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【事件名】カーナビ地図データの使用許諾契約事件
【年月日】平成28年11月28日
 大阪地裁 平成27年(ワ)第6363号 使用権料請求事件(第1事件)、
 平成27年(ワ)第4858号 使用権料返還請求事件(第2事件)
 (口頭弁論終結日 平成28年9月30日)

判決
第1事件原告・第2事件被告(以下「原告」という。) データウエスト株式会社
同訴訟代理人弁護士 坂元英峰
同 井上昌治
第1事件被告・第2事件原告(以下「被告」という。) 株式会社ミラリード
同訴訟代理人弁護士 小川朗
同 山田義隆


主文
1 被告は、原告に対し、1445万4246円及びこれに対する平成27年5月14日から支払済みまで年15%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求及び被告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1事件及び第2事件を通じてこれを10分し、その3を原告の、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
 被告は、原告に対し、5940万円及びこれに対する平成27年5月14日から支払済みまで年15%の割合による金員を支払え。
2 第2事件
 原告は、被告に対し、1億円及びこれに対する平成26年6月12日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 請求の要旨
 第1事件は、原告が被告に対し、原告が使用権あるいは著作権を有する地図データについて、被告との間の有償使用許諾契約に基づき、使用権料1億5500万円(税抜き)の残金5940万円(5500万円とその消費税)及びこれに対する支払期日の翌日である平成27年5月14日から支払済みまで同契約で定める年15%による遅延損害金の支払を請求した事案である。これに対し、被告は、同契約による使用権料について支払済みの1億800万円(1億円とその消費税)を超える額の合意はなく、また、同契約は原告が地図データを提供しなかった債務不履行に基づき解除されたと主張して争っている。
 第2事件は、被告が原告に対し、上記使用許諾契約の解除に基づく原状回復請求権として、支払済み使用権料1億円の返還及びこれに対する同金員受領の日である平成26年6月12日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による利息の支払を請求した事案である。これに対し、原告は、上記解除の有効性を争うとともに、仮に上記解除が有効であるとしても原告は被告に対して使用権料の支払請求権を有する等と主張して争っている。
 (以下、特に記載がない限り、摘示する証拠番号は第1事件におけるものである。また、金額の表記は、特に記載がない限り税抜きの額である。)
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲証拠により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
 原告は、いわゆるカーナビゲーションシステムのメーカーであり、地図データの制作及び販売、ソフトウェアの企画、製作及び販売、ハードウェアの輸入・輸出及び販売を行っている株式会社である。
 被告は、自動車用品製造及び販売等を行っている株式会社である。
(2) 使用許諾契約の締結
 原告と被告は、平成26年5月14日付けで、原告が使用権あるいは著作権を有する地図データ(以下「本件データ」という。)について、被告に対して有償での使用を許諾する契約を締結した(以下「本件契約」という。)。
 本件契約に係る使用許諾契約書(以下「本件契約書」という。)には、下記の条項がある(甲1、条項内の文言のうち、「甲」は「原告」、「乙」は「被告」、「DATAWESTデータ」は「本件データ」を指す。)。

第1条 目的
 甲は乙に本契約に基づき、DATAWESTデータの使用を許諾するものとする。
 乙は本契約の条項を誠実に厳守の上、DATAWESTデータを本契約期間に限り使用するものとする。
第2条 定義
2.「使用許諾地域」とは、本契約に添付される付属別表使用許諾地域を意味する。(以下略)
第4条 使用権の取得
1.使用権
 甲は乙に対して、DATAWESTデータについて、使用許諾地域における非独占的/譲渡禁止/再使用権設定不可の使用権を許諾する。また、当該使用権は使用許諾地域第5条に規定する範囲および使用許諾地域に記載されている用途に限定して、乙にDATAWESTデータの使用を許諾するものとする。
第5条 料金および支払い
1.使用権料
 乙は、使用許諾地域に記載されている金額の使用権料を甲に支払うものとする。当該使用権料は使用許諾地域に定められている日を支払期日とする。
2.複製使用料
 乙は、使用許諾地域に記載されている金額の複製使用料を甲に支払うものとする。複製使用料は使用許諾地域に記載されている日を支払期日とする。また、複製使用料の支払金額の算定方法は使用許諾地域に特別に定められていない限り、以下のとおりである。
@ 第5条第1項に基づく使用権料は、第5条第2項の使用許諾地域の複製使用料の支払に充当することができる。
A 契約暦年において、使用権料は複製使用料への充当の有無に関わらず、払戻はできない。また、当該使用権料はその他のいかなる契約暦年への使用権料および複製使用料への適応/充当、他の使用許諾地域の使用権料および複製使用料への適応/充当、またはその他の甲へのいかなる支払いにも適応/充当することは出来ない。
4.支払期日
 乙は、使用許諾地域に記載されている支払期日に必要とされる全ての料金およびその他の費用を甲に支払うものとする。
6.支払不履行
 本契約に基づいた乙の支払いに対して遅滞または不履行となった場合、乙は支払期日からその全額支払いを終えるまでの期間の合計額に対する15%の年率(または、法によって許可されている最大率が15%未満であった場合、その許可されている最大年率)で甲に遅延損害金を支払うものとする。
7.複製使用の申請(発注)
 乙は甲に対して乙がDATAWESTデータを複製する都度ごとに事前に複製使用申請書(発注書)を交付するものとする。(以下略)
第6条 期間および満了
4.その他の終了
 甲および乙は、いずれかの当事者に以下の事柄が発生した場合、本契約を直ちに解除することができる。
E 本契約もしくは使用許諾地域等の個別契約上の重大な債務不履行又は違反。
