判例全文 line
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【事件名】前大阪市長VS元大阪市長 名誉毀損事件
【年月日】平成28年3月15日
 大阪地裁 平成27年(ワ)第3109号 損害賠償等請求事件

判決


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理 由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して1000万円及びこれに対する平成27年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、Youtubeに投稿した別紙投稿動画目録(その1)及び(その2)記載の各動画を削除せよ。
3 被告らは、TwitCasting上で生配信した後、TwitCasting上で録画し保存した上で、Twitcastingにおいて公開した別紙投稿動画目録(その3)記載の動画を削除せよ。
4 被告らは、大阪維新の会のホームページ(省略)から、Youtubeに投稿した別紙投稿動画目録(その1)及び(その2)記載の各動画を閲覧できないようにせよ。
5 被告Aは、不特定多数人に対し、公衆に対する演説、ホームページの記載、twitter等を通じてのインターネット上における公衆配信、テレビ等マスメディアにおける発言その他の方法により、平成23年の大阪市長選挙において、原告が、集票目的で、大阪市から大阪市内の各町内会にそれぞれ金100万円を配った旨の発言をしてはならない。
6 被告らは、Youtubeに投稿した別紙投稿動画目録(その1)及び(その2)記載の各動画及びTwitCastingに投稿した別紙投稿動画目録(その3)記載の動画につき、Youtube、ニコニコ動画等の動画サイトに投稿するなどの方法によりインターネット上で公衆配信する等、不特定多数の第三者に閲覧させ、又は、上記各動画を収録したDVD等の収録物を第三者に頒布してはならない。
7 被告Aは、別紙謝罪広告目録(その1)記載の謝罪広告を、twitter上の被告A名義のアカウント(省略)に30日間掲載せよ。
8 被告らは、共同して、別紙謝罪広告目録(その2)記載の謝罪広告を、被告維新の会の管理する大阪維新の会のホームページ(省略)のトップページにおいて、30日間掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、前大阪市長である被告Aが、公衆の面前において、平成23年に実施された大阪市長選挙の際、当時大阪市長であった原告が集票目的で大阪市内の町内会に100万円を配布するという公職選挙法に違反する行為をしたなどと受け取られるような発言を複数回行い、被告らが、これらの発言を録画した動画を動画投稿サイトにおいて公開したことなどにより、原告の名誉が棄損されたと主張して、a被告Aに対しては不法行為(民法709条、710条)による損害賠償請求権に基づき、被告維新の会に対しては団体の代表者の不法行為(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条の類推適用)による損害賠償請求権に基づき、1100万円(慰謝料1000万円と弁護士費用100万円)の一部である1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うこと(請求1)、b被告らに対し、人格権による妨害排除請求権に基づき、前記各動画を削除すること(請求2、3)、c被告らに対し、人格権による妨害予防請求権に基づき、前記動画を閲覧できないようにすること(請求4)及び前記動画を頒布しないこと(請求6)、d被告Aに対し、人格権による妨害予防請求権に基づき、今後前記発言を不特定多数人に対して行わないこと(請求5)、e被告らに対し、民法723条に基づき、謝罪広告を掲載すること(請求7)を求める事案である。
第3 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠等により認められる。)
1 当事者
(1) 原告は、平成19年11月から平成23年12月18日までの間、大阪市の市長の地位にあった者である。
(2) 被告Aは、平成23年12月から平成27年12月までの間、大阪市長に地位あった者である。
(3) 被告維新の会は、大阪市議会及び大阪府議会で最多議席を有する地方政党であり、平成27年12月13日まで、被告Aがその代表を務めていた。
2 事実経過
(1) 平成23年度の制度変更
