判例全文 line
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【事件名】交通事故相談会のチラシ事件(2)
【年月日】平成29年10月5日
 知財高裁 平成29年(ネ)第10042号 損害賠償請求控訴事件(本訴)、著作権侵害差止等請求控訴事件(反訴)
 (原審・東京地裁平成28年(ワ)第12608号、平成28年(ワ)第27280号)
 (口頭弁論の終結の日 平成29年9月5日)

判決
控訴人兼被控訴人(1審本訴原告兼反訴被告) X(以下「1審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 橋本華織
同 川本直樹
被控訴人兼控訴人(1審本訴被告兼反訴原告) Y(以下「1審被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 磯田直也


主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用のうち、1審原告に生じた費用は、1審原告の、1審被告に生じた費用は、1審被告の各負担とする。

事実及び理由
 略称は、原審と同じものを用いる。ただし、略称に「原告」又は「被告」が含まれているものの当該部分は、「1審原告」又は「1審被告」と読み替え、A弁護士は「A弁護士」、「B弁護士」は「B弁護士」という。
第1 控訴の趣旨
1 1審原告
(1) 原判決のうち1審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審被告は、1審原告に対し、35万円及びこれに対する平成28年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 1審被告は、別紙1の書面を複製し、又は頒布してはならない。
(4) 1審被告は、別紙2の赤枠内の記載を複製し、又は頒布してはならない。
2 1審被告
(1) 原判決のうち1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告は、別紙3記載の表を複製し、又は頒布してはならない。
(3) 1審原告は、別紙4記載2の表が記載された宣伝広告チラシを頒布してはならない。
(4) 1審原告は、別紙4記載2の表が記載された宣伝広告チラシを廃棄せよ。
(5) 1審原告は、1審被告に対し、33万円及びこれに対する平成28年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、1審原告が1審被告に対し、以下の(1)の本訴請求をし、1審被告が1審原告に対し、以下の(2)の反訴請求をする事案である。原審は、いずれの請求も棄却したので、1審原告と1審被告の双方が控訴を提起した。
(1) 本訴請求
ア 1審原告が、1審被告が別紙5及び6の各広告(以下、順次、「1審被告広告1」及び「1審被告広告2」という。)を頒布する行為が、別紙1の広告(以下「1審原告広告」という)について1審原告が有する著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害することによって作成された物を頒布する行為、又は1審原告に対する一般不法行為に該当するとして、1審被告に対し、著作権侵害又は一般不法行為に基づく財産的損害に係る損害賠償金5万円、著作者人格権侵害又は一般不法行為に基づく精神的損害に係る損害賠償金30万円及びこれらに対する不法行為後の日である平成28年4月26日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求。
イ 1審原告が、1審被告が1審原告広告を複製し、又は頒布する行為は、1審原告が有する1審原告広告についての著作権(複製権)を侵害し、その侵害行為によって作成された物を頒布する行為であるとして、1審被告に対し、著作権法112条1項に基づき、1審原告広告の複製又は頒布の各差止めを求める請求。
ウ 1審原告が、1審被告が別紙7及び8の各アンケート(以下、順次「1審被告アンケート1」、「1審被告アンケート2」という。)を作成し、頒布する行為は、1審原告が作成した別紙4記載2の表(以下「本件1審原告ファイル」という。)のうち別紙2の赤枠内の記載に相当する部分(以下「1審原告追加部分」という。なお、別紙2の書面全体は1審被告アンケート1である。)についての1審原告の著作権(複製権)を侵害し、その侵害行為によって作成された物を頒布する行為であるとして、1審被告に対し、著作権法112条1項に基づき、1審原告追加部分の複製又は頒布の各差止めを求める請求。
(2) 反訴請求
 1審被告が、1審原告が本件1審原告ファイルの記載された宣伝広告チラシを作成し、頒布する行為は、別紙3の表(以下「本件1審被告ファイル」という。)についての1審被告の著作権(複製権又は翻案権)又は著作者人格権(同一性保持権)を侵害し、その侵害行為によって作成された物を頒布する行為であるとして、1審原告に対し、著作権法112条1項、2項に基づき、本件1審被告ファイルの複製又は頒布の各差止め並びに本件1審原告ファイルが記載された宣伝広告チラシの頒布の差止め及び廃棄を求めるとともに、著作者人格権侵害に基づく精神的損害に係る損害賠償金33万円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年7月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求。
2 前提事実
 前提事実については、次のとおり改めるほか、原判決3頁20行目〜5頁5行目に記載したとおりであるので、これを引用する(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。)。
(1) 原判決3頁25行目、4頁9行目及び10行目の「ホームページ」を「ウェブページ」と改める。
(2) 原判決4頁17行目の「後記4(2)」を「後記」と改める。
(3) 原判決4頁23行目から24行目にかけて及び26行目の各「地方相談会の前に「本件NPO法人の」を加える。
(4) 原判決5頁1行目の「配布した」の前に「同月14日」を加える。
