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【事件名】舞妓写真の“日本画”モデル事件
【年月日】平成28年7月19日
 大阪地裁 平成26年(ワ)第10559号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成28年5月17日)

判決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 升本喜郎
同 金子剛大
同 畠山大志
同 井上貴宏
同訴訟復代理人弁護士 稲垣勝之
被告 P2
同訴訟代理人弁護士 市木重夫
同 松村美之


主文
1 被告は、別紙絵画目録記載(1),(4)の絵画を展示し、又は譲渡してはならない。
2 被告は、別紙絵画目録記載(1),(4)の絵画を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、40万円及びこれに対する平成26年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを100分し、その96を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第1項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙写真目録記載の写真を、日本画、水彩画等の絵画に翻案し、それら絵画を展示し、又は譲渡してはならない。
2 被告は、別紙絵画目録記載の絵画を展示し、又は譲渡してはならない。
3 被告は、別紙絵画目録記載の絵画を廃棄せよ。
4 被告は、原告に対し、1980万円及びこれに対する平成26年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、日本画家である原告が、同人の撮影した舞妓の写真を利用して日本画を制作し、その日本画を展覧会に出展した日本画家である被告に対し、著作権(翻案権、展示権)及び著作者人格権(同一性保持権、公表権)侵害を理由として侵害行為の差止等(翻案権及び同一性保持権に基づく写真の翻案の差止請求、展示権及び公表権に基づく絵画の展示、譲渡の差止請求及び廃棄請求)を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として合計1980万円(著作権侵害を理由とする損害1500万円、著作者人格権侵害を理由とする損害300万円、弁護士費用相当の損害180万円)及びこれに対する不法行為の後の日である平成26年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 判断の基礎となる事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は、主に舞妓をモデルにした絵画を制作する日本画家である。
イ 被告は、日本画家であり、S1を主催するS2の審査員、評議員を務めたことがあり、また、原告との間で本件紛争が起きるまで芸術大学の教授も務めていた者である(甲1)。
ウ P3(昭和2年生まれ)は日本画家であり、S2の会員である。
(2) 舞妓の写生会
ア P3を含む4、5人の画家仲間は、平成10年頃から、月1回程度の頻度で、京都市の祇園の茶屋の一室を貸し切り、そこにモデルとなる舞妓を招いた上、毎回約4時間をかけて、舞妓に踊ってもらったり適宜指示したポーズをとってもらったりして、絵画制作に用いるためデッサンをしたり、写真撮影をしたりしていた(以下、これを「本件写生会」という。)。原告は、平成21年1月から本件写生会に参加するようになった。
イ 別紙写真目録記載の各写真が撮影された本件写生会の開催日及びその会の参加者は以下のとおりである。
(ア) 別紙写真目録記載(1)の写真(以下「本件写真@」という。)
 開催日 平成23年1月7日(以下「本件写生会@」という。)
 参加者 原告、P4、P5、P6及びP7
(イ) 別紙写真目録記載(2)の写真(以下「本件写真A」という。)
 開催日 平成23年2月11日(以下「本件写生会A」という。)
 参加者 原告、P3、P4、P5、P6及びP7
(ウ) 別紙写真目録記載(3)の写真(以下「本件写真B」といい、本件写真@ないしBを併せて「本件写真」ということがある。)
 開催日 平成23年5月10日(以下「本件写生会B」という。)
 参加者 原告、P5及びP8
ウ 原告は、本件写生会以外にも、P3、被告も参加している同様の写生会であるS3(以下「本件写生会」と併せて「舞妓写生会」という。)に参加して、日本画の題材とするための舞妓の写真撮影をしていた。
エ 原告は、舞妓写生会に参加する際には、一眼レフカメラ2台や予備のレンズ(50ミリの単焦点レンズ)のほか、撮影用ライト(約1メートル四方の蛍光灯やLEDライト)、反射板といった器材を持ち込んで本格的な写真撮影をしていた。そして、舞妓写生会において撮影した舞妓の写真データを、ソフトウエアを用いて加工したりした上で、これを模写する方法で絵画制作を行っている。
(3) 本件写真が原告からP3に交付された経緯
