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【事件名】果実酒“みみきゅ〜る”イラスト事件
【年月日】平成28年2月29日
 東京地裁 平成25年(ワ)第28071号 著作権侵害行為差止等請求事件(本訴)、
 平成26年(ワ)第17051号 損害賠償請求反訴事件(反訴)
 (口頭弁論終結日 平成27年12月16日)

判決
本訴原告兼反訴被告 AことA@(以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 太田真也
本訴被告兼反訴原告 株式会社RIKNETWORKS(以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 安藤啓一郎


主文
1 被告は、別紙イラスト目録記載6の1、同6の2、同7の1、同7の2及び同13の各イラストの複製物を譲渡してはならない。
2 被告は、別紙イラスト目録記載6の1、同6の2、同7の1又は同7の2の各イラストが印刷されたラベル及び同目録記載13のイラストが印刷されたクリアファイルを廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、4万9541円及びこれに対する平成25年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 被告の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを5分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
7 この判決は、第1項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
(1) 被告は、別紙イラスト目録記載の各絵画を複製、公衆送信、展示、譲渡又は翻案してはならない。
(2) 被告は、インターネット上のウェブサイト「夢萌.com」ホームページ(URL:http:// 以下省略)に掲載されている別紙イラスト目録記載の各絵画を削除せよ。
(3) 被告は、原告に対し、被告の住所地又は営業所に存する被告所有の別紙イラスト目録記載の各絵画の原画を返還し、その複製物及び原画のデータを廃棄せよ。
(4) 被告は、原告に対し、153万7288円及びこれに対する平成25年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求(ただし、その一部は予備的反訴である。後記第2の1(2)参照)
(1) 原告は、被告に対し、179万5000円およびこれに対する平成26年7月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 原告は、被告に対し、50万円及びこれに対する平成26年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1) 本訴請求は、イラストレーターである原告が、被告との間で締結したとする別紙イラスト目録各記載のイラスト(いずれも被告の依頼により原告が制作したもの。以下、同目録の番号に従い「本件イラスト1」などといい、本件イラスト1ないし同15の2を併せて「本件各イラスト」という。)の各著作権(以下「本件各著作権」という。)及び被告の依頼により原告が色紙に直接書いて被告に渡したイラスト(以下「特典色紙イラスト」といい、本件各イラストと併せて「本件イラスト」という。)の著作権(以下「本件各著作権」と併せて「本件著作権」という。)を原告が被告に有償で譲渡することなどを内容とする契約(以下「本件著作権譲渡契約」という。)を被告の債務不履行(本件著作権の譲渡の対価の不払)により解除した上で、被告に対し、@本件各著作権に基づく差止請求権(著作権法112条1項)を主張して、本件各イラストの複製、公衆送信、展示、譲渡及び翻案(以下「複製等」という。)の差止めを求め、A本件各著作権に基づく廃棄等請求権(同条2項)を主張して、インターネット上のウェブサイト「夢萌.com」ホームページ(URL:http:// 以下省略)(被告の管理に係るウェブサイト。以下「本件ウェブサイト」という。)に掲載されている本件各イラストの削除、被告の住所地又は営業所に存する被告所有の本件各イラストの原画の返還、並びにその複製物及び原画のデータの廃棄を求め、B本件著作権譲渡契約の債務不履行及び同契約の解除による損害賠償請求権(民法415条、545条3項)又は同解除に伴う原状回復請求権(民法545条1項)を主張して、損害賠償金又は使用利益相当額150万5000円及びこれに対する本訴請求に係る訴状(以下「本件訴状」という。)送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに(なお、上記損害賠償請求と使用利益請求とは選択的請求の関係にあると解される。)、C被告が、本件イラスト13が印刷されたクリアファイル(以下「本件特典クリアファイル」という。)を取得し、本件特典クリアファイルの印刷のため原告が印刷業者に支払った印刷代金相当額を法律上の原因なく利得していると主張して、不当利得返還請求権(民法703条)に基づき、不当利得金3万2288円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 反訴請求は、株式会社である被告が、原告に対し、@原告との間で共同事業に関する基本合意(以下「本件基本合意」という。)を締結していたところ、原告が本訴請求に係る訴えを提起して本件基本合意を一方的に破棄したことは、本件基本合意に付随する信義則上の義務に違反するものであると主張して、債務不履行による損害賠償請求権(民法415条)に基づき、損害賠償金179万5000円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成26年7月5日から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、A原告が、被告が小売店に販売した商品を販売しないよう同小売店に求めたことが被告に対する不法行為を構成すると主張して、同不法行為による損害賠償請求権(民法709条)に基づき、損害賠償金50万円及びこれに対する不法行為後の日である平成26年4月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 なお、被告は、平成27年12月16日の本件第4回口頭弁論期日において、原告に対し、反訴請求に係る上記(2)の@及びAの各損害賠償請求権を自働債権とし、本訴請求に係る上記(1)のB及びCの各債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をし、本訴請求について相殺の抗弁を提出した(相殺の充当につき当事者の意思表示はされていないので、これが問題となるときは、民法512条により準用される同法489条及び491条の規定に従うことになる。)