判例全文 | ||
【事件名】展示会「獄中画の世界」事件(2) 【年月日】平成29年6月14日 知財高裁 平成29年(ネ)第10006号 損害賠償請求控訴事件 (原審・東京地裁平成26年(ワ)第18671号) (口頭弁論終結日 平成29年4月24日) 判決 控訴人 ギャラリーTENことX 訴訟代理人弁護士 尾嵜裕 被控訴人 Y 訴訟代理人弁護士 草道倫武 同 若林信子 同 佐竹真紀 同 廣田智也 同 粕谷陽介 同 伊藤蔵人 同 久保田洋平 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決中控訴人敗訴部分(主文第1項)を取り消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 本判決の略称は、特に断らない限り、原判決に従う。 1 事案の要旨 本件は、府中刑務所の受刑者であった被控訴人が、控訴人及びその妻である一審被告Aに対し、同人らは、その経営する控訴人肩書地所在の画廊「ギャラリーTEN」(本件画廊)において、平成22年9月10日から同月19日までの間、「救援連絡センター」と称する団体(救援センター)と共に「獄中画の世界―25人のアウトサイダーアート展」と題する絵画の展示会(本件展示会)を開催し、@本件展示会において被控訴人制作の絵画「ジョニー・デップ」を被控訴人の許諾なく展示・公表して被控訴人が有する同絵画の展示権及び公表権を侵害した(不法行為@)、Aこれに先立つ同年8月16日、被控訴人制作の絵画「イエス最後の祈り」が無断掲載された本件展示会のパンフレット(本件パンフレット)の画像を被控訴人に無断でウェブサイトに掲載して被控訴人が有する同絵画の公衆送信権(送信可能化権)を侵害した(不法行為A)、B(a)本件展示会の来訪者に対して被控訴人の許諾なく写真撮影を許可したことにより、英字新聞ジャパンタイムズの日刊紙及び週刊紙上に絵画「ジョニー・デップ」が写り込んだ写真が掲載され、また、(b)自ら甲37ウェブサイトに本件展示会の宣伝(出品者すなわち獄中者としての被控訴人の氏名の表示を含む。)を投稿し、あるいは、本件展示会の来訪者に対して写真撮影を禁止したり、撮影した写真や被控訴人の氏名を含む本件展示会の内容をウェブサイト上に掲載することを禁止するなどの適切な措置を講じなかったことにより、被控訴人作成の絵画の画像や獄中者としての被控訴人の氏名がウェブサイト上に多数掲載され、(a)(b)により被控訴人が有する絵画の複製権の侵害やプライバシー権の侵害を多数発生させ、あるいは、その侵害を幇助した(不法行為B)、C上記@ないしBの権利侵害について被害回復措置を採らなかったことにより被控訴人の損害を拡大させた(不法行為C)、D被控訴人の絵画(被控訴人の所有する絵画)を紛失して被控訴人の財産権を侵害した(不法行為D)などと主張して、不法行為に基づく損害賠償として160万円(不法行為@による損害10万円、同Aによる損害10万円、同B(a)による損害30万円、同(b)による損害30万円、同Cによる損害42万円、同Dによる損害20万円及びE弁護士費用として18万円の合計)及びこれに対する遅延損害金(上記Aの10万円に対する平成22年8月16日から、上記@及びDの30万円に対する同年9月10日から、上記B(a)(b)の60万円に対する同月19日から、上記Cの42万円に対する平成25年9月26日から、上記Eの18万円に対する平成26年10月15日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金)の連帯支払を求める事案である。 原審は、控訴人につき不法行為A及び同Bの一部の成立を認めて、不法行為Aにつき3000円、同Bにつき1万円、両不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用として1万円の合計2万3000円の限度で被控訴人の請求を認容したところ、控訴人が敗訴部分を不服として本件控訴をした。 2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張 次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の第2の2ないし4(原判決3頁18行目から10頁22行目まで)のとおりであるから、これを引用する。 (1) 原判決5頁12行目、6頁15行目及び23行目にそれぞれ「当庁」とあるのを、いずれも「東京地方裁判所」と改める。 (2) 原判決7頁7行目から10行目までを次のとおり改める。 「(3) 本件展示会の来訪者に対し写真撮影を許可したこと、自ら甲37ウェブサイトに投稿したこと及び本件展示会の来訪者に対して写真撮影を禁止したり、撮影した写真や被控訴人の氏名を含む本件展示会の内容をウェブサイト上に掲載することを禁止するなどの適切な措置を講じなかったことによる複製権侵害・プライバシー侵害の不法行為ないしはその幇助による共同不法行為(不法行為B)の成否(争点3)」 (3) 原判決9頁7行目「多数発生した。」の後に「また、控訴人は、自ら甲37ウェブサイトに本件展示会の宣伝を投稿して、同様に被控訴人のプライバシーを侵害した。」を加える。 (4) 原判決9頁12行目「全く関与していない。」の後に「控訴人が自ら甲37ウェブサイトに本件展示会の宣伝を投稿したことは認めるが、プライバシー侵害の成立は争う。」を加える。 第3 当裁判所の判断 当裁判所も、控訴人は、絵画「イエス最後の祈り」が掲載された本件パンフレットの画像を本件ウェブサイトにアップロードしたことによる送信可能化権侵害(不法行為A)及び本件展示会の宣伝の一環として自ら甲37ウェブサイトに被控訴人の氏名の表示を含む投稿を行ったことによるプライバシー侵害(不法行為B)についての過失責任を免れないものと判断する。 その理由は、下記1のとおり原判決を補正し、下記2のとおり付加判断を示すほかは、原判決の「事実及び理由」の第3の1ないし7(原判決10頁24行目から23頁25行目まで)のとおりであるから、これを引用する。 1 原判決の補正 (1) 原判決11頁11〜12行目の「証人B〔2〜3頁〕」の前に「乙1、」を挿入する。 (2) 原判決16頁25行目「掲載された」の後に「(ただし、原文は英文。和訳は被控訴人提出の訳文による。)」を加える。 (3) 原判決16頁25行目「ギャラリーのX氏は」を「ギャラリーの経営者であるX氏は」と改める。 (4) 原判決18頁17行目「送信可能権侵害行為」を「送信可能化権侵害行為」と改める。 (5) 原判決20頁7行目から21頁14行目までを次のとおり改める。 「(1) ジャパンタイムズの記事(写真)について 前記1で認定した事実によれば、本件展示会の開催を知らせる記事が、共同通信の配信記事として英字新聞ジャパンタイムズの日刊紙及び週刊紙上に写真付きで掲載されたこと、同写真の中に被控訴人の絵画「ジョニー・デップ」が写り込んでいることが認められる。また、同写真は、来訪者と思われる男性が作品を鑑賞している様子を背後から撮影したものであり、記事と写真の内容が概ね一致していることからすると、上記記事の取材の際に撮影されたものと推認できる。しかし、同写真の撮影を控訴人が許可した事実については、控訴人が否定しており、ほかにかかる事実を認めるに足りる的確な証拠はない。 上記記事の中でギャラリーの経営者としての控訴人のコメントが紹介されていることからすると、控訴人は、共同通信の取材に応じ、本件展示会を開催する意義等について述べたものと認められるが、他方で、控訴人は、本件展示会の主催者ないし共催者ではなく、本件展示会における写真撮影の許可・不許可を決すべき立場になかったことからすると、上記記事から認定できるのは、飽くまで控訴人が、ギャラリーの経営者としての立場から取材に応じたという事実に止まり、それ以上に、控訴人が写真撮影を許可した事実まで、かかる記事の存在から認めることはできないというべきである。 したがって、仮に、上記の写り込みについて被控訴人が有する絵画の複製権侵害が成立する余地があるとしても、写真撮影を許可したとの理由により控訴人がその責任(幇助者としての責任を含む。)を負うことはないというべきである。 (2) ウェブサイト上における絵画の写真や被控訴人の氏名の表示について 前記のとおり、控訴人は本件展示会の主催者ないし共催者ではなかったのであるから、本件展示会の来訪者に対し、写真撮影を禁止したり、撮影した写真や被控訴人の氏名を含む本件展示会の内容をウェブサイト上に掲載することを禁止するなどの具体的措置を講じる義務が控訴人にあったとはいえない。したがって、控訴人にかかる義務があったことを前提とする不法行為の主張(幇助を含む。)