判例全文 line
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【事件名】商標“かつーん”侵害事件
【年月日】平成28年4月18日
 東京地裁 平成25年(ワ)第20031号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成28年1月27日)

判決
 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり


主文
1 被告A@は、原告に対し、401万9542円及びこれに対する平成26年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告A@は、串かつ料理を主とする飲食物を提供するに当たり、その提供を受ける者の利用に供するメニュー並びに看板、ホームページ及びチラシに別紙被告標章目録記載の各標章を付してはならない。
3 被告A@は、原告に対し、別紙物件目録記載の各動産を引き渡せ。
4 被告A@は、原告に対し、平成27年1月26日から別紙物件目録記載5の動産を原告に引き渡すまで又は同動産についての前項の引渡しの強制執行が不能となるまで、1か月当たり5000円の割合による金員を支払え。
5 別紙物件目録記載5の動産についての第3項の引渡しの強制執行が不能となったときは、被告A@は、原告に対し、10万円及びこれに対する執行不能となった日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は、原告に生じた費用の4分の3と被告A@に生じた費用については、これを5分し、その4を原告の、その余を被告A@の各負担とし、原告に生じたその余の費用と被告東邦サプライに生じた費用については、原告の負担とする。
8 この判決は、第1項及び第3項ないし第5項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告A@は、原告に対し、3500万円及びこれに対する平成26年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告に対し、連帯して1500万円及びこれに対する被告A@につき平成25年8月24日から、被告東邦サプライにつき同月29日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 主文第2項と同旨
4 主文第3項と同旨
5 被告A@は、原告に対し、平成25年8月24日から別紙物件目録記載の各動産を原告に引き渡すまで又は前項の引渡しの強制執行が不能となるまで、動産ごとに、1か月当たり同目録の各「使用料」欄記載の金額の割合による金員を支払え。
6 第4項の引渡しの強制執行が不能となったときは、被告A@は、原告に対し、動産ごとに、別紙物件目録の各「価格」欄記載の金員及びこれに対する執行不能となった日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(上記1の請求と上記2の被告A@に対する請求との関係につき、後記第2の1を参照。)
第2 事案の概要等
1 本件は、原告が、(1)平成24年6月5日から平成25年4月27日まで原告の取締役であった被告A@が、@平成24年10月末に、株主総会の承認を経ることなく、原告の経営していた串かつ店「かつーん」千歳烏山店(以下、単に「千歳烏山店」という。)に関する事業を被告A@自身に譲渡したことにより、会社法467条1項に違反するとともに、利益相反取引(同法356条1項2号)をしたものとして同法356条1項に違反した、A同年8月17日から同月22日までの間及び同年9月24日から同年10月31日までの間に、原告の千歳烏山店の売上金を横領した、B同月25日、原告がしていた商標登録出願を無断で取り下げた、C同年9月25日及び同年10月25日に、株主総会決議を経ずに、被告A@自身の取締役報酬をお手盛りした、D同年9月25日から平成25年4月27日までの間、株主総会の承認を経ることなく、既に原告に事業譲渡していたはずの串かつ店「かつーん」赤坂店(以下、単に「赤坂店」という。)の営業を行い、競業避止義務違反(同法356条1項1号)をしたものとして同法356条1項に違反した、以上@ないしDをもって取締役としての任務を怠ったものである旨主張して、被告A@に対し、同法423条1項に基づく損害賠償請求として、3500万円及びこれに対する平成26年7月18日付け訴え変更申立書送達日の翌日である同月23日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、(2)被告A@が、平成24年10月30日、原告と被告東邦サプライとの間で締結されていた千歳烏山店の店舗建物に係る賃貸借契約を解約し、同年11月1日、被告A@個人が同建物を賃借する旨の賃貸借契約を締結したことは、横領に当たり、被告東邦サプライにも共同不法行為責任がある旨主張して、被告らに対し、民法709条、719条に基づく損害賠償請求として、1500万円及びこれに対する各訴状送達日の翌日である、被告A@につき平成25年8月24日から、被告東邦サプライにつき同月29日から、各支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め(なお、被告A@に対するこの請求は、上記(1)の請求のうち1500万円及びこれに対する平成26年7月23日から支払済みまでの年5分の割合による遅延損害金の支払請求と、損害額及び遅延損害金が重複する範囲で選択的併合の関係にある。)、(3)被告A@が、串かつ料理を主とする飲食物を提供するに当たり、別紙被告標章目録記載の各標章(以下、それぞれ「被告標章1」ないし「被告標章3」といい、これらを併せて「被告各標章」という。)を使用していることは、別紙原告商標目録記載の各商標(以下、それぞれ「原告商標1」及び「原告商標2」といい、これらを併せて「原告各商標」という。)に係る各商標権(以下、それぞれ「本件商標権1」及び「本件商標権2」といい、これらを併せて「本件各商標権」という。)を侵害するものである旨主張して、被告A@に対し、商標法36条1項に基づき、被告各標章の使用の差止めを求め、(4)別紙物件目録記載の各動産(以下「本件各動産」という。)を占有している被告A@に対し、@本件各動産の賃貸借契約終了、使用貸借契約終了又は所有権に基づき、本件各動産の引渡しを求めるとともに、A本件各動産の引渡済みまで又は上記引渡しの強制執行が不能となるまで1か月当たり同目録の各「使用料」欄記載の金額の割合による使用料相当損害金の支払並びにB本件各動産の強制執行不能の場合に同目録の各「価格」欄記載の代償金及びこれに対する執行不能となった日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、書証番号は、特記しない限り枝番の記載を省略する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、飲食店の経営等を目的とする株式会社であり(なお、取締役会設置会社〔会社法2条7号〕ではない。)、被告A@は、平成24年6月5日から平成25年4月27日までの間、原告の代表取締役であった者である。
 原告は、平成24年6月5日、AAが300万円、被告A@が200万円を各出資して設立され、同日から平成25年4月27日までは被告A@及びAAが取締役で被告A@が代表取締役であったが、同日、被告A@が代表取締役を退任し取締役を解任されたことから、それ以降は、AAのみが取締役で代表取締役である。原告の株式については、設立以来、発行済株式総数100株のうち、AAが60株、被告A@が40株を各保有している(以上につき甲1、35)。
イ 被告東邦サプライは、家庭用電気製品の製造、販売、輸出入のほか、不動産の売買、賃貸、管理等を目的とする株式会社であり、千歳烏山店の店舗建物である東京都世田谷区<以下略>所在のMビル新館103号室(以下「本件建物」という。)の賃貸人である。
(2) 本件各動産の引渡し等
 原告は、平成24年6月23日、被告A@に対し、本件各動産を引き渡した。
 被告A@は、それ以降、本件各動産を占有している。
(3) 本件建物の賃貸借契約と千歳烏山店の営業開始
ア 原告は、平成24年7月2日、被告東邦サプライとの間で、本件建物を、串かつ店として使用するため、同月10日から平成27年7月9日までの期間賃借する旨の事業用建物賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した(甲4、乙A4)。
イ 原告は、本件建物に内装設備や什器備品類を備え、平成24年8月17日から千歳烏山店の営業を開始した。
(4) 赤坂店
ア 被告A@は、平成19年3月27日以降、平成24年6月5日に原告が設立されるまで、個人事業として、「かつーん」の屋号で赤坂店の串かつ店としての営業を行っていた(弁論の全趣旨)。
イ 被告A@は、平成24年9月5日から同月24日まで、赤坂店の売上金を原告の三菱東京UFJ銀行六本木支店の預金口座(以下「六本木支店口座」ともいう。)に入金したが、同月25日以降、赤坂店の売上金を原告の預金口座に入金しなかった(乙A2)。
(5) AAによる預金引揚げ
 AAは、平成24年9月24日、原告の三菱東京UFJ銀行烏山支店の預金口座(以下「烏山支店口座」ともいう。)及び六本木支店口座から合計315万8000円をAA個人の口座に送金する方法により引き揚げた(以下「本件預金引揚げ」という。)(乙A1、2)。
(6) 取締役報酬の支給
 被告A@は、平成24年9月25日及び同年10月25日にそれぞれ37万0800(合計74万1600円)を、自己の取締役報酬として、原告から自らに支給した(以下、併せて「本件報酬支給」という。)。被告A@がこの報酬を定めるに当たって、原告の株主総会による承認はされていない。
(7) 千歳烏山店に係る什器備品の譲渡等
ア 被告A@は、平成24年10月31日、千歳烏山店の什器備品である次の@ないしGの各物件(以下、併せて「本件什器備品」という。)を、原告から被告A@個人が代金55万1017円で買い受ける旨の動産売買契約を、自ら原告を代表する形(自己取引の形)で締結した(乙A25)。この取引について、原告の株主総会による承認はされていない。
 @ 製氷機(フクシマ製FIC-65KT1)
 A 冷蔵ショーケース(レマコム製RCS-100)
 B 横型冷蔵庫(ホシザキ製RT-120PTE1)
 C ガスフライヤー(マルゼン製MGF-23J)
 D 縦型冷凍冷蔵庫(フクシマ製URN-122PM6)
 E 冷凍ストッカー(レマコム製RRS-102CNF)
 F 冷凍ストッカー(レマコム製RRS-T70)
 G 酒燗器(サンシン製NS-1D)
イ 被告A@は、平成24年11月1日以降、個人事業として、千歳烏山店の営業を行っている(弁論の全趣旨)。
(8) 本件建物の賃貸借契約の切替え
 被告A@は、平成24年10月30日、原告を代表して、被告東邦サプライとの間で、同月31日限り本件賃貸借契約を解約する旨の合意をし(以下「本件解約」という。)、同年11月1日、被告東邦サプライとの間で、被告A@個人として、本件建物を、串かつ店として使用するため、同日から平成27年7月9日までの期間賃借する旨の事業用建物賃貸借契約を締結した(以下、この本件解約と新たな賃貸借契約の締結を併せて「本件賃貸借切替え」という。)(乙B4、5、7の1)。
(9) 原告の商標登録等
ア 原告は、平成24年7月20日及び同年8月27日に、原告が串かつ店「かつーん」の事業に使用する原告各商標につき、それぞれ商標登録出願をした(商願2012−58680号、商願2012−69122号)。ところが、被告A@は、同年10月25日、原告を代表して、上記2件の商標登録出願をいずれも取り下げた(以下「本件出願取下げ」という。)(甲5)。
イ 原告は、平成25年2月20日、原告各商標につき、再度商標登録出願をし、同年7月5日、商標登録を得た。原告は、以来、本件各商標権を保有している(甲12)。
ウ 被告A@は、千歳烏山店において、串かつ料理を主とする飲食物の提供に関し、その提供を受ける者の利用に供するメニュー並びに看板、ホームページ及びチラシに被告各標章を使用している(甲11、乙A10、弁論の全趣旨)。
3 争点
(1) 被告A@に対する会社法423条1項に基づく損害賠償請求(前記第1の1)について
(1-1) 被告A@に対する千歳烏山店の譲渡に関する損害賠償請求について
ア 被告A@の事業譲渡又は利益相反取引による損害賠償責任の有無
 被告A@が、平成24年10月末、千歳烏山店に関し、本件什器備品のみならず原告の事業の重要な一部を譲渡したものとして、会社法467条1項に違反し、原告に対して同法423条1項に基づく損害賠償責任を負うか。あるいは、被告A@が、上記譲渡を行ったことにつき、利益相反取引をしたものとして、同法356条1項に違反し、原告に対して同法423条1項に基づく損害賠償責任を負うか。
イ 損害
 上記アの譲渡による原告の損害はいかなるものか。
(1-2) 被告A@に対する売上金横領に関する損害賠償請求について
 被告A@が、平成24年8月17日から同月22日までの間及び同年9月24日から同年10月31日までの間に、原告の千歳烏山店の売上金を横領したか。
(1-3) 被告A@に対する本件出願取下げに関する損害賠償請求について
 被告A@が、平成24年10月25日、本件出願取下げをしたことにより、原告に対して会社法423条1項に基づく損害賠償責任を負うか。
(1-4) 被告A@に対する取締役報酬お手盛りによる損害賠償請求について
 被告A@が、平成24年9月25日及び同年10月25日の本件報酬支給により、会社法361条に違反し、原告に対して同法423条1項に基づく損害賠償責任を負うか。
(1-5) 被告A@に対する競業避止義務違反による損害賠償請求について
ア 被告A@の競業避止義務違反の有無
 被告A@が、平成24年9月25日から平成25年4月27日までの間、赤坂店の営業を行ったことが、原告に対する競業避止義務違反(会社法356条1項1号)となるか(具体的には、被告A@が、平成24年6月5日から同年9月24日までの間に、原告に対し、赤坂店の事業を譲渡していたか否かが、主に争われている。)。
イ 損害
 上記アの競業避止義務違反による原告の損害はいかなるものか。
(1-6) 損害額
 被告A@が取締役としての任務を怠ったこと(上記(1-1)ないし(1-5))による原告の損害額は幾らか。
(2) 被告らに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求(前記第1の2)について
ア 被告A@の横領による損害賠償責任の有無
 被告A@が、平成24年10月30日及び同年11月1日に本件賃貸借切替えをしたことにより、横領をしたものとして、原告に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うか。
イ 被告東邦サプライの共同不法行為に基づく損害賠償責任の有無
 被告東邦サプライが、本件賃貸借切替えに応じたことにつき、原告に対して共同不法行為に基づく損害賠償責任を負うか。
ウ 損害額
 上記アないしイの不法行為により原告は幾らの損害を受けたか。
(3) 被告A@に対する本件各商標権に基づく差止請求(前記第1の3)について
