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【事件名】「著作権判例百選」の編集著作権事件
【年月日】平成28年4月7日
 東京地裁 平成28年(モ)第40004号 保全異議申立事件(基本事件・平成27年(ヨ)第22071号)

決定
債権者 X
同代理人弁護士 前田哲男
債務者 株式会社有斐閣
同代理人弁護士 松田政行
同 齋藤浩貴
同 池村聡


主文
1 債権者と債務者との間の東京地方裁判所平成27年(ヨ)第22071号仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成27年10月26日にした仮処分決定を認可する。
2 申立費用は債務者の負担とする。

理由
第1 異議申立ての趣旨
1 債権者と債務者との間の東京地方裁判所平成27年(ヨ)第22071号仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成27年10月26日にした仮処分決定を取り消す。
2 債権者の上記仮処分命令の申立てを却下する。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 債権者は、自らが編集著作物たる別紙著作物目録記載の雑誌『著作権判例百選[第4版]』(以下「本件著作物」という。)の共同著作者の一人であることを前提に、債務者が発行しようとしている別紙雑誌目録記載の雑誌『著作権判例百選[第5版]』(以下「本件雑誌」という。)は本件著作物を翻案したものであるなどと主張して、本件著作物の@翻案権並びに二次的著作物の利用に関する原著作物の著作者の権利(著作権法28条)を介して有する複製権、譲渡権及び貸与権又はA著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)に基づく差止請求権(以下「本件差止請求権」ともいい、これに係る差止請求を「本件差止請求」ともいう。)を被保全権利として、債務者による本件雑誌の複製、頒布、頒布する目的をもってする所持又は頒布する旨の申出(以下、併せて「複製・頒布等」ということがある。)を差し止める旨の仮処分命令を求めた(以下「本件仮処分申立て」という。)。当裁判所は、本件仮処分申立てには理由があると判断し、平成27年10月26日、「債務者は、別紙雑誌目録記載の雑誌の複製、頒布、頒布する目的をもってする所持又は頒布する旨の申出をしてはならない。」との仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)をした。
 本件は、債務者がこれを不服として保全異議を申し立て、原決定である本件仮処分決定の取消しと本件仮処分申立ての却下を求める事案である。
2 争点
(1) 債権者が編集著作物たる本件著作物の著作者の一人であるか。(争点1)
(2) 本件雑誌の表現から本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができるか(本件雑誌が本件著作物を翻案した二次的著作物に当たり、本件著作物の同一性保持権を侵害するものとなり得るか。)。(争点2)
(3) 本件著作物は別紙「『著作権判例百選』(第4版)搭載判例リスト(案)」のとおりの原案(以下「本件原案」という。)を原著作物とする二次的著作物にすぎず、本件著作物において新たに付加された創作的表現が本件雑誌において再製されてはいないということができるか。(争点3)
(4) 著作権法19条3項の趣旨に照らし、本件雑誌のはしがきの表示をもって、同条1項後段の原著作物の著作者名の表示がされたとして、氏名表示権の侵害がないといえるか。(争点4)
(5) 本件雑誌における本件著作物の改変が債権者の本件著作物に係る同一性保持権を侵害するか(債権者の「意に反して」改変したもの(著作権法20条1項)といえるか。また、「やむを得ないと認められる改変」(同条2項4号)に当たるか。)。(争点5)
(6) 債権者が債務者に対し、本件雑誌の出版に関して、黙示的に、本件著作物の利用を許諾し、著作者人格権を行使しない旨同意したか。(争点6)
(7) 債権者が他の共同著作者との間で本件雑誌の出版に関する合意を拒むことについて、正当な理由(著作権法65条3項)がなく、信義に反する(同法64条2項)ということができ、かつ、そのことが本件差止請求に対する抗弁となるか。(争点7)
(8) 債権者の債務者に対する本件差止請求権の行使が権利の濫用に当たるか。(争点8)
(9) 本件雑誌の出版前にその複製・頒布等を差し止めることが、「事前抑制の法理」の要件を満たさないとして許容されないことになるか。(争点9)
(10) 本件仮処分申立てについて保全の必要性があるか。(争点10)
3 当事者の主張
 本件に関する各当事者の主張については、その要旨は次のとおりであるほか、各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。
(1) 争点1(著作者性)について
【債権者の主張の要旨】
 本件著作物の編集著作者は、債権者、A東京大学名誉教授(以下「A教授」という。)、B慶應義塾大学大学院法務研究科教授(以下「B教授」という。)及びC北海道大学大学院法学研究科教授(以下「C教授」という。)の4人であり、債権者が共同編集著作者の一人であることは、次のアないしウから明らかである。
ア 本件著作物の表紙に「A・X・B・C編」との表示(編者の表示)がされていることから、著作権法14条により、債権者が編集著作者であるとの推定が働く。
イ 債権者は、本件著作物の創作に当たり、A教授、B教授及びC教授と共同して、次のような編集著作行為を行った上で、判例及び執筆者(ないし執筆者の執筆する解説。以下同じ。)に係る素材の選択・配列を最終的に確定した。
(ア) 債権者は、平成20年9月頃、文化庁文化審議会著作権分科会法制問題小委員会司法救済ワーキングチームの会議の前後又は著作権法学会著作権判例研究会とその後の恒例の懇親会の前後に、D立教大学准教授(当時。現在は早稲田大学教授。以下「D教授」という。)に対し、@(a)間接侵害は非常に重要であるため、上記ワーキングチームで主に検討していた別紙「間接侵害8判例」記載の間接侵害に関する8判例(以下「本件間接侵害8判例」という。)を全て採録すること、(b)本件間接侵害8判例は、債権者が著作権法判例担当として制作に関与していた『判例六法』の平成20年版(平成19年11月10日債務者発行)ないし平成21年版(平成20年11月11日債務者発行)に登載済みないし登載予定なので参考としてほしいこと、(c)項目名は「間接侵害」とすること、(d)最高裁昭和63年3月15日判決〔クラブキャッツアイ事件〕の解説の執筆者は債権者とすることなどを依頼するとともに、A本件間接侵害8判例以外についても、債権者が本件著作物に採録すべきと考える判例は、『判例六法』平成20年版登載判例のとおりなので、採録してほしいと依頼した。上記@は、本件間接侵害8判例の選択及び配列、「間接侵害」という論点名の選択並びに上記クラブキャッツアイ事件判決についての解説の債権者への割当て(選択・配列)を示したもの、上記Aは、『判例六法』登載判例という形でその他の判例の選択と配列を示したものであり、これらは、本件原案に対する更なる原案となった。
(イ) 債権者は、平成20年10月27日、B教授に対し、執筆者について、@本件原案で候補になっていた特定の実務家1名を削除し、A新たに別の特定の実務家3名を、その氏名を挙げて執筆者として加えるよう意見を述べるとともに、B同3名に割り当てるべき判例を特定して伝えた。
(ウ) 債権者は、平成21年1月6日の編者会合ないし編集会議(以下「本件編者会合」という。)において、他の編者と共に、判例113件の選択・配列と執筆者113名の割当てを項目立ても含めて確定した。
(エ) 債権者は、本件編者会合後も、編者間での電子メール(以下、単に「メール」という。)のやりとりにおいて、@平成21年3月12日、知財高裁平成20年12月15日判決(まねきTV控訴審判決)を知財高裁平成21年1月27日判決(ロクラクU事件控訴審判決)に変更することに関し、詳細な理由を付した意見を述べたほか、A(a)ある執筆者を他1名の共著とすること、(b)ある学者を執筆者とすること、(c)執筆依頼が断られた判例についての新たな執筆者の提案、(d)「SMAP大研究」事件について控訴審判決を第一審判決にすること、(e)「Asahi」ロゴマーク事件について上告審判決を控訴審判決にすることについて、詳細な理由を付して賛成の意見を述べた。
ウ 「素材の選択又は配列」によって創作性を有する著作物である編集著作物を複数人が共同著作するに当たっては、全員の了解の下で特定の者が素材の選択及び配列の原案を作成し、この原案に対して原案作成者以外の共同著作者が賛成・反対又は修正意見等を出し、最終的に全員の合意により素材の選択及び配列を確定するとの過程を経ることが一般的である。この場合、原案における素材の選択・配列に対する他の者の修正意見だけでなく、それに対する賛成意見及び確定合意も編集著作物の創作行為である。最終的な確定権限を有する者の最終確定行為は、単なる原案への承認ではなく、確定者自身の積極的な選択・配列の決定行為であって、編集著作においては、物理的な創作的表現作出行為のみならず、上記のような編集確定行為(最終的基本的編集著作行為)さえあれば、編集著作者性が優に肯定される(最高裁平成4年(オ)第797号同5年3月30日第三小法廷判決・裁判集民事168号599頁〔智恵子抄事件〕も、編集著作者認定のメルクマールにつき、選択・配列の確定者としている。)。
 したがって、前記イ(ウ)の債権者の行為のみをもってしても、債権者が本件著作物の共同編集著作者の一人であることを優に認定することができる。その上、債権者が前記イ(ア)・(イ)・(エ)の中間的能動的編集著作行為をも行っているという点で、債権者の編集著作者性は、更に強い理由をもって肯定される。ましてや、前記アの推定が覆滅されないことはいうまでもない。
【債務者の主張の要旨】
 次のアないしエに照らし、本件著作物の編集著作者は、B教授及びD教授の2人であり、債権者は著作者(共同編集著作者の一人)ではない。
ア 本件著作物における「編」者の表示は、著作権法14条の「著作者として通常の方法により表示されている」ものには当たらず、同条による著作者性の推定は働かない。
イ 本件著作物の編集に関し債権者がした関与は、次のとおり、極めて限定的であって、本件著作物の創作行為とは到底評価することができない。
(ア) 債権者がD教授に対し本件間接侵害8判例の選択等に関して依頼したことはなかった。本件間接侵害8判例は、D教授が独自に選択、配列したものであり、「間接侵害」という論点名を選択したのもD教授である。また、クラブキャッツアイ事件判決についての解説の執筆を債権者に割り当てたのは、B教授である。なお、D教授は、本件原案の作成に当たり、『判例六法』を参考にはしなかった。
(イ) 債権者は、B教授に対し、執筆者について、実務家1名の削除と実務家3名の追加を進言したものの、同3名に割り当てるべき判例は、B教授が自らの判断で選択したものであり、債権者からの指示によるものではなかった。
 そして、債権者による上記執筆者3名の推挙は、@素材である解説の特定を伴っていないから、編集著作物の素材の原料の提案にすぎないし、A同3名の人選は、極めてありふれており、そこに創作性はない。
(ウ) 債権者が本件編者会合における決定に参加したことは、債権者が本件著作物の作成に創作的関与をしたとの評価にはつながらない。
(エ) 本件編者会合後の修正には創作性はなく、これに対する債権者の関与も一部の事後承認にとどまるものであった。
(オ) 本件著作物の編集に関し、債権者は、上記(イ)ないし(エ)の極めて限定された行為以外は何ら関与しなかった。そして、このような極めて限定的な関与は、創作的な表現の創出への実質的な関与には当たらない。
 他方、本件著作物の編集に当たっては、D教授が判例の選択・配列案を作成し、B教授がこれに執筆者を割り当てる形で執筆者の選択・配列案を作成し、その後微調整を経て、平成20年10月20日の時点で本件原案が一つの独立した編集著作物として完成したものであり、本件著作物はその複製物であるから、本件著作物の編集著作者は、D教授とB教授に限られる。
ウ 「それまで表現されたものとして存在しなかったものを初めてつくり出す行為」をした者でなければ、著作権法2条1項2号、1号の「思想又は感情を創作的に表現したもの」を「創作する者」には該当しないから、同法においては、自ら物理的に(文字という物理的伝達手段によって)創作的表現を表出していない者は、著作者たり得ない。著作者の認定においては、あくまで上記のような創作的表現行為の有無のみが問題となるのであり、「立場」や「肩書」は何の意味も持たず、編集会議に編者として参加し、他人が世に現出した表現について最終的に公表すべき表現であることを承認(「確定」)したところで、その者を著作者とする余地はない。
 したがって、本件編者会合における債権者の行為は、債権者が本件著作物の共同編集著作者の一人であると認定する根拠にはなり得ない。
エ なお、本件雑誌の素材の選択・配列に債権者が関与した部分は最大限で見ても、(判例と執筆者の組合せを1件とカウントするとして)僅か8件にすぎず、債権者の関与していない部分は、債権者の関与した箇所と分離して利用することができるから、著作権法2条1項12号の定める「その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの」という共同著作物の要件(分離利用不可能性の要件)を満たさない。
(2) 争点2(翻案該当性ないし直接感得性)について
【債権者の主張の要旨】
 本件雑誌は、本件著作物の改訂版としてその出版が企画されているものであるところ、本件著作物における素材たる判例及び執筆者の選択と本件雑誌におけるそれとは、9割近くが一致している。また、配列についても、本件雑誌は、主項目の順序を一部入れ替えてはいるが、主項目の中での配列は、本件著作物のそれとおおむね同じである。本件雑誌は、本件著作物における判例及び執筆者との結び付きがほぼそのままの形で残存し、既存部分について改変の度合いが極度に低いものとなっている。
 したがって、本件雑誌の表現から本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができ、本件雑誌は本件著作物を翻案した二次的著作物に当たる。
【債務者の主張の要旨】
 本件雑誌と本件著作物とでは、収録判例、執筆者、大項目の有無・位置、小項目の内容、各項目に収録する判例の配列等につき、大きな相違が存在する。
 したがって、本件雑誌の表現から本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することはできず、本件雑誌は本件著作物を翻案した二次的著作物には当たらない。
(3) 争点3(本件著作物を本件原案の二次的著作物とする主張の当否)について
【債務者の主張の要旨】
 本件著作物は、B教授及びD教授が作成した本件原案を原著作物とする二次的著作物にすぎない。
 そして、二次的著作物の著作権者が権利を主張できるのは新たに付加された創作的部分に限られる(最高裁平成4年(オ)第1443号同9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁〔ポパイネクタイ事件〕)ところ、本件著作物において新たに付加された創作的表現が本件雑誌において再製されているとは認められない。
【債権者の主張の要旨】
 本件著作物について、本件原案を原著作物とする二次的著作物と評価することはできない。およそ著作物は、創作性を順次積み重ねていくことにより作成されるといって過言ではないが、債務者の論法によれば、著作物を創作する過程において無数の著作物が作成され(準備稿や下絵等に創作性が加えられるたびに新たな二次的著作物が作成される。)、完成した著作物はそれら無数の原著作物の二次的著作物(n次的著作物)ということになってしまう。本件原案に創作性があったとしても、それは完成した編集著作物の創作性の中に取り込まれ、いわばそれに溶け込んでいるものであって、その創作性と、原案を共同著作者全員で検討・修正して素材の選択・配列を確定するに至る過程における創作性とを分離して観念することはできない。
 なお、本件著作物において本件原案作成後に付加された創作的表現で、本件雑誌において再製されている部分がある。
(4) 争点4(氏名表示権の侵害の有無)について
【債務者の主張の要旨】
 著作権法19条3項は、「著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。」と規定するところ、二次的著作物である旨を表紙等に明示するときは、原著作物の著作者名の表示は、これとの関係を示すその他の箇所に明示することをもって足りるというべきである。
 『判例百選』シリーズにおいては、表紙等に単に「第○版」と表記することにより二次的著作物であることないし二次的著作物である可能性があることを表示することになっているところ、本件雑誌においては、「第5版」と表記している上、別紙「はしがき」のとおり、はしがきに本件著作物の編者として債権者の氏名が表示されている。そうすると、著作権法19条3項の趣旨に照らし、本件雑誌のはしがきの上記表示は、同条1項後段の原著作物の著作者名の表示として十分なものということができる。あるいは、上記表示は、「公正な慣行」に反しないといえ、かつ、著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれもないといえるから、同条3項により原著作者の氏名表示を省略することができる。
 したがって、本件雑誌の複製・頒布等によって債権者の氏名表示権が侵害されることはない。
【債権者の主張の要旨】
 債務者は、本件の保全異議申立書において、本件雑誌の表紙及び奥付には本件雑誌が本件著作物の二次的著作物であること及び原著作物の著作者としての債権者の氏名を表示しないで本件雑誌を発行しようとしていることを自白している。他方、本件雑誌のはしがきには、単に版の来歴が記載されているのみであり、この記載を注意深く読んだとしても、「本件雑誌が本件著作物の二次的著作物であり、かつ債権者の氏名が原著作物の著作者として表示されている」とは理解することができない。
 そもそも債務者は、本件雑誌が本件著作物の二次的著作物に当たらず債権者は本件雑誌の原著作物の創作者ではないと主張し続けているのであり、そのような主張の下で本件雑誌の表紙・奥付及びはしがきを作成して本件雑誌を発行しようとしているのであるから、債権者が本件雑誌の原著作物の創作者であることを主張する利益を害するおそれがあることは明らかである。
 したがって、本件雑誌の複製・頒布等によって債権者の氏名表示権が侵害されることは明らかである。
(5) 争点5(同一性保持権の侵害の有無)について
【債権者の主張の要旨】
 前記(2)のとおり、本件雑誌の表現から本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができる上、本件雑誌における本件著作物の改変は、債権者の見解によれば本件著作物を改悪した耐え難いものであって、債権者の「意に反して」改変したもの(著作権法20条1項)である。
