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【事件名】楽曲の“歌詞”譲渡契約事件(2)
【年月日】平成28年5月26日
 知財高裁 平成28年(ネ)第10002号 証書真否確認等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成27年(ワ)第10310号)
 (口頭弁論終結日 平成28年4月12日)

判決
控訴人 株式会社サウンド・フューチャー (以下「控訴人会社」という。)
控訴人 X (以下「控訴人X」という。)
被控訴人 エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社(以下「被控訴人AGHD」という。)
被控訴人 エイベックス・デジタル株式会社 (以下「被控訴人AD」という。)
被控訴人 エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ株式会社(以下「被控訴人AMC」という。)
被控訴人 エイベックス・ミュージック・パブリッシング株式会社(以下「被控訴人AMP」という。)
上記4名訴訟代理人弁護士 上杉昌隆
同 宮島佳範


主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴人会社が当審において追加した請求をいずれも棄却する。
3 当審における追加請求に係る訴訟費用は控訴人会社の負担とし、当審におけるその余の訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理 由
第1 申立て
(控訴の趣旨)
1 原判決を取り消す。
2 控訴人会社とエイベックス・エンタテインメント株式会社との間の2012年12月1日付け、対価10万円の著作権譲渡契約書の成立の不真正を確認する。
3 被控訴人らは、控訴人会社に対し、連帯して、70万9000円及びこれに対する平成27年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人らは、控訴人らに対し、登記簿記載の公告方法にて、別紙掲載文目録のとおり、かつ9ポイント以上黒活字明朝体をもって、判決確定の日の翌日から数えて180日間掲載せよ。
(当審において追加した請求)
5 被控訴人AMC及び同AMPは、控訴人会社に対し、連帯して、10万円及びこれに対する平成27年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。3
第2 事案の概要
 本判決の略称は、特段の断りがない限り、原判決に従う。
1 事案の要旨
 本件は、控訴人らが、被控訴人らに対し、控訴人会社とエイベックス・エンタテインメント株式会社(AEI。被控訴人ADの旧商号)との間の2012年(平成24年)12月1日付け著作権譲渡契約書(本件契約書。その写しは別添のとおり。)は、被控訴人らの従業員らによって偽造されたものであるとして、本件契約書の成立の不真正の確認を求めるとともに、被控訴人らの従業員らによる本件契約書の偽造という不法行為について、被控訴人らは使用者責任を負うとして、民法709条、715条1項本文、723条に基づき、控訴人会社に対する損害賠償金80万9000円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払並びに控訴人らに対する当該不法行為により棄損された名誉を回復するための措置としての謝罪広告を求めた事案である。
 原判決は、本件契約書は偽造されたものとは認められず、真正に成立したものと認められるとして控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らは、これを不服として本件控訴を提起した。そして、控訴人会社は、当審において、被控訴人らに対する損害賠償請求に係る請求額を70万9000円及びこれに対する遅延損害金に減縮するとともに、控訴人会社とAEIとの間で締結された本件楽曲に係る著作権の譲渡契約に基づき、当該契約上の代金債務をAEIから引き受けたと主張する被控訴人AMC及び同AMPに対し、代金10万円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める請求を追加した。なお、被控訴人らは、いずれも控訴人会社による上記請求の減縮に同意した。
2 前提事実
 前提事実は、次のとおり訂正するほか、原判決「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決4頁5行目の「契印」を「割印」と改める。4
(2) 原判決4頁8行目ないし9行目の「本件契約書を原告会社に送付したが返送され、同年4月24日に再度送付し」を「本件契約書を控訴人会社に送付したが、同年4月10日ころに返送されたため、同月24日に再度送付し」と改める。
3 争点