ア 原告は、高齢で眼病を患ったP3の絵画制作を援助するため、その撮影した写真を拡大して見やすいよう加工して提供することがあった。そして、そのような中には、舞妓写生会において、P3の求めに応じて、P3が指示する舞妓のポーズを撮影し、その写真をP3に提供することもあった。なお、P3は、デッサンを中心に舞妓の絵画を制作していたもので、写真は、動きのあるポーズや細部を確認する参考資料とするため利用するにとどめ、その完成した絵画作品は、写真に由来することが看取できる部分があるけれども、写真がそのまま利用されているとは見えないものであった(甲21の1、甲22の1、原告本人)。
イ 原告は、平成23年1月7日の本件写生会@に参加し写真撮影をしたが、その会には、参加予定であったP3が、けがのため急に参加できなくなっていた。原告は、P3が本件写生会@を楽しみにしていたことから、静止したポーズの写真である本件写真@を特段の加工をすることなくP3に郵送して交付した(原告本人)。
ウ 原告は、平成23年2月11日の本件写生会Aに参加し写真撮影をした。その会にはP3も参加し、写真撮影もしていた。しかし、P3の撮影した写真等ではモデルの舞妓の着物や髪飾りの柄や形状等の細部が見えづらいことから、原告は、P3から拡大した舞妓の写真が欲しいと依頼され、これを受けてソフトウエアを利用して、舞の途中を連写した写真の一枚である本件写真Aを、A3サイズを縦に2つつなげたサイズに拡大加工した上で、これをP3に交付した(原告本人)。
エ 原告は、平成23年5月10日の本件写生会Bに参加し写真撮影をした。その会にP3は参加していなかったが、原告は、P3から制作の参考のために舞を踊っている舞妓の写真が欲しいと依頼され、舞の途中を連写した写真の一枚である本件写真BをA3ノビサイズに拡大加工した上でP3に交付した (原告本人)。
オ 本件写真は、いずれも公表されていないものである。
(4) 本件写真がP3から被告に交付された経緯
ア P3は、絵画制作の参考資料のために本件写真@ないしBを含む原告撮影の写真114枚のほか写真合計約300枚を保存していた。
イ P3は、かねてから眼病を患っていたが、平成24年には、いよいよ絵画制作が困難になって絵画制作を止めることとした。そこで、不要となった上記保存していた写真を被告に提供することとし、最初は、同年8月頃に、被告に対して30枚ないし40枚の写真を郵送し、そして平成25年6月頃にも、P3のアトリエで残りの写真を被告に直接手渡して交付した(乙16、被告本人)。
(5) 被告による本件写真を用いた絵画制作及び展示
ア 被告は、本件写真@に依拠して別紙絵画目録記載(1)の絵画(以下「本件絵画@」という。)を、本件写真Aに依拠して別紙絵画目録記載(2)の絵画(以下「本件絵画A」という。)を、本件写真Bに依拠して別紙絵画目録記載(3)及び(4)の絵画(以下、それぞれ「本件絵画B」、「本件絵画C」といい、本件絵画@ないしCを併せて「本件絵画」ということがある。)を制作した。なお、本件絵画@ないしBの絵のサイズは10号程度であり、本件絵画Cのサイズは20号である。
イ 本件絵画@ないしBは、別紙展覧会目録記載の展覧会番号@の被告の個展に他の作品47点と一緒に展示され、本件絵画Cは、別紙展覧会目録記載のとおり、4か所の百貨店で巡回して開催されたS4に展示された。
ウ 本件絵画@ないしBは、販売価額をおよそ17万円と設定され、そのうち本件絵画A、Bは、上記個展の機会に、いずれも17万円で販売された。なお、同個展において販売された作品は、展示作品50点中11点であるが、そのうち2点が本件絵画A、Bである。本件絵画@、Cについては、販売されていない。
3 争点
(1) 本件写真の著作物性及び著作権の帰属主体
(2) 被告の本件絵画の制作行為等は、本件写真の著作権及び著作者人格権を侵害する行為であるか。
(3) 原告が被告に対して著作権及び著作者人格権を行使することを妨げる事由はあるか。
(4) 被告は本件写真の著作権及び著作者人格権侵害について故意又は過失があるか。
(5) 原告の受けた損害の額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件写真の著作物性及び著作権の帰属主体)について
(原告の主張)
(1) 本件写真は、いずれも原告が、P3を除く本件写生会メンバーの意見も聞きながら、自ら被写体(舞妓やその舞妓が着用する着物、髪飾り等)の選択を行った上で、自ら制作する日本画の題材とする目的で、自身の感性に従って、被写体の位置・構図等を工夫しながら、舞妓のポーズや着物の袖や裾の流れ具合を調整し(本件写真@)、あるいは、舞妓が舞の最中、シャッターチャンスを窺い、イメージにあうタイミングで(本件写真A、B)、撮影したものである。しかも、本件写真は、原告が、一眼レフカメラ2台に加え、予備のレンズ(50ミリの単焦点レンズ)や撮影用ライト(約1メートル四方の蛍光灯やLEDライト)、反射板といったプロの写真家が用いるような器材を用いて、カメラの高さや明暗(ISO感度)、シャッタースピード、光の種類(自然光か撮影用ライトか)にまで気を配って撮影したものである。
 本件写真は、その随所に創作性が発揮されているのであるから、高度な美的価値と希少性を備えた一つの芸術作品というべきものであって、著作物に当たり、その著作権は、本件写真の撮影者である原告に帰属する。
