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【事件名】著作権の法定相続事件(2) 【年月日】平成29年4月26日 知財高裁 平成28年(ネ)第10108号 不当利得返還等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成27年(ワ)第31705号) (口頭弁論終結日 平成29年2月20日) 判決 控訴人 一般財団法人知と文明のフォーラム 訴訟代理人弁護士 庭山正一郎 同 藤原道子 同 関根こすも 被控訴人 Y 訴訟代理人弁護士 冨田烈 同 河野佑果 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人に対し,3000万円及びこれに対する平成27年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 控訴人が,別紙著作物目録記載の著作物について,著作権を有することを確認する。 第2 事案の概要 本判決の略称は,特段の理がない限り,原判決に従う。 1 事案の要旨 (1) 本件は,設立中の法人で,「知と文明のフォーラム」と称する団体(フォーラム)からその権利義務を承継したと主張する控訴人が,亡A(亡A)の夫で,唯一の法定相続人である被控訴人に対し,以下の各請求をする事案である。 ア 控訴の趣旨第2項に係る請求 (ア) 主位的に,フォーラムが亡Aから自筆証書(本件文書)による遺言に基づく遺贈を受けたことにより同人の別紙著作物目録記載の著作物(本件各著作物)に係る著作権を含む全ての財産を取得し,これを控訴人が承継した旨を主張し,亡Aの預金その他の財産を保有する被控訴人に対し,法律上の原因なく利得しているとして,不当利得金の内金3000万円及びこれに対する平成27年12月5日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求 (イ) 予備的に,フォーラムが亡Aから同人の全ての財産の死因贈与を受け,その地位を控訴人が承継した旨を主張し,亡Aの相続人である被控訴人に対し,死因贈与契約の履行として,亡Aの預金等の内金3000万円及びこれに対する平成27年12月5日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求 イ 控訴の趣旨第3項に係る請求 控訴人は,上記ア(ア)又は(イ)のとおり本件各著作物に係る著作権を取得したとして,控訴人が当該著作権を有することの確認を求める請求 (2) 原判決は,本件文書は遺言書として完成したものとは認められないとして,自筆証書遺言としての効力を否定するとともに,亡Aとフォーラムとの間の死因贈与契約の成立も否定して,控訴人の各請求をいずれも棄却した。 そこで,控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。 2 前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記第3の2に当審における控訴人の主張を摘示するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の1及び2(原判決2頁7行目冒頭から6頁2行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決2頁21行目の「別紙「本件文書」」の前に,「原判決添付の」を加える。 (2) 原判決5頁8行目の「承知していた」の後に,次のとおり加える。 「のであるから,亡Aとフォーラムの間で,平成18年1月のフォーラム発足時において,亡Aの死亡を原因として同人の財産をフォーラムに包括して贈与する旨の死因贈与契約が締結されたことは明らかである」 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,原審と同様に,争点(1)については,本件文書は遺言書の下書きないし草案であって,完成した遺言書といえるものではないから,自筆証書遺言としての効力を有しないものと,争点(2)については,亡Aとフォーラムの間で亡Aの財産に係る死因贈与契約が成立したとは認められないものと,それぞれ判断する。その理由は,以下のとおり補正し,後記2のとおり控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第3の1及び2(原判決6頁4行目冒頭から10頁22行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決6頁9行目の「別紙「本件文書」」の前に,「原判決添付の」を加える。 (2) 原判決7頁21行目冒頭から同頁24行目末尾までを次のとおり改める。 「ウ 本件文書は,平成24年8月,亡Aと被控訴人の旧自宅の亡Aの書斎において,亡Aの著作物の整理をしていたフォーラムの関係者により,亡Aの机の上に置かれた個人的な書類の中から,封筒に入れられていない状態で発見された(甲31,36の1,38)。」 (3) 原判決8頁10行目の「また,」から同頁12行目の「いうほかない。」までを次のとおり改める。 「また,本件文書は,亡Aの書斎の机の上に置かれていた個人的な書類の中から,封筒にも入れられていない状態で発見されたものであるところ,真に遺言書であれば,専用の封筒に封入し,他の書類とは区別して,金庫や引き出し等に収容するなど,より厳重に保管するのが通常と考えられるから,本件文書の上記のような保管方法は,遺言書の保管方法としては不自然なものといえる。」 (4) 原判決8頁19行目の「完成したものある」を「完成したものである」と改める。 (5) 原判決10頁2行目の「亡Aとフォーラムとの間で」の後に,「平成18年1月のフォーラム発足時に」を加える。 (6) 原判決10頁6行目の「また,」から同頁12行目の「認められない。」までを次のとおり改める。 「また,フォーラムの発足に当たり,亡Aは,NPO法人を設立して自らの遺産を同法人に寄贈することを考え,フォーラムの会合においてもその旨の発言をしたことが認められるが,これらの事実は,亡Aが,将来設立されるNPO法人に自らの遺産を贈与する意向を有し,そのことをフォーラムの他のメンバーにも伝えていたことを示す事実とはいい得るものの,亡Aが,フォーラムが発足した平成18年1月頃の時点において,フォーラムとの間で亡Aの全ての遺産に係る死因贈与契約を締結すること(すなわち,亡Aの死亡の際にはその全ての財産をフォーラムに無償で譲り渡す旨の法的な義務を生じさせること)まで考えて,その旨の意思表示を行ったことを直ちに示す事実とはいえない。むしろ,この当時のフォーラムは,今後のNPO法人化が想定されてはいたものの,いまだ具体的な手続は進んでおらず,そもそも権利義務の帰属主体となり得るか否かも不明確な状態にあったのであるから,亡Aとしても,このような状態にあるフォーラムとの間で,上記のような法的効果を生じさせる死因贈与契約をあえて締結しようとするとは考えにくい。しかも,前記1(3)で述べたとおり,この当時の亡Aは,遺言書の下書きと考えられる本件文書に種々の加除訂正を加えるなどして,自らの遺産処理の具体的な内容についてはなお検討中であったことが認められるのであるから,そのような状況の下で,フォーラムに対し全ての遺産を死因贈与する旨の確定的な意思表示をすることは考え難いといえる。」 2 当審における控訴人の主張について 控訴人は,当審において,争点(1)及び(2)についての原判決の判断に誤りがある旨を主張するので,以下,必要な範囲で判断を示す。 (1) 争点(1)について 控訴人は,@本件文書は,ペンによる記載部分だけで遺言書として成立しており,その段階ではほぼ加除変更のない状態のものだったのであるから,れを単なる下書きと判断することはできない旨,A裏面に別の文書が印刷されたものを含む被控訴人の原稿用紙が用いられていることは,必ずしも本件文書が下書きであることを意味せず,むしろ本件文書に日付と氏名が記載され,押印までされていることは,正式な遺言書であることを示している旨,B亡Aが本件文書の作成後に複数の弁護士に相談していたのは,専ら被控訴人が死亡した場合における被控訴人の母の遺留分の取扱いについてであって,Aの遺産の処分とは直接関係のない事項であるから,このことによって,本件文書が遺言書の下書きであることが裏付けられるものではない旨を主張するので,以下検討する。 ア まず,控訴人の主張を踏まえ,本件文書をペンによる記載部分のみに着目してみても,例えば,原判決「事実及び理由」の第3の1(1)ア(エ)のとおり,フォーラムに寄付する財産から除外する不動産について,「住居として使用している物件」に限定する文言を吹き出しを用いて挿入していることが認められるところ,これからすれば,亡Aは,その場で遺言内容を考えながら本件文書を作成していることがうかがわれるのであり,このことは,本件文書が遺言書の下書きないし草案にすぎないことをうかがわせるものといえる(そもそも正式な遺言書であれば,あらかじめ準備した下書き等の文面に基づいて清書されるのが自然であり,吹き出しを用いた訂正が随所に加えられていること自体が,下書きないし草案であることをうかがわせるものといえる。)。 したがって,控訴人の上記@の主張は理由がない。 