ア 著作権の抗弁の成否
 原告の被告A@に対する本件商標権2の行使が、原告商標2の商標登録出願の日前に生じた他人の著作権に抵触するものとして、商標法29条により許されないか。
イ 先使用権の抗弁の成否
 被告A@が被告各標章につき先使用権(商標法32条1項)を有するか。
ウ 権利濫用の抗弁の成否
 原告が被告A@に対し本件各商標権に基づく差止請求権を行使することが権利の濫用に当たるか。
エ 無効の抗弁の成否
 原告各商標の商標登録について、次の(ア)ないし(ウ)の点で商標法46条1項1号の無効理由があり、商標登録無効審判により無効にされるべきもの(同法39条、特許法104条の3第1項)と認められるか。
(ア) 商標法4条1項10号該当性
 原告各商標が商標法4条1項10号に該当するか。
(イ) 商標法4条1項15号該当性
 原告各商標が商標法4条1項15号に該当するか。
(ウ) 商標法4条1項7号該当性
 原告各商標が商標法4条1項7号に該当するか。
オ 通常使用権の抗弁の成否
 原告は、被告A@に対し、原告各商標の使用(通常使用権)を許諾していたか。
(4) 被告A@に対する本件各動産に係る引渡等請求(前記第1の4ないし6)について
ア 賃貸借契約終了に基づく引渡請求の当否
 原告と被告A@が平成24年6月23日に本件各動産の賃貸借契約を締結し、平成25年8月23日に同契約が終了したか。
イ 使用貸借契約終了に基づく引渡請求の当否
 原告と被告A@が平成24年6月23日に本件各動産の使用貸借契約を締結し、平成25年8月23日に同契約が終了したか。
ウ 所有権に基づく引渡請求の当否
 原告が本件各動産の所有権を有しているか。
エ 使用料相当額
 本件各動産の使用料相当額は幾らか。
オ 代償金の額
 本件各動産の代償金の額は幾らか。
4 争点に関する当事者の主張
(1) 被告A@に対する会社法423条1項に基づく損害賠償請求について
(1-1) 被告A@に対する千歳烏山店の譲渡に関する損害賠償請求について
【原告の主張】
ア 被告A@の事業譲渡による損害賠償責任
(ア) 被告A@は、平成24年10月末、原告の株主総会において取引の重要事実を開示して承認決議を受けることなく、千歳烏山店の営業用資産(店舗賃借権、内装設備、什器備品、在庫、電話回線、ノートパソコン等の事務機器及び事務用品等)を全て原告から自らに譲渡した(以下「本件移転」という。)
(イ) 会社法467条にいう事業の譲渡とは、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に旧商法25条《現会社法21条》に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいう」(最高裁昭和40年9月22日大法廷判決・民集19巻6号1600頁)ところ、被告A@は、千歳烏山店の営業を行うための営業用資産を全て自らに譲渡しており、これが「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部」の譲渡に該当することは明らかである。したがって、本件移転は、原告の「事業の重要な一部」(会社法467条1項2号)の譲渡に該当し、株主総会の承認が必要であった。
(ウ) したがって、被告A@は、本件移転を行ったことにつき、株主総会の承認を受けることなく原告の事業の重要な一部を譲渡したものとして、会社法467条1項に違反し、原告に対して同法423条1項に基づく任務懈怠に係る損害賠償責任を負う。
イ 被告A@の利益相反取引による損害賠償責任
 本件移転は、原告の取締役であった被告A@が、自己のために原告と取引をしたものであるから、会社法356条1項2号の利益相反取引に該当し、取締役会設置会社(同法365条1項)ではない原告においては株主総会の承認が必要であった。
 したがって、被告A@は、本件移転を行ったことにつき、株主総会の承認を受けることなく利益相反取引をしたものとして、会社法356条1項に違反し、原告に対して同法423条1項に基づく任務懈怠に係る損害賠償責任を負う。
ウ 損害
(ア) 本件移転により、千歳烏山店の営業を被告A@に乗っ取られたため、原告は、千歳烏山店において事業を営むことができなくなり、平成24年11月1日以降の得べかりし千歳烏山店からの利益に相当する額の損害を被った。
 千歳烏山店の開業日である平成24年8月17日から同年10月31日までの76日間の売上高は、最低でも831万5289円であり、同期間の仕入れは最大でも248万6931円、販売費及び一般管理費は最大でも356万7181円であったから、営業利益は最低でも226万1177円であった。これを年間利益に換算すると、最低でも1085万9600円となる。千歳烏山店は少なくとも5年間は営業を継続でき、同様の利益を上げたとみられるから、本件移転により原告が被った損害は、5429万8000円を下らない。
 なお、平成24年8月17日から同年10月31日までの期間の千歳烏山店の営業利益につき、経理上は赤字となっているが、費用として計上されているもののうち合計312万5170円は、@キャバクラでの遊興費など違法に支出された費用や、A原告の設立・店舗立ち上げ時にかかる初期費用、B多店舗展開を前提とした費用又はC被告A@の事業簒奪にかかった費用など本来費用計上できないものである。これを費用から除くと、営業利益は前記のとおり226万1177円となる。
(イ) 被告A@は、本件移転に際し、本件建物の保証金(250万円)並びに千歳烏山店の本件建物内の内装設備(294万円)及びその他の営業用資産(287万2020円)を、被告A@個人が本件建物を賃借して営業を開始した千歳烏山店の事業に流用した。このため、原告は、千歳烏山店の保証金、内装設備相当額、営業用資産相当額及びのれん相当額の損害を被った。
(ウ) 原告が被った上記(ア)及び(イ)の損害の合計額は、少なくとも2500万円を下らない。
【被告A@の主張】
ア 被告A@の事業譲渡による損害賠償責任について
(ア) 原告が本件移転として主張する事実のうち、本件什器備品の譲渡以外の事実は否認する。なお、千歳烏山店の賃借権については、直接的に原告から被告A@に地位の承継をする契約を締結したわけではない。
(イ) 本件移転が会社法467条の事業の譲渡に当たるとの主張は争う。千歳烏山店の従業員は、AAと被告A@との対立が生じた中で、自ら原告を退職する旨申し出ており、原告の千歳烏山店には人的資源が存在しなかった。
 次に、原告は、本件賃貸借契約において、事業を継続したとしても解除事由(本件賃貸借契約17条11号、15条1号C)を抱えており、内装設備については、財産的価値を生じ得ず、むしろ原状回復費用という負の財産を負うのみであった(総勘定元帳〔乙A19〕に記載された工具器具備品を除く流動資産はいずれもこのような性質を有するものであった。)。また、工具器具備品について、一度使用した什器備品等には財産的価値がなく、むしろリサイクル料金を含む廃棄費用の方が高額になるため、負の財産であった。結局、千歳烏山店の資産は、什器備品に限られるものであり、「事業」といい得るものではなかった。
 さらに、平成24年9月24日にAAが本件預金引揚げをしたため、千歳烏山店は、運転資金を失い、資金不足により本件賃貸借契約が解除され、従業員が退職し得る状況に追い込まれ、「事業」と評価できる状態ではなくなった。
(ウ) 被告A@が千歳烏山店に係る譲渡を行ったことについては、会社法467条1項に違反せず、被告が原告に対して本件移転に関し同法423条1項に基づく損害賠償責任を負うことはない。
イ 被告A@の利益相反取引による損害賠償責任について
 本件移転が利益相反取引に当たるとの主張は争う。前記ア(イ)のとおり、被告A@が譲り受けた財産は、負の財産であり、債務の引受けと何ら変わるところはないから、会社法356条1項2号に定める利益相反取引には該当しない。
ウ 損害について
(ア) そもそも、原告は、AAの本件預金引揚げという着服行為により千歳烏山店の営業を継続できる状況になかった。したがって、原告の損害を観念することはできない。
 また、千歳烏山店の平成24年6月5日から同年10月31日までの営業利益(損失)は86万3993円の赤字であったし、同年11月及び同年12月の営業利益(損失)は342万1986円の赤字、平成25年の営業利益(損失)は1559万0689円の赤字であったから、原告に損害が発生したとはいえない。
 さらに、千歳烏山店で売上げや利益が出たとしても、それは被告A@が営業をしたことによるものであり、原告が営業の主体であったなら同じ売上げや利益は獲得できなかったものである。なお、仮に原告が被告A@に営業を委託した場合には、被告A@の取締役報酬もかかる。
(イ) 原告は本件建物の保証金に係る損害を250万円と主張するが、このうち75万円は償却されるものであるから(本件賃貸借契約7条2項)、原告の主張には理由がない。また、残り175万円についても、平成24年10月31日時点で敷金返却分175万円について原告の総勘定元帳(乙A19)に経理処理されているものであって、被告A@が受領したものではない。
 次に、前記ア(イ)のとおり、原告は本件賃貸借契約において解除事由を抱えていたため、内装設備の価値は実質的に零である。
 さらに、営業用資産についても実質的に価値はない。本件什器備品の売買契約当時、千歳烏山店内の什器備品について業者に下取りとして見積もってもらったが、価値はほとんどなかった。かろうじて下取価格が付く可能性のあるものについて、中古品価格(下取価格ではない。)として対価を定めたのが上記売買契約である。当時の中古品価格については既に資料を廃棄してしまったが、現時点で調査した中古品価格は、下表のとおりである。
型番 中古価格 証拠番号
製氷機FIC-65KT1 105,000円 乙A33の1
冷蔵ショーケースRCS-100 20,000円 乙A33の2
横型冷蔵庫RT-120PTE1 70,200円 乙A33の3
ガスフライヤーMGF-23J 86,400円 乙A33の4
縦型冷凍冷蔵庫URN-122PM6 224,640円 乙A33の5
冷凍ストッカーRRS-102CNF 18,800円 乙A33の6
冷凍ストッカーRRS-T70 18,000円 乙A33の7
酒燗器NS-1D 5,400円 乙A33の8
合計 548,440円  
 なお、原告は、のれん相当額の損害も主張するが、千歳烏山店は営業利益が赤字であるから、そもそものれん代はないといえる。さらに、仮にのれん代が存在するとしても、千歳烏山店の客観的価値に関する証拠の提出はないから、これについての原告の損害賠償請求は認められない。
(1-2) 被告A@に対する売上金横領に関する損害賠償請求について
【原告の主張】
 被告A@は、平成24年8月17日から同月22日までの間及び同年9月24日から同年10月31日までの間に、原告の千歳烏山店の売上げを原告に入金せず、原告への売上報告も行わなかった。被告A@のこの行為は、原告に対する横領であり、これにより、原告は売上金相当額の損害を被ったから、被告A@は、原告に対して会社法423条1項に基づく損害賠償責任を負う。
 なお、千歳烏山店における同年8月23日から同年9月23日までの32日間の売上合計は合計410万2210円、1日当たりの平均売上金額は12万8194円であった。
【被告A@の主張】
 原告が指摘する期間において、被告A@は、原告の預金口座に売上金を入金していないが、原告の売上げに計上しており(乙A19〔「410 売上高」勘定〕)、横領していない。したがって、原告に損害は発生していない。
 なお、平成24年8月17日から同月22日までの間に被告A@が千歳烏山店の売上報告及び売上金の入金をしていなかったのは、そのような入金の指示をAAから受けたのが同月23日頃だったからである。千歳烏山店は、新規に同月17日から同月19日まで、赤字覚悟で「1人90分1000円で飲み放題、食べ放題」のイベントを開催し、同期間の売上げは、同期間の仕入金額に追い付かなかったものであり、同日までの売上げと仕入れとを相殺していくと、送金すべき売上金は存在しなかった。
 また、同年9月24日以降の千歳烏山店の売上については、同日に被告AAによる本件預金引揚げがあり、やむを得ず被告A@自身が千歳烏山店の営業を引き継ぐことにしたため、原告の預金口座への入金をしなかったものである。
(1-3) 被告A@に対する本件出願取下げに関する損害賠償請求について
【原告の主張】
ア 被告A@は、原告の取締役として、原告に対し善管注意義務(会社法330条、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)を負っており、原告の利益のために忠実にその委任事務を処理すべき任務を負っていたにもかかわらず、無断で本件出願取下げをし、上記義務に違背した。したがって、被告A@は、原告に対して会社法423条1項に基づく任務懈怠に係る損害賠償責任を負う。
イ 原告は、調査及び再度の商標登録出願のために16万8000円の追加費用の拠出を要し、本件出願取下げにより同額の損害を被った。
【被告A@の主張】
 原告の追加拠出費用は不知、被告A@による商標出願取下げが違法であるとの主張は争う。
 そもそも、かつーんのロゴ(原告商標2ないし被告標章3のロゴ。以下「かつ〜んロゴ」ともいう。)は、被告A@が平成19年頃「かつーん」赤坂店を出店するに当たり、被告A@の友人であるABがデザインし、被告A@が、著作権者であるABから利用許諾を受けたものである。原告は、被告A@が運営に関与する限りにおいて、ABの利用許諾を得ていたにすぎない。AAの本件預金引揚げによる着服以降、千歳烏山店の運営はやむを得ず原告から被告A@に移管され、かつ、原告が被告A@の関与のもと店舗運営をする可能性は消滅したのであるから、原告が、かつ〜んロゴの利用許諾を受ける理由は全くない。
 被告A@が、原告における商標登録出願を取り下げたのは、上記の理由からであって、何ら不当な目的があったものではない。
(1-4) 被告A@に対する取締役報酬お手盛りによる損害賠償請求について
【原告の主張】
ア 会社法361条により、取締役の報酬は株主総会決議によって定めなければならないところ、被告A@は、平成24年9月25日及び同年10月25日、株主総会決議を経ずに、自己の報酬額(それぞれ37万0800円)を決定し、原告から自らに本件報酬支給をした。その結果、原告は、合計74万1600円の損害を被った。
 被告A@は、本件報酬支給により、会社法361条に違反したものであり、原告に対して同法423条1項に基づく任務懈怠に係る損害賠償責任を負う。
イ なお、被告A@が後記のとおり主張する全株主の同意があったとの事実は否認する。被告A@から取締役報酬を支給するとの提示があったのに対し、AAは、承認できないと回答した。
【被告A@の主張】
 被告A@は、原告から、取締役報酬として、合計74万1600円の支給を受けたが(本件報酬支給)、AAに対して事前に支給案を送信し、AAの承諾を得ていた。したがって、被告A@は、本件報酬支給に関し、AAと被告A@という全株主の承諾を得ていたものであるから、原告に対して会社法423条1項に基づく損害賠償責任を負わない。
(1-5) 被告A@に対する競業避止義務違反による損害賠償請求について
【原告の主張】
ア 被告A@の競業避止義務違反
