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【事件名】“建築の著作物”創作性事件(2)
【年月日】平成29年10月13日
 知財高裁 平成29年(ネ)第10061号 著作者人格権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成27年(ワ)第23694号)
 (口頭弁論終結日 平成29年8月7日)

判決
控訴人 株式会社X建築研究所
訴訟代理人弁護士 水野祐
同 平林健吾
同 倉ア伸一朗
被控訴人 株式会社竹中工務店
訴訟代理人支配人 八木下知己
訴訟代理人弁護士 海谷利宏
同 江口正夫
同 海谷隆彦
同 池田亮太郎
被控訴人 株式会社彰国社
訴訟代理人弁護士 中谷寛也


主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 控訴人が原判決別紙物件目録記載の建物について、著作者人格権(氏名表示権)を有することを確認する。
3 被控訴人株式会社竹中工務店(以下「被控訴人竹中工務店」という。)は、原判決別紙通知目録(1)記載1の通知先に同目録記載2の内容を通知せよ。
4 被控訴人竹中工務店は、原判決別紙通知目録(2)記載1の通知先に同目録記載2の内容を通知せよ。
5 被控訴人竹中工務店は、(住所は省略)所在の日本経済新聞社発行の「日本経済新聞」全国版朝刊に、原判決別紙謝罪広告目録(1)記載1の謝罪広告文を同目録記載2の掲載条件により1回掲載せよ。
6 被控訴人株式会社彰国社(以下「被控訴人彰国社」という。)は、原判決別紙書籍目録記載の書籍(本件書籍)を複製し、頒布してはならない。
7 被控訴人彰国社は、本件書籍を回収、廃棄せよ。
8 被控訴人彰国社は、被控訴人彰国社発行の「ディテール」に、原判決別紙謝罪広告目録(2)記載1の謝罪広告文を同目録記載2の掲載条件により1回掲載せよ。
9 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して100万円及びこれに対する平成27年6月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10 被控訴人竹中工務店は、控訴人に対し、200万円並びにうち100万円に対する平成27年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員及びうち100万円に対する同年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
11 訴訟費用は、第1、2審を通じて、被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要(以下、略称等の表記は原判決に従う。)
1 事案の要旨
(1) 本件は、建築設計等を目的とする株式会社である控訴人(一審原告)が、原判決別紙物件目録記載の建物(本件建物)について、自らがその共同著作者(主位的主張)又は本件建物を二次的著作物とする原著作物(控訴人設計資料〔甲7、7の2〕及び控訴人模型〔甲8〕に基づく控訴人代表者の提案内容)の著作者(予備的主張)であるにもかかわらず、@被控訴人竹中工務店が、本件建物の著作者を同被控訴人のみであると表示してデザイン賞に応募し、同表示に基づいて賞を受賞したこと(本件各受賞)や、A被控訴人竹中工務店の上記表示を受けて、被控訴人彰国社が、そのように表示された書籍(本件書籍)を発行、販売してこれを継続していることが、それぞれ、控訴人の有する著作者人格権(氏名表示権)を侵害すると主張して、被控訴人らに対し、次の各請求を行う事案である。
ア 被控訴人らに対する請求
(ア) 控訴人が本件建物について著作者人格権(氏名表示権)を有することの確認
(イ) 民法719条及び709条に基づき、慰謝料100万円(本件書籍の販売に関するもの)及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年6月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払
イ 被控訴人竹中工務店に対する請求
(ア) 民法709条に基づき、慰謝料200万円(本件各受賞に関するもの)及びうち100万円に対する不法行為の後の日である平成27年6月30日から、うち100万円に対する不法行為の後の日である同年7月10日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払
(イ) 著作権法115条に基づく名誉回復措置としての通知及び謝罪広告の掲載
ウ 被控訴人彰国社に対する請求
(ア) 著作権法112条1項に基づき、本件書籍の複製及び頒布の差止め
(イ) 同条2項に基づき、本件書籍の回収及び廃棄
(ウ) 同法115条に基づく名誉回復措置としての謝罪広告の掲載
(2) 原判決は、控訴人の請求をいずれも理由がないとして棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴した。
2 前提事実、争点及び争点に関する主張