。これにより、反訴請求のうち、本訴請求の審理において反訴請求に係る上記各損害賠償請求権について相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合には、その限りにおいてその部分を反訴請求としない旨の予備的反訴に変更された(最高裁平成16年(受)第519号同18年4月14日第二小法廷判決・民集60巻4号1497頁参照)。
2 前提事実(証拠等を掲げたもののほかは、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告は、「A」の名で活動するイラストレーターである。
 被告は、インターネットによる通信販売等を目的とする株式会社であり、インターネット上に「夢萌.com」と題するウェブサイト(本件ウェブサイト)を設置して、同サイトにおいて酒類や飲食物を販売するなどしている(甲2の1、3)。
(2) 本件各イラスト
 原告は、平成24年12月12日から平成25年4月3日にかけて、本件各イラストを制作した。本件各イラストは、原告の個性が発揮された美術の著作物である。
(3) 「みみきゅ〜る」の販売
 被告は、平成25年2月ごろから、順次、本件イラスト6の1、同6の2、同7の1又は同7の2を印刷したラベルが瓶に添付された果実酒「みみきゅ〜る 温州みかん」「みみきゅ〜る こい梅」「みみきゅ〜る(ぶどう)」「みみきゅ〜る こいあんず」(以下、併せて「本件果実酒」という。)を、本件ウェブサイト等を通じて販売した。
(4) 原告による金銭請求と解除の意思表示
 原告は、代理人弁護士を通じ、被告に対し、本件イラストについての対価合計150万5000円及び原告が本件特典クリアファイルの印刷のため印刷業者に支払った本件特典クリアファイルの印刷代金3万2288円の支払を求める平成25年9月24日付け通知書を送付したが、被告は、同通知書の受領を拒絶し、同通知書は、同年10月3日の保管期限の経過により、同代理人弁護士に還付された(甲4の1・2)。
 原告は、平成25年11月8日に被告に送達された本件訴状により、被告に対し、被告の債務不履行を理由に原被告間の本件著作権譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。
(5) 相殺の抗弁の提出
 被告は、平成27年12月16日の本件第4回口頭弁論期日において、原告に対し、反訴請求に係る各損害賠償請求権を自働債権とし、本訴請求に係る各債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をし(なお、相殺の充当につき当事者の意思表示はされていない。)、本訴請求について相殺の抗弁を提出した。
3 争点
(1) 本件著作権譲渡契約の解除に伴う請求に関する争点
ア 原告と被告との間に本件著作権譲渡契約が締結されたか(争点1−1)
イ 本件著作権譲渡契約について解除原因が認められるか(争点1−2)
ウ 本件著作権譲渡契約の解除に伴う原告の金銭請求(損害賠償請求又は原状回復請求)が認められるか(争点1−3)
(2) 不当利得返還請求に関する争点−被告は本件特典クリアファイルの印刷代金相当額を法律上の原因なく利得しているか(争点2)
(3) 著作権に基づく請求に関する争点
ア 本件各イラストの複製等の差止請求が認められるか(争点3−1)
イ 本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除、本件各イラストの原画の返還、並びにその複製物及び原画のデータの廃棄請求が認められるか(争点3−2)
(4) 本件基本合意の債務不履行による損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁に関する争点
ア 原告と被告との間に本件基本合意が成立したか(争点4−1)
イ 原告は本件基本合意に付随する信義則上の義務に違反したか(争点4−2)
ウ 原告の債務不履行により被告が受けた損害の額(争点4−3)
(5) 不法行為による損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁に関する争点
ア 原告が小売店に対し被告が販売した製品を販売しないよう求めたことが被告に対する不法行為を構成するか(争点5−1)
イ 原告の不法行為により被告が受けた損害の額(争点5−2)
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1−1(原告と被告との間に本件著作権譲渡契約が締結されたか)について
【原告の主張】
 原告は、平成24年12月11日頃、被告との間で、被告が販売する本件果実酒の包装等に使用するイラストを原告が制作し、その著作権を被告に1点あたり約10万円で譲渡する旨の著作権譲渡に係る基本合意をし、同合意に基づき、被告は、原告に対し、平成24年12月12日から平成25年4月3日にかけて、次表のとおり、本件イラスト(本件各イラストのほか、特典色紙イラスト2点)の制作を依頼し、原告は、制作したイラストの原画データ(特典色紙イラストについては、原告が色紙に直接書いたもの。)を被告に引き渡した(本件著作権譲渡契約)。なお、これら本件イラストに係る著作権(本件著作権)の譲渡の対価は、個別に合意してはいないものの、一般的なイラスト制作の対価水準等に鑑みれば、次表の「対価」欄記載の金額(合計150万5000円)を下回ることはない。
イラストの用途 別紙イラスト目録番号 対価
発売告知イラスト 14 5万円
キャラクターイラスト 1、2、3、4、5(11の6はアレンジ) 計10万円
ラベルイラスト 6−1、6−2、7−1、7−2(8、9、11の1、11の2、11の3、11の4はアレンジ) 計40万円
イベント配布用チラシイラスト 15−1、15−2 計10万円
サイダーラベルイラスト 12−1、12−2(11の5はアレンジ) 計16万円
