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【事件名】「高円寺ラブサイン」CD事件
【年月日】平成29年5月24日
 東京地裁 平成28年(ワ)第9780号 著作権確認等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成29年3月22日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 石塚健一郎
被告 セントラルレコード株式会社
同訴訟代理人弁護士 深山徹
同 小林貞五


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1 請求
1 主位的請求
 被告は、原告に対し、別紙作品目録記載1(1)ないし2(2)の各作品について、原告が著作権(著作権法上の著作者としての複製権、演奏権、公衆送信権等、譲渡権、貸与権、編曲権及び二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)を有することを確認する。
2 予備的請求1
 被告は、原告に対し、580万9650円及びこれに対する平成28年4月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 予備的請求2
 被告は、原告に対し、580万9650円及びこれに対する平成28年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、別紙作品目録記載1(1)ないし2(2)の各作品(作品名及び作詞者により特定される歌詞並びに作品名及び作曲者により特定される曲。以下、個別には同目録の番号に応じて「本件作品1(1)」などといい、本件作品1(1)及び同(2)を併せて「本件作品1」、本件作品2(1)及び同(2)を併せて「本件作品2」という。また、本件作品1及び同2を併せて「本件各作品」という。)について、本件各作品の実演を収録したCDの制作を被告に依頼した原告が、原被告間には、被告が原告に対して本件各作品の著作権(著作権法上の著作者としての複製権、演奏権、公衆送信権等、譲渡権、貸与権、編曲権及び二次的著作物の利用に関する原著作者の権利。以下、これらを併せて「本件著作権」という。)を帰属させる旨の合意が成立していたと主張して、被告に対し、次の請求をする事案である。
(1) 主位的請求として、原告が本件著作権を有することの確認を求めた。
(2) 予備的請求1として、被告の責めに帰すべき事由により、本件著作権を原告に帰属させる債務が履行不能になったと主張して、債務不履行による損害賠償金580万9650円及びこれに対する請求後の日である平成28年4月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
(3) 予備的請求2として、@被告が、本件著作権を取得することができると原告に誤信させてCDの制作に関する契約を締結したことが詐欺の不法行為に当たる、A被告が、原告に対して、著作権信託契約の仕組みを説明することなく、一般社団法人日本音楽著作権協会(以下「JASRAC」という。)への申請費用を支払わせたことは、信義則上の説明義務に違反する不法行為に当たる、B被告が、本件各作品についてJASRACに作品届を提出し、この事実を原告に秘していたことは、原告に対する不法行為に当たる、と主張して、不法行為による損害賠償金580万9650円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年4月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
2 前提事実等(当事者間に争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等)
(1) 当事者
 原告は、平成24年頃、東京都杉並区内で「姉妹」という名称のカラオケクラブを営んでいた者である(甲1、15)。
 被告は、音楽著作物の利用の開発、DVD、CDなどの原盤の企画・製作、作詞、作曲及び編曲の仲介及び斡旋業務、各種イベントの企画、販売、各付帯業務等を目的とする株式会社である。
(2) 本件各作品
 本件各作品は、いずれもB(以下「B」という。)が作詞・作曲したものである。
(3) 被告による見積書の交付と原告による金員の支払
