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【事件名】類似ジュエリーデザイン事件
【年月日】平成28年2月25日
 東京地裁 平成27年(ワ)第15789号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成27年12月17日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 木村耕太郎
被告 LVMHファッション・グループ・ジャパン株式会社
同訴訟代理人弁護士 高松薫
同 鈴岡正
同 金子典正
同 太尾剛
同 野本健太郎


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙物件目録記載の物件を輸入し、販売し、又は販売の申出をしてはならない。
2 被告は、その保有する前項記載の物件を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、2000万円及びこれに対する平成27年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、別紙掲載要領記載の要領により、別紙謝罪広告目録記載の文言による謝罪広告を掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、ジュエリー作家である原告が、被告が輸入、販売する別紙物件目録記載のアクセサリー(以下「被告製品」という。)について、原告が制作した別紙写真一覧の写真(以下「本件写真1」~「本件写真12」といい、これらを併せて「本件各写真」という。)に写った彫刻それ自体又は指輪に接着された彫刻部分(以下、これらを「原告彫刻」という。)を複製したものであるから、被告による被告製品の国内への輸入又は国内での販売は、原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害する行為とみなされると主張して、被告に対し、著作権法(以下「法」という。)112条に基づき被告製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づき損害賠償金合計2000万円(内訳は、逸失利益4200万円の一部である1200万円及び慰謝料800万円)及びこれに対する平成27年3月20日(原告の著作権侵害警告が被告に到達した日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、さらに、法115条に基づき謝罪広告の掲載を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに各項末尾に掲記した証拠及び弁論の全趣旨から容易に認定できる事実)
(1) 当事者
 原告は、ジュエリー作家であり、遅くとも平成25年3月4日までに原告彫刻を製作した。
 被告は、フランスを本拠地とする多国籍企業グループLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(以下「LVMHグループ」という。)の日本法人であり、「セリーヌ」(CÉLINE)を含む複数のファッションブランド事業を行っている。被告の事業部の一つに「セリーヌ ジャパン」部門があり、日本における「セリーヌ」ブランドに関する事業を行っている。なお、フランスには、LVMHグループの傘下企業として、CELINE S.A社(以下「セリーヌ社」という。)がある。
(甲1~4、10、弁論の全趣旨)
(2) 原告彫刻
 原告は、平成22年から、人体の造形の一部をかたどった彫刻を接着させた指輪である「カット・ボディー・リング」の製作を行っていた。原告は、平成25年2月、顧客からの問い合わせをきっかけとして、原告彫刻を接着させた指輪の作成を開始し、同顧客の希望を聞きながら材質やデザイン等の詳細を詰め、同年3月4日までに原告彫刻(本件写真1、2、4に写ったもの)を完成させた。
 原告は、原告彫刻を接着させた指輪(本件写真3、5~12に写ったもの)を同月下旬に完成させ、同月21日、顧客に引き渡した。したがって、現在、原告は、原告彫刻を所持していない。
(甲6~11)
(3) 被告の行為等
 セリーヌ社は、平成26年9月28日、パリにおいて「CÉLINE2015年春夏コレクション」を発表したが、その発表作品中に被告製品があった。