 以下のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」第2の1ないし3(原判決3頁18行目から18頁20行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決8頁10行目「原告模型図」を「控訴人模型」と改める。
(2) 原判決14頁4行目「…に基づく提案内容」を「…に基づく控訴人代表者の提案内容」と改める。
(3) 原判決16頁8行目「まとまった」を「まとった」と改める。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は、後記1のとおり原判決を補正し、後記2のとおり当審における判断を加えるほかは、原判決「事実及び理由」第3の1及び2(原判決18頁22行目から27頁9行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正
(1) 原判決20頁10行目から18行目までを次のとおり改める。
 「控訴人設計資料及び控訴人模型は、被控訴人竹中工務店設計資料のうちの外装スクリーン部分のみ(デザインのみ)を変更したものであり、具体的には、本件建物の外装下部はガラスのままとし、外装上部(外装スクリーン部分)に同じ形状及びサイズの白色の組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置、配列することとして、ピッチを「@≒500mm」、巾を「≒150mm」、向きを鉛直、隙間を「△辺≒200mm」とする格子(ただし、これらの数値はいずれも推定によるものであり、図面上は一切特定されていない。)が記載されているが、これらは、建築主に分かりやすくイメージをつかんでもらうために実際の寸法(控訴人が考えていた寸法)より大きく記載されたものであり、ほかに、実際建築に用いられる外装スクリーンの寸法や、格子のピッチ、密度、隙間、幅、厚さ、断面形状、表面処理などを具体的に特定するに足りる事項は一切記載されていなかった。」
(2) 原判決21頁1行目「Aと原告代表者は」の前に「このとき」を加える。
(3) 原判決21頁10行目「陳述書」を「回答書」と改める。
(4) 原判決21頁21〜22行目「「建築外観デザイン監修」を物件名とし、」を「「建築外観デザイン監修」等を業務内容とし、」と改める。
(5) 原判決22頁5行目「斜光」を「斜行」と改める。
(6) 原判決23頁21〜22行目「外装スクリーンの上部部分のみ」を「外装スクリーン部分のみ(デザインのみ)」と改める。
(7) 原判決24頁7行目「外装スクリーンの上部部分」を「外装スクリーン部分」と改める。
(8) 原判決26頁3行目「…とする格子」の後に「(ただし、これらの数値がいずれも推定によるものであることは、前記のとおりである。)」を加える。
(9) 原判決26頁8行目「斜光」を「斜行」と改める。
2 付加判断
 控訴理由に鑑み、必要な限度で判断を加える。
(1) 控訴人は、原判決が、本件建物外観(外装スクリーン部分に限られない。以下同じ。)の設計に関し、控訴人代表者の創作的関与並びに共同創作の意思及び事実を認めず、また、本件建物外観を控訴人外観設計の二次的著作物とも認めなかったのは誤りであるとして、要旨、次のとおり主張する。
ア 控訴人設計資料(甲7、7の2)及び控訴人模型(甲8)から成る控訴人外観設計(外装スクリーン部分に限られない。以下同じ。)は、控訴人設計資料により平面上で具体的に表現され、かつ、控訴人模型により立体物として具体的に表現されており、二次元での平面表現としても、当該平面及び模型から観念される立体表現としても、単なるアイデアではなく、具体的な表現である。
イ そして、控訴人外観設計は、具体的な立体形状の組亀甲柄を建築物の外観に適用したことその他多くの点(本質的特徴部分)において、表現上の個性が発揮されているから、創作性を有するものであり、表現としてありふれているとはいえない。
ウ したがって、控訴人外観設計は、それ自体、「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)であるとともに、形状、色彩、線及び明暗で思想又は感情を表現したものであるから、「美術の著作物」(同項4号)又は単なる「美術」(同法2条1項1号)の範囲に属する「著作物」にも該当する。
エ 本件建物外観は、控訴人外観設計に表現された建物の本質的特徴を感得することができるものであって、控訴人外観設計に基づいて制作されたものであるところ、控訴人と被控訴人竹中工務店は、控訴人の設計を被控訴人竹中工務店が引き継ぐ形において、共同で本件建物の外観を設計したといえるので、本件建物外観は共同著作物である。万が一、共同著作物ではないとしても、被控訴人竹中工務店は、控訴人外観設計の本質的特徴を複製又は翻案する形で本件建物外観を設計したから、本件建物外観は控訴人外観設計を原著作物とする二次的著作物に当たる。
(2) しかしながら、控訴人の主張は採用できない。理由は次のとおりである。