 他方、本件雑誌を、本件著作物を原著作物とする二次的著作物として作成・発行する必然性はないにもかかわらず、債務者はそのような形で本件雑誌を作成したものであり、また、本件雑誌を上記のような二次的著作物として作成・発行する場合には、本件著作物の編集著作者全員を本件雑誌の編集著作者とするか、本件編集著作物の編集著作者の同意を得れば足りるにもかかわらず、債務者は、債権者の希望にもかかわらず債権者を殊更に本件雑誌の編者から除外し、債務者及び本件雑誌の編者4名は、本件雑誌におけるアップデートのために必要な改変内容を示して債権者の同意を得ようとする努力を一切せずに、本件著作物を原著作物とする二次的著作物(本件雑誌を印刷する前に作成・完成されている抽象的な存在としての編集著作物。以下「第5版著作物」ともいう。)を作成・完成させた。したがって、本件雑誌の編者が本件著作物に加えた改変は、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)には当たらない。
 したがって、本件雑誌における本件著作物の改変は、債権者の本件著作物に係る同一性保持権を侵害するものである。
【債務者の主張の要旨】
 『判例百選』は、新たな判例の形成を踏まえて従来の版をアップデートしつつ新たな版を編集することを当然の前提とする出版物である以上、本件著作物の改訂版である本件雑誌において、本件雑誌の編者が上記観点から相当と考える改変を行うことは、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に当たる。また、債権者が「耐え難い改悪」として特に示している部分は、極めて一般的な配列の仕方等であって、「やむを得ない改変」として許容される。
 また、本件雑誌における本件著作物の改変は、その態様に照らし、債権者の名誉・声望を害するものではなく、債権者の「意に反して」改変したもの(著作権法20条1項)でもない。
 したがって、本件雑誌における本件著作物の改変は、債権者の本件著作物に係る同一性保持権を侵害するものではない。
(6) 争点6(黙示の許諾ないし同意の有無)について
【債務者の主張の要旨】
 『判例百選』は、改版と編者の変動(新たな版において編者に交代が生じ得ること)を所与の前提とする性質の出版物である。『判例百選』の編者は、この事を当然承知した上で編者に就任するのであり、そうである以上、自身が編者として関与した版が、後の版において、自身が編者とならない場合であっても、改作利用されることについて、就任時に当然許諾又は同意していることになる。したがって、債権者は、編者への就任の際、債務者に対し、本件雑誌のような改訂版の出版に関して黙示的に、本件著作物の利用を許諾し、著作者人格権を行使しない旨同意したというべきである。
【債権者の主張の要旨】
 債権者は、債務者主張のような許諾ないし同意はしていない。債権者にとって、自らがその意に反して『著作権判例百選』の編者から除外され本件雑誌のような改訂版が出版されることは晴天の霹靂であり、平成20年当時においてそのような事が起こるとは想像だにしていなかった。
(7) 争点7(著作権法64条2項、65条3項に基づく主張の当否)について
【債務者の主張の要旨】
 A教授、B教授、C教授及びD教授は、本件雑誌の出版に関して、債務者に対し、本件著作物の利用を許諾し、著作者人格権を行使しない旨同意しているところ、平成27年11月30日付けの「著作権判例百選(第5版)に関するお願い」と題する書面(乙134の1。以下「本件通知書面」という。)により、債権者に対し、仮に債権者が本件著作物の共同著作者の一人であるとして、上記許諾及び同意に関し、著作権法64条1項及び65条2項所定の合意を求めたが、債権者は、これを拒絶した。このように、債権者のみが、他の共同著作者との間で本件雑誌の出版の許諾等に関する合意を拒んでいる。
 そして、@本件著作物が、新たな判例の形成を踏まえて従来の版をアップデートしつつ新たな版を編集することを当然の前提とする『判例百選』シリーズの著作物であること、A本件著作物の刊行後、社会状況の変化と共に重要判例が多く出されており、改訂が熱望されていること、B債権者を本件雑誌の編者とすべきでない合理的な事情が存在し、他の編者もこれを支持していること、C本件著作物における債権者の関与は極めて限定されたものであり(前記(1))、その創作的関与は本件雑誌においてはほとんど残存していないこと、D債権者が求めているのは「編者」としての地位であって、権利行使を認めない場合に債権者が被る不利益は現役東京大学教授としての不名誉のみであると考えられること、E本件雑誌が出版できないことにより本件著作物の他の著作者(特に本件雑誌の編者であるB教授、C教授及びD教授)が被る不利益は甚大であること、F債権者は氏名表示権の問題に関して不合理な反論をするのみであること、G債権者が本件雑誌において加えられた耐え難い改悪として挙げている点については、債権者が本件著作物の作成過程において重大な関心を寄せていたとはうかがわれないこと、H債権者は債務者に対し六法等についての協力取りやめを示唆する行為にも及んでいることに照らすと、債権者が上記のとおり合意を拒むことについては、正当な理由(著作権法65条3項)がなく、かつ、「編者」としての地位を獲得するための嫌がらせ的な、倫理観念に反する行為として、信義に反する(同法64条2項)ものである。
 以上のことは、本件差止請求に対する抗弁となる。
【債権者の主張の要旨】
 そもそも著作権法64条2項、65条3項は、本件差止請求に対する抗弁とはならない。
 また、本件通知書面は、債権者が本件著作物の共同著作者であることを否認しつつ、他方で著作権法64条1項及び65条2項所定の合意を求めるという自己矛盾したものであり、本件仮処分決定を受けて弥縫策を講じようとする債務者の意向に基づき発信されたものであることが明らかであるから、本件通知書面をもって、同各項所定の合意の成立を債権者に求めたものであるとは評価できない。
 さらに、債務者は、債権者の権利をないがしろにし、債権者の意に反する改変を加えた違法な第5版著作物を完成させ、債権者の正当な権利主張を「荒唐無稽」なものとしてまともに取り合おうともせずに本件雑誌の発行を強行しようとし、本件仮処分決定後にも従前の態度を維持し、適切な氏名表示すらもせずに本件雑誌を発行しようとしているのであって、このような債務者による発行を許諾・同意することに債権者が合意できないのは著作者として当然である。また、債権者の翻案権及び同一性保持権を現に侵害した共同主体であるB教授、C教授及びD教授が、自らの当該侵害行為によって作成した第5版著作物の複製等につき、当該侵害行為の共同主体である債務者に許諾・同意することを、債権者に求めることこそ、信義に反する。その他本件に係る事情に照らすと、債権者が上記合意を拒否することについては、嫌がらせで反対するなどといったものではなく、信義に反しないし、正当な理由がある。
(8) 争点8(権利濫用の有無)について
【債務者の主張の要旨】
 債務者が債権者に本件雑誌の編者を依頼しないこととしたのは、過去の様々な経緯、経験、債権者の言動等(他の研究者等に対する誹謗中傷、他の雑誌の特集や学会誌等の原稿の締切の大幅徒過や分量の大幅超過、記念論文集の執筆者選定に関する恣意的な言動等)に照らし、尊重されるべき合理的な理由がある。
 また、前記(1)のとおり、本件著作物における債権者の関与の程度は極めて限定されたものであり、その創作的関与は本件雑誌においてはほとんど残存していない。
 さらに、前記(7)のとおり、A教授、B教授、C教授及びD教授が債務者に本件雑誌の出版を許諾・同意することに関し債権者に合意を求めたものの、債権者は、正当な理由なく、また信義に反して合意の成立を妨げている。
 他方、本件雑誌の出版が差し止められることは、本件雑誌の編者4名の表現の自由を制限するのみならず、執筆者百余名の表現の自由を奪い、さらには、本件雑誌を用いた法学教育や法学研究への影響も学問の自由という観点から深刻であり、このように、極めて重大な不利益を債務者の関係者及び社会一般に及ぼす。
 以上の諸事情に照らすと、債権者が債務者に対して本件差止請求権を行使することは、権利の濫用に当たる。
【債権者の主張の要旨】
 債務者が債権者に対して本件雑誌の編者を依頼したくなかったからといって、債権者の著作権及び著作者人格権を侵害して本件雑誌の発行を行えるという合理的理由は全くない。のみならず、債務者は、債権者の権利をないがしろにし、本件著作物に債権者の意に反する改変を加えた違法な第5版著作物を完成させ、債権者の正当な権利主張を「荒唐無稽」なものとしてまともに取り合おうともせずに本件雑誌の発行を強行しようとし、本件仮処分決定後にも従前の態度を維持し、適切な氏名表示すらもせずに本件雑誌を発行しようとしているのである。
 本件雑誌の編者4名のうちB教授、C教授及びD教授は、債権者の著作権及び同一性保持権の侵害主体であるし、執筆者百余名の不利益や本件雑誌を用いた法学教育や法学研究への影響を招いたのは、債務者及び本件雑誌の編者であって、その不利益や影響ゆえに債権者の債務者に対する本件差止請求が権利濫用とされるいわれはない。
 債務者が債権者に本件雑誌の編者を依頼しなかった理由として縷々述べる債権者の言動等は、権利濫用の評価根拠事実とはならない(このような主張は債権者に対する不当な人格攻撃でしかない。)。むしろ、本件の背景として存在するのは、債務者に対して強い影響力を持っているA教授の債権者に対する嫌悪である。
 以上によると、債権者が債務者に対して本件差止請求権を行使することは、権利の濫用には当たらない。
(9) 争点9(本件雑誌の出版の事前差止めの可否)について
【債務者の主張の要旨】
 著作者人格権の侵害には、著作者の名誉・声望が害される態様のものと、そうでない態様のものとがあるが、本件は、後者に当たる。そして、後者の著作者人格権よりも重大な人格権であることが明白な一般的人格権(名誉権やプライバシー権)による出版事前差止めの要件について、最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁〔北方ジャーナル事件〕は、人格権としての名誉権に基づく出版物の事前差止めは、その表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限り、例外的に許されるとしている。そうすると、本件においても、「事前抑制の法理」として、@権利侵害の明白性、A権利者の損害の重大性及びB事後回復の不能性・困難性という3要件が全て肯定される場合に限って、出版の事前差止めが許容されることになる。
 本件雑誌に素材として収録されている百余の判例の解説・評釈は、国家権力の発動たる司法判断に対する言論であって「政治的言論」に該当するから、憲法21条が保障する表現の自由が最も尊重されなければならないものであって、その表現行為に対する事前差止めは原則として許されない。
 そして、@ 前記(1)ないし(8)で主張した諸点に照らせば、本件においては、権利侵害の明白性が欠けている。
 また、A 債権者が本件雑誌の出版により被る損害は、編者から外された主観的不名誉と主観的学者生命の喪失にすぎず、それ自体極めて小さなものというべきである。他方、本件雑誌の出版の差止めが認められた場合には、債務者及び本件雑誌の編者4名の表現の自由が制限されるのみならず、前記(8)のとおり、本件雑誌のために原稿を執筆した百余名の執筆者の表現の自由及び公表権が制限されることになるのであって、これと比較して、債権者の上記損害が重大性を欠くことは明らかである。
 さらに、B 仮に債権者の著作者人格権の侵害があるとしても、名誉・声望を害するところもなく、その慰謝料請求権は極めて小さなものになるというべきであるから、損害賠償によって事後の回復が可能である。
 以上によると、本件雑誌の出版前にその複製・頒布等を差し止めることは、「事前抑制の法理」の要件を満たさないから、許容されない(本件仮処分決定のように上記差止めを認めることは、上記最高裁判例に違反し、かつ、憲法21条1項に違反することになる。)。
【債権者の主張の要旨】
 北方ジャーナル事件最高裁判決の射程範囲は、「公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関する」出版物等の出版前に、法律に明文の規定のない「人格権としての名誉権に基づき」差止請求を行う場合に限られる。
 そして、判例学習用教材である本件雑誌における判例・執筆者の選択・配列及び各判例解説文の表現は、公職選挙の候補者の経歴や人物評価等に関する表現や、政治的争点に関する意見の表明等とは全く性質が異なる。
 また、著作権法は、著作者等の権利と表現の自由との関係を考慮し、その調整規定を多数織り込んだ(著作権等につき、@保護対象をアイデアではなく創作的な表現に限定し、A各種の権利制限規定等を置き、B保護期間を制限した)法律として国会により制定されたものである。その著作権法が、112条1項の明文規定において、著作権又は著作者人格権侵害のおそれがあるときに予防請求としての差止請求権を認めている(しかも、差止請求は、対象となる著作物の複製物等が社会に行き渡る前に行わなければ、ほとんど意味がない。)にもかかわらず、差止めの仮処分の申立て及び発令をあえて本件雑誌の発行を待って行わなければならないとする合理的理由はない。著作権や著作者人格権侵害のうち名誉・声望を害する態様でないものに基づく出版の事前差止めは許されないとする理由はないし、本件においては、氏名表示権及び同一性保持権侵害によって債権者の名誉・声望が害されるものである。
 さらに、本件雑誌の発行による債権者の損害は重大でないとする債務者の主張は、著作権法によって保護された債権者の財産権及び人格的利益を著しく軽視するものであるし、ひとたび本件雑誌が発売されてしまうと、著作権及び著作者人格権侵害による被害は、図書館等による閲覧・貸出しや中古流通によって無限に拡散し、それを食い止めることは事実上不可能となるから、著しく回復困難な損害が債権者に生ずるといえる。他方、本件仮処分決定は、編集著作物としての「本件雑誌」の複製・頒布等を差し止めるものであって、その素材となる各執筆者の判例解説文自体の頒布等を何ら制限等するものではなく、債務者が各執筆者に対して各判例解説文の他の出版物やウェブサイト等への掲載を認めるなど真摯にその公表の機会を確保すればそれが可能となるはずである。
 したがって、本件雑誌の出版前にその複製・頒布等を差し止めることが、「事前抑制の法理」の要件を満たさないとして許容されないことにはならない。
(10) 争点10(保全の必要性の有無)について
【債権者の主張の要旨】
 債務者は、平成27年11月上旬に本件雑誌の発行を行うことを予定し、予約受付を開始していたものであって、本件仮処分決定が発せられなければ、予定どおり本件雑誌を発売していたことが確実である。そうすると、著作権者・著作者である債権者に急迫の危険があったものであり、このままその発行がされると、債権者に著しい損害が生じる。このような状況の下で、著作権法112条1項により債権者に認められている予防請求権を実効あらしめるためには、仮処分決定を発令するほかには有効・適切な法的手段がないから、保全の必要性は当然認められる。
 なお、債務者の主張に対しては、前記(9)のとおり反論する。
【債務者の主張の要旨】
 仮に著作権法112条1項に基づく差止請求権が被保全権利として認められる場合であっても、保全の必要性が固有の要件として検討されなければならないところ、前記(9)で主張した諸事情からすれば、本件仮処分申立ては、保全の必要性を欠く。
第3 当裁判所の判断
1 事実関係
 当事者間に争いのない事実並びに掲記の疎明資料(特に断らない限り書証の枝番の記載は省略する。)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 当事者
ア 債権者は、昭和34年11月生まれの、知的財産法を専攻する東京大学大学院法学政治学研究科・法学部教授である。(甲12、審尋の全趣旨)
イ 債務者は、社会科学・人文科学関係の書籍等を出版する株式会社である。(審尋の全趣旨)
(2) 『著作権判例百選』の性格等
ア 債務者は、主として大学の法学部生及び法科大学院生向けに、各法分野において基本的論点を含む重要な判例(下級審の裁判例を含む。以下同じ。)を100件程度選び、これを原則として見開き2頁で紹介、解説する『判例百選』と銘打った雑誌のシリーズを、雑誌『ジュリスト』の別冊として出版している。
 『著作権判例百選』は、『判例百選』シリーズのうち著作権に関する判例を紹介、解説するものであり、本件著作物はその第4版、本件雑誌はその第5版に当たる。(以上につき、乙5、101、審尋の全趣旨)
イ 『著作権判例百選』を含む多くの『判例百選』においては、編者の年齢については原則おおむね70歳まで、判例の解説の執筆者(以下、単に「執筆者」ともいう。)の年齢については原則おおむね65歳までとする方針が採られてきた。そして、過去の『判例百選』においては、70歳前後まで編者の依頼が継続されるケースが多かった。(甲19、20、審尋の全趣旨)
(3) 本件著作物の内容等
 本件著作物は、債務者が平成21年12月20日に発行した『著作権判例百選』の第4版であり、著作権に関する判例を113件収録している。その収録判例及び各判例の解説の執筆者は、別紙「著作権判例百選判例変遷表」の「4版判例」欄及び「4版執筆者」欄記載のとおりである。
 本件著作物の表紙には、題名の下に続けて「A・X・B・C編」と、債権者を含む4名の氏名に「編」の字を付した表示がされている。また、本件著作物のはしがきにおいては、「第4版においても重要判例については旧版に掲載されている事件も採録しているが、この間の立法や、著作権をめぐる技術の推移等を考慮し、第4版では新たな構成を採用し、かつ収録判例を大幅に入れ替え、113件を厳選し、時代の要求に合致したものに衣替えをした。そして、変化の著しい状況を勘案し、執筆者には学者以外に、多くの裁判官や弁護士等の実務に精通しておられる方にもお願いをし、実務家のニーズにも応えうる内容となるように配慮した。」と記載された上、はしがきの名義人として上記4名の氏名が連名で表示されている。
 なお、債務者のウェブサイトにおいて、本件著作物については、「著者」欄に、上記4名の氏名が「編」の字を付されて表示されている。(以上につき、甲1の1ないし1の4、15の1ないし15の3、17、審尋の全趣旨)
(4) 本件著作物の発行に至る経緯
ア 『著作権判例百選』については、平成13年5月8日に『著作権判例百選[第3版]』(以下、単に「第3版」という。)が発行されていたが、平成20年8月頃、債務者において、その改訂版(『著作権判例百選[第4版]』。以下、単に「第4版」ということがある。)を出版する企画が決定された。当時、第3版の編者2名は既に70歳を超えていたため、第4版においては編者の若返りを図ることとなり、債務者雑誌編集部所属の担当者E(以下「E」という。)がA教授に相談したところ、A教授は、同月7日の面談において、@第3版については、「判例選択についても執筆者についても問題多い。とくに執筆者に関しては、こんなの読まされる読者がかわいそう、というものも少なくない。」、A第4版の編者については、「F・Gでは●(省略)●。Xくん《債権者》には仕事はさせたくない。引き受けすぎ。Hくんは、●(省略)●、ほかの学者がついていかない。B・C・I……。このあたりがやるなら、名前だけなら私も入ることはできる。重要判例は、ごく最近のものを除いては私の教科書で網羅しているので、その中から百個選べばいい。誰か一人が叩き台を用意して、検討する。Xくんを最初から外して話を進めるのもどうかと思うので、私から一度彼に話をしましょう。来年中の刊行をめざす。」と述べた。A教授は、同月14日、事務所に債権者を呼んで、『著作権判例百選』の改訂版の編者についての話をし、その際、「健康状態のこともあるのでやらない方がよいのではないか。」とも言ってみたが、債権者は編者を引き受ける旨の強い意向を示したため、A教授は、「債権者については、本来であれば本件著作物の編者から外されて然るべきところ、東大教授でもあるので名前を入れたほうが良いであろう。」という自身の判断により債権者を編者に加えることとした。そこで、同月18日には、第4版については、A教授、債権者、B教授及びC教授の4名を編者とすることとなった。
