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【事件名】あぶらとり紙“ふるや紙”事件
【年月日】平成29年3月23日
 東京地裁 平成28年(ワ)第16088号 著作権侵害損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成29年1月31日)

判決
原告 株式会社鳳凰堂
同訴訟代理人弁護士 岡崎士朗
同 鰺坂和浩
同 寺下雄介
同 蝟{高廣
被告 株式会社箔一
同訴訟代理人弁護士 古城春実
同 堀籠佳典
同 加治梓子


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、2000万円及びこれに対する平成28年5月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、原告は別紙著作物目録記載の「ふるや紙」等の文字及び図柄からなるデザイン(以下「本件著作物」という。)の著作権者であるところ、被告が製造販売する別紙被告商品目録の記載の商品(以下「被告商品」という。)のデザイン(同目録「表」欄記載のもの。以下「被告デザイン」という。)は本件著作物に依拠して作成されたものであり、原告の著作権(複製権)の侵害に当たると主張して、民法709条、著作権法114条2項に基づき損害賠償金の一部2000万円及びこれに対する不法行為の日の後(訴状送達の日の翌日)である平成28年5月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は、昭和58年5月24日に設立された健康食品等の製造及び販売をする株式会社であり、(所在地は省略)で土産物店を経営している。Aは原告の代表取締役、Bはその知人である。
イ 被告は、(所在地は省略)において昭和52年9月28日に設立された箔加工品、美術工芸品等の製造及び販売をする株式会社である。(弁論の全趣旨)
(2) あぶらとり紙
ア あぶらとり紙は顔の皮脂等を取るために用いる化粧用の紙であり、金箔を打つために用いる和紙を使い古したものが従前からあぶらとり紙として用いられていた。
イ 被告(法人化前の被告元代表者による個人営業を含むことがある。以下同じ。)は、昭和51年頃、従前と異なり金箔を打たないで製造するあぶらとり紙の製法を完成させ、同年10月頃、「ふるや紙」という名称のあぶらとり紙(ただし、その表紙のデザインは「ふるや紙」の字体等が被告デザインと明らかに異なる。)の製造販売を開始した。被告が製造販売するあぶらとり紙には、上記のもの、被告デザインのもの(被告商品。その発売は遅くとも平成12年である。)及び女性の図柄の右側に被告デザインの「ふるや紙」の文字に酷似した文字を配したもの(その発売は平成3年頃である。)がある。(甲38、39、41、乙4、16)
ウ 原告(法人化前のAによる個人営業を含むことがある。以下同じ。)は、昭和51年10月頃以降、被告から「ふるや紙」という名称のあぶらとり紙を仕入れ、その店舗で販売した。原告のあぶらとり紙(本件著作物を表紙に用いたもの。以下「原告商品」という。)は平成5年5月頃〜平成6年6月頃に雑誌で紹介されるなどして広く販売されていたが、原告は、同年8月頃、商品の名称を「ゆとり紙」に改めた。原告と被告の取引は、平成10年頃までに終了した。(甲1、21、30、31)
2 争点
 被告は、本件著作物と被告デザインが同一又は類似であることを争わず、次の4点を争っている。
(1) 本件著作物の著作物性
(2) 本件著作物の著作者及び著作権者
(3) 被告デザインの本件著作物への依拠性
(4) 損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件著作物の著作物性)について
(原告の主張)
 本件著作物は、特に「紙」の文字の「氏」部の4画目が1画目の上に突き出ている点及び「糸」偏の形状、「る」の文字が小さく配置されている点、「や」の文字の3画目の先の部分をかすれさせている点などが特徴的で、全体として独創的かつ伝統的な雰囲気を醸し出している著作物であって、「ふるや紙」の文字の右上にある模様も同様であるから、これを見る一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有する。本件著作物が商業上の目的で作成されたものであることから直ちに著作物性が否定されるという被告の主張は誤りである。
(被告の主張)
 本件著作物は、あぶらとり紙を綴った商品「ふるや紙」の表紙のデザインであって、需要者の目を引くなど専ら商業上の目的のために作成されたものであり、美的鑑賞の対象とすることを意図したものでない。また、文字の配置も商品の表紙としてありふれたものである。
 したがって、本件著作物に著作物性はない。
(2) 争点(2)(本件著作物の著作者及び著作権者)について
