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【事件名】宇多田ヒカルの歌詞共同著作事件
【年月日】平成28年4月21日
 東京地裁 平成27年(ワ)第28086号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成28年3月3日)

判決
原告  X
被告  Y
同訴訟代理人弁護士 前田哲男


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 別紙原告請求目録記載1〜6のとおり(ただし、同目録記載4の慰謝料は300万円、機会喪失分の賠償金は1039万1000円であり、同5の「事実」は「原告が被告の著作物創作に関わった事実」である。以下、個別の請求を同目録記載の番号に従い「第1請求」などという。)
第2 事案の概要
 本件は、原告が、宇多田ヒカル名義の編集著作物であるCDアルバム「First Love」(以下「本件アルバム」という。)及び「誰かの願いが叶うころ」と題する楽曲の歌詞(以下、これと本件アルバムを併せて「原告著作権主張作品」という。)の共同著作者であり、「B&C」、「はやとちり」及び「Wait&See〜リスク〜」と題する各楽曲の歌詞(以下「原告関与主張歌詞」と総称する。)の被告による創作に関与したが、被告が原告の氏名を表示せず、被告のみが著作者として利益を得ており、これにより原告が損害を被ったと主張して、被告に対し、@著作権法2条、12条1項、19条1項及び115条に基づきウェブサイト上に原告の氏名及び謝辞を表示すること(第1請求)、A民法1条、90条及び91条に基づき被告が原告と合意した上で著作物を発表する前に原告に通知等を行うこと(第2請求)、B民法709条、著作権法114条3項に基づき原告著作権主張作品及び原告関与主張歌詞から受領すべき金員を支払うこと(第3請求)、C民法709条、710条に基づき損害賠償金1339万1000円を支払うこと(第4請求)、D著作権法115条及び民法723条に基づき原告著作権主張作品及び原告関与主張歌詞の創作に原告が関わった事実を公表すること(第5請求)並びにE著作権法112条に基づき本件の裁判が確定するまで被告による新たな著作物の販売を差し止めること(第6請求)を求める事案である。
 被告は、本案前の主張として原告の請求が特定されていないことを理由に本件訴えの却下を求めるとともに、本案の主張として、原告の主張が法律上の根拠及び具体的事実の主張を欠いているので主張自体失当である、原告著作権主張作品及び原告関与主張歌詞の創作に原告が関与した事実がないと主張している。
第3 当裁判所の判断
 原告の請求は、前記第1のとおりであり、いずれも請求として特定されていないとはいえないので、本案について判断する。
1 第2請求について
 第2請求は、民法1条、90条及び91条に基づき被告が原告と合意した上で著作物を発表する前に原告に通知等を行うことを求めるものである。しかし、上記各条によっても、こうした合意を形成して上記通知等を求める法律上の請求権が生じるとはいえない。
 したがって、第2請求は理由がない。
2 その余の請求について
(1) 第1請求、第3請求、第4請求、第5請求及び第6請求につき、原告は、@原告著作権主張作品について、(ア)原告が平成11年1月に被告に対して「なあ、今度のアルバムさあ。新宿で電車乗って、明大前にさしかかるところで、思いっきり寝れるように、子守歌系のやつ創って入れてよ」、「囁き系がいいや」と伝達したのに対して被告がこの伝達内容に依拠した結果、本件アルバムにおける本件アルバム名と同名の楽曲の曲順やテンポ等が上記伝達内容を反映したものとなっていること、(イ)「誰かの願いが叶うころ」と題する歌の歌詞のうち「みんなに必要とされる君を癒せるたった一人になりたくて少し我慢し過ぎたな」の部分が被告宛の投稿を受け付けるウェブサイトに原告が投稿した文章に依拠した結果、ほぼ同一のものとなっていることから、原告が共同著作者の一人であり、A原告関与主張歌詞については被告による創作に関与したと主張する。
(2) そこで判断するに、まず、上記@のうち(ア)についてみると、本件の関係各証拠を総合しても原告が主張する伝達内容が被告に伝えられたとは認め難い上、仮にそのような事実が認められるとしても、ある作品の著作者であるというためには、その者が思想又は感情を創作的に表現したものであることを要する(著作権法2条1項1号、2号)。ところが、原告が主張する伝達内容は、楽曲のテンポその他の素材の内容及び配列の順序のいずれの点においても、創作のための着想にすぎず、具体的な表現であるということはできない。
 また、上記(イ)についてみると、原告がウェブサイトに上記歌詞と表現上符合するような投稿をしたことをうかがわせる証拠はない。
 さらに、上記Aの主張についてみても、原告は具体的な関与経過について何ら主張立証しておらず、失当というほかない。
(3) 以上によれば、第1請求、第3請求、第4請求、第5請求及び第6請求はいずれも理由がない。
3 結論
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 萩原孝基
 裁判官 中嶋邦人


(別紙)原告請求目録
1 被告は、平成11年3月に発売された、被告が実演する商業用レコードのなかの編集著作物である「First Love」に、原告が著作権を有するにも係らず氏名表示がなされていないため、著作者と推定されていない状態であることを認め、その声望を回復するため、平成11年1月12日に被告から原告に宛てた電子メールを倣らったうえで、被告自らの文体を用い、平成11年1月の被告の誕生日頃、AOL上で、原告とママごとのようなチヤットをするさなか、同商業用レコードを被告が創作するに至った要旨、および、原告への謝辞、および、共同著作者として明記の上原告の氏名を、被告の変名である宇多田ヒカルの著作物を出版するユニバーサルミュージック合同会社が発行するホームページからのリンクで閲覧できる被告の創作活動等を広報するホームページ(http://以下省略)において、明瞭に表示させ、かつ、
 被告は、平成16年4月頃に発売された音楽の著作物である「誰かの願いが叶うころ」作詞部分に原告が著作権を有するにも係らず氏名表示がなされていないため、著作者と推定されていない状態であることを認め、その声望を回復するため、同左ホームページにおいて、原告への謝辞、および、共同著作者として原告の氏名を明瞭に表示させよ。
2 被告は、原告が表意する文言ならびに発案などを被告が創作また実演する営利を目的とした著作物に用いる場合は、その長短、程度に係らず、その著作物を発表する以前に原告に通知し、双方協議の上、双方の合意を持って発表すること、および、被告から原告に対する伝達、ならびに、原告から被告に伝達がある場合の応答は、手段として商業用レコード、放送、公衆送信を用いず、面会、電話、電子メール、チヤツト、郵便とすることを原告に約束すること。
 これについては、法律上の根拠として、民法1条、90条、91条をもって、原告、被告双方の合意を形成するものとする。
3 被告は、原告に対し、原告が関与した著作物から本来受領すべき金員および今日までの金利分を含めた額の支払いをせよ。
4 被告は、原告が被った精神的苦痛に対して慰謝をするとともに、原告の機会損失分を賠償せよ。
5 事実を公表せよ。
6 本裁判確定まで新規の被告による著作物販売の一切を停止せよ。
7 訴訟費用は被告の負担とする。
8 仮執行宣言
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