(ア) 被告A@は、平成24年6月5日、赤坂店の事業を、@原告からの本件各動産の貸付け等を対価として有償で、又は(仮に法的な対価関係が認められないとしても)AAAによる串かつ店の共同経営への参画・資金拠出や原告からの本件各動産の貸付けをメリットとして享受しつつ法形式上は無償で、原告に譲渡し、赤坂店の経営を原告の下で行うことに合意した。
 そして、被告A@は、同年8月24日、店舗ごとに口座を分けた方がよいので千歳烏山支店の口座を開設するようにとのAAの指示を受け、これに従い、六本木支店口座は赤坂店用に使用するため、千歳烏山店用にもう一つ口座を開設したいと銀行担当者に説明して原告名義の烏山支店口座を開設し、同年9月5日以降は、それまで千歳烏山店の売上金を入金していた原告の六本木支店口座に赤坂店の売上金を入金し、新しく開設した烏山支店口座に千歳烏山店の売上金を入金するようになった(被告A@は、同月5日から同月24日までの間の赤坂店の売上金を、六本木支店口座に入金した。)。
(イ) ところが、被告A@は、平成24年9月25日以降、赤坂店の売上げを原告に入金しなくなった。
(ウ) 取締役が自己のために会社の事業の部類に属する取引をするには株主総会の承認を要するところ(会社法356条1項1号)、被告A@は、平成24年9月25日から平成25年4月27日までの間、株主総会の承認を受けずに、赤坂店において、原告の事業の部類に属する串かつ店の営業を行ったものであり、会社法356条1項に違反した。
(エ) なお、被告A@が後記のとおり主張する、被告A@が赤坂店で原告と競業する事業を行うことにつき全株主の同意があったとの事実は否認する。AAは、平成24年9月25日から平成25年4月27日までの間の競業を承認していない。
イ 損害
 被告A@の上記競業避止義務違反により、原告は、被告A@が競業取引によって得た利益の額に相当する損害を被った(会社法423条2項)。
【被告A@の主張】
ア 被告A@の競業避止義務違反の有無について
(ア) 被告A@は、平成19年3月27日以降、平成24年6月5日の前後を問わず、個人事業として赤坂店の営業を行っていたものであり、被告A@が原告に赤坂店の事業を譲渡する旨の合意をしたとの事実は否認する。
(イ) 被告A@とAAは、被告A@個人が赤坂店の運営を継続することを前提として、原告を設立したものである。
 被告A@が原告に対して赤坂店を譲渡した事実がないからこそ、契約書が存在せず、かつ、譲渡に見合う対価の支払もされていないのである。また、赤坂店の公共料金の支払請求も被告A@に対してされており、原告に譲渡されていないことは明らかである。なお、原告が赤坂店の譲渡の対価と主張する本件各動産に関する点は、AAが不要となった家具を被告A@に贈与したものにすぎない。
(ウ) 被告A@が平成24年9月25日以降赤坂店の売上げを原告の預金口座に入金していないことが違法であるとの主張は争う。
 赤坂店は被告A@の個人事業であるから、その売上金を原告に引き渡す必要はない。
 被告A@は、平成24年9月5日から同月24日まで、赤坂店の売上を原告の六本木支店口座に預託しているが、これは、赤坂店の運営を原告に移管させる旨の検討がなされており、その検討に際し、AAから被告A@に対し、@赤坂店と千歳烏山店の売上金額を明確にし、被告A@が運営する赤坂店に原告の運営する千歳烏山店の売上金が流用されていないか確認し、A赤坂店が採算の取れる店舗か確認したいので、赤坂店の売上金を原告の口座に入れてもらいたい旨の要望があったためである。結果としてこの事業譲渡は実現しなかった。
(エ) 被告A@が、平成24年9月25日から平成25年4月27日までの間、赤坂店において、原告の事業の部類に属する串かつ店の営業を行ったことは認め、これが違法であるとの主張は争う。
 被告A@が赤坂店の営業を継続することについては、AAの承諾、したがってAAと被告A@という全株主の承諾を得ていた。
イ 損害について
 原告の主張は争う。
(1-6) 損害額
【原告の主張】
 被告A@が取締役としての任務を怠ったこと(上記1-1ないし1-5)による原告の損害額は、3500万円を下らない。
【被告A@の主張】
 原告の主張は争う。
(2) 被告らに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求について
【原告の主張】
ア 被告A@の横領による損害賠償責任
(ア) 被告A@は、平成24年10月30日及び同年11月1日、被告東邦サプライとの間で、本件賃貸借切替えをし、本件建物の保証金(250万円)並びに千歳烏山店の建物内の内装設備(294万円)及びその他の営業用資産(287万円2020円)を横領した(以下「本件横領行為」という。)
(イ) なお、AAが平成24年9月24日、原告の千歳烏山店口座から189万3000円をAAの預金口座に送金したこと(本件預金引揚げ)は認め、これに関する被告A@の後記主張は争う。
 AAによる本件預金引揚げは、被告A@によるずさんな金銭管理及びお手盛りを防止するために、被告A@が自由に出金できない預金口座に原告の会社資金を移動するべく行われたものである。
 総勘定元帳(乙A19)には原告の経費として認められないものが計上されていたり、赤坂店の売上金が計上されていなかったり、預金口座からの出金金額が現金に計上されていなかったりする問題があり、それらを考慮すれば、当時、少なくとも500万円以上の会社資金が存在したはずであり、結局、9月分の従業員給与及び家賃を支払う必要があったことを考慮しても、それを支払うに足りる資金が残されていたはずである。
イ 被告東邦サプライの共同不法行為に基づく損害賠償責任
(ア) 被告東邦サプライは、@被告A@が、株式を過半数保有しているスポンサーとの関係がうまく行かなくなったことを認識しつつ、また、A本件解約に係る合意書(乙B4)に顕出された原告の印鑑の印影が、本件賃貸借契約に係る契約書(甲4、乙A4)のそれとは異なることを認識しながら故意に、ないしは少なくとも漫然と見落として、本件建物の保証金並びに千歳烏山店の建物内の内装設備及びその他の営業用資産の承継を認め、被告A@による本件横領行為を実現させた。
(イ) なお、被告東邦サプライは、後記のとおり、本件賃貸借契約には解除事由があり損害が発生しない旨主張するが、本件賃貸借契約15条1号Cは、契約後において賃借人に実質的変更があった場合についての定めであり、原告の株主構成は、当初から被告A@40%とAA60%で、取締役も両名の共同経営であることは、原告の定款に記載のとおりであり本件解約まで何ら変更はなかったのであるから、上記条項に該当することはない。
ウ 損害額
 本件横領行為により、原告は、本件建物の保証金並びに千歳烏山店の内装設備相当額、営業用資産相当額及びのれん相当額の損害を被った。
 原告が被った上記損害は、1500万円を下らない。
【被告A@の主張】
ア 被告A@が千歳烏山店の建物につき本件賃貸借切替えを行ったのは、原告の取締役であったAAが、平成24年9月24日、原告の千歳烏山店口座の残高(189万4007円)のほぼ全額に相当する189万3000円をAA名義の預金口座に送金する本件預金引揚げにより着服し、千歳烏山店の事業継続を事実上不可能にしたためである。
 被告A@は、千歳烏山店の従業員の雇用を守り、同店の運営を継続するためには、原告ではなく被告A@個人において運営するほかないと判断し、本件賃貸借契約を被告A@名義に切り替えるとともに、同店の本件什器備品については、自らが相当の対価を支払って原告から譲り受けた。
イ 損害額に関する原告の主張は争う。千歳烏山店は、本件解約前の平成24年9月24日の被告AAによる預金の横領(本件預金引揚げ)により、被告A@からの借入れなしには営業が継続できない状態となり、原告の賃借権及び千歳烏山店の営業は無価値となっていた。
 また、被告A@が200万円を原告に貸し付けて対応を行わなければ、平成24年10月27日より後は、本件賃貸借契約17条11号により賃貸人である被告東邦サプライからいつでも解除し得る状況にあったものであるから、原告の賃借権は、原告の権利又は法律上保護された利益とはいえない。
 さらに、本件建物の保証金並びに千歳烏山店の営業用資産及びのれんについては、被告A@は原告に相当の対価を支払っている。また、本件解約により、保証金250万円から敷引きされる75万円を除く175万円が原告に返還されたが、被告A@は、AAが原告の資金を不当に引き揚げたことから、従業員の賃金や家賃の支払等につき立替払いを行っていたため、被告東邦サプライから原告の代表者として受領した上記返還金を、被告A@の原告に対する上記立替金返還請求権の弁済に充当した。
【被告東邦サプライの主張】
ア(ア) 被告東邦サプライは、被告A@が既に赤坂店を盛況に運営している実績や同店の従業員に対する教育等の評価を確認して納得し、当初の申込人であった被告A@個人に対する信頼に基づいて千歳烏山店の建物を賃貸したものであり、本件賃貸借契約締結時には被告A@の都合で賃借人が原告となったが、被告A@の芸名が「BA」であることなどに照らし、原告は被告A@が法人成りした株式会社であると理解していた。
(イ) 被告A@の横領行為については不知。原告が主張する被告東邦サプライの認識については否認する。
 建物賃貸借解約合意書(乙B4)の原告の印影は、原告の事業用建物申込書(乙B2)、原告の鍵預かり証(甲4末尾)の印影と同一である。
 原告の主張は、本件解約が有効であることを前提としているところ、本件解約によって原告に返還された保証金や内装設備を、原告がどう処分するかは、原告の内部の問題であって、被告東邦サプライとは関係がない。被告東邦サプライは、被告A@が管理をしない串かつ店を千歳烏山店の建物で営業させることには不安が大きく(火を使う飲食店に賃貸することは、建物全体の衛生、防災等の面で危険があり、適正な店舗管理ができる者に対してでなければ賃貸することはできない。)、本来であれば原状回復を求めなければならないが、本件解約後、被告A@個人が経営するのであれば、不安はなく、かつ、千歳烏山店の建物賃貸の空白期間をなくすことができるので、賃貸人としての合理的な判断から、被告A@の申込みを受け入れて、被告A@に賃貸したにすぎない。
 本件解約後の被告東邦サプライの行為は、建物賃貸借契約の賃借人である被告A@の対向当事者である賃貸人として賃貸借契約を締結しただけであって、何ら被告A@の行為に加担してはいない。被告東邦サプライが追求していた利益は、賃貸人としての正当な利益以外の何物でもない。
 本件賃貸借契約を解約することが原告の代表取締役であった被告A@の真意であることには争いはなく、建物賃貸借解約合意書(乙B4)に押捺された原告の印鑑が代表印であろうがなかろうが、法的に意味はない。被告東邦サプライは、原告の代表者であった被告A@本人から原告の本件解約の意思を確認しており、本件解約に係る合意書の印影が実印であるか否かを確認する必要もなかった。
イ 損害額に関する原告の主張は争う。
 被告東邦サプライは、赤坂店を適切に経営管理していた被告A@に信頼を置いて、被告A@が代表者を務める原告との本件賃貸借契約を締結したのであり、被告A@が原告から離れ、被告A@以外の者が千歳烏山店の経営管理を行い、被告A@がその責任を負担しないこととなれば、従前の占有管理とは全く異なるものとなり、「経営の実態が第三者による経営と判断される場合」(本件賃貸借契約15条1C)に該当し、被告東邦サプライは、本件賃貸借契約17条11号に基づき、本件賃貸借契約をいつでも解除することができる状態になる。
 したがって、原告と被告A@との対立による訣別が不可避であった以上、原告には本件賃貸借契約継続による利益を取得できる可能性はなかったものであり、損害は発生しない。
(3) 被告A@に対する本件各商標権に基づく差止請求について
【原告の主張】
 被告A@は、千歳烏山店及び赤坂店において、串かつ料理を主とする飲食物の提供という役務に関し、被告各標章を使用しているところ、被告各標章が使用されている役務は、本件各商標権の指定役務と同一である。
 そして、被告標章1は原告商標1と同一であり、被告標章2は原告商標1に類似する。また、被告標章3は原告商標2と同一又は類似である。
 したがって、被告A@の被告標章1及び被告標章2の上記使用行為は、原告の保有する本件商標権1を侵害し、被告標章3の上記使用行為は、原告の保有する本件商標権2を侵害する。
 よって、原告は、被告A@に対し、商標法36条1項に基づき、被告A@の被告各標章使用行為の差止めを請求することができる。
【被告A@の主張】
 原告が本件各商標権の商標権者として登録されていることは認めるが、原告各商標を考案し、平成19年から継続して信用を築いてきたのは被告A@であり、実質的に本件各商標権の登録を受けるべき地位にあるのは被告A@である。
 被告A@としては、以下の抗弁を主張する。
ア 著作権の抗弁
 原告商標2については、平成19年頃、ABが創作し、著作権を有している。
 そして、被告A@は、ABから許諾を得て赤坂店の営業にかつ〜んロゴ(被告標章3)を使用している。
 他方、原告は、被告A@が主体となって利用する限りでかつ〜んロゴ(原告商標2)の使用許諾を得ていたところ、平成24年9月24日、AAが本件預金引揚げをしたことにより、千歳烏山店の運営を継続することができなくなり、被告A@を主体として原告がかつ〜んロゴを使用することは不可能となった。
 以上によると、原告の被告A@に対する本件商標権2の行使は、原告商標2の商標登録出願の日より前に生じた他人の著作権(ABの著作権)と抵触するため、商標法29条により許されない。
イ 先使用権の抗弁
 被告A@は、@原告の原告各商標に係る商標登録出願(平成25年2月20日)より前の平成19年3月から、日本国内において、本件各商標権の指定役務と同一の役務について被告各標章を赤坂店の事業で使用しており、A不正競争の目的はなく、B上記商標登録出願の際、被告各標章が被告A@の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていた。したがって、被告A@は、継続してその役務に被告各標章を使用することにつき、先使用権(商標法32条1項)を有している。
ウ 権利濫用の抗弁
 原告は、平成24年11月1日以降、何ら事業を行っておらず、原告各商標の使用も行っていない。
 原告は本件各商標権を利用しておらず、原告各商標は需要者にとって被告A@に対する信用が化体したものであるから、被告A@が被告各標章を使用したとしても、本件各商標権の実質的な侵害は存在しない。
 また、前述のとおり、本件各商標権は、本来、被告A@が商標登録を受けるべき地位にあったもので、原告は商標登録を受けるべき地位にないにもかかわらず、商標登録出願を行ったものにすぎない。
 そうすると、原告の原告各商標に係る商標登録出願は、被告A@の営業を妨害しようという不正の目的に基づくものであったと推認される。
 以上の事情に鑑みれば、原告が被告A@に対し本件各商標権に基づく差止請求権を行使することは、権利の濫用に当たり、許されないものというべきである。
エ 無効の抗弁
 原告各商標の商標登録について、次の(ア)ないし(ウ)の点で商標法46条1項1号の無効理由があり、商標登録無効審判により無効にされるべきものと認められるから、同法39条、特許法104条の3第1項により、原告は、本件各商標権を行使することができない。
(ア) 商標法4条1項10号該当性
