判例全文 line
line
【事件名】著作権の法定相続事件
【年月日】平成28年10月25日
 東京地裁 平成27年(ワ)第31705号 不当利得返還等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成28年9月15日)

判決
原告 一般財団法人知と文明のフォーラム
同訴訟代理人弁護士 庭山正一郎
同 藤原道子
同 関根こすも
被告 A
同訴訟代理人弁護士 冨田烈
同 河野佑果


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、3000万円及びこれに対する平成27年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告が、別紙著作物目録記載の著作物(以下「本件各著作物」と総称する。)について、著作権を有することを確認する。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、本件各著作物の著作権を含むB(以下「亡B」という。)の財産につき、これを法定相続により取得したとする被告(亡Bの夫)に対し、主位的に自筆証書(後述の本件文書)による遺言に基づいて遺贈を受けたこと、予備的に死因贈与を受けたことを主張して、不当利得(主位的)又は死因贈与契約(予備的)に基づく3000万円(内金請求)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年12月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払と、本件各著作物に係る著作権を有することの確認を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は、平成18年1月頃に発足した「知と文明のフォーラム」と称する団体(以下「フォーラム」という。)を母体として平成23年8月2日に設立された一般財団法人である。
イ 被告は、亡Bの夫であってその唯一の法定相続人である。被告は、フォーラムの発足時からその中心メンバーの1人であり、原告の設立後はその代表理事となったが、平成27年5月24日付けでこれを退任した旨の登記がされた。(乙2)
ウ 亡Bは、「B´」の筆名で活動していた評論家であり、本件各著作物の著作権者であった。
(2) 本件文書
 亡Bは、平成18年1月20日付けの文書(以下「本件文書」という。)を自書して作成した。その体裁及び内容は別紙「本件文書」のとおりであり、被告の英字のネーム入りの原稿用紙3枚に黒インクのペン及び鉛筆を用いて書かれているが、3枚目の裏面には別の文書が印刷されている。本件文書に表題はなく、その本文には、「この遺言書をしたためます。」、「遺産の対象は、必要な諸経費を除き、原則として私名義の財産のすべてとし、それらを「知と文明のフォーラム」に寄付する。」などの記載があり、末尾には「二〇〇六年一月二十日」及び「BことB´」と記載され、「C」の押印がある。また、本件文書には、ペン又は鉛筆による複数の加除訂正等の変更箇所がある。(甲6、28、乙6の1及び2)
(3) 亡Bの死亡
 亡Bは、平成21年11月25日に死亡した。被告は、亡Bが所有していた不動産や預貯金等の財産を相続したとして、相続を原因とする持分移転登記を経た上で不動産を売却する、預貯金を払い戻すなどした。(甲8の1〜6)
(4) 確認の利益
 被告は本件各著作物の著作権が原告に帰属することを争っている。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件文書が自筆証書である遺言書に当たるか
(原告の主張)
ア 本件文書は、亡Bの全財産をフォーラムに遺贈する旨を内容としているものであるところ、その全文、日付及び氏名が遺言者である亡Bの自書によるものであり、押印もされているから、遺言書である。
イ 被告は、本件文書の記載内容、記載方法等、作成後の事情からすれば、本件文書は単なる下書きであって、遺言書ではないと主張する。