 原告は、平成24年4月27日、被告に対し、157万9500円を支払った。上記金額は、被告が同日に先立って原告に交付した平成23年5月18日付け見積書(以下「本件見積書」という。被告が本件見積書をいつ原告に交付したかについては、当事者間に争いがある。)に記載された金額である。
 本件見積書には、157万9500円の内訳として、次の記載がある。
品名 数量 単価 金額 備考
CD制作(2曲)        
制作費(スリムケース,ジャケト2ツ折れ,帯,盤面は4色,
歌詞カードA4 表・裏1色,バーコード付き
1000枚 550 550,000  
B先生 作詞・作曲・編曲 2曲 400,000 800,000 特価
録音スタジオ(2曲),B先生他立会マスタリング迄 4時間   140,000 中野VOX
JASURAC申請(1枚1,200の販売価格の予定) 1式   90,000  
USEN・キャン・ラッツパック(全国販売)手続き 1式   90,000  
写真撮影プロスタジオ(スタジオKUMU)二人の場合 1回   100,000 予約必要
当社ホームペイジ掲載初回金 1回   20,000  
消費税 5%   89,500  
特別値引き 1式   -300,000  
合計     1,579,500  
 原告は、その後も、被告に対し、平成24年5月16日に「6/20A&F新曲発表会記念島ゆたかSHOWの代金」として21万円を、同年7月25日に「UGA・JOY通信カラオケ入曲 2曲 代金」として31万5000円を、同年10月25日に「CD再版制作(A&F)JASRAC申請含む3000枚の代金」及び「よみうりホールチケット代金」として合計117万7000円を、それぞれ支払った。
 なお、上記のとおり、被告が平成24年4月27日及び同年10月25日に受領した金員のうちには、見積書中に「JASRAC申請」のための費用と記載されたものがあったが、被告は、原告に対し、著作権信託契約の仕組みを説明しなかった。
(以上につき、甲3ないし11、乙24)
(4) CDの制作と販売
 被告は、平成24年4月頃、本件作品1(2)及び同2(2)をCが編曲した音源に合わせて、本件作品1を原告及びF(以下「F」という。)が、本件作品2をFが、それぞれ歌唱して実演した音源並びにこれらから歌唱部分の音源を除いたカラオケ音源を併せて収録し、さらに、本件各作品についてJASRACから録音利用許諾及び出版利用許諾を取得して各許諾番号を取得し、これをCDのジャケットに印刷した音楽CD(以下「本件CD」という。)を1000枚制作して、同年6月20日に販売を開始した。また、被告は、同年10月頃、本件CDを更に3000枚制作した。
(以上につき、甲2、乙6、7)
(5) 著作権譲渡契約の締結
 被告とBは、平成24年9月16日付け著作権契約書により、Bが、本件各作品の著作権(同契約書では、「複製権(出版権、録音権、映画録音権等)、上演権、演奏権、上映権、公衆送信権、伝達権、口述権、譲渡権、貸与権、著作権法第27条及び第28条に規定する権利、その他有形的複製あるいは無形的複製のいずれかにかかわらず、現在及び将来において甲(判決注:Bを指す。)が有する一切の支分権及び著作権に基づき発生するいかなる権利をも含むものとします。」とされている。)を被告に譲渡し(契約期間の始期は、平成24年6月20日とされた。)、被告は、本件各作品の著作権のうち演奏権等、録音権等、貸与権及び出版権等について、JASRACに管理を委託する旨を約した。
 被告は、同年9月24日、JASRACに対し、本件CDに収録された本件各作品につき、「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にBを、「公表時編曲」欄にCを、音楽出版社欄に被告をそれぞれ記載した「作品届(音楽出版者用)」(以下併せて「本件作品届」という。)を提出した。
(以上につき、甲12ないし14)
3 争点
(1) 被告は、原告との間で、本件CDの制作を内容とする契約(以下「本件CD制作契約」という。)を締結するに際して、本件著作権を原告に取得させる旨を約したか(争点1)
(2) 被告が本件著作権を原告に取得させる義務は、被告の責めに帰すべき事由により履行不能となったか(争点2)
(3) 被告が、原告に本件著作権を取得できると誤信させた上で本件CD制作契約を締結したことが、原告に対する不法行為に当たるか(争点3)
(4) 被告が、著作権信託契約の仕組みを説明しなかったことが、原告に対する不法行為に当たるか(争点4)