せんべいラベルイラスト 11−7 5000円
特典イラスト 13 5万円
ぶどうタペストリーイラスト 10 9万円
特典色紙イラスト2点 計40万円
 したがって、被告は、原告に対し、本件著作権譲渡契約に基づき、150万5000円を支払うべき義務を負っていた。
【被告の主張】
 原告と被告との間で、本件著作権譲渡契約が締結されたことはない。原被告間の法律関係は、原告がイラストを制作し、被告が同イラストを包装や広告宣伝に使用した飲料を販売して、その売上金額の3パーセントを原告に分配する旨の共同事業に関する基本合意(本件基本合意)があったにすぎず、イラストごとに著作権譲渡の対価を定めることは予定されていなかった。
 原告が本件各イラストを制作した事実は認めるが、被告は、本件イラスト2、同4、同5、同7−1、同7−2、同9及び同10の原画データを受領していない。
(2) 争点1−2(本件著作権譲渡契約について解除原因が認められるか)について
【原告の主張】
 原告は、被告に対し、代理人弁護士を通じ、本件著作権譲渡契約に基づく対価を請求する旨の平成25年9月24日付け通知書を送付したが、被告が同通知書の受領を拒絶したので、同年11月8日に被告に送達された本件訴状により、本件著作権譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。
 したがって、本件著作権譲渡契約は、被告の債務不履行により解除されたというべきである。
【被告の主張】
 前記(1)のとおり、原被告間に本件著作権譲渡契約が締結されたとの事実はないから、被告に債務不履行はない。
(3) 争点1−3(本件著作権譲渡契約の解除に伴う原告の金銭請求〔損害賠償請求又は原状回復請求〕が認められるか)について
【原告の主張】
ア 被告の債務不履行により、原告は、本件著作権譲渡契約における本件著作権の譲渡対価相当額である150万5000円の損害を受けた。すなわち、原告が制作した本件イラストは、被告が販売する本件果実酒の包装や広告宣伝に使用するため、原告がオーダーメイドで制作したものであるから、本件著作権譲渡契約が解除された結果、本件著作権が原告に復帰したとしても、原告においてもはや本件イラストを再利用することはできない。
 したがって、原告は、被告の債務不履行の結果、150万5000円の損害を受けたといえ、債務不履行及び解除による損害賠償請求権(民法415条、545条3項)に基づき、被告に対し、損害賠償金150万5000円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
イ なお、被告は、本件著作権譲渡契約の解除に伴い原状回復義務を負うところ(民法545条1項)、同義務の一内容として、本件イラストを使用すること(すなわち、本件著作権を利用すること)により得た利益を原告に返還すべきである。そして、前記のとおり、本件イラストは被告のためにオーダーメイドで制作されたもので、本件著作権が原告に復帰したとしても、原告においてもはや再利用することができないことからすれば、被告が本件著作権を利用することにより得た利益は、結局、本件著作権譲渡契約における本件著作権の譲渡対価相当額である150万5000円になるというべきである。
 よって、原告は、本件著作権譲渡契約の解除による原状回復請求権(民法545条1項)に基づき、被告に対し、使用利益相当額150万5000円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
【被告の主張】
 否認する。
 原告は、本件イラストを自由に利用処分することができるのであるから、原告には損害が生じていない。
 また、被告には、本件イラストを使用すること(すなわち、本件著作権を利用すること)による使用利益は存しない。
(4) 争点2(被告は本件特典クリアファイルの印刷代金相当額を法律上の原因なく利得しているか)について
【原告の主張】
 原告は、被告のために、本件イラスト13が印刷された本件特典クリアファイルの印刷代金3万2288円を立て替えて支払い、被告は、本件特典クリアファイルを取得し、これを保有している。
 本件特典クリアファイルは、被告の事業に用いるためのものであるから、本来、その印刷代金は、被告が支出すべきものである。したがって、被告は、本件特典クリアファイルの印刷代金相当額3万2288円を、法律上の原因なく利得している。
 よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権(民法703条)に基づき、不当利得金3万2288円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
【被告の主張】
 不知であるが、積極的に争うものではない。
(5) 争点3−1(本件各イラストの複製等の差止請求が認められるか)について
【原告の主張】
 本件著作権譲渡契約の解除により、本件各著作権は原告に復帰し、被告は、本件各イラストについて何らの使用権原を有しないところ、被告は、平成25年10月21日時点で、本件各イラストを包装等に使用した本件果実酒その他の飲料を、本件ウェブサイトを通じるなどして販売していた。
 被告の上記行為は、原告が有する本件各著作権(本件各イラストの複製権、公衆送信権、展示権、譲渡権及び翻案権)を侵害するものであるから、原告は、本件各著作権に基づき、本件各イラストの複製等の差止めを求めることができる(著作権法112条1項)。
【被告の主張】
 差止めの必要性は争う。被告は、本訴請求に係る訴えの提起を受けて、本件果実酒の販売を直ちに停止し、本件イラストの複製等も取りやめた。今後、本件果実酒の販売を再開することはあり得ず、本件イラストの複製等をすることもない。
 なお、それ以前に、被告が、本件各イラストを包装等に使用した本件果実酒を本件ウェブサイト等を通じて販売していた事実は認めるが、その余の飲料は販売していない。
(6) 争点3−2(本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除、本件各イラストの原画の返還、並びにその複製物及び原画のデータの廃棄請求が認められるか)
【原告の主張】
 上記(5)のとおり、被告は、本件各イラストを使用した本件果実酒その他の飲料を本件ウェブサイト等を通じて販売していたから、原告は、著作権法112条2項に基づき、本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除、本件各イラストの原画の返還、並びにその複製物(本件特典クリアファイルを含む。)及び原画のデータの廃棄を求めることができる。