 大阪市は、平成22年度まで、330余りの連合振興町会(連合町会)に対し、a行政に代わって取り組む活動等の役務の対価である地域振興交付金3億円余り(領収書が不要)及びb地域コミュニティ作り等の事業補助のための地域振興活動補助金1億円余り(領収書が必要)を交付する制度を有していたが、原告が大阪市長として在任していた平成23年度から、上記bの地域振興活動補助金を廃止して上記aの地域振興交付金に一本化し合計4億円余りの地域振興交付金を交付する制度に変更した(以下「本件交付金制度の変更」という。乙22〜26、弁論の全趣旨)。これにより、連合町会に交付される上記bの金銭の性質は、領収書が必要な補助金から、それが不要な交付金に実質的に変更された。
(2) 平成23年11月の大阪市長選挙
 原告及び被告Aは、平成23年11月27日に行われた大阪市長選挙に立候補し、被告Aが当選した。
(3) 被告Aの発言
ア 被告維新の会は、大阪市の24区を再編し、5つの特別区を設置し、大阪府と大阪市の広域行政を統合する、いわゆる大阪都構想を主張しているところ、大阪市選挙管理委員会は、平成27年5月17日、大阪都構想の是非を問う住民投票(以下「本件住民投票」という。)を実施した(甲7、弁論の全趣旨)。
イ 被告Aは、本件住民投票に先立って被告維新の会が開催した大阪都構想の実現を訴えるタウンミーティングにおいて、次の各発言を行った(弁論の全趣旨)。
(ア) 平成27年3月7日開催のタウンミーティングにおける発言
 被告維新の会は、平成27年3月7日、大阪市甲区所在のC公園においてタウンミーティング(以下「本件TMa」という。)を開催した。
 被告Aは、本件TMaにおいて、不特定多数の聴衆に対する演説の中で、別紙被告A発言目録記載aの発言(以下「本件発言a」という。)を行った。別紙被告A発言目録記載xの発言(以下「本件発言x」という。)は、本件発言aの前後の発言も含めた反訳文である(甲1、8の1、16の1、34)。
(イ) 平成27年3月9日開催のタウンミーティングにおける発言
 被告維新の会は、平成27年3月9日、大阪市乙区所在のホテルDの一室において、タウンミーティング(以下「本件TMb」という。)を開催した。
 被告Aは、本件TMbにおいて、不特定多数の聴衆に対する演説の中で、別紙被告A発言目録記載bの発言(以下「本件発言b」という。)を行った。別紙被告A発言目録記載yの発言(以下「本件発言y」という。)は、本件発言bの前後の発言も含めた反訳文である(甲1、8の2、16の2、34)。
(ウ) 平成26年7月13日開催のタウンミーティングにおける発言
 被告維新の会は、平成26年7月13日頃、大阪市丙区所在のE公園において、タウンミーティング(以下「本件TMc」という。)を開催した。
 被告Aは、本件TMcにおいて、不特定多数の聴衆に対する演説の中で、別紙被告A発言目録記載cの発言(以下「本件発言c」という。)を行った。別紙被告A発言目録記載zの発言(以下「本件発言z」という。)は、本件発言cの前後の発言も含めた反訳文である(甲1、15、16の3、34)。
 (以下、本件発言a〜cを併せて「本件各発言」という。)
(4) 被告らによる投稿行為等
ア 被告らは、平成26年7月13日、本件発言cも含む本件TMcの様子を、インターネット上で動画をライブ配信するサービスを提供するTwitCasting上で配信し、配信された別紙投稿動画目録(その3)記載の動画(以下「本件動画c」という。)を、TwitCasting上で録画し保存した上で、TwitCastingの被告維新の会のアカウントページにおいて、誰でも視聴することができる状態に設定した(甲1、甲15、弁論の全趣旨)。
イ 被告らは、平成27年3月10日、本件発言aを含む本件TMaの様子が撮影された別紙投稿動画目録(その1)記載の動画(以下「本件動画a」という。)及び本件発言bを含む本件TMbの様子が撮影された別紙投稿動画目録(その2)記載の動画(以下「本件動画b」という。)を、動画投稿サイトであるYoutubeに投稿して公開した。
 被告らは、その後、被告維新の会のホームページ上で、本件動画a及びbを視聴できるように設定した。
(以下、本件動画a〜cを「本件各動画」といい、上記ア、イの本件各動画の投稿及び視聴設定をそれぞれ併せて「本件各投稿」及び「本件各設定」といい、それらを併せて「本件各投稿等」という。)
ウ 本件動画aは「被告A:大阪維新の会:H27.03.07:C公園」と題された1時間45分43秒の動画であり、平成27年3月23日午後6時56分時点における視聴回数は、872回である(甲8の1、9の1)。
 本件動画bは「被告A:大阪維新の会:H27.03.09:ホテルD」と題された2時間30分46秒の動画であり、平成27年3月23日午後6時57分時点における視聴回数は、2233回である(甲8の2、9の2)。