ア まず、控訴人(控訴人代表者)は、控訴人設計資料を作成するに当たり、外装スクリーン部分以外は全て被控訴人竹中工務店作成に係る資料を流用しており、手を加えていない事実を自認している。したがって、控訴人外観設計のうち外装スクリーンを除くその余の部分については、そもそも控訴人代表者の創作的関与を認める余地がない。
イ 次に、外装スクリーン部分について、控訴人設計資料及び控訴人模型に基づく控訴人代表者の提案内容が「建築の著作物」の創作に関与したと認め得るだけの具体性ある表現といえないことは、原判決が指摘するとおりであって、控訴理由を踏まえてもその認定判断は覆らない。
 控訴人は、控訴人代表者の上記提案が「実際建築される建物に用いられる組亀甲柄より大きいイメージ」として作成されていた点に関し、たとえそうであったとしても、「具体的な建物の外観が視覚的に、一般人にとって看取可能な形で図面上表現されていれば、それは具体的な表現である(から、上記提案がアイデアにすぎないことの根拠にはならない)」などとも主張するが、格子の大きさ一つ取っても、その大きさ次第で、いくらでも集合体としての外観デザインが変わり得ることは後記のとおりであるから、控訴人が想定していた現実の外観は、控訴人設計資料及び控訴人模型をもってしては、いまだ「視覚的に、一般人にとって看取可能な形で図面上表現されていた」といえず、その主張はやはり採用できないといわざるを得ない。
ウ また、仮に、控訴人設計資料及び控訴人模型に現れた外装スクリーン部分の表現そのもの(図案)に関して、「建築の著作物」に限らず、何らかの著作物性(創作性)を認め得るとしても、(外装スクリーンに関する)控訴人代表者の提案と現実に完成した本件建物の外観とでは、2層3方向の連続的な立体格子構造(組亀甲柄)が採用されている点と、せいぜい色(白色)が共通するのみであり、少なくとも立体格子の柄や向き、ピッチ、幅、隙間、方向が相違することは原判決が認定するとおりであるところ、実際に本件建物の外観を撮影した写真(甲5の1・2)と控訴人設計資料及び控訴人模型とを見比べてみても(あるいは、乙2の比較図面を参照しても)、例えば、個々の格子を意識させるものであるかどうか(本件建物は全体として細かい編み込み模様になっており、遠目に見ると個々の格子をそれほど意識させない態様であるのに対し、控訴人代表者の提案は、個々の格子が大きく、格子を構成する直線も際立っており、遠目に見てもその存在を意識させるとともに、六角形のデザインがより強調される態様となっている。)、編み込み模様の編み目の向き(本件建物は横方向を意識させるのに対し、控訴人代表者の提案は縦方向を意識させる。)、外装スクリーンの裏側にある建物自体の骨格を意識させるかどうか(本件建物の外装スクリーンは編み目が細かく、裏側にある建物自体の骨格を意識させないのに対し、控訴人代表者の提案のそれは編み目が粗く、裏側にある建物自体の骨格が透けて見えてその存在を意識させる。)などの点において大きく異なっており、全体としての表現や見る者に与える印象が全く異なることは明らかといえる。
 この点、控訴人は、控訴理由書等において、立体格子のピッチ、幅、隙間や、向き、方向などの相違は、いずれも本件建物の外観(見た目)に特段の違いをもたらすとはいえず、表現の本質的特徴を違えるほどの違いとはいえない旨主張するが、同じ組亀甲柄を採用したデザインでも、上記の諸要素等の違い(格子自体のデザインはもちろん、その大きさや配置、組み合わせ方等の違い)により、様々な表現があり得ることは、本件で提出されている関係各証拠(甲30〜34、乙12、13など。乙号証は枝番号を含む。)からも明らかといえるし、実際に本件建物外観と控訴人代表者の提案とで表現が大きく異なることは前記のとおりであるから、採用できない。
エ そうすると、結局のところ、外装スクリーン部分に関し本件建物外観と控訴人代表者の提案とで共通するのは、ほぼ2層3方向の連続的な立体格子構造(組亀甲柄)を採用した点に尽きるのであって、それ自体はアイデアにすぎない(前記のとおり、建物の外観デザインに組亀甲柄を採用するとしても、その具体的表現は様々なものがあり得るのであるから、組亀甲柄を採用するということ自体は、抽象的なアイデアにすぎない。)というべきであるから、控訴人代表者が本件建物外観について創作的に関与したとは認められないし、控訴人代表者の提案が本件建物の原著作物に当たるとも認められない。
(3) 以上によれば、原判決が、本件建物外観の設計に関し、控訴人代表者の創作的関与並びに共同創作の意思及び事実を認めず、かつ、本件建物外観を控訴人外観設計の二次的著作物とも認めなかったことは相当であり、その認定判断に誤りはない。
第4 結論
 以上の次第であるから、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴はいずれも理由がない。
 よって、本件控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 鶴岡稔彦
 裁判官 寺田利彦
 裁判官 大西勝滋は、填補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 鶴岡稔彦
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