(2) 被告は、本件写真が著作物であることを争い、あるいは本件写真の著作者は原告ではない(又はP3である)旨を縷々主張するが、本件写真が著作物足り得ることは上記(1)のとおりであるし、そもそもP3は、本件写真@を撮影した本件写生会@、及び本件写真Bを撮影した本件写生会Bに出席すらしていないから、その著作者であるはずがない。P3が出席した本件写生会Aにおいて撮影された本件写真Aについても、これが舞の最中に撮影されたものであることからすれば、P3が、自らの創作意図を実現すべく、原告に対して、被写体の選択から撮影に係る構図等撮影作業の細部に至るまで指示を出し、原告をいわば自己の手足として利用して撮影することなど物理的に不可能である以上、本件写真の著作者がP3であると解する余地はない。
(被告の主張)
(1) 本件写真は創作的表現ではないので著作物ではない。
 著作物は「原告が思想又は感情を創作的に表現した」ものでなければならないが、本件写生会においては、本件写生会の参加者が、こもごも舞妓にポーズを指示したり、舞妓がポーズを工夫したりなどしており、それらのポーズからなる舞妓の影像は全参加者の共有であって、原告個人が創意工夫したものとはいえないから、その写真に著作物性はない。
(2) 仮に著作物に当たるとした場合、その著作権はP3に原始的に帰属するというべきである。すなわち、原告が本件写生会で写真を撮影して、これをP3の「制作目的」のために渡す場合は以下のとおりである。
A P3が「このポーズを撮ってくれと言って指示」したとき(W写真)(甲22の2の写真)
B 「踊り」で概括的に、又は包括的に原告らにポーズを任せて依頼したとき(本件写真A)
C 原告らが撮影中に、P3が「今、撮っているポーズを自分にも欲しい」と指示したとき(本件写真A)
D 写生会で原告らが撮影直後に、又は次の写生会などで、原告らが撮った写真を(前回写生会出席の)P3に見せた時に、P3が「このポーズが欲しい」と言ったとき
E P3の写生会の欠席を補う必要から、欠席の「静止ポーズ」や「踊り」のうち、P3が制作に良いと思う適当な写真を、P3が原告らに任せて依頼したとき」(「本件写真@」と「本件写真B」)
 本件写真Aは、前記B及びCの場合に該当するが、これらの場合、P3が絵画制作に用いる目的で自ら指示したポーズを、原告がP3に代わって撮影したということになり、その写真の影像の権利はP3に帰属する。
 また、本件写真@は本件写生会@において、本件写真Bは本件写生会Bにおいて撮影されたもので、いずれの撮影会でもP3は不在であり、上記Eの場合に当たるが、P3が同写生会に不在であった理由に鑑みれば、Dの場合と同視すべきであり、やはり、写真の影像の権利はP3に帰属する。
(3) 仮に原告に著作権が認められるとしても、本件写真は、いずれも、舞妓のポーズやシャッターチャンスについて、P3の指示のもとに原告が撮影したものであるから、原告とP3との共同著作であり、著作権は準共有となる。
2 争点(2)(被告の本件絵画の制作行為等は、本件写真の著作権及び著作者人格権を侵害する行為であるか。)について
(原告の主張)
 被告は、本件写真に依拠して本件絵画をそれぞれ制作しており、その結果、本件絵画は、被写体となる舞妓の表情やポーズ、髪飾り、着物や扇子の模様、着物の袖や裾の流れ具合、背面の帯の見え方、カメラアングル等の細部に至るまで完全に一致又は酷似しており、本件絵画から本件写真の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる。したがって、本件写真に依拠して本件絵画を制作した被告の行為は、本件写真の「翻案」に該当し、原告の本件写真に係る翻案権(著作権法27条)を侵害する行為である。
 また、被告が本件写真に依拠して本件絵画を制作した行為は、本件写真の著作物についての原告の意に反する変更その他の改変に該当し、原告の本件写真に係る同一性保持権(同法20条1項)を侵害する行為であり、被告が本件絵画を展覧会に出展した行為は、原告の本件絵画に係る展示権(同法28条、25条)及び公表権(同法18条1項後段)を侵害する行為である。
(被告の主張)
 争う。
3 争点(3)(原告が被告に対して著作権及び著作者人格権を行使することを妨げる事由はあるか)について
(被告の主張)
(1) 本件写真が原告にとって利用価値がある写真なら、原告は当然に手許に残したはずであるが、P3に提供したというのであるから、その時点で、本件写真の著作権を放棄したとみるべきである。
(2) 仮に原告が著作権を放棄していないとしても、原告は、P3に対して、本件写真のポーズ等そのままを日本画にしてはならないという法的な制限を加えておらず、そもそも、現実に芸術家として活動していたP3に対し、法的な制限を強制できる立場にはない。舞妓の髪型や着物の図柄等だけを使用しても、作品の制作に生かすことはできないから、原告はP3に対して、本件写真の構図や舞妓のポーズも含めた全体を参考に日本画を制作することを許諾したものである。そして、被告は、本件写真を参考にして作品を制作するに当たっては、その都度P3の承諾を得て、すなわち本件写真の著作権者であるP3から複製及び翻案の許諾を得ていたものである。
(3) 本件写生会の各会員は、自由と平等な立場なので、互いに著作権を主張しあう関係になく、原告は、本件写真をP3に交付したのであるから、本件写真について権利行使することは信義則上許されない。
(原告の主張)