【被告の主張】
 争う。
(7) 争点4−1(原告と被告との間に本件基本合意が成立したか)について
【被告の主張】
 前記(1)のとおり、原告と被告との間には、原告がイラストを制作し、被告が同イラストを使用した飲料を販売して、その売上金額の3パーセントを原告に分配する旨の本件基本合意が成立していた。なお、本件基本合意は、平成24年12月11日、原告と被告が面談した際に口頭で成立したものである。
【原告の主張】
 否認する。売上金額の3パーセントを被告が原告に分配するなどといった話は、原告と被告との間のメールのやりとり(甲3、乙4)にも記載がないし、他に客観的な証拠もない。
(8) 争点4−2(原告は本件基本合意に付随する信義則上の義務に違反したか)について
【被告の主張】
 前記(7)のとおり、原告と被告との間には本件基本合意が成立しており、本件基本合意は、被告が継続的に飲料等の製品を販売していくことを内容とするものであるから、原告は、本件基本合意に付随する信義則上の義務として、被告にとって不利な時期に本件基本合意を解消してはならない義務を負っていた。
 しかるところ、原告は、本件基本合意が成立した平成24年12月11日から1年も経過しておらず、本件果実酒の売上金額がいまだ57万5100円にとどまっていた平成25年10月に本訴請求に係る訴えを提起して一方的に本件基本合意を解消し、被告に損害を与えたものであるから、上記信義則上の義務に違反したものというべきである。
【原告の主張】
 否認し、争う。原被告間に締結されたのは本件著作権譲渡契約であって、本件基本合意が成立したことはない。
(9) 争点4−3(原告の債務不履行により被告が受けた損害の額)について
【被告の主張】
 原告が信義則上の義務に反して本件基本合意を一方的に解消したことにより、被告は、次のとおり合計179万5000円の損害を受けた。
ア ホームページ作成費用(70万円)
イ デザイン費用(7万5000円)
ウ 信用毀損による損害(100万円)
エ 新パッケージ印刷費用(2万円)
 よって、被告は、原告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金179万5000円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成26年7月5日から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
【原告の主張】
 争う。
(10) 争点5−1(原告が小売店に対し被告が販売した製品を販売しないよう求めたことが被告に対する不法行為を構成するか)について
【被告の主張】
 原告は、平成26年3月頃、被告が本件果実酒を納品したドンキホーテ秋葉原店に来店し、同店の店員に対し、本訴請求に係る訴えが係属していることを理由として、本件果実酒を店頭から撤去して販売しないよう要求した。このため、被告は、本件果実酒の返品と代替商品の用意を余儀なくされた。
 平成26年3月時点では、原被告ともに訴訟代理人弁護士を選任して本訴請求に係る訴えについて対応していたのであるから、既に店舗に陳列されている商品の取扱いについては、直接小売店に販売の中止を求めるのではなく、まず代理人を通じて協議すべき注意義務を負っていたというべきである。原告は、故意又は過失により同注意義務に反して小売店に本件果実酒の販売の中止を求め、これにより被告の業務を妨害し、また、被告の信用を毀損した。したがって、原告の上記行為は被告に対する不法行為を構成するというべきである。
【原告の主張】
 原告がドンキホーテ秋葉原店に来店した際、本件果実酒が陳列されていることを発見し、同店の店員に対して、適切な対処を求めたことは認める。被告は、本訴請求に係る訴えの提起を受けて、本件果実酒の販売を直ちに停止したなどと主張していたが、現実には同店に本件果実酒が陳列されていたことから、原告としては、適切な対処を求めたまでのことであり、被告に対する不法行為は成立しない。
(11) 争点5−2(原告の不法行為により被告が受けた損害の額)について
【被告の主張】
 原告の上記不法行為により、被告の業務が妨害され、また、信用が毀損された。被告が負った上記損害を金銭に評価すると50万円を下ることはない。
 よって、被告は、原告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金50万円及びこれに対する不法行為後の日である平成26年4月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
【原告の主張】
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1ないし4、8、9、乙1、2、4、10、11、原告本人、被告代表者。ただし、下記認定に反するものを除く。なお枝番号の標記は省略した。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告からの問い合わせと被告による応答
 被告は、平成24年12月当時、本件ウェブサイトにおいて、「萌酒『うめ物語』」と題して、キャラクターのイラストのラベルが付された酒類を販売していたところ、原告は、同月5日、被告に対し、次の内容のメールを送信した。
 「はじめましてイラストレーターのAと申します。最近お酒のラベルを書きたいと思い色々調べておりました所 うめ物語が大変可愛らしかったので 私にもお仕事させていただけないかなぁと思いまして お手数ですが(中略)私のサイトでイラストを見てご検討頂けないでしょうか? 何卒よろしくお願いいたします!」
 被告代表者は、原告の上記問い合わせに対し、当時、被告では、オリジナルの酒商品を開発中であり、絵師を募集中であること、原告の最低条件を教えて欲しい旨返答した。
 これに対し、原告は、次の内容のメールを送信した。
 「こちらの最低条件といたしましては 『萌酒の中でもクオリティの高いものを出したい』です。 デザイン面でも少し高級感を出したいので 紙などもこだわりたいです。(例えばキュリアス紙等)経費的に少しお高くなってしまうかと思いますが… 問題のない範囲でクオリティアップできればと思っております。 何卒お願いいたします!
