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【事件名】上林暁作品集の編集著作権事件(2)
【年月日】平成28年1月27日
 知財高裁 平成27年(ネ)第10022号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成25年(ワ)第22541号)
 (口頭弁論終結日 平成27年9月24日)

判決
控訴人 X
被控訴人 株式会社幻戯書房
同訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 大井法子
同 杉浦尚子
同 雪丸真吾
同 芹澤繁
同 亀井弘泰
同 名畑淳
同 山本夕子
同 吉田朋
同 杉田禎浩
同 近藤美智子


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、別紙書籍目録記載の書籍の複製、販売をしてはならない。
3 被控訴人は、その所有する別紙書籍目録記載の書籍の在庫を裁断その他の方法で廃棄せよ。
4 被控訴人は、別紙書籍目録記載の書籍の版下のデジタルデータを消去せよ。
5 被控訴人は、控訴人に対し、238万円及びこれに対する平成25年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人は、自社の出版案内とホームページにおいて、控訴人に対する不法行為を説明した上で、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告文を掲載せよ(控訴人は、当審において、掲載を求める謝罪広告文の内容及び掲載要領を別紙謝罪広告目録記載のとおりに変更した。)。
7 第5項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、控訴人が、別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)は編集著作物であり、控訴人がその編集著作者であるところ、被控訴人による本件書籍の複製及び販売は、控訴人の有する編集著作物に係る著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害する行為である旨主張して、被控訴人に対し、@著作権法112条1項に基づき、本件書籍の複製及び販売の差止め、A同条2項に基づき、本件書籍の廃棄及びその版下データの消去、B著作権及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金238万円(印税相当額の損害38万円及び慰謝料200万円の合計額)及びこれに対する不法行為の後の日である平成25年9月14日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、C同法115条に基づき、編集著作者としての名誉及び声望の回復措置として謝罪広告等の掲載を求めた事案である。
2 原判決は、控訴人が本件書籍の編集著作者であるとは認められないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。
 そこで、控訴人が、原判決を不服として控訴したものである。
3 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 控訴人は、故甲T(筆名「甲T」。以下「故甲T」という。)の長女である甲Uの子である。
イ 被控訴人は、平成24年5月8日に設立された書籍雑誌の企画、編集、出版等を目的とする株式会社である。被控訴人は、同年10月1日、会社分割により有限会社幻戯書房の権利義務を承継した(甲30、乙1。以下、分割の前後を問わず「被控訴人」という。)。
(2) 故甲Tの著作物
 故甲Tは、私小説作家であり、別紙目次記載の「ツエペリン飛行船と默想」から「大山・升田三番勝負第二局千日手再指し直し局観戦記」までの作品合計125編を著述した。
 故甲Tは、昭和55年8月28日に死亡し、その長女である甲U及び二女である甲Vが、二次の相続を経て、故甲Tの著作物に係る著作権を取得した。
(3) 本件書籍の内容
ア 本件書籍は、その題号を「ツェッペリン飛行船と黙想」とし、目次、故甲Tの作品合計125編、控訴人が著述した「解題」、甲T略年譜、甲T著作目録及び初出一覧から構成されている。
 本件書籍の奥付には、「著者 甲T」と記載されているが、編者に関する記載はない(甲49)。
イ 故甲Tの作品125編は、別紙目次に記載のとおり、TないしYの項目に分類され、配列されている。TないしYの分類項目は、「T 創作(詩・小説)」、「U 随筆」、「V 評論・感想」、「W アンケート」、「X 自作関連」、「Y 観戦記」であり、各項内における作品の配列は、冒頭の「ツエペリン飛行船と默想」を除き、初出あるいは執筆の時期(推定を含む。)により年代順に配列するという方針に沿って、配列されている(甲1、49、51、乙20。なお、本件書籍には、「ほぼ年代順にまとめましたが、必ずしも厳密ではありません。」と記載されている。)。
(4) 本件書籍の発行等
ア 被控訴人は、平成24年12月9日、本件書籍を発行した。本件書籍の発行部数は2000部であり、その定価は3800円である。
イ 被控訴人は、平成25年3月19日、甲U及び甲Vに対し、本件書籍の印税として、各30万4000円(3800円×2000部×印税率8%×1/2)を支払った。また、被控訴人は、同日、控訴人に対し、本件書籍の「解題」の原稿料として、4万7500円を支払った(乙11〜13)。
4 争点
(1) 控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否か(争点1)
(2) 損害賠償責任の有無及び損害額等(争点2)
(3) 本件書籍が編集著作物ではない場合における、控訴人の被控訴人に対する差止請求等の可否(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否か)について
〔控訴人の主張〕
(1) 本件書籍が編集著作物か否かについて
