判例全文 line
line
【事件名】催眠術DVDの“オマケ”事件
【年月日】平成28年1月22日
 東京地裁 平成27年(ワ)第9469号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成27年12月11日)

判決
原告 有限会社スーパーグラフィック(以下「原告会社」という。)
原告 A(以下「原告A」という。)
被告 B
同訴訟代理人弁護士 高橋建嗣


主 文
1 被告は、原告会社に対し、3万0448円及びこれに対する平成27年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告会社のその余の請求を棄却する。
3 原告Aの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告会社に生じた費用の20分の1と被告に生じた費用の100分の1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告会社に対し、103万0448円及びこれに対する平成27年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Aに対し、朝日新聞朝刊の全国紙の下段広告欄に、2段抜きで、別紙謝罪広告文案記載の謝罪広告を、見出し及び原告Aの氏名は4号活字をもって、その他は5号活字をもって1回掲載せよ。
3 被告は、原告Aに対し、60万円及びこれに対する平成27年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告らが、被告に対し、原告Aが創作し、原告会社が著作権を有する著作物(DVD)について、被告が無断で複製・販売して、原告会社の著作権(複製権、頒布権)を侵害し、また、原告Aの名誉・声望を害する方法で利用したことを理由に著作者人格権を侵害したとみなされると主張して、不法行為に基づく損害賠償金(原告会社につき103万0448円、原告Aにつき60万円)及びこれらに対する不法行為の後の日である平成27年4月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、併せて、原告Aが被告に対し、著作権法115条に基づき、謝罪広告の掲載を求めた事案である。
2 前提事実(証拠等を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告会社は、原告Aが設立したグラフィックデザイン、セールスプロモーションの企画等を目的とする特例有限会社である。(甲1)
イ 原告Aは、原告会社の代表者である。原告Aは、独学で催眠術の研究をし、原告会社において催眠術の解説書やDVDの企画制作販売を行ってきた。
(2) 原告著作物
 原告Aは、「催眠術の掛け方〔専門版〕自己催眠編」と題するDVD(以下「原告著作物」という。)を企画・制作し、その著作権を原告会社に譲渡した。
 原告会社は、平成16年8月24日、原告著作物を、1枚当たり5万4000円で販売を開始した。(被告は明らかに争っていない。)
(3) 被告による原告著作物の複製及び販売
ア 被告は、原告著作物を原告らの許諾を得ることなく複製し、その複製品を、精神工学研究所のDVD「内部表現の書き換え方法 言葉を使わない催眠術 完全独習法 中級〜完結編」の中古品と抱き合わせて、3万0448円でインターネットオークションサイト「ヤフオク!」(以下「本件オークションサイト」という。)に出品した。
イ 原告Aは、平成26年3月17日、本件オークションサイトからの通知(アラート)により、被告が、上記アのとおり、原告著作物を本件オークションサイトにおいて販売していることを知り、妻であるC(以下「原告の妻」という。)をして、被告に対する購入申込みをさせ、代金3万0448円を支払った。(甲9)
ウ 被告は、代金受領後、原告の妻に対し、上記精神工学研究所のDVD及び原告著作物の複製物を送付した。原告Aは、原告の妻を経由して原告著作物の複製物を受領し、被告が、原告らの許諾を得ることなく原告著作物を複製していたことを知った。(甲2、11)
(4) その後の経緯
ア 原告会社は、平成26年4月、赤坂警察署に、被告が原告著作物を原告らの許諾なく複製して販売したとして相談し、同年7月29日、著作権法違反により被告を告訴した。(甲3、4、乙2)
イ 被告は、同年5月、家宅捜索を受け、同年7月には赤坂警察署において、同年12月には東京地方検察庁において取調べを受けた。東京地方検察庁は、同月16日、被告を不起訴処分とした。(乙1、2)
ウ 被告は、同年12月30日付けで、原告Aに対し、手紙を送付して謝罪するともに20万円の支払を申し入れた。これに対し、原告会社から、被告に対し、原告会社の損失や原告Aの精神的苦痛も含め、100万円の支払を求める旨の返信があったので、被告は、平成27年1月23日付けで、被告代理人弁護士を通じ、再び20万円の支払による解決を提案した。(甲5ないし7)
3 争点
(1) 原告会社の損害の発生及びその額
(2) 被告の行為が原告Aの著作者人格権のみなし侵害行為に当たるか
(3) 原告Aの慰謝料額
(4) 謝罪広告の要否