イ また,裏面に別の文書が印刷された用紙を用いている点は,当該文書が遺言書のような重要書類ではなく,メモの類にすぎないことをうかがわせる一つの事情であることは明らかである。 他方,本件文書の末尾に日付と氏名の記載及び押印があることは,正式な遺言書であるとの見方に沿う事情ともいい得る。しかし,下書きや草案であったとしても,これを作成した者が,参照したひな型等の記載に従うなどして,氏名・押印等まで再現することもあり得ないことではない。そして,本件文書中の押印が実印によるものではなく,簡易な認印によるものにすぎないことも考慮すれば,上記押印等の存在は,本件文書が正式な遺言書であることを示す有力な事情といえるようなものではない(なお,亡Aの正式な姓が「a」であり,本件文書においても「BことA」という氏名表記が用いられていることからすると,押捺すべき印は「a」印でなければならないはずなのに「b」印が用いられているのであって,使用すべき印に関するこのような無頓着さも,本件文書が正式な文書ではないことをうかがわせるといえる。)。むしろ,本件文書の体裁,記載方法,保管状況等を総合勘案すれば,本件文書が遺言書の下書きないし草案と認められるべきことは,原判決「事実及び理由」の第3の1(2)の説示のとおりであり,上記押印等の存在は,この判断を左右するほどの事情とはいえない。 したがって,控訴人の上記Aの主張も理由がない。 ウ さらに,本件文書の作成日後である平成18年1月30日にC弁護士から亡A及び被控訴人に送付されたFAX書面(乙9)をみると,同弁護士は,亡Aらに対し,亡Aらのいずれかが死亡した場合の遺産となる不動産の処理について,その持分をNPOに遺贈して他方配偶者とNPOの共有にする方法といったん他方配偶者に持分相続させてその単独所有にする方法があることなどを説明し,相続税についても念頭に入れて,最も少なくなる方法を検討する旨を述べていることが認められる。これからすると,この当時の亡Aと弁護士の間のやりとりは,被控訴人が死亡した場合における被控訴人の母の遺留分の取扱いについてのみならず,亡Aが死亡した際の遺産処理の具体的内容にも及んでいたことがうかがわれるのであり,このことは,それ以前に作成された本件文書が,その後に内容を検討することが予定された遺言書の下書きないし草案であることを裏付ける一つの事情ということができる。 したがって,控訴人の上記Bの主張も理由がない。 (2) 争点(2)について 控訴人は,本件の事実経過からすれば,亡Aの「フォーラムに遺産を引き継がせる」という意思は,フォーラム発足前から一貫して明確であったから,亡Aがフォーラムの会合でその旨の発言をしたことを認めながら,それは,フォーラムへの死因贈与の確定的な意思表示ではないと認定することは不合理である旨主張する。 しかし,本判決第3の1(6)のとおり,亡Aのフォーラムの会合での発言等から明らかといえるのは,亡Aが,将来設立されるNPO法人に自らの遺産を贈与する意向を有し,そのことをフォーラムの他のメンバーにも伝えていたという事実であり,仮に亡Aのそのような意向がフォーラム発足前から一貫して明確なものであったとしても,そのことから直ちに,亡Aの上記発言をもって,亡Aがフォーラムに全ての遺産を死因贈与する旨の確定的な意思表示をしたものと断定できることにはならない。すなわち,亡Aが,将来法人化を予定するフォーラムに自らの全ての遺産を引き継がせることを考えていたとしても,それを実現する具体的な方法や手順には種々のものが考えられ,それを行う時期についても選択の幅があり得るのであるから,フォーラムが発足した平成18年1月頃の時点においてフォーラムとの間で死因贈与契約を締結するという方法が当然に選択されるというものではない。むしろ,この時点においては,フォーラムの法人化が何ら具体化されておらず,他方,亡Aにおいても自らの遺産処理の具体的な内容についてなお検討中の状況にあったのであるから,亡Aがフォーラムに対し全ての遺産を死因贈与する旨の確定的な意思表示をすることは考え難いというべきである。 したがって,控訴人の上記主張は理由がない。 (3) 控訴人は,そのほかにも原判決の認定・判断の誤りを種々主張するが,いずれも当裁判所の前記1の判断を左右するようなものではない。 3 結論 以上によれば,控訴人の各請求はいずれも理由がなく,これらを棄却した原判決は相当である。したがって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 大西勝滋 裁判官 杉浦正樹 |
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