 グッズのギャランティとしては参考までに 大体5〜10万円でお受けしております。」
(2) 最初の打合せ
 原告と被告代表者は、平成24年12月11日、被告の事務所にて打合せを行った(以下「本件打合せ」という。)。
 本件打合せでは、原告が通常グッズのイラストを制作する場合には、パッケージが10万円、それ以外は最低でも5万円から仕事を受けていること、販売する酒の名称は「MiMiQueur(みみきゅ〜る)」とすること、キャラクターを5人制作して、それぞれ異なる味の酒のラベルにすること、キャラクター5人は一度に出すのではなく1か月ごとに出す方がよいことなどが話し合われた。もっとも、原告と被告との間で契約書の作成、調印には至らなかった。
 本件打合せ後、原告は、年末に予定されているコミックマーケットにおいて被告が配布するチラシのイラストを作成し(本件イラスト14)、被告に原画データを引き渡した。
 原告と被告代表者は、その後のメールのやりとりや面談などによって、「みみきゅ〜る」のロゴの制作及びラベルのデザインは原告が、ラベルの印刷は被告が担当することで合意した。
(3) 本件果実酒の販売等
 原告は、平成25年1月頃、「みみきゅ〜る 温州みかん」に使用するためのロゴマーク、立ち絵イラスト及びラベルイラスト(本件イラスト1、同6の1、同8及び同11の1)を作成して被告に交付し、被告は、これらのイラストを用いて「みみきゅ〜る 温州みかん」(同年2月22日発売)を製造、発売した。
 原告は、その後、順次、「みみきゅ〜る こい梅」に使用するための立ち絵イラスト及びラベルイラスト(本件イラスト2、同6の2、同11の2及び同11の6)「みみきゅ〜る(ぶどう)」に使用するための立ち絵イラスト及びラベルイラスト(本件イラスト3、同7の2、同9及び同11の3)、「みみきゅ〜る こいあんず」に使用するための立ち絵イラスト及びラベルイラスト(本件イラスト4、同5、同7の1及び同11の4)をそれぞれ作成して被告に交付し、被告は、これらのイラストを用いて、「みみきゅ〜る こい梅」(同年3月22日発売)、「みみきゅ〜る(ぶどう)」(同年5月31日発売)及び「みみきゅ〜る こいあんず」(同年7月2日発売)を製造、販売した。
 なお、原告は、平成25年1月10日、被告代表者に対し、今後発売を予定している画集に、「みみきゅ〜る」のイラストを掲載してよいか尋ねたところ、被告代表者は、「ラベルと同じものだとファンの方もとまどうと思いますのでNGでその他であればみみきゅーるの絵はOKです。どこに使ったかは教えてくださいね。」と答えた。
(4) 販促物等の作成
 原告と被告代表者は、メールやSkypeでのやりとりを通じて、本件果実酒の販売促進のため、イベントでのサイダー及びせんべいの販売、チラシの配布、購入者特典グッズの作成等を企画し、原告は、これらに利用するため、イベント配布用チラシイラスト(本件イラスト15の1、同15の2)、サイダーラベルイラスト(本件イラスト11の5、同12の1、同12の2)、せんべいラベルイラスト(本件イラスト11の7)、ぶどうタペストリーイラスト(本件イラスト10)、特典イラスト(本件イラスト13)を作成したほか、直筆の色紙(本件特典色紙イラスト)を作成して被告に交付した。
 なお、原告は、平成25年6月頃、上記特典グッズのうち、本件イラスト13を使用したクリアファイル(本件特典クリアファイル)の印刷代金3万2288円を、被告に代わって立替払する趣旨で印刷業者に支払った。
(5) 本件イラストの利用関係に関する原被告間の交渉等
 原告は、上記のとおり、本件果実酒のラベル等に使用するため、また、本件果実酒の販促物等に使用するため、本件イラストを制作したが、イラストを制作する都度、被告との間で、その対価の具体的金額や支払時期等について個別に確認等をしていたわけではない。
 他方、被告代表者は、平成25年1月頃、原告に対して契約書案を示したことがあり、同契約書案には、被告が原告に「3%」を支払う旨の記載があったが、原告は、同契約書に署名押印しなかった。
 また、被告代表者は、平成25年4月5日、原告に対し、被告の事業のスポンサー(金銭を出すのではなく、イラストやアイデアを提供する立場であり、事業が育てば儲かり、育たなければ儲からない立場)になってくれないかと申し向けたことがあったが、原告は、何か特別な契約だったら怖いとしてこれに応じなかった。
(6) 原告による請求と訴え提起、解除の意思表示
 原告は、平成25年7月25日、被告代表者に対し、原告への「原稿料」の支払がいつになりそうかを尋ねたところ、被告代表者は、本件果実酒の売上げの3パーセント程度では大した金額にならないと回答した。原告は、原告が作成したイラスト1点あたり5万円にはなるように計算して欲しいと要望したが、被告代表者は、本件果実酒については現状赤字が続いているなどと回答し、また、宣伝になるのであれば絵師は無料でイラストを提供することがあるかなどと尋ねた。
 原告は、被告代表者の言動等に不信感を抱き、被告から金銭の支払を受けることができないのではないかと考え、同年8月頃、本件果実酒のラベルを印刷した印刷業者に、被告に宛てて印刷代金の請求書を送付させた。同請求書を受領した被告代表者は、原告に対し、本件は原告と被告との共同プロジェクトであり、本件果実酒が売れれば支払ができるのであるから、まずはどうすれば本件果実酒が売れるかを考えるのが先決であるなどと主張した。原告が、共同プロジェクトという意味がわからない、自分は被告からイラストを依頼された者であり、被告には様々なアドバイスをしたが方針を決めたのはすべて被告である、自分の経験上、売れないから支払わないなどと言われたことはないなどと主張したのに対し、被告代表者は、本件はもともと原告が送ったメールから始まっていること、被告は、原告が紹介した印刷業者でラベルを印刷し、本件果実酒のホームページを作成し、またお酒を販売できないイベントにまで出店したこと、原告が酒造との打ち合わせに同席したこと、原告の要望に応じて被告と取引のあった声優や絵師を降板させたことなどから、原告は単に被告にイラストを依頼された者ではないなどとして、上記印刷代金をすぐに支払うことはできないと主張した。
