判例全文 line
line
【事件名】「怪獣ウルトラ図鑑」復刻版事件(2)
【年月日】平成28年6月29日
 知財高裁 平成28年(ネ)第10019号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成27年(ワ)第15005号)
 (口頭弁論終結日 平成28年6月8日)

判決
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 大熊裕司
同 島川知子
被控訴人 株式会社復刊ドットコム
同訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 大井法子
同 杉浦尚子
同 雪丸真吾
同 芹澤繁
同 亀井弘泰
同 名畑淳
同 山本夕子
同 松澤邦典
同 吉田朋
同 福市航介
同 杉田禎浩
同 近藤美智子
同 廣瀬貴士


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙書籍目録記載の書籍を複製し、譲渡してはならない(控訴人は、当審において、差止めを求める行為を、複製及び頒布から、複製及び譲渡に変更した。)。
3 被控訴人は、原判決別紙書籍目録記載の書籍及びその印刷用原版を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、737万円及びこれに対する平成27年6月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言
第2 事案の概要(略称は、特に断らない限り、原判決に従う。)
1 本件は、控訴人が、原判決別紙イラスト目録記載のイラスト(本件イラスト)の著作者であるところ、被控訴人による原判決別紙書籍目録記載の書籍(本件書籍)の複製等は、控訴人の有する本件イラストに係る著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害する行為である旨主張して、被控訴人に対し、@著作権法112条1項に基づき、本件書籍の複製等の差止め、A同条2項に基づき、本件書籍及びその印刷用原版の廃棄、B著作権及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金737万円(印税相当額の損害570万円、慰謝料100万円及び弁護士費用67万円の合計額)及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年6月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 原判決は、控訴人は被控訴人に対して本件書籍の発行を許諾したところ、同許諾につき控訴人に錯誤があったということはできず、また、氏名表示権の侵害があったということもできないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。
 そこで、控訴人が、原判決を不服として控訴したものである。
3 前提事実
 次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから、これを引用する。
 原判決2頁22行目末尾に改行の上、「控訴人は、イラストレーターとしての活動において、その本名を使用するほか、ペンネームとして「A」の名称を使用することもあった。(弁論の全趣旨)」を加える。
4 争点
 原判決「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 争点に関する当事者の主張
 後記1のとおり原判決を訂正し、後記2のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の訂正
 原判決3頁25行目ないし26行目の「原書籍を見せるよう依頼したが」を、「本件書籍の内容を見せるよう依頼したが」と改める。
2 当審における当事者の主張
(1) 争点(1)(本件書籍発行についての控訴人の許諾の有無)について
〔被控訴人の主張〕
ア 原判決の判断は、正当である。
イ 被控訴人の担当者が、原書籍に収録されたイラストの再利用を求めたのに対し、控訴人は、電子メール(乙2)において、被控訴人の説明について、本件書籍に使用されるイラストが何であるかについて何らの質問も確認もないままに、許諾の意思表示をした。このことからすれば、控訴人は、原書籍に収録されたイラストにどのようなものが含まれているか(「特集ページ」に掲載されたものか、「記事ページ」に掲載されたものかなど)を問題とするまでもなく、「原書籍に収録されたイラスト」に関する使用を許諾する意思を有していたものと解されるのであり、それ以上に許諾対象を「記事ページ」に掲載されたイラストに限定しなくては許諾できないなどという意思を有していたとは考えられない。
 控訴人の許諾対象は「原書籍に収録された本件イラスト」にほかならず、控訴人と被控訴人との間において、許諾の目的物について意思の不一致など存在しないから、本件イラストの使用許諾は有効である。
