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【事件名】英会話教材キャッチフレーズの著作物性事件(2)
【年月日】平成27年11月10日
 知財高裁 平成27年(ネ)第10049号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成26年(ワ)第21237号)
 (口頭弁論終結日 平成27年9月10日)

判決
控訴人 株式会社エスプリライン
訴訟代理人弁護士 神田知宏
訴訟復代理人弁護士 平津慎副
同 田村有加吏
被控訴人 エス株式会社
訴訟代理人弁護士 齋藤有志


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、別紙被控訴人キャッチフレーズ目録記載の各キャッチフレーズの複製、公衆送信、複製物の頒布をしてはならない。
3 被控訴人は、控訴人に対し、60万円及びこれに対する平成26年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
 なお、呼称は、審級による読替えのほかは、原判決に従う。
1 事案の概要
 本件は、控訴人が、被控訴人による別紙被控訴人キャッチフレーズ目録記載1ないし4の各キャッチフレーズの複製、公衆送信及び複製物の頒布は、別紙控訴人キャッチフレーズ目録記載1ないし3の各キャッチフレーズの複製権(著作権法21条)及び公衆送信権(著作権法23条)を侵害又は不正競争を構成すると主張して、著作権112条1項及び不正競争防止法3条1項に基づき、被控訴人に対し、被控訴人キャッチフレーズの複製、公衆送信、複製物の頒布の差止めを求めるとともに、不法行為(著作権侵害行為、不正競争行為又は一般不法行為)に基づく損害賠償として、60万円及びこれに対する平成26年9月2日(訴状送達日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 控訴人は、昭和59年5月10日に設立された株式会社であり、広告宣伝の企画及び制作、日本人及び外国人講師による語学研修講座の運営、外国語教材の企画、開発及び販売、通信販売業務、語学等の教養習得のための通信教育等を目的とする。
イ 被控訴人は、平成18年8月31日に設立された株式会社であり、インターネットを利用した各種情報提供サービス、広告業、広告代理業、各種通信販売等を目的とする。
(2) 各当事者の利用しているキャッチフレーズ
ア 控訴人の新聞広告又は広告のために自社ウェブサイトに記載されたキャッチフレーズの内容は、別紙控訴人キャッチフレーズに記載のとおりである。
イ 被控訴人の新聞広告又は広告のために自社や他社のウェブサイトに記載されたキャッチフレーズの内容は、別紙被控訴人キャッチフレーズに記載のとおりである。
第3 争点及び争点に関する当事者の主張
 次のとおり、当審における主張を追加するほか、原判決第2の2「争点」及び第3「争点に関する当事者の主張」(原判決2頁10行目〜10頁25行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における当事者の追加主張)
1 控訴人
(1) 控訴人キャッチフレーズ2の創作性
 一般論として、キャッチフレーズのように簡略で短いフレーズの多くは著作物として保護されないと言われることがあるが、創作性の有無は、思想・感情の創作的表現であるか否かという問題であって、その本質は長さの点にはない。俳句の例からも明らかなように、短い表現であるからといって、一つのカテゴリーとして一律に創作性を否定することはできず、結局、創作性の有無は、問題となる具体的表現内容に即して表現ごとにケースバイケースで判断されるべき問題である。
 控訴人キャッチフレーズ2についても、以下の点を十分考慮すると、著作物性が肯定されるべきである。
 創作性については、高い独創性まで要求されておらず、何らかの個性が現れていればよいと解されており、控訴人キャッチフレーズ2についても、創作者の何らかの個性が現れていれば、創作性が認められるべきである。そして、短い表現であるからといって、選択の幅が狭いということはない。広告宣伝に用いられるキャッチフレーズについて、コピーライターという特別の専門職業が存在することからも分かるように、様々な表現があり得る中で、広告として印象的でかつ記憶に残りやすいものとなるように、工夫をこらす余地が十分にあるのであって、短い表現であるからといって「誰が創作したとしても同じようなものにならざるを得ない」ということもない。短い表現について創作性を肯定した場合、結果として、著作物として保護される範囲は非常に狭いものになり、いわゆるデッドコピー又はそれに近い範囲でしか保護されないこともあり得るが、保護範囲が狭いからといって創作性を否定する理由にはならない。また、著作権はあくまでも相対的排他権にとどまるから、依拠しない限り、第三者が類似の表現を新たに創作する自由は保障されており、著作物性の有無は侵害の有無に直結しない。
