判例全文 line
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【事件名】業務用スライサーのプログラムと取説事件
【年月日】平成28年7月7日
 大阪地裁 平成26年(ワ)第2468号 特許権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成28年4月22日)

判決
原告 冨士島工機株式会社
同訴訟代理人弁護士 藤原唯人
同 日野哲志
同訴訟代理人弁理士 古川安航
同 市川友啓
被告 株式会社タイキ
同訴訟代理人弁護士 溝上哲也
同訴訟代理人弁理士 山本進


主文
1 被告は、別紙「取扱説明書対比表」の「取扱説明書1について」のうちの「被告製品」欄の図1ないし図5並びに同対比表の「取扱説明書2について」のうちの「被告製品」欄の写真1及び写真2が掲載された別紙「被告取扱説明書目録」記載の各取扱説明書を作成し、又は頒布してはならない。
2 被告は、第1項記載の各取扱説明書の各図面及び各写真部分を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、6万2500円及びこれに対する平成26年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、これを100分し、その99を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
6 この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙「被告製品目録(1)」記載の製品を製造、販売し又は販売の申出をしてはならない。
2 被告は、別紙「被告製品目録(1)」記載の製品を廃棄せよ。
3 被告は、別紙「被告取扱説明書目録」記載の各取扱説明書を作成し、又は頒布してはならない。
4 被告は、別紙「被告取扱説明書目録」記載の各取扱説明書を廃棄せよ。
5 被告は、別紙「被告製品目録(2)」記載の製品を製造、販売し又は販売の申出をしてはならない。
6 被告は、別紙「被告製品目録(2)」記載の製品を廃棄せよ。
7 被告は、原告に対し、8000万円及びこれに対する平成26年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 請求の要旨
 原告は、被告に対し、下記の請求をした。
(1) 特許権に基づく請求
 原告は、発明の名称を「パン切断装置」とする特許権を有するところ、被告の製造、販売した製品が当該発明の技術的範囲に属すると主張して、被告に対し、当該特許権に基づき、当該製品の製造、販売等の差止め及び廃棄を求めた。
(2) プログラムに係る著作権に基づく請求
 原告は、自ら製造、販売するパン切断装置にインストールされたプログラムにつき著作権を有するところ、被告が同じ内容のプログラムをインストールして製品を製造、販売して上記の著作権を侵害したと主張し、被告に対し、著作権法112条により、当該製品の製造、販売等の差止め及び廃棄を求めた。
(3) 取扱説明書に係る著作権に基づく請求
 原告は、自ら製造、販売するパン切断装置に添付していた取扱説明書につき著作権を有するところ、被告が同じ内容の取扱説明書を作成、頒布して上記の著作権を侵害したと主張し、被告に対し、著作権法112条により、当該取扱説明書の作成、頒布の差止め及び廃棄を求めた。
(4) 不法行為による損害賠償請求
 原告は、上記の特許権又は著作権の侵害を原因とする不法行為による損害賠償請求として、損害合計額の一部である8000万円及びこれに対する不法行為後であり、訴状送達の日の翌日である平成26年4月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
2 前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告は、パン切断装置等の製造、販売等を目的とする株式会社である(甲3、5)。
 被告は、スライサー、包装機、オーブン、ミキサー、洗浄機などの食品機械、省力機器の製造、販売等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の有する特許権
ア 特許権の内容
 原告は、以下の特許(以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件特許発明」という。また、本件特許の特許出願を「本件特許出願」といい、本件特許出願の願書に添付された明細書及び図面をまとめて「本件明細書」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。本件明細書の記載は、別紙の特許公報のとおりである。
 特許番号 第4148929号
 発明の名称 パン切断装置
 出願日 平成16年8月10日
 登録日 平成20年7月4日
 特許請求の範囲
 【請求項1】
  パンを背面側へ移動させるパン移動部と、該パンを上方から切断すべく前記パンの移動する経路を挟んで左右に対向配置された2つのプーリ及び該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃を有するパン切断部と、該パン切断部を上下動させる上下駆動部とを備え、前記パン切断部が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、前記パン切断部は、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの挟持ローラおよび回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラから成る刃向規制部と、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部とを更に有し、該案内支持部は、一方の前記刃向規制部から他方の前記刃向規制部へ向かって、前記前記パンの移動ルートを横断して設けられ、前記刃向規制部が有する挟持ローラと前記案内支持部の端部との間には、前記挟持ローラにより向きを規制された無端帯刃が通過するスリットを有するスリット部材が配設されており、前記上部ローラは、前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられていることを特徴とするパン切断装置。
イ 構成要件の分説
 本件特許発明を構成要件に分説すると、以下のとおりである。
 A1 パンを背面側へ移動させるパン移動部と、
 A2 該パンを上方から切断すべく前記パンの移動する経路を挟んで左右に対向配置された2つのプーリ及び該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃を有するパン切断部と、
 A3 該パン切断部を上下動させる上下駆動部とを備え、
 B 前記パン切断部が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、
 C1 前記パン切断部は、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの挟持ローラおよび回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラから成る刃向規制部と、
 C2 前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部とを更に有し、
 D 該案内支持部は、一方の前記刃向規制部から他方の前記刃向規制部へ向かって、前記前記パンの移動ルートを横断して設けられ、
 E  前記刃向規制部が有する挟持ローラと前記案内支持部の端部との間には、前記挟持ローラにより向きを規制された無端帯刃が通過するスリットを有するスリット部材が配設されており、
 F 前記上部ローラは、前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられていることを特徴とする
 G パン切断装置。
(3) 原告が製造、販売するパン切断装置のプログラム
 原告は、商品名「縦横切りスライサー」(型式 L7A型)(以下「原告スライサー」という。)を製造、販売している(甲9、弁論の全趣旨)。
 原告スライサーには、原告スライサーの動作を制御するためのプログラム(以下「原告プログラム」という。)がインストールされている。原告プログラムは、PLC(プログラマブルロジックコントローラ。第1工程プッシャー、第1工程コンベヤ、第1工程カッター、第1工程出口コンベヤ、転換部ローラコンベヤ、第2工程プッシャー、第2工程コンベヤ、第2工程カッター及び第2工程出口コンベヤの駆動を制御する制御器)に指示を与えるプログラムであり、ラダー図を用いた記述方法によって記述され、第1工程プッシャーの制御プログラムの記述、第2工程プッシャーの制御プログラムの記述及びその他の構成要素の制御プログラムの記述から成る。
 原告プログラムには、別紙「プログラム対比表」の「原告プログラム」欄記載の各回路の記述がある(以下、同対比表の「原告プログラム」欄のそれぞれの回路の記述を、その付された番号に従って、「原告回路1」などのようにいう。)。また、原告スライサー及び原告プログラムの内容は、別紙「原告スライサー及び原告プログラムの内容」のとおりである。(以上、弁論の全趣旨)
(4) 原告のパン切断装置に添付される取扱説明書
 原告は、製品名「バーチカルカッター」(型式BVC6)を納品する際には、同製品専用の取扱説明書(以下「原告取扱説明書1」という。)を添付している(甲3)。
 また、原告は、製品名「縦横切りスライサー」(型式L7A、原告スライサー)を納品する際には、同製品専用の取扱説明書(以下「原告取扱説明書2」といい、原告取扱説明書1、2を併せて「原告取扱説明書」という。)を添付している(甲5)。
 原告取扱説明書には、別紙「取扱説明書対比表」の「原告製品」欄記載のとおりの図面及び写真が掲載されている。
(5) 被告の行為
ア 製品の販売
 被告は、少なくとも、別紙「被告製品目録(1)」記載の製品(以下「被告製品1」という。)に相当する型式SS03の製品(シートケーキを縦・横に切断するスライサー)2台につき、販売の申出をし、販売した。
 また、被告は、今後に製品(スライサー)を販売する場合、別紙「被告製品目録(1)」記載のとおり、「SS」とこれに続く2桁の整数で構成される型式名によって販売することとしている。
イ 被告が販売した製品のプログラム
 被告は、別紙「被告製品目録(2)」記載の製品(以下「被告製品2」という。)を少なくとも2台販売し、被告製品2には、被告製品2の動作を制御するためのプログラム(以下「被告プログラム」という。)がインストールされている。
 被告プログラムは、PLCに指示を与えるプログラムである。そして、被告プログラムは、ラダー図を用いた記述方法によって記述され、第1工程プッシャーの制御プログラムの記述、第2工程プッシャーの制御プログラムの記述及びその他の構成要素の制御プログラムの記述から成る。
 被告プログラムには、別紙「プログラム対比表」の「被告プログラム」欄記載の各回路の記述がある(以下、同対比表の「被告プログラム」欄のそれぞれの回路の記述を、その付された番号に従って、「被告回路1」などのようにいう。)。
ウ 被告の製品に添付される取扱説明書
 被告は、被告が製造する製品名「シートケーキ 縦・横切りスライサー」(型式 SS00、被告製品1)に別紙「被告取扱説明書目録(1)」記載の取扱説明書(以下「被告取扱説明書1」という。)を添付して販売している(甲4)。
 また、被告は、被告が製造する製品名「縦横切りスライサー」(型式 TL−7A、被告製品2)に別紙「被告取扱説明書目録(2)」記載の取扱説明書(以下「被告取扱説明書2」といい、被告取扱説明書1、2を併せて「被告取扱説明書」という。)を添付して販売している(甲6)。
 被告取扱説明書には、別紙「取扱説明書対比表」の「被告製品」欄記載のとおりの図面及び写真が掲載されている。
3 争点
(1) 本件特許権侵害の成否
ア 被告製品1は、本件特許発明の技術的範囲に属するか。
(ア) 被告製品1は、本件特許発明の各構成要件を文言上充足するか(争点1−1)
(イ) 被告製品1は、本件特許発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか(争点1−2)
イ 本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものであるか。
(ア) 乙6公報を主引例とする進歩性欠如(争点1−3)
(イ) 公然実施発明を主引例とする進歩性欠如(争点1−4)
(2) 原告プログラムに係る著作権侵害の成否
ア 原告プログラムの著作者及び著作物性の有無(争点2−1)
イ 被告が原告プログラムについて複製、翻案、複製物の譲渡をしたか(争点2−2)
(3) 原告取扱説明書に係る著作権侵害の成否
ア 原告取扱説明書の著作者及び著作物性の有無(争点3−1)
イ 被告が原告取扱説明書について複製、翻案、複製物の譲渡をしたか(争点3−2)
ウ みなし侵害の成否(争点3−3)
(4) 本件特許権侵害及び原告プログラムの著作権侵害に基づく損害賠償請求に係る損害額(争点4)
(5) 原告取扱説明書の著作権侵害に基づく損害賠償請求に係る損害額(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−1(被告製品1は、本件特許発明の各構成要件を文言上充足するか)について
【原告の主張】
 以下のとおり、被告製品1は、文言上、本件特許発明の各構成要件を充足する。
(1) 被告製品1の構成
 被告製品1の構成は、別紙「被告製品1説明書」記載のとおりであり、本件特許発明の構成要件に対応させて表現すると、以下のとおりとなる。
a 被告製品1は、ベルトコンベヤと、刃物部と、刃物部昇降機構とを備えている。
 ベルトコンベヤは、パンを背面側へ移動させる。
 刃物部は、ベルトコンベヤ上のパンの移動経路の右側に配置された駆動側刃物プーリと、ベルトコンベヤ上のパンの移動経路の左側において、駆動側刃物プーリに対向するよう配置された従動側刃物プーリと、駆動側刃物プーリ及び従動側刃物プーリに巻回されたエンドレス刃物とを有する。従動側刃物プーリ及びエンドレス刃物は、駆動側刃物プーリの回転駆動によって連動駆動される。
 刃物部昇降機構は、刃物部をベルトコンベヤ上で上下動させる。
b 従動側刃物プーリは、回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜している。
 駆動側刃物プーリは、回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜している。
c 被告製品1は、一対の刃物ガイドローラ及び刃物押サエローラを有する駆動側ローラユニットと、一対の刃物ガイドローラ及び刃物押サエローラを有する従動側ローラユニットと、刃物サヤとを更に備える。
 各刃物ガイドローラの回転軸芯は、上下方向に向いており、エンドレス刃物の前側を移動する部分の側面を挟持している。また、各刃物押サエローラの回転軸芯は、前後方向に向いており、エンドレス刃物の前方側を移動する部分の刃の背を押さえている。
 そして、駆動側ローラユニットは、駆動側刃物プーリの近傍に配置され、従動側ローラユニットは、従動側刃物プーリの近傍に配置されている。
 刃物サヤは、エンドレス刃物の前側を移動する部分の上部を挟んで支持している。この刃物サヤは、薄板を折り曲げて形成されている。
d 刃物サヤは、一方のローラユニットから他方のローラユニットへ向かって、パンの移動ルートを横断して設けられている。
e 駆動側ローラユニット及び従動側ローラユニットの一対の刃物ガイドローラと刃物サヤの端部との間には、刃物ガイドローラにより向きを規制されたエンドレス刃物が通過するスリットを有するスリット部材が配設されている。
f 刃物押サエローラは、一対の刃物ガイドローラと刃物サヤとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられている。
g 被告製品1は、パンの切断が可能な装置である。
(2) 被告製品1が「パン」を切断する装置であること(構成要件A1ないしA3、B、C1、D、G)
 本件特許発明は、比較的柔らかい被切断物であっても変形を抑制しつつ切断したいという要望、滑らかできめの細かい切断面を得たいという要望や、切断して得られる被切断片の厚みを容易に変更したいという要望に応えるという課題を解決するために被切断物を切断する装置の物理的な構造に特徴を有する物の発明である。
 このような技術的思想に鑑みると、「シートケーキ」、「シートスポンジ」といった内部に細かな孔が無数に空いた多孔質の柔らかい食品は、「パン」(構成要件A1ないしA3、B、C1、D、G)を文言上充足する。
(3) 構成要件Aの充足性
 被告製品1の「ベルトコンベヤ」は、構成要件Aの「パン移動部」に相当する。
 また、被告製品1の「駆動側刃物プーリ」及び「従動側刃物プーリ」が構成要件Aの「2つのプーリ」に相当し、被告製品1の「エンドレス刃物」が構成要件Aの「無端帯刃」に相当するので、被告製品1の「刃物部」は、構成要件Aの「パン切断部」に相当する。
 さらに、被告製品1の「刃物部昇降機構」が構成要件Aの「上下駆動部」に相当する。
 したがって、被告製品1は、構成要件Aを充足する。
(4) 構成要件Bの充足性
 被告製品1の「従動側刃物プーリ」及び「駆動側刃物プーリ」は、いずれも回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜している。
 したがって、被告製品1は、構成要件Bを充足する。
(5) 構成要件Cの充足性
 構成要件Cの文言及び本件明細書の記載(【0015】、【0033】、【0034】、図6)によれば、構成要件Cは、案内支持部が少なくとも上部を支持する旨規定するが、案内支持部材が無端帯刃の中央部から下方寄りの部分までを含んで摺動(支持)する状態となる構成は排除されていない。
 また、本件明細書(【0034】)によれば、構成要件Cの「支持する」とは、案内支持部材が無端帯刃に接触してバタツキを抑えていることを意味し、被告製品1において、エンドレス刃物が刃物サヤに対して摺動している状態であっても、エンドレス刃物が刃物サヤに接触してバタツキを抑えられる状態は、維持されている。
 そうすると、被告製品1の「刃物サヤ」は、無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持しており、構成要件Cの「案内支持部」に相当する。
 そして、被告製品1の「駆動側ローラユニット」及び「従動側ローラユニット」の「一対の刃物ガイドローラ」及び「刃物押サエローラ」は、構成要件Cの「刃向規制部」の「2つの挟持ローラ」及び「上部ローラ」に相当する。
