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【事件名】学習教材「でき太」事件
【年月日】平成28年2月8日
 大阪地裁 平成26年(ワ)第6310号 商標権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成27年12月10日)

判決
原告 株式会社システムラーニングインステイテユート
原告 P1
上記2名訴訟代理人弁護士 西村勇作
同 犬飼一博
被告 株式会社でき太の会
同訴訟代理人弁護士 石井龍一


主文
1 被告は、算数・数学に関する教材に別紙被告標章目録記載の標章を付し、又は同標章を付した算数・数学に関する教材を販売し、もしくは販売のために展示してはならない。
2 被告は、被告が運営するホームページに記載している別紙被告標章目録記載の標章に関する部分を削除せよ。
3 被告は、別紙被告学習材目録記載の算数・数学に関する教材を複製し、頒布し又は公衆送信(送信可能化を含む。)してはならない。
4 被告は、別紙被告学習材目録記載の算数・数学に関する教材を廃棄せよ。
5 被告は、原告株式会社システムラーニングインステイテユートに対し、808万4725円及びこれに対する平成26年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告は、原告P1に対し、22万5275円及びこれに対する平成26年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 原告株式会社システムラーニングインステイテユート及び原告P1のその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は、原告株式会社システムラーニングインステイテユートと被告との間に生じた費用についてはこれを100分し、その3を原告株式会社システムラーニングインステイテユートの負担とし、その余を被告の負担とし、原告P1と被告との間に生じた費用についてはこれを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告P1の負担とする。
9 この判決は、第5項及び第6項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 主文1ないし4項と同旨
2 被告は、原告ら各自に対し、831万円及びこれに対する平成26年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、算数・数学のプリント教材を開発・作成してその著作権を有する原告株式会社システムラーニングインステイテユート(以下「原告会社」という。)と別紙商標権目録記載の商標(以下「原告商標」という。)の商標権者である原告P1が、従前、被告代表者P2との間で、同人に対して学習塾向けに同教材の販売を委託する契約を締結するとともに、同教材を複製し、原告商標と同一又は類似の商標を付して一般家庭に販売することを許諾する内容の契約を締結していたが、P2による債務不履行行為又は信頼関係破壊行為を理由として、P2との間で締結した契約をいずれも解除したことから、これら契約解除後のP2及びP2の事業を承継した被告による同教材の複製販売行為は、原告らの著作権侵害及び商標権侵害に当たると主張して、被告に対し、これら侵害行為の差止め、被告の教材の廃棄等並びに著作権侵害及び商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求として、上記の解除後である平成16年8月1日から本件訴訟提起日である平成26年7月8日までの間に原告らに生じた831万円の損害賠償金及びこれに対する上記不法行為期間後の平成26年7月31日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金について、連帯債権として支払請求した事案である。
2 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 原告ら
 原告P1は、昭和55年頃から、原告商標を付した算数学習用のプリント教材(でき太のプリント)の作成を行っていた。
 原告会社は、原告P1が代表者を務め、昭和57年12月16日に設立された株式会社であり、教育に関する書籍、教材、教具その他の関連用品の企画、製作および販売を行うことを主な目的としている(甲1)。原告会社は、昭和62年頃、でき太のプリントを使用して「でき太の算数・数学」という教材(以下「原告学習材」という。)を学習塾向けに商品化することを検討し、販売を開始した。原告学習材は、別紙被告学習材目録と同様に、算数及び数学について段階的に学習できるようにした一揃えのプリント教材である。