 編集著作物の創作性は、一般の著作物の場合と同様に、高度の創作性は不要であり、素材の選択及び配列に編集者の何らかの個性が表れていれば足りるところ、本件書籍は、以下のとおり、編集著作物である。
ア 本件書籍は、未発表作品31編、故甲Tが脳溢血で倒れた後に左手で書いた原稿を判読した作品9編を含む125編から成る選集であり、その素材の選択には編集者の個性が表れている。
イ また、本件書籍において、素材である各作品は、「創作」、「随筆」、「評論・感想」、「アンケート」、「自作関連」、「観戦記」の6項目に分類され、配列されており、分類項目の配列、各作品をどの項目に分類するかという点及び各項目内における作品の配列には編集者の個性が表れている。
(2) 控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否かについて
 以下のとおり、控訴人が、本件書籍の編集方針を決定し、素材の選択及び配列を行い、題号を決定したものであり、控訴人が本件書籍の編集著作者である。
ア 編集方針
 被控訴人は、当初、故甲Tの日記を中心とした未刊行著作集とすることを企画していたが、故甲Tの著作権承継者から了解を得られず、日記の収録をあきらめた後は、これといった編集方針を有していなかった。
 他方、控訴人は、筑摩書房発行の「甲T全集」増補決定版(以下「全集」という。)に未収録の作品集とすることを企図し、被控訴人の担当編集部員であった甲W(以下「甲W」という。)を通じ、被控訴人に対し、編者が解説を書く必要があるという方針を示した。
 控訴人は、平成24年9月28日、甲Wから、解説の執筆を依頼された。被控訴人は、編集と解説は同一人が担当するという方針を理解した上で、控訴人に対して解説の執筆を依頼したものである。
 そして、控訴人は、同日までは、被控訴人に本件書籍の編集を委ねるつもりであったが、解説の執筆の依頼を受けたことから、それ以降は、自らが本件書籍の編集をすることにした。
イ 収録作品の収集と選択
 控訴人は、本件書籍を選集とすること、書かれた人のプライバシーと名誉に差し障るものを除外すること並びに全集に収録された作品及びこれと類似する作品を除くことという方針をとり、収録すべき作品を収集し、未収録作品の原稿及び全集を読み込んで両者を照合し、全集と同一又は類似の作品を仕分けることにより、収録作品を選択した。
ウ 収録作品の配列
 甲Wが作成した甲21の構成案は、著作年代別の作品リストにすぎず、項目分けも含めて、一冊の図書として購読者の購読に耐え得るものとはなっていなかった。
 そこで、控訴人は、収録作品を「創作(詩・小説)」、「随筆」、「評論・感想」、「アンケート」、「自作関連」及び「観戦記」の項目に分類し、各項目内では基本的に年代順に配列して、本件書籍を編集した。作品の初出又は執筆時期の特定及び推定を行ったのも控訴人である。また、この際、控訴人は、「自由詩と観戦記を両端に配置することで故甲Tの作品の幅の広さを示す」という編集意図に基づき、冒頭には、故甲Tの口語自由詩である「ツエペリン飛行船と默想」を配することとし、本件書籍の題号も同作品から採ることとした。また、末尾には、故甲Tの作品として意外性があると同時に、記録文学として話題性のある将棋観戦記を配することにした。これにより、控訴人は、甲21の構成案における配列を大幅に入れ替えた。
エ 被控訴人の関与の程度
 作品の収集、既に公刊されている作品との同一性又は類似性の判断、収録するか否かの判断を行ったのは、専ら控訴人であり、被控訴人の関与の程度は、原稿の打ち込み、校正原稿の打ち込み等の媒体作成、あるいは控訴人の手足としての関与にとどまる。
 控訴人から被控訴人に対し、最終配列案としてまとめて示した書面はないが、口頭や電子メール、ゲラの校正などを通じて、配列案を示し、これが本件書籍の配列に採用されている。控訴人は、再校ゲラの手交後に備忘のためにメモを作成したが(このメモを清書したのが甲22である。)、これを編集の過程で甲Wに示していなくても、何ら不自然ではない。
〔被控訴人の主張〕
(1) 本件書籍が編集著作物か否かについて
 本件書籍における素材の選択及び配列には、以下のとおり、創作性が認められないから、本件書籍は、編集著作物ではない。
ア 素材の選択
 本件書籍は、先行する全集の存在を前提として、未発表・未収録作品を収録することを選択の方針としており、このような方針に則った収録作品の選択は、誰がやってもほぼ同様の選択になることが明らかであるから、素材の選択に創作性は認められない。
イ 素材の配列
(ア) 分類項目の配列
 「T 創作(詩・小説)」、「U 随筆」、「V 評論・感想」については、先行する全集の順番にそのまま依拠したものであるから、その配列に創作性はない。「W アンケート」については、「V 評論・感想」に分類されていた作品群を独立させたものであるから、「V 評論・感想」の次に配置するのは自然であり、その配列に創作性はない。「X 自作関連」は、「U 随筆」、「V 評論・感想」の両方にまたがって分類されていた作品群を独立させたものであり、また、アンケートよりも後に独立が決まったものであるから、「W アンケート」の次に配置するのは自然であり、その配列に創作性はない。「Y 観戦記」は、他の作品とは異質なものであるから、異質なものを末尾に配列することはありふれており、創作性はない。
(イ) 分類項目内における各作品の配列
 各項目内における作品の配列は、初出あるいは執筆の時期により年代順に並べるという極めてありふれた配列であり、創作性はない。「ツエペリン飛行船と默想」の配列は上記配列方法の例外であるが、同作品は、故甲Tの未収録作品の中で唯一の詩作品であるから、これを他の一連の小説と区別して先頭に配列することはありふれた配列であり、創作性はない。
(2) 控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否かについて
 以下のとおり、本件書籍における素材の選択及び配列は被控訴人が行ったものであり、控訴人は、故甲Tの著作権承継者の代理人として、同人の作品の提供や収集に協力し、編集に関して一部意見を述べたにすぎない。
ア 編集方針
 全集に収録されていない作品を可能な限り網羅し、配列は年代順とするとの編集方針を決定したのは、被控訴人である。