(5) 被告が、JASRACに本件作品届を提出し、この事実を原告に秘していたことが、原告に対する不法行為に当たるか(争点5)
(6) 原告が受けた損害の額(争点6)
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(被告は、原告との間で、本件CD制作契約を締結するに際して、本件著作権を原告に取得させる旨を約したか)について
【原告の主張】
 原告は、平成23年頃、D音楽事務所のD(以下「D」という。)から、原告が経営する「姉妹」の宣伝用CDの制作を勧められた。Dによれば、2曲を収録したCDの制作費用は30万円であり、加えて登録料6万円を払えば、原告が同作品について著作権を取得することができるということであった。もっとも、原告は、Dが提供してきた2曲が好みではなかったので、その旨を被告代表者のE(以下「E」という。)に相談したところ、Eは、レコード会社である被告であれば同様に宣伝用CDを制作することができる、既に作曲等を終えたためにDに支払うべき費用である30万円は、被告によるCD制作費用から値引きするなどと述べた。
 Eは、平成24年4月頃、原告に対して本件見積書を示し、これに記載された金額を支払うことにより、Dとの話と同様に、CDに収録する作品の著作権を原告が取得することができると説明し、「全部、100パーセント、ママのものです。」と述べた。本件見積書には「JASURAC申請 1式 9万円」との記載があり、また、本件CDを再版した際の平成24年10月10日付け見積書(甲10)にも「ジャスラック申請含む」との記載があるが、これは、原告に本件各作品の著作権が帰属する旨の登録をJASRACにすることを内容とする費用と解される。原告は、Eの説明を受けて、同年4月27日、被告に対し、本件見積書に記載されていた157万9500円を全額支払った。
 以上の経緯からすれば、原被告間には、平成24年4月27日、本件CDの制作を内容とする本件CD制作契約が成立したというべきであり、さらに、同契約には、被告が、その責任において、本件著作権を原告に取得させる義務を負う旨の約定が含まれていたというべきである。
【被告の主張】
 原告の主張は否認する。
 Eは、原告に対し、原告が本件著作権を取得できるとか、「全部、100パーセント、ママのものです。」などとは述べていない。本件各作品は、いずれもBが作詞・作曲したものであるから、著作者であるBが本件著作権を有するのであって、本件作品1を実演したにすぎない原告が本件各作品の全ての著作権を取得するような契約を締結することはあり得ない。
 本件見積書等にJASRAC申請費用とあるのは、本件各作品がJASRAC管理曲であったことから、録音及び出版の許諾を受けるために要する費用であって、原告を著作者として登録するための費用ではない。
 以上のことからして、被告が、本件著作権を原告に取得させる義務を負うということはない。
(2) 争点2(被告が本件著作権を原告に取得させる義務は、被告の責めに帰すべき事由により履行不能となったか)について
【原告の主張】
 前記(1)【原告の主張】において主張したとおり、被告は、本件CD制作契約の内容として、原告に対し、本件著作権を原告に帰属させるべき義務を負っていたところ、前記前提事実(5)のとおり、被告は、平成24年9月16日付けで、Bから本件各作品の著作権の譲渡を受け、本件各作品の著作権のうち演奏権等、録音権等、貸与権及び出版権等について、JASRACに管理を委託する旨の著作権契約書を締結した。
 これにより、被告が、本件著作権を原告に帰属させることは社会通念上不可能となった。したがって、被告の上記債務は、被告の責めに帰すべき事由により履行不能になったというべきである。
【被告の主張】
 被告が、Bとの間で、平成24年9月16日付け著作権契約書を締結したことは認めるが、原告の主張は争う。前記(1)【被告の主張】において主張したとおり、そもそも、被告は、原告に対して、本件著作権を取得させる義務を負っていない。
(3) 争点3(被告が、原告に本件著作権を取得できると誤信させた上で本件CD制作契約を締結したことが、原告に対する不法行為に当たるか)について
【原告の主張】
 仮に、被告が本件著作権を原告に取得させることができないとすれば、被告は、これを知りながら、原告に対し、「全部、100パーセント、ママのものです。」などと発言し、本件著作権を取得できる旨述べて、原告をその旨誤信させた上、原告からCD制作等の対価名目で合計328万1500円の支払を受けたのであるから、原告に対する詐欺の不法行為が成立するものである。
