判例全文 | ||
【事件名】「中日英ビジネス用語辞典」の増刷印税未払い事件(2) 【年月日】平成28年10月19日 知財高裁 平成28年(ネ)第10049号 印税等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成27年(ワ)第24749号) (口頭弁論終結日 平成28年9月21日 判決 控訴人 X 同訴訟代理人弁護士 新有道 被控訴人 株式会社ジヤパンタイムズ 同訴訟代理人弁護士 野本俊輔 同 吉葉一浩 同 三神光滋 同 中谷仁亮 主文 1 本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。 (1) 被控訴人は、控訴人に対し、56万8400円を支払え。 (2) 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は、第1、2審を通じて20分し、その1を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。 3 この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。 4 控訴人に対し、この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 (1) 原判決中、第2項及び第3項を取り消す。 (2) 被控訴人は、控訴人に対し、140万円及びこれに対する平成26年5月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 (3) 被控訴人は、控訴人に対し、500万円及びこれに対する平成27年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (4) (2)、(3)につき仮執行宣言 第2 事案の概要等 1 事案の概要(略称は、特に断らない限り、原判決に従う。) 本件は、被控訴人から出版された本件書籍の編著者である控訴人が、被控訴人との間の本件契約に基づく印税が未払であるなどと主張し、被控訴人に対し、@本件契約に基づく印税の一部140万円及びこれに対する支払日である平成26年5月15日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払、A不法行為に基づく損害賠償金1080万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年9月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めるとともに、B本件契約17条に係る文言についての控訴人の解釈が正しいことを認めるよう求め、またC本件契約18条に規定する発行部数を証する全ての証拠書類について、本件契約が定める保存期間の満了日からさらに2年間延長することを求める事案である。 原審は、控訴人の請求のうち、上記B及びCに係る訴えを却下し、その余をいずれも棄却した。 そこで、控訴人が、原判決中の控訴人の請求を棄却した部分のうち、@本件契約に基づく印税の一部140万円及びこれに対する平成26年5月15日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払、A不法行為に基づく損害賠償金500万円及びこれに対する平成27年9月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、控訴した(原判決が控訴人の請求に係る訴えを却下した部分(主文第1項)は不服の対象とされていない。)。 2 前提事実 原判決の「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから、これを引用する。 3 争点 (1) 印税額及び支払時期(争点1) (2) 不法行為の成否及び損害額(争点2) 第3 争点に対する当事者の主張 1 争点1(印税額及び支払時期)について 争点1に係る当事者の主張は、下記のとおり、当審における当事者の主張を補充するほか、原判決の「事実及び理由」の第2の3(1)のとおりであるから、これを引用する(ただし、引用にかかる原判決中、「争点1(印税支払請求権の有無)について」を「争点1(印税額及び支払時期)について」と改める。)。 〔当審における控訴人の主張〕 (1) 本件書籍は、平成28年3月まで少なくとも17回に上る増刷があったと推定され、初刷を含めると印刷の回数は少なくとも18回になる。そして、印刷の毎回の部数は少なくとも1000部である上、増刷の回数が集中した平成26年4月から7月までの間の合計4回の印刷の部数は少なくとも2000部であった可能性が高い。