イ 収録作品の選択
 被控訴人が、故甲Tの未収録作品のうち、どの作品を本件書籍に収録するかを最終的に選択した。
ウ 収録作品の配列
 被控訴人が、本件書籍の収録作品を「T 創作(詩・小説)」、「U 随筆」、「V 評論・感想」、「W アンケート」、「X 自作関連」及び「Y 観戦記」の項目に分類し、各項目内における作品の配列を初出又は執筆時期により年代順とすることを最終的に決定したものである。
 なお、甲Wは、甲21の構成案(平成24年9月28日付け)を作成し、控訴人に提示した後、平成24年10月18日頃までには、収録候補となっている作品を精読した上で、乙19の構成案を作成し、控訴人に提案した。
エ 控訴人の主張について
 控訴人は、本件書籍の編集著作者であることの根拠として、本件書籍の題号の選択について意見を述べ、その意見のとおり題号が決定した点を挙げるが、本件書籍の本質的特徴は、故甲Tの未収録作品のうちどの作品をいかなる順序で配列するかという点にあり、題号自体は、本件書籍の素材ではないから、その選択自体に創作性が認められるわけではない。
 また、甲Wは、平成24年6月27日、控訴人から、「編者が解説ないしあとがきを執筆する必要があるように思いますが」との記載のある電子メールを受け取ったが、収録作品が充分にあるかどうかが明らかでなかったので、これに対し返事をしなかったにすぎず、編者が解説を執筆するという控訴人の考えに同意したわけではない。
 なお、甲22は本訴提起後に作成されたものであるところ、その基になったというメモについては、証拠として提出されておらず、被控訴人がそのようなメモを控訴人から見せられたこともないから、存在するとは考え難い。
2 争点2(損害賠償責任の有無及び損害額等)について
〔控訴人の主張〕
(1) 故意過失の有無
 被控訴人は、本件書籍が編集著作物であり、その編集著作者が控訴人であることを知りながら又は過失により知らないで、編集著作者たる控訴人との間で出版契約の締結をしないまま、編集著作者として控訴人の氏名を表示しない本件書籍を刊行したから、編集著作物に係る著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)侵害につき、故意又は過失がある。
 したがって、控訴人は、被控訴人に対し、損害賠償並びに名誉及び声望の回復措置として謝罪広告等の掲載を求めることができる。
(2) 損害額
ア 著作権侵害
 本件書籍の定価は3800円であり、発行部数は2000部である。そして、編集印税は5%を下らないというべきであるから、控訴人の得べかりし利益は、38万円(3800円×5%×2000部)である。
イ 著作者人格権侵害
 控訴人が著作者人格権(氏名表示権)侵害により受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は、200万円を下らないというべきである。
ウ 過失相殺の主張について
 控訴人には、損害の発生につき、過失相殺されるべき過失はない。
〔被控訴人の主張〕
(1) 故意過失の有無
 控訴人は、本件書籍の発行に先立ち、自らが編集著作者である旨を主張したことは一度もなく、その発行後である平成25年1月30日になって初めて、編集著作物に係る著作権及び著作者人格権侵害の主張を始めた。
 被控訴人は、控訴人に対し、本件書籍の発行前に、初校ゲラ、再校ゲラ、奥付、カバー見本、本件書籍の見本を提供したが、控訴人からは、「立派な本になって大変満足しています」という電子メールを受領していたのであり、被控訴人が、控訴人の上記行動から、控訴人には本件書籍の発行につき何らの異議もないものと考えたことは無理からぬことであるというべきである。
 したがって、仮に、被控訴人による本件書籍の発行が、編集著作物に係る著作権(複製権、譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)侵害に該当するとしても、過失がない。
(2) 損害額
ア 争う。なお、編集印税が5%を下らないという控訴人の主張には、根拠がない。
イ 過失相殺
 仮に、被控訴人が損害賠償責任を負うとしても、前記(1)記載の事情に照らせば、控訴人は、本件書籍の発行前に自身が編集著作者であることを主張することは容易であったにもかかわらず、これをせず、損害を拡大させたというべきであるから、大幅な過失相殺がされるべきである。
3 争点3(本件書籍が編集著作物ではない場合における、控訴人の被控訴人に対する差止請求等の可否)について
〔控訴人の主張〕
(1) 編集契約違反
 仮に、本件書籍が編集著作物ではないとしても、控訴人は被控訴人との間で、平成24年10月15日、本件書籍の出版について編集契約を口頭により締結した。
 したがって、被控訴人は、本件書籍が編集著作物であるか否か、控訴人が編集著作者であるか否かにかかわらず、上記編集契約に基づき、控訴人を編者として扱う契約上の義務を負い、控訴人は、被控訴人に対し、編集著作者である場合と同等の請求をする権利を有する。
(2) 著作物利用許諾契約の錯誤無効
 また、仮に、本件書籍が編集著作物ではなく、かつ、控訴人と被控訴人との間の編集契約が無効であるとしても、被控訴人は、控訴人を故甲Tの著作権承継者の代理人として著作物利用許諾契約を締結するにつき、被控訴人が編者であることを知りながら、これを控訴人に通知せず、かえって、控訴人が編者であるかのように振る舞った。
 控訴人は、これにより、自身が編者であると誤信し、上記著作物利用許諾契約を締結したものである。
 したがって、控訴人が故甲Tの著作権承継者の代理人として締結した著作物利用許諾契約は、錯誤により無効である。
〔被控訴人の主張〕
(1) 時機に後れた攻撃防御方法
 控訴人の主張は、いずれも、弁護士に代理人を委任していた原審において主張することが容易かつ可能であった。
 したがって、控訴人の主張は、控訴人の故意又は重大な過失により時機に後れて提出されたものであって、かつ、これにより訴訟の完結を遅延させるものであるから、民訴法157条1項に基づき却下されるべきである。
(2) 前記(1)の点を措くとしても、以下のとおり、控訴人の主張は失当である。
ア 編集契約違反について
 控訴人と被控訴人との間で編集契約なるものが締結された事実はない。