 「かつーん」という文字標章(原告商標1)及び「かつ〜んロゴ」(原告商標2)は、原告設立前から、被告A@が赤坂店において使用していた標章であり、顧客から見れば、被告A@が運営する串かつ店を表す標章として周知であった。したがって、原告各商標は、その出願時において、他人の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標であって、その役務について使用をするものであるから、商標法4条1項10号に該当し、その商標登録は、同項に違反してされたものである。
(イ) 商標法4条1項15号該当性
 原告が串かつ店の役務に原告各商標を使用すれば、顧客はあたかも被告A@の運営する串かつ店であるかと誤信し、他人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがある。したがって、原告各商標は、商標法4条1項15号に該当し、その商標登録は、同項に違反してされたものである。
(ウ) 商標法4条1項7号該当性
 かつ〜んロゴ(原告商標2)は、ABが著作権を有しており、原告は、原告商標2が他人の著作権に係るものであることを知りながら、原告商標2を使用すること、すなわち、使用により著作権侵害を行うことを前提として商標登録出願を行ったものであり、このような違法行為を前提とした本件商標権2の出願は公序良俗に反する。したがって、原告各商標は、公序良俗を害するおそれがある商標として、商標法4条1項7号に該当し、その商標登録は、同項に違反してされたものである。
オ 通常使用権の抗弁
 原告の設立に当たり、AAと被告A@との間では、@「かつーん」の新店舗(千歳烏山店)を開店し、被告各標章を使用すること、A店舗運営は被告A@に任せ、代表取締役には被告A@が就任すること、B原告が原告各商標に係る権利を取得した際には、原告は被告A@に対し原告各商標の使用を許諾することが合意されていた。
 したがって、取締役会設置会社でない原告において、業務の執行は取締役の過半数によって決せられるところ(会社法348条2項)、AA及び被告A@という全取締役の合意によって、原告は、被告A@に対し、本件各商標権について通常使用権を許諾したものである。すなわち、原告は、設立時に、原告各商標に係る商標権を取得することを停止条件として、被告A@が主体となって使用する限り、原告各商標を被告A@が使用することを許諾したものである。
【原告の反論(被告A@の主張に対する認否)】
ア 著作権の抗弁について
 被告A@の上記アの主張は争う。原告商標2のマスターデータは原告に譲渡されており、原告商標2の著作権は、ABから被告A@を経て原告に譲渡されている。
イ 先使用権の抗弁について
(ア) 被告A@の上記イの主張は争う。
 被告A@による被告各標章の使用は、いまだ「需要者の間に広く認識されている」とはいえなかった。赤坂店の売上げは、千歳烏山店の売上げの半分以下であり、固定客は少ないというのが実状であった。また、被告各標章を知る被告A@の関係者ですら、原告設立前から原告設立の話を聞いて、今後はAAと被告A@が共同でかつーんを経営していくという認識に変わっており、原告設立後も引き続き被告各標章が被告A@の個人的な商標であり続けるとの認識など有してはいなかった。
(イ) 先使用権の放棄
 被告A@とAAが、原告において原告各商標の商標登録出願を行うこと及び被告A@が原告に対して赤坂店を事業譲渡することを前提として、共同出資により原告を設立し、共同経営することを合意した際、当該合意には、@原告代表取締役として被告A@に競業避止義務を負わせ、原告の事業に注力する義務を負わせる趣旨及びA被告A@に事業譲渡後の競業避止義務(商法16条)を負わせ、原告とは別に被告各標章を使用できないこととする趣旨のほか、B被告A@において本件各商標権の先使用権を放棄する趣旨が含まれていた。
ウ 権利濫用の抗弁について
 被告A@の上記ウの主張は争う。原告が原告各商標の商標権者となることは、原告設立時にAAと被告A@との間で合意済みの事項である。事実、被告A@は、平成24年7月20日及び同年8月27日、原告代表者として原告各商標の商標登録出願を行っている。本件のような事業乗っ取りの事案で、被告A@が自ら事業を乗っ取っておきながら、原告は原告各商標を使用していないなどと主張し、原告の本件各商標権に基づく差止請求権の行使が権利濫用であるというのは、本末転倒というべきである。原告の上記差止請求権の行使は、正当な権利の行使である。
エ 無効の抗弁について
 原告各商標の商標登録について、無効理由はない。
(ア) 商標法4条1項10号該当性について
 AAと被告A@は、原告において原告各商標の商標登録を行うことを合意し、現に被告A@は、平成24年7月20日及び同年8月27日、原告代表者として原告各商標の商標登録出願を行った。
 また、原告各商標はいまだ「需要者の間に広く認識されている」とはいえなかった。原告各商標を知る被告A@の関係者ですら、原告設立前から原告設立の話を聞いて、今後はAAと被告A@が共同でかつーんを経営していくという認識に変わっており、原告設立後においても引き続き、原告各商標が被告A@の個人的に使用する商標であり続けるとの認識など有してはいなかった。
 以上によると、原告各商標は、商標法4条1項10号に該当しない。
(イ) 商標法4条1項15号該当性について
 上記(ア)と同様の理由から、原告各商標は、商標法4条1項15号に該当しない。
(ウ) 商標法4条1項7号該当性について
 原告各商標のマスターデータは原告に譲渡されており、原告各商標に係る著作権は、ABから被告A@を経て原告に譲渡されている。
 したがって、被告A@の主張は成り立たず、原告各商標は、商標法4条1項7号に該当しない。
オ 通常使用権の抗弁について
(ア) 原告が被告A@に通常使用権を許諾したことは否認する。
(イ) 通常使用権許諾契約の解除
 仮に通常使用権の許諾をしたとしても、原告は、乗っ取り行為等の被告A@による背信行為を理由として、被告A@に対し、通常使用権許諾契約を解除する旨の意思表示をした(原告第2準備書面7頁)。その結果、同許諾契約は既に効力を失っている。
【被告A@の再反論(原告の反論に対する認否)】
ア 著作権の抗弁について
 原告商標2の著作権がABから被告A@を経て原告に譲渡されたとの事実は否認する。
イ 先使用権の抗弁について
 原告が主張する先使用権放棄の再抗弁事実は否認する。原告ないしAAと被告A@との間にそのような合意は存在しない。
ウ 通常使用権の抗弁について
 原告が主張する通常使用権解除の再抗弁については争う。被告A@は背信行為を行っていない。
(4) 被告A@に対する本件各動産に係る引渡等請求について
【原告の主張】
ア 賃貸借契約終了に基づく引渡請求
(ア) 原告は、平成24年6月5日、AAが代表取締役を務める株式会社アレクス(以下「アレクス」という。)との間で事業提携契約を締結し、同社から本件各動産の貸与を受けた。
(イ) 原告は、平成24年6月23日、被告A@に対し、赤坂店の事業譲渡に対する対価の一部として、本件各動産を期限の定めなく賃貸し、これに基づき引き渡した。
(ウ) 原告は、被告A@が赤坂店の事業譲渡の合意を履行しないため、平成25年8月23日被告A@に送達された本件訴状をもって、債務不履行を原因として、本件各動産の上記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
(エ) よって、原告は、被告A@に対し、上記賃貸借契約の終了に基づき、本件各動産の引渡しを請求することができる。
イ 使用貸借契約終了に基づく引渡請求
(ア) 前記ア(ア)と同じ。
(イ) 原告は、平成24年6月23日、被告A@に対し、無償で本件各動産を期限の定めなく貸し渡した。
(ウ) 原告は、平成25年8月23日被告A@に送達された本件訴状をもって、本件各動産の返還を請求した。
(エ) よって、原告は、被告A@に対し、上記使用貸借契約の終了に基づき、本件各動産の引渡しを請求することができる。
ウ 所有権に基づく引渡請求
(ア) アレクスは、平成22年6月当時、本件各動産を所有していた。
(イ) アレクスは、平成27年1月26日、原告に対し、本件各動産を贈与した。
(ウ) 被告A@は、本件各動産を占有している。
(エ) よって、原告は、被告A@に対し、所有権に基づき、本件各動産の引渡しを請求することができる。
エ 使用料相当額
 本件各動産の使用料相当額は、1か月当たり、別紙物件目録記載の各「使用料」欄記載のとおりであって、合計10万円を下らない。
オ 代償金の額
 本件各動産の価額は、別紙物件目録記載の各「価格」欄記載のとおりであるから、本件各動産の引渡しの強制執行が不能となったときは、原告は、被告A@に対し、いわゆる代償請求として、同各金額の支払を請求することができる。
【被告A@の主張】
ア 賃貸借契約終了に基づく請求について
(ア) 原告がアレクスから本件各動産の貸与を受けたことは否認する。
(イ) 被告A@が原告との間で賃貸借契約を締結したこと、及び被告A@が受けた引渡しが同賃貸借契約に基づくことは否認する。
 被告A@は、平成24年6月23日、AAから、AAが賃借していた京都のマンションを解約するに当たり家電製品等が不要となるため無償で譲り受けてほしいと言われ、本件各動産を無償で譲り受けたものである。
(ウ) 原告がした解除の意思表示の効果は争う。そもそも被告A@は原告と本件各動産の賃貸借契約を締結していないし、赤坂店を事業譲渡する合意もしていない。
イ 使用貸借契約終了に基づく請求について
(ア) 原告がアレクスから本件各動産の貸与を受けたことは否認する。
(イ) 被告A@が原告との間で使用貸借契約を締結したこと、及び被告A@が受けた引渡しが同使用貸借契約に基づくことは否認する。
ウ 所有権に基づく引渡請求について
(ア) アレクスが平成22年6月当時本件各動産を所有していたこと及びアレクスが原告に本件各動産を贈与したことは不知。
 被告A@は、前記ア(イ)のとおり、平成24年6月23日、AAから本件各動産の贈与を受けたものである。
 AAはアレクスの代表取締役であり、AAが本件各動産を被告A@に贈与するという趣旨は、AAがアレクスの代表者として本件各動産を贈与するという趣旨であり、本件各動産の所有権はA@に移転している。
(イ) 仮に本件各動産の所有権がAA以外にあったとしても、被告A@は、そのような説明を受けておらず、即時取得(民法192条)により本件各動産の所有権を取得した。
エ 使用料相当額について
 本件各動産の使用料相当額は争う。
オ 代償金の額について
 本件各動産の代償金の額は争う。
【原告の反論(被告A@の主張に対する認否)】
ア AAがアレクスの代表者として本件各動産を被告A@に贈与したことは否認する。
イ AAが被告A@に本件各動産を贈与したことは否認し、即時取得の主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過
 前記前提事実に掲記の証拠(原告代表者尋問の結果及び被告A@本人尋問の結果については、本人調書別紙速記録中、当該供述が記載された該当頁を付記する。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 原告設立の経緯
ア 被告A@は、もともと役者を志しており「BA」の芸名で役者としての活動をしていたが、その傍ら、平成10年10月末に六本木でアミューズメントバー「KEYSTONE」を開業し、平成19年3月27日には、個人事業として、「かつーん」という名称の串かつ店である赤坂店を開業した。赤坂店の開業に当たり、被告A@は、友人のABにかつ〜んロゴを作成してもらった。
 平成24年6月5日当時、赤坂店のスタッフは、店長であるAC、AD、AE及びAFの4名であった(以上につき、甲27、67、乙A15、45、原告代表者〔速記録2、49頁〕、被告A@本人〔速記録1、15頁〕、弁論の全趣旨)。
イ AAは、不動産事業に従事したほか、金融業、経営コンサル業、家具のレンタル業等の会社の経営に携わってきた者であり、平成23年ないし平成24年頃には香港における消費者金融業(香港人の低所得者向けに実質年利58〜60%で無担保無保証の小口融資をする事業)を推進するバンリ・グループの副代表兼グループ統括本部長を務めていた上、その後も、同グループに属する会社の一つで人材派遣コンサルティング業・人事コンサルティング業を営むバンリ&エキスパート株式会社(以下「バンリ&エキスパート」という。)の代表取締役を務め、また、家具や自動車のレンタル業を営むアレクスの代表取締役を務めている。
 被告A@とAAは、平成11年頃、AAが前記アのアミューズメントバーに客として来店したことを契機に知り合った(以上につき、甲67、乙A45、48、原告代表者〔速記録5、17、18、48頁〕)。
ウ 被告A@は、平成23年3月頃、AAに対し、「かつーん」を池尻大橋駅付近に出店するための資金に関する相談をした。その後まもなくその出店の話は立ち消えとなったが、平成24年2月頃、被告A@は、再びAAに対し、千歳烏山駅付近に「かつーん」の新店舗を出したいので、開業資金500万円を拠出してもらいたいとの要請をした。これは、被告A@が、当時経済的に余裕がなかったため、自らAAに対し、会社(原告)を設立して店舗を開業することを持ち掛けたものである。AAは、この要請を受け入れ、300万円の出資と200万円の貸付けをすることとなった(甲67、乙A45、46、原告代表者〔速記録1、5頁〕、被告A@本人〔速記録3、25、27、28頁〕)。
エ 被告A@とAAが設立する会社は、被告A@の芸名にちなんで商号を「白国ファクトリー」とすることとなり、平成24年6月5日、原告が設立され、次の内容を含む定款が定められた(甲1、原告代表者〔速記録4頁〕)。
(ア) 株主総会の決議等の省略(20条1項)
 取締役又は株主が株主総会の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき株主(当該事項について議決権を行使することができるものに限る。)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたときは、当該提案を可決する旨の株主総会の決議があったものとみなす。
(イ) 報酬等(28条)
 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として当会社から受ける財産上の利益は、株主総会の決議によって定める。
(ウ) 設立時取締役(33条)
 当会社の設立時取締役及び設立時代表取締役は、次のとおりである。
  設立時取締役  AA
  設立時取締役  被告A@
  設立時代表取締役  被告A@
(エ) 発起人の氏名、住所及び設立時発行株式に関する事項(34条)
 当会社の発起人の氏名又は名称、住所及び設立に際して割り当てを受ける株式の数並びに引き換えに払い込む金額は、次のとおりである。
  AA  株式60株  300万円
  被告A@  株式40株  200万円
オ 平成24年6月5日、上記定款33条に従い、被告A@が原告の代表取締役に就任した(甲35)。
 また、同日、上記定款34条に従い、AAは300万円、被告A@は200万円を原告に出資した(甲67、73)。
カ なお、原告は、平成24年6月5日、AAが代表取締役を務めるアレクスとの間で、原告の事業に対してアレクスが包括的な事業協力を全面的に行うためとして、次の内容を含む事業提携契約を締結した(甲13、原告代表者〔速記録18、49頁〕)。