(1) 本件契約書の成立の真否
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求及び謝罪広告請求の可否
(3) 本件楽曲の著作権譲渡契約に基づく代金請求の可否(相殺の抗弁の成否)
4 争点に関する当事者の主張
 争点に関する当事者の主張は、次のとおり原判決を付加、訂正、削除するほかは、原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決4頁19行目の「被告らは、」から22行目末尾までを次のとおり改める。
 「すなわち、本件楽曲は、控訴人会社の所属アーティストであるAが作曲を行い、作詞は歌唱者であるB自身が行うことが予定されていたため、上記契約では、本件楽曲の作曲部分のみが譲渡の対象とされていたが、実際にAが完成させ、控訴人会社が提供した本件楽曲の音源には、Aが作詞したデモ用の歌詞も含まれていた。ところが、その後、発売されたCDアルバムに収録された本件楽曲においては、Bの作詞とされる歌詞の一部に、Aが作詞したデモ用の歌詞の一部が控訴人会社の許諾のないまま使用されていることが判明した。そこで、被控訴人らの従業員らは、このような歌詞の無断使用を生じさせた自らの過失を隠ぺいするため、上記契約に係る契約書について、本件楽曲の作詞者としてBが単独で表記され、控訴人会社の代表者印の印影が押捺された契約書を作成する必要が生じた。そこで、被控訴人らの従業員らは、前記前提事実(3)記載経緯で控訴人会社の代表者印の印影を入手し、スキャナー、パソコン及びカラープリンターを用いて本件印影を偽造して、本件ドラフトに「作詞者:B’」の表記を加えた本件契約書を作成したものである。」
(2) 原判決4頁26行目の「契印」を「割印」と改める。
(3) 原判決5頁8行目の「AEI」のあとに「及び控訴人会社」を加え、「契印」を「割印」と改める。
(4) 原判決5頁11行目の「などである。」を次のとおり改める。
 「、F控訴人会社の真正な代表者印の印影(甲100)と本件契約書(甲22)に顕出された控訴人会社の代表者印の印影(本件印影)を比較すると、甲102ないし106記載のとおり合致しない部分が認められること、GAEIの真正な代表者印の印影(甲109)と本件契約書(甲22)に顕出されたAEIの代表者印の印影(以下「本件AEI印影」という。)を比較すると、甲112ないし114記載のとおり合致しない部分が認められること及びH被控訴人らの従業員から控訴人会社に送信されたメール(甲2、4)に添付された本件契約書のPDFデータ(甲51、58)の解析結果(甲53、54、60、61、77及び78(枝番を含む。))である。
 このうち、上記Hの詳細は、次のとおりである。
(ア) 甲51のPDFデータは、被控訴人AGHDの法務部長C(以下「C」という。)が、平成25年4月3日、控訴人会社に送信したメール(甲2)に添付されたものであり、控訴人会社保管の本件契約書(甲22。以下、この契約書を「甲22の本件契約書」という。)をPDF化したものとされている。
 しかし、甲51の解析結果(甲53)によれば、当該PDFデータの作成日は、平成25年4月3日とされているところ、その当時、甲22の契約書の原本は、前記前提事実(3)ウ記載のとおりの経過から、AEIのもとになかったのであるから、当該原本をPDF化することはできなかったはずである。
 また、甲51のPDFデータが、甲22の本件契約書の原本をスキャンしてPDF化したものであるとすれば、そのデータは、すべてが画像データ(ピクセルデータ)でなければならないところ、甲51の解析結果(甲53、54及び77(枝番を含む。))によれば、当該PDFデータは、印影部など部分的にピクセルデータがあるものの、その余はテキストデータである。
 以上のような甲51のPDFデータの解析結果からすると、当該PDFデータは、甲22の本件契約書の原本をPDF化したものとは考えられず、被控訴人らの従業員らが甲22の本件契約書を偽造した際のオリジナルデータであるとしか考えられない。
(イ) また、甲58のPDFデータは、被控訴人AMPの著作権部長D(以下「D」という。)が、平成25年5月30日、控訴人会社に送信したメール(甲4)に添付されたものであり、被控訴人ら保管の本件契約書(乙1。以下、この契約書を「乙1の本件契約書」という。)をPDF化したものとされるところ、甲58の解析結果(甲60、61及び78(枝番を含む。))によれば、当該PDFデータも、印影部など部分的にピクセルデータがあるものの、その余はテキストデータであるから、甲51の場合と同様に、乙1の本件契約書の原本をPDF化したものとは考えられず、被控訴人らの従業員らが乙1の本件契約書を偽造した際のオリジナルデータであるとしか考えられない。」
(5) 原判決5頁18行目、20行目及び25行目の各「契印」をいずれも「割印」と改める。
(6)原判決5頁26行目の「自然なものであること、」のあとに、次のとおり加える。