 原告P1は、原告商標について商標権を有しており(甲4、5)、原告会社は、原告学習材の著作権を有している。
(2) 被告
 被告は、従前、P2が行っていた事業を、その権利義務を含めて包括的に承継して、平成22年5月24日に設立された、教材・教具の企画、制作、販売及び卸売りを行うことを業とする株式会社であり、P2が代表取締役を務めている(甲2)。
(3) 原告会社と被告との取引の経緯
ア 昭和62年9月頃、原告会社とP2は、学習塾向けに、原告学習材一揃え(算数2700枚程度、数学1300枚程度)を1セットとして、そのマスターシートを自塾内で自由に複製使用し得る形態での販売を開始することとし、具体的には、原告が、原告学習材をP2に送付し、営業活動や原告学習材の発送など、実際の販売行為はP2において行うという内容の継続的契約を締結した(なお、この契約が販売業務委託契約であるのか単なる売買契約であるのかについては争いがある。以下「本件塾向け契約」という。)。
イ P2は、同年9月、「でき太の会」を設立し、平成3年頃から、原告学習材を複製し、原告商標に類似した標章を付したものを一般家庭向けの教材として作成し、これを一般家庭に販売し始めた(甲8、弁論の全趣旨)。原告らはこれを、少なくとも事後的には承諾し、これにより、一般家庭向け教材への原告商標の使用及び原告学習材の複製使用を許諾した(以下「本件許諾契約」という。)。
ウ P2は、一般家庭向け販売につき、販売した学習材1枚につき2円を支払うことを提案し、実際に、平成4年4月から平成9年12月頃まで、原告会社に対して支払をしていた。
エ 原告代表者P1は、被告に対し、平成11年9月8日発送の内容証明郵便で、原告会社と被告との信頼関係が被告の行為により破壊されたとして、原告学習材のセット販売及び自宅学習会という形での学習材の普及販売を禁じる旨を通知した(甲7)。
(4) 被告の行為
ア 被告は、平成16年8月1日以降、現在に至るまで、原告学習材を複製し、別紙被告標章目録記載の標章(以下「被告標章」という。)が付された一般家庭向けの通信学習用の教材(別紙被告学習材目録記載のとおり。以下「被告学習材」という。)の作製を継続し、「でき太の算数・数学自宅学習会」という名称にてインターネット上で算数・数学に関する教材の通信販売等を行っている(甲2,甲3(枝番号を含む)、甲8)。また、被告は、自社のホームページ上にも被告標章を掲載している(甲3(枝番号を含む))。
イ 被告学習材は、著作物である原告学習材を複製して作成されたものであり、被告標章は、原告商標と類似する。
3 争点
(1) 本件許諾契約の解除の成否(争点1)
(2) 権利失効の原則の適用の有無(争点2)
(3) 平成16年8月1日以降、本件訴訟提起までに、被告による商標権侵害、著作権侵害により原告らに生じた損害(争点3)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 本件許諾契約の解除の成否(争点1)
(原告らの主張)
ア 解除原因
(ア) 信頼関係破壊
 平成8年頃、被告が原告らに無断で、「P3」という学習塾を経営する株式会社アルタック(以下「アルタック」という。)との間で原告学習材の分冊発行・販売に関する覚書(甲6)を締結していたことが発覚した。原告学習材は、もともと学習塾向けに一括販売することを予定していたものであり、アルタックによって分冊発行されたものが学習塾に販売されることは許容する余地のないことであった。
 また、被告はアルタックとの間で覚書を締結した段階において、原告らの承諾を得ておらず、アルタックに対し、原告学習材の分冊を認める内容を含む同覚書が、原告会社の著作権を侵害するものであることを認識していた。
 さらに、中国のP4という学習塾において、原告に無断で原告学習材が使用されていることが発覚しており、被告が原告らに無断で販売したことが明らかである。
 以上のような被告の行為は、原告らと被告との信頼関係を破壊するものであり、解除原因となる。
(イ) 債務不履行
 原告らと被告との合意内容は、原告学習材の学習塾向け一括販売及び一般家庭向けの個別複製・販売許諾であった。しかし、被告は、アルタックという第三者に原告学習材を分冊させ、これを通じて、他の学習塾に対する原告学習材の分冊発行・販売を行った。このような被告の行為は、原告らとの合意内容を逸脱したものであり、債務不履行に当たる。