 A教授は、同年9月上旬、債権者に対し、「今回の『著作権判例百選』は、前回の『商標・意匠・不正競争判例百選』の場合とは異なり、債権者に任せることはしない。東大教授としては、雑用は極力減らし、論文に専心してもらわねば困る。本来なら編者にはならず、その時間を論文に割いてもらいたいところだが、編者に入っていないということが変な憶測も呼びかねないので、編者にはなってもらうが、前回のように独断で決めることはさせない。」旨伝え、同月8日、Eに対し、「B教授に中心となってもらい、D教授に編集協力者となってもらい、この2人に原案を作成してもらうことを考えている。このことは、既にB教授には伝えてある。」旨告げた。その結果、同月22日頃、D教授が編集協力者として加わり、B教授とD教授が原案作成の作業に当たることとなった(なお、D教授は、当時、「自分が編者という形で参加するには早すぎるが、実質的な作業という形で下働きができるのは光栄である。」という認識で参加した。)。
 なお、A教授から債権者に対しては、「原案作成については、D教授に担当してもらうことにしたいので、了承してほしい。他の人が意見を言いにくいから、D教授の原案作成にはあまり口を出さないようにするように。」との注意も伝えられた。(以上につき、甲2の4、7、12、乙1、2、4、5、105、109〔添付資料1〕)
イ D教授は、平成20年10月10日、A教授の教科書『著作権法』(平成19年10月債務者発行)で参照されている判例等を基に、本件著作物に収録する判例の案として109件を選び、上記教科書の構成に従って列挙した「『著作権判例百選』(第4版)搭載判例リスト(案)」と題するリスト(一覧表)を作成し、このデータをメールに添付してB教授に送信した。なお、D教授は、「編者の先生方にご納得いただける原案にしよう」と努めて上記の案を作成し、これを提示するに当たっては、あくまで編集協力者という立場であったことから「ご参考」という形で提示した。(乙4、10ないし14)
ウ B教授は、平成20年10月12日、上記イのリストから判例を1件削除した上、個々の判例に執筆者100名を割り当てた案を、上記リストを上書きする形で作成し、このデータをメールに添付してD教授、A教授及びEに送信した。(乙、15、16)
エ A教授は、平成20年10月14日、上記ウのリストに関し、執筆者に関するC教授及び債権者のコメント並びにA教授自身のコメント(「J(弁護士)、K(弁護士)の両名を加えてはいかがかと思います。なお、なお精査すれば、他にも優秀な候補者はいると思います。L君とM君は、留学中ですので除外してください。」「なお、N君は除外してください。」)をB教授に伝え、翌15日にも、執筆者の候補に関する自身のコメント(「その後、思いついた候補者として、O、P、Q、R、S、T、U」「さらに裁判官の追加も考えてはいかがでしょうか、たとえばV、W」「また、候補者が思いついたら連絡いたします。」)をB教授に伝えた。(乙17、18)
オ B教授は、平成20年10月17日、上記エのコメントを受けて、前記ウのリストについて執筆者を変更した案を作成し、このデータをメールに添付してA教授及びD教授に送信した。さらに、この案について、翌18日、D教授がコメントをし、それを受けてB教授は、判例を1件加え(合計109件)、執筆者を修正した(合計108名)案を作成し、このデータをメールに添付してD教授、A教授及びEに送信した。(乙19ないし23)
カ A教授は、平成20年10月20日、上記オの案について、B教授及びA教授自身も執筆者に加えることを提案するととともに、「まだ適当な者でノミネートされていない方が見つかる可能性も高いと思いますので、結果的に、もう少し増えてもよろしいかと思います。X・C両先生にも見てもらい、なお執筆に適当な方の推挙をお願いしてみてください。」とコメントしたメールをB教授、D教授及びEに送信した。B教授は、同日、これに従って、判例を1件加えて110件、執筆者を2名加えて110名とした本件原案(乙30)を、別紙「『著作権判例百選』(第4版)搭載判例リスト(案)」のとおり作成した。同日、A教授は、B教授に対し、本件原案について、「それでは、この案をX・C両教授にも送り、意見を聞いて再修正をいたしましょう。この案をEまでお送りください。」と記したメールを送信し、Eは、債権者及びC教授に対し、「D先生のご協力を得てB先生が収載判例リスト案を作成されました。A先生のご確認も得ましたので、お送り申し上げます。」、「採用予定裁判例の選択にあたっては、百選の旧版のほか、A先生の体系書における採否などにも目配りしてご検討くださっています。しかしそれでもなお、別のお考えはあろうかと存じます。」「裁判例の追加・削除について、忌憚のないご意見を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。」「また執筆候補者につきましても、新たに加わっていただくべき方、より適切な割り当て、ご遠慮いただいたほうがよい方など、ぜひお教えいただきたく存じます。」「ご意見をいただいて、調整のやりとりをした後、編者会合で決定という段取りを考えております。」と記載するとともに本件原案のデータを添付したメールを送信した。(甲7、8の1、乙26ないし32)
キ C教授は、平成20年10月25日、本件原案の判例の取捨選択について、10項目からなる意見を、B教授、D教授、A教授、債権者及びEに伝え、B教授は、同月27日、そのうち2つを採用して本件原案の修正案(判例110件、執筆者110名)を作成した。(甲7、8の2、乙33ないし35)
ク 債権者は、平成20年10月27日、執筆者について、特定の実務家1名(Z弁護士)を削除するとともに別の実務家3名(a判事、b弁護士及びc弁護士)を追加することを内容とする意見を電話でB教授に伝えた。これを受けたB教授は、1名の削除及び2名(a判事及びc弁護士)の追加について上記意見を反映した案を作成する一方、「b先生につきましては、これ以上件数を増やすことが憚られましたため、見送らせていただき、もし辞退が出た場合に、お願いするということでいかがでしょうか。」というコメントを付して送信したが、債権者は、「優先順位として、bさんのほうが、cさんよりも高いのですが。ちなみに、既存の実務家を減らすというのはできないのでしょうか。」と記載して、b弁護士の追加を再度要請するメールをB教授に送信した。そこで、B教授は、同日、結局債権者の上記意見(1名の削除及び3名の追加)を全て受け容れることとし、これを反映した修正案(判例112件、執筆者112名)を作成して、このデータをメールに添付して債権者、A教授、C教授、D教授及びEに送信した。なお、この執筆者の修正部分は、その後本件著作物の刊行に至るまで変更されることなく、そのまま本件著作物の内容に反映された。(甲1の2、1の3、1の5、7、8の3、12、乙2、38ないし41、審尋の全趣旨)
ケ Eは、平成20年11月5日、上記クの修正案について、百選の構成(目次)の形にした上で「最終決定のための会合」をお願いしたいとのメールをB教授、C教授、D教授、A教授及び債権者に送信した。その後、「編者会合」の期日が平成21年1月6日と調整される一方、Eが、D教授の助力を得て上記の案を「著作権判例百選[第4版]収載判例一覧(案)」と題する目次の形の一覧表に整えた上、B教授と相談して実務家による関与事件の執筆を回避する観点から執筆者4名を入れ替えた案を作成した。Eは、平成20年12月16日、「著作権判例百選[第4版]編者の先生方各位」宛てに上記経緯を説明し、同案(項目リスト案更新版)のデータを添付したメールをB教授、債権者、C教授、A教授及びD教授に送信した。(甲7、8の4、8の5、乙42ないし49)
コ 平成21年1月6日、債務者会議室において、編者であるA教授、債権者、B教授及びC教授の4名並びにD教授が出席し、Eを含む債務者の編集部も交えて、本件編者会合が開催された。ここでは、上記ケの項目リスト案更新版に基づいて意見交換が行われ、その結果、直前に出されていた知財高裁平成20年12月24日判決〔北朝鮮事件〕を追加し、これに伴い1名の執筆者を追加することとなった。このようにして、上記編者4名は、全員一致で、判例113件の選択・配列と執筆者113名の割当てを項目立ても含めて決定、確定した(この決定は、その段階では、「最終的な決定」としてされたが、その後一部修正がされる事情が生じたことは後記シないしセのとおり。)。Eは、この日のうちに、ここで確定された内容に従って、「著作権判例百選[第4版]項目一覧表」と題する一覧表を作成し、このデータをメールに添付して上記出席者に送信した。(甲8の6、12、乙1ないし5、50、51、審尋の全趣旨)
サ 債務者は、執筆依頼用の項目一覧表を作成した上、平成21年1月23日、各執筆者に対し、執筆依頼状を発送した。この執筆依頼状には、「A・X・B・Cの4先生に編者をお願いし、構成・収載判例を再検討していただいて、『著作権判例百選[第4版]』として刊行する運びとなりました。」との記載がされていた。(甲8の7、16、乙52、53、審尋の全趣旨)
シ 執筆依頼状送付後、執筆の辞退や共同執筆の申出等があったことから、平成21年2月25日までに、合計7判例分の執筆者の修正が行われた。これらについては、Eから報告があった後、随時、A教授、債権者、B教授及びC教授がメールを通じてそれぞれ意見を述べることにより、その都度修正が決定された。(甲7、8の8、乙54ないし84)
ス  また、本件編者会合後に知財高裁平成21年1月27日判決(ロクラクU事件控訴審判決)が出たことを受けて、同年3月12日、Eが「著作権判例百選[第4版]編者の先生方各位」宛てに、「まねきTV事件東京高裁判決や録画ネット事件知財高裁決定の解説中でロクラクU事件について言及してもらうか、いずれかの判決とロクラクU事件知財高裁判決とを差し替えるか」について指示を求める旨のメールを送信した。これに対し、メール上で、C教授が口火を切って「最終的にはどのような決定であれ先生方のお考えに従う」旨断った上で「まねきTV事件と差し替えるのが穏当かと思う。もう一つ判例を加えるという選択肢もあるかもしれないが、事件数も多く、担当を探すのも大変かもしれない。」旨の意見を述べ、B教授が「ロクラクU事件を取り上げることに賛成し、自身が解説を執筆してもよい。」旨の意見を述べると、債権者は、「ロクラクU事件を載せた方がよいが、間接侵害の判例の数をこれ以上増やすのはやや行き過ぎの感があるので、既存のものを差し替えるというC教授の案に賛成する。」旨の意見を表明し、A教授も「ロクラクU事件をまねきTV事件と差し替えるのがよい。」旨の意見を述べた結果、上記ロクラクU事件知財高裁判決をまねきTV事件東京高裁判決に代えて取り上げ、同判決の解説を依頼していた執筆者に引き続き解説を担当してもらうこととなった。(甲7、8の9、乙85ないし90)
セ さらに、平成21年3月25日以降、執筆者からの指摘等を契機として、「SMAP大研究」事件及び「Asahi」ロゴマーク事件について、いずれの審級の判決を取り上げるかが問題となり、A教授、債権者、B教授及びC教授がメールを通じてそれぞれ意見を述べた結果、取り上げる判決の審級を変更することとなった。(甲7、乙91ないし100)
ソ  このようにして本件著作物に登載する判例及び執筆者が別紙「著作権判例百選判例変遷表」の「4版判例」欄及び「4版執筆者」欄記載のとおり最終的に確定し、平成21年12月20日、本件著作物が発行されるに至った。(甲1、審尋の全趣旨)
(5) 本件雑誌の内容、当初の発行予定等
ア 本件雑誌は、債務者が現在出版しようとしている『著作権判例百選』の第5版であり、著作権に関する判例を116件収録することとされている。その収録判例及び各判例の解説の執筆者は、平成27年4月20日に別紙「著作権判例百選判例変遷表」の「5版判例」欄及び「5版執筆者」欄記載のとおり確定されている。
 本件雑誌については、B教授、C教授、d上智大学教授(以下「d教授」という。)及びD教授の4名が編者とされている。(以上につき、甲4、5、14、47、乙5、審尋の全趣旨)
イ 債務者は、当初、本件雑誌を平成27年9月下旬に発行する予定であり、その後も、本件仮処分決定を受けなければ、同年11月上旬に発行する予定であった(後記(7)オ、カ)。そして、債務者は、本件雑誌の発行に当たっては、はしがきの文中において別紙「はしがき」のとおり債権者の氏名を記載するほかは、債権者を原著作物の編者ないし編集著作者として表示しない予定であった。
 債権者は、本件雑誌の上記発行について反対する意思を有している。なお、前記(2)イの事実について承知していた債権者は、平成26年9月にEから知らされる(後記(7)ア)まで、自らが70歳という年齢に達するにはまだ相当の年月があるにもかかわらず、意に反して『著作権判例百選』の編者から除外され本件雑誌のような改訂版が作成・発行されるとは考えていなかった。(以上につき、甲12、20、21、乙5、129、審尋の全趣旨)
(6) 本件著作物と本件雑誌(第5版著作物)との対比等
ア 判例の選択について
 本件著作物に収録されていた判例113件のうち97件は同一事件の判例が本件雑誌にも収録されることとなっている(この97件のうち、94件は審級も含めて同一判例がそのまま収録されることとなっており、その余の3件については、平成21年10月以降に最高裁判決が出された事件であり、知財高裁判決から最高裁判決に審級を変更して収録されることとなっている。)。そして、本件雑誌においては、本件著作物には収録されていなかった19件の判例が新たに加えられ、合計116件の判例が収録されることとなっている。この19件のうち、平成17年7月14日言渡しの最高裁判決、平成20年9月24日言渡しの那覇地裁判決及び平成21年3月26日言渡しの大阪地裁判決を除いた16件は、全て本件著作物が刊行された同年12月20日より後に言い渡された判決である。(甲1の3、1の5、4、審尋の全趣旨)
イ 執筆者の選定及び判例と執筆者の組合せについて
 本件著作物において判例の解説を執筆した執筆者113名(ただし共同執筆者は併せて1名と数える。以下同じ。)のうち93名が本件雑誌においても執筆者となっている。残り20名のうち、10名は、前記(2)イの原則的な上限年齢とされる65歳に達しており、他の6名は、前記アのとおり収録されなくなった判例の解説執筆者であった者である。
 さらに、本件著作物と本件雑誌とでは、判例と執筆者の組合せが83件について一致している。なお、第3版と本件著作物とでは、判例と執筆者の組合せが一致しているものは1件もない。(以上につき、甲1の3、1の5、2の3、4、審尋の全趣旨)
ウ 判例の収載順序と項目立てについて
 判例の収載順序については、別紙「著作権判例百選判例変遷表」のとおり、@本件著作物の項目2、3、5、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、40の配列は、本件雑誌の項目2、3、4、5、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、33、34、35、36、37、38、40の配列において、A本件著作物の項目50、51、52、53の配列は、本件雑誌の項目56、57、58、59の配列において、B本件著作物の項目58、59、60、62、63、64、65、66、67、68、69、70、72、73、74、75、76、77、78、79の配列は、本件雑誌の項目71、72、73、75、76、77、78、79、80、81、82、83、85、86、87、88、89、90、91、92の配列において、C本件著作物の項目80、81、82、84、85、86、88の配列は、本件雑誌の項目41、42、43、45、46、47、49の配列において、D本件著作物の項目92、93の配列は、本件雑誌の項目100、101の配列において、E本件著作物の項目94、95、96、98、100の配列は、本件雑誌の項目93、94、95、97、99の配列において、F本件著作物の項目102、103、104、105、106、108の配列は、本件雑誌の項目103、105、106、107、108、110の配列において、G本件著作物の項目110、111、112、113の配列は、本件雑誌の項目111、115、116、117の配列において、それぞれ再現されている(@は35件、Aは4件、Bは20件、Cは7件、Dは2件、Eは5件、Fは6件、Gは4件、合計83件)。
 本件著作物及び本件雑誌における分類項目の立て方は、別紙「項目対比表」のとおりである。すなわち、本件著作物の項目立てと本件雑誌の項目立てとは、大項目については、@「著作物」、A「著作権の主体」、B「著作権の内容」、C「著作権の制限」、D「権利の取引」、E「保護期間」、F「侵害と救済」、G「国際関係」という項目名及びその順序において共通し、@「著作者人格権」の位置、A「パブリシティ権」という項目の有無及びB「一般不法行為」という項目の有無において相違している。また、小項目については、@大項目「著作物」の中における「総論」、「著作物の例示」、「応用美術等」、「編集著作物・データベース」、「二次的著作物」という項目名及びその順序、A大項目「著作権の主体」の中における「著作者」、「職務著作」、「映画の著作物」という項目名及びその順序、B大項目「権利の取引」の中における「権利譲渡」、「利用許諾」、「共有著作権の行使等」という項目名及びその順序、C大項目「侵害と救済」の中における「損害賠償」、「刑事罰」という項目名及びその順序において共通し、@大項目「著作権の内容」の中における項目立て(本件著作物では「総論」、「各論」とされていたのに対し、本件雑誌では「依拠性」、「類似性」、「支分権」、「みなし侵害」とされている。)、A大項目「侵害と救済」の中における上記C以外の項目立て(本件著作物では「差止め等」とされていたのに対し、本件雑誌では「侵害主体」、「差止め」とされ、更に「名誉回復等措置」という項目が加わっている。)、B大項目「著作物」の中における「著作物性のない情報の保護」という項目の有無において相違している。(以上につき、甲1の2、1の3、1の5、4、審尋の全趣旨)
エ 本件雑誌の作成方法等について
 本件雑誌は、本件著作物の改訂版として作成が進められた。
 債務者は、平成27年3月6日頃、本件雑誌における解説の執筆者向けに「ご執筆のお願い」と題する文書及び「『著作権判例百選[第5版]』執筆要領」と題する文書を作成し、後者の中で、「判例百選は、判例研究や自説発表の媒体ではなく、判例学習用の教材です。お原稿は、平易に(多くの学部学生が卒業までには読みこなせるレベルで)《中略》お書きください。」、「〈解説〉では、標題に掲げた論点を解説するのではなく、標題判例の意義・位置づけを解説する。」などと記載した。また、債務者は、上記「ご執筆のお願い」と題する文書の中で、本件著作物において同一の判例の解説を担当していた者については、「先生には、第4版でも同じ判例についてお書きいただきました。今回お引き受けいただける場合には、第4版の電子データをお送りしますので、それに追加・修正をいれていただくことでも結構です。」と付記した。
 そして、債務者は、同年4月10日頃、本件雑誌における解説の執筆を依頼した執筆者で本件著作物において同一の判例の解説を担当していた者に対し、同解説のPDFファイル及びテキストファイルを送信し、PDFファイルを印刷して朱字を入れる方法やテキストファイルを修正する方法で本件雑誌の原稿を作成してもらえれば幸いである旨告げた。(以上につき、甲5、13、49、乙3、審尋の全趣旨)
(7) 本件雑誌の企画から本件仮処分決定に至る経緯等
