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【事件名】幼児用箸のデザイン画事件(2)
【年月日】平成28年10月13日
 知財高裁 平成28年(ネ)第10059号 著作権侵害行為差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成27年(ワ)第27220号)
 (口頭弁論終結日 平成28年8月25日)

判決
控訴人 株式会社ケイジェイシー
訴訟代理人弁護士 牧山美香
補佐人 佐藤英昭
被控訴人 スケーター株式会社
訴訟代理人弁護士 鳥山半六
補佐人 中野収二


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、別紙被控訴人商品目録記載1ないし20の各製品を製造し、販売してはならない。
3 被控訴人は、前項記載の各製品を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、100万円及びこれに対する平成27年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要(以下、特に断らない限り略称等の表記は原判決に従う。)
1 本件は、幼児用箸を製造販売する控訴人(1審原告)が、同種製品を製造販売する被控訴人(1審被告)に対し、被控訴人による別紙被控訴人商品目録記載1ないし20の各幼児用箸(被告各商品)の製造販売は、控訴人が有する原判決別紙原告著作物目録1記載の図画(原告図画)及び同別紙原告著作物目録2記載1ないし19の各幼児用箸(原告各製品)に係る各著作権(複製権及び翻案権。ただし、原告各製品のうちキャラクターの図柄及び立体像に関する部分を除く。)を侵害すると主張して、@著作権法112条1項・2項に基づき、被告各商品の製造販売の差止め及び廃棄を求めるとともに、A平成25年1月から平成27年9月28日(本件訴え提起日)までの間における前記各著作権の侵害を内容とする不法行為に基づく損害賠償請求として、2400万円のうち100万円及びこれに対する不法行為の後の日である同年11月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原判決は、原告図画及び原告各製品のいずれについても著作権(複製権及び翻案権)侵害を認めず、控訴人の請求をいずれも棄却したため、これを不服として控訴人が本件控訴をした。
2 前提事実、争点及びこれに対する当事者の主張は、原判決3頁11行目の「本件デザイン画」を「原告図画」に改めるほかは、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要等」の2ないし4(原判決2頁16行目から11頁11行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、後記2のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の1及び2(原判決11頁13行目から14頁13行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 付加判断
(1) 原告各製品に関し
ア 控訴人は、工業的に大量生産され、実用に供されるものであるからといって、「美的」という観点からの高い創作性の判断基準を設定することは相当でなく、「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても、著作権法2条1項1号所定の著作物性の要件を満たすものについては、「美術の著作物」としてこれを保護すべきである(意匠法等の他の法律によって保護されることを根拠として、実用に供される機能的な工業製品ないしそのデザインは、その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り、著作権法が保護を予定している対象ではないとするのは誤りである)とした上で、原告各製品は、@キャラクターが表現された円形部材により最上部で結合された連結箸である点、A1本の箸に人差し指と中指を入れる2つのリングを有し、かつ、他方の箸に親指を入れる1つのリングを有して、合計3つのリングが設けられている点において、他社製品(甲16〜26)に比べて特徴的な形態を有しており、そこには作者の個性が発揮されていて創作性が認められるから、「美術の著作物」として保護されるべきものである、と主張する。
イ しかしながら、控訴人の主張は採用できない。理由は次のとおりである。
(ア) 第一に、実用品であっても美術の著作物としての保護を求める以上、美的観点を全く捨象してしまうことは相当でなく、何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るような特性を備えていることが必要である(これは、美術の著作物としての創作性を認める上で最低限の要件というべきである)。したがって、控訴人の主張が、単に他社製品と比較して特徴的な形態さえ備わっていれば良い(およそ美的特性の有無を考慮する必要がない)とするものであれば、その前提において誤りがある。
(イ) 第二に、原告各製品の形態は一様ではなく、少なくとも前記@の点をもって共通の特徴的な形態とするのは誤りである。
 すなわち、原告製品1〜6は、最上部で結合されているものの、連結部分はそれぞれ左右に大きな円形の耳を有しており、単純な円形部材ではない。また、キャラクターが表現されているのは連結部分ではなく円形の耳の方である。
 原告製品7及び8は、最上部で結合されているものの、連結部分はそれぞれ機関車トーマスシリーズのキャラクターが模られており、円形部材ではない。
 原告製品9は、最上部で結合されているものの、連結部分は括れた楕円形のような形をしており、単純な円形部材ではない。