(1) 原告は、単にP3が出席できなかった本件写生会@における黒紋付姿の舞妓の写真をP3に見せる趣旨で(本件写真@)、あるいは、目を患ったP3が日本画制作において細部等を確認する際の一助となればよいという趣旨で(本件写真A及びB)、純粋に厚意で本件写真をP3に交付したにすぎず、自らの著作権を放棄したわけではない。
 また原告は、本件写真と同様の絵画の制作を許容する趣旨で本件写真をP3に交付したわけではなく、ましてや、本件写真が本件写生会の会員ですらない被告の手に渡ることや、さらに被告によって本件写真と同様の絵画が制作されることなど全く想定していなかったから、被告による本件絵画の制作を許容していなかったことは明らかで、許諾を得たという主張は失当である。
(2) 原告が本件写真について権利行使することが信義則上許されない旨の原告主張は争う。
4 争点(4)(被告は本件写真の著作権及び著作者人格権侵害について故意又は過失があるか。)について
(原告の主張)
 原告がP3の絵画制作に協力しており、見やすいように拡大した写真を渡していることは、遅くとも平成24年1月頃までには舞妓写生会の会員間では知られた事実となっていたところ、本件写真A、Bはそれぞれ拡大された写真であったこと、またP3は被告に対し、交付した写真の中に原告の写真が含まれていると伝えていたことからすれば、被告は、@本件写真が原告により撮影されたものであること(少なくともP3により撮影されたものでないこと)及びA原告(少なくとも本件写真の撮影者)から本件写真に基づいて絵画を制作することの許諾を得ていないことを認識していたことは明らかであり、それにもかかわらず、あえて本件写真から本件絵画を制作したのであるから、被告には故意、しかも確定的故意があったといえる。
 また、そうでなくとも被告は、写真提供者であるP3とは別に本件写真の撮影者がいることを明確に認識しながらも、著作権者に対する確認作業を一切行っていない以上、被告に過失があることは明らかである。
(被告の主張)
 被告は、平成24年8月頃と平成25年6月7日の2回にわたって、多数の写真をP3から譲り受けたが、それら写真には日付や撮影者が記載されておらず、P3からは何の説明や注意もなかったので、これらの写真の中に原告が撮影した写真があることを知らなかった。
 さらに、別紙展覧会目録A−1の展覧会の際、被告はP3に対し、本件絵画Cについて、「今回の作品は、先生からいただいた写真を参考にさせてもらって描いています。」と話したところ、P3は「ああそうか。」と言った程度であり、本件写真Bから本件絵画Cが制作されていることを特に問題としなかった。
 したがって、被告は「(P3から贈与を受けた)写真は元々からP3が独自に取得したP3のものであって、自分もP3と同様に、これらの写真をもとに自由に描けるもの」と信じていたのであり、著作権侵害及び著作者人格権侵害につき故意はないことはもとより、過失もない。
5 争点(5)(原告の受けた損害の額)について
(原告の主張)
(1) 著作権侵害により生じた損害 1500万円
 原告が制作する絵画1枚の価格は250万円であり、原告は1枚の写真から2枚絵画を制作することもあった。原告は、本件写真@ないしBを用いた絵画制作に取りかかっており、本件写真@については、既に購入予定者も決定していた。
 それにもかかわらず、被告が本件写真を翻案して本件絵画を制作し、これを展示したという翻案権侵害、展示権侵害の行為により、原告は、本件写真を模写した絵画を制作することができなくなり、絵画を制作し販売して得られたはずの利益を得られなくなった。
 したがって、本件写真の著作権(翻案権、展示権)侵害により原告に生じた損害は、合計1500万円である。
 (計算式)
 250万円×3(本件写真@ないしB)×2枚(各制作枚数)=1500万円
(2) 著作者人格権侵害を理由とする慰謝料 300万円
 原告は、多大な労力をかけて本件写真を撮影しており、その後、自ら本件写真をもとに制作した日本画を個展等で公表することを予定していたにもかかわらず、被告が本件写真を無断利用して本件写真の舞妓のシルエットや背景等の細部について原告の意に反する形で変更を加えて本件絵画を制作し、これを公表した。
 以上のような被告の行為は、同一性保持権、公表権という著作者人格権を侵害する行為であり、これにより原告は多大な精神的苦痛を被ったものであって、その精神的損害を慰謝するに足りる慰謝料の額は300万円を下らない。
(3) 弁護士費用相当の損害額 180万円
(4) 被告の過失相殺の主張は争う。
(被告の主張)
(1) 原告の主張する損害の額はいずれも争う。原告に生じた損害の額は、本件写真そのものの経済的価値に基づき算定されるべきである。
(2) 仮に被告に損害賠償責任があるとしても、原告は本件写真に権利があることを客観的に表示しないままP3に多くの写真を交付し、何年もの間返還を求めることもなかったのであるから、被告が本件写真の著作権侵害に及んだ結果について原告にも相当の過失があるというべきであり、その点は、損害賠償の額を定めるに当たり考慮されるべきである。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件写真の著作物性及び著作権の帰属主体)について