【被告の主張】
 原告の主張は否認し、争う。
 Eが、原告に対し、原告が本件著作権を取得できるとか、「全部、100パーセント、ママのものです。」などと述べた事実はない。
(4) 争点4(被告が、著作権信託契約の仕組みを説明しなかったことが、原告に対する不法行為に当たるか)について
【原告の主張】
 被告は、原告から「JASRAC申請」費用等を含む対価を取得して本件CD制作契約を締結するに際し、著作権信託契約の仕組みについて説明しなかった。
 被告が、音楽著作物の利用の開発、DVD、CDなどの原盤の企画・製作、作詞、作曲及び編曲の仲介及び斡旋業務等を業とする株式会社であり、他方で、原告は、JASRACという名前を聞いたことがある程度で、著作権信託契約の仕組みなど全く知らなかったことからすれば、被告が、著作権信託契約の仕組みについて原告に説明しなかったことは、原告に対する説明義務違反の不法行為を構成するというべきである。
【被告の主張】
 本件各作品は、プロの作詞作曲家でありJASRACと著作権信託契約を締結しているBが作詞し、作曲したものであるから、これらを実演した音源を収録したCDを制作し、販売するには、JASRACに対して録音利用許諾及び出版利用許諾の各申請をしなくてはならない。そして、その費用は、CD制作を依頼する者が負担するのが合理的であり、レコード業界において一般的なことである。
 このため、被告は、本件見積書に、JASRAC申請費用として9万円を要する旨を記載して原告に提示したものである(なお、本件CDを再版する際にも、「ジャスラック申請含む」との記載のある見積書を提示している。)。原告は、このJASRAC申請費用のほか、本件CDを制作するのに必要な他の費用が具体的に記載された本件見積書を確認した上で、本件見積書に記載された金額を支払ったが、被告に対し、JASRAC申請費用について説明を求めなかった。なお、原告は、事業用建物を所有して収益を上げているほか、カラオケクラブを経営する実業家であり、無知で無理解であるなどということもない。かかる状況において、被告がすすんで著作権信託契約の仕組みやJASRAC申請費用が必要となる理由等を詳細に説明すべき法的義務は生じないというべきである。
 したがって、被告に説明義務違反の不法行為は成立しない。
(5) 争点5(被告が、JASRACに本件作品届を提出し、この事実を原告に秘していたことが、原告に対する不法行為に当たるか)について
【原告の主張】
 本件CDは、原告が経営する「姉妹」の宣伝のために制作されるものであるから、本件各作品の著作権の管理をJASRACに委託する必要はないというべきである。そうであるのに、被告は、原告が著作権を有しない旨の本件作品届をJASRACに提出し、平成26年9月に至るまで、原告にその事実を伝えなかった。
 被告の上記行為は、原告に対する不法行為を構成するというべきである。
【被告の主張】
 B及び被告は、いずれもJASRACとの間で著作権信託契約を締結している。そして、本件各作品の著作者はBであり、被告は、本件各作品を実演した音源を収録した本件CDのレコード製作者(著作権法2条1項6号、89条2項)であるから、所定の様式に従ってJASRACに本件作品届を提出したものである。
 これらの事実を被告が殊更に原告に秘匿していたということはなく、被告に不法行為が成立するということはない。
(6) 争点6(原告が受けた損害の額)について
【原告の主張】
ア 原告が被告に対して支払った費用の総額(328万1500円)
 原告は、本件著作権を取得できることを前提に、被告に対して、合計328万1500円の費用を支払ったのであるから、本件著作権を取得できないのであれば、これらの費用の支払は全て意味がないものである。したがって、被告の債務不履行又は不法行為により、原告は、上記のとおり支払った費用の総額に相当する328万1500円の損害を受けたというべきである。
イ 慰謝料(200万円)
 原告は、被告の債務不履行又は不法行為により精神的苦痛を受け、「姉妹」の営業を休止せざるを得ない状況にまで陥った。原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、慰謝料200万円の支払を受ける必要がある。
ウ 弁護士費用(52万8150円)
