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【事件名】「中日英ビジネス用語辞典」の増刷印税未払い事件
【年月日】平成28年3月29日
 東京地裁 平成27年(ワ)第24749号 印税等請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成28年2月25日)

判決
原告 A
被告 株式会社ジヤパンタイムズ
同訴訟代理人弁護士 野本俊輔
同 吉葉一浩
同 三神光滋
同 中谷仁亮


主 文
1 別紙却下請求目録記載の各請求に係る訴えを却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、140万円及びこれに対する平成26年5月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、1080万円及びこれに対する平成27年9月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、印税額のの決定に関わる“辞典”部数の定義について、“契約”第17条の規定に従え。“契約”第17条規定の印税額とは、“辞典”の一部あたりの本体価格に発行部数(即ち印刷部数)を乗じたものの20%に相当する金額を言う。(ママ)
4 被告は、“取引書類”(その定義については、本件に関わる「文書提出命令申立書」をご参照)を含め、契約”第18条に規定する発行部数を証する全ての証拠書類の保存期間をそれぞれの契約規定の保存期間満了日から更に2年間延長、という原告の要求に対し、2016年2月末までに応じろ。(ママ)
第2 事案の概要
 本件は、被告から出版された「中日英ビジネス用語辞典 会計・金融・法律」(以下「本件書籍」という。)の編著者である原告が、被告との間で締結した本件書籍の出版契約(以下「本件契約」という。)に基づく印税が未払であるなどと主張して、被告に対し、@本件契約に基づく印税140万円及びこれに対する支払日である平成26年5月15日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(上記第1の1。以下「本件請求1」という。)、A被告による印税の過少申告という不法行為に基づく損害賠償金1080万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年9月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(上記第1の2。以下「本件請求2」という。)をそれぞれ求めるとともに、B本件契約17条に係る文言についての原告の解釈が正しいことを認めるよう求め(第1の3。以下「本件請求3」という。)、また、C本件契約18条に規定する発行部数を証する全ての証拠書類について、本件契約が定める保存期間の満了日からさらに2年間延長することを求める(第1の4。以下「本件請求4」という。)事案である。
1 前提事実(各項末尾に掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
 原告は、平成2年から平成12年まで旭硝子株式会社に勤務し、契約書作成等をはじめとする国際ビジネスの実務に携わっていた者である。
 被告は、書籍、雑誌等の出版販売等を目的とする株式会社(昭和9年3月7日設立、資本金5億5000万円)である。
(甲1、弁論の全趣旨)
(2) 本件契約の締結
 原告は、平成18年7月4日、被告との間で、原告を著作権者とし、被告を出版権者とする本件書籍の出版契約(本件契約)を締結した。
 本件契約には次の各条項がおかれている(なお、「甲」とは原告を、「乙」とは被告を指す。)。
ア 12条1項(増刷の通知義務等)
 「乙は、本出版物を増刷するに際して、あらかじめ著作者にその旨を通知する。」
イ17条(著作権使用料および支払方法・時期)
(ア)  1項
 「乙は、本著作物を発行する都度、本著作物の一部あたりの本体価格に発行部数を乗じたものの20%に相当する金額を本著作物の著作権使用料(以下「印税」という)として下記規定の支払時期に甲に対し支払う。ただし、初刷については、本出版物の奥付に記載する発行日(以下「発行日」という)から2年を経過しても増刷にならない場合は、甲乙が実売部数および残りの部数を確認のうえ、乙は本著作物の一部あたりの本体価格に甲乙が確認した実売部数を乗じたものの20%に相当する金額を印税として甲に支払う。」