ア 平成26年8月頃、債務者において、本件著作物の改訂版(『著作権判例百選[第5版]』。以下、単に「第5版」ということがある。)を出版することが企画に上がった。債務者の担当者であったEは、同月4日、A教授に対し、この企画について、A教授が間もなく古稀を迎える年齢であったことなどからA教授には編者を依頼できないように思うがどうかなどと相談した。A教授は、Eに対し、自身は編者就任の意向はない旨告げた上、本件著作物発行後の債権者の言動に対する認識等に基づき「もはや債権者を外すことはやむを得ない。」と考えたことから、債権者を編者とせずB教授及びC教授の両名を中心に両名が考える編者構成で進めるのがよい旨を示唆した。そして、債務者において、これを含めて検討した結果、本件著作物の編者のうち A教授及び債権者には第5版の編者を依頼しないことが決定された。
 そこで、Eは、同年9月24日、債権者と面談し、「本件著作物の編者は、A教授、債権者、B教授及びC教授であるが、第5版の編者については、A教授と債権者に依頼することはせず、B教授及びC教授を中心とした新体制で進めたい。」旨を告げ、その理由としては、本音は言わず、「債権者が審議会など行政関係の仕事で全く身動きがとれない様子であり、その上に債務者からも複数の仕事をお願いしており、そちらの方も滞っている状態であるので、これに加えて第5版の編者就任をお願いして健康に差し障りがあっては大変であること」を挙げたが、債権者は、回答を留保して面談を終えた。Eは、同日、A教授に対し、「債権者は納得はされていないご様子で、ご了解をいただけたとまでは言えないが、認めないとか許さないといったご発言はなかった。ともかく挨拶は済んで、筋は通したといえようかと思う。」旨報告した。もっとも、債権者は、納得できなかったことから、Eに対し再度の説明を求めるメールを送信し、その後、同年10月30日に両名の間で2回目の面談が行われた。
 さらに、債権者は、同年11月14日に、Eに対し、「なぜ蛇蝎のごとく嫌われ、切られる羽目になるのか、やはり分からない。率直に聞かせてほしい。」と連絡し、同日、再び両名の間で面談がされることとなった。この面談においては、Eは、債権者については、@色々引き受けて身動きがとれなくなるという既に伝えた前記理由のほか、A学習用の基本教材としての『判例百選』の性格に適合しない編集方針をお考えのように見受けられること、B編者自らが原稿提出が遅かったり規定枚数を超えたりするのでは他の執筆者に示しがつかず、刊行計画が守られないおそれがあること、C自分の考えどおりに進めないと気が済まず、共同作業は難しい方のように思われることという理由を伝えた。これに対し、債権者から「債務者に迷惑はかけないようにする」旨の反論等があったが、Eは、「先生が本当にそのようにしてくださるというなら嬉しいですが、既にA先生に対しては、X先生にも退いていただくと申し上げています。そうでないとなると今度はA先生がお許しにならないかもしれませんので、今日のこの話をA先生にお伝えして、A先生のご判断を仰ぎます。」と話して、その場を引き取った。
 Eは、同月19日、A教授に対し、第5版の編者に自分も加わるべきであるという債権者の申出についての意見を聴いたところ、A教授からは、「これまでの債権者の振る舞いを考えると共同作業は無理ではないか。この判断に異議があれば聞く。」との回答を受けた。そこで、Eは、翌20日、債権者に対し、A教授の上記回答内容を記載した上、「その他いろいろな方からも事情をうかがった結果、編集部としても、債権者に先日お会いして申し上げた懸念はやはり誤解に基づくものではなく、債権者に編者をお願いすると刊行準備作業がスムーズに進まなくなって、計画に遅れを生ずるおそれが大きいと判断いたしました。」、「今回はご希望に添えない結果となりますこと、どうかご了承くださいますようお願い申し上げます。」と記載したメールを送信した。(以上につき、甲12、21、33、乙5、106、109、110〔添付資料1・2〕、審尋の全趣旨)
イ Eは、平成26年11月21日、債務者の代表取締役社長e(以下「e社長」という。)に対し、「『著作権判例百選[第5版]』の編者の件で少し面倒を抱えている。」「A教授と債権者にご勇退いただいてB教授・C教授以下の先生方にお願いするようにしようとしたところ、債権者がご納得にならない。」「債権者は、まだ編者を退くような年齢ではないが、降りていただくべきだろうというのがA教授のご判断であり、また、編集部としても、A教授という重石がいなくなると債権者が自分中心で勝手なことをなさり、場合によっては他の編者の気分を害して編集作業がストップしたり、あるいは執筆者たちのモチベーションを下げたり、というおそれが高いと判断した。」などと報告した。
 同月28日には債権者と債務者の法務部門担当取締役f(以下「f取締役」という。)との間で、さらに平成27年1月6日、同月23日及び同年2月5日には債権者とe社長及びf取締役との間で、それぞれ第5版の出版に関する話し合いが持たれたが、第5版の編者に債権者を入れるか否かの点について合意が付かなかった。そして、債権者は、同日の話し合いにおいては、e社長及びf取締役に対し、自身は本件著作物の編集著作権を有するのでその侵害となる改訂版については差止めを請求することもできる旨告げた。(以上につき、甲12、21、乙5、110、111、審尋の全趣旨)
ウ そのような中、債務者は、平成27年3月6日付けで、各執筆者に対し、第5版の執筆依頼を送付した。
 これを一部の執筆者から聞いた債権者は、同月12日、f取締役に対し、「既に著作権判例百選の執筆依頼が送付されていると伺いました。大変遺憾に思います。この件について、当然ご説明があってしかるべきだと思いますが、どうなっているのでしょうか。」と記載したメールを送信した。これに対し、f取締役は、同日、「ご連絡差し上げるのが遅くなり、申し訳ございませんでした。」「私どもとしましては、社長共々これまで先生に著作権判例百選改訂の編集方針をお伝えしてまいりました。残念ながら先生のご納得は得られませんでしたが、結果としては、お伝えしてきた編集方針・編集委員体制に変更はなく、また、新しい版を待っている学生等のことを考えますと、これ以上刊行を遅らせることは、小社が法学教育に果たす役割上も問題があると判断し、執筆依頼に踏み切った次第です。」と記載したメールを返信した。債権者は、翌13日、f取締役に対し、「私もこの機会に是非確認し、申し上げたいことがありますので、来週大学にお越しいただけますか。」、「また、貴社の説明が二転三転しておりますので、私を編者から外す理由について、編集著作権侵害をどのように考えておられるのかという点について、貴社のお考えを社長名義の書面でいただきたいと思います。」などと記載したメールを送信した。さらに、債権者は、同月20日、f取締役に対し、上記書面には「執筆者からも債権者を外した理由」及び「交渉途中であるにもかかわらず、突然執筆要領を送付した理由」についても追加して記述をお願いする旨記載したメールを送信した。(以上につき、甲5、12、21、35ないし37、40、乙5、審尋の全趣旨)
エ その後、債務者代理人弁護士から債権者に連絡があり、平成27年3月27日に、代理人弁護士を交えた話し合いが行われた。ここで、債権者は、債務者に対し、「@第5版の編者は、債権者、B教授及びC教授とし、この3名の会議によってD教授及びd教授を第5版の編者とするか否かを決定する。A債務者が既に行っている第5版の全執筆者に対する執筆依頼を撤回し、改めて、上記@によって定める者を編者とする執筆依頼をする。」という要求を提示し、債務者がこの要求に応じない場合には本件著作物の共同編集著作者である債権者の意思に沿わない第5版の出版は著作権法上認められないのでその出版を差し止める旨の意向を示した。これに対し、債務者は、検討の上、同年4月13日付けの書面で、債権者に対し、「債務者は、上記@及びAの要求に応じることはできない。」、「債務者は、本件著作物の共同編集著作者は、B教授とD教授であり、債権者から本件著作物についてコメント等は頂戴していたが、これによって債権者の編集著作行為が成立するものではないと考える。」旨通知した。
 同月中に債権者代理人弁護士と債務者代理人弁護士との間で本件著作物の編集著作者性に関する書面のやりとりが交わされた後、同年5月1日、債権者、債権者の妻(g)及び債権者代理人弁護士と債務者代理人弁護士3名との間で協議がされ、「@債権者を本件雑誌の『編者』として加える。A既に執筆依頼済みの本件雑誌の執筆者の変更は行わない。B債権者は自身が執筆する判例を1つ選択し、他の編者(B教授、C教授、D教授及びd教授)の了解を得る。C債権者、B教授、C教授、D教授及びd教授の5名で上記@Aを追認するための編集会議を開催する。D既に執筆依頼済みの本件雑誌の執筆者に対し、上記@に関する案内を手紙又はメールにて行う。E今後の執筆者の変更については従前のやり方のとおりとする。F以上は、債権者が関与する債務者のその他の出版物に影響を及ぼさない。」という内容の和解案を双方が持ち帰って検討することとなった。その後、債務者は上記和解案を拒否し、同月11日、話し合いは物別れに終わった。
 なお、その後も、債務者の六法編集部は、債権者に対し、「判例百選の件では、弊社と先生との間で問題が生じていることは了解しておりますが、六法編集部といたしましては引き続き先生のご協力をお願いしたいと考えております。」などとして、『六法全書』及び『判例六法』の改訂に関する担当・協力の依頼を継続し、債権者も、同月26日の面談において、平成27年版の改訂に関しては引き受ける旨了承した。(以上につき、甲6、12、21、22、54、76ないし79、乙5、103、審尋の全趣旨)
オ この間の平成27年4月20日、債務者は、本件雑誌の執筆者各位に対し、「全項目の判例・執筆者が確定した」として、その判例及び執筆者等を記載した「著作権判例百選〈第5版〉項目リスト」を送付した。
 また、債務者は、本件雑誌における解説の執筆について、同年6月16日を原稿締切日とし、発行予定を同年9月下旬としていた。
 債権者は、同年8月18日、当庁に本件仮処分申立てをした。(以上につき、甲4、12、47、顕著な事実)
カ 本件仮処分申立てについては平成27年9月2日に第1回審尋期日が開かれたが、債務者が同期日前にホームページ運用者に連絡していた内容に従い、同期日後、債務者のホームページにおいて、本件雑誌は同年10月中旬刊行予定との告知が掲載された。債権者代理人は、同年9月4日、債務者にこの点について問合せをし、債務者は、その後、上記ホームページ上の告知を同年11月上旬刊行予定と変更した。
 同年10月5日の第2回審尋期日において、同月16日までに当事者の主張書面の提出を終了し、同月中に裁判所が決定を出すという進行予定が立てられた。
 このような中、債務者は、本件雑誌の出版に向けた手続を進め、同月20日頃には、「同月21日に校了、同月26〜27日に印刷、同月29〜30日に製本をし、同年11月2日には見本品ができ、同月4日に書店への配本を行い、同月6日に発売する」との予定を立て、対外的にも発売日を11月6日と特定し、インターネット書店(Amazon)では予約受付が開始された。
 当裁判所は、債権者に代わり第三者弁護士hに債務者のため300万円の担保を立てさせた上、同年10月26日、本件仮処分決定をし、この決定正本は同日中に当事者双方に送達された。(以上につき、甲14、45、48、51、52、審尋の全趣旨、顕著な事実)
(8) 本件仮処分決定後の経緯等
ア 本件仮処分決定がされた日の翌日である平成27年10月27日には、債務者のホームページでは、本件雑誌の刊行予定が「平成28年1月31日発売」とされ、しばらくの間はこの予定で「新刊予約」ボタンも表示されていたが、債務者は、平成27年11月11日頃、本件雑誌の刊行を中止することとし、同日、Eから執筆者各位に対し、「『著作権判例百選[第5版]』刊行中止(無期延期)についてのお詫び」との標題の下に、その旨伝えるとともに、「できるだけ早期に何らかの解決策を見いだすべく、最大限の努力をしてゆく所存ですが、依頼時にお示ししたとおりの形で刊行することは困難と思われます。刊行につき何らかの見通しが立ちしだい、あらためてご連絡いたします。」と記載したメールを送信した。(甲50、53、審尋の全趣旨)
イ A教授、B教授、C教授及びD教授の4名は、平成27年11月30日付けで、同4名の肩書住所地を債務者気付とした上で、債権者に対し、本件通知書面を送付した。本件通知書面には、「本件仮処分決定では、債権者は本件著作物の共同著作者の一人であると判断されているが、我々4名としては、この判断は承服しかねるところである。」旨記載された上で、「我々4名は、本件仮処分決定が上記判断をしていることを踏まえ、仮に債権者が本件著作物の共同著作者の一人であるとして、債務者が本件雑誌の複製、頒布、頒布する目的をもってする所持又は頒布する旨の申出を行うことについて、債務者に同意、許諾を与えることに関し、債権者に対して著作権法64条1項及び65条2項所定の合意を求める。」旨記載されていた。また、本件通知書面には、「なお、本件仮処分決定においては、本件雑誌の出版が債権者の氏名表示権を侵害するとの判断が示されているが、本件雑誌では、『はしがき』において本件著作物の編者全員の氏名を表示することを予定しており(別便にて案文をお送りいたしますのでご確認ください。)、氏名表示権の問題は生じないものと考えている。」旨記載されていたが、同日付けで債権者に送付された「はしがき」の案文は、別紙「はしがき」と同一の文章(B教授、C教授、d教授及びD教授名義の2015年9月付けのもの)であり、この中で、債権者の氏名は、「「著作権判例百選」の初版(i=F=G編)が刊行されたのは、昭和62年(1987年)のことであった。その後、平成6年(1994年)に第2版(F=G編)、平成13年(2001年)に第3版(F=G編)、平成21年(2009年)に第4版(A=X=B=C編)と順調に版を重ねて、今般、私たち4人が編集を引き継ぎ、装い新たに第5版を出版することになった。」との来歴を記載した段落中に出てくるのみであり、これ以外に債権者の氏名が記載されている部分はなかった。
 これに対し、債権者は、平成27年12月14日付けで、A教授、B教授、C教授及びD教授の4名(債務者気付)に宛てて、上記4名の要請には応じられない旨を、詳細な理由を付して記載した書面を送付した。(以上につき、乙134、135)
ウ 債権者と債務者との間では、本件仮処分決定後、本件雑誌の出版に関し前記イの他に何ら交渉が持たれないまま推移し、債務者は、平成28年1月28日、当庁に本件保全異議申立てをするに至った。なお、債務者がこの申立ての際に提出したEの陳述書(乙109)には、@Eと債権者との平成26年11月14日の面談に関し、「このとき債権者は、A先生のご判断を私どもが重視することについて、意外そうにしていました。」との記載がされ、A債務者代理人が関与するまで債務者が本件著作物に係る債権者の著作権を否定したことはなかったとの債権者の主張に関し、「債権者の著作権に関する主張は荒唐無稽なものであって、まともに取り合う必要もないと考えたからにほかなりません。」との記載がされていた。
 当異議審の平成28年2月25日の審尋期日において、当裁判所(受命裁判官)は、中止されている本件雑誌の出版を前に進めるため、その状態を解消するための条件を話し合う和解を勧試したが、債務者は、「いかなる内容であっても和解は困難である。」旨述べ、その後、当事者双方は同年3月22日までに主張書面の提出を完了し、翌23日に審理が終結された。(以上につき、審尋の全趣旨、顕著な事実)
2 被保全権利について
(1) 著作者性(争点1)について
ア 本件著作物が創作性を有する編集著作物であることは当事者間に争いがないが、この著作物について、債権者は、自らとA教授、B教授及びC教授の4名を著作者とする共同著作物である旨主張し、債務者は、B教授及びD教授の2名を著作者とする共同著作物である旨主張しており、債権者が著作者の一人であるか否かが争点となっているため、以下、この点について検討する。
イ まず、前記1(3)で認定したとおり、本件著作物では、@表紙において、「A・X・B・C編」と表示され、Aはしがきにおいて、これら4名が、「この間の立法や、著作権をめぐる技術の推移等を考慮し、第4版では新たな構成を採用し、かつ収録判例を大幅に入れ替え、113件を厳選し、時代の要求に合致したものに衣替えをした」主体として表示されている。上記@のような、氏名に「編」を付する表示(編者の表示)は、その者が編集著作物の著作者であることを示す通常の方法であるとみられる(この点は、氏名に「著」を付する表示すなわち著者の表示が言語の著作物の著作者を示す通常の方法であるのと同様と解される。)ところ、本件著作物における上記Aの表示をも併せ考慮すると、本件著作物には、その公衆への提供の際に、債権者を含む上記4名が編集著作者名として通常の方法により表示されているものであることは明らかというべきである。したがって、著作権法14条により、債権者は、編集著作物たる本件著作物の著作者(編集著作者)と推定される。
 なお、債務者は、前記1(3)、(4)のとおり、これまで債権者を本件著作物の「編者」として扱ってきたものであるが、「編」と表示されている者(「編」者)が著作権法上の編集著作者とは異なる場合も少なくないなどと主張する。しかしながら、そのような場合も存するとしても、だからといって、編者の表示が上記のとおり編集著作者名を示す通常の方法であることを直ちに否定することはできず、これを否定するに足りるほどの社会的事実を示す的確な疎明資料はない。
ウ そこで、上記イの判断を前提に、本件において、債権者が本件著作物の編集著作者であるとの推定を覆す事情が疎明されているか否かについて検討する。
 前記1(4)で認定した事実によると、@債権者は、執筆者について、特定の実務家1名を削除するとともに新たに別の特定の実務家3名を選択することを独自に発案してその旨の意見を述べ、これがそのまま採用されて、本件著作物に具現されていること、A本件著作物については、当初から債権者ら4名を編者として『著作権判例百選[第4版]』を創作するとの共同の意思の下に編集作業が進められ、編集協力者として関わったD教授の原案作成作業も、編者の納得を得られるものとするように行われ、本件原案については、債権者による修正があり得るという前提でその意見が聴取、確認されたこと、Bこのような経緯の下で、債権者は、編者としての立場に基づき、本件原案やその修正案の内容について検討した上、最終的に、本件編者会合に出席し、他の編者と共に、判例113件の選択・配列と執筆者113名の割当てを項目立ても含めて決定、確定する行為をし、その後の修正についても、メールで具体的な意見を述べ、編者が意見を出し合って判例及び執筆者を修正決定、再確定していくやりとりに参画したことを指摘することができる。そして、執筆者の執筆する解説は、本件著作物の素材をなしているところ、その執筆者の選定については、とりわけ実務家を含めると選択の幅が小さくないこと、債権者が推挙した当該3名の人選について、誰が選択しても同じ人選になるようなものとはいえないことに照らせば、債権者による上記@の素材の選択には創作性があるというべきである。その上、上記Bの確定行為の対象となった判例、執筆者及び両者の組合せの選択並びにこれらの配列には、もとより創作性のあるものが多く含まれているところ、債権者が編者としての確定行為によりこれに関与したとみられるのである。そうすると、上記@ないしBを総合しただけでも(その余の債権者主張事実の有無について認定・判断するまでもなく)、他の共同著作者の範囲はともかくとして、債権者が本件著作物の編集著作者の一人であるとの評価を導き得るところ、本件において、前記イの推定を覆す事情が疎明されているということはできない。
 したがって、債権者は、編集著作物たる本件著作物の著作者の一人であるというべきである。