 原告は、被告の債務不履行又は不法行為により受けた損害を回復するため、原告訴訟代理人弁護士に委任する必要があった。被告の債務不履行又は不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として、52万8150円が認められるべきである。
【被告の主張】
 原告の主張は否認し、又は争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
(1) 前記前提事実、各項目末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成20年頃から「姉妹」を開店して経営するほか、複数の不動産を所有し、これを賃貸する業を営むなどしている。
(甲1、15、16、原告本人)
イ 原告は、Dから勧誘を受けて、「姉妹」でマスターをしていたFとのデュエット曲とソロ曲とを収録したCDを制作することとし、これを受けて、Dは、作曲家に依頼して「恋する高円寺」及び「街角」と題する曲を制作させた上、これに自ら歌詞を付けて第三者に編曲させ、原告に提示した。
 他方、被告も、原告に対してCDの制作を勧誘していたところ、被告が紹介できる作曲家としてBがおり、FがBのファンであったことなどから、原告は、Dからの申出を断り、被告にCD制作を依頼しようと考えた。
 これに対し、Dは、既に作曲家から曲の提供を受け、また編曲もしていたことから、原告に対して2曲分の作曲・編曲料として30万円を支払って欲しい旨を述べた。原告がEに相談したところ、Eは、Dに支払うべき30万円については、被告がCD制作費用から値引きすることができるとして、この値引きが反映された平成23年5月18日付け見積書(本件見積書)を作成して、同日頃、これを原告に交付した。
(以上につき、甲4、17ないし19の1、21、22、被告代表者)
ウ 原告は、平成24年2月1日、Dに30万円を支払い、Dとの間でのCD制作の話を正式に断った。
 そして、原告は、被告との間でCD制作を進めることとし、Fと共に、同年3月22日にBから歌唱レッスンを受け、同年4月26日にレコーディング(本件各作品の実演)を実施し、同年5月10日にCDジャケットの撮影を行った。
 原告は、上記のとおり制作が進んでいく同年4月27日、被告に対し、本件見積書に記載された金額である157万9500円を支払った。また、被告は、同月25日、本件各作品についてJASRACに録音利用許諾及び出版利用許諾の各申請を行い、その後各許諾番号を取得し、許諾料合計7万0320円を支払った。
 本件各作品の実演及びこれらから歌唱部分の音源を抜いたカラオケ音源を収録した本件CDは、1000枚制作され、同年6月20日に一般発売された。原告は、ブログを利用して本件CDの発売を告知したほか、「姉妹」の店舗にて新曲発売記念パーティを実施した。
 被告は、前記前提事実(第2、2(5))のとおり、同年9月16日、本件CDについてBとの間で著作権譲渡契約を締結し、本件CDの音楽出版者として、同月24日、JASRACに対して本件作品届を提出した。
(以上につき、甲2ないし6、12ないし14、19の1、乙6、7、12、15、16、原告本人、被告代表者)
エ 原告は、平成24年9月から10月にかけて、被告との間で本件CDの追加制作について協議を行い、原告からは1万枚を制作したいとの申出があったが、Eの助言等により最終的に3000枚を追加制作することとし、原告はその費用として被告に86万1000円を支払った。なお、被告は、この際、「ジャスラック申請含む」と明記した見積書を原告に提示し、本件CDの制作後、JASRACに対して録音利用許諾料20万5287円を支払った。
(甲9、10、乙9、10、18、19)
オ 原告は、その後Fと連絡がとれなくなったところ、Fが本件作品2を実演した音源(本件CDに収録されたものとは異なるもの)を収録したCDを原告に断りなく販売していたことが判明した。このため、原告は、JASRACや被告に確認したところ、本件各作品の著作権者がBとされていること、被告が本件CDについて本件作品届をJASRACに提出していたことなどが分かった。
(甲15、乙22、原告本人、被告代表者)
(2) なお、上記認定事実について、事実認定の理由を次に補足説明する。
ア 原告は、被告が原告に対して本件見積書を原告に交付した時期は平成24年4月頃であり、同月27日に原告が被告に対して157万9500円を支払う前であったと主張する(例えば、原告第1準備書面1頁等)。