ウ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は、原書籍の存在を知らなかった旨主張する。
 しかし、出版業界における慣行に照らし、秋田書店が控訴人に献本を行わなかったとは考えられない。また、被控訴人から許諾を求められた際、原書籍の「復刻」であることが明示されていたにもかかわらず、控訴人は、原書籍について何らの確認も行わなかったことに照らしても、控訴人が原書籍を認識していたことは明らかである。さらに、控訴人は、本件書籍が発行された当初、自己のホームページで本件書籍の紹介をしていたが、その記事の内容は、控訴人が原書籍の存在及びその復刻版である本件書籍を積極的に容認していたことを示すものである。
(イ) 控訴人は、被控訴人の担当者に対し、本件書籍の内容の確認を求めた旨主張する。
 しかし、控訴人が被控訴人に対し、本件書籍の中身を見せて欲しいとの要望を出したことは一度もない。被控訴人が、控訴人に対し、事前に本件書籍を提示しなかったのは、単に控訴人からの要望がなかったからにすぎない。
(ウ) 被控訴人が許諾料を一律1万円とした趣旨は、誰が書いたか分からないからではない。本件書籍が新刊ではなく復刻版であり、読者層が極めて限られるという被控訴人の予算の都合によるものであり、被控訴人の担当者は、控訴人にこの点を説明して、その理解を得ている。
 なお、控訴人は、対象となるイラストについては何らの確認も留保も示さなかったものの、許諾料1万円については安いと不満を述べていた。許諾料が安いと判断する前提として、控訴人は、許諾対象となるイラストが何であるかを認識していたものと解される。
〔控訴人の主張〕
ア 原判決は、被控訴人が本件書籍の内容を説明して本件イラストの使用料の支払を申し出たのに対し、控訴人がその振込先を伝え、さらに、本件書籍の発行を承諾したことをその2年後にも認識していたとして、控訴人が、遅くとも振込先を伝えた時までに、被控訴人に対し、本件書籍の発行を承諾する意思表示をしたものである旨判断した。
イ しかし、被控訴人の担当者は、控訴人に対し、本件イラストを掲載した本件書籍を発行するなどとは説明していない。すなわち、被控訴人の担当者は、控訴人に対し、「秋田書店「怪獣ウルトラ図鑑」」という書名は伝えたが、その原稿やサンプルを見せたりはしていない。また、控訴人は、原書籍の存在や原書籍に本件イラストが使用されていたことを知らなかったから、本件イラストが本件書籍に使用されるとは考えていなかった。控訴人は、平成24年5月上旬頃、被控訴人から本件書籍の送付を受けたが、それを見て初めて、本件書籍に本件イラストが使用されたことを知ったのである。
 秋田書店が、控訴人からの許諾を得ずに原書籍を出版したため、控訴人が原書籍の存在すら知らなかったという事実は、その初版(乙5)には、本件書籍と同じページに「さし絵」作成者の氏名がまとめて表示されていたにもかかわらず、その24版(甲34)では、上記作成者の氏名が抹消されていることからも合理的に推認することができる。
ウ 控訴人が被控訴人に対して使用料の振込先の預金口座を教示したのは、被控訴人の担当者が、原書籍にはイラストに名前がないので著作者名が分からない旨述べたことから、控訴人は、本件書籍での使用について許諾を求められているイラストは、「特集ページ」のもの(カラー版であり、各イラストごとに作成者の氏名が表示されているもの。本件イラストはこれに当たる。)ではなく、「記事ページ」のもの(記事が主体で、イラストは挿絵のようなものであって、サイズも小さく、各イラストごとに作成者の氏名が表示されていないもの。)であると理解したからにすぎない。
 したがって、控訴人が被控訴人に使用料の振込先の預金口座を教示したからといって、控訴人が本件イラストの使用を許諾していたことにはならない。
 また、控訴人が、電子メール(乙4)において、「今回 2年前に復刊ドットコム様には承諾した事は認識しております。」と書いたのは、本件書籍の内容は認識していなかったが、「記事ページ」のことだと理解して振込先の口座を伝えたという事実を「承諾」と表現したものにすぎない。
エ 以上のとおり、控訴人と被控訴人との間では、前提とする許諾の目的物が異なっていたから、意思の合致はなく、控訴人と被控訴人との間で本件イラストの使用につき許諾が成立することはない。
(2) 争点(2)(控訴人の許諾についての錯誤の有無)について
〔控訴人の主張〕
ア 控訴人は、本件書籍での使用について許諾を求められているイラストがどのようなものであるかを知らずに、「特集ページ」ではなく「記事ページ」のイラストであると誤解していたから、仮に控訴人が許諾をしたものとされるとしても、その意思表示には内容の錯誤、あるいは目的物の同一性の錯誤がある。