(ア) 原告の本店となる登記事務所の提供や準備の協力をアレクスは積極的に行う(1条1項)。
(イ) 緊急時にのみ原告の要望により原告の支払に対しアレクスが立て替えて支払うことに協力する(1条2項)。
(ウ) 原告が必要とする経営や財務などの各種コンサルティングサービスをアレクスは提供する(1条3項)。
(エ) アレクスが行っている事業(自動車及び家具や備品などの貸与やそれに関するコンサルティング)のサービスを原告に提供する(1条4項)。
(オ) その他原告が必要とするサービスをアレクスは協力して行う(1条5項)。
(カ) 本契約の事業提携の料金は、個別に「別紙契約書」で定めることとする(3条)。
キ 平成24年6月22日、三菱東京UFJ銀行に原告の六本木支店口座が開設された。AAは、同年7月17日にインターネットバンキングが使用可能となるまで、前記オの出資金合計500万円を自己名義の預金口座で管理していたが、同月18日、500万円を六本木支店口座に入金した(甲67、乙A2)。
(2) 本件各動産の購入、引渡し等
ア アレクスは、平成22年6月10日から同月23日の間に、電気店等において、本件各動産を、別紙物件目録の各「価格」欄記載の代金額で購入した(甲63)。
 アレクスは、その頃、原告に対し、前記(1)カの事業提携契約1条4項に基づき、本件各動産を貸与した(甲67、弁論の全趣旨)。
イ 原告は、平成24年6月23日、被告A@に対し、本件各動産を引き渡した。以来、被告A@が本件各動産を占有している(甲14、67、乙A45、原告代表者〔速記録30頁〕、弁論の全趣旨)。
(3) 本件賃貸借契約の締結その他の経緯
ア 原告と被告東邦サプライは、平成24年7月2日、次の定めを含む本件建物の事業用建物賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結した(甲4、乙A4)。
(ア) 使用目的(2条)
 原告の使用目的および営業種目は次の通りとする(1項)。
  営業目的:串かつ店として使用するものとする。
  営業種目:飲食事業を行うものとする。
(イ) 契約期間(3条)
 本契約の契約期間は、平成24年7月10日より平成27年7月9日までの3年間とする。ただし、期間満了の場合は、原告・被告東邦サプライ協議の上更新することもできる。
(ウ) 賃料(5条)
 本物件の賃料は、月額金21万円(税込)とし、原告はその翌月分を毎月27日までに、被告東邦サプライのもとに現金で持参するか、もしくは同被告の27条に指定する銀行口座宛に支払うものとする(1項)。
(エ) 保証金(7条)
 原告は本契約成立と同時に保証金として、金250万円を被告東邦サプライに預託する。ただし、保証金には利息を付けないものとする(1項)。
 本契約を解除し本件店舗を明け渡す場合は、金75万円を控除した金額を被告東邦サプライは原告に返却するものとする(2項)。
 被告東邦サプライは原告が本契約に基づき支払うべき金員、または原告が負担すべき費用について、期日通り支払わない場合には、同被告は何らの通知・催促なしに保証金をこれに充当することができる。この場合、原告は、当該充当の通知を受けたときより、8日以内に保証金の不足額を補填しなければならない(3項)。
(オ) 禁止事項(15条)
 原告は、次の行為を行ってはならない。
 1号 原告が被告東邦サプライの書面による承諾を得ることなく、本物件の賃借権の全部もしくは一部を第三者に譲渡・転貸・担保に供することをなし、または本物件の全部もしくは一部を第三者に使用、共同使用させること。ただし、次の場合は、本号の譲渡・転貸に該当するものとみなす。
 C 経営の実態が第三者による経営と判断される場合。
(カ) 契約解除(17条)
 原告において下記の各号の一つに該当したときは、被告東邦サプライは何らの催告を要しないで直ちに本契約を解除することができ、またその告知によって本契約は終了するものとする。
 11号 原告が本契約の各条項および別紙付属管理規則に違反したとき。
(キ) 原状回復および本物件の返還(18条)
 原告は本契約終了時において、特に被告東邦サプライの書面による承諾がない限り、原状回復して直ちに同被告に対して明け渡さなければならない(1項)。
 本契約終了と同時に原告が本物件内に設置した内装、造作その他の設備および原告所有の物品を原告の費用をもって撤去し、原告の希望により被告東邦サプライが設置した原告所有の物件についても同被告の要求あるときは、原告の費用をもってこれを取り外し、本物件の破損個所を原告の費用をもって修理し、原状回復してこれを同被告に明け渡すものとする(2項)。
イ 原告は、平成27年7月20日、原告商標2の商標登録出願(商願2012−58680号)をした(甲5)。
ウ AAは、前記(1)ウのとおり200万円の予定であった貸付金額を500万円に増額することとなり、平成24年7月27日、原告に対し、500万円を、年利15%の約定で貸し付けた(甲3、67、73)。
(4) 千歳烏山店開業以降の千歳烏山店及び赤坂店の運営等に関する経緯
ア 平成24年8月17日、千歳烏山店の営業が開始された。千歳烏山店の店長はADが務め、被告A@は調理、接客その他店舗運営業務に当たった(甲67、乙A22、原告代表者〔速記録10、49頁〕、被告A@本人〔速記録7、26〜27頁〕)。
 ADは、翌18日、AAに対し、前日(17日)の売上げについて報告したが、同19日には売上げを報告しなかったため、AAは、ADに対し、売上げの報告を求めた。AAは、同月23日にも、ADに対し、「なぜ売上報告して来ない!?」と記載したメールを送信した。その後、ADは、同月24日から同年9月24日まで毎日、AAに対し、千歳烏山店の前日の売上げをメールで報告した(甲32、乙A17、45、被告A@本人〔速記録31頁〕)。
イ AAは、平成24年8月24日、被告A@に対し、「千歳烏山に別口座を来週中に開設してくれ。店舗ごとに口座を分けた方がいい!」と指示するメールを送信し、被告A@は、これに従い、同月31日に原告の烏山支店口座を開設した(甲57、乙A1)。
 AAは、同月26日、AD及び被告A@に対し、「現金売上は、土日祝日も口座に入金するようにしてくれ。手数料がかかるが、お店に多くの現金を置かない方がいいので、安全料だと思ってくれ。」と記載したメールを送信し、同月27日には、AD及び被告A@に対し、「小口現金が何のためにあるんだ!? 売上入金を勝手に減額して入れるのは、ダメだ!」という経理上の指示を記載したメールを送信した。また、AAは、同日、被告A@に対し、被告A@が自己の判断で20万円を超える預金を引き出せないようにするために、六本木支店口座のキャッシュカードによる出金限度額を20万円に設定する手続をさせた(甲19、37、39、乙A18の1・3、原告代表者〔速記録7頁〕)。
ウ 原告は、平成24年8月27日、原告商標1の商標登録出願(商願2012−69122号)をした(甲5)。
エ AAは、平成24年8月27日、被告A@に対し、肩書を「取締役会長兼CEO」とするAAの名刺を作成するようメールで指示し、被告A@はこれを承諾した。被告A@は、同年9月頃、AAの指示に従って、「株式会社白国ファクトリー取締役会長兼CEO AA」とする名刺を作成し、これには、原告商標2が記載された下に「赤坂店」と「千歳烏山店」という店舗名が併記されていた。また、被告A@の名刺も、同月頃、「株式会社白国ファクトリー代表取締役社長 A@」とするものが作成され、これにも、原告商標2が記載された下に「赤坂店」と「千歳烏山店」という店舗名が併記されていた。なお、これらに対し、「店長 AD」とするADの名刺では、原告商標2が記載された下に店舗名として「千歳烏山店」のみが記されていた(甲2、28、36、原告代表者〔速記録33〜34頁〕、被告A@本人〔速記録6頁〕)。
オ ABは、平成24年8月30日、AAの依頼に応じて、かつ〜んロゴのマスターデータをAAに送信した(甲16、67)。
カ AAは、平成24年8月30日、ADに対し、「今日からその日の仕入れ合計金額も毎日報告してくれ。」と指示するメールを送信した上、AD及び被告A@に対し、「仕入れ以外の支払い」に関し、「必ず私に事前に相談し、内容をFAXしてくれ。」と指示するとともに、「ところで、小口現金を毎日5万円とする場合に引き出し金額が細かい数字にならないのはなぜだ? 実際の手持ち現金が5万円でないのなら、毎日その金額も報告してくれ。」と指示するメールを送信した。さらに、AAは、同年9月1日にも、ADに対し、「仕入れ以外は必ず事前に私に相談してから購入してくれ。尚、電球などの消耗品は事後報告でよい。」と指示し、また、「来週月曜日から赤坂店の売上報告を始めてもらいたい。」と記載したメールを送信した(甲43、44、乙A18の4)。
キ AAは、同年9月4日から同月24日にかけて、ほぼ毎日、赤坂店の店長であるACから、赤坂店の売上げ、仕入れその他の状況についてメールで報告を受け、ACに対し、「産廃管理費」や「リース代」といった費用項目の意味を問いただしたり、「メールで報告する出金金額は支払った金額ではなく、口座から出金した金額を書くようにしてくれ!」とか、「小口は5万円になるようにしてくれ。」、「私からのメールには必ず返事をするように。」などと指示をした(甲46ないし49、51ないし53、原告代表者〔速記録10、32頁〕、被告A@本人〔速記録31頁〕)
ク 被告A@は、AAの指示により、平成24年9月5日から同月24日にかけて、原告に対し、赤坂店の売上金を原告の六本木支店口座に入金した(甲27、29、67、乙A2)。
ケ 被告A@は、平成24年9月5日、原告の従業員としてA@、AD、AE、AF及びAGの6名が記載された社員年末調整情報確認表を作成し、AAに送付した。また、被告A@が原告を代表して依頼したAH税理士は、同月7日、同月25日支給予定の給与案として、原告の従業員として上記6名が記載された給与集計表を作成した。これらの表には、赤坂店の従業員も原告の従業員として記載されていた。(甲21、61、62、67、乙A16、19、原告代表者〔速記録6、36頁〕、被告A@本人〔速記録6頁〕、弁論の全趣旨)。
 なお、赤坂店でアルバイトをしていたAIは、同月19日には1万0800円、同月21日は1万1700円というように、原告から日当の支払を受けていた(甲51、52、乙A2、弁論の全趣旨)。
(5) 本件預金引揚げの経緯
ア AAは、被告A@の資金管理がずさんで支出にも問題があると感じるようになり、自らが指示したとおりに被告A@が動かないことに不満を募らせたことなどから、平成24年9月17日から同年10月1日まで香港に滞在していた途中の同年9月24日、原告の烏山支店口座及び六本木支店口座から315万8000円の本件預金引揚げをした。すなわち、同日、原告の烏山支店口座には、189万4007円の残高があったところ、AAは、このうち、振込手数料735円を費やして189万3000円を、インターネットバンキングによりAA個人名義の口座に送金し、その結果、烏山支店口座には272円のみが残った。また、同日、原告の六本木支店口座には、126万5898円の残高があったところ、AAは、このうち、振込手数料735円を費やして126万5000円を、インターネットバンキングによりAA個人名義の口座に送金し、その結果、六本木支店口座には163円のみが残った。なお、AAは、本件預金引揚げの後に店舗の運営に必要な現金があるかどうかを直接確認はしなかった(甲29、33、67、69、81、乙A1、2、原告代表者〔速記録11〜12、22、41頁〕、被告A@本人〔速記録10頁〕)。
イ 被告A@は、上記のとおり突然原告の口座の預金が引き揚げられたため、平成24年9月25日の原告従業員の給与の支払や同月27日の本件建物の賃料の支払、日々の食材の仕入代金の各支払のための資金繰りの困難に直面した。被告A@は、金策に奔走した結果、同月25日、親族から自身が200万円を借り入れた上、原告に同額を貸し付け、上記各支払に充てて対応し、赤坂店及び千歳烏山店の営業を継続した(乙A7、45、原告代表者〔速記録16頁〕、被告A@本人〔速記録10〜11、20、54頁〕)。
ウ これ以降、被告A@とAAとは対立するようになり、原告内で紛争状態に陥った。この件に関しては、被告A@は、平成24年9月末頃、本件訴訟の被告A@訴訟代理人であるB@弁護士に相談した(乙A27ないし29、45、被告A@本人〔速記録11〜12、15頁〕、弁論の全趣旨)。
(6) 本件報酬支給等
ア 被告A@は、平成24年9月25日及び同年10月25日にそれぞれ、自己の役員報酬として各37万0800円を、原告から自らに支給した(乙A19〔「620 役員報酬」勘定〕)。
イ 被告A@は、平成24年10月25日、本件出願取下げをした(甲5、被告A@本人〔速記録15頁〕)。
ウ B@弁護士は、平成24年10月29日付けで、AAに対し、「被告A@から原告の経営及び千歳烏山店の運営等に関する事項についてAAとの間で話し合いをすることについて依頼を受けた」として、「AAは、開店準備のための協力関係先からAAに対する挨拶がないことや、被告A@に対するより先にAAに報告をすべき等という理由で、度々のように突如として憤怒し、被告A@に対する個人的な協力のために採算度外視で取引してもらっている多くの関係先に対して暴言をあびせ、取引先を中止させるなど、上記関係先の名誉と被告A@の信用を傷つけた。」「本件預金引揚げにより、被告A@は翌日に予定していた千歳烏山店と赤坂店の従業員に対する給与の支払をすることができないという危機的状況に追い込まれた。本件預金引揚げは、法的には横領と評価できる極めて重大な行為であり、見過ごすことができない。」「千歳烏山店の開店前後のAAの所為によって、取引先及び従業員等のモチベーションと契約関係の維持は難しくなり、法人としての原告の状態は既に破綻寸前となりつつある。」「AAとの間で無用な紛争を長引かせることは、相互にメリットがない。合理的な話をして、相互にデメリットのない形で早期に円満に解決したいので、面談の機会調整のため、連絡をもらいたい。」旨記載した書面を送付した(甲15)。
(7) 本件什器備品の譲渡及び本件賃貸借切替え等
ア 被告A@は、リサイクル業者に千歳烏山店の什器備品等動産類を評価させ、値段が付く物については金額を算出させた結果、本件什器備品8物件については被告A@個人が対価を支払って買い受けることとし、平成24年10月31日、自ら原告を代表して、被告A@個人に対し、本件什器備品を代金55万1017円で売却した(乙A25、45)。
イ また、被告A@は、同日、本件解約をした(乙B4)。その際作成した建物賃貸借解約合意書(乙B4)に被告A@が押捺した原告の代表者印の印影は、本件賃貸借契約締結の際に作成された同年7月2日付け事業用建物賃貸借契約書(甲4、乙A4)に押捺された原告の代表者印の印影とは異なっていたが、本件賃貸借契約締結前に作成された原告を申込人とする事業用建物申込書(乙B2)及び同年6月26日付け鍵預かり証(甲4末尾)にそれぞれ押捺された原告の代表者印の各印影と同一であった。
ウ 被告東邦サプライは、同年10月31日、本件賃貸借契約7条2項の定めに従い、預託を受けていた本件建物の保証金250万円から75万円を控除した175万円を原告代表者としての被告A@に返却し、被告A@は、原告を代表してこれを受け取った(甲7、8の1)。同受取保証金175万円は、同日付けで、原告の被告A@に対する短期借入金の弁済に充てる清算処理がされた(乙A19〔「242 敷金」勘定及び「314 短期借入金」勘定の各同日の欄〕)。