第17条 契約の形式および効力
1.完全合意
 本契約及び使用許諾地域(使用許諾地域別表および使用権料表も含む)は、本契約の内容に関して両当事者間における完全合意とし、それに先立って行われた両当事者間の全ての交渉/約束/確約に優先する。
2.変更・修正
 本契約の変更・修正は、甲および乙の権限ある代表者又は代理人が記名捺印した文書によってのみ行うことができる。
(以下略)
(3) 付属別表
 「使用許諾地域(日本国)」とされる付属別表(以下「本件別表」という。)には下記の条項がある(甲2、条項内の文言のうち、「甲」は「原告」、「乙」は「被告」を指す。)。

 甲と乙とは、甲と乙の間ですでに締結された使用許諾契約書に定める使用許諾地域(以下「本使用許諾地域」という)を以下の通り締結する。
第1条 使用者および当該契約期間
 乙(使用者):被告
 使用許諾契約の発行日:2014年5月14日
 使用許諾契約の満了日:2015年5月13日
 使用許諾地域の発行日:2014年5月14日
 使用許諾地域の満了日:2015年5月13日
第6条 使用権料
 使用許諾契約および本使用許諾地域に定められる使用権料は、使用権料と複製使用料の二つによって構成され、甲により使用許諾地域ごとに「使用権料表」として発行されるものとする。乙は甲に対して使用権料表に従い使用権料を支払うものとする。(以下略)
(4) 使用権料表
 原告が、平成26年5月に被告に対し本件契約書及び本件別表と共に交付した「使用許諾地域(日本国)第5条に関わる『使用権料表』」と題する書面(以下「本件使用権料表」という。)には、下記の条項がある(甲3、ただし、本件契約において、次の使用権料を支払う合意が成立しているかについては、当事者間で争いがある。)。

1:使用権料(年次使用許諾料)
1.使用権料
 乙は、使用許諾地域(日本国)に関わる使用権料として、下記の通り甲に支払うものとします。
 基本使用権料は155、000、000円とします。そのうち100、000、000円を2014年6月13日までに支払うものとします。また、残金の5、000、000円については2015年5月13日までに支払うものとします。
 また、乙は上記金額に消費税を加算して甲に支払うものとします。
(以下略)
2.複製使用料
 乙は、使用許諾地域(日本国)に関わる複製使用料として、下記の通り甲に支払うものとします。ただし、複製枚数の計算は契約期間中の累計とは解釈されず、契約暦年度ごとに1枚から計算されるものとします。
複製使用料
複製数 基本地図データ 基本使用権料
4G 8G
1〜100,000 3,100 4,250 155,000,000
100,001以降 3,000 4,100  
(5) 被告による支払と複製使用等
ア 被告は、平成26年6月12日、原告に対し、本件契約の使用権料として1億800万円(税込み)を支払った。
イ その後、被告は、原告に対し、本件データの複製使用申請を複数回にわたって行い、原告は、これに応じ、本件データの提供を行った。
ウ 被告は、原告に対し、平成26年12月26日付けの「使用権料に関するお願い」と題する書面を交付し、協議中の本件契約に基づく使用権料残金の支払につき、平成27年4月から8月まで毎月末日限り1000万円、同年9月末日限り500万円の6分割の支払とさせてもらいたい旨申し入れた(甲4)。
 また、被告は、原告に対し、平成26年12月26日付けの「使用許諾契約内容変更願い」と題する書面を交付し、使用権料の金額が1年以内に消化できない場合、翌年に持ち越しができる契約内容に変更するよう求めた(甲5)。
エ 被告は、原告に対し、平成27年2月6日付けの「使用権料に関する件」と題する書面を交付し、使用権料については、原告の提案にある残金5500万円を支払うことはできない旨申し入れた(甲6)。
オ 被告は、平成26年12月11日付けの「複製使用申請書(発注書)」を提出し、工場搬入希望日を平成27年2月20日とする4Gの本件データ3030枚の複製を依頼したのに対し、原告は、同月18日、不安の抗弁を主張し、被告が原告に対して残金の履行を提供するか、相当の担保を提供するまでは被告に対して上記申請に応じた本件データの提供を拒否する旨、被告に通知した(甲7、甲8の1及び2)。
(6) 被告による本件契約解除の意思表示
 被告は、平成27年3月11日、原告に対し、本件契約を原告の債務の履行不能を理由に解除する旨の意思表示をした(以下「本件契約解除」という。甲9、併合前第2事件における甲6の2)。
(7) 本訴の提起等
 被告は、平成27年5月20日、原告に対し、第2事件を提起した。
 原告は、同年6月26日、被告に対し、第1事件を提起し、その後、第2事件は第1事件に併合された。
3 争点
(1) 本件契約における使用権料の額(争点1)
(2) 被告による本件契約解除の有効性(争点2)
(3) 本件契約解除が有効である場合の原告の未払使用権料支払請求権の存否・被告の既払使用権料返還請求権の存否(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件契約における使用権料の額)について
【原告の主張】
(1) 本件契約書は、その付属別表である「使用許諾地域(日本国)」(本件別表)と一体をなしている。本件別表第6条に記載されているとおり、本件契約に関して被告が原告に対して支払うべき使用権料は、原告がさらに別途発行する「使用権料表」によって定まるものである。したがって、その記載どおり、被告は原告に対し、使用権料(本件使用権料表には「基本使用権料」と記載されているが、以下単に「使用権料」と記載する。)として総額1億5500万円を支払うこと、そのうち、@平成26年6月13日限り、1億円、A平成27年5月13日限り、5500万円を支払うことを本件契約の内容として合意した。
(2) 原告は、第三者からライセンスを受けた地図データをカーナビゲーションデータとして使用できる様に編集、加工してこれを制御するカーナビゲーションソフトと共に提供するものであるため、原価割れを防ぐために10万枚を3億1000万円という提案を当初していた。原告は、被告がこの額の大きさに契約締結を躊躇していたため、原告と被告とが同じ製品をブランド等を変えてそれぞれ別の納品先に卸して、納品先からの理不尽な減額交渉を回避するのに協力することを約すること(以下「包括契約」という。)を前提として、本件データ5万枚で1億5500万円という規模を縮小した提案を行った。これに対し、被告はライセンス消化できない分についての持ち越しを希望していたが、原告は受け入れられないとしてこれを拒絶しており、本件契約は原告主張のとおり確定していたものである。