イ 仮に控訴人の前記誤解が動機の錯誤であるとしても、@控訴人が被控訴人の担当者に対し、本件書籍の内容を見せて欲しいと述べていたこと、A控訴人が本件書籍の内容について質問したのに対し、被控訴人の担当者は「この本は各ページに名前がないので誰が描いたか分からない。」と述べたこと、B控訴人が「出版される書籍の中身を見なければ分からない。」という留保を付けた上で、提示された許諾料が少ないと述べていたことなどに照らせば、その動機は被控訴人に対して黙示的に表示されていたというべきである。
ウ したがって、いずれにせよ、法律行為の要素に錯誤があったものとして、控訴人の許諾の意思表示は無効である。
〔被控訴人の主張〕
 前記(1)〔被控訴人の主張〕イのとおり、控訴人が原書籍に収録された本件イラストを許諾対象と認識した上でその使用を許諾したことは明らかであり、本件において、錯誤が認められる余地はない。
(3) 争点(3)(本件書籍における氏名表示権侵害の有無)について
〔控訴人の主張〕
ア 本件書籍のように、イラストごとに著作者名を表示するのではなく、特定のページにその氏名をまとめて表示した場合、どのイラストを誰が描いたのか全く分からない。
 著作権法19条が氏名表示権を規定する趣旨は、ある表現物を誰が表現したのか明らかにすることにその本質があるのであり、本件書籍のような表示方法では、その趣旨が没却されてしまう。
イ 著作権法19条3項にいう「慣行」とはあくまでも「公正」な慣行のことを指し、単に業界で広く行われているというだけでは足りない。
 本件書籍のように、特定のページに他者とまとめて氏名を表示する方法が「公正な慣行」に合致するとなると、各イラストを誰が描いたのか読者からは全く分からないということになってしまい、不当である。
 このことは、他の出版社から出版された復刻版では、控訴人の氏名が正確に表示されていることからも明らかである。
ウ 以上によれば、本件イラストにもともと表示されていた控訴人の氏名を抹消し、目次のページに他者とまとめてその氏名を表示するという本件書籍の表示方法は、公正な慣行に合致するものということはできず、控訴人の氏名表示権を侵害するものである。
〔被控訴人の主張〕
 本件書籍における氏名表示は、原書籍と同じ場所に表示されたものである。
 また、単行本において複数のイラストが掲載されている場合に、その作成者の氏名をイラストごとに全て掲載しなければならないとすれば、編集作業に極めて過大な負荷が生じることから、単行本において複数のイラストの著作者がいる場合、そのイラストレーターの氏名を冒頭に一括して掲載する方法は、出版業界において極めて一般的に行われている方法である。そして、実際にも、このような表示方法で掲載されている例は多く存在する(乙7、乙9〜13)。一括表示とするか、個別表示とするかは、編集方針の差にすぎず、個別表示の手法を用いた書籍の存在をもって、一括表示が公正な慣行に反することの根拠とし得るものではない。
 以上のとおり、本件書籍における氏名表示は、公正な慣行に従って行われたものであるから、控訴人の氏名表示権を侵害するものではない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 前記前提事実に後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件書籍の出版に至る経緯について、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 被控訴人は、「写真で見る世界シリーズ カラー版怪獣ウルトラ図鑑」(原書籍)の復刻版の発行を企画し、その編集を編集長であるBが担当することになった(乙6)。
(2) Bは、平成24年1月初旬頃、控訴人に電話をかけ、原書籍の復刻版の発行の企画について説明し、原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストを復刻版に使用することを許諾してもらいたいこと及び使用許諾料として合計1万円を支払うことを申し出た。
 次いで、Bは、同年2月3日、控訴人に対し、おおむね以下の内容を記載した電子メールを送信した(甲38、乙1、6)。
 「秋田書店「怪獣ウルトラ図鑑」の復刻につきまして、以下の概要を記しますので、お目通しいただければ幸いです。
《ウルトラマンシリーズ45周年記念》
 「怪獣ウルトラ図鑑 [復刻版]」
 誕生45周年を迎えた国民的ヒーロー=ウルトラマン。それを記念して、復刊ドットコムと秋田書店のコラボレーション企画として、特撮ファンの間で“伝説の名著”と言われた「怪獣ウルトラ図鑑」が復刊されます。
 「どうしても、もう一度読みたい!」という熱心な復刊リクエストが、弊社(復刊ドットコム)に寄せられていました。
 怪獣博士と異名をとった名編集者・大伴昌司が手がけた、日本特撮史上に燦然と輝く名著が、このたび、ハードカバー&箱入りの〈オリジナル仕様〉にて甦ります。
 ウルトラファン・特撮ファンはもちろん、昭和の児童文化を愛する人なら見逃せない一冊です。
 ■ 大伴昌司・著
 ● A5判/ハードカバー上製/箱入り(当時のオリジナル仕様を再現)