(5) 原判決5頁1行目の末尾に「(甲2、3、70、71、弁論の全趣旨)」を加える。
3 争点
(1) 本訴請求
ア 1審原告広告に係る各請求(金銭請求(前記1(1)ア)及び複製・頒布の各差止請求(前記1(1)イ)について
(ア) 1審原告広告の複製権侵害の成否
@ 1審原告広告の著作物性並びに1審被告広告1及び2との同一性の有無(争点1(1))
A 共同著作者の有無等(争点1(2))
B 利用許諾の抗弁の成否(争点1(3))
(イ) 1審原告広告の同一性保持権侵害の成否
@ 1審原告広告の著作物性並びに1審被告広告1及び2についての1審原告広告の「改変」該当性の有無(争点2(1))
A 共同著作者の有無等(争点2(2))
B 改変許諾の抗弁の成否(争点2(3))
(ウ) 一般不法行為の成否(争点3)
(エ) 差止めの必要性(争点4)
(オ) 損害額(争点5)
イ 1審原告追加部分に係る各請求(複製・頒布の各差止請求[前記1(1)ウ])について
(ア) 1審原告追加部分の著作物性及び複製権侵害の成否(争点6)
(イ) 差止めの必要性(争点7)
(2) 反訴請求
ア 本件1審被告ファイルの編集著作物性の有無(争点8)
イ 信義則違反又は権利濫用の抗弁の成否(争点9)
ウ 差止めの必要性(争点10)
エ 損害額(争点11)
4 争点に関する当事者の主張
 争点に関する当事者の主張は、次のとおり当審における主張を加えるほかは、原判決6頁7行目〜24頁1行目記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 本訴請求における利用許諾の抗弁の成否(争点1(3)及び改変許諾の抗弁の成否(争点2(3))について
ア 1審原告
(ア) 利用又は改変の許諾の不存在(1)
 1審原告は、1審被告を含む本件NPO法人の提携専門家に対して1審原告広告を利用又は改変することを一切許諾していない。
 1審原告が別紙9の宣伝広告チラシ(以下「A広告」という。)を見たのは、原審において1審被告から提出された証拠の中に含まれていたのを見たのが初めてであり、それまでA広告を見たことがない。1審被告が提出するA弁護士に関する電子メール(乙46〜48)には、A広告は添付されていない。1審原告は、A広告の記載内容を知ることはできなかった。
 仮に、1審原告が「X弁護士のチラシはA弁護士のものとほぼ同内容のため(A弁護士がX弁護士のチラシを見本としたため)」(乙46)との電子メールを見たとしても、1審原告としては、1審原告広告がデッドコピーをされたなどと認識することは不可能である。法律の素人ならともかく、A弁護士は、他人の広告を見本として自身の広告を作成するに当たり、著作権侵害にならないよう細心の注意を払うはずであり、事前に1審原告に対して連絡することなく、1審原告広告をデッドコピーすることは想像できない。
 仮に、1審原告が1審被告に対して、A広告に関する防衛策について回答したとしても、それは、弁護士会の業務広告規制上問題となり得る「専門」という記載についての対応や、A弁護士自身の解決事例の表現の仕方といった、一般論について回答したに過ぎない。
 1審原告は、A弁護士とは、私的にも業務上でも一切の関係はなく、全くの他人である。1審原告が、A弁護士に対して、1審原告広告について「利用を包括的に許諾」する理由は全くない。
 1審原告広告は、「保険会社の基準より高い裁判基準での賠償金額を得られる」、「保険会社から賠償額が提示されたが、妥当な金額か確認したい方」、「示談金額はここまで変わります」と表示しており、これら「賠償金額」、「賠償額」及び「示談金」に関する相談は「法律事務」に該当する可能性が高いため、弁護士ではない1審被告が1審原告広告を利用することは弁護士法72条に違反する蓋然性が高い。したがって、このような「法律事務」に該当する広告を利用することについて、弁護士ではない1審被告に対して利用許諾又は改変許諾が成立することはない。
 利用許諾又は改変許諾が存在するとすれば、1審原告広告の利用料金、1審原告広告の改変料金、1審原告広告を利用又は改変する範囲などの条件について、1審原告と1審被告の間で協議がされるはずである。しかし、1審原告と1審被告の間ではそのような協議は一切されておらず、1審被告が1審原告に対して利用料金又は改変料金を支払ったこともない。
 1審原告と1審被告が同じ地域で地方相談会を開催したことによって、1審原告の地方相談会の参加者数が大幅に減少した。このように地方相談会の参加者数が大幅に減少するにもかかわらず、1審原告広告の利用を許諾することはあり得ない。
(イ) 利用又は改変の許諾の不存在(2)
@ A弁護士以外の者に対する利用又は改変の許諾の不存在
 1審原告は、誰が「本件NPO法人の提携専門家」に該当するのか、「本件NPO法人の提携専門家」である基準は何なのかを知らないし、「本件NPO法人の提携専門家」である者を知らない。現に、1審被告広告1のC弁護士及び1審被告広告2のD弁護士は、1審原告がこれらの広告の存在を知るまで全く面識がなく、それらの弁護士の存在すら知らなかった。存在すら知らない者に対して利用又は改変の許諾が成立する余地はない。
 仮に、原審が認定する、1審原告と1審被告及びA弁護士との間のやり取り等の事実があったとしても、この事実から推測できる事実は、最大限に解釈したとしても、1審原告がA弁護士に対して姫路市内で1審原告広告を利用又は改変することを許諾したことに限られ、これを超えて、A弁護士が姫路市以外で1審原告広告を利用又は改変することを許諾したことはなく、ましてや、1審原告がA弁護士以外の者に利用又は改変を許諾したことはない。なお、1審原告は、A弁護士が本件NPO法人の提携専門家であるか否かは知らないし、乙9、46〜48、57からは、A弁護士が本件NPO法人の提携専門家であることは分からない。
 1審原告が1審被告に対して1審原告広告を利用又は改変することを許諾することは、弁護士法の規定からしてもあり得ないことは、前記(ア)で述べたとおりである。したがって、仮に、1審原告がA弁護士に対して1審原告広告を利用又は改変することを許諾したことが認められるとしても、1審被告を含む本件NPO法人の提携専門家に対して1審原告広告を利用又は改変することを許諾したことにはならない。
A 1審原告表現Bを除く1審原告広告全体又は1審原告表現@及び1審原告表現Aに対する利用又は改変の許諾の不存在