(3) 原告は、平成26年5月20日、被告に対し、別の納品先にそれぞれの商品を卸すという市場分割(主にオートバックス、イエローハット)の実行等を約する包括契約の案を提示した(乙1)。しかし、その後も市場分割につき何らの進展もなかったため、原告が被告に問いただしていたところ、同年6月末頃、それまで原告と取引のあったイエローハットが、被告の担当者の言により、原告との取引を停止することとなった。このように、市場分割が不可能となったにもかかわらず、被告から何ら新たなメリットの提供も提案されなかったため包括契約の交渉の打切りを判断し、結局、包括契約は締結されていない。
【被告の主張】
(1) 原告と被告との間で、本件契約締結時点において、本件契約における使用権料について1億円を超えた額、その支払方法、使用権の持ち越しについての合意は成立しておらず、継続して協議することとしていたもので、本件別表の有効性及び本件使用権料表が本件契約に適用されることについては争う。
(2) 原告からは、当初、使用権料を1億5000万円とし、使用許諾期間を1年間とする提案がされていたが、被告は、使用権料を1億円、データ4Gの複製使用料を3000円とし、使用許諾期間を2年間とする代替案を提示した。
 これに対し、原告代表者は、包括契約を締結することを前提として、使用権料の翌年への持ち越しを容認する旨の発言をしていたこと、原告が本件契約の早期締結を要望したことから、被告は、包括契約の締結と併せて継続して協議することとして本件契約を締結したものである。
 被告は、廉価版カーナビゲーション機器のオートバックスにおける販売実績を有していたところ、原告は、被告の同業者であるカーナビゲーション卸業者との取引が破談になり、イエローハットや一部のホームセンターへの販売ルートを持つ取引業者としか取引がなかったことから、被告との本件契約及び包括契約(市場分割を含む。)は、オートバックスへの販路を開くという原告にとって多大なメリットのあるものであった。
2 争点2(被告による本件契約解除の有効性)について
【被告の主張】
(1) 解除事由
 被告が、平成27年3月11日、原告に対してした解除は、以下の解除事由に基づくもので、有効である。
ア 履行不能解除
 原告からの本件データの提供は、被告がこれをカーナビゲーション機器に搭載してオートバックスに卸売りすることを予定していたものであるが、オートバックスとの売買契約においては納期が定められていたにもかかわらず、本件データの納品を受けられなかったため他から地図データを納入せざるを得なくなったもので、本件契約における原告の債務は社会通念上履行不能となった。
イ 商法525条に基づく解除
 本件契約は、上記のとおり、被告とオートバックスとの売買契約を前提としたものであるから、同売買契約に定められた納期までに履行されなければ意味をなさない旨の合意がされた相対的定期売買であるから、商法525条により、当然解除されたものとみなされる。
ウ 本件契約第6条4項Eに基づく解除
 原告の算定を前提としても、6988万5990円もの前受金が残存しているにもかかわらず、原告は、本件契約における原告の主たる債務である本件データの納品を拒否したもので、「本契約・・・上の重大な債務不履行」である。
(2) 解除条件付きの使用権との主張について
 原告は、本件契約による使用権の性質が解除条件付きのものであり、条件成就により被告の使用権は失われている旨主張するが、原告の主張は、対価関係にあり債務不履行の規定が存在する契約が解除条件付きであるといっているに等しく、飛躍がある。
 本件契約において完全合意条項まで規定されている(第17条1項)にもかかわらず、本件使用権が解除条件付きであるという規定は全く存在しないのであるから、原告の主張は理由がない。
(3) 不安の抗弁について
 原告は、「不安の抗弁」を主張し、原告による本件データ提供の拒絶が正当であるように主張するが、このような抗弁は以下のとおり認められない。
ア 原告は、使用権と使用権料とが対価関係にあることを前提に、被告が原告の主張する使用権料の残金支払を履行しないことが明らかであるとして、不安の抗弁を主張するが、本件契約においては、第5条2項@において使用権料の複製使用料への充当関係を明示しており、本来的には使用権と使用権料が対価関係にはないことを示している。本件契約において、支払済みの使用権料を複製使用料に充当することに関し、何らの条件を付していないこと等からすれば、使用権料は支払済金額の範囲内において当然に複製使用料に充当されると考えるのが自然である。
イ 不安の抗弁は、取引上の信義則と当事者間の公平の原理に基づいて、契約成立後に後履行義務者の財産状況が悪化した場合に先履行義務者が自己の先履行を拒絶し得るという法理であるところ、明文にない抗弁が認められるためには、先履行を求めることが信義則上是認できない程度の著しい不公平が存在しなければならない。その判断基準としては、@後履行義務の存在が明確であること、A後履行義務者が既に一部の履行をしている場合には、先履行義務者の履行義務と明確に均衡を失していることが必要である。
 本件においては、使用権料名目の支払額等について当事者間に争いがあり、証拠上明確な合意に基づかない債務の履行を拒否したとしても、原告の先履行義務を否定するほどの当事者間の不公平が生じるとはいえない。また、被告は、原告が本件データ複製の履行を拒絶した日(平成27年2月18日)時点において、使用権料を前提としない場合の複製使用料の単価を前提としても、被告の複製申請に関する本件データを複製するに十分の複製使用料を支払済みであった。
 また、一般に、不安の抗弁は、当事者の一方の経済状態が極めて悪化し、先履行の債務を履行すると、後日相手方が倒産する等により回収が不可能となることが確実である場合に認め得るものであるところ、本件においてこのような事情は存在しない。
 このような状況で不安の抗弁を認めることは、かえって取引上の信義則及び当事者間の公平に反するものであり、これを認めるべきではない。
【原告の主張】
(1) 解除事由
 被告の主張は全て否認ないし争う。
 商法525条は商人間の売買契約を前提とするところ、本件契約は使用許諾契約であり、売買契約に該当しない。
(2) 被告の複製使用の請求は使用権に基づかないものであること
 本件契約においては、使用権料のうち1億円を支払うことにより、被告には一応の使用権を付与されているが、それはあくまでも使用権料を約定どおりに全額支払うことを条件とする不確定なものである。すなわち、被告による使用権料の全額支払が行われないこと(あるいは使用権料の支払拒絶の意向を表明すること)を解除条件とする使用権の付与である。