エ 本件各動画は、本件TMa〜cにおける演説者の様子をそのまま録画したものであり、フリップやテロップ等による文字情報、効果音やナレーションの挿入、場面転換等の編集は施されていない(甲1、弁論の全趣旨)。
(5) 仮処分事件
ア 原告は、大阪地方裁判所に対し、被告らを債務者として、本件各動画の削除等を求める仮処分を申し立てた(同裁判所平成27年(ヨ)290号)。同裁判所は、平成27年6月1日、本件発言a及びbは原告に対する名誉棄損に当たるが、本件発言cはこれに当たらないと判断し、Youtubeからの本件動画a及びbの削除、本件動画a及びbの閲覧措置及び頒布の禁止に限り、原告の申立てを認める仮処分決定をした(甲34)。
イ 被告は、その後、本件動画a及びbを、Youtubeから削除した。
(6) 被告維新の会の代表の交代等
 被告Aは、平成27年12月、任期満了により、大阪市長を退任した。
 被告維新の会の代表は、平成27年12月13日、被告Aから現代表であるFに変更された。
第4 主たる争点
1 本件各発言及び本件各投稿等による原告の社会的評価の低下の有無(争点1)
2 本件各発言及び本件各投稿等の違法性阻却事由の有無(争点2)
3 各請求権の存否等(争点3)
第5 当事者の主張
1 争点1(本件各発言及び本件各投稿等による原告の社会的評価の低下の有無)について
(原告の主張)
(1) 本件各発言について
ア 本件各発言を聞いた一般人は、原告が、平成23年の大阪市長選挙の際、集票目的で、大阪市内の各町内会にそれぞれ100万円を配ったと認識するから、本件各発言は、原告が主体となって、大阪市長選挙における集票を目的として、選挙運動時又は投票日に直近する時期に、全町内会又はその役員に100万円を配ったという事実、すなわち、原告が公職選挙法に違反する行為を行ったとの事実を摘示するものである。
イ また、本件各発言は、原告が大阪市長在任当時、問題ある市政運営が行われていたとの虚偽の事実を摘示するものである。
ウ したがって、本件各発言は、原告の社会的評価を低下させ、原告の名誉を棄損することが明らかである。
(2) 本件各投稿等について
 本件各投稿は、本件各発言をインターネット上で全世界に向けて新たに発信する行為である。また、本件各設定は、被告維新の会のホームページのアクセス数が極めて多いため、より広範囲に本件各発言を拡散させる行為といえる。
 したがって、本件各投稿等は、本件各発言とは別個に原告の社会的評価を低下させるものとして、別個の名誉棄損行為と評価すべきものである。
(被告らの主張)
(1) 本件各発言等について
ア 本件各発言は、一般人を基準にすれば、原告が大阪市長に在任していた平成23年にした本件交付金制度の変更に基づいて、各町内会にそれぞれ100万円が交付されたという事実を摘示するものであり、原告が公職選挙法に違反する不正行為を行ったかのような事実を摘示するものではない。
イ 本件各発言は、原告が大阪市長在任中の大阪市政を批判し、そのような大阪市を解体して大阪都構想を実現する必要があることを訴えたものであり、原告が大阪市長在任中の大阪市政に対する意見ないし論評であって、原告によって問題ある市政運営が行われていたとの事実を摘示するものではない。
ウ このように、本件各発言は、被告Aが、大阪都構想への理解を得るために、これまでの大阪市政を批判したものであって、原告の主張するような事実を摘示するものではなく、これによって原告の社会的評価が低下することもないから、名誉棄損に該当しない。
(2) 本件各投稿等について
 原告の主張(2)は争う。
2 争点2(本件各発言及び本件各投稿等の違法性阻却事由の有無)について
(被告らの主張)
 表現の自由の中でもとりわけ政治的表現の自由は、特に強く保護されるべきである。
 原告は、かつては民放の人気アナウンサーであり、平成23年の大阪市長選挙で被告Aに敗れた後も、被告Aに批判的な政治活動を行い、極めて高い知名度、発信力及び影響力を保持している。実際に、原告による本件各発言に対する反論動画は、平成27年4月30日時点において、視聴回数は8200回を超えており、原告は、対抗言論による名誉回復が十分に可能である。
 したがって、本件各発言には違法性がない。
(原告の主張)
 被告Aは、twitterにおいて、政治家・議員の中で最も多い129万人ものフォロワーを有している。他方で、原告は、平成23年の大阪市長選挙後は目立った政治活動を行っておらず、私人の立場にある。
 したがって、原告と被告Aの間には、言論の影響力という点で圧倒的な差があるから、原告が対抗言論により自らの名誉を回復できないことは明らかであり、本件において、対抗言論の法理は採用されるべきでない。