 その後、原告は、被告に対し、同月24日には「現状イラストだけでも少なく見積もって約80万円分は書き下ろしています。」などと、同月31日には「私に80万円以上の仕事をさせておいてやはり支払う気は無いのですね。」などと主張した後、代理人弁護士を介して、被告に対し、本件イラストの対価合計150万5000円及び原告が印刷業者に支払った本件特典クリアファイルの印刷代金3万2288円の支払を求める同年9月24日付け通知書を送付したが、被告は、同通知書の受領を拒絶し、同通知書は、同年10月3日の保管期限の経過により、同代理人弁護士に還付された。
 原告は、平成25年11月8日に被告に送達された本件訴状により、被告に対し、被告の債務不履行を理由に原被告間の契約を解除する旨の意思表示をした。
(7) 本件果実酒の店頭からの撤去等
 原告は、本件訴状において、本件各イラストの複製等の差止めを求めていたところ、被告が、本件の第1回弁論準備手続期日(平成26年1月23日)に陳述した平成26年1月17日付け準備書面(1)には「原告(判決注:被告の誤記と考えられる。)は、原告の被告に対する本訴提起を受けて、原告イラストを利用した飲料の販売を速やかに中止した。」との記載があった。
 原告は、平成26年3月頃、ドンキホーテ秋葉原店の店頭において、本件果実酒が販売されているのを発見したため、同店の店員に対して、これらを販売しないよう求め、被告は、同店の店頭から本件果実酒を撤去した。
(8) 本件果実酒の販売実績等
 本件イラスト6の1、同6の2、同7の1又は同7の2が印刷された本件果実酒用のラベル(以下「本件ラベル」という。)は、1000枚ずつ、合計4000枚印刷された。
 被告は、本件果実酒を、インターネットでは1本1800円で、実店舗等では1本1350円で販売していたところ、現在までの本件果実酒の販売実績は、合計391本、売上高は合計57万5100円である。
2 争点1−1(原告と被告との間に本件著作権譲渡契約が締結されたか)について
(1) 前記認定事実、とりわけ、@原告が、被告が設置している本件ウェブサイトで販売されていたイラストつきの酒類を見て、被告に対し、「私にも仕事させていただけないかなぁと思いまして」とのメールを送信し、条件を尋ねられた際には「グッズのギャランティとしては参考までに 大体5〜10万円でお受けしております。」と記載していること、A原告は、本件打合せにおいても、被告代表者に対し、原告が通常グッズのイラストを制作する場合には、パッケージが10万円、それ以外は最低でも5万円から仕事を受けていると説明していること、B本件打ち合わせにおいては、キャラクターを5人制作して、それぞれ異なる味の酒のラベルにすることなどが合意されたこと、Cその後、原告が、自身の画集に本件果実酒のイラストを掲載してよいか尋ねたのに対して、被告代表者がラベルと同一のものはファンがとまどうから認めない旨回答していることなどからすれば、原告と被告との間には、平成24年12月11日の本件打合せにおいて、原告が本件果実酒のラベル等に使用するためのイラストを制作し、その著作権を被告に有償で譲渡する旨の契約が成立したものと推認されるというべきである。もっとも、原告と被告とが、その後、イラストの制作の都度、対価の具体的金額や支払時期等について個別に確認等をしていたわけではないことや、上記のとおり、原告と被告とはキャラクターを5人制作し、それぞれ異なる味の酒のラベルにするものとしていたこと、原告は、パッケージのためのイラストは10万円で仕事を受けていると説明したこと、販売促進用のグッズについては、必ずしも多量の複製物が制作されたわけではないほか、その多くが購入者特典として無償で配布等されたことなどに照らせば、被告が、本件果実酒の販売促進のために制作するグッズ等に使用するイラストについてまでも、ラベルイラストと別個に著作権譲渡の対価を支払うべきものと認識していたかは疑わしく、当事者間の合理的意思としては、被告が原告に支払うべき対価は、イラスト1点ごとに幾らというのではなく、本件果実酒のシリーズ(温州みかん、こい梅、ぶどう、こいあんずの各シリーズ)1点ごとに、それぞれ少なくとも10万円を支払うべきものであったと推認される。
 この点について、原告が被告に最初に送信したメールが本件のきっかけとなっていること、原告が、被告とともに酒造の見学に行ったほか、被告の事業について様々なアドバイスを行ったりラベルの印刷会社を紹介したりしたこと、被告が、本件果実酒の販売促進のためにホームページを開設し、イベントに参加し、また、原告の要望に応じて被告の事業方法を変更したことなどがうかがわれるものの、これらの事実をもっても、上記推認を覆すには至らないというべきである。
(2) 被告は、原被告間の法律関係について、原告がイラストを制作し、被告が同イラストを包装や広告宣伝に使用した飲料を販売して、その売上金額の3パーセントを原告に分配する旨の本件基本合意が成立した旨主張し、被告代表者も、その尋問において、本件打ち合わせには原告に対して売上金額の3パーセントを支払う旨申し向けた、これに対して原告が分かりましたと答えたなど、同旨の供述をする。しかしながら、前記認定事実のとおり、原告は、被告への問い合わせにおいて、「グッズのギャランティとしては参考までに大体5〜10万円でお受けしております。」と明確に記載しており、被告代表者尋問の結果によっても、原告は本件打合せにおいて5万円から10万円と発言していたと認められるところ、それにもかかわらず、本件打合せにおいては、本件果実酒が何本程度売れる見込みであるかとか、原告が希望する5万円ないし10万円に達するためには、何本販売することが必要となってくるかなどの見通し、代金の精算をどのように行うべきかなどについても何ら話し合われていない。むしろ、原告は、本件打ち合わせの後である平成25年1月頃、被告代表者から、「3%」との記載のある契約書案を示されたのに対し、その署名押印に応じなかったというのである。そうすると、原告と被告との間に、被告が主張するような共同事業に関する本件基本合意が成立したものとみることは困難というほかない。
(3) したがって、上記(1)のとおり、原告と被告との間には、平成24年12月11日、原告が本件果実酒の包装や広告宣伝に使用するためのイラストを制作し、その著作権を、本件果実酒の1シリーズ(温州みかん、こい梅、ぶどう、こいあんずの各シリーズ)につき10万円で被告に譲渡する旨の合意が成立し、その後、原告が被告の依頼に応じて本件イラストを制作して、被告に提供し、被告が本件イラストを包装や広告宣伝に使用して飲料を販売するなどしたことからすれば、上記合意に従って本件著作権を原告が被告に有償で譲渡する旨の本件著作権譲渡契約が成立したものと認めるのが相当である。