 したがって、被告製品1は、構成要件Cを充足する。
(6) 構成要件Dの充足性
 被告製品1の「刃物サヤ」は、一方のローラユニットから他方のローラユニットへ向かって、パンの移動ルートを横断して設けられている。
 したがって、被告製品1は、構成要件Dを充足する。
(7) 構成要件Eの充足性
 構成要件Eの文言及び本件明細書の記載(【0033】、【0036】、図6)は、スリット部材が薄板状に形成されていたり、一体的に構成されていたりする旨を特定するものではない。
 被告製品1のスリット部材は、2枚の板材が板材保持部に取り付けられ、更に板材保持部がブラケットに取り付けられることによって、一体的に構成されている。
 したがって、被告製品1の「スリット部材」は、構成要件Eの「スリット部材」に相当し、被告製品1は、構成要件Eを充足する。
(8) 構成要件Fの充足性
 被告製品1は、「刃物押サエローラ」が、一対の刃物ガイドローラと刃物サヤとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接することを予定して設計及び製造されており、少なくとも、製造時及び販売時には、そのように構成されていた。
 したがって、被告製品1は、構成要件Fを充足する。
(9) 構成要件Gの充足性
 被告製品1は、パンの切断が可能な装置であり、構成要件Gを充足する。
【被告の主張】
 以下のとおり、被告製品1は、本件特許発明の各構成要件を文言上充足するものではない。
(1) 被告製品1の構成
 否認する。
(2) 「パン」の非充足(構成要件A1ないしA3、B、C1、D、G)
 請求項1及び本件明細書の記載によれば、「パン」とは、通常の意味における「パン」であり、シートスポンジやシートケーキを含まない。
 これに対し、被告製品1は、シートスポンジやシートケーキをスライスするためのシートスポンジスライサであり、「パン」、「パン移動部」(構成要件A1)、「該パン」、「前記パン」、「パン切断部」(構成要件A2)、「該パン切断部」(構成要件A3)、「前記パン切断部」(構成要件B、C1)、「前記パン」(構成要件D)、「パン切断装置」(構成要件G)との文言を充足しない。
(3) 構成要件C2の非充足
 「前記無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部」(構成要件C2)は、例えば、U字状に成形された薄板状の案内支持部が無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持することを特定したものである。ここで、無端帯刃の上部とは、上下方向に所要の高さを有する無端帯刃において、少なくとも中央よりも上側の部分を指していると考えられ、無端帯刃と案内支持部の接触の状態は「支持」という文言で特定されている。
 これに対し、被告製品1の刃物サヤと無端帯刃の接触状態は、無端帯刃の外側面と刃物サヤの内側面が擦れた状態で移動する摺動の状態であり、刃物サヤは、無端帯刃を支持しておらず、また、無端帯刃の中央部から下方寄りの部分を含んで摺動する状態となっている。したがって、被告製品1は、「前記無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部」との文言を充足しない。
(4) 構成要件Eの非充足
 構成要件Eは、挟持ローラにより向きを規制された無端帯刃が通過するスリットを有するスリット部材が挟持ローラと案内支持部の端部との間に配設されることを特定したものであり、スリット部材43は、薄板状の一体の部材の中央下部にスリット43a(無端帯刃32が通過できるだけの幅を有した切れ込み)が設けられている。
 これに対し、被告製品1の刃物スクレーパーは、別体の2枚の板状部材が、無端帯刃の正面側と背面側に、所要の間隔を空けて、それぞれ別々に取り付けられており、被告製品1は、「スリットを有するスリット部材」との文言を充足しない。
(5) 構成要件Fの非充足
 「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃」は、輪状になっている無端帯刃のうちでも、挟持ローラと案内支持部の間の範囲内の無端帯刃を指し、構成要件Fは、上部ローラが、挟持ローラと案内支持部との間を通る無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられる点を特定したものである。
 これに対し、被告製品1において、上部ローラに相当する部材は、挟持ローラとプーリの間に設けられている。
2 争点1−2(被告製品1は、本件特許発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
 仮に、被告製品1が「パン」(構成要件A1ないしA3、B、C1、D、G)を文言上充足しなかったとしても、以下のとおり、被告製品1は、本件特許発明と均等なものとして、その技術的範囲に属する。
(1) 相違点が本件特許発明の非本質的部分であること
 挟持ローラから送り出される無端帯刃に生じるバタツキを抑制し、切断対象物を所望の位置で切断可能とするとともに、スライス面精度の向上を図ることができるように構成されていることが本件特許発明の本質的部分である。
 この点、シートケーキは、パンと同様に、内部に細かな孔が無数に空いた多孔質の食品であり、切断対象物がシートケーキであっても、挟持ローラから送り出される無端帯刃に生じるバタツキを抑制し、切断対象物を所望の位置で切断可能とするとともに、スライス面精度の向上を図ることができるという作用効果が発揮される。
 したがって、「パン」(構成要件A1ないしA3、B、C1、D、G)は、本件特許発明の本質的部分ではない。
(2) 置換可能性
 被告製品1は、本件特許発明と同様に、回転軸芯が前後方向へ向けられた刃物押サエローラを、刃物ガイドローラと刃物サヤとの間を通るエンドレス刃物の上端部に、刃物押サエローラの周面が当接するように設けることにより、刃物ガイドローラから送り出されるエンドレス刃物に生じるバタツキを抑制し、切断対象物を所望の位置で切断可能とするとともに、スライス面精度の向上を図ることができるという作用効果を有する。
 したがって、本件特許発明の「パン」(構成要件A1ないしA3、B、C1、D、G)を、シートケーキに置き換えても、本件特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を有する。
(3) 置換容易性
 シートケーキは、パンと同様に、内部に細かな孔が無数に空いた多孔質の食品であり、シートケーキを切断する装置が属する技術分野とパンを切断する装置が属する技術分野は、同一又は近似する。
 したがって、本件特許発明の「パン」(構成要件A1ないしA3、B、C1、D、G)を、シートケーキに置き換えることは、被告製品1の製造、販売の時点において容易に想到することができたものである。
(4) 被告製品の構成が公知技術から容易に推考されないこと
 原告が以前に販売した型式EVX−10のスライサー(以下「原告旧製品」という。)と被告製品1は、被告の主張する相違点1、2(後記【被告の主張】(2))に加え、原告旧製品の上部ローラは、側部ローラと駆動プーリとの間及び側部ローラと従動プーリとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられているのに対し、被告製品1の刃物押サエローラは、刃物ガイドローラと刃物サヤとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられている点においても、異なる。
 後記4(争点1−4)【原告の主張】のとおり、この相違点について、当業者にとって容易想到とはいえない。
 したがって、被告製品1は、当業者が本件特許出願時における公知技術から容易に推考できたものではない。
(5) 意識的除外事由など特段の事情はないこと
 本件特許出願の審査過程において、シートケーキが意識的に除外されるなどの特段の事情は存在しない。
【被告の主張】
 以下のとおり、被告製品1は、本件特許出願時における公知技術から当業者がその出願時に容易に推考できたものであるから、本件特許発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するものではない。
 すなわち、被告製品1の構成は、遅くとも本件特許の出願日である平成16年8月10日以前に原告によって市場で販売された原告旧製品から容易に推考し得るものである。
(1) 一致点
 ターンテーブルかコンベアかの相違はあるが、いずれも、ターンテーブル(コンベア)の左右に配置されたプーリと、このプーリに巻回されたエンドレス刃物と、このエンドレス刃物をターンテーブル(コンベア)で上下動させる刃物部昇降機構を備えている。
 プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して配置されている。
 一対の側部ローラ及び上部ローラからなる刃向規制部を備え、各側部ローラの回転軸芯は、上下方向を向いており、側部ローラは、エンドレス刃物の前側を移動する部分の側面を両側から挟むように配置されている。
 上部ローラの回転軸芯は、前後方向を向いており、上部ローラは、エンドレス刃物の前方側を移動する部分の刃の背部と当接するように配置され、かつ、側部ローラとプーリの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接する位置に設けられている。
 ターンテーブルかコンベアかの相違はあるが、一方の刃向規制部から他方の刃向規制部へ向かって、ターンテーブル(コンベア)上の洋菓子の載置位置(移動ルート)を横断するように案内支持部が設けられ、側部ローラと案内支持部の間にスリット部材が設けられている。
(2) 相違点
ア 相違点1
  原告旧製品は洋菓子をその場で回転させる「ターンテーブル」を備えるのに対し、被告製品1は洋菓子を背面側に移動させる「コンベア」を備える点
イ 相違点2
 原告旧製品は案内支持部が「洋菓子の載置位置」を横断して設けられているのに対し、被告製品1は案内支持部が「洋菓子の移動ルート」を横断して設けられている点
(3) 容易推考性
 原告は、コンベアタイプの洋菓子用スライサーであるVC−1S及びHR33の型式の製品を、遅くとも本件特許出願がされた平成16年8月10日よりも前に販売しており、同製品の装置構成を公然知られた状態としていた。
 同製品は、いずれも「洋菓子を背面側に移動させるコンベア」を備え、案内支持部は「洋菓子の移動ルート」を横断するように設けられ、相違点1、2に係る構成は、当業者にとって周知の構造であった。
 したがって、被告製品1は、公知技術である原告旧製品から容易に推考し得たものである。
3 争点1−3(乙6公報を主引例とする進歩性欠如)について
【被告の主張】
 以下のとおり、本件特許発明は、当業者が、本件特許出願前に頒布された特開平3−294198号公報(以下「乙6公報」という。)に記載された発明(以下「乙6発明」という。)に、特開平6−23617号公報(以下「乙7公報」という。)に記載された発明(以下「乙7発明」という。)、特公昭47−5600号公報(以下「乙8公報」という。)に記載された発明(以下「乙8発明」という。)、特開2000−141287号公報(以下「乙9公報」という。)に記載された発明(以下「乙9発明」という。)、特公平1−33286号公報(以下「乙10公報」という。)に記載された発明(以下「乙10発明」という。)、特開昭63−306896号公報(以下「乙11公報」という。)に記載された発明(以下「乙11発明」という。)及び特開平2−224997号公報(以下「乙12公報」という。)に記載された発明(以下「乙12発明」という。)を適用することによって、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明は進歩性を欠き、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。
(1) 乙6発明
 乙6公報には、以下の発明(乙6発明)が記載されている。
 被切製品を移動させるコンベアと、駆動プーリ、従動プーリ間に無端バンドよりなるバンド刃を緊張懸架して前記被切製品の方向に昇降することによりスライスするバンドスライサー部と、該バンドスライサー部を被切製品の搬送面に対し所望の角度に傾動し得るフレーム内において昇降可能な機構と、前記プーリ間を結ぶ前記バンド刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを下方向きに規制すべく前記プーリにそれぞれ近接配置された角度ひねり用ローラと、この角度ひねり用ローラにより向きを規制されたバンド刃が通過するスリットを有した円板状邪魔板を有したスライサー。
(2) 本件特許発明と乙6発明との対比
ア 一致点
本件特許発明と乙6発明は、「常温の柔らかい食品を背面側へ移動させる食品移動部と、該食品を上方から切断すべく前記食品の移動する経路を挟んで左右に対向配置された2つのプーリ及び該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃を有する食品切断部と、該食品切断部を上下動させる上下駆動部とを備え、前記食品切断部が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、前記食品切断部は、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を略上下方向へ向けられた2つの挟持ローラからなる刃向規制部を有しており、かつ、この刃向規制部が有する挟持ローラにより向きを規制された無端帯刃が通過するスリットを有したスリット部材が配設されていることを特徴とする食品切断装置」である点で一致する。
イ 相違点
 本件特許発明と乙6発明の相違点は、以下のとおりである。
(ア) 相違点1
 本件特許発明において、2つの挟持ローラは、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを「略鉛直下方向きに規制すべく」、「回転軸芯を上下方向へ向けられた」ものであるのに対し、乙6発明では、2つの挟持ローラは、無端帯刃を「略鉛直下方向き」に規制すべく設けられたものであるか、その回転軸心が「上下方向」へ向けられているかが必ずしも明らかでない点
(イ) 相違点2
 本件特許発明において、「前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部」を有し、「該案内支持部は、一方の前記刃向規制部から他方の前記刃向規制部へ向かって、前記パンの移動ルートを横断して設けられ」ているのに対し、乙6発明では、かかる「案内支持部」が明らかでない点
(ウ) 相違点3
 本件特許発明において、スリット部材は、「前記刃向規制部が有する挟持ローラと前記案内支持部の端部との間」に配設されているのに対し、乙6発明では、スリット部材を設ける位置が挟持ローラと案内支持部の端部との間であるかは明らかでない点
(エ) 相違点4
 本件特許発明において、刃向規制部は、「回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラ」も有しており、「前記上部ローラは、前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられている」のに対し、乙6発明では、かかる「上部ローラ」が明らかでない点
(オ) 相違点5
 本件特許発明は「パン切断装置」であるのに対し、乙6発明では、「常温の柔らかい食品」に「パン」が含まれるか明らかでない点
(3) 相違点に係る構成の容易想到性
ア 相違点1について
 傾斜配置されたプーリ間に巻回された無端帯刃を用いて食品をスライスする装置において、無端帯刃の向きを鉛直方向に規制し、食品を真っ直ぐ縦方向にスライスするという点は、当該技術分野における周知の課題といえる。
 そして、この周知の課題に対応するため、無端帯刃の刃向きを「略鉛直下方向き」に規制すべく、「回転軸芯を上下方向へ向けられた」挟持ローラを用いることは、無端帯刃を用いたスライサーの技術分野においては、乙7公報のように、本件特許出願当時の技術常識にすぎない。
 したがって、乙6発明において、周知の課題である「真っ直ぐ縦方向にスライスする」という点を実現すべく、無端帯刃を「略鉛直下方向きに規制」するために、乙6発明の「角度ひねりローラ」を「回転軸芯を上下方向へ向けられた」ものとすること(相違点1)は、当業者であれば、本件特許出願時の技術常識に基づいて容易になし得たことである。
イ 相違点2について
傾斜配置されたプーリ間に巻回された無端帯刃に対し、挟持ローラを利用して無端帯刃の向きを下向きに規制する場合、挟持ローラの前後でひねりが加えられて無端帯刃にバタツキが生じやすくなるため、この切断時の無端帯刃のバタツキを抑えるという点や、切断時に無端帯刃と被切物の切断面との接触面積をより小さくして被切物をスムースに切断できるようにするという点は、スライサーの技術分野における周知の課題である。
 そして、この周知の課題に対応するため、プーリ間を結ぶ無端帯刃の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく、無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部を、一方の刃向規制部から他方の刃向規制部へ向かって被切物の移動ルートを横断して設けることは、無端帯刃を用いたスライサーの技術分野では、乙10公報、乙11公報などから、本件特許出願当時の技術常識にすぎない。加えて、食品用スライサーである乙9公報からも、かかる案内具を設けることは本件特許出願当時の技術常識である。
 したがって、切断時の無端帯刃のバタツキを抑え、接触面積をより小さくして被切物をスムースに切断できるようにするために、乙6発明の構成に対し、「前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部」を、一方の前記刃向規制部から他方の前記刃向規制部へ向かって被切物の移動ルートを横断して設けること(相違点2)は、当業者であれば、乙9公報、乙10公報及び乙11公報に記載された技術常識に基づき、容易に想到し得る。
 加えて、原告が原告旧製品を販売したことにより、本件特許発明の構成要件C2に対応する構造が公知となった。
ウ 相違点3について
