判例全文 line
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【事件名】「性犯罪被害にあうということ」映画化事件(2)
【年月日】平成28年12月26日
 知財高裁 平成27年(ネ)第10123号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成26年(ワ)第10089号)
 (口頭弁論終結日 平成28年10月3日)

判決
控訴人(一審被告) X
訴訟代理人弁護士 内藤篤
同 村上斐子
被控訴人(一審原告) Y
訴訟代理人弁護士 望月晶子
同 柳誠一郎


主文
1 原判決主文第1項ないし第4項を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1ないし7の表現を含む別紙物件目録記載の映画を上映し、複製し、公衆送信し、送信可能化し、又は同映画の複製物を頒布してはならない。
(2) 控訴人は、別紙人格権侵害認定表現目録記載1ないし4に記載の表現を含む別紙物件目録記載の映画を上映し、公衆送信し、送信可能化し、又は同映画の複製物を頒布してはならない。
(3) 控訴人は、別紙合意に基づく差止一覧記載の赤色部分、緑色部分及び水色部分の表現を含む別紙物件目録記載の映画を上映し、複製し、公衆送信し、送信可能化し、又は同映画の複製物を頒布してはならない。
(4) 控訴人は、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1ないし7の表現を含む別紙物件目録記載の映画のマスターテープ又はマスターデータ及びこれらの複製物を廃棄せよ。
(5) 控訴人は、被控訴人に対し、55万円及びこれに対する平成26年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを10分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決は、第1項(5)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
 用語の略称及び略称の意味は、本判決で付するもののほかは、原判決に従い、原判決に「原告」とあるのは「被控訴人」と、「被告」とあるのは「控訴人」と、原判決で付された略称も含めて適宜読み替える。
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の上記取消しに係る部分の請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
 本件は、被控訴人が、控訴人に対し、(1)@控訴人の製作に係る別紙物件目録(原判決添付の別紙物件目録と同一であるから、これを引用する。)記載の映画(本件映画)は、被控訴人の執筆に係る本件各著作物の複製物又は二次的著作物(翻案物)であると主張して、本件各著作物について被控訴人が有する著作権(複製権、翻案権)及び本件各著作物の二次的著作物について被控訴人が有する著作権(複製権、上映権、公衆送信権〔自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化権を含む。〕及び頒布権)、並びに本件各著作物について被控訴人が有する著作者人格権(同一性保持権)に基づき、本件映画の上映、複製、公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布(本件映画の上映等)の差止め(著作権法112条1項)を求めるとともに、本件映画のマスターテープ又はマスターデータ及びこれらの複製物(本件映画のマスターテープ等)の廃棄(同条2項)を求め、A本件映画は、被控訴人の人格権としての名誉権又は名誉感情を侵害するとして、同人格権に基づき、本件映画の上映等の差止めを求めるとともに、本件映画のマスターテープ等の廃棄を求め、B本件映画製作の前に控訴人・被控訴人間に成立した本件各著作物不使用の合意に基づいて、本件映画の上映等の差止めを求めるとともに、本件映画のマスターテープ等の廃棄を求め、(2)著作者人格権(同一性保持権)侵害(本件各著作物を被控訴人の意に反して改変されたこと)の不法行為による損害賠償金400万円(慰謝料300万円と弁護士費用100万円の合計)及びこれに対する不法行為の後である平成26年5月8日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、(3)債務不履行(控訴人が被控訴人との本件各著作物不使用の合意に違反して本件映画を製作したこと)による損害賠償金(精神的苦痛に対する慰謝料)100万円及びこれに対する平成26年12月27日(同月26日付け訴えの変更申立書(2)の送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(なお、被控訴人は、上記(2)及び(3)の請求について、仮執行宣言を申し立てた。)。
 原審は、(1)@(a)著作権及び著作者人格権に基づく本件映画の上映等の差止請求については、原判決別紙エピソード別対比表3、4、6及び7の本件映画欄に記載の表現を含む本件映画の上映等の差止めを求める限度(ただし、著作者人格権に基づく差止請求は、本件映画の複製の差止めを求める限度)で認容し、(b)著作権及び著作者人格権に基づく本件映画のマスターテープ等の廃棄請求については、原判決別紙エピソード別対比表3、4、6及び7の本件映画欄に記載の表現を含む本件映画のマスターテープ等の廃棄を求める限度で認容し、A(a)人格権に基づく本件映画の上映等の差止請求については、原判決別紙侵害認定表現目録1及び2の@〜Bに記載の表現を含む本件映画の上映等(ただし、本件映画の複製を除く。)の差止めを求める限度で認容し、(b)人格権に基づく本件映画のマスターテープ等の廃棄請求については、これを棄却し、B(a)本件各著作物不使用の合意に基づく本件映画の上映等の差止請求については、原判決別紙確定稿対比表の赤色部分、緑色部分及び水色部分の表現を含む本件映画の上映等の差止めを求める限度で認容し、(b)本件各著作物不使用の合意に基づく本件映画のマスターテープ等の廃棄請求については、原判決別紙確定稿対比表の赤色部分、緑色部分及び水色部分の表現を含む本件映画のマスターテープ等の廃棄を求める限度で認容し、(2)著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求については、55万円(慰謝料50万円と弁護士費用5万円)及びこれに対する平成26年5月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、(3)本件各著作物不使用の合意違反の債務不履行に基づく損害賠償請求については、これを棄却した。
 原判決に対し、控訴人のみが控訴を提起した。
1 前提事実
 本件の前提事実は、原判決の「事実及び理由」欄の第2、2に記載のとおりである。
2 争点
 本件の争点は、原判決「事実及び理由」欄の第3に記載のとおりである。
3 争点に対する当事者の主張
 本件の争点に対する当事者の主張は、下記(1)のとおり原判決を補正し、下記(2)及び(3)のとおり当審における控訴人の補充主張とそれに対する被控訴人の反論を加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄の第4に記載のとおりである。
(1) 原判決の補正
 原判決「事実及び理由」欄の第4の1(5頁1行〜9頁1行)を、次のとおり改める(なお、原判決と異なる部分(ただし、細かな表現についての訂正等を除く。)については、ゴシック体(編注:太字)で表記する。)。
 「1 争点1(著作権〔翻案権・複製権〕侵害の成否)について
【被控訴人の主張】
(1) 本件各著作物の翻案権侵害について
ア 本件映画のストーリーの構成と本件各著作物の構成
 本件映画のストーリーは、@主人公の女性が性犯罪被害に遭い、Aそのことが原因で両親や恋人、夫との人間関係が壊れていくが、B実名で性犯罪被害者のためのウェブサイトを立ち上げ、テレビで性犯罪被害の実態について話したりしたことで多くの性犯罪被害者との交流が生まれる、Cしかし、両親にはついに理解されず、最後に両親に殺されてしまうというものである。この@ないしCのうちの@ないしBの構成は、本件各著作物と同じである。すなわち、起承転結のうちの「起承転」に当たる以下に掲げたエピソードまでは、本件各著作物と同じであり、本件映画の結末では、主人公が両親に殺されてしまうエピソードがあり、その点だけが異なるにすぎない。
イ 本件映画のエピソードから本件各著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できること
(ア) 言語の著作物と映画は表現形態が異なるから、映画の形式で表現しようとすれば、原作の言語の著作物と同じ体裁にはならず、原作の言語の著作物の単語の選び方、語順、改行その他の文体といったものは、映画には表れない。また、言語の著作物において、言葉で明示的に表現されている登場人物の思考や感情なども、映画では明示的に描かれないことが多い。映画では、登場人物の台詞やストーリー、プロットなどだけでなく、登場人物の行動・仕草・表情、構図、カット割り、効果音、BGMといった言語の著作物にない様々な視覚的・聴覚的要素も駆使して表現するものであるから、台詞に表れない登場人物の思考や感情なども表現されていることに留意する必要がある。
 しかし、これらのことをもって、映画とその原作であって事実を素材とする言語の著作物の共通点が、ストーリーを構成する事実それ自体にすぎないとみるべきではない。
(イ) 本件各著作物と本件映画とを比較すると、別紙エピソード別対比表4−1(以下「別紙対比表4−1」という。)のエピソード3、4、6、7の「本件映画」欄記載の本件映画の表現が、「翻案該当性」欄記載のとおり、「本件著作物1」欄記載の本件著作物1の叙述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものであるから、本件著作物1の翻案物に当たる。
 また、別紙エピソード別対比表4−2(以下「別紙対比表4−2」という。)のエピソード3、6、7の「本件映画」欄記載の本件映画の表現が、「翻案該当性」欄記載のとおり、「本件著作物2」欄記載の本件著作物2の叙述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものであるから、本件著作物2の翻案物に当たる。