 しかしながら、本件文書の内容を合理的に解釈すれば、その記載内容は明確である。また、亡Bが第三者に見せる文書に加除訂正部分を残したままにしておくこともあったから、必ず清書していたということはない。なお、本件文書にはペンで書かれた部分と、鉛筆で書かれた部分があるが、これは、亡Bがペンを用いて遺言書として完成させた後に、将来の遺言書の修正のための準備行為として鉛筆を使用したものであるから、鉛筆による変更が方式違反で効力を生じないとしても、ペンによる記載部分まで無効になるものではない。さらに、遺言書は何度でも書き換えることが可能であるから、本件文書を遺言書として完成させた後に次の遺言書の作成を検討し、弁護士に相談して助言を求めていたとしても、本件文書が有効な遺言書であることと矛盾しない。
(被告の主張)
 本件文書は、その記載内容や記載方法等、作成後の事情からすると、単なる下書き、草案程度のものであって、遺言書ではない。
ア 本件文書の記載内容
 本件文書には、「必要な諸経費を除き、原則として私名義の財産のすべて」を遺贈する旨の記載があるが、「必要な諸経費」が何を指すのか不明であって遺贈の対象が特定されていない。また、亡Bの著作集につき「その刊行費用を遺産から支出する。刊行事務や編集作業は、Aと<フォーラム>委員中の有志、および今後私が指名した方に、有償でお願いしたい。」との記載があるが、「刊行費用」、「今後私が指名した方」、「有償」などが不明確である。
イ 本件文書の記載方法等
 本件文書には被告の英字のネーム入りの原稿用紙が用いられており、その3枚目は被告作成の文書が印刷された用紙の裏面である。また、本件文書の本文中には吹き出しによる加筆や二重線による削除など数多くの加除訂正があり、文書の作成途上であったことがうかがわれる。しかも、本件文書の末尾の「C」という押印は実印でなく、三文判によるものである上、本件文書は、封筒にすら入っておらず、他の書類に雑然と紛れている状態にあった。これらのことからすれば、亡Bが本件文書を遺言書として作成したとは考え難い。
ウ 本件文書の作成後の事情
 亡Bは本件文書を作成した後に2名の弁護士に対して遺言書の内容を相談しており、各弁護士は亡Bが遺言書を作成していないことを前提とする助言を行っていた。このことからすれば、本件文書が遺言書を作成する準備段階の下書き等であることは明らかである。
(2) 亡Bとフォーラムの間で死因贈与契約が締結されたか
(原告の主張)
 フォーラムは亡B及び被告の遺産の受け皿にするために設立されたものであり、亡Bは、平成18年1月頃のフォーラム発足当初から、自身の遺産をフォーラムに譲り渡す旨何度も発言していて、フォーラムの構成員もそのことを承知していた。本件文書は、フォーラムの了解の下に作成された死因贈与契約を証する書面である。また、亡Bの死後、原告が亡Bの遺産を基にして設立され、亡Bの著作集について亡Bの遺産で出版することが話し合われていたことからしても、死因贈与契約が締結されたことは明らかである。
(被告の主張)
 本件文書の作成後に10回以上開催されたフォーラムの連絡会に亡Bは出席していたが、各連絡会の議事録に亡Bがフォーラムに自身の遺産を贈与する旨の発言をしたとの記載は一切なく、亡Bがフォーラムに対して全財産を死因贈与する旨の意思表示をしたということはできない。また、フォーラムの中心人物であった被告及び他の構成員が死因贈与を受諾する旨の意思表示をしたこともない。
(3) 原告がフォーラムの権利義務を承継したか
(原告の主張)
 フォーラムは原告の前身となる設立中の財団法人であり、一般財団法人として法人格を取得したことによって原告はフォーラムの権利義務を承継した。
(被告の主張)
 亡Bと被告は、フォーラムのNPO法人化を目指していたのであり、一般財団法人の設立を目指していたわけではなかったから、フォーラムと原告の連続性はなく、原告がフォーラムの権利義務を承継することはない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件文書が自筆証書である遺言書に当たるか)について
(1) 前記前提事実に加えて、後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 本件文書の本文は黒インクのペンと鉛筆によって書かれており、次のとおり複数の加除訂正等の変更箇所があるが、これらの箇所に亡Bの署名押印はない(別紙「本件文書」参照)。なお、本件文書の記載については一部常用漢字に改めた。