イ 解除の意思表示
 原告会社は、被告に対し、平成11年9月8日付けの内容証明郵便にて、「でき太」の学習材のセット販売ならびに自宅学習材という形での学習材の普及販売の禁止、原告会社の著作権等の使用禁止の申入れを行い、本件塾向け契約及び本件許諾契約について、債務不履行又は信頼関係破壊を原因とする契約解除の意思表示をした。
ウ 解除の効力
 本件許諾契約は、主たる契約である本件塾向け契約の付随的契約にすぎない。
 したがって、主たる契約である本件塾向け契約が、被告の債務不履行又は原告らと被告との間の信頼関係の破壊を原因として契約解除となる以上、付随契約にすぎない本件許諾契約も当然に契約解除となる。よって、前記内容証明郵便が到達した時点で原告らと被告の全ての契約について解除の効力が生じているものである。
(被告の主張)
ア 平成8年、被告の塾向け教材の販売先であるアルタックが経営するP3に被告が納入していた教材につき、同塾が自塾での使用を目的に複製、簡易製本したことを原告P1が問題視し、覚書の文案を自ら作成してアルタックと被告に記名押印するように求めたものである。
 被告は、アルタックによる分冊発行には関与しておらず、また、覚書も、原告P1に求められて記名押印したものであるから、債務不履行行為も信頼関係破壊行為も存在しない。
 P4において原告学習材が使用されていたとしても、被告のあずかり知らぬことである。
イ 解除の意思表示は争う。原告会社から送付された内容証明郵便の記載のどこにも、原告らと被告間の契約関係は明示されていないし、これを解除する旨も明示されておらず、そのように解釈することもできない。また、これに対する反論として、被告は乙8の書面を送付したが、原告らからこれに対する応答は一切なく、その後も原告らから被告の事業遂行に関し何らの異議も述べられなかったのであるから、被告による原告商標等の使用を認めないとの意思が原告側から示されたと評価することはできない。
ウ 争う。
(2) 権利失効の原則の適用の有無(争点2)
(被告の主張)
 原告らは、商標権侵害、著作権侵害と主張する行為を被告が継続していることを知りながら、長年にわたってこれに対する異議や法的請求を一切しなかったのであるから、権利失効の原則に基づき、本件請求はいずれも権利の濫用として許されないものである。
(原告らの主張)
 争う。原告らは、これまで一貫して被告の著作権及び商標権侵害行為について問題視しているのであり、被告において、原告らが権利行使しないと信頼することはあり得ない。したがって、権利失効の原則の適用は認められない。
(3) 平成16年8月1日以降、本件訴訟提起までに、被告による商標権侵害、著作権侵害により原告らに生じた損害(争点3)
(原告らの主張)
ア 原告会社は、被告より平成4年1月から平成9年12月までの間、合計95万5764円の許諾料の支払を受けていた(甲14)。平成27年2月9日付け被告作成準備書面2ページによれば、被告は原告会社に対し、5%の複写権料(1枚につき2円)の支払を行っていたとのことであるが、上記期間中に実際に支払われていた許諾料からすると、当該期間中の総売上額は1911万5280円(95万5764円÷5%)となる。
 したがって、被告の売上額は、1か月あたり26万5490円、年間318万5880円を下らない。
イ また、被告は、平成27年3月16日付け準備書面において、一般家庭向けの教材販売を約60名の会員に継続して販売しており、その販売価格は1件あたり月額平均約2000円程度と主張している。
 この数字を前提とすれば、1か月あたりの売上額は少なくとも12万円、年間にすれば144万円となる。
ウ なお、被告の売上げ資料自体が信用できないものであるが、仮に被告の売上げ資料を前提としたとしても、平成25年度の売上額である70万7060円の売上げが平成18年度以降平成25年度に至るまで最低限継続していたものと推測される(なお、被告は平成22年5月にこれまでの「でき太の会」を法人化している以上、事業規模が年々縮小していたとは考えにくい。)。また、被告の事業は、各学年に対応した算数・数学の教材販売であり、毎年顧客の変動はほとんどないはずである(例えば、1学年進学すれば、次の学年に対応した教材が必要となることになる。)。
 そうすると、平成18年8月以降平成27年10月に至るまで、1か月あたり5万8921円、年間70万7060円の売上げがあったものと合理的に推測される。
エ 以上のとおり、被告の売上げは年間318万5880円を下らないところであるが、年間144万円、さらには年間70万7060円よりも売上げが下回ることはないことも予備的に主張する。