エ 被告A@は、平成24年11月1日、個人として、被告東邦サプライから本件建物の賃借を受け、被告東邦サプライに対し本件建物の保証金として175万円を預託した(甲8の2、乙B5、7の1・3)。
オ 被告A@は、平成24年11月1日以降、現在に至るまで、本件建物において、個人事業として、千歳烏山店の営業を行っている。なお、千歳烏山店の従業員であるAD及びAFは、被告A@との信頼関係から、残業代及び休日出勤手当の支払を請求せずに、長時間の時間外労働をして業務を遂行した(甲67、被告A@本人〔速記録19〜20頁〕、弁論の全趣旨)。
(8) 本件賃貸借切替え後被告A@の取締役解任までの経緯
ア AAは、@平成24年11月26日に原告の烏山支店口座から自らが代表取締役を務めるアレクスの口座に5000円を、A同日に原告の六本木支店口座から同じくアレクスの口座に19万5000円を、B同月30日に六本木支店口座から自らが代表取締役を務めるバンリ&エキスパートの口座に2万円を、C同年12月5日に同じくバンリ&エキスパートの口座に1万5000円を、D平成25年2月25日にAA自身の口座に5000円を、それぞれインターネットバンキングにより送金した。AAは、@については事務所費、Aについてはコンサルティング契約料及び事務所家賃、B及びCについてはコンサルティング契約料の未払金の一部であると説明している(甲81、乙A1、2、46、48、原告代表者〔速記録18、22〜24頁〕、被告A@本人〔速記録13頁〕)。
イ 原告は、平成25年2月20日、原告各商標の商標登録出願をし、同年7月5日にその登録を受けた。原告は、同年6月27日頃、そのための登録料、弁理士費用等として合計16万8000円を出費した(甲12、59)。
ウ AD、AC、AG、AE及びAFの5名は、B@弁護士らを代理人として、平成25年3月4日付けで、本件訴訟の原告訴訟代理人弁護士に対し、「上記5名は、これまで、被告A@との信頼関係に基づき、赤坂店又は千歳烏山店の従業員として業務を行ってきた。赤坂店及び千歳烏山店の運営に関し、仕入先、顧客、従業員等との関係は、全て被告A@との信頼の上に成り立っているものであり、被告A@なしに店舗の運営はできないと考えている。」旨の記載がある書面を送付した(甲65、弁論の全趣旨)。
エ 被告A@は、平成25年4月11日、原告の取締役として、B@弁護士らの代理により、原告が債務超過の状態にあるとして、原告につき準自己破産の申立てを当庁にした。この申立てについては、審尋がされた後、被告A@は、取下げをした(甲9、乙A5、原告代表者〔速記録17頁〕、弁論の全趣旨)。
オ 被告A@は、平成25年4月27日、原告の取締役を解任された(甲35、乙A45、原告代表者〔速記録22頁〕)。
(9) 赤坂店及び千歳烏山店の利益状況等
ア 赤坂店の利益状況
 赤坂店の平成24年9月25日から同年12月末までの期間における売上高は合計740万5920円、商品仕入高は合計193万5841円、荷造運賃は合計1万0600円、給料手当は合計92万6735円、雑給は27万9250円、賃借料は合計89万4348円、修繕費は8400円、消耗品費は合計14万1895円、水道光熱費は合計41万6771円、手数料は合計3万1265円、通信費は合計5万6445円、雑費は合計39万7924円であった(乙A38、42、44)。
 赤坂店の平成25年1月1日から同年4月27日までの期間における売上高は合計759万6230円、商品仕入高は合計233万9227円、広告宣伝費は合計1万0631円、荷造運賃は合計3760円、給料手当は合計279万5260円、賃借料は合計89万4348円、事務用品費は合計6163円、消耗品費は合計28万5001円、水道光熱費は合計36万0001円、旅費交通費は合計7530円、手数料は合計5万2428円、交際接待費は合計4万9758円、通信費は合計5万3683円、雑費は合計3万5988円であった(乙A40)。
イ 千歳烏山店の利益状況
 千歳烏山店の平成24年11月及び12月の営業利益はマイナス342万1986円であった(乙A35、37、41)。
 また、千歳烏山店の平成25年の営業利益はマイナス1559万0689円であった(乙A36、39)。
ウ 総勘定元帳と確定申告書との整合性
(ア) 赤坂店の店長であったACは、平成25年3月15日、本所税務署長に対し、赤坂店の事業所得を含む平成24年分の所得税の確定申告をしたところ、その確定申告書及び添付書類(乙A42の2)に記載された@売上金額(2226万6870円)、A仕入金額(655万3902円)、B給料賃金(703万8105円)、地代家賃(357万7392円)、水道光熱費(125万5877円)、消耗品費(48万3420円)などの経費の金額は、赤坂店の平成24年の総勘定元帳(乙A38、44)に記載された@売上金額(「410 売上高」)、A仕入金額(「431 商品仕入高」)、B給料等(「621 給料手当」及び「625 雑給」)、賃料(「631 賃借料」)、水道光熱費(「635 水道光熱費)、消耗品費(「634 消耗品費」)などの経費の金額と一致していた(乙A38、42、44)。
 なお、ACは、平成23年の赤坂店の事業所得についても、確定申告をしていた(甲20)。
(イ) 被告A@は、平成25年3月15日、北沢税務署長に対し、千歳烏山店の事業所得を含む平成24年分の所得税の確定申告をしたところ、その確定申告書及び添付書類(乙A41の2)に記載された@売上金額(511万9430円)、A仕入金額(194万5660円)及びB給料賃金(271万6315円)、地代家賃(483000円)、水道光熱費(25万1682円)、消耗品費(41万4616円)などの経費の金額は、千歳烏山店の平成24年の総勘定元帳(乙A37)に記載された@売上金額(「410 売上高」)、A仕入金額(「431 商品仕入高」)及びB給料(「621 給料手当」)、賃料(「631 賃借料」)、水道光熱費(「635 水道光熱費)、消耗品費(「634 消耗品費」)などの経費の金額と一致していた。
 また、被告A@は、平成26年3月14日、北沢税務署長に対し、千歳烏山店の事業所得を含む平成25年分の所得税の確定申告をしたところ、その確定申告書及び添付書類(乙A43の2)に記載された@売上金額(4934万3220円)、A仕入金額(1632万7055円)、B給料賃金(1915万1120円)、地代家賃(647万5392円)、水道光熱費(287万5860円)、消耗品費(151万9698円)などの経費の金額は、千歳烏山店の平成25年の総勘定元帳(乙A39)及び赤坂店の同年の総勘定元帳(乙A40)に記載された@各売上金額(「410 売上高」)の合計額(2633万3220円+2301万円=4934万3220円)と一致し、A各仕入金額の合計額(「431 商品仕入高」)の合計額(905万2391円+727万6344円=1632万8735円)とほぼ一致し(差額は1680円)、B各給料(「621 給料手当」)の合計額(970万3690円+944万7430円=1915万1120円)、各賃料(「631 賃借料」)の合計額(319万6116円+327万9276円=647万5392円)、各水道光熱費(「635 水道光熱費)の合計額(147万4183円+140万1677円=287万5860円)、各消耗品費(「634 消耗品費」)の合計額(59万6122円+92万3576円=151万9698円)など各経費の合計金額と一致していた(以上につき、乙A37、39ないし41、43、被告A@〔速記録19頁〕)。
(ウ) なお、千歳烏山店の平成24年の総勘定元帳(乙A19)の売上金額(「410 売上高」)及び仕入金額(「431 商品仕入高)の記載は、平成24年8月18日、同月21日ないし同年9月23日の売上金額についてADがAAに報告した金額(甲32、42、44、乙A17)及び同年8月29日ないし同年9月21日の仕入金額についてADがAAに報告した多くの項目の金額(甲44、乙A17の8〜27・29・30)と一致していた。
(10) 本件訴訟提起後の経過
ア 原告は、平成25年7月30日、本件訴訟を当庁に提起し、同年8月23日、本件訴状は被告A@に送達された。
イ その後、アレクスと原告は、平成27年1月26日、アレクスが原告に本件各動産を贈与する旨の契約を締結した(甲64)。
ウ 被告A@は、平成24年9月25日以降、個人事業として、赤坂店の営業を行っていたが、店長の体調不良が原因で、平成27年9月30日に赤坂店の営業を終了した(被告A@本人〔速記録20、45頁〕)。
2 被告A@に対する千歳烏山店の譲渡に関する損害賠償請求について
(1) 被告A@の事業譲渡又は利益相反取引による損害賠償責任の有無について
ア 事業譲渡による損害賠償責任
(ア) 前記前提事実(7)及び前記1(7)で認定した事実によると、@平成24年10月31日、原告から被告A@に対し、原告の株主総会の承認決議を受けることなく、千歳烏山店の本件什器備品が代金55万1017円で売り渡されたこと、Aこれは、 千歳烏山店の什器備品等動産類をリサイクル業者に評価してもらい、値段が付く物については金額を算出してもらった結果、値段が付いた本件什器備品について被告A@個人が対価を支払って買い受けることとしたものであること、Bその後被告A@が個人事業として千歳烏山店の営業を行っていることなどを指摘することができる。これらの事実経過と弁論の全趣旨に鑑みると、被告A@は、原告から自身への本件什器備品の譲渡に当たり、値段が付かなかった千歳烏山店の什器備品等動産類や千歳烏山店の内装設備、電話回線等をも、一括して譲渡したものであり、他に千歳烏山店の営業財産はほとんどなかったものと推認される。そして、この推認を覆すに足りる証拠はないから、結局、被告A@は、同日頃、原告を代表して、被告A@個人に対し、千歳烏山店の内装設備、本件什器備品その他の什器備品、事務機器、電話回線、のれん等の譲渡(以下「本件譲渡」という。)をしたものと認められる。
 なお、原告は、本件建物の賃借権についても譲渡された(本件移転)と主張するが、これについては、前記1(7)イないしエのとおり、本件賃貸借契約が解約され、被告A@個人が賃借し直したものと認められ、原告から被告A@に対して直接譲渡されたものとは認められない。
(イ) そこで、本件譲渡が会社法467条1項所定の事業譲渡に当たるかについて検討するに、同項にいう事業譲渡(同法21条の事業譲渡、旧商法25条の営業譲渡と同じ。)とは、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部の譲渡」をいうものと解される(前掲最高裁昭和40年9月22日大法廷判決参照)。
 前記(ア)で認定したとおり、本件什器備品のみならず、内装設備や値段が付かなかった他の動産類も含めて一括して譲渡されたことなどに鑑みると、各個の財産物件の価値自体は低いとみられるものの、上記譲渡されたものは、これらの総和よりも高い価値を持った有機的一体として機能する財産の一部を構成するといえる。そして、前記(ア)で認定した事実に前記1で認定した事実を総合すると、本件譲渡当時、千歳烏山店の営業は原告の事業の重要な一部であったといえるところ、被告A@は、それまで原告の代表取締役として千歳烏山店を営業していたが、本件譲渡後は、個人として同店を営業しているというのであり、かつ、本件譲渡の対象となったものは、千歳烏山店の営業財産のほとんどであったということができる。
 そうすると、本件譲渡は、会社法467条1項2号の「事業の重要な一部」の譲渡に当たるというべきである。
(ウ) ところが、本件譲渡は原告の株主総会の承認決議を受けることなくされたというのであるから、被告A@は、原告に対し、会社法423条1項に基づき、本件譲渡による損害の賠償責任を負う。
 なお、本件譲渡についてAAの同意があったと認めるに足りる証拠はないから、株主全員の同意があったとも認められない。
イ 利益相反取引による損害賠償責任
(ア) 本件譲渡は、原告会社の当時の代表取締役A@と被告A@個人との間の契約であるから、会社法356条1項2号の「取締役が自己のために株式会社と取引をしようとするとき」に当たり、株主総会の承認が必要であったというべきである。
 ところが、被告A@は、株主総会の承認を受けることなく本件譲渡をしたのであるから、この点からしても、被告A@は、原告に対し、会社法423条1項に基づき、本件譲渡による損害の賠償責任を負うということができる。
 なお、本件譲渡について株主全員の同意があったとも認められないことは、前記ア(ウ)で説示したとおりである。
(イ) これに対し、被告A@は、内装設備や什器備品は交換価値がなく負の財産にすぎない旨主張するが、これらは、客観的な交換価値があるとはいえなくても、関係当事者にとって千歳烏山店の営業にそのまま用いれば有用なものであるから、会社法356条1項2号の「取引」に該当することを否定する理由にはならない。
(2) 本件譲渡による損害の有無及び金額
ア 逸失利益について
(ア) 本件譲渡による原告の逸失利益(消極損害)は、千歳烏山店の平成24年11月1日以降の得べかりし営業利益である。
 これについて更に検討するに、被告A@は、平成24年11月1日以降も平成25年4月27日に解任されるまでは、原告の取締役であったから、原告のために千歳烏山店の営業をすべきであったということができ、この期間に被告A@が千歳烏山店の営業により実際に挙げた利益があるならば原告の逸失利益になるものとみられる。これに対し、平成25年4月27日以降は、被告A@は、原告の取締役ではない全くの個人として千歳烏山店の営業をしているため、被告A@個人の貢献が原因となっている利益をそのまま原告の利益と同視することはできない。前記1で認定したとおり、本件においては、この時期には既に原告の経営を巡って内紛が激化していた上、仮に被告A@が店舗の運営から外れてAA又はAAが指名等した者が運営に当たった場合に、被告A@が運営していたときとは従業員との関係(前記1(8)ウ参照)や顧客との関係が変わるため、同様の売上げや利益を上げられたとは限らない。原告は、本件譲渡がなければ原告が少なくとも「5年間は営業を継続できた」旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。
 そうすると、本件譲渡による原告の損害となるのは、せいぜい千歳烏山店の平成24年11月1日から平成25年一杯までの営業利益にとどまり、同店の平成26年以降の営業利益を原告の損害と認めることはできないというべきである。
(イ) そこで、千歳烏山店の平成24年11月1日から平成25年12月末までの営業利益について検討するに、前記1(9)で認定したとおり、千歳烏山店の平成24年11月・12月の営業利益はマイナス342万1986円、平成25年の営業利益はマイナス1559万0689円であり、通算して1901万2675円の赤字であったと認められる。