エ これに対し、債務者は、前記ウ@に関し、(ア) 執筆者を推挙しただけでその執筆者に判例を割り当てていない段階では、編集著作物の素材である解説の特定をしていないから、素材の原料の提案にすぎず、素材の選択には当たらない、(イ) 債権者の推挙した上記3名は、東京地裁知財部の部総括判事、元知財高裁判事の弁護士及び著作権分野で高い実績を有し第3版においても執筆者になっていた弁護士であるから、極めて「ありふれた」人選であって、創作性は全くない、(ウ) 仮に3名の候補者を選択したのみで創作的な表現として著作権が生じるとすると、以後、同一の3名を選択することが複製に当たり著作権侵害となってしまう旨、前記ウAに関し、(エ) 共同創作の「意思」があっても、何ら著作者性を基礎付ける事情とはならない旨、前記ウBに関し、(オ) 著作権法においては、自ら物理的に創作的表現を表出していない者は、著作者たり得ないところ、著作者の認定においては、あくまでそのような客観的な創作的表現行為の有無のみが問題となるのであり、「立場」や「肩書」は何の意味も持たないし、「最終的な確定権限を有する者」というような行為者の権限を考慮することも許されない(当該権限を要件とするような解釈に基づいて著作者の認定をすることは、同法2条1項2号、1号に反する。)、(カ) 本件編者会合における決定に参加したことは、他人が世に現出した表現について最終的に公表すべき表現であることを事後的に承認したにすぎず、本件著作物の作成に創作的関与をしたとの評価にはつながらない、(キ) 本件編者会合後の修正については、債権者は他者のした提案を一部事後承認したにすぎず、上記(カ)と同様に、本件著作物の作成に創作的関与をしたとの評価にはつながらない、(ク) 債権者の前記ウBの行為を債権者が本件著作物の編集著作者の一人であることの根拠とすることは、「それまで表現されたものとして存在しなかったものを初めてつくり出す行為」をしていない者を著作者とすることであるから、同法2条1項2号、1号の文理に反するし、著作物が創作され公表されるまでの間に関与する多数の者(学術論文の査読者から果てはマスコット・キャラクターを採択する会議に至るまでありとあらゆる「確定者」)にいたずらに著作者の外延が拡大されてしまいかねない、(ケ) 債権者の本件編者会合における承認及びその後の一部承認を創作的関与に含めて考えることは、恵子抄事件最高裁判決に反する旨をそれぞれ主張した上、(コ) 本件著作物の編集に関し、債権者は、極めて限定的な関与しかしていないから、債権者が本件著作物の編集著作者の一人であるとの評価は導き得ない、(サ) 債権者の関与していない部分は、債権者の関与した箇所と分離して利用することができるから、同項12号の共同著作物の要件(分離利用不可能性の要件)を満たさないなどと主張する。
 しかしながら、上記(ア)の点については、本件著作物において、執筆者の執筆する解説が本件著作物の素材をなしていることは前記ウで説示したとおりであるところ、本件著作物においてそのような解説を執筆する者を、いずれの判例を割り当てるかとは独立に選定することは可能であり、その場合、執筆者を推挙した段階で、「当該執筆者がいずれかの判例について執筆する解説」が観念されるから、これが素材の選択におよそ当たらないということはできない。また、いずれにせよ、判例と執筆者の組合せが特定されていなかったからといって、本件著作物における「執筆者の執筆する解説」という素材の選択に関して債権者が寄与したことが否定されるものではない。
 上記(イ)の点については、本件著作物における解説の執筆者として、学者を選ぶか実務家を選ぶか、実務家にしても裁判官にするか弁護士にするかについて、選択の幅は大きく、裁判官や裁判官OBについても知財高裁・地裁知財部経験者の人数は決して少なくないこと、現に第4版に関するそれまでの執筆者の案(本件原案のほか、A教授が列挙した候補者の案なども含む。)では当該3名が含まれていなかったこと(前記1(4)ウないしカ)、第3版や本件雑誌にもa判事とb弁護士は入っていないこと(別紙「著作権判例百選判例変遷表」、甲2の3)、B教授は、当初、b弁護士を執筆者として追加することに消極の意見を表明していたこと(前記1(4)ク)などに照らすと、当該3名について、誰が選択しても同じ人選になるようなものとはいえず、「ありふれた」人選などということもできない。
 上記(ウ)の点については、ここでの執筆者3名というのは、本件著作物の執筆者となった113名の中の一部であるところ、前記ウの判断は、当該3名を選択したのみで直ちに創作的な表現として独立の編集著作権が生じるとするものではなく、あくまでも本件著作物全体の表現(素材の選択及び配列)について創作性が認められる場合に、これを構成する一部の創作への関与(換言すれば、債権者が関与した部分が上記創作性を有する表現を形成する一部をなしているか)を問題とするものであるし、また、債権者の当該行為時点について見ても、執筆者110名から1名を削除し3名を加えて112名とする場合の当該3名の選択が問題となっているのである。さらに、前記ウの判断は、必ずしも同@の行為のみで編集著作者となり得ると判断しているわけではなく、同@ないしBを総合して編集著作者となり得ると判断しているのであって、債権者が、同Bの行為をしているほかに、自ら同@の行為もしていることを、全体として評価すべきところである。
 上記(エ)の点については、前記ウAの事情は、同Bの債権者の行為の前提となるものであるから、同@ないしBがあいまって全体として債権者の編集著作者性を基礎付ける事情になるということができる。
 上記(オ)の点については、本件のように共同編集著作物の著作者の認定が問題となる事案においては、編集著作物の完成に向けられた表現(素材の選択・配列)の創作に係る複数の者の一連の行為(一瞬の物理的な行為のみではない。)を全体として観察し、そのような一連の編集過程への実質的な関与の有無やその位置付け等を総合的に検討して、一定の規範的な評価をすることは、避けられないものと解される。そして、それ自体としては同じように見える行為についても、どのような状況(コンテクスト)において、どのような立場(一貫して編集の主体とされ、内容について決定権や責任を有する者としての行為なのか、アドバイスを求められた外部の第三者としての行為なのか、事務的な補助者としての行為なのか等々)でそれを行ったのかということにより、その行為の社会的な意味合いや位置付けは異なり得るのであって、そのことが事実認定及び法的評価にも影響するのは当然というべきである。上記のような意味での行為者の立場を全く捨象して単純に裸の作為(「物理的な」創作的表現表出行為)のみを取り出すことは、実態にそぐわない編集著作者の認定をすることにつながりかねず、相当ではない。既に認定、説示したところからすれば、本件著作物の編集過程において、債権者が、素材の選択及び配列に関する実質的な権限を有しそれに基づき実質的な関与をしたことは明らかであって、単に名義を貸しただけとか、単に名目的な「肩書」のみを有して形だけ関わったといったケースとは明らかに異なる。なお、編集著作物の素材の選択・配列の確定に関し行為者がどのような権限を有していたかという点も、編集著作者の認定に当たって一つの事情となり得るものであって、これを考慮すること(もとよりこれを「要件」とするものではない。)が許されないということはない。
 上記(カ)ないし(ク)の点については、当該編集著作物の編集過程において、当該者自身が当該創作的表現を「物理的にこの世に現出させる」独自の提案作成行為をしなかった場合においても、当初から当該者を含めた複数の者を編者として当該編集著作物を創作するとの共同の意思の下に共同作業をしている他の者が先行して「物理的にこの世に現出させる」提案をした部分について、当該者が、それを修正することもできたのに検討の上修正せずに、当該部分をそのとおり採用する決定に加わったという行為は、創作への関与として一概に無視することはできない。前記1(4)で認定した事実経過に照らすと、債権者は、本件著作物の編集過程に客観的・外形的に関与しているのみならず、素材の選択及び配列について実質的な中身を思考しこれに基づき上記行為をしているとみられるものであって、前記ウBの債権者の行為は、著作物の形成ないし創作性の形成への「客観的な事実行為としての実質的な関与」に当たるということができる。本件著作物の「創作」については、本件著作物の完成に向けた一連の編集過程が開始される前には「それまで表現されたものとして存在しなかったもの」を、同編集過程が完了し本件著作物が完成した時点で「初めてつくり出す行為」であり、その「創作」の主体が債権者を含めた複数の者となるとみられるのであって、これが著作権法2条1項2号、1号の文理に反するということにはならない。また、既に認定、説示したところに従って、債権者の同Bの行為を債権者が本件著作物の編集著作者の一人であることの根拠としたとしても、著作物が創作され公表されるまでの間に関与する多数の者にいたずらに著作者の外延が拡大することにはならない(単に名前を貸して形式的に権威付けをしただけの者や、債務者が例に挙げる「学術論文の査読者」等、もともと創作する側の主体とは異なる立場から関与したり、表現内容の形成・変更の直接の決定権を有していない者などは、共同著作者の一人とは認められない。)。「認定」ということの性質上、個々の事案に合致した認定をして「共同編集著作者」の範囲を適切に画するほかはないし、かえって、常に「最も早く物理的に表出した者が誰か」のみに着目するということでは、本件のような事案で実態にそぐわない結論を導いてしまいかねない。
 上記(ケ)の点については、智恵子抄事件最高裁判決は、当該個別事案における認定を示した事例判例であって、本件における債権者のような者を編集著作者と認めてはならないとの判断を何ら含意しているものではないから、前記ウBに係る判断が同最高裁判決に「反する」ということはない。
 上記(コ)の点については、前記ウ@の行為と、同Aを前提とした同Bの行為を総合した場合に、債権者の関与が「極めて限定的」で編集著作者の一人との評価を導き得ないものであるということはできない。
 上記(サ)の点については、前記ウBの債権者の行為は、本件著作物全体に係っているし、同@の債権者による素材の選択も、前示のとおり、他の素材の選択及び組合せとあいまって全体の編集著作物を構成しているものであるから、債権者の関与部分のみを分離して個別に利用することはできない。本件著作物は、著作権法2条1項12号の「二人以上の者が共同して創作した著作物であって、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの」に当たるというべきである。
 以上によると、債務者の上記各主張によって、債権者が本件著作物の編集著作者であるとの推定を覆すことはできない。
(2) 翻案該当性ないし直接感得性(争点2)について
ア 前記1(5)、(6)で認定した事実によると、@判例の選択については、本件著作物の収録判例と本件雑誌の収録判例とで97件が一致しており(そのうち94件は審級も含めて全く同一であり、3件は審級のみ異なり対象事件が同一である。)、割合的には、本件著作物の収録判例113件のうち約86%が本件雑誌にも維持され、かつ、当該一致部分が本件雑誌の収録判例116件のうち約84%を占めていること、A執筆者(執筆者の執筆する解説)の選択については、本件著作物における執筆者と本件雑誌における執筆者とで93名が一致しており、割合的には、本件著作物の執筆者113名のうち約82%が本件雑誌にも維持され、かつ、当該一致部分が本件雑誌の執筆者117名のうち約79%を占めていること、B判例と執筆者(執筆者の執筆する解説)の組合せの選択については、本件著作物における組合せと本件雑誌における組合せとで83件が一致しており、割合的には、本件著作物における判例と執筆者の組合せ113件のうち約73%が本件雑誌にも維持され、かつ、当該一致部分が本件雑誌における判例と執筆者の組合せ117件のうち約71%を占めていること、C判例及びその解説(以下、併せて「判例等」という。)の配列については、本件著作物の判例等と本件雑誌の判例等とで合計83件の配列(順序)が一致しており、割合的には、本件著作物の判例等113件のうち約73%の判例等の配列(順序)が本件雑誌にも維持され、かつ、当該一致部分が本件雑誌の判例等117件のうち約71%を占めていること、D判例等の配列を位置付ける項目立てについても、本件著作物の大項目及び小項目の立て方と本件雑誌の大項目及び小項目の立て方とでその大半が一致していることを指摘することができる。そうすると、本件著作物と本件雑誌とで判例等の選択及び配列が全体として類似していることは明らかであって、本件著作物の判例等の選択・配列の大部分が本件雑誌にも維持されていることが確認できるとともに、本件雑誌の判例等の選択・配列を見たときに本件著作物のそれに由来する上記各一致部分の全部又は一部を優に感得することができる。
 そして、本件著作物及び本件雑誌に掲載される判例と執筆者の執筆する解説が編集著作物たる本件著作物及び本件雑誌の素材であるところ、その表現(素材の選択又は配列)の選択の幅(個性を発揮する余地)を考えると、『判例百選』の性格上、判例の選択や判例等の配列に係る選択の幅はある程度限られるものの、執筆者の選択すなわち誰が執筆する解説を載せるかという選択の幅は決して小さくない上、どの判例の解説の執筆者として誰を選ぶかに係る選択の幅は極めて広いというべきである。そうすると、上記@ないしDで指摘した、本件著作物と本件雑誌とで表現(素材の選択又は配列)上共通する部分には、創作性を有する表現部分が相当程度あるものということができる(なお、編集著作物における素材の選択及び配列に係る上記各一致部分の組合せ全体に創作性を認めることもできると考えられる。)。
 以上の事情を総合すれば、本件著作物と本件雑誌とで創作的表現が共通し同一性がある部分が相当程度認められる一方、本件雑誌が、新たに付加された創作的な表現部分により、本件著作物とは別個独立の著作物になっているとはいい難い。
 このように検討したところによると、本件雑誌の表現からは、本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができるというべきである。
イ そして、前記1で認定したとおり、本件雑誌が本件著作物の改訂版として作成されているものであることなどに照らすと、編集著作物たる本件雑誌が本件著作物に依拠して編集されたことは明らかである。
ウ 以上によれば、編集著作物たる本件雑誌を創作する行為は、本件著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想を創作的に表現することにより、これに接する者が本件著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為、すなわち本件著作物の翻案に該当し、本件雑誌は本件著作物を原著作物とする二次的著作物に該当する。
 また、他人の著作物を素材として利用しても、その表現上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は、原著作物の同一性保持権を侵害しないと解すべきであるが(最高裁平成6年(オ)第1028号同10年7月17日第二小法廷判決・判時1651号56頁等参照)、本件雑誌における本件著作物の利用は、このような同一性保持権侵害の要件をも満たすということができる。
(3) 本件著作物を本件原案の二次的著作物とする主張の当否(争点3)について
 債務者は、本件著作物は本件原案を原著作物とする二次的著作物にすぎないとした上で、二次的著作物の著作権者が権利を主張できるのは新たに付加された創作的部分に限られるところ、本件著作物において本件原案に新たに付加された創作的表現が本件雑誌において再製されているとは認められない旨主張する。
 しかしながら、前記1で認定した事実に前記(1)で説示したところを総合すると、本件原案は、最終的な編集著作物たる雑誌『著作権判例百選[第4版]』の完成に向けた一連の編集過程の途中段階において準備的に作成された一覧表の一つであり、まさしく原案にすぎないものであって、その後編者により修正、確定等がされることを当然に予定していたもの(編者が検討するための叩き台、提案)であったことは明らかであり、実際、本件原案作成後、その予定どおり、債権者を含む編者によりその修正等がされ、最終的に編集著作物の素材の選択・配列が確定されて本件著作物として完成されるに至ったものである。そうすると、本件においては、その完成の段階で、債権者を共同著作者の一人に含む共同著作物が成立したとみるのが相当である一方、途中の段階で本件原案が独立の編集著作物として成立したとみた上で本件著作物について本件原案を原著作物とする二次的著作物にすぎないとすることは相当ではない(なお、債務者は、最終作品の作成過程において準備的に作成されたものが、第三者によりコピーされ、最終作品の完成後に無断でネット上で公開されてしまった場合に、当該準備的に作成されたものも最終作品とは別個の著作物としての保護を受けることを指摘する。しかし、そのような事例において、第三者によるコピーの時点で、当該準備的に作成されたものがそれ自体著作物性を肯定し得るものであったならば、それを著作物とする著作権又は著作者人格権の行使を第三者との関係で肯認することができるとしても、本件のように、既に完成された最終作品の翻案が問題となっているケースにおいて、当該最終作品を、同作品の完成に向けて準備的に作成されていた原案の一つを原著作物とする二次的著作物にすぎないとして、最終作品に基づく権利行使を制約することは、相当でないことに変わりはない。)。
 したがって、債務者の上記主張は、その前提を欠き、採用することができない。
(4) 氏名表示権の侵害の有無(争点4)について
 前記1(5)イ、(8)イで認定した事実に審尋の全趣旨を総合すると、債務者は、本件雑誌の発行に当たっては、はしがきにおいて別紙「はしがき」のとおり債権者の氏名を記載するほかは、編者ないし編集著作者として債権者の氏名を表示しない予定であると認められる。
 この点に関し、債務者は、@『判例百選』シリーズにおいては、表紙等に単に「第○版」と表記することにより二次的著作物であることないし二次的著作物である可能性があることを表示することになっているところ、本件雑誌においては、「第5版」と表記していること、A別紙「はしがき」のとおり、はしがきに本件著作物の編者として債権者の氏名が表示されていることを根拠として、著作権法19条3項の趣旨に照らし、本件雑誌のはしがきの上記表示は、同条1項後段の原著作物の著作者名の表示として十分なものであり、あるいは同条3項により原著作者の氏名表示を省略することができるから、氏名表示権の侵害がない旨主張する。
 しかしながら、上記@の点については、改訂版であっても、二次的著作物に当たるとは限らないことは明らかである(現に、前記1(6)イで認定したとおり、第3版と本件著作物とでは、判例と執筆者の組合せが一致しているものは1件もなく、その他、第3版における判例の選択や執筆者の選定、判例の収載順序、項目立て〔甲2の2・3〕と本件著作物におけるそれらとを対比し、審尋の全趣旨にも照らすと、本件著作物は第3版を原著作物とする二次的著作物には当たらないものと解される。また、債務者は、本件雑誌が本件著作物を原著作物とする二次的著作物に当たることも争っているのである〔争点2〕。)。したがって、『著作権判例百選』の「第5版」において「第4版」と表記した部分が「原著作物」の表示に当たるとは当然には解することができない。なお、債務者は、債権者の答弁書において上記の点を指摘されるや、「二次的著作物である可能性があることの表示」という後退した主張をもするに至っているが、これが原著作物の著作者の表示を基礎付け得るものではないことは明らかである。