 「D本件印影及び本件AEI印影とそれぞれの真正な代表者印の印影を、控訴人らの分析を踏まえて比較しても、偽造を疑わせるほどの不一致は見当たらないこと、E甲51のPDFデータは、甲22の本件契約書の原本をPDF化したものではなく、平成25年4月3日当時AEIが保管していた甲22の本件契約書の写しをPDF化したものであること、F甲51及び甲58のPDFデータは、被控訴人らの従業員らが甲22の本件契約書を偽造した際のオリジナルデータであるとの控訴人らの主張については、仮にそうであるとすれば、C及びDは、わざわざ偽造の痕跡が残ったPDFデータを2度にわたって控訴人会社にメール送信したことになり、不自然不合理であること、」
(7) 原判決6頁5行目の「また、原告会社は、」から同頁7行目末尾まで及び同頁9行目ないし10行目の「本件契約書記載額面10万円」を削除する。
(8) 原判決6頁11行目ないし12行目の「80万9000円」を「70万9000円」と改める。
(9) 原判決6頁19行目の「なお、」から同頁20行目末尾までを削除し、同頁19行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
 「(3) 争点(3)(本件楽曲の著作権譲渡契約に基づく代金請求の可否(相殺の抗弁の成否))について
(控訴人会社の主張)
ア 平成24年4月ないし6月ころ、控訴人会社とAEIは、控訴人会社が有する本件楽曲に係る著作権を代金10万円でAEIに譲渡する旨の合意をした。
 その後、AEIの上記代金債務は、AEIの組織変更に伴い、被控訴人AMC及び同AMPが連帯して引き受けた。
 したがって、控訴人会社は、被控訴人AMC及び同AMPに対し、上記代金10万円及びこれに対する平成27年4月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。
イ 被控訴人AMPによる相殺の主張については争う。
(被控訴人AMC及び同AMPの主張)
ア 控訴人会社の主張のうち、控訴人会社とAEIが、控訴人会社が有する本件楽曲に係る著作権を代金10万円でAEIに譲渡する旨の合意をしたこと、被控訴人AMPがAEIの上記代金債務を引き受けたことは認める。
イ 被控訴人AMPは、控訴人会社に対し、控訴人会社が平成25年4月ころから6か月以上にわたり、被控訴人AMPに対し面談や話合いを求めるなどしてその業務を妨害したことについて、不法行為に基づく損害賠償請求権として30万円の支払請求権を有する。
 被控訴人AMPは、控訴人会社に対し、控訴審の第2回口頭弁論期日(平成28年4月12日)において、上記損害賠償請求権を自働債権とし、上記10万円の代金債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をした。」
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件契約書の成立の真否)について
 当裁判所も、本件契約書は、偽造されたものとは認められず、真正に成立したものであることが認められるものと判断する。
 その理由は、次のとおり原判決を付加、訂正、削除するほかは、原判決「事実及び理由」の第3の1記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決6頁23行目冒頭から7ページ10行目末尾までを次のとおり改める。
 「(1) 控訴人らは、被控訴人らの従業員らが本件契約書を偽造した動機について、「被控訴人らの従業員らは、Bの作詞によるものとしてアルバムに収録された本件楽曲の歌詞の一部にAが作詞したデモ用の歌詞の一部が控訴人会社の許諾なく使用されるという事態を生じさせた自らの過失を隠ぺいするため、本件楽曲の作詞者としてBが単独で表記され、控訴人会社の印影が押捺された契約書を作成する必要があった」旨主張する。
 しかしながら、仮に、控訴人らが主張するように、Bの作詞とされる本件楽曲の歌詞の一部にAが作詞したデモ用の歌詞の一部が控訴人会社の許諾なく使用されるという事態が生じ、被控訴人らの従業員らがこれを隠ぺいしようとしたとしても、本件楽曲の作詞者としてBが単独で表記された契約書を偽造することが、なにゆえ上記事態を隠ぺいすることにつながるのかが判然としないというべきである。