 被告は、日本国内の被告直営店舗において、セリーヌ社から輸入した被告製品を単価5万2000円で販売した(なお、被告は、被告製品を平成27年3月2日から同月31日までに合計7個販売し、その後は販売を中止した旨主張する。)。
(甲12の1・2、弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 原告彫刻の著作物性(争点1)
(2) 複製権侵害の成否(争点2)
(3) 氏名表示権侵害の成否(争点3)
(4) 差止めの必要性(争点4)
(5) 原告の損害額(争点5)
(6) 謝罪広告の要否(争点6)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(原告彫刻の著作物性)について
[原告の主張]
 原告彫刻は、①人間(女性)の胴体を表現した彫刻であって、②表面に光沢を有する白色の素材により製作され、③半立体的な板状の全体形状を有し、④乳首および陰部が見えないぎりぎりの位置で胴体の上下を水平方向にカットし、かつ左の乳房の中心位置で垂直方向にカットしたことを特徴とするものである。
 原告彫刻は、法10条1項4号が「美術の著作物」として例示する「彫刻」の著作物であるから、純粋美術そのものであり、仮に純粋美術そのものではないとしても、純粋美術と同視し得る美術工芸品に該当する。美術工芸品を最も狭く解する学説であっても、一品製作の手工芸品が美術工芸品に該当することに異論はなく、原告彫刻が美術工芸品にすら該当しないことはあり得ない。
 被告は、原告彫刻が装飾のために使用される実用品であり純粋美術と同視できないと主張するが、装飾のために使用されるということは鑑賞目的と同じことであり、そのようなものは実用品とはいえない。
[被告の主張]
ア 原告はジュエリーデザイナーで、原告彫刻を含む指輪はジュエリーとして制作・販売されている。ジュエリーは、一般に、自身の装飾のために使用される実用品であり、いわゆる応用美術であって純粋美術と同視することはできない。また、原告彫刻のサイズは非常に小さく、いわゆる絵画等の美術品のように、独立して観賞の対象とならないことが明らかである。
イ 仮に、応用美術において著作物性を認める余地があるとしても、著作権侵害が認められるためには、原告が応用美術のうち侵害として主張する部分が著作物性を備えている必要がある。しかしながら、以下のとおり、原告が原告彫刻の本質的特徴であると主張する部分にはいずれも創作性がなく、著作物性を備えているとはいえない。
 まず、①人間(女性)の胴体を表現した彫刻であって、②表面に光沢を有する白色の素材により製作されているという点については、女性の胴体を表現した彫刻が無数にあるありふれた造形物であり、人体の造形物の色彩は白色系となることがほとんどで、かつ磁器による造形物の色彩が一般に白色系となることからすれば、いずれも、原告の創作性を見出すことはできない。次に、③半立体的な板状の全体形状を有しているという点については、その意味が不明であるが、本件各写真からは、その全体形状を有しているのかどうかも不明である上、仮に原告がいうような形状があるとしても、その形状はありふれたものであり、そこに創作性を見出すことはできない。さらに、④乳首及び陰部が見えないぎりぎりの位置で胴体の上下を水平方向にカットし、かつ左の乳房の中心位置で垂直方向にカットするという点についても、このようなカットの手法はありふれたアイディアであって、原告特有の創作的な表現が存在するとは到底いえないから、特段の創作性を見出すことはできない。
(2) 争点2(複製権侵害の成否)について
[原告の主張]
ア 原告彫刻と被告製品の同一性ないし類似性
 原告彫刻と被告製品は、①人間(女性)の胴体を表現した彫刻であって、②表面に光沢を有する白色の素材により製作され、③半立体的な板状の全体形状を有している点で共通する。また、④乳首および陰部が見えないぎりぎりの位置で水平方向にカットし、左の乳房の中心位置で垂直方向にカットし、⑤正面視した時に、上辺と下辺は水平方向に、右辺のみがこれらと垂直に交わるようにカットし、左辺は女性の腰のくびれを表すように大部分が曲線で構成しながらも下方の一部のみを直線で構成し、左上、左下、右下の3か所を直角として、全体が縦長の長方形の枠内に収まるよう構成し、⑥左右方向で右(正面視左)の乳房を全部、左(正面視右)の乳房を半分のみ表現し、⑦腹部がへそを中心として微妙に膨らんでいるように見えながらも、全体として痩せて引き締まった肉体を表現している点において、共通する。
