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【事件名】講演会の無断ライブ配信事件
【年月日】平成28年12月15日
 東京地裁 平成28年(ワ)第11697号 著作権侵害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成28年10月27日)

判決
原告 A(以下「原告A」という。)
同 B(以下「原告B」という。)
同 C(以下「原告C」という。)
同 D(以下「原告D」という。)
上記4名訴訟代理人弁護士 内田智
被告 E
同訴訟代理人弁護士 山口貴士


主文
1 被告は、原告A及び原告Bに対しそれぞれ7万円、原告Cに対し1万2000円、原告Dに対し4000円並びにこれらに対する平成27年12月12日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを100分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告A及び原告Bに対しそれぞれ550万円、原告C及び原告Dに対しそれぞれ110万円並びにこれらに対する平成27年12月12日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Aに対し、別紙1謝罪広告目録記載1の新聞に、同目録記載3の体裁で、同目録記載2の謝罪広告を一回掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、原告ら4名による講演を被告がインターネット上で配信したことに関し、@原告らが被告に対し、原告らそれぞれの著作物である上記講演中の各原告の口述部分に係る公表権及び公衆送信権が侵害されたと主張して、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償金として原告A及び原告Bにつき各550万円、原告C及び原告Dにつき各110万円並びにこれらに対する不法行為の日である平成27年12月12日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を、A原告Aが被告に対し、上記配信は原告Aの名誉又は声望を害する方法で行われたと主張して、著作権法115条に基づく名誉回復措置として謝罪広告の掲載をそれぞれ求める事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告らは、いずれも宗教法人Fの元職員又はこれに関連する活動を行っている者である。
イ 被告は、戦後史全般をテーマに調査・取材活動を行っている著述家である。
(2) 原告らによる講演
ア 平成27年12月12日午後1時頃から午後4時30分頃までの間、千葉市内において、原告Dの企画による「第3回真理講演会」(以下「本件講演会」という。)が開催された。(甲1の1)
イ 本件講演会では、冒頭に原告Dが主催者として約3分間、原告Cが来賓として約10分間の挨拶をし、それぞれ本件講演会の意義の紹介等を行った。午後1時45分頃からは原告Bが、午後3時頃からは原告Aが、それぞれ約1時間にわたり上記宗教法人の活動等に関する講演を行った(以下、これらの挨拶及び講演を「本件講演」と総称する。)。
ウ 本件講演会の会場の定員は86名であり、参加費用は1人当たり1000円であった。本件講演会に参加するには事前の申込みが必要であったが、参加者の資格等に制限はなく、本件講演会のチラシには「ご家族、お友達お誘いあわせてご参加ください。」などと記載されていた。(甲1の1及び2、乙9)
(3) 被告による本件講演の配信
 被告は、本件講演会に参加し、同日午後零時55分ころから原告Aの講演が終了した午後3時59分頃までの間、継続して、インターネット上の配信サイトであるツイキャス(Twit Casting。以下「ツイキャス」という。)において、自己のスマートフォンで収集した本件講演の映像及び音声のライブ配信(以下「本件配信」という。)を行った。(甲5)
(4) 被告によるコメントの投稿
 ツイキャスには、配信されているコンテンツに対して視聴者及び配信者がコメントを投稿する機能があるところ、被告は、本件配信の際、別紙2コメント一覧のとおり計25件のコメント(以下「本件コメント」という。)を投稿した。このうち、被告が同日午後2時09分頃に投稿したコメントは「今話してるのは、Bさんという人。この人の話、ツマンナイでしょ。しかし、ラスボス・Aは、この後3時から」というもの、原告Bの講演の終了前後の時間帯である午後2時51分頃に投稿したコメントは「ラスボス登場」というものであった。(甲5)
2 争点
(1) 本件配信による公表権(著作権法18条1項)侵害の成否
(2) 本件配信の「時事の事件の報道」(同法41条)該当性
(3) 本件コメントによる原告Aの名誉又は声望の毀損の有無(同法113条6項)
(4) 原告らの損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件配信による公表権侵害の成否)について
(原告らの主張)