 乙8公報に記載された技術常識を考慮すると、@傾斜配置された左右のプーリに近傍配置されるガイドローラーは、無端帯刃をひねり起こすという役割を担うものであることから、通常、案内体よりも外側に配置するものであること、A無端帯刃の振動の吸収等のためにスリットを有した案内体を設ける場合は、通常、ガイドローラーよりも内側に配置することで摩擦の発生を抑えるものであることは、無端帯刃を用いたスライサーの技術分野における本件特許出願当時の技術常識といえる。
 乙6発明は、そもそも「挟持ローラ」と「スリット部材」を備えたものではあるが、乙8公報に記載された技術常識をも参酌すれば、乙6発明においても、「スリット部材」を2つの挟持ローラの内側に設けることは、上記の技術常識に基づいて容易になし得たことである。
 したがって、一方の刃向規制部から他方の刃向規制部へ向かって被切物の移動ルートを横断して設ける「案内支持部」との位置関係も含めて、乙6発明の構成に対し、「スリット部材」を「挟持ローラ」と「案内支持部の端部」との間に配設すること(相違点3)は、当業者であれば、本件特許出願時の技術常識に基づいて容易になし得たことである。
 また、かかる構成により得られる効果、すなわち、スリットを有したスリット部材を通過させているのでスムースに案内支持部の溝へ導かれるという点も、スリット部材自体が備えている自明の効果にすぎない。
 加えて、原告が原告旧製品を販売したことにより、構成要件Eに対応する構造が公知となった。
エ 相違点4について
 傾斜配置されたプーリ間に巻回された無端帯刃に対し、挟持ローラを利用して無端帯刃の向きを下向きに規制する場合、挟持ローラの前後でひねりが加えられる結果、無端帯刃の上下方向にもバタツキが生じやすくなるため、この無端帯刃に生じる上下方向のバタツキを抑えるという点は、スライサーの技術分野における周知の課題である。
 そして、この周知の課題に対応するため、回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラを設けるようにし、この上部ローラを無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けること(相違点4)は、乙10公報のバックローラに関する記載や乙7公報の押さえローラーに関する記載等に鑑みると、無端帯刃を用いたスライサーの技術分野では、本件特許出願当時の技術常識にすぎない。
 ここで、本件特許発明においては、「上部ローラ」を「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部」に設ける点も特定されているが、乙7公報では、倒伏姿勢にある帯鋸刃1を鉛直方向に引き起こすための一対の「ガイドローラー20、20」が存在し、この「ガイドローラ20」よりも内側の位置に「押さえローラー22」を設けることが開示されているから、前記の周知の課題に対応するために、「上部ローラ」を「挟持ローラ」よりも内側の位置、すなわち、「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部」に設ける点(相違点4)も、当業者であれば乙7公報に記載の技術常識に基づいて適宜容易になし得ることである。
 加えて、乙7発明において「押さえローラー22」が開示されていたこと、原告が原告旧製品を販売したことにより、構成要件Fに対応する構造が公知となった。
オ 相違点5について
 無端帯刃を用いたスライサーで「パン」を切断することについては、乙12公報のように、周知の課題であり、本件特許出願時における技術常識にすぎない。
 また、乙6発明では、「被切製品」という広い概念の文言によって対象が特定されているのであり、「パン」は排除されていない。
 したがって、「常温の柔らかい食品」を主な対象としている乙6発明のスライサーを、「パン切断装置」に適用すること(相違点5)は、当業者が容易になし得ることである。
【原告の主張】
(1) 乙6発明
 乙6公報に開示されている装置は、「常温の柔らかい食肉」のスライサーである。
 食肉を処理する装置とパンを処理する装置とでは、技術分野や設計思想が異なり、パン切断装置が属する技術分野における通常の知識を有する当業者は、食肉用スライサーに精通しているとはいえず、パン切断装置を開発する際に食肉用のスライサーの分野における固有の技術に類似の技術を求めることは困難であって、乙6公報は、主引例としての適格性を欠く。
(2) 本件特許発明と乙6発明との対比
ア  一致点
 否認する。
 そもそも、乙6発明のコンベヤは常温の食肉を移動させるものであると認定されるため、パンを移動させるものである本件特許発明のパン移動部とは、この点において異なる。
イ 相違点
 本件特許発明と乙6発明の相違点は、以下のとおりである。
(ア) 相違点1
 本件特許発明は、2つの挟持ローラが、プーリ間を結ぶ無端帯刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく回転軸芯を上下方向へ向けられたものであるのに対し、乙6発明は、角度ひねりローラ8が、バンド刃15をバンドスライサー部の昇降方向(スライス方向)に規制すべく回転軸芯をバンドスライサー部の昇降方向に向けられたものである点
(イ) 相違点2
 本件特許発明は、プーリ間を結ぶ無端帯刃の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく、無端帯刃の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部を有するのに対し、乙6発明は、案内支持部が設けられていない点
(ウ) 相違点3
 本件特許発明は、スリット部材が刃向規制部が有する挟持ローラと案内支持部の端部との間に配設されているのに対し、乙6発明は、円板状邪魔板110が刃受金具106の端部の位置に配設されている点
(エ) 相違点4
 本件特許発明は、回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラを有し、上部ローラは、挟持ローラと案内支持部との間を通る無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられているのに対し、乙6発明は、上部ローラが設けられていない点
(オ) 相違点5
 本件特許発明は、パンを切断することができる装置であるのに対し、乙6発明は、常温の柔らかい食肉をスライスすることができるスライサーである点
(3) 相違点に係る構成の容易想到性について
ア 相違点1について
 乙7発明は、木材、金属等を切断するための帯鋸に関するものであり、本件特許発明と、乙7発明とは、技術分野が異なり、衛生面への配慮の必要性など、設計思想も異なる。
 また、乙6発明は、食肉を斜めに薄くスライスする課題を有する技術であるのに対し、乙7発明は、ワークを切断するときの切断精度の低下や鋸刃の損傷を防止するという課題を有する技術であり、両者の課題には隔たりがある。
 したがって、当業者がパン切断装置を開発する際に、木材、金属等を切断するための鋸の分野における固有の技術に類似の技術を求めることは困難であり、乙6発明に、乙7発明の刃先が下を向く垂直姿勢に矯正する角度ひねりローラを適用することは容易想到とはいえない。
イ 相違点2について
 乙10発明は、木材、金属等を切断するための帯鋸に関するものであり、乙11発明は、合成樹脂発泡体を切断するための裁断機に関するものであり、本件特許発明と、技術分野や設計思想が異なる。したがって、当業者がパン切断装置を開発する際に、木材、金属等を切断するための鋸の分野や裁断機の分野における固有の技術に類似の技術を求めることは困難である。
 乙9発明において、接触面積が少ない方がスライスした食品の付着がないという効果は、案内部10の効果ではなく、リブ12の効果である。そして、乙9発明の食肉スライサは、切断対象物をかんなのように薄く削り取るものであり、薄く削り取られた切断対象物は、重力によって帯状刃7から速やかに離れて落下する。また、食肉の底面に対し帯状刃7は傾斜しており、食肉と帯状刃7の側面とは刃先においてのみ接触し、食肉と帯状刃7との接触面積は小さい。したがって、切断時に切断対象物との接触面積をより少なくするという課題は、乙9発明の食肉スライサーには存在せず、当該課題に対応する効果も存在しない。さらに、乙9発明の食肉スライサの帯状刃7にはひねりが加えられておらず、これに起因して帯状刃7にバタツキが生じやすくなるという課題も乙9の食肉スライサーには存在しない。このように、乙9発明の案内具10を乙6発明に適用する動機付けが存在しない。
 したがって、当業者が、乙10発明のガイドプレート5、乙11発明の刃押え12、又は乙9発明の案内具10を乙6発明に適用することは容易想到とはいえない。
ウ 相違点3について
 乙8発明は、木材、金属等を切断するための帯鋸に関するものであり、本件特許発明と、技術分野が異なり、衛生面への配慮の必要性など、設計思想も異なる。
 したがって、当業者がパン切断装置を開発する際に、鋸の分野における固有の技術に類似の技術を求めることは、動機付けがなく困難である。
 したがって、当業者が、乙6発明の円板状邪魔板の位置を、乙8発明の案内体6、6’及び案内体19、19’の位置に対応する位置に変更することは容易想到とはいえない。
エ 相違点4について
 乙7発明及び乙10発明は帯鋸に関するものであり、食肉用のスライサーとは、明らかに技術分野や設計思想が異なる。
 また、乙6発明は、食肉を斜めに薄くスライスする課題を有する技術であるのに対し、乙7発明は、木材や金属等の硬い切断対象物を切断するときの切断精度の低下や鋸刃の損傷を防止するという課題を有する技術であり、乙10発明は、鋸身の屈伸による亀裂発生を防止するという課題を有する技術であって、乙6発明と乙7発明、乙10発明との課題には隔たりがある。
 したがって、当業者がパン切断装置を開発する際に、鋸の分野における固有の技術に類似の技術を求めることは困難であり、固い対象物を切断するために設けられた乙10発明のバックローラ10や乙7発明の押さえローラー22を、柔らかい物を対象とする乙6発明に適用することは動機付けがない。
 したがって、当業者が、乙6発明に対し、乙10発明のバックローラ10や乙7発明の押さえローラ22を適用することは容易想到とはいえない。
オ 相違点5について
 乙6発明は、食肉を斜めに薄くスライスする課題を有する技術であるのに対し、乙12発明は、通常、工場で用いられるパン切断装置を、店舗で安全に用いることができるようにするという課題を有する技術であって、技術分野や、設計思想が異なり、両者の課題には隔たりがある。
 したがって、乙6発明に乙12発明を適用することは、容易想到とはいえない。
4 争点1−4(公然実施発明を主引例とする進歩性欠如)について
【被告の主張】
 以下のとおり、本件特許発明は、原告が本件特許出願前に原告旧製品を第三者に販売していた事実などから認定される公知発明若しくは第三者の実施による公然実施発明と、乙7公報、乙12公報、乙21公報及び乙6公報に記載された技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明は進歩性を欠き、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。
(1) 原告旧製品の構成
 原告は、平成15年9月17日から平成16年8月9日(本件特許出願日の前日)までの間に、型式EVX−10の製品(原告旧製品)を第三者に販売し、公然知られた状態になり、また、同製品は、これを買い受けた第三者によって実施されていたものと考えられ、同製品に係る発明は、本件特許出願日以前に第三者によって日本国内において公然実施をされた発明になっていた。
 原告旧製品は、以下の構成を備えている。
a1 洋菓子をその場で回転させる「ターンテーブル」と、
a2 該洋菓子を上方から切断すべく前記ターンテーブルを挟んで左右に対向配置された「駆動プーリ」及び「従動プーリ」と、これらのプーリ間に巻回されて連動回転する「エンドレス刃物」を有する「刃物部」と、
a3 該刃物部を上下動させる「刃物部昇降機構」を備え、
b 前記刃物部が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、
c1 前記刃物部は、前記プーリ間を結ぶエンドレス刃物のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの「側部ローラ」及び回転軸芯を前後方向へ向けられた「上部ローラ」からなる「ローラユニット」と、
c2 前記プーリ間を結ぶエンドレス刃物の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記エンドレス刃物の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の「刃物サヤ」を更に有し、
d  該刃物サヤは、一方のローラユニットから他方のローラユニットへ向かって、前記洋菓子の載置位置を横断して設けられ、
e  前記ローラユニットが有する側部ローラと前記刃物サヤの端部との間には、前記側部ローラにより向きを規制されたエンドレス刃物が通過するスリットを有する「スリット部材」が配設されており、
f 前記上部ローラは、前記側部ローラと駆動プーリとの間、若しくは、前記側部ローラと従動プーリとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられていることを特徴とする
g  洋菓子カッタ。
(2) 本件特許発明と原告旧製品の構成との対比
ア 一致点
 本件特許発明と原告旧製品の構成の一致点は、以下のとおりである。
(ア) 構成要件A1ないしA3と構成a1ないしa3
 原告旧製品の「駆動プーリ」と「従動プーリ」が構成要件A2の「2つのプーリ」に相当し、「エンドレス刃物」が構成要件A2の「無端帯刃」に相当するので、原告旧製品の「刃物部」は、構成要件A2の「パン切断部」に相当する。
 また、原告旧製品の「刃物部昇降機構」が構成要件A3の「上下駆動部」に相当する。
(イ) 構成要件Bと構成b
 原告旧製品の「従動プーリ」及び「駆動プーリ」は、いずれも回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜しているので、構成要件Bの「前記プーリは、・・・傾斜して設けられ」に相当する。
(ウ) 構成要件C1、C2と構成c1、c2
 原告旧製品の駆動側若しくは従動側の「ローラユニット」を構成する「側部ローラ」と「上部ローラ」は、構成要件C1の「刃向規制部」の「扶持ローラ」及び「上部ローラ」に相当する。また、原告旧製品の「刃物サヤ」は、エンドレス刃物の上部を正面側及び背面側から挟んで支持しているので、構成要件C2の「案内支持部」に相当する。
(エ) 構成要件Dと構成d
 原告旧製品の「刃物サヤ」は、一方のローラユニットから他方のローラユニットへ向かって、洋菓子の載置位置を横断して設けられているので、構成要件Dの「該案内支持部は、・・・横断して設けられ」に相当する。
(オ) 構成要件Eと構成e
 原告旧製品の「スリット部材」は、駆動側若しくは従動側のローラユニットの一対の側部ローラと刃物サヤの端部との間に設けられ、側部ローラにより向きを規制されたエンドレス刃物が通過するスリットを有しているので、構成要件Eの「スリット部材」に相当する。
イ 相違点
 本件特許発明と原告旧製品の構成の相違点は、以下のとおりである。
(ア) 相違点1
  本件特許発明において、上部ローラは、「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられている」のに対し、原告旧製品の上部ローラは、側部ローラと駆動プーリとの間、若しくは、側部ローラと従動プーリとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられている点
(イ) 相違点2
 本件特許発明は「パン切断装置」であるのに対し、原告旧製品は「洋菓子カッタ」である点
(ウ) 相違点3
 本件特許発明は「パンを背面側に移動させるパン移動部」を備えるのに対し、原告旧製品は「洋菓子をその場で回転させるターンテーブル」を備える点
(エ) 相違点4
 本件特許発明は案内支持部が「パンの移動ルート」を横断して設けられているのに対し、原告旧製品は刃物サヤが「洋菓子の載置位置」を横断して設けられている点
(3) 相違点に係る構成の容易想到性
ア 相違点1について
 傾斜配置されたプーリ間に巻回された無端帯刃に対し、挟持ローラを利用して無端帯刃の向きを下向きに規制する場合、挟持ローラの前後でひねりが加えられ、無端帯刃の上下方向にもバタツキが生じやすくなるため、この無端帯刃に生じる上下方向のバタツキを抑えるという点は、スライサーの技術分野における周知の課題である。
 この周知の課題に対応するため、回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラを設けるようにし、この上部ローラを無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けることは、乙7公報に「22は鋸刃1aの背面に転接する押さえローラーであり、該鋸刃1aの上下位置をガイドアーム5a、5bの下端より刃先部分のみ突出するように規制している。」(7b)と記載されていることや、原告旧製品が「上部ローラ」を有していることから、本件特許出願当時の技術常識にすぎない。
 そして、乙7公報では、倒伏姿勢にある帯鋸刃1を鉛直方向に引き起こすための一対の「ガイドローラー20、20」よりも内側の位置に「押さえローラー22」を設けることが開示されているから、前記の周知の課題に対応するために、「上部ローラ」を「挟持ローラ」よりも内側の位置、すなわち、「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように」に設ける点は、当業者であれば乙7公報記載の技術常識に基づいて適宜容易になし得ることである。
 このように、当業者が、無端帯刃の上下方向のバタツキを抑制するという課題に対応すべく、乙7発明の倒伏姿勢にある帯鋸刃1を鉛直方向に引き起こすための一対の「ガイドローラー20、20」よりも内側の位置に「押さえローラー22」を設ける構成を、原告旧製品の構成に適用する動機付けが認められる。
 したがって、上部ローラを「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように」に設けるという相違点1に係る構成に想到することは、当業者が乙7公報記載の技術常識に基づいて容易になし得たことである。
イ 相違点2について
 乙12公報に、「この発明は食パンを所定の厚さにスライスする食パン用スライス装置に関する。」(12a)、「駆動装置4は図の例ではモータ5と、該モータ5により回転駆動される駆動プーリ6と、回転自在に支持される従動プーリ7と、・・・を有し、・・・ている。」(12b)、「図の例では、刃物14は刃物台15に回転自在に支持される駆動輪16と従動輪17に巻掛けられたエンドレスベルト状に刃が形成された刃物として装着される。」(12c)と記載されているように、無端帯刃を用いたスライサーで「パン」を切断することは、周知の課題であり、本件特許出願時における技術常識にすぎない。