3 争点1−2(本件著作権譲渡契約について解除原因が認められるか)について
 上記2のとおり、原告と被告との間には、原告が、被告の販売する本件果実酒の包装や広告宣伝に使用するための本件イラストを制作し、その著作権を、本件果実酒の1シリーズにつき10万円で被告に譲渡することなどを内容とする本件著作権譲渡契約が成立していたと認められるところ、前記認定事実によれば、被告は、原告の制作した本件イラストを用いて、本件果実酒を合計4シリーズ(温州みかん、こい梅、ぶどう、こいあんず)販売したと認められるから、被告は、本件著作権譲渡契約に基づき、原告に対し、40万円を支払う義務を負っていたというべきである。
 しかるところ、被告は、原告による本件イラストの対価の支払を求める平成25年9月24日付け通知書の受領を拒絶し(なお、前記認定事実によれば、同通知書に係る意思表示は、遅くとも保管期限であった同年10月3日までに社会通念上被告の了知可能な状態に置かれたものというべきであり、法律上被告に到達したとみるのが相当である。)、原告に対して金銭の支払を行っていないのであるから、被告には、本件著作権譲渡契約につき、債務不履行が認められる。したがって、原告が、催告の上、相当期間が経過した後に、本件訴状によってした本件著作権譲渡契約の解除の意思表示により、本件著作権譲渡契約は有効に解除されたというべきである。
4 争点1−3(本件著作権譲渡契約の解除に伴う原告の金銭請求〔損害賠償請求又は原状回復請求〕は認められるか)について
(1) 原告は、被告の債務不履行により、本件イラストの対価(本件著作権の譲渡対価)に相当する金額の損害を受けたと主張する。
 しかしながら、本件著作権譲渡契約が解除されたことにより、原告は、本件著作権を復帰的に取得するに至ったものであって、これを行使しうる地位にある以上、原告が本件著作権の譲渡対価相当額の損害を受けたと直ちに認めることは困難であり、このことは、原告が本件イラストを本件果実酒の包装等に使用するためにオーダーメイドで制作したものであったとしても変わることはない。
 この点、原告は、原告においてもはや本件イラストを再利用することができない旨主張する。しかし、前記認定のとおり、原告は、平成25年1月10日、被告代表者に対し、今後発売を予定している画集に、「みみきゅ〜る」のイラストを掲載してよいか尋ねていることにも照らせば、本件イラストが本件果実酒の包装や広告宣伝等以外の目的におよそ利用することができないという性質のものでないことは明らかであり、他に本件著作権の客観的価値の棄損を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、債務不履行及び解除による損害賠償請求権に基づく原告の金銭請求には理由がない。
(2) もっとも、被告は、本件著作権譲渡契約が解除されたことにより原状回復義務を負うところ(民法545条1項)、被告は、同義務の内容として、解除までの間、本件著作権を利用したことによる利益(本件著作権譲渡契約の目的の使用利益)を返還する必要がある(最高裁昭和49年(オ)第1152号同51年2月13日第二小法廷判決・民集30巻1号1頁参照)。
 そこで、本件著作権譲渡契約が解除されるまでの間、被告が本件著作権を利用したことによる利益について検討するに、被告は、原告に対し、本件果実酒の売上高の3パーセントに相当する額を支払う旨の契約を提案しているのであるから、少なくとも同3パーセントに相当する額については、本件著作権を利用することによる利益と認めるのが相当である。他方、被告が原告の描き下ろしたイラストを用いた商品として本件果実酒を広告宣伝し、原告のイラストを用いた販売促進物を購入者特典として用意するなど、原告のイラストの魅力をアピールして本件果実酒の販売を行い、現実に売上げをあげていることを考慮したとしても、被告が本件イラストを包装や広告宣伝に用いた本件果実酒を販売したのは、平成25年2月頃から原告が本件の訴状により本件著作権譲渡契約を解除した同年11月頃までの限られた期間にとどまり、その販売実績も、合計391本、売上高にして合計57万5100円にとどまることや、被告は、本件果実酒の販売のために、新たにウェブサイトを立ち上げるなど相応の費用を負担しており、収支全体としては損失が発生している可能性も十分にうかがわれること、原告が制作するイラストが市場においてどの程度の価値があるものとして評価されているかについて客観的な証拠はないこと、一般に酒類等の商品の包装や広告宣伝にイラストが用いられた際にイラストレーターにどの程度の利用料が支払われるかの水準等についても客観的な証拠はないことなどからすれば、上記売上高57万5100円の3パーセントに相当する1万7253円以上に、本件著作権を利用したことによる利益を認めることは困難というほかはない。
 したがって、被告は、本件著作権譲渡契約の解除に伴う原状回復義務として、原告に対し、本件著作権を利用したことによる利益である1万7253円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日(本件訴状による付遅滞の効果は、使用利益請求にも及ぶと解するのが相当である。)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべきものである。
5 争点2(被告は本件特典クリアファイルの印刷代金相当額を法律上の原因なく利得しているか)について
 前記認定事実によれば、原告は、平成25年6月頃、本件果実酒の販促グッズのうち、本件特典クリアファイルの印刷代金3万2288円を、被告に代わって立替払する趣旨で印刷業者に支払っているところ、本件特典クリアファイルは、被告が本件果実酒を販売するに際し、販売促進物として制作されたものと認められるから、その印刷代金は、本来被告が支払うべきものである。
 そうすると、被告は、本件特典クリアファイルの印刷代金相当額である3万2288円について、法律上の原因なく利得しており、これにより原告が損失を受けているものといえるから、被告は、原告に対し、不当利得金3万2288円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべきものである。
