控訴人が上記行為に対して権利行使をしないからといって、本件各作品の著作権が控訴人に帰属していることにはならない。
(3) 控訴人は、被控訴人が、控訴人に対し、JASRACとの著作権信託契約やその権利関係を全く説明しなかったことは、控訴人に対する債務不履行にも当たると主張するが、この主張を採用することはできない。その理由は、前記1で訂正の上引用した原判決15頁24行目から16頁17行目までに記載のとおりである。
3 結論
 以上によると、その余の争点につき検討するまでもなく、控訴人の請求は、いずれも理由がなく、同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却するとともに、控訴人が当審で追加した請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 永田早苗
 裁判官 森岡礼子
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