 したがって、控訴人が本件映画を製作したことは、被控訴人が本件各著作物について有する翻案権の侵害に当たる。
(2) 台詞についての複製権又は翻案権の侵害について
 本件各著作物において、被控訴人などの登場人物が言ったとして書かれている「」(かぎかっこ)付きの言葉は、全て被控訴人が創作したものである。素材となっている出来事が実際に起きた際にその場にいた人がどのような言葉をどのように言ったかを、被控訴人が全て正確に覚えていたはずもなく、また、実際の場面でその場にいた人たちが本件各著作物にあるように分かりやすい言葉で淀みなく喋ったはずもない。本件各著作物の登場人物の言葉は、被控訴人が記憶を踏まえつつも、各場面における人物の心の動き、エピソードが被控訴人や本件各著作物において有する意味、前後のエピソードとの因果の流れが読者に伝わりやすいようにすることといった様々な要素を考慮して、創作したものである。
 このように、本件各著作物において登場人物が言ったとして書かれている言葉と会話には著作物性があるところ、本件映画では、別紙対比表4−1のエピソード4、6、7、別紙対比表4−2のエピソード6、7で指摘しているとおり、本件各著作物の登場人物の言葉及び会話と全く同一、又は、ほぼ同一の台詞を用いている。
 したがって、控訴人が当該台詞を含む本件映画を製作したことは、被控訴人が本件各著作物について有する複製権又は翻案権の侵害に当たる。
(3) 控訴人の主張に対する反論
ア 控訴人は、本件各著作物と本件映画の共通点はいずれも実際に起きた出来事である「事実」であり、実際に起きた出来事の中身は著作者が創作した「表現」ではないから、翻案権侵害は成立しないと主張する。
 しかし、実際に起きた出来事の中身自体は著作権で保護されないとしても、実際に起きた出来事のうちどれを作品に用いるかという選択や作品中での配列は、それ自体が著作者の「思想又は感情」の「表現」たり得る。
 本件各著作物についてみると、暴行事件の発生時やその後に現実に起きたのは、本件各著作物において描かれている事実だけではない。被控訴人は、無数の事実の中から本件各著作物のエピソードとして描く事実を取捨選択し、配列し、構成して本件各著作物の構成要素とし、本件各著作物によって読者に伝えたい著作者としての「思想又は感情」を「表現」したのであるから、その選択・配列自体が、創作性の極めて重要な要素であり、「表現」である。
 したがって、本件映画と本件各著作物との間で共通する部分は、全て事実について記載したものであるから、本件映画は本件各著作物の翻案物ではないという控訴人の主張は、理由がない。
イ 控訴人は、本件各著作物と本件映画において共通するエピソードについて、本件のような事件について記述する際に選択すべき内容として特段珍しいものではないなどとして、本件各著作物のエピソードの選択には創作性がないと主張する。
 しかし、本件各著作物のエピソードの選択が珍しいものでない、ありがちなものだからといって創作性がないという控訴人の主張には理由がない。
 本件各著作物のエピソードは、無数に存在する事実の中から被控訴人が、性犯罪とその被害者の姿を被害者本人の目線で語り、周囲の人たちの理解が被害者に必要であることを訴え、また、被害者たちにそのままでいいから一緒に生きて行こうと伝えるという本件各著作物のテーマにふさわしい素材と判断して選択し配列したものなのであり、その選択は、被控訴人の精神活動の成果の所産であり、本件各著作物の個性を形成するものであり、被控訴人の個性の表出そのものである。
 したがって、本件各著作物のエピソードの選択と配列は、被控訴人の思想感情の創作的な表現である。
【控訴人の主張】
(1) 本件各著作物の翻案権侵害について
ア 控訴人は、本件映画において、被控訴人が実際に経験した「事実」のみを題材に使用したにすぎない。
 また、本件各著作物と本件映画においてその構成が共通する部分があるとしても、本件各著作物における構成は時系列に沿ったものであって、創作性のあるものとはいえず、著作物たり得ない。
 さらに、事実であっても、その選択や配列等に創作性が認められることはあり得るが、本件各著作物において本件映画と同一性が認められる点に関しては、@選択されている事実は、事件に遭った状況、事件直後の行動、その後の日常生活の様子、男女間及び親子間の人間関係の変化等であって、本件のような事件について記載する際に選択すべき内容として特段珍しいものではなく、Aその事実の配列も、時系列に沿った、最もありふれた配列であり、これらの事実の選択や配列に創作性が認められるものではない。仮に、創作性があるとしても、当該表現は短かすぎて著作物たり得ないものである。
イ 別紙対比表4−1のエピソード3について
(ア) 被控訴人主張の本件著作物1と本件映画との類似点@〜Dは、いずれも事実であって、表現ではない。
 また、Cについては、共通するのは事実ではなく、その表現の元となるアイディアやコンセプトにすぎない。
 さらに、これらは強姦被害に遭った直後の被控訴人(主人公)と元恋人(婚約者)とのやりとりが時系列に沿って記載されたものにすぎず、その事実の選択や配列に創作性ないし特段の工夫があるものでもない。
 よって、創作性がなく、著作物ではない。
(イ) 仮に創作性が認められるとしても、原判決は、@〜Bについて事実の記載にすぎないとしているのであるから、C及びDのみではなく、@〜Bについても著作権侵害であるとして差止めを認めたのは、表現の自由に対する過度な制約である。
(ウ) 本件著作物1では、徹頭徹尾、被控訴人の視点で、事件後のショックと混乱、別れた恋人を頼ってしまったことについての恥ずかしさや申し訳なさといった感情を、特に元恋人と落ち合うまでの場面において内省的に細かく記載しながら、被控訴人と元恋人とのやりとりが描かれているのに対し、本件映画では、婚約者に寄り添った視点で、主人公から強姦被害に遭ったことを聞いた際の婚約者の衝撃が中心に描かれており、本件著作物1において主に描かれていたところの主人公の心情といったものはほとんど描かれていない。
 また、本件著作物1と本件映画とでは、被控訴人(主人公)が「ごめんなさい」と謝り続けた意味も大きく異なる。
 よって、本件著作物1と本件映画とでは、その表現の本質的特徴が全く異なるから、翻案に当たらない。
ウ 別紙対比表4−2のエピソード3について
(ア) 創作性や差止めの範囲については、本件著作物1についての前記イ(ア)及び(イ)と同様である。
(イ) 本件著作物2では、徹頭徹尾、被控訴人の視点で、特に元恋人に連絡を取るまでの状況を中心に、事件後のショックと混乱を細かく内省的に描きつつ、別れた恋人に対して謝り続けた理由についても、事後的に分析して記載しているのに対し、本件映画では、婚約者に寄り添った視点で、主人公から強姦被害に遭ったことを聞いた際の婚約者の衝撃が中心に描かれており、本件著作物2において主に描かれていたところの主人公の心情といったものはほとんど描かれていない。
 また、本件著作物2と本件映画とでは、被控訴人(主人公)が「ごめんなさい」と謝り続けた意味も大きく異なる。
 よって、本件著作物2と本件映画とでは、その表現の本質的特徴が全く異なるから、翻案に当たらない。
エ 別紙対比表4−1のエピソード4について
(ア) 被控訴人主張の本件著作物1と本件映画との類似点@及びAは、いずれも事実であって、表現ではない。
 また、仮に強姦被害に遭った女性がその翌日に出社するという会話をしたとすれば、そういった(特筆すべき)事実を選択することは、ありふれたものだといえる。
 よって、創作性がなく、著作物ではない。
(イ) 本件著作物1では、何も後ろめたいことはないのに、嘘なんかついて仕事を休めない、という被控訴人のある種潔癖な姿が描かれているのに対し、本件映画では、いつも通りの生活を送ることで全てをなかったことにしたい、という主人公の姿が描かれている。
 また、本件著作物1では、頑固に会社に行くと言い張る被控訴人に対して腹を立てる元恋人の様子(双方向の喧嘩)が描かれているのに対し、本件映画では、主人公を守ろうと決意した婚約者が主人公から拒否されるというパラドックス(一方的な拒絶)が描かれており、事件後の被控訴人(主人公)と元恋人(婚約者)との関係も異なる。
 よって、本件著作物1と本件映画とでは、その表現の本質的特徴が全く異なるから、翻案に当たらない。
オ 別紙対比表4−1のエピソード6について
(ア) 被控訴人は、本件著作物1の74頁5行目〜最終行(以下「エピソード6−1」という。)と、104頁9行目〜11行目(以下「エピソード6−2」という。)について、同一エピソードであると主張するが、これらは全く異なる場面を描いたもので、記載箇所も連続しておらず、およそ同一エピソードとは認められない。
 また、このように連続性のない別の箇所に記載されたエピソードを、被控訴人が恣意的に選択して一つのエピソードとして著作権侵害を主張できるとする根拠も明らかではない。
(イ) 被控訴人主張の本件著作物1のエピソード6−1と本件映画との類似点@〜Bは、いずれも事実であって、表現ではない。
 また、強姦事件が、その時点で被害者が交際していた異性との関係にどのような悪影響を与えるのかという点を、それを象徴的に示す事実を選択して記載することは、ありふれた選択だといえる。
 よって、創作性がなく、著作物ではない。
(ウ) 被控訴人主張の本件著作物1のエピソード6−2と本件映画との類似点は、事実であって、表現ではない。
 また、本件著作物1のエピソード6−2の記載は、余りにも短く、内容もありふれた表現である。
 よって、創作性がなく、著作物ではない。
(エ) 本件著作物1のエピソード6−1では、「事件のことを知っている人は被控訴人を護らなければならないのだ」という観念に縛られた被控訴人の言動と、それに耐え切れなくなった恋人の様子が、別れのシーンとしてではなく恋人達の衝突のシーンとして描かれているのに対し、本件映画では、そういった主人公と恋人との衝突や主人公の感情には焦点を当てず、婚約者の視点で、浮気相手に唆されて婚約者が一方的に主人公の元から去っていくという残酷な別れ(婚約者の一方的な意思に基づく別れ)が、主人公の社会からの疎外の第一段階として描かれている。
 また、「俺のことは忘れて幸せになってくれ」という言葉も、本件著作物1のエピソード6−2では、別れた後も被控訴人のことを心配し、被控訴人の幸せを願う元恋人の言葉として描かれているのに対し、本件映画では、婚約者による一方的な別れの捨て台詞として描かれている。
 よって、本件著作物1と本件映画とでは、描かれているシーンも、その表現の本質的特徴も全く異なるから、翻案に当たらない。
カ 別紙対比表4−2のエピソード6について
(ア) 被控訴人主張の本件著作物2と本件映画との類似点@及びAは、いずれも事実であって、表現ではない。
 よって、創作性がなく、著作物ではない。
(イ) 本件著作物2では、「事件のことを知っている人は被控訴人を護られなければならないのだ」という観念に縛られた被控訴人の言動と、それに耐え切れなくなった恋人との衝突、恋人に感謝しているはずであるにもかかわらず、酷い言葉を発せさせるほどに追い詰めてしまった被控訴人の当時の状況が、別れのシーンとしてではなく恋人同士の衝突のシーンとして、現在の被控訴人による謝罪の気持ちとともに描かれているのに対し、本件映画では、そういった経緯や恋人の感情には焦点を当てず、婚約者の視点で、浮気相手に唆されて婚約者が一方的に主人公の元から去っていく別れ(婚約者の一方的な意思に基づく別れ)の様子が、主人公の社会からの疎外の第一段階として描かれている。
 よって、本件著作物2と本件映画とでは、描かれているシーンも、その表現の本質的特徴も全く異なるから、翻案に当たらない。
キ 別紙対比表4−1のエピソード7について
(ア) 被控訴人は、本件著作物1の80頁7行目〜82頁6行目(以下「エピソード7−1」という。)、83頁7行目〜10行目(以下「エピソード7−2」という。)と84頁2行目〜4行目(以下「エピソード7−3」という。)について、同一エピソードであると主張するが、これらはそれぞれ異なる場面を描いたもので、記載箇所も連続しておらず、およそ同一エピソードとは認められない。
 また、このように連続性のない別の箇所に記載されたエピソードを、被控訴人が恣意的に選択して1つのエピソードとして著作権侵害を主張できるとする根拠も明らかではない。
(イ) 被控訴人主張の本件著作物1のエピソード7−1と本件映画との類似点@〜B、本件著作物1のエピソード7−2と本件映画との類似点、本件著作物1のエピソード7−3と本件映画との類似点は、いずれも事実であって、表現ではない。
 また、本来であれば一番の味方だと思われる家族から、思いがけず配慮に欠ける心ない態度をとられた場合に、そういった事実を選択して記載するということは、事実の選択としてありふれたものだといえる。
 さらに、エピソード7−2及び7−3の各記載は、いずれも、余りにも短く、ありふれた表現である。
 よって、創作性がなく、著作物ではない。
(ウ) 本件著作物1のエピソード7−1は、被控訴人が両親に事件を打ち明けた日の様子というより、むしろ事件を告白した直後の被控訴人と母親との関係についての被控訴人による分析が主に記載されているのに対し、本件映画では、そのような分析の視点は一切なく、事件を告白したその日に、一気に両親と対立する構造になる様子が、本件著作物1とは異なるスピードと激しさをもって描かれている(親に対してどなりつける主人公と、それに対し平手打ちで応酬する父親など、極めて動的な描写がなされている。)。
 また、本件著作物1のエピソード7−2及び7−3は、事件を告白してしばらく経った後も、被控訴人と両親との関係が修復されるどころか悪化した状態であることを示すエピソード(両親からの二次被害)が記載されているのに対し、本件映画では、エピソード7は、事件を告白した日の激しい対立の様子のみが描かれているのであって、場面が大きく異なる。
 さらに、本件映画では、それまでは「普通に」社会生活を送っていた(社会的弱者ではなかった)主人公が、強姦被害に遭って社会的弱者に陥ったことによって、社会的弱者ではない両親との会話が成り立たなくなり、婚約者に続き両親からも疎外されたこと(社会からの疎外第二段階)、他方で同じ社会的弱者である兄との会話が成立するようになることで、主人公の住む世界がそれまでと変わってしまったことが、フランツ・カフカの『変身』になぞらえて象徴的に描かれているが、本件著作物1には、そのような記載は一切ない。
 よって、本件著作物1と本件映画とでは、その本質的特徴は異なるから、翻案に当たらない。
ク 別紙対比表4−2のエピソード7について
(ア) 被控訴人主張の本件著作物2と本件映画との類似点@〜Bは、いずれも事実であって、表現ではない。
 また、本来であれば一番の味方だと思われる家族から、思いがけず配慮のない心ない態度をとられた場合に、そういった事実を選択して記載するということは、事実の選択としてありふれたものだといえる。
 よって、創作性がなく、著作物ではない。
(イ) 本件著作物2では、被控訴人が両親に事件を打ち明けた日の出来事というより、むしろ事件について告白した際の母親の対応とそれについてショックを受けたという被控訴人の心情が端的に記載されているのに対し、本件映画では、強姦被害を告白したその日に、主人公と両親とが一気に対立する構造になる様子が、スピードと激しさをもって描かれている(親に対してどなりつける主人公と、それに対し平手打ちで応酬する父親など、極めて動的な描写がなされている。)。
 また、本件映画では、それまでは「普通に」社会生活を送っていた(社会的弱者ではなかった)主人公が、強姦被害に遭って社会的弱者に陥ったことによって、社会的弱者ではない両親との会話が成り立たなくなり、婚約者に続き両親からも疎外されたこと(社会からの疎外第二段階)、他方で同じ社会的弱者である兄との会話が成立するようになることで、主人公の住む世界がそれまでと変わってしまったことが、フランツ・カフカの『変身』になぞらえて象徴的に描かれているが、本件著作物2には、そのような描写や視点は一切描かれていない。
 よって、本件著作物2と本件映画とでは、その本質的特徴は異なるから、翻案に当たらない。