 上記Aの点については、前記認定のとおり、別紙「はしがき」の文章において、債権者の氏名は、来歴を記載した段落中に「第4版(A=X=B=C編)」という語句として出てくるのみであり、これを見ても、上記@の点について説示したところを前提にすると、本件雑誌の原著作物の編集著作者名が表示されたものと解することはできない。他に、本件雑誌の原著作物の編集著作者としての債権者の氏名の表示と目される表示は全く見当たらない。
 そして、一般に、出版物として印刷の上公衆に頒布する際にその表紙等において原著作物の著作者名を(その者の意思に反して)表示しないことが、著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないとは容易にはいえないところ、本件についてみると、前記(2)で説示したとおり、本件雑誌には本件著作物の素材の選択及び配列の大部分が維持されているにもかかわらず、本件雑誌の編者として、本件著作物の編者4名中の2名と新たな編者2名の氏名を表示し、債権者の氏名を除外したら、債権者は、本件雑誌の原著作物の編集著作者(原著作物も含めて本件雑誌の編集内容の創作をした者)ではないとみられるおそれがある(まして、これまでに、債務者は、債権者が本件雑誌の原著作物の編集著作者〔創作者〕でない旨を繰り返し主張し続けているのである。)。したがって、債権者は、編集著作者は表示されている他人のみであり債権者は上記のような意味での編集著作者ではないかのような誤解を招来することのない利益を害される。そして、著作物の利用(本件雑誌による本件著作物の利用)の目的・態様あるいは性質から、著作者名表示の必要性がないとか、著作物の円滑な利用を確保するために著作者名の表示をすることが極めて不適切であるなどということもできない。そうすると、本件雑誌における債権者の氏名の表示に関し、「著作者が創作者であることを主張する害するおそれがない」とは認められず、著作権法19条3項により原著作者の氏名表示を省略することはできない。
 以上のとおり、債務者が本件雑誌を頒布して公衆に提供するに当たり、原著作物の編集著作者としての債権者の氏名の表示をしないことは、債権者の氏名表示権(著作権法19条1項後段)を侵害するものというべきである。
(5) 同一性保持権の侵害の有無(争点5)について
ア 前記(2)で説示したとおり、本件雑誌からは、本件著作物の表現上の本質的な特徴を感得することができる。
イ また、前記1(5)イ、(6)アないしウで認定した事実(債権者の意思や本件雑誌による本件著作物の改変の程度等)に疎明資料(乙135)及び審尋の全趣旨を総合すると、本件雑誌による本件著作物の素材の選択・配列の改変は、些細な改変とはいえないところ、債権者は、別紙「著作権判例百選判例変遷表」の本件著作物の項目41の判例(顔真卿自書建中告身帖事件上告審判決)を本件雑誌では「著作物」の大項目中の項目1に持ってきた配列の仕方や、執筆者としてa判事、b弁護士及び債権者を除外した選択の仕方等について、「耐え難い」としており、本件雑誌における上記改変は、債権者の「意に反して」本件著作物を改変したもの(著作権法20条1項)といわざるを得ない。
 これに対し、債務者は、本件雑誌における本件著作物の改変は、その態様に照らし、債権者の名誉・声望を害するものではない旨主張するが、同一性保持権には、著作者の著作物に対するこだわりを保護する面がある以上、名誉・声望を害するものでないからといって、同項所定の「意に反して」の改変に当たることを否定することはできない。
ウ さらに、債務者は、@『判例百選』は、新たな判例の形成を踏まえて従来の版をアップデートしつつ新たな版を編集することを当然の前提とする出版物である以上、その改訂版である本件雑誌において、本件雑誌の編者が上記観点から相当と考える改変を行うことは、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に当たるとか、A債権者が「耐え難い改悪」とする部分は、極めて一般的な配列の仕方等であって、「やむを得ない改変」として許容されるなどと主張する。
 しかしながら、上記@の点については、従来の版をアップデートするとしても、(a) 債権者の同意するような変更の仕方を工夫するか、それができない場合には、(b) 本件著作物の表現上の本質的な特徴を維持した編集著作物を出版する方法以外の方法(例えば、新たな判例部分について補遺ないし追録を出すなど、様々な方法が考えられる。)を採り得ることを指摘することができる。前記1(7)、(8)で認定した事実経過に照らすと、債務者は、上記(a)のための努力を尽くしたとは一応にせよ認めるに足りないし、上記(b)については、第3版と本件著作物とでは全く一致がなかった判例と執筆者の組合せについて本件著作物から83件も維持した第5版著作物を完成させたのであるから、本件雑誌において本件著作物に加えられた改変が「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に当たるということはできない。
エ 以上によると、本件雑誌における本件著作物の改変は、債権者の本件著作物に係る同一性保持権(著作権法20条1項)を侵害するものというべきである。
(6) 黙示の許諾ないし同意の有無(争点6)について
ア 債務者は、『判例百選』が改版と編者の変動(新たな版において編者に交代が生じ得ること)を所与の前提とする性質の出版物であり、編者に就任する者はこれを承知していることを根拠として、債権者が、編者への就任の際、債務者に対し、本件雑誌のような改訂版の出版に関して、黙示的に、本件著作物の利用を許諾し、著作者人格権を行使しない旨同意した旨主張する。
 しかしながら(債務者が、その主張に係る債権者の黙示的な許諾ないし同意につき、他の共同著作者との合意〔著作権法65条2項、64条1項〕に基づくものである旨主張しているのか否かは、必ずしも明確でないが、この点はひとまず措くとして)、『判例百選』について改版が所与の前提となっており、改版に当たって編者の交代が生じ得るということやこれを認識していたことのみから、債権者が手放しで上記許諾ないし同意をしたと当然に推認することはできない。本件において、債権者が債務者に対し明示的な許諾ないし同意をしていなかったことは争いがなく、本件雑誌の出版に関する許諾ないし同意があったといえるためには、これと同等の効果意思を内容とする黙示の意思表示が認められることが必要となるところ、そのような黙示の意思表示と目すべき債権者の行為について債務者は具体的な基礎付け事実を十分に主張していないし、債権者の上記許諾ないし同意の事実を示す的確な疎明資料も見当たらない。かえって、前記1(2)イ、(5)イで認定した事実によると、『著作権判例百選』を含む多くの『判例百選』においては、編者の年齢については原則おおむね70歳までとする方針が採られてきたものであり、過去の『判例百選』においては、70歳前後まで編者の依頼が継続されるケースが多かったところ、債権者は、平成26年9月にEから知らされるまで、自らが70歳という年齢に達するにはまだ相当の年月があるにもかかわらず、意に反して『著作権判例百選』の編者から除外され本件雑誌のような改訂版が作成・発行されるとは考えていなかったというのである。そうすると、債権者がこれまでに本件雑誌のような改訂版の出版に対する許諾ないし同意をしたと認めることは一層困難であるといわねばならない。
 したがって、本件において、債権者が債務者の主張するような黙示的な許諾ないし同意をしたとは一応にせよ認めることができない。
イ なお、債務者は、自らは『判例百選』の編者を依頼する/しない自由を有するのであって、一度編者を依頼した者に関し、その者が70歳前後になるまでその後の改訂版につき編者を依頼し続ける義務はないし、不適任者であってもそのように依頼し続けるという意味での「定年制」の方針は採っていない、債権者には70歳まで編者を依頼され続けることへの期待権はなく、その期待の根拠になり得るものはないなどと主張する。
 しかしながら、@過去の『判例百選』において70歳前後まで編者を依頼するケースが多かったという事実自体については当事者間に争いがないところ、疎明資料(甲20)によれば、A債務者の担当者であるE自身が、平成23年6月13日に『特許判例百選[第4版]』の編者であるA教授、債権者、B教授及びC教授に宛てたメールにおいて、執筆者の人選を依頼するに当たり、「人選に関してですが、A先生よりお送りいただいたメールに「70歳」という年齢についての基準が言及されています。」「年齢に関しては、分野ごとの特性もあるので編者に方針をお決めいただいていますが、多くの百選で、原則としておおむね65歳まで(ただし編者に関しては70歳まで)、という方針がとられています。」「著作権判例百選第4版のときも65歳定年とする方針であったような記憶があります(j先生なども年齢が理由でお願いしなかったのではなかったでしょうか)。」「年齢を理由として高名な方にお願いしないのはもったいないことですが、こうしたことは機械的・形式的にやらないとトラブルに巻き込まれてしまう場合もございますので、この点についての今回の方針をあらためてご確認いただけると幸いに存じます。」と記述していたことが認められる(さらに付け加えると、前記1(7)イのとおり、BEの平成26年11月21日付けe社長宛てメールには、「X先生《債権者》は、まだ編者を退くような年齢ではありませんが、《以下省略》」との記述もある〔乙110(添付資料1)〕。)。もとより、上記Aの「方針」は、事実上採られていた方針であって、「定年制」という制度があるとか、一度依頼を受けた編者に「期待権」といった権利が生じるものではないが、上記@やAの事実について知った債権者が、「自らが、70歳という年齢に達するにはまだ相当の年月がある時期に、自身の納得できない理由によって『著作権判例百選』の編者から外された上で本件雑誌のような翻案物が作成・発行されるようなことはない。」旨の認識(事実上の期待)を抱いたとしても決して不自然ではなく、前記1(5)イの認定を覆すに足りる疎明資料はない。ここでは、債務者が立証責任を有する債権者の許諾ないし同意の事実が認定できるかという争点に関し、これを反証する間接事実として、債権者がどのような認識を有していたかが問題となっているのであるから、債務者の上記主張は、この争点に関する前記アの結論を左右するものではないというほかはない。
(7) 著作権法64条2項、65条3項に基づく主張の当否(争点7)について
ア 債務者は、仮に前記(6)で債権者の許諾等が認められなかったとしても、また、仮に前記(1)で本件著作物の編集著作者がA教授、債権者、B教授及びC教授の4名ないしこれらにD教授を加えた5名であったとしても、@これら5名のうち債権者を除く4名は、本件雑誌の出版に関して、債務者に対し、本件著作物の利用を許諾し、著作者人格権を行使しない旨同意しているところ、平成27年11月30日付けで債権者に対し、本件通知書面により、上記許諾及び同意に関し著作権法64条1項及び65条2項所定の合意を求めたが、債権者はこれを拒絶した、A債権者が他の著作者との間でこのような合意を拒むことについては、正当な理由(著作権法65条3項)がなく、かつ、信義に反する(同法64条2項)ものであり、Bこのことは、本件差止請求に対する抗弁となる旨主張する。
イ そこでまず上記アBの主張の当否について検討するに、前記1(7)、(8)で認定した事実及び審尋の全趣旨に照らすと、現時点においては、債権者と本件著作物の他の共同著作者(ないし共有著作権者。以下同じ。)との間で、本件雑誌の出版に係る許諾ないし同意に関する合意は成立しておらず、他の共同著作者が債権者に対して合意(意思表示)を求める裁判を提起しているなどの事情もうかがわれない状況である。
 そして、著作権法65条2項は「共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。」と規定しているところ、同条3項は、その「合意」の成立を妨げることができるかについて、「各共有者は、正当な理由がない限り、同条2項の合意の成立を妨げることができない。」旨定めているにすぎないのであるから、仮に上記「正当な理由」がなかったとしても、直ちに同条2項所定の「合意」の成立が擬制されることになるものではないし、同法64条1項は「共同著作物の著作者人格権は、著作者全員の合意によらなければ、行使することができない。」と規定しているところ、同条2項は、その「合意」の成立を妨げることができるかについて、「共同著作物の各著作者は、信義に反して同条1項の合意の成立を妨げることができない。」旨定めているにすぎないのであるから、仮に上記「信義に反」すると認められたとしても、直ちに同条1項所定の「合意」の成立が擬制されることになるものではない。
 そうすると、債権者以外の本件著作物の共同著作者が債務者に許諾等をしたとしても、それは、著作権法64条1項、65条2項所定の「全員の合意」によらないでしたものというほかはないから、有効な許諾等ということはできないし、上記合意の成立がされたものと擬制したり有効な許諾等がされたものと同視することもできず、他に、同法64条2項、65条3項の規定に基づく債務者の前記ア@・Aの主張内容のみをもって、債権者の債務者に対する本件差止請求に対する抗弁たり得る(前記アB)とする法的根拠は見当たらない。
ウ なお、本件における主張立証の状況、審理の経過等に鑑み、債務者の前記アAの主張の当否についても検討すると、債務者は、この点に関し、(ア) 本件著作物が、新たな判例の形成を踏まえて従来の版をアップデートしつつ新たな版を編集することを当然の前提とする『判例百選』シリーズの著作物であること、(イ) 本件著作物の刊行後、社会状況の変化と共に重要判例が多く出されており、改訂が熱望されていること、(ウ) 債権者を本件雑誌の編者とすべきでない合理的な事情が存在し、他の編者もこれを支持していること、(エ) 本件著作物における債権者の関与は極めて限定されたものであり、その創作的関与は本件雑誌においてはほとんど残存していないこと、(オ) 債権者が求めているのは「編者」としての地位であって、権利行使を認めない場合に債権者が被る不利益は現役東京大学教授としての不名誉のみであると考えられること、(カ) 本件雑誌が出版できないことにより本件著作物の他の著作者(特に本件雑誌の編者であるB教授、C教授及びD教授)が被る不利益は甚大であること、(キ) 債権者は氏名表示権の問題に関して不合理な反論をするのみであること、(ク) 債権者が本件雑誌において加えられた耐え難い改悪として挙げている点については、債権者が本件著作物の作成過程において重大な関心を寄せていたとはうかがわれないこと、(ケ) 債権者は債務者に対し六法等についての協力取りやめを示唆する行為にも及んでいることに照らすと、債権者が前記ア@のとおり合意を拒むことについては、正当な理由(著作権法65条3項)がなく、かつ、「編者」としての地位を獲得するための嫌がらせ的な、倫理観念に反する行為として、信義に反する(同法64条2項)ものであると主張する。
 しかしながら、前記1(8)で認定した事実によると、本件通知書面は、債権者に対して「著作権法64条1項及び65条2項所定の合意」を求める一方で、通知人ら自身は依然債権者が本件著作物の共同著作者の一人であるとは考えていない旨を宣明しているものである。これは、それ自体、「著作者全員の合意」と規定する著作権法64条1項及び「共有者全員の合意」と規定する同法65条2項の前提とはそぐわない内容を含むものといわざるを得ない。また、債権者は、前記(1)のとおり客観的に本件著作物の共同編集著作者の一人であり、前記1(3)、(4)のとおり債務者の担当者等からも従前名実ともに編者として扱われてきたため、債権者からしてみれば編集著作者として遇されていたように思えるところであったにもかかわらず、ある時期から本件著作物の著作者でないと言われるようになり、現在に至るまで債務者等からはそのように言われ続けていることに照らすと、本件通知書面における上記の宣明行為が債権者との「合意」を困難にしている面があることも指摘せざるを得ない。
 また、本件通知書面(乙134の1)においては、通知人の側から合意に当たっての具体的な条件は明示されておらず、氏名表示権の問題が生じないような氏名の表示を「はしがき」においてすることを予定しているとは記載されているものの、前記(4)で説示したとおり、実際の案文としては、単に来歴を記載する中で債権者の氏名に言及することを予定しているのみで、氏名表示権の問題は全く解消されないし、原著作物の編集著作者でないと主張し続けられている債権者に対して何のフォローにもなっていないものである。このような通知書面による求めを債権者が直ちに受諾しなくても無理からぬところがあるというべきであるが、前記1(8)の事実経過に照らしても、債権者が上記求めを拒んだ後に何らかのフォローがされた形跡はうかがわれない。
 他方、債務者が主張する上記(ア)ないし(ウ)、(カ)の点については、前記(5)ウでも説示したとおり、債権者の合意が取り付けられるような条件を示すか、それが難しいのであれば、本件著作物の翻案に当たらないようなアップデートの方法を採る余地があることを指摘することができるし、上記(エ)の点については、債権者が共同著作物の著作者の一人と認められる以上は、その関与の程度がいかなるものであったかや、その関与部分が本件雑誌に残存しているかが、結論に直ちに影響するものではないことを指摘することができる。また、上記(オ)のように決めつけることはできないし、上記(キ)の点については、前示のとおり、むしろ本件通知書面及びその氏名表示の案文の方が不合理といえる。さらに、上記(ク)の点については、たとえ5年以上前の本件著作物の作成過程においてさほど重大な関心を寄せていなかったとしても、本件雑誌の改変内容を見てからこれについて許容し難いとすることがあるのは、異とするに足りない。上記(ケ)の点については、Eの陳述書(乙109)には、平成26年10月30日の面談において、債権者が「債務者がそのように学術の価値を軽視している出版社であるのなら、六法など他の出版物についての協力も考え直す。」などと発言した旨の供述記載部分があるが、仮に交渉過程においてこのとおりの発言があったとしても、債権者が「編者」としての地位を獲得するための嫌がらせ的な倫理観念に反する行為として合意を拒んでいるなどと断ずることはできない。
 以上の諸事情を総合的に考慮すると、本件通知書面をもって求められた合意を債権者が拒むことには正当な理由があるということができるし、まして本件通知書面に対し債権者が信義に反して合意を妨げているということはできない。
エ 以上によれば、債務者の前記アの主張は、いずれにせよ採用することができない。
(8) 権利濫用の有無(争点8)について
 債務者は、@債務者が債権者に本件雑誌の編者を依頼しないこととしたのは、過去の様々な経緯、経験、債権者の言動等(他の研究者等に対する誹謗中傷、他の雑誌の特集や学会誌等の原稿の締切の大幅徒過や分量の大幅超過、記念論文集の執筆者選定に関する恣意的な言動等)に照らし、合理的な理由がある、A本件著作物における債権者の関与の程度は極めて限定されたものであり、その創作的関与は本件雑誌においてはほとんど残存していない、BA教授、B教授、C教授及びD教授が債務者に本件雑誌の出版を許諾・同意することに関し債権者に合意を求めたものの、債権者は、正当な理由なく、また信義に反して合意の成立を妨げている、C本件雑誌の出版が差し止められることは、(a)本件雑誌の編者4名の表現の自由を制限するのみならず、(b)執筆者百余名の表現の自由を奪い、さらには(c)本件雑誌を用いた法学教育や法学研究への影響も学問の自由という観点から深刻であり、極めて重大な不利益を債務者の関係者及び社会一般に及ぼす旨主張して、債権者が債務者に対して本件差止請求権を行使することは権利の濫用に当たる旨主張する。