イ 著作物利用許諾契約の錯誤無効について
 控訴人は、故甲Tの著作物につき著作権を有しない。また、動機の表示がないから、錯誤は成立しない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 前記前提事実に証拠(甲1〜21、31、34〜36、38〜40、49〜53、乙2、4、7、14〜20、原審証人甲W、原審控訴人本人。書証には枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍の発行に至る経緯について、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 被控訴人の編集部長であった甲X(以下「甲X」という。)は、平成22年5月頃、杉並郷土博物館で開かれていた「甲T展」を訪れ、故甲Tの未発表の原稿があることを知って、故甲Tの未発表の作品や全集未収録の作品の刊行を企画し、同年6月頃、被控訴人の編集会議において、上記企画が了承された。
 その後、上記企画については、甲Wが担当することになった。甲Wは、平成23年6月頃以降、故甲Tの文学資料に係る保存会の甲Y(以下「甲Y」という。)との間で、故甲Tの未発表作品や全集未収録の作品の収集について連絡を取ったが、収集可能な原稿の分量が少なかったため、上記企画の現実化の見通しは低かった。
(2) 甲Wは、平成24年4月頃、甲Yから、故甲Tの未公刊の日記帳が発見された旨の連絡を受け、同月22日、甲Yと共に、故甲Tの妹である甲Z(以下「甲Z」という。)宅を訪れ、故甲Tの日記帳4冊分のコピーを受け取った。
 そこで、甲Wは、改めて、故甲Tの作品刊行に係る企画案を提出し、被控訴人の編集会議において了承された。同企画に係る企画概要書(甲2)には、@企画の趣旨として、太平洋戦争時を軸とした日記を中心に、未発表、全集未収録の作品にて構成し、さらに解説、略年譜、全著作目録を付すことにより、当該書籍の故甲T作品の全体の中における位置を示し、既刊の全集に収録された作品等を新たに読み直す契機となるような一冊を目指すこと、A構成案として、「天沼雑記」(昭和14年から昭和21年までの日記)、「抜粋」(天沼雑記とほぼ同時期に書かれた書物及び雑誌から読書記録及び印象に残ったフレーズを抜粋したもの)、「第三冊目」(昭和20年9月から同年10月に書かれた主として妻の入院・介護生活を記録したもの)、「YEAR BOOK」(昭和36年4月、同年7月及び同年9月の日常が書かれたもの)、「全集未収録作品」(昭和30年代から晩年に書かれた、未発表、全集未収録の作品を年代順に構成)、「その他の全集未収録作品書誌」(本書に収録できなかった全集未収録作品の書誌データ)、「解説」、「略年譜」、「全著作目録」から構成すること、B書名は「天沼雑記(仮)」とすること等が記載されていた。
(3) 甲Wは、平成24年5月23日、甲Yら保存会の会員が同席する場で、故甲Tの著作権承継者の1人である甲Uの子であり、故甲Tの遺族の代表であるとする控訴人と会い、故甲Tの日記帳4冊及び未発表、全集未収録作品の出版企画について説明し、18作品から成る未発表、全集未収録作品構成案(甲52)を示した。控訴人は、甲Wに対し、故甲Tの著作権承継者に確認しなければならないが、おそらく日記帳の出版は難しいこと、故甲Tの遺族が著作権を有するので、勝手に出版企画を進められては困ることなどを述べたが、未発表、全集未収録作品の出版については、資料の整理収集を遺族の側で進めていきたいなどと述べ、平成24年内に出版物としてまとめることについては同意した。
 甲Wは、控訴人が著作権承継者の代理人的な立場で、以後の被控訴人とのやり取りを行うものと認識した。
(4) 控訴人は、平成24年6月頃から、甲Wに対し、収集した故甲Tの未発表、全集未収録作品を順次送付するようになった。控訴人は、平成24年6月中旬頃、全集未収録の「村の学校」と未発表の「停電」を送付したが、その際、「村の学校」は、夏葉社から入手したものであるが、同社が出版する随筆集に収録されるので、その発売までは秘密にしておきたいという要望がある旨伝えた。これに対し、甲Wは、「村の学校」については、他社の書籍に収録されるということであれば、被控訴人の書籍にはあえて収録しなくてもよいかもしれない旨返信した(乙16)。これを受け、控訴人は、甲Wに対し、夏葉社の書籍と被控訴人が出版する書籍とでは、方向性がかなり違うので、「村の学校」については、収録してもらわなければならないと思う旨を返信した(甲4)。
(5) 甲Wは、控訴人から、原稿の校正方針について、全集を補完するものであるから、全集に準じたものにしてもらいたい旨の電子メールの送信を受け(甲4)、平成24年6月22日、今回の企画は、故甲Tの作品に対する新たな視点を開くと同時に、資料的でありながら、一冊の読み物としても、読者に訴えることのできる企画とするべく、一冊の読み物としてスムーズに読むことのできる編集方針が必要であると考えていることから、原稿についてもバラツキを抑え、全体としてまとまりのある方針が必要であると考えていることなどを返信した(甲5)。
 控訴人は、同月25日、甲Wに対し、仮でもよいので、題号を決めて、書籍の方向性及びそれに合わせた校正方針を決めなければならない旨指摘するとともに、今回の企画による書籍の方向性として、「A…全集に準じるもの。資料集的な意味合いが濃い。旧漢字旧仮名を用いる。内容はさまざまであって構わない。完成度も問わない。」、「B…創作集や随筆集に準じるもの、または文庫など再編集版に準じるもの。読み物としての意味合いが濃い。旧漢字旧仮名にはこだわらない。本としてのまとまりが必要。」という二つの方向性を示し、控訴人としては、Aの方向性を思い描いているが、それに固執するつもりはなく、被控訴人において、作品を取捨選択し、上手くまとめることができるのであればBでもよいと思っていること等を述べ、明確なコンセプトを示して欲しい旨の電子メールを送信した(甲6)。これに対し、甲Wは、同月26日、控訴人に対し、書籍のコンセプトとしては、一般の読者に向けて、他社の書籍とも異なる形で、故甲Tの新たな面に光を当て、読み直しを促すような、資料的でありながら読み物としても読むことができる単行本としたいと考えること、その意味で控訴人の提示したA案とB案の折衷的な位置付けにあること、題号としては「天沼雑記」を構想していたことを伝えるとともに、故甲Tの日記を中心とした単行本の出版が可能かどうかを尋ね、これが不可能な場合は、可能な限り控訴人の示したB案を目指したいと考えており、未発表又は全集未収録の作品のみで一冊に足りる原稿の分量があるか、作品が揃った段階で構成や方針、タイトル等を提案したい旨の電子メール(甲7)を送信した。