 すなわち、まず、上記デモ用の歌詞の一部がアルバムに収録された本件楽曲の歌詞の一部に使用されていること自体は、Aが完成させ、控訴人会社が提供した本件楽曲の音源中の歌詞(甲16)とアルバムに収録された本件楽曲の歌詞(甲21)とを比較すれば、自ずと明らかになることである。そこで、被控訴人らの従業員らが、上記事態の隠ぺいを図ろうとするのであれば、上記デモ用の歌詞に係る著作権について適正な権利処理がされたこと、すなわち、AEIが控訴人会社から使用許諾を得たことあるいは当該著作権自体の譲渡を受けたことを仮装することが考えられるが、本件契約書における著作権譲渡の対象となる楽曲の表示に「作詞者:B’」の表記を加えたからといって、AEIが控訴人会社から上記デモ用の歌詞に係る著作権についての使用許諾や権利譲渡を受けた事実を仮装できることにはならないというべきである。また、控訴人らの主張の趣旨は、「作詞者:B’」の表記がある契約書に控訴人会社が押印をしていれば、控訴人会社が本件楽曲の作詞者はBであることを認めた(すなわち、すべての歌詞をBが作詞したものとすることを控訴人会社が承認した。)ことになるので、そのようにみせかけるべく工作が行われたというところにあるのかもしれないが、「作詞者:B’」との表記は、基本的には本件楽曲を特定する意味を有するにすぎないのであって、上記のような承認の意味まで有するものとは考えられないから、控訴人らの主張を上記のように解したとしても、やはりその主張には疑問があるといわざるを得ない。
 したがって、控訴人らが主張する、被控訴人らの従業員らが本件契約書の偽造を行ったとする動機は不合理なものといわざるを得ず、また、そのほかに、被控訴人らの従業員らが、契約書の偽造という違法行為にまで及ばなければならないことを合理的に説明し得る動機は見当たらないというべきである。」
(2) 原判決7頁13行目の「契印」を「割印」と改める。
(3) 原判決7頁13行目の「(なお、原告らは」から同頁15行目から16行目にかけての「採用できない。)」までを削除する。
(4) 原判決7頁16行目の「契印」のあとに「等」を加える。
(5) 原判決7頁17行目の「契印」を「割印」と改め、「1枚目」のあとに「と2枚目の間」を加える。
(6) 原判決7頁21行目の「契印」のあとに「等」を加える。
(7) 原判決8頁13行目から14行目にかけての「不明確である」のあとに「(当審において提出された印鑑鑑定補充書(甲129)も、相異印影という結論を根拠付けるに足りるものではない。)」を加える。
(8) 原判決8頁14行目「スキャナー」のあとに「、パソコン」を加える。
(9) 原判決8頁22行目冒頭から25行目から26行目にかけての「認められた。」までを次のとおり改める。
 「本件契約書(甲22、乙1)の原本の押印部分について、原審裁判所が原審第4回口頭弁論期日において確認したところ、本件印影は本件AEI印影と比較してやや黄色がかっており、本件印影は裏面に顕れており、本件AEI印影も裏面に顕れているが、本件印影と比較して薄いことが認められた、とされている(原審第4回口頭弁論調書)。また、本件契約書(甲22、乙1)の原本の押印部分について、当裁判所が控訴審第1回口頭弁論期日において確認したところ、甲22と乙1のいずれにおいても、本件印影と本件AEI印影の色がやや異なっており、前者は赤色に、後者は朱色に見えたこと、裏面を見ると、本件印影は裏面にはっきり顕れており、本件AEI印影は裏面にうっすら顕れていることが認められた(控訴審第1回口頭弁論調書)。」
(10) 原判決9頁3行目の「(第4回口頭弁論調書参照)」を削除する。
(11) 原判決9頁4行目「スキャナー」のあとに「、パソコン」を加える。
(12) 原判決9頁8行目の「被告AEI印の印影」を「本件AEI印影」と改める。
(13) 原判決9頁9行目から10行目にかけての「本件印影が」から「黄色がかっていること」までを「本件印影と本件AEI印影の色が異なっていること」と改める。
(14) 原判決9頁10行目の「被告AEI印の印影」を「本件AEI印影」と改める。
(15) 原判決9頁24行目の「契印」を「割印」と改め、「1枚目」のあとに「と2枚目の間」を加える。
(16) 原判決10頁2行目の「契印」のあとに「等」を加える。
(17) 原判決10頁4行目冒頭から15行目末尾までを次のとおり改める。
 「エ CAEI及び控訴人会社の割印の印影の一部が欠如し合致していないことについて
 原審裁判所は、本件契約書(甲22、乙1)の原本の割印部分について、原審第3回口頭弁論期日において確認した結果に基づき、割印は合致していると判断している。
 また、当裁判所も、本件契約書(甲22、乙1)の原本の割印部分について、控訴審第1回及び第2回口頭弁論期日において確認したところ、その結果に基づき、各割印が合致することは優に認められるものと判断する。この点、上記確認の結果によれば、控訴人らが主張するように、AEI及び控訴人会社の各割印の印影の境目部分にわずかに欠損する部分が認められるものの(控訴審第1回及び第2回口頭弁論調書)、いずれも押印時の状況次第で生じ得る程度の欠損であって、格別不自然な点はなく、上記判断を左右するものではない。
 したがって、AEI及び控訴人会社の各割印の印影が合致していないとする控訴人らの主張は理由がない。」
(18) 原判決10頁17行目冒頭から21行目末尾までを次のとおり改める。
 「控訴人らは、本件契約書の文章は、複数のフォントが混在する点において不合理であるとし、この点をもって、本件契約書が偽造されたものであることの根拠となる旨主張する。
