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【事件名】NHKスペシャル「アジアの一等国」集団提訴事件(3)
【年月日】平成28年1月21日
 最高裁(一小) 平成26年(受)第547号 損害賠償請求事件

判決


主文
 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
 前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由
 上告代理人宮川勝之ほかの上告受理申立て理由第1点について
1 上告人は、平成21年4月5日、「NHKスペシャル『シリーズJAPANデビュー』」と題するシリーズ番組の第1回目として「アジアの“一等国”」と題する番組(以下「本件番組」という。)のテレビジョン放送をした。本件は、被上告人が、本件番組中の被上告人及びその父親に関連する内容を含む放送により被上告人の名誉が毀損されたなどと主張して、上告人に対し、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、台湾南部に居住するパイワン族の女性であり、本件番組に出演した者である。
 上告人は、国内基幹放送、国際放送等を行うことを目的とする法人である。
(2) 上告人は、明治以降の近現代史を検証する番組の制作を企画し、横浜の開港から昭和20年までの日本の歩みを描くシリーズ番組として「NHKスペシャル『シリーズJAPANデビュー』」を制作することとし、その第1回目である本件番組では、日本の台湾統治を取り上げることとした。
(3) 上告人は、平成21年4月5日午後9時から午後10時13分まで、総合テレビジョンで本件番組を放送した。本件番組のうち、被上告人及びその父親に関連する内容は、おおむね次のようなものであった。
ア 導入部分
 世界の一等国に上り詰めた日本は、なぜ、坂を転げ落ちていったのかとの問題提起がされ、「台湾、日本の最初の植民地となった場所です。」、「その原点はこの地にあります。」とのナレーションが流れ、本件番組開始後7分45秒頃に、民族衣装で正装した12名のパイワン族の人たちと引率者と思われる日本人1名の集合写真の映像が流れ、その写真の下部に「人間動物園」との文字が表示される。
 その後、日本が台湾に進出し、統治するようになったことなどが説明される。
イ 日英博覧会に関する説明(開始後32分37秒から34分37秒まで)
 日本と英国の友好関係を祝う催しとして日英博覧会が明治43年にロンドンで開催されたこと、日本は、これを台湾統治の成果を世界に示す絶好の機会と捉えて、その会場内にパイワン族の家を造り、その暮らしぶりを見せ物としたこと、当時、英国やフランスは、博覧会等で植民地の人々を盛んに見せ物にしており、これが人を展示する「人間動物園」と呼ばれていて、日本はそれをまねたことについて説明するナレーションが流れる。
ウ 歴史学者パスカル・ブランシャールの映像と発言(開始後34分38秒から35分26秒まで)
 当時、西欧列強には「文明化の使命」という考え方があり、ヨーロッパの人々は、「野蛮な劣った」植民地の人間を「文明化させる」良いことをしていると信じており、それを宣伝する場が「人間動物園」であったこと、日本も、世界には民族の違いに基づく階層があると考えるようになって、自らは階層の頂点にあり、その下にアジアの他民族がいるとの世界観を持つようになったことなどを述べる。
 なお、パスカル・ブランシャールは、本件番組の他の場面でも登場し、当時の西欧列強や日本が植民地を差別していたなどと述べる。
エ 被上告人の紹介及び被上告人の発言(開始後35分27秒から37分17秒まで)
 台湾南部の村落の風景の映像が流れ、「連れて行かれたのはこの村の出身者たち」とのナレーションが流れる。そして、日英博覧会の会場で販売されていた、民族衣装を身に着けたパイワン族の人たちの写真の映像が映し出された後、何かを見ながら「かなしい」と日本語で述べている被上告人の映像と画面に映っている女性が展示された青年の娘であるとのナレーションとが流れ、被上告人の氏名や年齢(79歳)が字幕で表示される。その後、笑顔が消えて硬い表情になった被上告人の顔の映像が流れ、被上告人が手にしている、民族衣装を身に着けた被上告人の父親の写真の映像と、この写真が「父 Aさん」であるとの字幕が表示され、父親の氏名がAであり、「父親は、生前、博覧会について子どもたちに語ることはありませんでした。」とのナレーションが流れる。
オ まとめの部分
 その後、日本が世界の民族自決の動きに逆行して差別と同化政策を推し進めたことなどの説明が続いた後、最後の部分で、上記集合写真の映像等が流れ、「今も残る日本統治の深い傷」とのナレーションが流れる。
(4) 被上告人は、本件番組は、日英博覧会へのパイワン族の出演を「人間動物園」と称した上、被上告人の父親は日英博覧会において動物扱いされたものであり、被上告人はその娘であるとして紹介することで、被上告人自身を動物扱いしてその名誉を毀損したと主張している。
3 原審は、上記事実関係の下において、次のとおり判断して、本件番組について被上告人に対する名誉毀損による不法行為の成立を認め、被上告人の請求を一部認容した。
 上告人は、本件番組において、被上告人の父親は日本によって台湾での植民地政策の成功を示すために日英博覧会に連れて行かれ、「人間動物園」において、野蛮で劣った植民地の人間であり、あたかも動物園の動物と同じであるかのような見せ物として扱われ、展示されたこと及び被上告人は上記のように展示された者の娘であることを放送したものといえる。
 「人間動物園」という言葉は、研究者によって名付けられたものであるが、差別的な意味合いを有しており、上告人は、本件番組によって、被上告人の父親はパイワン族を代表して英国に行ったという被上告人の思いを踏みにじり、侮辱するとともに、パイワン族を代表して英国に行った人の娘であるという被上告人がパイワン族の中で受けていた社会的評価を低下させ、その名誉を侵害した。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 テレビジョン放送がされた番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである(最高裁平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決・民集57巻9号1075頁参照)。
 これを本件についてみると、本件番組の内容は、前記2(3)のとおりであって、本件番組を視聴した一般の視聴者においては、日本が、約100年前である明治43年、台湾統治の成果を世界に示す目的で、西欧列強が野蛮で劣った植民地の人間を文明化させていると宣伝するために行っていた「人間動物園」と呼ばれる見せ物をまねて、被上告人の父親を含むパイワン族を日英博覧会に連れて行き、その暮らしぶりを展示するという差別的な取扱いをしたという事実を摘示するものと理解するのが通常であるといえる。本件番組が摘示したこのような事実により、一般の視聴者が、被上告人の父親が動物園の動物と同じように扱われるべき者であり、その娘である被上告人自身も同様に扱われるべき者であると受け止めるとは考え難く、したがって本件番組の放送により被上告人の社会的評価が低下するとはいえない。
 そうすると、本件番組は、被上告人の名誉を毀損するものではないというべきである。
5 以上と異なる見解の下に、本件番組について名誉毀損による不法行為の成立を認めた原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。
 そして、前記事実関係によれば、本件番組により被上告人の名誉感情等が侵害されたことを理由とする不法行為が成立するともいえない。
 以上説示したところによれば、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れず、被上告人の請求を棄却した第1審判決は正当であるから、上記部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 大谷直人
 裁判官 櫻井龍子
 裁判官 山浦善樹
 裁判官 池上政幸
 裁判官 小池 裕
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