 被告は、原告彫刻と被告製品との共通点がいずれもありふれたものであると主張するが、何ら根拠のない主張である。また、被告は、原告彫刻と被告製品との間に相違点があると主張するが、いずれも微差にすぎず、被告製品の形態は原告彫刻と実質的に同一で、表現上の本質的特徴を直接感得することについて何ら妨げとならない。
イ 依拠性
(ア) 上記アのとおり、原告彫刻と被告製品との形態の類似性は、偶然によって類似し得る程度を優に超えており、偶然によってここまで同一のデザインとなることはあり得ないから、セリーヌ社が原告彫刻に依拠して被告製品を製作したことは明らかである。
(イ) 原告は、平成25年3月に原告のブログ上で原告彫刻を公表した。また、原告彫刻は、平成26年4月4日から同年5月31日にかけて、米国マサチューセッツ州ケンブリッジで開催された個展「SPOT LIGHT:A Glyptic Art/Carved Sculptural Jewery」(スポットライト:A 宝石彫刻術/彫刻されたジュエリー)において展示販売された。さらに、原告彫刻の写真は英語圏のブログ等を通じてしばしば引用されており(例えばブログ「Kingdom of Style」の平成25年9月25日付け記事(甲15)、ブログ「MIGHTY GIRL」の平成26年7月21日付け記事(甲16)、画像共有サイト「Pinterest」など)、その画像は、デザイナーを含めジュエリーデザインに関心を有する者の間で世界中に拡散されている。したがって、セリーヌ社は、遅くとも平成26年春ころには原告彫刻にアクセスする機会があったのであり、上記のいずれかの経路により原告彫刻を認識した可能性が高い。
(ウ) 被告は、被告製品の創作経緯についてるる主張するが、被告製品が原告彫刻に依拠していないとはいえない。
 女性の胴体を表現するのであれば、少なくとも乳房の全部を表現することが古典的であり、セリーヌ社のデザインチームが製作したプロトタイプもこのような古典的デザインの枠を出ないものであった。このような古臭いデザインしか創作できないようなデザインチームのスタッフが、原告彫刻に依拠せずして、被告製品のような洗練されたデザインに到達するはずがないし、仮に、セリーヌ社において「女性の身体の部位を非対称に直線で切断する」というシリーズ作品の全体コンセプトがあったとしても、多種多様な表現の幅があり得る中で、被告製品のデザインに至る必然性は全くない。
ウ このように、セリーヌ社の行為は、既存の著作物である原告彫刻に依拠し、その内容および形式を覚知させるに足りるものを再製するものであるから、被告製品は、国内で作成したとしたならば著作権(複製権)の侵害となるべき行為によって作成された物(法113条1項1号)に当たる。
 そして、被告は、国内において頒布(販売)する目的をもって、被告製品を輸入し、かつ情を知って国内でこれを頒布(販売)しているから、被告が被告製品を輸入し、販売し、販売の申出をする行為は、いずれも法113条1項1号、2号により、原告彫刻の複製権を侵害する行為とみなされる。
[被告の主張]
ア 原告彫刻と被告製品の同一性ないし類似性
 原告彫刻は写真の著作物でないにもかかわらず、原告は原告彫刻を提出することなく、本件各写真をもとにただ何となく類似していると主張するだけで、その同一性に関する具体的な主張立証を一切していないのであって、適切な証拠に基づかない合理性を欠く主張立証といわざるを得ない。
 また、原告が原告彫刻と被告製品の共通点として主張する上記[原告の主張]アの①~⑦は、次のとおり、いずれも極めてありふれたものであり、仮にこれらの点について共通点が認められたとしても、アイディア又は表現上の創作性がない部分においての抽象的な共通性にすぎず、具体的表現においての同一性は認められない。
(ア) ①について
 本件各写真からは原告彫刻の造形物としての具体的な表現が明瞭でないが、被告製品は、実在の外国人ファッションモデル2名のヌード写真を素材とした陶磁器であって、少なくとも一見して胸や腹部、へそ等の形状が原告彫刻と同一とはいえない。
 例えば、原告彫刻は、胸が端側に大きく膨らみ、また円錐型の尖った印象であるのに対し、被告製品は、真ん中を中心として膨らんだお椀形であり、柔らかい印象である。腰の形状も、原告彫刻は、くびれの湾曲度が大きく、そのままの臀部を表現しているので、くびれが徒に強調されているが、被告製品は、くびれを大幅にカットしたため、くびれの強調度が小さくあっさりした印象である。腹部の形状も、原告彫刻の方が被告製品より縦長である。また、へその形状や位置において、原告彫刻はへそが強調され、かつ、両乳房の間の中心点から垂直におろした位置にあるのに対して、被告製品はへその位置が両乳房の間の中心点からおろした垂直線から正面から見て左にずれており、このずれにより体の動きが印象付けられている。さらに、被告製品においては、原告彫刻と異なり、腹筋が縦にはっきりと割れている。