 言語の著作物である本件講演は、本件配信により、原告らの許諾もなく原告らが認識もしないまま公衆に広く提示された。被告による本件配信はライブ中継であり、本件講演を直ちに公衆に送信するものであるから、社会通念上、本件講演は本件配信の時点で「まだ公表されていないもの」(著作権法18条1項)に当たる。
(被告の主張)
 本件講演は、本件講演会において著作権者である原告らが口述したことにより公衆に提示されており、公表されている。また、原告らによる口述とツイキャスにおける本件配信との間にはタイムラグが存在し、本件講演がされた後に本件配信を視聴者が視聴したことになるから、被告の行為は既に公表された著作物を配信したものといえる。
(2) 争点(2) (本件配信の「時事の事件の報道」該当性)について
(原告らの主張)
 本件配信により原告らの著作物である本件講演につき原告らが有する公衆送信権が侵害されたことは明らかである。
 本件配信が時事の事件の報道に当たるとの被告の主張は争う。
(被告の主張)
 原告Aは保守系市民団体のキーパーソンであり、同団体は憲法改正を目標の一つとしているため、被告は、原告Aが本件講演の際に同団体の活動報告として憲法改正問題等に言及する可能性が高いと考え、本件配信を行った。憲法改正が国民の重大な関心事となっていることからすれば、憲法改正に向けた活動において重要な役割を果たしていると考えられる原告Aの講演内容、その余の原告らの発言内容が著作権法41条の「時事の事件」に該当することは当然である。本件講演は「当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物」であり、被告は本件コメントを付した上で本件講演を生中継したものであるから、本件配信は同条に基づく著作物の適法な利用であり、被告が著作権侵害の責任を負うことはない。
(3) 争点(3)(本件コメントによる原告Aの名誉又は声望の毀損の有無)について
(原告Aの主張)
 被告は、原告Aの講演の際に「ラスボス登場」等のコメントを付して本件配信を行っているところ、「ラスボス」がコンピューターゲーム等において「最後の強大なる悪役」、「打倒すべき敵」として悪意を込めた用語であることからすれば、本件配信は原告Aの名誉又は声望を害する方法で行われたものであり、原告の著作者人格権が侵害されたことは明らかである(著作権法113条6項)。よって、原告Aは被告に対し、名誉回復措置として謝罪広告の掲載を求めることができる。
(被告の主張)
 現在では「ラスボス」という表現が否定的な意味で使われることは少なく、「ラスボス」とのコメントにより、一般の視聴者が原告Aについて「最後の強大なる悪役」等の印象を抱くことはない。被告は原告Aについてマイナスイメージを与える用語を使用しておらず、本件コメントは論評としての相当性を逸脱するものではないから、被告が本件配信に本件コメントを付したことについては違法性がない。
(4) 争点(4)(原告らの損害額)について
(原告らの主張)
 本件講演の公衆送信権侵害による財産的損害は、原告A及び原告Bについて各400万円、原告C及び原告Dについて各50万円をそれぞれ下らない。また、本件講演が不特定多数の者に対して無断に送信されたことにより、原告らは著しく困惑して不快感を覚えたのであり、公衆送信権侵害による精神的損害は、原告A及び原告Bについて各30万円、原告C及び原告Dについて各10万円をそれぞれ下らない。
 本件講演の公表権侵害による精神的損害は、原告A及び原告Bについて各70万円、原告C及び原告Dについて各40万円をそれぞれ下らない。
 弁護士費用は、原告A及び原告Bについて各50万円、原告C及び原告Dについて各10万円である。
(被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件配信による公表権侵害の成否)について
 本件講演は原告らそれぞれの思想を言語により表現したものであり、各原告の発言部分ごとに言語の著作物に該当するところ(甲8〜10の各1及び2参照)、前記前提となる事実によれば、本件講演会は、定員86名の会場で行われ、対象者が限定されておらず、事前に申込みをすれば誰でも参加することができるものであったというのである。そうすると、本件講演は、不特定又は多数の者に対して行われたものであって、原告らの口述により公衆に提示され、公表されたと認められる。
 この点につき、原告らは、本件配信はライブ配信であり、本件講演が原告らによる口述と同時に配信されるため、本件配信の時点では本件講演は未公表であった旨主張する。しかし、本件配信は原告らが公に口述するのに先立って本件講演を配信するものではなく、原告らによる口述を前提として、これをそのまま配信するものであるから、本件配信は原告らが公表した著作物についてされたものというほかない。
 したがって、本件配信による公表権侵害は成立しない。
2 争点(2)(本件配信の「時事の事件の報道」該当性)について
 被告は言語の著作物である本件講演をインターネット上の配信サイトで配信したものであるから、被告の行為は本件講演に係る各原告の公衆送信権を侵害する行為に該当する。