 しかしながら、上記@の点については、債務者は、債権者の言動や性格等から他の編者にとって共同作業がしにくいことや、編集方針に違いがあること、債権者は自らの意見を通すためには手段を選ばず、本件においても自身の思い込みや主観的感情から躍起になって権利行使をしていることなどを縷々主張するものの、仮に、債権者を第5版の共同編者とすることが難しく、また、債権者の許諾・同意を得ることも難しいのであれば、債務者としては、本件著作物の翻案にならないようなものを作成、出版する工夫をして然るべきであった。にもかかわらず、債務者は、第3版と本件著作物とでは全く一致がなかった判例と執筆者の組合せ(これについての選択の幅が極めて広いことは前記(2)アで説示したとおりである。)について83件も維持した二次的著作物である本件雑誌を、同一執筆者に従前の原稿を朱字等で修正する形での執筆を依頼するなどの方法により作成し、それでいながら、債権者を原著作物の著作者ではないと宣明しているのである(前記1(6)〜(8)、2(2)・(4)・(5)ウ・(7)ウ)。債権者にしてみれば、前示のとおり、客観的に本件著作物の共同編集著作者の一人であり、債務者の担当者等からも従前そのように遇されていたように思えるところであったにもかかわらず、前記1(7)のような経緯で本件雑誌の編者から外されたのみならず、本件著作物の編集著作者でもないと言われるようになったものである。こうした状況において、債権者が債務者に対して本件著作物の著作権又は著作者人格権を行使することが権利の濫用であるとはいい難い。
 上記Aの点については、債権者が共同著作物の著作者の一人と認められる以上は、その関与の程度がいかなるものであったかや、その関与部分が本件雑誌に残存しているかが、直ちに権利濫用との結論に結び付くものではない。
 上記Bの点については、債権者が正当な理由なく、また信義に反して合意の成立を妨げているとはいえないことは、前記(7)ウで説示したとおりである。
 上記C(a)の点については、言論の自由が問題になるわけではなく素材の選択・配列に係る表現の自由が問題になるところ、その表現(編集)の目的を達成するために様々な表現(編集)の仕方がある(従前と同様のスタイルを採った場合にも、判例と執筆者の組合せについて極めて広い選択肢がある。)中、本件雑誌の編者4名は、既に公刊されている本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できる形で、(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害する第5版著作物を作成、完成させたものであり、そのような形で著作権法に違反する表現をする自由は正当なものとはいい難い。そうすると、債権者が債務者に対して著作権又は著作者人格権による本件雑誌の差止請求権を著作権法112条1項に基づいて行使することが上記4名の表現の自由を侵害するということはできないし、その表現の自由ないし利益が債権者の上記権利行使を権利濫用とする根拠になるということもできない。
 また、上記C(b)の点については、債権者の債務者に対する本件差止請求権の行使は、第5版著作物の編集の仕方に着目し、実質的にはこれに向けられたものであって、執筆者が執筆した解説部分の表現内容自体に向けられたものではない。上記編集表現が化体している本件雑誌の出版が差し止められる結果、執筆者が執筆した解説部分が直ちに現状の形のまま公表されないことになるとしても、(債務者が禁止等しない限り)個々の解説の内容を別の形で公表することは可能である。もちろん、実際には、執筆者としては、債務者からの依頼に応じて解説を執筆するに当たり、本件雑誌のような形で出版されることを期待していたものと考えられ、それについて配慮すべき利益があることはいうまでもないが、執筆者の上記期待が当面実現できない状況となっていることについての責任は、債務者にもある。すなわち、本件の紛争について、債務者が債権者と柔軟に交渉し一定の譲歩をして解決する余地がないとはいえないし、この点を暫く措くとしても、前示のとおり、判例のアップデートをするならその分の補遺ないし追録を出すなど様々な方法はあったところ、上記のような問題状況が生じたのは、そもそも債務者が、前記1(6)ないし(8)のとおり、本件雑誌につき、第3版と本件著作物とでは全く一致がなかった判例と執筆者の組合せなど本件著作物の表現上の本質的特徴を多数維持した上、債権者との交渉の見通しが付かないまま見切り発車的に執筆依頼に踏み切るなどしたことに起因する。そうすると、執筆者の上記利益に対しては、上記執筆依頼によって契約関係に入った債務者が、その契約関係を踏まえて対処し得べきであるということができる一方、債権者が債務者に対して著作権又は著作者人格権に基づく本件差止請求権を行使することが執筆者の表現の自由を侵害するとまでいうことはできないし、その表現の自由ないし利益も直ちには債権者の上記権利行使を権利濫用とする根拠にはならないというべきである。
 さらに、上記C(c)の点については、著作権及び著作者人格権侵害の書籍を出版できない結果、潜在的読者の事実上の期待が満たされないとしても、学問の自由が侵害されることになるわけではないことは明らかである上、上記説示したところに照らし、債務者が、潜在的読者のニーズに応えるために著作権法違反とならないような出版の仕方を工夫するなどして対処する余地があるといえるから、債権者の上記権利行使を封ずる根拠とはならない。
 本件の事案については様々な見方があり得ようが、法律上認められている権利の行使を濫用というには相応の根拠を要するところ、以上の諸事情を総合すると、債権者が債務者に対して本件差止請求権を行使することが権利の濫用に当たるということはできない。
(9) 本件雑誌の出版の事前差止めの可否(争点9)について
ア 債務者は、北方ジャーナル事件最高裁判決を援用し、本件においても、「事前抑制の法理」として、@権利侵害の明白性、A権利者の損害の重大性及びB事後回復の不能性・困難性という3要件が全て肯定される場合でなければ、出版の事前差止めは許容されない旨主張する。
 しかしながら、北方ジャーナル事件における仮処分は、出版物の表現内容(しかも「公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等」の表現行為)が名誉棄損に当たるとして、その内容の言論を公にすることを差し止めるものであるのに対し、本件の仮処分は、一定の素材の選択・配列による編集の仕方が著作権法違反であるとして、そのような編集の仕方による出版物を公にすることを差し止めるものであり、言論の内容(執筆者による個々の解説の内容)を公にすることについては何ら禁止するものではない(換言すれば、本件においては、執筆者の執筆した解説の内容の当否については全く審理・判断の対象となっておらず、差止めの仮処分がされても、当該編集の仕方による出版物ではない形により当該言論の内容を公にすることは何ら妨げられないのに対し、北方ジャーナル事件においては、出版物の記事の内容を審理しその当否を判断して差止めの仮処分がされており、同仮処分では、編集や出版の仕方を変えても当該言論の内容を公にすることは許されないことが含意されている。)。以上のとおり、両事件は事案の基本的な性格を全く異にするから、上記最高裁判決を本件に援用するのは適切でなく、債務者の上記主張は採用することができない(上記のような性格を有する本件において、債務者の主張する3要件が全て肯定される場合でなければ出版の事前差止めが許容されないとする法的根拠はなく、これら3要件が全て肯定されないからといって、著作権法112条1項に基づき出版の事前差止めを認めることが、上記最高裁判例に違反するということはできないし、直ちに憲法21条1項に違反するということもできない。)。
イ もっとも、債務者は、(a) 本件雑誌に素材として収録されている百余の判例の解説・評釈は、国家権力の発動たる司法判断に対する言論であって「政治的言論」に該当するから、憲法21条が保障する表現の自由が最も尊重されなければならないものであって、その表現行為に対する事前差止めは原則として許されない、(b) 本件雑誌の出版の差止めが認められた場合には、債務者及び本件雑誌の編者4名の表現の自由が制限されるのみならず、本件雑誌のために原稿を執筆した百余名の執筆者の表現の自由及び公表権が制限されることになるなどと主張するので、これらの点について検討する。
 上記(a)の点については、前記1(2)ア、(6)エで認定した事実及び審尋の全趣旨によると、本件雑誌については、一方で債務者自身も、主に学生向けの判例学習用の教材と位置付けているのであり、これを「政治的言論」とする上記主張は、本件雑誌のこのような基本的な性格付けにそぐわない。また、この点を措くとしても(さらには、司法判断である本件仮処分決定を裁判所のホームページにおいて裁判例情報として公表することに反対していたのは債務者であったことを措くとしても)、前記1で認定した事実及び審尋の全趣旨に照らし、本件において債権者が本件著作物の編集著作者としてその著作権又は著作者人格権に基づき債務者に対して本件雑誌の複製・頒布等の差止めを求めているのは、執筆者の解説にある特定の言論の内容を公共の場に供することの防止を目的とするものではないことは明らかであり、同権利に基づいて本件雑誌の出版前にその複製・頒布等を差し止めても、前示のとおり、(債務者の対処次第で)個々の解説の内容を公共の言論の場に供すること自体は何ら妨げられない(この点は、名誉権やプライバシー権に基づき表現内容の差止めをする事案とは根本的に異なる。)。
 上記(b)の点については、債務者との関係では、表現(編集、出版)の目的を達成するために様々な表現(編集、出版)の仕方がある中、既に公刊されている先行著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できる形で、著作権法に違反する表現をする自由は、正当なものとはいい難い。また、出版の差止めによって債務者に一定の不利益が生じることは確かであるが、債務者の被る不利益の実質は、表現内容を公にすることが全面的にできなくなる不利益などではなく、現在の状態のまま出版する代わりに著作権法違反にならないような形での出版(それには多種多様な方法があり得る。)をしなければならなくなる不利益にとどまるというべきであり、かつ、その不利益は、前記(8)のとおり債務者が自ら招いた面があるのである。そうすると、本件雑誌の事前差止めが債務者の表現の自由(憲法21条1項)を侵害するということはできない。
 同様に、上記差止めが本件雑誌の編者4名の表現の自由(憲法21条1項)を侵害するものでもないことは、前記(8)で説示したとおりである。
 また、前示のとおり、執筆者が(債務者が禁止等しない限り)自らの執筆した解説の内容を公共の言論の場に供することは何ら妨げられないし、執筆者の解説を含む本件雑誌が現在の状態のまま出版されることが事前に差し止められることとなったのは、債務者が、本件雑誌につき、第3版と本件著作物とでは全く一致がなかった判例と執筆者の組合せなど本件著作物の表現上の本質的特徴を多数維持した上、債権者との交渉の見通しが付かないまま見切り発車的に執筆依頼に踏み切るなどしたことに起因するものであって、執筆者の利益に対しては、まずは上記執筆依頼によって契約関係に入った債務者が、その契約関係を踏まえて対処し得べきであるということができる。したがって、上記差止めが執筆者の表現の自由(憲法21条1項)や公表権(著作権法18条1項)を侵害するとまでいうことはできない。
ウ 以上の諸点に照らすと、本件において債権者の債務者に対する本件著作物の著作権又は著作者人格権に基づき本件雑誌の出版前にその複製・頒布等を差し止めることが、「事前抑制の法理」の要件を満たさないとして許容されないことにはならない。
(10) 小括
 以上によれば、債務者が本件雑誌を作成してこれを複製又は頒布する行為は、債権者の翻案権(著作権法27条)並びに二次的著作物の利用に関する原著作物の権利(同法28条)を介して有する複製権(同法21条)、譲渡権(同法26条の2)及び貸与権(同法26条の3)を侵害するものというべきであり、作成された本件雑誌を債務者が頒布の目的をもって所持し、又は頒布する旨の申出をする行為は、著作権法113条1項2号により著作権を侵害する行為とみなされる。
 また、債務者が本件雑誌を頒布して公衆に提供するに当たり、原著作物の編集著作者としての債権者の氏名の表示をしないことは、債権者の氏名表示権(著作権法19条1項後段)を侵害するものである。さらに、債務者が本件雑誌を作成してこれを複製することは、債権者の同一性保持権(同法20条1項)を侵害するものというべきであり、作成された本件雑誌を債務者が頒布し、頒布の目的をもって所持し、又は頒布する旨の申出をする行為は、著作権法113条1項2号により著作者人格権を侵害する行為とみなされる。
 そして、前記1(5)、(7)、(8)で認定した事実に審尋の全趣旨を総合すると、債務者は、本件雑誌の複製・頒布等をするおそれがあると認められるから、これにより、債権者の上記著作権又は著作者人格権を侵害するおそれがあるというべきである。
 したがって、著作権法112条1項、117条1項により、債権者は、債務者に対し、上記著作権又は著作者人格権に基づき、本件雑誌の複製・頒布等の差止めを請求することができると解されるところ、本件仮処分決定は、本件仮処分申立てに対する仮処分命令を発するに当たっての被保全権利として、上記選択的併合の関係にある権利のうち、著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)に基づく差止請求権の存在を認めたものである。
3 保全の必要性(争点10)について
ア 前記1(5)、(7)、(8)で認定した事実に審尋の全趣旨を総合すると、債務者は、本件仮処分決定当時、平成27年11月6日に本件雑誌を発行しようとしていたものであり、現時点においても、本件仮処分決定がなければ本件雑誌をそのまま発行しようとしているものと一応認められる。そして、前記2で説示したとおり、本件雑誌の複製・頒布等により債権者の著作者人格権が侵害される関係にあることからすれば、本件については、民事保全法23条2項所定の「争いがある権利関係について債権者に生ずる急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」に該当する(保全の必要性がある)というべきである。
イ これに対し、債務者は、(ア) 北方ジャーナル事件最高裁判決に照らし、本件においても、@権利侵害の明白性、A権利者の損害の重大性及びB事後回復の不能性・困難性という3要件が全て肯定される場合でなければ、出版の事前差止めの仮処分は許容されない、(イ) 本件雑誌に素材として収録されている百余の判例の解説・評釈は、国家権力の発動たる司法判断に対する言論であって「政治的言論」に該当するから、憲法21条が保障する表現の自由が最も尊重されなければならないものであって、その表現行為に対する事前差止めの仮処分は原則として許されない、(ウ) 本件は、著作権侵害が明白な海賊版書籍を著作者名を偽って出版するといった事案とは全く異なり、権利侵害の明白性が欠けている、(エ) 本件雑誌の出版差止めの仮処分が認められた場合には、債務者及び本件雑誌の編者4名の表現の自由が制限されるのみならず、本件雑誌のために原稿を執筆した百余名の執筆者の表現の自由及び公表権が制限されることになる、(オ) これに対し、本件仮処分申立てが認められない場合に債権者が本件雑誌の出版により被る損害は、編者から外された主観的不名誉と主観的学者生命の喪失にすぎず、それ自体極めて小さいし、上記(エ)とは比較にならないほど小さく、損害賠償によって事後の回復も可能であるなどと主張して、保全の必要性がない旨主張する。
 しかしながら、上記(ア)及び(イ)の点については、本件仮処分決定は、同決定時に出版が予定されていた本件雑誌に編集著作物としての第5版著作物が化体していることから、その出版の差止めを命ずる形を採っているが、実質としては、第5版著作物の編集の仕方及び必要な氏名表示をしない公衆への提供の仕方を禁止するものであることは明らかであり、これにより個々の解説の内容を公共の言論の場に供すること自体は何ら妨げられないこと、その他前記2(9)ア及びイで説示したところに照らし、債務者の主張を採用することはできない。
 上記(ウ)の点については、前記2(9)アで説示したところに照らし、権利侵害の明白性という要件が常に要求されるという法的根拠はないし、「海賊版書籍」の事案やこれに類する事案でなければ著作者人格権に基づく出版の事前差止めの仮処分が認められないという法的根拠も見当たらない。なお、債務者は、仮に著作権法112条1項に基づく差止請求権が被保全権利として認められる場合であっても、保全の必要性が固有の要件として検討されなければならない旨指摘する。このこと自体は民事保全の一般論としてそのとおりであるが、これを当然踏まえたとしても、我が国の著作権法においては、同項により、著作者人格権の侵害又は侵害のおそれがあればその差止めを請求することができるという法制が採られているところ、本件では、前記2で説示した判断内容や当事者の主張立証の状況に鑑みると、前記2のとおり被保全権利の存在が認められることについて、疎明か証明かといった保全手続と訴訟手続との違いによる影響はほとんど受けないとみられることなどに照らすと、債権者に対し、債務者によって前記1(7)のとおり本件雑誌の発行に向けた作業に係る既成事実が積み重ねられ、自己の権利を侵害する雑誌の出版が目前に迫っているときに、それをみすみすやり過ごし本案判決まで拱手して待つよう要求するのは不合理というべきである。
 上記(エ)の点については、本件における保全の必要性の有無を検討するに当たり、単純に1人の権利利益と100人以上の権利利益とを対置して衡量するのではなく、それらの権利利益が元来どのような関係にあるのかなどが勘案されなければならないところ、前記2(8)、(9)で説示した、本件における仮処分の禁止対象や性格、執筆者への影響の実質的内容、編集の仕方や出版の方法に関する債務者や本件雑誌の編者の他行為可能性、執筆者等に不利益をもたらすこととなった原因やこれについての対処の在り方などを総合的に勘案すると、上記利益衡量により保全の必要性を否定することは困難である。
 上記(オ)の点については、本件雑誌の出版により債権者が被る損害について、「編者から外された主観的不名誉と主観的学者生命の喪失にすぎず、それ自体極めて小さい」と決めつけることはできないし(債権者の不利益の程度については、それのみを見れば様々な評価があり得るとしても、これまでの経緯・文脈の中で見ると、全く些細で無視できるようなものと断ずることはできない。)、著作者人格権の侵害による被害について、事後的な損害賠償により、差止めがされた場合と同様の回復が図れるとは断定できない上、その損害について十分に立証することも、必ずしも容易ではない。前示のとおり債権者の編集著作者性を認めない債務者との間で交渉がまとまらなかった債権者としては、自己の権利を侵害される急迫の危険に直面しているのに、その権利を十分に守るための法的手段としては、本件仮処分申立ての他に有効な手段が見当たらない。
 以上を総合的に考慮すれば、保全の必要性を否定する債務者の主張は採用することができない。
4 結論
 以上の次第で、本件仮処分申立てには理由があり、これを認容した原決定(本件仮処分決定)は相当である。
 よって、本件仮処分決定を認可することとし、申立費用の負担につき民事保全法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり決定する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 嶋末和秀
 裁判官 笹本哲朗
 裁判官 天野研司