(1) 本件写真が原告撮影に係る写真であることは当事者間に争いがないが、被告は、本件写真の著作物性を否認するとともに、著作物性が認められたとしても、原告が著作権者ではないとして争っている。
 ところで写真が著作物として認められ得るのは、被写体の選択、シャッターチャンス、シャッタースピードの設定、アングル、ライティング、構図・トリミング、レンズの選択等により、写真の中に撮影者の思想又は感情が表現されているからであり、したがって写真は、原則として、その撮影者が著作者であり、著作権者となるというべきことになる。
(2) これにより本件について見ると、本件写真@は、舞のポーズをとった舞妓を、やや斜め左前の位置で、舞妓をごく僅かに見上げる高さから撮影したものであるが、舞を踊るポーズを取る舞妓の表情及び全身を捉える撮影位置、撮影アングル、構図を選択したのは撮影者の原告であり、本件写真@は、このことにより撮影者である原告の思想又は感情が創作的に表現されているといえるから、これによりその著作物性が肯定され得る。
 本件写真Aは、黒髪の舞を踊る最中の舞妓を、ほぼ正面の位置で、舞妓とほぼ同じ目の高さから連写の方法で撮影したものであるが、舞の最中の舞妓が視線を落とした一瞬を切り取り、舞妓を正面からほぼ同じ目の高さで撮影するという、撮影位置、撮影タイミング及び撮影アングルを選択したのは撮影者の原告であり、本件写真Aは、このことにより、撮影者である原告の思想又は感情が創作的に表現されているといえるから、これによりその著作物性が肯定され得る。
 本件写真Bは、舞を踊る最中、座った姿勢となった舞妓を、舞妓の左正面約45度の方向から、座った姿勢の舞妓とほぼ同じ目の高さで撮影したものであるが、舞を踊る舞妓が座った一瞬を切り取り、これを斜めの位置からほぼ同じ目の高さから撮影するという、撮影のタイミング及び撮影位置、撮影アングルを選択したのは撮影者の原告であり、本件写真Bは、このことにより撮影者である原告の思想又は感情が創作的に表現されているといえるから、これによりその著作物性が肯定され得る。
 したがって、本件写真は、いずれも著作物足り得るものであり、撮影者、すなわち著作者である原告が、著作権者であると認められる。
(3)ア 被告は、上記第3の1(被告の主張)のとおり主張して本件写真が著作物であることを否認する。被告の主張は、被写体である舞妓の影像が本件写生会の会員全員の共有であるなどと主張して、同じ舞妓のポーズを皆が撮影する限り、個々人が撮影した写真に創作性が生じないように主張する。
 しかし、同じ舞妓の同じポーズを被写体として複数の者が同時に撮影するにしても、そのポーズをとった舞妓をいかなる撮影方向、アングル、構図で捉えるかなどの点で写真には撮影者の個性が現れ得るから、個々人の撮影した写真それぞれが著作物足り得ることは明らかであって、これに反する被告の主張は失当である。
イ また被告は本件写真が著作物とするなら、その著作権が原始的に帰属するのは、P3であると主張するが、そもそもP3は本件写真@、Bの撮影時にその場に居合わせていないのであるから、それら写真についてP3の創作行為を観念する余地はない。また本件写真Aの撮影の場には居合わせているけれども、撮影位置、撮影タイミング及び撮影アングルの選択など具体的撮影行為をしたのが原告である以上、P3が本件写真Aの創作行為に関与したということはできず、いずれにせよ、被告の主張は、準共有となる旨の主張を含めて採用の余地がない。
ウ なお被告の主張は、上記ア、イで検討した点を含めP3が被写体となる舞妓にポーズの指示をしたことが写真の創作であるとの前提で主張するものと理解されるが、芸術作品の題材足り得る舞妓の姿(ポーズ)の美しさは舞妓自身の修練の結果身に着けた所作に由来するものであって、P3がポーズについて何らかの指示を与えたとしても、絵画の題材足り得る舞妓のポーズを創作したものといえないし、また他の写生会の参加者もそうである。またそもそも、写真の著作物性は上記のとおり撮影方法における撮影者の創作性に由来するのであって、被写体そのものの創作性に由来するものではないから、いずれにせよ、被告の主張は失当である。
2 争点(2)(被告の本件絵画の制作行為等は、本件写真の著作権及び著作者人格権を侵害する行為であるか。)について
(1) 翻案権侵害について
ア 本件写真@について
 被告が、本件写真@に依拠して本件絵画@を制作したことは当事者間に争いがないところ、本件写真@と本件絵画@とを対比すると、本件絵画@は、その全体的構成が本件写真@の構図と同一であり、本件写真@の被写体となっている舞妓を模写したと一見して分かる舞妓を本件写真@の撮影方法と同じく、正面の全く同じ位置、高さから見える姿を同じ構図で描いていることで本件写真@の本質的特徴を維持しているが、その背景を淡い単色だけとし、さらに舞妓の姿が全体的に平面的で淡い印象を受ける日本画として描かれることにより創作的な表現が新たに加えられたものであるから、これに接する者が本件写真@の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物が創作されたものとして、本件写真@を翻案したものということができる。
 したがって、被告による本件絵画@の制作行為は、原告の本件写真@に係る翻案権を侵害する行為である。
イ 本件写真Aについて