(イ) ②について
 人体の造形物の色彩は白色系となることがほとんどであり、また磁器による造形物の色彩が一般に白色系となることからすれば、極めてありふれたものである。そもそも、光沢の有無や色彩それ自体は、特殊な光沢や色彩のものを除き、アクセサリーの製作に限らず、およそ全ての造形物における造形上のありふれた選択肢の一つにすぎない。また、白色と一言でいっても無限の異なる白色系の色があるし、光沢といってもその程度は無限であるところ、少なくとも、原告彫刻と被告製品の白色の程度や光沢の程度は、一見して同一ではない。
(ウ) ③について
 原告が主張する「半立体」「板状」の意味が不明であるが、仮に一方の面を平面的に造形し、他方の面の立体性を強調して造形することを意味していると解したとしても、本件各写真には原告彫刻の一面しか写っていないため、原告彫刻がそのような全体形状を有しているのかは不明である。また、両面を立体的に強調して造形するか、片面のみを立体的に強調して造形するかは、およそ全ての造形物における造形上のありふれた選択肢の一つにすぎないのであって、片面の立体性をより強調するというアイディア又は表現上の創作性がない部分において、抽象的な共通性を有するにすぎない。
(エ) ④について
 原告が主張するような水平方向のカットは、女性の裸体における乳首及び陰部というデリケートな部分を隠すためによく利用されるありふれた手法であるし、垂直方向のカットは、カットしない側のウエストラインのくびれを強調するための構成・構図として、よく利用されるありふれた手法である。また、垂直カットを全体の右又は左のいずれについて行うかは、単なる選択肢にすぎず、表現上の創作性を基礎づけるものではない。
 例えば、写真においても原告彫刻と同様の構図を採用したものが複数あり、このような写真の構図の汎用性は、彫刻等の造形物の全体形状の汎用性につながるものといえる。造形物において、単に、乳首や陰部を隠すための水平カットや、くびれを強調するための垂直カットを施していることに、表現上の創作性が認められないことは明らかである。
 なお、仮に原告の主張を前提にしても、原告彫刻と被告製品には、女性の裸体の全体のプロポーション・比率という具体的な表現に明確な差異が見て取れる。
(オ) その他の点について
 原告は、腹部がへそを中心として微妙に膨らんでいるように見えながらも、全体として痩せて引き締まった肉体を表現している点が同一であるとも主張するが、かかる点は、一般的な女性の腹部の形状の範疇を超えるものではなく、原告彫刻の創作的な表現とは到底いえない。また、被告製品は実在のモデルの合成写真を基礎とし、腹筋の縦割れの有無等の腹部の具体的表現が原告彫刻と異なるから、腹部が膨らんでいるという共通点があるとしても、被告製品から原告彫刻の創作的な表現上の本質的特徴を感得することはできない。
 なお、縦横の比率でいえば、おおよそ、原告彫刻が1.60対1.00であるの対して(甲9)、被告製品は、1.35対1.00で、明らかに原告彫刻の方が縦長である。また、原告彫刻は、自然の貝殻をオリジナルの工具で彫り込んで作成されていることから(甲2)、全体が完全な単一色とは考え難く、また、ある程度の手彫り感が残っているのに対し、被告製品は磁器(リモージュ磁器)であるから、白色単一で、磁器特有の滑らかな光沢感を有する。
 このように、原告彫刻と被告製品とは、その質感、色彩、形状等の具体的表現が大きく異なっていることが容易に推察される。
イ 依拠性
 被告製品は、以下のとおり、実在の女性の写真を素材として、身体の部位を非対称に直線で切断するというコンセプトを持つシリーズ作品の一つとして、原告彫刻とは別個独立に創作されたもので、原告彫刻に依拠していない。
(ア) セリーヌ社のクリエイティブ・ディレクターであるB(以下「B」という。)は、平成26年6月初めころ、翌年の春夏コレクションで発表するシリーズ作品の開発に着手するとともに、同社のアクセサリーデザインチーム(以下「本件チーム」という。)に対し、商品開発のためのリサーチを指示した。