 したがって、被告が使用権料の残金を支払わないとの意思を明確にした時点で、解除条件の成就により使用権を喪失したものというべきである。
(3) 不安の抗弁
 原告の履行拒絶は、不安の抗弁に基づくものであり、原告の責めに帰すべき不履行はない。
ア 本件契約における対価関係
 本件契約においては、使用権と使用権料が対価関係にあり、本件契約における使用権は、被告が使用権料を約定どおり全額支払うことを条件に付与されているものである。
 被告による複製使用権は、被告が適法に使用権を有し、かつ、行使し得る状態にあることを前提に付与されるもので、複製使用権と対価関係にあるのは、使用権料とは区別して規定されている「複製使用料」である。
イ 使用権の付与と行使容認が先履行となっていること
 原告は、被告に対し、使用権の付与及び行使の容認という先履行義務を負っている。これに対し、被告は、原告に対し、自らが後履行義務を負う使用権料の残金の支払を明確に拒絶したものであるところ、使用権料総額のうち35.5%に相当する多額の金額につき、原告の後履行義務の誠実な履行に対する不安が保護されなくてよいということにはならない。
 原告は、複製使用請求を拒絶ないしは留保しているのではなく、その前提であり基礎となる使用権の行使継続を拒絶ないし留保しているものである。
ウ 使用権料をもって複製使用料に充当できるという点について
 本件契約において使用権料をもって複製使用料の支払に充当することができるとされているが、上記アのとおり、被告に使用権の行使が認められない以上、複製使用も認められない。
 本件契約において、「充当することができる」と定められているとおり、当然に充当されるものではなく、また、原告が充当を行うものであるから、被告が適法に使用することが認められる場合にのみ充当を認めるものである。
3 争点3(本件契約解除が有効である場合の原告の未払使用権料支払請求権の存否・被告の既払使用権料返還請求権の存否)について
【原告の主張】
(1) 本件契約において、被告が原告に支払う使用権料は、本件データの複製使用をする権利の大本となる使用権の対価なのであるから、被告が既に複製使用をする権利を行使している以上、仮に本件契約解除が有効であるとしても、本件契約上、1億5500万円全額の支払義務を負っているものであるから、被告は、残金である5500万円を支払うべきものである。
(2) 被告の主張する契約解除に基づく原状回復請求権の法的性質は不当利得返還請求権と解されているものであるが、仮に本件契約解除が有効であるとしても、原告が受領した使用権料については不当利得返還請求権の要件を充足していない。
ア 被告が支払った1億円は、本件データの複製使用をする権利の大本となる使用権の対価であり、被告は既に複製使用権を行使し、合意した単価で相当数の本件データの複製使用も行っている以上、1億円と対価関係にある便益等を既に享受しているというべきであり、原告において何ら不当利得と評価すべきものはない。
イ むしろ、被告は、本件契約上、使用権料として1億5500万円を全額支払わなければ本件データの複製使用ができなかったもので、被告としては追加支払の必要があるものである。
ウ 仮に、不当利得と評価する部分があるとしても、被告が現に複製使用権を行使し、本件データを受領している部分については、いかなる見地からも原告に不当利得がないことは明らかである。
【被告の主張】
(1) 本件契約において、1億円を超える合意は存在しない。
(2) 本件契約の解除に基づく原状回復義務として、原告は、被告に対し、受領した1億円を返還する義務を負う。
ア 本件契約は、本件契約の期間満了時に残存した使用権料があっても払戻しをしない旨の規定(第5条2項A)や契約違反時の解除の規定はあるが、不当利得返還請求を禁止する旨の規定は置いていない。
イ 仮に、解除時の不当利得返還請求権が認められないとすれば、残存使用権料相当額は、損害賠償請求によって請求できるものである(第6条3項2文)。
 また、仮に、原告の帰責事由により被告が本件契約を解除しても、使用権料の返還が認められないとすれば、原告が本件契約の債務を一切履行しない場合でも被告は1億円もの使用権料が返還されないということになり、著しく正義に反することになる。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実(前提事実を含む。)
 証拠(後掲証拠、甲16、乙7、乙8、証人P1、証人P2、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件契約の締結
ア 原告は、従前から他社との間で地図データの使用許諾契約を締結してきたが、平成25年12月頃、被告から本件データ使用料の問合せを受け、当初は、これまでの使用権料表の案(乙5)を参考に提示した上で、年間複製数10万枚で使用権料を年間3億1000万円とする提案を行っていたが、その後の交渉により、今後原告と被告との間で販売ルートや販売方法等で互いに協力していく包括契約を締結することを念頭において、年間複製数5万枚で使用権料を年間1億5500万円とする提示を行った(乙5、原告代表者尋問調書2頁、7から8頁、14から15頁)。
イ 原告と被告は、被告が既にカーナビゲーションの受注をしていたことから、先に使用許諾契約を締結することとし、原告代表者は、平成26年5月19日、被告の担当者であったP3に対し、本件契約書、本件別表及び本件使用権料表等を手渡し、その後、被告が原告に対し、本件契約書及び本件別表を記名押印の上で返した(甲1ないし3、乙6の1及び2、原告代表者尋問調書35から36頁、50から51頁、証人P1尋問調書5頁。なお、証人P2・2頁)。
 そして、原告代表者は、同月20日、P3に対し、「今後の協議残事項」として、「包括契約概案」のファイルを送付した。包括契約概案には、互いに交渉を行うべき事項として、「1:市場テリトリーの区分(主にはオートバックス、イエローハットなど)」、「2:互いの市場共存と繁栄の精神に基づき、今後の商品の共同企画、および、ライバル企業との競争戦略を共に行い誠実に実行する」との記載がされ、原告から被告への提供可能なメリットとして、基本使用料の金額が1年以内に消化できない場合に例外的に翌年に持ち越しを認めるなどの記載がされていた。(甲13、乙1)
ウ 被告は、平成26年6月13日、原告に対し、本件契約の使用権料として1億800万円(税込み)を支払った。