(イ)  2項
 「乙の甲への印税の支払時期」
 「2.1 初刷の場合は、乙がその次の増刷の予定を甲に通知した月の翌月15日(金融機関休業の場合はその翌営業日)とするが、発行日から2年を経過しても増刷にならない時には、発行日から2年を経過した月の翌月15日(金融機関休業の場合はその翌営業日)とする。」
 「2.2 増刷の場合は、増刷をする都度、乙は、本著作物の一部あたりの本体価格に発行部数を乗じたものの20%に相当する金額の80%を、本出版物の奥付に記載する発行月(以下「発行月」という)の翌々日15日(金融機関休業の場合はその翌営業日)に支払い、その残額の20%は、乙が、甲に次の増刷の予定を通知した月の翌月15日(金融機関休業の場合はその翌営業日)に支払う。ただし、該当する発行日から2年を経過しても次の増刷にならない時には、実売部数および残りの部数を甲乙が確認のうえ、この発行における乙の甲への既に支払った金額を含め、印税を清算する。この清算した結果に基づき、清算した月の翌月15日(金融機関休業の場合はその翌営業日)に、甲が乙に対し、該当の取りすぎた印税金額を払い戻しとして、乙が指定した金融機関の乙の口座に振り込み、または乙が該当の甲への未払いの印税金額を甲に支払う。」
(ウ) 4項
 「甲は、乙の納本・贈呈・批評・宣伝・業務などに使用する部数について、印税を免除とする。乙は甲に上記に使用した部数を通知する。乙は甲の申し出があった場合には、上記に関係する書類の甲の閲覧に応じる。」
ウ 18条(発行部数の報告等)
 「乙は、本出版物の発行部数を証するため、甲に対し製本のつどその部数を報告する。なお、乙はその証拠となる書類をそれぞれ発行からの2年間保存し、甲の申し出があった場合には、その閲覧に応じる。
(甲2)
(3) 本件書籍の出版等
 被告は、平成26年4月5日、本件契約に基づき、原告の編著に係る本件書籍を出版し、これに先立つ同年3月26日から本件書籍の出荷を開始した。(甲1、3)
2 争点
(1) 本件請求1の当否
 印税支払請求権の有無(争点1)
(2) 本件請求2の当否
 不法行為の成否及び損害額(争点2)
(3) 本件請求3の当否
 本件契約における印税額の算定基準(争点3)
(4) 本件請求4の当否(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(印税支払請求権の有無)について
[原告の主張]
ア 被告は、本件書籍の初刷1000部を既に完売し、本件書籍の増刷を既に複数回行っている。
 その根拠は、次のとおりである。
(ア) 被告提供の販売データでは、本件書籍の実際の発売日である平成26年3月26日から平成27年4月末までの本件書籍のPOSデータによる店頭実売数が96冊となるが、同期間において、日本全国の国公立図書館及び大学図書館の本件書籍の購入部数は合計148冊に上っている(しかし、図書館の蔵書用の購入部数は全体の購入部数のごく一部にすぎないはずである。)。
 これについて、被告は、図書館の購入部数がPOSデータによる店頭実売部数を上回っている原因として、株式会社大洋社が取次を行う図書館流通センター(TRC)の実売データがPOSデータによる店頭実売部数に含まれていないことを挙げて説明しているが、同期間におけるTRCへの本件書籍の実際の納入部数(出荷部数から返品部数を控除したもの)は48冊であり、POSデータによる店頭実売数である96冊と併せても144冊と、図書館の購入部数である148冊を4冊下回っているのであって、被告の上記説明は虚偽である。
 このように、被告主張の店頭実売数は実売数のごく一部であり、被告は、原告に対し、意図的に本件書籍の実売部数を過少に報告している。
(イ) インターネット書店数社が本件書籍を取り扱っているが、@在庫切れによる取寄せのため、数社同時に本件書籍の販売を一時停止する事態が平成27年6月末までに13回も繰り返され、A口頭弁論終結時までにさらに同様の事態が3回繰り返されている。