3 争点3(各請求権の存否等)について
(原告の主張)
(1) 損害賠償請求権
 被告Aの発言は、極めて注目度が高く、影響力も大きい。また、本件住民投票は、全国的に関心をもたれていたものであるから、本件各発言に対する注目度は一層高い。実際に、本件動画a及びbだけでも、平成27年3月23日の時点で合計3000回以上閲覧されている。
 したがって、原告の社会的評価、特に政治家としての社会的評価は、本件各発言及び本件各投稿等によって著しく低下し、原告は精神的苦痛を被った。その損害を金銭に換算すると1000万円を下らない。また、弁護士費用に関する損害は100万円を下らない。原告は、被告らに対し、上記合計1100万円のうち1000万円の連帯支払を求める。
(2) 削除等請求権
 被告らは、投稿サイトからの本件各動画の削除及び被告維新の会のホームページから本件動画a及びbを閲覧できないように設定することが可能かつ容易である。
 本件各発言の悪質性、それによって原告に生じる被害の重大性からすれば、原告は、被告らに対し、投稿サイトからの本件各動画の削除及び被告維新の会のホームページから本件動画a及びbを閲覧できないように設定することを求めることができる。
(3) 差止請求権
 前記のとおり、本件各発言は原告の名誉を著しく棄損するものであり、本件各発言がより多くの範囲に拡散されることを防止するため、原告は、被告らに対し、本件各動画の頒布行為の差止めを求めることができる。
 また、被告Aによって本件各発言と同種の発言がされれば、原告に重大にして回復困難な損害の生じるおそれがあることは明白であるから、原告は、被告Aに対し、同種の発言の差止めを求めることができる。
(4) 謝罪広告
 前記のとおり、本件各発言は原告の名誉を著しく棄損するものであり、被告Aの発言の影響力等も踏まえれば、被告らが公の場で謝罪広告をすることなしに原告の名誉は回復し得ない。そして、名誉回復の方法としては、インターネットの場においてされることが相当である。
(被告らの主張)
 争う。
 本件各動画を投稿したのは被告A個人ではなく被告維新の会であり、本件各動画の削除権限を有しているのは被告維新の会である。
 なお、被告維新の会は、本件動画a及びbを、既に削除している。
第6 当裁判所の判断
1 争点1(本件各発言及び本件各投稿等による原告の社会的評価の低下の有無)について
(1) 原告の主張
 原告は、本件各発言が、原告が主体となって、平成23年の大阪市長選挙の際、選挙運動時又は投票日に直近する時期に、集票を目的として、全町内会又はその役員に現金100万円を配った、という公職選挙法違反の行為をした事実を摘示するものであり、また、原告が大阪市長在任当時、問題ある市政運営が行われていたとの虚偽の事実を摘示するものであって、原告の社会的評価を低下させ、名誉棄損に該当する旨主張する。そこで、当該主張の当否を検討する。
(2) 名誉毀損該当性の判断基準
ア 一般論
 名誉棄損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の社会的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。そして、ある発言の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該発言についての一般の聴取者の普通の注意と受け取り方を基準として判断すべきものである(最高裁平成6年(オ)第978号平成9年9月9日第三小法廷判決民集51巻8号3804頁参照)。
イ タウンミーティング会場での発言の場合
 タウンミーティングの会場での発言を聴取する場面においては、新聞記事等の場合とは異なり、聴取者は、演説者の声、表情、身振り手振り等により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされ、提供された情報の意味内容を十分に検討したり、再確認したりすることができないことからすると、当該発言により摘示された事実がどのようなものであるかという点については、本件各発言の意味内容そのものや、その前後の発言、演説の全体的な主題や構成を重視した上で、演説者の表情、身振り手振り等による強調の度合いを含めた演説全体から受ける印象等を総合的に考慮して判断すべきである。
(3) 本件各発言に至る背景事情
 被告Aは、平成23年11月の大阪市長選挙において、現職市長であった原告を破って当選し、その後も、大阪都構想を推進する中で、原告の市長在任期間を含む従前の大阪市政の問題点を指摘していたもので、本件各発言がされたのは、被告らが大阪都構想を推進する一連の活動として、被告維新の会が開催した本件TMa〜cにおいてであった(前提事実2(3)ア及びイ、弁論の全趣旨)。