(イ) Bは、平成26年6月中旬に行われた本件チームとの初回打合せにおいて、女性の身体の一部をモチーフにしたネックレスのシリーズ作品を製作することを決定し、本件チームが収集した写真等の中から複数の写真等を選択した。本件チームのメンバーは、そのうち1枚をもとにして、上半身、胸、尻、口、全身に関するデザイン画を作成し、これをもとにネックレスのプロトタイプを製作した。
(ウ) 本件チームは、同年7月から8月にかけての打合せの場で、製作したプロトタイプをBに示した。しかし、Bは、同プロトタイプを採用せず、本件チームのメンバーに対し、より古典的で、かつ、上半身、胸、尻、口及び全身の部位を非対称的に直線的にカットするデザインへと再考するよう促した。
(エ) これを受けて、本件チームは、雑誌に掲載された複数のモデルのヌード写真を検討した上、最終的に、画像処理ソフトを用いて2名のモデルの身体を合成し、これに基づき、被告製品の設計図を作成した。本件チームは、身体の部位を非対称に直線でカットする位置を決めるに当たり、同設計図の上部切断面及び下部切断面について、もともと雑誌の表紙に存在する、モデルのバストトップ及び局部を隠すための各テープ状デザインが入り込まないよう、バストトップのテープ状デザインの直下と局部のテープ状デザインの直上に平行に直線を引いてカットした。また、左右を非対称に直線的にカットするに当たっては、モデルの裸体の正面から見て向かって右半身が白とび気味で体の印影があまり表現されておらず、また、モデルが持っているロープが邪魔であったことから、正面から見て向かって右側の乳房を通る垂直な直線を引いてカットすることとした。
(オ) 本件チームは、同年8月下旬、外部の製作者に対して同設計図を示し、同設計図を立体化したプロトタイプを製作させ、同年9月上旬、これを受領した。しかし、同プロトタイプについて、本件チームのメンバーから、正面から見て左側の臀部のラインがあまりに強調されているという否定的な意見が出た。そこで、全体のバランスを図るために、正面から見て左側の乳房の左端から垂直に下ろした直線により、左側の乳房のほんの少しの部分と臀部の一部をカットする修正が施され、修正された設計図をもとにメタル素材、リモージュ磁器素材の2種類の最終プロトタイプが製作された。Bは、そのうちのリモージュ磁器素材で製作されたものを採用し、被告製品を含むアクセサリーシリーズの商品化を決定した。
(3) 争点3(氏名表示権侵害の成否)について
[原告の主張]
 被告製品の形態は原告彫刻と寸分違わぬものであるから、セリーヌ社は被告製品を発表するに当たり、自己の著作物としてではなく原告の著作物として発表すべきだったのであり、被告製品は、国内で作成したとしたならば著作者人格権(氏名表示権)の侵害となるべき行為によって作成された物(法113条1項1号)に当たる。被告は、国内において頒布(販売)する目的をもって、被告製品を輸入し、かつ情を知って国内でこれを頒布(販売)しているから、被告が被告製品を輸入、販売、販売の申出をする行為は、原告の著作者人格権を侵害する行為とみなされる(法113条1項1号、2号)。
[被告の主張]
 否認又は争う。
(4) 争点4(差止めの必要性)について
[原告の主張]
 原告は、平成27年3月、著作権侵害の警告状を被告に送付したが、被告は、その後も一貫して被告製品について原告彫刻のデザインを盗用した事実を頑なに否定している。なお、被告代理人は、同年4月10日付けのメールにおいて「Webを含めた対象商品の広告については、CELINEにおいて可能な限り修正・削除しており、ご指摘の点についても本日現在改善されています」と主張しているが、にわかに信用できないし、セリーヌ社及び被告が被告製品を直営店の店頭から撤去したとしても、セレクトショップに卸販売した分については回収の努力をしていない。
 セリーヌ社及び被告がいつまでも著作権侵害を認めないのでは、原告彫刻が被告製品の模倣品ではないかとの疑いをかけられることになりかねず、原告の事業展開にとって重大な障害となり続ける。
 したがって、被告製品の輸入等の差止めを認める必要性がある。
[被告の主張]
 被告及びセリーヌ社は、平成27年3月31日ころまでに、自主的に被告製品の販売を中止し、店頭在庫の回収を完了した。また、被告は、今後、被告製品の輸入や販売を継続する意思も予定もない。
 そもそも、被告製品は、「2015 春夏コレクション」として発売された季節商品であり、被告のみならず、セリーヌ社においても、既に商品群から除去されており、セリーヌ社を含む全世界のグループ各社のインターネットサイトから抹消されているから、被告製品が再度販売される可能性は皆無である。なお、原告は、海外のセレクトショップやオークションサイトでの被告製品の入手可能性を指摘するが、被告に対して、被告製品の輸入・販売等の差止めないし廃棄を求めたところで、被告と無関係な第三者からその所有する被告製品を入手する可能性が消滅するわけではなく、この点を差止めの必要性の根拠とする原告の主張には理由がない。