(原告の主張)
 原告は、昭和51年2月頃、被告が開発した製法によるあぶらとり紙の製造を被告に委託するに当たり、「ふろや紙」と呼ばれていた従前のあぶらとり紙とは製法が異なることから、「ふるや紙」との名称を考案し、Bに対して商品の表紙デザインの作成を依頼した。Bはこれを受けて本件著作物を作成してその著作権をAに譲渡し、Aは原告に対し同著作権を譲渡した。原告は、Bから受領した本件著作物の原画を被告に交付して、これを表紙とするあぶらとり紙(原告商品)の製造を委託した。
 本件著作物をBが作成したことは、本件著作物の「ふるや紙」の文字がBの筆跡であって、Bが作成した他のデザインである「ふろや紙」、「ゆとり紙」及び「かほり紙」の文字と類似しており、筆跡鑑定(甲24)でもこれらが同一人の筆跡とされていること、Bは多数のデザイン経験から本件著作物を作成する能力を有していたこと、「ふるや紙」はAが命名したものであり、かつ、本件著作物は原告商品の表示であってその出所を示すものとして需要者に広く認識された原告の商標であるから、原告の依頼によって作成されるのが当然であることなどから明らかである。なお、原告は、他店が「ふるや紙」の名称を使用して混同が生じるようになったため、商品名を「ゆとり紙」に変更したが、これにも「旧ふるや紙」と記載している。
 これに対し、被告は、書家に依頼して書いてもらった色紙(乙10)に基づいて被告デザインを作成したと主張するが、その作成者に関する主張を原告の反論を受けて改めるなどしていること、上記色紙は本件に係る紛争発生後に作成された疑いがあることから、被告が主張するような事実がないことは明らかである。被告は、Aが命名した「ふるや紙」の名称を自己の商品に付し、本件著作物を盗用したすぎない。
 また、被告は、原告が著作権者であれば被告商品の販売に異議を唱えないのは不自然であると主張するが、被告商品の販売が昭和50年代ではなく平成3年〜12年頃に開始されたものであることなどから、被告商品の存在を認識していなかったのであり、被告の主張は失当である。
(被告の主張)
 被告は、昭和48年の創業以来「ふるや紙」なる名称のあぶらとり紙の製造販売をしており、当初は現在と異なるデザインの商品を販売していたが、昭和50年代の初め頃、当時の被告代表者の夫が、書家が色紙に書いた「ふるや紙」の文字を中央に、「金澤金箔」の文字及び図形を右上に、「高級手造化粧紙」の文字を左下に配した被告デザインを作成し、これを表紙とする被告商品を販売した。
 以上のとおり、被告デザインは上記書家らによるものであり、原告の著作権が及ぶことはない。このことは、「ふるや(紙)」という言葉は昔から使われており、Aが命名したものでないこと、上記色紙と被告デザインの「ふるや紙」の文字の外観がほぼ同一である一方、Bが記載した「ふるや紙」の文字(甲16、乙13の1及び2)とは筆跡が異なること、被告は原告に対して「ふるや紙」という名称のあぶらとり紙を販売していたにすぎず、原告から製造委託を受けた事実はないこと、仮に原告が著作権者であるとすれば、原告が本件著作物の原画を保有しておらず、被告商品の販売を認識しながら異議を唱えないのは不自然であることから明らかである。
(3) 争点(3)(被告デザインの本件著作物への依拠性)について
(原告の主張)
 被告デザインは本件著作物と同一であって、細部まで一致しているから、被告デザインが本件著作物に依拠して作成されたことは明らかである。
(被告の主張)
 被告デザインと本件著作物がほぼ同一であることは認めるが、被告デザインを本件著作物に依拠して作成したことは否認する。
(4) 争点(4)(損害額)について
(原告の主張)
 被告商品(50枚綴り)の価格は486円であり、年間100万冊の売上げがあって、その利益率は50%を下回らないから、被告は年間2億4300万円の利益を得ている。これにつき被告デザインが寄与している割合は5%であって、上記利益の95%につき著作権法114条2項に基づく推定が覆滅するとみられるから、同項に基づき、原告は年間1215万円、本件訴訟提起時に至るまで20年間で2億4300万円の損害を被った。
 また、原告は、弁護士費用として、1000万円の損害を被った。
 したがって、原告は、これらの一部である2000万円の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(2)(本件著作物の著作者及び著作権者)について
(1) 原告は、本件著作物はBが作成したものであり、原告はその著作権を譲り受けたと主張するが、これを裏付ける客観的な証拠はなく、専ら、@本件著作物の「ふるや紙」の文字がBの筆跡であること、すなわち、上記文字とBが書いた「ふろや紙」、「かほり紙」及び「ゆとり紙」の文字(甲2、10〜13)が類似しており、筆跡鑑定(甲24)においてこれらが同一人の筆跡とされている上、Bが上記「ふるや紙」の文字を再現できること(甲16、17、乙13の1及び2)、A「ふるや紙」という名称を考案したのがAであることをその主張の根拠とするものである。