(2) 台詞についての複製権又は翻案権侵害について
 被控訴人が共通しているという台詞はいずれも短く、また、表現内容もありふれたものであって、およそ著作物たり得ない。また、仮に、著作物性が認められるとしても、このような短い表現についての同一性又は類似性が認められる範囲は狭く、いわゆるデッドコピーのようなもの以外は認められるべきではない。さらに、各台詞が発言された状況は、本件各著作物と本件映画とではそれぞれ異なり、当該台詞により表現される内容も異なるから、これらの表現に同一性又は類似性はない。
 以上のとおり、本件映画におけるこれらの台詞と本件各著作物における台詞との間に同一性又は類似性はなく、複製又は翻案になることはない。」
(2) 当審における控訴人の補充主張
ア 人格権に基づく請求について
(ア) 本件映画の主人公が被控訴人と同定されるおそれがないこと
 本件映画の主人公と被控訴人との同定可能性は、本件映画が本件各著作物と無関係であることを示すテロップ(例えば「この映画はY氏その他の実在の人物・団体等とは一切関係なく、Y氏その他の人物・団体等の許諾を得ずに作成されたものです。この映画の主人公の言動及び主人公とその両親との関係については、すべてフィクションであり、Y氏その他実在の人物・団体等とは一切関係ありません。」といったテロップ)を入れることで可及的に防止できる。
 そして、控訴人は、本件映画と被控訴人又は本件映画と本件各著作物とが関係があると解されることは本意ではないから、そうしたテロップの記載なしに本件映画を上映等することは考えていない。
 したがって、人格権侵害の危険性は、存在しない。
 原判決は、控訴人が原審においても具体的な打消し表示を提案したにもかかわらず、これを何ら顧慮することなく、同定可能であると断定したもので、不当である。
(イ) 主人公の両親が主人公を殺害する表現は主人公の社会的評価を低下させないこと
 一般論として、家族に犯罪者がいるということが、犯罪者の家族についても「犯罪者側」の一員とみなされて、その社会的地位を低下させることがあり得るとしても、その犯罪の被害者自身が犯罪者の家族である場合には、「犯罪者側」の一員とみなされて、その社会的地位が低下するということは、およそ考え難い。
(ウ) 主人公が「おちんちん」と発言したことは主人公の社会的評価を低下させないこと
 「おちんちん」という言葉は、女性が公衆の面前で発言することは憚られる言葉ではあるが、男性器を示す言葉として一般に広く使用されている言葉であり、幼い男児がいる家庭ではそれこそ日常的に使用されている言葉であるから、「おちんちん」という言葉を発言したことが直ちに発言者の社会的地位を低下させるものではない。
 そして、主人公が「おちんちん」という言葉を発言した相手は、恋人、兄、夫であり、いずれも主人公の周囲の人間の中でも最も親しい人として描かれている人である。そのような関係性の人に対して、二人きりのときに「おちんちん」と発言することがあったとしても、主人公の社会的地位を低下させることはおよそ考え難い。
(エ) 名誉感情の侵害に基づく差止請求は認められないこと
 名誉感情の侵害は、客観的な認定が困難であり、社会的影響が大きいとはいえない主観的な評価の侵害である。表現の自由が民主主義の根幹である憲法上の権利であることに鑑みれば、そのような名誉感情の侵害のみに基づく差止請求は認められない。
(オ) 差止の対象となる範囲が不必要に広範であること
 原判決別紙侵害認定表現目録記載1については、両親が実際に主人公を殺害する「和代は、背後から玲奈の首に浴衣の帯をかけると締め上げていく」以降の差止めを認めれば足りるはずであり、それ以前の表現を差し止める必要はない。
 また、原判決別紙侵害認定表現目録記載2については、「おちんちん」の言葉についてのみ差止めを認めれば足りるはずであり、それ以外の表現を差し止める必要はない。
イ 本件各著作物不使用の合意に基づく請求について
(ア) 本件各著作物不使用の合意は成立していないこと
 控訴人は、当初は本件各著作物の翻案に該当し得る内容の映画を製作しようと考えていたが、乙4メールにより上映予定日の約3か月前に被控訴人に拒否されたことから、被控訴人をモデルとはしない映画を製作しようと考えた。著作権侵害にならない範囲で映画を製作する以上、本来、被控訴人に連絡する必要はないが、控訴人は、本件各著作物に記載されている事実や設定等については利用したいと考えており、そのためには被控訴人の許諾を得る必要があると考え、乙5メールによりAに連絡した。
 このように、乙5メールは、本件各著作物の著作権侵害になり得ない事実の部分についてまで使用しないことを合意するものではない。乙5メールには、「事実に即して『参考文献』としてクレジットすべきかとは存じますが」と記載されているが、本件各著作物の事実を一切使用しないのであれば、参考文献として本件各著作物を記載する必要はないはずである。乙5メールの「『著作権侵害』に抵触する行為は一切いたしません」との記載をも併せ考慮すると、控訴人は、本件各著作物の著作権侵害になり得ない事実の部分については参考として使用するつもりであったといえる。
 このことは、@上映予定日まで時間がないという状況で、一方的に控訴人のみが義務を負い、不必要に自らを制約するような申し出をすることは考え難いこと、A控訴人が上映直前にあえて被控訴人に連絡をしたこととも符合する。
 原判決は、被控訴人が著作権を有していない事実や設定についてまで不使用の合意を安易に認定すべきではないという前記@の点について、何ら検討をしていない。
 甲8メールの「Yさんに否定された脚本の一部を使用したことにつきまして、あらためて心よりお詫び申し上げます」との記載は、本件各著作物の事実を使用することについては既に承諾を得ているものの、結果として被控訴人が拒否した第1稿の脚本の一部を使用したことを、被控訴人の心情に配慮して謝罪したにすぎず、謝罪の対象は、被控訴人が否定した脚本の一部を使用したことであり、本件各著作物の事実を使用したことではない。
(イ) 本件各著作物不使用の合意は錯誤無効であること
 控訴人は、乙5メールの作成当時、本件各著作物に記載されている事実や設定等については利用したいと考えており、乙5メールにおける「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします」という記載が本件各著作物の事実の利用をも制限するものであると認識していれば、そのような記載はしなかったし(乙26)、一般的にも、何の見返りもなく一方的に、法令で定められている以上の義務を自らに課す内容となっていることを認識していれば、そのような記載をしないことが通常である。
 また、控訴人が上記記載を行ったのでは、@ゆうばり国際ファンタスティック映画祭の上映日まで間もなく、今から新しい映画を作ることは不可能であり、非常に動揺していたこと、A今まで長い時間をかけて話を練ってきた被控訴人から何らの説明もなく、しかも本人ではなく代理人から、ただ原作・原案としての使用を拒否する旨の通知が届いたことに驚愕したこと、Bなんとか性犯罪被害をテーマにした映画を製作し、被控訴人の事実等を利用させてもらうため、被控訴人に対しておもねる内容の記載をせざるを得なかったこと、C控訴人は法律の専門家ではなく、難解な著作権法の理解が十分ではない一般人であること、D正式な文書ではなく、簡易なやり取りである電子メールでの連絡であり、十分な吟味がなされなかったことといった事情によるものであり、控訴人に重過失はない。
 したがって、本件各著作物不使用の合意は、錯誤(民法95条)により無効である。
(ウ) 本件各著作物不使用の合意に基づく差止請求は認められないこと
 仮に、本件各著作物不使用の合意が認められたとしても、本件各著作物不使用の合意に基づき使用が禁止される場面・台詞の範囲は余りにも不明確であるし、原審が差止めを認めた本件著作物1と同一趣旨の場面・台詞の使用についても、これを禁止することは乙5メール及び乙6メールに明示されていない。
 通常、差止請求が認められるのは、法令上規定がある場合、判例上認められている場合、あるいは明確に合意がある場合に限られている。合意自体に争いがある場合や、差止めの対象となる範囲が合意内容からは明らかでないような場合は、特に差止めの対象が表現物であるときには、差止めは認められるべきではない。合意の範囲の認定という名目で、何らの明確な基準もなく、裁判所による事前抑制が行われてしまうからである。
 上記のとおり、本件各著作物不使用の合意の内容が表現物を差し止めるほどに明確に特定されたものではない以上、裁判所による表現物の差止めは、表現の自由への配慮から慎重になされる必要があるという観点からも、本件各著作物不使用の合意に基づく差止請求は認められず、金銭賠償により処理すべきである。
(エ) 本件映画が本件各著作物不使用の合意に反して使用した場面・台詞を認定した原判決別紙確定稿対比表には誤りがあること
 原判決別紙確定稿対比表は、被控訴人の陳述書の添付資料をそのまま流用したものであり、別紙控訴人確定稿対比表の「控訴人の見解」欄記載のとおり、本件映画では使用されていない場面が含まれている。
 原判決別紙確定稿対比表における本件映画が本件各著作物不使用の合意に反して本件各著作物の場面・台詞を使用したとの認定に対する控訴人の反論は、別紙控訴人確定稿対比表の「控訴人の見解」欄記載のとおりである。
(3) 被控訴人の反論
ア 人格権に基づく請求について
(ア) 本件映画と本件各著作物との共通点が極めて多いにもかかわらず、控訴人主張のテロップによって、被控訴人が本件映画の主人公のモデルであることを認識しないということはあり得ない。
(イ) ある人の親が誰かを殺そうとした、あるいは殺しかねない人間であるという事実が公になった場合、その被害者が他人である場合には子の社会的評価が低下するのに、子が被害者であれば一転して子の社会的評価が低下しないということはあり得ない。
(ウ) 本件映画の主人公である若い大人の女性が、わずか90分間の映画の中の異なる3つの場面で、全く必要がないにもかかわらず、「おちんちん」という言葉を口にしているのは、その主人公が「おちんちん」という言葉を頻繁に口にする人間であるという印象を観客に与えるものである。
(エ) 名誉感情は、主観的なものとはいえ、侵害の認定は可能であり、人格権の侵害が認定される場合に差止めを否定すべき理由はない。
(オ) 原判決別紙侵害認定表現目録記載1については、薄暗い寝室で主人公が母と2人で寝ているところで、母が唐突に「あなたのしたことは間違いだったわね」と言い、出張に行っていると聞かされていた父がいつのまにか主人公の足元に立っていて、「毒をまき散らす虫は、駆除しなけりゃならん、お父さん、そう思うんだ」と言うのは、それだけで両親が主人公を殺すことを観客に想像させる。
 また、原判決別紙侵害認定表現目録記載2について、「おちんちん」という言葉の差止めを認めたのでは、主人公の台詞のうち「おちんちん」という部分だけをアテレコで男性器の別の呼び方に替えるだけで差止めの対象外となってしまい、それでは主人公が男性器の名称を無闇に口にする品位のない女性であることに変わりがない。
イ 本件各著作物不使用の合意に基づく請求について
(ア) 控訴人は、その製作する性犯罪被害をテーマとする映画に本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを条件として、その映画の製作の続行に異議を述べないこと(完成した映画にクレームや批判をしないことも含む趣旨と解される。)を被控訴人に求め、被控訴人はその求めに応じたのであるから、本件各著作物不使用の合意は控訴人のみが一方的に義務を負うものではない。
 また、控訴人は、被控訴人から前記の約束を得るのが何よりも重要だと考え、控訴人自身が認めているように被控訴人におもねるために、文字通りの意味を被控訴人に伝えるつもりで、「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします。」と記載したものである。
 さらに、参考文献という言葉は、様々な意味に使える言葉であり、他の著作物の事実や設定を使うことを当然に意味する言葉ではない。
(イ) 前記(ア)のとおり、乙5メールでの「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします。」という意思表示の真意が、「本件各著作物の設定や事実を利用します(させてください)」といったものだったというのは、極めて非現実的であるが、仮にそのような錯誤があったのであれば、真意と正反対の意思表示をしたことに重過失があるのは明白である。
(ウ) 本件各著作物不使用の合意が、本件各著作物のものと同一の場面・台詞と、本件各著作物の読者が本件映画を鑑賞した場合に本件各著作物のものが利用されていると同定できる程度に類似している場面・台詞の使用を禁止するものであることは明らかであり、全く不明確ではない。また、本件映画には、差止めの対象となるかどうかの判断が微妙な境界線上のケースなどはなく、その場面や台詞の相当部分(原判決別紙確定稿対比表の赤色、緑色及び水色部分)が、本件各著作物不使用の合意によって禁止される範囲に含まれることが明らか、つまり、本件各著作物のものと同一か、あるいは、本件各著作物のものが利用されていると本件各著作物の読者が同定できる程度に類似していることが明らかである。
(エ) 控訴人は、原判決別紙確定稿対比表の赤色、緑色、水色部分において、本件各著作物の場面・台詞が本件映画に使用されているとの原判決の認定に対し、別紙控訴人確定稿対比表の「控訴人の見解」欄において、るる反論しているが、細かい違いがあっても、本件各著作物の読者が本件映画を鑑賞した場合に、本件各著作物のものが利用されていると同定できる程度に類似している場面・台詞は、本件各著作物不使用の合意による禁止の範囲に含まれるのであるから、控訴人確定稿対比表における控訴人の反論には理由がない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、主文のとおり原判決を変更すべきものと判断する。その理由は、下記1のとおり原判決を補正し、下記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を示すほかは、原判決「事実及び理由」欄の第5に記載のとおりである。
1 原判決の補正
(1) 原判決「事実及び理由」欄の第5の2(2)(30頁18行〜40頁20行)を、次のとおり改める(なお、原判決と異なる部分(ただし、細かな表現についての訂正等を除く。)については、ゴシック体(編注:太字)で表記する。)。
 「(2) 別紙対比表4−1及び4−2の各エピソードについて
ア 別紙対比表4−1のエピソード3について
(ア) 別紙対比表4−1のエピソード3において、本件著作物1と本件映画とは、「翻案該当性」欄記載のとおり、A公園に駆け付けた元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)の様子に驚いて、誰かに何かされたのかと聞いたこと、B被控訴人(主人公)はうなずくことしかできなかったこと、C元恋人(婚約者)が、被控訴人(主人公)が性犯罪被害を受けたことを知ってやり場のない怒りで手近な物に当たる様子、D被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に対して「ごめんなさい」と謝り続けたこと、及びその著述(描写)の順序が共通し、同一性がある。
 なお、被控訴人は、「翻案該当性」欄記載のとおり、@被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に助けを求めたことも、本件著作物1と本件映画とで共通する点として主張するが、本件著作物1では、被控訴人が元恋人に電話を掛け、電話越しに異変を察知した元恋人が被控訴人の状況を確認しようとし、その場にいることを命じたという、助けを求める具体的な場面が著述されているのに対し、本件映画では、婚約者が息を切らしながら走っていることの描写と上記A〜Dのやりとりを通じて、主人公が元恋人に助けを求めたことが暗に表現されているのであるから、言語の著作物と映画の著作物との表現形態の差異を考慮しても、本件著作物1における被控訴人が元恋人に助けを求める場面の著述と共通する描写が、本件映画においてなされているものと認めることはできない。
(イ) そして、前記(ア)の本件著作物1の著述中の同一性のある部分(以下「本件著作物1−3の同一性ある著述部分」という。)は、それぞれの著述だけを切り離してみれば、事実の記載にすぎないようにも見えるものの、本件著作物1−3の同一性ある著述部分全体としてみれば、自ら助けを求めた元恋人から尋ねられたにもかかわらず、性犯罪被害に遭った事実を告げることができず、うなずくことと「ごめんなさい」を繰り返すことしかできない性犯罪被害直後の被害女性の様子と、助けを求められて駆け付けたにもかかわらず、何も助けることができなかったというやり場のない怒りを、大声を出すことと物にぶつけるしかない元恋人の様子とを対置して、短い台詞と文章によって緊迫感やスピード感をもって表現することで、単に事実を記載するに止まらず、被害に遭った事実を口に出すことの抵抗感や、被害に遭ってしまった悔しさ、やるせなさ、被害者であるにもかかわらず込み上げてくる罪悪感をも表現したものと認められる。
 そうすると、本件著作物1−3の同一性ある著述部分は、被控訴人が被害を受けた当事者としての視点から、前記A〜Dの各事実を選択し、被害直後の被控訴人の状況や元恋人とのやりとりを格別の修飾をすることなく短文で淡々と記述することによって、被控訴人の感じた悔しさ、やるせなさ、罪悪感等を表現したものとみることができ、その全体として、被控訴人の個性ないし独自性が表れており、思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。
(ウ) 本件映画のうち、別紙対比表4−1のエピソード3の本件映画欄の描写(ただし、「公園近く・路上(夜)」から「公園の入口が視界に飛びこんでくる。」までの冒頭3行を除く。)は、前記(ア)認定の表現上の共通性により、本件著作物1−3の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められ、本件映画の上記描写に接することにより、本件著作物1−3の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから、本件著作物1−3の同一性ある著述部分を翻案したものと認められる。
(エ) 控訴人は、前記(ア)の類似点A〜Dは、いずれも事実であり、その選択や配列にも創作性ないし特段の工夫があるものではないし、Cに至っては、共通するのは事実ではなく、その表現の元となるアイディアやコンセプトにすぎないから、本件著作物1−3の同一性ある著述部分には、創作性がなく、著作物ではないと主張する。
 しかしながら、上記Cは、性犯罪被害を打ち明けられた元恋人(婚約者)がやり場のない怒りを大声と手近な物にぶつける様子であり、なお事実としての具体性を失ってはいないものといえるから、アイディアではなく、事実又は表現が共通するということができる。そして、上記A〜Dの著述を含む本件著作物1−3の同一性ある著述部分は、単なる事実の記載に止まらず、思想又は感情を創作的に表現したものであって、創作性があり、著作物性を認めることができることは、前記(イ)のとおりである。控訴人の主張は、理由がない。
(オ) 控訴人は、本件著作物1では被控訴人の視点で描かれているのに対し、本件映画では婚約者に寄り添った視点で描かれているなど、本件著作物1と本件映画とでは、その表現の本質的特徴が全く異なるから、翻案に当たらないと主張する。
 しかしながら、前記(1)のとおり、翻案に当たるか否かは、本件映画に接する者が本件著作物1−3の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるか否かにより判断されるべきものであり、控訴人の主張するような視点やその表現部分の意味内容などは、表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。そして、本件映画のうち、別紙対比表4−1のエピソード3の本件映画欄の描写(ただし、「公園近く・路上(夜)」から「公園の入口が視界に飛びこんでくる。」までの3行を除く。)に接した者は、前記(ア)の表現上の共通性により、本件著作物1−3の同一性ある著述部分における表現上の本質的な特徴を直接感得することができることは、前記(ウ)のとおりである。控訴人の主張は、理由がない。
イ 別紙対比表4−2のエピソード3について
(ア) 別紙対比表4−2のエピソード3において、本件著作物2と本件映画とは、「翻案該当性」欄記載のとおり、A公園に駆け付けた元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)の様子に驚いて、誰かに何かされたのかと聞いたこと、B被控訴人(主人公)はうなずくことしかできなかったこと、C元恋人(婚約者)が、被控訴人(主人公)が性犯罪被害を受けたことを知ってやり場のない怒りで手近な物に当たる様子、D被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に対して「ごめんなさい」と謝り続けたこと、及びその著述(描写)の順序が共通し、同一性がある。
 また、言語の著作物と映画の著作物との表現形態の差異を考慮しても、本件著作物2における@被控訴人が元恋人に助けを求める場面の著述と共通する描写が、本件映画においてなされているものと認めることはできない。
(イ) 前記(ア)認定の本件著作物2と本件映画との表現上の共通点は、前記アの別紙対比表4−1のエピソード3と同一である。
 そうすると、前記アと同様の理由により、本件映画のうち、別紙対比表4−2のエピソード3の本件映画欄の描写(ただし、「公園近く・路上(夜)」から「公園の入口が視界に飛びこんでくる。」までの3行を除く。)は、前記(ア)の本件著作物2の著述中の同一性のある部分を翻案したものと認められる。
ウ 別紙対比表4−1のエピソード4について
(ア) 別紙対比表4−1のエピソード4において、本件著作物1と本件映画とは、「翻案該当性」欄記載のとおり、@事件翌朝に元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)に仕事を休むように勧めたこと、Aそれに対し、被控訴人(主人公)が、事件を理由に仕事を休むことはできないと拒んだことが共通し、同一性がある。また、Aの場面の本件著作物1の「なんて言って休めばいいの?」という言葉と、本件映画の「なんて言って休んだらいいの?」という台詞とは、ほぼ同一である。
(イ) そして、前記(ア)の本件著作物1の著述中の同一性のある部分(以下「本件著作物1−4の同一性ある著述部分」という。)は、性犯罪被害に遭った翌朝の元恋人との会話の形式で、被害を他人に知られることに対する恐怖、被害に遭った事実は現実であるのにこれを正直に話すことはできないやるせなさ、平常を装うしかない無力感、不条理さ等を表現したものと認められ、そのための事実の選択や感情の形容の仕方、叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。
(ウ) 本件映画のうち、別紙対比表4−1のエピソード4の本件映画欄の描写は、前記(ア)認定の表現上の共通性により、本件著作物1−4の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められ、本件映画の上記描写に接することにより、本件著作物1−4の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから、本件著作物1−4の同一性ある著述部分を翻案したものと認められる。
(エ) 控訴人は、前記(ア)の類似点@及びAは、いずれも事実であり、そのような特筆すべき事実の選択もありふれたものであるから、本件著作物1−4の同一性ある著述部分には、創作性がなく、著作物ではないと主張する。
 しかしながら、前記(イ)のとおり、上記@及びAの著述を含む本件著作物1−4の同一性ある著述部分は、単なる事実の記載に止まらず、思想又は感情を創作的に表現したものであって、創作性があり、著作物性を認めることができるから、控訴人の主張は、理由がない。
(オ) 控訴人は、本件著作物1と本件映画とでは、被控訴人(主人公)における仕事を休めないとする意味合いや、被控訴人(主人公)と元恋人(婚約者)との関係が異なり、その表現の本質的特徴が全く異なるから、翻案に当たらないと主張する。
 しかしながら、前記ア(オ)と同様の理由により、控訴人の主張するような表現部分の意味内容や登場人物の関係性などは、表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。そして、本件映画のうち、別紙対比表4−1のエピソード4の本件映画欄の描写に接した者は、前記(ア)の表現上の共通性により、本件著作物1−4の同一性ある著述部分における表現上の本質的な特徴を直接感得することができることは、前記(ウ)のとおりである。控訴人の主張は、理由がない。
エ 別紙対比表4−1のエピソード6について
(ア) 別紙対比表4−1のエピソード6について、被控訴人は、エピソード6−1及び6−2を一体のものとして、本件映画と対比しているが、本件著作物1において、エピソード6−1と6−2とは、30頁以上離れた著述であり、エピソード6−1が「第二反応」という章の後半に位置するのに対し、エピソード6−2は、その次の「二次被害」という章の更に次の「ゼロ地点」という章の中盤に位置するものであって、時系列的にも、エピソード6−1が、事件の1週間ほど前に喧嘩別れした元恋人が事件後に再び被控訴人の様子を見に来るなどしてくれていた時期の出来事であるのに対し、エピソード6−2は、事件から9か月ほど経ち、元恋人と再び喧嘩別れした後の出来事であり、一体のエピソードとは認め難いものである。
 そうすると、本件映画に接した者が、エピソード6−1及び6−2について、その間に30頁以上もの著述(表現)があるにもかかわらず、それらの著述を考慮することなく、エピソード6−1及び6−2を合わせた著述の表現上の本質的な特徴を本件映画から直接感得するということは、およそ考え難いというべきであるから、エピソード6−1及び6−2を一体のものとして、本件映画と対比することは相当でないというべきである。
 そして、被控訴人の主張は、エピソード6−1と6−2とをそれぞれ別個に本件映画と対比して、翻案を主張する趣旨を含むと解されるから、以下、エピソード6−1と6−2とをそれぞれ別個に本件映画と対比して検討する。
(イ) 別紙対比表4−1のエピソード6において、エピソード6−1と本件映画とは、「翻案該当性」欄記載のとおり、@被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に対し、また自分が襲われてもいいのかなどと挑発的、脅迫的な発言をしたこと、A元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)に対し、被控訴人(主人公)が被害に遭ったことを本当は喜んでいたとか、スリルがあって気持ちいいと思っていたとか、被害を受けた被控訴人(主人公)と付き合っているだけで感謝して欲しいなどという、被控訴人(主人公)の気持ちを逆撫でし、被控訴人(主人公)を絶望させるような発言をしたことが共通し、同一性がある。また、@の場面の本件著作物1の「また襲われてもいいの?」という言葉と、本件映画の「健ちゃんはまた私が襲われてもいいの?」という台詞、Aの場面の本件著作物1の「お前ホントは喜んでたんだろ。スリルがあって気持ちいいとか思ってたんだろ」や「お前みたいな汚れた女とつき合ってやってんだ。感謝しろ!」という言葉と、本件映画の「おまえさあ、その二人組だっけ、犯されているとき、本当は興奮して濡れてたんだろ?また犯されたいって、今もそう思ってるんだろう?」や「今までつきあってやっただけでも感謝してほしいね」という台詞とは、ほぼ同一である。
(ウ) そして、前記(イ)の本件著作物1(エピソード6−1)の著述中の同一性のある部分(以下「本件著作物1−6−1の同一性ある著述部分」という。)は、事件後の被控訴人と元恋人との会話の中から、激しい挑発的な内容の発言を選択して、これを続けざまに列挙して著述(表現)することにより、単に事実を記載するに止まらず、性犯罪被害に遭った被控訴人が元恋人に対して甘えて依存し、元恋人には自分を護るべき義務があるというような気持ちを抱き、これを元恋人に対し脅迫的な言動でぶつけてしまうしかなかった被控訴人の不条理かつ不安定な精神状態や、被控訴人の気持ちを理解しようとしながらも、受け止めることが負担になり、被控訴人に反発し、あるいは、支えようとした被控訴人を逆におとしめてでも、自らを正当化しようとするまでに、精神的に追い詰められていった元恋人の精神状態などをも表現したものと認められる。
 そうすると、本件著作物1−6−1の同一性ある著述部分は、被控訴人が被害を受けた当事者としての視点から、前記@及びAの各事実を選択し、事件後の被控訴人と元恋人との会話を生々しく記述することによって、被控訴人の感じた上記の不条理かつ不安定な精神状態や、元恋人を精神的に追い詰めてしまったことに対する申し訳なさ等を表現したものとみることができ、その全体として、被控訴人の個性ないし独自性が表れており、思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。
(エ) 本件映画のうち、別紙対比表4−1のエピソード6の本件映画欄の描写(ただし、「玲奈『ごめんなさい、これからは健ちゃん」から「とは忘れて、幸せになって』【画像6−4】」までの末尾5行を除く。)は、前記(イ)認定の表現上の共通性により、本件著作物1−6−1の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められ、本件映画の上記描写に接することにより、本件著作物1−6−1の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから、本件著作物1−6−1の同一性ある著述部分を翻案したものと認められる。
(オ) 控訴人は、前記(イ)の類似点@及びAは、いずれも事実であり、強姦事件が被害者が交際していた異性との関係に与える悪影響を象徴的に示す事実を選択することはありふれた選択であるから、本件著作物1−6−1の同一性ある著述部分には、創作性がなく、著作物ではないと主張する。
 しかしながら、上記@及びAの著述を含む本件著作物1−6−1の同一性ある著述部分は、単なる事実の記載に止まらず、思想又は感情を創作的に表現したものであって、創作性があり、著作物性を認めることができることは、前記(ウ)のとおりである。控訴人の主張は、理由がない。
(カ) 控訴人は、本件著作物1のエピソード6−1では、別れのシーンではなく恋人たちの衝突のシーンとして描かれているのに対し、本件映画では、婚約者の一方的な意思に基づく別れが、主人公の社会からの疎外の第一段階として描かれており、本件著作物1と本件映画とでは、描かれているシーンも、その表現の本質的特徴も全く異なるから、翻案に当たらないと主張する。
 しかしながら、前記ア(オ)と同様の理由により、控訴人の主張するような表現部分の意味内容などは、表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。そして、本件映画のうち、別紙対比表4−1のエピソード6の本件映画欄の描写(ただし、「玲奈『ごめんなさい、これからは健ちゃん」から「とは忘れて、幸せになって』【画像6−4】」までの末尾5行を除く。)に接した者は、前記(イ)の表現上の共通性により、本件著作物1−6−1の同一性ある著述部分における表現上の本質的な特徴を直接感得することができることは、前記(エ)のとおりである。控訴人の主張は、理由がない。
(キ) 他方、エピソード6−2は、わずか3行から成るごく短いものであり、その著述自体もありふれたものであって、被控訴人の個性が表れているということはできないから、創作性を認めることはできない。
オ 別紙対比表4−2のエピソード6について
(ア) 別紙対比表4−2のエピソード6において、本件著作物2と本件映画とは、「翻案該当性」欄記載のとおり、@被控訴人(主人公)が元恋人(婚約者)に対し、また自分が襲われてもいいのかなどと挑発的、脅迫的な発言をしたこと、A元恋人(婚約者)が被控訴人(主人公)に対し、被害を受けた被控訴人(主人公)と付き合っているだけで感謝して欲しいという、被控訴人(主人公)の気持ちを逆撫でし、被控訴人(主人公)を絶望させるような発言をしたことが共通し、同一性がある。また、@の場面の本件著作物2の「また襲われてもいいの?」という言葉と、本件映画の「健ちゃんはまた私が襲われてもいいの?」という台詞、Aの場面の本件著作物2の「お前みたいな女と付き合ってやってるんだよ」という言葉と、本件映画の「今までつきあってやっただけでも感謝してほしいね」という台詞とは、ほぼ同一である。
(イ) 前記(ア)認定の本件著作物2と本件映画との表現上の共通点は、前記エのエピソード6−1と本件映画との対比とほぼ同一である。
 そうすると、前記エと同様の理由により、本件映画のうち、別紙対比表4−2のエピソード6の本件映画欄の描写(ただし、「玲奈『ごめんなさい、これからは健ちゃん」から「とは忘れて、幸せになって』【画像6−4】」までの末尾5行を除く。)は、前記(ア)の本件著作物2の著述中の同一性のある部分を翻案したものと認められる。
カ 別紙対比表4−1のエピソード7について
(ア) 別紙対比表4−1のエピソード7について、被控訴人は、エピソード7−1、7−2及び7−3を一体のものとして、本件映画と対比しているのに対し、控訴人は、エピソード7−1、7−2及び7−3は、同一エピソードとは認められず、これらを被控訴人が恣意的に選択して一つのエピソードとして著作権侵害を主張できるとする根拠も明らかではないと主張する。
 そこで、検討すると、エピソード7−1、7−2及び7−3は、いずれも「二次被害」という章の前半に位置するものであり、エピソード7−1の冒頭である80頁7行目からエピソード7−3の末尾である84頁4行目まで、わずか4頁足らずの著述に含まれるものであり、その間の52行の著述のうち34行を抜き出したものである。また、その内容は、いずれも、被控訴人が事件後に両親から二次被害を受けたと感じた両親との会話を記述したもので、同一のテーマによる一塊の記述ということができる。以上に加え、引用されていない20行の中には、時系列的に過去の出来事に関して著述されているその余の部分とは異なり、著述時の被控訴人の考え方などが記載された異質な著述(82頁7行〜11行)も含まれていることをも併せ考慮すると、本件映画に接した者が、エピソード7−1、7−2及び7−3を合わせた著述の表現上の本質的な特徴を直接感得するということも、十分あり得るといえるから、エピソード7−1、7−2及び7−3を一体のものとして、本件映画と対比した上で、翻案権侵害の有無を判断することは、相当である。
(イ) 別紙対比表4−1のエピソード7において、本件著作物1と本件映画とは、「翻案該当性」欄記載のとおり、@被控訴人(主人公)が意を決して、性犯罪被害に遭ったことを母親に告白したこと、Aそれに対して母親が被控訴人(主人公)を優しくいたわるどころか、逆に被害を打ち明けた被控訴人(主人公)を怒ったこと、Bその後も両親は被控訴人(主人公)を気遣うどころか厳しい言葉を投げ、それに対して被控訴人(主人公)が失望と怒りをぶつけたこと、C被控訴人(主人公)は母親に優しく抱きしめてもらいたかったが、その願いがかなわなかった点において共通し、同一性がある。また、Aの場面の本件著作物1の「なんでいまさらそんなこと言うのよ!?あんたの言うこと信じられない!!」という言葉と、本件映画の「どうして今頃になってそんなことを打ち明けるの?お母さん、あなたの神経が信じられない!」という台詞、Bの場面の本件著作物1の「お前は強い子だから、そんなこと(事件のこと)を気にするような子じゃないでしょ」という言葉と、本件映画の「お前は強い子だから、そんなことは気にせずに今までどおり生きていけるはずだ」という台詞、Bの場面の本件著作物1の「あんたが襲われたのはあんたのせいではないけど、私たちのせいでもないんだから、そんなことで私たちを責めないでよね!」という言葉と、本件映画の「あなたが襲われたのは、私たちのせいだって言うの?そんなの筋違いだわ!」という台詞とは、ほぼ同一である。
(ウ) そして、前記(イ)の本件著作物1の著述中の同一性のある部分(以下「本件著作物1−7の同一性ある著述部分」という。)は、性犯罪被害を受けた被控訴人が、母親に対し、母親にいたわってもらいたい、すぐに真実を告白できなかった自分を理解して欲しいとの思いで事件を告白したにもかかわらず、両親が、娘である被控訴人が被害を受けた現実を受け止めることができず、被害に遭った被控訴人を逆に叱責するという態度を示したことを叙述することにより、被控訴人の悲しみ、失望、やるせなさ、被害者であるのに被害に遭った事実を隠さなければならないことに対する矛盾や怒り等を表現したものと認められる。
 そうすると、本件著作物1−7の同一性ある著述部分は、被控訴人が被害を受けた当事者としての視点から、前記@〜Cの各事実を選択し、事件後の被控訴人と両親とのやりとりを生々しく著述することによって、被控訴人の悲しみ、やるせなさ、怒り等を表現したものとみることができ、その全体として、被控訴人の個性ないし独自性が表れており、思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。
(エ) 本件映画のうち、別紙対比表4−1のエピソード7の本件映画欄の描写は、前記(イ)認定の表現上の共通性により、本件著作物1−7の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められ、本件映画の上記描写に接することにより、本件著作物1−7の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから、本件著作物1−7の同一性ある著述部分を翻案したものと認められる。
(オ) 控訴人は、前記(イ)の類似点@〜Cは、いずれも事実であり、家族から思いがけず配慮に欠ける心ない態度をとられた場合に、そのような事実を選択することはありふれた選択であるから、本件著作物1−7の同一性ある著述部分には、創作性がなく、著作物ではないと主張する。
 しかしながら、前記(ウ)のとおり、上記@〜Cの著述を含む本件著作物1−7の同一性ある著述部分は、単なる事実の記載に止まらず、思想又は感情を創作的に表現したものであって、創作性があり、著作物性を認めることができるから、控訴人の主張は、理由がない。
(カ) 控訴人は、本件著作物1と本件映画とでは、事件を告白した直後の被控訴人(主人公)と母親との関係についての被控訴人(主人公)による分析の視点の有無や、被控訴人(主人公)と両親とが対立するスピードと激しさの相違、フランツ・カフカの『変身』になぞらえた象徴的な描写の有無が異なり、その本質的特徴が異なるから、翻案に当たらないと主張する。
 しかしながら、前記ア(オ)と同様の理由により、控訴人の主張するような表現部分の意味内容などは、表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。そして、本件映画のうち、別紙対比表4−1のエピソード7の本件映画欄の描写に接した者は、前記(イ)の表現上の共通性により、本件著作物1−7の同一性ある著述部分における表現上の本質的な特徴を直接感得することができることは、前記(エ)のとおりである。控訴人の主張は、理由がない。
キ 別紙対比表4−2のエピソード7について
(ア) 別紙対比表の4−2のエピソード7において、本件著作物2と本件映画とは、「翻案該当性」欄記載のとおり、@被控訴人(主人公)が意を決して、性犯罪被害に遭ったことを母親に告白したこと、Aそれに対して母親が被控訴人(主人公)を優しくいたわるどころか、逆に被害を打ち明けた被控訴人(主人公)を怒ったこと、B被控訴人(主人公)は母親に優しく抱きしめてもらいたかったが、その願いがかなわなかった点において共通し、同一性がある。また、Aの場面の本件著作物2の「なんで今さらそんなこと言うの?あんたの言うこと、信じられない!」という言葉と、本件映画の「どうして今頃になってそんなことを打ち明けるの?お母さん、あなたの神経が信じられない!」という台詞とは、ほぼ同一である。
(イ) 前記(ア)認定の本件著作物2と本件映画との表現上の共通点は、前記カ(イ)の別紙対比表4−1のエピソード7の共通点のうち、Bその後も両親は被控訴人(主人公)を気遣うどころか厳しい言葉を投げ、それに対して被控訴人(主人公)が失望と怒りをぶつけたことを除く3点において同一であり、本件映画の台詞とほぼ同一の発言が3か所から1か所に減ったものである。
 そして、前記カ(イ)の別紙対比表4−1のエピソード7の共通点として不足する部分を考慮してもなお、前記カと同様の理由により、本件映画のうち、別紙対比表4−2のエピソード7の本件映画欄の描写(ただし、1枚目17行の「玲奈『だって……』」から末行の「玲奈が部屋を出ていく。」までの37行を除く。)は、前記(ア)の本件著作物2の著述中の同一性のある部分を翻案したものと認められる。」