(5) 争点5(原告の損害額)について
[原告の主張]
ア 将来の逸失利益
(ア) 原告彫刻は、指輪のほか、ブローチに接着させる形態で製作することも可能である。いずれも一品製作の美術品であるため製作数は限られるが、原告は今後、原告彫刻と同じものを原告の代表作として長く製作していく予定であり、原告彫刻と同じ彫刻を接着させた指輪とブローチを今後20年間にわたって毎月1個(年間12個)程度製作する計画を有しているし、実際に製作が可能である。
 原告の指輪及びブローチには定価が存在しないが、概ね指輪の販売価格は30~50万円程度(平均して約40万円)、ブローチの販売価格は20~40万円程度(平均して約30万円)であり、粗利益率はいずれも約50パーセントであるから、指輪とブローチの1個当たりの平均利益は約17万5000円である(指輪は1個あたり約20万円、ブローチは1個当たり約15万円)。
(イ) ところが、「セリーヌ」が世界的に著名なブランドであるがゆえに、被告の侵害行為により、事実とは逆に原告彫刻が被告製品の模倣品ではないかとの疑いをかけられるおそれがあり、現に誤認混同が生じていることから、原告は、このままでは原告彫刻を接着させた指輪及びブローチの販売を継続することが困難である。
(ウ) したがって、原告の将来の逸失利益は4200万円(計算式は17万5000円×12個×20年)となる。
イ 慰謝料
 原告は、被告による著作権侵害行為及び被告が著作権侵害を頑なに認めない態度により多大な精神的苦痛を被った。その精神的苦痛を金銭に換算すると、800万円となる。
ウ 以上のとおり、原告は、逸失利益として4200万円、精神的苦痛として800万円の損害を被った。そこで、原告は上記逸失利益の一部である1200万円と慰謝料800万円を合計した2000万円を請求する。
[被告の主張]
 争う。
 原告が、原告彫刻を接着させた指輪等を毎月1個、今後20年間にわたり製作する意思と能力を有するとの主張については、何ら合理的根拠による裏付けがなく甚だ疑問である。また、原告自身、電子メールにおいて「価格ですが一応上限が15万という設定で進められればと思います」(甲9)と述べていることからすれば、今後、製作される指輪の平均単価が約40万円であるとの主張は、全く信用できない。
(6) 争点6(謝罪広告の要否)
[原告の主張]
 「セリーヌ」は世界的に著名なブランドであるため、被告の行為により、原告彫刻が被告製品の模倣品ではないかとの疑いをかけられるおそれがあり、現に誤認混同が生じている。よって、原告の名誉・声望を回復するため、被告において、別紙掲載要領記載の要領により別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を掲載することが必要である。
[被告の主張]
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点2(複製権侵害の成否)について
 本件の事案に鑑み、争点2から判断する。
(1) 類否について
 本件各写真によれば、原告彫刻は、乳白色の板状部材の表面に女性の裸体を表現した彫刻で、乳首のすぐ下と陰部のすぐ上の位置で胴体を上下に水平方向に直線でカットし、かつ、左乳房の中心付近で垂直方向に直線でカットしたものと認められる。
 そこで検討するに、確かに、原告彫刻と被告製品とは、女性の身体のカットの構図において共通の特徴がみられることは原告の指摘するとおりであるが、このような構図それ自体に創作性は乏しい(乙2の1・2、乙4も参照)。
 また、そもそも、原告は原告彫刻を所持しておらず、原告彫刻の具体的表現に関する証拠としては、原告彫刻が撮影された本件各写真しかないから、原告彫刻と被告製品の各表現の対比には限界があるといわざるを得ないが、とりあえずその点を措いても、本件各写真によれば、原告彫刻においては、右胸が身体の右端に大きく膨らみ、右腹部から右腰にかけては大きく湾曲したくびれがあり、また、腹部が膨らんでいる一方、へそが明確に凹み、腹部と脚との境界付近にも比較的大きな凹みが確認できるなど、全体に豊満で肉感的な印象を与えるものであるのに対し、被告製品(甲12の2、検証の結果)においては、胸が中央部にかけて膨らんだお椀形で、腹部から腰にかけてのくびれは少なく、腹部の膨らみも緩やかで、へその凹みや腹部と脚との境界もはっきりしないなど、全体として平坦でひきしまった印象を与えるものであることが認められるのであって、こうした相違に鑑みれば、被告製品から原告彫刻の表現上の特徴を直接感得することはできず、両者が類似しているとは認めることができない。