 ● 発行:秋田書店
 ● 発売:復刊ドットコム
  (C)円谷プロ
 ● 3月下旬 発売予定
 ● 予価:税込3、990円
 同書は、3月下旬に刊行予定です。つきましては、お電話でお話ししましたとおり、当時のイラストレーションの復刻使用料として、些少で誠に恐縮ですが、1万円をお支払したく思います。(関係したイラストレーターの皆様に、同じ額をお支払する予定です)そこで、大変お手数ですが、X様のお振込先を、メールにてご返信いただけますでしょうか。お支払は、5月7日の予定です。」
(3) 控訴人は、Bからの電子メールに対し、平成24年2月5日、振込先として控訴人名義の銀行口座を記載した上、「以上宜しくお願い致します。」と付記した電子メールを返信した(乙2)。
(4) 被控訴人は、平成24年5月7日、控訴人から指定された控訴人名義の口座に振り込む方法により、イラストの復刻使用料として1万円を支払った(ただし、振込額は源泉税控除後の9500円である。乙6、弁論の全趣旨)。
(5) 被控訴人は、平成24年3月30日、本件書籍を出版した。本件書籍は、秋田書店が発行した「写真で見る世界シリーズ カラー版 怪獣ウルトラ図鑑」(昭和43年5月30日発行。原書籍)の復刻版であり、原書籍の初版本をベースとして、その内容、印刷、造本などを、できる限りそのままに再現したものである。
 被控訴人は、平成24年5月頃、控訴人に対し、本件書籍を送付した(甲16、弁論の全趣旨)。
(6) 控訴人は、自身のホームページに、おおむね以下の内容の本件書籍を紹介する記事を掲載していた(甲1、乙8)。
 「【「怪獣ウルトラ図鑑」大伴昌司氏】発行:秋田書店 販売:復刊ドットコム復刻版 昭和特撮史上に輝く“伝説の名著”…ついに復刊「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の写真・イラスト図解を満載。昭和40年代、全国の子供たちのバイブルだった本書が、ファンの熱望に応えて復活。怪獣・特撮ファンはもちろん、昭和の児童文化を愛する人は必携、まさに至高の一冊です!!もちろんXの絵や図解も沢山掲載されています…」
(7) 控訴人は、秋田書店の担当者から、本件書籍とは別の書籍(「怪獣画報」の復刻版)におけるイラストの使用に関し連絡を受けたことを契機として、同人に対し、本件書籍において、イラストごとに表示されていた控訴人の氏名が抹消された理由を尋ねたり、その修正を求めるなど、異議を述べるようになり、平成26年2月頃には、秋田書店の担当者宛に、「平成24年「怪獣ウルトラ図鑑」の再販をしたいと依頼され40数年前の事でこの本の内容が不明で、あとで復刻版を拝見して私の作品が多く掲載されている事に驚きました。…」などと記載し、本件書籍における本件イラストの使用についての疑問点を指摘した上で、本件イラストの使用料として1ページ当たり1万円の支払を求める内容の同月19日付け「「怪獣ウルトラ図鑑」復刻版に関する版権物の申請」と題する書面を交付した(甲31、38、弁論の全趣旨)。
(8) 控訴人は、平成26年3月頃、同人と秋田書店との間のやり取りの内容を被控訴人の編集長であるBに伝えた(甲38)。
 Bは、秋田書店との間での検討を経た上で、同年6月25日、控訴人に対し、「秋田書店様から連絡が入っております件で、メールをさしあげます。本年3月にも、一度ご説明いたしましたが、「怪獣ウルトラ図鑑 復刻版」についてのイラスト権利処理につきましては、2012年当時、X様と弊社との間で、電話及びメール履歴のやりとりにて、ご許諾をいただき、手続としましては完了していると存じます。」などと記載された電子メールを送信した(乙4)。
 控訴人は、同月26日、Bに対し、「今回はいろいろお世話になりました。この度、平成24年「写真で見るシリーズ怪獣画報−復刻版」については秋田書店からお支払いただけることになりましたので、ご報告させていただきます。しかし制作発行元の秋田書店は「怪獣ウルトラ図鑑」復刻版については、疑問や不満など異議を訴えましたがそのままになっており、今日に至っております。これを解決して頂きたいのです。」などと前置きした上で、控訴人も本件書籍にどのようなイラストが掲載されるのかを確認しなかったことや「今回2年前に復刊ドットコム様には承諾した事は認識しております。」などと記載した電子メールを返信した(乙4)。                                                                                                                                    控訴人は、同月26日、Bに対し、「今回はいろいろお世話になりました。この
2 争点(1)(本件書籍発行についての控訴人の許諾の有無)について
(1) 許諾の有無