 1審原告は、1審原告広告全体が著作物性を有するほか、1審原告表現@〜Bがそれぞれ著作物性を有する旨主張している。
 1審原告のA広告に関する提案(乙46、47)は、1審原告広告のうち1審原告表現Bに限定されたものであるから、仮に、1審原告表現Bに関して利用又は改変の許諾が認められたとしても、1審原告表現Bを除く1審原告広告全体又は1審原告表現@及び1審原告表現Aに関して利用又は改変を許諾したこととはならない。
(ウ) 利用又は改変の許諾の撤回、取消し又は解除
 1審原告は、1審被告が1審原告広告を利用して1審被告広告1を作成又は頒布した事実を知り、平成28年2月5日、1審被告に対して、1審被告広告1が1審原告広告に関する1審原告の著作権を侵害するとして、通知をし、同月6日、1審被告に到達した。この通知において、1審原告は、1審被告に対し、1審原告広告及び1審原告広告に類似した広告の作成又は配布等を拒否する意思表示をしている。したがって、仮に、1審原告が、1審被告に対し、1審原告広告の利用又は改変を許諾していたとしても、そのような利用又は改変の許諾は、上記通知により撤回、取消し又は解除されている。
 1審被告は、上記通知後の平成28年2月14日に被告広告2を配布した(甲70、71)から、1審被告が被告広告2を作成又は頒布したことは、1審原告の1審被告に対する利用又は改変の許諾が撤回、取消し又は解除された後の行為である。
イ 1審被告
(ア) 利用又は改変の許諾の不存在(1)に対し
 平成25年8月のA広告に対する兵庫県弁護士会からの指摘とそれに伴う1審原告の対応などからすると、1審原告は、A広告の内容を事前に見たことがあったか、そうでなくとも、少なくとも、Eを通じて、平成25年2月の本件甲府相談会の後に、本件NPO法人の他の提携専門家が1審原告広告を参考にして同内容の宣伝広告チラシを作成し、以後の交通事故110番の他の地方相談会向けに作成配布することを聞かされ、そのように認識していたが故に、A弁護士のチラシも同様に1審原告広告と同内容であると認識していたことは、明らかである。
 1審原告とA弁護士は、本件NPO法人を介した連携関係があった。したがって、1審原告は、A広告について問い合わせがあった際に、A弁護士の素姓などを問い合わせることもなく、A広告の内容を確認することもなく、即座に、具体的なコメントや広告の具体的な修正案を提示しているのである。
 1審被告広告1及び2(甲2、3)は、法律事務である紛争処理業務は弁護士が担当することが当然の前提とされているから、これらの広告が弁護士法72条に違反する余地はない。
 本件NPO法人では、Eや1審被告が中核となり、全国をカバーできるように各地域で活動する提携専門家を有している。このような本件NPO法人の提携専門家となることは、Eや1審被告をはじめとする経験豊富な提携専門家との間で交通事故案件を処理するための知識、経験及び情報を共有することができたり、他業種である行政書士との提携により効率的な役割分担により案件を処理することができたり、依頼者が遠方に所在する場合には当該地域の提携専門家を紹介することができる等の大きな利点があった。このような利点は、平成21年に弁護士登録をし、平成22年にEから案件の紹介を受けるようになるまで、交通事故案件の経験がほとんどなかった1審原告において非常に大きかったことは明らかである。1審原告が、本件NPO法人、E及び1審被告から紹介された受任事件数は、平成27年までの5年間で数百件にのぼる。このような経緯からすると、1審原告広告の利用許諾は、1審原告が本件NPO法人の提携専門家の一員として認められ、その利点を享受することと一体の関係にあり、1審原告が1審被告を含む本件NPO法人の提携専門家に与える一方的な恩恵ではない。したがって、1審原告広告の利用許諾について対価の支払は、全く予定されていなかった。
(イ) 利用又は改変の許諾の不存在(2)に対し
 1審原告は、本件NPO法人の提携専門家であるC弁護士やD弁護士と面識がなかったことを強調しているが、面識の有無は利用許諾の成立とは無関係である。
 1審原告は、A弁護士に限定して、A広告に係る相談会が開催された姫路市に限定して、利用の許諾をしたものではない。
(ウ) 利用又は改変の許諾の撤回、取消し又は解除に対し
 前記のとおり、1審原告広告の利用許諾は、1審原告が本件NPO法人の提携専門家の一員として認められ、その利益を享受することと一体の関係にあり、1審原告が1審被告を含む本件NPO法人の提携専門家に与える一方的な恩恵ではないから、1審原告の一方的な意思表示により撤回したり、取り消したり、解除することはできない。
(2) 反訴請求における本件1審被告ファイルの編集著作物性の有無(争点8)
ア 1審被告
(ア) 本件1審被告ファイルは全2頁から構成されているところ、1頁上方から「氏名・フリガナ」、「年齢・性別・職業」、「住所・TEL」、「メールアドレス」、「事故日」、「事故発生状況」、「あなた」(相談希望者)、「加害者」、「受傷部位」、「傷病名」、「症状」、「治療経過」、「初診治療先」、「治療先2」、「治療先3」、「あなたの保険」、「保険会社・共済名」、「加害者の保険」、「保険会社名」の欄が順に設けられており、それぞれ左欄には上記の各項目タイトルが記載され、右欄には各項目に対応する情報が記載される体裁となっている。
 また、「事故発生状況」、「あなた」(相談希望者)、「加害者」、「受傷部位」、「傷病名」、「治療経過」、「あなたの保険」、「保険会社・共済名」、「加害者の保険」、「保険会社名」の右欄複数の選択肢とそれに対応したチェックボックスが設けられており、相談希望者はチェックボックスにチェックマークを記入することによって、具体的な選択肢を選択できるようになっている。特に、「傷病名」については、交通事故において多数想定されうる傷病名から事例が多いと思われる「□脳挫傷」、「□捻挫挫傷」、「□打撲」、「□脱臼」、「□骨折」、「□靱帯損傷」、「□醜状痕」、「□偽関節変形」、「□神経症状」、「□CRPS」、「□機能障害」、「□神経麻痺」、「□筋損傷」を選別列挙し、それ以外の傷病名については「□その他(  )」の欄を設けて、相談希望者が自由に書き込めるようになっている。