 控訴人は、同月27日、甲Wに対し、日記については著作権承継者である甲Uと話し合ったが、書籍への収録は許諾しないという結論になったこと、B案の方向で進めるということであれば、「抜すい」、未発表、未収録から好きなものを選んで、好きな文字表記で出版して構わないことを伝えると共に、「編者が解説ないしあとがきを執筆する必要があるように思いますが、それはそちらでやっていただくことになろうかと思います。」等と記載した電子メール(甲8)を送信した。
 甲Wは、同月28日、控訴人に対し、日記を出版しないことを了承したので、他の原稿について改めて提案したい旨を伝え、併せて、未発表、未収録の作品があれば教示してもらいたい旨の電子メール(甲3)を、前記(2)の企画概要書(甲2)を添付して送信した。
(6) 控訴人は、平成24年6月頃以降、故甲Tに関する資料等を管理していた甲Zの自宅で作品の原稿、雑誌や新聞の切抜きを探したり、甲T文学館から故甲Tの作品を取り寄せたりし、全集との重複の有無を確認し、執筆や発表の時期を特定し、これが明確でないものについてはこれを推定して、これら情報を収集した原稿と共に、順次被控訴人に提供した。控訴人は、同年8月30日には、随筆「女流画家」と「飢」序文を送信すると共に、随筆「女流画家」は、小説「女流画家」と同じものであると早合点していたが、小説の基になったもののようであり、発表時期は昭和31年前後と推定されるとの情報を提供し、また、「村の学校」の原型は全集に収録された「母校」であり、違いが少ないので、被控訴人の書籍に収録する必要はないかもしれないので確認してもらいたい旨伝える電子メールを送信した(甲35)。
 控訴人は、同年9月21日には、甲Wに対し、手元にある故甲Tの原稿を全て送付したこと、これで収集作業を打ち切りにする旨を伝える電子メール(乙15の1)を送信した。
(7) 甲Wは、平成24年9月28日、控訴人と打合せを行い、その際、控訴人に対し、控訴人から送付された故甲Tの原稿に基づき作成した構成案(甲21)を示すとともに、本件書籍の解説の執筆を依頼した。甲Wの示した上記構成案は、全集の分類を参考にしたものであり、故甲Tの作品117編を「T(創作的)」、「U(評論的)」、「V(随筆的)」、「アンケート」、「【保留中】」に分類し、分類した項目の中は、未発表のものを先に、既発表で全集未収録のものを後にして、それぞれ年代順に並べるという構成となっていた。
 控訴人は、解説の執筆を承諾した。控訴人は、本件書籍の編集を被控訴人に委ねていたが、解説の執筆を依頼された同日以降は、作品の配列について、希望や意見を述べることが多くなった。
(8) 控訴人は、平成24年10月5日、甲Wに対し、全体の構成について、全集では、「小説・戯曲・童話・俳句」、「随筆」、「評論・感想」、「日記」の順になっているが、アンケートは「評論・感想」に入っていること、今回の書籍では数が多いので、独立させるとして、その場合の順序は「評論・感想」のすぐ後がよいのではないか、将棋観戦記は他のものとは異質であり、分量もあるので、独立させたらよいのではないかとし、「1.小説・詩」、「2.随筆」、「3.評論・感想」、「4.アンケート」、「5.将棋観戦記」に分類すること、個々の作品については、再読して検討している途中であること等を内容とする電子メール(甲12)を送信した。
 これに対し、甲Wは、同日、控訴人に対し、構成については、被控訴人においても現在検討中であること、控訴人が指摘するとおり、観戦記は他の作品とはやや浮いているので、巻末に収録するのがよいかもしれないこと、「随筆」と「評論・感想」の順番については、「評論・感想」が文学関連であり比較的内容にまとまりがあるのに対し、「随筆」は題材が雑多であるので、「評論・感想」を先とした方が、狭い話題(文学)から広い話題(人生的なもの)へ、という流れが感じられるのではないかと考えていたこと、再度構成を練り直し、改めて提案すること等を伝える電子メール(乙18)を送信した。
(9) 控訴人は、平成24年10月8日、甲Wに対し、「評論・感想」には、作家論、作品論のみならず、時事評論や社会批判が含まれるべきであり、全集では実際に含まれているとして、「随筆」に分類されている「汎可能性の時代」等6編を「評論・感想」に移動した方がよいと考えること、小説か随筆かで迷う作品、随筆か評論かで迷う作品はあるが、小説か評論かで迷う作品はほとんどないことに加え、小説と随筆は、テーマが何であれ文学のジャンルとして認められているので、小説、随筆、評論の順の方がスムーズであると思うこと、どう分類するか迷っているものが他にいくつかあるので、検討して改めて提案することを内容とする電子メール(甲13)を送信した。
(10) また、控訴人は、同月9日、本件書籍の書名を「ツェッペリン飛行船と黙想」とすること、故甲Tの唯一の詩の作品であり、時代を偲ばせる内容となっていることから、この作品を巻頭に配し、以下は詩的なものから散文的なものへと順に並べていくような配列とすることを提案する内容の電子メール(甲14)を送信した。
 これに対し、甲Wは、同日、控訴人に対し、「「ツェッペリン飛行船と黙想」には深くうなりました。」と感想を述べると共に、詩の配列について悩んでいたので、控訴人からの提案を受けて、何度か読み込んだ結果、当初は、戦前のものであり、どこか戦意高揚的な響きもあり、この作品が表題作として冒頭にあると、読者に対して、超モダンなイメージが印象付けられ、それ以降の作品と乖離してしまうのではないかと考えていたが、タイトルのイメージ喚起力としてはとても素晴らしいので、書名を詩の配置と共に、練り直したいと考えていること、構成案については、前回の提案から大きく移動があるので再度確認させてもらいたいこと、控訴人から指摘のあった作品の分類の移動については了解したこと等を連絡する電子メール(甲9)を送信した。