 前記1認定の事実、とりわけ、@被控訴人の担当者が、本件書籍が秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」の復刻版であることを明示した上で、控訴人に対し、原書籍に収録されたイラストの本件書籍における再使用についての許諾を求めたこと、Aこれに対し、控訴人は、原書籍に収録されたイラストの内容、あるいは本件書籍に収録される予定のイラストの内容について何らの質問も確認もすることなく、被控訴人に対し、本件書籍におけるイラスト使用許諾料の振込口座を指定し、その支払を受けたこと、B本件書籍は、秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」(原書籍)の復刻版であり、原書籍に本件イラストが掲載されていたこと、C控訴人は、本件書籍の出版後、被控訴人から本件書籍の送付を受けたが、被控訴人に対し、本件イラストが掲載されていることについて直ちに異議を述べることはなく、かえって、自身のホームページにおいて、「Xの絵や図解も沢山掲載されています」などと本件書籍を積極的に紹介する記事を掲載していたこと、D控訴人は、秋田書店の担当者から、本件書籍とは別の書籍におけるイラストの使用に関し連絡を受けたことを契機として、本件書籍におけるイラストの権利処理、特に、氏名表示の方法や使用許諾料の額について異議を述べるようになったものの、被控訴人に対しては、平成26年になって初めて、控訴人と秋田書店との間のやり取りを伝えた上で、秋田書店との間の問題を解決するための助力を依頼し、その際にも、控訴人が被控訴人に対しては2年前に承諾したことは認識していると表明していたことを総合すれば、控訴人は、遅くとも使用許諾料の振込先として控訴人名義の銀行口座を通知した平成24年2月5日には、被控訴人に対し、本件書籍における本件イラストの再使用について許諾したものというべきである。
(2) 控訴人の主張について
 控訴人は、原書籍の存在すら知らず、被控訴人の担当者から本件書籍の内容の提示も受けていないから、原書籍に掲載され、本件書籍での使用許諾を求められているのが本件イラストであるとは知らなかった、むしろ、本件書籍での使用について許諾を求められているイラストは、本件イラストのような「特集ページ」に掲載されたものではなく、「記事ページ」に掲載されたものであると理解していたなどとして、控訴人と被控訴人との間では、前提とする許諾の目的物が異なっていたから、意思の合致はなく、控訴人と被控訴人との間で本件イラストの使用につき許諾が成立することはない旨主張する。
 しかし、前記(1)のとおり、被控訴人が、本件書籍が秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」の復刻版であることを明示した上で、控訴人に対し、原書籍に収録されたイラストの本件書籍における再使用についての許諾を求めたのに対し、控訴人が、原書籍に収録されたイラストの内容、あるいは本件書籍に収録される予定のイラストの内容について何らの質問も確認もすることなく、被控訴人に対し、本件書籍におけるイラスト使用許諾料の振込口座を指定し、その支払を受けたことからすれば、控訴人は、原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストについて使用を許諾したものと認められるから、被控訴人と控訴人との間において、許諾の対象が一致していなかったということはできない。
3 争点(2)(控訴人の許諾についての錯誤の有無)について
(1) 控訴人は、本件書籍での使用について許諾を求められているイラストがどのようなものであるかを知らずに、「特集ページ」ではなく「記事ページ」のイラストであると誤解していたから、仮に控訴人が許諾をしたものとされるとしても、その意思表示には内容の錯誤、あるいは目的物の同一性の錯誤がある旨主張する。
 しかし、前記2(1)記載の事実によれば、控訴人は、使用許諾の対象が原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストであることを認識していたものと認められる。そして、控訴人は、原書籍に掲載されたイラストのうちどのイラストを再使用するのかについては何ら問題とすることなく、再使用を許諾していることからすれば、控訴人と被控訴人との間には、原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストについての使用許諾契約が成立したものということができる。したがって、仮に控訴人が許諾当時、原書籍に収録されたイラストがいかなるものであるか、個別的具体的に認識していなかったとしても、許諾の対象について錯誤があったということはできない。
(2) 次に、控訴人は、控訴人の許諾の対象についての誤解が動機の錯誤であるとしても、@控訴人が被控訴人の担当者に対し、本件書籍の内容を見せて欲しいと述べていたこと、A控訴人が本件書籍の内容について質問したのに対し、被控訴人の担当者は「この本は各ページに名前がないので誰が描いたか分からない。」と述べたこと、B控訴人が「出版される書籍の中身を見なければ分からない。」という留保を付けた上で、提示された許諾料が少ないと述べていたことなどに照らせば、その動機は被控訴人に対して黙示的に表示されていたというべきであり、控訴人の許諾の意思表示は無効である旨主張する。