 しかしながら、真正な契約書であっても、その作成の態様次第では複数のフォントが混在することもあり得ないことではないから、そのことが格別不合理なこととはいえず、当該契約書が偽造されたものであることを根拠付ける事情とはいえない。
 したがって、控訴人らの上記主張は理由がない。」
(19) 原判決10頁23行目冒頭から11頁7行目末尾までを次のとおり改める。
「控訴人らは、本件契約書の作詞者の表示には、「B」とすべきものを「B’」とした誤記があり不合理であるとし、この点をもって、本件契約書が偽造されたものであることの根拠となる旨主張する。
  しかしながら、真正な契約書であっても、上記程度の誤記が生ずることはあり得ることであるから、そのことが格別不合理なこととはいえず、当該契約書が偽造されたものであることを根拠付ける事情とはいえない。
  したがって、控訴人らの上記主張は理由がない。」
(20) 原判決11頁7行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
  「キ F控訴人会社の真正な代表者印の印影と本件印影に合致しない部分が認められること及びGAEIの真正な代表者印の印影と本件AEI印影に合致しない部分が認められることについて
 控訴人らは、控訴人会社の真正な代表者印の印影と本件印影とを比較した結果(甲102ないし106)及びAEIの真正な代表者印の印影と本件AEI印影とを比較した結果(甲112ないし114)を示し、本件印影及び本件AEI印影に、それぞれの真正な印影と合致しない部分が複数認められることをもって、本件契約書が偽造されたものであることの根拠となる旨主張する。
 しかしながら、控訴人らが上記の「合致しない部分」として指摘する点は、いずれもごく微細な相違点であり、押印時の諸条件(朱肉の付き具合や力の入れ具合など)の違いによって生じ得る不一致として理解し得る範囲のものというべきであるから、このような「合致しない部分」の存在が、本件契約書が偽造されたものであることの根拠となるものとはいえない。
 したがって、控訴人らの上記主張は理由がない。
ク H被控訴人らの従業員から控訴人会社に送信されたメールに添付された本件契約書のPDFデータの解析結果について
 控訴人らは、被控訴人らの従業員から控訴人会社にメール送信された甲22の本件契約書をPDF化したものとされるPDFデータ(甲51)及び乙1の本件契約書をPDF化したものとされるPDFデータ(甲58)を解析した結果によれば、これらのデータは、以下の理由から、本件契約書(甲22及び乙1)をPDF化したものとは認められず、被控訴人らの従業員らが甲22の本件契約書を偽造した際のオリジナルデータであるとしか考えられない旨主張するので、その主張の当否について検討する。
(ア) 控訴人らは、甲51のPDFデータの解析結果によれば、当該データは平成25年4月3日に作成されたものと認められるが、その当時、甲22の本件契約書の原本は、AEIが控訴人会社宛に送付した後、AEIに返送される前であって、AEIのもとにはなかったのであるから、当該原本をPDF化することはできなかったはずである旨主張する。
 しかしながら、被控訴人らの主張によれば、甲51のPDFデータは、平成25年4月3日当時AEIが保管していた甲22の本件契約書の写しをPDF化したものとされるところ、このような被控訴人らの説明に、格別不自然・不合理な点はないから、甲51のPDFデータの作成日が、甲22の本件契約書の原本がAEIのもとにはなかった時期であるからといって、本件契約書が偽造されたものであることが根拠付けられることにはならない。
(イ) また、控訴人らは、甲51及び甲58のPDFデータの解析結果によれば、これらのデータは、その全てが画像データ(ピクセルデータ)ではなく、印影部などの一部を除き、テキストデータとなっていることから、本件契約書をスキャンしてPDF化したものとは考えられない旨主張する。
 しかしながら、例えば代表的なPDFの作成管理ソフトである「Adobe Acrobat」においては、OCRテキスト認識の機能を使用することにより、紙文書をスキャンすると同時にテキスト認識が実行され、検索可能なPDFに変換することができるものとされているところ(当裁判所に顕著な事実)、このような機能を用いて紙文書をPDF化すれば、そのデータ中には、画像データのみならず、テキストデータが含まれることもあり得ると考えられるから、控訴人ら主張の甲51及び甲58のPDFデータの解析結果によって、直ちにこれらのデータが本件契約書をスキャンしてPDF化したものであることが否定されるものではないというべきである。
(ウ) 以上によれば、控訴人ら主張の甲51及び甲58のPDFデータの解析結果は、本件契約書が偽造されたものであることの根拠となるものとはいえない。」
(21) 原判決11頁8行目の「キ」を「ケ」と改める。