 なお、検甲1は、本件訴え提起後、原告において作成した原告彫刻の複製品であるが、同複製品における表現が原告彫刻における表現と同一であると認めることはできず、かえって、検証の結果によれば、本件各写真に写った原告彫刻と上記複製品とはその表現が相当程度異なっていることが明らかである。したがって、上記複製に係る彫刻と被告製品とを対比して原告彫刻と被告製品との類否を判断することは相当でない。
 以上のとおり、被告製品から原告彫刻の表現上の特徴を直接感得することはできないから、原告の複製権侵害の主張は既に理由がないが、念のため、依拠性についても判断することとする。
(2) 依拠性について
ア 証拠(乙2の1・2)によれば、被告製品の製作経緯は以下のとおりであると認められる。
(ア) 本件チームのメンバーらは、平成26年6月中旬、同社のクリエイティブ・ディレクターであるBが女性の身体の一部をモチーフにしたネックレスのシリーズ作品の製作を決定したことを受け、女性の裸体を撮影した写真に基づき、女性の身体の全体及び一部のパーツ(上半身、胸、尻及び口)のデザイン画を作成し、これをもとに製作担当者にネックレスのプロトタイプを製作させた。
(イ) 本件チームは、同年7月から8月ころ、製作したネックレスのプロトタイプをBに提示したが、Bは、同プロトタイプについて、荒削りで原始的すぎるという感想を抱き、本件チームに対し、70年代のイタリア芸術作品にみられるような鋭いカットを施したよりクラシカルなデザインへと変更することを指示した。
 本件チームはBの指示に従って検討を重ねた。その検討の過程において、本件チームのメンバーから、体の一部を非対称的・直線的にカットするというアイディアが出され、Bは同アイディアを採用した。
(ウ) 本件チームは、英国で発行されている雑誌の表紙に掲載されたヌードモデルの写真のうち2名のモデルの写真を設計図の素材とすることとし、画像処理ソフトを用いてこれらの写真を合成した写真に基づき、被告製品の設計図を作成することとした。
(エ) 本件チームのメンバーは、Bによって採用されたアイディアに沿って、上記写真の体の一部を非対称的・直線的にカットするに当たり、もともと上記雑誌の表紙に存在していた、モデルの乳首を隠すためのテープ状の線の真下と、局部を隠すためのテープ状の線の真上に平行に直線を引いて上下をカットし、また、モデルの身体の左右をカットするに当たっては、写真の陰影やモデルの所持品等を考慮してモデルの左側(向かって右側)をカットすることとし、左乳房の中心を通る垂直の直線でカットして、設計図を作成した。
(オ) 本件チームのメンバーは、同年8月下旬、外部の製作担当者に対し、上記(エ)の設計図に基づくプロトタイプの製作を依頼し、同年9月上旬、完成したプロトタイプを受領した。
(カ) 本件チームのメンバーの1人は、上記(オ)のプロトタイプを一目見て、右側の臀部のラインが強調されすぎているという意見を述べた。そのため、本件チームにおいては、右乳房のほんの少しの部分と右臀部の一部をカットする修正を施すこととし、修正したデザインに基づき、メタル素材及びリモージュ磁器素材で2種類の最終プロトタイプを製作させた。
 Bは、同最終プロトタイプのうち、リモージュ磁器素材で作成されたもののみ商品化することを決定し、平成27年3月、被告製品が発売された。
イ そこで検討するに、上記アのとおり、本件チームは、女性の身体の一部をモチーフにしたネックレスのシリーズ作品を製作するという同社クリエイティブ・ディレクターの着想を発端として、実在の女性をモデルに、身体のカットの構図や凹凸の度合いなどについて試行錯誤を重ねたこと、その過程において多数の図面やデッサン画、プロトタイプ等を作成し、徐々に洗練された形態に改良して被告製品を完成させたことが認められるのであって、一連の製作過程において、本件チームのメンバーをはじめとするセリーヌ社の関係者が原告彫刻に接したことをうかがわせる証拠は見当たらない。そうすると、セリーヌ社が、被告製品を製作するに当たって、原告彫刻に依拠したものと認めることはできない。