 さらに、本件1審被告ファイルの2頁には、最上段に「相談内容・お問い合わせ」欄が記載され、その下の空白欄には相談希望者が自由に書き込めるようになっている(なお、同欄には、本件NPO法人と提携弁護士間の連絡事項が記載されることもある[乙3、2枚目]。)。
 そして、本件1審被告ファイルは、本件NPO法人の相談担当者が「交通事故相談者から相談に先立ち必要な情報を把握する」目的で、初回の相談の予約の時点で相談希望者によって必要情報を記載させるファイルである。本件1審被告ファイルに相談希望者が順次回答を記載していくことによって、相談担当者は、相談日に先立って、交通事故被害者の個人特定情報、事故情報(事故日、事故状況、被害者の立場、加害者の立場)、被害者の傷病情報(受傷部位、傷病名、症状、治療経過、治療先病院)、保険情報(被害者の加入保険、加入保険の内容、人身傷害特約の有無、弁護士特約の有無、加害者の任意保険加入の有無および加入保険)といった基礎情報を漏れなく把握することができることになるのである。
 したがって、本件1審被告ファイルの素材の選択及び配列には作成者の個性が十分に発揮されているから、本件著作物には編集著作物としての著作物性が認められる。
(イ) 一概に交通事故相談といっても、相談の場でどのような事項を聴取してどのようなアドバイスをするかは、実際の相談担当者の経験やノウハウ、相談以降の事件処理についてのプランによって多様である。したがって、「相談に先立ち必要な情報を把握する」といっても、そこで必要とされる「情報」の範囲は実際の相談担当者によって千差万別になるはずである。例えば、本件1審被告ファイルでは「事故発生状況」として、「□追突」、「□正面衝突」、「□出合い頭衝突」、「□信号無視」、「□無免許」、「□飲酒」という大まかな事故原因を選択させる形をとっているが、相談担当者が異なれば、事故発生状況について、全く異なる選択肢を設けることもあるし、選択肢を提供する必要性がないと考える相談担当者であれば具体的な選択肢を設けずに文章での記載を求めることもある。当該交通事故について相手方に過失があってそもそも損害賠償請求権が発生しているといえるかという点や過失相殺の程度についても具体的に初回相談時にチェックしようと考える相談担当者であれば、事故現場の図面や「事故当日の天候」、「道路の見とおしの状況」、「道路状況」、「標識や信号機の有無や場所」、「交通量」などを記載させることもあり得る。また、「治療先」を「相談に先立ち必要な情報」とは考えない相談担当者としては、このような項目を設けないことも考えられる。さらに、本件1審被告ファイルでは、「傷病名」の選択肢として「□脳挫傷」、「□捻挫挫傷」、「□打撲」、「□脱臼」、「□骨折」、「□靱帯損傷」、「□醜状痕」、「□偽関節変形」、「□神経症状」、「□CRPS」、「□機能障害」、「□神経麻痺」、「□筋損傷」、「□その他(  )」と、交通事故に起因する可能性のある専門的な傷病名を具体的に選択して配列している。このうち、「捻挫打撲」や「骨折」などは一般的な傷病名でありその他の原因による傷病としても想定されるものであるが、「偽関節変形」、「CRPS」、「機能障害」、「神経麻痺」及び「筋損傷」といった交通事故に起因する傷病名群が記載されている点で非常に特徴的である。
 本件1審被告ファイルは、多種多様に想定される中において、交通事故被害者の基礎情報を漏れなく把握するとの方針の下に、項目及び選択肢を選択し配列したものであるから、何らありふれたものではない。
(ウ) 本件1審被告ファイルと労災保険金請求の際に提出する甲20(第三者行為災害届(業務災害・通勤災害))とではその使用目的や場面が全く異なり、甲20の存在をもって本件1審被告ファイルの項目及び選択肢をありふれたものと判断する根拠にはなり得ない。甲20の質問項目及び選択肢は、本件1審被告ファイルとは、質問項目及び選択肢が全く異なるものである。
(エ) 1審被告は、本件1審被告ファイルにおける、「相談者」、「交通事故の具体的状況」、「相談者の受傷及び治療状況」、「事故関係者の保険加入状況」、「具体的な相談希望内容」という抽象的な事項の順序について創作性を主張していない。また、1審被告は、チェックボックスを設けたこと自体について著作物性を主張するものではない。1審被告は、本件1審被告ファイルにおける、「氏名・フリガナ」、「年齢・性別・職業」、「住所・TEL」、「メールアドレス」、「事故日」、「事故発生状況」、「あなた」、「加害者」、「受傷部位」、「傷病名」、「症状」、「治療経過」、「初診治療先」、「治療先2」、「治療先3」、「あなたの保険」、「保険会社・共済名」、「加害者の保険」、「保険会社名」、「相談内容・お問い合わせ」という具体的な項目とその大部分の項目に設けられた複数の選択肢とそれに対応したチェックボックスの具体的な配列に編集著作物としての創作性が認められると主張している。
イ 1審原告
(ア) 1審被告が「交通事故の相談を実施するに当たっては、交通事故被害者の個人特定情報、事故情報(事故日、事故状況、被害者の立場、加害者の立場)、被害者の傷病情報(受傷部位、傷病名、症状、治療経過、治療先病院)、保険情報(被害者の加入保険、加害者の加入保険)といった基礎情報を漏れなく把握することが必要不可欠である。」と認めるとおり、これらの項目は、交通事故被害者から相談を受ける際には当然聴取すべき項目であるから、これらの項目及び選択肢を設けるに当たり工夫を凝らす余地は、およそ想定し難く、創作性はない。
(イ) 甲24(行政書士学園事務所のウェブページの「交通事故専用お問合わせフォーム」)では、「事故状況」として、「□出会いがしら衝突」、「□追突」、「□直進車との衝突」、「□飲酒・無免許運転」という選択肢とチェックボックスが設けられており、1審被告が掲げる「□追突」、「□正面衝突」、「□出会い頭衝突」、「□無免許」、「□飲酒」が網羅されている。交通事故の場合、想定される事故発生状況は、追突、正面衝突、出会い頭衝突、右直事故、巻き込み、飲酒、無免許など、自ずと限定されるから、予め想定される選択肢とチェックボックスを設けることには創作性は認められない。