 したがって、原告旧製品は「洋菓子カッタ」であるが、これを「パン切断装置」に適用すること(相違点2)は、当業者が容易になし得ることである。
ウ 相違点3、4について
 切断対象物の方を移動させることにより連続処理、大量処理を容易とすべく、コンベアを使用して、「パンを背面側に移動させるパン移動部」とする点は、例えば、乙21公報に、コンベアベルトを用いて正面側から背面側へとパンを移動させながらパンの表焼皮を切り取るパン切断装置が開示されていることからも明らかなように、本件特許出願前によく知られた周知技術である。
 また、常温の柔らかい食品のスライサーであって、傾斜配置された無短帯刃を上下動させる刃物部昇降機構を備えた乙6発明について、乙6公報に、「第1実施例について説明すると、・・・cは入口コンベア、dは出口コンベア、・・・である。」との説明と共に、コンベアの構成が図示されており、刃物部昇降機構を上方から下降させるタイミングを変更するだけで切断物の厚みを変更するという点も、本件特許出願前に公知となっている構成である。
 さらに、常温の柔らかい食品用のスライサーである乙6発明のコンベアや、パンの表焼皮を切り取るパン切断装置である乙21発明のコンベアベルトに加え、洋菓子用スライサーであるVC−1S及びHR33の型式の製品においても、食品をコンベアを用いて移動させる間に、食品の移動ルートを横断するようにして設けられた無端帯刃を上下動させて食品をスライスする構成が本件特許出願前に公知となっていた。
 このように、無端帯刃を上下動させる刃物昇降機構を有するスライサーにおいて、食品をコンベアを用いて移動させる間に、食品の移動ルートを横断するようにして設けられた無端帯刃を上下動させて食品をスライスする構成は、本件特許出願前に当業者の周知技術であった。
 加えて、原告旧製品の「ターンテーブル」を「コンベア」に置き換えることが容易想到である場合、原告旧製品において案内支持部が洋菓子の「載置位置」を横断して設けられている点は、必然的に、コンベアに載置される食品の「移動ルート」を横断して設けられることになる。したがって、相違点3に係る構成が容易想到である以上、相違点4に係る構成も容易想到である。
【原告の主張】
(1) 原告旧製品の構成
 原告が原告旧製品を本件特許出願日である平成16年8月10日以前に第三者に販売したことは、認める。
 また、被告が主張する原告旧製品の構成は、認める。ただし、「洋菓子」(a1)はシートケーキを含み、「駆動プーリ」及び「従動プーリ」(a2)はターンテーブルの上方に配置され、「エンドレス刃物」(f)は、前記側部ローラと駆動プーリの間及び前記側部ローラと従動プーリとの間を通る。
(2) 本件特許発明と原告旧製品の構成との対比
 被告が主張する本件特許発明と原告旧製品の構成の相違点は、認める。
 ただし、相違点1について、原告旧製品のエンドレス刃物は、側部ローラと駆動プーリとの間及び側部ローラと従動プーリとの間を通る。
(3) 相違点に係る構成の容易想到性について
ア 相違点1について
 原告旧製品は、洋菓子カッタに関するものであるのに対し、乙7発明は、木材、金属等を切断するための帯鋸に関するものであり、技術分野が異なり、衛生面への配慮の必要性など、設計思想も異なる。
 そのため、洋菓子カッタの製造者が、木材、金属等を切断するための鋸の技術に精通しているとはいえず、洋菓子カッタを開発、改良する際に、木材、金属等を切断するための鋸の分野における固有の技術に類似の技術を求めることは困難である。
 また、乙7発明において、無端帯刃が、木材、金属等の非常に硬い切断対象物を切断する時に、切断対象物が無端帯刃を押し付ける力が非常に大きい。この力によって無端帯刃がプーリから外れることを防止するため、乙7発明においては押さえローラ22が設けられている。つまり、固い対象物を切断するために設けられた乙7発明の押さえローラ22を、柔らかい物を対象とする原告旧製品に適用することは動機付けがなく、困難である。
 したがって、当業者が、原告旧製品に対し、乙7発明のガイドローラー20、20よりも内側の位置に押さえローラー22を設ける構成を適用する動機付けが存在しない。
 さらに、本件特許発明では、原告旧製品と比較した有利な効果が明細書等の記載から把握される。すなわち、本件特許発明においては、挟持ローラの内側に上部ローラが設けられているので、無端帯刃は、鉛直方向に引き起こされて上部ローラの周面に対して直交した状態で上端が上部ローラの周面と接する。そして、この状態において無端帯刃がバタつき、無端帯刃が押し上げられても、無端帯刃を押し上げる力を上部ローラが受け止め、無端帯刃の鉛直方向のバタツキを効果的に抑制し、上部ローラの摩耗を抑制することができる。このように、本件特許発明は、進歩性に欠けるものではない。
イ 相違点3、4について
 原告旧製品は、洋菓子をその場で回転させるターンテーブルを備える構成であるので、洋菓子の厚みを変更することは容易ではない。これに対し、本件特許発明は、パンを背面側に移動させるパン移動部を備えるので、「パン切断部を上方から下降させるタイミングを変更するだけで、得られるパン片の厚みを変更することができる」。このように、本件特許発明は、原告旧製品と比較した有利な効果が明細書等の記載から把握されており、進歩性に欠けるものではない。
 また、原告旧製品は、無端帯刃を周回させるための駆動機構及び無端帯刃を昇降させるため駆動機構を含む刃物部昇降機構全体を更に水平方向にも移動させる機構を有する複雑な機構である。これに対し、本件特許発明は、乙6発明との対比の上では、簡素な構成でパン片の厚みを変更することができるものであり、製造に有利であり、かつ、製造コストも安価なものである。したがって、乙21発明、乙6発明に開示された構成を原告旧製品の構成に適用する動機付けは存在しない。
5 争点2−1(原告プログラムの著作者及び著作物性の有無)について
【原告の主張】
 原告の技術部長であるP1が、原告プログラムを作成した。原告プログラムは、原告の発意に基づいて、原告の従業員が職務上作成した著作物である。
 原告プログラムをPLCに導入することによって、スイッチ、センサなどの入力機器からの信号の状態に応じて、条件分岐を行い、出力回路をコントロールし、スライサーのシーケンス制御を実現することができる。つまり、当該スライサーをどのように制御するかという思想(アイデア)を具体化したものが原告プログラムのラダー図であって、コンピュータに対する指令を表現したラダー図の記載そのものがプログラム著作物である。
 以下のとおり、原告プログラムには創作性が認められ、著作権法上の著作物に該当する。
(1) 各回路の記述の順序
 原告プログラムは、32の回路から構成されている。
 そして、ラダー図において、各回路の記述の順序は、出力に影響せず、極めて広い選択の幅が存在する。プログラム作成者は、この極めて広い選択の幅の中で、例えば、プログラム作成者以外の者にとっても読みやすい記述であるか、プログラムの改変を行う際に容易に誤りなく改変することができる記述であるか等の点に留意し、取捨選択の上でその順序を決定する。理解の容易さを優先させるのであれば繰り返し記載すればよく、記載を簡潔にすべきと考えるのであれば、並列回路を用いて、一つの回路にまとめればよい。このように理解の容易さ又は記載の簡潔性のどちらを優先して記述するかという選択にプログラム作成者の個性が表れる。
 原告プログラムの記載順序を概観すると、別紙「プログラム対比表」の原告回路1は、運転ボタンX000が押された時点の挙動を規定し、その直後の原告回路2は掃除ボタンX0012が押された時点の挙動を規定している。他方で、実際の機械の挙動は、原告回路1でM0がONになった後に、原告回路5でM12がONとなったことによって原告回路13でY001がONになり第1工程プッシャーが動作することになる。スライサーの動作に忠実に回路の順序を構成するのであれば、原告回路1に続いて原告回路5を規定し、さらに原告回路13を規定することもあり得る選択肢である。
 しかしながら、原告従業員は、あえて運転ボタンの次に原点復帰動作や、掃除ボタンについての処理を記載する表現手法を選択している。このような記載順序は、まずプッシャーを動作させるための事前条件を全てチェックしてからプッシャー作動処理を行う方針でのプログラミングであるが、これが唯一かつ絶対の表現方式ではない。それ以外にもスライサーの主たる作動をまず規定した上で細かい処理を記載することも選択として考えられる。そして、いずれの記載順序であったとしても、動作結果には影響がなく、どちらが効率的か、迂遠かといった関係にはないので、どの順序で回路を規定するかは作成者に委ねられている。
 したがって、原告プログラムの回路の記述の順序には、プログラム作成者の個性が表れており、創作性が認められる。
(2) 内部リレーの規定方法
 原告プログラムは、入力信号に基づいて、内部リレーのON・OFF状態を切り替え、この内部リレーのON・OFF状態の変化に基づいて出力リレーのON・OFF状態を切り替える基本構造を採用している。
 入力スイッチ(X)及び出力スイッチ(Y)は、PLCと機器との間の流れを示しているので、自由に構成することはできないが、内部リレー(M)はプログラムにおいて自由に規定して用いることができ、その規定方法については幅広い選択の幅が存在する。
 しかし、原告プログラムのように内部リレーを規定する必要はなく、例えば、「第1工程プッシャーが前進端から後退中であることを示すM14」を省略し、M13を代用しても、動作に差異は生じない。また、「第1工程プッシャーが前進中に原点位置に位置していることを示すMx1」を規定することが可能である。つまり、第1工程プッシャーが前進端から後退中であることを示すM14を省略したり、第1工程プッシャーが前進中であることを示す内部リレーを規定したりする方法も考えられる。
 このように、原告スライサーに求められる機能を有するプログラムの作成に当たって、内部リレーを原告プログラムと同一に規定する必要はなく、また、入力リレーと出力リレーとの間に内部リレーを介在させずに、入力リレーの状態に基づいて直接出力リレーの状態を切り替えてもよい。
 そして、プログラムの作成者は、極めて広い選択の幅の中で、例えば、プログラム作成者以外の者にとっても読みやすい記述であるか、プログラムの改変を行う際に容易に誤りなく改変することができる記述であるか等の点に留意し、取捨選択の上で内部リレーの規定方法を決定する。
 したがって、原告プログラムの内部リレーの規定方法には、プログラム作成者の個性が表れており、創作性が認められる。
(3) コメントの内容
 原告プログラムの入力リレー等の記号の下にはコメントが付されている(X000の「ST運転」の記述など)。ラダー図のコメントは自由にスイッチやリレーの説明を記載することができ、プログラムの動作に何ら影響を与えるものではないが、ラダー図のプログラムは、機械への命令部分が記号によって表現されているため、プログラム作成者以外の者が理解しにくい場合があり、プログラムの記載内容の理解を容易にするためのコメントの重要性は高い。コメントは、当該スイッチがどのような意味を持つかを記載するのが通常であるが、その具体的表現は一つに定まるものではない。
 例えば、別紙「プログラム対比表」の原告回路1で使用されている「原点復帰」という表現は、初期位置に移動することを意味するが、これは英語で「ORIGIN」と記載することや、略して「ORG」などと表現することも選択し得る表現方法である。また、同じく原告回路1で使用される「ST運転」についても、スタートボタンが押されたことを意味するが、「START」としたり、単に「スタート」と記載する選択も考えられる。その他にも「前進」を「FORWARD」、「後退」を「BACK」と記載することも考えられるし、「第1プッシャー」を「プッシャー1」と表記してもよい。
 したがって、原告プログラムのコメントには、プログラム作成者の個性が表れており、創作性が認められる。
【被告の主張】
 以下のとおり、原告プログラムは、著作物性が認められない。
 PLCによる制御は、リレー回路を習得している者であれば理解しやすいラダー図を作成するだけでよい点で、他の制御方法と比較すると比較的簡便にシーケンス制御を行えるものである。そのため、PLC制御では、実行したいシーケンス制御があらかじめ明確に決まっているケースでは、プログラム作成者によって創作性を発揮できるような事項は少ない。
 原告スライサーのような、どのように動作させるのかがあらかじめほぼ決まっている機械をPLC制御により動作させる原告プログラムは、専ら原告スライサーの動作を規定するにとどまり、プログラム作成者の創造的個性が発揮される部分がほとんどないから、創作性は認められない。
(1) 各回路の記述の順序
 ラダー図を用いてPLCを制御するプログラムにおいては、一般的に順序がなく、回路の記載順序によってプログラムの処理が変わるわけではなく、各記述が独立している。ラダー図において回路の記載順序をどのようにするかという点は、プログラム製作における本質的部分ではないから、回路の記載順序にプログラム作成者による思想又は感情の表現について創作性が発揮されるということは考え難い。
 そして、結果が同じなのであれば、回路の記述順序を、回路に付けた番号に従い、その番号の数字が順に大きくなるように昇順に記述することは、ソースの見やすさやメンテナンス性を考えて、プログラム作成者なら通常誰でも行う事柄である。また、経済的、効率的な観点から通常用いられる方法でプログラミングしようとすると、表現方法が同じになるといった場合についても創作性は認められない。この点、ラダー図のプログラムにおいて同じ内容の回路を無意味に定義することはないから、スライサーの動作に忠実に回路の順序を構成していくといった手法は通常採られない。
 別紙「プログラム対比表」の原告回路1及び原告回路2は、運転開始ボタンと掃除ボタンに関するものである。第1プッシャーと第2プッシャーを有する原告スライサーを制御するラダー図を製作する際に、各プッシャーの主たる動作に関する回路とは別に、初期状態に関する回路として運転開始ボタンに関する原告回路1と掃除ボタンに関する原告回路2をラダー図の冒頭に定義しておくということは回路の記載順序に関し、極めてありふれた表現方法である。そして、原告回路3以降の回路の記載順序については、概ね第1プッシャーに関する回路群、第2プッシャーに関する回路群の順番に記載され、プッシャーの番号の順に記載されている。
(2) 内部リレーの規定方法
 ラダー図のプログラムにおいて、外部出力機器の動作に関係しない内部リレーを任意の位置に使用することや、この内部リレーのON・OFF状態の変化を使って出力リレーのON・OFF状態を切り替えることは常套手段である。
 そして、原告プログラムの内部リレーを使えばプログラムが簡素化できるのに、あえてそれを使用しないということは、迂遠で非効率、不経済な表現方法とならざるを得ない。
 例えば、内部リレーM14が省略できるということは、内部リレーM14の部分は、創作性に乏しい部分であることを意味する。
(3) コメントの内容
 PLCを制御するラダー図のプログラムにおいて、コメントはそのスイッチやリレーがどのような意味を持つかを簡潔に記載しておくものである。コメントは、プログラムの動作には影響を及ぼさない記述であり、プログラムにおける本質的部分ではないから、コメントにプログラム作成者による思想又は感情の表現についての創作性が発揮されるということは考え難い。
 原告プログラムのラダー図において記述されているコメントは、「ST運転」、「原点復帰」、「第1プッシャー前進」、「第1コンベア停止」といったもので、これらのコメントは、食品スライサーのプログラムにおいては頻繁に利用される、ありふれた表現であって、表現上の創意工夫など認められない。
 「原点復帰」という表現は、初期位置に移動させることを意味するもので、日本人のプログラム製作者にとって極めてありふれた表現形式であり、そのような表現に創作性が認められるものではない。原告スライサーの取扱説明書で「第1プッシャー」という名称が用いられ、当該部分を制御する回路をラダー図で定義する際に、そのコメントに「第1プッシャー」という語がそのまま用いられており、創作性は認められない。また、「ST運転」の「ST」が「START」の略であるとしても、極めてありふれた表現形式であることに変わりはなく、コメントの1つのスペルが簡略化されているというだけで表現上の創意工夫など認められない。
6 争点2−2(被告が原告プログラムについて複製、翻案、複製物の譲渡をしたか)について
【原告の主張】
 被告は、平成20年の設立後、別紙「被告製品目録(2)」記載のパン切断装置(被告製品2)を、業として、製造し、販売し、又は販売の申出を行っている。
 被告が被告プログラムを被告製品2にインストールし、被告製品2を業として、製造し、販売し、又は販売の申出を行っていることは、原告の複製権、翻案権及び譲渡権を侵害する。
(1) 同一性
 以下のとおり、原告プログラムと被告プログラムは、原告プログラムの作成者の個性が表現された部分について、実質的に同一又は類似しており、被告プログラムは、原告プログラムの表現上の本質的特徴である回路の記載順序や内部リレーの規定方法、コメントなどを直接感得することができる。
ア 各回路の記述の順序 原告プログラムが32の回路から構成されているのに対し、被告プログラムは、33の回路から構成されている。この33の回路のうち、別紙「プログラム対比表」の被告回路A以外の被告回路1ないし32は、それぞれ原告回路1ないし32と内容、機能が同一又は類似し、被告プログラムの回路の記述の順序は、原告プログラムの回路の記述の順序と同一である。
 また、33回路中14回路はコメント欄の2行目まで含めて全く同一である。残りの19回路は同一ではないが、その19回路においても、プログラムの本質的部分であるスライス動作の処理については完全に一致している。原告プログラムと被告プログラムの相違は、カバーの開閉をプログラムで検知するかどうか、原点位置、スタートボタンの構成など、原告スライサーと被告製品2の仕様が異なるからにすぎない。
イ 内部リレーの規定方法
 被告プログラムにおいて規定されている第1工程プッシャーの動作に関与する内部リレーは、原告プログラムのものと実質的に同一又は類似する。
ウ コメントの内容
 被告プログラムのコメントは、原告プログラムのコメントの3行目以降を削除したものにすぎず、実質的に一対一で対応している。
(2) 依拠