(2) 原判決「事実及び理由」欄の第5の2(4)及び(5)(41頁4行〜42頁25行)を、次のとおり改める(なお、原判決と異なる部分(ただし、細かな表現についての訂正等を除く。)については、ゴシック体(編注:太字)で表記する。)。
 「(4) 台詞の著作権の侵害について
ア 被控訴人が、本件各著作物の台詞の著作権が侵害されているとして、別紙対比表4−1及び4−2において主張するのは、以下のとおりである。
@ 別紙対比表4−1のエピソード4における本件著作物1の「なんて言って休めばいいの?」という台詞について、本件映画の「なんて言って休んだらいいの?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
A (a)別紙対比表4−1のエピソード6における本件著作物1の「また襲われてもいいの?」という台詞及び(b)別紙対比表4−2のエピソード6における本件著作物2の「また襲われてもいいの?」という台詞について、それぞれ本件映画の「健ちゃんはまた私が襲われてもいいの?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
B 別紙対比表4−1のエピソード6における本件著作物1の「お前ホントは喜んでたんだろ。スリルがあって気持ちいいとか思ってたんだろ」という台詞について、本件映画の「おまえさあ、その二人組だっけ、犯されているとき、本当は興奮して濡れてたんだろ?また犯されたいって、今もそう思ってるんだろう?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
C (a)別紙対比表4−1のエピソード6における本件著作物1の「お前みたいな汚れた女とつき合ってやったんだ。感謝しろ!」という台詞及び(b)別紙対比表4−2のエピソード6における本件著作物2の「お前みたいな女と付き合ってやってるんだよ」という台詞について、本件映画の「今までつきあってやっただけでも感謝してほしいね」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
D 別紙対比表4−1のエピソード6における本件著作物1の「頼むから、もう俺のことは忘れて、幸せになってくれ。」という台詞について、本件映画の「頼むから、おれのことは忘れて、幸せになって」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
E (a)別紙対比表4−1のエピソード7における本件著作物1の「なんでいまさらそんなこと言うのよ!?あんたの言うこと信じられない!!」という台詞及び(b)別紙対比表4−2のエピソード7における本件著作物2の「なんで今さらそんなこと言うの?あんたの言うこと、信じられない!」という台詞について、本件映画の「どうして今頃になってそんなことを打ち明けるの?お母さん、あなたの神経が信じられない!」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
F 別紙対比表4−1のエピソード7における本件著作物1の「お前は強い子だから、そんなこと(事件のこと)を気にするような子じゃないでしょ」という台詞について、本件映画の「お前は強い子だから、そんなことは気にせずに今までどおり生きていけるはずだ」という台詞による複製権又は翻案権の侵害
G 別紙対比表4−1のエピソード7における本件著作物1の「あんたが襲われたのはあんたのせいではないけど、私たちのせいでもないんだから、そんなことで私たちを責めないでよね!」という台詞について、本件映画の「あなたが襲われたのは、私たちのせいだって言うの?そんなの筋違いだわ!」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