オ 被告の行為と相当因果関係のある弁護士費用は、75万円である。
カ 被告は、種々の経費を利益から控除すべきとしている。しかし、被告が主張する粗利益とは、売上額から製造原価を控除したものであるところ、本件において製造原価として控除すべき費目が存在するとしても、原告学習材を複写するための実費及び送料しか認められない。
 仮に限界利益で考えた場合、被告が挙げている費目のうち、複写機リース料、複写機カウンター料金、電気料金、発送業務・事務管理費バイト料については、控除すべき費目とはならない。
 よって、被告の利益率は、少なくとも70%を下らないものである。
キ 以上より、平成16年8月から本件訴訟提起に至るまでの被告の売上げ総額に利益率70%を乗じ、弁護士費用75万円を加えた合計額が原告らに生じた損害となるところ、同金額が831万円を下回ることはないから、原告らは被告に対し、不真正連帯債権として同金額を請求する。
(被告の主張)
 争う。被告の平成25年以降の売上げ及び粗利益は、次のとおりである。
ア 売上げ
 平成25年度 70万7060円
 平成26年度 65万5780円
 平成27年度(9月まで) 47万7220円
イ 粗利益 15%
 複写権使用料5 % 、 複写機リース料1 0 % 、文具費( 主として紙代)10%、複写機カウンター料金10%、電気料金5%、発送・通信費15%及び発送業務・事務管理費バイト料30%は、経費として売上げから控除されるべきであるから、粗利益は15%である。
第3 争点に対する当裁判所の判断
1 争点1(本件許諾契約の解除の成否)について
(1) 証拠によれば、次の事実が認められる。
ア アルタックは、被告の塾向け教材の販売先であり、「P3」という学習塾を経営していた(被告代表者P2)ところ、でき太の会(P2)とアルタックは、平成8年2月1日付で「覚書」を作成した。同覚書には、次の定めが含まれており、その末尾には、でき太の会(P2)とアルタックの記名押印がある(甲6、以下、この覚書を「本件覚書」という。なお、以下の本件覚書の引用では、「甲」を「P2」、「乙」を「アルタック」と読み替えて引用する。)。
 「P2とアルタック…は、株式会社S.L.Iが開発した本格的自主個別学習教材『でき太のさんすう』(以下「本著作物」という。)のよりよき活用を促進する試みとしての分冊発行に関して、以下の各条項を遵守することを確認した。」
 「第1条(著作権の尊重)
 分冊発行を試みる本著作物は、株式会社S.L.I.の独創的ノウハウに基づく著作物であることを尊重し、本覚書による措置は著作権使用契約に至る過渡的なものであり、有効期限の2年を経過した時点で、著作権者を交えた契約をすることを確約する。」
 「第2条(発行販売権の設定)
 P2は、本著作物の分冊発行権、販売権をアルタックに対して設定する。」
 「第3条(著作権使用料および発行販売権料)
 アルタックはP2に対して、本著作物の著作権使用料および発行販売に関する料金として、分冊テキストは販売価格の15%、解答集は販売価格の10%を支払う。」
イ そのころ、アルタックは、原告学習材の分冊教材を作成し、徳島県で学習塾を経営するP5のところに、分冊を使えば塾内でコピーする費用や労力が不要になるとして数冊を提供した。また、アルタックは、北京の日本人子女向けの学習塾であるP4で分冊教材を販売することを企図し、P4に分冊教材の見本を提供したところ、P4は、「でき太の算数教室」を特別コースとして設け、その旨宣伝した(甲12)。
 原告らは、かつて原告学習材を使用していた生徒から、同人の赴任先の北京でのP4の件を聞き、同人を通じてパンフレット(甲12)や実際の分冊教材(甲8)を入手した。また、原告らは、P5から、本件覚書と分冊教材を入手した。
(以上、証人P6、被告代表者P2)
ウ 平成11年9月8日、原告会社代表者の原告P1はP2に対し内容証明郵便を送付した。同書面には、原告会社に無断で、P2がアルタックとの間で本件覚書を作成した上、原告学習材の分冊を販売、発行している事実が第三者からの通報とP2への確認により発覚したこと、それに対してP2は、本件覚書の有効期限2年の経過による取引終了次第、解決を図ると応じたこと、そのことによって、P4が原告学習材の分冊を使用していることを指摘し、このようなP2の行為とそれによってもたらされた結果により信頼関係が破壊されたことを理由に、@アルタックとの関係についての事後処理、A「でき太の会」事務局及び同会の代表の名称使用、第三者への譲渡禁止、B原告会社の承諾なく、「でき太」の学習材のセット販売及び「自宅学習会」という形での学習材の普及販売することの禁止、C原告会社の著作権、商標権侵害の禁止、D原告会社及び原告P1の活動の妨害禁止を求める内容の記載があった(甲7)。