 原告が上記@の事実を指摘したのに対し、被告は、「ネット書店は商品の在庫を持っていないことがあり、注文が入るなどした時点で初めて、取次会社に問い合わせて商品を仕入れるケースが頻繁にある。取次会社に在庫がなければ、さらに取次会社が出版社に問い合わせることになる。このようなシステムの性格上、ネット書店のホームページに正確な在庫状況が反映されるまでには時間がかかり、出版社等に在庫があるにもかかわらず、『品切れ』や『売り切れ』と表示されてしまうことがある。」旨説明した。しかし、増刷するまでもなく本件書籍の在庫が十分にあるなら、被告への発注から二、三日で各インターネット書店に届けられるはずであるのに、インターネット書店による被告からの本件書籍の取寄せには6日ないし16日を要しているのであるから、被告はこの間に増刷を繰り返したと解釈するほかない。
(ウ) 被告は、POSデータによる店頭実売数に一部の大手インターネット書店(Amazon、セブンネット、楽天ブックスなど)での販売部数が含まれていると説明しているが、他方で、被告が提供した本件書籍の出荷情報、実売情報には、セブンネット及び楽天ブックスの分が全く触れられておらず、又は一部しか触れられていない。したがって、被告の説明は信用できない。
イ 被告は、少なくとも本件書籍のうち初刷の1000部を完売しているから、同売上に相当する印税額は、140万円(7000円×1000部×20%)である。
[被告の主張]
 被告は、平成26年3月7日、図書印刷株式会社(以下「図書印刷」という。)に対し、本件書籍の初版1000部の印刷を発注し、図書印刷においてこれを印刷した上、中間業者(倉庫会社及び取次業者)を通じてこれを書店に出荷したが、本件書籍の初版は現在まで完売しておらず、一度も増刷していない。
 印税の支払期日について、本件契約17条2項2.1には「初刷の場合は、…発行日から2年を経過しても増刷にならない時には、発行日から2年を経過した月の翌月15日(金融機関休業の場合はその翌営業日)とする。」と規定されており、同条1項ただし書には「発行日」について「本出版物の奥付に記載する発行日」と規定されている。本件書籍の奥付には「2014年4月5日 初版発行」と記載されているから、被告の原告に対する本件書籍の印税の支払期日は平成28年5月15日であり、未だ到来していない。
 なお、原告は、図書館の購入部数がPOSデータによる店頭実売部数を上回ることはもちろん、店頭実売部数とTRCの販売部数の合計部数をも上回ると主張する。しかしながら、全国にある約1万7000店の書店のうち、POSデータを専門業者に提供しているのは約3分の1にすぎず、残り3分の2の書店の販売数についてはPOSデータではカバーされていないから、POSデータは現実の店頭実売数を完全に反映したものではない。図書館がPOSデータを提供していない書店から本件書籍を購入することもある上、図書館の購入先がTRC以外の書店等であることもあり得るから、原告の主張は、被告の説明が虚偽であることを示すものではない。
(2) 争点2(不法行為の成否及び損害額)について
[原告の主張]
 被告は、原告に対し、印税を過少申告しており、これは、原告に対する不法行為に当たる。
 原告は、被告の不法行為により、次のとおりの損害を被った。
ア 原告の人件費 500万円
 原告は、被告の不法行為への対応のために長時間を費やし、応分の時間的コスト(人件費)が発生した。
 具体的には、@平成26年4月16日から毎日、本件書籍を扱うインターネット書店のウェブサイトにおける本件書籍の在庫表示の変動の有無を確認する作業、A図書館による本件書籍の購入状況を毎月調査する作業、B被告からのメールの内容や同メールに記載された本件書籍の販売に関するデータを解析してまとめる作業、C訴状及び添付書類等の裁判書類の作成作業のため、1年4か月間にわたり、ほぼ毎日、7時間以上の時間を費やした。これらの作業に費やした原告の負担は重く、また、原告は、この間、他の書籍の編さん作業を行うことができなかった。
イ 渡航実費 80万円
 原告は、本件訴訟及び訴訟提起の準備のために、来日する都度、往復の航空券代金及びホテル代を支払っており、その額は概算で80万円である。
ウ 精神的損害 500万円
 原告は、支払を受けるべき応分の印税を受けられず、被告に全て奪われ続けているのであり、これにより多大な精神的な苦痛を受けたのであり、これを金銭に換算すると500万円に相当する。