 しかしながら、他方で、原告は、本人尋問において、本件見積書の交付を受けたのは平成24年4月27日に157万9500円を支払った後であると供述し(速記録4頁、21頁等)、主張と供述が符合しない。また、原告は、本人尋問において、被告代表者からは本件見積書の交付を受けないまま、口頭で157万9500円を送金するよう指示されたとも供述するが(速記録21頁、26頁等)、原告は、被告に対する他の送金については、その金額の根拠となる請求書や手書きのメモまで、事前に被告から交付を受けた書面を全て証拠として提出するなど手元に残しているのであって(甲3ないし11)、こと157万500円に限ってのみ、口頭で金額のみを告げられてこれを被告に送金したとは考えにくい。
 一方、本件見積書には「平成23年5月18日」と日付が明記され、被告が原告に交付した他の請求書類も概ね日付と交付日とが一致するものとうかがわれること(甲5ないし11)、被告代表者は、その尋問において、本件見積書を原告に対して平成23年5月18日頃交付したと供述しており(速記録1頁ないし2頁)、同供述の信用性に疑いを差し挟むべき事情もうかがわれないことからして、前記(1)イのとおり、被告が原告に対して本件見積書を交付したのは、平成23年5月18日頃であったと認定するのが相当である。
イ 原告は、Eが、平成24年4月頃、原告に対し、「全部、100パーセント、ママのものです。」と述べたと主張し(例えば、訴状4頁)、本人尋問においても同旨の供述をする(速記録4頁に「まあ、ママの100%で、JASRAC払いますと言ってたんですけど。」と、同22頁には「いや、聞いたんです。全部ママのもの、ママの100%です、聞いたんです。」とある。)。
 しかしながら、他方で、原告は、本人尋問において、「全てAのものです」などと述べたのはDであると供述したり(速記録2頁、22頁)、Eが「全部ママ、ママ100%ですよ」と平成26年9月に述べたと供述したり(速記録8頁)、Eの妻が「原盤権は100%ママですよ」と述べたと供述するなど(速記録9頁)、供述が一定せず、Eが具体的に述べた言葉やその状況等についてもあいまいな供述をするにとどまっていることに照らすと、原告の上記供述のみをもっては、原告の主張する上記事実を認定するには至らないというほかない。
2 争点1(被告は、原告との間で、本件CD制作契約を締結するに際して、本件著作権を原告に取得させる旨を約したか)について
 原告は、Eが、平成24年4月頃、原告に対し、本件見積書に記載されている金額を支払うことにより、Dが従前原告と約束していたように、CDに収録する作品の著作権を原告が取得することができると説明し、「全部、100パーセント、ママのものです。」と述べたこと、本件見積書には「JASURAC申請 1式 9万円」との記載があることなどからして、原告と被告との間には、同月27日、本件CD制作契約が成立し、同契約には、被告が、その責任において、本件著作権を原告に取得させる義務を負う旨の約定が含まれていたなどと主張する。
 しかしながら、前記1(2)イにおいて説示したとおり、Eが原告に対して「全部、100パーセント、ママのものです。」と述べたとの事実は認められないほか、Dが原告に交付したとされるメモ(甲17)にも、原告がCDに収録される作品の著作権を取得する旨の記載は一切なく、原告とDとの間にも原告に著作権を取得させる旨の合意があったとは認められない。また、被告が原告に交付した本件見積書には、前記前提事実(第2、2(3))のとおり、費目が具体的に記載されているが、本件CDに収録される作品の著作権を原告が取得することを示す費目は何ら記載されていない。
 以上によれば、原告と被告との間で締結された本件CD制作契約に際して、被告が、本件著作権を原告に取得させる旨を約したと認めることはできない。
 原告は、本件見積書に記載された「JASURAC申請 1式 9万円」との記載は、原告に本件各作品の著作権が帰属する旨の登録をJASRACにすることを内容とする費用と解されるなどと主張するが、前記認定事実(1(1)ウ)に照らせば、「JASURAC申請 1式 9万円」との記載は、被告が本件CDを制作するに際してした録音利用許諾及び出版利用許諾の各申請に係る費用及び許諾料を指すものと認めるのが合理的であるから、原告の主張は採用することができない。
 したがって、原告と被告との間に本件著作権を原告に取得させる旨の合意があったことを前提とする原告の主位的請求及び予備的請求1は、その余の争点(争点2及び争点6)について検討するまでもなく、理由がない。