エ その後、原告代表者は、同年8月31日頃、被告に対し、包括契約の交渉を打ち切る旨伝え、同年9月4日に持たれた被告担当者らとの会合においてもその意向を変えず、結局、包括契約は締結されなかった(乙2、乙7、原告代表者尋問調書22頁)。
(2) 原告の本件データ提供の拒絶に至る経緯等
ア 被告は、平成26年7月3日以降、原告に対し、順次、複製使用の申請を行い、原告は、履行期が平成27年1月15日分までの本件データの複製を提供した。原告が本件データの複製を提供する方法は、複製マスターと、プロテクトキー(申請数以上に複製できない仕組みとなっている。)と、申請数分の許諾シールを提供するというものであった。そして、原告は、これらの申請分に係る複製使用料を既払の使用権料から差し引き、上記の平成27年1月15日までの本件データの複製後において、既払使用権料の充当後残額は6988万5990円(税込み)であった。
 原告は、被告に対し、毎月末に請求書と共に複製使用履歴表を送付しており、被告は、平成26年10月6日申請分(履行日同年11月20日分)までの複製使用履歴表を受け取った。(甲12、証人P2尋問調書17頁)
イ 被告は、同年12月2日、株式会社オートバックスセブンから、納期を平成27年3月6日とする3000台のカーナビゲーションの発注を受けた(乙4)。
 これに伴い、被告は、平成26年12月11日、原告に対し、工場搬入希望日を平成27年2月20日とする3030枚の複製使用申請書を提出した(甲7)。
ウ 被告は、原告に対し、平成26年12月26日付けで、@「使用権料に関するお願い」との書面において、「現在オートバックス様をはじめとする自動車用品の業界では市場の動向が大変厳しい状況に有り併せて急激な円安に伴う貿易商品のコストアップと弊社にとっても厳しい状況に有ります。そこで、貴社と協議中の使用許諾契約に基づく使用権料残金の支払いに関しまして誠に申し訳ございませんが、下記のとおり2015年9月までの分割払いとさせて頂きたくお願いいたします。」と記載して、本件契約の使用権料の残金5500万円につき6回の分割払いを申し入れるとともに、A「使用許諾契約内容変更願い」と題する書面において、「2014年5月14日より取り交わしております使用許諾契約に関しまして今後とも継続的に取引関係を構築していく為ご検討賜りますよう宜しくお願いいたします。」、「地図データの使用許諾契約書No−MR0140514・01J(日本向け)に関して、基本使用料の金額が1年以内に消化できない場合翌年に持越しが出来る契約内容に変更をお願いします。」、「以上2点に関しまして現在の契約書に追記又は変更を何卒宜しくお願いいたします。」と記載して、使用権料の金額が1年以内に消化できない場合翌年に持ち越しができる契約内容に変更することを求めた(甲4、甲5)。
エ これに対し、原告が、これを受け入れず、本件契約書及び本件使用権料表に従い、使用権料を1億5500万円とし、翌年への持ち越しは認めないとの態度を示したところ、被告は、原告に対し、平成27年2月5日、本件契約を更新しない旨の連絡を行うとともに、残金5500万円を支払うことができないとの意思を明らかにした上で、同月6日付けの「使用権料に関する件」と題する書面において、「貴社と協議中の、使用許諾契約書第5条記載の使用権料金につきまして、貴社ご提案には同意できません。よって、貴社ご提案にある残金5500万円については、お支払することは出来ませんのでどうぞ宜しくお願いいたします。」と記載して送付した(甲6、乙3、原告代表者尋問調書23から25頁、証人P2尋問調書6から7頁)。
オ そこで、原告は、同月18日、被告に対し、いわゆる不安の抗弁に基づき、被告が残金履行あるいは相当の担保を提供するまでは、本件データを提供しない旨通知し、上記イの3030枚の複製使用申請に対し、これを拒絶する旨通知した(甲8の1及び2)。
 これに対し、被告は、同年3月10日付けの書面にて、原告に対し、「貴社は、正当な理由なく、本契約における貴社の一切の債務の履行を強く拒絶し、現に、当社の平成26年12月15日付複製使用申請への対応を行っていません。かかる状況からすれば、本契約に基づく貴社の債務は社会通念上履行不能であり、当社は、本契約第6条第4項第6号及び民法543条本文の規定により、本書をもって本契約を解除いたします。」と通知し、本件契約を解除する旨の意思表示をし、平成27年3月11日、同書面は原告に到達した(甲9、併合前の第2事件における甲6の2)。
2 争点1(本件契約における使用権料の額)について
(1) 本件契約における使用権料については、本件契約第5条において本件別表に記載された金額を支払う旨定められているところ、本件別表には、「使用権料は、・・・甲(原告)により・・・『使用権料表』として発行されるものとする。」とされており、本件使用権料表には、基本使用権料は1億5500万円とすると記載されている。
 被告は、本件契約書及び本件別表と共に本件使用権料表を受け取り、そのうち原告及び被告双方の記名押印の記載欄がある形態を採る本件契約書及び本件別表に被告の記名押印を行っていることからすれば、使用権料を1億5500万円とする本件使用権料表を前提とした上、同額を支払うとする本件契約に合意したものといえるから、原告と被告は、本件契約の締結により、本件使用権料表に記載のある1億5500万円の使用権料の額を、その使用権料の支払方法等も含めて合意したものと認めるのが相当である。
(2)ア これに対し、被告は、本件使用権料表に被告の記名押印がない点を指摘し、同表における金額については合意していない旨主張するが、上記のとおり、本件使用権料表は原告により発行されるものと明記されていることからすると、本件使用権料表に被告が記名押印することは予定されていないから、被告の指摘は理由にならない。
イ また、被告は、当初原告から使用権料を1億5000万円と提示されたのに対し、使用権料を1億円、4Gデータの複製使用料を3000円、使用許諾期間を2年間とする提案をしたなどとして、本件契約は締結したものの、その使用権料については、本件使用権料表に合意しておらず、1億円を超える額やその支払方法等については、使用権料の翌年への持ち越しを含む包括契約を前提として協議を継続していたもので合意されていないと主張する。