 本件TMa〜cが開催された平成26〜27年の頃には、大阪都構想を推進する被告維新の会を中心とする会派とこれに反対する会派の対立が明確化し、その賛否を巡って活発な議論がされており(弁論の全趣旨)、その時期に本件TMaに参加した聴取者は、上記の背景事情を踏まえた上で本件各発言を聴取していたものといえるから、被告Aの本件TMa〜cにおける演説の主題が、原告の市長在任期間を含む従前の大阪市政の問題を指摘して大阪都構想の支持を呼びかけることにあると理解し得る状況にあったといえる。
(4) 本件発言aの趣旨・内容
ア 本件発言aのみから受ける印象
 本件発言aは、原告の選挙の時に、全町内会に対し、領収書なしに、現金100万円ずつが配られ、それがどのように使われたか全く分からない、というものであり、その部分だけをみれば、原告が選挙運動に関連して町内会に現金100万円ずつを配るという公職選挙法違反の事実があったことを摘示するものと受け取る余地もある。しかし、そこでは、現金100万円ずつを配布した主体が原告個人なのか大阪市なのかは明らかでない上、その意味するところも一義的に明確ではないから、一般の聴取者において、原告が、選挙運動時又は投票日に直近する時期に、集票目的で現金を配るという公職選挙法違反の行為をしたとの趣旨に受け取るものとは断定できない。
イ 前後の発言部分の趣旨・内容
 また、前後の発言を含む本件発言xをみると、被告Aは、本件発言aの前の部分では、議員も役所も一から作り直してしまうのが大阪都構想であると述べた上、大阪都構想が実現すると一番困るのは議員、地域の町内会の役員、今の大阪市役所であると指摘している。その後に本件発言aがあった上、その直後に、「で僕はそれは違うでしょと。そんなの領収書がいるでしょ。領収書を求めるようにしました。」と述べている。更に続いて被告Aが市長になる前は、地域の行事を全部税金で行っていたのを、4分の1は地域住民の参加費で行うように制度を変えたとの趣旨を述べている。
ウ 本件発言x全体を踏まえた本件発言aの理解
 以上のように、本件発言aを含む本件発言x全体は、被告Aが、現在の大阪を作り直すのが大阪都構想であり、その一例として、領収証なしに町内会に100万円ずつを配布するような制度を改変し、税金の支出には領収書を求め、地域の行事を全部税金でまかなう運用を改めた旨を述べたものと理解するのが自然である。
 そして、被告Aは、このような事実を摘示することにより、間接的にそのような大阪市を解体して大阪都構想を実現する必要があるということを意見ないし論評として表明したものと理解するのが相当である。
(5) 本件発言bの趣旨・内容
ア 本件発言bのみから受ける印象
 本件発言bは、3年前の大阪市長選挙の際、町内会の役員に対し、領収書を求めずに現金100万円が配られ、その使い道は分からない、というものであり、その部分だけをみれば、原告が選挙運動に関連して町内会に現金100万円ずつを配るという公職選挙法違反の事実があったことを摘示するものと受け取る余地もある。しかし、そこでは、現金100万円ずつを配布した主体が原告個人なのか大阪市なのかは明らかでない上、その意味するところも一義的に明確ではないから、一般の聴取者において、原告が、選挙運動時又は投票日に直近する時期に、集票目的で現金を配るという公職選挙法違反の行為をしたとの趣旨に受け取るものとは断定できない。
イ 前後の発言部分の趣旨・内容
 また、前後の発言を含む本件発言yをみると、被告Aは、本件発言bの前の部分では、大阪都構想は大阪市議会や大阪市役所を潰して一から作り直すので、大阪市役所に群がっていた利益を受けていた人たちが困る等と述べた上で、「その一つが」として、本件発言bの前半部分の発言に及んでいる。そして、その直後に、被告Aがこれを改めて領収書を求めた旨を述べた後、本件発言bの後半部分(「原告さんの時は」以下)を述べた上、「被告Aは領収書求めんのか。僕は市民側にたちたい、そういう立場でやっていきたい、税金を配って、使ってもらうのに、領収書とるの当たり前ですよ。」と発言している。
ウ 本件発言y全体を踏まえた本件発言bの理解
 以上のように、本件発言bを含む本件発言y全体は、被告Aが、大阪都構想は大阪市役所を一から作り直すので、大阪市役所に群がっていた利益を受けていた人たちが困る等と述べた上で、その一例として本件発言bの領収書なしに町内会に現金100万円を配った事実を挙げ、被告Aは、税金を配って使うのであれば領収書をとるのは当然であるから、そのように制度を改めた旨を述べたものと理解するのが自然である。