 交通事故が発生した場合、加害者は自動車損害賠償保障法3条により無過失責任に近い責任が課せられており、加害者が無過失を立証することは極めて困難であると考えられているから、「損害賠償請求権が発生しているといえるか」という点を検討する事態は、想定できない。また、「過失相殺の程度」を検討するに当たっては、実況見分調書、員面調書、検面調書、判決書などの刑事記録が必要不可欠であり、1審被告が指摘する、「事故当日の天候」、「道路のみとおしの状況」、「道路状況」、「標識や信号機の有無や場所」、「交通量」が過失相殺といかなる関係にあるのか全く不明である。また、「治療先」を設けるか否かにより作成者の個性の有無が左右されることは想定できない。
 「偽関節変形」、「CRPS」、「機能障害」、「神経麻痺」及び「筋損傷」は、交通事故に特有のものではないほか、相談担当者が被害者から相談を受ける際に当然聴取すべき項目であるから、これらの傷病名を列挙することには創作性はない。なお、「偽関節変形」、「CRPS」、「機能障害」、「神経麻痺」及び「筋損傷」という傷病名は、1審被告ファイルの作成時期よりも前に作成された甲64の1〜3(F弁護士のウェブページの「交通事故相談フォーム」)に既に掲げられている。
(ウ) 甲20は、交通事故の概要を聴取するに当たり当然聴取すべき項目を設けたものであり、甲20も本件1審被告ファイルも、「事故の概要を聴取する」ものであることは、全く同じ性質のものである。本件1審被告ファイルが列挙する素材は、甲20に網羅されており、本件1審被告ファイルの項目及び選択肢を設けるに当たり創作性が認められる余地はない。
(エ) 交通事故の相談を受けるに当たり、事故状況、被害者及び加害者の立場、治療状況、保険の内容及び相談事項を順に聴取することは、交通事故の相談を効率的に行う上では、当然のことである。したがって、交通事故被害者から相談を受けるに当たっては、誰が相談事項をまとめた書式を作成しようとしてもほぼ同様の配列となるから、素材を配列するに当たり何らかの工夫を施す余地はなく、素材の配列に創作性は認められない。
第3 当裁判所の判断
 事案に鑑み、まず、争点1(3)(利用許諾の抗弁の成否)、2(3)(改変許諾の抗弁の成否)、3(一般不法行為の成否)、6(1審原告追加部分の著作物性及び複製権侵害の成否)及び8(本件1審被告ファイルの編集著作物性の有無)について、順に判断する。
1 争点1(3)(利用許諾の抗弁の成否)について
(1) 証拠(各項末尾に掲記する。)及び弁論の全趣旨によると、以下の各事実が認められる。
ア 1審原告は、本件NPO法人の地方相談会を甲府市で開催することとし、E及び1審被告と相談の上、平成25年2月24日に本件甲府相談会を開催することとした。そして、そのことは、本件NPO法人のウェブページにおいて告知された。1審原告は、平成25年1月頃、本件甲府相談会の参加者を募るために、1審原告広告を作成し、広告業者に依頼して、同年2月3日、山梨県内での新聞折込広告として、1審原告広告19万7850枚を配布した。(甲1、11、乙39、42)
イ Eは、平成25年2月20日、1審原告の経営する法律事務所の事務員に対し、「驚いています。」というタイトルのメールを送信した。同メールには、「出張相談会を続けていますが、集客で苦戦しています。ところが、山梨・甲府では驚異的な集客力です。本当にびっくりしています。つきましては、配布されたチラシの現物、配布された日時、選択された新聞社、配布枚数、費用の合計をお教えいただきたくメールをしました。チラシは残っていれば、添付ファイルで現物をお送りいただけませんか?」との記載がある。(甲47)
ウ Eは、平成25年2月27日、本件NPO法人の提携専門家であるB弁護士に1審原告広告を交付し、同年3月から4月頃には、同じく本件NPO法人の提携専門家であるA弁護士に1審原告広告を交付した。B弁護士は、1審原告広告の内容を参考に宣伝広告チラシを作成し、同年3月16日に四日市市で開催された、本件NPO法人の地方相談会への集客のため、上記宣伝広告チラシを同市近郊において配布した。また、A弁護士は、1審原告広告の内容を参考に、A広告を作成し、同年7月15日に姫路市で開催された、本件NPO法人の地方相談会への集客のため、同市近郊においてA広告を配布した。(乙52、53、57、58)
エ A弁護士は、平成25年8月、所属する兵庫県弁護士会の広告調査委員会から、A広告の記載に問題があると指摘を受け、同委員会の聴聞手続への出頭を求められた。同委員会が問題としたA広告の記載は、@「交通事故専門の弁護士」との記載が広告規制に反する可能性があり、また、A交通事故の賠償金が増額された事例の紹介に関する記載が賠償額についての誤認を招く表現であって、いずれも弁護士の懲戒事由に当たる可能性があるなどというものであった。(乙48、52、58)
オ A弁護士は、上記エの指摘等を受け、1審原告及び1審被告に対して電子メールで、A弁護士が作成、配布した広告について上記エの指摘等を受けた旨を連絡した。1審被告は、平成25年8月7日、1審原告に対し、A弁護士が1審原告広告を見本としてA広告を作成した結果、A広告と1審原告広告とがほぼ同内容となっていること、上記エの指摘等に対する対応として、本件NPO法人の提携専門家であるG行政書士から、@「交通事故専門弁護士」という記載を「弁護士と交通事故専門の行政書士」と変更するとともに、A賠償金増額事例についても表現を抑えて具体性をなくし、あるいは、事例を省略してはどうかという意見が出されたことなどを伝えた。
 1審原告は、同日、1審被告に対し、上記@についてはそのとおりに変更するが、上記Aについては、事例を三つにした上で、上記エの指摘に対する防衛策として「(注)賠償額は被害者の収入、過失割合等によって大きく異なります。上記3つの例は、弊事務所の解決例であり、回収額や増加額をお約束するものではございません。」との注記を掲載する予定であるなどと回答した。
 同年9月以降に1審原告が作成した相談会の宣伝広告では、上記Aについて事例を三つに増やし、上記文言どおりの注記を掲記するなどの変更が行われた。また、A弁護士及びA弁護士以外の本件NPO法人の提携専門家らの作成した、本件NPO法人の地方相談会の宣伝広告においても、上記@及びAの各記載につき、上記検討に沿った変更が行われた。(甲49の8〜71、乙10〜14、46〜48、57、58)