エ 平成11年9月10日、P2は原告会社の原告P1に対し、「通知書」を送付した。同書面には、P3は、原告学習材を分冊にしたものを、塾生に対してしか配布していないはずであること、平成11年9月8日付けの原告会社代表者の原告P1からの内容証明郵便記載の内容については承伏しがたいため、法廷での解決しかないことなどが記載されていた(乙8)。
オ 平成16年8月頃、原告会社のもう一人の代表者であるP6は、P2に対し、次の(ア)ないし(エ)を内容とする合意を提案した(乙9、証人P6)。
(ア) 「でき太の算数」の分冊製作に関連したアルタックの件については解決済みとする。
(イ) 原告会社は、平成10年から平成16年現在に至る複写権料は請求しない。
(ウ) でき太の名称及びキャラクターは、原告会社の登録商標であるから、これを侵害するような活動はしない。
(エ) 旧版「でき太の算数」について、商標権を侵害するいかなる形の改変(分冊の作成など)も行わない。
カ 同年9月20日、P6はP2に対し、合意文書案を作成したいので、少し時間がほしい旨のメールを送付した(乙10)。
キ 同年10月4日、P2はP6に対し、合意に向けて、原告らに認めてもらいたいことなど、条件を記載したメールを送付した(甲11の1、2)。
ク 同月5日、P2はP6に対し、過去のことを不問に付すのは相当ではないことと、「複製権料は今お支払いはしませんが、先日お約束した8月分からのお支払額は、当方で預かりの形をとっておきます。」等と記載したメールを送付した(甲11の3)。
ケ 前記キ、クのメールを受けたP6は、同日頃、P2に対して、これ以上の交渉をしても意味がないとして、交渉を打ち切る意思を伝えた(甲13)。
コ 原告らは、被告に対し、平成25年10月17日付けの通知書を送付した後、平成26年7月8日に本件訴訟を提起した(乙12)。
(2) 以上の経緯について、被告は、平成8年頃、アルタックの経営するP3にP2が納入していた原告学習材につき、P3が自塾で使用するために複製、簡易製本し、分冊にしたことを原告P1が問題視した上で、当該分冊発行に関し、アルタックとP2との権利関係を明確にする必要があるとして本件覚書の文案を自ら作成し、アルタックとP2に記名なつ印するよう求めたものであると主張し、被告代表者P2も、本件覚書について、その記載内容や、当事者をアルタックとP2とすることには異議があったが、原告P1に強いられて署名せざるを得なかったと供述する。
 しかし、まず、先に認定したアルタックによるP5及びP4への分冊教材の提供は、明らかに分冊教材の売込みと認められるものであり、アルタックがP3内での使用のために分冊化したのを原告らが問題視したとは認められない。
 また、被告代表者P2の供述によっても、当時、原告P1は、アルタックによる原告学習材の分冊発行を問題視していたというのであるが、そうであれば、権利者である原告らとアルタックとの間で覚書を作成することとするのが通常であり、そうであってこそ原告らの権利保護に資するにもかかわらず、本件覚書が作成されたのは、前記のとおり、P2とアルタックとの間においてである。
 また、本件覚書の内容も、期間を限定してはいるものの、分冊化を「よりよき活用を促進する試み」とした上で、アルタックによる分冊販売を許諾する内容になっており、しかも、その対価としての使用料は、原告らではなくP2が受け取ることとされているのであって、原告P1が問題視していた分冊化を逆に推進するものとなっているばかりか、P2のみが分冊化による収益を享受する内容となっている。
 このように、本件覚書は、原告らの方針に反する上に、原告らにとって何らの利益ももたらさない内容となっており、原告P1がわざわざこのような文案を作成し、P2及びアルタックに記名押印させたとする被告の主張は、およそ合理性を欠くといわざるを得ない。
 また、P2がアルタックによる分冊販売には何ら関与していないのであれば、本件覚書に押印する合理的理由など見当たらないところであるが、P2は、本件覚書に押印した理由について、原告P1に迫られたのでやむを得なかったという以上の合理的な説明をしていない。
 さらに、P2が、P2とアルタック間での本件覚書作成を問題視する内容の、前記(1)ウの通知を受領した際、原告らに対して、同覚書作成は原告P1の指示でしたものである旨の反論等をした事実は認められず、この点からも、本件覚書作成経緯に係る被告の主張は不自然である。