 被告の設立時からの代表取締役は、原告の元従業員であり、少なくとも、6名の被告の従業員が原告の元従業員であるから、被告は、被告プログラムの作成時に、原告プログラムを知っていた。また、被告プログラムは、原告プログラムと実質的に同一であり、被告プログラムには、原告プログラムに存在していた誤記がそのまま記載され、被告プログラムのコメント欄において、原告プログラムのコメントの一部がそのままコピーされている。
 したがって、被告プログラムは原告に著作権が帰属する原告プログラムに依拠して表現されたものであると認められる。
【被告の主張】
 被告が被告製品2を2台販売したこと、被告製品2にPLCに指示を与えるための被告プログラムがインストールされていることは認める。
 P1は、原告プログラムを作成し、平成21年6月に被告へ転職した後、被告製品2のために新たにプログラミングを行ったが、被告プログラムの作成時、原告プログラムの表現を利用する意思はなかった。
 第1工程プッシャー制御プログラムの原点復帰動作には6つの相違点が、第1工程プッシャー制御プログラムのワーク切断動作には4つの相違点が、それぞれ認められる。
 33個の回路で構成される被告プログラムのうち、19個の回路について、本質的な部分において、原告プログラムの回路と内容が異なっており、また、被告プログラムは、被告回路Aをも含むものである。
7 争点3−1(原告取扱説明書の著作者及び著作物性の有無)について
【原告の主張】
 原告取扱説明書は、原告の発意に基づき原告の従業員が職務上作成し、原告の名義の下に公表した著作物である。
 以下のとおり、被告が、被告取扱説明書を被告が製造する製品に添付して販売することは、原告取扱説明書の複製権、翻案権及び譲渡権を侵害する。
 原告の従業員は、原告取扱説明書に使用する図面を作成するに当たって、製品の取扱方法を分かりやすく説明する観点及び簡易に作成する観点に基づき、ある特定の角度で俯瞰した形で、設計に用いるためのCADソフトを用いて、パースを付けずに、各パーツの設計図面を基に、説明用の図面を線画で作成し、各パーツ名称を図中に付している。そのため、斜め上からの角度から描画している図面であっても、一部は平面図のままのパーツが存在し、遠近感が表現されずに、本来見えないはずの線まで描かれている。
 また、原告の従業員は、取扱説明書用の写真を撮影するに当たって、製品の取扱方法を分かりやすく説明するという観点に基づき、機械を設置し、カメラを設定し、備え置き、従業員も被写体に取り込みながら、撮影している。
 したがって、原告取扱説明書においては、少なくとも別紙「取扱説明書対比表」記載の各図面及び写真について、表現の選択の幅が認められ、創作性が認められ、著作権法上の著作物に該当する。
(1) 原告取扱説明書1
 原告取扱説明書1には、少なくとも以下の表現において、創作性が認められる。
 別紙「取扱説明書対比表」の「取扱説明書1について」のうちの「原告製品」欄の図1、図2はエンドレスカッターユニットの図面である。当該図面は、これを基に製造が可能な程度の設計図面ではないが、ある程度の簡略化をして、パーツ名称を分かりやすくした図面である。また、図中の全てのパーツ名が記載されているわけではなく、必要なものを選択して表記している。図2では、図1と比較すると、構図化の視点が変更されており、刃物駆動モータの配置や、刃物サヤの配置が分かりやすく表現されている。したがって、簡略化の程度や記載するパーツ名の選択など、表現の選択肢は他にも存在し、原告が作成した図1、図2には創作性が認められる。そして、同図4、5もエンドレスカッターユニットの図面であり、図1、2とそれぞれ同じ図面である。これらについても、簡略化の程度において、表現の選択肢は他にも存在しており、原告が作成した図4、5には創作性が認められる。
 同図3はサヤクリーナーユニットの説明図である。当該図面についても、実際の設計図面よりも適宜簡略化され、説明に必要な限度での表記がなされている。したがって、簡略化の程度において、表現の選択肢は他にも存在し、図3には創作性が認められる。
(2)  原告取扱説明書2
 原告取扱説明書2には、少なくとも以下の表現において、創作性が認められる。
 別紙「取扱説明書対比表」の「取扱説明書2について」のうちの「原告製品」欄の図1はレシプロカッターユニットの図面であり、同図2は操作盤、制御盤の説明図であり、同図3、4はいずれも刃物に油を供給する点滴装置についてのイラストである。当該図面は、これを基に製造が可能な程度の設計図面ではないが、写真撮影したものよりは簡略化して、パーツ名称が分かりやすい程度の図面である。また、全てのパーツ名が記載されているわけではなく、必要なものを選択して表記している。したがって、簡略化の程度やパーツ名など、表現の選択肢は他にも存在し、当該図面には創作性が認められる。
 同写真1、2は、刃物部分の取り外し及び取り付け方法の手順を撮影した写真である。刃物の交換手順を分かりやすく伝えるための写真として、真上から撮影する方法や、より一層手元を拡大する撮影方法なども考えられるが、原告は斜め上の角度から撮影する方法を選択している。したがって、撮影角度、方法についての選択肢は他にも存在しており、原告が撮影した写真1、2には創作性が認められる。
【被告の主張】
 以下のとおり、原告が主張する各頁にも著作物性は認められず、原告取扱説明書は著作物とはいえない。
 取扱説明書はユーザーがその装置を用いる時に参照するものであるから、設計図面のような正確かつ詳細な図面が用いられないことは当然のことであり、簡略化という点に表現の創作性は認められない。
 図面にパーツ名称を入れることは、その図が説明文に符合した図面であることを考えれば当然のことであり、パーツ名称もまた、食品スライサーの取扱説明書において頻繁に利用されるありふれた表現形式で、表現上の創意工夫など認められない。
 原告の製品を真横から見た場合、プーリは傾斜配置されているから角度が付いた状態の図となる一方、扶持ローラや上部ローラは鉛直方向に取り付けられているから、これを側面視した場合に、その側面のみが見えて平面的な図となることは当然のことである。食品スライサーのようにさほど大きくもない装置を図示するのに、パースを用いないということは、ありふれた通常の手法である。
 刃物部分の取り外し方法や取り付け方法の手順を説明する写真において、斜め上の角度から撮影する方法を選択することは、取扱説明書において頻繁に利用される、ありふれた表現形式である。
 製品の取扱方法を分かりやすく説明するという観点に基づき、機械を設置し、カメラを設定し、備え置き、従業員も被写体に取り込みながら、撮影することは、取扱説明書において頻繁に利用される、ありふれた表現形式である。
 原告取扱説明書2の6−5頁の「1)」、「2)」、「3)」の写真は、同6−3頁の「3)」、「2)」、「1)」の各写真を順序を逆にして使い回しをしているだけで、取り外し方法も取り付け方法も同じ写真であることから考えても創作性がない。
8 争点3−2(被告が原告取扱説明書について複製、翻案、複製物の譲渡をしたか)について
【原告の主張】
(1) 原告取扱説明書と被告取扱説明書の同一性
 被告取扱説明書の記載は、原告取扱説明書の記載と実質的に同一又は類似する。
 特に、別紙「取扱説明書対比表」の「取扱説明書1について」をみると、「被告製品」欄の図1ないし5は、「原告製品」欄の図1ないし5と同一であり、また、同対比表の「取扱説明書2について」をみると、「被告製品」欄の図1ないし4及び写真1、2は、「原告製品」欄の図1ないし4及び写真1、2と同一であり、被告は、これらの図面を用いて、機械の操作方法やメンテナンス方法についての説明を行っている。
(2) 依拠
 被告の設立時からの代表取締役は、原告の元従業員であり、少なくとも、6名の被告の従業員が、原告の元従業員であったから、被告は、被告取扱説明書の作成時に、原告取扱説明書を知っていた。また、被告取扱説明書は、原告取扱説明書と実質的に同一である。
 したがって、被告取扱説明書は、原告取扱説明書に依拠して複製又は翻案したものである。
【被告の主張】
 被告は、全体的な章の構成や各章の主要な説明文については、その当時、協同組合日本製パン製菓機械工業会が推奨していた取扱説明書の標準フォームに従って取扱説明書を作成しており、原告取扱説明書に依拠して複製又は翻案をした事実はない。また、被告は、P2に取扱説明書の作成を委託しており、P2が作成した部分の依拠性は不知。
9 争点3−3(みなし侵害の成否)について
【原告の主張】
 被告は、原告を退職した従業員が設立した法人であり、原告取扱説明書に使用されている写真、図面と同一の写真、図面を利用して被告取扱説明書を作成している。そして、被告が販売する商品自体も、原告が製造する製品と同一の構成の商品である。
 また、被告代表者は、かつて原告に在籍し、営業活動等を行っており、原告取扱説明書に触れる機会があった。
 したがって、被告は、原告取扱説明書の写真データ及び図面データをP2に提供するなどして被告取扱説明書を作成させ、被告取扱説明書の図面、写真が、原告著作物の複製物であることを認識していた。
 したがって、被告取扱説明書の作成者が、P2だったとしても、被告は原告取扱説明書に係る著作権を侵害したものとみなされる。
【被告の主張】
 被告取扱説明書は、原告取扱説明書に係る著作権の侵害物ではない。
 被告は、P2が製作した取扱説明書を顧客に頒布した時、当該取扱説明書の章の構成や説明文の大部分は、協同組合日本製パン製菓機械工業会の推奨フォームを利用したものと認識していたにすぎず、被告には、被告取扱説明書の頒布時、原告取扱説明書に係る著作権の侵害物であるという認識もなく、認識し得る状況もなかった。
10 争点4(本件特許権侵害及び原告プログラムの著作権侵害に基づく損害賠償請求に係る損害額)について
【原告の主張】
(1) 本件特許権侵害及び原告プログラムの著作権侵害による損害
 被告は、平成20年頃以降、被告製品1を少なくとも10台販売し、1台当たり少なくとも450万円の利益を得た。原告は、被告製品1の販売により、本件特許権及び原告取扱説明書1に係る著作権を侵害され、原告が被った損害の額は4500万円を下らない。
 また、被告は、平成20年頃以降、被告製品2を少なくとも10台販売し、1台当たり少なくとも350万円の利益を得た。原告は、被告製品2の販売により、原告プログラムに係る著作権及び原告取扱説明書2に係る著作権を侵害され、原告が被った損害の額は3500万円を下らない。
 したがって、原告には合計8000万円の損害が生じた。
(2) 弁護士・弁理士費用
 原告は、弁護士・弁理士費用として、合計100万円の損害を被った。
 弁護士・弁理士費用については、侵害による損害額をどのように算出するかを問わず、損害額の一部として請求する趣旨である。
(3) 合計額
 原告が被った損害の合計額は、8100万円である。
 原告は、被告に対し、その一部である8000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する。
【被告の主張】
 否認する。
 被告は、被告製品1を2台、被告製品2を2台販売したにとどまる。
11 争点5(原告取扱説明書の著作権侵害に基づく損害賠償請求に係る損害額)について
【原告の主張】
(1) 著作権法114条2項の損害
 被告のスライサーは、顧客の要望に応じて、スタートボタンの位置などを適宜変更して制作され、被告取扱説明書は、食品加工機械に添付され、機械と一体となって注文者に提供される。そして、全てのスライサーには食品をスライスするための鋭利な刃物が装備されており、その操作方法についてはユーザに対して十分に告知する必要がある。したがって、被告取扱説明書は被告のスライサーの販売に欠かせない重要な書類である。
 被告は、スライサーを販売する際に、顧客に対して被告取扱説明書を頒布しており、被告取扱説明書はスライサーの販売に大きく寄与している。
 被告取扱説明書において、図面、写真は機械ごとの特性に基づいて作成され、取扱説明書の本質的部分である。その図面、写真が入った取扱説明書なくして、スライサーを販売することは考えられないから、被告取扱説明書がスライサーの販売に寄与した割合は20%を下回ることはない。
 ここで、被告は、被告製品1の販売により、1台当たり450万円の利益を得ており、原告取扱説明書1の著作権侵害による損害額は、900万円(450万円×10個×20%)である。
 また、被告は、被告製品2の販売により、1台当たり350万円の利益を得ており、原告取扱説明書2に係る著作権侵害による損害額は、700万円(350万円×10個×20%)である。
 したがって、原告は、合計1600万円の損害を被った。
 そして、原告は、弁護士・弁理士費用として、100万円の損害を被り、これを加えると、損害額は1700万円になる。
(2) 著作権法114条1項の損害
 型式L−7Aの製品1台当たりの販売利益は322万4453円であり、型式BVC−6の製品1台当たりの販売利益は439万4990円である。
 前記のとおり、取扱説明書がスライサーの販売に寄与した割合は20%を下回ることはない。
 したがって、原告取扱説明書1に係る著作権侵害による損害額は、878万9980円(439万4990円×10個×20%)であり、原告取扱説明書2に係る著作権侵害による損害額は、644万8906円(322万4453円×10個×20%)である。
 したがって、原告は、合計1523万8886円の損害を被った。
 また、原告は、弁護士・弁理士費用として、100万円の損害を被り、これを加えると、損害額は1623万8886円となる。
(3) 著作権法114条3項の損害
 原告は、新しい製品を製造する際に、使用方法やメンテナンス方法を分かりやすく説明する取扱説明書を作成し、そのための図面や写真等を装置ごとに、個別に作成しており、これらの図面や写真等は他社に使用させることは想定していない。
 図面、写真の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を求める場合、装置製造時における一般的な時間単価を基に算出することができる。
 原告の装置の原価は、材料等の仕入費用に、社内での業務として、設計費、加工工賃、組立費用の各費用を加えて算出している。作業分の原価については、従業員の時間単価を一律7000円として、想定される作業時間を設定して決定している。
 したがって、原告が、図面、写真に係る著作権の行使につき受けるべき使用料に相当する額も、上記の装置製造のための原価における従業員の時間単価と同様の単価で算出することが相当である。
 原告が、競合製品を製造、販売している被告に対して図面、写真の利用を許諾することなどあり得ず、その使用料額は、原告における一般的な製品製造のための単価に工数を乗じて算出することになる。
 本件では、原告取扱説明書1に掲載されている図面5点(別紙「取扱説明書対比表」の「取扱説明書1について」のうちの「原告製品」欄の図1ないし5)、原告取扱説明書2に掲載されている図面4点(同対比表の「取扱説明書2について」のうちの「原告製品」欄の図1ないし4)及び写真6点(同対比表の「取扱説明書2について」の「原告製品」欄の写真1に係る写真3点及び写真2に係る写真3点)が、被告取扱説明書において、完全に一致する形で掲載されている。
 図面については、ユーザに対して見やすくて分かりやすい図面となるよう配慮しながら、設計図のデータを基に、見やすく簡略化し、図面を適宜組み合わせ、説明文言を付するなどして作成しており、原告取扱説明書の図面1枚当たり3時間程度の作業時間を要する。
 原告取扱説明書2の写真についても、当該装置開発のために作成された部品を用意し、ユーザにとって分かりやすくなるように配置し、従業員が作業手順を履践しながら写真を撮影し、印刷に適するよう明るさ等を加工している。原告取扱説明書2の写真6点については合計5時間程度の作業時間を要する。
 したがって、原告取扱説明書の図面作成の原価は1枚2万1000円(7000円×3時間)、原告取扱説明書2の写真作成の原価は3万5000円(7000円×5時間)となる。型式L−7A及び型式BVC−6の製品の利益率から、上記の原価に付す利益率としては30%が相当である。
 したがって、原告取扱説明書の図面及び写真に係る著作権行使の対価として受けるべき金額は、図面1枚について2万7300円、写真全体(6点)について4万5500円となる。
 以上によれば、被告取扱説明書1への図面掲載について13万6500円、被告取扱説明書2への図面掲載について10万9200円、被告取扱説明書2への写真掲載について4万5500円の損害が発生し、著作権法114条3項に基づいて算出される金額は、合計29万1200円となる。
【被告の主張】
(1) 著作権法114条2項の損害
 被告取扱説明書は、それ自体に商品的な価値はなく、実際、製造委託先との関係でも顧客との関係でも価格が設定されていたものではなく、商談時に販促物として顧客に示したものでもなく、納品時に付随して交付された説明書にすぎず、被告取扱説明書が被告の製品の販売に貢献したとはいえず、著作権法114条2項の推定を及ぼすことはできない。
 仮に、著作権法114条2項に基づいて損害を算定したとしても、製品の販売により得た利益に対する被告取扱説明書の全体としての寄与度は控えめに見て0.5%であり、また、損害額算定の対象となる図面、写真の部分が取扱説明書全体に占める割合は、控えめに見て5%であるから、寄与度を示すとすれば、0.025%(0.5%×5%)である。
(2) 著作権法114条1項の損害
 本件は、被告取扱説明書があったから被告製品が売れたという関係は成立しないから、著作権法114条1項によって損害を算定することはできない。
(3) 著作権法114条3項の損害
 本件では、著作権法114条3項に基づき使用料相当損害額を算定するのが相当である。
 以下のとおり、本件において客観的に相当な使用料相当額は、被告取扱説明書1への図面3点の掲載分の使用料相当額が1万2000円、被告取扱説明書2の写真4点の掲載分の使用料相当額が1万6000円であり、合計で2万8000円である。
 被告取扱説明書1の図面3点と被告取扱説明書2の写真4点については、必ず原告取扱説明書1の図面3点と原告取扱説明書2の写真4点を使用しなければならない事情はなく、代替手段が存在する。このように代替手段が存在する場合、著作権者ができるだけ高額の使用料を設定したいと考えても、図面や写真の製作を他の業者に依頼した場合のコストを上回るような使用料にはならない。
 この点、実例として、図面の製作費は1ページ当たり8333円となる例や、取扱説明書における説明図の作図に対する料金は1点当たり7500円が基準額になっている例が挙げられる。
 原告取扱説明書1において使用されている図面がいずれも複雑な図面ではないことも考慮すると、被告取扱説明書1への図面掲載の使用料は1点当たり4000円と認めるのが相当である。