(11) 控訴人は、平成24年10月11日、甲Wに対し、「今昔」は小説に分類し、「軽井沢回顧」等5編は「随筆」に分類するのがよいと思われる旨の電子メール(甲15)を送信した。
 これに対し、甲Wは、同月12日、控訴人に対し、「今昔」と「衣巻君・主治医」の分類の移動の件は了解したこと、しかし控訴人が「随筆」に分類するのがよいと指摘した他の作品については、控訴人とは異なる考えを持っていること、自作関連を独立させ、最後の分類項目とし、「T 創作」、「U 随筆」、「V 評論・感想」、「W アンケート」、「X 観戦記」、「Y 自作関連」と分類し、構成することを提案する電子メール(甲19)を送信した。なお、控訴人が「随筆」に分類するのがよいと指摘したものの、甲Wが異なる考えを持っているとしていた4作品は、本件書籍においては、「軽井沢回顧」、「井伏鱒二」及び「天沼雑筆」は「U 随筆」に、「ルバヤート追憶」は「V 評論・感想」に分類された。
 また、甲Wは、上記電子メールにおいて、控訴人に対し、解説の構成について、@第三次全集以降の資料収集状況と今回の原稿発見、刊行の経緯、A本書の構成、B天沼宅と甲Zの現在、C文学館について等今後の資料収集、調査について、D近年立て続けにアンソロジーが刊行され、新たなファンを獲得しつつある状況、これからの展開とすることを提案した。
(12) 控訴人は、平成24年10月14日、甲Wに対し、分類については最終的に被控訴人において判断して構わないが、「自作関連」を独立させる場合は「随筆」のすぐ後に配列するのがふさわしいと考えること、また、最初に詩、最後に観戦記を置き、他の作品はその間に置くという構成は崩したくない旨等を伝える電子メール(甲10)を送信した。
(13) 甲W及び甲Xは、平成24年10月15日、控訴人と打合せを行い、控訴人に対し、初校ゲラを渡した。
 また、その際、控訴人は、「自作関連」を「観戦記」よりも後の最後の項目として配置することに難色を示した。
(14) 甲Wは、平成24年10月18日頃、故甲Tの作品111編を「T(創作的)」、「U(随筆)」、「V(評論・感想)」、「W(アンケート)」、「X(将棋観戦記)」、「●(自作について)」に分類し、「T(創作的)」の冒頭に「ツエペリン飛行船と默想」を配列した構成案(乙19)を作成した。
(15) 控訴人は、甲Wに対し、初校ゲラを受け取った後も、「創作的」の項目内の配列につき、「大正琴」は「ツエペリン飛行船と默想」のすぐ後がよいと考えること、「乙女心」は戦時中、「一本の憐寸」は戦後すぐという印象を受けるので、逆がよいと考えることを提案する電子メール(甲16の1)、「随筆」のうち「塩鮭」と「灰皿」は全集に収録されているので削除すること、「百合」、「家鴨」、「お師匠さん」は「(題不明)」としてまとめるのではなく、個々の独立した作品として扱いたいと考えることなどを内容とする電子メール(甲16の2)を送信した。
 これに対し、甲Wは、同月18日、控訴人に対し、「T(創作的)」の項目内の作品の配列に関する控訴人からの指摘については、再度作品を読み込んだ上で相談したい旨の返答をした(甲40)。
 また、控訴人は、同月19日、甲Wに対し、未決定事項としては、「T(創作的)」の項目内の作品配列及び「自作関連」の項目の配列の2点であるとし、これらについては再度検討すること等を連絡する電子メール(甲38)を送信した。
 さらに、控訴人は、甲Wに対し、同月20日、「随筆」の「私のふるさと」は全集に収録済みであったので、削除願いたい旨の電子メール(甲36)を、同月24日、「「自由詩から観戦記まで」というのがキャッチフレーズのようなものなので、自作関連は独立させても構わないのですが、やはり観戦記より前に置いて欲しいです。」、「「創作的」内部の順番にはそれほどのこだわりはありませんが、できればこの前書いた通りにしていただけるとありがたいです。」などと自身の希望を重ねて伝えるとともに、「妻の夢」は小説として扱う方がよいと思っていることを連絡する電子メール(甲11)を送信した。
 甲Wは、同月25日、控訴人に対し、「T(創作的)」の項目内の配列に関し、控訴人の指摘のとおり、「詩→大正琴」の順が好ましいこと、「妻の夢」は、随筆から小説の項目に移動すること等を回答する電子メール(甲39)を送信した。
 その後も、控訴人は、甲Wに対し、執筆時期や発表時期を不明としていたものについて、調査したり、推定したりした結果を情報提供するなどした(甲17の1・2)。
(16) 控訴人は、平成24年10月24日、「解題」の原稿を被控訴人に送付した。
 「解題」には、「収録した作品の執筆時期もジャンルもテーマも長さも水準もさまざまであるため、一冊の本としてまとめるのには工夫が必要であったが、「自由詩を先頭に、観戦記を末尾に配置し、その間に残りを詩的なものから散文的なものへという順序で並べ、そして先頭の作品の題名を書名として採用する」というアイデアが湧いてからは、スムーズにことが運んだ。そして、「ツェッペリン飛行船と黙想」という書名が、第三十創作集としての意味合いを持つように感じられた…。」などと記載されている。
(17) 甲W及び甲Xは、平成24年11月2日、控訴人と打合せを行い、控訴人に対し、再校ゲラを渡した。
 その際、甲W及び甲Xは、「自作関連」の項目を末尾に配置する案を再度示したが、控訴人はこれに同意しなかった。甲Wは、控訴人が著作権承継者の子であり、その代理人的立場にあったことから、控訴人の希望や意見を容れないことで、本件書籍の出版企画が頓挫することを避けるため、「自作関連」の項目を「観戦記」の項目の前に配置することとした。
(18) 以上のような経緯を経て、平成24年12月9日、別紙目次記載の作品を、同目次記載のとおり分類し、配列した本件書籍が発刊された。
 なお、控訴人が被控訴人に送付した故甲Tの原稿は、判読不能なもの、未完成のもの、一部しかなく完全でないもの、全集と重複するものや対談等の記事を除き、本件書籍に収録された。
2 争点1(控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否か)について