 これに対し、原告は、原告彫刻と被告製品が類似していることから被告製品は原告彫刻に依拠したものと推認される旨主張するが、被告製品における身体のカットの構図に原告彫刻における身体のカットの構図と共通の特徴がみられる部分があるとしても、いずれも特異なものとはいえないこと等からすれば、上記(1)のとおり原告彫刻と被告製品が類似しているとは認めることができず、セリーヌ社において原告彫刻に接することなく被告製品を独自に創作することが不可能又は著しく困難であったとも認め難い。
 また、原告は、①平成25年3月に自身のブログ上に原告彫刻の写真を掲載し、②平成26年4月4日から同年5月31日にかけて、米国マサチューセッツ州で開催された個展において原告彫刻の複製品を展示販売し、さらに、③原告彫刻の写真が平成25年9月25日、平成26年7月21日付けで第三者のブログにおいて紹介されているなどとして、セリーヌ社は、これらのいずれかの経路を通じて、遅くとも平成26年春ころには原告彫刻にアクセスする機会があったなどと主張する。しかしながら、原告の主張はいずれも単なる抽象的な可能性を指摘するものにすぎず、具体的にセリーヌ社の関係者が①及び③のブログにアクセスしたことや②の個展に赴いたことをうかがわせる証拠は全くないから、上記①ないし③の事情のみでは、被告製品の製作に際する原告彫刻への依拠を推認することはできない。
 したがって、原告の上記主張はいずれも採用することができない。
2 争点3(氏名表示権侵害の成否)について
 原告は、被告製品の形態が原告彫刻と寸分違わぬものであり、また、被告製品が原告彫刻に依拠して製作されたことを前提に、被告製品は、国内で作成したとしたならば著作者人格権(氏名表示権)の侵害となるべき行為によって作成された物(法113条1項1号)に当たるから、被告が被告製品を輸入、販売、販売の申出をする行為は、原告の氏名表示権を侵害する行為とみなされる旨主張する。
 しかしながら、被告製品が原告彫刻と類似しているとも、原告彫刻に依拠して製作されたとも認められないことは上記1において検討したとおりであるから、被告製品は、国内で作成したとしても原告の氏名表示権の侵害となるべき行為によって作成された物には当たらず、原告の主張はその前提を欠くから、採用することができない。
3 結論
 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 沖中康人
 裁判官 矢口俊哉
 裁判官 廣瀬達人


(別紙)物件目録
被告の「セリーヌ ジャパン」部門がCELINE2015年春夏コレクションとして発売した以下の商品。

 商品名 「ボディーバストネックレス&ベルト/リモージュポーセリン&シルク(ホワイト)」
 型番 46F032PRF. 018C
 物件の写真(赤枠で囲まれた商品) <画像省略>

(別紙)謝罪広告目録
 「セリーヌよりお詫び
 CELINEより2015年春夏コレクションとして発表しました「ボディーバストネックレス&ベルト/リモージュポーセリン&シルク(ホワイト)」(型番 46F032PRF. 018C)に対し、ジュエリー作家のA氏より同氏の作品の盗用であり著作権侵害であるとの主張があり、同氏との間で東京地方裁判所において係争中でしたが、この度、同裁判所は平成○○年○○月○○日付判決において、CELINEによる著作権侵害を認めました。
 当社は、A氏のデザインの盗用により同氏の著作権を侵害し、A氏に対し多大なるご迷惑を掛けたことに対し、ここに謝罪の意を表します。
 LVMHファッション・グループジャパン株式会社」
(注)「平成○○年○○月○○日」の部分には、判決言渡しの日を記載する。

(別紙)掲載要領
1. ホームページへの掲載
(1)掲載場所:「CELINE」ウェブサイト(https://(省略))内の任意のページ
(2)使用文字:「セリーヌよりお詫び」との見出し部分12ポイント、本文10.5ポイントのフォント(フォント種類は謝罪広告掲載ページ内の他の文字と同一とする)
(3)掲載期間:1年間
2. 雑誌への掲載
(1)掲載雑誌:ELLE(エル・ジャポン)、VOGUE(ヴォーグ・ジャパン)、およびFIGARO(フィガロジャポン)
(2)掲載場所:広告・グラビアを除いて表表紙から最初の頁
(3)使用文字:「セリーヌよりお詫び」との見出し部分12ポイントのゴシック体、本文10.5ポイントのゴシック体
(4)掲載回数:各1回

(別紙)写真一覧 <画像省略>
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