[被告の主張]
 不知ないし争う。
(3) 争点3(本件契約における印税額の算定基準)について
[原告の主張]
 原告の受け取るべき印税額は、本件書籍の実売部数ではなく発行部数(すなわち印刷部数)を基準に算定されるべきである。このことは本件契約17条の文脈や発行部数の定義に関する社会的通念からも明らかである。
[被告の主張]
 本件書籍は一度も増刷されていないから、本件契約17条1項ただし書の規定に従い、被告に対して支払うべき印税は、本件書籍の「実売部数」を基準に定められる。
(4) 争点4(本件請求4の当否)について
[原告の主張]
 本件契約18条所定の書類保存期間が満了してしまえば、本件の裁判に影響を及ぼす可能性が十分あるから、保存期間を2年間延長する必要がある。
[被告の主張]
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 職権による検討
(1) 本件請求3は、「被告は、印税額のの決定に関わる“辞典”部数の定義について、“契約”第17条の規定に従え。“契約”第17条規定の印税額とは、“辞典”の一部あたりの本体価格に発行部数(即ち印刷部数)を乗じたものの20%に相当する金額を言う。」(ママ)というものであり、被告に対し、本件契約中の文言に関する原告の解釈が正しいことを認めるよう求めるものと解される。
 また、本件請求4は、「被告は、“取引書類”(その定義については、本件に関わる「文書提出命令申立書」をご参照)を含め、契約”第18条に規定する発行部数を証する全ての証拠書類の保存期間をそれぞれの契約規定の保存期間満了日から更に2年間延長、という原告の要求に対し、2016年2月末までに応じろ。」(ママ)というものであり、本件書籍の発行部数の証拠となる書類について、本件契約18条の定める保存期間(本件書籍の発行から2年間)の満了後もさらに2年間これを保存することを求めるものと解される。
(2) しかしながら、本件請求3については、裁判所が当事者間の契約条項を解釈するのは、訴訟で争われる請求権等の存否を判断する前提として必要な場合に限られるところ、具体的な請求権等の存否を離れて、契約条項の抽象的な解釈についての公権的判断を求めることは、何ら具体的紛争の解決に資するものではなく、確認ないし給付請求の対象として不適格であるから、本件請求3に係る訴えは不適法である。
 また、本件請求4について、原告は、「保存期間が満了してしまえば本件の裁判に影響を及ぼす可能性が十分あるから、保存期間を2年間延長する必要がある」旨主張するばかりで、何ら法律的な請求原因を具体的に示しておらず(なお、原告は、第1回口頭弁論期日において、同請求に係る主張につき、「これまでの書面にすべて記載してあります。」と述べている。)、請求の特定を欠くというほかない。
(3) 以上によれば、本件請求3及び4に係る訴えは不適法であるからこれを却下すべきである。
2 争点1(印税支払請求権の有無)について
(1) 認定事実
 各項末尾に掲記する証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告が、書店や一般消費者に対し、自ら出版物の販売を行うことは稀であり、大多数の出版物は、中間業者である倉庫会社及び取次会社を介して書店に販売している。具体的には、被告が印刷会社に出版物の印刷を発注し、印刷会社は被告が契約する倉庫会社に納品し、倉庫会社は出版物を保管して被告の出荷指示に応じて取次会社に出荷し、取次会社が書店に出荷している。なお、被告が委託する倉庫会社は、大村紙業株式会社(以下「大村紙業」という。)のみである。
(乙1〜8(枝番のあるものは枝番を含む。以下同じ)、弁論の全趣旨)
イ 被告、大村紙業、取次会社及び書店の間における本件書籍の具体的な出荷及び返品の流れは、次のとおりである。
(ア) 出荷の場合
@ 被告が、書店に対して本件書籍の営業活動を行い、書店から注文を受ける。
A 被告が、大村紙業に対し、@の注文数に応じた本件書籍を取次会社へ出荷するよう指示する。
B 大村紙業が、取次会社に対し、Aの注文数に応じた本件書籍を出荷する。その際、大村紙業は、取次会社に対し、被告名義の納品書を発行する。他方、取次会社は、本件書籍を受領すると、受領書(受領印を押印し又は受領を示すパンチ穴を開けたもの)を大村紙業に交付し、大村紙業は同受領書を被告に送付する。