 しかし、上記のとおり、被告は、使用権料を1億5500万円とする本件使用権料表を本件契約書と共に受け取りながら、本件契約書及び本件別表に記名押印して原告に交付している。この点について、証人P2は、本件契約書等を受け取った後に、原告に対し、使用権料を1億円と修正するよう求めたところ、原告代表者は、使用権料は引き続き協議に応じる、使用権料表には署名押印を行わないので大丈夫だと回答した旨証言(同人の尋問調書2頁から3頁)、陳述(乙8)するが、本件別表では、使用権料は原告が発行する「使用権料表」として発行される旨が明記されていることからすると、その金額が1億5500万円と明記された使用権料表が原告から発行されており、被告の意図よりも5500万円も高額であるにもかかわらず、それに異議のある被告側において、上記のような口頭の説明のみで了解して本件契約書及び本件別表に記名押印するとは考え難いところである。また、契約書を作成した翌日に原告代表者が送付した包括契約(概案)(乙1)にも、使用権料の翌年持ち越しについては交渉事項として記載されているものの、使用権料の金額については何ら記載されていないし、そもそも、億円単位の対価を支払う契約において、対価額を合意しないまま契約書を作成するに至ること自体考え難いことである。したがって、証人P2の上記証言及び陳述は採用できない。
 また、被告は、本件契約締結直後の平成26年5月20日に原告代表者から包括契約についての概案の提示を受けながら、原告代表者が包括契約の交渉を打ち切ると通知した同年8月末頃までの間、被告が未だ合意に至っていないという使用権料や包括契約についての交渉を原告と行った事実も認めることができず、被告において協議中の使用権料の額等、諸条件を確定させるような姿勢はうかがわれない。
 むしろ、被告は、包括契約の締結がされないことが確定した後の同年12月26日頃には、その残金に関し5500万円を分割払とさせてもらいたいとの申入れを行う(甲4)など、使用権料の残金が5500万円であることを前提とするような行為を自らしている。この点について、証人P2は、この申入れは、同日にした使用権料持ち越しの申入れ(甲5)と併せて、同持ち越しを認めてもらえれば使用権料5500万円の追加支払に応じるとの趣旨を述べたものであると証言する(同人の尋問調書16頁から17頁)が、甲4にも甲5にもそのような趣旨は記載されておらず、かえって、甲4には、経済情勢のために被告の状況が厳しいことから使用権料残金の支払を分割払とするよう求めているのであり、これらの記載に照らして証人P2の上記証言は採用できない。
 このような経緯からすれば、本件契約における使用権料の額は、本件契約の時点において、本件使用権料表のとおり合意されていたと認めるのが相当であり、本件契約における使用権料の額が未だ協議中であったとする被告の主張は採用できない。
3 争点2(被告による本件契約解除の有効性)について
(1) 原告の責めに帰すべき債務不履行の有無
ア 被告の平成26年12月11日付けの複製使用申請に対し、原告が平成27年2月18日にこれを拒絶したことは上記1(2)イ及びオのとおりである。この点について、原告は、被告が同月6日付けで使用権料の残金の支払を拒絶したことにより、@被告は本件契約に基づく使用権を喪失した、そうでないとしてもA原告は不安の抗弁に基づいて正当に履行を拒絶した旨主張し、原告の責めに帰すべき債務不履行はない旨主張するので、まずこの点を検討する。
イ 被告の使用権喪失の有無について
(ア) 原告は、本件契約における使用権と使用権料とは対価関係にあるもので、使用権は使用権料を全額支払うことを条件に付与されているものであるから、使用権は、使用権料全額の期日までの支払がないことを解除条件として付与されているものであり、そのため、被告が使用権料の残金の支払を拒絶したことにより被告は使用権を喪失した旨主張し、これに対し、被告は、そのような解除条件を否定して争っている。
(イ) 本件契約書においては、「使用権料」と「複製使用料」とは区別され、「使用権料」は、「複製使用料」の支払に「充当することができる」ものとされており(第5条)、「複製使用料」は、データ量と複製数に応じて定められている(本件使用権料表)。このことからすると、本件契約書上は、「使用権料」は「使用権」設定に対する対価であり、「複製使用料」は個別の複製使用に対する対価であるとの体裁がとられているといえる。
 しかしながら、原告代表者の供述(尋問調書48頁から50頁)によれば、本件使用権料表に記載された複製使用料の表の意義は、複製数が1枚から10万枚までの間は、4Gの単価を3100円、8Gの単価を4250円と計算して、基本使用権料1億5500万円に満つるまで複製使用料に充当し(したがって、4Gのみだと5万枚までとなる。)、それを超えた分は上記単価の複製使用料を別途支払い、複製数が10万枚を超えると、4Gの単価を3000円、8Gの単価を4100円として別途支払うというものであると認められ、使用権料を複製使用料に充当しないことは想定されていないといえる。また、証人P1も、被告が本件契約に魅力を感じたのは、4Gの単価が3000円と安価である点にあると証言している(尋問調書2頁から3頁)から、被告側としても、使用権料を複製使用料に充当しないことは想定していなかったと認められる。そうすると、このような当事者双方の想定からすると、本件契約における使用権料は、その額に満つるまでの複製使用料を兼ねる趣旨であったと認めるのが相当であり、原告が主張するように、使用権料が使用許諾(使用権付与)を得るためだけの対価(いわば純粋な権利金)であるとは認められない。そして、本件契約では、1年間に実際に発注した複製使用に対応する複製使用料の総額が使用権料の額よりも少ない場合であっても、使用権料の返還が予定されていないことを併せ考慮すると、本件契約における使用権料は、いわゆる年間最低使用料としての実質を有するものであると解するのが相当である。
 そして、このような使用権料の性質に加え、本件契約第4条においては、何の条件の記載もなく原告が被告に対して本件データについての使用許諾をするものとされ、使用権料の支払がない場合に使用権を失うなどの定めはされていないことからすれば、本件契約において、使用権料の不払又は履行拒絶によって直ちに使用権が喪失ないし失効するとの解除条件が付されていたとは認められない。
(ウ) そうすると、被告が、使用権料の残金を支払わないことを明確にしたことのみによって、使用権を喪失することはなく、被告は、本件契約に基づく本件データの使用権を有していたものである。
ウ 不安の抗弁について
 本件において、被告の使用権料残金5500万円の支払義務に対しては、原告の本件データの提供義務が先履行関係にあるから、被告からの本件契約に基づく複製使用の求めに対し、原告がその提供を拒む行為は、本来債務不履行となるところ、原告は、本件契約においては、使用権と使用権料が対価関係にあり、被告が使用権料のうちの多額の支払を拒絶しているのであるから、原告の負う使用権の付与及び行使の容認についての先履行義務については不安の抗弁が妥当するとして、原告の先履行義務の拒絶は原告の責めに帰すべき不履行ではない旨主張する。