カ 1審原告は、平成28年2月5日、1審被告に対して、@1審被告が作成、配布した1審被告広告1は、1審原告広告に関する1審原告の著作権を侵害する旨、A1審被告広告1及びこれに類似した広告の使用を直ちに中止することを求める旨、B1審原告広告に類似した広告の作成、掲示、配布、使用をしないことを求める旨等を記載した通知(以下、「本件侵害通知」という。)を行い、同月6日、1審被告に到達した。(甲2、4、5)
キ 1審原告は、平成28年4月18日、1審被告に対し本訴を提起し、本訴係属後の同年7月、A弁護士に対し、A広告が1審原告広告の著作権を侵害していると指摘するとともに、1審原告広告と同一又は酷似した文言等の使用を直ちに中止し、今後これらを使用しないことなどを求める旨の通知書を送付した。また、1審原告は、同月、B弁護士及び他の1名の本件NPO法人の提携専門家に対しても、同趣旨の通知書を送付した。(甲15〜17の各1・2)
ク 平成23年から平成28年にかけて、1審原告が保険会社との交渉や訴訟等を担当し、1審被告が後遺障害認定申請等を担当し、連携して交通事故の事案を処理した件数が合計95件あり、本件侵害通知がされた時点においても、処理中の案件があった。また、1審原告は、Eや1審被告から、多数の交通事故の案件の紹介を受けていた。(乙16、18、21、41、55、56)
(2) 上記(1)の認定事実からすると、@1審原告広告は、本件NPO法人の地方相談会の広告として作成されたものであること、A1審原告は、1審被告から、本件NPO法人の地方相談会の集客のために、1審原告広告の現物を送付することを求められたこと、B1審原告は、平成25年8月7日、1審被告から、A広告が1審原告広告とほぼ同一内容であることを告げられたこと、以上の事実が認められるから、1審原告は、平成25年8月7日の時点において、A広告が1審原告広告とほぼ同一内容であること、1審原告広告とほぼ同一内容のものが本件NPO法人の地方相談会の集客のために用いられていることを認識していたものと認められる。そして、上記(1)の認定事実からすると、1審原告は、1審原告広告とほぼ同一内容のものが本件NPO法人の地方相談会の集客のために用いられていることを何ら問題とすることなく、かえって、A広告及び1審原告広告が同一の広告文言及び事例の紹介を用いていることを前提に、弁護士会からの指摘を回避するための1審原告広告の具体的表現に関する変更を提案しているものと認められる。また、上記(1)の認定事実からすると、1審原告は、上記の平成25年8月7日から約2年6か月後の平成28年2月5日に至って、1審被告に対して1審原告広告に関する1審原告の著作権の侵害を主張するようになったものと認められる。これらの一連の事実経過に、上記(1)認定のとおり、1審原告は、1審被告と連携して、多数の交通事故の事案を処理し、Eや1審被告から、多数の交通事故の案件の紹介を受けていたこと、すなわち、1審原告は、本件NPO法人と連携することによって利益を得ていたといえることを総合すると、1審原告は、本件NPO法人の地方相談会の広告として、1審原告広告を利用することを包括的に許諾していたものと認めることができる。この許諾は、A弁護士や姫路市の地方相談会に限られるものではない。
(3) これに対し、1審原告は、本件NPO法人の提携専門家など全く知らない、本件訴訟において1審被告から提出された証拠を見てはじめて1審被告以外の提携専門家らが、1審原告広告を使用していることを知り、その後直ちに侵害行為を止めるよう警告したなどと主張するが、1審原告の主張は、客観的な証拠から認められる上記(1)認定の事実経過と矛盾するものであって、採用することができない。
 また、1審原告は、@1審原告はA広告を見たことがなく、A広告の記載内容を知ることはできなかった、AA弁護士が、1審原告広告をデッドコピーすることは想像できない、B1審原告が1審被告に対して、A広告に関する防衛策について回答したとしても、それは、一般論について回答したにすぎないなどと主張する。しかし、1審原告は、A広告を見たことがないとしても、上記(1)認定のとおり、A広告が1審原告広告とほぼ同一内容であることを告げられたのであるから、A広告の記載内容が1審原告広告とほぼ同一内容であること(言い換えるならば、A広告が1審原告広告のほぼデッドコピーであること)を知っていたと認められるし、上記(1)で認定した、1審原告が1審被告に対してA広告に関して回答した内容は、A広告及び1審原告広告が同一の広告文言及び事例の紹介を用いていることを前提としたもので、一般論を超えるものである。したがって、1審原告の主張は、いずれも採用することができない。
 さらに、1審原告は、@1審原告とA弁護士は、私的にも業務上でも一切の関係はなく、全くの他人である、1審原告は、誰が「本件NPO法人の提携専門家」に該当するのかを知らないし、現に、1審被告広告1のC弁護士及び1審被告広告2のD弁護士は、1審原告がこれらの広告の存在を知るまで全く面識がなかった、A弁護士ではない1審被告が1審原告広告を利用することは弁護士法72条に違反する蓋然性が高い、B利用料金などの条件について、1審原告と1審被告の間で協議がされたことはないし、1審被告が利用料金を支払ったこともない、C1審原告と1審被告が同じ地域で地方相談会を開催したことによって、1審原告の地方相談会の参加者数が大幅に減少したなどと主張する。しかし、上記(2)で認定したとおり、1審原告は、本件NPO法人の地方相談会の広告として、1審原告広告を利用することを包括的に許諾したものであるから、1審原告において誰が「本件NPO法人の提携専門家」に該当するのかを知らず、本件NPO法人の地方相談会を担当する弁護士と1審原告との間に面識があるなどの関係がなかったとしても、その結論が左右されることはない。また、1審原告広告が「法律事務」に該当する広告であるとしても、本件NPO法人の地方相談会において「法律事務」を担当するのは弁護士である(乙39、44)から、弁護士法72条に違反することはない。さらに、利用料金などの条件について、1審原告と1審被告の間で協議がされたことはなく、利用料金が支払われたことがないとしても、上記(1)認定の事実経過に照らすと、不自然ではないし、1審原告広告を利用した地方相談会が開催されることによって、1審原告の地方相談会の参加者数が減少することがあったとしても、前記のとおり、1審原告は、本件NPO法人と連携することによって利益を得ていたことなどに照らすと、1審原告が許諾しなかったことを推認させるものということはできない。