 以上からすれば、本件覚書作成経緯についての被告の主張は不自然かつ不合理なものであり、これを採用することはできない。
(3) 他方、上記の経緯について証人P6が証言する内容は、かつての生徒からP4の件を教えられて分冊を入手し、P5からも本件覚書と分冊を入手したことから、P2が原告らに無断で本件覚書を作成し、分冊化をしたことが明らかになったというものであるが、これは前記(1)イで認定したアルタックの分冊化の事実、前記(1)ウの内容証明郵便や同オの提案内容とよく整合しており、信用し得るものである。なお、前記(1)ウの内容証明郵便は、原告らがアルタックによる分冊化の事実を認識した頃から2年以上経過した後にされているが、その中にあるとおり、原告らがP2に対して善処を求めたところ、P2が本件覚書の有効期間の2年間の経過による取引終了次第、解決を図ると応じたのだとすれば、原告らがその期間が経過する頃まで強い対応を控えていたというのも不合理ではない。
 よって、本件覚書については、文案も含め、P2及びアルタックが作成したものであり、P2は、自らアルタックとの間で覚書を交わした上、アルタックが原告学習材を分冊化して複製することを認識しながら、これを無断で許諾して自己の収益を得ることとし、その結果、アルタックが、被告標章の付された原告学習材の分冊教材をP4等に売り込んだと認めるのが相当である。
 そして、原告学習材の本件塾向け契約及び本件許諾契約では、その継続的契約としての性質上、P2は、原告らに対し、原告学習材に化体された原告らの著作権及び商標権を保護すべき信義則上の義務を負うとともに、その保持は、契約の基礎となる信頼関係の中核をなすものと解するべきところ、上記のP2の行為は、原告商標及び原告学習材の使用・改変を無断で許諾して自己の収益を得ようとするものであり、この信義則上の義務に違反するとともに、継続的契約の基礎にある信頼関係を著しく破壊するものというべきであって、それらの契約の無催告による解除原因となると解するのが相当である。
(4) そして、原告会社の代表者である原告P1は、前記(1)ウのとおり、平成11年9月8日に送付された通知において、原告会社の承諾なく原告学習材のセット販売及び「自宅学習会」という形での学習材の普及販売を禁止する旨通知しているところ(同B)、「自宅学習会」とは、P2が一般家庭用に被告学習材を販売する際に使用する名称であること(甲3(枝番号を含む)、乙6)からすれば、原告らとしては、P2による信頼関係破壊行為を理由に、本件塾向け契約及び本件許諾契約を解除する意思表示をしたものと認めるのが相当である。
(5) よって、本件塾向け契約及び本件許諾契約は、同通知書がP2に到達した平成11年9月8日頃に解除されたと認められる。
2 争点2(権利失効の原則の適用の有無)について
 被告は、平成11年9月に原告らとの本件塾向け契約及び一般家庭向けの本件許諾契約が解除されたのだとしても、その後、長期間にわたって原告らが権利行使をしなかったことを理由に、権利失効の原則の適用を主張する。
 しかし、前記1(1)の認定のとおり、原告らは、平成11年9月に被告に対する本件塾向け契約及び本件許諾契約解除の意思表示をした後、平成16年に、P2による著作権及び商標権侵害行為があったことを前提として、本件解決についてP2との間で交渉をしている。
 また、原告らは、平成16年10月に交渉が打ち切られた後、平成25年10月に至るまで、9年間にわたって、P2及び被告に対し何らの請求もしなかったものであるが、従前、原告らがP2の行為を問題視し、それを具体的に指摘しながら交渉を続けていた経緯や、交渉決裂時に、原告らにおいて、P2の言い分を認めるとか、P2に対して今後何らの請求もしないといった意向を示したような事情が認められないことに照らせば、本件においては、P2及び被告が原告らから本件請求を受けることはないと正当な信頼を有するに至る特段の事情は認められない。
 よって、本件に権利失効の原則の適用は認められない。
3 以上より、平成11年9月8日頃以降、P2又は被告が、原告学習材を複製した上で被告標章を付した被告学習材を販売した行為は、原告らの著作権侵害及び商標権侵害となる。
 そして、被告は、本件訴訟提起後も、原告学習材を複製し、被告標章を付した被告学習材を販売しており、また、その運営するホームページ上に被告標章を掲載しているものであり、これら事実に、被告の応訴態度など本件に現れた一切の事情を考慮すると、被告学習材の販売等の差止めに加え、これら教材の廃棄及びホームページ上の被告標章目録記載の標章の削除を命じる必要性も認められる。