 そして、被告Aは、このような事実を摘示することにより、間接的にそのような大阪市を解体して大阪都構想を実現する必要があるということを意見ないし論評として表明したものと理解するのが相当である。
(6) 本件発言cの趣旨・内容
ア 本件発言cのみから受ける印象
 本件発言cには、「これ原告さんが、前の選挙に、これやったんですけど」、「選挙で、選挙が近づいて来ると、町内会にね現金配るんです。で領収書いりませんってやるんです。」、「原告さんはもう町内会にびゃーんと現金まいて、はい領収書使わなくていいですよ、その代わり選挙で、と言ったかどうかは分かりませんけども。」という部分があり、その部分だけをみれば、原告が選挙運動に関連して町内会に現金100万円ずつを配るという公職選挙法違反の事実があったことを摘示するものと受け取る余地もある。
 しかし、本件発言cの上記部分の前には、「大阪市役所はでたらめな補助金を配ってたんです。」という部分があり、上記部分の後には、「僕はだからね、原告さんがやったことこれ改めました。」という部分がある。これらの発言を全体としてみると、原告の市長在任当時に大阪市がしていた補助金等の配布の方法に問題があるとし、その具体例として、選挙に近い時期に町内会に現金を配って領収書をもらわない扱いが不当であり、被告Aはこれを改めたという趣旨を述べたものと理解することができるのであって、一般の聴取者において、原告が、選挙運動時又は投票日に直近する時期に、集票目的で現金を配るという公職選挙法違反の行為をしたとの趣旨に受け取るものとは認め難い。
イ 前後の発言部分の趣旨・内容
 加えて、前後の発言を含む本件発言zをみると、本件発言cの前半と後半の間には、「領収書いらない金がどれだけ無駄遣いを生むか。」、「領収書をつけるのは当然なんですよ、税金使うんですから」との発言がされており、領収書をとらないで税金を配布する制度を問題にする趣旨であることが一層明確に述べられているとみることができる。
ウ 本件発言z全体を踏まえた本件発言cの理解
 以上のように、本件発言cを含む本件発言z全体は、原告の市長就任当時に大阪市がしていた補助金等の配布の方法に問題があるとし、その具体例として、選挙に近い時期に町内会に現金を配って領収書をもらわない扱いが不当であり、被告Aはこれを改めた旨を述べたものと理解するのが自然である。
 そして、被告Aは、このような事実を摘示することにより、間接的にそのような大阪市を解体して大阪都構想を実現する必要があるということを意見ないし論評として表明したものと理解するのが相当である。
(7) 本件各発言による名誉棄損の成否について
 以上を踏まえて検討する。
ア 原告は、本件各発言が、原告の主張するような、原告が主体となって、平成23年の大阪市長選挙の際、選挙運動時又は投票日に直近する時期に、集票を目的として、全町内会又はその役員に現金100万円を配った、という公職選挙法違反の行為をした事実を摘示するものであることを前提に、それが原告の社会的評価を低下させ、名誉毀損に当たると主張する。
 しかし、本件各発言の趣旨・内容をその前後の発言も踏まえて総合的に考察すれば、上記(4)〜(6)のとおり、領収書を取得しないで町内会に現金を配る制度の問題点を述べたものと理解するのが相当であって、原告が上記主張するような事実を摘示するものと理解することはできない。
 したがって、これを前提とする原告の主張は採用できない。
イ 原告は、本件各発言によって、原告が選挙に関連して何らかの不正行為をしていることが強烈に印象づけられるとし、それによって原告の社会的評価が低下するから、名誉棄損に当たる旨主張する。
 この点、本件各発言及びその前後の発言を子細にみると、(ア) 本件各発言の「原告さんの選挙の時」など「選挙」の機会にと述べる部分及び「現金100万円配られた」という部分、(イ) 本件発言aの前後の「ちょっと、みなさんに告げ口しますけどもね」、「配られたのご存じですか。」という部分、(ウ) 本件発言bの前後の「大阪市役所に群がっていたいろんなこの利益を受けていた人たち、困るんですよこれ。」、「こういう状況になったからはっきりもう言います。町内会の人はそれだけは言うのは勘弁してくれといわれますけどね・・・市民のみなさんに説明しますけどもね。」という部分、(エ) 本件発言cの「原告さんはもう町内会にびゃーんと現金まいて」、「その代わり選挙で、といったかどうかは分かりませんけれども。」等と述べる部分がある。
 確かに、原告が指摘する上記各発言部分は、被告Aが演説上のレトリックとして、聴衆の関心を惹くために、殊更に意味ありげな言い回しを用いたものとうかがわれ、上記の発言部分のみを断片的に聞けば、原告が何らかの不正行為を行ったとの印象を抱く者がいないとは言い切れない。