2 争点(2)(不法行為に基づく損害賠償請求及び謝罪広告請求の可否)について
 前記1で述べたとおり、被控訴人らの従業員らが本件契約書を偽造したとの事実は認められないから、当該事実が認められることを前提とする控訴人会社の損害賠償請求及び控訴人らの謝罪広告請求に理由がないことは明らかである。
3 争点(3)(本件楽曲の著作権譲渡契約に基づく代金請求の可否(相殺の抗弁の成否))について
(1) 控訴人会社とAEIが控訴人会社の有する本件楽曲に係る著作権を代金10万円でAEIに譲渡する旨の合意をしたこと及びその後被控訴人AMPが上記合意に基づくAEIの代金債務を引き受けたことは、当事者間に争いがない(控訴人会社は、被控訴人AMCも同AMPと連帯してAEIの上記代金債務を引き受けた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)。
(2) 乙3及び4によれば、被控訴人AMPは、控訴人会社に対し、控訴人会社が平成25年4月ころから6か月以上にわたり、被控訴人AMPに対し面談や話合いを求めるなどしてその業務を妨害したことについて、不法行為に基づく損害賠償請求権として30万円の支払請求権を有していることが認められる。
 また、被控訴人AMPが、控訴人会社に対し、控訴審の第2回口頭弁論期日(平成28年4月12日)において、上記損害賠償請求権をもって、上記10万円の代金債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著である。
(3) 以上によれば、控訴人会社は、被控訴人AMPに対し、控訴人会社とAEIとの間の本件楽曲の著作権譲渡契約に基づく10万円の代金債権を有していたが、被控訴人AMPの上記相殺により、当該代金債権は消滅したものと認められる。
 したがって、控訴人会社の被控訴人AMC及び同AMPに対する、本件楽曲の著作権譲渡契約に基づく代金請求には理由がない。
4 結論
 以上の次第であるから、控訴人らの本件契約書の成立の不真正の確認請求及び不法行為に基づく謝罪広告請求並びに控訴人会社の不法行為に基づく損害賠償請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとする。
 また、控訴人会社が当審で追加した本件楽曲の著作権譲渡契約に基づく代金請求は理由がないからこれを棄却することとする。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 鶴岡稔彦
 裁判官 大西勝滋
 裁判官 杉浦正樹


(別添)本件契約書写しは、省略

(別紙)掲載文目録
お詫び
 弊社エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社グループ会社であるエイベックス・デジタル株式会社、エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ株式会社、エイベックス・ミュージック・パブリッシング株式会社において、取引企業である株式会社サウンド・フューチャー(東京都墨田区代表取締役X氏)との間で締結された著作権契約書の契約事項を、一部の従業員が同社に無断で契約事項を弊社グループ会社に有利益をもたらす文章に偽造・改ざんするという事実が発覚するとともに、東京地方裁判所の判決でも同旨、偽造事実が認められました。
 弊社もこの由々しき事態の認識が遅れたことが原因となり、損害賠償・仮処分という法的措置を同社および個人X氏に対し講じ、さらなる重大な損害を生じさせる結果に至ることとなりました。
 原因は弊社グループ会社に全過失があるにも関わらず、誤った判断に基づき、このような反道義的対応を行使した事について、弊社代表取締役Y1が代表し同社及び同氏に対し、平身低頭ここに深くお詫び申し上げます。
 弊社としましては今後このような事態が二度と生じぬよう再発防止を最重点におき、企業コンプライアンスの見直し、また更なる取り組みもって臨む所存で御座います。
 なお、同社関係各位の皆様には本掲載をもって謹んで陳謝致します。
 エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社
  代表取締役 Y1
 エイベックス・デジタル株式会社
  代表取締役社長 Y2
 エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ株式会社
  代表取締役社長 Y3
 エイベックス・ミュージック・パブリッシング株式会社
  代表取締役社長 Y4
 株式会社サウンド・フューチャー
  代表取締役 X殿
 個人X及び同社関係者の皆様方へ
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日本ユニ著作権センター
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