 控訴人キャッチフレーズ2は、「ユーザーが英語を自然かつ流暢に話すことができるようになる」という控訴人商品による英会話学習の効果を強調・アピールするために創作されたキャッチフレーズであり、それを見聞きした一般の消費者に強い印象を与え、記憶に残りやすくするために、「あるひとつぜん」(7字)、「えいごがくちから」(8字。字余り)、「とびだした」(5字)と五七調を用いて、口に出しやすく語呂のよい、俳句に近い表現となるように工夫されている。また、「ユーザーが英語を自然かつ流暢に話すことができるようになる」という意味内容を表す表現としては、「これであなたも英語がペラペラに!」などと無数のパターンがあり得る中で、日本語の通常の語法によれば人間を主語、英語を目的語として「人間が英語を話す」という構文を採用するのが自然であるにもかかわらず、あえてユーザーではなく「英語」を主語にすることによって、また、「飛び出す」というダイナミックな勢い・動きがある表現を、英語の現在完了形に近い時制で用いることによって、読み手の視覚にも訴えかけるような強い効果を演出することに成功している。結果として、控訴人キャッチフレーズ2は、全体として見た場合に、「ユーザーが英語を自然かつ流暢に話すことができるようになる」という意味内容を強く印象付ける非常に独創的なものとなっている。
 被控訴人が、控訴人キャッチフレーズ2がありふれた表現である根拠として挙げた類似例(乙15〜18)は、いずれも、控訴人が控訴人キャッチフレーズ2の使用を開始した平成16年9月8日以降に公表されたものであるから、控訴人キャッチフレーズ2の創作性を否定する根拠にはなり得ない。
 株式会社日本能率協会総合研究所作成の報告書「英会話教材売上No.1の実態調査」(甲6)で対象とされている商品の一部について、キャッチフレーズを調査したところ、多様な内容となっており、控訴人キャッチフレーズ2と同一又は類似するものは存在しない(甲7の1〜9)。
 控訴人キャッチフレーズ2は、平成16年7月5日の広告制作会議において、広告責任者であるAが、9月の新聞広告のための新規キャッチフレーズの制作を担当者に指示し、数度の担当者会議を経て方針を決定し、過去の利用実績や受講者インタビュー等の資料から、キャッチフレーズのコアとなるパーツを選択した後、販売戦略、語調、インパクト、覚えやすさ、躍動感、視覚イメージといった諸要素を総合考慮した上で、同年8月23日に最終決定したものである(甲5)。このように、控訴人キャッチフレーズ2は、控訴人の役員及び従業員が工夫を凝らして独自に創作したものである。
(2) 被控訴人キャッチフレーズ3の類似性、依拠性
 少なくとも被控訴人キャッチフレーズ3は、控訴人キャッチフレーズ2と完全に同一のデッドコピーであるから、類似性は否定しようがない。
 また、控訴人と被控訴人はともに英会話教材を販売する同業者であり、新聞広告やウェブ広告等の同種の広告媒体に同種の商品の広告を掲載していること、控訴人による控訴人キャッチフレーズの使用は被控訴人による被控訴人キャッチフレーズに先立つものであり、被控訴人が被控訴人キャッチフレーズを使用するに当たり控訴人キャッチフレーズに対するアクセスを有していたことは明らかであること、被控訴人キャッチフレーズ3は控訴人キャッチフレーズ2のデッドコピーであること、その他の控訴人キャッチフレーズ及び被控訴人キャッチフレーズの間にも多数の類似点が見られること、本件訴状別紙類似ウェブ広告目録記載の控訴人及び被控訴人のウェブ広告の間にも類似点が見られること等の事情からすれば、被控訴人キャッチフレーズ3は控訴人キャッチフレーズ2に依拠するものであることは、明らかである。
2 被控訴人
(1) 控訴人キャッチフレーズ2の創作性
 著作物としての創作性について、一般的に、高い創作性までは要求されておらず、何らかの個性が現れていればよいと解されていることは認める。しかしながら、控訴人キャッチフレーズ2のように、短い表現については、誰が表現しても類似した表現にならざるを得ないことから、創作性が否定されるのが原則であり、例外的に創作性が肯定される場合があるだけである。