 そこで判断するに、上記@について、上記「ふるや紙」と「ふろや紙」等の文字は一見類似するといい得るものの、本件著作物の作成者以外の者が本件著作物をまねて後者を作成したとみる余地があり、類似すること自体は本件著作物の作成者がBであることの根拠となるものでな。Bによる再現についてもこれと同様である。また、本件著作物と「かほり紙」及び「ゆとり紙」を子細に比較すると、「紙」の文字の「氏」部の2画目及び4画目の各下端のはねの形状及び方向といった点が相違しており、表現上の特徴的部分が一致するということもできない。さらに、原告の依頼による筆跡鑑定(甲24)は、毛筆等の筆記具で記載された原画ではなく、単色で印刷されたデザイン画を比較したにとどまり、筆致等は不明であること、デザインの過程で加筆修正が施され得ることを考慮すると、その鑑定結果により本件著作物の作成者を判断することは相当でない。
 また、上記Aについて、証拠(乙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、昭和40年代以前から、金の板を和紙に挟んで槌で打って延ばすという伝統的な金箔の製法に用いられる和紙につき、使用された後に箔打ちの用に供し得なくなったものが「ふるや」と呼ばれており、皮脂を取るための化粧紙に転用されていたことが認められる。そうすると、紙の一種である「ふるや」に「紙」を加えた「ふるや紙」という名称をAが新たに考案したと認めることはできない。
 このほか、原告は、前記のとおり、Bにデザインの作成能力があること、本件著作物が広く知られた原告の商標であることなどを主張するが、いずれも原告が著作権者であることの根拠となるとは解し難い。
(2) これに加え、本件においては、以下のとおり、原告が本件著作物の著作権者であることと相いれない事情があると認められる。
ア 原告は、原告商品の製造を委託するに当たりBが作成した原画を被告に交付した旨主張するが、そうであるとすれば、原告があぶらとり紙の名称を変更した時点ないし被告との取引を中止した時点で、被告に対して上記原画の返還を求め、あるいはその保管状況を問い合わせるなどの行動をとるべきものと解される。ところが、本件の証拠上、原告がそのような行動をとったことはうかがわれず、Bが作成したという原画の存在自体定かでないといわざるを得ない。
 なお、被告商品の原画に関しては、被告が「ふるや紙」の文字は書家の書いた色紙(乙10)によるものであると主張するのに対し、原告は、色紙の作成者に関する被告の主張が変遷し、作成時期も不明であるので、被告の主張は失当であるとする。被告の主張が変遷したことは原告指摘のとおりであるが、本件著作物がBの作成であると認められない以上、この点は本件の結論に影響するものでない。
イ 被告商品は遅くとも平成12年から販売され、また、被告は被告デザインに酷似する「ふるや紙」の文字を用いたあぶらとり紙を平成3年から販売していたが(前記前提事実(2)イ、原告は、平成27年12月にBが被告に対して書面を送付するまで、被告に対して本件著作権の侵害その他何らの異議を唱えていない(甲5、7、弁論の全趣旨)。この点につき、原告は被告商品の存在を認識していなかった旨主張するが、原告は(所在地は省略)で土産物店を経営する会社であり(前記前提事実(1)ア)、また、被告商品は原告の主張によれば20年間にわたり毎年100万冊が販売されていたというのであるから、その存在に気付かなかったというのは不自然と解さざるを得ない。
ウ 本件著作物を表紙デザインに用いた原告商品は雑誌で紹介されるなどして広く販売されており(前記前提事実(2)ウ)、Aは平成5年3月に本件著作物のうち左下の文字を除いた部分からなる商標の商標登録出願をしたが(甲33)、原告は、翌年8月頃、商品の名称を「ふるや紙」から「ゆとり紙」に変更した(前記前提事実(2)ウ)。この変更の理由につき、原告は、他社が「ふるや紙」という名称のあぶらとり紙を販売し、原告商品との誤認混同が生じたためである旨主張するが、原告商品が「ふるや紙」として広く知られており、Aが考案したという名称につき商標登録出願をしたというのであれば、他社に対して商品名の変更を求めることなく、自らが変更することは不合理と解される。
(3) したがって、原告の主張はいずれも失当であり、原告が本件著作物の著作権者であると認めることはできない。
2 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 萩原孝基
 裁判官 中嶋邦人

(別紙)著作物目録
(別紙)被告商品目録
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