したがって、本件書籍の印刷部数は既に2万2000部以上あるから、その印税額は少なくとも3080万円(2万2000部×単価7000円×20%)になっている。 そして、本件契約17条2項によれば、上記印税額の支払時期が到来していることは明らかである。 (2) インターネット書店数社が本件書籍を取り扱っているところ、インターネットサイトに品切れなどと表示され、6日ないし16日程度本件書籍の販売が一時停止される事態が19回も繰り返された。一方、本件書籍の在庫が十分にあるなら2日から3日以内にインターネット書店に本件書籍が届けられるはずである。そうすると、インターネット書店が本件書籍の販売を一時停止した際には、本件書籍の在庫はなかったと解され、被控訴人は、その都度、増刷を繰り返していたというべきである。 (3) 一方、本件書籍の実売部数に関して被控訴人が開示した資料は次のとおり信用できるものではない。 ア 被控訴人が開示した平成26年3月26日から平成27年4月末までのPOSデータ上の本件書籍の店頭実売数は合計96冊であるところ(甲3)、被控訴人はPOSデータ上の冊数は店頭実売数の約9割を占めると主張する。そうすると、同期間中の本件書籍の店頭実売数は107冊と推定される。一方、本件書籍の購入部数のほんの一部にすぎない図書館の本件書籍の購入部数でさえ148冊に及ぶ。したがって、被控訴人がPOSデータ上の店頭実売数を過少報告したことは明らかである。 イ 被控訴人が開示した資料と、本件書籍の取次会社が被控訴人に発行したとする受領書、返品票との間では、本件書籍の出荷数、返品数について、いずれも相違する。 ウ 本件書籍の取次会社が被控訴人に発行したとする受領書(乙3)は、アマゾンジャパン社の発行に係る受領書がないこと、受領印もそれに代わるとされるパンチ穴もない受領書が多く含まれること、受領書の書式が同じであって被控訴人がこれを作成したと解されることから、その記載内容は信用できない。 エ 本件書籍の倉庫会社である大村紙業の作成に係る本件書籍の在庫数に関する資料(乙2)は、被控訴人作成に係る資料(甲3、17)と、各月別の出荷数、返品数について完全に一致しており、被控訴人の主張に合わせたものと解されるから、その記載内容は信用できない。 〔当審における被控訴人の主張〕 (1) 本件書籍の発行日から平成28年4月4日までの市場への出荷数は396冊であるから、その印税額は55万4400円である。また、同月5日から本件書籍の市場への出荷を停止した同年7月22日までの出荷数は10冊であり、その印税額は1万4000円となる。 そして、被控訴人は、上記印税額55万4400円について、平成28年4月18日及び同月29日の2度にわたり、Eメールにより口頭の提供を行った。 (2) 本件書籍の増刷は一度もなく(乙5の3)、平成27年10月末までの間、本件書籍の在庫が600部を下回ったことすらない(乙2)。インターネット書店において本件書籍が「品切れ」と表示されたとしても、同表示がされる具体的な仕組みは不明であるから、同表示をもって、本件書籍が増刷されたという控訴人の主張は単なる憶測にすぎない。 (3) なお、被控訴人が開示したPOSデータは、約3分の2の書店の販売数についてはカバーしておらず、現実の店頭実売数を完全に反映するものではない。 また、被控訴人が開示した資料と、本件書籍の取次会社が被控訴人に発行した受領書、返品票との間における本件書籍の出荷数、返品数の相違は、誤差の範囲にとどまる。 また、本件書籍の取次会社が被控訴人に発行した受領書について、アマゾンジャパン社の発行に係る受領書がないのは、同社が取次会社を通さないから当然であり、いずれの受領書も、受領印又はそれに代わるパンチ穴が開けられており、受領書の書式が共通することも、控訴人が作成した書式に各取次業者が押印等することによって受領書が発行されるから当然である。 さらに、大村紙業は第三者であるから、大村紙業が作成した本件書籍の在庫数に関する資料(乙2)は信用できるものである。 2 争点2(不法行為の成否及び損害額)について 〔控訴人の主張〕 被控訴人は、本件書籍の店頭実売部数を過少報告し、正確な印税額の開示について必要な協力をしなかった。このため、控訴人は、母国語ではない日本語で、真相を調査し、本件訴えを提起せざるを得なかった。また、控訴人は、中国に居住しており、その間に、相当な額の航空運賃等の交通費、宿泊代も負担してきた。 このように、被控訴人は、控訴人による過少報告、開示への非協力という不法行為により、精神的苦痛を受けたところ、その慰謝料額は450万円を下らない。また、弁護士費用も50万円が相当である。 