イ 前記@ないしGの本件各著作物の台詞自体は、いずれもごく短いものであり、台詞そのものに表現上の創作性があるとはいえず、ありふれたものであって、各台詞はそれ自体で被控訴人の個性が表れているということはできない。
 したがって、仮に、前記@ないしGの各台詞が類似又は同一と解されるとしても、上記台詞のみでは、思想又は感情を創作的に表現したものとはいえない。被控訴人の主張は、理由がない。
(5) まとめ
 以上のとおり、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の本件映画における表現は、それに対応する本件各著作物の前示部分の著述を翻案したものと認められる。
 そして、前記1認定の事実によれば、被控訴人が、控訴人に対し、本件映画の製作に本件各著作物を利用することについて許諾したとは認められないから、仮に、控訴人自身が、本件映画は本件各著作物から事実のみを抽出したものであり、著作権侵害に当たらないと認識していたとしても、少なくとも本件各著作物の利用について過失が存するものと認められる。
 したがって、控訴人は、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の表現を不可分的に有する本件映画を製作したことにより、被控訴人が本件各著作物について有する著作権(翻案権)を侵害したものと認められる。」
(3) 原判決「事実及び理由」欄の第5の3(42頁26行〜43頁12行)を、次のとおり改める(なお、原判決と異なる部分(ただし、細かな表現についての訂正等を除く。)については、ゴシック体(編注:太字)で表記する。)。
 「3 争点2(著作者人格権〔同一性保持権〕侵害の成否)に対する判断
 同一性保持権を侵害する行為とは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいう(最高裁昭和51年(オ)第923号同55年3月28日第三小法廷判決・民集34巻3号244頁、同平成6年(オ)第1082号同10年7月17日第二小法廷判決・判時1651号56頁参照)。
 控訴人は、前記2において当裁判所が翻案を認めた別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の本件映画における表現に対応する本件各著作物の各記述を視覚的又は聴覚的効果を生じさせる方法で表現し、かつ、これを媒体に固定する方法により、被控訴人の本件各著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつ、その表現形式に改変を加え、本件映画における別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の描写を行ったものであるから、控訴人は、被控訴人が本件各著作物について有する著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものと認められる。
(4) 原判決「事実及び理由」欄の第5の5(1)(47頁5行〜48頁7行)を、次のとおり改める(なお、原判決と異なる部分(ただし、細かな表現についての訂正等を除く。)については、ゴシック体(編注:太字)で表記する。)。
 「(1) 前記1に認定した事実経過のとおり、控訴人は、本件各著作物に依拠した本件脚本1を完成させて被控訴人に送付したところ、平成25年12月11日、被控訴人から本件映画において本件各著作物を原作・原案として使用することを認めない旨の結論に達したとの乙4メールを受け取った。そして、控訴人は、被控訴人の代理人であるAに対し、乙5メールにおいて、「『性犯罪被害』をテーマにした映画の制作を続行いたしたく存じます。」、「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします。」と記載し、これに対し、被控訴人は、Aを通じて、控訴人に対し、乙6メールにおいて、「どういうかたちであれど、映像化はできなかったと思います。」、「参考資料として明記するのは問題ないそうです。」と伝えたことが認められる。
 したがって、上記事実経過に照らせば、控訴人は、性犯罪被害をテーマにした映画の製作を続行する旨を被控訴人に約し、これに対して、被控訴人は、控訴人が本件各著作物に記載された場面・台詞を使用しないで映画の製作を続行するものと理解し、その限りにおいて、控訴人の性犯罪被害をテーマにした映画製作に同意したものと認められ、乙6メールを控訴人が受け取った時点で、控訴人と被控訴人との間で、控訴人が本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを条件として性犯罪被害をテーマにした映画製作を続行することについての合意(以下「本件各著作物不使用の合意」という。)が成立したものと評価できる。
 一方、証拠(甲1、2、4、6、7)によれば、控訴人が平成26年1月17日に完成させた確定稿は、その相当部分が本件脚本1のままであり(原判決別紙確定稿対比表における黄色部分は本件脚本1と同一の箇所であり、別紙合意に基づく差止一覧における赤色部分は本件著作物1と同一の箇所、緑色部分は本件著作物1とほぼ同趣旨の箇所、水色部分は本件著作物2と同一又は同趣旨の箇所である。)、控訴人は、本件各著作物に記載された場面・台詞を使用して確定稿を完成したことが認められる。
 以上によれば、控訴人は、本件各著作物不使用の合意に違反して、本件映画を製作したものと認められる。」
(5) 原判決49頁16行目に「エンドロールに『参考文献』と記したり」とあるのを「エンドロールに本件各著作物を参考文献として掲げている部分を削除したり」と改める。
(6) 原判決49頁25行目に「その点のみで」とあるのを「被控訴人が実名を公表して活動している性犯罪被害者であるということのみによって」と改める。
(7) 原判決「事実及び理由」欄の第5の6(1)(51頁5行〜52頁23行)を次のとおり改める(なお、原判決と異なる部分(ただし、細かな表現についての訂正等を除く。)については、ゴシック体(編注:太字)で表記する。)。
 「(1) 本件映画の上映等の差止請求について
ア 本件映画のうち、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の表現が本件各著作物の翻案物に当たること、本件映画のその余の部分については、本件各著作物の複製又は翻案に当たらないか、複製又は翻案に当たる旨の主張がないことは、前記2において認定、説示したとおりである。
 したがって、本件各著作物について被控訴人が有する著作権(翻案権)及び本件各著作物の二次的著作物について被控訴人が有する著作権(複製権、上映権、公衆送信権〔自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化権を含む。〕及び頒布権〔著作権法27条、28条、21条、22条の2、23条、26条〕)に基づく差止請求は、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の表現を含む本件映画の上映等の差止めを求める限度で理由がある。
 また、本件各著作物について被控訴人が有する著作者人格権(同一性保持権)に基づく差止請求は、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の表現を含む本件映画の複製物の頒布の差止めを求める限度で理由があるが、控訴人のみが控訴した本件においては、本件映画の複製物の頒布の差止めを認めなかった原判決を控訴人の不利益に変更することは許されない(なお、同一性保持権は、著作者の意に反する著作物及びその題号を「変更、切除その他の改変」をする行為のみを侵害行為としており、これらの改変がされた後の利用行為は侵害行為とされていない(著作権法20条)。また、著作権法113条1項が同一性保持権の侵害とみなす行為として規定しているのは、同一性保持権の侵害行為によって作成された物を情を知って頒布する行為のほか、頒布目的の所持や頒布の申出、業としての輸出やその目的の所持等の行為にとどまり、上映、複製、公衆送信及び送信可能化は含まれていない。そうすると、本件各著作物について被控訴人が有する同一性保持権に基づいて請求することができるのは、本件映画の複製物の頒布の差止め(控訴人は、同一性保持権を侵害する本件映画を自ら製作した者である上、本件映画が同一性保持権を侵害する旨判断した原判決にも接しているから、頒布時に情を知っていることは明らかである。)にとどまり、本件映画の上映、複製、公衆送信及び送信可能化の差止めを求めることはできない。)。

イ 原判決別紙侵害認定表現目録記載の場面が被控訴人の人格権としての名誉権及び名誉感情を害する性質のものと認められることは、前記4において認定、説示したとおりである。
 そして、前記前提事実のとおり、本件映画は、未だ公衆に対し公開されていないものであるから、憲法21条が保障する表現の自由に鑑み、被控訴人は、人格権としての名誉権に基づいて、上記場面のうち名誉権侵害に係る表現を含む限りにおいて、本件映画の公衆への提供、すなわち、上映、公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布の停止を求めることができるというべきである。
 他方、同表現を含む本件映画が複製されたとしても、公衆に提供されない限り、被控訴人の名誉権及び名誉感情が害されるものではないから、人格権としての名誉権及び名誉感情に基づいて同映画の複製の差止めを求めることはできないものというべきである。
 そして、上記場面のうち名誉権侵害に係る表現は、前記4(3)のとおり、原判決別紙侵害認定表現目録記載1の場面においては、主人公の両親が主人公の殺害の動機を示唆する発言も含めて、その全体が、主人公の両親が主人公を殺し、主人公の兄もまた両親に殺害されたことを示唆する表現であるから、同目録記載1の表現全部であるということができる。他方、同目録記載の2の場面においては、主人公があえて口にした「おちんちん」との表現が、主人公の社会的評価(ひいては主人公と同定される被控訴人の社会的評価)を低下させるのであるから、名誉権侵害に係る表現は、同目録記載2の表現全部ではなく、同目録記載2のうち「おちんちん」との表現に限られるというべきである。
 したがって、人格権としての名誉権に基づく差止請求は、別紙人格権侵害認定表現目録1〜4記載の表現を含む本件映画の上映、公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布の差止めを求める限度で理由がある。

ウ 控訴人が、被控訴人との間で、性犯罪被害をテーマにした映画を製作・発表するに際し、被控訴人の名前を使用せず、かつ、本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを約し、かかる条件の下で当該映画の製作を続行する旨の合意(本件各著作物不使用の合意)をしたと認められること、並びに、本件映画には、別紙合意に基づく差止一覧記載の赤色部分、緑色部分及び水色部分において、それぞれ本件各著作物の場面・台詞が使用されていることは、前記5において認定、説示したとおりである。
 そして、控訴人は、本件各著作物不使用の合意を前提とすれば、被控訴人に対し、本件各著作物の場面・台詞を使用した映画を製作したり、これを公表したりしないこと、換言すると、本件各著作物を使用した映画の上映、複製、公衆送信及び送信可能化を行わないこと、並びに本件映画の複製物の頒布を行わないことを約したものと認めるのが相当である。
 したがって、本件各著作物不使用の合意に基づく差止請求は、本件各著作物の場面・台詞が使用されている別紙合意に基づく差止一覧記載の赤色部分、緑色部分及び水色部分の表現を含む本件映画の上映等の差止めを求める限度で理由がある。
(8) 原判決「事実及び理由」欄の第5の6(2)(52頁24行〜54頁3行)を次のとおり改める(なお、原判決と異なる部分(ただし、細かな表現についての訂正等を除く。)については、ゴシック体(編注:太字)で表記する。)。
 「(2) 本件映画のマスターテープ等の廃棄請求について
ア 本件映画のうち、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の表現が本件各著作物の翻案に当たることは、前記2において認定、説示したとおりである。
 したがって、本件各著作物について被控訴人が有する著作権(翻案権)及び本件各著作物の二次的著作物について被控訴人が有する著作権(複製権、上映権、公衆送信権〔自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化権を含む。〕及び頒布権〔著作権法27条、28条、21条、22条の2、23条、26条〕)に基づく廃棄請求、並びに本件各著作物について被控訴人が有する著作者人格権(同一性保持権)に基づく廃棄請求は、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の表現を含む本件映画のマスターテープ等の廃棄を求める限度で理由がある。

イ 原判決別紙侵害認定表現目録記載の場面が被控訴人の人格権としての名誉権及び名誉感情を害する性質のものと認められることは、前記4において認定、説示したとおりである。
 しかしながら、人格権に基づく差止請求については、著作権法112条1項のような、侵害の予防に必要な作為を当然に請求することができる旨の法律の明文の規定がないこと、また、上記場面の表現を含む本件映画のマスターテープ等が存在していても、これらが公衆に提供されない限り、被控訴人の名誉権及び名誉感情が害されるものではないことに照らせば、同人格権に基づいて本件映画のマスターテープ等の廃棄を求めることはできないというべきである。
 したがって、被控訴人の人格権に基づく本件映画のマスターテープ等の廃棄請求は、理由がない。
ウ 控訴人が、被控訴人との間で、性犯罪被害をテーマにした映画を製作・発表するに際し、被控訴人の名前を使用せず、かつ、本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを約し、かかる条件の下で当該映画の製作を続行する旨の合意(本件各著作物不使用の合意)をしたと認められること、並びに、本件映画には、別紙合意に基づく差止一覧記載の赤色部分、緑色部分及び水色部分において、それぞれ本件各著作物の場面・台詞が使用されていることは、前記5において認定、説示したとおりである。
 しかしながら、本件各著作物不使用の合意は、控訴人が、被控訴人に対し、本件各著作物の場面・台詞を使用した映画を製作したり、これを公表したりしないことを約したものであって、そのような約定に反して本件各著作物の場面・台詞を使用した映画が製作された場合に、これを固定した媒体を廃棄することまで、当然にその内容に含むものということはできない。そして、本件各著作物不使用の合意に係る意思表示がされた乙5メール及び乙6メールを子細に検討しても、控訴人と被控訴人との間において、控訴人が本件各著作物の場面・台詞を使用した映画が製作された場合に、これを固定した媒体を廃棄する旨を合意したことを認めることはできない。
 したがって、被控訴人の本件各著作物不使用の合意に基づく本件映画のマスターテープ等の廃棄請求は、理由がない。