3 争点3(被告が、原告に本件著作権を取得できると誤信させた上で本件CD制作契約を締結したことが、原告に対する不法行為に当たるか)について
 原告は、被告が、原告が本件著作権を取得することができないことを知りながら「全部、100パーセント、ママのものです。」などと発言し、本件著作権を取得できる旨述べて、原告をその旨誤信させた上、原告からCD制作等の対価名目で合計328万1500円を支払わせたことが、原告に対する詐欺の不法行為を構成するなどと主張する。
 しかしながら、Eが原告に対して「全部、100パーセント、ママのものです。」と述べたとの事実が認められないことは既に説示したとおりであるし、本件見積書には、本件CDに収録される作品の著作権を原告が取得することを示すような記載がないことからすれば、Eの言動は、客観的にみて原告をして本件著作権を取得できる旨誤信させるような行為とは認め難いから、これを違法性ある欺罔行為ということは困難というほかない。
 したがって、被告について詐欺の不法行為が成立するとする原告の主張は理由がない。
4 争点4(被告が、著作権信託契約の仕組みを説明しなかったことが、原告に対する不法行為に当たるか)について
 原告は、被告が本件CD制作契約を締結するに際し、原告に対して著作権信託契約の仕組みを説明しなかったことが、原告に対する不法行為を構成すると主張する。
 しかしながら、前記2において認定説示したとおり、本件見積書に「JASURAC申請
 1式 9万円」とあるのは、被告が本件CDを制作するに際してした録音利用許諾及び出版利用許諾の各申請に係る費用及び許諾料を指すものと解されるところ、これらの費用等は第三者に作曲を依頼し、同第三者がJASRACとの間で著作権信託契約を締結している場合には不可避的に必要となる経費であるから、CD制作を依頼する者がこれらの費用等を負担することにも一定の合理性が認められるというべきである。
 そして、前記前提事実(第2、2(3))及び認定事実(1(1))のとおり、被告は、「JASURAC申請 1式 9万円」との記載のほか、本件CDを制作するのに要する費用を列挙した本件見積書を原告に交付し、原告はその後本件見積書に記載されたとおりの金額を被告に支払っていること、原告は、本件CDの一般発売後も本件CDを追加制作することについて被告と協議し、「ジャスラック申請含む」と明記した見積書の提示を受けた上で最終的に枚数を決めて被告に制作を依頼していること、原告は、「姉妹」を経営するほか、複数の不動産を賃貸する業を営むなどしており、契約の締結や金銭の支払に関する一般的な理解力等に乏しいとも認められないことなどの事情を総合すると、被告が著作権信託契約の仕組みを説明したか否かによって、原告が本件CD制作契約やこれに引き続く本件CDの追加制作に関する契約を締結するか否かが左右されたものとは認め難いというほかない。
 したがって、被告が著作権信託契約の仕組みを説明しなかったことにつき不法行為が成立する旨の原告の主張は理由がない。
5 争点5(被告が、JASRACに本件作品届を提出し、この事実を原告に秘していたことが、原告に対する不法行為に当たるか)について
 原告は、被告がJASRACに本件作品届を提出し、この事実を平成26年9月まで原告に秘していたことが、原告に対する不法行為を構成する旨主張する。
 しかしながら、そもそも被告が本件作品届を提出していたことを殊更原告に秘していたものとは認め難いし、仮に、そのような事実が認められるとしても、本件作品届を提出したことやこれを秘していたことにより、原告のいかなる権利又は法律上の利益が侵害されたというのか判然としないというほかない。
 したがって、被告が本件作品届を提出し、この事実を原告に秘していたことにつき不法行為が成立する旨の原告の主張は理由がない。
6 結論
 以上によれば、その余の争点につき検討するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 嶋末和秀
 裁判官 天野研司
 裁判官 鈴木千帆は、転補につき、署名押印することができない。
裁判長裁判官 嶋末和秀


(別紙)作品目録

(1) 歌詞
 作品名 高円寺ラブサイン
 作詞者 B
(2) 曲
 作品名 高円寺ラブサイン
 作曲者 B

(1) 歌詞
 作品名 幸せもう一度
 作詞者 B
(2) 曲
 作品名 幸せもう一度
 作曲者 B
以上
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