 しかし、本件全証拠によるも上記@ないしBの事実を認めるに足りず、他に控訴人の動機、すなわち、本件書籍において再使用されるのは「特集ページ」に掲載されたイラストではなく、「記事ページ」に掲載されたイラストであるとの認識が、被控訴人に対し、明示又は黙示に表示されていたことを認めるに足りる証拠は存しない。
(3) 以上によれば、控訴人の被控訴人に対する本件イラストの再使用についての許諾の意思表示が無効であるということはできない。
4 争点(3)(本件書籍における氏名表示権侵害の有無)について
(1) 認定事実
 前記前提事実に後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件書籍における氏名表示について、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア 本件書籍は、テレビ番組「ウルトラセブン」及び「ウルトラマン」に登場する主人公、武器、怪獣等を専ら子供向けに紹介する図鑑であり、本文は約170ページから成り、ほとんどのページにイラスト又は写真が掲載され、これに説明文が付されている。
 本件イラストは、本件書籍中21ページにわたり掲載されており、見開きページのほぼ全体を占めるものや、ページの下部に小さく表示されたものなどが含まれる
(甲16)。
イ 本件書籍の2ページの目次の左側には、「さし絵」と記載された欄があり、そこに、控訴人を含む6名の氏名が列記されている。
 他方、本件書籍では、本件イラストのみならず、その他のイラストを含め、イラストが掲載されたページ内又はその付近に、当該イラストの作成者の氏名は記載されていない(甲16)。
ウ 本件書籍は、昭和43年5月30日に初版が発行された原書籍をほぼそのまま復刻したものであり、前記イのとおりのイラストの作成者の表示方法も、原書籍におけるものと同一である(甲16、乙5)。
 なお、昭和53年9月30日発行の原書籍の24版(甲34)には、目次のページに「さし絵」と記載された欄及び氏名の表示がないが、初版と異なるものとされた事情は、本件の証拠上明らかでない。
エ 本件イラストは、原書籍の発行以前に他の雑誌に掲載されたイラストをそのまま、又はレイアウトを一部修正するなどして、原書籍に使用され、さらにこれがそのまま本件書籍に使用されたものである。本件イラストのうちには、これらが雑誌に掲載された際、控訴人の氏名が、@当該イラストの付近に表示されていたもの(原判決別紙イラスト目録1〜7及び10〜13記載の各イラスト)がある一方、A雑誌の最終ページに「絵」として、他のイラスト作成者の氏名と列記されていたもの(同目録8及び9記載の各イラスト)もあった(甲18〜30)。
(2) 氏名表示権侵害の有無
 本件書籍における氏名表示の方法は、2ページの目次の左側に「さし絵」と記載した欄があり、そこに控訴人を含む6名の氏名を列記するというものであるところ、控訴人は、本件書籍におけるように、イラストごとに著作者名を表示するのではなく、特定のページにその氏名をまとめて表示した場合、どのイラストを誰が描いたのか全く分からないから、このような方法は、著作権法19条が氏名表示権を規定する趣旨を没却するものであり、許されない旨主張する。
 しかし、前記(1)認定のとおり、@本件書籍がテレビ番組に登場する主人公、武器、怪獣等を専ら子供向けに紹介する図鑑であり、本文を構成する約170ページのほとんどのページに大なり小なりイラスト又は写真が掲載されていること、A本件書籍の原書籍においても、本件書籍におけるのと同様の表示がされていたことに加え、証拠(乙7、乙9〜13)によれば、単行本として発行される図鑑や事典において、そこに含まれるイラストの著作者が複数いる場合、イラストごとにそれに対応する作成者の氏名を表示せず、冒頭や末尾に一括して作成者の氏名を表示することも一般的に行われていると認められることに照らせば、本件書籍の内容や体裁において、イラストごとにそれに対応する作成者の氏名が表示されていなければ氏名表示がされたことにならないとまでいうことはできず、本件書籍における氏名表示の方法が、公正な慣行に反し、控訴人の本件イラストに係る氏名表示権を侵害するものであるということはできない。
5 結論
 以上によれば、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
 そうすると、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 部眞規子
 裁判官 柵木澄子
 裁判官 片瀬亮
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/