 また、前提事実記載のとおり、P2の行為により生じた債務を被告が承継したことについて当事者間に争いがないことから、原告らは、同日以降に生じた損害の全てを被告に対して請求することができる。
4 争点3(平成16年8月1日以降、本件訴訟提起までに、被告による商標権侵害、著作権侵害により原告らに生じた損害)について
(1) 著作権侵害による原告会社の損害について
ア 原告らは、平成4年1月から平成9年12月までにP2から支払を受けた許諾料をもとに逆算すると、被告の売上高は、年間318万円を下らないと主張する。
 しかし、原告らがP2から支払を受けていた前記期間最終日から損害賠償請求の起算日である平成16年8月まででも既に7年程度が経過しているところ、それにもかかわらず、一般家庭向けの教材販売の対象となる会員数が、平成4年ないし平成9年当時と同数であることを認めるに足りる的確な証拠はないことから、これを認めることはできない。
イ 他方、被告は、平成27年3月時点において、一般家庭向けの教材販売を約60名の会員に継続販売しており、その販売価格は、1件当たり月額平均2000円程度であることを自認している(平成27年3月16日付け被告準備書面)ところ、これを前提とすると、被告の売上げは、少なくとも月額12万円であると認められる。
(計算式)2000円×60件=12万円
 そして、被告の主張によっても、平成25年ないし平成27年において売上げに有意な変化はなく、また、平成16年から平成24年までの期間の売上げが、それ以降の売上げに比して顕著に少なかったというべき事情も認められないことから、損害賠償請求期間である平成16年8月以降本件訴訟提起日である平成26年7月8日に至るまでにおいて、被告又はP2の売上げは、月額12万円、年間144万円であったと推認するのが相当である。
 これに対し、被告は、平成25年以降の売上げを示す証拠として集計表(乙13)を提出し、その売上げについて、平成25年は70万7060円、平成26年は65万5780円、平成27年(1月ないし9月)は47万7220円であると主張するが、同集計表は、当裁判所に証拠提出するために、被告が改めて作成したものであり、その裏付けとなる資料の開示がなされていないばかりか、被告は、原告らによる開示請求にも応じなかったことからすると、同集計表の内容を信用することはできず、これを基礎とする被告の主張を採用することはできない。
ウ 著作権法114条2項にいう「利益」とは、侵害による売上高から、その販売に追加的に要した費用を控除した額(限界利益)と解するのが相当であり、侵害品の売上げによって追加的に要しなかった経費は控除すべきではない。
 本件においては、少なくとも、複写権使用料として5%、文具費(主として紙代)として10%、発送・通信費として15%を経費として控除すべきことについて、原告らは明らかに争っておらず、このとおり認められる。
 被告は、さらに、複写機リース料等も経費として控除すべきであり、利益率は15%であると主張するが、その裏付けは何ら提出されておらず、被告主張に係る経費が追加的に必要となった直接経費に該当すること及びそれら経費が被告主張の率であることを認めるに足りる証拠はない。
 よって、本件における利益率は、前記争いのない経費を控除した70%と認めるのが相当である。
 以上より、平成16年8月1日以降本件訴訟提起日である平成26年7月8日に至るまでの間に、P2及び被告が著作権侵害により得た利益の額は1001万6482円と認められ、原告会社については著作権法114条2項に基づき同額の損害が生じたものと推定される。
 (計算式) (1円未満四捨五入)
 144万円×(9 年+342日/365日)×0.7=1001万6482円
 また、被告による侵害行為と相当因果関係が認められる弁護士費用は、原告らの主張どおり、75万円と認めるのが相当である。
 したがって、原告会社に生じた損害は、合計1076万6482円と認められる。
(2) 商標権侵害による原告P1の損害について
 原告らは、原告P1に生じた損害の額について、商標法38条2項に基づく主張をする。しかし、弁論の全趣旨によれば、原告P1自身は、平成16年8月以降、少なくともP2ないし被告と競合する事業活動を行ってきていないと認められ、原告P1において、被告の侵害行為がなければ被告が事業活動によって市場から得たのと同質の利益を得られただろうとは認められないから、商標法38条2項はその適用の前提を欠くというべきである。そして、他に原告P1に生じた損害(弁護士費用を除く。)の額についての主張立証はない。