 しかし、本件TMa〜cに参加している一般の聴取者が、それらの発言部分の前後を含めて当該演説の全体を聞けば、前記(4)〜(6)で説示したとおり、その演説の主題が、大阪都構想の是非にあり、その功罪を検討する一例として、原告がした本件交付金制度の変更と、それを被告Aが再変更した事実に言及したものと理解できるのであって、本件TMa〜cに参加した一般の聴取者において、原告が何らかの不正行為を行ったと理解するとは認め難いというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用できない。
ウ 原告は、本件発言a、b及びそれらの前後の発言において、原告が何らかの不正行為をしているのではないかとの印象を抱かせる部分と、その後の領収書をとるようにした等の発言部分との間には、論調等に明らかな断絶があり、前者の発言部分によって聴取者に形成された強烈な印象は、後者の発言によって払拭されるものではないとも主張する。
 しかし、原告が指摘する前者の発言の理解は上記イのとおりである上、仮にそうでないとしても、同指摘の前者と後者の発言部分は、前記認定説示したとおり、同じ主題についてされた一連の発言であると理解するのがむしろ自然であり、その間に断絶があるとは認められない。
 したがって、原告の上記主張は採用できない。
エ 原告は、本件各発言をもって、原告の大阪市長在任当時に問題ある市政運営が行われていたとの虚偽の事実を摘示するものであって、名誉棄損の不法行為に該当するとも主張する。
 しかし、被告Aが本件各発言により摘示した事実は、前記(4)〜(6)のとおりであって、原告が市長在任中に行った本件交付金制度の変更には問題があるという点は、意見ないし論評として表明されたものであって、事実として摘示されたものとはいえない。また、後者によって原告の社会的評価が低下したと認めることもできない。
 したがって、原告の上記主張は採用できない。
オ 以上によれば、本件各発言は、それによって原告の社会的評価を低下させるものとはいえないから、名誉棄損に当たらないというべきである。
(8) 本件各投稿等による名誉棄損の成否について
 原告は、本件各発言が名誉棄損行為であることを前提に、本件各投稿等は、より広範囲に本件各発言を拡散させる行為であるから、本件各発言とは別個の名誉棄損行為と評価すべき旨主張する。
 しかし、原告が上記主張の前提としている本件各発言が名誉棄損行為といえないことは、前記認定説示したとおりである。そして、本件各動画は、タウンミーティングの会場における演説者の様子をそのまま録画したものであり、フリップやテロップ等による文字情報、効果音やナレーションの挿入、場面転換等の編集は施されていないから(前提事実2(4))、タウンミーティングの会場でその演説を聴取する場合と受け取る情報は変わらないものといえるのであって、独自に名誉棄損に当たると解すべき事情もない。
 したがって、原告の上記主張は採用できない。
(9) 小括(争点1の結論)
 以上によれば、争点1についての原告の主張は理由がない。
 なお、付言すると、仮に本件各発言が原告の社会的評価を低下させる余地があるとしても、以上で認定説示したところを踏まえれば、a本件各発言において摘示された事実は、原告が市長在任中にした本件交付金制度の変更の当否などを取り上げるもので、明らかに公共の利害に関する事実に当たる上、b摘示された事実の重要部分は真実で(前提事実2(1))、c摘示の目的は、大阪市の制度変更及び運営上の問題点を指摘することを通じて大阪都構想の正当性を主張するという、専ら公益を図るものであり、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱しているとは解されないから、本件各発言に違法性はないというべきであって(前掲最高裁判所平成9年9月9日判決参照)、この観点からも不法行為が成立する余地はないものと解される。
2 結論
 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第20民事部
 裁判長裁判官 野田恵司
 裁判官 宮ア朋紀
 裁判官 福本晶奈


別紙 被告A発言目録
a 「町内会に原告さんの選挙の時に、現金100万円配られたのご存じですか。領収書なく配っています。どのように使われたのか全く分からない。全町内会に100万円ずつ配っているんです。」
b 「3年前の大阪市長選挙、僕と原告さんが戦った大阪市長選挙。町内会に現金100万円、領収書抜きで配られています。皆さん税金で。使い道分かりません。領収書求めずに役員の方に(後に「一部の方」と言い換え)全部配っています。・・・(中略)・・・原告さんの時はよかった。領収書もなく100万円配られて。」