(9) 原判決「事実及び理由」欄の第5の7(1)(54頁5行〜22行)を次のとおり改める(なお、原判決と異なる部分(ただし、細かな表現についての訂正等を除く。)については、ゴシック体(編注:太字)で表記する。)。
 「(1) 著作者人格権の侵害による損害について
 証拠(甲1、2、7、被控訴人本人〔12頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、突然、性犯罪の被害を受け、被害者であるにもかかわらず、社会ではかえってこれを公然といえない苦しみ、家族や周囲の人たちに理解されない悲しみや絶望、それを乗り越えて踏み出すためのきっかけ、勇気、他の性犯罪被害者達への支援と交流などを本件各著作物に著述したにもかかわらず、控訴人が、被控訴人の許諾を得ずに、別紙翻案権侵害認定表現目録記載1〜7の表現により本件各著作物を翻案したことが認められ、控訴人は、これにより前記3のとおり被控訴人の本件各著作物に係る著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものである。
 したがって、被控訴人は、控訴人による上記行為により、相当な精神的苦痛を被ったものと推認するのが相当であり、上記侵害の内容及び本件記録に顕れた諸事情を考慮すれば、被控訴人の精神的苦痛に対する慰謝料の額は50万円とするのが相当である。
 なお、控訴人は、本件映画祭の直前になって被控訴人が翻意して映画化について許諾しなかったことをもって、被控訴人に過失がある旨主張しており、同主張は、過失相殺をいう趣旨と解されるが、そもそも、被控訴人が、最終的な脚本の内容を確認した上で、本件各著作物の映画化を正式に許諾する予定であったことについては、控訴人も了解していたものであって、本件映画祭直前に映画化についての許諾をしなかったことをもって、被控訴人に過失があるということはできない。」
(10) 原判決55頁1行目及び10行目にそれぞれ「本件合意」とあるのをいずれも「本件各著作物不使用の合意」に改める。
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1) 人格権に基づく請求について
ア 控訴人は、本件映画が本件各著作物と無関係であることを示すテロップを入れることにより、本件映画の主人公と被控訴人との同定可能性を可及的に防止できるから、人格権侵害のおそれはないと主張する。
 しかしながら、原判決の引用部分で適切に認定説示されているとおり、本件映画の主人公と被控訴人とは、本件映画の全般にわたる多数の共通点により同定されるものであり(原判決「事実及び理由」欄の第5の4(1)参照)、控訴人主張のテロップを入れたとしても、上記共通点が維持されている限り、本件映画の主人公が被控訴人であると同定することはなお可能であるというべきである(原判決「事実及び理由」欄の第5の5(2)イ参照)。控訴人の主張は、理由がない。
イ 控訴人は、一般論として、家族に犯罪者がいるということが、犯罪者の家族についても「犯罪者側」の一員とみなされて、その社会的地位を低下させることがあり得るとしても、その犯罪の被害者自身が犯罪者の家族である場合には、「犯罪者側」の一員とみなされて、その社会的地位が低下するということは、およそ考え難いから、本件映画の主人公の両親が主人公を殺害する場面は主人公の社会的評価を低下させるものではないと主張する。
 しかしながら、両親が殺人という反倫理性が極めて高い犯罪に及ぶ者であるという事実を摘示することは、そのような両親に育てられたことにより同様の倫理観、価値観を有するのではないかなどとみられるおそれがあり、その者の社会的評価を低下させる側面を有することは否定できない。そして、このことは、その者が当該犯罪の被害者となり相応の同情を集めることがあるとしても、容易に回復するものではない。控訴人の主張は、理由がない。
ウ 控訴人は、本件映画の主人公が「おちんちん」という言葉を発言した相手が恋人、兄、夫という最も親しい人であり、そのような者と二人きりのときに「おちんちん」と発言したとしても、主人公の社会的地位を低下させるものではないと主張する。
 しかしながら、原判決の引用部分で適切に認定説示されているとおり、控訴人主張のような最も親しい人と二人きりであるという「プライベートな会話」であるとしても、不必要に「おちんちん」という言葉を発することは、主人公が品位のない女性であるとの印象を与えるものであり、その社会的評価を低下させるものというべきである(原判決「事実及び理由」欄の第5の4(3)イ参照)。控訴人の主張は、理由がない。
エ 控訴人は、名誉感情の侵害のみに基づく差止請求は認められないと主張する。
 しかしながら、本訴において、被控訴人に人格権としての名誉権に基づく差止請求が認められる以上、これとは別に人格権としての名誉感情に基づく差止請求の成否を検討する必要はない。
オ 控訴人は、原判決の人格権に基づく差止めの対象が不必要に広範であると主張するが、これに対する判断は、前記1(7)の補正のとおりである。
(2) 本件各著作物不使用の合意に基づく請求について
ア 控訴人は、上映予定日まで時間がないという状況で、一方的に控訴人のみが義務を負い、不必要に自らを制約するような申し出をするとは考え難いことや、乙5メールの「事実に即して『参考文献』としてクレジットすべきかとは存じますが」という記載及び『著作権侵害』に抵触する行為は一切いたしません」という記載等を考慮すれば、本件各著作物不使用の合意は成立していないと主張する。
 しかしながら、前記1(4)のとおり補正して引用する原判決が認定説示するとおり、控訴人と被控訴人との間においては、乙5メール及び乙6メールに先立ち、本件各著作物に記載された場面・台詞を使用した本件脚本1が共通認識となっていたところ、乙5メールには、「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします。」と明記されている上、被控訴人の著作権が及ばないことが明らかである「『性犯罪被害』をテーマにした映画の制作」についても、「今後について、ご相談申し上げます。私どもは『性犯罪被害』をテーマにした映画の制作を続行いたしたく存じます。」、「もし、それでも映画の製作は続行せず即刻中止してほしい、というご希望でしたら、お申しつけ下さい。」と記載されている。以上に加え、テレビ番組等の制作に携わるという職業に従事し、著作権が問題となる場面に接する機会が多い控訴人において、出版社の担当者として、同様に著作権が問題となる場面に接する機会が多いAに対し、著作権侵害を行わないという当然の事柄のみを約する趣旨で、あえて長文の乙5メールに記載したものとは考え難いことを考慮すれば、控訴人は、乙5メールにより、性犯罪被害をテーマにした映画の製作を続行するに当たっては、本件各著作物に記載された場面・台詞を使用しないことを約し、被控訴人は、乙6メールにより、これに同意したものというべきであり、本件各著作物不使用の合意の成立を認めることができる。
 乙5メールの時点で、上映予定日まで時間がないという状況にあったことは、控訴人主張のとおりであるが、上記のとおり、乙5メールには、被控訴人に対し、控訴人が「性犯罪被害」をテーマにした映画の製作の続行を中止することを希望するか否かを尋ねる記載もあるから、「性犯罪被害」をテーマにした映画の製作の続行をする中で、著作権法による制約を超える制約を甘受する旨を約することが不合理であるとはいえないし、かえって出版社の担当者に宛てた乙5メールにおいて、著作権侵害を行わないという当然の事柄のみを条件として「ご相談」したとみる方が不自然というべきである。そして、このことは、控訴人が甲8メールにおいて、「Yさんに否定された脚本の一部を使用したことにつきまして、あらためまして心よりお詫び申し上げます。」とわざわざ記載していることにも沿うものである。
 また、控訴人が本件各著作物に記載された場面・台詞を使用せずに、性犯罪被害に関する映画を製作する場合であっても、控訴人において、本件各著作物に記載された、性犯罪被害を受けた女性の事件後の心理状態やそれに基づく行動特性などの自ら体験し得ない事実を参考にする余地があることは明らかであって、控訴人指摘の「事実に即して『参考文献』としてクレジットすべきかとは存じますが」という記載は、本件各著作物不使用の合意と何ら矛盾するものではないし、「『著作権侵害』に抵触する行為は一切いたしません」という記載については、既に説示したとおり、そのような当然の事柄のみを条件としたものとは考えられない。
 控訴人の主張は、理由がない。
イ 控訴人は、乙5メールの作成当時、本件各著作物に記載されている事実や設定等については利用したいと考えており、乙5メールにおける「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします」という記載が本件各著作物の事実の利用をも制限するものであると認識していれば、そのような記載はしなかったから、本件各著作物不使用の合意は錯誤により無効であると主張する。
 しかしながら、乙5メールにおける「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします」という記載は、それ自体極めて単純な記載であって、二義を許すような複雑な記載ではない上、前示のとおり、控訴人と被控訴人との間においては、乙5メールに先立ち、本件各著作物に記載された場面・台詞を使用した本件脚本1が共通認識となっていたこと、乙5メールには、被控訴人に対し、控訴人が「性犯罪被害」をテーマにした映画の製作の続行を中止することを希望するか否かを尋ねる記載まであることや、控訴人が甲8メールにおいて「私は、『性犯罪被害にあうということ』の脚本として以前お送りした内容を、全編にわたって改稿しましたが、最終的に一部の設定を初期の脚本に戻す、という判断をしました。・・・私にとっては、二冊のご著書やYさんとの会話が鮮烈すぎて、どのように改稿しても『嘘』にしか感じられず、苦渋の選択ではありましたが、Yさんに否定された脚本の一部を使用したことにつきまして、あらためて心よりお詫び申し上げます」と記載していることに照らせば、乙5メールの作成当時、控訴人は、乙5メールに表示されたとおり、性犯罪被害をテーマにした映画の製作を続行するに当たっては、本件各著作物に記載された場面・台詞を使用しないことを約する意思を有していたものと認めることができ、法律行為の要素に錯誤があったものと認めることはできない。
 また、以上の事実関係に加え、控訴人がテレビ番組等の制作に携わるという職業に従事し、著作権が問題となる場面に接する機会が多いことを併せ考慮すると、仮に錯誤があったとしても、控訴人に重大な過失があったものと認められる。
 控訴人の主張は、理由がない。
ウ 控訴人は、本件各著作物不使用の合意が認められるとしても、その内容が表現物を差し止めるほどに明確に特定されたものではない以上、金銭賠償により処理すべきであり、本件各著作物不使用の合意に基づく差止請求は認められないと主張する。
 しかしながら、前示のとおり、控訴人と被控訴人との間においては、乙5メールに先立ち、本件各著作物の映画化を目指し、被控訴人に対し本件各著作物に記載された場面・台詞を使用した本件脚本1が提示されたものの、被控訴人からAを介して「Yさんの名前や本のタイトルが出ること、Yさんの本を原作、原案として使用するというのは、著作権者として認められないという結論に達しました。」という乙4メールが送られた上で、本件各著作物不使用の合意に至ったという合意成立の経緯を踏まえて、乙5メールの記載をみれば、本件各著作物不使用の合意には、本件各著作物の場面・台詞と全く同一の場面・台詞の使用を禁止することに加え、本件各著作物の場面・台詞と同定可能な程度に類似する場面・台詞の使用を禁止することが含まれることは明らかであって、合意の内容が不明確であるということはできない。控訴人の主張は、理由がない。
エ 控訴人は、原判決別紙確定稿対比表は、被控訴人の陳述書の添付資料をそのまま流用したものであり、別紙控訴人確定稿対比表の「控訴人の見解」欄記載のとおり、原判決別紙確定稿対比表の認定には誤りがあると主張するが、これに対する判断は、別紙合意に基づく差止一覧についての補足説明記載のとおりである。
第4 結論
 以上によれば、被控訴人の請求は、前示の限度において理由があり、その余は理由がないところ、上記限度を超えて認容した原判決は一部失当であるから、控訴人の控訴によりこれを変更し、被控訴人の請求を上記限度において認容し、その余を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 片岡早苗
 裁判官 古庄研


(別紙)翻案権侵害認定表現目録
1 本件映画のうち、別紙エピソード別対比表4−1のエピソード3の本件映画欄(ただし、「公園近く・路上(夜)」から「公園の入口が視界に飛びこんでくる」までの冒頭3行を除く。)の描写
2 本件映画のうち、別紙エピソード別対比表4−2のエピソード3の本件映画欄(ただし、「公園近く・路上(夜)」から「公園の入口が視界に飛びこんでくる」までの冒頭3行を除く。)の描写
3 本件映画のうち、別紙エピソード別対比表4−1のエピソード4の本件映画欄の描写
4 本件映画のうち、別紙エピソード別対比表4−1のエピソード6の本件映画欄(ただし、「玲奈『ごめんなさい、これからは健ちゃん」から「とは忘れて、幸せになって』【画像6−4】」までの末尾5行を除く。)の描写
5 本件映画のうち、別紙エピソード別対比表4−2のエピソード6の本件映画欄(ただし、「玲奈『ごめんなさい、これからは健ちゃん」から「とは忘れて、幸せになって』【画像6−4】」までの末尾5行を除く。)の描写
6 本件映画のうち、別紙エピソード別対比表4−1のエピソード7の本件映画欄の描写
7 本件映画のうち、別紙エピソード別対比表4−2のエピソード7の本件映画欄(ただし、1枚目17行の「玲奈『だって……』」から末行の「玲奈が部屋を出ていく。」までの37行を除く。)の描写
以上

別紙 エピソード別対比表(対比表4−1)
別紙 エピソード別対比表(対比表4−2)


(別紙)人格権侵害認定表現目録
1 本件映画のうち、原判決別紙侵害認定表現目録記載1の描写
2 本件映画のうち、上記目録記載2@の玲奈の発言中、「おちんちん」との表現
3 本件映画のうち、上記目録記載2Aの玲奈の発言中、「おちんちん」との表現
4 本件映画のうち、上記目録記載2Bの玲奈の発言中、「おちんちん」との表現
以上