は、その余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。 他方、控訴人が自ら甲37ウェブサイトに本件展示会の出品者、すなわち獄中者としての被控訴人の氏名の表示を含む本件展示会の宣伝を投稿した点は、被控訴人のプライバシー侵害に当たり、控訴人は少なくともこの点について過失による不法行為責任を免れない。ある者が服役中であるという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であり、その者は当該事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきであるから、受刑者であることを実名をもって表示するに当たっては、あらかじめ本人(被控訴人)の承諾があるか否かを慎重に確認する必要があり、これを怠った以上は過失があったことを否定できないというべきである。」 (6) 原判決23頁1行目の「不法行為B’」を「不法行為B」に改める。 2 付加判断 控訴理由に鑑み、必要な限度で判断を加える。 (1) 不法行為A(送信可能化権侵害)について 控訴人は、救援センターを「人権の砦」として信頼しており、かかる救援センターが出品予定者の承諾を得ないまま本件パンフレットに絵画を掲載するなどという違法な事態は全く想定していなかったし、救援センターが被控訴人の承諾を得ないまま本件パンフレットに出品作を掲載し、更には同承諾を得ないまま本件パンフレットの本件ウェブサイトへの掲載等を依頼したとは全く考えてもみなかったのであるから、本件展示会の主催者である救援センターの依頼を受けて会場を無償で提供し、それに付随して本件パンフレットの本件ウェブサイトへの掲載等の依頼を受けたにすぎない控訴人には、改めて出品者である被控訴人に対して承諾の意思を確認する義務はなく、救援センターに対して被控訴人を始めとする出品者の意思を確認する義務もなかったというべきである、などと主張する。 しかしながら、救援センターがいかに公権力の弾圧に対する救援活動を行ってきた実績があり、控訴人にとって信頼に足る団体であったとしても、そのことと、同団体が著作権を始めとする知的財産権関係の法令遵守についても明るいか否かは別問題であって、依頼を受けたとはいえ、最終的に自らの判断で他人の著作物である絵画が掲載された本件パンフレットの画像をウェブサイトにアップロードする以上、控訴人としては、救援センターを通じるなどして著作権者(被控訴人)の許諾が得られているかどうかを自ら確認し、その確認が取れなければアップロード自体を差し控えるなどの適切な対応を採るべきであったことは当然である。したがって、これを怠った以上、控訴人は過失責任を免れない。 よって、不法行為Aに関する控訴人の主張は失当である。 (2) 不法行為B(プライバシー侵害)について 控訴人は、本件展示会の主催者が救援センターであって控訴人ではないこと、本件展示会の出品者と救援センターとの関係、控訴人の本件展示会への関与の経緯等からして、(受刑者であるとの情報を実名でインターネット上に公表することにつき)被控訴人本人の承諾の有無に関して救援センター等に確認していなかったとしても、控訴人に過失がないことは明らかである、などと主張する。 しかしながら、前記のとおり、ある者が服役中であるという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であり、その者は当該事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきであるから、自らの判断で受刑者であることを実名をもって表示する(そのような投稿を行う)以上、本人である被控訴人の承諾があるか否かを確認する義務があることは当然である。したがって、これを怠った以上、控訴人は過失責任を免れない(この点に関し、控訴人が主張する上記の事情は、何ら責任の有無を左右するものではない。)。 よって、不法行為Bに関する控訴人の主張も失当である。 第4 結論 以上の次第であるから、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 寺田利彦 |
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