 この点、対価的な牽連関係にある双務契約上の債務と反対債務の履行期が異なる場合、相手方の財産状態が悪化するなど反対債務の実現の保証がなくなっている状況下において、先履行義務を負う一方当事者のみに履行を強いることが信義則に反するといえるような場合には、一方当事者が、相手方の履行と引換えか、あるいは相手方からの十分な担保提供があるまで履行を拒むことができると解される(不安の抗弁)。もっとも、本来、双務契約を締結した当事者においては、先履行義務を引き受けた以上、自らの履行をした後に反対債務の履行を得られない可能性を了解した上で契約関係に入ったのであるから、単に反対債務の履行が受けることが期待できない事情が生じたというだけでは足りず、契約の前提となる事情やその趣旨、従前の履行状況、当事者の態度、当事者の資力等に照らして著しく当事者間の公平を欠くといえる状況が生じることが必要というべきである。
 これを本件についてみるに、被告が使用権料の残金の支払を定められた支払期日に行わない意思を明確にしている以上、被告による支払拒絶の意思は明確にされていたといえる。
 しかし、前記のとおり、使用権料は使用許諾を受けるためだけの対価ではなく、それに満つるまでの複製使用の対価としての性質も有するものであるから、使用権料は、使用権及び個別複製の双方と対価関係にあるものといえるところ、本件契約締結後に被告から使用権料1億5500万円のうち1億円が支払われ、原告が本件データの提供を拒絶する時点での使用権料の充当後残額(税込み)は6988万円余り、提供を拒絶した際に発注されていた3030枚の複製使用料に充当した後でも5974万円余りであったこと(甲12)からすれば、拒絶当時、原告においては、上記3030枚の発注はもちろん、それを超える相当数の発注についても、その対価たる複製使用料について十分な担保を有していたものといえる。
 また、原告代表者自身、被告が年商約40億円を上げる会社であることから、その資金状況が苦しいとの認識は有しておらず(原告代表者尋問調書52頁)、実際にも被告はそのような状況にはなかったこと(証人P2尋問調書7頁)からすれば、履行期における被告の支払能力自体に特段の不安があったとは認められない。
 このような事情や、本件契約が被告の業務において不可欠な本件データを継続的に供給するものであったことからすれば、平成27年2月に被告が使用権料の残金を支払うことを明確に拒絶したとしても、原告において、被告に対する本件データの提供義務を履行させることが、著しく当事者間の衡平を欠く状況にあり信義に反するとまでいえるものではなく、原告において不安の抗弁を主張することはできない。
 この点について原告は、知的財産高等裁判所平成19年4月5日判決(甲17)の判示を指摘する。しかし、同判決は、イラスト等の著作権等に基づく商品化権のサブライセンス契約がされた事案において、ライセンシーがある年のミニマムロイヤリティの支払を拒絶したことについて不安の抗弁の成立を認めたものであるが、この事案では、それ以前にライセンサーがライセンシーに対して一切の許諾をしない旨を明確に表示していたというものであるから、本件契約上の使用権料のうち相当部分を既に支払い、履行拒絶時点においても相当の充当後残額があったという本件とは事案を異にするというべきである。
エ 以上から、原告が、平成27年2月に被告に対する本件データの提供を拒絶したことは、原告の責めに帰すべき債務不履行であるといえる。
(2) 解除事由
 本件契約は、本件データの使用許諾契約であり、原告が被告の複製申請に対して本件データの提供を行うことは、原告の本件契約における債務そのものであるから、これを拒絶することは、本件契約第6条4項Eに定める「本契約もしくは使用許諾地域等の個別契約上の重大な債務不履行」に該当するといえ、被告は、直ちに本件契約を解除することができるから、被告が原告に対して行った解除の意思表示は、本件契約条項に基づくものとして有効である。
 なお、被告がした本件契約解除の意思表示では、前記1(2)オのとおり、履行不能を理由としているが、本件契約解除が原告による複製提供拒絶に基づくものであることに変わりはない上、そもそも解除の意思表示においては解除原因を明示する必要ないと解されること(大審院大正元年8月5日判決・大審院民事判決禄18輯726頁参照)も考慮すると、本件契約第6条4項Eを根拠とするものであっても、解除の意思表示の有効性に欠けるところはない。
4 争点3(本件契約解除が有効である場合の原告の未払使用権料支払請求権の存否・被告の既払使用権料返還請求権の存否)について
(1) 原告は、仮に本件契約解除が有効であるとしても、本件契約に基づく使用権料の残金5500万円の支払請求権があると主張するのに対し、被告は、解除による原状回復請求として既払の使用権料1億円の返還を求めている。
 本件契約では、解除により本件契約が使用許諾期間途中で効力を失った場合に、契約がどのように解消されるかについては明確に定められていないことから、本件契約解除による使用権料の支払義務の帰趨が問題となる。
(2) そこでまず、本件契約解除の遡及効の有無について検討するに、本件契約には、本件契約条項に基づく解除の効力について具体的な定めはないが、本件契約が、被告の行う複製使用申請に対し原告が本件データを提供するという関係が使用許諾期間において続くという意味で継続的な契約の性質を有し、また、本件契約に基づき相当数の本件データの複製物が原告から被告に提供され、これを使用したカーナビゲーションが第三者に販売されていることを考慮すれば、本件契約条項に基づく解除については、民法620条を準用し、将来に向かって効力が生じると解するのが相当である。
 したがって、本件契約解除の遡及効を前提とする被告の原状回復請求の主張は、理由がない。
(3)ア もっとも、双務契約が解除された場合に原状回復義務が生じるとされるのは、双務契約が遡及的に消滅した場合における対価的清算を行う趣旨であり、民法620条が解除の将来効を定めるのも、継続的な関係について契約関係の遡及的消滅を認めて、互いに収受した対価的利益を返還し合うことが、対価的清算として無意味であるという点にある。このことからすると、本件契約解除の効果も、単に遡及効か将来効かということによってではなく、本件契約における使用権料の対価的清算のあり方に基づいて定める必要がある。