〔被控訴人の主張〕 本件書籍の増刷は一度もなく、被控訴人は実売部数を過少申告したこともない。 第4 当裁判所の判断 当裁判所は、控訴人の請求は、被控訴人に対し、本件契約に基づく印税56万8400円の支払を求める限度において理由があるが、その余の請求については、いずれも理由がないと判断するものである。 その理由は、下記のとおり、当裁判所の判断を示すほか、原判決「事実及び理由」の第3の2記載のとおりであるから、これを引用する。 1 争点1(印税額及び支払時期)について (1) 印税額について ア 平成28年4月4日(発行日から2年後)以前に発生した印税額 (ア) 被控訴人作成に係る平成28年4月18日付け資料(乙9の4頁目。以下「本件資料」という。)には、同月4日時点における本件書籍の在庫数は604冊であり、増刷もされていない旨の記載があるから、同記載の信用性について検討する。 まず、証拠(甲3(4〜17・20〜28・30〜35頁。ただし、頁数は表紙を含まないもの。以下同じ。)、17、31、乙8〜10)によれば、被控訴人は、本件書籍の発行日から、各月ごとに本件書籍の出荷数及び返品数等をまとめた資料を作成しており、特に平成26年6月以降は、本件書籍の出荷数及び返品数等をまとめた上で、在庫数を算出した資料を1か月又は2か月ごとに作成していること、これらの資料の内容は、取次会社名、納品日等を含めて詳細に記載されていること、在庫数の増減に不自然な点はみられないこと、本件資料も、これらの資料と同様の体裁で作成されていることが認められる。そうすると、被控訴人は、本件書籍の発行日から、1か月又は2か月ごとに、本件書籍の在庫数を機械的に記入した資料の作成を続けており、本件資料も同様の過程で作成されたということができるから、本件資料に虚偽の内容の記載がされているとは考えにくいものである。 また、証拠(甲3(4〜14・16・17・20〜28・30〜35頁)、17〜19、乙3、4)によれば、本件書籍の取次会社が被控訴人に発行した受領書及び返品票に記載された本件書籍の出荷数及び返品数と、被控訴人が作成した本件書籍の出荷数及び返品数をまとめた資料に記載された出荷数及び返品数は、おおむね合致していることが認められる。なお、証拠(乙3、6、7)及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍の受領書(乙3)は、本件書籍の取次会社が、被控訴人の用意した書式の内容を確認した上で、発行したものと認められ、その記載内容は信用することができる。したがって、これらの資料に虚偽の内容の記載がされているとはいえず、これらの資料から継続して作成された本件資料についても、虚偽の内容が記載されているとはいい難い。 さらに、証拠(甲3(4〜14・16・17・20〜28・30〜35頁)、17、乙1、2、5の3)によれば、本件書籍の倉庫会社が作成した書面に記載された本件書籍の出荷数及び返品数と、被控訴人が作成した本件書籍の出荷数及び返品数をまとめた資料に記載された出荷数及び返品数は、全て合致していることが認められる。なお、本件書籍の在庫数に関する資料(乙2)は、本件書籍の倉庫会社であって、被控訴人との間で特段の利害関係も認められない大村紙業が作成したものであるから、その記載内容は信用することができる。したがって、この点からも、これらの資料に虚偽の内容が記載されているとはいえず、これらの資料から継続して作成された本件資料についても虚偽の内容が記載されているといえるものでもない。 加えて、証拠(乙1、5の3)によれば、本件書籍の初刷を行った印刷会社は、1000冊を印刷し、その後、被控訴人から増刷の注文はなかったことが認められる。 以上によれば、平成28年4月4日時点における本件書籍の在庫数は604冊であり、増刷もされていない旨の本件資料の記載は信用できるものである。 (イ) したがって、本件書籍の初刷部数は1000冊で、増刷されていないこと、及び平成28年4月4日時点における本件書籍の在庫数は604冊であることが認められる。 (ウ) これに対し、控訴人は、インターネット書店のインターネットサイトに品切れなどと表示され、本件書籍の販売の停止がしばしば繰り返されていたことなどから、本件書籍は在庫切れになっていたと主張する。しかし、インターネット書店のインターネットサイトに本件書籍が品切れなどと表示されることがあったとしても、当該サイトにそのような表示がされる理由は明らかではないから、このことをもって、本件書籍の販売の停止がしばしば繰り返されていたとの事実や、本件書籍が在庫切れになっていたとの事実は認められるものではない。 