(別紙)著作物目録
 雑誌名 著作権判例百選[第4版](別冊ジュリスト198号)
 発行所 債務者
 発行年 平成21年

(別紙)雑誌目録
 雑誌名 著作権判例百選[第5版](別冊ジュリスト226号)
 発行所 債務者

(別紙)間接侵害8判例
 1 最高裁昭和63年3月15日判決・民集42巻3号199頁〔クラブキャッツアイ事件〕
 2 東京高裁平成17年3月31日判決・最高裁HP〔ファイルローグ事件〕
 3 東京地裁平成20年6月20日判決・最高裁HP〔まねきTV事件・本案〕
 4 知財高裁平成17年11月15日決定・判例集未登載〔録画ネット事件〕
 5 東京地裁平成19年5月25日判決・判時1979号100頁〔MYUTA事件〕
 6 大阪高裁平成19年6月14日判決・最高裁HP〔選撮見録事件〕
 7 大阪地裁平成15年2月13日判決・判時1842号120頁〔ヒットワン事件〕
 8 東京高裁平成17年3月3日判決・判時1893号126頁〔2ちゃんねる小学館事件〕

(別紙)項目対比表
本件著作物 本件雑誌
T 著作物
(1) 総論(6判例)
(2) 著作物の例示(8判例)
(3) 応用美術等(6判例)
(4) 編集著作物・データベース(5判例)
(5) 二次的著作物(2判例)
(6) 著作物性のない情報の保護(1判例)
U 著作権の主体
(1) 著作者(4判例)
(2) 職務著作(4判例)
(3) 映画の著作物(4判例)

V 著作権の内容
(1) 総論(2判例)
(2) 各論 (14判例)


W 著作権の制限(12判例)
X 権利の取引
(1) 権利譲渡(4判例)
(2) 利用許諾(2判例)
(3) 共有著作権の行使等(2判例)
Y 保護期間(3判例)
Z 著作者人格権(9判例)
[ パブリシティ権(3判例)
\ 侵害と救済
(1) 差止め等(10判例)

(2) 損害賠償(7判例)

(3) みなし侵害(1判例)
(4) 刑事罰(1判例)

] 国際関係(3判例)
T 著作物
(1) 総論(4判例)
(2) 著作物の例示(9判例)
(3) 応用美術等(7判例)
(4) 編集著作物・データベース(5判例)
(5) 二次的著作物(2判例)

U 著作権の主体
(1) 著作者(4判例)
(2) 職務著作(5判例)
(3) 映画の著作物(4判例)
V 著作者人格権(11判例)
W 著作権の内容
(1) 依拠性(1判例)
(2) 類似性 (10判例)
(3) 支分権(4判例)
(4) みなし侵害(1判例)
X 著作権の制限(14判例)
Y 権利の取引
(1) 権利譲渡(4判例)
(2) 利用許諾(2判例)
(3) 共有著作権の行使等(2判例)
Z 保護期間(3判例)


[ 侵害と救済
(1) 侵害主体(7判例)
(2) 差止め(3判例)
(3) 損害賠償(6判例)
(4) 名誉回復等措置(2判例)


(5) 刑事罰(1判例)
\ 一般不法行為(2判例)
] 国際関係(3判例)
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