 被告が、本件写真Aに依拠して本件絵画Aを制作したことは当事者間に争いがないところ、本件写真Aと本件絵画Aとを対比すると、本件絵画Aは、その全体的構成は本件写真Aの構図と同一であり、本件写真Aの被写体となっている舞妓を模写したと一見して分かる舞妓を本件写真Aの撮影方法と同じく、正面の全く同じ位置、高さから見える姿を同じ構図で描いていることで本件写真Aの本質的特徴を維持しているが、その背景を淡い単色だけとし、さらに舞妓の姿が全体的に平面的で淡い印象を受ける日本画として描かれることにより創作的な表現が新たに加えられたものであるから、これに接する者が本件写真Aの表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物が創作されたものとして、本件写真Aを翻案したものということができる。
 したがって、被告による本件絵画Aの制作行為は、原告の本件写真Aに係る翻案権を侵害する行為である。
ウ 本件写真Bについて
 被告が、本件写真Bに依拠して本件絵画B、Cを制作したことは当事者間に争いがないところ、本件写真Bと本件絵画B、Cとを対比すると、本件絵画B、Cは、いずれともその全体的構成は本件写真Bの構図と同一であり、本件写真Bの被写体となっている舞妓を模写したと一見して分かる舞妓を本件写真Bの撮影方法と同じく、正面斜め前の全く同じ位置、高さから見える舞妓の姿を同じ構図で描いていることで本件写真Bの本質的特徴を維持しているが、本件絵画Bは、これに背景色に明るい単色を用い、さらに舞妓の姿も本件写真Bよりも明るく淡い雰囲気となるよう表現した日本画として描かれることにより、また本件絵画Cは、本件絵画Bとは異なり背景色に暗い色を用い、さらに舞妓の着物の色を本件写真Bとは異なる青味のものとした上、その輪郭をぼかして淡く光るように描くことで、背景から舞妓の姿を浮かびあがらせるよう表現した日本画として描かれることにより、それぞれ創作的な表現が新たに加えられたものであるから、これらに接する者がいずれも本件写真Bの表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物が創作されたものとして、本件写真Bを翻案したものということができる。 
 したがって、被告による本件絵画B、Cの制作行為は、原告の本件写真Bに係る翻案権を侵害する行為である。
(2) 展示権侵害について
 本件写真は、いずれも発行されていない写真であるから、著作者である原告は展示権を専有する。
 そして、上記(1)認定のとおり、本件絵画は、いずれも本件写真を翻案して制作された本件写真の二次的著作物に当たるから、原告は、二次的著作物である本件絵画についても展示権を専有するところ、前記第2の2記載のとおり、被告は、本件絵画を、不特定多数人が訪れる展覧会に出展して展示したというのである。
 したがって、被告の本件絵画展示行為は、原告の本件絵画に係る展示権を侵害する行為である。
(3) 同一性保持権侵害について
 本件絵画は、前記(1)認定のとおり、それぞれに対応する本件写真との相違点があるから、被告は、本件写真の表現を改変したものというべきである。
 そして、原告が、被告に対して本件写真を利用した絵画の制作を許諾していなかったことは、後記3(2)のとおりであるから、被告による本件写真の上記改変は著作者である原告の意に反するものというべきである。
 したがって、被告の本件絵画制作行為は、原告の本件写真に係る同一性保持権を侵害する行為である。
(4) 公表権侵害について
 本件写真は、いずれも公表されていない写真であるから、本件写真の著作者である原告は、公表権を有する。
 そして、上記(1)のとおり、本件絵画は、いずれも本件写真を翻案して制作された本件写真の二次的著作物に当たるから、原告は、その二次的著作物である本件絵画についても公表権を有するところ、被告は、本件絵画を不特定多数人が訪れる別紙展覧会目録記載の各展覧会に出展し、公表したというのである。
 したがって、被告の本件絵画公表行為は、原告の本件絵画に係る公表権を侵害する行為である。
3 争点(3)(原告が被告に対して著作権及び著作者人格権を行使することを妨げる事由はあるか。)について
(1) 被告は、原告がP3に本件写真を交付することによりその著作権を放棄した旨主張する。
 しかし、そのことを直ちに認め得る証拠はないことはもとより、証拠(甲21、甲22(いずれも枝番号を含む)、原告本人)によれば、原告がP3に対して本件写真を含む写真を多数交付したのは目を患っているP3の絵画制作を援助するためという人的関係に基づくものであって、その写真がP3から第三者に交付され利用されることは予定されていなかったこと、そもそもP3は写真を模写したような絵画を制作するわけではなく、ただ絵画制作時の参考資料として利用するにすぎないこともあって、その当時、原告とP3の間で本件写真の利用に伴う著作権に及ぼす影響が明確に意識されていなかったものと推認されることなどからすると、原告が本件写真をP3に交付するに伴い、本件写真の利用につき原告が一切異議を述べることができなくなるような効果をもたらす著作権放棄を黙示的にしたものと認めることもできない。
(2) 被告は、原告がP3に本件写真の利用を許諾しており、被告は、P3から本件写真の利用の許諾を得ているから、被告の行為は著作権侵害にならないように主張する。