(ア) 1枚目3行目(空白行を除く。)の「生前の志の延長として」の記載が鉛筆による二重線で消されている。
(イ) 1枚目最終行の「両親から」と「遺贈され」の間にペンで吹き出しを用いて「それぞれ」との文字が挿入されている。
(ウ) 2枚目4行目の「なりの」と「老後の」との間にペンで吹き出しを用いて「不動産や」との文字が用紙の上部に挿入されている。
(エ) 2枚目13行目「ただし、」の次に「Aと」、「不動産のうち、」の次に「住居として使用している物件については、」の各文字がペンで吹き出しを用いて挿入され、14行目に記載されている。これに伴い、同13行目末尾の「死亡した」に続く「場合」の記載場所が14行目の上記「・・・については、」の吹き出しの下方になっている。
(オ) 2枚目15行目の「の所有」の記載が鉛筆による二重線で消され、「にその居住権があること」に修正されている。
(カ) 2枚目最終行から3枚目2行目にかけて、ペンで「私より先にAが死亡した場合、私は住居としている不動産以外の彼の財産の相続を放棄して<フォーラム>への遺贈を認めます。」と記載された部分が、鉛筆により、「Aが死亡し」の次に「、その時点でAの母Dが健在の場合は」の文字が挿入され、「死亡した場合、」の次に「Aが毎月仕送りしていた月五万円を、代って私が支払い続ける。その代りに母に、」との文字が挿入されるなどした後、挿入部分を含めて全て鉛筆による単線又は二重線で抹消されている。
(キ) 3枚目3〜6行目の「ただし(中略)必要がある。」との記載に鉛筆でバツ印が付けられている。
(ク) 3枚目11行目の「父方」の後に「・C家の墓」、13行目の「母」の後に「の墓」の各文字がペンで吹き出しを用いて挿入されている。
(ケ) 3枚目最終行にペンで「BことB´」と記載された部分に、鉛筆により「Bこと」と「B´」の各文字を入れ替える校正記号が記載されている。
(甲28、乙6の1・2)
イ 亡Bは、少なくとも平成18年1月30日〜4月5日の間、本件文書に遺言執行人として記載されたE弁護士に遺言書の作成について相談をし、遺言の対象となる不動産の正確な特定のために登記簿を取得すべきこと、亡Bが被告より先に死亡した場合に被告の母の遺留分の問題が生じ得ることなどについて助言を受けた。また、同年7月にはE弁護士とは別の弁護士に対して遺言書作成に当たっての助言を求めた。(乙9〜14)
ウ 本件文書は、平成24年8月頃、亡Bと被告の旧自宅内の亡Bの書斎において、亡Bの著作物を整理していたフォーラムの関係者により、他の書類に雑然と紛れ、封筒に入っていない状態で発見された。(甲31、36の1)
(2) 本件文書につき、原告は、亡Bが本文及び日付を自書して署名押印したものであるから遺言書に当たる旨主張するのに対し、被告は、遺言書の下書きであるにとどまり、自筆証書遺言として効力を有しない旨主張する。
 そこで判断するに、前記前提事実(2)及び上記認定事実によれば、本件文書には裏面に別の文書が印刷されたものを含む被告の原稿用紙が用いられ、多数の加除訂正等が、ペン又は鉛筆により、遺言書に求められる方式(民法968条2項)によることなく、施されている。このうちペンを用いて記載された部分をみても、亡Bは変更を加えながら文章を作成していると認められ(前記(1)ア(エ)の14行目に関する記載参照)、作成の時点で記載内容が確定していなかったとみられる。これに加え、鉛筆によって数行にわたり抹消された部分もあることからすると、本件文書に亡Bの確定的な意思が表示されていると解することは困難である。また、本件文書は亡Bの書斎に置いてあった書類に紛れた状態にあったというのであるが、これは遺言書という重要な書類の保管方法としては不自然なものというほかない。このような本件文書の体裁ないし記載方法、保管状況からすると、本件文書は遺言書として完成されたものでなく、その後の内容の検討や清書が予定された作成途上のものであったとみるべきである。さらに、亡Bは、本件文書の作成直後から複数の弁護士に相談をして遺言書の作成について助言を受けており、このような本件文書作成後の事情もこれが遺言書の下書きないし草案であることを裏付けているとみることができる。そうすると、本件文書は遺言書として完成したものあるとは認められないから、自筆証書遺言としての効力を有しないと判断するのが相当である。