イ そして、その場合、原告が主張するように、使用権料が使用許諾(使用権付与)を得るためだけの対価(いわば純粋の権利金)としての性質を有すると見る場合には、使用権料は、そもそも被告が本件データの使用許諾を得るために必要となったものであることになるから、途中で契約が解除されたとしても、なお原告はその全額の支払請求権を有するとする原告の主張にも理がある。しかし、前記のとおり、本件契約における使用権料は、使用権及び個別複製使用の双方と対価関係にあり、いわゆる年間最低使用料の実質を有すると解するべきであるから、上記のような原告の主張は採用できない。
 この点について、原告は、原告も他社から地図データを仕入れてガーナビゲーション用の地図データを開発しており、これらの開発にコストを要する以上、契約が途中で終了した場合でも、所定の規模での使用権料の全額の支払を受けるのでなければ採算が取れず、原告が契約を締結した趣旨に反する旨を主張するものと解される。しかし、本件契約において、被告の側が、原告の債務不履行によって契約が途中で解除された場合に、それ以上の複製提供を受けられないにもかかわらず、所定の使用権料の全額を支払うとの意思を有していたとは考え難いから、上記の原告主張の点は、原告側の思惑ないし採算計算であるとはいえても、当事者の一致した合理的意思であるとは認められない。したがって、原告の上記主張は採用できない。
ウ 他方、使用権料が個別の複製使用のみの対価(いわば純粋の個別使用料)としての性質を有すると見る場合には、解除前に原告が本件データを複製提供した分と、それに対応する複製使用料とが対価関係にあることになるから、既払の使用権料の充当後残額を原状回復として原告から被告に返還させることが対価的清算の趣旨に沿うことになる。しかし、前記のとおり、本件契約における使用権料がいわゆる年間最低使用料の実質を有すると解され、被告は、使用権料を全額消化できない場合に、その返還も持ち越しもできないリスクを負っており、そのリスクも加味して使用権料や複製使用料の金額が定められていると解されるから、使用権料の対価的清算を上記のようにする場合には、被告の負うこのようなリスクが反映されないこととなり、相当でない。
 この点について、被告は、複製使用料を差し引いた残存使用権料相当額は損害賠償によって請求できるなどと主張し、原告の履行が全くされない場合においても使用権料が全く返還されない不都合を指摘するが、本件契約の対価的清算としての原状回復と、解除原因となった債務不履行に基づく損害賠償とは別のものであり、仮に被告に損害が生じていたとしても、原状回復義務の内容としてこれを考慮することはできない。
エ このように、本件契約における使用権料がいわゆる年間最低使用料の実質を有すると解されることを考慮し、その趣旨ないしリスク負担を、契約が途中で解除された場合の対価的清算に反映させようとする場合には、解除がなかった場合の年間の複製発注量(裏から言えば未消化量)の見込みに基づき、解除がなければ至ったはずの対価的状況を想定した上で、それと現状との差に基づいて対価的清算の内容を決するのが最も合理的であるといえる。しかし、解除がなかった場合の年間の複製発注量の見込みについては、被告が使用権料の持ち越しを強く求めていたことから相応の未消化分が発生したであろうことは見込まれるものの、その量は、証人P1の証言(尋問調書21頁から25頁)によっても曖昧であり、確たる見込みを立てることは実際上困難である。
 そこで、本件では、被告が原告に対して1か月又は2か月おきに相当量の複製発注をしてきていること(甲12)に鑑み、解除による事後的な対価的清算としては、使用許諾期間の観点から考えることとし、使用許諾期間1年間のうち被告が使用許諾の利益を享受したと認められる期間に相当する範囲に対応する使用権料は原告が収受でき、それ以後の期間に対応する使用権料は、これを原告は収受できないと考え、このような清算関係に沿うように、被告の使用権料支払義務又は原告の原状回復義務のいずれかを認めることとするのが相当である。
(4) そこで、被告が使用許諾の利益を享受したと認められる期間について検討すると、前記1(2)エ及びオのとおり、原告が本件データの複製提供を拒絶したのは平成27年2月18日であるが、その原因となった被告による使用権料残金の支払拒絶がされたのは同月5日であり、その間に被告から複製提供が申請されても原告は拒絶していたと推認されることからすると、被告が使用許諾の利益を享受したと認められる期間は、平成27年2月4日までと認めるのが相当である。
 そうすると、1億6740万円(1億5500万円×1.08[税込み。以下同じ。])のうち、使用許諾契約の始期である平成26年5月14日から上記平成27年2月4日までの267日に対応する額は、1億2245万4246円(1億6740万円÷365日×267日)となるから、被告の支払った1億800万円を超える1445万4246円については、被告は原告に対して未だ使用権料として支払義務を負っており、他方、被告が原告に支払った1億800万円は、上記1億2245万4246円を超えるものではないから、原告から被告に対して返還する使用権料はないこととなる(なお、このような本件契約解除の効果は、使用許諾期間中の当事者のリスク状況が浮動的な中で、あえて途中時点でリスク状況を確定させて対価的清算を行う必要によるものであるから、そのような事後的な清算として原告に上記のような使用権料の支払請求権が認められるからといって、未だ契約が継続している前記3で述べた状況下で、被告が使用権料の残金の支払を拒絶した場合に、直ちに原告に不安の抗弁を認めるべきことにはならない。)。
 したがって、被告は、原告に対し、本件契約に基づく使用権料の残金として、1445万4246円及び支払期日の翌日である平成27年5月14日から支払済みまで本件契約書第5条6項に定める年15%の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
5 結論
 よって、第1事件については、原告が被告に対して求める本件契約に基づく使用権料残金支払請求は、上記4(4)の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、第2事件については、被告の本件契約の解除に基づく原状回復請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文、61条、仮執行の宣言につき同法259条1項を適用し、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 松宏之
 裁判官 田原美奈子
 裁判官 林啓治郎
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