(1) 本件書籍が編集著作物か否かについて
ア 著作物として保護される編集著作物は、編集物であって、その素材の選択又は配列によって創作性を有するものである(著作権法12条1項)。
イ 本件書籍は、前記第2の3(3)のとおり、その題号を「ツェッペリン飛行船と黙想」とし、目次、故甲Tの作品125編、「解題」、甲T略年譜、甲T著作目録及び初出一覧から構成される。そして、本件書籍は、故甲Tの作品合計125編を、別紙目次に記載のとおり、「T 創作(詩・小説)」、「U 随筆」、「V 評論・感想」、「W アンケート」、「X 自作関連」、「Y 観戦記」の6項目に分類配列したものであり、各項目内における作品の配列は、「ツエペリン飛行船と默想」を除き、初出あるいは執筆の時期(推定を含む。)により年代順に配列するという方針に沿ったものである。
 前記1の認定事実によれば、本件書籍は、故甲Tの未発表、全集未収録作品から構成され、「一般の読者を対象とし、故甲Tの新たな面に光を当て、全集収録作品等の読み直しを促すような、資料的でありながら読み物として読むこともできる単行本とする」という編集方針の下、収録作品が選択され、各作品の内容に応じて6項目に分類され、配列されたものであると認められる。
 ところで、本件書籍を構成する故甲Tの作品125編の選択は、上記のとおり、未発表、全集未収録作品であることという観点でされたものであって、前記1のとおり、収集された作品(原稿)は、判読不能なもの、未完成のもの、一部しかなく完全でないもの、全集と重複するものや対談等の記事を除き、本件書籍を構成する作品として本件書籍に収録されている。上記作品の収録及び除外基準は、ありふれたものであって、本件書籍は、素材の選択に編者の個性が表れているとまでいうことはできない(なお、前記1の認定事実によれば、本件書籍を構成する作品は、その多くを、故甲Tの著作権承継者の子である控訴人が収集し、被控訴人に提供したものであると認められるが、控訴人が被控訴人にいかなる作品を提供するか選択したことは、著作権者が編集物に収録を許諾する作品を選択する行為、すなわち、素材の収集に係るものであって、創作行為としての素材の選択であるとはいえない。)。
 これに対し、「T 創作(詩・小説)」、「U 随筆」、「V 評論・感想」、「W アンケート」、「X 自作関連」、「Y 観戦記」の分類項目を設け、特に、上記W、X、Yの分類項目を独立させたこと、さらに選択された作品をこれらの分類項目に従って配列した点には、編者の個性が表れているということができる。なお、個々の分類項目の中で年代順に配列したことは、ありふれたもので、編者の個性が表れているとまでいうことはできない。
ウ したがって、本件書籍は、作品を6つの分類項目を設けそれに従って配列したという素材の配列において創作性を有する編集著作物に該当するというべきである。
(2) 控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否かについて
ア 本件書籍は、前記(1)のとおり、素材の配列において創作性を有する編集著作物に該当するものであると認められるが、控訴人は、同人がその編集著作者である旨主張する。
 そこで、以下、本件書籍における素材の配列について、創作性を有する行為を行った者が、控訴人であるか否かについて判断する。
イ 前記1のとおり、@本件書籍は、被控訴人(担当者は、その従業員であった甲W)の企画に基づいて発行されたものであること、A甲Wは、当初、故甲Tの日記を中心に据え、未発表、全集未収録の作品によって構成される書籍の刊行を企図したものの、日記の収録については、著作権承継者からの同意が得られなかったため、同意が得られた未発表、全集未収録作品によって構成される書籍の刊行を目指すことになったこと、B甲Wは、作品の収集を、著作権承継者の子である控訴人に依頼していたところ、控訴人から、編集の方向性を示すように求められ、「一般の読者に向けて、故甲Tの新たな面に光を当て、読み直しを促すような、資料的でありながら読み物としても読むことができる単行本としたい」という方針を示したこと、C甲Wは、控訴人から故甲Tの作品の収集が終了した旨の連絡を受け、提供を受けた作品を「T(創作的)」、「U(評論的)」、「V(随筆的)」、「アンケート」、「【保留中】」に分類し、分類した項目内は、未発表のものを先に、既発表で全集未収録のものを後にして、それぞれ年代順に並べた構成案(甲21)を作成し、平成24年9月28日にこれを控訴人に示したこと、D控訴人は、甲Wに対し、構成案(甲21)について、分類項目の立て方、その配列、項目内における作品の配列の修正等について順次希望や意見を述べたが、甲Wは、控訴人から希望や意見が述べられると、個々の作品を読み直すなどした上で、取り入れるべきであると判断したものについては取り入れ、異なる見解のものについては取り入れないという対応をしたこと、E甲Wは、同年10月12日頃、自作関連の作品を独立させて、最後の分類項目とし、「T 創作」、「U 随筆」、「V 評論・感想」、「W アンケート」、「X 観戦記」、「Y 自作関連」と分類する構成案(甲19)を立案したこと、Fこの構成案については、控訴人から、「自作関連」を独立させた場合の配置に関し、冒頭に詩を、最後に観戦記を配置し、その間に他の作品を配列するという構成は崩したくないなどの希望が述べられたが、被控訴人は、初校ゲラの段階においても、「T(創作的)」、「U(随筆)」、「V(評論・感想)」、「W(アンケート)」、「X(将棋観戦記)」、「●(自作について)」と分類し、「自作関連」を最後に配置する方針であったこと、Gしかし、その後も、控訴人が、「自作関連」は「観戦記」の前に配置してもらいたいとの希望を繰り返し述べたため、被控訴人は、著作権承継者の子であり、その代理人的な立場にあった控訴人の意向を無視することはできないと考え、「T 創作(詩・小説)」、「U 随筆」、「V 評論・感想」のほか、「W アンケート」、「X 自作関連」、「Y 観戦記」の分類項目、配列としたこと、以上の事実が認められる。
 以上の事実に照らせば、「T 創作(詩・小説)」、「U 随筆」、「V 評論・感想」、「W アンケート」、「X 自作関連」、「Y 観戦記」の分類項目を設け、特に、上記W、X、Yの分類項目を独立させ、選択された作品をこれらの分類項目に従って配列することを決定したのは、被控訴人であると認められる。