(3) これに対し、原告は、前記第2の2(1)(原告の主張)のとおり、亡Bはペンを用いて遺言書として完成させた後に、将来の遺言書の修正のための準備行為として鉛筆を使用したものであって、ペンによる記載部分の範囲で有効な遺言書として成立するなどと主張するが、前記認定の本件文書の体裁、ペン及び鉛筆による加除訂正の状況等からすると、亡Bは遺言内容について検討を重ねている段階にあって、ペンを用いて本文を記載した後に鉛筆を用いてその内容の修正を試みていたと解されるから、これら記載部分を一体としてみれば本件文書は作成途中の完成前のものであったというべきである。
 したがって、原告の主張を採用することはできない。
2 争点(2)(亡Bとフォーラムの間で死因贈与契約が締結されたか)について
(1) 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告及び亡Bは、平成17年秋頃、人類の知の王道を継承し、それを21世紀の新しい現実に対応する脱近代の知へと深めていくための活動を目的としたNPO法人「知と文明のフォーラム」を設立すること、将来的に亡Bらの遺産を同法人へ寄贈することを検討しており、平成18年1月頃にフォーラムを発足させた。同年3月には十数名が参加してフォーラムの第1回連絡会が開かれ、この場において被告及び亡Bは新しく設立されるNPO法人に遺産を寄贈したい旨述べた。(甲3、16〜18)
イ フォーラムは、被告及び亡Bを中心的なメンバーとし、年に数回連絡会を開く、ブログを開設する、セミナーを開催するなどの活動を行った。今後の方向性としてNPO法人化することが懸案事項とされていたが、亡Bの生前に法人の設立が具体化することはなかった。(甲3、32の1〜16)
ウ 亡Bは、平成21年11月25日に死亡した。亡Bの死亡後もフォーラムの連絡会は年に数回開催され、平成22年2月頃には、まず一般財団法人を設立し、公益財団法人化を目指すこととなった。そして、平成23年8月2日、設立者である被告が現金2000万円を拠出して、原告が一般財団法人として設立された。原告の設立記念会は同年10月に開催され、その際配布された設立趣意書には、原告が亡Bの遺産に基づき設立された旨が記されていた。(甲25、32の17〜24、乙1、2)
(2) 原告は、亡Bがフォーラム発足当初から遺産をフォーラムに譲り渡す旨何度も発言し、フォーラムの構成員もそのことを承知しており、また、本件文書はフォーラムの了解の下に作成された死因贈与契約を証する書面であるから、亡Bとフォーラムとの間で死因贈与契約が締結されたことは明らかであると主張する。
 そこで判断するに、まず、前記1で説示したとおり、本件文書は遺言書の下書きにとどまるものであるから、これにより亡Bが死因贈与の意思を有していたと認めることはできない。また、亡Bが、NPO法人を設立して同法人へ遺産を贈与することについて検討し、フォーラムの会合において同趣旨の発言をしたことは認められるが(前記(1)ア)、亡Bは自己の財産の処分について検討中の段階にあったこと(前記1(3))、亡Bの存命中は法人の設立が具体化していなかったこと(前記(1)イ)を考慮すれば、将来的に遺産を贈与したいという意向を有していたといい得るとしても、フォーラムに死因贈与する旨の確定的な意思表示があったとは認められない。さらに、原告が一般財団法人として設立された際に拠出された2000万円が「亡Bの遺産」であるとされていたこと(前記(1)ウ)は、被告が法定相続した亡Bの財産の一部を拠出財産としたことをもって「亡Bの遺産」と説明したとみることが可能である。むしろ、原告が主張するように、亡Bが多額の金融資産(甲12参照)と不動産及び本件各著作物の著作権を有しており、原告がその全てを死因贈与により取得したというのであれば、原告は設立後速やかに上記2000万円を超える部分の交付など贈与の履行を求めるものと解されるが、本件の証拠上そのような事情はうかがわれない。以上を総合すると、亡Bとフォーラムの間に死因贈与契約が締結されたとは認められないと解するのが相当である。
3 結論
 以上によれば、原告の請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 林雅子
 裁判官 中嶋邦人


(別紙省略)
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/