 控訴人キャッチフレーズ2は、耳から覚える英会話に付随し、聴くことにより英会話が可能になることを事実として表現するキャッチフレーズである。聴くことによって自ずと英会話を学習できる事実を描写するために使用する表現は、限定的にならざるを得ない。控訴人の主張は、控訴人キャッチフレーズ2の特徴を見誤り、表現の選択の幅が広いという誤解に基づいたもので、誤りである。
 控訴人キャッチフレーズ2は、7字、8字、5字というつながりで、和歌や定型詩に見られる特徴である五七調とはいえない。
 平成14年4月11日のイングリッシュアドベンチャーの広告(乙2)には、「これを楽しいCDにのせて聴き流していれば、いつの間にか大好きな歌を口ずさむように、英語が自然と口をついて出るようになるのだ。」という表現があり、控訴人キャッチフレーズ2が使用される平成16年9月8日に先立って、類似した表現が既に使用されていた。
(2) 被控訴人キャッチフレーズ3の類似性、依拠性
 控訴人が、控訴人と被控訴人の広告が類似すると主張する点は、控訴人の主観的評価にすぎない。英会話教材の販売方法が模倣しなくても類似することは、不自然ではない。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所は、当審における追加主張及び追加立証を踏まえても、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は棄却されるべきものと判断する。
 その理由は、次のとおり原判決を補正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」(10頁最終行〜14頁2行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決12頁6〜12行目を、次のとおり改める。
 「キャッチフレーズは、特定の商品や役務の宣伝・広告において、当該商品や役務を需要者に訴えかけるために用いられる比較的短い語句であるが、当該商品や役務の名称と一緒に表示され、その内容が、当該商品や役務の構造、用途や効果に関するものである場合は、当該商品や役務の説明を記述したものとして需要者に把握され、キャッチフレーズ自体には独自の自他識別機能又は出所表示機能を生じないのが、通常である。もっとも、当該キャッチフレーズが、当該商品や役務の構造、用途や効果に関する以外のものであったり、一般的にキャッチフレーズとして使用されないような語句が使用されたりして、当該キャッチフレーズの需要者に対する訴求力が高い場合や、広告や宣伝で長期間にわたって繰り返し使用されるなどして需要者に当該キャッチフレーズが広く浸透した場合等には、当該キャッチフレーズの文言と、当該商品や役務との結び付きが強くなり、当該商品や製造・販売し、又は当該役務を担当する特定の主体と関連付けられ、特定の主体の営業を表示するものと認識され、自他識別機能又は出所表示機能を有するに至る場合があるというべきである。」
(2) 原判決12頁15行目の「争いがない」を「甲1の1ないし4」と改める。
(3) 原判決12頁15〜18行目の「原告商品の売上が、平成24年4月期に約106億円、平成20年4月期に約21億円に上っていたことは被告も認めている(平成26年10月29日付け被告準備書面7頁)としても」を「平成20年4月期に約21億円だった控訴人商品の売上が、平成24年4月期には約106億円に増加し(原審における平成26年10月29日付け被告準備書面7頁)、平成24年全体では、英会話教材販売において、約97億2000円の売上で約49.9%のシェアを占め、2位の被控訴人(約17.5%)を大きく引き離していた(甲6)としても」と改める。
(4) 原判決12頁19〜20行目の「控訴人キャッチフレーズは控訴人広告の見出しの中で、キャッチフレーズの一つとして使用されているにすぎないこと」を、「控訴人キャッチフレーズは、控訴人広告の中で、控訴人商品が、「聞き流す」という方法で使用するだけで「英語が上達する」という効果が生じるという商品の用法や効果を謳ったものにすぎないこと」と改める。
(5) 原判決13頁22行目の「控訴人の主張によっても」を「著作権法や不正競争防止法は、著作行為や営業行為には労力や費用を要することを前提としつつ、あえてその行為及び成果物のすべてを保護対象とはしていないから、控訴人が指摘するように、キャッチフレーズに労力や費用を要するというだけでは」と改める。
2 当審における当事者の主張に対する判断
(1) 控訴人は、創作性の問題の本質は長さの点になく、創作者の何らかの個性が現れていれば足りるし、短い表現であっても、選択の幅が狭いとはいえない以上、控訴人キャッチフレーズ2について、著作物性が肯定されるべきである、控訴人キャッチフレーズ2は、五七調の利用や人物を主語としない表現という意味で、需要者に強く印象を与えるものであり、従業員が試行錯誤して完成させた、他の英会話教材の宣伝文句にはない、独自のものである旨主張する。