 原告取扱説明書1の図面5点のうち、2点については、同一の図面を使用していることによる重複があり、原告取扱説明書1に使用されている図面の点数は、正しくは3点である。被告取扱説明書1には図面3点を使用しているから、図面3点の掲載に対する使用料相当額は、合計で1万2000円(4000円×3点)である。
 企業向けの写真撮影において、撮影カット数が1、2点、所要時間1時間の場合で2万7000円、撮影カット数が5ないし10点、所要時間2時間の場合で4万3200円とする例がある。
 原告取扱説明書2において使用されている写真がいずれも単純な写真であり、全て同じ位置にカメラをセッティングして撮影できることも考慮すると、被告取扱説明書2への写真掲載の使用料は1点当たり4000円と認めるのが相当である。
 原告取扱説明書2の写真6点のうち、2点については、同一の写真を使用していることによる重複があり、原告取扱説明書2に使用されている写真の枚数は、正しくは4点である。被告取扱説明書2には写真4点を使用しているから、写真4点の掲載に対する使用料相当額は、合計で1万6000円(4000円×4点=1万6000円)である。
 合計2万8000円の財産的損害に対する弁護士費用は、多くてもその1割というべきであるから、弁護士費用は2800円である。
第4 当裁判所の判断
1 争点1−4(公然実施発明を主引例とする進歩性欠如)について
 本件特許権侵害の成否に関し、事案に鑑み、まず、争点1−4(公然実施発明を主引例とする進歩性欠如)を検討すると、当裁判所は、本件特許発明は、当業者が原告旧製品の構成等に基づいて容易に発明することができたものであり、進歩性を欠き、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものであると判断する。
 その理由は、以下のとおりである。
(1) 本件特許発明の要旨
 本件特許発明は、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1により特定される、前提事実(2)記載のとおりのものである。
(2) 原告旧製品(公然実施発明)の構成
 原告が本件特許出願日前に原告旧製品を販売していたことは当事者間に争いがなく、原告旧製品に係る発明は、日本国内において公然実施をされた発明(特許法29条1項2号)に当たる(以下、原告旧製品に係る発明を「公然実施発明」という。)。 公然実施発明の構成は、以下のとおりである(乙30)。
a1 洋菓子をその場で回転させる「ターンテーブル」と、
a2 該洋菓子を上方から切断すべく前記ターンテーブルを挟んで左右に対向配置された「駆動プーリ」及び「従動プーリ」と、これらのプーリ間に巻回されて連動回転する「エンドレス刃物」を有する「刃物部」と、
a3 該刃物部を上下動させる「刃物部昇降機構」を備え、
b 前記刃物部が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、
c1 前記刃物部は、前記プーリ間を結ぶエンドレス刃物のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの「側部ローラ」及び回転軸芯を前後方向へ向けられた「上部ローラ」からなる「ローラユニット」と、
c2 前記プーリ間を結ぶエンドレス刃物の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記エンドレス刃物の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の「刃物サヤ」を更に有し、
d 該刃物サヤは、一方のローラユニットから他方のローラユニットへ向かって、前記洋菓子の載置位置を横断して設けられ、
e 前記ローラユニットが有する側部ローラと前記刃物サヤの端部との間には、前記側部ローラにより向きを規制されたエンドレス刃物が通過するスリットを有する「スリット部材」が配設されており、
f  前記上部ローラは、前記側部ローラと駆動プーリとの間、及び、前記側部ローラと従動プーリとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられていることを特徴とする
g 洋菓子カッタ。
 なお、公然実施発明が切断対象とする「洋菓子」は、ショートケーキ、ショートパン及びロールケーキを含み(乙24)、「刃物サヤ」は、薄板を折り曲げて形成されている。
(3) 本件特許発明と公然実施発明との対比
 公然実施発明の「駆動プーリ」と「従動プーリ」が構成要件A2の「2つのプーリ」に相当し、「エンドレス刃物」が構成要件A2の「無端帯刃」に相当するので、公然実施発明の「刃物部」は、構成要件A2の「パン切断部」に相当する。また、公然実施発明の「刃物部昇降機構」が構成要件A3の「上下駆動部」に相当する。
 公然実施発明の駆動側若しくは従動側の「ローラユニット」を構成する「側部ローラ」と「上部ローラ」は、構成要件C1の「刃向規制部」の「扶持ローラ」及び「上部ローラ」に相当する。また、公然実施発明の「刃物サヤ」は、構成要件C2の「案内支持部」に相当する。
 公然実施発明の「スリット部材」は、構成要件Eの「スリット部材」に相当する。
 そして、本件特許発明の「パン切断装置」と公然実施発明の「洋菓子カッタ」は、食品を切断する機能を有する装置である点で共通する。
 そうすると、本件特許発明と公然実施発明の一致点及び相違点は、以下のとおりに認定される。
ア 一致点
 左右に対向配置された2つのプーリ(「駆動プーリ」及び「従動プーリ」)及び該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃(「エンドレス刃物」)を有するパン切断部(「刃物部」)と、該パン切断部(該刃物部)を上下動させる上下駆動部(「刃物部昇降機構」)とを備え、前記パン切断部(前記刃物部)が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、前記パン切断部(前記刃物部)は、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃(前記エンドレス刃物)のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの挟持ローラ(「側部ローラ」)及び回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラ(「上部ローラ」)から成る刃向規制部(「ローラユニット」)と、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃(前記エンドレス刃物)の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記無端帯刃(前記エンドレス刃物)の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部(「刃物サヤ」)とを更に有し、該案内支持部(該刃物サヤ)は、一方の前記刃向規制部(前記ローラユニット)から他方の前記刃向規制部(前記ローラユニット)へ向かって設けられ、前記刃向規制部(前記ローラユニット)が有する挟持ローラ(側部ローラ)と前記案内支持部(前記刃物サヤ)の端部との間には、前記挟持ローラ(前記側部ローラ)により向きを規制された無端帯刃(エンドレス刃物)が通過するスリットを有するスリット部材(「スリット部材」)が配設されており、前記上部ローラ(前記上部ローラ)は、前記無端帯刃(前記エンドレス刃物)の上端部に周面が当接するように設けられていることを特徴とする、食品を切断する装置
イ 相違点
(ア) 相違点1
 本件特許発明において、上部ローラは、「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられている」のに対し、公然実施発明の上部ローラは、側部ローラと駆動プーリとの間、及び、側部ローラと従動プーリとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられている点
(イ) 相違点2
 本件特許発明は「パン切断装置」であるのに対し、公然実施発明は「洋菓子カッタ」である点
(ウ) 相違点3
 本件特許発明は「パンを背面側に移動させるパン移動部」を備えるのに対し、公然実施発明は「洋菓子をその場で回転させるターンテーブル」を備える点
(エ) 相違点4
 本件特許発明は案内支持部が「パンの移動ルート」を横断して設けられているのに対し、公然実施発明は刃物サヤが「洋菓子の載置位置」を横断して設けられている点
(4) 相違点に係る構成の容易想到性
ア 相違点1について
(ア) 本件明細書【0038】の記載からすると、本件特許発明では、「前記パン切断部が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ」ている(構成要件B)ため、「該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃」(構成要件A2)の刃先も、鉛直方向から傾斜した方向へ向けられることから、「前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの挟持ローラおよび回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラから成る刃向規制部」(構成要件C1)を備えることにより、挟持ローラに挟持された無端帯刃は、その刃先が鉛直下方向きに規制され、その際、上部ローラは、「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられている」(構成要件F)ことにより、無端帯刃の刃先が挟持ローラによって鉛直下向きに規制された後に、無断帯刃を上から押さえることにより、正面帯刃の上下方向のバタツキを抑える役割を果たすと認められる。
(イ) 乙7公報には次の記載があると認められる(別紙乙7図面参照。なお、各箇所の引用符の記載は省略する。)。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、帯鋸盤によるワーク切断中の切れ曲がりを矯正する方法に関するものであり、該切れ曲がりによる切断精度の低下や鋸刃の損傷を防止する手段として利用される。
【0012】
【実施例】図1は本考案を適用した一実施例に係る帯鋸盤を示しており、機台10の上部にワークWを挟み付けて固定するバイス装置11を備えると共に、単動型の昇降用油圧シリンダ12を介して昇降動作するソーヘッド3が、機台10に立設した左右のコラム13、13を抱持して上方に配置されている。このソーヘッド3には帯鋸刃1を巻装した左右のバンドホイール2a、2bが枢着されており、切断行程側つまり走行下位側の鋸刃1aは、ソーヘッド3に取り付けられた左右のガイドアーム5a、5bの下端部により刃先を下向きとする垂直状態に保持されている。【0016】図4をも参照して、両ガイドアーム5a、5bは、バンドホイール2a、2bに側面で接して倒伏姿勢にある帯鋸刃1を、下端の外側寄りに設けた一対のガイドローラー20、20間に挟んで引き起こし、更に内側寄りに設けた固定押さえ板21aと可動押さえ板21bとの間で挟持することにより、切断行程の鋸刃1aを刃先が下を向く垂直姿勢に矯正して保持している。22は鋸刃1aの背面に転接する押さえローラーであり、該鋸刃1aの上下位置をガイドアーム5a、5bの下端より刃先部分のみ突出するように規制している。なお、可動押さえ板21bは、皿ばね23を介して鋸刃1aに圧接しているが、鋸刃1aを離脱させる際にはレバー24を引いて圧接を解除できる。
(ウ) 乙7公報の上記記載からすると、乙7公報には、次の発明(乙7発明)が記載されていると認められる。
 「ワークを上方から切断すべくワークを挟んで左右に対向配置された2つのバンドホイール及び該バンドホイール間に巻回されて連動回転する帯鋸刃を有する帯鋸盤において、前記バンドホイールは、その回転軸芯が前後方向へ向けて設けられ、前記バンドホイール間を結ぶ前記帯鋸刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記バンドホイールに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つのガイドローラ及び回転軸芯を前後方向へ向けられた押さえローラが設けられ、押さえローラは、前記ガイドローラ内側のガイドアームの上方の位置で前記帯鋸刃の上端部に周面が当接するように設けられている。」
 そして、乙7発明の押さえローラは、鋸刃の上下位置をガイドアームの下端より刃先部分のみ突出するように規制する機能を有するが、この技術的意義は、帯鋸刃がガイドローラによって倒伏姿勢から垂直姿勢に矯正されることから、帯鋸刃に対して、倒伏姿勢に戻ろうとする力と垂直姿勢に矯正する力が働き、帯鋸刃の高さ方向の位置が所望の位置に安定しないため、帯鋸刃がガイドローラによって垂直姿勢に矯正された後に、帯鋸刃を上方から押さえることにより、鋸刃の高さ方向の位置を所望の位置に規制する点にあり、相違点1に係る本件特許発明の構成と同様の技術的意義を有すると認められる。
 他方、公然実施発明においても、2つのプーリが傾斜して設けられているため、ローラユニットによって、プーリ間を結ぶエンドレス刃物のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制しているところ、エンドレス刃物の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の刃物サヤが存することから、エンドレス刃物の高さ方向の位置を所望の位置に規制する必要がある。そうすると、公然実施発明においても、エンドレス刃物に対して、傾斜姿勢に戻ろうとする力と垂直姿勢に矯正する力が働くことから、エンドレス刃物の高さ方向の位置が刃物サヤに対する所望の位置に安定しないとの課題が乙7発明と同様に内在しており、公然実施発明における上部ローラは、エンドレス刃物を上方から押さえることにより、エンドレス刃物の高さ方向の位置を所望の位置に規制する技術的意義を有していると理解することができる。
 このような公然実施発明と乙7発明の課題及び技術的意義の共通性からすると、公然実施発明に乙7発明を組み合わせる動機付けがあるといえ、それにより、上部ローラの位置を、エンドレス刃物がローラーユニットによって垂直姿勢に矯正された後の位置とし、その際に、公然実施発明の刃物サヤが薄板を折り曲げて形成していることから、エンドレス刃物を上方から押さえられるように、上部ローラをローラーユニットと刃物サヤの間に配して、相違点1に係る構成に至ることは、当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(エ) 原告の主張について
a 原告は、公然実施発明は、洋菓子カッタに関するものであるのに対し、乙7発明は、木材、金属等を切断するための帯鋸に関するものであり、技術分野が異なると主張する。
 しかし、公然実施発明も乙7発明も、被切断物を無端帯状の刃物によって切断する技術に関するものである点で共通しており、しかも、無端帯状の刃物が垂直状態に姿勢を矯正される際にその高さ方向の位置を安定させるとの課題は、切断対象物いかんにかかわらず無端帯状刃物に通有する一般的な課題であるから、公然実施発明と乙7発明の技術分野が異なるとはいえない。
b また、原告は、乙7発明では、切断対象物が木材、金属等の非常に硬いものであり、切断対象物を切断する時に、切断対象物が無端帯刃を押し付ける力が非常に大きいことから、この力によって無端帯刃がプーリから外れることを防止するために押さえローラが設けられており、このような押さえローラを柔らかい洋菓子を切断対象物とする公然実施発明に適用する動機付けは存しないと主張する。
 しかし、前記認定に係る乙7公報の記載からすると、押さえローラは、鋸刃の上下位置をガイドアームの下端より刃先部分のみ突出するように規制するために設けられていると認められるから、その技術的意義を、原告の上記主張のように解することはできない。
c また、原告は、本件特許発明では、無端帯刃は、鉛直方向に引き起こされて上部ローラの周面に対して直交した状態で上端が上部ローラの周面と接することから、鉛直方向に引き起こされる途中で上部ローラの周面と接する公然実施発明と比べて、無端帯刃の鉛直方向のバタツキを効果的に抑制し、上部ローラの摩耗を抑制することができる有利な効果を有することから、公然実施発明から相違点1に係る構成を容易に想到し得たものではないと主張する。
 しかし、そのような効果は、乙7発明の構成においても内在しているものであるから、公然実施発明に乙7発明を適用する場合に想定される範囲内のものであり、それをもって、相違点1に係る本件特許発明の構成を想到することの容易性は否定されない。
イ 相違点2について
(ア) 乙12公報には次の記載があると認められる。
 「この発明は食パンを所定の厚さにスライスする食パン用スライス装置に関する。」
 「駆動装置4は図の例ではモータ5と、該モータ5により回転駆動される駆動プーリ6と、回転自在に支持される従動プーリ7と、・・・を有し、・・・ている。」
 「図の例では、刃物14は刃物台15に回転自在に支持される駆動輪16と従動輪17に巻掛けられたエンドレスベルト状に刃が形成された刃物として装着される。」
 このように、乙12公報には、無端帯刃を用いてパンを切断する発明(乙12発明)が記載されている。
(イ) 公然実施発明も乙12発明も、内部に細かな孔が無数に空いた多孔質で軟らかい食品を切断する装置に関する発明であるから、公然実施発明に乙12発明を適用する動機付けが存在するというべきであり、相違点2に係る本件特許発明の構成を想到することは容易であるといえる。
ウ 相違点3及び4について
(ア) 本件明細書【0007】、【0009】、【0010】、【0011】、【0017】、【0028】、【0042】の記載によれば、本件特許発明は、従来のレシプロ切断装置では、厚みの異なるサンドイッチパンを製造する場合、これに対応した間隔で有端帯刃が並設された別個の装置を用意するか、又は、一の装置において、多数ある有端帯刃の並設間隔を全て変更する必要があるという課題があったことから、切断して得られるパン片の厚みを容易に変更することができるパン切断装置を提供することを目的の一つとし、「パンを背面側へ移動させるパン移動部と、該パンを上方から切断すべく前記パンの移動する経路を挟んで左右に対向配置された2つのプーリ及び該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃を有するパン切断部と、該パン切断部を上下動させる上下駆動部とを備え」る(構成要件A)ことにより、パン切断部を上方から下降させるタイミングを変更したり、パン移動部の前進距離を変更する場合に、得られるパン片の厚みを変更することができることとし、上記課題を解決したものであると認められる。