 他方、前記のとおり原告P1の商標権に基づく差止請求は理由があるところ、原告P1は、被告の商標権侵害の不法行為により差止請求に係る本件訴訟を提起せざるを得ず、そのために弁護士に訴訟追行を委任する必要があったと認められるから、差止請求のための弁護士費用は被告の不法行為と相当因果関係を有する損害と認めるのが相当である。そして、本件での差止請求のための弁護士費用相当額としては、30万円と認めるのが相当である。
(3) そして、以上の原告らの損害は、原告ごとに各別に発生したものであるから、原告らの損害賠償請求権を連帯債権と解するのは相当でないが、本件における原告らの請求は、両者併せて831万円及びこれに対する遅延損害金の額の限度で支払を求める趣旨であると解されることからすると、本件では、原告ら各自について、請求上限の831万円を次のとおり按分した額及びそれらに対する遅延損害金の額の限度で認容することとするのが、上記の請求の趣旨に合致するものというべきである。
 よって、原告会社については808万4725円、原告P1については22万5275円の限度で請求を認容することとする。
 (計算式)(1円未満四捨五入)
 原告会社の損害
 83万円×1076万6482円/(1076万6482円+30万円)=808万4725円
 原告P1の損害
 831万円×30万円/(1076万6482円+30万円)=22万5275円
5 まとめ
 以上の次第で、原告らの差止め及び廃棄請求はいずれも理由があり、原告会社及び原告P1の損害賠償請求は前記の限度で理由があるが、原告会社及び原告P1のその余の損害賠償請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
 なお、主文第4項に対する仮執行宣言は相当ではないことから、これを付さないこととする。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 松宏之
 裁判官 田原美奈子
 裁判官 大川潤子


別紙 被告学習材目録
 被告作製に係る「でき太の算数」または「でき太の数学」と題する下記カリキュラムごとに分冊されている算数・数学の学習用教材


カリキュラム プリント枚数
()内は解答枚数
解答なし価格
(税込)
解答あり価格
(税込)
A教材(前半) 151枚(4枚) 6,040円
A教材(後半) 151枚(65枚) 6,040円 7,340円
B教材(前半) 176枚(176枚) 7,040円 10,560円
B教材(後半) 178枚(178枚) 7,120円 10,680円
C教材(前半) 140枚(140枚) 5,600円 8,400円
C教材(後半) 138枚(138枚) 5,520円 8,280円
D教材(前半) 164枚(164枚) 6,560円 9,840円
D教材(後半) 161枚(161枚) 6,440円 9,660円
E教材(前半) 187枚(187枚) 7,480円 11,220円
E教材(後半) 166枚(166枚) 6,640円 9,960円
F教材(前半) 112枚(112枚) 4,480円 6,720円
F教材(後半) 102枚(102枚) 4,080円 6,120円
G教材(前半) 135枚(135枚) 5,400円 8,100円
G教材(後半) 149枚(149枚) 5,960円 8,940円
H教材(前半) 180枚(180枚) 7,200円 10,800円
H教材(後半) 140枚(140枚) 5,600円 8,400円
I教材 118枚(118枚) 4,720円 7,080円
J教材(中1) 159枚(159枚) 6,360円 9,540円
K教材(中1) 273枚(273枚) 10,920円 16,380円
L教材(中1) 174枚(174枚) 6,960円 10,440円
M教材(中2) 221枚(221枚) 8,840円 13,260円
N教材(中2) 195枚(195枚) 7,800円 11,700円
O教材(中3) 172枚(172枚) 6,880円 10,320円
P教材(中3) 175枚(175枚) 7,000円 10,500円
Q教材(中3) 114枚(114枚) 4,560円 6,840円

別紙 被告標章目録<省略>
別紙 商標権目録<省略>
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日本ユニ著作権センター
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