 なお、1審原告は、A弁護士が本件NPO法人の提携専門家であることを知らなかったと主張するが、A広告の記載内容が、本件NPO法人の地方相談会の広告として作成された1審原告広告とほぼ同一内容であることを知っていたのであるから、A弁護士が本件NPO法人の提携専門家であることを知っていたものと認められる。
(4) 1審原告は、1審原告のA広告に関する提案は、1審原告広告のうち1審原告表現Bに限定されたものであるから、仮に、1審原告表現Bに関して利用又は改変の許諾が認められたとしても、1審原告表現Bを除く1審原告広告全体又は1審原告表現@及び1審原告表現Aに関して利用又は改変を許諾したこととはならないと主張するが、上記(1)認定の事実経過に照らすと、1審原告のA広告に関する提案が1審原告表現Bに関するものであったからといって、許諾の範囲がそれに限られるというべき理由はない。
(5) 上記(1)認定のとおり、1審原告は、平成28年2月5日、1審被告に対して、本件侵害通知を行い、同月6日、1審被告に到達したことが認められる。しかし、上記(1)認定のような経過で、1審原告が、本件NPO法人の地方相談会の広告として、1審原告広告を利用することを包括的に許諾したものであることからすると、それが1審原告からの通知によって直ちにその効力を失う趣旨のものであったと認めることはできない。したがって、上記許諾は本件侵害通知によって直ちにその効力を失うものではなく、1審被告が、1審被告広告2を作成し、平成28年2月14日に配布したことが著作権侵害になるということはない。
(6) 1審原告は、1審被告による1審原告広告についての著作権の侵害行為として、1審被告広告1及び2について主張しているが、以上の(1)〜(5)で述べたところからすると、1審原告広告の著作物性について判断するまでもなく、1審被告が、1審原告広告についての著作権を侵害する行為を行ったと認めることはできない。
2 争点2(3)(改変許諾の抗弁の成否)について
 前記1(1)認定の事実経過に照らすと、1審原告は、1審原告広告を本件NPO法人の地方相談会で使用するのに必要な範囲で改変することを許諾していたものと認められる。そして、1審被告広告1及び2がその範囲を超えて改変されたとは認められない。
3 争点3(一般不法行為の成否)について
 1審原告は、1審被告が1審原告広告を無断で模倣して1審被告広告1及び2を作成したことによって、1審原告が有する1審原告広告を模倣されないという法的保護に値する利益が侵害された旨主張する。
 1審原告の主張は、1審被告が1審原告広告を無断で模倣したことにより、1審原告が、1審原告広告について著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)とは別個の法的利益を侵害された旨の主張と解される(最高裁判所平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。しかし、1審原告の主張する利益が、著作権や著作者人格権とは別個の法的に保護されるべき利益に当たるとはいえない上、前記1(2)及び2のとおり、1審原告は、1審原告広告の複製及び改変を許諾したものと認められるから、1審被告が1審原告広告を無断で模倣したという1審原告の主張は、主張の前提を欠くものであって失当である。
4 争点6(1審原告追加部分の著作物性及び複製権侵害の成否)について
(1) 著作権法は思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号)、複製に該当するためには、既存の著作物とこれに依拠して作成された物の共通する部分が著作権法によって保護される思想又は感情の創作的な表現に当たることが必要である。
(2) 1審原告追加部分は、本件1審被告ファイルに対し、@「ご希望時間」欄を新設して同欄内に午前10時から午後5時30分までの30分刻みの表示をし、A「住所・TEL」欄を「住所」欄と「電話番号」欄に分け、住所欄に「〒」の表示をし、B「事故発生状況」欄の空白部分の代わりに「□その他」を新設し、C「あなた」欄の「□自動車運転」「□自動車同乗」を併せて「□自動車(□運転、□同乗)」とするとともに、「□バイク運転」「□バイク同乗」を併せて「□バイク(□運転、□同乗)」とし、D「初診治療先」「治療先2」「治療先3」欄をそれぞれ「治療先1/通院回数」「治療先2/通院回数」「治療先3/通院回数」とした上で、それぞれの欄内に「病院名: /通院回数: 回」の表示をし、E「自賠責後遺障害等級」「簡単な事故状況図をお書きください。」「受傷部位に印をつけてください。」の各欄を設けた上、「受傷部位に印をつけてください。」欄に人体の正面視図及び後面視図を設け、F相談者の「保険会社・共済名」欄内のチェックボックス及び選択肢を削除し、「加害者の保険」「保険会社名」の各欄を「加害者の保険会社名」欄にするとともに同欄内のチェックボックス及び選択肢を削除したものである。これに対し、1審被告アンケート1及び2は、いずれも上記Eの人体の正面視図及び後面視図のデザインが1審原告追加部分と異なるが、その他の点は上記@からFの点において1審原告追加部分と同一の記載がされている。
(3) まず、1審原告追加部分と1審被告アンケート1及び2に共通する上記@の点については、相談希望者から必要な情報を聴取するという本件1審原告ファイルの目的上、相談の希望時間を聴取することは一般的に行われることで、そのために「ご希望時間」欄を設けて欄内に一定の時間を30分ごとに区切った時刻を掲記することは一般的にみられるありふれた表現であるから、著作者の思想又は感情が創作的に表現されているということはできない。
 また、1審原告追加部分と1審被告アンケート1及び2に共通する上記A〜D及びFの点は、いずれも、本件1審被告ファイルの質問事項欄を統合又は分割し、あるいは、各質問事項欄内の選択肢やチェックボックスなどを相談者が記載しやすいように追加又は変更したものであり、いずれも一般的にみられるありふれた表現であるから、著作者の思想又は感情が創作的に表現されているということはできない。