6 争点3−1(本件各イラストの複製等の差止請求が認められるか)及び争点3−2(本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除、本件各イラストの原画の返還、並びにその複製物及び原画のデータの廃棄請求が認められるか)について
 原告は、本件各著作権に基づき、被告に対し、本件各イラストの複製等の差止めを求めているところ(著作権法112条1項)、前記認定事実、証拠(乙10)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、現在も、本件イラスト6の1、同6の2、同7の1又は同7の2の複製物である本件ラベル及び本件イラスト13の複製物である本件特典クリアファイルを所持しており、被告が本訴請求につき請求棄却を求めて争っていることを考慮すると、被告において、なおこれらを譲渡するおそれがあるものと認められるから、本件各イラストのうち、本件イラスト6の1、同6の2、同7の1、同7の2及び同13の複製物の譲渡を差し止める必要性が認められ、その限りにおいて理由があるが(原告の本訴請求には、上記趣旨が含まれていると善解することができる。)、その余の差止請求については、差止めの必要性を認めるには至らず、理由がない。
 また、原告は、本件各著作権に基づき、本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除、被告の住所地、営業所に存する被告所有の本件各イラストの原画の返還、並びにその複製物(本件特典クリアファイルを含む。)及び原画のデータの廃棄を求めているところ(著作権法112条2項)、上記のとおり、被告が現在も本件ラベル及び本件特典クリアファイルを所持しており、これらを譲渡するおそれが認められることからすれば、本件ラベル及び本件特典クリアファイルを廃棄させる必要があるといえ、その限りにおいて理由があるが、現時点において、本件各イラストが本件ウェブサイトに掲載されていることや、被告の住所地、営業所に本件ラベル及び本件特典クリアファイル以外に本件各イラストの複製物が存することの立証はないことからすれば、その余の請求には理由がない(本件各イラストの原画の返還請求については、その法的根拠も明らかではない。)。
7 争点4−1(原告と被告との間に本件基本合意が成立したか)、争点4−2(原告は本件基本合意に付随する信義則上の義務に違反したか)及び争点4−3(原告の債務不履行により被告が受けた損害の額)について
 被告は、原告と被告との間に、原告がイラストを作成し、被告が同イラストを使用した飲料を販売して、その売上金額の3パーセントを原告に分配することを内容とする本件基本合意が成立していたことを前提に、原告は、本件基本合意に付随する信義則上の義務として、被告にとって不利な時期に本件基本合意を解消してはならない義務を負っていたと主張し、同義務違反による損害賠償請求権を自働債権とし、本件請求に係る各債権を受働債権として対当額で相殺する旨の相殺の抗弁を提出している。
 しかしながら、上記2において認定説示したとおり、原告と被告との間に本件基本合意が成立したことを認めることはできないから、同義務違反による損害賠償請求権の存在を前提とする相殺の抗弁は、成り立たない。
8 争点5−1(原告が小売店に対し被告が販売した製品を販売しないよう求めたことが被告に対する不法行為を構成するか)及び争点5−2(原告の不法行為により被告が受けた損害の額)について
 被告は、原告が平成26年3月頃、ドンキホーテ秋葉原店において、同店の店員に対し、本件果実酒を店頭から撤去して販売しないよう求めたことが、被告に対する不法行為を構成するとして、同不法行為による損害賠償請求権を自働債権とし、本件請求に係る各債権を受働債権として対当額で相殺する旨の相殺の抗弁を提出している。
 そこで検討するに、前記認定事実によれば、原告が、平成26年3月頃、ドンキホーテ秋葉原店の店頭において、本件果実酒が販売されているのを発見したため、同店の店員に対して、これらを販売しないよう求めた事実が認められるが、被告が本件の第1回弁論準備手続期日(平成26年1月23日)に陳述した準備書面(1)(平成26年1月17日付け)には「原告(判決注:「被告」の誤記と考えられる。)は、原告の被告に対する本訴提起を受けて、原告イラストを利用した飲料の販売を速やかに中止した。」との記載があったことからすれば、被告の上記主張にもかかわらず、現に本件果実酒が量販店の店頭で販売されていることを発見した原告において、代理人弁護士を介することなくその場で販売の中止を同店に申し入れたとしても、なお被告に対する不法行為を構成するとまでは認め難い。
 したがって、同不法行為による損害賠償請求権の存在を前提とする相殺の抗弁は、成り立たない。
9 まとめ
 以上によれば、本訴請求は、被告に対し、本件イラスト6の1、同6の2、同7の1、同7の2及び同13の複製物の譲渡の差止めを求め、本件ラベル及び本件特典クリアファイルの廃棄を求め、また、4万9541円及びこれに対する平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による金員の支払を求める限度において理由があり、その余は理由がない。
 なお、反訴請求については、同請求に係る債権のうち、本訴請求において相殺の抗弁に供された部分については、これが存在しないことについて、相殺の自働債権として既判力のある判断が示されているが(民訴法114条2項参照)、その余の部分については既判力のある判断が示されていない。そこで、反訴請求(同部分に係る請求)は棄却されるべきである(主文第5項に「被告の請求をいずれも棄却する。」とあるのは、上記趣旨によるものである。)。
 よって、主文のとおり判決する(仮執行の宣言については、本件ラベル及び本件特典クリアファイルの廃棄を求める点については、相当でないのでこれを付さないこととする。)。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 嶋末和秀
 裁判官 鈴木千帆
 裁判官 天野研司
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