(別紙)合意に基づく差止一覧
(別紙)控訴人確定稿対比表


(別紙)合意に基づく差止一覧についての補足説明
1 控訴人指摘1
 本件著作物1の86頁から87頁には、「要領の悪い不器用な兄と、おばあちゃん子だった弟は、両親の想像を超えた行動をする。」、「朝が苦手で、いつも遅刻ばかりしていた兄と弟。」に対し、「私は毎朝一人で起きて、母が用意しておいてくれるドーナツとジュースを持って学校に行く。」という記載があり、被控訴人が兄弟と比べて手が掛からない子供であった旨の表現が共通している。
2 控訴人指摘2〜11
 本件著作物1の12頁から14頁には、停車していた四輪駆動車の運転席から、いかにも軽そうな痩せ型の茶髪の男に「ねぇ!」と呼び止められ、「道教えて」と道を尋ねられたこと、○○駅への道を地図で教えて欲しい旨を言われ、自転車を降りて、運転席の窓から地図を覗き込んだこと、背後にいた大男が自転車のハンドルに掛けていたはずの被控訴人のカバンを持って、開いていた後部ドアから四輪駆動車の後部座席に乗り込んだので、カバンを取り返すために手を伸ばしたところ、男に手を掴まれ車内に引っ張り込まれたことが記載されている。停車していた自動車の前部座席から男に呼び止められ、地図を示して道を尋ねられ、自転車を離れて前部座席に近付くと、後部ドアが開いて、道を尋ねた男とは別の第2の男が登場し、後部座席に引っ張り込まれるという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
3 控訴人指摘12
 本件映画の該当箇所でダンスミュージックは再生されていない。
4 控訴人指摘13
 被控訴人が車を降ろされた場所は、道を聞かれた場所から数メートルしか離れていなかったこと(20頁)、車内で犯罪を行っていることからすれば、窓にスモークが貼られていたことは想像に難くないが、その旨の明示的な記載は見当たらないし、被控訴人は車が動いていたのかも全く解らないことから(20頁)、路上駐車していたかどうかは必ずしも明らかではない。そうすると、本件著作物1と同一とも同趣旨とも認定できない。
5 控訴人指摘14
 本件著作物1の20頁には、被控訴人が車を降ろされた場所が道を聞かれた場所から数メートルしか離れておらず、自転車も同じ場所に止まったままだったが、誰も被控訴人に気付いていなかったことが記載されており、このような事件直後の描写から車内で事件が発生している時においても誰も異変に気付いていなかった旨が表現されているといえるほか、本件著作物1のその余の記載を見ても、車内で事件が発生している時に誰かが異変に気付いていたことを窺わせる記載はないから、車内で事件が発生している時に誰も異変に気付かないという点は、本件著作物1と本件映画とで共通しているといえる。
6 控訴人指摘15及び16
 本件著作物1の19頁から20頁には、「『ほら降りろよ!』と車のドアを開けられ、外に出たとき、私はちゃんと服を着ていた。」、「私は道に投げられたカバンを拾い上げ、それを抱えて歩道に立っていた。」、「私が車を降りたその場所は、道を聞かれた場所から数メートルしか離れていなかった。時間がどれくらい経ったのか、車が動いていたのかも、まったく解らない。」という記載があり、被控訴人が解放される前に被控訴人が引っ張り込まれた自動車が走っていたかどうかは明らかではないし、被控訴人が荷物のように地面に落とされたことは窺われない。そうすると、本件映画の主人公が引っ張り込まれたワゴンが静かに徐行していき、一旦停止すると、スライド式のドアが開いて、まるで荷物のように、主人公を地面に落としていく旨の表現は、本件著作物1と同一とも同趣旨とも認定することはできない。
7 控訴人指摘17
 本件著作物1の20頁には、被控訴人が解放された後、「車はいつのまにか、いなくなっていた。」と記載されており、車が走り去ったことが明らかであるほか、急発進するなど被控訴人の記憶に残るような態様で走り去った旨の記載はないから、犯人らの乗った車が静かに走り去ったという点は、本件著作物1と本件映画とで共通しているといえる。
8 控訴人指摘18
 本件映画の該当箇所に玲奈の着衣の乱れや肌の露出は描写されていない。また、本件著作物1には、被控訴人が公園の公衆トイレまで足を引きずるようにして歩いていった旨の記載はない。
9 控訴人指摘19
 本件著作物1には、被控訴人が公園の公衆トイレまで足を引きずるようにして歩いていった旨の記載はないし(前記8の控訴人指摘18と同じ)、公園内に誰もいない旨の記載もない。
10 控訴人指摘20
 公衆トイレの女性用に入っていった旨は、本件著作物1と本件映画とで同一である。控訴人は、そのような行動が屋外で強姦被害を受けた女性にとって一般的な行動であると主張するが、本件映画において、この場面が本件各著作物から使用している場面の一部を構成するものであることは明らかであり、この場面のみ、本件各著作物に依拠することなく、屋外で強姦被害を受けた女性の一般的な行動を表現したものとは認められない。控訴人の主張は、著作権による保護を上回る本件各著作物不使用の合意の内容を、著作権による保護と同レベルに引き下げようとするものにほかならない。
11 控訴人指摘21
 本件著作物1の21頁には、「下半身からお腹にかけて、血だらけだった。シャツにもついてる。」と記載されており、ブラウス又はシャツに血が付着しているという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。他方、本件著作物1には、被控訴人が鏡の前に立っていた旨の記載はない。
12 控訴人指摘22
 本件著作物1には、被控訴人が公園の公衆トイレにいた際に犯人の台詞を思い出した旨の記載はない。
13 控訴人指摘23及び24
 本件著作物1の14頁には、「『静かにしろよ!怪我したいのか!』耳元で、『カタカタカタ』という音がした。それがカッターの刃を出し入れする音だと、すぐに解った。」と記載されており、犯人が刃物を使用して反抗を抑圧したという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。他方、本件著作物1には、被控訴人が泣きじゃくっていたこと、犯人が被控訴人の両腕を押さえつけたこと、下半身を露出したもう一人の犯人がべっとり血の付着した二本の指を見せたことは、記載されていない。
14 控訴人指摘25
 本件著作物1の15頁には、「『うわ!マジかよ!』『おい!こいつ生理だぞ!』『ば
か!(車が)汚れんだろ!やめろ!』」と記載されており、犯人の一人が別の犯人に対し被害者が生理中である旨を告げたことが同一であることは明らかであるし、本件著作物1の上記記載には本件映画の「どうするよ?」との発言は明記されていないものの、被害者が生理中である旨を告げたことには犯行を継続するか否かを確認する趣旨が含まれていることは、その後の「汚れんだろ!やめろ!」という発言からも明らかであるから、結局、本件映画の「どうするよ?」との部分も含め、全体として同一であるといえる。
15 控訴人指摘26
 本件著作物1の14頁には、「『静かにしろよ!怪我したいのか!』」と記載されており、抵抗する被害者に対しその生命・身体に危害を加える旨脅したという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
16 控訴人指摘27
 本件著作物1の14頁から15頁には、犯人から脅される前には「息もままならなくて、もがいた。」と記載されている一方で、犯人から脅された後には「暴れようと思って力を入れても、身体が動かない。カッターに触れるのが怖かったのもある。押さえられて動けなかったこともある。でも、不思議なことに、自分の身体なのに、どう動いていいのかも分からず、金縛りみたいに動けなくなっていた。」と記載されており、刃物を持った犯人から脅されたことにより体が動かなくなったことは、本件著作物1と本件映画とで同一である。
17 控訴人指摘28
 本件著作物1の14頁には、「いつのまにか、後部座席に押し倒され横になった私は、タオルのようなもので目隠しされ、顔全体を押さえられていた。」と記載されており、本件著作物1には、被控訴人自身が両目を固く閉じたことや、恐怖で涙があふれてきたことは、記載されていない。
18 控訴人指摘29
 本件著作物1の15頁には、「『ばか!(車が)汚れんだろ!やめろ!』と記載されており、犯人の一人が別の犯人に対し車が汚れることから被害者に対する犯行を中止することを提案したという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
19 控訴人指摘30〜32
 本件著作物1には、犯人が被控訴人の洋服で手についた血を拭ってから、じっと被控訴人を見下ろしたこと、被控訴人が固く目を閉じて、泣きながら震えていたことは、記載されていない。
20 控訴人指摘33
 本件著作物1の16頁には、「『関係ねぇ。もったいねーし』と記載されており、被害者が生理中であるとしても犯行を継続する旨の発言という点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
21 控訴人指摘34
 本件著作物1の16頁には、「そして、奴が入ってきた。」と記載されており、犯人の下半身が被害者の中に入っていったことは、本件著作物1と本件映画とで同一であるし、その際、犯人の下半身が露出していたことは明らかであり、犯人の下半身が露出していたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
 また、本件映画には阿部が玲奈を姦淫する場面の描写があり、本件映画に脚本に対応する描写がないとはいえない。
 さらに、本件映画において、この場面が本件各著作物から使用している場面の一部を構成するものであることは明らかである。前後の場面から切り離して本件各著作物不使用の合意により姦淫行為の描写が禁止されていたか否かを検討することは相当でない。
22 控訴人指摘35〜37
 本件著作物1の25頁〜26頁には、被控訴人が別れたばかりの彼「B」に電話したところ、「B」が被控訴人に対し「どうしたんだ?絶対に動くな!そこにいろ!」と命じ、その後、携帯電話で「どこにいるんだ?」、「公園の周りをうろうろしてる……」、「バカ!早く分かるところに来い!コンビニの前に来られるか?」、「うん……」というやりとりをした末に、「彼が来た」ことが記載されており、被害者の恋人が被害者の元に駆け付けたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
 控訴人は、恋人から強姦されたと電話を受ければ、その場に走って駆け付けることは一般的な行動であると主張するが、本件映画において、この場面が本件各著作物から使用している場面の一部を構成するものであることは明らかであり、この場面のみ、本件各著作物に依拠することなく、恋人から強姦されたと電話を受けた男性の一般的な行動を表現したものとは認められない。前記10の控訴人指摘20と同様、控訴人の主張は、著作権による保護を上回る本件各著作物不使用の合意の内容を、著作権による保護と同レベルに引き下げようとするものにほかならない。
23 控訴人指摘38
 本件著作物1には、「泣いている私と、私の服を見て、彼は、『何かされたのか!?』と、驚いた顔で言った。」(27頁)と記載されており、被控訴人の洋服の状態と泣いている状態が強姦被害を想起させる程度の状態にあったことが表現されている。また、本件著作物1には、「シャツのボタンが弾かれた」(15頁)、「男の行為が終わった後、私は驚くほど冷静に服を着た」(19頁)、「胸のはだけたシャツを押さえて自転車を押して歩き始めた」(20頁〜21頁)とも記載されており、被控訴人のシャツは、少なくとも胸部のボタンが外れて、被害前と同様に着用することができなくなっていたことが読み取れるし、公園内の公衆トイレにおいて「悔しさと無力感が込み上げてきて、泣いた。」(21頁〜22頁)、元恋人に電話した際に「電話ごしの彼の声に、涙が溢れ出た。」(26頁)とも記載されており、元恋人が駆け付けた際に泣いていたばかりでなく、それ以前にも泣いていたことが読み取れる。本件著作物1には、「下半身からお腹にかけて、血だらけだった。シャツにもついてる。」(21頁)とも記載されており、被害者のシャツないしブラウスが壊されて、血が付着しており、被害者が会う前から泣いていた状態にあったという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
24 控訴人指摘39及び40
 本件著作物1には、犯人が誰なのかについての会話は記載されていない。
25 控訴人指摘41
 本件著作物1の27頁には、「『くそっ!!』彼のバイク用のヘルメットが、道路にたたきつけられた。」と記載されており、強姦被害を打ち明けられた恋人がその直後に怒りの声を発するとともに手近にある物に怒りをぶつけたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
 控訴人は、恋人が強姦されたことを知れば、犯人に対する怒りが込み上げてくることは一般的な行動であると主張するが、本件映画において、この場面が本件各著作物から使用している場面の一部を構成するものであることは明らかであり、この場面のみ、本件各著作物に依拠することなく、恋人が強姦されたことを知った男性の一般的な行動を表現したものとは認められない。前記10の控訴人指摘20と同様、控訴人の主張は、著作権による保護を上回る本件各著作物不使用の合意の内容を、著作権による保護と同レベルに引き下げようとするものにほかならない。
26 控訴人指摘42及び43
 本件著作物1には、元恋人が被控訴人の前にひざまずいて被控訴人の涙をぬぐったこと、被控訴人に対し「謝らないでくれよ」と述べたことは、記載されていない。また、本件映画では、健治の「おまえは被害者じゃないか」という台詞は使用されていない。
27 控訴人指摘44
 本件著作物1の36頁には、「『お前、仕事行くのか?こんな日くらい休めよ……』」
と記載されており、恋人が被害者に対し仕事を休むことを勧めたことは、本件著作物1と本件映画とで同一である。
 控訴人は、社会人である恋人が強姦された場合、次の日に会社を休むよう進言することは一般的な行動であると主張するが、本件映画において、この場面が本件各著作物から使用している場面の一部を構成するものであることは明らかであり、この場面のみ、本件各著作物に依拠することなく、社会人である恋人が強姦された男性の一般的な行動を表現したものとは認められない。前記10の控訴人指摘20と同様、控訴人の主張は、著作権による保護を上回る本件各著作物不使用の合意の内容を、著作権による保護と同レベルに引き下げようとするものにほかならない。
28 控訴人指摘45
 本件著作物1の36頁には、「『こんなことで仕事を休んでいいの?なんて言って休めばいいの?ホントのことなんて言えないよ!』」と記載されており、仕事を休むことを勧められた被害者が「なんて言って休めばいいの?」と述べたことは、本件著作物1と本件映画とで同一である。対面での会話か、電話での会話かによって、発言内容の同一性が変わるものではない。
29 控訴人指摘46
 本件著作物1には、元恋人が「これからは、いつも一緒にいるから」と述べたことは、記載されていない。本件著作物1の30頁には、「『ずっと側にいてやるから』と約束をしてくれた彼と一緒に、事情聴取を受けた。」と記載されているが、この発言は、文脈からして事情聴取の際には一緒にいることを述べたにすぎないと理解するのが自然であり、同趣旨であるともいえない。
30 控訴人指摘47〜50
 本件映画の該当箇所に脚本に対応する描写はない。
31 控訴人指摘51
 本件著作物1には、被控訴人が強姦被害を受けている際に泣き出したこと、あるいはそれと同趣旨の記載はない。
32 控訴人指摘52
 本件著作物1には、「いつのまにか、後部座席に押し倒され横になった私は、タオルのようなもので目隠しされ、顔全体を押さえられていた。男が私のお腹の上に乗っている。」、「シャツのボタンを弾かれたのは、まったく覚えていない。」と記載されており、犯人が後部座席に被害者を押し倒し、上衣の前面を破壊したという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。控訴人は、この場面は強姦の描写における一般的な記述であると主張するが、本件映画において、この場面が本件各著作物から使用している場面の一部を構成するものであることは明らかであり、この場面のみ、本件各著作物に依拠することなく、強姦の描写における一般的な記述として表現したものとは認められない。前記10の控訴人指摘20と同様、控訴人の主張は、著作権による保護を上回る本件各著作物不使用の合意の内容を、著作権による保護と同レベルに引き下げようとするものにほかならない。
33 控訴人指摘53
 本件著作物1には、ズボンのベルトが切られることが分かった後の記憶が一部欠落しており、ズボンと下着が下ろされたことは覚えていない旨記載されているから、玲奈のタイトスカートと下着が乱暴に引き下げられるとの本件映画の表現が本件著作物1の表現と同趣旨とは認め難い。
34b控訴人指摘54
 本件映画の該当箇所に脚本に対応する描写はない。
35 控訴人指摘55
 本件著作物1には、被控訴人が強姦被害を受けている際に泣きわめいていたこと、あるいはそれと同趣旨の記載はない。
36 控訴人指摘56
 本件著作物1には、フラッシュバックに関し、「私の場合は毎月やってくる生理が引き金となり、始まってから終わるまでの一週間近くは、トイレに行くこともイヤで、膀胱炎になりかけたこともあった。トイレで生理用品を投げつけたり、シャワーでずっと身体を洗っていることもあった。」との記載があり(60頁)、被害者が通常以上にずっと体を洗い続けるという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
37 控訴人指摘57
 本件著作物1には、被控訴人がボディソープではなく浴槽用洗剤を直接体に吹きつけて、力を込めて体を洗っていく旨の記載はない。
38 控訴人指摘58
 本件映画では、玲奈の「汚れが」という台詞は使用されていない。
39 控訴人指摘59〜61
 本件著作物1には、被控訴人の元恋人が事件現場に立って通り過ぎていく車のテールランプを見つめたり、路上駐車している車を見て回ったり、犯行に使用されたものと同じ種類の車を見かけなかったか尋ねたりした旨の記載はない。
40 控訴人指摘62〜64
 本件著作物1には、イギリス留学が決まった男性の友人と恋人として付き合ってみようと思ったが、「彼の部屋に行っただけで、私は吐いてしまった。彼の目の前で。/異性に『男』を感じた瞬間、相手が私を女として見たと感じると同時に性の対象と見られたと感じ、吐き気をもよおす。」との記載(106頁)や、「実際、その後出会う男性とも、身体が触れると気分が悪くなってしまった。」との記載(107頁)、後の夫となる男性が部屋に泊まると、「『ちょっとトイレ行ってくるね』/やっぱり吐いてしまう。」との記載(108頁)があり、被害者が男性から異性として見られ、身体に触れられると吐き気を催し、トイレで嘔吐することがあったという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
 控訴人は、PTSDとして吐き気の症状が出るということは一般的なものであると主張するが、恋愛関係にある、あるいは、これから恋愛関係になりたい異性であっても、身体に触れられるとトイレで嘔吐してしまうというエピソードは、本件著作物1に繰り返し顕れるエピソードであり、本件映画において、この場面が本件各著作物から使用している場面の一部を構成するものであることは明らかであって、この場面のみ、PTSDの一般的な症状から着想してこれを表現したものとは認められない。
41 控訴人指摘65
 本件著作物1には、被控訴人が生理中であることに気付いた犯人の一人がその旨を告げたのに対し、別の犯人が「関係ねぇ。もったいねーし」と言った旨が記載されており、犯人の一人が被害者が生理中であることが分かった上で、もったいない旨を述べたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。本件映画では、幻覚・幻聴として描かれていることを考慮しても、発言の趣旨が変わるものではない。
42 控訴人指摘66
 本件著作物1には、別紙対比表4−1のエピソード6のとおり、「一人で帰らなければならないときは、『また襲われてもいいの?心配じゃないの?』と、脅迫じみた電話をして彼に迎えに来てもらったことが、何度もあった。」との記載があり(74頁)、被害者が恋人又は元恋人と一緒に行動したいことから「また襲われてもいいの?」と脅迫的な発言をするという点は、本件著作物1と本件映画とで同一である。
43 控訴人指摘67