 さらに、1審原告追加部分と1審被告アンケート1及び2に共通する上記Eの点については、相談希望者から必要な情報を聴取するという本件1審原告ファイルの目的に照らすと、事故状況や被害状況を聴取するために、自賠責後遺障害等級を質問事項に設け、事故状況図や受傷部位を質問事項に入れ、受傷部位について正面視及び後面視の各人体図を設けて印を付けるよう求めたことは、いずれも一般的に見られるありふれた表現であるから、著作者の思想又は感情が創作的に表現されているということはできない。
 以上によると、1審原告追加部分と1審被告アンケート1及び2の共通する部分は、いずれも著作権法によって保護される思想又は感情の創作的な表現には当たらないから、1審被告アンケート1及び2は1審原告追加部分の複製には該当しないというべきである。なお、1審原告追加部分と1審被告アンケート1及び2では、正面視及び後面視の各人体図のデザインが異なるから、人体図について1審被告アンケート1及び2が1審原告追加部分の複製に該当することはない。
 1審原告は、1審被告において1審原告追加部分に著作物性があることを認めているから、この点について裁判上の自白が成立し、裁判所を拘束すると主張するが、本件訴訟において、1審被告が1審原告追加部分の著作物性を自認したものとは認めることができないから、1審原告の上記主張は失当である。
5 争点8(本件1審被告ファイルの編集著作物性の有無)について
(1) ある編集物が編集著作物として著作権法上の保護を受けるためには、素材の選択又は配列によって創作性を有することが必要である(著作権法12条1項)。
(2) 本件1審被告ファイルには、「氏名・フリガナ」、「年齢・性別・職業」、「住所・TEL」、「メールアドレス」、「事故日」、「事故発生状況」、「あなた」(判決注:相談希望者)、「加害者」、「受傷部位」、「傷病名」、「症状」、「治療経過」、「初診治療先」、「治療先2」、「治療先3」、「あなたの保険」、「保険会社・共済名」、「加害者の保険」、「保険会社名」の欄が順に設けられ、それぞれ左欄には上記の各項目タイトルが、右欄には各項目に対応する情報を記載する体裁となっていること、これらの各欄に引き続いて、「相談内容・お問い合わせ」欄が設けられ、その下に情報を記載するための空白が設けられていることが認められる。また、本件1審被告ファイルの「事故発生状況」、「あなた」、「加害者」、「受傷部位」、「傷病名」、「治療経過」、「あなたの保険」、「保険会社・共済名」、「加害者の保険」、「保険会社名」の右欄には、複数の選択肢とそれに対応したチェックボックスが設けられていることが認められる。
(3) まず、相談者から相談に先立ち交通事故に関する必要な情報を把握するという本件1審被告ファイルの性質上、@相談者個人特定情報、A交通事故の具体的状況、B相談者の受傷及び治療の状況並びにC事故関係者の保険加入状況に関する情報のほか、D具体的な相談希望内容についての情報を収集する必要があることは、当然のことであると考えられる。本件1審被告ファイルは、「氏名・フリガナ」、「年齢・性別・職業」、「住所・TEL」、「メールアドレス」、「事故日」、「事故発生状況」、「あなた」、「加害者」、「受傷部位」、「傷病名」、「症状」、「治療経過」、「初診治療先」、「治療先2」、「治療先3」、「あなたの保険」、「保険会社・共済名」、「加害者の保険」、「保険会社名」の欄を順に設け、これらの各欄に引き続いて、「相談内容・お問い合わせ」欄を設け、その下に情報を記載するための空白を設けているが、これらの事項は、上記の本件1審被告ファイルの性質上、当然に設けられるべき項目であって、その順番も、上記@からDの順に、それぞれの必要項目を適宜並べたに過ぎないというほかないから、これらの項目を上記のとおり設けたことによって、素材の選択又は配列による創作性があるということはできない。
 また、上記のような本件1審被告ファイルの性質上、これらの事項に関連する具体的な項目の選択についても自ずと限定されるところ、本件1審被告ファイルのチェックボックスを付した各項目は、いずれもありふれたものというほかなく、そのような項目を適宜並べたものというほかないから、素材の選択又は配列による創作性があるということはできない。この点について、1審被告は、特に、「事故発生状況」及び「傷病名」の項目の選択について主張するが、「事故発生状況」についての「□追突」、「□正面衝突」、「□出合い頭衝突」、「□信号無視」、「□無免許」、「□飲酒」という項目及び「傷病名」についての「□脳挫傷」、「□捻挫挫傷」、「□打撲」、「□脱臼」、「□骨折」、「□靱帯損傷」、「□醜状痕」、「□偽関節変形」、「□神経症状」、「□CRPS」、「□機能障害」、「□神経麻痺」、「□筋損傷、「□その他(  )」という項目は、交通事故においては通常見られる事故態様及び傷病名であって、素材の選択又は配列による創作性があるということはできない。なお、1審被告が主張するように、事故現場の図面や「事故当日の天候」、「道路の見とおしの状況」、「道路状況」、「標識や信号機の有無や場所」、「交通量」などを記載させることも考えられるが、これらの項目は、事故態様そのものである「□追突」、「□正面衝突」、「□出合い頭衝突」、「□信号無視」、「□無免許」、「□飲酒」といった項目に比べて必要性が高いとはいえず、上記の事故現場の図面や「事故当日の天候」等の項目がないことは、素材の選択又は配列による創作性があることを基礎づけるということはできない。
 さらに、チェックボックスを、上記のような項目と組み合わせて配置したからといって、素材の選択又は配列による創作性が認められるものではない。
 そして、他に本件1審被告ファイルにおいて素材の選択又は配列による創作性があると認めるに足りる証拠はないから、本件1審被告ファイルが編集著作物に当たるとは認められない。
6 結論
 以上によると、その余の点について検討するまでもなく、1審原告の本訴請求及び1審被告の反訴請求はいずれも理由がないから、これらを棄却した原判決は相当である。よって、本件各控訴をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 永田早苗
 裁判官 森岡礼子
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