ウ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は、本件書籍の編集方針を決定し、素材の選択及び配列を行ったのは控訴人であるから、控訴人が本件書籍の編集著作者である旨主張する。
 しかし、前記イのとおり、本件書籍の発行を企画し、その編集方針を決定したのは、被控訴人であると認められる。なお、控訴人は、原審における本人尋問において、甲22は、平成24年11月初旬に甲Wと再校ゲラをやり取りした当時、自身が甲Wに示した構成案を備忘するために作成したメモを清書したものである旨述べる。しかし、甲22は、原審において同書証の証拠調べを請求する直前である平成25年8月頃に控訴人が作成したものであるところ、その基となったというメモは本訴において証拠として提出されておらず、また、控訴人が当該メモを被控訴人に示したこともないというのであるから、甲22の基となったメモが存在したという控訴人の上記陳述は、容易に信用することができず、他に、上記メモの存在を認めるに足りる証拠は存在しない。
 また、控訴人は、前記1に認定したとおり、「T 創作(詩・小説)」の冒頭に「ツエペリン飛行船と默想」を配置し、「Y 観戦記」を末尾に配置すること及び本件書籍の題号を「ツェッペリン飛行船と黙想」とすることを被控訴人に求めたが、控訴人の希望を受け、本件書籍の編集方針に基づき、上記希望を受け入れるか否かを判断、決定したのは被控訴人であることは、前記イのとおりであり、素材の配列について決定権を有していたのは被控訴人である。控訴人の行為は、著作権承継者の代理人的な立場で編集方針や素材の配列についての希望や意見を述べたものにすぎず、直接創作に携わる行為ということはできない。
(イ) 控訴人は、平成24年9月28日、甲Wを通じて、被控訴人から本件書籍の解説の執筆を依頼されたから、控訴人が編集著作者であると主張する。
 しかし、かかる事実をもって、被控訴人が控訴人に対して、本件書籍の編集行為を控訴人に委任したとの事実を認めるに足りない。かえって、前記1認定のとおり、控訴人は、同日以降も、被控訴人に対し、「分類については最終的に被控訴人において判断して構わない」などと表明していたのであって、かかる事実に照らしても、本件書籍における作品の分類、配列の決定を控訴人が行ったものであるとはいえない。
(ウ) 控訴人は、本件書籍の題号の決定をしたから、編集著作者である旨主張する。
 しかし、題号の選択それ自体が、編集著作物としての創作性を基礎付けるものではないから、本件書籍の題号が、控訴人の提案どおりのものと決定されたからといって、このことから直ちに、控訴人を本件書籍の編集著作者とすべきことになるわけではない。
(エ) 控訴人は、故甲Tの未発表、全集未収録作品を収集し、被控訴人に提供するに当たり、本件書籍を選集とすること、書かれた人のプライバシーと名誉に差し障るものを除外すること並びに全集に収録された作品及びこれと類似する作品を除くという方針をとり、収録すべき作品を選択した旨主張する。
 しかし、かかる行為は、著作権承継者の子である控訴人が、著作権承継者の代理人的な立場で、出版社である被控訴人に提供する作品の選択を行ったものというべきであり、素材の収集に係るものであって、創作行為としての素材の選択であるとはいえない。なお、本件書籍における素材の選択自体に創作性があるとまではいえないことは、前記(1)イのとおりである。
エ 以上によれば、控訴人が本件書籍における素材の配列について、創作的表現の作成に関与したということはできない。
(3) 小括
 よって、控訴人が本件書籍の編集著作者であるとはいえない。
3 争点3(本件書籍が編集著作物ではない場合における、控訴人の被控訴人に対する差止請求等の可否)について
(1) 控訴人は、本件書籍が編集著作物ではないとされた場合に備え、予備的に、@編集契約違反、A著作物利用許諾契約の錯誤無効を主張する。
(2) 控訴人の上記主張の趣旨は判然としないものの、本件書籍が編集著作物であると認められることは、前記2(1)のとおりであり、かつ、編集著作物である本件書籍における素材の配列について、創作性を有する行為を行った者が控訴人であるとはいえないことは、前記2(2)のとおりであるから、この点において、控訴人の上記各主張は理由がない。
(3) また、上記(2)の点を措くとしても、控訴人と被控訴人との間に本件書籍の編集を控訴人に委任する旨の編集契約が締結されたとの事実を認めるに足りる証拠はないから、上記@の主張は理由がない。
 さらに、控訴人が故甲Tの著作権承継者ではない以上、上記Aの主張は、主張自体失当である。
4 結論
 以上によれば、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
 そうすると、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 部眞規子
 裁判官 柵木澄子
 裁判官 鈴木わかな


(別紙)書籍目録
書名 ツェッペリン飛行船と黙想
発行日 平成24年12月9日
発行者 甲[
発行所 幻戯書房
ISBN 978−4−86488−010−7

(別紙)謝罪広告目録
1 掲載の内容
 謝罪文
 当社から発行しました甲Tの作品集『ツェッペリン飛行船と黙想』について、編者がX氏であるにもかかわらず、その表示を行なわず、X氏の編集著作権並びにその人格権を侵害したことについて、事実を認め深く謝罪します。
 平成 年 月 日
 株式会社幻戯書房
 代表取締役 甲[
 X様
2 掲載の要領
(1) 幻戯書房刊行書一覧 表紙
 見出し「謝罪文」(16ポイント)
 名義人「株式会社幻戯書房」「代表取締役 甲[」(13.75ポイント)
 名宛人「X 様」(13.75ポイント)
 本文 日付(10.5ポイント)
 最低6か月使用すること。
(2) 幻戯書房ホームページ トップページ内「お知らせ」欄
 他のお知らせと同じ書式で最低6か月掲示すること。
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