 これに対し、原告は、上記認定の根拠となる総勘定元帳(乙A37、39、40)は信用できない旨の主張をするが、この総勘定元帳(乙A37、39、40)に記載された金額は、売上げ及び経費の各金額について、税務署に提出されたものと認められる確定申告書(乙A41の2、43の2)の金額とそれぞれ一致していて(前記1(9)ウ)、一定の信用性が認められるところ、それにもかかわらずその信用性を否定するに足りる具体的な事情を示す的確な証拠は見当たらないから、原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) また、原告は、平成24年8月17日から同年10月31日までの期間の営業利益につき、経理上は赤字となっているが、費用として計上されているもののうち合計312万5170円は、キャバクラでの遊興費など本来費用計上できないものであり、これを費用から除くと、営業利益は226万1177円となる旨主張した上、同年11月1日から5年間は同様の営業利益が生じたはずである旨主張する。
 しかしながら、平成24年11月・12月の営業利益及び平成25年の営業利益は、現実には前記(イ)のとおりであったものであり、同年8月17日から同年10月31日までの期間と同様であった(この約2か月半にすぎない期間の利益状況がその後も変わらず続いた)とする根拠は認められない。かえって、仮に同月末に本件譲渡がされなかったとしても、同年9月24日に既にAAが本件預金引揚げをしたことなどによる影響があったことが考えられるし、その他経営環境的な状況が上記期間とは異なる可能性が否定できない。また、前記(ア)で説示したとおり、仮に千歳烏山店を原告(AA)が被告A@なしに運営していたら、開店後被告A@が運営していた状況とは異なる可能性が否定できない。
 なお、平成25年の経費のうち、同年9月4日のキャバクラ「Club R」での40万4800円(乙A39の「639 交際接待費」勘定)を費用から差し引いても、前記(イ)の赤字は解消されない。他方、前記1(7)オの時間外手当のように、実際には支払われていなかったが本来費用として支払われるべきであったものもある。
(エ) 以上によると、原告が平成24年11月1日以降に千歳烏山店の営業から得べかりし利益があったとは認められず、この点で本件譲渡による原告の損害を認めることはできない。
イ 本件建物の保証金について
 前記1(3)ア(エ)、(7)ウで認定した事実によると、原告から預託されていた本件建物の保証金250万円は、平成24年10月31日、本件賃貸借契約7条2項の定めに従って75万円が控除された上、被告東邦サプライから原告に175万円が返還され、それが被告A@の原告に対する貸付けとの間で清算されたと認められる。したがって、本件建物の保証金に関し、原告に損害が生じたとは認められない。
ウ 千歳烏山店の内装設備及び営業用資産について
 内装設備については、前記ア(イ)のとおり千歳烏山店で営業を継続するに当たって他の什器備品と相俟って有用な面があったとしても、客観的な財産的価値があったと認めるに足りる証拠はない(千歳烏山店自身にとって利益を生み出す源泉という面は前記アで評価すべきものであるが、その物自体の他の者にも通用する交換価値については、零であった可能性が否定できない。)。
 また、本件什器備品については、被告A@により代金55万1017円で買われているところ、証拠(乙A33)に照らしてもこの代金額を超える価値を認めるに足りる証拠はないから、原告に損害があったということはできない。
エ のれんについて
 千歳烏山店ののれんの評価額を認めるに足りる証拠はないが、それまで原告の事業として営業され、顧客が付いていたことに照らすと、それが零であったとはいい難い。そうすると、これについては、損害が生じたこと自体は認められるが、損害の性質上その額を立証することが極めて困難というべきであるから、民事訴訟法248条により、相当な損害額を10万円と認める。
(3) 小括
 被告A@は、原告に対し、会社法423条1項に基づき、本件譲渡による損害として、のれん相当額10万円(前記(2)エ)の賠償責任を負う。
3 被告A@に対する売上金横領に関する損害賠償請求について
 証拠(乙A19、24)によると、平成24年8月17日から同月22日までの間及び同年9月24日から同年10月31日までの間の千歳烏山店の売上げは、原告の売上げ(「現金売上」)として計上されていることが認められる。
 原告の預金口座に入金されていなくても、その分の現金等があれば横領があったとはいえないところ、最終的に原告の現金勘定が合っていない(その分の現金が失われている)ということを認めるに足りる証拠はない。
 なお、AAは、陳述書(甲67)において、@平成24年9月10日から同月25日にかけて烏山支店口座から出金された合計65万4351円(甲33)が元帳の「111 現金」勘定に計上されておらず、使途不明金が生じている、A同年10月1日から同月31日までの現金の出納が合算記帳されており、全く不明である旨指摘する。しかしながら、上記@の点に関し、AAが、原告代表者尋問において、同年9月30日に売上現金が手元にあった旨述べていることを措くとしても、被告A@が経費の支払等をしていたことをも考慮すると、上記@・Aの金員を被告A@が領得したと直ちに断定することはできず、これを認めるに足りる的確な証拠はない。
 以上によると、被告A@が平成24年8月17日から同月22日までの間及び同年9月24日から同年10月31日までの間に原告の千歳烏山店の売上金を横領したとは認められない。
4 被告A@に対する本件出願取下げによる損害賠償請求について
 前記前提事実(9)及び前記1(6)イ、(8)イで認定した事実によると、被告A@が原告の代表取締役として本件出願取下げをしたため、原告が再度商標登録出願を行い、16万9044円の費用を支出し、同出願に基づき原告各商標の商標登録がされたというのである。後記8のとおり、この商標登録が無効であるとは認められず、被告A@が本件出願取下げをしなければ原告に16万9044円の追加費用は発生しなかったといえるから、被告A@の本件出願取下げにより原告が同額の損害を被ったものと認められる。
 したがって、被告A@は、原告に対し、会社法423条1項に基づき、本件出願取下げによる損害として16万9044円の賠償責任を負う。
5 被告A@に対する取締役報酬お手盛りによる損害賠償請求について
 前記前提事実(6)及び前記1(6)アで認定した事実によると、被告A@は、株主総会決議を経ることなく、自己の取締役報酬を定め、原告から自らに対して取締役報酬として合計74万1600円の支給(本件報酬支給)を行ったというのである。これについてAAが承諾していたと認めるに足りる証拠はなく(かえって、AAは、原告代表者尋問〔速記録10〜11頁〕において、承諾していない旨明言している。)、全株主の承諾があったとは認められないし、上記取締役報酬について事前に約定があった証拠もない。
 そうすると、被告A@は、会社法361条1項に違反したものであり、これにより原告が74万1600円の損害を被ったものと認められる。
 したがって、被告A@は、原告に対し、会社法423条1項に基づき、取締役報酬お手盛りによる損害として74万1600円の賠償責任を負う。
6 被告A@に対する競業避止義務違反による損害賠償請求について
(1) 被告A@から原告に対する赤坂店に係る事業譲渡の有無について
 前記1(4)エ、キないしケで認定した事実によると、@被告A@は、平成24年9月5日から同月24日まで、赤坂店の売上金を原告の六本木支店口座に入金していたこと、A原告の取締役かつ大株主であるAAは、同月4日から同月24日にかけてほぼ毎日、赤坂店の店長から直接、赤坂店の売上げ、仕入れその他の状況の報告を受けていた上、赤坂店の経営に関わる細かな指示を出していたこと、B被告A@が同月5日に作成した社員年末調整情報確認表及びAH税理士が同月7日に作成した給与集計表には、赤坂店の従業員も原告の従業員として記載されていたこと、C赤坂店でアルバイトをしていたAIが原告から日当の支払を受けていたこと、D「株式会社白国ファクトリー代表取締役社長 A@」の名刺及び「株式会社白国ファクトリー取締役会長兼CEO AA」の名刺には、原告商標2が記載された下に「赤坂店」と「千歳烏山店」が併記されていたことなどに照らすと、赤坂店の事業は、同年6月5日から遅くとも同年9月24日までの間に、被告A@から原告に譲渡されたものと推認される。
 もっとも、上記譲渡について対価が明確に定められた形跡がないことから、取引として不自然でないかが問題となり得る。しかしながら、前記1(1)ウ、オ、(3)ウで認定した事実によると、もともと原告の設立は、被告A@が、当時経済的な余裕がなかったことから、自らAAに持ち掛けて開業資金500万円の拠出を要請し、AAがこれに応じたものというのである。そうすると、AAが陳述書(甲67)及び原告代表者尋問において説明するとおり、AAが被告A@の要請に応じて開業資金を拠出する条件の一つとして「赤坂店を会社に事業譲渡し、会社で経営していくこと」が合意されたとしても、あながち不自然ではない。
 なお、被告A@は、上記@の点について、単に赤坂店の売上状況をAAに確認させるだけのために入金したものである旨主張するが、単なる売上状況の確認であれば、赤坂店用に被告A@名義の口座を設けてこれに入金をしその入金状況を報告すれば足りることなどに照らすと、上記主張を採用することはできない。
 また、被告A@は、赤坂店の電気・ガス・賃貸借が被告A@名義であったことを主張し、これを裏付ける書証(乙A32)等を援用するが、この点については、もともと被告A@が個人事業として赤坂店を運営していたところ、上記の名義が単に変更されないまま経過したにすぎない可能性もあり、上記譲渡の事実の推認を覆すには足りない。
(2) 被告A@の競業避止義務違反
 上記(1)のとおり、被告A@が平成24年9月24日までの間に赤坂店の事業を譲渡したと認められるところ、その後に被告A@が個人として赤坂店の営業を行うことをAAが承諾していたと認めるに足りる証拠はない。したがって、被告A@が同月25日から平成25年4月27日まで原告の取締役でありながら個人として赤坂店の営業(競業取引)を行った行為は、原告に対する競業避止義務違反(会社法356条1項1号)を構成するというべきである。
(3) 損害額
 平成24年9月25日から平成25年4月27日までの間における被告A@の上記競業取引(赤坂店の営業行為)によって生じた原告の損害については、会社法423条2項により、同行為によって被告A@が得た利益の額が、同損害の額と推定される。
 そこで、平成24年9月25日から平成25年4月27日までの間の赤坂店の利益の額について検討するに、前記1(9)で認定したとおり、@赤坂店の平成24年9月25日から同年12月末までの期間における売上高は合計740万5920円、商品仕入高は合計193万5841円、荷造運賃は合計1万0600円、給料手当は合計92万6735円、雑給は合計27万9250円、賃借料は合計89万4348円、修繕費は8400円、消耗品費は合計14万1895円、水道光熱費は合計41万6771円、手数料は合計3万1265円、通信費は合計5万6445円、雑費は合計39万7924円であったと認められ、これによると、営業利益は230万6446円(740万5920円−509万9474円=230万6446円)となる。また、A赤坂店の平成25年1月1日から同年4月27日までの期間における売上高は合計759万6230円、商品仕入高は合計233万9227円、広告宣伝費は合計1万0631円、荷造運賃は合計3760円、給料手当は合計279万5260円、賃借料は合計89万4348円、事務用品費は合計6163円、消耗品費は合計28万5001円、水道光熱費は合計36万0001円、旅費交通費は合計7530円、手数料は合計5万2428円、交際接待費は合計4万9758円、通信費は合計5万3683円、雑費は合計3万5988円であったと認められ、これによると、営業利益は70万2452円(759万6230円−689万3778円=70万2452円)となる。したがって@及びAの両期間について合計した営業利益は、300万8898円となる。
 なお、原告は、上記認定の根拠となる総勘定元帳(乙A38、44)は信用できない旨の主張をするが、総勘定元帳(乙A38、44)に記載された金額は、売上げ及び経費の各金額について、税務署に提出されたものと認められる確定申告書(乙A42の2)の金額とそれぞれ一致していて(前記1(9)ウ)、一定の信用性が認められるところ、それにもかかわらずその信用性を否定するに足りる具体的な事情を示す的確な証拠は見当たらないから、原告の上記主張は採用することができない。
 そして、前記損害の額が300万8898円と推定されることを覆すに足りる証拠はない。
(4) 小括
 以上によれば、被告A@は、原告に対し、会社法423条1項に基づき、競業避止義務違反による損害として300万8898円の賠償責任を負うというべきである。
7 被告らに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求について
(1) 被告A@の横領による損害賠償責任の有無について
 原告は、「被告A@は、本件賃貸借切替えをし、本件建物の保証金(250万円)並びに千歳烏山店の建物内の内装設備(294万円)及びその他の営業用資産(287万円2020円)を横領した(本件横領行為)。」と主張するが、被告A@がした本件賃貸借切替えについて直ちに「横領」といえるのかという問題を措くとしても、本件横領行為による損害が認められない。すなわち、原告は、本件横領行為による損害として、「本件建物の保証金並びに千歳烏山支店の内装設備相当額、営業用資産相当額及びのれん相当額の損害を被った。」としているところ、本件建物の保証金並びに千歳烏山支店の内装設備相当額及び営業用資産の損害が認められないことは、前記2(2)イ、ウで説示したとおりである。他方、のれんについては、本件横領行為により上記金銭や有体物を自己のもとに移転したというだけでは、移転したことにならないので、本件横領行為と相当因果関係のある損害としては認められない(なお、のれんについては、前記2(2)エにおいて、被告A@の本件譲渡による損害賠償責任を認めているところである。)。
 したがって、被告A@は、原告に対し、本件横領行為による損害賠償責任を負うものではない。
(2) 被告東邦サプライの共同不法行為に基づく損害賠償責任の有無について
 原告は、「被告東邦サプライは、被告A@が、@株式を過半数保有しているスポンサーとの関係がうまく行かなくなったことを認識しつつ、また、A本件解約に係る合意書に顕出された原告の印鑑の印影が、本件賃貸借契約に係る契約書のそれとは異なることを認識しながら故意に、ないしは少なくとも漫然と見落として、本件建物の保証金並びに千歳烏山店の建物内の内装設備及びその他の営業用資産の承継を認め、被告A@による本件横領行為を実現させた。」と主張する。
 しかしながら、前記前提事実及び前記1(7)イで認定した事実によると、被告A@は、本件賃貸借切替え当時、原告の代表取締役として代表権を有していたのであり、本件解約に係る合意書に被告A@が押捺した原告の代表者印の印影は、本件賃貸借契約締結前に作成された事業用建物申込書及びその頃作成された鍵預かり証にそれぞれ押捺された原告の代表者印の各印影と同一であった(なお、さらには、本件什器備品の売買については契約書〔乙A25〕も作成されていた。)というのであるから、賃貸借契約の対向当事者である被告東邦サプライにおいて、仮に上記@及びAの認識があったからといって、それのみでは、被告A@の行為が「横領」に当たると認識することはできないし、被告A@からの賃貸借契約の解約に応じて営業用資産の承継を認めたことが不法行為に当たるということはできない。