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(原告会社の損害の発生及びその額)について
〔原告会社の主張〕
(1) 前記第2、2(3)ア及びイのとおり、被告は、原告会社が著作権を有する原告著作物を違法に複製・販売し、原告会社は、被告の著作権侵害行為を認識し、また、その証拠品を入手するため、代金3万0448円を支払った。
(2) 原告Aは、被告の著作権侵害行為が発覚したのち、被告の行為を特定し、住所氏名を特定し、被告と交渉(手紙・メールのやり取り)をし、また、警察への相談と告訴状の作成などのために、少なくとも20日を費やし、その間、原告会社のための業務遂行ができなかった。
 原告会社は、事実上、原告Aの一人会社であり、原告会社の平成25年度の売上高年約1213万円は原告Aの稼働によるものであるところ、原告Aが一日当たり5時間、月20日稼働することを前提とすると、原告Aの稼働一時間当たりの原告会社の売上高は約1万円である。そうすると、原告会社は、被告の著作権侵害行為のために、原告Aの稼働100時間に相当する売上である100万円を喪失した。
(3) したがって、被告の著作権侵害行為により、原告会社には103万0448円の損害が生じた。
〔被告の主張〕
(1) 原告会社の主張(1)については明らかに争わない。
(2) 原告会社の主張(2)の損害の発生及び因果関係については否認ないし争う。原告Aがあえて原告会社の業務に従事する時間に、原告会社が主張するような作業をする必要はなく、また、原告A自身が同作業をする必要もないのであるから、原告Aが同作業を行ったことをもって原告会社が直ちに損害を被ることにはならない。
2 争点(2)(被告の行為が原告Aの著作者人格権のみなし侵害行為に当たるか)について
〔原告Aの主張〕
 原告Aは、催眠術の研究者として、複数の解説書や研究書を出版し、テレビ番組に解説者として出演するなどして一定の評価を得ており、名前が知られている。ところが、被告によりその著作物を、客寄せの道具として、また、おまけとして利用されたことにより、原告著作物の価値や評価が下落し、原告Aの名誉が著しく毀損された。
 したがって、被告の行為は、著作権法113条6項により、著作者人格権を侵害する行為とみなされる。
〔被告の主張〕
 否認ないし争う。原告Aの主張は独自の理論にすぎず、また、主観的価値・感情に関するものであって、損害賠償において考慮すべきではない。
3 争点(3)(原告Aの慰謝料額)について
〔原告Aの主張〕
 著作者人格権のみなし侵害行為による原告Aの精神的苦痛の慰謝料として、60万円を請求する。
〔被告の主張〕
 争う。
4 争点(4)(謝罪広告の要否)について
〔原告Aの主張〕
 原告Aは、平成9年頃から、たびたびテレビやラジオに出演し、催眠術の指導や社会的効用についての解説や啓蒙に力を注ぎ、いまでは各テレビ局が催眠術に係る番組を製作する際には、多くの場合、原告Aに監修を依頼するようになっているなど、社会的評価を受けた催眠術の専門家である。そして、原告Aが催眠術研究の集大成として企画・制作したのが原告著作物のシリーズであり、その価格は1枚5万4000円と高額である。
 ところが、被告は、平成26年3月17日、本件オークションサイトにおいて、精神工学研究所の「内部表現の書き換え方法 言葉を使わない催眠術 完全独習法 中級〜完結編」DVD4枚組を販売するにあたり、『オマケとして希望の方には、精神工学研究所DB法のPDFファイルとAさんの「催眠術の掛け方〔専門編〕自己催眠編」のデータをお付けします』と記述した。「オマケ」とは無料であることを意味しており、同サイトを見た消費者は、原告著作物の複製が無料で提供されるものと理解する。そして、原告Aがそのようなことを承諾しているとみられた場合には、著作者自ら原告著作物が無価値であると認めているということになって、商品の価値はゼロであると理解されるし、原告Aが承諾料を得ているとみられた場合には、著作者の人格も最低と評価される。また、無断で著作物が複製され流通することは、著作者に対する侮辱にほかならない。インターネット上で上記記述がされたことによって、原告Aの名誉や原告著作物の信用性は、著しく侵害された。
 上記名誉及び信用の棄損を回復するには金銭による補填では足りないから、著作権法115条により、謝罪広告を請求する。なお、インターネットでは、情報が全世界に開示され、一瞬にして名誉も信用も失わせることが可能である。このような行為をした者に対しては、従前にも増して、被害者の名誉や信用を回復するための重い責任を課すべきである。
〔被告の主張〕
 被告は、原告著作物を一度複製したのみである。被告が、被害者との示談もしておらず、被害者が強い処罰感情を有しているにもかかわらず不起訴処分となったのは、被疑事件である著作権法違反事件の犯情が軽微であったためである。
 そして、たった一度しか原告著作物を複製していない本件において、謝罪広告は、著作権法115条所定の「適切な処置」の範囲を明らかに超える。
第4 当裁判所の判断
1 前記第2、2の前提事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(1) 被告は、原告著作物(原本)を入手し、そのデータをパソコンに取り込み、同データをDVD−Rに記録させて、原告著作物の複製物を1枚作成した。(乙2)