 原告製品10、14及び15は、最上部で結合されているものの、連結部分は星形のような形をしており、円形部材ではない。
 原告製品11〜13は、そもそも最上部で結合されておらず、連結部分も円形部材ではない。
 原告製品16〜19は、最上部で結合されているが、連結部分は立体的なディズニーのキャラクターが模られており、円形部材ではない。
 以上のとおり、原告各製品はいずれも連結箸であるが、必ずしも「キャラクターが表現された円形部材により最上部で結合され」ているとはいえず、せいぜい、原判決が認定するとおり、「箸本体を上部の円形部材等で連結させている」といい得るにすぎない。したがって、前記@の点をもって共通の特徴的な形態とするのは誤りである。
(ウ) 第三に、原告各製品は、幼児が食事をしながら正しい箸の持ち方を簡単に覚えられるようにするための練習用箸であって、その目的を実現するために、2本の箸を連結する、あるいは、箸を持つ指の全部又は一部を固定するというのは、いずれもありふれた着想にすぎず、このことは甲16〜26の各製品や、乙5〜12の各公報に描かれたデザインを見ても明らかである。また、かかる着想を具体的な商品形態として実現しようとすれば、箸という物品自体の持つ機能や性質に加え、練習用箸としての実用性が求められることからしても、選択し得る表現の幅は自ら相当程度制約されるのであって、美術の著作物としての創作性を発揮する余地は極めて限られているものといえる。
(エ) 以上に基づいて検討するに、まず、箸を連結すること自体はアイデアであって表現ではない(なお、連結部分にキャラクターを表現することも、それ自体はアイデアであって、著作権法上保護すべき表現には当たらない。)し、その具体的な連結の態様を見ても、原告各製品が他社製品(甲16〜26)と比較して特徴的であるとまではいえず、まして美的鑑賞の対象となり得るような何らかの創作的工夫がなされているとは認め難い。よって、前記@の点に美術の著作物としての創作性を認めることはできない。
 次に、箸を持つ指やその位置が決まっている以上、これを固定しようと考えれば、固定部材を置く位置は自ずと決まるものであるし、人差し指、中指、親指の3指を固定することや固定部材として指挿入用のリングを設けることも、例えば、原告各製品が製造販売されるより前に刊行された乙5、7、8の各公報においても類似の構成が図示されている(すなわち、乙5及び乙7には、一対の箸のうち1本が人差し指と中指を入れる2つのリングを有し、他方の1本が親指と薬指を入れる2つのリングを有するものが図示されている。乙8には、一対の箸のうち1本が人差し指と中指を入れる2つのリングを有し、他方の1本が薬指を入れる1つのリングを有するものが図示されている。)ように、特段目新しいことではない。原告各製品も通常指を置く位置によくあるリングを設けたにすぎず、その配置や角度等に実用的観点からの工夫があったとしても、美的鑑賞の対象となり得るような何らかの創作的工夫がなされているとは認め難い。よって、前記Aの点についても、美術の著作物としての創作性を認めることはできない。
(オ) 以上のとおり、控訴人が主張する前記@Aの点は、いずれも実用的観点から選択された構成ないし表現にすぎず、総合的に見ても何ら美的鑑賞の対象となり得るような特性を備えるものではない。
 よって、前記@Aの点を理由に、原告各製品について美術の著作物としての著作物性を認めることはできないというべきである。
(2) 原告図画について
ア 控訴人は、原告図画が美術の著作物として保護されることを前提に、被告各商品は、最上部で結合された連結箸であり、1本の箸に人差し指と中指を入れる2つのリングを有し、かつ、他方の箸に親指を入れる1つのリングを有し、合計3つのリングを有する点において、表現されている本質的特徴を共通にするものであること、原告図画の影の表現等の絵画的な特徴は、三次元の物体を感得させる創作的表現であり、被告各商品は原告図画に創作的に表現された思想又は感情を三次元化したものであることを理由に、被告各商品は原告図画を翻案したものである、などと主張する。
イ そこで検討するに、著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうが、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらないと解すべきである(最高裁判所平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
 これを本件についてみるに、そもそも、被告各商品が原告図画に依拠して作られたとの事実を認めるに足りる証拠がないことは、原判決が指摘するとおりである。
 この点を措くとしても、控訴人が表現上の本質的特徴を共通にすると主張する部分は、原告各製品において検討した前記@Aの点と同じであり、これらの点に創作性が認められないことは前記のとおりであるから、控訴人の主張は、結局のところ、表現上の創作性がない部分において同一性を主張するにすぎないものである(なお、原告図画は、原告製品1〜6を図示したものであることが明らかであって、連結部分の左右に大きな円形の耳が描かれているのに対し、被告各商品はいずれも連結部分にそのような耳を備えておらず、両者は一見して明らかに異なる物品であることが明らかである。)。
ウ 以上によれば、被告各商品について、原告図画の翻案権侵害が成立する余地はないというべきであり、これに反する控訴人の主張は採用できない。

3 結論
 以上の次第であるから、原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。よって、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 鶴岡稔彦
 裁判官 大西勝滋
 裁判官 寺田利彦
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