 したがって、原告の上記主張は採用の限りではなく、被告東邦サプライは、原告に対し共同不法行為による損害賠償責任を負うものではない。
8 被告A@に対する本件各商標権に基づく差止請求について
(1) 商標権侵害
 被告標章1は原告商標1と同一であり、被告標章2は原告商標1に類似しており、また、被告標章3は原告商標2と同一又は類似であることが明らかである。
 被告A@は、千歳烏山店において、串かつ料理を主とする飲食物の提供という役務に関し、その提供を受ける者の利用に供するメニュー並びに看板、ホームページ及びチラシに被告各標章を使用(商標法2条3項3号、8号)しているところ、被告各標章が使用されている役務は、本件各商標権の指定役務と同一である。
 したがって、被告A@の被告標章1及び被告標章2の上記使用行為は、原告の保有する本件商標権1を侵害し、被告標章3の上記使用行為は、原告の保有する本件商標権2を侵害する。
(2) 著作権の抗弁の成否
 原告商標2のロゴは、「かつ〜ん」の文字を毛筆体に変形し「か」の字を大きくしたものと、その背景に「○」の中に「串」の字を朱色で記載したマークを配したものである。同ロゴは、商標として使用することが予定された実用的・機能的なロゴであること、上記の文字やマークはそれぞれありふれたものとみられることからすると、その実用的機能を離れて創作性は認められないから、著作権法上の著作物には当たらず、これについて著作権は発生しないというべきである。
 したがって、被告A@が主張する著作権の抗弁(商標法29条)は、その前提を欠き、採用することができない。
(3) 先使用権の抗弁の成否
 証拠(乙A11、12、15)によれば、@平成20年11月1日に発行された『CLUB HARLEY』というハーレー・ダビッドソン愛好家向けの雑誌において、被告A@が取り上げられたところ、その記事においては、写真に付された説明文中に比較的小さな字で原告商標1が記載されており、写真に写った赤坂店ののれんに原告商標2ないし被告標章3とおぼしきロゴがおぼろげながら見えること、A平成21年8月1日に13万5000部発行された雑誌『おとなの週末』平成21年8月号において、特集された串かつ店の一つとして赤坂店が取り上げられたところ、その記事においては、見出しや説明文中に被告標章2が記載され、写真には、赤坂店ののれん及び掲示に原告商標2ないし被告標章3が記載されている様子が写っていることが認められる。また、被告A@の陳述書(乙A45)には、B「かつーんは、平成23年5月16日にフジテレビで放送された「HEY!HEY!HEY!」でも、ジャニーズグループの「KAT-TUN」と同様の名前の串かつ店として紹介されています。」との記載部分がある。
 しかしながら、上記@については、それにより原告各商標がどれだけ需要者の間に認識されたかは疑問であるし、また、上記Bについては、どのような放送がされたのかに関する客観的な証拠がなく、仮に上記陳述書記載部分の内容自体はそのとおりであったとしても、原告各商標がどのように放映されたのかは不明である。そして、平成19年3月27日に「かつーん」赤坂店が開業(前記1(1)ア)されてから平成25年2月20日に原告各商標について商標登録出願がされるまで、原告各商標ないし被告各標章が使用された期間は6年に満たなかったことをも考慮すると、上記@ないしBを総合的に勘案しても、上記商標登録出願の際、現に原告各商標が被告A@の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。
 なお、被告A@が援用する乙A第13号証は、上記商標登録出願より後の平成25年5月1日に発行された雑誌にすぎず、他に、上記商標登録出願の際、現に原告各商標が被告A@の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたと認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告A@が主張する先使用権の抗弁は、採用することができない。
(4) 権利濫用の抗弁の成否
 前記前提事実(9)及び前記1で認定した事実並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、平成24年8月17日から同年10月31日までの間、千歳烏山店の業務に原告各商標を使用していたものと認められる。したがって、原告が、原告各商標につき商標登録を受けるべき地位になかったとはいえないし、原告が平成25年2月にした商標登録出願が、専ら被告A@の営業を妨害しようという不正の目的に基づくものであったと認めることもできない。
 そして、原告が平成24年11月1日以降事業を行っていないというのみでは、本件各商標権の行使が権利の濫用に当たるということはできない。
 他に、原告の被告A@に対する本件各商標権に基づく差止請求権の行使が権利の濫用に当たるとまで認めるに足りる事情は見当たらない。
 したがって、被告A@が主張する権利濫用の抗弁は、採用することができない。
(5) 無効の抗弁の成否
ア 前記(3)のとおり、原告各商標についての商標登録出願がされた平成25年2月20日当時、原告各商標が被告A@の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとまで認めるに足りる証拠はないから、原告各商標は、商標法4条1項10号には該当しない。
イ 前記アの点のほか、前記(4)のとおり、原告各商標は、平成24年8月17日から同年10月31日までの間、原告の営業にも用いられていたことなどを考慮すると、被告A@個人の役務と混同を生ずるおそれがあるということはできず、原告各商標は、商標法4条1項15号には該当しない。
ウ 原告各商標が商標法4条1項15号に該当する旨の被告A@の主張は、原告商標2の著作権侵害を前提とするものであるが、そのような前提は、前記(2)で説示したとおり、認められない。原告各商標は、商標法4条1項15号には該当しない。
エ 原告各商標の商標登録について、他に商標法46条1項各号所定の無効理由は見当たらず、商標登録無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
(6) 通常使用権の抗弁の成否
 被告A@が、千歳烏山店及び赤坂店を、原告の取締役として営業する分には原告各商標を使用することができたものであることに争いはないが、これを超えて被告A@が自己の個人事業として営業するために原告各商標を使用することを、原告が承諾していたことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告が被告A@に対し本件各商標権の通常使用権を許諾したとは認められない。
(7) 小括
 以上によれば、被告A@が、串かつ料理を主とする飲食物の提供という役務に関し、その提供を受ける者の利用に供するメニュー並びに看板、ホームページ及びチラシに被告各標章を使用することに関しては、商標法36条1項により、原告は、被告A@に対し、本件商標権1に基づいて被告標章1及び被告標章2の、本件商標権2に基づいて被告標章3の、各使用行為の差止めを請求することができる。
9 被告A@に対する本件各動産に係る引渡等請求について
(1) 本件各動産の引渡請求について
ア 所有権に基づく引渡請求について
(ア) 前記1(2)ア、(10)イで認定した事実によれば、アレクスが、平成22年6月に電気店等において本件各動産を購入し、その後、平成27年1月26日に原告に本件各動産を贈与したというのである。
 そうすると、原告は、同日以降、本件各動産を所有しているものと認められる。
(イ) これに対し、被告A@は、平成24年6月23日に、本件各動産について、アレクスから贈与を受けたこと、又はAAから贈与を受けて即時取得したことを主張する。
 しかしながら、被告A@が上記のような贈与を受けたことの証拠としては、被告A@自身の陳述書(乙A45)及び本人尋問における供述があるのみで、これを認めるに足りる客観的な裏付け証拠はないから、上記事実は認められない。
(ウ) そして、被告A@は、本件各動産を占有しているところ、本件訴状の送達を受けた後、それについて占有権原があるものとはうかがわれない。
イ 小括
 したがって、原告は、被告A@に対し、本件各動産の所有権に基づき、その引渡しを請求することができる。
(2) 使用料相当損害金の支払請求について
ア 賃貸借契約終了又は使用貸借契約終了に基づく目的物返還債務の履行遅滞に基づく損害賠償請求について
 前記1(2)で認定した事実によると、原告は、平成24年6月にアレクスから本件各動産を借り受け、同月23日に被告A@に対して本件各動産の引渡しをしたことが認められる。
 しかしながら、原告と被告A@との間の契約を示す証拠はなく、これが賃貸借とも使用貸借とも、すなわち返還約束を伴って引き渡されたと認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、平成25年8月24日以降、賃貸借契約終了又は使用貸借契約終了に基づく目的物返還債務が発生したとはいえず、その履行遅滞に基づく損害賠償請求権があるということもできない。
イ 所有権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求について
 前記(1)で説示したところを前提にすると、原告は、被告A@に対し、平成27年1月26日以降の所有権侵害を理由に、不法行為に基づき使用料相当損害金の賠償を請求することができる。
ウ 損害額について
 本件各動産は、平成22年6月に購入されたものであるから、平成27年1月26日時点で、購入から4年半以上経過していたものである。それにもかかわらず、これらについて、1か月当たり原告主張の使用料を取得することができるほどの価値があったと認めるに足りる証拠はない。
 そして、本件各動産のうち、別紙物件目録記載5のシーリーベッドについては、平成22年6月に174万1897円で購入されたものであり、AAの陳述書(甲67)では、シーリーベッドは日本最高級といわれるベッドであると説明されているが、それ以外の動産については、購入価格及び経過年数等に照らし、そもそも使用料を取得することができない可能性が高く、損害の発生を認めるに足りる証拠はない。
 上記シーリーベッドについては、原告に損害が生じたことが認められるが、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるというべきである。そこで、民事訴訟法248条により、購入価格、経過年数等に照らし、相当な損害額を、1か月当たり5000円と認める。
(3) 代償請求について
 執行不奏効の場合の代償請求については、口頭弁論終結時の目的物の時価を主張立証しなければならないが、購入から5年半以上経過することになるこの時点(平成28年1月27日)における本件各動産の時価を示す証拠はない。
 そもそも、本件各動産のうち、別紙物件目録記載5のシーリーベッド以外の各動産については、その購入価格及び経過年数等に照らし、時価が付かない可能性が高く、損害の発生を認めるに足りる証拠はない。
 他方、上記シーリーベッドについては、損害が生じたことが認められるが、損害の性質上訴の額を立正することが極めて困難であるというべきである。そこで、民事訴訟法248条により、購入価格、経過年数等に照らし、相当な損害額を、10万円と認める。
 したがって、原告は、被告A@に対し、上記シーリーベッドの引渡しの強制執行が不奏効の場合において所有権侵害の不法行為に基づき代償金10万円の損害賠償を請求することができるというべきである。
第4 結論
1 以上の次第で、(1)原告の被告A@に対する会社法423条1項に基づく損害賠償請求については、@千歳烏山店に係る本件譲渡に関するのれん相当額10万円の損害賠償請求(前記第3の2(1)・(2)エ)、A本件出願取下げに関する16万9044円の損害賠償請求(前記第3の4)、B取締役報酬お手盛りに関する損害74万1600円の損害賠償請求(前記第3の5)及びC競業避止義務違反に関する300万8898円の損害賠償請求(前記第3の6)並びにこれら合計401万9542円に対する訴えの変更申立書送達日の翌日である平成26年7月23日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求は理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。
(2) 原告の被告らに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求はいずれも理由がない(前記第3の7)。
(3) 原告の被告A@に対する本件各商標権に基づく被告各標章使用行為の差止請求は理由がある(前記第3の8)。
(4) 原告の被告A@に対する@所有権に基づく本件各動産引渡請求は理由があり(前記第3の9(1))、A使用料相当損害金の支払請求については、別紙物件目録記載5の動産につき1か月当たり5000円の割合による使用料相当損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がなく(前記第3の9(2))、B代償請求については、上記Aの動産につき上記@の引渡しの強制執行が不能となったときの代償金10万円及びこれに対する執行不能となった日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない(前記第3の9(3))。
2 よって、原告の請求は、主文第1項ないし第5項の内容を求める限度で理由があるから、これらをいずれも認容し(なお、主文第2項については、仮執行宣言を付すのは相当でないから、これを付さないこととする。)、その余の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 嶋末和秀
 裁判官 笹本哲朗
 裁判官 天野研司


(別紙)当事者目録
原告 株式会社白国ファクトリー
同訴訟代理人弁護士 田島正広
同 寺西章悟
同 進藤亮
同訴訟復代理人弁護士 花村大祐
同 西川文彬
被告 A@(以下「被告A@」という。)
同訴訟代理人弁護士 橋修平
同 阿部麻由美
同 西村義隆
同 亀井孝衛
同 江村祥子
同 井伊弘明
同 辰巳駿介
被告 株式会社東邦サプライ(以下「被告東邦サプライ」という。)
同訴訟代理人弁護士 成田茂
同 前山暁子
同 鈴木智有

(別紙)物件目録
番号 物件 メーカー 製造番号 価格 使用料
電子レンジ シャープ AXX2R 89,800円 3,983円
冷蔵庫 三菱 MRE50RPW 138,000円 6,121円
トースター 東芝 HTRH6E4 6,480円 288円
炊飯ジャー パナソニック SRSJ182W 104,800円 4,649円
シーリーベッド一式(リージェント&カンタベリー) シーリー社  不明 1,741,897円 77,265円
ベッドスカート Benaco 1-2908-117 173,460円 7,694円
合計 2,254,437円 100,000円

(別紙)被告標章目録
1 標章 かつーん(標準文字)
2 標章 かつ〜ん(標準文字)
3 標章 <画像省略>
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