また、控訴人は、本件書籍の取次会社が発行した受領書(乙3)にアマゾンジャパン社の発行に係るものが含まれていないと主張する。しかし、証拠(甲3(4・5・28・30・34・35頁)、17、乙8、10)によれば、同社による本件書籍の販売数は15冊程度と認められ、同社が本件書籍を販売した際の商流も明らかではないから、同社の発行した受領書等がないとしても、本件書籍の在庫数に関する上記認定は左右されない。 (エ) 以上のとおり、本件書籍の初刷部数は1000冊であり、増刷されておらず、平成28年4月4日時点における本件書籍の在庫数は604冊であるから、本件書籍の発行日から平成28年4月4日以前の本件書籍の市場への出荷数は396冊である。そして、本体価格7000円に出荷数を乗じたものの20%に相当する金額が印税となるから(甲2、乙9)、印税額は55万4400円であると認められる。 イ 平成28年4月5日以降に発生した印税額 被控訴人作成に係る平成28年7月22日付け資料(乙10)には、同日時点における本件書籍の在庫数は594冊であるとの記載があるところ、同資料の記載も、前記アで説示したものと同様に信用することができる。そして、同資料には、同日をもって本件書籍の出荷を停止した旨記載があることからすれば、同日より後に本件書籍が出荷されたとの事実を認めることはできない。インターネット書店のインターネットサイトに、同年9月に、本件書籍が品切れである旨表示されていたとしても、当該表示がされる理由は明らかではないから、これをもって、同年7月22日以降も、本件書籍の出荷が継続されていたものの、品切れに至ったものということはできない。 したがって、平成28年4月5日以降の本件書籍の市場への出荷数は、同年7月22日までに出荷された10冊にとどまり、その印税額は1万4000円であると認められる。 (2) 支払時期について ア 平成28年4月4日(発行日から2年後)以前に発生した印税の支払時期 本件契約17条2.1によれば、本件書籍の発行日から2年後である平成28年4月4日以前に発生した印税55万4400円の支払時期は、同年5月16日であると認められる。 そして、証拠(乙9)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人があらかじめ上記印税の受領を拒んでおり、被控訴人は、平成28年4月29日に弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をしたものと認められるから、被控訴人は、上記印税55万4400円について履行遅滞の責任を負うものではない。 イ 平成28年4月5日以降に発生した印税の支払時期 証拠(甲2、乙10)及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍の発行日から2年が経過した平成28年4月5日以降に発生した印税であって、初刷の場合におけるものについて、その支払時期は本件契約に明示されておらず、被控訴人の事務処理が終了し、控訴人に支払可能になった時点にその支払時期が到来するものといえるから、同日以降同年7月22日までの印税1万4000円の支払時期は、同日から相当期間経過後であると認められる。 そして、証拠(乙9、10)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人があらかじめ上記印税の受領を拒んでおり、被控訴人は、平成28年7月22日頃に弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をしたものと認められるから、被控訴人は、上記印税1万4000円について履行遅滞の責任を負うものではない。 (3) 小括 よって、被控訴人は、本件契約に基づき、平成28年4月4日以前に発生した印税55万4400円及び同月5日以降に発生した印税1万4000円について、いずれも支払義務を負うものの、その履行遅滞の責任は負わない。 2 争点2(不法行為の成否及び損害額)について 被控訴人が、本件書籍の店頭実売部数を過少報告し、正確な印税額の開示について必要な協力をしなかったとの事実を認めるに足りる証拠はない。 よって、争点2に関する控訴人の主張は理由がない。 3 結論 以上によれば、控訴人の請求は、被控訴人に対し、本件契約に基づく印税56万8400円の支払を求める限度において理由があるから、本件控訴に基づき、上記の趣旨に沿って原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 部眞規子 裁判官 柵木澄子 裁判官 片瀬亮 |
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