 しかしながら、許容される表現の長さによって、個性の表れと評価できる部分の分量は異なるし、選択できる表現の幅もまた異なることは自明である。特に、広告におけるキャッチフレーズのように、商品や業務等を的確に宣伝することが大前提となる上、紙面、画面の制約等から簡潔な表現が求められ、必然的に字数制限を伴う場合は、そのような大前提や制限がない場合と比較すると、一般的に、個性の表れと評価できる部分の分量は少なくなるし、その表現の幅は小さなものとならざるを得ない。さらに、その具体的な字数制限が、控訴人キャッチフレーズ2のように、20字前後であれば、その表現の幅はかなり小さなものとなる。そして、アイデアや事実を保護する必要性がないことからすると、他の表現の選択肢が残されているからといって、常に創作性が肯定されるべきではない。すなわち、キャッチフレーズのような宣伝広告文言の著作物性の判断においては、個性の有無を問題にするとしても、他の表現の選択肢がそれほど多くなく、個性が表れる余地が小さい場合には、創作性が否定される場合があるというべきである。
 本件において、控訴人商品は、リスニングを中心にすえた英会話教材中、集中して聞き入るという方法ではなく、聞き流す方法を採用した教材であり、控訴人キャッチフレーズ2は、控訴人商品を英会話教材として利用した場合に、自然に流暢に英語を話すことができるようになるという効果があることを謳ったものであるが、その使用方法や効果自体は、事実であるし、消費者に印象を与えるための五七調風の語調の利用や、商品を主語とした表現の採用自体は、アイデアにすぎない。また、劇的に学習効果が現れる印象を与えるための「ある日突然」という語句の組合せの利用や、ダイナミックな印象を与えるための「飛び出した」という語句の利用に関しても、上記アイデアを表現する上で一定の副詞や動詞を使用することは不可欠であるから、他の表現の選択肢はそれほど多くないといわざるを得ない。現に、同様のアイデアを表現する上で、控訴人自身が過去に採用したキャッチフレーズにおいて、「・・・英語が口から飛び出す!」、「ある日突然、・・・(英語が話せてびっくりした!)」、「ある日突然、・・・(自然と英語が口をついて出てくる!)」、「ある日突然、英語が口から飛び出して」、「・・・突然、英語が口から飛び出す」(いずれも甲5)という控訴人キャッチフレーズ2と共通する部分が存在する。また、キャッチフレーズではないが、控訴人キャッチフレーズ2の公表後に発表された英会話の上達方法に関するウェブサイトにおいて、無意識に自然と流暢に英語を話せるようになるという劇的な効果を説明するために、「ある日突然に、・・・口から飛び出る」(乙15)、「ある日突然、・・・英語のフレーズが口から飛び出してきます。」(乙17)、「ある日突然「するっと英語が話せる」ようになった」(乙18)といった語句が使用され、控訴人キャッチフレーズ2と同じ副詞や動詞が選択されているのであって、これらは、控訴人商品と同様の学習効果を表現する上で、他の表現の選択肢が限られていることをうかがわせるものである。このような意味において、控訴人キャッチフレーズ2における語句の選択は、ありふれたものということができる。
 したがって、控訴人キャッチフレーズ2に著作物性が認められないとした原判決の判断に、誤りはないというべきである。
(2) したがって、被控訴人キャッチフレーズ3の類似性、依拠性を判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がない。
第5 結論
 以上の次第であって、控訴人の請求はいずれも理由がなく、これと結論を同じくする原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 片岡早苗
 裁判官 新谷貴昭


(別紙) 控訴人キャッチフレーズ目録
1 音楽を聞くように英語を聞き流すだけ
  英語がどんどん好きになる
2 ある日突然、英語が口から飛び出した!
3 ある日突然、英語が口から飛び出した
 以上

(別紙) 被控訴人キャッチフレーズ目録
1 音楽を聞くように英語を流して聞くだけ
  英語がどんどん好きになる
2 音楽を聞くように英語を流して聞くことで上達
  英語がどんどん好きになる
3 ある日突然、英語が口から飛び出した!
4 ある日、突然、口から英語が飛び出す!
 以上
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