(2) 被告は、その後、上記(1)の原告著作物(原本)を、本件オークションサイトにおいて、2万9002円で売却した。(乙2、3)
(3) 被告は、平成26年3月17日、精神工学研究所のDVD「内部表現の書き換え方法 言葉を使わない催眠術 完全独習法 中級〜完結編」の中古品を本件オークションサイトにおいて出品するにあたり、上記(1)で作成した原告著作物の複製物を付ければ、落札されやすくなると考え、商品説明に、『★☆オマケとしてご希望の方には 精神工学研究所の【DB法】のPDFファイルとAさんの【催眠術の掛け方〔専門版〕自己催眠編】のデータをお付けします。』と記載した。(甲10、乙2)
(4) 原告Aは、原告の妻に依頼して上記(3)の出品を落札し、原告会社は、同人を経由して、被告に対し、代金3万0448円を支払った。
(5) 原告らは、上記(4)の後、被告から原告の妻宛に送付された原告著作物の複製物を入手し、被告が、原告著作物を原告らの許可なく複製・販売していたことを知った。
2 争点(1)(原告会社の損害の発生及びその額)について
(1) 前記1(4)のとおり、原告会社は、被告が許可なく複製した原告著作物の複製物を入手するために3万0448円を支払った。これは、被告が著作権侵害行為をしたことを原告会社が認識し、また、原告会社が被告に対して損害賠償請求をするための証拠を入手するために必要な出費であったということができるから、被告の不法行為と相当因果関係がある原告会社の損失と認められる。
(2) 次に、原告会社は、被告の著作権侵害行為のために、代表者である原告Aが20日間、原告会社の勤務をすることができなくなり、100万円の売上を喪失した旨主張するが、そもそも原告Aが、被告の著作権侵害行為のために20日にわたり原告会社の業務遂行をすることができなかったことを認めるに足りる証拠はなく、被告の著作権侵害行為のために原告会社の売上が減少したことを認めるに足りる証拠もない。
 したがって、原告会社に逸失利益として100万円の損害が生じたとの原告会社の主張は理由がない。
(3) 以上のとおり、被告が原告著作物を許可なく複製・販売した行為により原告会社が受けた損害額は3万0448円であると認めるのが相当である。
3 争点(2)(被告の行為が原告Aの著作者人格権のみなし侵害行為に当たるか)について
(1) 原告Aは、被告が原告著作物を許可なく複製し、本件オークションサイトに、『★☆オマケとしてご希望の方には 精神工学研究所の【DB法】のPDFファイルとAさんの【催眠術の掛け方〔専門版〕自己催眠編】のデータをお付けします。』などと記載し、原告著作物を「オマケ」として頒布したことにより、著作者である原告Aの名誉や声望が毀損されたことを理由に、被告の上記行為は著作権法113条6項の著作者人格権のみなし侵害行為に当たる旨主張している。
 ところで、同条項の「著作者の名誉又は声望」とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉声望を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないものと解すべきである(最高裁判所昭和61年5月30日第二小法廷判決・民集40巻4号725頁参照)。
(2) 本件についてみると、被告の上記行為は、原告著作物を原告らの許可を得ることなく複製し、DVD−Rに記録して複製物1枚を作成し、本件オークションサイトにおいて、原告著作物を複製したもの(データ)を第三者の発行したDVDのおまけとして頒布する旨記述し、原告著作物の複製物を落札者に送付したというものである。原告Aが、原告著作物を「オマケとして」「お付けします」などと記述されたことによって名誉感情を害されたことは理解できるとしても、上記記述を付して原告著作物の複製の頒布が一度申し出されたことによって、それを見た通常人が、原告著作物の内容が、上記第三者の発行したDVDに付加価値を与えるものであると考えることはあっても、原告著作物には価値がないと認識することが通常であるとまではいえないから、被告が、上記記述をしたことや、無断で原告著作物を複製、頒布をした行為が、原告Aの社会的評価を低下させる行為であるということはできない。そうすると、被告が、原告Aの名誉又は声望を害する方法により原告著作物を利用したと認めることはできない。
 したがって、被告の行為は、原告Aの著作者人格権のみなし侵害行為に当たらないから、その余の争点につき判断するまでもなく、原告Aの請求にはいずれも理由がない。
4 結論
 以上のとおり、原告会社の請求は、被告に対し、3万0448円及びこれに対する平成27年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、原告Aの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 廣瀬孝
 裁判官 勝又来未子


(別紙謝罪広告文案)省略
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/