c 「まずそれはね、町内会の人たちです、申し訳ないけども町内会の人たちにね、もう大阪市役所はでたらめな補助金を配ってたんです、これ原告さんが、前の選挙に、これやったんですけど、まあその前の市長もそうなんですけどね、選挙で、選挙が近づいて来ると、町内会にね現金配るんです、で領収書いりませんってやるんです。・・・(中略)・・・僕はだからね、原告さんがやったことこれ改めました。原告さんはもう町内会にびゃーんと現金まいて、はい領収書使わなくていいですよ、その代わり選挙で、と言ったかどうかは分かりませんけども。」
x (議員の世襲問題を指摘した後)「それで本当に大阪がよくなってきたんですか。それはだめですよ。それだったら一から作り直してしまう。議員も、役所も、一から作り直してしまう。これが大阪都構想。だから大阪都構想をやって一番困るのはまず議員なんです。そして、もう一つはね、申し訳ありませんが、この中でもし、いらっしゃったら申し訳ありませんけどもね、地域のいろんな町内会の役員の人たち、これ申し訳ありませんが、今の大阪市役所、これも、ちょっと、みなさんに告げ口しますけどもね、町内会に原告さんの選挙の時に、現金100万円配られたのご存じですか。領収書なく配っています。どのように使われたのか全く分からない。全町内会に100万円ずつ配っているんです。で僕はそれは違うでしょと。そんなの領収書がいるでしょ。領収書を求めるようにしました。それから地域のいろんな行事、餅つき大会やら何やら、今まで全部税金でやってたんです。100パーセント。何の行事に使ってるのかさっぱりわからない。で、僕はそれを止めました。4分の1は地域の皆さんの参加費でやってください。4分の3は税金を入れます。そうしないと、無駄なイベントなんかでも山ほどやってくるんです。これやりましたらね、地域の町内会の役員の人にみんなに嫌われました。あんとき原告さんときは良かった、100万円現金もらってた、領収書もなく。なんかもう餅つきやるって言ったら全部税金でやってくれた。(中略)被告Aになってから冷たい、もう一回、昔の良かった、原告さんの時代に戻したい、というのが都構想反対の人たちなんです。」
y 「激しい政治決戦になります。何故かというと、さっきも言いました。大阪都構想というのは大阪市議会を潰してしまうんです。で、一から作り直す。そして、大阪市役所というものを一から作り直すんで、大阪市役所に群がっていたいろんなこの利益を受けていた人たち、困るんですよこれ。今の市役所が残っておかないと。その一つが・・・これいうと役員の方いらっしゃったらごめんなさいね、町内会の役員の方々。何故か、僕はもうこれ言います。僕はもうね、こういう状況になったからはっきりもう言います。町内会の人はそれだけは言うのは勘弁してくれといわれますけどね・・・市民のみなさんに説明しますけどもね、3年前の大阪市長選挙、僕と原告さんが戦った大阪市長選挙。町内会に現金100万円、領収書抜きで配られています。皆さん税金で。使い道分かりません。領収書を求めずに役員の方に全部配っています。まあ、役員というか、その町内会仕切っている人たちのところに、全部配っています。で、僕はこれをね、改めたんです、で領収書を求めたんですね、あの、や、ごめんなさい、役員じゃないですね、役員じゃなくて、一部の方ですね、その誰かっていうのは、また一部いるんです。その誰にいくかっていうのは。で領収書がなく配ってますから、何に使われたか分からない。で僕はこれ領収書を求めたんです、領収書、そしたら役員の人達は怒りましたね、原告さんの時はよかった。領収書もなく100万円配られて。被告Aは領収書求めんのか。僕は市民側にたちたい、そういう立場でやっていきたい、税金を配って、使ってもらうのに、領収書とるの当たり前ですよ。」
z 「まずそれはね、町内会の人たちです、申し訳ないけども町内会の人たちにね、大阪市役所はでたらめな補助金を配ってたんです、これ原告さんが、前の選挙に、これやったんですけど、まあその前の市長もそうなんですけどね、選挙で、選挙が近づいて来ると、町内会にね現金配るんです、で領収書いりませんってやるんです。領収書いらない金がどれだけ無駄遣いを生むか。」(領収書を不要とする制度が悪用されたとされる県議会の実例を紹介した後)「領収書つけるのは当然なんですよ、税金使うんですから、僕はだからね、原告さんがやったことこれ改めました。原告さんはもう町内会にびゃーんと現金まいて、はい領収書使わなくていいですよ、その代わり選挙で、といったかどうかは分かりませんけれども。」
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