(イ) 原告旧製品については、カタログ(乙24)において「スライス寸法、スライス個数をセットするだけで、任意のスライスができます。」とされ、取扱説明書(乙25)おいて、「運転準備」として、「カット寸法設定」、「寸法を変更する時はカットしたいタテ寸法と等分数をタテ×個数欄に、ヨコ寸法と等分数も同様にヨコ×個数欄にセットします。」と記載されている(6頁)から、得られるパン片の厚みを変更することができるとの課題に対応していると認められる。
(ウ) 原告が販売したバーチカル・スライサーVC−1S型は、ショートケーキ、フルーツケーキ、シートパン等の洋菓子を用途とするスライサーである(乙53の1)。原告の本社は、平成3年9月に移転した後、平成11年5月に移転したところ(乙54の1、2)、上記スライサーのカタログの裏面には、原告の本社所在地として住所が記載されているため(乙53の2)、原告は、平成11年5月以前に上記スライサーを販売したと認められるから、上記スライサーに係る発明は、本件特許出願日前に公然実施された発明であると認められる。
 そして、上記証拠(乙53の1)及び弁論の全趣旨によれば、上記スライサーは、コンベアを用いて洋菓子を背面側へ移動させて、洋菓子が移動する経路を挟んで左右に横断するようにして設けられた無端帯刃を上下動させて洋菓子を切断する構成を有すると認められ、「ワンタッチでスライス寸法・速度を選べる万能タイプです。」とされている(乙53の1)から、コンベアの移動速度等の設定により、得られる切断物の厚みを容易に変更することができると認められ、相違点3及び4に係る本件特許発明の構成と同一の技術的意義を有すると認められる。
(エ) 以上のように、公然実施発明も上記スライサーに係る発明も、無端帯刃と洋菓子の相対位置を移動させることにより、洋菓子を順次切断するという目的・機能を共通にしている上、得られる切断物の厚みを容易に変更できるようにするとの課題も共通にしていることからすると、公然実施発明における洋菓子をその場で回転させるターンテーブルを、上記スライサーに係る発明におけるパンを背面側に移動させるコンベアに置換することは動機付けがあるといえる。
 そして、ターンテーブルを背面側へ移動させるコンベアに置き換えるのに伴って、公然実施発明における刃物サヤは、必然的に、一方のローラユニットから他方のローラユニットへ向かって、コンベアに載置された洋菓子の移動ルートを横断して設けられることになる。
 したがって、相違点3及び4に係る構成は、公然実施発明及び上記スライサーに係る発明から容易に想到し得たと認められる。
(オ) なお、原告は、本件特許発明は、パンを背面側に移動させるパン移動部を備えるので、パン切断部を上方から下降させるタイミングを変更するだけで、得られるパン片の厚みを変更することができ、有利な効果を有するものであるから、進歩性に欠けるものではないと主張するが、この効果は上記スライサーに係る発明が既に具備し、明示されている効果であって、公然実施発明に上記スライサーに係る発明を置換する場合に想定される範囲内のものであり、それをもって、相違点3及び4に係る本件特許発明の構成を想到することの容易性は否定されない。
(5) したがって、本件特許発明は、当業者が公然実施発明等に基づいて容易に発明することができたものであり、進歩性を欠き、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものである。
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件特許権侵害に係る請求はいずれも理由がない。
2 争点2−1(原告プログラムの著作者及び著作物性の有無)について
(1) ラダー図のプログラムの仕組み
ア シーケンス制御
 シーケンス制御は、機械装置などの動作をコントロールするための制御方法の一つで、大量生産ラインなどにみられるような同じ動作を繰り返し実行させる場合によく利用される。すなわち、シーケンス制御とは、制御対象の一連の動作の順序(シーケンス)を決めてその動作を実行する制御方法であり、順序制御とも呼ばれており、具体例の一つとして、毎回同じ動作を繰り返している工場の製造装置が挙げられる。シーケンス制御の場合、オンからオフの状態で制御が実行されていく場合が多い。また、シーケンス制御の場合、ほとんどが駆動源を入り切りしたり、起動・停止の信号を送ったりするようなオンオフ制御方式によって、「あらかじめ定められた順序制御」が構成される。
 産業界における現在のシーケンス制御は、リレーを使うか、シーケンス制御専用のコントローラ(PLC)を使った制御方法が主流になっている。PLCの場合、ラダー図と呼ばれる制御プログラムをPLCのメモリに転送して、これをPLCに演算をさせることでPLCの入出力端子に接続された実際の機器を制御するといった方式になる。
 PLCでモータの制御を行う場合、配線は、入出力を行う機器をPLCの入出力端子に接続するだけでよい。モータの動作のオンオフのタイミングはラダー図と呼ばれるプログラムで処理する。(以上、乙37)
イ ラダープログラム
 ラダープログラムにおいては、入力リレー、出力リレー、補助リレー、タイマリレーとその接点の接続をラダー図として表現することができる(リレーには、他にカウンタリレーがある。)。
 入力リレー(X00などと表現される。原告のいう入力スイッチ。)は、ラダープログラムによってON/OFF制御ができないリレーであり、PLC入力ユニットに接続されている外部入力スイッチが切り替わり、これをPLCが入力として認識した時に接点が切り替わるリレーである。入力リレーの接点の状態は、そこに接続されている外部入力のON/OFFと同期することになる。
 出力リレー(Y10などと表現される。原告のいう出力スイッチ。)は、ラダープログラムによって能動的にON/OFF制御するリレーであり、ラダープログラムを実行して出力リレーをONすると、PLC出力ユニットの端子台の中の、その出力リレーと同じ番号の端子とCOM端子の間が導通状態となり、その結果、その2つの端子間に接続されているランプやアクチュエータに電圧がかかり、電気的な動作をさせることができる。
 補助リレー(M1などと表現される。)は、出力リレーと同じように、プログラムの中で能動的にON/OFFを行うことができるが、出力リレーと違って外部入出力機器の動作に関係しないリレーで、プログラムを作る上で補助的な役割を果たすリレーである。例えば、プログラム上何度も使う条件を補助リレーでいったん置き換えてプログラムを簡素化する使い方や、補助リレーを使わなければ実現できない回路に使う使い方がある(なお、本件では、補助リレーは内部リレーと呼ばれている。)。
 タイマリレー(T03などと表現される。)は、オンディレイ型が標準的なもので、入力から一定時間後に接点がON状態となるリレーである。(以上、乙36)
 プログラミング言語には、書いた順番に依存するものと依存しないものがあり、一般的なラダー回路では順序がなく独立している(乙35)。
(2) 原告プログラムにより制御される第1工程プッシャー及び第2工程プッシャーの動作の要旨(別紙「原告スライサー及び原告プログラムの内容」及び添付の別紙「原告スライサー説明図」)
ア 第1工程プッシャーの動作
 第1工程では、@(原点復帰動作・同別紙のフローチャート1)原告スライサ−が起動されると、第1工程プッシャーは前進(中速)し、前進端(図4のセンサPXS3)に達すると、前進を停止して2秒後に後退(高速)し、原点(図4のセンサPXS2)に達すると後退を停止する、A(ワーク切断動作・同別紙のフローチャート2)第1工程プッシャーのスタートボタン(図4のPB1、PB2)が押されると、第1工程プッシャーは後退(高速)し、後退端(図4のセンサPXS1)に達すると、後退を停止して前進(中速)し、原点に達すると前進(低速)し、前進端に達すると、前進を停止して2秒後に後退(高速)し、原点(図4のセンサPXS2)に達すると後退を停止する。
イ 第2工程プッシャーの動作
 第2工程では、@(原点復帰動作・同別紙のフローチャート3)原告スライサ−が起動されると、第2工程プッシャーは後退(高速)し、後退端(図4のセンサPXS4)に達すると、後退を停止する、A(ワーク切断動作・同別紙のフローチャート4)第2工程プッシャーが後退端(図4のPXS4)に存在する状態で切断対象物が転換部(図4のPH2)に存在すると、第2工程プッシャーは前進(中速)し、所定距離前進(図4のセンサPXS6)すると、前進(低速)し、前進端(図4のセンサPXS5)に達すると、前進を停止して後退(高速)し、後退端に達すると後退を停止する。
(3) 原告スライサーにおける第1工程プッシャー及び第2工程プッシャーの動作に関するPLCの入出力電気回路及びインバーターの入出力電気回路の構成の要旨(別紙「原告スライサー及び原告プログラムの内容」添付の別紙「原告スライサー説明図」の図7及び8)
ア 第1工程プッシャーの動作関係
(ア) PLCの入出力電気回路
 原告スライサーの起動回路(ST)がONになると、PLCの入力端子X0がONになる(なお、入力端子「X0」は、別紙「プログラム対比表」では入力リレー「X000」と表記されている。以下、入力端子につき同じである。)。
 第1工程プッシャーのスタートボタン回路(PB1、PB2)がONになると、PLCの入力端子X4、X5がONになる。
 第1工程プッシャーの後退端検知回路(PXS1)がONになると、PLCの入力端子X14がONになる。
 第1工程プッシャーの原点検知回路(PXS2)がONになると、PLCの入力端子X15がONになる。
 第1工程プッシャーの前進端検知回路(PXS3)がONになると、PLCの入力端子X16がONになる。
(イ) インバーターの入出力電気回路
 PLCの出力端子Y1がONになると、インバーターFI2が第1工程プッシャー用モーターを前進(中速)させる(なお、出力入力端子「Y1」は、別紙「プログラム対比表」では出力リレー「Y001」と表記されている。以下、出力端子につき同じである。)。
 PLCの出力端子Y2がONになると、インバーターFI2が第1工程プッシャー用モーターを後退(高速)させる。
 PLCの出力端子Y6がONになると、インバーターFI2が第1工程プッシャー用モーターを前進(低速)させる。
イ 第2工程プッシャーの動作関係
(ア) PLCの入出力電気回路
 原告スライサーの起動回路(ST)がONになると、PLCの入力端子X0がONになる。
 第2工程プッシャーの後退端検知回路(PXS4)がONになると、PLCの入力端子X20がONになる。
 第2工程プッシャーの前進端検知回路(PXS5)がONになると、PLCの入力端子X22がONになる。
 第2工程プッシャーの前進距離検知回路(PXS6)がONになると、PLCの入力端子X23がONになる。
 切断対象物の転換部検知回路(PH2)がONになると、PLCの入力端子X12がONになる。
(イ) インバーターの入出力電気回路
 PLCの出力端子Y11がONになると、インバーターFI6が第2工程プッシャー用モーターを前進(中速)させる。
 PLCの出力端子Y12がONになると、インバーターFI6が第2工程プッシャー用モーターを後退(高速)させる。
 PLCの出力端子Y17がONになると、インバーターFI6が第2工程プッシャー用モーターを前進(低速)させる。
(4) 原告プログラムの内部リレーの規定方法の創作性について
ア 原告は、内部リレーは、入力スイッチ(入力リレー)及び出力スイッチ(出力リレー)と異なり、プログラムにおいて自由に規定して用いることができ、その規定方法については幅広い選択の幅が存在しており、例えば、第1工程プッシャーが前進端から後退中であることを示すM14を省略したり、第1工程プッシャーが前進中であることを示す追加の内部リレーを規定したりする方法も考えられるから、内部リレーを原告プログラムと同一に規定する必要はなく、また、入力リレーと出力リレーとの間に内部リレーを介在させずに、入力リレーの状態に基づいて直接出力リレーの状態を切り替えてもよいから、プログラム作成者以外の者にとっても読みやすい記述であるか、プログラムの改変を行う際に容易に誤りなく改変することができる記述であるか等の点に留意し、取捨選択の上で内部リレーの規定方法を決定したことには、プログラム作成者の個性が表れており、創作性が認められると主張する。
イ しかし、前記(1)イのとおり、内部リレーは、何度も使う条件がある場合などにプログラムを簡素化する場合や、内部リレーを使わなければ実現できない動作を行わせる場合に、記述される。そして、前記(2)のようにプログラムにより実現される原告スライサーの動作が単純なもので、同じ動作の繰り返しも多く、前記(3) のとおりPLCの入出力端子の数もさほど多くないことからすると、プログラムの効率化を図ろうとする場合に広い選択の幅があるとはいえない。これを、第1工程プッシャーの動作について見れば、以下のとおりである。
ウ 第1工程プッシャーの動作のうち、原点復帰動作(前記(2)ア@)について見ると、ここでは、まず、原告スライサ−が起動されると、第1工程プッシャーは前進(中速)するから、PLCの入力端子X0に係る入力リレーがONになった場合に、PLCの出力端子Y1に係る出力リレーがONになるプログラムを作成する必要がある。この場合、原告の主張のように、入力リレーの状態に基づいて直接出力リレーの状態を切り替えることも可能ではあるが、後にX0以外の入力リレーによりY1の出力リレーをONにする動作が存することや、後にY1の出力リレーをOFFにする動作が存することからすると、間に補助リレーを介在させて、この補助リレーを繰り返し利用する方が効率的である。そして、この場合に介在させる補助リレーの数も、設計次第で自由に規定できるものではあるが、プログラムの効率性の観点からは、不必要に多く設けない設計が採用されることになる。そうすると、上記の動作を実現するために、「X0が入力される回路(原告回路1)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路5)−Y1が出力される回路(原告回路13)」とのプログラム構成を採ることに、広い選択の幅があるとはいえない。
 次に、第1工程プッシャーは、前進端に達すると、前進を停止して2秒後に後退(高速)するから、PLCの入力端子X16に係る入力リレーがONになった場合に、(ア)PLCの出力端子Y1に係る出力リレーがOFFになり、(イ)2秒後にPLCの出力端子Y2に係る出力リレーがONになるプログラムを作成する必要がある。そして、(イ)については、この場合も、後にY2の出力リレーをOFFにする動作が存することからすると、間に補助リレーを介在させて、「X16が入力される回路(原告回路6)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路7)−Y2が出力される回路(原告回路14)」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない。また、(ア)については、「X16の入力リレー」のONにより「Y1の出力リレー」がOFFになるために、上記の補助リレーを繰り返し利用して、「X16が入力される回路(原告回路6)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路7)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路5)OFF−Y1が出力される回路(原告回路13)OFF」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない。この点について、原告は、「補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路7)」を省略し、「X16が入力される回路(原告回路6)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路5)OFF−Y1が出力される回路(原告回路13)OFF」と構成する選択肢もあると主張するが、この選択肢があるからといって、選択の幅が広いとはいえない。
 次に、第1工程プッシャーは、原点に達すると後退を停止するから、PLCの入力端子X15に係る入力リレーがONになった場合に、PLCの出力端子Y2に係る出力リレーがOFFになるプログラムを作成する必要がある。そして、この場合、「X15の入力リレー」のONにより「Y2の出力リレー」がOFFになるために、上記の補助リレーを繰り返し利用して、「X15が入力される回路(原告回路3)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路7)OFF−Y2が出力される回路(原告回路14)OFF」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない(なお、別紙「原告スライサー及び原告プログラムの内容」のフローチャート1では、ここで「補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路7)」を介在させない記載となっているが、それでは動作しないから、上記の構成の誤記と認められる。)。
エ 第1工程プッシャーの動作のうち、ワーク切断動作(前記(2)アA)について見ると、ここでは、まず、第1工程プッシャーのスタートボタンが押されると、第1工程プッシャーは後退(高速)するから、PLCの入力端子X4及びX5に係る入力リレーがONになった場合に、PLCの出力端子Y2に係る出力リレーがONになるプログラムを作成する必要がある。そして、この場合、補助リレーを介在させてもよいが、そうせずに、「X4、X5が入力される回路(原告回路10)−Y2が出力される回路(原告回路14)」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない。
 次に、第1工程プッシャーは、後退端に達すると、(ア)後退を停止し、(イ)前進(中速)するから、PLCの入力端子X14に係る入力リレーがONになった場合に、
(ア)PLCの出力端子Y2に係る出力リレーがOFFになり、(イ)PLCの出力端子Y1に係る出力リレーがONになるプログラムを作成する必要がある。そして、(イ) については、前記の補助リレーを繰り返し利用して、「X14が入力される回路(原告回路11)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路5)−Y1が出力される回路(原告回路13)」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない。また、(ア)については、「X14の入力リレー」のONにより「Y2の出力リレー」がOFFになるために、上記の補助リレーを利用して、「X14が入力される回路(原告回路11)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路10)OFF−Y2が出力される回路(原告回路14)OFF」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない。