 しかし、原告がP3に対して本件写真を交付した経緯が上記(1)で認定したとおりである以上、原告がP3に対して、その限度で著作権の利用を許諾していたとしても、これを超えてP3に再許諾権を与えること、すなわち、P3が、それら写真を第三者の絵画制作に利用のため第三者に提供することまで許諾していたとは認められない。
 したがって、P3が被告に対し、本件写真を絵画制作に利用させることを目的として利用方法について特段の注意することなく交付し、法的には本件写真の利用を許諾したと解され得たとしても、そもそもP3にはその権原がないので、被告は、P3からの利用許諾をもって原告には対抗できないというべきである。
(3) 被告は、本件写生会の各会員は、自由と平等な立場なので、互いに著作権を主張しあう関係になく、原告は、本件写真をP3に交付したのであるから、本件写真について権利行使することは信義則上、許されない旨主張する。
 確かに証拠(被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、舞妓写生会は、いずれも、舞妓をモデルに絵画を制作する画家の集まりであって、その最中は、各自がさまざまな形で舞妓にポーズの指示を出したりして、自由にデッサンや写真撮影をしていたものであり、その費用も参加者が均等割りで2万円程度負担し、また会終了後に食事会が行われるなど、会は会員の親睦関係の上に成り立っていて、会員は被告のいうように自由で平等な関係であったといえる。
 しかし、舞妓写生会に参加する会員間の人間関係がそうであったとしても、そのことが、舞妓写生会における創作活動によって個々人が有することになる著作権の行使を妨げられるべき事情になるとはいえないし、また原告がP3に写真を交付することによって著作権を放棄したりしたわけではないことは上記(1)のとおりであるから、仮に原告がP3に対して本件写真利用に関する何らかの許諾を与えていたとしても、原告の被告に対する著作権行使の妨げになるとはいえず、被告の上記主張は採用できない。
4 差止請求及び廃棄請求の成否についての判断のまとめ
(1) 請求の趣旨第1項に係る請求について
 被告は、本件写真についての著作権及び著作者人格権侵害となる行為をしたものであるが、本件写真をいずれも原告に既に返却しているし、後記のとおり、その保管している本件絵画@、Cについては展示等のおそれがあるとして廃棄を命じる以上、被告が法的主張として著作権侵害を争っていたとしても、今後、新たに本件写真を翻案して、あるいは本件絵画@、Cを複製して絵画制作をしたりするおそれがあるとまでは認められないから、さらにその制作作品を展示したり譲渡したりするおそれもあると認めることはできない。
 したがって、請求の趣旨第1項に係る本件写真の翻案権及び同一性保持権に基づく本件写真の翻案の差止請求、展示権及び公表権に基づく、本件写真を翻案して制作される絵画の展示及び譲渡の差止請求には理由がない。
(2) 請求の趣旨第2項、第3項に係る請求について
ア 被告は、本件写真の二次的著作物である本件絵画のうち、本件絵画@、Cをなお販売未了状態で保管しているから、展示のおそれが認められ、したがって、展示権及び公表権に基づくその展示及び譲渡の差止請求並びに廃棄請求には理由がある(譲渡の差止請求は、著作権法112条2項の侵害の予防に必要な措置として理由があるものと認める。)。
イ 他方、被告は、本件写真の二次的著作物である本件絵画のうち、本件絵画A、Bを既に売却し、その管理下に置いていないから、展示権及び公表権に基づくその展示及び譲渡の差止請求並びに廃棄請求に理由はない。
5 争点(4)(被告は本件写真の著作権及び著作者人格権侵害について故意又は過失があるか。)について
 原告は、本件写真の著作権及び著作者人格権侵害につき、被告には故意があり、そうでなくとも過失がある旨主張する。
 被告本人尋問の結果によれば、被告は、P3から交付を受けた本件写真が、P3以外の第三者が撮影したものとの認識があったことが認められる一方、P3から絵画制作の資料として交付されたものである以上、当然、本件写真を利用して絵画制作をすることが許されているものと考えていたことも認められるから、被告が故意で本件著作権侵害行為に及んだと認められないことは明らかである。
 ただP3が保有している写真であるからといって、これによる絵画制作をすることを許す権限をP3が有しているとの認識は何ら具体的根拠に基づくものではないし、上記3で検討したように、原告が被告に対して著作権を行使できないとする被告主張はいずれも採用できないから、被告がこれらの事実関係から本件写真を絵画制作に用いることが許されていると考えていたとしても客観的根拠を欠くものといわなければならない。
 そして、被告自身、その尋問結果によれば市販の写真集掲載の写真を利用した絵画制作が許されない程度の著作権についての理解があったというのであるから、P3から何ら説明や注意を受けることなく本件写真の交付を受けたとしても、その利用に当たり、本件写真撮影者との関係で問題がないかについて調査確認すべきことに思い至ることはさほど難しいことはでなかったはずといえる。
 したがって、被告は、本件写真がP3の撮影に係る写真ではないことを認識しながら、漫然とこれを受領し、その著作権及び著作者人格権侵害に及ぶ利用の可否について全く調査確認しようとしなかった点に注意義務違反があるといわなければならないから、本件写真の著作権及び著作者人格権侵害について過失があるというべきである。