C 取次会社は、大村紙業から入荷した本件書籍を書店に対して出荷する。
(イ) 返品の場合
 書店は本件書籍をいつでも取次会社に返品することができ、この場合、取次会社は、書店から受けた返品に係る本件書籍を大村紙業に返品する。
 取次会社は、大村紙業に本件書籍を返品する際、被告宛ての返品伝票を大村紙業に交付し、大村紙業は、被告に同返品伝票を送付する。
(乙3〜7、弁論の全趣旨)
ウ 被告は、平成26年3月7日、図書印刷株式会社(以下「図書印刷」という。)に対し、納入日を同月25日として、本件書籍1000部の印刷を発注した。これを受けて、図書印刷は、本件書籍の初版1000部を印刷し、同月25日、うち970部を大村紙業に、残りの30部を被告に、それぞれ納入した。
 なお、図書印刷は、その後、本件書籍を一度も増刷していない。
(甲3、乙1、2、5)
エ 大村紙業は、図書印刷から納入を受けた本件書籍970部について、納入日である平成26年3月25日以降、取次会社への出荷と取次会社からの返品の受入れを繰り返した。本件書籍について、平成27年10月までの間における大村紙業から取次会社への出荷数、取次会社から大村紙業への返品数及び各月末時点での大村紙業の保管在庫数は、それぞれ別紙在庫数等一覧表(乙2)のとおりである。(乙2〜8)
オ 被告は、平成26年3月に図書印刷から入荷した本件書籍30部に加え、同年4月に大村紙業から本件書籍10部を入荷した。被告は、これらの合計40部の本件書籍のうち合計38部を、献本、直販又は無償提供などにより出荷し、平成27年10月末日時点において、残り2部を保管していた。(甲3、乙8)
(2) 判断
ア 前記第2の1(2)イ(イ)のとおり、本件契約17条2項によれば、被告の原告に対する本件書籍に係る印税の支払期限は、@初刷については、被告が次の増刷の予定を原告に通知した場合は、その月の翌月15日(金融機関休業の場合はその翌営業日。以下の支払期限についても同様。)とされ、本件書籍の奥付に記載された発行日から2年を経過しても増刷にならない場合は、同発行日から2年を経過した月の翌月15日とされる一方、A増刷されたときは、増刷をする都度、印税の80%を本件書籍の奥付に記載された発行月の翌々日15日に支払い、残りの20%を、被告が原告に次の増刷の予定を通知した月の翌月15日に支払うこととされている。そして、口頭弁論終結日である平成28年2月25日時点においては、本件書籍の奥付に記載された発行日である平成26年4月5日から未だ2年が経過していないから、原告の被告に対する印税支払債権の支払期限到来の有無は、増刷の有無及び増刷予定の通知の有無によって決せられることとなる。
 そこで検討するに、被告において本件書籍を増刷したことを裏付ける証拠は見当たらず、かえって、別紙在庫数等一覧表のとおり、被告の倉庫会社である大村紙業が、図書印刷から納入された本件書籍の初刷分970部について、納入から約1年半が経過した平成27年10月末日までの間、継続して620部以上の保管在庫を抱えていること、被告が本件書籍の印刷を発注した図書印刷が本件書籍を一度も増刷していないこと(乙5)等に照らせば、本件書籍の増刷はなかったものと認められる。そして、本件書籍の初刷後、被告が次の増刷の予定を原告に通知した事実についても主張・立証がないから、本件契約17条2項2.1後段により、被告の原告に対する印税の支払時期は、平成28年5月16日(本件書籍の奥付に記載された発行日である平成26年4月5日から2年を経過した月の翌月15日(平成28年5月15日)が日曜日であるので、その翌日)となる。したがって、原告の主張する印税支払請求権(履行期到来済みのもの)の存在は認められない。
イ これに対し、原告は、被告が本件書籍の初刷1000部を既に完売した上、既に複数回の増刷を行っている旨主張し、その根拠として、要旨、@平成27年4月末までの全国の国公立図書館及び大学図書館における本件書籍の購入部数(148冊)が、POSデータによる店頭実売数(96冊)やこれとTRCへの実売数(48冊)を合計した実売数(144冊)をいずれも上回っていること、A本件書籍を取り扱うインターネット書店数社が、在庫切れによる取寄せのために本件書籍の販売を同時に一時停止する事態が繰り返されていること、B被告提供に係る本件書籍の出荷情報、実売情報には、セブンネット及び楽天ブックスの分が全く又は一部しか触れられておらず、これらにおける販売部数がPOSデータによる店頭実売数に含まれる旨の被告の主張が信用できないことを挙げる。