 これに対し、被告は、本件配信は「時事の事件の報道」(著作権法41条)に該当するため原告らの著作権が制限され、公衆送信権侵害は成立しない旨主張する。そこで検討すると、まず、この点に関する被告の前記主張を前提としても、本件講演それ自体が同条にいう「時事の事件」に当たるとみることは困難である。これに加え、同条は、時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成する著作物等を「報道の目的上正当な範囲内」において「当該事件の報道に伴って利用する」限りにおいて、当該著作物についての著作権を制限する旨の規定である。本件配信は、約3時間にわたり本件講演の全部を、本件コメントを付して配信するものであるから、同条により許される著作物の利用に当たらないことは明らかである。
 したがって、本件配信は上記公衆送信権を侵害するものと認められる。
3 争点(3)(本件コメントによる原告Aの名誉又は声望の毀損の有無)について
 被告が本件配信の際、原告Aに関して「ラスボス・Aは、この後3時から」、「ラスボス登場」などのコメントを投稿したことは前記前提となる事実(4)のとおりである。
 原告は上記各コメントが原告Aの名誉又は声望を害するものであると主張する。そこで判断するに、前記前提となる事実(3)及び(4)に加え、証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば、被告による本件講演の利用方法は本件講演の映像及び音声をそのまま公衆送信するというものであり、被告による本件コメントは本件配信が行われるインターネットの画面上で上記映像の脇に表示されるにとどまると認められる。また、「ラスボス」との表現については、「最後のボス」を表現すると一応解し得るものであるが、原告らはこれが悪意を込めた用語であると主張するものの、一般的にそのような意味合いで用いられていると裏付けるに足りる証拠を提出していない。一方、証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、この表現は人の社会的評価を低下させる趣旨で使用されない場合もあると認められるのであり、本件においても、前後の文脈及び別紙2記載のコメント内容に照らせば、原告Aの講演が本件講演会の見せ場であるという趣旨で「ラスボス」との表現が使用されたと解する余地もある。さらに、被告による上記各コメント以外のコメントも原告Aの社会的評価を低下させるものであるとは解し難い。そうすると、被告による本件講演の利用の方法が原告Aの名誉又は声望を害するものであったと認めることはできないから、謝罪広告に関する原告Aの請求は理由がない。
4 争点(4)(原告らの損害額)について
(1) 本件配信につき公衆送信権侵害が成立することは前記(2)のとおりである。
 そこで、これにより原告らが被った財産的損害の額についてみるに、前記前提となる事実に加え、証拠(甲1の1及び2、甲3〜5)及び弁論の全趣旨によれば、本件配信は本件講演会の音声を主としており、本件配信に係る映像は本件講演会の模様を認識できるものではないこと、原告Dの挨拶は約3分、原告Cの挨拶は約10分であり、原告B及び原告Aの講演はそれぞれ約1時間のものであり、その音声が全て配信されたこと、本件講演会の参加費用は1人当たり1000円であり、被告はこれを支払って本件講演会に参加したこと、本件配信は誰でも無料で視聴可能であるが、その総視聴者数は437人であったこと、被告は本件配信の際、視聴者から配信時間を延長するためのアイテムである「コイン」の提供を受けたのみであり、本件配信により経済的利益を得ていないこと、以上の事実が認められる。これらの事実を総合すれば、本件講演の公衆送信権侵害による損害額は、原告A及び原告Bにつき各6万円、原告Cにつき1万円、原告Dにつき3000円と認めるのが相当である。
 なお、原告らは公衆送信権侵害による精神的損害の賠償も求めるが、本件の証拠上、上記損害額に加えて、原告らに賠償を認めるべき精神的損害が生じたと認めることはできない。
(2) 本件訴訟の内容及び認容額に照らし、被告による公衆送信権侵害と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告A及び原告Bにつき各1万円、原告Cにつき2000円、原告Dにつき1000円であると認めるのが相当である。 (3) 以上によれば、被告は、原告A及び原告Bに対してはそれぞれ損害額合計7万円、原告Cに対しては損害額合計1万2000円、原告Dに対しては損害額合計4000円並びにこれらに対する不法行為の日である平成27年12月12日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
5 よって、原告らの請求は上記の限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 林雅子
 裁判官 中嶋邦人


(別紙1)謝罪広告目録
1 掲載誌・種類 産経新聞・全国版
2 謝罪広告
 私、Eは、平成27年12月12日に千葉市で開催された「第3回 真理講演会」において、講演者A氏の講演を同人の許諾なく無断公衆送信し同人の著作権を侵害致しました。A氏及び同講演会の関係者に対して深く謝罪を致します。今後は法に触れることは二度としないことを皆様に誓約致します。
 平成 年 月 日 著述業 E
3 掲載の体裁
 突出広告 (横55o、縦62o)
 本文は、12ポイント以上の活字による。
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