6 争点(5)(原告の受けた損害の額)について
(1) 著作権侵害による逸失利益について
 原告は、被告による本件絵画の制作及びその展示の結果、本件写真を用いて絵画制作をして販売することができなくなったとして、制作し販売し得たはずの絵画の販売価格を前提に、制作販売機会喪失による逸失利益を損害として主張している。
 しかしながら、制作済みの絵画が販売できなかったというのではなく、せいぜいその前段階である制作に着手していたにすぎないというのであるから、制作完成後は絵画が確実に販売される見込みが高かったとしても、そのような損害は写真の著作権侵害から通常生ずべき損害とはいえず、特別の事情による損害というべきである。
 そして、本件写真はP3が絵画制作の資料として保有されていたもので、P3の健康に問題がなければ、そのように用いられるはずであったことからすると、そのP3が絵画制作を断念してその保有写真を被告に交付したという本件の事情のもとでは、その写真の撮影者がなお本件写真を別に保有しており、これを用いて絵画を制作して販売するだろうことは一般に予見し難いといわなければならず、そうであれば、そのような経緯を前提に初めて生じ得る原告主張の損害は、本件写真の著作権侵害と相当因果関係のある損害と認めることはできないというほかない。
 したがって、本件の事実関係のもとでは、本件写真の著作権侵害による損害の額は、被告による本件絵画の制作によって、本件写真を展示販売する絵画制作に用いることができなくなったという価値減損の限度で認定するのが相当であるところ、本件写真@ないしBを用いて制作された本件絵画@ないしBは、いずれも17万円の販売価額とされていたというだけでなく、本件写真Bは、日本画家である被告にとって重要な展覧会であると考えられるS2のS4の展示作品の題材として用いられたことからすると、本件写真の絵画の題材としての価値は少なくとも1枚当たり5万円と認定するのが相当であり、したがって、著作権侵害によりその価値が失われ、その限度で原告の損害が生じたというべきである。
(2) 著作者人格権侵害による慰謝料
 同一性保持権侵害が問題となるべき、被告によりなされた本件写真についての改変の内容、程度は、上記2(1)のとおりであり、また公表権侵害の点については、別紙展覧会目録記載の各展覧会という限られた機会における公表だけが問題となる。
 そして、本件問題発覚後の被告の対応等、本件訴訟に現れた一切の事情を総合考慮すると、著作者人格権侵害によって原告に生じた精神的損害を慰謝するに必要な慰謝料の額は、20万円と認めるのが相当である。
(3) 過失相殺の主張について
 本件の問題が起きた遠因には、原告が自らの著作物である本件写真をP3に交付したことにあるといえるが、P3が絵画制作を続ける限り、これらの写真が被告に交付されることはそもそも起きなかったはずであるから、P3が絵画制作を断念するだけでなく、不要となった本件写真を、第三者に絵画制作の資料として交付してしまうことは、原告の予想外の出来事であったといえる。また、そもそも原告がP3に対して本件写真を含む写真を多数交付したのは目を患ったP3の絵画制作を援助するためであって、そのことはP3も理解していたはずであるから、その写真を第三者の絵画制作に利用させることが原告との関係で許されていたわけでないという理解を原告がP3に期待することが不合理なこととはいえない。
 そうすると、原告にとって、P3が第三者に対し、第三者の絵画制作の資料として自由に利用できるような誤解を与えて交付することは、全く予想外の出来事であって、原告に、そのことを予想して本件写真の交付を避けたり、写真を交付するにしても特別な注意をP3に与えておいたりすべきであったとはいえない。
 要するに本件問題は、P3と被告の過失が競合して起きた問題であって、そこに原告の過失があったということはできないから、被告の著作権侵害行為による損害賠償の額を定める当たり、原告に考慮すべき過失があるようにいう被告の主張は、失当であって採用できない。
(4) 弁護士費用相当の損害額
 本件事案に鑑み、本件と因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、5万円が相当である。
(5) 以上によれば、原告の被告に対する著作権侵害及び著作者人格権侵害を理由とする損害賠償請求は、合計40万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成26年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
7 結語
 以上の次第で、原告の請求は、その理由がある限度で認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条を、仮執行宣言につき同法259条1項を適用し、ただし主文第2項に係る仮執行宣言は相当ではないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 森崎英二
 裁判官 田原美奈子
 裁判官 大川潤子
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