 本件著作物1には、別紙対比表4−1のエピソード6のとおり、「そんな私の相手をすることに疲れたのか、喧嘩をすると、彼の口からも『お前ホントは喜んでたんだろ。スリルがあって気持ちいいとか思ってたんだろ』『お前みたいな汚れた女とつき合ってやってんだ。感謝しろ!』という言葉が出るようになった。」との記載があり(74頁)、被害者の恋人又は元恋人が被害者に対し強姦されている際に本当は気持ちいいと思っていたのではないかという趣旨を感情的に述べたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
44 控訴人指摘68
 本件著作物1には、別紙対比表4−1のエピソード6のとおり、「そんな私の相手をすることに疲れたのか、喧嘩をすると、彼の口からも『お前ホントは喜んでたんだろ。スリルがあって気持ちいいとか思ってたんだろ』『お前みたいな汚れた女とつき合ってやってんだ。感謝しろ!』という言葉が出るようになった。」との記載があり(74頁)、被害者の恋人又は元恋人が被害者との交際について、付き合ってやっているのだから感謝して欲しいという趣旨を感情的に述べたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
45 控訴人指摘69
 本件著作物1には、別紙対比表4−1のエピソード6のとおり、「『B』に電話をしてしまう……。『頼むから、もう俺のことは忘れて、幸せになってくれ』/彼は言った。/もう恋人じゃないことは解っている。でも、『B』に頼り、何かあると電話をしてしまう癖が抜けない。」との記載があり(107頁)、被害者が被害直後に強姦被害を打ち明けた被害者の恋人又は元恋人が「頼むから、もう俺のことは忘れて、幸せになってくれ」と述べたという点は、本件著作物1と本件映画とで同一である。
46 控訴人指摘70及び71
 本件著作物1には、別紙対比表4−1のエピソード7のとおり、被控訴人が被害直後は被害に遭いそうになったと打ち明けていた母親に対し、本当は被害に遭ったことを後日打ち明けたところ、「『なんでいまさらそんなこと言うのよ!?あんたの言うこと信じられない!』/母は私に怒りをぶつけてきた。私を心配するどころか、驚くような勢いで怒った。」との記載がある(80頁)。和代は興奮して唇をぶるぶる震わせているという本件映画の表現は、怒りの感情を表したものと認められるから、後日になって被害を打ち明けられた被害者の母が被害者に対し、被害から時間が経った時期になぜ被害を打ち明けたのか、被害者の言動が信じられない旨を怒って述べたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
47 控訴人指摘72
 本件著作物1には、別紙対比表4−1のエピソード7のとおり、「それだけでなく、事件後自分の気持ちを立て直すのに手いっぱいだった私に、両親は、親子関係を修復するための誠意を見せろと課題を課した。『お前は強い子だから、そんなこと(事件のこと)を気にするような子じゃないでしょ』」との記載があり(83頁)、被害者の親が強姦被害に遭ったことを「そんなこと」と表現して、被害者に対し「お前は強い子だから、そんなこと」と言ったという点は、本件著作物1と本件映画とで同一であり、強姦被害に遭ったことを気にしないように言ったという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
48 控訴人指摘73〜75
 本件著作物1には、「私の両親は、普段から、とても厳しい人だ。・・・『口の利き方が悪い!』と、殴られたりもする。たとえそれが父の聞き間違いであったとしても、謝るのは子どものほうだ。/万が一、それを指摘して、『お父さん、謝ってよ』なんて言った日には、『親に向かって謝れとは何事だ!?』と、手が飛んできて、その後延々とお説教をされる。」との記載があり(84頁〜85頁)、被害者の父親が被害者が反発すると、被害者を手で叩いたり、被害者の発言について「親に向かって・・・何事だ」と言ったという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。控訴人は、被害者が事件を告白した日に殴ったかどうかが異なると主張するが、本件映画は本件著作物1の上記記載の場面を利用したものと認められ、理由がない。
49 控訴人指摘76
 本件著作物1には、別紙対比表4−1のエピソード7のとおり、「私が二次被害という実態を知り、感じたのは、思いもよらない、親の対応からだった。/『あんたが襲われたのはあんたのせいではないけど、私たちのせいでもないんだから、そんなことで私たちを責めないでよね!』/これは母の言葉である。」との記載があり(83頁〜84頁)、被害者の母親が被害者に対し、被害者が襲われたのは被害者の両親のせいではないから、被害者の両親を責めないで欲しい旨を厳しい口調で述べたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
50 控訴人指摘77
 本件著作物1には、別紙対比表4−1のエピソード7のとおり、「『なぜ当事者の私のことを一番に考えてくれない?“辛かったね”ってたった一度でも抱きしめてくれたらどんなに安心したか……』/私が求めているのはそんなことだった。それをそのまま母に伝えたこともある。」との記載があり(81頁〜82頁)、被害者が被害者の母が抱きしめてくれたら安心するという心情を抱いていたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。控訴人は、兄に向けられた台詞か否かが異なると主張するが、本件映画でも、ドアの向こうにいるはずの兄からはその前の呼びかけにも反応がなく、台詞の内容からしても必ずしも兄だけに向けられた台詞とはいい難く、被控訴人の心情を記載した本件著作物1とは同趣旨であると認められる。
51 控訴人指摘78
 本件著作物1には、前記40の控訴人指摘62〜64で引用のとおり、被控訴人が男性から身体を触れられると気分が悪くなることや、被控訴人又は男性の部屋に二人きりになり、男性から異性として見られると吐き気を催してトイレで吐いてしまうことなどが記載されているが、昼間の公園で転ばないように抱き留められただけでトイレに駆け込んで嘔吐するという場面までは記載されていない。
52 控訴人指摘79
 本件著作物1には、「事件から二年近く経った頃、渋谷の東急ハンズで買い物中に、誰かも分からない奴から精液をかけられるいたずらをされたことがあった。/ショーケースを覗いていた私の背後に何か当たった感じがして、腰を手で確認しようとすると、そこには液体がべったりとついていた。それが精液だと気づいたとたん、事件のときの固まった感情が、固まったまま蘇った。/ふわっと頭の中が抜けたように思考が硬直し、身体が震え始める。一緒にいた彼(後の夫)は、何もできずに、ただ見ていた。泣きながらトイレに行く私をどうしようもできずにいた。」との記載(57頁)や、「こんなことになったら、間違いなく私は震え始め、涙が出てきて吐いてしまう。」との記載(115頁〜116頁)があり、被害当時の記憶が蘇ると、体が震えて、泣いてしまうという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
53 控訴人指摘80
 前記51の控訴人指摘78で記載したことと同様である。
54 控訴人指摘81〜85
 本件著作物1には、被控訴人の夫との夫婦生活について、「乱暴に扱われ、怯えると、『どうしたの?』と聞かれ、何が怖いと感じたのか説明することもあった。/そのときは、困った顔をしながらも『ごめん』と謝ってくれる。・・・でも、彼は、数日後には私が『怖い』と訴えたことを忘れてしまう。・・・そんなときは、怖いという気持ちを出さないように、別のことを考えて気を紛らわすしかなかった。それがどんなに屈辱で、なぜ相手に伝えられないかは、男性には到底理解できないことなのかもしれない。/『早く終われ』/……あのときと同じだ……。」との記載(116頁〜117頁)、「私が恥ずかしくて照れ臭くて『できない』『恥ずかしい……』と言っていると思っている。/『それも説明しなきゃだめか……』/『震えたり涙が出るのを我慢してやってんだ!』/そう叫びたかった。」との記載(117頁〜118頁)、「(判決注・入籍後も)セックスについては、何も変わらず、嫌悪も解消されなかった。」との記載(132頁)、「夫とのセックスの後に吐いていたことを打ち明けると、承諾してくれた。」との記載(171頁)があり、被控訴人が夫との夫婦生活において、乱暴に扱われると「怖い」と訴え、夫が「ごめん」と謝ることがあったこと、平素から嫌悪を感じ、震えたり涙が出るのを我慢したりしながら応じており、夫婦生活の後に一人で嘔吐していたことが記載されており、玲奈が唇を噛みしめ声を押し殺し、涙を流しながら夫婦生活に応じていたが、途中で「怖い」と訴え、菊池が「ごめん」と謝り、夫婦生活の後、玲奈が一人で嘔吐するという本件映画の場面は、本件著作物1の上記記載と同趣旨であると認められる。
55 控訴人指摘86
 本件著作物1には、事件から2年後に夫と結婚し(131頁)、事件から4年半(すなわち結婚から2年半)が経ち、気持ちや事実の整理ができてきたが(169頁)、「夫はともかく、周りの友人や親戚から、『子どもは?』と聞かれることも多くなってきた。『結婚』という縛りが、私にはとても大きくのしかかった。『子どもをつくらなくちゃいけない』と。」(170頁)と記載されており、義母である晴江が入籍から3年経ったことを確認した上で「ええかげん、孫の顔見せてちょうだいよ」と発言するという本件映画の場面は、本件著作物1の上記記載と同趣旨であると認められる。
56 控訴人指摘87
 本件著作物2には、被控訴人が性暴力被害の経験者3000人弱から寄せられた事実をまとめた上で、「『言えない』という現実については、『相談先』(図7)の結果からも推し量ることができると思います。/『どこにも届けていない』が断トツの85%です。」との記載があり(101頁)、図7の相談先の円グラフによれば、警察を相談先に選んだのは4%にすぎないと認められるから(97頁)、性犯罪被害を受けながら警察に被害届を出さない女性が9割近く、つまり、ほとんどだと統計により知ったという本件映画の玲奈の発言は、警察ないし公的機関に相談しない被害女性が9割前後であるという点において、本件著作物2の上記記載と同趣旨であると認められる。
57 控訴人指摘88
 本件著作物2には、被控訴人が性犯罪被害を受けた多数の人々とメールで交流していることが記載されているほか、被控訴人が取り上げられたテレビ番組が初めて放送された後、「この30分で私のホームページを通じて送られてきたメールが軽く100通を超えているではありませんか。」との記載があり(163頁)、被控訴人が開設しているホームページ上に性犯罪被害を受けた人がメールを送るための項目が用意されていることが窺われるものの、その旨の明示の記載はなく、ホームページのタイトルやデザインなども記載されておらず、本件映画のディスプレイ画面は、本件著作物2の記載と同一とも同趣旨とも認められない。
58 控訴人指摘89
 本件著作物2には、前記57の控訴人指摘88で引用したとおり、被控訴人が性犯罪被害を受けた人との交流をも目的としてホームページを開設したことを窺わせる記載があるものの、その旨の明示の記載はなく、性犯罪被害を受けた人と交流したいと考えてウェブサイトを設立したという本件映画の玲奈の発言は、本件著作物2の記載と同一とも同趣旨とも認められない。
59 控訴人指摘90〜92
 本件著作物2には、「私をはじめてテレビ番組で取り上げてくれたのが、テレビ東京のドキュメンタリー番組『ザ・ドキュメンタリー』でした。」との記載(156頁)に続けて、テレビ東京のMさんと初めて会った際、「彼女は私の手記が掲載されている『AERA』の記事を読み、私のホームページの記述をプリントアウトして持ってきてくれました。」、「Mさんは当時警視庁の記者クラブにいました。通常のドキュメンタリー番組は、テレビ局とは別の制作会社が持ち込むものが多いそうですが、年に数回、局が独自のものを作る機会があるそうです。/彼女はその枠で、性暴力について取り上げたいとのこと。」との記載(157頁〜158頁)があり、テレビ局の女性記者が被害者のホームページを見た上で、事実を報道する番組に被害者のことを取り上げたいと言ってきたという点は、本件著作物2と本件映画とで共通している。
60 控訴人指摘93
 前記58の控訴人指摘89で記載したのと同様に、本件著作物2には、被控訴人が性犯罪被害者のウェブサイトを運営しているとの記載はない。他方、本件著作物2には、「多くの学者、研究者ら専門家が参加したシンポジウムで、『Yです。7年前、性犯罪の被害にあいました』で始まる私の発言。」との記載があり(153頁)、被害者が公衆の面前で7年前に性犯罪の被害に遭ったと発言するという点は、本件著作物2と本件映画とで共通している。
61 控訴人指摘94
 本件著作物2には、父親から性交渉を強要されている中学生について記載されているが(107頁〜118頁)、本件映画における水野亜紀に関する具体的な描写を離れて、14歳の少女という人物設定だけでは、本件著作物2の記載と同一とも同趣旨とも認められない。
62 控訴人指摘95
 本件著作物1には、後の夫となる男性と同棲することを実家に報告しに行った際のことについて、「実家に報告に行くと、父がすごい剣幕で私に怒鳴った。『男と住むなんて、何を考えているんだ!?冗談じゃない!二度と家に顔を出すんじゃない!』/いまどきそんな親がいるのかと思うくらい、父は憤慨し、私の言い分をまったく聞かなかった。母は、いつでも父の言うことが絶対である。何度かの言い合いの末、この一言で私は殴られ、勘当された。/『親らしいこともできないくせに、こんなときだけ親面しないでよ!』」との記載があり(110頁〜111頁)、被害者が親から勘当されるに当たり、親らしいことをしてもらわなかった旨を言ったという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
 控訴人は、本件映画ではテレビ出演に関するやりとりで発せられた台詞である点が異なるとするが、本件映画において、被控訴人が被控訴人の親に対し被害に遭ったことを後日打ち明けたところ、被控訴人の言動が信じられない旨怒って言われるなどして、親子関係が悪化した末、勘当されるに至り、その際、被控訴人が上記経緯も踏まえて、親らしいことをしてもらわなかった旨を言ったという本件著作物1の一連の場面を利用していることは明らかである。
63 控訴人指摘96、97
 本件著作物1には、被控訴人の父が、被控訴人について自分が知っていた姿ではなくなってしまったとか、被控訴人が理解できない旨を述べたという記載はない。
64 控訴人指摘98
 本件著作物1には、前記62の控訴人指摘95で引用したとおり、被控訴人の父が被控訴人に対し「二度と家に顔を出すんじゃない!」と述べて勘当した旨の記載があり、被害者の父が被害者を勘当したという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
65 控訴人指摘99
 本件著作物2には、本件映画の水野亜紀に相当する中学生が被控訴人を知った経緯について、「まず、どうして私のことを知ったのかを尋ねるメールを返信しました。/『知り合いが、Yさんの本を持っていて』」との記載があり(108頁)、被控訴人を知ることになったのは知り合いが持っている被控訴人が書いた本であり、テレビではないことが認められ、水野亜紀がテレビを観たとして白石玲奈に声を掛けるという本件映画の場面は、本件著作物2の記載と同一とも同趣旨とも認められない。
66 控訴人指摘100
 本件著作物2には、本件映画の水野亜紀に相当する中学生が一晩だけ家出した旨の記載はあるが、「街で見知らぬ人と一緒に過ごすのも危険だと私が心配すると、どうにかネットカフェにひとりで入ってくれることになりました。」とも記載されており(111頁〜112頁)、また、「また家出をしてしまうかもしれないけど、平気」というメールを最後に、数か月間連絡が途絶え、被控訴人が「彼女はまだ中学生。何度も家出を繰り返すうちに新たな被害にあう可能性も否定できません。夜の街をさまよっていれば、補導されて家や学校での追及が厳しくなり、彼女自身をいっそう、苦しめることにもなります。」と心配したことが記載されているが(114頁)、実際に家出をしたのかどうか、家出をしたとしてどの程度の期間であったのか、どのような生活を送っていたのかについては何ら記載されておらず、本件映画のように、数日間髪を洗っておらず、衣服も薄汚れている様子の末に、夜の繁華街をさまようように歩いていく旨の記載はない。
67 控訴人指摘101
 本件著作物2には、中学3年生の時に実家の物置で強姦の被害に遭ったという50代の女性について記載されているが(123頁〜125頁)、本件映画における関谷加世子に関する具体的な描写を離れて、52歳の女性という人物設定だけでは、本件著作物2の記載と同一とも同趣旨とも認められない。
68 控訴人指摘102
 本件著作物2には、本件映画の関谷加世子に相当する50代の女性が、中学3年生の時に、大学生の兄の友人2人に実家の物置で強姦されたこと(124頁)、その記憶を30年以上にわたり封印していたが、被控訴人に初めて被害を打ち明けたこと(123頁)が記載されており、50代の女性が中学3年生の時に、当時大学生だった兄又はその友人に、実家の物置又は蔵で強姦されたという点は、本件著作物2と本件映画とで共通している。
 控訴人は、50代の女性が話す台詞であるかどうかや被害の内容が異なると主張するが、上記のとおり、関谷加世子の年齢設定に加え、被害に遭ったのが中学3年生であり、当時大学生であった兄がいて、実家の物置又は蔵で強姦被害に遭ったこと、30年以上経ってから被控訴人又は白石玲奈に初めて被害に遭っていたことを告白することなどの強い類似性からすれば、本件映画において、本件著作物2の50代の女性の強姦被害の告白の場面を利用していることは明らかである。
69 控訴人指摘103〜105
 本件著作物2には、父親から性交渉を強要されている中学生について記載されており(107頁〜118頁)、本件映画は上記記載に着想を得たものと認められるが、本件著作物2における上記中学生についての記載では、母親も健在であるが、口止めされているので母親に相談する気にはなれないこと、父親との性交渉は物心ついた頃からであったこと、父親との性交渉について違和感を覚えることなく育ってきたようであったことが記載されている一方、死にたかったが怖くて死にきれなかったことは記載されておらず、11歳の時に母親が亡くなって以降、毎晩父親から性交渉を強要され、死にたかったが怖くて死にきれなかったという本件映画の水野亜紀の発言は、本件著作物2の場面を利用しているものとまでは認められない。
70 控訴人指摘106〜107
 本件著作物2には、本件映画の水野亜紀に相当する中学生には「好きな人がいたのです。」との記載があるが(111頁)、「好きな人」についての具体的な記載はないし、「好きな人」が自分のように汚れた女の子は嫌いだろうと想像しての発言は記載されていない。
71 控訴人指摘108
 本件著作物1には、「ある日、母から、父が出張でいないから、泊まりに来てほしいと電話があり、実家に行った。/その晩、母と並んで寝た。・・・母は続けた。『女の子は、誰かと一緒に幸せになるまでは、自分のことなんて、隠してでも、精一杯良く見せていたほうが、楽だと思うのよ。Yにもそうやって幸せになってほしい。だけど、わざわざ人前で自分が被害にあったことを話すのは、すごく遠回りをしているように見えて……どうしてYはそんな生き方を選ぶの?』」との記載があり(203頁〜204頁)、本件映画において、被控訴人の母が、被控訴人の父が出張中に被控訴人を実家に呼び出して、二人で並んで寝ながら、被控訴人が性犯罪被害に遭った事実を公にしたことについて会話するという本件著作物1の場面を利用していることは明らかである。
72 控訴人指摘109
 本件著作物1には、被控訴人の母が被控訴人と枕を並べて寝るのは何年ぶりかしらと発言した旨の記載はない。
73 控訴人指摘110
 本件著作物1には、前記71の控訴人指摘108で引用のとおり、被控訴人の父が出張中に被控訴人が実家に泊まったことが記載されている。
 他方、本件著作物1には、被控訴人の父が被控訴人が実家に泊まったことを知ったらどのような反応を示すのかについての記載はない。
74 控訴人指摘111、112
 本件著作物1には、被控訴人が実家に泊まったことが被控訴人の父の発案である旨の被控訴人の母の発言や、それを踏まえて勘当だって言ったくせにとの被控訴人の反応についての記載はない。
75 控訴人指摘113
 前記71の控訴人指摘108で記載したところと同様である。
76 控訴人指摘114
 本件著作物1には、前記71の控訴人指摘108で引用したとおり、被控訴人が性犯罪被害に遭った事実を公にしたことについて、これを隠しておくべきだったという趣旨で、被控訴人の母が、女の子は幸せになるまでは世間から良く見られないことについては隠して秘密にする方が楽であると発言したことが記載されており、被害者の母が、被害者に対し、女の子は幸せを掴むには秘密にしておくべきことは隠しておく方がよい旨を述べたという点は、本件著作物1と本件映画とで共通している。
以上
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