 しかしながら、@については、POSデータによる店頭実売数又はこれとTRCへの実売数の合計が本件書籍の実売数と一致すると認めるに足る証拠はない(なお、被告は「全国の書店の3分の2の書店の販売数についてはPOSデータではカバーされていないから、POSデータは現実の店頭実売数を完全に反映したものではない」旨主張している。)から、原告の主張を裏付ける事情とはいえない。
 また、Aについても、被告は、「ネット書店は、注文が入るなどした時点で初めて、取次会社(ひいては出版社)に問い合わせて商品を仕入れるケースが頻繁にあるため、ネット書店のホームページに正確な在庫状況が反映されるまでには時間がかかり、出版社等に在庫があるにもかかわらず、『品切れ』や『売り切れ』と表示されてしまうことがある」旨説明している(甲3)ところ、この内容は合理的で首肯できるものである(なお、原告は、「インターネット書店による被告からの本件書籍の取寄せには6日ないし16日を要しているから、被告はこの間に増刷を繰り返したと考えられる」旨主張するが、そのような短期間に増刷を繰り返すことは容易には想定し難い。)。したがって、この点も原告の主張を裏付ける事情とはいえない。
 さらに、Bについても、被告提供に係る本件書籍の出荷情報、実売情報に含まれていない、セブンネット及び楽天ブックスにおける販売部数があることを認めるに足りる証拠はないから、これも原告の主張を裏付ける事情とはいえない。
 したがって、原告の指摘する事情は、いずれも前記認定判断を左右するものとはいえない。
ウ なお付言するに、原告の文書提出命令の申立て(被告と取次会社及び被告と株式会社アマゾンジャパンとの間で行われた本件書籍の販売に係る取引書類の提出を求める申立て)については、当裁判所は、上記のとおり、既に被告から本件書籍に係る取引の詳細を裏付けるに足る証拠が十分提出されており、これについて原告が指摘する疑問点もいずれも採用できず、提出済みの証拠のみによっても本件書籍が増刷されていない事実が積極的に認定できることなどから、上記文書提出命令の申立てを必要性がないとして却下したものである(なお、同申立てについての被告の意見は、被告準備書面1の4〜5頁参照)。
3 争点2(不法行為の成否及び損害額)について
 原告は、被告が原告に印税を過少申告したことが原告に対する不法行為に当たると主張するところ、その趣旨は必ずしも明確ではないが、いずれにしても、被告が原告に支払われるべき印税額を実際よりも低く伝えたとか、本件書籍の印刷部数ないし実売部数を実際よりも低く伝えたことを認めるに足りる証拠はなく、その他、本件全証拠によっても、原告の主張するような不法行為の成立を認めるに足りない。
4 結論
 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、本件請求3及び4に係る訴えは不適法であるからこれを却下し、その余の請求(本件請求1及び2)はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 沖中康人
 裁判官 矢口俊哉
 裁判官 廣瀬達人


(別紙) 却下請求目録
1 「被告は、印税額のの決定に関わる“辞典”部数の定義について、“契約”第17条の規定に従え。“契約”第17条規定の印税額とは、“辞典”の一部あたりの本体価格に発行部数(即ち印刷部数)を乗じたものの20%に相当する金額を言う。」との請求
2 「被告は、“取引書類”(その定義については、本件に関わる「文書提出命令申立書」をご参照)を含め、契約”第18条に規定する発行部数を証する全ての証拠書類の保存期間をそれぞれの契約規定の保存期間満了日から更に2年間延長、という原告の要求に対し、2016年2月末までに応じろ。」との請求

(別紙)在庫数等一覧表(乙第2号証) <省略>
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