 次に、第1工程プッシャーは、原点に達すると前進(低速)するから、PLCの入力端子X15に係る入力リレーがONになった場合に、PLCの出力端子Y6に係る出力リレーがONになるプログラムを作成する必要がある。そして、この場合、前出の入力端子X14が入力される回路(原告回路3)は、第1工程プッシャーの後退中に原点を検出した場合のものであるのに対し、ここでは、前進中に原点を検出しているから、入力端子X14が入力される別の回路(原告回路12)を設けた上で、「X14が入力される回路(原告回路12)−Y6が出力される回路(原告回路16)」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない。この点について、原告は、「X14が入力される回路(原告回路12)」と「Y6が出力される回路(原告回路16)」との間に「補助リレーを用いた中間的な回路(回路Mx1)」を介在させることもできると主張するが、プログラムの効率性を考えると、不必要な補助リレーを設けることができるからといって、選択の幅が広いとはいえない。
 次に、第1工程プッシャーは、前進端に達すると、(ア)前進を停止して、(イ)2秒後に後退(高速)するから、PLCの入力端子X16に係る入力リレーがONになった場合に、(ア)PLCの出力端子Y1に係る出力リレーがOFFになり、(イ) PLCの出力端子Y6に係る出力リレーがOFFになり、(ウ)PLCの出力端子Y2に係る出力リレーがONになるプログラムを作成する必要がある。そして、(ア)及び(ウ) については、前記ウの原点復帰動作での回路構成を繰り返し利用して、(ア)については「X16が入力される回路(原告回路6)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路7)−Y2が出力される回路(原告回路14)」と構成し、(ウ)については「X16が入力される回路(原告回路6)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路7)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路5)OFF−Y1が出力される回路(原告回路13)OFF」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない。また、(イ)については、X16に係る入力リレーがONになった場合に、Y6に係る出力リレーをOFFにするに当たっては、「X16が入力される回路(原告回路6)−Y6が出力される回路(原告回路16)OFF」とする構成のほか、「X16が入力される回路(原告回路6)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路12) OFF−Y6が出力される回路(原告回路16)OFF」との構成もあり得、さらに、補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路12)のONが補助リレー(原告回路11)のON状態でされたことから、「X16が入力される回路(原告回路6)−補助リレー(原告回路11)OFF−補助リレー(原告回路12)OFF−Y6が出力される回路(原告回路16)OFF」との構成もあり得るが、いずれにせよ、選択の幅が広いとはいえない。
 次に、第1工程プッシャーは、原点に達すると後退を停止するから、PLCの入力端子X15に係る入力リレーがONになった場合に、PLCの出力端子Y2に係る出力リレーがOFFになるプログラムを作成する必要がある。そして、これについては、前記ウの原点復帰動作での回路構成を繰り返し利用して、「X15が入力される回路(原告回路3)−補助リレーを用いた中間的な回路(原告回路7)OFF−Y2が出力される回路(原告回路14)OFF」と構成することに、広い選択の幅があるとはいえない。
オ また、第2工程プッシャーの動作も、第1工程プッシャーの動作と同じ種類の動作を組み合わせたものであるから、第2工程プッシャーの動作に係る内部リレーについても上記の同様の趣旨が妥当し、その他の機能に係るものについても同様である。
カ 以上からすると、原告が主張する内部リレーの規定方法については、選択の余地が広いとはいえないから、原告プログラムの内部リレーの規定方法の創作性を認めることはできない。
(5) 原告プログラムの各回路の記述の順序の創作性について
 原告は、原告プログラムは、32の回路から構成されているところ、ラダー図において、各回路の記述の順序は、出力に影響せず、極めて広い選択の幅が存在しており、プログラム作成者は、この極めて広い選択の幅の中で、例えば、プログラム作成者以外の者にとっても読みやすい記述であるか、プログラムの改変を行う際に容易に誤りなく改変することができる記述であるか等の点に留意し、取捨選択の上でその順序を決定することから、その選択にはプログラム作成者の個性が表れ、創作性があると主張する
 確かに、原告プログラムは32の回路から構成されていることから、その配列順序には32の階乗通りのものがあり、その選択の幅は広いといえる。しかし、ラダー図においては、各回路が独立しており、回路の順序によって、出力される動作に影響が生ずるわけではなく、それらをどのように無作為に配列しようと、プログラムとしての動作ないし機能に影響はない。そうすると、本件での各回路の配列順序に創作性が認められるには、単に広い選択範囲の中から一つを選択したというだけではなく、その配列順序に何らかの工夫があり、かつ、ありふれたものではないと認められることが必要であると解するのが相当である。
 この観点から見ると、原告プログラムは、運転開始(原告回路1)、掃除(原告回路2)の後に、第1プッシャー関係(原告回路3ないし17)、第2プッシャー関係(原告回路18ないし32)にグルーピングされて記載されており、このような配列自体は、機能の共通性に従ってグルーピングしたにすぎないから、ありふれたものにすぎない。そして、各グループ内の回路の配列順序については、それらにどのような工夫がされているか明らかでなく、独自の意味があると認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告プログラムの各回路の記述の順序に創作性を認めることはできない。
(6) 原告プログラムのコメントの内容の創作性について
 原告は、原告プログラムが入力される回路等の記号の下に記載されたコメントは、自由にスイッチやリレーの説明を記載するもので、その具体的表現は一つに定まるものではなく、プログラム作成者の個性が表れており、創作性が認められると主張する。
 しかし、原告プログラムのコメントは、「ST運転」(原告回路1のX000)、「原点復帰」(原告回路1のM0)、「第1プッシャー原点完了」(原告回路3のM2)、「第1プッシャー前進」(原告回路5のM12)、「第1プッシャ前端」(原告回路6のM13) など、取扱説明書に掲載された部品、部分の名称をそのまま記載したものや、動作の内容をそのまま端的に記載したものであり、いずれもありふれた記載であると認められる。確かに、初期位置への移動やスタートボタンが押されたことを表現するコメントは、「原点復帰」や「ST運転」の他にも考えられるが、プログラムにおけるコメントがスイッチやリレーの性質を短い言葉で表示するものである以上、そのようなコメントの記載方法には限りがあり、原告プログラムにおける各コメントも、ありふれた表現であるといえる。
 したがって、原告プログラムのコメントに創作性を認めることはできない。
(7) 以上より、原告が主張する原告プログラムの創作性は、いずれも認めることができないから、原告プログラムに著作物性を認めることはできない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告プログラムの著作権に係る請求はいずれも理由がない。
3 争点3−1(原告取扱説明書の著作者及び著作物性の有無)について
(1) 著作者について
 原告取扱説明書の表紙に作成名義の記載として原告の商号の記載がある(甲3、5)ことに鑑みれば、原告取扱説明書は、原告の発意に基づき、その業務に従事する者が職務上作成した著作物に当たるものといえる。
(2) 原告取扱説明書1(甲3)について
ア 別紙「取扱説明書対比表」の「取扱説明書1について」のうちの「原告製品」欄の各図面についてみると、図1ないし図3は、原告取扱説明書1の「2.1 機械の構成」との項目において、掲載されている。
 図1及び図2は、エンドレスカッターユニットの図面であり、上下に並べて掲載されている。パンを挿入する側から見ると、図1及び図2は、正面図である。図3は、サヤクリーナーユニットの図面であり、上面図及び正面図を上下に並べたものである。
 図4及び図5は、「6.2 刃物の交換」の項目において、エンドレスカッターユニットの図面を再掲したものであり、上面図である図4と正面図である図5が上下に並べられ、図4は図1と、図5は図2と、それぞれ同一の図面である。
イ これらの図面は、原告の製品の各部品、部分の箇所、名称を説明するために作成されたものであり、取扱説明書に記載する図面においては、その構造を一定程度簡略化して記載することも常套的に行われるものであるから、図面作成者の個性が表れる余地が乏しいものである。
 しかし、図1(図4)及び図2(図5)についてみると、一方の図1(図4)については平面図の形式で図解がされながら、右側の刃物プーリーだけは立体的な描画がされており、図2(図5)では、遠近法の手法で図解をしながら、左側の刃物スクレーパーの中央部分には遠近感がつけられていない箇所があり、挟持ローラー及び上部ローラーは平面図のまま描かれており、刃物駆動モーターの奥側の遠近法であれば見えなくなるはずの描線をあえて残している箇所が見られる。また、図3については、平面図の形式で図解がされているが、遠近法の手法も用いながら描写しつつ、その角度から機械を描いた場合には、見えなくなるはずの描線もあえて点線ではなく実線で描いている。
 これらの図面は、通常の図面とは異なる描画方法であり、その程度は低いものの、図面作成者の個性が表れていると認められるから、著作物としての創作性を有すると認めるのが相当である。
(3) 原告取扱説明書2(甲5)について
ア 図面について
 別紙「取扱説明書対比表」の「取扱説明書2について」のうちの「原告製品」欄の各図面についてみると、図1は、原告取扱説明書2の「2.1 機械の構成」との項目において掲載された、レシプロカッターユニットの側面図であり、図2は、「3.1 操作盤、制御盤の説明」との項目において掲載された、操作盤、制御盤の図である。これらの図面は、一方向から見える機械の状態を平面図で描いたものであり、ありふれた表現方法であるにすぎない。
 また、図3及び図4は「、6.5 点滴装置取扱いについて(点滴装置仕様の場)」との項目で同じページに掲載された、点滴装置の図である。これらは、やや斜めの角度から点滴装置を描いたものであるが、当該角度から見える点滴装置の状態をそのまま描いたにとどまり、独自性を認めることはできない。
 したがって、これらの図面に著作物としての創作性を認めることはできない。
イ 写真について
 同「原告製品」欄の写真1、2は、刃物の取り外し及び取り付けを視覚的に伝えるために撮影されたものであり、定められた作業手順をそのまま撮影したものであるから、その性質上、図面作成者の個性が表れる余地が乏しいものである。
 しかし、これら6点の写真は、機械を中央に配し、作業をする者の横側の、やや斜め上の角度から、作業工程を撮影したものであり、機械と共に、作業をする者の両腕が写り込んでいるところ、作業内容を分かりやすく示すために、機械の配置、構図、カメラアングル、作業をする者のどの部分を撮影するかなどといった点に、その程度は低いものの、それなりの工夫がされており、個性が表れているということができる。
 したがって、写真については、著作物としての創作性を有すると認めるのが相当である。
4 争点3−2(被告が原告取扱説明書について複製、翻案、複製物の譲渡をしたか)について
 別紙「取扱説明書対比表」のとおり、被告取扱説明書1の図面及び被告取扱説明書2の写真は,原告取扱説明書1の図面及び原告取扱説明書2の写真(以下、これらの図面及び写真を「本件図面等」という。)と同一であると認められる。
 ところで、弁論の全趣旨によれば、被告は、被告取扱説明書の作成をP2に委託したものであり、被告では、被告代表者のほか少なくとも4名が原告に在籍していたことが認められるところ、上記のとおり被告取扱説明書において原告取扱説明書と同一の図面及び写真が使用されていることからすると、P2が独自の判断でそれらの図面及び写真を使用したとは考え難いから、被告による指示があったと推認するのが相当である。そうすると、P2は、被告の手足として、本件図面等に依拠して被告取扱説明書を作成したのであるから、その行為は被告の行為と同視すべきであり、また、被告に故意又は過失も認められるから、被告は、本件図面等の複製権侵害の責任を負うというべきである。
 そして、被告は、上記の著作権侵害性を争っているから、なお、本件図面等を掲載した被告取扱説明書を作成し、頒布するおそれがあると認められる。もっとも、上記の著作権侵害部分は、被告取扱説明書のうち、本件図面等の部分に限られるから、差止請求としては、本件図面等を掲載した被告取扱説明書の作成、頒布の差止めの限度で認めるのが相当であり、廃棄請求は、本件図面等の部分の廃棄の限度で認めるのが相当である。
5 争点5(原告取扱説明書の著作権侵害に基づく損害賠償請求に係る損害額)について
(1) 上記のとおり、本件での著作権侵害は、被告取扱説明書のうち一部の図面及び写真に係るものであるところ、一般に、取扱説明書中の一部の図面及び写真が、どの製品を購入するかの判断を左右するという事態は考え難いことであり、本件でも、原告の主張に係る売上げの減少が、本件図面等を被告取扱説明書に掲載したことによるものであるとは何らうかがわれない。
 したがって、本件では、侵害行為による販売利益の減少が認められないから、著作権法114条1項、2項はその適用の前提を欠くというべきである。
(2) そこで、原告取扱説明書に係る著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)について検討する。
ア 図面について
 乙57、58によれば、被告が外部の業者に煎餅スライサーの取扱説明書の作成を委託した案件において、36ページの取扱説明書が10万円の費用で作成されたと認められ、このうちの3ページに合計6点の図面が掲載されている。当該取扱説明書の1ページ当たりの費用は、約2800円であるが、1ページ分の図面の作成費用は、この平均額よりは高額になると考えられる。
 また、乙59の3では、取扱説明書の制作専門業者において、取扱説明書の説明図の作図が1点につき7500円以上と設定されている。
 上記の例は、被告が自ら図面を作成した場合に発生する費用であり、この例に、原告取扱説明書1の図面の創作性の程度を考慮すると、同図面の使用について受けるべき金銭の額は、1点につき7500円と認めるのが相当である。そして、本件では、図1と図4、図2と図5は同一の図面であると認められるから、3点に相当する金額を算定するのが相当であり、損害額は、2万2500円である。
 これに対し、原告は、装置製造に要する作業の単価に作業時間を乗じて損害額を算定すべきである旨主張するが、図面作成に要する作業の単価を装置製造に要する作業の単価と同視できると認めるに足りる証拠はなく、上記主張は、採用することができない。
イ 写真について
 乙60の1、2によれば、広告制作のための写真撮影業者において、2時間、撮影カット数が5点ないし10点の場合に、撮影料金が4万3200円と設定されていると認められる。
 上記の例は、被告が自ら写真を作成した場合に発生する費用であり、この例に、原告取扱説明書2の写真の創作性の程度を考慮すると、同写真の使用について受けるべき金銭の額は、1点につき5000円と認めるのが相当である。そして、本件では、原告取扱説明書2(甲5)の6−3ページの「1)」と6−5ページの「3)」、6−3ページの「2)」と6−5ページの「2)」は、それぞれ同じ写真が使用されていると認められるから、4点に相当する金額を算定するのが相当であり、損害額は、2万円である。
 原告は、原告内における写真作成経費の試算額に利益率を乗じた額をもって、損害額は4万5500円となると主張するが、原告取扱説明書2の写真の創作性の程度に鑑みると、原告内における写真作成経費に利益率を乗じた額をもって、使用料相当額を算定するのは相当でないというべきである。
(3) 弁護士・弁理士費用
 原告が、本件訴訟の提起、遂行のために原告訴訟代理人を選任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の事案の性質、内容、審理の経過等の諸事情を考慮すると、被告の行為と相当因果関係のある弁護士・弁理士費用は、2万円と認めるのが相当である。
(4) したがって、損害の合計額は、6万2500円である。
第5 結論
 以上によれば、原告の請求は、原告取扱説明書1、2中の本件図面等に係る著作権に基づく本件図面等を掲載した被告取扱説明書1、2の作成及び頒布の差止請求及び被告取扱説明書1、2中の本件図面等の廃棄請求、並びに本件図面等の著作権侵害の不法行為による損害賠償として、6万2500円及びこれに対する平成26年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 松宏之
 裁判官 田原美奈子
 裁判官 林啓治郎


(別紙)被告製品目録
(1) 型式名が、「SS」とこれに続く2桁の整数で構成されるスライサー
(2) 縦横切りスライサー TL−7A

(別紙)被告取扱説明書目録
(1) 「シートケーキ 縦・横切りスライサーSS00」と題する取扱説明書
(2) 「縦横切りスライサー TL−7A」と題する取扱説明書

以下の(別紙)はすべて<省略>
(別紙)特許公報
(別紙)被告製品1説明書
(別紙)乙7図面
(別紙)原告スライサー及び原告プログラムの内容
(別紙)原告スライサー説明図
(別紙)プログラム対比表
(別紙)取扱説明書対比表
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